1月31日(金)晴れ

 PCが使えないため、メールを見ることができないのが不便。今日会う約束をしていたFさんと、時間、場所を特定しないままパソコンを修理に出してしまったのが痛い。方々手をつくしてケイタイ番号を調べたものの、つながらず、時間切れで帰宅。その後、連絡が取れてホッとしたが……。パソコンが自分の生活にいかに深く根付いているかを実感。

 N氏から電話。万有写真集の件と「青ひげ公の城」の件。写真集の方はいいとして、「青ひげ」は……。返事をペンディング。今年は寺山没後20年。その年を汚してしまうのでは、との思いなきにしも……。

 家に帰っても時間がたっぷりある。子供と遊んでもおつりが来るくらい。

 早乙女貢「続会津士魂」、夏樹静子「乗り遅れた女」を読む。夏樹静子の本はタイトルにひかれて、早乙女貢はそろそろ時代ものが読みたくなったので。

 9時にはふとんにもぐりこむ。短編を読んでいるうちに眠気に襲われ、そのまままどろみの中。睡眠時間たっぷり、なんとも健康的。ふだんいかにパソコンに生活時間を費やし、依存しているかだ。

1月30日(木)快晴

 貫井徳郎「慟哭」読了。連続幼女誘拐殺人事件とナゾの男の独白が交互に描写され、最後に思いもよらぬ驚愕の事実が……というのが狙いらしいが、途中で結末が読めてしまうところがツラい。しかもワンアイディアだけで引っ張るだけ引っ張って、そりゃないだろうの展開。人物設定に至っては、一人の中に何人の人格が詰め込まれているのか。まるで首尾一貫しない人間描写。大仰なタイトルと創元推理文庫というブランドにだまされてしまった。まあ、これだけの筋立てで1本の小説をものすという力は買えるが……。ディティールに凝って、文章さえ書ければ誰でも作家になれる時代なのだろうか。

 11・30、渋谷。東武ホテルで「青ひげ公の城」制作発表。
 定刻開始。テレビカメラも含め、50〜60人の報道陣。朝日のI氏、毎日のT氏に挨拶。九條今日子、J・A・シーザー、根本豊、蘭妖子、河原雅彦、三上博史、秋山菜津子、蘭香レア、江本純子ら出演者が壇上に勢ぞろい。

 三上博史は25年ぶりに寺山作品に出られるということで、見るからにハイテンション。デビュー映画「草迷宮」でのオーディションの秘話などを披露する。 一通り、俳優紹介が終わり質疑応答に移るが、意外なことに記者席からあまり質問出ず。荻野目慶子でもいれば、テレビ局の芸能リポーターがわれ先にマイクの奪い合いになるのだろうが、機先を制して今回は荻野目欠席。そのため,純然たる舞台の製作発表会となったわけで……。
  
 最初の質問者が終わった後、水を打ったように静まり返る会場。その静けさに耐え切れず、思わず挙手して河原氏に寺山修司を卒論にしたことの思い出などを尋ねる。席でも生あくびを繰り返していた河原氏、「人間風車」公演で昨日まで東北にいたということで、今日は帰京してそのまま会見会場に来たらしい。風邪で体調も良くないとか。それでも訥々と卒論のことを話してくれる。後で控え室で会ったら「せっかく指名してくれたのにすみません、うまく話せなくて」と恐縮顔。
 
 早めに質疑応答終了。後で秋山菜津子に話をふっておけばよかったと後悔。せっかく当代随一の人気女優が出席していながら彼女に対する質問は出なかったのだ。忸怩たる思いで、控え室に行くと三上博史が蘭さんらと談笑中。

 彼にとって、10代の寺山体験はよほど強烈な印象だったのだろう。舞台にかける意気込みがすごい。チラシのメイクも彼の発案だというし。蘭さん、九條さんたちと話している顔のなんともうれしそうなこと。「これからトレーニングして体を作ります。役は”妻”でも、いろんな態様があると思うし、筋骨たくましい”妻”であってもいいと思う」と役づくりを語る。

 さて、ここで思いがけないニュースを九條さんの口から聞く。なんと寺山修司の最高傑作短編映画「草迷宮」がDVD化され、3月にも発売するという。フランス資本のオムニバス映画として仏映画2本とともに作られた「草迷宮」。三上博史のデビュー作でもある。初公開時、1回しか見ていないが、寺山の美学が全面展開される耽美怪奇短編。もう一度見られるとは、生きててよかった。

 今日は根本豊氏の結婚3周年記念日。東武ホテルを出て公園通りを歩いていくと奥さんのM代さんの姿を発見。根本氏の会見が終わるのを路傍で待っていたとか。健気なこと。合流した根本氏夫妻に別れを告げて駅へ。1.30帰社。
 5・30、いつもより遅い退社。

 6・30帰宅。夕食後、いつもならパソコンの前に陣取るのだが、それもかなわず、家族と一緒にテレビの前。10・00にはすでに就寝。パソコンがないと孤島暮らしだが、健康にはいいかも。寝しなに、昨日買ったKAWADE夢ムック「澁澤龍彦 ユートピアふたたび」、別冊宝島REAL「石原慎太郎の値打ち」を読む。

 元「青嵐会」の同士であり、週刊誌の石原発言で袂を分かった中山正暉代議士のインタビューが面白い。
その中でいかにも慎太郎のエピソードだと思わせるのが、元劇団Sの女優Mさんへの石原の仕打ち。

 家庭画報での瀬戸内寂聴対談で、石原慎太郎は「20代に熱愛したある女優が50代に起した事故のせいでアルツハイマーにかかり、長い闘病の末に亡くなった。1度だけお見舞いに行ってその無惨な変わりようにショックを受け、その後、恐くて行けなくなった」と言う。中山によれば、Mさんと石原の仲はかなり深いものだったという。

 事の真偽は別にして、自分が愛した女が病気で悲惨な姿になったからといって「恐くてその後見舞いに行けない」とは。それがホンネだとしても、仮にも作家を名乗る人が使う表現なのだろうか。なんとも冷酷な……。


  心身障害者の施設を訪問して「ああいう人ってのは人格あるのかね」「ああいう問題って安楽死につながるんじゃないかという気がする」、水俣病患者が手渡した手紙について、「これを渡した人はIQが低い人たちでしょう」といってのける感性。根っこは同じだ。「文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババァなんだそうだ。女性が生殖能力を失っても生きてるのは無駄で罪なんだとか」という例のセクハラ発言にしても、引用したという松井孝典・東大教授の論理を曲解しての引用だということがわかった。

 松井氏の言わんとするところは、「人間だけが1万年もの繁栄を続けたのには原生人類が持つ生物学的物質によるのかもしれない。原生人類だけにおばあさんが存在する。おばあさんというのはね、生殖能力を過ぎたメスが長くいきるということですよ。普通は生殖年齢をを過ぎるとずぐに死んじゃうわけ、哺乳動物や猿みたいなのでも」

 この発言のどこをどう解釈すれば、「ババァは生きる価値がない」というコメントになるのだろう。

 逆に人類が長生きして繁栄するのは「おばあさん」によるものと言っていると思うのだが。作家としての読解力に疑問を持ってしまう。強引に自説に結びつける、まさに「牽強付会」。
 こんな男が将来の首相候補とは。

 銀行課税問題で敗訴したことをコメントするのに、「ボブ・サップ」を引き合いに出す。いかにもマスコミが飛びつきそうな例。情報操作だと知っていながらそのコメントを大きく扱うマスコミに矜持はあるのか。

1月29日(水)晴れ

11時に日通がパソコン本体を引き取りにピンポーン。
本体だけを引き渡す。これでしばらくネット生活ともお別れ。
 オフ日だが、お出かけ。
2・00PM、銀座・博品館劇場で剣幸「うた会」。いつも見逃していたので、今年こそは見ておかないと。
 今年は趣向を変えて伊東恵里、平澤由美をゲストに3人で歌あり朗読ありダンスありのエンターテインメントショー。ゲストの二人が抜群の歌唱力。平澤は「エリザベート」「モーツァルト」なのミュージカルで活躍しているだけあって表情豊か。伊東は「美女と野獣」のヒロイン。ゲームソフトやCMソングも多数歌っている。

 この3人のタッグが絶妙。温泉宴会場でボランティアをしているという3人の老後を描いた小説(原作=瀬戸内寂聴作夢すみれ)朗読も映像、歌唱とシンクロさせて面白い。とにかく脚本・構成が・演出がすばらしいの一言。後でパンフを見たら吉川徹か…、なるほど。

 3・45終演。5・30からホテルオークラで朝日舞台芸術賞の贈呈式があるので、時間つぶしに六本木へ。

 アマンドの5階にあるネットカフェで5時まで。場所柄、ジャパニーズ、イングリッシュどちらを選ぶことになっている。利用客も外国人が多いようだ。

 今日は娘の私立校合否発表日。朝から落ち着かなかったが、なんとか合格したとのこと。「滑り止め」ではあっても、合格の報を聞くまでは不安なもの。まずはよかったよかった。

 5・30、ホテルオークラ平安の間で朝日舞台芸術賞贈呈式。
 グランプリは「その河をこえて、五月」(平田オリザ)、舞台芸術賞=維新派、大竹しのぶ、片岡仁左衛門、佐藤正隆事務所、勅使河原三郎、寺山修司賞=水と油。秋元松代賞=「アテルイ」(松竹)、特別賞=戌井市郎。キリンダンスサポート=水と油。

 海外滞在中の勅使河原三郎氏を除いて全員出席。大竹しのぶはさすがに女優、スピーチにも情感がこもる。

「野田さんとはいろいろあったけど、お互い演劇人として乗り越えました」と思わず私生活に言及。佐藤正隆氏は小劇場でのロングランを成功させたプロデューサー。初期の頃、苦楽を共にした演出家氏が交通事故で闘病生活を続けていたが最近帰らぬ人となったことに触れ、スピーチの途中で絶句。「彼が逝く前にこの受賞を知ってくれたと思う」と声をつまらせる。

 片岡仁左衛門は「スピーチは2分でと念を押されていますが、前の方たちがちょっと長引いたので私は一言だけ」と笑顔で受賞のお礼を述べる。後ろの席の大竹しのぶが苦笑。

 「アテルイ」は演出・いのうえひでのりと脚本・中島かずき、主演・市川染五郎の3人が壇上で挨拶。

「どことは言いませんがY売新聞の演劇賞でうちの古田新太が男優賞をもらったとき、新感線の”髑髏城の7人”が対象作品に入っていなかったことがありました。ボクとしては大自身作だったので悔しかったですね、あの時は」とチクリ。後で本人に聞いたら「見てないんですよね、僕らの舞台を、Y売の記者は……」と言っていた。

 授賞式ということで、フォーマルな服装が目立つ中、ジャンパーに帽子といつものラフないでたちのいのうえ氏。朝日賞受賞にも淡々としたもの。今まで劇団☆新感線の芝居を「演劇界」が無視してきたことへの内心忸怩たるものがあるのだろう。

 6・30、贈呈式は終了。別間で祝宴会。受賞関係者で大広間が立錐の余地もないほど。見知った人と立話。芝居探検隊の仲間だったY屋尚子さんと久しぶりの邂逅。相変わらずきれいな方。

 M田政男さんと2・17アンドロメダ忌の打ち合わせ。「マキさんがダメなら、その代わりに経緯でもしゃべってくれれば進行がつながるんだけど」といわれるが、並み居る埴谷雄高の関係者の前で何を話せばいいというのか。ウーン。気が重い。

 維新派の松本さん、いのうえひでのり氏の間に入って歓談。N牟田恵が「さっきから見ていたんですけど話しかけるきっかけがつかめなくて」と笑顔でそばに。今年は舞台は3本。「ピーターパン」でタイガーリリーの役をやるという。「ユッコちゃん(池田有希子)がやった役だよね。同じ役をやるんだ」「そうなんです。前からやりたかったんですよ」
 テレビは月9の松たか子ドラマにレギュラーで出ているとか。「出番少ないからじっと見ないとわからないかも」

 水と油のパフォーマンスに黒山の人だかり。最前列で片岡仁左衛門がニコニコしながら見ている。会場のおばさま方の記念撮影にもニコニコ。さすがに歌舞伎の大物は違う。

 会場には車椅子の大野一雄氏の姿も。「水と油」のパフォーマンスをじっと見ていたと思ったら、舞台のパフォーマンス終了と同時に、なんと車椅子の上で手をひらひらさせながら、自分でも「舞踏」を始める。90才をとっくに過ぎているはずだが、舞踏にかけるすさまじい意思。まさに鬼気迫る生涯舞踏者を見た思いがする。

 8・00、宴席も終了。「コーヒーでも飲んでいきましょう」と九條さん。白石、大澤、偏陸、ささめの各氏とオークラの喫茶ルームへ。

 1時間ほど雑談。

 先日。榎本氏から聞いた弘前紺屋町の酒蔵・三浦酒造で作っている寺山修司銘柄の日本酒がいよいよ発売されるという。榎本氏デザインのラベルを見せてもらったが、「書を捨てよ町へ出よう」「天井桟敷」「奴婢訓」「田園に死す」など作品タイトルのお酒、結構安い値段で買える。限定300本の「田園に死す」が値段的にやや高いが、贈答用や記念にとっておきたい。

 ラジオドラマ「いつも裏口で歌った」の音源テープが現存することを知り、小躍りする。偏陸氏「これは面白いドラマですよ。寺山さんが九條さんに”おたく”を連発するんだから……」
 恋愛中の寺山修司と九條さんが恋人同士という設定で出演したドキュメンタリードラマ。

九條さん「一日にそれぞれ500円ずつしか使えないと言われて、ライスカレーにしようか、何を食べようか2人で真剣に話し合ったの」
「ラストシーンをどうしようかって山谷さん(演出の倉本聰)が言うので、(寺山さんと)2人で公園をぐるぐる周るのはどうかなって言ったら”それいいね”って。九條さん、演出家よ(笑い)。2人で公園の周りを走る後から重いデンスケ(テレコ)をかついだ山谷さんが追いかけてきて……。2人がそばを通ると、散歩中の犬がワンワンって咆えて、それが効果音としていいのよ。楽しい想い出のドラマだわ」

 幻のドラマ「Q」は去年、大山勝己氏の主宰するカレッジフォーラムで上映し、九條さん、偏陸氏の2人が呼ばれたという。「笑っちゃったわ」と九條さん。労働組合の活動家が「キュー」と相手を指差すと、人間がねずみに変わるという風刺劇なのだが、唐突に九條さんのダンスシーンがインサートされるのだとか。

「スポットが当たるとそこに私がいるのよ。まるで本筋と関係ないシーンなの。これじゃ芸術祭賞取れなかったのは当然よね」と九條さん。
 恋愛中だった恋人の出番を無理やり作ったということらしい。ほのぼのとする寺山修司のエピソードだ。
 「Q」も「裏口で」も正式には見ることができない。いつか何かの形で上映できないものだろうか。

 9・10、オークラ玄関で九條さん、ささめ氏らと別れ、白石さんと駅方面に。単行本のために正月も寺山さんの本を読み続けたという白石さん。「ラジオドラマはいいですよ。初期の寺山さんのエッセンスが詰め込まれているし」。神谷町で白石さんと別れ、家路に。

 帰宅してもパソコンがないとネットができない。孤島に漂着したような気分。
 11・30就寝。

1月28日(火)晴れ

 高速増殖炉「もんじゅ」の設置差し止め請求していた住民訴訟で住民側が完全勝訴。

 「もんじゅの安全審査は全面的なやり直しが必要」と名古屋高裁金沢支部が判決した。「国策」に追随してきた司法が初めて住民側に立った司法判断をした。まさに歴史的判決となるだろう。国の御用機関化している安全委員会が根拠もなしに「安全だ」と言い募ることへの司法の鉄槌。提訴から17年半、原告団長の磯辺甚三氏は93歳で寝たきりになっている。病床に届けられた完全勝訴の報がなによりのお見舞いか。

 高速増殖炉計画はすでに破綻し、米英独は計画断念、仏も事故が相次ぎ廃炉が決定された。日本だけが「安全だ」と叫んで推進する根拠が根底から崩されたわけで、日本の核燃料サイクル計画は転換点に立ったともいえる。日本の原子力政策は湯水のようにお金を使う税金増殖計画のようなもの。長引く不況でパイが小さくなった今、電力業界もホンネは核燃サイクルをお荷物と感じ始めているに違いない。電力自由化も控えていることだし。核燃サイクル計画というのは政治家に利用された揚句にポイ捨てされるヤクザのようなものか。

 午後、A川さんに電話。17日の件。コメントをもらえないか打診したが、やんわりと断られる。「表に出ることは避けたい」と。

 5・00PM下北沢。げんこつラーメンを食べた後、ネットカフェへ。6・30、ディスク・ユニオンで「荒木一郎”ある若者の歌”」「マジカルパワーマコ・デビュー」を買う。渥美まり、李礼仙などのCDも。古い音源が再発されるのはうれしい。

7・00PM。スズナリで「アシバー」。沖縄・那覇の会社応接間。社長が夜逃げし、専務が債権取り立てのヤクザ3人に軟禁されている。そこに2人組みの便利屋がやってくる。便利屋とはいっても債権取り立てを請け負った同業者。組織に属さないアシバー(遊び人)だ。これに専務の不倫相手のOL、ヤクザの兄貴分の妻が絡んで、水谷龍二らしい、ペーソスあふれる人情コメディーに仕上げている。市民を巻き込んだ発砲事件の直後だけに、専務への暴行シーンなど、手荒な場面は観客もやや引いてしまうが、役者たちの個性が魅力的で1時間45分、まったく飽きさせることがない。アシバー2人組、新納敏正、朝倉伸二の不気味な迫力がいい。ヤクザの兄貴渡辺哲のお茶目さ、舎弟・平良政幸の凄みも。

 客席に渡辺正行の姿。帰りしな、「○○さん」と声をかけられたので振り返ると西山水木さん。先日の烏賊ホテルに行けなかったことを詫びると「5月にまた公演ありますからぜひ!」とにっこり。

 10・30帰宅。明日のPCメンテナンスのためにスキャンディスクしてバックアップ取ろうと思ったが、またしてもスキャンが途中で進まなくなる。やっぱりハードディスクがダメなんだ。

1月27日(月)雨

 しのつく雨の中、まだ暗い道を駅へ向かう心細さ…グルーミーな雨の日と月曜日。
 パソコンをいじっているうちにどうしたことかHPのアップができなくなってしまったことが憂鬱の一因。不具合があっても、一夜明けると直っているということも今まではあったので(?)朝イチでトライするもダメ。

 比較的仕事の流れ順調。午後、K皮族の制作・Nさんに電話。写真の件。

 hpのカスタマーセンターに電話してハードディスクの交換の際、容量を大きくできないか聞いてみたが「現状を回復することしかできません」と木で鼻をくくったような答え。どうせハードディスクを交換するんだから、それくらいサービスできないものか。高い修理代払わなくちゃいけないのに、などと独り言。

 4・00PM退社。途中で「DOIT」に寄り、ヒューズ(5コ入り250円)、テーブルタップ(880円)、蛍光灯18ワット(680円)を購入。5・30帰宅。娘の部屋のタコ足配線を直す。

 夜、CDページを更新。

 もうじきこのHPを作って2年目に入る。HPを運営していて一番うれしいのは未知の方から「いつも見てます」というメールが届くこと。今日もそんなメールをいただいた。懸案の旧HP問題も解決。うまくいかなかった現HPの転送もスムーズ。”いいこと”が続き、昨夜から澱んでいた憂鬱な気分は吹っ飛んでしまう。ゲンキンなものだ。

 夕食後、お風呂につかりながら、なぜか「旅の夜風」とか「人生の並木道」といった昔の歌が口をついて出る。母がよく歌っていた歌だ。命日が近づいているので、無意識のうちに思い出していたのだろう。

11・20就寝。

1月26日(日)晴れ

 朝、森田童子の夢を見ていた。「家に連絡がきたので、○○さんが会いたがっているのは知っていました。ごめんなさい、あの時、会えなくて」とすまなそうな顔。しかし見るとまったくの別人。しばらく二人で話をしていた。
 なんで森田童子の夢を見たんだろう。12年前、友人のTさんを通じて森田童子に取材を申し込んだことがあった。「メディアに出る気はもうありません」との答え。「高校教師」はその1年後。あの時、もし会えたなら…時々そう思うのが夢に出たのか。人と人の距離は時として月よりも遠い場合がある。

 この数日調子の悪かった炊飯ジャーがついにオシャカに。炊いて1時間もするとカチンカチンのおこげになってしまう。仕方なしに買い替え。修理に出してもいつ帰ってくるかわからないのでは困ってしまう。鍋でご飯を炊くわけにはいかないし…。ぜいたくといえばぜいたくか。

 娘の勉強机のヒューズが飛んでしまったので買いに行くが、町の小さな電気屋さんが近所から姿を消してしまい、ヒューズ1つ買うにも大変。ダイエーの電気製品売り場にもなし。トイレ、パソコン、プリンターと来週は修理ラッシュ。モノが壊れるのが一時期に集中するのはなぜだろう。

 午後から、K皮族、E本さんのインタビューをまとめる。休みの日とはいえ、気ぜわしい一日。

1月25日(土)晴れ

 3・00PM、三軒茶屋。シアタートラムで遊園地再生事業団「トーキョー・ボディ」。宮沢章夫の作・演出。地方都市の高校教師が蒸発した娘を探すため東京をさまよう。娘は三人姉妹の末娘。男は盲目。リア王というわけか。リアをモチーフにした坂手洋二の「東京ゴミ袋」があったが、あれも肥大都市・トーキョーが主題の一つだった。

 高校の教え子を一人ひとり訪ね歩く男。風俗店、離婚調停中の夫婦、工事現場…。迷宮のようなトーキョー。彼が探す娘は本当にこの町に存在するのか。
 正面にスリットのあるパネルがあり、その向こうはスリットの隙間からかすかに見えるだけ。下手に大きなテレビ画面があり、そこにはスリットの向こう側の様子、あるいは、ビデオ撮りした映像が流れる。

 パフォーマンスと映像とセリフが脈絡なく続く。アマチュアレスリングの練習風景に合わせて、白いシーツの上で同じ体勢を取る男女…。
 思わせぶりな「知的」パフォーマンスに2時間25分は長すぎる。宮沢章夫の「実験」は俳優のためのワークショップをそのまま観客にさらしているだけ。俳優は面白いかもしれないけど、客席は長時間の苦痛を強いられる。後ろでいびきの声、女の子(三坂知絵子)が裸になると「アッ」と声を上げる年配客。
 三坂、やっぱりヌードで使われていたか…。

 電車の中で西澤實「ラジオドラマの黄金時代」を開く。草創期、隆盛期のラジオドラマの現場の様子がビビッドに描かれ一気呵成に読む。観光協会、NHK地方局の圧力で潰された架空実況中継「富士怒る」のことは初めて知る。いかに虚構でも、ウワサされる富士山大爆発がドラマとして放送されれば観光客の足が遠のく、県の観光に大打撃、NHK受信料の不払いにつながる、それは困るといういかにもNHKらしい、ことなかれ主義。

 1960年、寺山修司が書いたラジオドラマ「大人狩り」が革命と暴力を扇動するとして福岡県議会で糾弾され、公安警察の取調べを受けたことがあった。ラジオの影響力が権力を恐怖させた時代。毒も牙もなくした今のラジオ・テレビ…。つまらないはずだ。

 9・00帰宅。HPの容量が50メガを超えそうなので、旧HPを削除しようといろいろ試みるも失敗。なぜだろう?

1月24日(金)晴れ

 3・15退社。池袋。談話室滝沢でK皮族のE本嬢と待ち合わせ。待ち時間を利用してタワーレコードへ。聴くべきCD見つからず。池袋店は結構ユニークな品揃えをしているが、このところ不作気味。

 4時からの予定がE本嬢が現れたのが4・50。ウーム。昔、ジテキンのS木裕美が待ち合わせの喫茶店に1時間遅刻したことがあったが。そのデンで言えば、E本嬢も将来大物になるかも。
 
5・50、近くに来ているというSS氏が立ち寄る。刷り上ったばかりの「青ひげ公の城」のポスターとチラシをもらう。
 6・00、駅で二人と別れ、家路に。
 7・30帰宅。

1月23日(木)雨時々雪

 寒いと思ったら朝からみぞれ模様。
 どうにもパソコンの音が気になるのでメーカーのサポートセンターに電話。いろいろ症状を聞かれたが、やはりハードディスクの不良だろうということ。いつパンクしても不思議はないらしい。バックアップとっててよかった。交換に出すことにしたので来週からしばらくHPの更新もできなくなる。

 ブッシュ大統領とチェイニー副大統領がホワイトハウスでの会議の席上、「金正日の首を皿にのせてもってこい」と発言したと米ニューヨーカー誌。口では北とは話し合いで解決などと言ってきながら、前門の虎・イラクにケリがついたら次は後門の狼・北朝鮮潰しという、いかにも西部のカウボーイが考えそうなこと。ヨカナーンの生首を要求したサロメになったつもりか? よかなーんことを考えてると……。

 4時に退社し、家に直行。ピアノ教室の送迎。今日は受験校の教師の特別レッスン。時間を間違え、30分も遅刻したため大慌て。心証悪くしたかな、と思ったが、ニコニコと迎えてくれてホッとする。
 ピアノのレッスンも芝居の演出と同じ。やはり巧い下手がある。漫然と教えるのではなく、相手の欠点をきちんと指摘し、ダメ出しをする。それも具体的に。笑顔の中にも厳しい指導に、初めて、これが本当のレッスンなのだと感動してしまう。もう少し早くこの先生に出会っていれば…。

 9・30帰宅。SS氏から借りた劇団「K皮族」のビデオを見る。明日、主宰のE嬢に会う予定。

1月22日(水)晴れ

 10・30起床。近所の神社に行って正月のお飾りなどをお焚き上げ。

 MDデッキの修理が完了したとの連絡があり、販売店まで引き取りに行く。カセットテープの不良が原因だったらしい。返却されたテープが途中から切れている。1980年頃のナチチャコパックとおスギ&ピーコの深夜放送が収録されているテープ。野沢那智氏が自分の資料を集めているというので複製して送ろうと思ったのだが、耐用年数がきたようだ。早めにデジタル化しておかないと、テープがダメになっていく。大事なテープから始めなくては。

 タワーレコードで椎名林檎のDVD「百色眼鏡」、16歳の女子高生ジャズシンガー、MARIE−Mの「ゴッド・ブレス・チャイルド」。四人囃子の「ある青春 二十歳の原点」を購入。

 「二十歳の原点」は角ゆり子主演で映画化された作品のサウンドトラック+α。1969年1月15日、成人の日の日記に「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」と記した高野悦子。同年6月に鉄道自殺した彼女の手記をもとにした「二十歳の原点」の映画作品(1973年公開)は知っていたが、見る機会がなかった。主演・角ゆり子のナレーションと四人囃子の歌で構成されたアルバム。学生運動と恋愛、家族ーー純粋であるがゆえに悩み、傷つき、引き裂かれた60年代の青春の残像。あの時代の若者は人生に対してなんと真摯に向き合ったことか。

 四人囃子の演奏のクオリティーの高さにも驚かされる。70年代のロックバンドのオリジナリティーは今のバンドの比ではないと再確認。きょう見たタワーレコードのインディーズコーナーに「八紘一宇」と題したアルバムが置いてあった。右翼気分のろくでもないヒップホップバンドだろうが、この手のプチ右翼が増えているのは不気味。

椎名林檎のDVD、江戸川乱歩の「押絵と旅する男」ふうの展開かと期待したが…。映像と音楽が一致しない場面も。いまひとつ、かな。

1月21日(火)晴れ

 昨夜は0・30過ぎに布団に入った後、なぜか寝つかれなくて輾転反側。枕もとの時計が2時を過ぎても眠れない。3時近くなって、これじゃ仕事に差し支えると、睡眠導入剤を一粒、口に放り込む。耳鳴り対策に医者からもらったやつ。なんだ、最初から飲めばよかったのに、なんで気が回らなかったのか? ようやくまどろみの中に…。と思ったら目覚ましの音。あっという間に5時の起床。

 とりたてて忙しい日ではなかったので睡眠不足でもなんとか仕事をこなす。ポスターハリスのS氏からパルコの寺山特集の件で電話。その際、今話題の劇団「毛皮族」の情宣の話が出たので、さっそく主宰のE嬢に会えるよう手配。未見の劇団だが、女版ハイレグジーザスといった集団のようだ。

 7・00PM、天王洲アイル・アートスフィアで「被告人」。

 ジェフリー・アーチャーの脚本。妻を殺した疑いで裁判にかけられた医師の法廷。証人、証拠をもとに、弁護人、検事が丁々発止の弁論を繰り広げる。まるでホンモノの法廷を見ているよう。弁護人は近藤正臣。飄々とした老弁護士。いい味出してる。医師の不倫相手の小野妃香里は「セーラームーン・ミュージカル」でおなじみ。ミステリアスなムードで好演。

 面白いのは観客が陪審員の役割を振られること。事前に配られたボードを裁判劇の後、全員が掲げ、「有罪・無罪」の意思表示をしなくてはならない。果たして被告人は妻を殺したのか、それとも真犯人は別にいるのか。

 1960年頃、草下英明が司会したNHKの「ぼくもあなたも名探偵」という番組があった。再現フィルムを見て誰が犯人か、視聴者の代表の小学生が推理する番組。それをふと思い出す。

 客席で連れ同士が「どう?」「わかんない」と、ザワザワ。ロビーにあった公演カレンダーにその日の「有罪」「無罪」が表示されていたが、今日は「有罪」の数が多く、陪審員は「有罪」。よって、裁判官は被告の医師に「有罪」を宣言する。

 さて、それから先は「有罪」を前提にした物語の結末が展開される。
 つまり、その日の観客の判断によって物語の結末が異なるという趣向。
 言ってみれば、結末を読む人にまかせる「リドル・ストーリー」ならぬ「リドル・プレイ」。観客の「有・無罪」によって最後のシーンは変わる。役者も二通りの結末に対応しなくちゃいけないわけで、間違えたら大変なことになる。

 ロールプレイング・ゲームのように物語の進行によって選択肢を変更していく芝居はあるが、与えられた材料で有罪・無罪を判断する芝居は初めて見た。エンターテインメントだから、最終的には、もちろんどっちに転んでもいいように作られているのだけど、観客は本当に自分が陪審員になったような真剣さが要求される。
 04年の通常国会で立法化が決定している日本の「裁判員制度」を占う意味でも面白い舞台ではあった。

 役者も、その日の自分の説得力によって「有罪」「無罪」が変わるので、気が抜けない。今日は弁護人・近藤正臣が敗退。カーテンコールの時に、検事役の戸井勝海に軽くウインクしていたが、なるほど、役者同士の戦いでもあるわけだ。
 2時間半。最初は寝不足でウトウトしたが後半はスッキリ。仕掛けのある芝居としては久々のヒット。
 11・00帰宅。頼まれていた寺山修司年譜校正をメール。1・30就寝。

1月20日(月)晴れ

 貴乃花引退以外これといって事件事故もなし。

 サクッと仕事を終えて帰宅。駅の書店で貫井徳郎「慟哭」、ひろさちや「昔話にはウラがある」を買う。
 貫井の作品を読むのは初めて。

 ひろさちやの本はウラから見た昔話。肩の凝らない話をと思って買ったが、ざっと目を通すと、「なぜ王子はシンデレラのガラスの靴に固執したのか」とか、「浦島太郎は竜宮城で何をしていたか」などというバレ話の類。着眼点は面白いが、マジメな宗教学者にしてはレトリックに品がない。こりゃ週刊誌ネタだなと思ったら、「問題小説」の連載をまとめたもの。なるほど。

 5・00帰宅。あさって試験というのに、相変わらず、テレビを見たり、CDを聴きながらのんびりしている娘。ホントに大丈夫なのかと心配になってくる。
 夕食のテーブルはささやかな誕生会。

 ロサンゼルスで樹上生活をしていた42歳の男性が連邦地裁の命令に従って71日ぶりに地上に降り立つ。道路拡張に伴い、樹齢400年のカシの木を排除しようとする当局に抗議して木の上で生活していたもの。水・食糧は支援者が差し入れ、トイレはビニールシートで覆い、その中で済ませていたという。よく71日間も…。不合理を嫌うアメリカ人にしては珍しい?
 そういえば、昔、万博に抗議して太陽の塔に立てこもった人もいたな…。

 ワシントンでイラク攻撃反対のデモ。9・11以来、アメリカ国内の反政府デモは当局により意図的にシャットアウトされてきた。マスコミが報じなければ、そのデモは「なかった」も同じ。

 拉致問題も「救う会」が情報統制している現状では会の意に添った情報しかマスコミに流れないわけで、拉致被害者の心情、考えなども都合のいい部分しか外に出ない。「報じられないことは”起こらなかったこと”」という情報操作の怖さがある。

 報道の自由と知る権利は表裏一体。行き過ぎた報道は自己検証すべきだが、角を矯めて牛を殺すことになっては元も子もない。
 …などと、誕生日なのに今日の日誌もカタいな…。

1月19日(日)晴れ

 11時起床。一日どこへも出かけず家の中。
 昨日から耳鳴りの調子がいいのだが、パソコンの前に座るとハードディスクの回転音だろうか、金属音が耳につき、次第に耳鳴りが悪化するので、ネジが緩んでいないか中を開けてみる。しかし、ちゃんと留まっているようだし、原因不明。やっぱりハードディスク本体のハード的な不具合なのか。あまりにもひどい音。webラジオをつけて、音をごまかそうとするがダメ。ハードディスク交換しかないか。あるいはパソコンの買い換え? 夏のボーナスで…。ムリかな。

 MDデッキを修理に出しているのでFM聴けず。それならWEBラジオでも、と聴いてみると結構いい感じ。パソコンを買った当初、ダイヤルアップだったし、スピーカーも音質が良くないし、webラジオは昔の鉱石ラジオ程度の音質でしかなかった。ブロードバンドになった今、webラジオで十分楽しめるということに初めて気がつく。海外放送のジャズ、ロック…クセになりそう。

 夜、「大変! 来て!」と家人が呼ぶので居間をのぞくと、テレビで森田童子が歌っている。音楽番組で秘蔵フィルムを流しているのだ。動いている森田童子を見たのは久しぶり。黒テントでのライブフィルムもどこかにあるのだろうし、公開してくれないものか。凛とした表情の森田童子。「高校教師」リバイバルでまたCDが出るという。
 そういえば、昨日買った「薔薇門」新聞の発行スタッフに榎本了壱氏の名前。昨日のRさんは森田童子フリーク。なんだか70年代が続いている。

 7時から下北沢のライブハウスで新宿梁山泊の金守珍氏の新人監督賞受賞記念の内輪のパーティー。しかし、日曜の夕方から下北沢まで出かけていくのはさすがにしんどい。行きたいのは山々だが、断念する。残念…。

1月18日(土)晴れ

 サクサクと仕事が進み、午前中で終了。午後から外出。

2・00、下北沢ザ・スズナリ。劇団ハートランド第7回公演「ペラペラゲーム」。初めて見る劇団だ。女優の高橋亜矢子が主宰する、若い女性だけの劇団とか。今回は劇団道学先生の中島淳彦のホンということで、どんな感じの芝居になるかな?と期待半分で出かけたのだが、ドンピシャ正解。女子刑務所を舞台に、仮釈放を1週間後に控えた服役者たちと刑務官の人間模様を描いたコメディー。

 登場人物の個性を描き分け、きちんとした物語構成のできる中島淳彦の笑いのセンスは大好き。演出は「劇団かしこい僕たち」のさわまさし。初めて聞く劇団だが、笑いのツボを押さえた抑制のきいた演出に好感。次の本公演は来年5月というのが残念。4・00終演。土曜マチネだからか満席。しかも、驚いたことに高齢者が多い。2割は年配客だ。出演者の親類縁者? 養成所の先生? 老舗新劇の客席以外でこんな年配客の多い劇団は初めて。

 スズナリを出た後、ディスク・ユニオンでCD物色。天井桟敷レコードの復刻CD「薔薇門」を買う。2800円。東郷健の政治演説や山谷初男の唄を収録したまるごと1枚ゲイ・レコード。付録は1972年刊行の”日本で初めてのゲイパワー新聞”が惹句の「ゲイ・リボルーション」。ディスク・ユニオンでしか買えないというのが難点。

 音楽業界の販売ルートの系列化が進み、買いたくてもCD屋によっては系列外だと買えない、注文できないというCDが多くなっている。一押しの「ジムノペディ」も「どこに行けば入手できるのか」という問い合わせがある。一昔前なら、レコードはどこのレコード屋でも買えたのに。注文すら受け付けないというのは…。

 下北沢から阿佐ヶ谷へ。三鷹駅で人身事故が発生したため、中央線がベタ遅れ。新宿でしばらく発車待ち。
 この頃、電車に乗っていて、人身事故の車内報を聞くことが多い。飛び込み自殺する人が増えているということだろう。不況の時代を実感する。

 5・00、阿佐ヶ谷で下車。改札を出ると、構内が工事シートに覆われていて暗い。駅の大規模リニューアル工事が行われているようだ。また昔の阿佐ヶ谷の風景が変わっていく。

 「江戸竹」で刺身定食980円。食事を終えて西荻へ。阿佐ヶ谷に降り立ったのは単なる郷愁。

 WENZスタジオで万有引力第37回公演「劇場を運ぶ100人の俳優たち」。開場前なので、ドトールでカフェラテ210円。6・30、改札でRさんと落ち合い、WENZへ。開場を待つお客さんが200人余り。

 7・00開演。創立20周年ということで、過去の万有の作品、若手俳優たちの持ち寄ったワークショップ作品をコラージュした「演劇論の肉体化」。

 目をひいたのは今回、入団して初舞台になる亜湖のたたずまい。映画「桃尻娘」から20数年。かつての華やかな経歴を捨て、一から女優修業をスタートさせる亜湖の放つ荘厳な姿はまさに劇的。病気の後遺症で半身が少し不自由ではあるが、「老婆」の役は栄光の日々を彷彿とさせるしなやかな姿。まるで「サンセット大通り」のグロリア・スワンソン。寺山修司が生きていたら今の亜湖を主役に芝居を書いたかもしれないと、ふと思う。

 ラストは俳優が跳梁する天井桟敷時代からの舞踏術「大滅亡」。しなやかで抑制のきいた俳優の肉体の跳梁にカタルシスをおぼえる。この「大滅亡」、ハンパな役者がやると目も当てられない不様なシーンになるのだが、今回は小林桂太、吉野俊則、高田恵篤、井内俊一、小林拓といった選ばれた俳優だけが「大滅亡」を演じたことで久々に肉体のエロチシズムを感じさせる見事な「大滅亡」となった。「大滅亡」を演じられる俳優は国宝ものだ。

 終演後、南口の居酒屋「ガブリ!」へ。大澤さん、榎本了壱さん、Rさんの4人でまずは乾杯。榎本さん、オヤジギャグ連発。さすがにビックリハウス時代からの年季が違う。とめどなく流れるダジャレの洪水に、根本ちゃんが加わり、映画「サード」「上海異人娼館」撮影時の秘話がこれまた汲めども尽きぬ井戸水のごとくあふれて…。20代のRさん、刺激が強すぎたかな。活字にできないのが残念。大澤さんからは天井桟敷最後の公演・八尾西武でのエピソードを聞く。最終公演ということで、全国から八尾に観客が集まったが、一日200人は入れないまま帰していたという。「八尾西武のあの動員記録はおそらく破られることはないと思いますよ」と大澤さん。

 シーザーは九條さん、北川登園氏らと「青ひげ」の座談会収録とかで取材場所に直行。森田童子の件でRさんに紹介しようと思ったのに残念。

 天舞鑑の市川正さん「今年の公演には来て下さいよ」
 去年は体調崩して不義理をしてしまった。今年はなんとしてでも行かなくちゃ。

 恵篤「アメリカ、稽古してますよ。裕木奈江ですか? 男にはウケがいいようだけど…」
 奈江ちゃん、女性には…ということか?

11・40。SIMIZZYらが退席。終電の時間。直行最終電車には間に合わないが、途中駅には間に合う。盛り上がりの最中、後ろ髪引かれる思いで宴席を後にする。地元のRさんと駅で別れ、新宿→赤羽→西川口。最終電車。西川口からタクシー帰宅。慣れない運転手のようでいつもの帰り道と別ルート。そのためいつもよりかなり多く料金を取られる。悔しい。
1・20AM、帰宅。就寝。

1月17日(金)快晴

 今年一番の冷え込みと予想されたが、出勤するとそうでもないようだ。
 朝からクシャミが止まらないので薬を服用。
「今日、花粉が飛んでない?」
 同僚が言う。
「やっぱり? 花粉症っぽいと思ってたんだ」
 一人が答える。
 そうか、もうそんな季節か……。


 詩人・竹内浩三の未発表遺稿を含むアンソロジー「戦死やあわれ」(岩波現代文庫)を立ち読みする。1921年、三重生まれの天才詩人。23歳でフィリピンで戦死するまで詩と日記を書き続けた。漫画の自画像、飄々とした風貌。生きていたらさぞ面白い作家になっただろうに。

 中井利亮が補作した「骨のうたう」が一番有名だが、その原型となった詩を初めて見る。

「骨のうたう」(中井利亮補作版)

戦死やあわれ
兵隊の死ぬるや あわれ
遠い他国で ひょんと死ぬるや
だまって だれもいないところで
ひょんと死ぬるや
ふるさとの風や
こいびとの眼や
ひょんと消えるや
国のため
大君のため
死んでしまうや
その心や

白い箱にて 故国をながめる
音もなく なんにもなく
帰っては きましたけれど
故国の人のよそよそしさや
自分の事務や女のみだしなみが大切で
骨は骨 骨を愛する人もなし
骨は骨として 勲章をもらい
高く崇められ ほまれは高し
なれど 骨はききたかった
絶大な愛情のひびきをききたかった
がらがらどんどんと事務と常識が流れ
故国は発展にいそがしかった
女は 化粧にいそがしかった

ああ 戦死やあわれ
兵隊の死ぬや あわれ
こらえきれないさびしさや
国のため
大君のため
死んでしまうや
その心や


 以下は原型詩。

戦死やあわれ
兵隊の死ぬるや あわれ
とおい他国で ひょんと死ぬるや
だまって だれもいないところで
ひょんと死ぬるや
ふるさとの風や
こいびとの眼や
ひょんと消ゆるや
国のため
大君のため
死んでしまうや
その心や

苔いじらしや あわれや 兵隊の死ぬるや
こらえきれないさびしさや
なかず 咆えず ひたすら 銃を持つ
白い箱にて 故国をながめる
音もなく なにもない 骨

帰っては きましたけれど
故国の人のよそよそしさや
自分の事務や女のみだしなみが大切で
骨を愛する人もなし
骨は骨として 勲章をもらい
高く崇められ ほまれは高し
なれど 骨は骨 骨はききたかった
絶大な愛情のひびきをききたかった
それはなかった
がらがらどんどんと事務と常識が流れていた
骨は骨として崇められた
骨は チンチン音を立てて粉になった
故国は発展にいそがしかっああ戦死やあわれ
故国の風は 骨を吹きとばした
故国は発展にいそがしかった
女は 化粧にいそがしかった

なんにもないところで
骨は なんにもなしになった

 やはり、中井補作版が詩としてはすっきりとしているように思う。次の詩も好きな作品だ。

「ぼくもいくさに征くのだけれど」

街はいくさがたりであふれ
どこへいっても征くはなし 勝ったはなし

三ヶ月もたてばぼくも征くのだけれど
だけど こうしてぼんやりしている

ぼくがいくさに征ったなら
一体ぼくはなにするだろう てがらたてるかな

だれもかれもおとこならみんな征く
ぼくも征くのだけれど 征くのだけれど

なんにもできず
蝶をとったり 子供とあそんだり
うっかりしていて戦死するかしら

そんなまぬけなぼくなので
どうか人なみにいくさができますよう
成田山に願かけた


 子供のように純粋で、その目に映る時代の虚偽を鋭く見抜いた竹内浩三の詩を「反戦詩」という狭い領域に押し込めるのは不幸だろう。しかし、はからずも今の時代に対する警鐘になっているのも事実。

「戦争がある。その文学がある。それは、ロマンで、戦争ではない。感動し、憧れさえする。ありのまま写すというニュース映画でも、美しい。ところが戦争は美しくない。地獄である。地獄も絵に描くと美しい。描いている本人も、美しいと思っている。人生も、その通り。」(原文はカタカナ表記)。 


 2・30、K記念病院。鍼治療は4・00の予約だが、その前に定期検診。終わったのが5・30。そのまま帰宅し夕食。

 昨日、買ってあげた肥後の守を大事そうに持つ息子。子供の頃、鉛筆削りも竹鉄砲もみんな肥後の守でやったものだ。今は危険という理由で学校では子供にナイフを持たせない。鉛筆の1本も削れない子どもたち。成長の過程で、多少のケガや痛みは経験するもの。最初から避けては「痛み」がわからない人間になるのでは。そう思って銀座の刃物屋さんで買ってきたのだが、子供にとっては結構うれしいものらしい。名前を刻んでもらってはしゃいでいる。
「なんか削る木はない?」
 周りを見回して、「そういえば…ない」
 昔は山に行って木を切ったり、そのへんに落ちている木片で細工したものだが、環境が違う。ウーン…。

1月16日(木)晴れ

 昨日、築地本願寺で行われた深作欣二監督の通夜に1300人の弔問客とか。

 2・00PM、劇団Tの制作Aさん来社。女優の重田千穂子が去年、10年ぶりに古巣のテアトル・エコーに再入団したという話を聞く。12年間在籍して退団、マスコミで華々しく活躍した後、また入団という例は聞いた事がない。「一緒に苦労できる仲間が欲しくなった」とのこと。本当に舞台が好きみたい。頑張ってほしい。

 5・00PM帰宅。MDデッキのカセットテープ部分が故障。カセットが中で絡まってるのか、フタが開かないし、作動しない。去年9月に修理したばかりなのに。ようやく本格的にやろうと思ったカセットデジタル化が中断。仕方なく、また修理依頼。片手に抱きかかえて自転車でダイエーへ。

「保証書がないと…」と店員。前回の修理から3カ月以内なら、同じ箇所の修理は無償でやると領収書に書いてあるので、その旨伝える。保証期限云々を持ち出してきたが、なんとか相手を納得させる。

 家に戻り、届いたばかりのビデオテープを見る。去年暮れのCM大賞の録画テープ。大賞は逃がしたがコピー賞受賞。着想、映像の美しさは群を抜いていると思うが…。

1月15日(水)晴れ

 底冷えのする一日。

 午後からピアノの特別教習で出かけた母娘を見送り、ソファでテレビを見ているうちに、うたた寝。

 起きて夕刊を見る。案の定、小泉靖国参拝に不快感を抱いた金大中・韓国大統領が外相会談をキャンセル。強気に出れば相手がひるむと思う小泉の精神構造は北朝鮮の誰かとソックリ。

 なぜ日本軍の犠牲になったアジア諸国が靖国神社参拝に不快感を表明するのかわからないノー天気男なのか、あるいはわかっていて強行する確信犯。どっちにしろタチが悪い。
 一見何か考えていそうで、その実、何も考えていないという人間の典型かも。


 そもそも、なんで靖国神社参拝が問題にされるかよくわかっていない人の方が多いのも問題か。
「戦死した人たちを祀った神社に参拝して何がいけないの? いいじゃん、首相が神社に行くくらい」などという「寛容」につながっているんだろうな。

 靖国神社が日本古来の神社と違うのは、天皇制の精神的支柱として機能してきたということ。

 東京招魂社として設立されたのが1869年(明治2年)、たかだか130年と歴史は浅い。最初は戊辰戦争の官軍戦死者を祀っていたが、次第に明治維新の勤皇派死者も「国事受難者」として祀るようになり、日清・日露、第1次世界大戦・日中戦争、太平洋戦争と、天皇の名による戦争のたびに、多数の「英霊」を組みこんできた。

 重要なのは、合祀するのは天皇のために死んだ軍人・軍属に限っているということ。当然の事ながら、西南戦争で朝敵とされた西郷隆盛や会津白虎隊など奥羽列藩同盟藩士はまつられない。もちろん空襲による一般戦没者は対象外。

 なぜ、靖国神社が天皇制下の精神的支柱になりうるかといえば、「英霊」として祀られた戦死者を”生きている神”=現人神=天皇が拝んでくれるということにほかならない。死地に向う軍人にとって、神として祀られ、神=天皇に拝されるーーこれ以上の栄誉はない。「靖国で会おう」を合い言葉に多くの軍人が従容と死に臨んだのもむべなるかな。国民は信仰のいかんを問わず、靖国神社参拝を強要され、天皇のために死ぬことが美徳とされた。政治と宗教が結びついた国家神道の要。いわば軍事宗教施設といえよう。

 侵略されたアジア諸国、とりわけ、中国・朝鮮の人から見たら、靖国神社というのはまさに侵略者が死を恐れないために後ろ盾にした施設であり、戦後、反省するどころか、A級戦犯を合祀した靖国神社は侵略の象徴というわけだ。

 海外の慰霊施設と違うのは、遺骨を墓地に納めている(アメリカ・アーリントン墓地)といった表面的なことより、今も天皇の軍隊の忠誠者の慰霊所であるということ。

 「次の戦争」にはおそらく再び「死を恐れぬ愛国者」の降臨所として復活することは間違いない。
 政教分離の原則をねじ曲げて小泉首相が参拝するのは個人の勝手というわけにはいかない。
 首相が靖国に参るということは元オウム信者が第七サティアンを…(以下自粛)


  今日は3時間半かけて、外付けハードディスクにシステムをバックアップ。丸ごとバックアップというのは時間がかかる。しかし、これで、何があっても万全。

1月14日(火)晴れ

 休み明けの仕事というのは精神的につらいものがあるが、土曜のうちに一部、着手しておいたので、楽々と仕事をこなし、午後になだれ込む。

 小泉首相靖国参神社拝の第一報。この時期に靖国に参拝したらアジア、とりわけ中国・韓国・北朝鮮からどんなリアクションがあるか子供でもわかるだろうに、自分の信念なのか右派勢力に気をつかっての行動なのかわからないけど、一国の首相としてはまさに軽挙妄動。頭の中はカラッポとしか思えない。

 6・00PM、下北沢。「道草」でさんま定食780円。ヴィレッジ・ヴァンガードで「1968年」(毎日新聞社)を買う。2700円。まるごと一冊1968年の日本の時代状況と世界の動きをリンク、網羅したムック本。奥付を見ると1998年刊。こんな本が出ていたなんて知らなかった。

 10・21新宿騒乱、東大、三里塚、日大闘争、ベトナム反戦、パリ五月革命、R・ケネディ暗殺、プラハの春、天井桟敷、状況劇場、レッド・ツェッペリン、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘン、2001年宇宙の旅、卒業、俺たちに明日はない、博奕打ち総長賭博、緋牡丹博徒、高倉健、横尾忠則…。

「1968年がすべての原点である」と言い切る編者の言葉通り、文化・芸術・政治・社会、すべての事象が世界中を揺り動かした転回点が1968年。東大闘争のおびただしいビラ・パンフ資料が圧巻。

 その中に、当時学生協議会議長だった舛添要一が「無期限ストを解除して民主的に新しい東大を建設しよう。一切の暴力を排除しよう」と「理性と良識に訴え」ているのが笑わせる。天才・芥正彦氏がかつて「あいつは安田講堂陥落前にパリに逃亡した」と述懐していたが、当時から舛添なる人物は日和見主義者だったわけで、今も権力に右顧左眄する姿は学生時代から基本的に変わっていないわけだ。

 「俺たちは演劇をやったわけじゃない」と題した座談会にも大きなスペースをとっている。
出席者は唐十郎、菅孝行、佐伯隆幸、鈴木忠志、別役実、森秀男の各氏。

 鈴木忠志が「寺山修司は死んでから高く評価されすぎ」、佐伯が「評価しやすくなっただけ。サルトルじゃないけど、死者は他人のまなざしで完璧に収奪されるから。寺山評価はそのいい例」、別役も「外側のイメージから入っていくと斬新に見えるだけ」と、三者が寺山修司の演劇を貶めている(ように聞こえる)。

「解説され、解釈され、わかりやすくなった・評価されやすくなった寺山演劇は不幸だ」と泉下の寺山に同情しているのか、それとも、かつて「演劇の革命か革命の演劇か」で論争した菅らが不在の寺山をいいことに自説を牽強付会しているのか、座談会の短い文脈ではわからない。ただ、鈴木忠志など、寺山の才能に嫉妬しているとしか思えないが。

 7・00PM、本多劇場。TEAM発砲・B・ZIN「オス!」。

 深夜、応援団のカップルが間違えて入り込んだ学園。そこでは男がセーラー服、女が学ランを着、男女の立場が入れ替わったヘンな世界。実は男が男であることに疲れ、女が男を凌駕する力をつけたことから逆転した未来社会だったという「猿の惑星」男女バージョン。

 難しいことなし。アクションとギャグで舞台を楽しむだけ。荒唐無稽とはいえ役者は真剣勝負。扉座からの客演、伴美奈子と劇団の看板役者・平野くんじがいい味出してる。前から、伴美奈子は故江利チエミと生き写しと思っていたが、そのことに触れた記事を見たことがないのはなぜだろう?

 8・30終演。このタイトな上演時間はうれしい。ただし、予告編やらカーテンコールで10分以上費やすのはやめてほしい。

 9・40、G駅下車。1カ月ぶりに小料理屋「M」へ。

 幼なじみのSの店。先客が3人。いずれも50代後半。私がSの同級生だと聞くと、一人の酔客が「いいねぇ、同級生っていう響き。ふらっと来てカウンターに座って、ママのお酌を受ける。うらやましいね、同級生」とニコニコ笑いながら、ビールを注いでくれる。

 開店以来のなじみ客とか。場所柄、近所の人が多いようだ。あとから面識のあるS大の教授氏も加わり、閉店まで大盛り上がり。

 「ここはヘンな客が来ないし、お客さん同士のトラブルもまったくないし…ママさんの人柄だろうね」とみんなが口をそろえる。

 「この前、外で偶然、お客さんと会ったそうなんだけど、普通は誘われたらご飯くらい食べに行くでしょう。この人は絶対そんなことしないんだから。そういう商売ッ気のない堅さが人気の理由なのかもしれませんね」と教授氏。

 確かにSが酔客相手の商売をするなんて夢にも思わなかった。
 見ていても、自分から積極的にお客さんの話し相手をするのではなく、客同士が話すのをニコニコ聞いていることのほうが多い。

「うちら常連はみんなこのママのファンなんですよ。愛想をふりまくタイプじゃないでしょう。客商売向きじゃないと思うんだけど、なぜかみんな通ってくるんだな。料理もうまいしね」
 まだ2年なのに、いい常連客がついてよかった。Sがほめられると自分のことのようにうれしい。幼なじみだから。
 帰り仕度するお客さんたちに別れを告げて駅に向かう。心地よく酔いがまわる。1・00帰宅。

1月13日(月)快晴

 10・30起床。午後から一人で留守番。1時過ぎにトイレの水漏れ修理を依頼した業者が来たので水漏れ原因を調べてもらう。部品にひびができていたらしい。

 マンションができてから一度も交換していないトイレで、リナックスのロゴも古いマークとか。「15年でダメになるんですけど、よくもちましたね」と若い担当者。確かにマンションを買った時点ですでにトイレは老朽化していた。水漏れの度に部品を換えていたが、それも限界。長い目で見れば思い切って買い換えた方が安くあがる。水の使用量も旧式だと1回12リットル。今のタイプだと「大」で8リットル、「小」で6リットルと約半分になる。この時期、なにかと物入りだが、仕方ない。見積りで約14万円。清水の舞台から飛び降りたつもりでトイレの買い替えを決断。
 それにしても、バブル最盛期の買い物はローン以外でも高くつく。路頭に迷う前にロト6でも当たらないか…なんて考えるのは徒労だ…。

 夕方、チケット半券整理の続き。半日頑張ってもせいぜい100枚程度整理できるだけ。ウーム、こんなことやって果たして意味があるのだろうか、という疑問が…。

 深作欣二監督が前立腺がんで死去。「バトルロワイヤルU」の監督を息子が引き継ぐとか。敗戦時に中学生だったということは、敗戦によってそれまでの価値観を根底からひっくり返された世代。どんな権威もどんな国家も信じないアナーキーな世代の代表格が深作監督。
 「仁義なき戦い」には虚無世代の真情が見事に投影されていたように思う。最後の仕事「バトルロワイヤル」も現代の仁義なき戦いにしたかったのだろうけど、私には失敗作としか思えなかった。作品の放つエネルギーが違う。やはり、創造するということは若いエネルギーがあるときにやらないとダメなんだろうな。才能には旬がある…か。

月12日(日)晴れ

 10・30起床。
 昨日のパソコン・デフラグを再実行。今度は1時間で終わる。昨日の4時間はいったい何だったのか。ソフトをインストールしてハードディスクのバックアップ。ところが、バックアップ先のDドライブを認識しない。なぜだろう? 休み明けにサポートセンターに電話しなくては。ほんと、パソコンには手を焼く。
 午後、子供と公園へ。凧揚げ、キャッチボール。広い公園では若いカップルがバドミントン、親子が野球。犬を連れた一人の男が黙々と凧揚げをしている。のどかな風景。

 テレビゲームばかりやってる子供が嬉々としてキャッチボールに興ずる姿を見るとホッとする。公園にほとんど子供の姿はない。今の小学生、ゲームを捨てて町へ出なくては。

 帰宅して「ビューティフル・ライフ」最終章まで見終える。なるほど、これが高視聴率のドラマか。障害者の現実から見れば絵空事ではあるが、ドラマとしてはそこそこ見られるラブストーリーだ。ただ、キムタクの誰かの演技をコピーしたような不遜な演技は好きになれない。

 キムタクが舞台でデビューしたのは15歳くらいのときだったか。横内謙介の脚本。物怖じしない態度、堂々たる演技。将来の大器を予感させたが、今のキムタクは途中で余計な垢がついたのか、自信過剰な演技が鼻につく。誰か諌める人はいなかったのか。

 食後、チケットの整理。スキャナーで取り込んでいるうちに11時。キリがない。
 昨日から自分のHPも覗けない状態だし、日記をアップしようかと書き始めたらみぞおちに激痛。まるで胆石の痛み。手術で除去したから痛むはずはないので、原因は別なのだろうけど。あまりの痛さにパソコンを閉じ、痛み止めを飲んで布団に入る。

1月11日(土)快晴

 仕事を終えてPM2、ベニサン・ピットでtpt「ベント」。

 無料公演とあってか連日超満員。いつも流山児の芝居を見に山口市から来る同世代の銀行員氏が並びの席に座ったので声をかける。今回は「ベント」を見るためにだけ上京したのだとか。入場料が無料とはいえ往復航空券、ホテルだけで数万円の出費だろう。「もう、家内は呆れて何も言いません」と笑う。年間数十万円の芝居、上京費用、それに時間と労力。好きなことであっても、なかなかできることではない。

 マーティン・シャーマンの「ベント」は薔薇座の日本初演、加藤健一事務所の公演と2演見ているが、こんなにもすさまじい舞台だったとは思わなかった。

 ナチスが軍隊からホモセクシャルを一掃した血の粛清の日から物語は始まる。ホモのナチス隊員と一緒だったことから粛清現場に居合わせた主人公はいったん難を逃れたものの、強制収容所行きとなる。生きるために友人を裏切り、収容所の最下層・ホモ=「ピンクトライアングル」を忌避するためにナチ高官の前でいたいけな少女を犯し、ホモではないとのお墨付きをもらい、ユダヤに偽装する。

 重い石を離れた場所に運び、そしてまた元の場所に移すという、まるでギリシャ神話の「シジフォスの岩」のような過酷な労働。やがて1人の囚人といつしか心が通う合うようになり、想像の中で彼らは結ばれる。だが、その友人をもまた「自らが生きるために」見殺しにするはめになった時、人間の尊厳をかけて彼がとった最後の行動とは…。

 元状況劇場の深貝大輔、美輪明宏の舞台で見る由地慶伍以外はほとんど名前の知らない俳優ばかり。主演の二人も文学座研修科1年と劇団桟敷童子の役者。そういった若手の役者の起用が功を奏し、実にリアルな手触りの舞台に仕上がった。ぎこちなさが目立ったが、後半になると恐ろしいほど役へのめりこんでいく。最初はこれが主演なの?と思ったマックス役の朴昭煕も尻上がりに良くなり、その熱演にはリアルな皮膚感があった。

 ナチスの迫害はユダヤ人だけでなく同性愛者にも向けられた。1871年に定められた刑法175条は「男性の自然に反するワイセツ行為」を賞罰の対象にした。1935年には刑法175条は改訂され、男性同士の抱擁はおろか「空想」までが処罰の対象になった。この同性愛者迫害法は西ドイツでは1970年代まで、東ドイツでは1994年に全廃されるまで存続したという。

 劇中の二人は空想の中で愛し合うが、法律が空想まで処罰の対象にしたとは…。

 途中、25分間の休憩があったので隣接するベニサン第三スタジオを覗いてみる。流山児事務所の「青ひげ公の城」の稽古中。

 ちょうど平栗あつみが流山児の演出を受けているところ。塩野谷正幸さんが「どうぞ、どうぞ」と椅子を勧めてくれ、井沢希旨子がコーヒーを入れてくれる。長椅子に座った李麗仙、松本紀保、山崎美貴ら稽古の様子を眺めている。池田有希子が一心に台本を見つめているので声をかける。「あっ、どうも」と笑顔。「今年もよろしくお願いします」と彼女。流山児事務所に出るのは初めて。第7の夫人役とか。
 6時から通し稽古。「後で見にいらっしゃいません?」とにっこり。
 稽古中の流山児とは話ができず。ベニサン・ピットに戻ってニ幕目を見て劇場を後にする。

 6・00、新宿。ビックピーカンでハードディスクバックアップソフト「バックアップMy PC4.8」を購入。PCのバックアップを真剣に考えないと。

 7・00、シアター・トップスで南河内万歳一座「さらバイ」。混迷の時代をどう生き延びるか。再び懐かしい栄光の場所に帰ることを夢見るのではなく、新しい地平を目指すべきだというバブル崩壊後の夢のない長期デフレ時代をテーマにした物語。総勢30人余が通路と客席の間を駆け巡り、一瞬たりとも言葉と肉体を弛緩させない超肉体派演劇。この劇団崩壊の時代に、結成以来ほとんど「脱落者」を出すことなく劇団を維持しているというのは驚異的なこと。主宰者・内藤裕敬のカリスマ性というより大学の体育会ノリがずっと維持されているということだろうけど。

 30歳を過ぎたら結婚、出産と、生活を優先させ、マスコミに活動の場を移して行くのが役者の流れ。それなのに河野洋一郎も荒谷清水・鴨鈴女夫妻も「劇団が好きなんです。辞める気はまったくないですね」と言い切る。個性的な俳優たちだからその気になりさえすれば、テレビ・映画の売れっ子になるだろうに、時代に迎合しない彼らを見ているとなんだかうれしくなる。

 8・55終演。「これが扇町ミュージアムの最後の上演作品になります。でも、劇場がなくなっても僕らには大きな影響はありません。これからも芝居を続けていくだけです」と内藤。大阪は扇町ミュージアムスクエアが廃館になり、近鉄小劇場も消える。関西小劇場の相次ぐ閉鎖。稽古場・事務所にしていた劇場の閉鎖は大きな痛手だろうけど、内藤は「稽古はどこでもできますから」と意に介さない。強気一辺倒というよりも飄々とした好漢ぶりが劇団員をひきつけるのだろう。

 10・00、帰宅。バックアップの前にデフラグ、スキャンディスクを、と思い、実行する。ところが、いつもはそんなに時間を要しないのに、壊れているファイルがあるとかで、時間がかかること。仕方なくビデオ「ビューティフル・ライフ」を見ながら時間を潰す。それが午前3時半までたっても終わらない。やはりパソコンが不調なわけだ。仕方なく、デフラグ中止して就寝。

1月10日(金)快晴

 PM2、プロデュース企画fのT中さん来社。31日からの公演の件。
 4・00PM退社。
 サポートセンターでマジック・オーディオクリーニングの詳しい使用法を聞いたので、もうファイルクリーニング、分割・統合は大丈夫。これでひとつ前進。帰宅してカセットのラジオドラマをデジタルに。リアルタイム録音だし、WAVEに抽出するのに時間がかかる。1日2本が限度か。ただ、デジタル化したカセットテープの音はクリアなのでうれしい。カセットも20年以上たっても音がきれいなものもあるし、完全にダメになっているのもある。テープの質も影響するのだろうけど。

 ドラマ「ビューティフル・ライフ」のビデオを見ながら作業。ずっと前に録画しておいたが見るのは初めて。人気作を年月を置いて見るのもオツなもの?  常盤貴子の話し方、誰かに似ている。誰だったろうと考えるが出てこない。

 WAVEファイル保存している間、スクラップブックを整理。パソコンなのに、二つの作業を同時にやるとフリーズするという不条理。いつか、OSを再インストールしてハードディスクをキレイにしたいのだが…。

1月9日(木)晴れ

 4・00PM退社。
 7・00PM、渋谷パルコ劇場で「人間風車」。見るのは初演から数えて3回目。童話・ホラー・ギャグ・サイコドラマとでもいうべきオハナシ。脚本の後藤ひとひとの中ではほとんど見るべきところのない作品。なぜ評判がいいのかまったく理解できない。後藤ひろひとはもっと別な才能がある人なのに、このジャンルだけは買えない。入江雅人、河原雅彦、永作博美ら役者を見るだけの芝居。隣りの席の演劇評論家・江森さんと雑談。暮れの三崎口での忘年会のこと。

 9・25終演。ロビーで裕木奈江ちゃんを見つけたので新年の挨拶。「この間はどうも…」とニッコリ。”びっくりたぬき”のような(?)なんともいえない癒し系の表情がいい。
 江森さんと駅で別れて埼京線経由で11・00帰宅。

1月8日(水)快晴

 オフ日。昨日買ったサウンド変換ソフトを試すも、使い勝手が良くなく往生する。パソコンソフトは「ヘルプ」を参照して自分で使い方を見つけなくてはならない。しかし、詳細な設定など、ヘルプを読んだだけではもうお手上げ。仕方なくサポートセンターに電話。どうせつながらないか長く待たされるかだろうと思いきや、すぐに係員が出て、丁寧な応対。パソコン関連の会社はこうでなくちゃ。

 ついでに、押入れにしまっておいたパソコン付属のスピーカーを接続。今までは内臓スピーカーで間に合わしていたが、細かな音を聞き分けるにはやはり少しはいいスピーカーでなくては。

 というわけで、今日は半日、パソコンと格闘。眼精疲労に肩こり…。

1月7日(火)快晴

 通勤電車の中でFMシアター「イグアナくんのおじゃまな毎日」を聴く。少女マンガのドラマ化かと思ったが、児童文学が原作とか。もらってきたイグアナをめぐる家族の大騒動。タイトルも清原なつののマンガ「ゴジラサンド日和」と似ているし、イグアナのあだ名がヤダモン。怪獣マンガの主人公と同じ名前。原作者は知らなかったんだろうけど、オリジナリティー薄い。イグアナをネコに置き換えても成立するオハナシだし、お気楽なファミリーものにへきえきする。最近のFMシアターの低年齢化、若年層への迎合には絶望的な気持ちになる。1年のうち、オトナが聴くに値する作品は何本放送されるか。これなら旧作を聴き直していたほうがましというもの。テレビの頽廃がラジオドラマにも伝染したのか。もはやラジオからは寺山修司も佐々木昭一郎も出てこない…。

午後、仕事の合い間に芝居のチラシ整理。劇場でもらうチラシは捨てずに、そのままにしておくのだが、劇場に行くたびに同じチラシを何度ももらうことになるので、ほっておくと結構な分量になる。3年分を整理してファイル7冊に収納。自分のロッカーがすっきり。チラシもひとつの文化財。工夫をこらした各劇団のチラシは見ているだけでも結構楽しい。古いチラシに今活躍中の俳優の名前を発見したりして…。
 ウーム、もしかして、マニアック?

 6・00、新宿、さくらやで「マジックス・オーディオ・クリーニング」を購入。7200円。アナログ入力ファイルのノイズを除去する編集ソフト。これでデジタルにしたカセットテープのノイズ問題が解消か。

 7・40、新宿南口でDさんと落ち合う。某展覧会のために「寄せ書き」を書くための会合兼新年会。「おかあさん」なるチェーン店。休日前ということもあって気持ちがラク。お酒もすすみ、閉店時間がくるまで盛り上がる。11時解散。埼京線経由で帰宅。0・00。

1月6日(月)快晴

 今日から仕事がスタートの部署が多い。年始回りの客も多く、朝から社内は年始の挨拶が飛び交う。
 
 4・30から会社の新年会。いつもはホテルだが、今年は会社のフロアで。不況が影を落とす2003年幕開け。始まってすぐにリタイア。家路に。途中、映画館で「マイノリティ・リポート」。フィリップ・K・ディックの映画化作品ならやはり「ブレードランナー」が嚆矢だろう。
 「マイノリティー・リポート」の陰惨なシーンの連続に不快感。虹彩で個人を識別するというのはもはや映画の話ではなくなっているし、町の広告が各個人に話しかけるというのも遠い未来ではない。個人情報が政府によって一手に握られるというディックの世界が現実のものとなりつつあるわけで、不快感の正体は、真綿で首を締められるようなビニール質のファシズムとでも呼ぶべき未来世界がすぐ近くまで来ていることへのいらだちか。
 2時間25分。まったく飽きさせはしないし、希望が垣間見えるラストシーンにホッとするが、やはり後味がいまひとつ……。

 沢竜二の新春公演最終日。ついに行けなかった。気楽に見られる大衆芝居、行く気になれば行けたのに。1週間、観劇を休むと腰が重くなる。芝居を見ることがいかに膨大なエネルギーを必要とするか。何十年も芝居を見ていても、はずみがつかないと、劇場への道は遠くなる。演劇の観客層がいつまでたっても20代が主流なのは、単に体力・エネルギーの問題だったりして…。

 8・00帰宅。子供のために買っておいたサンコミックス版の鉄腕アトムの封を解く。ルビがないからとの理由で置きっぱなしになっていたので自分で再読する。「魔術師キノオ」の回など、「少年」連載時にリアルタイムで読んでいたので、昭和30年代当時の家の中の様子などの記憶がよみがえる。7歳頃か。
 ストーリー構成の巧みさ、絵のうまさ、ユニークなメカニズム描写。まったく古さを感じさせない。妹が、兄の破壊されたレースカーとして生まれ変わる物語(白い惑星、昭和38年)のエロチシズム。今思えば少年誌の中でとてつもない実験をやっていたんだ。宮崎駿だなんだというけど、やっぱり手塚治虫を超えるクリエイターはいない。


1月5日(日)快晴

 午後から公園で凧揚げ。サッカー遊びの途中、ボールが子供の顔面直撃で途中リタイア。たいしたことないのだけどヘソを曲げられてしまう。タワーレコードで斎藤和義+玲葉奈の「5秒の再会」500円購入。TSUTAYAではっぴいえんどトリビュート、なぜかELP「トリロジー」を借りてくる。3000円を越すCDは買うのに躊躇してしまうこの頃。借りたほうが安くあがる。
 夕方、娘のコートを買うのにつきあい、ブティックへ。帰宅してCDを録音。WAVに抽出してあとでCDに焼けばいいだけにする。しかし、もはやわざわざCDに焼く必要性も感じない。持ち運びに不便だし。聴くための曲をMDに録音して、データはパソコンに保存。CDが売れなくなるはずだ。

1月4日(土)快晴

 仕事始め。早朝はもとより夕方も電車はガラ空き。午後から会社で私物を整理し、4・00、銀座。さすがに人出はあるが、それでも平日から見ればかなり少ない。ビッグパソコン館へ。プリンターの調子が悪いので修理の依頼。保証期間が12月7日まで。わずか2週間過ぎた時点で故障するなんてツイてない。

 行ったついでに外付けHDを買ってくる。80ギガで2万800円。安くなったものだ。
 家に帰り、HDをインストール。大事なデータのバックアップ用にする。ただ、店員が「外付けハードディスクの寿命は1年半くらいです」と言ったのが気になる。ずいぶんな話だ。これじゃ、二重にバックアップとらなくては。何のためのハードディスクなの?
 連休の谷間の初仕事だったためか、気力減退気味の一日。

1月3日(金)晴れ時々雪

 義母が千葉から年始に。娘と母親というのは話が尽きることない。男同士だとこうはいかない。
 テレビで駅伝を見る。倒れこむようにゴールするランナーを見ていると目頭が熱くなる。
 2・00、義母は千葉へとんぼ返り。小雪が舞い始め、一段と冷え込みが厳しい。

 パソコンで資料の整理をしている傍で、娘が昨夜録画したテレビドラマ「天国のダイスケへ〜箱根駅伝が結んだ絆」を見ている。つられて途中から見入ってしまう。涙ボロボロ。娘に笑われる。
 さて、休みも今日まで。明日から仕事。朝5時に起きられるか…心配。

1月2日(木)快晴

 午後から近所の神社に初詣。近所といっても電車でふたつ目。タクシーで1200円。五千円札を渡したら運転手さんが1万円札と勘違いしてお釣りを多く出したので慌てて「違いますよ」と押しとどめる。神社の前の道、カミサマが見ていてくれたかな? 正直者のために1億円ほど天から降らしてくれないかな?(←おいおい…)

 受験の絵馬を奉納して、いつものように綿飴、たこ焼き、大判焼き(チーズ、クリーム、小倉。チョコレートが売り切れなのが惜しい)を買って帰宅。
冨士2003
 今のマンションに移り住んだ時はベランダから富士山がクッキリと見えたものだが、いつのまにか大きな鉄塔が建ち、それがちょうど富士山の真正面。夕暮れの赤冨士の前に鉄塔が影を落とし無粋この上ない。
 さて、休みも残りわずか1日。うだうだと寝正月のまま終わりそう。何か一つだけでも形に残さないと…。取りあえずMDの整理に取り掛かろうか(←整理整頓好きのB型)。

1月1日(水)快晴

 目が覚めたら10時。元日は早く起きておせち料理を食べて…という予定がずれてしまった。
 午前中はネット関連のチェック。午後からマンションの下の小公園に行き、家族で羽根つき。羽根つきといえば、昭和30年代のマンガに出てくるお正月の遊びの定番。子供の頃、都会の子どもたちってお正月になったらみんな羽根つきをしてると思っていた。負けたら顔に墨を塗られる、なんだか華やいでうらやましい光景だったけど、実際はどうだったんだろう?
 うまくラリーが続かないが、子供たちもそれなりに楽しめたようだ。

 夕食後、この前録画したユーミンの湘南ライブを見る。同じ時代を生きてきたユーミンの歌に自分の”青春”を重ね合わせてしまう。やがて、ユーミンもライブができなくなる日がくるんだろうなぁ…。

 9時過ぎ、パソコンの前に座ったら、娘が「この問題がわからないから教えて」とやってくる。中3の数学。図形問題。補助線を引いて複合三角形の辺の長さを求めたり、円錐の体積を求めたり…。ウーム、中学の数学ってこんなに難しかったか? ふーふー言いながら1時間、取りあえず親の面目は保ったけど、いきなり出されたら高校入試はおぼつかないな。
 で、終わったとたん、ゴロンと横になって鉄腕アトムを読みふけっている受験生。大丈夫かいな…? 受験が迫っているのに危機感が全然なくてのんびりこーんとしてるのは一体誰に似たのか…。