うわぁ〜ん、弁慶さんったら絶対知っててやってる!!
こんな・・こんな声、反則ですよぉ〜〜〜。
一体どこでそんなこと覚えてきちゃったんですかぁ?
Black Voice
もしかして・・とは思っていたが、
実際に目にするまでは、確信はなかった。
そう・・それに気が付いたのは祝言のとき。
清盛を封印し、黒龍を諌め・・この地の平和を取り戻した僕とさん。
最後まで僕を信じ、味方でいてくれた彼女を手放す気は
さらさらなくて、僕はさんに懇願した。
『・・・ここに残ってくれませんか?』
でも僕の気持ちはそれだけではおさまらなかった。
彼女は龍神の神子。八葉の皆は・・大きさに差はあれど・・
少なからず彼女に思いを寄せていたはず。
特に甥のヒノエと幼馴染だった譲くんは・・
・・さんが選んだ『僕』を見る目が一際厳しい。
だから誰の目にも明らかな形で、僕のものにしてしまわなければ。
そう思った僕は、気が早いのでは・・と思いながら
早々に祝言をあげてしまおう・・と思い立った。
熊野の兄などは大歓迎だった。
以前から『嫁はまだか』と言っていた兄たちだから、
その歓迎振りは当然だったのかもしれない。
それにしても・・ここにも好敵手 がいる・・という
誤解すら生みそうな勢いで、兄たちはさんを歓迎していた。
「早々に祝言をあげて、二人で静かに暮らしたいのですが。」
そう言った僕を兄:湛快は軽く無視して・・
「さんは、こんなんでいいのかい?」
もう、それは怒りたくなるほどにこやかにさんに聞いていた。
「弁慶さんの側を離れたくありません。」
そうはっきり告げてにっこり笑ったさんに、さすがの兄も・・・
「そうかい。・・弁慶は随分と幸せものだな。」
そういって『・・準備しておくから』とだけ言い残し、その場を後にした。
「ありがとう、さん。」
この時、僕はただ素直に彼女の耳元へ感謝の気持ちを述べただけ・・だったが、
さんはもう・・これ以上は赤くなれない!というほど顔を真っ赤にして・・
「弁慶さん・・わかってやってるでしょ・・それ。」
・・と言い出した。始めは何のことを言っているのか・・
全然わからなくて・・
「僕はただ素直に謝辞を述べただけなのですが・・。」
といって苦笑いするしかなかった。
決定的だったのは祝言の最中。
席を立とうとしたさんが、着慣れない着物のせいか
着物の裾を踏んだようで・・・急に身体が傾いた。
「危ない!」
僕はとっさにさんを抱きかかえた。
「ご・・ごめんなさい。・・重いでしょ・・。」
そういって恥ずかしそうにうつむいてしまった
さんの耳が、ちょうど僕の口元側にあったので・・
僕はさんだけに聞こえる音量で・・
「大丈夫、むしろ軽いくらいですよ。
僕の大事な花嫁に何かあったら大変ですからね、。」
そういった。僕としては当たり障りのない、普通の会話だと
思っていたのだが・・・どうやらそうではなかったらしい・・。
「・・・弁慶さんの・・馬鹿。」
そういって顔を真っ赤にして、さんの身体からは
すっかり力が抜け落ちてしまった。
そして・・小さな・・とても小さな声で聞こえたのは・・
「弁慶さんの今の声・・砂糖入ってる。
・・耳元でそんな良い声で、そんな言葉囁かれたら・・
普通じゃいられないよぉ・・・。」
この一言だった。
『砂糖』というのは、さんの世界の甘い調味料だと
前に譲くんから聞いたことがあった。
そう・・さんはどうやらある特定の『僕の声』に
必要以上に反応するのだと言うことに、
このときやっと気が付いた。
『これは使わない手はないですね。』
それから僕はいろんな声の出し方を試してみることにした。
どの『僕の声』が一番さんを陥落させられるか・・。
試す僕としても、もう足が浮きだつような気分だった。
「さん♪」
朝、朝餉を作ろうと奮闘しているさんの後ろから、
普通に明るい感じで声を掛けた。
「あ!おはようございます、弁慶さん。ご飯、もう少し待ってて下さいね。」
振り返ると共に掛けられたさわやかな声と笑顔。
『なるほど、今の声は『僕の声』としては普通なんですね。』
仲間と接していたときと変わらない対応に
彼女を陥落させる声は、この声ではないとわかる。
昼、診療中にあの陥落したさんの姿を見たら・・
仕事にならない・・いや、来ている患者さんに
彼女のあの妖艶な顔は見せたくない・・と思い、
朝と同様の声の高さで会話した。
診療所を手伝ってくれるさんの笑顔は、
患者さんの間でもかなり評判らしい。
中にはたいしたことない怪我でも、わざわざ診療所に
顔を出す人もいる。・・さんの笑顔が目当てらしいが・・
男だった場合には目で追い返す・・なんてことも
たまにしていたりする。今や彼女は僕の妻だから・・
まぁそのくらいはしてもいいだろう・・と思っている。
夕方になって、患者さんが全部はけたところを見計らって・・
夕餉の支度に勤しんでいるさんの肩に手をかけ・・
「今日の夕飯はなんですか?」
と、朝よりも少しやわらかく、優しげに声を掛けてみた。
「・・えっと、今日はお野菜を沢山貰ったから、
煮物にしようかなって思ってるんですけど。」
少し肩が『ぴくっ』と動いたけれど・・・それ以外の反応はとても普通。
『そうですか、この声じゃないとすると・・』
僕はさんの肩に置いた手に少し力を入れて・・
口を彼女の耳元へ・・・そして僕は先ほどよりも
ずっと声の高さを落として・・・息を少し鼻にかけるようにして・・
「・・それは、楽しみですね。
さんの手料理はとてもおいしいですから。」
そう言ったとたんに・・『がくん』という音がしそうな勢いで、
さんはひざから崩れ落ち・・その場に座り込んでしまった。
「弁慶さん・・知っててやってますね?
ご飯作れなくなっちゃったじゃないですか!」
『ふふ、やはりこの声でしたか。大当たりでしたね。』
なるほど、さんは『僕の低い声』に必要以上の反応をするようだ。
この声が好きとは・・さんも良い趣味をしている。
『・・僕に考える余地を与えすぎたようですね。
気づいたものは、大いに利用させて頂きますよ。』
「ふふ、あなたがいけないんですよ。
僕は本当に気づいていなかったのです。
でもさんが沢山手がかりを教えてくれましたから、
やっと気が付いたんですよ。
僕の声にこんな効果があるなんてね。
・・僕にとってはとても好都合です。」
先ほどの音程で、ずっと甘い言の葉を囁き続けたら、
さんはいったいどうなるだろう。
もちろん、僕の側にいてもらうだけでも充分幸せだが、
あなたのその妖艶な笑顔を何度も見たいと思ってしまう僕は・・
やはり罪人なのだろうか・・。
「・・弁慶さん絶対知っててやってると思ったのにぃ・・。
大体その犯罪的な声の出し方、どこで覚えてきたんですか!
その声、反則ですよぉ・・弁慶さん。」
「さぁ・・どこでしょうね?」
元々持ち合わせている『僕の声』だから
別に取り立てて覚えたわけではないけれど、
さんの妖艶な笑顔が見られるのなら、
僕は何度でもこの『僕の声』で囁こう。
さんのその笑顔のために・・・。
「あなたはいけない人ですね、僕にそんな顔を見せて・・
・・誘っているとしか、思えませんね。」
さんがお気に入りだという『僕の声』で
さんの耳元にそう囁けば・・
「もうぉ・・・知らない。」
そういって『ぷいっ』と横を向いてしまった
さんの耳に、僕はそっと口付けを落とすと・・
その行為に驚いたさんが僕を振り返る。
振り返ったその顔は、ほんのり桜色に染まっていて・・
僕はその一番綺麗な桜色の場所へ・・・
『砂糖』が沢山入った・・甘い優しい付けを落とした。
FIN
<後書きと書いて言い訳と読む>
読んでくださってありがとうございます。
この創作は、日記でも書いた通り初めアンソロ用に・・と
書き始めたものです。ただ・・全年齢対象のアンソロに、
この話はちょっと艶があるかなぁ・・と思い
他の題材で全然違う小説を書いたところ・・
そちらの方が相応しいだろう・・と判断して、
まぁ・・せっかく書いた物をそのままうもらせるのも・・と
思いこちらへ掲載となりました。
・・こんなことを思いついてしまったのは・・ひとえに
宮田”弁慶”幸季さんのせいですわ(^^;
ええ・・いつかあの犯罪的なお声を題材にしてやろうと・・
目論んでいたのです。主人公ちゃんが低い方の弁慶さんの声に
反応するのは・・もっぱら私の趣味です(^^;;
最後まで読んで頂きありがとうございました。
誤字脱字を含めて、ご意見・ご感想を頂ければ・・と思います。
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