キャンバスを前に月明かりを浴びるあなたを・・

誰にも渡したくないと・・思ってしまったんです。

あなたが僕にとって大切な方であることなんて・・

もうずっと前からわかっていたことだったのに・・・。


The fairy of night 〜夜の妖精〜




「守村くん!見なかった??」

文化祭の準備中、僕はクラスメイトにそう呼び止められた。

「先程コンクールに出す絵がまだ完成していないから、
少しの間資料室へ行くって言ってましたけど・・。」

「そっかぁ・・じゃぁ仕様がないな。
また明日にでもしよう・・。」

「どうかされたのですか?」

「学園演劇の衣装ができたから、一度着てもらいたいな・・って
思ったんだけど、もう結構遅いし明日にするわ。」

そういって先ほど広げていた演劇用の衣装を
そのクラスメイトは片付け始めた。
文化祭準備期間は20時まで居残りが許可されているが、
それ以上は強制的に帰宅させられる。
もうすでに19時を回っているから・・・残り時間は少なかった。

10月下旬にもなれば日が暮れるのがかなり早くなる。
外はもうすっかり暗くなっていた。

さん・・まだ絵を描いていらっしゃるんですよね・・。
もう結構遅いですし・・心配ですね・・。」

いくらなんでもこんな時間に女の子を一人で
帰すわけには行かない。まして・・好きな女の子なら・・

僕はさんがいるであろう美術室に
自然に足を向けていた。本当に何も考えずに・・
無意識に・・・だから後ろでささやかれていた言葉を
僕は聞かなかった。



『守村くんって絶対のこと好きだよねぇ。
守村くん優しいけど、のことは特別優しいって感じだし。』

ちゃんも守村くんのこと好きなんじゃない?
あの子結構繊細だからさ、絵かいてるとき他の人を部屋に
入れないでしょ?なのに守村くんが入ってきても平気そうだし。』

『でもあの2人付き合ってないんだよね?』

『どう見ても両思いだと思うけどねぇ。』

『本人たちだけじゃない?気づいてないの。』

『多分そうだろうねぇ。』



あちこちの教室で文化祭準備がされているけれど・・
なぜかさんがいつも絵を描くときに使っている
美術資料室は・・いつきても静かだった。

「あれ?・・電気がついていないですね。」

資料室に近づくと・・さんが居るのであれば
ついているはずの電気がついておらず、
あたりの廊下は静まり返っていた。

「もう・・帰られたのでしょうか・・。」

電気もつけずに絵を描くはずはない。
・・とすればやはり帰ったと考える方が当たり前のこと。

でも・・なぜだか帰ってはいけないような気がして・・
まだそこにさんがいるような気がして・・

僕は静かに・・美術資料室の扉を開けた。

「・・・・・・・・!?」

僕は夢でも見ているのかと思った。

月明かりを浴びて・・キャンパスを前に
たたずんでいるのは・・・多分さん。
そのはかなげな姿は・・まるで夜の妖精のようだった。
触れたら壊れてしまいそうな・・・繊細で美しい光。
透明の羽で・・今にもそこから飛び立ってしまいそうな・・
そんな姿に見えた。


「さ・・くやくん?」

扉が開く音がしたのになかなか資料室に入らない僕に、
気がついて振り返ったさんは・・本当にきれいで・・・

僕は何も言わずさんに近づいて・・
さんの承諾もなく・・さんの両手を
僕の両手で包み込んだ。

「どうしたの?桜弥くん。・・なにかあったの?」

このとき僕は・・月明かりを浴びるさんを・・
誰にも渡したくないと・・思ってしまった。
あなたが僕にとって大切な方であることなんて・・
もうずっと前からわかっていたことだったのに・・・。

「すみません・・。少しだけ・・このままで・・。」

僕の突然の行動に・・きっとさんは聞きたいことが
いっぱいあっただろう・・。でも・・優しい彼女は・・

「・・あったかいね、桜弥くんの手。
・・ちょうど少し寒かったんだ。」

そういってやわらかく微笑んでくれた。
僕はその笑顔に安心する。
さんは僕にとって・・やっぱり大切な人・・。
でもだからこそ・・まだ・・言えない。
今この場所を・・誰にも譲りたくないから・・。
本当の気持ちを言ってしまって・・
今の関係が崩れるのが嫌だから・・。
もう少し・・このままで・・。


しばらく、さんの手を握った後。
僕は強制帰宅時間が迫っていることを思い出した。

「もう遅いですから、そろそろ帰ろうと思いまして・・
まだ・・さんが残っていらっしゃるような気がして
ここへ来たんです。・・一緒に帰りませんか?」

「ありがとう、わざわざ迎えに来てくれて。よかった。
今日は私も桜弥くんと一緒に帰りたいなぁって思ってたから。」

そういうと僕から手をそっと離し、あたりのものを片付け始めた。

月明かりを背に浴びて・・妖精はあるべき場所へと帰る。
その場所が・・いつか僕の隣に・・なって欲しいと・・
心から思っていた。

いつかあなたに伝えたい・・
夜の妖精を壊してしまいそうなほど大きい・・
この僕の気持ちを・・・。


fin


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<後書きと書いて言い訳と読む>

この創作は7000Hitを踏み抜いてくださった
フレンチ甘々管理人:しるこ さまから頂いた
リクエストを元に作成したきりばん創作です。
読んでいただいた皆様、ありがとうございます。

しるこ さまから頂いたお題は『夜』
さらに「桜弥くん×主人公」で、設定が
在学中、二人はまだ付き合っておらず、
はたから見たら両思い、と言うものでした。

在学中で、『夜』という設定はなかなかないので、
どういう設定に持っていけば無理がないかなぁ・・と
そこから考え始めました。
しるこ さまがイラスト描きさんでいらっしゃるので、
なんとなく美術部員にしようかなぁ・・
見たいなのが浮かんできて・・せっかく「夜」という
うちのサイトにはぴったりのお題を頂いたので、
幻想的な雰囲気を前面に押し出した形になりました。
私の創作の中で一番表現しやすい、
とても好きな表現方法です。
なので・・読んでいる方にはうまく伝わるかどうか
難しいところですが・・(^^;

この創作はしるこ さまのみお持ち帰り可です。
どうぞもらってやってくださいませ。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
感想を頂けると泣いて喜びます(*^^*)