Whispers

 京の梶原邸。
 弁慶が廊下を歩いていると、後から声をかけられた。

「弁慶さん、おはようございます。」

「あぁ、さん。おはようございます。」

「今日も・・・」

 いいお天気ですね、とが言いかけたとき、
遠くで「神子〜」と小さな白龍の呼ぶ声がしたので、
は”ごめんなさい”と頭を下げ、白龍の元へと行ってしまった。
 弁慶はゆっくり、誰にも気付かれないようため息をついたつもりだったが、
”ヒュ〜♪”という口笛に、近くにヒノエがいたことがわかり、
いまのため息も聞こえてしまったかと口元に手を当てた。

「”一難去った”って顔してるぜ、アンタ」

「そうですか?ヒノエ」
 まだ、何か絡みたそうなヒノエだったが、
あいにくそういう気分でもなかった弁慶は、ヒノエを無視し朝食へと足を運んだ。


「遅かったですね、弁慶さん」
 
が弁慶を見つけてニコリと微笑む。
 どうやらが白龍に呼ばれたのは、朝食のためだったらしい。
 には表情だけで「すみません」と語り、
指定されたいつもの場所へと着いた。
 お膳には、既に譲の作った朝食が用意されていた。


 たちが、異世界よりこの世界に飛ばされて幾分とたつ。
 弁慶には、は”神子”という意識はあっても
”ひとりの女性”という意識は無かった。

 だか、最近はどうだろう。
 の動き一つ一つを目で追ってしまう、
言いきれない感情が芽生え始めていた。


「なぁ、アンタさぁ」
 
突然、隣で食事をしていたヒノエが弁慶に声を掛けた。

「そんな顔で食事すんなよ」

 弁慶はとんでもない表情をしてるのかと思い、
ヒノエに尋ねてみたが、ヒノエは向かいの九郎に聞けとばかりにアゴで九郎を指す。
 久々に皆と一緒に朝食をとることができ、
機嫌のよかった九郎だったが、
ヒノエと弁慶の様子に自分が巻き込まれたことが分かると深いため息をついた。
 そして、弁慶に一言だけ伝えた。

「オレには、微笑みながら凄みを効かすことなどできん」
 
再び食事に戻る九郎。
 たちは、何があったんだろうと不安ながらも食事を続けていた。


 弁慶は自室に戻り、書類の整理をしていた。
 それにしても気にかかる九郎の言葉・・・。

”オレには、微笑みながら凄みを効かすことなどできん”
 
誰かを睨んでいたのだろうか。
そんな自覚は弁慶には無かったが、見つめていた自覚はあった。
を見つめていた自覚。
 そこで弁慶は、そういえば、と思い出す。
の隣には譲がいて2人で楽しそうに会話していた、と。
 もしかして、自分はを見つめていたようで、
実は譲を睨んでいたのか、と推測する。

(やきもち・・・、まさか。・・・でも、そうだとしたら僕は・・・)

 弁慶は、とりあえず深呼吸して落ち着こうと、
自室の襖を開け空気を入れ換えた。

(どうしてしまったんだろう。頭を冷やさなければ・・・)


 昼過ぎ、今日はゆっくりできる日なので、
弁慶は縁側に腰を下ろし庭を眺めていた。

「今日はよく会うな、アンタ」

「君のほうこそ」

 ヒノエは弁慶の隣に腰を下ろした。
 しばらく無言で庭を眺めていた2人だったが、ヒノエが口を開いた。

「アンタさ、姫君に惚れたんだろ?」

「・・・何を根拠にそんなことを言うんですか?」

「見てりゃ分かるさ、じゃあな」

 ヒノエはそれだけ話すと、立ち去っていってしまった。


(ああ、やっぱり僕は落ちてしまった)

 ヒノエに決定打を出され、弁慶は自分の気持ちに確信を持った。
 自覚してしまったら最後。
この気持ちはどんどん膨らむばかりで制御が効かなくなってくる。
 弁慶は、気持ちを吐き出すかのように静かに長い息を吐いた。


「軍師たるもの、本音を見せるのはよくありませんものね。
あちらが僕に落ちるまでを楽しみましょうか・・・」

 
 誰もいない庭先に向かい弁慶はそう言って、自室へと戻っていった。

<管理人より>

私のよき理解者にして、Off Lineの親友:佐治田 りぃす さまの
処女作品を親友の好意により、飾らせて頂くことになりました!
もう、すっごくうれしいです。
これ本当に初物なんですか?って聞きたいほど
文章良くまとまってるし、やっぱり元が違うのねん♪って思いましたよ。

本当にありがとうね(^^)大切に飾らせてもらうよ!!