2月中旬の閑話


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2月11日(火) 水滴・波紋

小雨が音もなく降り、裸のコナラの枝に水滴がたくさんついている。水滴自体 が光を発している訳ではないが、太陽も出ていないのにきらきら輝いている。水 滴は微妙なバランスで枝にぶら下がっているようだ。

風もないのに次々に落ちては、また新しい水滴が生まれる。落ちた一粒の水滴 が下の枝に当たると、そのかすかな振動が引き金になって、落下の連鎖反応が起 きる。辛うじて保たれていた、地球の重力と水の粘性と水滴の重さの均衡が破れ て、水滴は地面に吸い込まれて行く。

日記によれば去年の今ごろは、庭の外れの池に氷が張っていた。この冬はずい ぶん寒いと感じていたけれど、去年に比べれば暖かいのだろう。池は雪融けの水 を集めて深緑の水を湛えている。池の上に張り出したマツの枝から落ちた水滴が 、静かな水面にいくつもの波紋を広げる。

波紋同士がぶつかり合い、丸い形を全うできるものはないけれども、水面に江 戸小紋が織り成されて行く様にも見えて、それはそれなりに面白い。水滴の落下 や、それが作る池の波紋を飽かず眺めても、何の得になる事もない。それは先刻 承知なのだが、無為に過ごす時間がある幸せを感じるのは、こういうときである 。

脳細胞が思考というくびきから解放されて、臍を出して寝ているような、そん な感覚とでも言おうか。ただぼんやりと、惚けたように時間の流れに身を委ねて いると、現世の雑事が一切脳裏から消えて行く。

今日は終日雨が降り続くのだろうか。乾燥した寒気の中で春を待つ植物には恵 の雨である。外出には向かないが雨の日も良いものだ。


2月12日(水) 発芽玄米

玄米入りのご飯を久しぶりに食べた。白米だけのご飯よりうまい。コクがある というのか、味わいに深みがあるような気がする。ゆっくり噛んでいると、だん だん甘くなる。

白米に混ぜたのは近頃はやりの発芽玄米である。玄米を発芽させてから乾燥し たもので、そうすることによって白米と一緒に炊くことができるようになり、消 化吸収も改善されたのだという話だ。

白米に3分の1混ぜて炊いたご飯は、白米の白に玄米の薄茶色が程よく散らば って、見た目もいい。米の胚乳を包んでいる皮の部分に、白米にはない歯触り感 があるから、ろくに噛まずに飲み込むのはもったいない。今注目を集めている食 物繊維を摂取する優れた効果もあるようだ。

戦前、脚気予防に玄米食が奨励された時代があったけれども、あまり広まらな かったようだ。当時は一般家庭には圧力釜が普及していなかったので、二度炊き しなければならない煩わしさが敬遠されたのだろう。

「玄米パン」というものがあった。玄米の粉と小麦粉を捏ねて蒸したものだっ た。「玄米パンのほやほや」と全国一律の呼び売りで普及に努めたが、濃褐色の 色合いと食感、味がいまひとつ魅力に欠けたのか、これも長続きはしなかったよ うだ。

小生が小学生だった昭和10年代の始めころには、その改良版がでた。「玄米 パン改良のスイートパン」と、自転車で売り歩く姿を目にしたが、これも短命に 終わった。

玄米の消費が伸び悩むのは、先に触れた調理の面倒さと消化、食感の悪さが原 因だろう。その難点を克服したのが発芽玄米と言えるかもしれない。白米に比べ れば、タンパク質、脂質、ビタミンB1が多く含まれているので、白米に欠けてい る栄養素を補うことができる。三日坊主で終わるかどうか分からないが当分続け てみようと思っている。ただ白米の3倍くらいの値段はどうにかならないものだ ろうか。


2月13日(木) 宇宙の赤ちゃん

米航空宇宙局が公開した誕生直後の宇宙の姿にしばし見とれた。WMAPとい う衛星で捕らえたビックバン(大爆発)から38万年後の宇宙の姿だという。3 8万年というと、宇宙誕生から途方もなく離れているように思えるけれども、宇 宙の歴史から見れば、まさに「おぎゃー」と生まれたばかりの宇宙の赤ちゃんで ある。

宇宙は依然として謎の部分が圧倒的に大きいけれども、今回の宇宙背景放射の 分析で明らかになった点も多い。これまで130億年以上と漠然と言われていた 宇宙の年齢が137億歳であること、推定の域をでなかった宇宙の形が平らで、 永遠に膨張を続けていることがはっきり言えるようになった。

でも、素人には分からないことだらけである。WMAPが捕らえた電波が、な ぜ宇宙誕生から38万年後のものだと分かるのだろうか。宇宙の形が平らである となぜ言えるのだろう。平らであると断言できるのは、電波の発信位置の分布を 分析した結果であろうとは推測できるが謎である。ビッグバン後の宇宙は夜空を 彩る打ち上げ花火のように、一点から球状に広がるものだと想像していたから、 なぜ横方向だけに広がるのか分からない。

もっと分からないのは、ビックバンを引き起こした物質とエネルギーが、どこ から来たのだろうと言うことだ。何もないところからビックバンが起こるはずが ない。この根源的な問題に対する答えはまだないのであろうか。

素人にも分かるように説明するのは不可能に近いのかも知れないが、しかしこ の辺の解説がないと、報道されたことをそのまま鵜呑みにする以外ない。とても 残念なことである。

宇宙を形成するエネルギーのうち、星を作る水素などの物質が4%に過ぎない というのも意外であった。73%を占める宇宙定数(アインシュタインが予言し た)とは何なのか。残る23%の暗黒物質も正体不明であるという。

ある事実が分かると、その何倍もの謎が生まれる。宇宙は人知の情けなさを嫌 というほど痛感させてくれる。地球上の人類の争いは、まさに塵芥(ちりあくた )に過ぎない。


2月14日(金) 日和見主義

地球上の塵芥の争いが大きな山場を迎える。イラクの大量破壊兵器に関する国 連監視検証査察委員会の追加報告が、14日の国連安全保障理事会に提出される からだ。イラクが国連決議違反のミサイルを持っている事実が焦点となると伝え られている。

主戦派のアメリカとイギリスは「それ見たことか」と武力行使の正当性を訴え るだろう。それに対して、武力行使そのものにはっきり反対しているドイツ、武 力行使に絶対反対の立場は取らないが、その前に国連査察をもっと強化し、継続 すべきだという慎重派のフランスやロシアがどう対応するのか。イラクを巡る情 勢はまさに正念場を迎えようとしている。

さて、それでは日本はどのような態度を取ろうとしているのであろうか。国会 の論戦を聞いていても一向にはっきりしない。小泉首相は「追加報告を見てから 検討して決める」の一点張りである。

小泉首相の本音は、追加報告を見てから「決める」のではなくて、追加報告を 受けた国連安保理の推移を見守って、自らの判断を先延ばしするねらいなのでは ないのか。

時間稼ぎをするうちに、国連の論議の行方がだんだん見えて来る。武力行使や むを得ずという第2段の国連決議が出るのか出ないのか、その辺を見極めてから 、アメリカの主張に沿った線で日本の進路を決めようと思っているに違いない。

極言すれば日和見主義。日本はこう考えるとは一言も言わないで、方向がはっ きりした段階で国連重視を「錦の御旗」にして、大勢に乗っかるつもりでいるの だろう。こうしたやり方も選択肢の一つには違いないけれども、主体性を持った 国家が取るべき態度ではないと思う。

何だか行き先が分からない船に乗っているような気分だ。着いてみたら嵐の中 なんてのはまっぴらご免被りたい。


2月15日(土) アマリリス

真っ赤な大輪のアマリリスが咲き出した。2輪が開き切り、1輪が開こうとし ている。さらにもう1本別の花茎も大きく伸びてきて蕾が膨らんできた。今年は 5個か、うまく行くと6個の花が楽しめそうである。

2000年の晩秋に鉢にセットした球根をいただいたものだ。オランダからの 輸入品である。カップヌードルの容器のようなものの蓋の真ん中から、球根の上 部が顔を出している状態だった。説明書きに従って一週間に一度水遣りしている と、幅が広い葉が出てきて大きくなり、やがて葉の付け根から蕾をつけた茎が立 ち上がる。

水遣り開始から花が咲くまで約2ヶ月かかった。最初の開花は2001年の今 ごろだったと思う。花後の管理をうまくやれば、翌年も花が楽しめると書いてあ ったので、花が終わった茎を根元から切り、肥料を与えて葉を丈夫に育てた。

秋の半ばころ水遣りを止めて、まだ青々している葉を強制的に枯らす。これに は少々抵抗感があったけれども、指示通りに葉を枯らして球根に休眠を与えるの がコツらしい。数ヶ月後に水遣りを再開すると、また葉が出てやがて開花する。 かくて2年目の去年も立派な花が咲いた。

3年目に咲くかどうかは書いてなかったけれど、また同じような管理をしたら 、冒頭に書いたように今年も開花した。植え替えは一度もしていない。だいたい 球根が鎮座している蓋が開かないのだ。

いったい中がどうなっているのか開けてみたい衝動に駆られるが、じっと我慢 している。球根の休眠期には土が入っているとは思えないくらい軽いのである。 根を伸ばして栄養分を吸い上げるための仕掛けがあるに違いないのだが、どうな っているのか分からない。

とにかく不思議な球根セットである。いただいたアマリリスはオランダで改良 されたヒッペアストルム属という熱帯アメリカ原産のものらしい。直径20cm ほどの花はみごとだ。「あなた名人よ」と家内におだてられて気をよくしている 。


2月16日( 心配

イラクで戦争が起きるのかどうか。気になって仕方がない。戦争が起きて、低 迷する日本経済が打撃を受けることはもちろん心配であるが、中東世界がさらに 不安定になり、世界中を巻き込んだ混乱が起きると思うからだ。

イラクに対する武力行使に反対する意思表示が世界規模で広がっている。国連 安保理では主戦派の意見は通らず、12の理事国が査察継続支持を表明した。こ れですぐさま戦争に突入する危機は一応避けられたが、アメリカもイギリスも武 力でイラクを叩きのめすことを諦めた訳ではない。いろいろな外交手段で巻き返 しを図るだろう。

その動きを阻止できるかどうかは、表舞台で演じられる国レベルの駆け引き如 何に大きく左右されるが、外交の背景にある世論の動向が国の方針を動かす要因 になる。国民の支持を得られない外交はいずれ破綻することを為政者も知ってい る。

こうした動きの中で、日本も腹を括る時期が来たのではないのか。何時までも 周りの顔色を窺っている時ではない。日本は表面上平和的解決を望むと言いなが ら、陰では国連安保理の非常任理事国に、アメリカ・イギリスが提案しようとし ている戦争容認決議案に賛成するように働きかけている。

これは完全なまやかし外交だ。本当に平和解決(日本国民の大多数はそう願っ ている)を望むなら、その方向に努力を傾注してもらいたい。逆にアメリカが主 張するように、どうしても武力行使が必要だと考えるならば、その理由を国民の 前に明らかにしなければならない。

日本はイラクの軍事的脅威に曝されているだろうか。イラクが関係を否定して いるテロ攻撃の標的にされているのだろうか。

危機と言うなら、北朝鮮の動きの方がずっと現実味を帯びている。国連決議違 反の疑いがあるとされるイラクのミサイル(射程距離200km弱)より、はる かに強力なミサイルを持ち、数発の核弾頭も保有すると言われる北朝鮮との関係 にこそ、日本は目を向けるべきであり、アメリカにも働きかけてもらいたい。

こんなことを閑話に書くのは本意ではないが、言わずにはいられないのである 。


2月17日(月) 意地悪

梅の小枝にヒヨドリ専用のリンゴを刺して置くようにしてから、かれこれ1ヶ 月くらいになるだろうか。初めのうちは警戒してなかなか寄り付かなかったが、 今ではすっかり自分の餌場と心得て、毎日きれいに平らげて行く。

この餌場を設けてから、ヒヨドリのスズメに対する嫌がらせの回数が少なくな った。スズメの餌はヒエ、アワなどの雑穀だから、もともとヒヨドリの食欲を誘 うことはなく、餌の争奪はないはずである。それでもヒヨドリがスズメの食事の 邪魔をしにやって来るのは、縄張り意識が強いためではないかと考えた。

ならば、ヒヨドリの好物を別の場所に用意してやっても結果は同じかと思った けれども、餌場の分離はそれなりの効果はあったようだ。ヒヨドリも好むパン屑 をスズメにやらなくしたことも影響しているかも知れない。

ともあれ、ヒヨドリ対スズメ間の武力行使の頻度は減った。ところが今度はリ ンゴを巡って別の争いが起きたのである。ヒヨドリの餌場へツグミとメジロが参 入したのだ。3者ともリンゴが好きなのである。

リンゴをやると真っ先に食べに来るのはヒヨドリである。それをツグミやメジ ロがどこかで見ているらしい。ヒヨドリが去るとツグミが現れる。しょっちゅう 辺りを見回しながら落着かない様子でリンゴにありつく。

そばの茂みでメジロが数羽待っている。満足したツグミが飛び去るのを今か今 かと観察しているのだろう。やっと順番がメジロに回ってきて、リンゴをつつき 始めると、途端にヒヨドリが飛来してメジロを蹴散らす。ヒヨドリはどこかで見 張っていたに違いない。

体が自分と同じくらいのツグミには攻撃を仕掛けないが、相手が小さいメジロ だと途端に追い払う。そのくせ自分はお腹がいっぱいだから、メジロを追い払う とリンゴを食べずに去って行く。再びメジロが現れると、すぐさま攻撃を繰り返 す。自分が食べないならメジロに分けてやってもいいではないか。

ヒヨドリは特別独占欲が強い鳥なのだろうか。人間に限らず欲が深くて意地悪 な奴は好きになれない。ヒヨドリは野の鳥としてそれなりに愛すべきものなのだ が、あの性格はどうもいただけない。


2月18日(火) 劣化ウラン弾

今朝の地元紙に載った写真と記事を見てショックを受けた。湾岸戦争で米軍が 使った劣化ウラン弾によると見られる放射能汚染で顎に腫瘍ができ、25歳でな くなった女性の生前の写真に釘付けになった。報道写真家の豊田直巳さんが20 02年5月イラク南部・バスラで撮影した写真である。

じわじわと広がっている劣化ウラン弾による放射能被害については、6日付の 本欄で触れたばかりである。もう一度その部分だけ引用しておこう。

「湾岸戦争から10年以上経った今、イラン国内で放射能汚染による白血病や ガンの発生が急増している事実がある。アメリカが湾岸戦争で使った劣化ウラン 弾頭による間接被害である。この事は日本ではほとんど報道されていないが、多 くの市民に苦痛を与えている。これは化学兵器ではないのだろうか。「正義」の ためなら市民を巻き添えにしても構わないという理屈は成り立たない」

劣化ウラン弾は貫通力を強めるために弾芯に劣化ウランを使ったもので、化学 物質による殺傷を目的とした、いわゆる化学兵器ではない。アメリカはイランに おける白血病・ガンの増加と劣化ウラン弾との因果関係を否定しているけれども 、小生は大いに関係ありと見ている。

なぜなら、湾岸戦争の激戦地、しかも劣化ウラン弾を大量に使ったイラク南部 から白血病・ガンが広まっていったからだ。放射能汚染の事実を知らされていな い一般市民が、知らないうちに許容量以上の放射能を浴び、その結果不治の病が 広まったとしか考えられない。

不治の病と書いたが、適切な治療をすれば助かる人もいる。けれども経済制裁 でイラクの病院は治療薬も施設も欠いている。マスコミはこのような実態をなぜ 大きく取り上げないのだろうか。とくに唯一の被爆国である日本のマスコミにそ のことを問いたいのである。

また戦争が起これば不幸はさらに広がる。何としてでもアメリカに戦争を思い とどまらせたい。日本政府にその説得役を期待するのは無理だろうが。


2月19日(水) 動物園

昨日、久しぶりに動物園に行った。先月生まれたチンパンジーの赤ちゃんを見 たかったからである。真っ直ぐチンパンジーの飼育舎に行った。しかし大人のチ ンパンジーが2頭昼寝をしているだけで赤ちゃんの姿はない。

寒いから室内にいるのかと思って裏に回ってみた。暖房している部屋のガラス が水滴で曇っていて、中の様子が分からない。動く黒い影が薄ぼんやり見えた。 それがお母さんチンパンジーと赤ちゃんだったかもしれないが、確認はできなか った。

せっかく楽しみにして来たのに残念であるが仕方がない。もう少し暖かくなっ たら出直すことにして他の動物を見に行った。2年間かけて大改修した猛獣舎は 見違えるように立派になっていた。殺風景な檻から自然に近い環境に移された猛 獣は、以前に比べてリラックスしているようだ。

ライオン夫婦は砂場に寝転んで午睡を楽しんでいる。隣のスマトラトラは旦那 が平らな岩上に陣取って辺りを見回し、奥さんの方は岩を取り巻く湿った地面を のっしのっしと、ゆっくり歩いている。大きくて分厚いガラスの観察窓に近寄っ てくれないかとしばらく待っていたが、人間にはまるで関心がないのか、振り向 いてもくれなかった。

ホッキョクグマ2頭は別々のところを行ったり来たり。ガラス越しに見られる 水槽にざんぶと飛び込んでくれないかと期待したが、これも空振り。人間様の都 合に合わせて生活している訳ではないから致し方ない。

猛禽類のゲージの方から大きな鳴き声が聞こえた。黄色い嘴の大きなワシが3 羽、声を張り上げていた。オオワシである。北海道にも飛来する翼を開くと2m を越す大型のワシだ。その声につられるように、猿類の檻の方でも咆哮が湧き起 こった。

行ってみると騒いでいるのはフクロテナガザルであった。喉袋をいっぱいに膨 らませてグァングァンと響く大音響を発している。霊長類の中でいちばん大きな 声の持ち主で、4km四方に響き渡るという。ワオキツネザルがクォクォと唱和 した。

そのほかカバの水浴、サイの昼寝、シマウマやキリンの散歩、像の食事、フラ ミンゴのダンスなどをゆっくり見物した。週日の閑散とした動物園はまことに楽 しいものである。


2月20日(木) 梅伐らぬ馬鹿

春の訪れは一進一退である。前に降った雪が少し残っているのに、また雪が降 り出した。でももう厳冬の雪ではない。湿った春の雪である。芝生の上は真っ白 になったが、道路やカーポートに落ちた雪はすぐ溶けて積もる気配はない。

気になっていた梅の木の剪定を昨日のうちに済ませて置いて良かった。本当は もう少し前に剪定すべきなのだろうが、面倒なことは先延ばしにする癖がまた出 てしまった。「桜伐(き)る馬鹿、梅伐らぬ馬鹿」という諺がある。桜はへたに 切ると木が弱り病気になることが多く、反対に梅は枝を整理しないと美しい花が 見られず実付も悪くなる。

我が家の梅は花を愛でるためではなく、実を収穫するために植えたものである 。したがって樹形はどうあれ実がたくさん付いてくれればいい訳だ。ところがど の枝を残し、どの枝を切ればいいのか分からない。

果樹の剪定の仕方を書いた本があったはずだが、必要なときに限ってどこにあ るのか分からなくなる。探すのも面倒だから、自己流で剪定にかかった。まず枯 れ枝を全部切り落とし、次に込み入った枝を整理するまでは迷いがなかった。

さて、その後どうするか。ここが素人の悲しさである。小枝についた花芽が膨 らんで来ているので、それがたくさん付いているのを残すのだとは思うが、蕾が 付いていても葉が茂ったときに日陰になる場所の枝は切るべきなのか。去年勢い よく伸びた枝の始末はどうすればいいのか。迷いに迷っていい加減なところで止 めた。

結果はどうなるか、今年から来年にかけて観察しなければ分からないけれども 、去年豊作だったので今年はあまり期待はしていない。そう言えば、去年実を収 穫した後にお礼肥えをやらなかった。寒肥はやったけれども、ろくに世話もしな いで果実を期待するのは虫が良すぎるというものだろう。今年は花の鑑賞だけで 満足するとしよう。