10月31日(木)晴れ

 PM4、いまいち調子が良くないので、御茶ノ水K記念病院へ。PM6帰宅。PM8・30就寝。5時間後のAM1・30、案の定、パッチリ目が覚める。少ししてまどろむも、3・30、またしても目覚め。3度寝したので、普段よりも寝不足気味。なんのこっちゃ。

10月30日(水)晴れ

 10時起床。トランクルームに不用品をしまいに行ったり、銀行の支払いを。
 タワーレコードで視聴。MIMIの新譜アルバム、椿のマキシシングル「彼方へ…」、SOUL LOVERS「また、さようなら」、買うに至らず。注文しておいたコンピアルバム「O’ JESUS!」を引き取ってくる。ZOOCO、SAKURAらが参加したゴスペルアルバム。帰って聴いてみる。これは当たり! 聴き応え十分。

 同窓会報をお世話になった教師たちに発送。夕方、子供と一緒に、誕生日プレゼントを買いに「ペンギン」へ。最終的に選んだのはライフル型モデルガン。今のモデルガンは弾丸の発射能力がすごい。遊ぶときに気をつけないと。
 夕方、誕生祝。上の娘が古本屋を歩き回って買ったマンガを弟にプレゼント。ケンカばかりしているようで、姉弟仲がいい。

10月29日(火)晴れ

 PM3・20、K記念病院で鍼治療。

PM7・30、新宿御苑、シアターサンモールで流山児☆事務所「人形の家」。寺山修司の1962年初演の人形劇「狂人教育」を改題、6人の黒衣と人形の登場する物語に再構成したもの。冒頭、トランクを持った6人の漂流者のシーンはフィリップ・ジャンテ風。太鼓、銅鑼を使い、歌舞伎の所作、白塗りメイクとジャパネスクを強調したのは海外向けか。モダンダンス、トランクを利用したパフォーマンスはスタイリッシュ。猥雑さの中に洗練された演出。家族の中に狂人が一人いるという伝聞から、自分が狂人でない証拠として、みんなが同じ行動を取るようになり、一人だけ、仲間はずれにされた娘が最後に首を切られて死んでしまう。しかし、その首からは真っ赤な血が。彼女だけが人形ではなく、血の通った人間だったという、寺山修司初期の社会性に富む戯曲。人形劇を、人形使いの黒衣と人形の物語にし、最後に両者の関係が逆転するという演出は、「邪宗門」を意識した流山児の解釈だろう。

 井沢希旨子をはじめ、6人の女優、イワオ、本田実ら6人の男優が一糸乱れぬ統率された演技。なるほど、これなら海外の観客にも大ウケするはずだ。雑多なジャパネスクも記号として有効に働いている。

 珍しく、エコーの制作A氏が見に来ていた。蘭さん、小田島雄志氏も。終演後、劇場ロビーで軽く乾杯。I藤U氏と立ち話。先日のグローブ座前野外劇の話。
 井沢希旨子と同郷のミュージシャン氏とライブの話。
 制作KK氏に「××想って○○さんのこと?」と聞かれる。前から話していたと思ったけど…。
PM10、劇場を後にして家路に。PM11・30帰宅。

電車の中でBからの電話を受信。電車を降りて、改めて電話。「今、Jさんと飲んでるんだ」。飲むのは初めてとか。

10月28日(月)晴れ

 仕事を終えて、PM5新宿へ。タワーレコードで、るりの「セツナカゲロウ」を買う。南口・長野屋で赤魚定食+目玉焼き=1050円。紀伊國屋書店で「早稲田文学」11月号を買う。向井豊昭の連載「エロちゃんのアート・レポート」が読みたくて、買おうと思ってもいつも置いてなかった。今日は珍しく何冊か並んでいる。向井氏の連載は最終回。初めて読んでいきなり最終回。1回から5回分の連載を読みたいが、図書館に行くしかないか。

 PM6・30、紀伊國屋ホールでこまつ座「雨」再演。ひょんなことから他人に成りすまそうと企んだ男が陥る悲劇。いつ見ても瓜二つの人間を1人(正確には3人)で演じるシーンは見事。どこで入れ替わったか、最初見た時はわからなかった。辻萬長の「腹話術」の賜物。その場面が終わったとたん、客席から「ふーっ」というため息とざわめきが起こるほど。
 9・50終演。青年座のM氏に、「紅い花」の沢井桃子の消息を聞いてみる。「もう引退して10年以上もたつので劇団とは没交渉です。大学の同期なら知ってるかも知れないけど。聞いておきましょうか」と言ってくれる。こまつ座・S氏に挨拶して家路に。11・30着。

10月27日(日)晴れ

 月末に集中する子供の誕生プレゼントを買うために、自転車で大型雑貨屋さんへ。下の子はモデルガンが欲しいというのだが、結構高額なものもある。自分の欲しいものと値段の折り合いがつかず、1時間以上もショーウインドー越しに延々と悩む子供。親とそっくり?

 お昼は家族でレストランで食事。帰宅途中で花粉症状態に陥り、クスリを飲んだらそのまま夕方までグッスリ。屋上防水の工事音が耳に響くも睡魔には勝てず。
 6時に起きて娘の誕生日祝い。くまのプーさんが好きというので、大きなクッションをプレゼント。

 同窓会のときに、後輩のTさんに「トップページがいつも重いですよ。大きなファイルがあるみたい」と言われたので、びっくり。以前、音楽や映像を貼り付けたら、「開くのに時間がかかりすぎる」と不評だったので、なるべく軽くというのがHPの基本方針。そんな重いファイルがあったとは。その正体が自作のバナーだったということをメールで教えてもらう。調べたら確かに7メガもの容量。重いはずだ。自分で試行錯誤を繰り返しながら作ったバナーで、容量まで計算していなかった。今までトップページ開くのに時間がかかっていたかと思うと、冷や汗が出る。人は自分で気がつかないうちに他人に迷惑をかけているものだ。

10月26日(土)雨

 朝から雨。ちょっと寒いが、朝のうちだけだろうと、たかをくくって半袖Tシャツに薄手のジャケット。しかし、一日中気温は上がらず雨が降ったり止んだり。やっぱり、もうTシャツは終わりか。

 電車の中で、シャカシャカと音楽がヘッドフォンから漏れている音。ケータイにウオークマン、最近の電車は不快になる電子音があふれている。その音漏れの張本人が空いた隣の席に座ったので、ひじをつついて注意する。ガッチリした体格の中年男なので、逆切れされて刺されでもしたらどうしようと思ったが、素直にボリュームを下げてくれたので安心して眠りの中に…。

 今日に限ってなかなか仕事にケリがつかず、ようやく仕事を終えて、市ヶ谷の同窓会場にたどり着いたのが午後2時。1時からの同窓会は進行中。受付で5000円払い、宴会場へ。1年以上も「音信不通」だった42期のIさん、Eさんの姿を発見。「どうしてたの?」「ご無沙汰してます。仕事の都合で幹事会にもなかなか出られなくて…」などという会話。

 1年ぶりに会う先輩、後輩の顔々…。廃寮になり、もう寮生活のことを知っている世代は限られてしまったが、警察官をしているO先輩とひとしきり寮時代の話。「今も寮での想い出が体にしみついている。くじけそうになっても、寮時代の苦しさ、楽しさを思えば頑張ることができた。あの体験はかけがえのないものだった」と。

 Y君が夏に出演したFM番組の録音テープを持ってきてくれる。恐怖の一発ナマ録音。自分の声を聞くのは怖いが、あとでこっそり聴いてみよう。

 PM4、中〆をして解散。来賓を入れて150人余。東京にある、青森の各高校同窓会の中ではダントツの動員数。教職員のOB会も盛況のようで、不思議と、同窓会活動が活発な高校だ。卒業生、教職員にとって記憶に残る「いい高校」ということか。

 今年は同期生は風邪で欠席が1人。PM5から同期生Mさんがやってる新橋でスナックで二次会。女性4人、男1人とこじんまり。しかし、話が弾み、楽しい時間だった。本部同窓会事務局の一員として上京中のS氏が途中からかけつけてくれる。彼は一つ下。
 考えてみれば、高校時代はお互いに話をしたこともなかったのに、卒業後30年という時間を経て、共通の話題に花を咲かせている。共通の話題ーーそれが学校という共同生活のいいところなのだろう。

 PM10、女性陣3人は遠方から来ている人もあり、「電車のあるうちに」と一足先に解散。残ったSとカラオケを11時まで。わざわざ店を開けてくれたMさんに感謝しつつ3人で駅まで。0時過ぎ駅に着き、0・30時帰宅。その間、携帯で長電話。

10月25日(金)晴れ

 午前11時、民主党・石井紘基代議士刺殺の第一報。自宅前で迎えにきた公用車に乗り込もうとするところを男に刺身包丁で刺されたという。ほぼ即死状態だった。

 石井氏といえば、2年前、深作欽二監督の映画「バトルロワイヤル」の暴力描写をめぐり、映画界、国会を巻き込んだ論争の仕掛け人として知られる。「バトルロワイヤル」そのものは、深作監督自身の傑作「仁義なき戦い」の出来の悪いパロディーとしか思えないシロモノだった。映画としては理念先行・頭でっかちで、私にとってはまったく問題外。深作=暴力=美学=反骨…という図式に、ファンがひいきの引き倒しをしたとしか思えない映画だった。大方の外野は、「表現の自由」に介入する石井議員に反発したと思うが、問題提起は正当だと思う。テレビドラマにしても、子供たちの目に触れる場所での暴力描写に日本人は不感症。頭脳細胞の柔らかな子供への影響があるのは明白だ。
 ともあれ、蔓延する暴力的風潮に警鐘を鳴らした石井議員が刺殺されるとはなんとも痛ましく皮肉なことか。

 友人のT氏に電話すると、「ウソでしょう」と絶句。「友人の友人」というコネクションがあったとか。

 PM3・20。K記念病院で鍼。

PM6・30。六本木・俳優座劇場でシアター21「言葉 アイヒマンを捕らえた男」。ナチス親衛隊で、ユダヤ人虐殺の下手人・アイヒマンと、逃亡先であるアルゼンチンに潜入して捕獲したイスラエル秘密警察・モサド隊員の精神的攻防を描いた作品。舞台はアイヒマンとモサド隊員の息詰まる対決を主軸に、アイヒマンとはいったい何だったのかという問いかけをする。後に裁判で明らかされるように、アイヒマンは稀代の悪鬼・殺人鬼というよりも、凡庸で卑小な人間にすぎなかったという。その凡庸な男が平然と大量殺人に手を染めるのが戦争の狂気。しかし、なぜ今、アイヒマンを取り上げるのかが、よくわからない。ナチスドイツによって600万人の被害者を出したイスラエルが、今はパレスチナの民を虐殺している。パレスチナ問題とリンクさせるのかと思ったがそうでもないし…。
 JTがスポンサーなので、やたら舞台で煙草を吸うシーンがあり、客席に匂いが漂ってきて閉口。PM9・20終演。久しぶりに会った制作のIさんに挨拶して帰る。

 PM10・30帰宅。

10月24日(木)雨のち晴れ

 昨夜は9時半に就寝。そのためか午前2時半に目が覚める。きっちり5時間。普段の睡眠時間を体が覚えているのだ。二度寝したら起きるのが辛いこと…。
 拉致被害者・横田めぐみさんの娘といわれた少女がDNA鑑定でめぐみさんの実子と確定した。公開された少女の顔は確かに母親とそっくり。彼女のこれからの人生、祖父母の胸中を思うと……。大仰なBGM付きでドラマチックに報道するテレビに腹立たしさをおぼえる。

 午後、同窓会報が刷り上がったので、事務局S氏に取りに来てもらう。いつものことだが、出来上がってしまうと、急速に興味が失せていく。「こんなものかなぁ」と。もっと面白い同窓会報にしたいんだけど。

 劇団Gから、次回公演のパンフ用に対談の仲介を頼まれる。オウム真理教がテーマとか。F氏に話すと即OK。
 PM5帰宅。
10月23日(水)晴れ

 朝、8時過ぎから屋上の防水工事が始まり、耳元まで騒音がガンガン響いてくる。耐え切れず起床。午後、冬物をレンタルトランクルームから出してくる。風が冷たい。昨日、渋谷でもほとんど皮ジャンや厚手のジャンパーを着込んでいる若者が多かった。

 夕方、タワレコードでCD物色。Tylerの「Majesty」、Soul Lovers、GO!GO!7188の新譜を視聴するも買わず。昨日の夕刊でチェウニの新譜カバー集を紹介していたので、どんな感じかと思ったが入荷せず。新星堂に行くと、Tylerは片隅、Soul Loversは入荷せず。チェウニも入荷なし。最近のCD屋は独自路線を取っていて、それぞれプッシュする盤が違うので、いくつか渡り歩かないと、好みのCDを見落としてしまう。

 夕食後のBGMはスタン・ゲッツ。工事の音で睡眠不足。早めに寝よう。

10月22日(火)晴れ

 PM4、仕事を終えてK記念病院に。その足で渋谷へ。HMVでCD物色。ピアノを大胆にフィーチャーした星村麻衣、ラブバラード「片想い」の柴田淳を視聴するも買わず。

 PM7、パルコ劇場で美輪明宏音楽会<愛>。
 パルコが改装中で地下のブックセンターも閉鎖中。
 受付でパルコのS父江氏とオフィス・ミワのK井氏に挨拶。
 会場は99%が女性、そのうち半数が40代以降。

 開幕してしばらくすると、どうも違和感をおぼえる。今年は例年のコンサートと何か様子が違う。

「ホモセクシュアルであることで差別され続けてきた」過去の事件、「今もたまに新宿2丁目に行く」ことなど、ふだんあまり口にしないことを思いつめたようによく話す。
 さらに、戦後間もなく、同じ性向を持つ友人が親に女性との結婚を強要されたため、便所で首を吊って死んだこと、その場に居合わせ、死体を発見したこと。「あの時の彼の顔は生涯、忘れようにも忘れられない」と、話の途中で感極まって、涙ぐみ、絶句するシーンも。感傷を抑制する美輪明宏にしては珍しいことだ。国家に対する「恨」は、長崎での被爆とともに、その事件が根底にあるのでは。

 アンコール前の曲「ボン・ヴォヤージュ」は10分を越す大曲。これも「年下であろうが、異性であろうが誰を愛そうとそれはその人の人生」と歌い上げるシャンソン。
 「来年の公演で”黒蜥蜴”をやりますけど、それが最後になるかもしれません」とも。
 やはり、今年の美輪明宏はどこかおかしい。PM9・30終演。

 終演後、K井さんに話すと、「実はずっと体調が悪くて、投薬と注射で、ようやく昨日の初日に間に合ったんです」と。声に張りはあるし、声量も変わらず、一般の観客には気づかれなかったようだが、そういうことだったのか。
 K井さんが勧めるので、楽屋へ。小日向文世、奥山和由らの姿。一人ずつ楽屋の入り口をくぐって挨拶。「舞台のほうも見にいらしてね」と美輪さん。外に出ると渋谷は10時半でもお祭の夜。PM11・30帰宅。

10月21日(月)雨

 寄り道せず、まっすぐに帰宅。途中、博多のAさんに電話。「7時半からスタート」で、Kさんを待っているところ。Kさんにも電話。

 ネットで故郷の重大事件の発生を知る。きょう午前、マグロの買い付けに来たという会社経営者(関根浜のF開発らしい)ら二人が、風間浦村の駐車場で男数人に襲われ、数千万円を奪われたという。その際、短銃一発発射したという。数千万円というが7000万円という情報もある。いずれにしろ、田舎で、拳銃を使用した強盗事件なんて生まれてこの方、聞いた事がない。マグロの買い付けなどというが、それも不可解。拳銃を使用していることから暴力団の影がちらつく。利権絡みの事件か、あるいは狂言の線もあるのでは。この不況の最中、現金をクルマのトランクに積んで襲われるか? 有線放送で全戸戸締りをするよう呼びかけたという。父に電話すると「知らなかった」と。いよいよ田舎も事件だけは都会なみになってしまったか。巨大開発が進めば、この種の事件は増えるかもしれない。牧歌的な故郷が変わっていく…。

 夜、用事があってシーザーに電話。「今日、劇団の総会があり、終わって今居酒屋で飲んでる」と。

10月20日(日)晴れ

 外出せず。一日家の中。午後から睡魔に襲われ、4時までウトウト。駅のホームに立っている自分の後姿をじっと見つめている夢。軽い恐怖感。
 休日は時間がたっぷりあるはずなのに、逆に何もせず終わってしまう。

「難波大助・虎ノ門事件」読了。公判記録、大助の手紙、事件を報じる当時の新聞など、膨大な資料を駆使した労作。著者の中原静子氏は1931年生まれ。古希を迎えての刊行、素晴らしい情熱だ。

 大助と同時代の、同じ山口出身の詩人・中原中也との比較もすぐれた考察。

 有名な「帰郷」の第四段、「あゝ おまへはなにをして来たのだと 吹き来る風が私にいふ」の前に「庁舎がなんだか素々として見える それから何もかもがゆっくり私に見入る」という二行があるということを初めて知る。今刊行されえている詩集にはこの部分は削除されている。
 しかし、中原氏が言うように、この二行があるとないとでは大きな印象の違いがある。「あゝ おまへはなにをして来たのだと…」が唐突に感じられたが、なるほど、この二行があったのか。

 夕方から、懐旧モード。高校時代の日記を引っ張り出したり、昔録音した深夜放送のテープを聴く。70年代のチャーと金子マリのわいわいトークのテープは、憂鬱になった時、聴くと元気が出る。心のビタミン剤。

10月19日(土)晴れのち雨

 サクサクと仕事を片付け、PM1、下北沢、本多劇場で加藤健一事務所「バッファローの月」。1950年代のアメリカを舞台に、地方巡演のオンボロ劇団の人間模様を描いたドタバタ・コメディー。加藤忍が一皮むけた。どこかしら、女優に徹しきれないテレの部分があったが、今回は珍しくタンカを切るシーンで弾け飛んでしまった。戸田由香もコメディーセンス良し。1時間45分、笑いの絶えることのない舞台。終演後、楽屋を訪ねて忍ちゃんと由香ちゃんに挨拶。メイク落としに多少時間がかかったようだが、にこやかな笑顔で飛び出してくる二人。カトケンさん、久世龍之介さんにも挨拶。

 PM4、会社に戻り、仕事の片付け。
PM6、東小金井へ。雨が本降りになる。駅前の蕎麦屋で鴨南うどん1200円。喫茶店を探すが見当らず。本屋で時間つぶし。

 PM7、北口のJR跡地で野戦の月@海筆子「阿Qゲノム」。台湾の役者2人が参加。女性は高田聖子みたいな元気のいい女優。本火、本水をふんだんに使い、まさに野外劇の醍醐味全開。しかも、アクチュアルな政治状況を反映した舞台は70年代の先鋭的なテント芝居をそのまま引きずっており、実にスリリング。直接的に状況と切り結ぶ桜井大造のテント劇は見る人の気分を高揚させる。蜷川幸雄をはじめとする70年代演劇が”オーバーグラウンド”な芸術となり下がった現在、野戦の月こそ最後に残ったアングラといえるだろう。

 トキ役のつくしのりこが儚げで、しかし凛とした表情が昔のアングラのヒロインをほうふつとさせ、いい感じ。
 野戦の月

 終演後、テントで打ち上げ。場所の関係で11時までと制限があるという。制作のOさんが「飲んでいってください」というので残って乾杯。Oさんに桜井大造を紹介される。20年近く見てるのに、桜井大造と話をするのは初めて。

 函館出身で、今日は実姉と10年ぶりに会ったとか。小耳にはさんだ、その姉の嫁ぎ先の苗字が私の母方の実家の苗字と同じ。非常に珍しい苗字で、北海道でもほとんどないらしい。

 実は、私が高校生の頃、北海道から一組の老夫婦が母方の祖父母の家を訪ねてきたことがあった。老夫婦は祖父母と同じ苗字を名乗り、もしかしたら同じルーツではないかと、わざわざ探してきたという。漁が忙しいせいもあって、「詳しい住所も聞かずに帰ってもらった」と伯父が言ってたそうだが、母は「せっかく訪ねてきたのに、どうしてそのまま帰したのか」と、ずっと後まで私にそのことを繰り返し、話して聞かせたものだ。もう30年以上も前の話だ。
 
 そのことがふと頭をよぎったので、桜井氏に尋ねてみた。すると、「30年前といえば、姉の義父はちょうど教師を退職した頃。そういう家系探しにも興味があったと聞いてます。もしかしたら、その老夫婦は姉の義父母かもしれない」と。

 なんという偶然の一致。桜井大造が函館・中島町の出身と聞いて、親しみを感じていたが、もしかしたら、遠い縁があるのかもしれない。人間、どこで新しい発見をするかわからない。「明日、姉に聞いて見ます。何かわかるかもしれない」と桜井氏。

 俳優の高嶋政伸がなぜか「旅団」時代から桜井大造のファン。何年か前、彼の出る朗読劇に桜井氏が出演した。そのとき山田五十鈴も出ていた。「桜井さんって面白い人ね」と言われたそうな。「山田五十鈴さんは昔から好きだったんで、共演できてよかったです」とテレるように言う桜井氏の意外な面。「ただし、商業芝居には絶対に出る気はない」とか。

 野戦の月は今回を起点にまた積極的な活動を再開するという。黒テントのアジア演劇への傾倒とアジア公演に対してさえ、”新たな文化侵略”と言い切るその先鋭性。一切の妥協を排し、異端であり続ける潔さにエールを送りたい。
 PM10・15、桜井氏に別れを告げて、降りしきる雨の中へ。
0・00帰宅。

10月18日(金)雨のち晴れ

 向こう1年間の給与が決まる日。予想以上の厳しさ…。
 同窓会報を校了、降版。印刷所に回す。
PM3、ル テアトル銀座で「平手造酒 外伝」。”ミラーマン”石田信之さんと”ウルトラセブン”森次晃嗣が共演するハードボイルド時代劇コメディー。テアトル銀座とは意外な場所。初日で平日昼とあって、客席はさびしいが、大衆演劇の基本である笑いと殺陣と勧善懲悪ーー柱がきっちりしていて、演出の手際もいい。元フィンガー5のアキラが劇中で3曲生演奏。ガットギターの「個人授業」も聴かせる。ラストシーンに流れるのはコモドアーズの名曲「スティル」。

 PM4・50終演。外に出て、Mと40分ほど電話。電話の向こうで、母親の声。Mが意外と元気そうなので安心。
 PM7、天王洲アイル・アートスフィアで「ハッピー・バースデイ」。小堺一機、東幹久、七瀬なつみ、円城寺あや、秋本奈緒美の5人が出演。不倫相手をパーティーに呼び、彼女を友人の恋人と偽装しようとした男。思わぬ手違いから、派遣のメイドがその恋人と間違われ…というもつれた糸が絡み合う、マルク・カモレッティのコメディー。これが、大変な面白さ。喜劇というよりも笑劇というべき。小堺もやりすぎることなく、節度ある芝居。最初から最後まで笑いに笑った。脚本の見事さ。カトケンさんが悔しがるだろうな。
PM11・15帰宅。

10月17日(木)快晴

 午前中から気温が上昇し、汗ばむほどの暑さ。「Tシャツで来て、正解だね」と同僚。午後、同窓会事務局Sさんが訪ねてきて、ゲラ返し。
 印刷所で「だから朝鮮人なんか皆殺しにすりゃいいんだ」と吐き捨てるような言葉が聞こえたので、振り返ると、年配の工員。拉致問題を世間話にしていたようだ。そんな言葉を口に出す人もいる。これが2002年の日本の実情。

 PM4・00、根津の鍼灸院へ。半年通ったが、芳しい治療成果も得られず。治療代1回5000円も痛い。ボディーブローのように効いてきたので、意を決して今回で通院をやめることにする。親身になってくれた先生なので、言い出しにくかったが、思い切って切り出すと、一瞬、先生の表情が固くなる。患者からの「別れ話」だもんなぁ。しかし、「そうですか。また、何かあったらいらしてください」とすぐににこかやな顔。ホッとして家路に就く。さよならを言うのは得意ではない。

 PM6、帰宅。家人の体調がよくないので、夕食の支度と後片付け。食後、「面白そうだから昨夜録画した」と言うので、三谷幸喜の「HR」を見てみる。戸田恵子、白井晃、今井朋彦、國村準etc。ピンで舞台が張れる役者ばかり。なんと豪華な顔ぶれ。しかし、なんと貧困なドラマ。まったく笑えず。
 PM9、最終確認のため、青森の教師にFAX。

10月16日(水)晴れ

 オフ日。郵便局、銀行巡り。午後、ビデオで「北の国から」を最後まで。なるほど、唐十郎の独演会だ。
 夕方、北千住で買った九州の名産「あご」の乾物をつまみに日本酒を。

 きょうから始まる「天才 柳沢教授の生活」。松本幸四郎が主演するということで話題になっているが、脚本は劇団MONOの土田英生。彼が一時、役者として月蝕歌劇団に在籍していたことはあまり知られていない。MONOのプロフィールにも当初は「88年、月蝕歌劇団を経て、京都に戻りMONO旗揚げ」と明記していたが、売れっ子になるにつれ、プロフィールから「月蝕」の文字は消えた。俳優は経歴をぼかす場合が多く見られる。人気の北村有起哉の実質的な舞台デビューは遊行舎の「瓜の涙」だが、経歴からその項目はすっぽり抜け落ちている。浅野温子の舞台デビュ−も寺山修司の「中国の不思議な役人」だが、経歴には加えていない。役者・演出家にとっては事実よりも見栄えのする実績が大事なのだ。経歴から抹殺される仕事だったというのだろうか。年齢詐称よりもよほどイヤな感じ…。
10月14日(火)晴れ夜には大雨

 編集後記を書き、午後、事務局のS氏に同窓会報のゲラを手渡し。あとは、最終校正。とりあえずこれで一息。
 仕事も順調。
PM5、北千住へ。10年ぶりに黒テント公演が北千住駅そばの空き地であるのだ。夕食は回転寿司。通りがかりのおばさんに道を尋ねると「お芝居やってるのは、そこをまっすぐ行って、右に曲がって…」と実に親切。テントの位置を確認して、近くの喫茶店で会報のゲラチェック。
PM6・30、開場したので、テントの中へ。公共施設を取り壊した跡地だそうで、区役所が管理している土地だとか。
 黒テント席についてパンフを見てると、映画評論家のM田政男さんが隣の席に。開演間際にカメラマンのK澤さんが駆け込む。

「隠し砦の肝っ玉おッ母」はブレヒトの原作を日本の戦国時代に置き換えた芝居。
 オープニングからテントの幕を上げて、楽器を携えた群衆が乱入。借景の北千住の町を行き交う現代人と戦国の民衆たちが視界に交差する。軽快なテンポで舞台は進む。戦乱の中を行商しながら歩く肝っ玉おっ母。息子たちは軍隊に取られ次々に戦死、それでも、おっ母の働き場は戦乱の中。やがて、末の娘も…。ブレヒトの戦争と人間への辛辣な批評が込められた舞台。おっ母役は斎藤晴彦。風でテントがはためき、ややセリフが聴き難いが、一人ひとりが楽器を持っての生演奏は、かつての自由劇場もそうだったが演劇センター68/71の流れをくむ集団の特質か。
 PM9・50終演。休憩入れて2時間50分。

 終演後、M田さん、K澤さんの3人で、駅前の串カツ屋さんへ。「北千住もなかなかいい店があるね」とM田さん。中央線・新宿界隈を根城にしていると、千住あたりの下町に誤解と偏見があるようだ。「歳を考えると、もうここまで来て飲むこともないだろうな」といつになく殊勝なM田さん。

 足立信用金庫の看板を見て「この信金には想い出がある」と。A立正生氏が捕まったときに救援資金のカンパの振込先として、この信金を指定したそうな。運動もシャレが必要と…。M田さんのテレビ好きは有名。朝の連ドラから、「ランチの女王」までよく見ている。「北の国から」の話題を向けると、「唐十郎は儲け役だったなぁ。前に会ったら、そのロケの話を延々するんで、閉口したよ。流氷を飛び越えて云々…。ずっと北の国からの話ばかりなんだもの…」

 唐十郎が映画「任侠外伝玄界灘」で実弾を発射して捕まった時の秘話などを聞く。なるほど、そういうことだったのか。
 K澤さんによれば、次の温泉旅行は12月上旬になりそう。
11・30まで。外に出たら大雨。

 北朝鮮に拉致された5人が日本に到着。拉致され、異国の地で暮らさなければならなかった絶望的な心情はいかばかりだったか。そして家族の怒りと悲憤は想像するにあまりある。しかし、だからといって「北」の悪行が日本の過去の犯罪の免罪になるとは思わない。小泉首相が「北は殺人者」とライトウイング向けに意図的な暴言をしたが、一国の首相の言葉としてはあまりにも軽すぎる。

 しばらくは「帰国フィーバー」が続くだろうが、日本人ほど「異分子」対して冷酷な民族はないのでは。海外で暮らした帰国子女に対する排除もそうだし、中国引き揚げ者への蔑視・排撃はいうに及ばず。今回の北朝鮮からの帰国者だって、もし、家族ともども帰国したとして、そのうちどんな「差別」が待っているかわかったもんじゃない。同じ日本人でありながら、帰国者を差別する日本人の心性、これはどこからくるのか。

 中原静子著「難波大助・虎ノ門事件」を読む。
 1923年12月27日、皇太子を狙撃した難波大助の生き方を追ったもので、その後の家族の運命も丹念に描かれる。事件は難波大助の死刑にとどまらず、父親の蟄居閉門、家名消失、内閣総辞職、沿道の警備にあたっていた警官すべての懲戒免職、故郷・山口県の出身村の正月祝いの取りやめ、謹慎、山口県各地で「天皇に対する総懺悔儀式の挙行」…ほとんど、理不尽としか思えない「連累」につながっていく。なぜ、難波大助が生まれた近郷の村にまで累が及ばなくてはいけないのか。日本という巨大なムラ社会の掟がそこに見える。

 80年たってもその日本の心性はほとんど変わっていないように思える。「大逆」の罪は犯人一人に負わされるのではなく、全国民に連累する。しかし、平和に対する戦争犯罪責任は逆に、最高責任者の一歩手前で消滅する。不思議な国ニッポン。

10月14日(月)快晴

 AM9起床。久しぶりに12時間近くも眠ってしまった。もっとも、明け方から、寝すぎで腰が痛くなり、何度も目をさましたが、ついに布団から離れられず。

AM10・30。娘のピアノ発表会。電車・バスを乗り継いで片道40分の公民館のホール。バブル時代に作られたホールだろうか。豪華な作り。
 小学生から大学生まで40人の生徒。4時半までたっぷり演奏漬け。椅子に縛り付けれられ、まるで、長い芝居を観ているようなもの。レベルが高いので、飽きはしないが、それでも終わったらドッと疲れが。家に帰っても、気力低下でまったく何をする気にもなれない。2日休みがあっても、これでは仕事してた方が楽かも。

 昨日、途中まで見た「北の国から」の、しゅうこと宮沢りえの別れのシーンがなぜか心に残っている。「わたし、お嫁にいくの」。古くは拓郎の「花嫁になる君に」が、そんな別れの情景を活写していた。そして、10代の頃に愛唱した佐藤春夫の詩「別離」の一節。
「人と別るる一瞬の 思いつめたる風景は 松の梢のてっぺんに 海一寸に青みたり」

 なぜ、いつも別れの光景に心がひかれるのだろうか。

10月13日(日)快晴

 午後から近くの空き地で子供とキャッチボール。PM3、下北沢。OFFOFF劇場で劇団楼蘭「赤いキャミソール」。友人、U田氏からもらった真情あふれる手紙に「ぜひ観てほしい」とあったので、休日返上で駆けつけたのだ。なるほど、今は流行らない、アングラ色濃厚、唐十郎に影響を受けたと思しき舞台。その志は買うが…。4・20終演。PM6、帰宅。

 晩酌に日本酒。ビデオで「北の国から」を観る。しかし、途中で睡魔に襲われ、8・30、早々に布団の中。休みの日、夜更かしできる日だというのに、時間がもったいないと思うのだが…。

10月12日(土)晴れ

 午前中で仕事終了。PM2、新宿スペース・ゼロでストレイ・ドッグ「心は孤独なアトム」。やや”アイドル劇団”と化しつつあるが、”心は良質な小劇場芝居”。笑わせて、泣かせて、最後はキレのいいカタルシス。細部まで行き届いた演出で2時間はアッという間。終演後、役者たちがズラリと並んで「ありがとうございました〜ッ」と見送るのも70年代演劇の系譜。
「最初の頃のアングラ色が薄れてしまって…」と頭をかく主宰・森岡氏。寄稿したパンフ原稿が念頭にあるのか。
PM5、会社に戻り、後片付け。

PM7、大塚・萬スタジオで月蝕歌劇団「メトロポリス」。天正少年使節団と手塚治虫の「メトロポリス」をモチーフにした歴史活劇。ローマ法王への謁見シーンに、つい、よど号メンバーの姿を重ね合わせてしまう。「神殺し」というテーマは高取英のライフワークか。客席に林静一夫妻、鈴木邦男氏の顔。
 終演後、「花の木」で飲み会。週刊JのDさん、松田政男さん、PANTA、長崎萌、宮本リエ、木塚咲、三坂知絵子、照明の山口さん。松田さんが出演したル・ピリエでの落下事故などを話題に0時まで。直通電車に間に合わず。途中T駅からタクシー。1・20帰宅。

10月11日(金)晴れ

 今日もまた、仕事やその他もろもろで大車輪。午後、会報組み付け9割方終了。あとは校正をするだけ。なんとか総会には間に合いそう。

 PM7、ベニサン・ピットでtpt「蜘蛛女のキス」。制作・門井さんの姿見えず。風邪でもひいたかな。
 今回は山本亨がモリーナ、北村有宥哉がヴァレンティンという新コンビ。確かな演技力に裏打ちされた傑作の再演。演出の薛珠麗(せつ・しゅれい)はICU出身。アラン・アッカーマンのオリジナルを踏襲しているが、ややこなれた日本語にしているように聞こえたが、さてどうなのか。プイグの原作を初めて知ったのは20年前の高円寺の飲み屋。「面白いよ」と教えてくれた美大系フリーター、どうしているだろう。フツーの主婦やってるのかな。

 PM9・30終演。外は風が冷たい。森下町駅で電車に乗ろうとしたら、俳優のIさんから電話。18日からの芝居の稽古帰りとか。「近々飲みましょう」とのお誘い。風邪をひいてるらしく声がガラガラ。かつての青春ドラマのスターらしく、いつもながら、さわやか。
 PM11帰宅。机の上に郵便物。「ブラジル公演のおみやげです」と、大衆演劇の大御所Sさんから手紙。細かな気遣いがうれしい。
 世間は明日から3連休。しかし、土曜日も変わらず、仕事をしている人が大勢いる。私もその一人。連休…うらやましい。

10月10日(木)晴れ

 朝、電車に乗ったら、突然、目の前に懐かしい町の幻影が広がる。何だろう、この既視感は。キクンと胸が痛む。隣の席の女性がつけているコロンのほのかな香りだ。昔、どこかで誰かがつけていたのか。その香りがかすかな記憶を呼び覚ます。20年前、いやもっと前? 香りとは不思議なものだ。忘れかけていた昔の光景が一瞬にして目の前に現れる。しかし、この香りはいったい誰が…。思い出そうとするが、霞がかかってその向こうの人の顔が見えない。…思い出すべきじゃないということなだろうか。

 忙しくて目が回りそうな一日。午後、仕事の合い間に会報作成作業。PM5まで会社。朝7時から根をつめて仕事をしていると、夕方には脳みそが飽和状態。受容能力はゼロに近づく。ただ、今日は朝から耳鳴りがほとんどしない。絶好調。帰宅して夕食後、PM8、ピアノ教室の送迎。駅からタクシー。PM10帰宅。夕方からまた耳鳴りが始まる。やはり疲れと関係があるのか。

10月9日(水)晴れ

 オフ日。昨夜は3時まで夜更かししたのに、8時には目が覚めてしまう。仕事がある日は、いぎたなく眠りをむさぼっていたいと思うのに、休日になると早く目が覚めるのはなぜだ? とりあえず、9時まで布団の中で、うだうだ。朝刊で東大名誉教授・小柴昌俊氏がノーベル物理学賞を受賞したとの報。宇宙からのニュートリノ研究が認められたという。ニュートリノといえば、岐阜の研究施設、カミオカンデ、スーパカミオカンデの存在。中尾幸世さんのラジオドラマ「天の記憶」で知った。さっそく、ドラマを聴いてみる。ささやくような中尾さんの声。こんな良質なラジオドラマ、今は少なくなった。

 お昼、近くのフランス料理店でランチ。しかし、2時から紀伊國屋ホールで文学座の「人が恋しい西の窓」に行かなくては。明日の夜の予定だったが、ピアノ教室の送迎があるので、急遽、今日の昼に変えてもらったのだ。混んでいて、料理が遅い。時計を気にしながら食事。食後のコーヒーもそこそこに、電車に飛び乗り、新宿へ。開演5分前に滑り込み。いつもこんなことばかり。精神衛生上よくない。

 山田太一の文学座初書き下ろし。台本は事前に読んでいた。正直言って「?」マークがつくホンで、ちょっと辛いかなと思いながら見たのだが、やはり役者がホンを血肉化することによって、ホンの瑕疵が隠されるものだ。
 45年間音信のなかった父の出現という、あまりにも唐突な出だしが不自然で、そこを乗り越えれば、あとは展開がうまくつながっていく。とはいっても…。現代人の孤独とコミュニケーションの不毛を描いた寓話として見るべきか。
 坂口芳貞の初演出は実に手堅い。OL役で最初のシ−ンだけ登場する山田里奈がいい。
 しかし、昼公演だからというわけでもないだろうが、ヘンな客に挟まれ往生。右の席のおばさんは、セリフが終わるごとに意味もなくかん高い声で笑い続けるし、左の夫婦は途中何度も紙袋をガサゴソやってオペラグラスを取り出し、互いに譲り合って舞台を見てる。紀伊國屋ホールの中ほどの席にオペラグラスはないだろうに。こんな客に挟まれるともう最悪…。

PM3・45終演。
 タワーレコードに寄り、CD物色。「るり」というシンガーのCDを何気なく視聴したら、ヘッドフォンに懐かしい歌が流れる。「♪君はいつか 僕から離れて ひとりで大人になってゆくのサ」
 森田童子の歌ではないか。70年代のフォーク&ロックのカバー曲アルバム。ささやくような声が心地よい。小島麻由美の「愛しのキッズ」とともにレジへ。
 PM6帰宅。「キャッチボールをしよう」と子供にせがまれるが、すでに日は暮れ、外は真っ暗。1階のエレベーターホールで5分ほどボール遊び。
 夕食後、買ってきたCDをじっくり聴き込む。気がつくと9時過ぎ。休日なのに、休んだ気がしなかった…。

10月8日(火)雨

 PM2、テアトル・エコーの制作・A氏と会う。11月公演の件。そのとき、「昨日、永井愛さんの舞台が中止になりましてね」と言われてびっくりする。出演者が病気になったとのことだが、公演を中止にするなんて、よほどのこと。一体どうしたのだろうと心配になり、A氏が帰った後、二兎社に電話して様子を聞くと、「今日から公演を再開します」とのこと。ひとまず安心。
 夕方まで会報作り。

 PM6、三軒茶屋へ。いつもの定食屋さんでサンマ焼き定食630円。ネットカフェに寄ってカフェオレ390円。掲示板にレス。

 PM7、シアタートラムで二兎社「新・明暗」。開演前にロビーで作・演出の永井愛さんと立ち話。昨日の中止は、主演の山本郁子のケガによるものだったことがわかる。本番中に肉離れを起こしたのだが、医者に見せると「アキレス腱が切れているので芝居はムリ」とのご託宣。代役を立てるか、公演を中止にするか悩んだという。「一時は私が代役に、と思ったけど…」と永井さん。しかし、よく検査するとアキレス腱ではなく、肉離れだということが判明。テーピングをして今日から本番再開ということになったのだった。地方公演も控えており、主演の降板は大きな痛手になるところだった。大事に至らずよかった。

 さて、その公演。これがとてつもない大傑作。大を三つ重ねたくらいの傑作だ。一言でいえば「漱石の未完の小説「明暗」をもとに、男と女の心の迷宮に踏み入る心理サスペンス・コメディー」となるだろう。が、舞台を現代に置き換えたことで、齟齬をきたす明治の精神と現代人の心の有りようを止揚するために、人物や会話をかなりデフォルメしたことが成功の要因となった。いつもリアルな建て込みをする永井作品には珍しく、美術もシンプル。ジグソーパズルのような穴あきのパネルを背景にし、回り舞台をセットの転換に使っている。

 一流商社に勤める男と妻、男には昔、つき合っていた女がいたが、その女がなぜ自分を捨ててほかの男に走ったのかという疑問を抱き続けている。
 漱石の原作は、温泉宿で男と元恋人が会ったところで終わっているが、永井愛はこの結末をものの見事に完結させる。登場人物の心象風景を表現するために、ときとしてカフカ的な悪夢で舞台が覆われる。

 休憩15分挟んで3時間10分。これが、まったくダレのこない緊密さ。笑いの絶えることのない舞台。あとからあとからこみ上げてくる笑い。笑いの連鎖が客席を席巻する。

 永井愛の芝居にはやや明快すぎる佐々木蔵之介の演技はどうかなと思ったが、これがズバリはまった。下総源太郎、土屋良太、山本龍二、中村方隆ーー1人数役を早代わりで演じ、間然とするところなし。さすがに演技巧者たち、文句のつけようがない。

 小山萌子に至っては、完ぺきな演技。楚々としたお嬢様から、どこか不気味で俗物の妹役への転換は神業としか言いようがない。この人はまさに舞台の申し子。恐ろしいまでに巧い。
 そして文学座のエース、山本郁子。ケガさえなければ、二役を難なく演じ分ける実力があるというのに、足を引きずっての芝居では、二役は難しい。非常に残念。本人が一番悔しい思いをしていることだろう。

 ただ、初参加の木野花は一人浮いてる感が否めない。芝居が巧いわけじゃないし、転んで笑いを取るような古いタイプの芝居。いってみれば客イジリで笑いをとるタモリの司会のようなもの。オーバーアクション、芝居もやりすぎだ。セリフが出てこなくて、それで客席の笑いを取るなんてのは、外道芝居ならいざ知らず、細部まで緻密に組み上げた永井愛の芝居には合わない。木野花の出るシーンだけは、破調していて見るに耐えなかった。勘違いしてるとしか思えない。

 ともあれ、その瑕疵を補って余りある永井愛の新しい演劇展開。リアリズム至上の外国演劇が束になっても追い越せない、これこそ現代日本演劇のひとつの到達点といえる。2002年はこの作品を見たことだけが記憶に残る年となるだろう。今の永井愛には演劇の神が憑依しているとしか思えない。「萩家の三姉妹」「日暮町風土記」「こんにちは、母さん」に続いて、こんなすごい作品を作ってしまうとは、恐るべし十割打者。
PM11・30帰宅。

10月7日(月)雨のち晴れ

 締め切りを大幅に過ぎても、同窓会原稿の一部が届かない。「催促されないからもういいだろう」とタカをくくってる人が多いのか。これでまた作り直し。原稿をどこかの箱にポンと放り込めば魔法みたいに会報ができ上がると思っているのだろうか。

 午後、仕事の合い間にパソコンで会報の名刺広告の版下作り。
 PM3・00、お茶の水K記念病院で鍼治療。
 PM5、帰宅。会報の割り付け。

 田嶋陽子議員が社民党離党。沈没しかかっているドロ舟に乗ったまま心中したくないという魂胆がミエミエ。昔からフェミニズム云々を看板にする女にロクなのがいないが(きちんとした方もいらっしゃるが)、このタレント議員は社民の看板が自分の商売に邪魔になったから降りただけ。拉致問題での党の態度だの、男社会だのは単なる口実に過ぎない。口説いて捨てられた土井たか子こそいいツラの皮。初めから正体を見抜けなかった社民がお人よしなだけ。これで護憲を掲げる社民党の消滅が早まった。戦争の前にはタイムラグがある。今がそのタイムラグならば、新たな戦前が一歩近づいたということか。最低だな、この国は。…ウーム、いかん、どうもこの頃イラついてる。

10月6日(日)快晴

 10時・30起床。メールチェックなどしているうちにお昼。昼食後、子供と一緒に、虫かごの中のカマキリを「かわいそうだから」と逃がしに原っぱへ。いつもとは別の場所を見つけ、二人で原っぱ探検。そうこうしているうち、逃がそうとしたカマキリよりも一回り大きいカマキリを発見。うれしそうな子供の顔。そこで暫時、カマキリ二匹を相手に自然と昆虫の世界に没入。

 PM4、帰宅すると近所の百貨店で、動物展をやっているというので二人で引き返す。大蛇や羊、ウサギなどの「ふれあいミニ動物展」。小一時間ほどそこで動物たちとふれあい。帰宅して食事。PM6、娘とピアノ教室へ。レッスン中に同窓会報の見出しを考えたり赤字入れを。

 わずかA4版8ページの会報、”仕事”として手がけるなら1日で終えてしまう程度のものだが、ワープロ打ちから始まって、割り付け、組み付け、広告版下、校正、すべて一人でやらなくてはならないので、手間ばかり食う。しかも、原稿の分量が依頼と大幅に違うと、根本的に割付を変えなくてはならない。一から出直し。その繰り返し。楽しい作業ではあるが、非常に辛い作業でもある。

 PM8、帰宅。休日なのに疲労感と気ぜわしさで、満足に自分のHPに目を通す暇さえない。10月は芝居の本数も異常に多く、どんなに絞っても、見なければならない舞台が目白押し。今年は通院で時間をとられるし…。同窓会報が校了になるまで気が休まらない。…などと、ついグチが。

10月5日(土)晴れ

 午前中で仕事を終え、PM1、銀座・ル テアトル銀座で「検察側の証人」。古谷一行、麻美れい、筒井康隆ほか。3幕芝居。朝から花粉症気味で、鼻炎用カプセルを飲んだためか、睡魔が忍び寄り、1、2幕はほとんど夢うつつ。きっちり見たのは3幕だけ。

 裁判長役の筒井康隆はどうしても素人芝居の域を出ない。セーラームーンの神戸みゆきはキャピキャピの秘書役がお似合い。検察官の升毅、容疑者の河原雅彦ーー二人がカーテンコールで、互いに駆け寄り、整列するのを見ると感慨深いものがる。一体、誰があの道頓堀劇場でおバカをやってたハイレグの河原がセゾンの舞台でシリアス劇の主演を務めることを想像しただろう。そして「mother」を解散した升毅と河原が同じ舞台に立つことを…。役者はどんどん転がっていく。観客はそれを見守るだけ。

 2002年という年は演劇界の一つの転回点なのかもしれない。「Mother」「遊◎機械/全自動シアター」「ハイレグ・ジーザス」の解散、大劇場への進出。小劇場第三世代の新展開。 

 PM4終演。会社に戻り、大急ぎで同窓会報の製作。時間が足りない。

 PM7、下北沢、ザ・スズナリで燐光群「最後の一人までが全体である」。

 ある大学の学生寮の自治、学園祭をめぐる大学側との攻防を軸に、1970年、1987年、そして2002年を劇中劇という形で往還する社会劇。観客は正面ではなく裏口から入場するという趣向。素舞台で繰り広げられる熱いディスカッション劇はいやでも気分を高揚させる。タイトルは劇中に登場する元大学講師の退官講義の言葉を援用したもの。「一人は全体のため、全体は一人のために…」。

 職を解かれながらもその後、15年間も学生寮の一角で学生たちと寝食をともにした男と彼の時代への鎮魂歌。木場勝己、藤井びんの元アングラ巨頭に加え、神野三鈴、藤本喜久子が女優として火花を散らす。PM9・15終演。急いでいたので坂手洋二に挨拶せず、駅までダッシュ。

 PM10・15。G駅着。中学の同級生Sのやってる小料理屋「S」へ。「土曜は割と暇なの」と言ってたが、カウンターは満席。座敷にも一人。繁盛してるようだ。

「昨日はずっと満席で大変だったから息子を呼んで手伝ってもらったの」とか。やはりSの人柄に負うところが大きいのだろう。近所のおじさん連中がひいきにしているようだ。

 空いたカウンターに座る。常連さんらしい両隣のお客さんたちといつしか話が弾む。渡辺哲に似た、いかつい顔のおじさんは「監督」と呼ばれているので、なんの監督かと思いきや、ソフトボールの監督。左隣の男は、私とSが小・中学時代の同級生だと知ると、「そうなんだ。いいですね、幼なじみって。私も気にかかってる同級生がいてね」と感傷モード。なんでも、高校までの親友とちょっとした行き違いで、ずっと音信不通になっているのがずっと気になっているとか。「二人を見ていたら、あらためて、幼なじみっていいな、と思いましたよ。明日、さっそく彼の実家に電話して今どうしているか聞いてみます」

 12時、閉店間際。電車もなくなるので駅へ急ぐ。Sもいいお客さんたちに恵まれて、よかった。

10月4日(金)快晴

 午後、仕事の合い間に会報作り。とりあえず、今ある原稿で組み上げてみる。

 PM7。青山円形劇場で遊◎機械/全自動シアター最終公演「クラブ・オブ・アリス」。

 19年間の劇団活動にピリオドを打つ遊◎機械/全自動シアター。初めて見たのが87年頃だから、約15年間、見続けてきたわけだ。「さよなら、昨日の私」という最後のセリフに高泉淳子の万感の思いが込められている。最終にして初参加の浅野温子もピタリとはまっている。美術の小竹信節のセットは円形ステージの真ん中にもう一つの「2階家」を作り、2階が居間。1階がアリスの落ちる穴=地下クラブという趣向。浅野温子のデビュー舞台は寺山修司の「中国の不思議な役人」だから、小竹信節との顔合わせは20数年ぶりのはず。

 客席の並びは友人で横浜在住のライターYさん、江森さん、さすがわささめ氏、読売のS山氏、K川氏。ささめ氏と来年の「青ひげ公の城」のキャスティングの話。「女優のAさんが出るんだって? それにOさんも…」と振ると、「情報早いですね。でも、まだオフレコで…」と彼。

 終演後、客がドッとロビーに雪崩れたので、Yさんと話す機会を失う。楽屋は混雑していたが、最後なのでしばらく待って白井さん、高泉さんに挨拶。「2年くらいは(暮れの定番”ア・ラ・カルト”を除いて)二人で組むことはないと思います」と白井さん。当分、予定が詰まっているようだ。

 帰りの電車の中でクラークの続きを読む。昨夜は結局、睡魔に勝てなかったのだ。あと10数ページのところで駅に着く。
 PM11・30、帰宅。N先生から原稿に赤入れしたゲラが速達で届く。ありがたい。

10月3日(木)晴れ

 睡眠不足のためか、耳鳴り不調。PM3・30、根津鍼灸院。

 PM6、帰宅。昨日、録画した映画「ざわざわ下北沢」をさわりだけ見る。クラークの「殺したのは私」が滅法、面白い。夫殺しの罪で逮捕された妻が司法取引で5年の刑期を終えて出所する。彼女には自分が殺人を犯したという記憶がまったくない。調査報道で事件の掘り起しを図るテレビ局の女性記者、敏腕弁護士、医師であった夫と不倫関係にあった看護婦、不審な行動をとる夫の同僚…。やがて、第二の殺人事件が起こる。クラーク節健在。P・コーンウェルが高村薫なら、クラークは宮部みゆきか。もちろん、ミステリーの完成度は二人が束になってもおいつかないが。早く続きが読みたいが、細切れだと感興が薄れるし…。今夜は読み終えるまで眠れない…かな。
10月2日(水)快晴

 台風一過。朝から晴れ渡り、昼から気温上昇。夏に戻ったようだ。Tシャツ一枚で過ごせる。
 午後、地方在住の元教師から同窓会報原稿が封書で届いたので、すぐにテキスト打ちしてFAX。赤字校正待ち。
 PM6、上野。青森「あおぞら組」のSさんが上京したので、Dさん、Oさんと飲み会。 午前0時帰宅。

10月1日(火)台風接近

 朝から不穏な空模様。戦後最大級の台風が北上しつつあるという。

 PM5、江古田の加藤健一事務所へ。10月公演「バッファローの月」の稽古中。台風を考慮して、稽古は5時半で切り上げ。左時枝さんたちが「お疲れ様〜」と帰った後、加藤忍、戸田由香の2人と稽古場のテーブルでおしゃべり。忍ちゃん相変わらず気取りのないお嬢様、戸田由香面白過ぎ。

 PM6・30。カトケンさんらに見送られ、駅に向かう。稽古場の前の真っ赤な外車はカトケンさんのクルマ。
 PM7から香瑠鼓さんのライブの予定だったが、台風の中、娘をピアノ教室に送り迎えしなければならず、予定変更。PM8、帰宅すると雨風強くなり、結局、ピアノ教室キャンセル。なんのために早く帰ったのか。
 戦後最大というのに、このあたりはやや風が強いだけで、穏やか。部屋の中が蒸すので、クーラーをつけている。

 この前、ブックレビューで見た川柳の一つが心に残っていたので、バックナンバーを調べる。あった。

「赤い糸 結び直して 病む妻と」

 この句に出合った瞬間、体に電流が走った。なんとすさまじい、そして慈愛に満ちた川柳だろう。この句を読んだ夫の気持ちを想像すると胸ふさがれる思いがする。
 死の床についた妻へ、再び共に生きよとの哀切極まる呼びかけ。

 母の葬式が終わり、親子二人きりになった夜、しぼり出すような悲痛な叫びとともに嗚咽した父の姿を思い出す。それは初めて見る父の慟哭だった。すでに生命の期限を宣告されたながら、最期まで諦めることをしなかった母と父の7年間。

 「赤い糸 結び直して 病む妻と」

 これほど、哀切に満ちた川柳を知らない。


PM9・30。時々、電灯が明滅する。窓の外を見たら1時間前と様相一変。暴風雨だ。天気予報は正確だった。台風の真っ只中。地鳴りがして、今にもマンションごと吹き飛ばされそう。