賢者は正論を言わず


 クラスの中には,確かに自分のことはしっかりできて,様々な課題に対しても誠実に努力できる子がいます。しかし,それを他の人間にも要求するような子もいます。いわゆる,「きつい子」です。自分にも厳しいが,人にも厳しい。それはちょっと・・・という思いで,ある日の朝会で,こんな話をしました。 

 これは,何だと思いますか。(と言って,黒板に円を一つかきます。)




 これは,みんなです。自分だと思って下さい。あ,丸いだけではいけないので,やはり顔をかきましょう。(と言って,眉,目,口をかきます。)




児童「えーーーーーっ!」
(と言うので)
 えっ,気に入らない?
 あ,ごめん。髪の毛をかいてないからですね。(と言って,髪の毛を3本ほどつけます。)
児童(笑い)




 さて,これがみんな自身だとして,この人の周りに4人の友達がいたとします。




 で,これらの人とそれぞれ待ち合わせをしたとします。は遅れてくる人,は待ち合わせ時間より先に来る人とします。友達としては,やはり早く来てくれるの人の方がいいですよね。

 まず,このの人ですが,同じ遅れてくるにしても,ちょっと違うんです。という人は,自分は遅れてくるくせに,人が遅れてくると文句を言う人とします。これ最悪ですね。それに対して,という人は自分も遅れるんだからということで,人が遅れてきても文句を言わない人とします。これはちょっと筋が通っていますね。これなら,まあ遅れてきても許せるかもしれません。
 次に。これはどちらも早く来るのですが,やはりちょっと違います。は,自分は早く来るんだからということで,人が遅れてきたら,文句を言う人なんです。
「もう,信じられなーい。」
なんてね。
 ちょっと厳しそうですが,ちゃんと筋が通っていて,何も文句は言えませんね。

 さて,。これは,すごいですよ。自分は早く来るが,人が遅れてきても文句を言わない人。遅れてきた人が「ごめーん。」て言っても,
「いいよ,いいよ。私も今来たところだから。」
なんて言う人です。本当は10分前に来ていてもね。ちょっとドラマチックです。すてきですね。こんな人。




 ここで,みんなに聞きます。この4人の中で友達としてどの人がいいと思いますか?はちょっと怖そうですね。では次に逆に自分がこの4人の方だとしたら,どのタイプだと思いますか?自分はのように約束にはよく遅れるくせに,人が遅れて来た時はおこるタイプだと思う人?(次にと聞いて挙手させていきました。)

 なるほどね。先生は,実は,このクラスの人はこののタイプの人が多いと思っています。みんな,自分のことはとてもよくできるんです。だから,他の学年の人たちに対してもつい厳しくなることが多いですね。「自分は頑張っているんだから,あなたも頑張りなさいよ。」という感じで,大変厳しい時があります。でも,できたら,もう一歩レベルを上げて,の人のように,「自分はすることはする」でも,「できない人にはやさしく接する」ようになったらいいなと思っています。

 先生が前読んだ本の中に出てきた言葉で,今でも覚えている言葉があります。将棋の強い人で,「米長邦雄」という人が書いていたのですが,
「賢者は正論を言わず」
という言葉です。
 米長さんは,ある時こんな話を聞いたそうです。

−−−米長さんと同じように,やはり将棋の強いプロで,谷川さんという人がいました。プロの将棋の大会では1戦ごとに場所を変えたりしていろんな旅館などで行うそうです。それである日,大会に備えて,谷川さんは前の日からその旅館に行って泊まって大会の日を迎えたそうです。しかし,相手の方は,当日にその旅館に向かっていて,途中で交通渋滞か何かに巻き込まれて,とうとう試合の時間に間に合わなくて,試合の予定日が変更になったそうです。
 前の日から準備を整えていた谷川さんとしては,相手の準備不足に,一言ぐらい文句を言って,それなりの対処を申し込んでもよかったそうですが,その時,谷川さんは,この事に対して一言も言わなかったそうです。−−−

 この話を聞いて,米長さんは,
「賢者は正論を言わず」
と感じたそうです。
 意味は,「賢者」つまり賢い人は,「正論」を言わないということです。「正論」とは,「正しい意見」という意味です。ただし,ここで言う「正論」とは,「正しい」とは言っても,「あまりにも正し過ぎる,あたりまえの意見」というような意味です。前日に準備をして待っていた谷川さんとしては,試合の日にのこのこやってこようとした人に対して文句を言えるのは当然の権利でもあります。立場としては,何を言っても許されるだけの状態にあるわけです。でも,谷川さんはその時,何も言わなかった。

 「賢者は正論を言わず」
 本当に賢い人は,あまりにも当たり前の正論は言わない。弱い人ほど,ちょっとでも自分が有利な立場にあると,いろいろ言いたいことを言うものです。また厳しくなるものです。
 米長さんは,もし自分が,当日遅れて行った立場になっていたら,自分の準備不足を謝る自信はあると言っています。しかし,怖いのは,自分が谷川さんのように先に行って待っていた方になっていた場合だと言っています。もし自分が,谷川さんの立場になっていた時,何も言わずに済ませたかどうか自信はない,と言うのです。

 「賢者は正論を言わず」
 レベルの高い人は,人の失敗を責めないということだと思います。

 さて,前の話に戻ります。の人が30点のレベルの人だとしたら,みんなはですから,もっと上のレベルになります。でもそれはせいぜい70点のレベルです。確かにの人の言うこともすることも正しいのですが,みんなはこののような人とつき合いたいと思いますか?ちょっとつき合うにはしんどいものがありそうですよね。気が楽なのはの人でしょう。でも,では何かだらしない感じです。はかっこいいですね。
 自分は約束より早く来る。でも人が遅れて来ても文句は言わない。
 自分は頑張っている。でも人ができていない時,それは責めない。逆に励ましてあげられる。
 これには,心に大きな余裕が必要です。
 まず普通の人には無理なことですね。
 でも,人は少しでも「こういう人になりたいな」という理想を持っていないと,どんどん嫌な自分になっていくことがあるんです。
 先生は,みんなに「こういう人になりなさい」なんて言おうとは思いません。どんな人になろうと思うかは,みんな一人ひとりが自分で決めることです。のようになりたいか,のままでいいと思うかは自分しだいです。自分を変えていけるのは,自分しかいないのです。
 なりたい自分に自分を成長させていってほしいと思います。