■君の願い、僕の願い



 君が何かをたくらんでいることが分かったから、これ以上情報は仕入れずに、
事が起こるのを、楽しみに待ってみようと思うんです。
まぁ……たまには、こういうのもいいですよね。

「ふふっ」

 笑いを漏らした弁慶にと九郎が怪訝な表情を浮かべる。
その横では景時も同じような表情。

「なにかあるのかい?」

「さぁ。少なくとも、九郎や景時にかかわりの無いことだと
思いますよ」

「お前がそういう時は何かたくらんでいる時だからな、
信用できん」

 九郎の言葉に景時も頷く。
それには、心外ですね。と苦笑するしかない。

「そんなに信用無いんですか、僕は。
軍師失格と言われかねませんね」

「そうは言っていない。お前は秘密が多すぎると
いっているだけだ! だいたいだな……っ」

「九郎〜っ。騒いだら密談の意味がないって!!」

 九郎の文句を適当に聞き流しながら、誰にも聞こえないように
僕はもう一度、呟く。

「楽しみですね――僕の……」

「……九郎、賑やかだね」

「そうだね、白龍」

 うとうととしていた白龍は、響いてきた九郎の声に目を醒ます。

「でっきた」

「神子、それなに?」

「見事なものね……そんな細い幅に綺麗な模様が……」

 素敵ね。と朔が微笑む。

「本当に見事な模様……。それに、この色合い。
弁慶殿によく似合うものね?」

 じっくりと品定めしながら、ずばり。と飛んできた朔の言葉に
望美の顔は一気に紅く染まる。それを見た白龍は首を傾げる。

「神子。顔、赤い?」

「喜んでくれると良いわね」

「な、なにを……」

「うふふ、隠さなくたっていいのよ?
望美が弁慶殿を慕っていることは分かってるのだから」

 何に使うものか分からないけど。と、朔が望美に品を戻す。

「さ、さ、さ、朔!?」

 誰にも言ってないから、大丈夫よ?と悪戯っぽく片目を瞑る
朔に、望美が声を荒げる。

「もぉっ! 朔ってばーっ!!」


「なんだか賑やかだね」

「女性同士、弾む話題でもあったのでしょう」

 微笑みながら登場したウワサの中心の人物に、望美は慌てて手にしていた品を背後に隠す。

「兄上!」

「弁慶さん!」

「望美さん、何を隠されたんです?」

 目ざとい弁慶は、望美の行動を見逃さなかったようで、
やんわりと尋ねる。

「か、隠してなんか」

 動揺しつつも、否定する。詰問されたら負ける。
本能的に望美が思う、が。

「そうですか。あぁ、そうだ。景時……」

 意外にもあっさりと弁慶が引いた。
……拍子抜けといえば拍子抜けである。

「どうか、しましたか?」

「イエ、別に……」

 弁慶の注意はすでに景時に移り、何かを話し合っている。
(望美、なにかしたの?)
 その望美に朔が寄ると、ささやく。
(してない、してない!!)
 いつもと違う弁慶に戸惑う。
(そう……いつもの弁慶殿らしくないわね)
(朔もそう思う? どうしたのかな?)

「弁慶」

 ふいに白龍が声を上げる。慌てて白龍を押さえに掛かるが、
一足遅かった。

「なんです? 白龍」

「神子たちが様子がおかしいって言っている。なにかあった? 
私には特に、おかしな様子は感じられないけど」

「「白龍!!」」

 白龍の言葉に驚いたように目を見開く。

「おやおや、今日の僕は疑われてばかりですね。
先ほども九郎と景時に疑われたばかりだというのに。よっぽど信用がないらしい」

 言いながらも、どこか楽しそうなのは気のせいだろうか。
と景時が思う。

「さて、僕はそろそろ失礼しますね」

「弁慶殿、今日はこちらで過ごすのではなかったのですか?」

 そのつもりだったのですけどね。
と弁慶は羽織ものを整えながら告げる。

「ちょっと所用が出来たのでね。一応、明後日の夜には戻るつもりですが、都合によって変わるかもしれません」

(明後日……以降?!)
 弁慶の口から出た言葉に望美が驚きの表情を見せる。

「僕が京邸を離れていることは常日ごろからあることですのに、どうしたのです? 望美さん」

 そんなに驚いたつもりはないのだが、弁慶はよく見ている、と思う。
もっとも、望美にポーカーフェイスを望まれたところで出来はしないことなのだが。
言いよどむ望美の背を朔が押す形で尋ねる。

「弁慶殿、どちらまでお出かけなのです?」

「五条の少し先です。望美さんもいったことがあるでしょう、春ごろでしたか?」

 と弁慶。議論が長くなりそうな気配を察したのか、小春日和の陽気に中てられたのか、
知らずの間に睡魔に襲われ、再びの眠りに落ちていた白龍を褥に横たえながら、望美が頷く。

「容態の思わしくない者がいるという話や季節柄もあって、
体調を崩している者も多いようですので、暫くそちらへ滞在しようかと思いまして」

「じゃあ、望美。弁慶殿をお見送りしてくれば?」

「え?!」

 朔の提案に望美が驚く。それをよそに朔は「五条大橋までなら大丈夫でしょう?」と景時と弁慶に尋ねる。

「んー、怨霊の数はまだ多いからなぁ」

 景時が渋る。

「気になるのであれば、六波羅へ先に遣いを飛ばし、ヒノエ殿にお頼みして帰りの護衛をお願いすればよいかと思うんです。五条なら目と鼻の先でしょう?」

「……ヒノエがそう都合よく捕まるとも思いませんけど」

 弁慶がため息をつく。

「朔、ありがと。弁慶さんが困ってるから――」

 なおも食い下がろうとする朔を望美がやんわりと宥める。

「僕に何か用事でもあるのですか、望美さん」

「用事というか……」

「なら、戻ってきてからでも?」

 はい。と言いかけた望美より先に。

「といいたいところですけれどね、朔殿がそこまで力添えをする君の用事というものがどれほどのことなのか気にもなりますね」

 穏やかにいうと、弁慶が望美と視線を合わせる。

「五条まで連れ出すことは叶いませんが、京邸のすこし先まで、ということならどうです?」

 その提案に、表情を輝かせる望美と朔を見て悪い気はしない。
 自分の言葉に一喜一憂する女性――いや望美だからこそ、より愛しいと思えるのかもしれないが。

「初めからそのつもりだったんだろう? それならそうとさっさと提案してあげれば良いのに。実はこの状態を楽しんでるでしょ、弁慶」

「なんのことだか。僕はただ、望美さんの用事の重要性が量れたから譲歩して提案したまでですよ」

 ぼそりと呟いた景時の言葉に、楽しそうに喉の奥を鳴らしながら答えた弁慶を見て、景時は呆れるしかなかった。


「さて、望美さん。お連れできるのはここまでです。僕への用事をお聞かせ願えますか?」

 京邸から数十メートルほど離れたあたりで、弁慶が言葉をかける。

「これを弁慶さんに渡したかっただけなんです」

 弁慶は、黙ったままだ。

「ごめんなさい、本当にたいしたことじゃない用事なのにあんなに駄々をこねて……」

 ごねたのは朔であって望美ではないのだが、きっかけは自分だと、望美が謝罪を口にする。

「……これを僕に?」

 望美の口からあふれ出る謝罪の言葉を遮ると差し出されたものを受け取る。受け取ってもらえたことに安堵し新しい言葉が零れる。

「間に合ってよかった」

 弁慶が、間に合わせたという言葉に反応する。

「明日は弁慶さんの生まれた日だから」

 この時代の誕生日の祝いが、年越しと共に行われることは、博識な譲から聞いていた。だが、どうしてもそれでは納得できなかった望美は、周りになんと思われようとも、弁慶が生まれたというその日を祝いたかったのだと説明する。

「朔たちにはお世話になってるから、お金を使って派手なこととか、贈り物は出来ないし、かといって譲くんみたいに料理が出来るわけでもないから……。でも、私が弁慶さんに何かしたくて。思いついたのが、これを作ることだったんです。こういうのは得意だから。で、朔に相談したら、糸なら豊富に持っているからと言ってくれたので分けてもらったんです」

 望美の説明に、素直に弁慶が感心する。

「僕のために、無茶をして……。
目が赤い、寝ていないのでしょう?」

「少しだけですから、大丈夫です」

 品を受け取ったのと反対の手で、望美の頬に手を添える。少しなぞるように動かす。

「何かをしようと企んでいたことに気がついて、君に関する情報を仕入れなくて正解でしたね」

 そういって、弁慶が望美の目尻に唇を落とす。

「君は、本当にいけない人だ。僕をこんなに喜ばせてくれるなんて……。期待以上でしたよ」

 途端に紅潮する望美の顔。それには気付かない振りをして、弁慶は受け取った品に興味を移す。

「これはどうすればいいんですか?」

 弁慶の攻撃に落ち着かない心臓を必死に宥めながら、

「これは、“ミサンガ”っていうわたしたちの世界でいう装飾品なんです。
この紐を願いを込めて身につけておくんです。
そして切れたときにはその願いが叶うって言われてるんですよ」

 と、説明する。弁慶から渡した紐を受け取りなおし、空いた腕に手を添え、

「戦を一日でも早く終わらせたいという弁慶さんのお願いが、叶いますように」

 と、巻きつけた。

「早めに戻ってきてくれると嬉しいけど…
…ううん、弁慶さんがいないと困る人がたくさんいるところに行くんだからワガママはダメですね。
じゃあ。わたし、京邸に戻ります。気をつけて行って来てください! 弁慶さん」

 走り去る望美を見送った後に、残された腕の紐に視線を落とし、触れた。

「すみません、望美さん。君が願ってくれたことも嬉しいのですが、
僕の真の願いはもっと別のことなんですよ……」


 君を、僕だけの人にすること。それが今、どんなことをしてでも叶えたい僕の願い――。


こちらの素敵な弁慶さん創作は
『あいはらさんちのおもちゃばこ』(管理人:相原有輝さま)で
弁慶さんのお誕生日を記念してフリーになっていたものを頂いて参りました。

ミサンガというプレゼントが意外性をついていて・・それでいて
上手くあの時代にかみ合っていて、なるほど!!って思いました。
弁慶さんの心理描写が細かいので、とても心情がよく伝わってきますし、
望美ちゃんと朔ちゃんが仲良しなのもとてもいいなぁって思いながら拝見しておりました。

相原さま、素敵な創作をありがとうございました!!


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