<Travel destiny>

番外編 〜宇治を愛した女神〜


宇治を愛した女神は、慈悲深い永遠の女神。

かなわない・・って思っていたけど・・・

そう考えること自体が・・間違いだって気がついた。

心の広い女神に・・・少しでも近づきたいと思う。

大切な人を・・・・・・守り続けるために・・・・・


〜宇治を愛した女神〜


「ねぇ。前から聞こうと思っていたんだけど・・。」

ここは大学内にある小さなロッジ。
扉に「京都郷土文化ゼミ」とかかれたここは、
京都文化ゼミを担当している
斑鳩 麻人(いかるが あさと)の研究室。
そのロッジ内にあるソファーに座って
私はお茶を飲みながら、ここの主にそう問いかけた。

「なんですか?のえるさん。」

優しく返ってくるその声に、一瞬
聞こうとしたことをためらったけれど・・
それでも私は聞きたかった。

私がここにいられる・・理由がほしかったから。

「麻人くんにとって・・宇治ってどういう場所?」

まだ2人がお互いの名前しか知らなかった頃、
麻人くんは宇治川で急に涙を流した。
大人で分別をわきまえている彼が突然流した
大粒の涙。私はそのわけが知りたかった。

・・・きっと亡くなられた麻人くんの奥さん、
由香里さんに・・かかわっていると・・
今ならわかるから・・。

「良いところですよ。たくさんの自然が残る
歴史的にもとても興味深い街ですよ。」

「麻人くんって・・・うそがうまいよね。」

「あの・・僕はうそなどついていませんが・・。」

「私が忘れたと思ってる?」

「・・・のえるさんには、かないませんね。
宇治は由香里の実家があるところです。」

やっぱり・・何かあるだろうな・・とは思っていたけど・・。
由香里さんの・・実家・・。

「のえるさん、下鴨で訪ねた料亭を覚えていますか?」

私はまた急に話が飛んだ・・そう思った。
麻人はたまにこういった話し方をする。
それは麻人に考えがあってのことだけど・・
頭がついていかないこともある。
由香里さんは・・・ついていけたのだろうか・・・
この天然なお兄様に・・・。

「もちろん覚えてるよ。すごく綺麗な日本庭園のあった
とても高級そうな料亭だよね。しかも麻人ったら、
『予約しておきました』なんて軽くいってくれちゃって。」

「軽く言えて当然なんですよ、のえるさん。
あのお店は、由香里の実家が経営しているお店です。
今は由香里のお姉さんが、女将さんなんですよ。」

「え!?じゃぁ・・由香里さんってお嬢様・・。」

「・・・そんなことないと思いますが・・
まぁ古い家柄であることは間違いないと思います。」

そういえば、あの料亭に訪ねたとき・・・・

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「すいません。昨日電話した、斑鳩ですけど・・」

「麻人くん!!いらっしゃい。」

「お久しぶりです。」

「ほんとね。元気でよかったわ。こっちにくるのは
本当に久しぶりだもの。みんな心配してたのよ。」

「・・すみません。何の連絡もなく・・」

「あぁ〜いいのよ。責めてるわけじゃないから。
後ろの方が今ご一緒されてる方?」

「ええ。」

「いいお部屋とっておいたから、ゆっくりしていってね。」

「はい・・ありがとうございます。」


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こんな会話をしていたはず・・・あの時は親戚・・
としか話してくれなかったからわからなかったけど・・・
そっか・・じゃぁあの人が・・。

「ひょっとしてあの料亭に行ったとき、
最初に案内してくれた女性、由香里さんのお姉さん?」

「そうです。よく覚えてましたね。
あの人が今の女将さん、由香里のお姉さんです。
由香里が亡くなってからはなんとなく近寄りがたくて
お姉さんにもお会いしていなかったのですが、
あの時久しぶりに電話してみようという気になったんです。」

「どうして?」

「のえるさんにお会いしたからですよ。
のえるさんにお会いできて、お話しているうちに
思い出したんです。由香里が何を望んでいたかを・・・
だから連絡してみようと思ったんです。」

私に・・・会えたから・・・・

あの時確かに私も麻人も傷ついていた。
麻人は由香里さんを亡くして戸惑っているときに
研究していたすべての物の権利をある教授に奪われ、
生きる気力を無くしていた・・・
私は私で、家族との関係、職場の関係でうんざりしていて
何もかも再出発するつもりで・・家を飛び出してきていた。

・・・・・偶然であったのは京都・嵐山の『渡月橋』
すべてはそこからだった・・私たち2人・・・。
でも・・・

「由香里さんが望んでいたこと・・って。」

「『生きて幸せになって欲しい。麻人が幸せになるために
私が邪魔になるのなら私を忘れて欲しい。』
つまり僕に新しい恋人を探せ・・・と。
由香里は自分の病気を知っていました。
倒れた後・・残りの命が短いことも。
だから僕が研究することを続けて欲しいと言い、
僕に恋人を作れとそんなことを言ったのです。
よほど僕は頼りなかったのでしょうね。
支えてくれる女性を探せと言い残したのですよ。
・・研究の権利を奪われたことで、
すっかり忘れてしまっていたのですが・・・。」

・・言葉が出なかった。私はそんな風にいえるだろうか?
たとえ自分がこの先長い命でないとわかっていても・・
好きな人に自分を忘れてほしい・・だなんて・・。
でも・・・・・

「宇治川に行ったのは、料亭に行った後だったよね?」

「紅葉した宇治山は彼女のもっとも好きな景色でした。
・・・・・・忙しさにかまけて、生きているうちに、
里帰りさせることも・・僕は忘れていたんです。
由香里が再び宇治に帰ったのは・・・亡骸になったあとです。
・・・・・・・のえるさん、だから僕は優しくないと
あのとき言ったんですよ。・・こんな男の側にいて・・
のえるさん、後悔しませんか?」

「・・・してるように見える?」

「のえるさん、ちょっとお人よしかもしれませんね。」

「麻人に言われたくない!」

苦笑いをする麻人に私は一言で言い返した。
まったく・・この人ほどお人よしはいないと思うけど・・
自分の研究とられてもまだ・・この大学に居座る辺り、
神経が太いんだか・・お人よしなんだか・・・。

ちなみに今麻人は、同じ京都郷土文化でも、
以前とは全然違うものを研究対象においている。
奏(弟)いわく

『斑鳩先生は、何を研究してもいいとこまでいくんだよ。
詰めが甘いだけ。本人がその時夢中になれれば、
どんな研究でもいいんだよ。研究自体が楽しい人だからね。
・・だから損するんだけど。』

「・・でも由香里のこと気になるようですから、
一度宇治へ行きましょうか?お姉さんが
のえるさんに会いたがっていますし。」

「由香里さんのお姉さんが?」

「ええ。渡したいものがあるって言ってました。
とてもさっぱりした方ですよ、あの方は。
由香里が亡くなった時も僕の面倒を見てくださったのは
お姉さんです。『大切な人が出来たら必ずつれてきなさい』
そういわれているんですよ。放っておけない、
僕を一人にするのは危険だ、なんて言われて・・。
由香里のことを気にして、新しい人を探さなかったら
許さない・・なんて言うんですよ。
お姉さんは由香里が僕に恋人を探せって言ったこと
知らなかったはずなんですけどね。」

すごいことを言われていたんだ・・そう思った。
由香里さんの言い残したことを知らないのに・・
自分の妹の旦那さんが、妹が亡くなった後
新しい人を探せ・・なんて普通いうだろうか。
由香里さんのお姉さんという人は・・
本当に麻人のことを良く知っていて・・・
その上で心配しているのだ。

由香里さんといい、お姉さんといい・・なんて
よく出来た人たちなんだろう・・そう思った。

「・・・すごい人だね。」

「今度のお休みの日にでも行きましょう。
歩(あゆみ)姉さんには僕から伝えておきますから。」


そうして私と麻人は再び京都・宇治へ行くことにした。



「いらっしゃい。待ってたわよ。」

由香里さんの実家は宇治橋からほんの20分ほど
歩いたところにあった。・・・あの下鴨の料亭と
ほぼ同じつくりの店。
そこにあの時お会いした女性が待っていた。

「お・・お邪魔します。」

ここは本来、私とは何の関連もないところ。
一般的には・・私の存在は良いものじゃない・・。
だけど・・

「何を気にしてるの?遠慮しちゃだめよ。早く入って。」

とんでもなく歓迎された・・・。私はあまりにびっくりして
麻人を見たが・・・麻人はただ笑っている。
まるで『歩姉さんの言うとおりですよ。』
とでも言うように・・・。

「いらっしゃい。麻人くん、のえるさん。」

中に入ると同時に由香里さんのお母さんだろうか・・
上品なおばあさんが出迎えてくれた。

「由香里に顔を見せてあげてください。」

そういって奥の部屋へと通された。

仏壇・・・その上に若い女性の写真。
これは由香里さんだ。・・写真は一度だけ、
麻人の部屋で見かけたことがある。

「私なんかが行っても・・本当にいいのでしょうか。」

たまらなくなった私は、思わずそう聞いていた。
由香里さんのお母さんが由香里さんの遺言を知らない
可能性だってあるはずだ。
お姉さんだって知らなかったって言ってたし・・。
なのに私のようなものが由香里さんの仏前に立っても・・
本当にいいのだろうか・・私のことを許せるのだろうか・・。

すると由香里さんのお母さんは・・

「よほどの方でない限り、普通はそうおっしゃるでしょうね。
後にしようと思っていましたが・・・」

そういって小さな花柄の封筒を私に差し出した。
とてもさわやかな淡いピンクの花柄の封筒。
由香里さんの人柄を思わせるような・・そんな封筒だった。

「これを読んでやってください。」

私は何も言わず、その封筒を開けて中身を見た。
封筒と同じ柄の綺麗な便箋に、私ではひっくり返っても
かけないような綺麗な字で、その文章は綴られていた。

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『この手紙を受け取ってくれた大切な人へ』

私の意志を大切なあなたに伝えるために・・
こうして手紙を書いています。

まずは私の実家を訪ねてくださったことに深く感謝します。
麻人と私は幼馴染で気がついたら一緒に居た、そんな存在でした。
私の病はもともと持っていたもので、誰のせいでもありません。
いつかこんな日が来ることは、麻人も私も
わかっていたことです。
ただ・・心残りなのは、麻人がとても繊細であることです。
麻人の相手はどんな人でも務まるわけではないと・・
私はそう思っています。だから私の亡き後、
麻人の身に何かあったとき、支えとなる人が必要だと
私は感じています。

だから、麻人には大切な人を作るようにと伝えてあるのですが、
通常から考えて、本当にそれが私の意志であったのか・・
麻人を気遣ってくれるような繊細な方なら・・・
そう考えてしまうかもしれない。
私のことで麻人が幸せになれないかもしれない。

それはなにより私にとってつらいことです。
麻人には生きて幸せになって欲しいから。
だからこの手紙を受け取ってくださる人が
麻人と出会えることを心から祈っています。

・・そして今この手紙を読んでくださっている方へ
心からのありがとうを伝えます。

                由香里

(追記)
この手紙の内容は、母だけが知っています。
手紙を残したことは、麻人も姉さんも知りません。


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何も言えず・・ただ涙がこぼれた・・・。
宇治を愛した女神は、慈悲深い永遠の女神。
かなわない・・って思っていたけど・・・
そう考えること自体が・・間違いだって今知った。
由香里さんのような人に勝とうとすること自体が大間違い。

・・・私にこれほど麻人のことを愛せるか・・

・・ううん。何のために由香里さんはこれを残したの?
私に麻人を守って欲しいから・・・・・・・
自分が好きになった人が・・ずっと幸せでいて欲しいから、
だからこれを託したんでしょ・・。

「由香里さんに・・会わせて下さい。」

私は由香里さんのお母さんに頭を下げた。

「ありがとう。由香里の気持ちをわかってくれて。
よい方と出会えてよかったですね、麻人さん。」

「ありがとうございます。」

それから私と麻人は、由香里さんの墓前に
たっぷり30分は座っていた。

『ありがとう』と『尊敬』の念を込めて・・・・。



帰り際に、由香里さんのお姉さんに呼び止められた。

「手紙のこと聞いたわ。
ありがとう、由香里の望み叶えてくれて。
私も安心したわ。麻人くんったら天然ボケさんだから
心配で放っておけないのよね。ほんっと頼りないんだから。」

「歩姉さん、相変わらずぼこぼこに言ってくれますね。
本当に昔っから容赦ないんですから・・。」

「本当のことでしょ。それとね、のえるちゃん。
またいつでもここに遊びに来てね。遠慮しちゃだめよ。
麻人が聞き分けないようだったらいつでもいってね。
とっちめてあげるから。」

「歩姉さん・・どっちの味方なんですか・・。」

「のえるちゃんに決まってるじゃない!
あんたの面倒なんて見てくれる子、のえるちゃんくらいよ。
のえるちゃん、こんな奴だけどよろしくね。」

「こ・・こんな奴だなんて・・。」

「こんな奴で十分。由香里にとっても麻人くんは幼馴染だけど、
私にとってもそうなのよ。だから私にとっては
麻人が選んだ人なら妹同様って訳。
だから妹が悲しむのは見たくないのよ。
本当のお姉さんだと思ってくれていいからね!」

「ありがとうございます。」

なんとも明るいお姉さんに、私は素直にありがとうと言えた。

「のえるちゃんを大切にしてあげてね、麻人くん。」

「もちろんですよ、歩姉さん。」


人には・・いろいろな歴史がる。
共に生きていくということは・・やはりその人の過去ごと・・
愛せる覚悟が必要だと思う・・。

私はこの宇治の心広い女神に・・・少しでも近づきたいと思う。
大切な人を・・・・・・守り続けるために・・・・・
大切な人と・・共に生きていくために・・・・・・・・・。

『由香里さんの意思を引き継げるように・・がんばります。』

私は宇治を後にしながら・・彼女の愛した宇治に・・
宇治の景色に・・・そう誓った。


Fin


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