〜その3〜

永泉さんの部屋はとても暖かかった。
きっとエアコンを入れっぱなしで、
私を迎えに来てくれたんだ・・・。
普段エアコンなんて使わないのに・・・。

「よろしければお使い下さい。」

そういって永泉さんは私にタオルを手渡す。
私はタオルで顔を吹きながら、すすめられるままに
テーブルの前に座る。すると永泉さんもすぐ隣に腰を下ろした。

「お渡ししたかったものは、これです。」

永泉さんはそう言ってテーブルの上に乗せられた
小さな箱を指した。
淡いマリンブルーの箱に、深い紺色のリボンがかけられた
小さなきれいな箱。リボンの真中には、
小さなイルカの飾りがついている。

『あれ?このイルカの飾りって・・どこかで・・。』

「あの・・これって・・・」

思い当たらなかった私は、永泉さんに聞いてみる。でも永泉さんは・・

「開けてみて下さい。」

そう笑顔で言った。

私はゆっくりリボンのをとき箱を開けて見た。

中から出てきたのは、これまた箱。少し紫色のかかった
水色のプラスチック製の箱。箱の横には小さなつまみが出ている。
・・ということは・・。

「オルゴール??」
「はい。・・ですが・・それは本当に差し上げたいものを
演出する・・道具にすぎません。本当に差し上げたいものは、
その中に。」

『この中に????』

オルゴールの中に一体何が・・・。
私はオルゴールのふたをまるで壊れ物を扱うかのように
ゆっくりと開けていく。
オルゴールは3分の1も開かないところで、音楽を奏で始めた。
聞き覚えのある小さな小さなメロディーが、オルゴールから流れてくる。
何処で聞いたのか思い出せず、箱を開けようとする手が止まる。

「この曲何処かで・・・。」
「中に入っているものをご覧になれば、きっとお分かりになると思いますよ。」

さっきよりもいっそう優しく永泉さんは私に微笑んでいる。
私は中のものが気になって、さっきよりスピード良くオルゴールのふたを
最後まで開けた。

「!?これは・・。」

中に入っていたのは、イルカの形をしたシルバーのリング。
イルカの目の部分には、紫色の小さな宝石。

「これって・・あのとき・・あの水族館で売っていたもの・・だよね。」

永泉さんはにっこりしたまま深くうなずいた。

永泉さんと現代に来てから初めていった場所・・水族館。
その水族館はイルカを目玉にした・・まだ新しい水族館で・・。

『そうだ!!このリボンについているイルカは、あの水族館の
シンボルマーク・・そしてこのオルゴールの曲は・・。』

私は永泉さんの顔を見上げる。

「『くるみ割人形・・コンペイ糖の踊り』というのだそうですよ。
曲名を知らなかったので・・随分探しました。」

キレイな曲の流れる店内で、ひときわ目立っていたこのリング。
初めてのデートだし、記念にほしいなぁって思っていたんだけど、
じっと見てたから・・わかっちゃったのかな・・・。
でもこれって確かとても高かったんだよね。
だから買えなかったんだよね・・。

「永泉さん。これ・・とても高かったでしょ?」

イルカの目に使われている紫色の小さな宝石は・・
私の誕生石・・アメジスト。

『小さいけど本物なんですよ』

ってあのとき店員さんが言ってた。それにリングだって
純銀だって・・。だから学生の私にはムリだぁって思ったんだ。

「そのことでしたら、お気になさらず・・。」
「お気になさらずって・・だって学生で買える金額じゃ・・・!?」

言いかけて気がついた。そうか・・だからずっと留守電だったんだ。
本当に忙しかったんだ・・きっとこのために・・・。
私にこれを渡すために・・・。

「どうしても、本日お渡ししたかったんです。どうしても・・・。」

優しいけど・・とても強い言葉。私はハッとして永泉さんを見る。
何時になく強い意思の目。そしてその目をゆっくりオルゴールへ向けると
オルゴールの中のリングを手に取り・・私の手をもう片方の手に取った。

「18歳のお誕生日。おめでとうございます。」

そういいながら、ゆっくりと薬指にリングをはめていく。
薬指・・18歳の誕生日・・・永泉さん・・それって・・・。

「・・天真殿に伺いました。こちらの世界では、18歳になると
女性は婚姻できるのだと・・・。そしてそのときには指輪を
渡すのがしきたりだと・・・。今はこの指輪がわたくしにできる
精一杯です。ですが・・・いつか・・本物を・・。
いつまでも・・あなたのそばにいたいのです。・・いさせてほしいのです。」

目から雫がぽとぽとと落ちていくのを感じた。
うれしかった。ただただうれしかった。
永泉さんの深い思いに・・私はこんなにも思われていたんだって・・。

「あ・・あかね?」

突然泣き出した私に、永泉さんは少し困っている。
でも言葉なんて出てこない。
うれしすぎてこの気持ちを伝える言葉を私は知らない。

私は言葉の代わりに、永泉さんに抱きついた。

「え?・・あ・・あの・・」
「・・永泉さん・・だ・・大好き・・だよ。だ・・から・・
そばに・・い・・てね。」

言葉の半分は、永泉さんの服の中・・。でもきっと
伝わってる・・よね。

私の言葉が聞こえたのか、永泉さんは私のことを
壊れ物を包むかのように優しく抱きしめて・・

「ありがとうございます。」

一言そう言った。

二人の後ろでは小さなオルゴールのメロディーが流れつづけていた。

fin


<あとがきとかいて言い訳と読む>

最後までお付き合い頂きありがとうございました。
このお話しは私が某水族館へ行ったときに
思いついたお話しです。遥か創作の一番始めに
書いたもので、それを少し今回書きなおしています。
一番始めに書いたときは、あまりの自信の無さに
当時からお世話になっていた山斗あすなさまに添削頂きました。
改めてここでお礼申し上げます。あのあとPCがウイルスに
やられてしまい、その時のメールが見当たらず・・稚拙なままの
再構成となりましたが・・ご感想など頂けたらうれしい限りです。