卒業文集

 世の中には,すごく立派な卒業文集を作成される先生もおられるので,これが参考になるかどうか分かりませんが,最近つくっている卒業文集のパターンを紹介します。

 最近の卒業文集には,次のような3点セットを入れるようにしています。

 1,卒業生に贈る詩
 2,学級の毎日の歴史
 3,ある日の6年生の様子


 これ以外には,その時の卒業生たちの構想で,各種作文,メッセージ,各自の思い出ベストテン等々が入っていきます。
 ここでは,3点セットについて説明します。


1,卒業生に贈る詩

 以前は,巻頭言として,卒業生に贈る言葉を書いていましたが,最近は,ある年に卒業文集に書いた自作の詩を毎回載せることで済ませています。
 次のような詩です。


      卒 業

 卒業よ
 おまえは
 押されて出ていく心太(ところてん)じゃないだろうな
 ひょっとして
 かわいい1年生が入ってくるからといって
 追い出されて行くのじゃないだろうな
 少なくとも
 時に乗っかって出ていくような
 ふしだらな真似だけはするなよ
 せめて
 もう一人の自分を連れて出て行けるぐらいの
 申し訳は 
 ポケットにひそませておけよ


 詩なんていうほどのものでもないかもしれませんが,私としては,自分自身に対する教育の課題としての思いを精一杯表したものです。
 厚かましくも,ある年には,卒業前に,この詩の読み取りの授業を国語で行ったこともありました。

 これ以外にも文集の最後のページに有名な作家の詩を載せることをしていきます。
 今まで文集に使わせてもらった詩を紹介します。


     明 日
                 新 美 南 吉

 花園みたいに待っている。
 祭みたいに待っている。
 明日がみんなを待っている。

 草の芽,
 あめ牛,てんと虫。
 明日はみんなを待っている。

 明日はさなぎが蝶になる。
 明日はつぼみが花になる。
 明日は卵がひなになる。

 明日はみんなを待っている。
 泉のようにわいている。
 らんぷのようにともってる。



     窓
                 新 美 南 吉

 窓をあければ
 風がくる,風がくる。 
    光った風がふいてくる。

 窓をあければ
 こえがくる,こえがくる。
    遠い子どものこえがくる。

 窓をあければ
 空がくる,空がくる。
    こはくのような空がくる。



    終業のベルが鳴る
                     新 美 南 吉

 終業のベルが鳴る・・・・。
 生徒らはランドセルを背おい
 みないってしまう。
 おくれた小さい生徒も
 汽車にのりおくれるとでもいうように,
 両腕をつきあげてランドセルを背おい,
 帽子をひったくって
 いってしまう。
 あの子たちはどこへ帰っていくのだろう。
 あんなに大急ぎで,
 何があの子たちの魂を抱きとり,
 その魂の孤独をなくすのだろう。
 ぼくは朝,
 こころに昨日の疲れを覚えながら, 
 昨日のうれいの続きを
 ひきずりながら一日を始めるのに,
 あの子たちの魂を
 何が日ごと,清新にするのか。
 生徒らが帰ってしまって,
 足音もしなくなった部屋に,
 私はぽけんと残っている。
 小鳥たちがさったあとの
 一本の樹木のように。



    今日のよろこび
                   阪 田 寛 夫

 今日が光の輪をとじる
 今日がこうしてすぎてゆく
 こころつくしたよろこびが
 なみだみたいに光ってる
 私はこの日を忘れない

 いつかあそんだ路地のうら
 いつかながめた雲の色
 夢のつづきをみるように
 今日の心にうつってる
 私はこの日がなつかしい

 みんなのなかにも
 今日がある
 みんなのなかにも
 この日が光る
 
 今日が光の輪をとじる
 いまがむかしになってゆく
 思い出だけはあたらしく
 いつかある日によみがえる
 私のこの日よ すこやかにあれ

                       



2,学級の毎日の歴史

 4月の始業式の日から,その日の学級の一言日誌を毎日書いていきます。
 これは,ノートに書くのでなく,


  • 4つ切りの色ケント紙を八分の一位に切った短冊を使います。
  • 短冊にサインペンで書きます。
  • 日直が書きます。
  • 内容は,日付とその日の出来事です。
  • 「誰が」「どんな努力をしたか」「どんないい事があったか」を中心に書きます。
  • 2,3ヶ月で全員の名前が出るよう,時々チェックして,教師が助言していきます。
  • 書いた短冊は,教室の周りにずらーと張っていきます。
  • 色ケントは,数種類の色を順に使っていくと,全体がきれいな色合いになっていきます。
  • 参観日には,家の方も興味を持って読んで下さいます。
  • 時々,書き方の評価をして(ほめて)どんな書き方が良いのか方向を示します。
  • 2月にはそれを集めて,全員で分担して卒業文集原稿用紙に写していきます。

 これは,後で一気に読み返すと,本当にクラスの歴史が見えてきます。




3,ある日の6年生の様子

卒業文集の最後には,卒業生一人ひとりへの最後の『評価』を贈ります。
それをある日の6年生の様子として1日の時間割に沿って表していきます。
これは,初めて卒業文集をつくったときから続けてきました。
ある年の卒業文集の「ある日の6年生」の文を紹介します。


       「ある日の6年生」

 朝,職員室に入ろうとすると,
「おはようございます!」
と,爽やかな挨拶をしてくれたのは,Aさん。最近すばらしく言葉づかいがきれいになってきている。多分彼女は,この2年間学校に来て発言しなかった日はないだろう。学習意欲がいつも光っていた。

 さて,朝会が始まるまでに「かがやけ」(子どもたちで考えた通信の名前)を印刷しておこう。5年の時の「ふれあい」に続いて,これもどうやら100号までいきそうだ。今日の「かがやけ」の題字イラストはBさんのもの。いつもながらなかなかセンスがいい。日記も毎日2,3日分もの量を楽しく書いてきている。Bさんと言えば,Cさん。Cさんもまた,いつも鋭い言葉づかいで,深い思考をよく見せてくれたものだ。この2人にはユーモアのセンスと文才が備わっている。そういえば,現代の清少納言と紫式部だとよく言ったものだった。全国レベルの言語感覚を持っている才色兼備(?)の2人だ。

 と思っているうちに,もう朝の音楽が流れ始めた。今日はグランドを走った後,児童朝会がある。外に出てみると,もう6年生の場所には,D君とE君が集合している。この2人は仲がいい。どちらも明るいスポーツマンだ。D君は,キャッチャーとして抜群のテクニックとガッツを見せ,日頃の行動にも誠実さがあふれている。E君は将来野球選手になりたいと言っていた。あの爽やかさと,楽しさと,球さばきのセンスがあれば,高橋慶彦(この子の名前が「慶彦」だったのです。)以上の人気者のスーパースターになるかもしれない。是非,あの「お立ち台」に立った姿を,テレビで見てみたいものだ。

 さて,全校が集まると,体育委員会委員長のF君が号令をかけて整頓させている。F君は,いつも自分の意見を持ち,人が意見を言わないでシーンとしている時には,必ずその沈黙を破って意見を出して,討論の口火を切ってくれる,頼もしい存在だ。

 グランドを走った後は,児童朝会。会長のG君が朝礼台に上がった。私は何も言っていないのに。ふ〜ん。なるほど。自分たちで前もって話を考えていたようだ。「自覚」ができつつあるようで,安心する。(この年の学級目標は「自覚実行」でした)彼の自然愛護の精神には学ぶものがあるよなあ。

 朝会が終わって教室に向かっていると,6年の教室からはラジオカセットに録音された,若々しい男性の声で,和歌が次々と矢継ぎ早に流れている。今日も6年生は,学級朝会の後,百人一首をしているようだ。今は,「百人一首世界一周リーグ戦」のPARTUの7回戦目をやっているはず。1回戦が11試合だから,このPARTUだけでも70回以上試合をしていることになる。PARTTでは,8回戦しているから,88回。計158回以上百人一首をしていることになる。5年生の時もしているから,2年間で合計すると,この2,3倍はしてきているはず。つまり,約400回の百人一首で,4万回和歌を聞いていることになる。もう完全に私はかなわない。右脳を使って覚えたものは強い。中学校や高等学校などではなく,きっとその後の一生のうちに,これが役に立つこともあるはず。その時は,この小学校も一緒に思い出してくれるだろう。

 と,思いつつ教室に入ると,一斉に,
「おはようございます!」
の声。テープでは,約5分で百首読み上げているので,一首は3秒で終わる速さ。その息つく間もないような緊張感の中で,よくも挨拶ができるものだ。たくましい余裕を感じる。

 文化的な香りのする教室だなぁと,見渡していると,今日もビシバシ,札を嵐のように取りまくっているのはHさんだ。彼女は何度か11試合全勝を経験している。このクラスで一番先に百首覚え,今では,テープに録音してある2種類の読み札の順番まで覚えてしまったという。

 感心しているうちに試合は終わり,さて,1時間目。今日の1時間目は算数だ。算数と言えば,I君。彼の計算力の確かさはたいしたもの。落ち着いて,冷静に判断できるのは,野球の時にも役に立っている。物静かだが,芯の太い,純粋な誠実さを感じさせる男だ。

 さあ,今日は,この問題から考えて・・・と話しているうちに,もう予習でその問題を済ませている顔をしているのが,J君だ。彼は,「平成教育委員会」の本まで買って読んでいるくらい,様々な「問題」に興味をもっている科学少年だ。そういえば,教室の黒板に出している「THE 難問」シリーズにも,必ずにこにこしながら解答を持ってやって来ていた。そして,もう一人のライバルが,K君だ。彼も,「考える」ということ自体が好きで,「考える」ことを楽しんでさえいるように,どんな問題にも興味を持って,粘り強く最後まで考えて解いていた。そしてあの,問題が解けた時の表情には,純粋な,質の高い喜びがあふれている。

 チャイムが鳴って,1時間目終了。みんなが休憩している中,自分の納得していない問題を考えているのが,L君。いつもはクラスのムードメーカーとして,明るい雰囲気をつくり出してくれているが,物事をいい加減では済まさない,まじりけのない,真っすぐな心を持っている。

 チャイムが鳴って,2時間目は国語。今日は,前の時間にみんなで出した「物語文の主題」についての討論だ。お互いの意見をつぶし合いながら,主題に迫っていこう,というもの。

 うん,よく意見を出しているのは,Mさんだ。それも,本文の内容を根拠にして,その意見の主題としての不適正を指摘しているではないか。なかなかやるねぇ。彼女はいつの間にか授業中の集中力を身につけてきている。

 もう一人,鋭い意見を出してくるのが,N君。読み取りなどでは,みんなが思いつかないような鋭い見方を紹介して,みんなを感心させていた。制服のポケットには文庫本がよく入っていて,ちょっとした休憩などには,さっと出して,熱心に読んでいる。この,ちょっとかっこいい読書の習慣が,どうもその鋭い考え方の源になっているのではないだろうかと思われる。

 2時間目の次は大休憩。Oさんがファックス原稿用紙を取りに来る。これから児童会通信「つばさ」を書くようだ。彼女は,児童会役員の書記に自ら立候補し,当選した。そして公約通り,どんどん「つばさ」を発行している。その早さ,丁寧さには,いつも感心させられる。内面に持っている,仕事に対する責任感の強さをはっきり見せてもらった。

 教室の端の方では,P君と何人かがもつれ合って遊んでいる。P君は,
「やめぇや。」
などと言っているが,それでも続いているのは,本人の醸し出す独特の柔らかい雰囲気に,周りが甘えているからのようだ。とにかく彼の笑い声の聞こえない日はない。こういう人は得だと思う。

 教室の入り口の辺りでは,女子が「めかくしバトル」とかいうものをやっている。随分楽しそうだ。この遊びは誰が考えたのか知らないが,大体,こういう楽しい遊びを考えつくのは,Qさんが多い。女子たちは,Qさんを頼りにしているところがあり,また,Qさん自身が「まかせとけぃ!」というような迫力を持った楽しいキャラクターである。この遊びについ私も入りたくなるが,変なおじさんなんて言われてはいけないと,自重しておくことにした。

 休憩中によく話をする人の中にR君がいる。この話がまた,何ということもなしにおもしろい。まず彼の口調が独特である。あっさりしているというか,ぽつりと言う一言に,鋭い批評が含まれていたりする。またユーモアも十分ある。だから,飽きない。

 また,S君と遊ぶのもおもしろい。これは,知っている人は知っているが,知らない人は知らない(?)だろうが,一度始めてしまうと,1日中続いてしまうこともある。廊下などで目が合うと,もう緊張の連続である。やったらやられる。私もつい本気になってしまう。楽しい人物だ。しかし,授業中は全く別人になり,しっかりと自分の意見を出してくる。この前の道徳の時間では,大多数対一人で意見の言い合いをしたこともあった。今日の道徳ではどうなるだろう。

 さて,3時間目は音楽だ。この時間にみんなの日記を見ておこう。この2年間,毎日みんなよく書いてきたものだ。

 まずTさんの日記。Tさんは,いつもよく言葉の使い方を考えて,細かい表現の工夫を誠実にしてきている。本当にすごいことだ。こんな努力を毎日続けてこられる心の強さが,周りの友人たちからの絶対的な信頼を得る原点になっているのだろう。やはり,自分に厳しい人は,人に優しくできるというのは本当だ。

 次は,Uさんの日記。Uさんは,よく日記の中で,自分や家族について,真剣に考えてきた。そして,より良い自分になろうとして,頑張っていること,また悩んでいることを正直につづってきている。自分の心を探る作業を真剣に2年間続けてきて,精神的に成長しないはずがない。Uさんは,日記を利用して,自分を高めてきている。

 次は,V君だ。これがまたいい!とにかく彼の性格そのものという内容が続いている。丁寧で,優しく,細かい配慮がすみずみに行き渡っている。日記は本当にその人間自身を等身大で表すものだとつくづく感じる。

 さて次は,ああ,この字はWさん。私の場合,字を見て誰か,全員分かるようになるには,出会って最低1ヶ月はかかる。Wさんは最近お母さんとのことを書いていた。あれは,とてもあたたかい,お母さんとの関係を伝えていた。彼女は本当によく家庭の仕事を手伝っている。日記には,しんどいとか書きながらも,「私がやると,みんなが楽になる」と考えて,やはり,することにしている。ここの辛抱強さが,人間の丸みをつくり出していくのだろう。実際,よく仕事をしているWさん自身がいい証拠になっているではないか。

 日記の返事を書き終わり,次の「かがやけ」を書き始めた頃,音楽が終わる。6年生たちが音楽室から,
「ただいま〜。」
と言って帰ってきた。かわいいものだ。しかし,「ただいま」と言える「教室」の空気を創り出すことは大切ではある。

 4時間目は社会。みんなノートのまとめ方が上手になってきた。私も小学生の時,これぐらい努力していれば,苦労しなくてすんだのに,と思う。このノートは大事にとっておいた方がいい。きっと20年後には,すごい宝物になっているはずだから。

 今日の社会では,アメリカの小学校の教室を写した1枚の写真から気づくことを発表していった。服装,靴,机の向き,季節,皮膚の色,帽子等,次々と気づくことの発表が続く。おかげで,自然に日本とアメリカの風習の違いに気づいていく。

 4時間が終わり給食の時間。班になって食べるのだが,X君のいる班は笑いが絶えない。その表情,言葉の言い回し,仕草には,味があり,演技力は絶品である。そして,児童会の副会長としても落ち着いた挨拶をこなしている。次の5時間目の道徳では,ディベート形式で授業を行うつもりだが,こういう時,彼はその演技力と発想の奇抜さをいかんなく発揮する。

 昼休憩中はYさんの周りで笑い声が絶えない。とにかく,彼女の一言一言には,まずかわいらしさがあり,おかしみがあり,意外性がある。私は毎日のようにYさんの「今日の一言」とでもいうべき,楽しく,感心させられる言葉を周りの友人たちから教えてもらっている。
「誰からも好かれる」
これは,Yさん自身と,その家族のおかげで持つことのできた大きなYさんの勲章である。

 今日は,冬とは思えないほどのぽかぽか陽気。
 窓からは春を思わせる暖かい日差し。
 教室には将棋を指す乾いた木片の音と,百人一首に興じる笑い声。
 2年間のつきあいがもうすぐ終わる。