<運命の人>

夢を、見たんだ。
 人間の方のあいつは、どんな表情をするか分からないけど。
その夢の中で、俺とあいつは並んで飯食べて…テレビなんか見てた。
あいつは夢の中でも、コロコロ笑ってた。
二人の左手の薬指には……約束の証。
……正夢に、なるといいのにな。

珪は、昼下がりの裏庭で、彼女の名をつけた猫に、そんな話をしていた。
猫の彼女は、まるで意味が分かっているかのように、小首を傾げて聞いている。……
あいつとおんなじ仕草、するんだな。
彼女は珪の話をいつも興味深げに聞いている。どんな話でも、どんなに彼がゆっくり
喋ろうと、決して急かす事無く真っ直ぐ彼の眼を見つめて聞いているのだ。そして、
どんな話でも真っ正直に聞いていて、素直に反応する。そのコロコロと色の変わる瞳
は見ていて飽きない。
優しい微笑みは、ストロベリーローズ……。
気まぐれな自由は、スカイブルー……。
数え上げたらきりがない、あいつの表情。

「あいつ…今日も頑張ってるんだろうな。」
器用というわけではない彼女が、手芸部に所属し尚且つ続いているのは疑問だが、不
器用なりに頑張っているのを見ていると可愛いな、と素直に思える。文化祭前のこの
時期は、下校時間ぎりぎりまで準備をしている事もあるのだ。
三年目の今年は、ウェディングドレスを作成し、ファッションショーをするのだと言
う。珪は正直、かなり気に入らなかった。彼女は誰よりも綺麗に見えるはずだ。そん
な彼女を他のやつらに見せるなんて……ごめんだ、と。
それでも、頑張っている彼女を止める事なんて出来ないのだが。

と、突然…猫の彼女が、珪の手のひらからヒョイっと飛び降りた。
「どうした…?」
珪の呼び掛けに、彼女は『ナオウ』と意味ありげに一鳴きすると、テテテッと走り出
した。まるで、『付いておいで』と言っているかのように。
珪は、自然と身体が動いて、彼女の後を追う。校舎裏から中庭を抜け、反対側の校舎
裏まで、彼女は歩き続ける。
……この声は?
「待ってよ、珪ちゃん、お願い…待って!私、そんなに走れないんだよお〜〜。」
あいつだ!…彼女の声を、彼が聞き間違えるはずがない。
確かに『人間の方の彼女』だ。
……どうして、俺を呼んでいるんだ?
俺はここにいるのに。
そう思っている間にも、猫の彼女は、ヒラリと角を曲がる。

「え……おまえ……?」
そこにいたのは想像どおりの彼女で、その名前を呼ぼうとした彼は、そこで思わず言
葉を失った。
「珪……ちゃん?」
そう、目の前にいたのは確かに彼女だった。
だが、それはいつもどおりの彼女ではない。
そう、制服姿ではなくウェディングドレス姿の彼女がそこにいたのだ。
そして彼女の前には、一匹の猫。少し淡いブロンドの毛並みにブルーグリーンの瞳。
それは丁度、珪の髪の色、瞳の色に似ていると言えなくもない。
ブロンドの猫と、彼女の名をつけた猫は、お互いに駆け寄ると、
仲良く喉を鳴らしている。
「珪……ちゃん、どうしてここに?」
少し息切れした鼓動を抑えながら、
小首を傾げて問い掛ける彼女の姿を珪は一瞬正視できなかった。
……あまりにも、眩し過ぎて。あまりにも、美しすぎて。
『おまえはあのホワイトローズ。…汚れを知らないその輝きは
男心を狂わせる……。』
いつだったか、彼女にそんな事を言ったのを思い出す。

今の彼女は、清楚で儚げで…それでいて気高く輝く白い薔薇のようだった。

……やっぱり、誰にも見せたくないな……。
珪は、思いながら苦笑した。彼女はどんどん美しくなる。そして、珪だけでなくたく
さんの男の心を魅了していくに違いない…そんな彼女に他の男を寄せ付けないために
は、これから多くの苦労をさせられるのだろう。その苦労を、今から思ったからだ。

「おまえ今……俺の名前、呼んでなかったか?」
ふわりと触れるベールのレースが妙に気恥ずかしくて、彼女の質問には答えず、珪は
逆に問い返す。と、彼女は頬を少しだけ赤く染めて言った。
「……え、あぁ、猫の珪ちゃんだよ。最近よく部室に遊びに来るんだけど……。今日
もさっきまでは仲良くお話してたのに、突然そのブーケくわえて走ってちゃったか
ら、私、慌てて追いかけて…。」
そう言われてみれば、なるほどブロンドの猫の口には
真っ白いブーケがくわえられている。
「で!……珪ちゃんは??」
珪もきちんと質問に答えてくれと、元気の良いその瞳が言葉以上に雄弁に語ってい
る。…敵わないな、そう珪は心中でまた苦笑いする。
「…俺も、そいつに連れられて来たんだけど。」
……つまり、お互いの名前を付けた猫に導かれて来たってわけか……。
猫に、仲介されてちゃ世話ないな、と珪は思わず声に出して苦笑した。彼女は、
理由が分からないというふうに首を傾げている。
「………分かって、連れて来てくれたのかな?」
「……ん?」
無意識に呟いた彼女は、慌てて両手をぶんぶんと振った。
「内緒!……今はまだ内緒だよ。」
悪戯っぽくそう言って笑う彼女が、珪には愛おしくて堪らない。
「……ちょっと、いいか?」
そう言うと、珪は彼女のベールを少し上げて、そのおでこにそっと唇を寄せた。
驚いた彼女は赤面して慌てている。
「………予約。」
彼女には聞こえないようにそっと呟くと、珪は黙って彼女を抱きしめた。

無数のレースが彼女の肩口に顔を寄せる珪の視界を覆っていく。
……夢は、いつか現実に……。
このまま連れて行きたいけど……少しだけ、我慢してやる。

幸せそうな二人の横で、幸せな二匹はそっと身体を寄せ合って喉を鳴らす。
猫の珪が、意味ありげに一声鳴いた。『内緒にしておいてね』…視界の端に見えた猫
の彼に、彼女はそう心で嘆願した。

ねえ、猫の珪ちゃん……聞いてくれる?
昨日、夢を見たんだよ。
夢の中で、私と珪ちゃん、おんなじ指輪して仲良く笑ってた。
珪ちゃん、とっても優しく笑ってくれたの。
……正夢に、なるといいのにな。

二組の幸せそうな恋仲同士を、夕焼けが優しく照らし出していた。
……まるで、祝福するかのように。


<管理人より>

この小説はSieta in Green(管理人:谷岡 圭 さま)のサイトで
1234番のキリバンを踏んだ管理人が頂いたものです。
リクは「葉月くん×主人公で猫を題材にして下さい。」と
ずうずうしくお願いしたものです。

とても素敵なお話を作って頂いて感激です。(*^^*)
早速飾らせていただきましたvv
2匹の猫の幸せそうな姿と葉月くんと主人公が
ほんわか幸せそうな雰囲気が、とっても好きですvv

谷岡 圭 さま 本当にありがとうございました。

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