秋は気分を切なくさせる。
冷たくなりはじめる風も。
はかない落ち葉も。
でも、透き通りはじめる空気は――
優しい空の本当の姿を、見せてくれる。
はぁ〜
吐いた息は白い。
「……息白いもん、寒いはずだぁ」
コートまでは羽織っていないものの、あかねはマフラーと手袋をしっかりつけている。
11月に入り、突然冷え込みはじめたのだ。
紅葉の足も一気に速まり、秋一色に染まることなく、冬を迎えてしまいそうな気がする。
「天真くん、遅いな……」
校門に寄りかかって見上げた校舎の最上階。
そこにあるのは――ピアノの音が響く音楽室だった。
「音楽に追試なんて、あるのかなぁ……?」
先ほど廊下で天真と会ったときに言われたのだ。
――なんか音楽のテスト受けるらしいから、先に帰ってろよ――
音楽のテストと言えば、もちろん歌のテストだろう。
でもそれは、ついこの前やったばかり。
「そんなに歌下手なのかな?」
思えば天真の歌など、聴いたことがない。
どちらかと言えば、うまそうに見えるのだが、どうなのだろうか?
もし歌うのならば、どんな歌を歌うのだろうか?
「……私まだ、天真くんのこと、たくさん知らないんだな」
そしてそこで思い知らされるのは、そんなこと。
もっとたくさん知りたいと願ってしまう。
知らないことがあると、ちょっと寂しくなる。
あかねは寂しげな笑顔を浮かべて、もう一度音楽室を見た。
もうピアノの音は聞こえてこない。
と、そんな時。
「あかね?」
昇降口のほうから歩いてくる影一つ。
聞こえた声は、確かに天真のものだった。
「天真くん、お疲れ様!」
「帰ってろって言っただろう? 寒くなかったか?」
足早に近づいてきた天真は、そっとあかねの頬に触れる。
案の定、冷たくなっていた。
「冷てぇじゃねぇか。だから帰ってろって言ったのに」
「平気、平気。ぜんぜん大丈夫だよ。
それよりも、なんで音楽の追試?」
あかねの笑顔に負けて、天真は待っていたことを怒ることもできなかった。
逆に嬉しいと思ってしまう。
「追試ぃ? ちげぇって。俺、テストの時屋上にいたから」
「……さぼってたの?」
「ああ。まあな」
「威張らないの!」
天真の背中を軽く叩くと、それを合図にしたかのように、二人は帰路を歩き出した。
「歌うの嫌い?」
「いや、むしろ好きだけどな」
「じゃあ、どうして?」
「めんどくさかったんだよ。なんせクラスの奴全員の前で歌わなきゃいけないんだぜ?
恥ずかしいっつーの」
「じゃあ、歌上手?」
「さぁ?」
首をかしげて天真はあかねを見る。
「……なんかお前、妙に質問攻めだな。
何かあったか?」
「えっ!? 何もないよ!」
「…ふーん…」
疑いのまなざしが、あかねに突き刺さった。
「な、何もないってば!」
「あっそ。それなら別にいいんだけどな」
まだ疑いのまなざしが飛んでいる。
あかねは仕方なく、先ほど思っていたことを口にした。
「……あのね、私まだまだ天真くんのこと知らないんだなって思ったの。
だから……いろいろ教えてほしくて」
天真の目が、一瞬点になる。
そして次のときには、頬を少し染めて、あかねから視線を逸らしてしまった。
――お前それって……――
「天真くん?」
突然黙り込んでしまった天真に、疑問を浮かべるあかね。
夕焼けに染まる空のせいで、天真の頬が染まっていることには気づかなかったが、
様子がさっきと変わったことは一目でわかる。
「ねえ、天真くん?」
――……少しでもいい、俺を知ってほしい。
そうすれば、少しずつ、距離は埋まるから。
そんなことを……考えてたんだよ、さっき……――
同じようなことを考えていたとは、素直に言えず、天真はまだ目を逸らしたままだ。
「天真くんってば!」
三度目にその名を呼ばれたとき、天真は顔を上げ、澄んだ空を見て、そっと紡ぎだした。
優しい――歌声で。
「!?」
聞こえてきた旋律に、思わずあかねは足を止めてしまう。
「……天真くん……」
天真の歌声は、いつもの彼の声とは少し違い、優しい響きを持っていた。
あかねは聞き惚れて、ただじっと天真を見つめることしかできない。
しばらくすると、天真は歌を終わらせて、頬を染めたままあかねを見た。
「わかってもらえた……か?
俺のこと」
「う、うん……なんか、ビックリした」
「うまくないだろう?」
「ううん、すっごく上手! 今度カラオケ行こう!!」
「お前が歌うんなら、行ってもいいぜ」
「えっ……」
あかねは言葉を詰まらせた。
そんな彼女の様子を見て、思わず噴出す天真。
「天真くん!」
「ははは…冗談だよ、冗談。
でも、お前のことを知りたい――って、思ってるんだ。俺だって」
「……天真くん……」
「まあ、そのうちな。そのうち」
照れ隠しをするように、まっすぐなあかねのまなざしからめを逸らし、天真は歩き出してしまう。
その後を、あかねはあわてて追った。
二人の影は、夕日に伸びて――
仲がよさそうにいつまでも寄り添っていた。
こんな夕焼け空の下。
冷たい風で、澄んだ空気。
優しい顔を見せる秋の夕暮れは――太陽の素直な姿なのかもしれない。
そんなときだったからこそ、歌った天真の歌は――
でもあかねには、その意味は届かなかったのかもしれない。
<管理人より>
この小説は「Loose」の管理人:あすなさまに
サイトの開設祝いに頂いたものです。
「遥か」を知ってからずっとお世話になっていた方で、
とてもすてきな創作をたくさんかかれている方です。
現在はオリジナルを中心に活動されていて、
2次創作も「遥か」「ときめもGS」ともに扱っていらっしゃいます。
私はこの方の創作の大ファンで、いつもとても楽しませて頂いています。
このようなつたないサイトのために創作を書いていただいて、
大感激です(*^^*)
あすなさま本当にありがとうございました。