心は死なない

高学年 1-(5)明朗・誠実

-ねらい-
 「誠実」に行動する意義について考え,自らも誠実に行動しようとする資質を養う。

-資料-
「心をはぐくむ 小学生のあゆみ(5年生)」(青葉出版)

         「心は死なない」


(発問1「『心は死なない』ってどんな話だと思いますか」)

 トルストイは,ある日,友人をたずねるため,馬に乗って出かけました。
 周りは見わたすかぎりのライ麦畑で,天に向かってのびたライ麦の細い葉に,夕風がそよいでいました。
「おっと,とと。」
 トルストイは,急にたづなを引きしめて,馬を止めました。馬の鼻息のとどきそうな所で,一人の少女が,道ばたの草花をつんでいたのです。
 少女の母親がかけつけ,少女をだき上げて言いました。
「ごめんなさい。おじゃまして。」
「いや,こちらこそ。」
トルストイは,にこやかにあいさつを返しました。
 そのとき,少女は,馬のくらにくくり付けてあるかばんを見て,目をかがやかせ,母親の,耳に何か小声でささやきました。すると,母親がこまったような顔をしました。不思議に思ったトルストイは,
「どうなさったのですか,おじょうちゃんは。」
とたずねました。母親は,申しわけないような声で答えました。
「この子が,わけも分からずにあなたのかばんがほしいなどと,言いまして。人の物も自分の物も,まだ分からないやんちゃでして・・・・・。」
 かばんは,ズックでできていて,白い布地に,赤いゆりの花がししゅうしてありました。その赤いゆりの花が,少女の心をとらえたのでしょう。

(発問2「トルストイはどうするでしょう。」

「なるほど。これがお気に入ったとおっしゃるのですね。よろしい。差し上げましょう。だが,5日だけお待ちください。ね,おじょうちゃん。おじさんは,かばんの中の物をお友達にとどけて,5日たったらここへもどってきます。それまで,待っていてください。」

(発問3「トルストイは何でもほしいと言われたらあげるのでしょうか。この時トルストイがあげることにした理由が何かあったのかもしれません。それはどんなことだと思いますか。」

 少女は,にこっとわらいながらうなずきました。
 トルストイは,母親に,家の住所を聞き,5日後にたずねると約そくしました。
 5日たって,友人の所で用事をすませたトルストイは,空になったかばんを持って,少女の家をたずねました。
「いらっしゃいませ。」
 出むかえた少女の母親のほおは,なみだにぬれ,つかれ切った顔をしていました。
「おくさん,どうかなさいましたか。」
と,トルストイが聞くと,母親はがっくりとひざをついて,
「あの子が,あの子が・・・・・,死にました。」
と,なみだ声で言いました。
「かばん,かばん。」と,5日後を楽しみにしていた少女は,あの日のよく日,急に熱病におかされて息を引き取ったというのです。トルストイは,別れぎわに見た,少女のかわいいえくぼを思い出しました。
「おくさん,お子さんのおはかに連れていってください。このかばんを,お子さんのおはかにそなえさせていただきたいのです。」
「せっかくですが,あの子は,もう,かばんも何もいらないのです。ご親切だけでけっこうでございます。それは大事な品,どうぞお持ち帰りください。」
「いいえ。」
と,トルストイは頭をふりました。
「それはいけません。わたしは,かばんを差し上げると,お子さんと約そくしました。お子さんはなくなられても,わたしの心は死にません。わたしは,約そくをはたさなければならないのです。お気に入りのこのかばんをおそなえしたら,お子さんも喜んでくださるでしょう。」
 母親は,なみだをふいて立ち上がり,少女のおはかに案内しました。
 ライ麦畑の向こうに,緑の森が見えました。そこに,少女のはかがありました。もり上げた新しい土の上に,野の花がわびしく立ててありました。
 トルストイは,おはかにかばんをそなえました。そして,かたひざをついて,十字を切り,少女のたましいにいのりをささげました。

                  (大木雄二作 「心は死なない」による)
発問1「『心は死なない』ってどんな話だと思いますか」
 児童の実際の反応例
 「ある人が交通事故で死んでしまった。でも,心臓は動いていたので(脳死)心臓が悪い人にあげたと思う。」
 「ある人が交通事故でもう危ない状況で夢を見て,手術を受ける。」

発問2「トルストイはどうするでしょう。」
 「あげる。」

発問3「トルストイは何でもほしいと言われたらあげるのでしょうか。この時トルストイがあげることにした理由が何かあったのかもしれません。それはどんなことだと思いますか。」
 「このかばんをトルストイにくれた人がその女の子によく似ていたから。」
 「その少女が自分の母親にそっくりだったから。」

発問4「『わたしの心は死にません』の『心』はどんな心でしょう。」
 「少女の事で心がいっぱいになっている。早くかばんを持って行きたかった。」
 「あの女の子の約束をしたときのうれしそうな顔がわたしの心に残っているから,まだ女の子はトルストイの心の中で生きている。」

発問5「少女は死んでいて,もうかばんをあげても少女が喜ぶことはないのに,なぜトルストイはかばんをそなえたのでしょう。」
 「トルストイの心の中で生きているから,心の中で喜んでいる。約束を果たしたかった。」
 「約束通りにしないと,天国の方で泣いているかもしれない。心の中にあの笑顔が残っている。」

発問6「トルストイのこのような行動を『誠実に行動する』(板書)と言います。『誠実』とはどういう意味だと思いますか。」(意見が出にくい場合は辞典で調べる。)
 (辞典で調べる)

発問7「誠実(まじめでうそがなく,真心がこもっていること)の反対はどんな態度だと思いますか。」
 「うそをつく。」
 「よろけている。」

発問8「もし,自分がトルストイのような誠実な行動ができたとしたら,どんな気持ちがするでしょう。」
 「ふう~すっきりした。」
 「すっきりした気持ちで,してよかったなぁ。と思う。」