君だけ


君だけを想う
息する間もない程 君だけを

それはとても 幸せで
それはとても 哀しい
それはとても 嬉しくて
それはとても 苦しい

君だけ

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 陽射しが綺羅綺羅と眩しい。
 大好きなあの人に会いたいなあと思う。
 名前を知らない花を見つけた。
 大好きなあの人に会いたいなあと思う。
 美味しいお菓子を食べた。
 大好きなあの人に会いたいなあと思う。

「……でもな。」
 それは、とても自分らしくないのだ。
 …きっと、誰もこんな自分を信じてはくれないだろう。自分自身、つい最近までこんな自分は知らなかった。
 それでも、自分はやっぱりあの人の事が………。
「……やっぱりなあ。」
 『好きだ』と心で口にするだけでも恥ずかしいのだ。
 こんな自分では、やはり誰にも…好きな人にさえも信じて貰えやしないだろう。
 桜弥は、とても優しい。
特に自分には、まるで壊れ物を扱うかのように優しくしてくれる……そんなふうに感じる。
その優しさが…の調子を狂わせるのだが…まんざらではない…いや、嬉しいと思ってしまう自分もいるのだ。
 自分だけを大事にしてもらっている……そんな気にさせてくれる程、桜弥は気を遣ってくれる。

 ……私、らしく…ないよね。

 は鬱々と溜息を付いて英語の教科書を開く。
 もうすぐ英語の時間だ…予習もあまりしていない。
今日は先生に和訳をしているかと当てられる事もないだろうから
なんて…油断している時に限ってあたってしまうものなのだから。

 たまたま開いたページに『misunderstand』なんて載っているものだから
余計に嫌になって…は持っていたシャープペンシルを手から離す。
 『勘違いする』……だがしかしその通りかもしれない。
 自分の想いは勘違いかもしれない。
 それ以前に…桜弥が自分に特別優しくしてくれる…それ自体勘違いに違いないのだ。
 誰にだって優しい。
 それに、花にだって……とても優しい。
 きっと、が特別というわけではないのだ。
 だがそれでも…そう思える程に優しくしてくれる事はとても嬉しいと思う。
 嬉しい……のだ。
 
 とても勉強ができて、優しくて…綺麗な人。

 勉強が好きだなんて、正直おかしいんじゃないかと思う。
 誰にでも優しく出来るだなんて、神様みたいだと思う。
 何一つ触れ合う所がないのではないかとも思う。

 それだけではない。
 将来の希望もしっかり持っていて、その方向へと着実に歩いている。
 夢を語る、凛々しい横顔。
 その美しさに吸い込まれて…気が付けば立ち上がって、応援してしまっていた。
 樹木医なんて職業がある事もその時知ったけれど…聞けば聞く程桜弥に相応しい職業だと強く思った。

 『私、自分が木だったら、にお世話してもらいたい!!』
 
 ………そう言った時、桜弥が嬉しそうに笑ってくれたっけ。
 だがしかし、あれは言ってしまってからちょっと恥ずかしかったようにも思う。
 もうちょっと気が利いた事が言えたら良かったと。
 
 そう…その時に感じたのだ。自分よりも、ずっとずっと先を彼は歩いているんだと。
 だがそれでも、好きになってしまったのだ。

「………。」

 は、思わずポロリと零した。
 好きな人の、名前は…どうして口にしただけでもこんなにも胸が痛くなるのだろうか。
はそんな自分が解らなくて頭を抱え…それから、思わず失笑してしまう。
「おかしいのは、私だよ。」

 ………やっぱし、似合わない。

 今までずっと、おてんば娘で通っていた。子どもっぽくて、男の子みたいにやんちゃだと。
そう言った言葉に文句を言い乍ら、でもそれが正しいのだと思っていた。
それなのに……高校に入って、桜弥に出会って…全ての認識が変わってしまった。
 硝子細工のような人だなあと最初思った。
 勉強を教えてくれた後の微笑みを見て…調子が狂うなあと思った。
 意外な程の芯の強さを知った時、いいなあ…と思った………。

 ……どうしよう。もうすぐの誕生日なのに、何にも用意してないし…。
   いやいや、そもそも……こ…こ……恋人………とかじゃないんだし、絶対に
   用意しなきゃとかじゃないし……でもでも…………あわわわ………もう!!!
   どうしたらいいのさああああ!!!

 は、持て余す感情に嫌気がさして、机に突っ伏して深くうな垂れるばかり。
ノートには、へのへのもへじが踊っていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「……あれ。」
 結局しっかり英語の時間に当てられ、散々な目に遭ったは、
追加で出された課題をどうにかこなして学校を出た。
 明日は部活に行こうとか、今日こそは英語の予習をしておこうとか…様々な事を考えて
……考える事もなくなってきた時にはポツンと思ったのだ。


に、今日、会えなかった……。』


 は思わず、その場に立ち止まってしまう。
 そうだ。今日は、移動教室が多かったせいか休み時間も
彼の教室を覗く事ができなかったし……昼休みも放課後も、用事があって会いに行けなかった。

「……会いに行かなくたって……いいんだ……けどさ。」

 そう、会いに行く必要はない。それなのに……こんなにも胸が痛いと思うのはどうしてだろう。
たった一日顔が見られなかったくらいどうという事もないではないか。
 きっと、明日には会えるのだから。

「え……明日……?」

 そういえば昨日も。
 昨日の夕方も『明日は会える』と思ってはいなかったか。
 そう、昨日は彼に会いに行ったのだが…桜弥が常に教室にいなかったのだ。

 は、自分の伸びた影をぼんやり見呆ける。

「………明日だって…………会えるかどうか……解んないよ……。」

 急に、頭を嫌な考えが支配し…は、
背中に汗が伝うのを感じた。これは別に、汗ばむ陽気のせいではない。

 考えてしまったからだ。

 『いつか、彼が側にいなくなる日が来るのかもしれない。』

 は、決して勉強が好きでもなく得意でもない。極々普通の成績だ。
 桜弥と、進学先が同じになるとは限らない。むしろ、違って当然といった所か。
 そう思ったら……急に足元がぐらぐらするのを憶えた。
 立っていられない程の悪寒を感じながら…はフラフラと足を進める。

 次の角を曲がれば、公園がある。
 そこを通り過ぎたら、十分も歩けば家に着くはずだ。
 は、気力を振り絞って歩き続けた。
「私……何やってるんだろ……。」
 桜弥の事一つで、こんなにも頼りなく不安定になる自分。
 桜弥の事一つで、こんなにも弱くなってしまう自分。

「勘違いなわけないよ…。」
 少なくとも、自分の想いは勘違いではない。
 こんなにも、息苦しい位……泣きそうな位……彼に会いたい……この想いが勘違いである筈がない。

 は、どうしてもっと早く認めようとしなかったんだろうと…自分に呆れつつ、角を曲がった。
顔を上げればそこにはきっと、並木道と公園があるはずだ。
 
「……あ。」

 は、何気なく顔を上げて……思わず立ち止まった。
 そこには、しゃがみ込んで…花壇の花の、花がらを取っている桜弥がいたのだ。

「あ、さん。」

 の気配に気が付いた桜弥が顔を上げて微笑む。
 その笑顔を見て尚……は夢見心地だった。
 会いたい、そう思っている時に彼に会うだなんて…出来過ぎているではないか。

「……どうしたんですか!?真っ青じゃないですか!!」
 の顔色を見た途端、桜弥は血相を変えてに歩み寄ってくる。
「……え……いや……大丈夫……。」
「大丈夫じゃないでしょう!?」
 いつになく強い口調で桜弥はに言い刺した。はその剣幕に思わず身体を強張らせる。
「…とにかく。公園のベンチで少し休んでいきましょう。
 ……さん?」
「…………優しくしてくれなくていいよ。」
「………え?」
「………っ!!……あ…ごめん。」
 は…つい零れてしまった本音に思わず口を手で押さえて…それから、しょんぼりと謝った。
 だがしかし、これは紛れもない本音だという事も自分の中では解っていた。
理不尽な事を言っているのは百も承知だ。でももう…優しくしないでほしいと願う気持ちも本当なのだ。
 我が侭に違いないのは解っている。
 でも…もう耐えられないのだ。
 子どもみたいだという事は解っている。自分勝手だという事も解っている。
でも初めて…初めて本気で人を好きになって…そんな自分を認めてしまうと
…この想いをコントロールする事は……できそうになかったから。
 これ以上一緒にいては、いつか不安定な自分の想いが
桜弥を傷つけるのではないかと……そして、その時に彼が悲しむ顔を見るのは居た堪れない……。
 口篭もるの腕を、桜弥は無理矢理引っ張った。
 拒もうとすると引っ張る桜弥で…暫くその場で押し問答になる。
「いいから……。」
 どうしてこんなにも自分は子どもっぽいんだろう。
はつくづく自分が嫌になる。だが、どうしても桜弥の優しさを受ける事は辛いのだ。
「…………仕方ないですね………よいしょ。」

 柔らかな苦笑を口元に称えたまま付いた、小さな溜息の後………

「…え!?……えええ!?」
 桜弥は荷物を自分の肩にかけると、を無理矢理抱き上げたのだ。
 どう見ても力が強そうではない桜弥が、
案外と言っては失礼かもしれないがあっさりと自分を持ち上げるのには驚きを隠せない。
「……!?お、降ろしてよ!」
「降ろしません。」
 それだけをキッパリ言うと、桜弥はドンドンと進み、を公園の東屋にあるベンチまで連れて行く。
顔が桜弥の胸にくっ付いていて…彼の鼓動がはっきりと聞こえる事が
…彼の熱が伝わってくる事が…を余計に緊張させる。
「待っていてくださいね。」
 大人しくなったを見下ろして、ニッコリ笑うと、桜弥は側の自販機へと駆けて行く。
は、彼の背中をぼんやりと見ながら…自分の身体に残っている桜弥の感触を感じていた。
「はい、ジュースです。水分を十分に取らないとこの季節は本当に倒れますよ。」
 プルタブを開けたジュースをに渡すと、桜弥はまた駆けて行く。
 と、今度はタオルを水道の水で濡らしていた。

「……ありがとう。」

 戻って来て、タオルを渡してくれた桜弥に、は思わずそう言った。
言ってしまってから…は、やっぱり桜弥の優しさの心地よさに甘えて…離れ難く感じている自分に呆れてしまう。
優しくしないで欲しいと思うのに…彼の優しさに身体も心も委ねている自分がいるのだ。
「御礼を言ってもらうような事じゃないです。」
 桜弥はの横に腰掛けると、ふわりと微笑んだ。

 チチ…と小鳥の鳴き声が何処からかする。陽射しが照るジイィィという音が、
耳を柔らかく掠めていった。どれほど沈黙した頃だろう。桜弥は、静かに言った。

「僕は、優しくなんかないですよ。」

 が瞳を丸くして桜弥を見ると、桜弥は微苦笑する。
 信じられなかった。桜弥は優しいと…彼ほど優しい人はいないとは思っているからだ。

「……貴方に拒まれても…思いを押し付けているんですから。
 こんな優しさは…優しさじゃないのかもしれない。」
「………。」……やっぱり、優し過ぎるよ。
 桜弥の優しさの大きさに、は涙が溢れそうになる。
 拒まれても、どうであっても優しさを貫くというのは…なかなか出来る事ではないはずだ。
拒まれたり、嫌がられたりしたら…つい一歩引いてしまうものだ。
それを、敢えて一歩前に出て態度を一貫するというのは…相当強くなければできない。

「……ありがとう。」……私も、もっと強くならなきゃ。

 自分の態度を、胸を張って貫けるように。
似合わなくても、自分らしくなくてもいい。『が好き』…この想いを、大切にしよう。
 こんな素敵な人に出会えて、好きになれたのだから。

「貴方は……もっと……甘えたっていいんですよ。
 頑張りすぎていて…見ていて怖くなります。」

 桜弥は、後から手を回すと、掠める程にそっと、彼女の髪を撫でた。
 それから、照れ臭そうに微笑う。

「貴方に会いたいなあって……思ったんです。
 頑張りすぎていて…このまま何処かに行かないかなあって…心配になって。」

 これは、桜弥の本音だった。
 すれ違って、会う事が出来ない。
 会いたくて。会いたくて。すれ違う程に、気持ちは急いて……。
 焦らされてるような気がして……胸が苦しくて……。
 誰にも会いたくない。だけに会いたい。
 だけでいい………そう思う程に苦しかった。

 すれ違う理由は解っている。
 は、いつも忙しそうにしている。自分も、それなりに用事はある。
 それでも以前は、どうにかして放課後、会う事が出来ていたのだ。
 じゃあ、それが出来なくなったのは何故か?……それは、自分のせいだと。


 ……まあ。もう暫くは……秘密にしておこうかな。


 最近、放課後は早めに帰宅し、トレーニングをしているのだ。
 憧れている樹木医の仕事は、体力が不可欠だ。
それなのに、体力が著しく少ない…その事を危惧しての事でもある。でも、それ以上に大きな理由は他にある。

 ……さんを、護りたいから……。

 は可愛いから。だから、他の男に絡まれる事だってある。
 そんな時に無力な自分をもう感じたくないのだ。
 きっとは、気にもしていないのだろうけれど。そんな事は関係ないと言ってくれるのだろうけれど………。
 でも、自分は決意したのだ。

 ………ずっと、ずっと。さんを護り続けたい。

 口にはしないけれど。
 彼女とならば、永遠だって誓えると思う。
 いや、彼女としか、永遠は誓えない。
 
 彼女と出会って、恋をして。
 彼女の良い所、そうではない所も…たくさん知った。
 可愛らしくて、元気がいい。そんな彼女に、瞳を奪われる。
 気が強くて、意地っ張り。そんな彼女に、冷や冷やしっぱなしだ。
 何よりも……自分の為に、必死になってくれる優しさが愛しいと思う。
 誰よりも夢を追う事を、応援してくれて…いつだって自分を元気にしてくれる。

 十八歳になるんだなと思った時、思わず考えたのはこれからの事。
 高校を卒業し、自分の将来に向かって歩き出す年齢。
 そう思った時…急に、自分の将来に隣に誰がいるのだろうと不安になった。
 そして、自然と………隣には、がいて欲しいと思ったのだ。

 そう思っていた矢先だったから、先程の彼女の言葉には正直驚き…辛いと感じた。
 辛いと思ったのは…彼女に自分を拒絶された事ではない。
 それ以上に辛いのは…本心から桜弥の存在を拒絶してはいない事だった。
 本心とは違う事を言わざるを得ない状況に苦しむ彼女の…その思いの原因が解らない事が、
何より辛かった。
そして、そうなる程に苦しんでいた事を解ってあげられなかった不甲斐なさが……どうしようもなく辛くて。

 でも、永遠だって誓えると思った相手に…ただ一度拒絶されたくらいで足を引っ込めるつもりはなかった。
 夢を追う背中を、押してくれた彼女。
 もう二度と出会えない程の……かけがえのない人だと思うから。
 
「……明後日の放課後、よかったら………えと。
 ………その、時間、作ってもらってもいい?」
「勿論、いいですよ。」

 
 どうして、とは敢えて訊かない。
 は、毎年自分の誕生日を祝ってくれる…その事を覚えていたからだ。
 でも、今お礼を言ってしまうのは、勿体無いような気がしたから。
 誕生日に、満面の笑顔のに言葉をもらった時に、大事に大事に言いたいから。


 今は、ただ。
 今は、ただ………瞳を閉じて。
 瞳を閉じて……………君を想う。
 君だけを。

 
Fin.


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<管理人より>

 こちらの素敵な創作は『Siesta in  Green』(管理人:谷岡 圭さま)のページで桜弥くんのお誕生日を記念してフリーになっていたものを頂いてきたものです。圭さん、ありがとうございます!
 片思いの期間のゆれる二人の気持ちがとても伝わってくるお話ですよね。思っていることの反対のことをついつい言ってしまう主人公ちゃんの気持ちがとてもよくわかります。「降ろしません!」といった桜弥くんの強い気持ちが管理人的にはかなりつぼでした(*^^*)穏やかな人がずっと大人になって、力強さが加わると、ますます素敵な人になりますよね!
 圭さん、素敵な創作をありがとうございました!