7月31日(木)

 昨夜は早めに寝たのに熟睡感がなく、朝起きたら目の下にクマ。疲労蓄積か。

 3.30、仕事を終えてK記念病院。
 5.00、阿佐ヶ谷に降り立ち、古書店をのぞく。山根貞男ら共著の「惹句術 映画のこころ」、買おうかなと思ったが1800円。迷った末に「次回に」。

 6.00、西荻、こけし屋でMさんとお茶&ケーキ。7.00、洋食屋「M」に移動。Hさんが到着したところで、オフ会スタート。やや遅れてPさん、9時を回ってRさん、そしてバイクで駆けつけたKさんの6人で10.30まで。アッという間の3時間半。楽しい時間はスピードが速い。Mさんらと新宿で別れて家路に。0.00帰宅。さすがにバテバテ。
7月30日(水)晴れ

 10・30起床。借りてきたビデオ「続・続事件 月の景色」を見る。78年放送。リアルタイムで見ていたので、母子相姦をテーマにしたものとして記憶に残っていたが、あまり、後味のいい印象ではなかったのは、やはり20代の自分には重すぎたテーマだったのか。今見ると、人間の内面の乱反射を見事に救い上げた作品であり、登場人物たちのほんのちょっとした仕草、視線の動きにも細心の演出をほどこしたまさに「人間ドラマ」そのもの。たぶん、当時は佐藤浩市演じる浪人生に感情移入できなかったか、あるいはその反対だったのか判然としないが、このドラマを理解するには早過ぎたことは確かだろう。

 10代、20代の頃に見た映画、ドラマはたぶん今見たら相当受け取り方が違うはず。それにしても、今作られるならおそらくステロタイプな物語と人間描写になったであろう、テーマと俳優の演技。
 こんなに奥深いドラマがかつて放送されていた時代は奇跡としかいいようがない。

 2.00。帰省の切符を引き取りに行ったら、帰りの帰着駅が間違っていて、それを修正するのに1時間も手間どってしまう。慣れない担当者だったみたい。おかげで、家に戻り、のんびりする暇もなく、4.00、S木市へ。9月に昇級試験があるとかで、ヤル気まんまんの子供が「水曜日も行きたい」ということで躰道教室に。6〜8時、S木市の市民センター。帰宅は9.30。さすがに疲れた。
11.00就寝。
7月29日(火)晴れ時々雨

 6.30AM〜1.30PM、仕事。

 PM2、六本木。交差点にあった書店がいつの間にかケイタイショップに姿を変えていた。俳優座まで行くのに、最近は地下道を通っていたので気がつかなかった。珈琲屋、書店、電器屋など儲からない店を潰して増殖し続けるケイタイショップ。

 俳優座劇場でシアター21「スリーデイズ・オブ・レイン」。神野三鈴、高橋和也、浅野雅博の3人だけの舞台。
 一幕目は1995年のマンハッタン、ダウンタウンが舞台。亡父ネッドの遺産整理をするため空家のロフト集まったナンとウォーカーの姉弟が一冊の日記を発見する。そこには彼らの友人ピップの父親でネッドのパートナーだったセオの死に関するナゾめいた言葉が書かれていた。セオはなぜ死んだのかーー。しかも、遺言書には、遺産は姉弟に、ネッドの設計した家はピップに相続されることになっていた。降り続く雨の日に何があったのか。

 二幕目は1960年、彼らの親たちの時代。建築家を目指す二人の男と、その間に浮遊する一人の女の三角関係。一幕目の3人がそれぞれ、過去の「父母」を演じるという構成。

 一幕目は寝不足からくる睡魔に襲われ、ほとんど夢うつつ。セリフが耳元をかすめて虚空に消えていく。休憩を挟んだ二幕目は復活したものの、後段だけを取り出せば、ありきたりの三角関係にすぎないし、さして目新しい物語ではない。子供たちが生まれ、成長したということは、セオはその後ほかの女性と結婚したのだろうし、彼の死はそれからずっと先のことなのだろう…。一幕目の思わせぶりな死のナゾというには不可解なことばかり。何か重要なことを見落としているのか。
 まあ、好きな神野三鈴の演技を見るだけで満足の舞台。高橋、浅野も好演。

 いったん帰社して、6.00新宿へ。
 紀伊國屋下の「小吉」で鉄火丼セット800円。「さくらや」で室内用ヘッドフォンと接続コード。

 7.00、サザンシアターで扉座「きらら浮世伝」。15年ぶりの再演で扉座としては初上演。勘九郎主演、横内謙介初の商業演劇ということで話題になった作品に手を入れての再演。メインキャストの遊女・お篠役の木村多江は初めて見る顔。こんな女優、扉座にいたかなと思ったら、やはり外部の女優さん。「らせん」に貞子役で出ているとか。浮世絵版元・蔦屋重三郎の絵にかける情熱と受難を軸に歌麿、京伝、北斎ら若者たちの生き方をからめた青春グラフィティ。どこといって瑕疵はないが、まとまりすぎて、ダイナミズムに欠けるきらいが。よくも悪くも「学級委員長」横内謙介の資質が投影された「名作」ではある。

9.30終演。
11.40帰宅。

7月28日(月)晴れ

 米軍がフセインの2人の息子ウダイ、クサイの射殺写真を公開したことで、全世界的な批判が巻き起こっているという。フランス・リベラシオン紙、フィガロ紙、イタリア・レプブリク紙など、こぞって「ジュネーブ条約違反」と報じている。

 それも当然、開戦当時、米兵捕虜の映像を流したアラブ系テレビに対し、「ジュネーブ条約違反だ」と口をきわめて非難したのはどこの国だったのか。遺体写真という、残虐な写真を公開してイラクゲリラの戦意喪失を狙う米国の身勝手さは滑稽。
 
 PM7.30、渋谷「M」。2度目というのにすっかり常連さんのようにリラックス。先客のお二方と話しているうちに、Mさん登場。秘蔵の品を見せてもらっていると、ママさんのはからいで、K先生がおいでになる。ママは「立松和平似」と言っていたが、誰かに似ているなと思ったら、十代の頃にお世話になったテキ屋のTさんと雰囲気が似ている。四谷三寸○○三代目のTさんは白髪交じりの短髪で好々爺の雰囲気。Tさんには好々爺と言うには年齢が若すぎるが、豪放磊落、くだけた口調は元大学学長というアカデミズムのイメージとは程遠い。
「壁に突き当たった時、寺山さんだったら、この場合どう考えただろうって思うんです」とのっけから寺山談義。実に面白い方。今まで知り合えなかったのが不思議なくらい。S山正樹氏と対談する話もあったとか。「向こうがイヤがるでしょうね」と。大江健三郎に対する右翼街宣事件など、興味深い話をうかがっているうちに時間は猛スピードで過ぎ、10時を回る。腰を上げたMさんと駅まで。K先生となら三日三晩話し続けても飽きないだろうな。こんど、ゆっくり時間を作りたい。引き合わせてくれたMさんとママに感謝。

 11.30帰宅。


7月27日(日)快晴

 9.30起床。田舎に電話して、帰省した時に、娘に中学校のピアノを使わせてもらえるか、従姉に頼みごと。学校に音楽の教師がいなかったので、あすまた電話することに。1週間ピアノを弾けないということは、ピアノ科の生徒にとって致命的な退行になると、高校の担任からお達しがあったため。

 午後から思い立って、部屋の大掃除。不要な物はレンタル倉庫に運び、夕方6時過ぎまで延々と掃除&片付け。使っていないカセットデッキをミニコンポの下に置き、カセットデジタル化の予備にする。それでもCD、MD類の整理は手付かず。さすがに終ったら、腰が痛い。

 夜、子供たちとベランダで花火。風があるので、線香花火はすぐにポトンと落ちてしまう。昔の線香花火は長持ちしたのに、今の線香花火が短いのはなぜ?
 つい、「線香花火が欲しいんです 海へ行こうと思います〜♪」という拓郎の歌を口ずさんでしまうのは一つの世代に共通のクセ?
 ハデな花火を打ち上げて、感覚がマヒしてる戦争屋にはこの線香花火の風流はわっかるかな、わかんねえだろうな、イエーイ。古……。
 ああ、「続・続事件」今日も見られず。時間を!もっと時間を。
7月26日(土)晴れ

 朝、仕事中に目眩がしたのかなと思ったほど、かすかな揺れ。テレビを見ると、仙台では震度6の大地震だと知って驚く。田舎の親戚に電話すると、実家をはじめ何軒か不在。ようやくつかまえた伯父が「○○か? 盆はいつ来る。地震? こっちはピクリともしなかった」とノンビリした声。ひとまずホッとするも、宮城県ではその後3回にわたって震度6の地震が繰り返されたとのこと。地震の恐怖はいかばかりか。女川原発は一応大丈夫のようだが、地震が起きるたびに原発を抱える地域の不安を思う。

 イラク特措法成立。テロ対策特措法、有事関連3法ーー首相に就任してからたった2年間で日本の戦後安保政策を根底から覆す法律を成立させたコイズミ。後世の歴史家が判断を下す前に、すでにはっきりしている。コイズミこそ戦後最悪の首相であり、ヒゲのないヒトラーだと。いや、真のヒトラー登場に道を開いたヒンデンブルグというべきか。例によって、大新聞は、法律が成立してから「対米一辺倒の防衛政策」「小泉首相は変節したのか」と、負け犬の遠吠え。アホか、あんたら。連日のようにチンケな辻元疑惑はせっせと手を替え品を替え報道するのに、国民を戦渦に巻き込むことになる法律の審議については、口ごもり、結末が見えてから、「それはちょっと…」と批判めいたことを書いて、言い訳にする。自衛隊員だって、自分の命を「9000万だと安いから1億にしよう、そうすれば戦地に行くだろう」などと、いいように政治の道具に使われて…なぜ怒らないのか。

 PM2、東中野の梅若能楽堂で、さんにんのかい「新選組 名もなき男たちの挿話」。初めて行く場所なので、早目に出ようと思ったが、仕事のため、ぎりぎりのスタート。六本木経由で大江戸線に乗れば40分。しかし、乗り慣れた東西線で中野まで行って引き返したほうがわかりやすいかと、ついそっちのコースを選んだのが間違い。茅場町駅ホームで待てど暮らせど電車が来ない。そのうち駅員が「西葛西でお客さんが線路に立ち入り……」
 おいおい、またか。どうしてこうも、人身事故が多いのか。
 幸い、死傷事故にはならずに済み、電車も10分遅れで到着。

 別ルートを選んでいれば、スムーズに目的地に着けたのに。東中野到着は2.55。開演5分前。駅歩7分とあったが、走っても7分はあった。場所を探しながら、息せき切ってたどり着くと4分過ぎ。開演が5分押したため、なんとかセーフだったが、どうも、このところ、電車路線の選択ミスが多い。別な道を通っていれば、事故に遭遇せずに済んだものを…。ま、選択ミスとはいっても国会よりはましか。

 さて、「新選組」。京都、鳥羽伏見の戦いの最中、3人の仲のいい新撰組平隊士が、今生の別れを済ませようと、古寺に集まってくる。花街の夜のこと、「竜馬」を切った日の事…思い出話をするうちに、やがて、彼らは、新撰組とは何か、武士とは何か、人間としての幸せとは何かという自分たちが抱える問題に気づき始める。「将軍に忠誠を尽くすために死ぬ」という男、「妻と子のために生き抜いて、どこか誰もしらないところで、静かに余生を送りたい」という男…。やがて、彼らが自らに下した結論とは。

 山口勝平、高木渉、関智一。劇団俳優だが、声優の世界では超のつく人気俳優。客席も、若い女性で満杯。熟練した演技、しなやかな肉体。簡素な能舞台に合わせた、戯曲の構成がうまく機能している。「21世紀FOX」の舞台を見なくなって10年あまり。山口勝平もしばらくご無沙汰。当時は少年役が多かったが、すっかりオトナの俳優になっている。一流の声優は一流の俳優でもあり、舞台は見ごたえ十分。
 3.50終演。

 駅に向かう途中、Hくんにメール。仕事中のようなので、六本木経由で帰社。大江戸線初めて乗ったが、車両が小さく感じる。六本木の日比谷線乗り換えも、結局一駅歩くような距離。
 5.30まで、後片付け。
 8.00帰宅。隅田川花火大会で、打ち上げ花火の音と大輪が見える。風があり、涼しいというよりも寒いくらい。
 寺山修司の映画「草迷宮」DVDが届いていたので、すぐにパソコンで見る。何度も行われている自主上映には行ったことがないので、封切りを新宿東映で見て以来、約20年ぶりか。「11PM」で封切時に特集したビデオを持ってるはずだが。予告編の廃寺での化け物の哄笑が鮮烈な印象だった。

 改めて見ると、若松武史の跳梁、肉体のはじけっぷりがなんともいえないすばらしさ。それにしても鈴木達夫の映像美よ。三上博史はまだほんの子供。もともとはフランス資本の映画。ボカシなしだが、今回、映像に「ボカシ」が入ったのは彼への配慮の模様。
 新高さんも美しい。三上博史の裸身に墨で観音経を書くシーン。舞台「身毒丸」で卒塔婆の文字は新高さんが書いたものということ。このシーンの達筆な字も新高さんの書。
 アフレコなので、唇の動きとセリフが合っていないなど、映画としてのアラも散見するが、低予算でもこの完成度。寺山修司のイメージの魔術を、ふんだんな製作費で最新の映像テクニックを使って作ったとしたら…とつい思ってしまう。
 美術は山田勇男。氏の新作「蒸発旅日記」と合わせて見ればさらに面白いかも。

週末の夜、早目に帰宅するとなんだか疲労感がドッと押し寄せる。10.00耐え切れずに就寝。
7月25日(金)曇り後雨

 朝、電車の中で栗坪良樹著「寺山修司論」を紐解く。朝の電車は貴重な弛緩タイム。いつもなら、すぐに目をつぶって、軽い睡眠状態に陥るのに、1ページ目から引き込まれ、終点までページを繰る指が止まらず。

 今まで読んだ数多の寺山論がかすんでしまうような豊富な知識と透徹した視線、何にもまして、寺山への愛惜に満ちた論旨展開。かつて、死者を腑分けするかのように、表層的で浅薄な寺山論も散見したが、一読して、それらの書から受けた鬱屈した不満が晴れた。溜飲が下がるというべきか。電車の中で一人、快哉を叫ぶ。これこそ、待ち焦がれた寺山論。
 
 冒頭からして、盲いてさまよえるオディプスに寺山の少年期を重ね合わせる、レトリックの妙。我が意を得たりの精緻な寺山論。栗坪氏の名前を知ったのは、渋谷のバー「M」に行ったからで、引き合わせてくれたMさん、Aさんに感謝。

 午後、テアトル・エコーのA氏来社。8月公演のこと。今度、大学の演劇科から劇団社員を募集することになったとか。今までは、大学も劇団へのリクルートというパイプは考えてもみなかったようだ。せっかく大学で演劇制作のノウハウを教わっても劇団からの要請がなければ意味がない。試みとして、いい方向に行けば…。

 6.00、三軒茶屋。I田信之さんの稽古場兼貸しスタジオ落成記念パーティー。業界関係者が多く、ほとんど見知った顔はないが、I田さんに紹介された人たちと談笑したりで8時まで。

 相撲協会の理事長、K親方と讃岐うどん談義。「そばよりうどんのほうが好き」という親方。かなりの食通。ゆで方から、食べ方まで実に細かい作法があるようで。「今は3〜4たまくらいですかね、一回に食べるのは」。北海道出身だが「中学の途中から東京だからね、思い出といっても東京の方が…」と割とそっけない。
「これからはいい横綱を作らないと…相撲界も大変ですね」と、ついお追従めいたことを口走ってしまったら、「横綱は作るのではなく、”なる”ものです。そうでしょう。強いものが横綱になる。それが相撲です」とにらみつけるようにピシャリ。ウーム、さすがに元史上最強の横綱の言葉。強烈なカウンターをくらってしまった。

 例によって眼光鋭く、最初はとっきにくい印象だが、挨拶に訪れる一人ひとりに丁寧に応対。しかし、I田さんもホスト役で忙しく、親方はぽつねんと椅子に座っている場面が多かったが、それでも最後まで座を外さず、きちんと威儀を正していた。座持ちをしようと、再度、隣りに座って話かけると、次第に打ち解け、先場所のゴタゴタに関してもぽろりと心情を吐露したが、それはオフレコ。クルマを待たせてあるとかで、帰りは雨の中を駅の方まで走るも、背広は脱いでシャツ姿。背広を濡らしたくないというのは、同世代の心情としてよくわかる。今日、話してみて、K親方に同世代としての親近感を抱いてしまった。史上最強の横綱をテレビで見ていたのは、はるか昔。その横綱と、芝居の稽古場で話をするーー不思議な気分。
 PM8、家路に。駅に着いたら大雨。
 心地よい酔いと疲労感。
 昼、従弟から電話。娘が結婚するとのこと。ついこの間までよちよち歩きをしていたと思ったら…。
7月24日(木)曇り

 朝、会社に行くとN高さんから小包。中を開けると、達筆な字で書状。A川マキさんの字と似ている。同封はN高さん所蔵の貴重な資料。「よかったら個人的に保存していただければ…」と。ありがたい。

 午後、原稿をFAX。すぐにケイタイに丁寧な返答。佐々木昭一郎さん、A川マキさんもそうだが、才能のある方は、実に相手に対する細かな心遣いがある。寺山さんを取り囲む人たちはみんないい人ばかりだ。

 用件あり、K皮族にFAXするも、いつまで待っても送信できないので、制作Nさんに電話。どうやら、回線をネットが占有していた模様。ウーン…。ついで、Sめ氏に電話。お酒の発送の確認。

 PM7、下北沢。駅前劇場で三田村周三プロデュース「とび…」。「匂い」をテーマにしたハードな人情喜劇。井上ひさしの喜劇は重喜劇と表現されたが、これも大状況は描かないものの、人間の機微に鋭く触れる重喜劇。
 とび職の父とその一人娘。父親とその同僚のとび職人の汗の匂い、男の匂いを異常に嫌う娘は、ある日、電車の中で、乗客が放つ「匂い」にイライラが昂じ、そばにいた男を痴漢に仕立て上げて。濡れ衣を着せられた男は、警察の厳しい取り調べで、つい犯行を認めるが、帰り道、フラフラと入り込んだ工事現場の穴に落ちて大怪我を負ってしまう。
 男の帰りを待つ若い妻。彼女はかつて痴漢に遭った際、娘に助けられた過去があった。男がその夫だと知った娘は…。
 ストーリーだけを抜書きすると重い話だが、役者たちの軽妙な演技、演出の妙で、実に面白い喜劇に仕上がった。
 冒頭、三田村演じる年上の溶接工と二周り年下の妻、丸山優子の掛け合いが微苦笑を誘う。門限に遅れたら五百円罰金。それを積立して二人で旅行の計画を話し合うほのぼのと明るいシーン。ひょっとして作者は年の離れた奥さんがいるのではと思えるほど、リアルな会話。
 大詰めの工事現場での緊迫シーンまでよどみなく物語りは進み、最後は喜劇の定石どおりのハッピーエンド。時間も1時間半とちょうどいい。会話の面白さも役者たちが達者だからで、近頃、珍しくオトナの鑑賞に耐える芝居。
 小田急線が新百合丘あたりで事故のため、開演時間が15分押し。帰りも、早く家にたどり着きたいと、いつもは使わない埼京線経由で帰ったら、新宿までノロノロ運転。10分だけ帰り道の時間を短縮しようとしたのに、接続が悪くて、帰宅が10.25。いつもの千代田線経由で帰るのより30分以上も遅い。しかも、殺人的ラッシュ。ついてない。

 民主党が自由党を吸収合併するというが、さてどうなることやら。今でさえ自・公政権の補完物に成り下がっている民主党が数を増やしたところで、国民にとっては益はない。自民党にも脅威とはならない。そのうち小沢一郎シンパの右派民主党議員が菅直人を放逐し、まさに「庇を貸して母屋を取られる」となる公算が大きい。 

 存亡の崖っぷちに立つ社民も抱き込んでの大合併となるか。しかし、そのあかつきには、用済みになった旧社会党系議員はほっぽり出し、究極の目的は自民との合同。つまり戦前の大政翼賛会の再来。そんな絵図を書いている人間がいるはず。辻元逮捕もその流れの一環。ここで、憲法改悪に反対する勢力を根こそぎにしようという意思が働いている。ハナからカヤの外の共産党はほっておいても危険はない。

 3年以内に抵抗政党が消滅する「大政翼賛」の時代がやってくると想像するのを果たして誇大妄想と笑えるだろうか。
 ネットで注文した栗坪良樹氏の「寺山修司論」届く。「寺山解読の鍵は短詩型にあり」が惹句。
7月23日(水)雨

 朝8時過ぎに会社の同僚からの電話で起こされる。一瞬緊張。休みの朝に会社から電話が入るのはよほどのこと。O君が「Y村美智さんという人から電話があって、急ぎらしいので」と。こんな時間に…。訝しく思いながらもY村さんのケイタイに電話を入れると快活な声。芸能人にしては朝が早い。正午からひなのチャンを交えた会見があるので、直接その連絡をしたかったとのこと。なんのことはない……。

 今日は家族で映画に行く日。10.45、銀座。ニュー東宝シネマで「ターミネーター3」の吹き替え版。
 客の入りは50人ほど。

 さして期待はしなかったが、驚くほどつまらない。日本語版の吹き替えの一部がヘタだということを割り引いても、映画としての面白さがまったくない。女ターミネーター、クリスタナ・ローケンが日本人好みの美形(日本で電化製品のキャンペーンガールをしていたらしい)なのが唯一の見どころ。
 主演の吹き替えがあまりにもヘタなので、エンドロールで配役を確認したらISSA。ウ〜ン、ちゃんとした声優を使うのが観客への礼儀では。うまけりゃ文句はないけど。
 T−Xの声の配役を見たら岡寛恵。なんと、私の好きな文学座の女優さんではないか。セリフは少ないが艶っぽい声がピッタリ。

 1.00終映。子供のために博品館を探検。普段は劇場に行くだけなので、じっくり全館見たのは久しぶり。
 御徒町・多慶屋で子供のローラーシューズ。バッタもん?だから安い。
 6.00帰宅。家族を連れて外出するのは気疲れする。疲労が重なったのか頭痛。
 やはり休日は家でじっとしているのが一番のストレス解消。

 ケイタイの着メロをジムノペディの「ジェリー」に設定。久しぶりに早寝…の予定。

7月22日(火)晴れ

 カスタネット休暇。今日一拍置いてまた明日休み。曜日の感覚がズレてしまう。

 近頃は陰湿な事件ばかりで、心がすさんでしまう…と思っていたら、なんとなくほっとするニュース。
「46歳カメ好き男、ペットショップからカメ88匹を盗む」。

 1匹700円から2万円のフツーの種類のカメというところが泣かせる。しかも警察に通報したのが犯人の家族で、「いいかげんにカメばかり可愛がるのをやめてほしい」と言ったとか。盗難事件にも関わらず、ほのぼのと思えるのは、相当病んでる?

 3.40、K記念病院。いつもより長引き、5.30診療終わり。
 6.30帰宅。休みの前にも関わらず、予定なし。
 夕食後、喫茶店で原稿書き。高取さんに電話。稽古中。「昨日、稽古に行って、その後、理生さんの追悼会に戻ったんですよ」と。
 9.00帰宅。仕事の続き。
 ウーン、結局休みの前なのにくつろげない。
 明日は家族で「ターミネーター3」を見に、銀座まで。やはり休めない…。
7月21日(月)晴れ

 半日、子供と遊び、その合い間に、NHKオーディオドラマ「モーツァルトの暗殺」をCDに焼く。3時間近い大作で、しかもそれを編集した2時間半の再放送バージョンがあり、それらがテープ何本かに分けて保存されているので、つなぎ合わせて完全版を作るのに大変な労力。オーディオ編集ソフトがあるおかげで今は比較的、切り張り・再構成編集がしやすくなったが、パソコンでもなかったら、このカセットはいつまでもどこが出だしなのか、わからないままほったらかしにされてたはず。

 ビデオに撮っておいた「続・続事件 月の景色」を見る。早坂暁の脚本。NHKのドラマが輝いていた時代の作品。戸浦六宏、若山富三郎、中村伸郎、草野大悟etcみんな故人になってしまった。すばらしい俳優たち。すばらしい作品。佐藤浩市がまだ暗中模索。

 5.00、家を出て、中野で行われる「岸田理生さんを偲ぶ会」へ。6時開始だが、7時到着。受付に吉見絹さんの顔。「お久しぶりです。ずいぶんお会いしてないのに、若くて…全然変わりませんね」
 これはもしかして誉め言葉?
渡辺えり子リーディング
 中に入ると、式次第は半分まで進行。和田喜夫氏の追悼挨拶。ついで献花。狭い「あくとれ」に200人近い関係者・ファンが詰めかけ、献花だけでも30分以上かかる。渡辺えり子と宇宙堂の役者によるリーディング、小林達雄の朗読とベーシスト氏のコラボレーション。そして雛涼子の朗読。岸田さんに一番身近な女優だけに涙をこらえての演技。
 8.00、イベント終了。佐藤信氏の献杯の挨拶。「我々は本当にかけがえのない人を失ってしまった」。

  会場には昭和精吾、蘭妖子、根本豊、タリ、高田恵篤ほか天井桟敷組、アジア女性会議関係、朝日I村氏、白水社U氏、七字氏、岸田事務所関係と多彩な顔ぶれ。
 遺影の前に25日発売の「草迷宮」のDVD。九條さんが見本盤を供えたのだとか。
 稲葉さんと中洲通信、新高さんの話題をひとしきり。

 新潮社のA氏からK森氏が結婚するという話を聞く。すでに下北沢を引っ越したそうな。
 横浜の一宮氏、イラストレーター・吉田光彦氏、M紙のT橋氏、永井愛氏らと立話。
 永井さんは「渡辺浩子さん、如月小春さん、岸田さんーーみなさん壮絶な討ち死にという気がします。これから一緒にいろんなことが出来ると思っていたのに…」とさびしげな表情。

 シーザー、高取さんも来ていたが、途中で帰ったようだ。
 岸田理生さんの盟友・宗方氏に挨拶。彼のHPではこのところ、すっかり「新米パパ」になっているが、胸中は「生まれきて成長する者と、死に行く者との間に挟まれ、あんなふうにマイホームにかまけている風を装わなければ耐えられない心境」だったという。学生時代から岸田さんと一心同体だった宗方氏の胸中を察するに余りある。
 9.00、九條さんと二人で駅へ。途中、三沢イベントのこと、新高さんのことなどを話題に。九條さん、デーリー東北で寺山回顧エッセイの連載を始めたという。「週に1回、1200字。毎週、締め切りがあるのは大変よ」と。
 埼京線経由で10.00帰宅。
7月20日(日)晴れ一時雨

 午後から、子供とダイエーのゲーセンへ。クレーンゲームのコーナー。

 「これ、お姉ちゃんが欲しがってたぬいぐるみだよ」
 姉にプレゼントしたいらしい。「この前、ママと来た時、何回もやったんだけど、取れなかったんだ」
 そう言うそばから、おとーさんが2回目でくまのプーさんのぬいぐるみをゲット。普段めったに見ない尊敬のまなざしを向けられてしまう。おまけに、もうひとつのゲームで、なかなか取れなかった賞品をなんなくゲットしたものだから、父の評価は定まった。
 ま、どんなことでも子供に尊敬されるのはいいか。

 いったん自宅に戻り、再度、出かけたりと、なかなか忙しい。休みの日、ゆっくりしたいんだけど、そうも言ってられない。
 何度目かの出下りの後、ソファでテレビを見ていたら、ついウトウト。
 夕方、ようやく解放されて、パソコンの前。
 HPのデザインも飽きてきたので、トップページを衣替え。試行錯誤を繰り返し、なんとか完成。
 ついでに、少々、データを補充。HPをいじっているうち、深夜になってしまう。休みの日なのに、もう少しやることが…。


 辻元逮捕という社民潰しを狙った自公政権の汚いやり方にはヘドが出る。社民が武富士情報漏洩の警察不正を国会で追及しようとしていた矢先の出来事。意図は明白。警察追及の牽制と社民党潰しの一石二鳥。1年半もほっといて、今になって逮捕という不自然さを追及せず、土井辞任を言い募る新聞・テレビは極めつけのアホ。
 鴻池防災相の「監禁小学生は加害者かもしれない」発言もまともに取り上げていたが、「鴻池なる閣僚はただのバカ」の一言で済む話。

 子供の算数の宿題で、「3ケタの数字を1ケタの数字で割るときに、百の位に商が立つ場合と立たない場合があって…云々」という空白埋め問題があり、何の意味なのかわからないと子供がメソメソしていた。そんな問題、大人が読んでも、一瞬とまどう。算数の解き方を文章にして、なおかつ空欄埋め問題にするという”わかりにくさ”。
 エラソーに政治問題の解説をしてる新聞社の政治部記者の記事と似ている。

 BBCに「ブレア政権が大量破壊兵器に関する証拠をねつ造した」との情報を提供したとされるデービッド・ケリー元国連査察官が、18日、散歩に出たまま消息を絶ち、変死体で発見された事件で、外国人プレスは来日中のブレア首相を激しく追及した。それなのに、日本の大手プレスが書くことは「ブレアにコイズミがイラク問題でエールを送った」としょーもないヨタ話。
 子供の算数問題みたいな、わけのわからない文章を書いて、政権を支えているコバンザメ記者たち。こんなのいらん。

7月19日(土)晴れ

 5・45の電車で出勤。ルーティンワーク。

 PM3、三軒茶屋。喫茶店「C」でN高けい子さんと待ち合わせ。店に入ると目の前のテーブル席にN高さんの姿。会釈すると、「○○さん?」と優しげな声。寺山さんの舞台や映画でしか拝見したことがなく、自分にとってはまさに伝説の女優なわけで、やや緊張するも、同県人と言う気安さもあり、すぐに十年来の友人のように打ち解け、話が弾む。
 手元に長部日出雄氏の「鬼が来た」の文庫本。
 「本が読みたくて、早めに来たんです。同郷なのに今まで読んだことがなくて…。長部さんって、見るからにいい人そうでしょう。私、太宰がダメなのよ。あら、○○さん、お好きだったらごめんなさい。…そう、それはよかった」
 津軽出身で、太宰が嫌いとは意外。

 寺山さんとの出会い、この20年のこと、途切れることなく会話は続き、気がつくと5.00。喫茶店を出て、また立話。実に優美で、いい感じに年齢を重ねた。「女優をやめたことはまったく後悔していない。寺山修司と出会えたことが人生で一番の誇り」ーーきっぱりと言い切るN高さん。

 5時から高校同窓会の幹事会があったが、間に合わず。電話で会報の打ち合わせ。

 5.30、渋谷経由で下北沢へ。井の頭線乗り場で、白塗りメイクにゼッケンをつけた若い女の子とすれ違う。「もしかして?」と思ったら、案の定、流山児☆事務所の役者だったようで、市街劇の一環で、ハチ公前からの観客を案内する役目を担っていた模様。

 6.00、「道草」でサンマ定食750円。
 「ディスク・ユニオン」で伊藤銀次の幻のバンド、ココナツ・バンク30年目にして初のアルバム「ココナツ・バンク」を買う。去年の喫茶ロックイベントで再結成した「ココナツ・バンク」が2003年版の「ココナツ・ホリデー」を歌っている。付録の小冊子に載っている「伊藤銀次ファミリー・ツリー」はこの30年の銀次と大瀧詠一、山下達郎、杉真理、鈴木慶一、佐野元春etc、はっぴいえんど以降の日本ポップ・ロックの「ツリー」が一目瞭然。なかなか優れもの。

 7.00、本多劇場で流山児☆事務所「テラヤマ★三文オペラ 書を捨てよ、町へ出よう」。ロビーで見世物小屋風パフォーマンス。横浜の一宮氏、伊藤裕作氏の顔。テラヤマの果敢な挑発精神を現在に生かそうとする流山児流アクチュアルなテラヤマ劇。天野天街の作ったコラージュ映像で原爆150発が地上に落下。

 終演後、初日乾杯。塩野谷氏と先日のtptの芝居の話を。「あれは構成芝居として、役者の芝居を楽しんでもらえれば」と。演出家はドイツ語、彼の英語を日本語に通訳するというクッション置いたコミュニケーションだったようで……。
 今回の主演の女の子は初演の花園神社野外劇を見に来ていたという当時女子高生。近頃珍しい抜擢。芝居は荒いが、清新な印象。

 ロビーで流山児事務所の芝居会場でよく会う山口の銀行員氏と立話。今日は福岡空港から朝発って来たそうだが、大雨のため、新幹線の福岡駅から膝まで水に浸かりながら福岡空港まで1時間歩いたという。「よほどやめようかと思ったんですけど」と、さすがに疲労の色ありあり。到着してなんとか2時のスズナリ、「アンコントロール」に間に合ったという。2月に1回は芝居を見るためだけ上京しているという熱心なファン。「でも、今年はボーナスも半分しか出なかったし、子供も進学でおカネがかかる。財政破綻です。もう当分来れないでしょうね」とポツリ。同年代。今まで「芝居ファン」は多く見てきたが、この人ほど凄いお客さんは見たことがない。山口から芝居を見るためにだけ上京し、まとめて何本か見て翌日とんぼ返りする。洪水の中、膝まで泥水に浸かりながら空港にたどりつく…。マネできない。こんなファンがいる流山児☆事務所は幸せだ。

 10.00、伊藤氏に飲みに誘われたが、電車のあるうちに、と駅へ急ぐ。
 11.30帰宅。
7月18日(金)晴れ

 7.00、天王洲アイル・アートスフィアで舞台創造研究所「生きている小平次」。「おちか」に毬谷友子、小平次に西川流の西川箕乃助、太九郎に大鶴義丹。日舞、尺八、地歌などを使ったネオリアルカブキが惹句。

 太九郎の女房おちかに懸想する小平次の執念、殺したはずの小平次につきまとわれ、正気を失っていく太九郎。2人の男の愛に翻弄されながら、殺人の共犯者として、したたかで残酷な顔を見せるおちか。死んでも死んでもなお、恋する女を追いかける小平次よりも、おちかの妄念、現実性の方がよほど怖い。最初のシーンは日舞で「鳥辺山心中」を毬谷、西川が踊り、二人の道行きは小平次の夢の中の妄執という趣向。いったん幕が下りてから、安積沼の舟釣りシーンが始まる。

 女房への不信と恐怖におののき、道中を急ぐ太九郎、そのあとをフラフラと幽鬼のようについていくおちか、そして、彼らの後を影のようにつけていく小平次らしき人影…というラストまで、1時間半。ギター、尺八、地歌が入るので、実際の俳優が演技する時間は1時間足らず。それでも、濃密な印象を受けるのは、毬谷友子の演技に負うところが大きい。聖性と俗性、悪魔性が同居する「おちか」の多面性を見事に切り替える毬谷の演技の変幻自在。まさに芝居の申し子。童女のような笑顔が一転、ゾッとする年増の怖さに変ずるその演技の凄さ。女優として脂の乗り切った毬谷に敵なし。
 心理劇として三者三様の見方ができるわけで、大正期に書かれた戯曲が今も普遍的な人気があるのもうなずける。
 客席はいつもの劇場の年齢層とは大きく異なり、8割が中高年。それも50代以上がほとんど。やはり歌舞伎ファンが多いのか。西川流お客さんも多いのだろうけど。
 帰り、スフィアの前のオシャレな駄菓子屋で見つけた懐かしのマンボ、森永ミルクキャラメル、パラソルチョコなどを買ってしまう。「マンボ」ーー懐かしい。
10.00帰宅。

7月17日(木)晴れ

 4.45新宿。歌舞伎町で「バトルロワイヤル2」。

 後ろから息せき切って走って来た女子高生が受付で切符もぎりをするのももどかしげに、階段を駆け上がっていく。始まってすでに10分ほど経過。高校生たちがバスに押し込まれるシーンから、すでにすさまじい暴力描写の連続。「仁義なき戦い」の手持ちカメラのブレをCG処理でさらに大胆にした過激な映像作り。40年前、ラジオドラマ「大人狩り」で福岡県公安警察から取り調べを受けた寺山修司が予告したかのように、40年後に映画で展開する「大人」と「子ども」の凄惨な銃撃戦。

 一握りの人間と一握りの国のための自由と平和に対して宣戦布告し、64億の自由と64億の平和を求める主人公の少年の姿に単純な「反米映画」のレッテルを貼ることはたやすい。少年たちのテロに激昂する「あの国」が少年たちの砦にミサイルを打ち込む前に、自衛隊で少年たちを一掃しろと命令する首相。…なんともわかりやすい。

 いったんは子供たちとともに逃避しようとした少年の何人かが最後に引き返し、戦闘に加わるシーンは悪党の組織ヤクザに殴り込みをかける高倉健=花田秀次郎と池部良=風間重吉の道行きシーンを彷彿とさせる。反米というよりも、形を変えたヤクザ映画と考えたほうがいいかもしれない。もちろん、ヤクザ映画に「反帝」という現実の闘いを幻視した70年安保世代の情念を考えれば、この映画の誉め言葉はグルリと時代を一巡させた「現代版ヤクザ映画」なのかもしれないが……。

 ウーン、しかし、これほどあからさまに反米を意識した映画はないのでは。よく東映がこんな映画を撮ったものだ。暴力シーンの激越さだけを取り出して、子供に悪影響と思う人もいるかもしれないが、そのすさまじい暴力と戦闘シーンを見て、「カッコイイ」と思う観客はおそらく皆無だろう。「暴力」もここまで描けば「反戦」になる。それにしても少年少女たちの瞳の輝きがいい。こんな映画だと思わなかったので、最後はつい落涙。

 6.45終映。途中で回転寿司。7.30に梅ヶ丘BOXで燐光群の「象」を見る予定だったが、時間の配分を間違えてしまい、急行停車駅・下北沢に着いたのが25分。この時点でほぼ断念。普通の劇場なら途中からでも入れるが、ミニ劇場・梅ヶ丘BOXは途中からは入りづらい。劇団の迷惑になると判断し、キャンセルの電話を入れるが、話し中。ようやく通じたと思ったら、電話番号違い。ケイタイに登録していた番号はずいぶん前の電話番号だったようで、今は一般家庭の電話になっていた。というわけで、予約をドタキャンするという、劇団にとっては最低な観客となってしまった。

 9.00、帰宅。体重を計ると71・8`。ヘルシア茶効果?で1・5`減量。途中で買ったプチ・シュークリームを食べては意味ないが…。
 11.00就寝。

7月16日(水)晴れ

 9.30起床。のんびりゆったりの一日になるかと思ったが、午後から歯医者の予約。休みの日に予定があることほどイヤなものはない。

 プラスチックを歯の一部に被せるだけで、2000円以上の治療費。3カ月に1回通えば、保健が効かない治療を3分の1でできるシステムができたとか。「今は、保健の関係で、治療をするのに、何回かに分けて通院してもらわなくてはならないんですが、今度から1回にまとめて治療ができるようになったんです」。
 歯医者も患者の囲い込みに必死?
 というわけで、なんだかなんだと、雑事が重なり、一日が瞬く間に過ぎる。HPもマイナーチェンジしたいのだけど、なかなか…。

 復権へ向けて動き出したその機先を制して辻元清美を立件するとは、こすからい連中。私的な蓄財に流用したわけでもないのに、いつまでも死刑を先延ばしにして政治利用するとは非道。獄中で議員歳費を受け取る連中のほうが百万倍悪質だろうに、そっちはお咎めなしのアホらしさ。

 長崎事件の中学生、その属性をいくら暴いてみても、事件の本質は見えてこない。一人っ子で、勉強は計画性があり、母親が過保護で、イヤなことがあれば泣き出し、時にキレる。長時間ゲームをして、見かけはイイ子で…。当てはまる子は何十万人もいる。ましてや、人間なんて、百人の人間が見たら百通りの様相があるもの。犯罪者になった時は、その属性を抽出して、「やっぱり…」となるわけだ。自分が何かの犯罪に巻き込まれた時のことを想像すればいい。完全無欠な人間はこの世に存在しない。必ず「そういえば…」と言われる。さて、自分は何と言われるだろうか。そのコメントを想像してみるのも、一つの興趣かも。
7月15日(火)曇り

 4.00、K記念病院。
 5.00、新宿。映画を見ようかと思ったが、時間が合わず断念。紀伊國屋下の新装店で海鮮丼+うどんセット980円。
 5.30、南口タワーレコードへ。SAKURAの最新盤ほか、女性ボーカルものを試聴するも、どれも同じように聴こえる。食指動かず。

「エバーグリーンコーナー」にモップス「御意見無用」、ゴールデン・カップス「ザ・ゴールデン・カップス・アルバム 第2集」。30年前の音の方が今のバンドよりはるかにビビッドでスリリング。カップスの盤はほとんどが英語詞のボーカル。あの頃は、日本語で歌うのがダサイといわれた時代。
 URCレーベルのCDもいつかは揃えようと思っているけど、再発ものって、「いつでも買える」と思うのか、結局ズルズルと買わないまま来てしまった。三上寛のURCレーベルものなんか、欲しいんだけど、今にいたるもなぜか買えないという不思議。

 7.30、新宿。花園神社で椿組「20世紀少年少女唱歌集」。開場を待つ列の中に、W貫さんの姿。今日は下北沢は休演日ということ。水谷龍二氏、黒沼博巳氏の顔も。

 作・演出は鄭義信。昭和30年代、バラックで暮らす在日の家族の離合集散をモチーフにした追憶と後悔、そして希望のドラマ。今までの義信の同系列作品の集大成といえよう。

 2003年、船乗りになる夢とは遠くかけ離れ、ミシンの訪問販売員として、町から町へ渡り歩く、かつての「少年」が幻視する、あの頃の時代。
 今までの義信作品と違うのは、「タブー」だったに違いない、かの国への希望と絶望を物語の主軸に据えたこと。「この世の楽園」に向けて出発しようとする兄、すべてを知っていながら希望という幻想にすがるしかない政治局員。家族の愛憎劇の底流にある国家と、それに翻弄され続けた在日の家族の累々たる死の記憶をさらけ出す。

 「密室劇」ではあるが、なぜか野外の興趣にぴったり。風が轟々とトタン屋根を揺らし、クラクション、パトカーのサイレンーー新宿の街の喧騒が効果音のように飛び込んでくる。

 テント芝居らしいクライマックス、二軒の長屋が二つに割れ、その向こう側に二本のレールが続き、咲き乱れるヒマワリの中で、子供時代に還った出演者たちが笑顔で立ちすくむという、いつになく幻想的で美しいラストシーン。思わず涙腺が刺激される。

 石田えり、下元史朗、田岡美也子、山本亨、水野あや、伊東由美子、香川耕二など顔ぶれも豪華。特に博司役の各務立基(かがみりき)に好感。花組芝居の役者なんだ…。
 金久美子は病気で出演取りやめ。パンフには出ているということは、本番前の急病か。
 休憩10分、10.00終演。居残らずに帰宅。
11.30帰宅。
7月14日(月)晴れ

 午後、Sめ氏から電話。寺山銘酒の件。この前、K皮族の宣伝写真が大手紙の掲載基準に抵触するかもしれないとか言ってたが、どうなっただろう。エロティックな写真なので、結構大変みたい。

 その後、A川さんから電話。この前のライブのお礼と新刊本の話。去年に比べて、ライブのお客さんが増えているとか。いつにもまして弾む声。

 5.30帰宅。夜、頼まれものの音楽CDを作りながらテレビ東京「情報スピリッツ」を見る。見慣れた風景に見慣れた顔。昔はテレビに出演するということは天地がひっくり返るほど、スゴイことだったのに、今はビデオカメラの発達で、テレビに出ることにさほど感動がなくなった。子供たちは特にそうだ。でも、よく考えれば、ゴールデンタイム、首都圏だけで何百万人が見るんだから、大変なもの。T旅館のお母さん、番組のトリにふさわしく、なかなかいい味出してる。巧まざる純朴な人間性。こういう番組を見ると、ホッとする。でも、東京ローカルだから肝心の出演者たちの地域では見られないのがかわいそう。
7月13日(日)雨

 10.30起床。林美雄さんの一周忌。月日の流れの速いこと。

 林さんのパックインミュージックの音源を劣化しないうちにデジタル化しようと1本取り出して抽出。裏面には中上健二、三上寛、友川かずきの3人が喋っているFM番組。「俺たちは海のそばに育ったという共通項がある」と。みんな声が若い。1970年代の録音か。中上健二が逝ってもう何年になるのだろう。

 録音しながら、古い携帯から新しい携帯電話番号の移行作業。auショップで移してもらったのは、全住所のわずか10分の1程度。あとはエラーで移行せず。一つひとつ手打ち。気が遠くなる作業。カ行ですでに気力が萎えて今日は中止。

 6.00、近所の倉庫スタジオで、みちのくプロレスの興行。雨なので、自転車に乗らずタクシーで。割引券があったので安く入れると思ったのに、会場に着くと、「もう安い席は売り切れです」。仕方なく、3列目の席を入手。下の子と2人で7000円。観客は人気レスラーの追っかけギャル、プロレスおたく、近所のおじさんおばさんがほとんど。倉庫の中に設えたリング、手作りの興行という感じで、ぬくもりはある。

 10分遅れで試合開始。前座は後半を盛り上げるために、あっさりとしたもの。10分でフォール。次も10分。次第にコスチュームも技も華麗に大胆になっていくも、ショー的要素が強すぎて、ハラハラ・ワクワクというわけにはいかない。サスケが登場しても同じ。しょせんは見世物。もう少し演出がうまければそれでもいいんだけど。

 いかにもそれとわかる地元の組員が3人、前の席にどっかと座ってあたりを睥睨。そのうち、幹部らしき男たちが妻子を伴って現われたら、サッと席を譲って別の席に移行。そんな光景を見ている方が面白い。
 8.05、全員のバトルロイヤルが行われ、予想通り人気選手が勝ち名乗り。ウーン、やっぱり芝居の方が百倍スリリングだ。
 9.00帰宅。
7月12日(土)曇り

 1・30、下北沢。オフ・オフ・シアターで佐藤正隆事務所「エイジ・オブ・コンセント」。客の入りは7割。

 男女2人の俳優が登場するモノローグドラマ。10歳の時に幼児を殺して服役し、刑務所から出る19歳の男、一方は自分の娘をタレントに育てて売り出すことに夢中な25歳のシングルマザー。彼らが、交互に独白を繰り返すことによって、それぞれが抱える心の闇が立ち現われてくる。

 前者はイギリスで1993年に起きた「ジミー・バルジャー事件」がモチーフになっているという。10歳の少年2人が2歳の幼児をショッピングセンターから連れ出し、殺害して線路に捨てた事件。
 しかし、今の時点ではいやでも、長崎児童殺害事件が重なってしまう。
 主宰者は「神戸の連続児童殺傷事件の少年が退院することで論議があるが、この舞台は昨年春に企画されたもので偶然です」とパンフの中に書いたが、現実はそれを越えてしまったわけで、佐藤正隆氏も複雑な気持ちだろう。

 出演者は佐藤隆文と真瀬京子。最初は4人がダブルキャストになると聞いていたが、最終的にこの2人に絞られたようだ。

 2人とも、舞台のメインキャストは初めてのようで、意気込みがストレートに伝わってきて、実に清新。佐藤は自分が犯した過去の犯罪と心の葛藤を語る男の狂気めいた表情がいい。真瀬も、秋山菜津子似の美形で将来の大器を期待させる。

 ただ、佐藤の場合、喋る合い間に舌をチロッとなめるクセ、あれはやめた方がいい。ヘタな役者がよくやる仕草。ずっと見ていたが、演技上の仕草とも思えない。単なるクセであり、見ていてかなり気になる。

 真瀬も素質はいいが、滑舌がダメ。舌っ足らずな発声で、セリフは噛むし、言葉が不明瞭。

 こうして、「新人」の舞台を見ていると、いかに「普通に芝居をすること」が難しいかということがよくわかる。
 セリフ回しが気になったり、役者の仕草が気になるというのは、やはり「演技」以前の問題なのだ。2人とも資質は十分すぎるほどあるので、一日一日舞台を重ねていくことで、いい役者になるだろう。佐藤隆文は正隆氏の子息。つまり、天井桟敷・R童子さんの息子。カエルの子はカエル。役者としての天性の資質を感じる。

 DJが舞台脇に機材を据え付け、転換時にヒップホップを流す。これがメリハリとなって、いい感じ。
 3.05終演。帰社し、後片付け。函館12R、下北半島特別。所縁の馬が出ていたので久しぶりに買うも外し。毎年、当たったためしがない。

 6.00、渋谷で飲み会。R、O、F、Yの4氏と。一次会8.00まで、二次会は10.30までカラオケルーム。会話が盛り上がり、カラオケ一曲も歌わないうちに2時間半経過。カラオケキングのYくん、ちょっとかわいそう。
 0.00帰宅。ワインが効いたのか、一気に酔いが回り、そのままバタンQ。
7月11日(金)晴れ

 お昼、O澤さんに電話して、三沢のホテルの予約をお願いする。 次いで、N高けい子さんに電話。自分にとってはまさに伝説の女優。緊張するも、あたたかな声が返ってくる。ホッと一息。

 長崎・男児殺害事件で鴻池防災相が閣議後の記者会見で「子供が罪に問えないなら、親を市中引きまわしの上、打首にすればいい」と発言。「犯罪を犯した子供の親は全部引きずり出すべきだ」とも。

 今回の事件で苦しんでいるのは加害者の両親も同じだろう。こうした事件が起こると、世間の非難の目に耐えきれず自殺する親も多い。それなのに、この暴言。人間の言葉とは思えない。酔っ払いのクダ巻きじゃない。れっきとした閣僚がシラフで言った言葉だ。しかも、自分の所轄の「青少年育成大施策綱」「をスローガンばかりで冷えたスープのようなもの」と批判し、「どうしても出したかったらオレの首を取れ」だと。こんな程度の低い人間が国会議員だというんだから、議員というのは誰でもできるという証明だな。

 こんな大臣に育てた親の顔が見たい。それこそ市中引き回しもの…。

 6.00、帰宅。途中のauショップで新ケイタイに旧住所録を移行。エラーで入らない部分もあるので、あとは手打ち。
7月10日(木)曇り時々雨

 マチネでパルコ劇場「ふたたびの恋」。野沢尚の脚本を宮田慶子が演出。開演前に右隣りのS田氏が「三沢には行かれます?」とにこやかな笑顔。ひとしきり寺山関係の話を。「バスがなくなったので、アクセスが悪くなりましたね。片道タクシーで3000円もかかるんじゃ、学生さんはちょっと厳しいでしょう」。「今年は新高けい子さんが出演するというので、心動かされるんですけど、行けるかなあ……」とS田氏。

 さて、舞台。沖縄のホテルで偶然再会した昔の恋人同士ーー今売れっ子の女性シナイリオライター、一方は時代の波から外れ、下降線をたどる”文学派”脚本家。かつての教え子である女性ライターがおカタい「国営放送」の芸術祭参加作品を依頼されたものの、スランプに陥り、たまたま再会した”昔の恋人”に頼み込み、共同でシナリオを考えるが、実はそのウラに別な思惑があり……という、野沢尚らしいミステリアスな仕掛けを絡めた恋愛劇。

 人気のないシーズンオフの観光地。登場人物はほかにワケありのバーテンダーが一人だけ。役所広司、永作博美、國村隼ーーうまい役者がそろって、ムードは満点。3人が作るナゾめいたカクテルは芳醇な味。役者の演技を見る分には、これ以上の舞台はない。

 しかし、肝心の「劇中劇」ともいうべき、二人で考える芸術祭参加ドラマの内容が陳腐。小説なら、たとえば「絵にも描けない美しさ」の絵や、「誰もが驚嘆するすばらしい作品」の一言で済ませられるが、それを具体的に観客に提示するのは至難のワザ。そのドラマが、二人の恋愛と重なるような設定にしなければならないという二重の足枷があるからなおさら、そのプロットの出来映え如何で本編の出来が左右される。

 「”恋におちて”のような大人の純愛をテーマにした物語を」とのプロデューサーの要望で彼らが考えたのは次のようなストーリー。

 坂の「上と下」に住む、「身分の違う」高校生ーー定時制と全日制の男女が、教室に置き忘れたラディゲの小説「肉体の悪魔」を媒介に知り合い、一度だけ結ばれるが、20年後に再会を約束して別れる。女はアル中の父親の人生をたどるように、アルコールに依存する主婦に、男は生真面目な教師に。互いに家庭がありながら、20年後に砂漠で再会するが……。

 うーん、「破線のマリス」も肝心の「劇中劇」のナゾがいまいちわからないまま、「表」だけの物語で終わったように、野沢尚の作品にとって裏のストーリーは単なる思い付き。表のストーリーの引き立て役でしかないし、まず、中身がない。
 とってつけたような急展開もなんだか……。演出のうまさと役者の技量で最後まで見せた舞台。休憩15分入れて3時間。

 7.00、ル テアトル銀座で「ミュージカル阿国」。

 絢爛豪華なセットに上々颱風の音楽。大好きな役者ばかり出ているので、それだけで大満足。武岡淳一、風間水希、三鴨絵里子、そして池田有希子。とくに、零落していく初代を押しのけ、田舎の百姓女が、めきめきと頭角を現わし、「スター誕生」のように、「二代目阿国」となる、あでやかな再登場シーンはほれぼれ。池田有希子の歌のうまさ、ダンスのキレのよさといったら、他の追随を許さない。

 初演から13年ということで、木の実ナナも確実に年齢を重ねた。いくらメイクで隠そうと、女優の年齢は首のシワに現れる。後半の零落していく「阿国」は現実の彼女自身に重なるのかも。

 若松武史も体のキレはまだまだ大丈夫と思うが、一幕の最初のシーンだけで、汗がびっしょり。なんといっても50代。やはり体力は落ちる。それでも、悪魔的な演技は健在。

 15分休憩入れて3時間。10.00終演。「紅龍とひまわりシスターズ」時代からもう何年? 上々颱風。相変わらず、白崎映美は美しい。

 心地よい高揚感で銀座駅から電車に。直通電車。ラッキー。しかも席が空いてる。3人掛けの席の真ん中。結構混んでいるのに、なぜそこだけ空いてのか、考える暇もなく滑りこんだのがアンラッキー。右隣りは50がらみの労務者風。一人で1・5人分の席を占拠して眠り込んでいたようで、いきなり、ガバッと起きあがると「今、オマエのカバンが体に当たったんだよ。謝れよ」
 一応、「それはスミマセンでした」

 ところが謝られて調子に乗ったオヤジが今度はヒジでこずいてくるので、ムカッ。気性の荒い北の漁師のDNAが騒ぐ。思わず一喝。

 後悔するも後の祭り。この状況は酔っ払いにはなによりの気付薬。満座の中で恥をかかされたと思ったのか、ネチネチと絡んでくる。ここで相手をしたら思うツボと、徹底無視。ますます猛り狂う酔っ払い。見かねて間に入る中年サラリーマン氏。周りは目を伏せ、フリーズ状態。今度はサラリーマン氏とオヤジが険悪になったので、周囲の迷惑も考えて、やむなく途中下車。「外に出ようじゃないか」というわけで、ついて来たオヤジを駅長室に連れてって駅員に引き渡し。「警察どうしますか」と駅員。「いや、そこまでは…」と言う間もなく「今呼びましたから」と駅員。しかし、なかなか来ない。「このままお帰りになったほうがいいでしょう。警察が来ると色々面倒だし。お客さん」

 駅員に絡んでいる酔っ払いを置いて、家路に。おかげで家に着いたら0.00過ぎ。

 酔っ払い相手だからあまり腹も立たないが、普段同じような現場を目撃して「酔っ払い相手にアホやなぁ」と思ってた自分が同じ過ちをして、まったくドジ。しかし、こうした場面では、相手に「殺すぞ」とすごまれることより、自分の相手への暴力衝動を抑える方がよほどツライものだと実感。耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び……か。酔っ払い相手とはいえ、一歩間違えばこっちが加害者になるんだから、どこに落とし穴があるかわかったもんじゃない。気をつけよう、電車の中の酔っ払い。
7月9日(水)晴れ

 10.00起床。棚にあった1972年頃録音の吉田拓郎のパックインミュージック最終回を聴く。この頃は、本当に拓郎が好きだったんだなあ…。五木寛之がゲストで出ていたり、「たどり着いたらいつも雨降り」の原曲がパックの中で歌った即興ソングだったことなど、嬉々として話している。しかも、DJの相手は四角佳子。結婚したばかりで、仲がいいのが伝わってくる。テープをデジタル保存するために聴いてみたのだが、なんだかタイムスリップ気分。

 午後からは娘のクラス懇談会のピンチヒッター。O駅からバスに乗り10分。高校に着き、クラブ活動中のグラウンドの傍を通ると、すれ違った男のコが「こんにちは!」と声をかけてくる。ふーむ、今時の高校生にしてはエライ。
 2.00〜4.10、クラス懇談会。20人余りの出席者は私を除いて全員お母さんばかり。そりゃそうだろう。自己紹介から始まり、担任から一学期の報告。

 「例年は音楽科は非常に優秀で、期末試験も平均点プラス10点なのに、今年は逆にマイナス10点で…」と担任。話の途中でやおら一人のお母さんが「質問よろしいですか」と切り出し、「クラスの成績が良くないのは先生の指導にも問題があるのでは。だいたい教師になって2年目で、去年と今年を比べるのは…」云々。

 教師は確かに若く、未熟なところもあるかもしれないが、勉強するしないは高校生の自覚の問題だろうに、教師より10歳以上は年上のお母さん方の物言いにびっくり。しかし、その後、約2時間、粛々と懇談会は進行する。 しかし予定時間を5分ほどオーバーしたら、教師がまだ説明をしている途中で、件の母親、挨拶もせず、席を立って帰ってしまった。ふー…。

 6.00、ダイエーでケイタイを衝動買い。売り場のコが勧め上手だったのと、家族割引が効くのと、娘が父親とメールを交換したいと前から言ってたので、ついフラフラと…。新機種なのに1000円。写メールもムービーもできるとか。

 学校帰りの娘と合流して今日の懇談会の様子をひとくさり。教師批判の母親のことを話すと、大笑い。仲がいい友だちだが、クラスでちょっと問題があるコなのだとか。ウーム…。

 7.00帰宅。食事、下の子とマイブームのドッジボールごっこをしていたら、ケイタイの設定をする時間なし。あす、マニュアル見ながらじっくりやろう。今までケイタイメールを頑なに拒否してきたのに、この変わり身…。

 夜、高校同窓会の会報の件で後輩からハガキが来たので、電話。
7月8日(火)雨

 午後、有楽町のビックカメラに行き、フォトレタッチソフトを物色。コラージュを作りたいだけなので、そんなに高いソフトは必要ないわけで、フォトショップ最新版1万2000円など、手が出ない。結局、120枚収容できるCDケースを買って帰る。

 6.15、下北沢。「道草」でサンマ定食739円。ヴィレッジヴァンガードに寄り道。ジュークボックスでかかっていた日本人パンク・ジャズのCDが気になるも時間がなく、スズナリへ。

 THE・ガジラ「アンコントロール」。日航ジャンボ機墜落事故をモチーフにした密室ドラマ。事故直後、劇団離風霊船が「赤い鳥、逃げた」で正面から取り上げた例はあるが、最近、燐光群が上演した「CVR」以外は、寡聞にして演劇作品を見たことがない。18年たっても、その衝撃は薄まるはずもなく、モチーフとしてはあまりにも重過ぎるのだろう。

 燐光群の坂手洋二と並び、若手演劇人の中で、「社会派」で知られる鐘下辰男でさえ、パンフの中で、「あまりの凄惨な”現実”に、幾度となく私の構想は書き換えられてしまった。CVR(コックピット・ボイス・レコーダー)を聴いたとき、最初にこれを聴いていたら、やらなかったかもしれないと思ったくらいである。演劇はフィクションであり、フィクションである以上、何をやってもいいという欺瞞がそこにある。しかし、その欺瞞に躊躇をおぼえさせるほど、事故の現実は言語に絶するものだったのである。しかし、いかなる物語=フィクションも現実を踏まえぬ限り、力を持ち得ないということも少なからず演劇人である私たちは認識しているのも事実である。どこかで決意しなければいけない」と。

 しかし、その鐘下も稽古の途中で、「墜落現場を見ずしてこの芝居は上演してはいけないのではないだろうか」との思いに突き動かされ、俳優たちと6月のある日、現場に向かう。そして再び思う。「もし、最初にここに来ていたら、多分やらなかっただろう」と。

 作・演出家にそう後悔させるほど、この舞台は重い。

 出演者は南果歩、七瀬なつみ、大鷹明良、久保酎吉。
 舞台は事故から5年後。

 墜落した便をキャンセルし、難を逃れた男は、以来心に罪悪感を抱いたまま、生き続けてきた。なぜ、自分だけが生き残ったのか。事故後に生まれた子供は成長を止めたまま。妻の庇護がなければ生きていけない。一方、最後の席に乗り込み、事故に遭った男の妻は、自分が帰宅を急がせたために夫が死んだのだと、自分に責任を負わせて苦しんでいる。

 運命のいたずらが4人を引き合わせ、壮絶な「喪の仕事」が展開していく。心に傷を負った者同士が、容赦ないナマの感情をぶつけ合う。怒号飛び交い、狂気が舞台を包む。

 オウム事件をテーマにした前作「ルート64」もそうだが、ほとんど「素」の感情表現を要求される女優たちのストレスは相当なものだろう。おっとりとした役が多い七瀬なつみの狂気の演技はまずほかでは見られない。さすがの大鷹、久保もタジタジ。

 前作でも子供役に「人形」が使われていたが、今回もまた人形が子供の代役をする。しかし、それは、自分の「夢」の中で生きる女が作り出した妄想なのか、最後までわからずじまい。
 死を受け入れる「喪の仕事」に終わりがないように、舞台もまた、混乱と混沌のままフェイドアウトしていく。あとに残されたのは、砂塵に舞う紙切れとごみの山。

 なんともすさまじい舞台。もちろんカーテンコールなし。俳優たちの消耗たるや大変なものだろう。

 あれから18年…。
 劇中で、言及していたが、圧力隔壁の破損が事故原因だったという調査報告は、生存者の証言から見て、かなりムリがある。
 米軍、自衛隊というプロ集団がそろって当初の墜落現場の特定に失敗したというのも奇妙。事故から2時間後に米軍ヘリが現場に到着しながら、そのまま引き返したというのも謎。夜間訓練に長けた習志野空挺団が即座に出動しなかったのもおかしな話。もし事故直後に救出作業が始まっていたとしたら……。00年8月、情報公開法施行直前、運輸省事故調査委員会が事故資料を廃棄したことが明らかになった。事故というにはあまりにもなぞが多すぎる。

 隣りの席の男性がずっとメモを取り続け、紙をめくる音で気が散る。どこの演劇評論家かライターか知らないけど、迷惑な話。第一、メモ取りながら見て楽しめるのか。場面場面を分析したってしょうがないと思うが。

 終演後、声をかけられたので振り返るとI沢希旨子。「稽古は?」「今回は出てないんですよ」
 この前の公演を最後に劇団を辞めたとのこと。「円満退団。新しいことに挑戦したくて」と笑顔。思えば彼女とのつきあいも長い。新天地で出直すのもいいだろう。
 青年座のS雲氏、M氏、カトケン事務所のA部さんらに挨拶。W貫さん「いつもながら”重くて”すみません」と。
 駅に直行。11.00帰宅。自分のパソコンにフォトレタッチソフトが積んであり、コラージュ作りも簡単。なんだ、新しくソフトを入れる必要がなかったのか。試作1号をチケットギャラリーの表紙にする。
7月7日(月)雨

 午後、I田信之氏から着信があったので連絡。三軒茶屋近くに稽古場を作ったとか。お披露目の会が25日にあるとのこと。

 3.20、K記念病院。

 電車の中で澁澤龍彦編の「変身のロマン」を取り出す。蘭に人間が同化する「みどりの想い」(ジョン・コリアー)、牡丹の精に恋する男を描いた「牡丹と耐冬」(蒲松齢)、アンデルセンの童話「野の白鳥」など、初めて読む作品が収録されていて、実に興味深い。

 泉鏡花の「高野聖」、中島敦の「山月記」もまた変異譚として名作ではあるが、何度となく読んでいるので、後回しにしていたが、改めて読み直してみると、今まで気がつかなかったことが見えてくる。

 「山月記」を初めて読んだのは中学2年のときだったか。夜9時から放送していたNHK教育テレビの通信高校講座「現代国語」で八木光生アナが朗読していた。「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」ゆえに、世を離れ、人を遠ざけ、憤悶と慙恚によって自ら虎に変身してしまった李徴には、なぜか心惹かれるものがあった。

 中学生の頃は夕方5時になると、HBCラジオのポップス・リクエスト番組「トップ12」を聴き、6時からNHK教育「みんなの科学」を見て、なぜかたまに、夜、通信高校講座「現代国語」を見たものだ。「コント55号の裏番組をぶっとばせ」と「ドリフターズの全員集合」、そして夜中にこっそり見た「プレイガール」、そして「通信高校講座」が中学の思い出のテレビ?

 両親が不在の夜、しのつく雨の音を聴きながら、「羅生門」の朗読に耳を傾けた時は心底怖かった。40年近く前のことなのに、つい昨日の事のように、雨の匂いが記憶の残滓をくすぐる。

 6.00帰宅。1965年に録音した「みんなの科学」(雪崩)をCDに焼く。音は悪いが、貴重な音源。


7月6日(日)快晴  共犯

 終日蟄居。「レインブルー」「夢の男」「ふたりの部屋 拝啓名探偵殿」「失踪の夏」CD化。鶉野昭彦の「夢の男」はやはり傑作。夕方、子供とダイエーでゲーム。

「まったくひどい世の中だ」
 何かの拍子に、口をついて出た言葉に、すかざず、「そんな世の中にしたのはオトーサンたちでしょ」と高校生の娘。
 一瞬、言葉を失ってしまった。

 そうなんだ。彼女たちにとっては「こんな世の中」にした責任はほかならぬ「父の世代」にあるのだ。
 いつまでも「怒れる世代」を気取る、カン違いオヤジに向けられた痛烈な一言。なんのことはない、彼女たちから見れば、ボクらは立派な戦犯。「こんな世の中」にした共謀共同正犯にほかならないわけで……。


7月5日(土)快晴  煉獄の哄笑

 仕事終えて、バスで新大橋まで。3.00、森下スタジオでTファクトリー「ハムレットクローン」。

 初演を見逃がしたので、どこが改訂されたのかわからないが、前口上によれば、「9.11以降のテロと戦争の世紀を色濃く反映した舞台になる」とのこと。

 舞台後方に投影された映像と俳優たちの肉体がシンクロして、革命と反革命、エロス+虐殺のイメージが連鎖していく。解体され、再構成されるハムレットに登場するのは”三島由紀夫”、セーラー服の風俗嬢、ホームレスのテロリストetc。セットは移動式の「檻」。それを組み合わせることによって、さまざまな場面が展開する。

 80年代の「ニッポンウオーズ」あたりからの第三エロチカ=川村毅の演劇は「俳優が動いているのにも関わらず、舞台が躍動しない」という奇妙に静的な舞台が続いていた。俳優たちの肉体に動的なエネルギーがほとんど感じられなかったのだ。それは川村毅の資質である「文学性」によるのだろうと思ってきたが、Tファクトリーという新ユニットの始動が効を奏したか、最近、ようやく初期の動的な猥雑さを取り戻したようだ。「集団ダンス」もそうだが、ことに、偽女子高生3人組による痙攣ダンスの異様な迫力は福士惠二=天井桟敷の「大滅亡」に比肩する衝撃。そこに肉体がある。

 映像出演の川村ハムレットの胸が赤い血に染まり、横たわった真っ白な布の中央に丸く広がっていくラストシーン。あざといと言われようと、その象徴性に好感。「肉体の復権」を果たした川村毅の次回作に期待したい。
 4.30終演。約1時間20分。H井さんに挨拶して駅へ。

 5.00、初台着。駅前のうなぎ屋でうな丼930円。

 6.00、新国立劇場小劇場PITで「ゴロヴリョフ家の人々」。

 間然する所のない舞台とはまさにこのような舞台を言う。
 原作はチェーホフやゴーリキーに畏敬の念で讃えられたロシアの風刺作家サルティコフ・シチェドリン。日本ではまったくといっていいほど知られていない作家だが、そのシチェドリンの小説にスポットを当て、長大な小説を戯曲化するという、とほうもない難業に挑戦したのが永井愛。

 「父親の”昔読んだ小説の中で、実に傑作で衝撃的な作品があった”という言葉を思い出したことから、その小説を10年ほど前に探し出し、もしかしたら戯曲化できるかもしれないと思いつつ、記憶の底にしまいこんでいた作品」なのだという。それを見事に開花させたのだから、永井愛という劇作家の力量は途方もない。

 舞台は19世紀後半のロシア。モスクワから程遠いゴロヴリョーヴォという領地。その女地主アリーナはゴロヴリョフ家に嫁いでから、100人足らずの農奴を4000人にまで拡大したというヤリ手。亭主のウラジーミルは仕事もせず、森の中で鳥の声をマネしたり、詩を作ったり、農奴解放を夢見る極楽トンボ。長男のステパンは父親譲りのお気楽屋。モスクワで財産を使い果たし、家に逃げ帰ってくる。舞台はこの長男の処遇をめぐって、母親に呼び出された二男ポルディーリー、三男パーヴェルの家族会議の場面から始まる。

 狡猾で欲深い二男、母親から「バカ」とののしられてばかりいたことから自信をなくし、何事にも無関心な三男、財産の散逸を恐れて、長男をこのまま目の届く場所に幽閉しようとする母親、そんな母親を畏怖する長男ーーそんな「家族の肖像」が観客に提示される。

 二場の舞台は三男の家。すでに死期が近い病床の三男と、世話をする女農奴との会話を通して、一場からの時間の経過と人間関係の流れが「説明」される。長男・父親はすでに死に、強欲な二男が家督を継いで、母親が「追放」され、三男のところに身を寄せているということも。

 長大な小説を3時間の舞台にするという難業はどこかに「説明」が入らないと、観客は置いてけぼりにされる。その意味で、病床の三男と女農奴の会話でこの物語の来し方行く末を暗示させる二場のこのシーンは秀逸。
 やがて、三男もあっけなく死に、領地は二男のものに。長女の忘れ形見の2人の少女、二男の2人の息子、新しい世代の農奴家政婦などさまざまな登場人物が欲に振り回されながら、崩壊へと向かって突き進んでいく。
 しかし、まあ、なんと充実した舞台か。

 まず役者がすごい。加藤治子、すまけい、浅野和之、今井朋彦、綱島郷太郎、小山萌子、岡本易代、大沢健、長谷川博己、小島聖、高木均、駒塚由衣、酒向芳。中でも、長男役の浅野和之の飄然した中に哀感漂う演技、三男役の綱島郷太郎の悲惨でありながら笑いを誘う病床シーンの演技は特筆もの。
 ”主演”今井朋彦に至っては演技の神が宿ったとしか思えない見事な役の造形。

 上手に祈りの部屋、正面は奥行きのある居室。シンプルながら、重厚な舞台美術と照明もいい。
 なによりも、永井愛の脚本・演出のすばらしさよ。

 どんな数で除算していっても必ず余りが出る人間という生き物のどうしようもない愚劣さ、哀しさ、そして美しさ、愛おしさ……そんないつの時代にも通じる人間喜劇はまさに永井愛の独壇場。

 同時進行で書いて、他の人が演出した「パートタイーマー秋子」も同時代の戯曲としての水準は軽くクリアしていたが、どこか「まとめようとした」脚本、「観客の皮膚感を意識した笑い」は正直言っていまひとつもの足りないものがあった。しかし、この「ゴロヴァリョフ家の人々」の「想像力に委ねた」喜劇は大好き。これほど豊穣で理知的な裏づけのある喜劇がほかにあろうか。まさに煉獄の哄笑。
 それにしても……新作を上演するたびにそれが代表作となる永井愛という稀有な才能。

 休憩15分を挟んであっという間の3時間。
 終演後、ロビーにいた永井さんに挨拶。「長かったでしょう」とにっこり。次回は二兎社公演「萩家の三姉妹」再演。これも楽しみ。ただ、渡辺えり子が「新・明暗」の木野花のように「過剰」にならないかちょっと心配。
 10.30帰宅。
 土曜の夜だが、早目に就寝。
7月4日(金)曇りのち晴れ  散歩の友

 お昼休み、隅田川ウォーキング。MDに落とした「ひろば・まぼろし」を聴きながら1時間。軽快なポップ・ロックを聴きながら散歩といのもいいけど、明るい日差しの中、じっくりとドラマ聴き込むのもオツなもの。

 電話で相手の日記を代行する女性、大理石の中に埋め込まれた化石について語る管理人、自分を尾行するよう女性に頼む男。絶滅する寸前に現われた身をよじるようなアンモナイト、希望の象徴としての広場があった60年代…。物語の通奏低音は森田童子。彼女の歌がなければ成立しないドラマ。「まぼろしの広場」が消えてすでに長い年月が過ぎてしまった。

 4.00退社。久しぶりにパソコン雑誌を買って電車でパラパラめくる。「光ファイバー」の見出しにひかれたのだ。近々、マンションに光ファイバーが導入されるとか。格段に速くなるが、今のプロバイダーを解約しなければならないし、HPもどうするか。めんどうなことも発生する。

 北海道で、天皇の車列に割り込もうとした軽乗用車を阻止しようとして白バイが天皇のクルマのフェンダー部分に接触。たとえどんな理由があろうとも、天皇の「お召し車」に接触したら、戦前なら即刻不敬罪に問われただろう。「前代未聞」との政府のコメントがそれを物語っている。今も「不敬罪」は死んではいない。
 5.30帰宅。

 イラクに自衛隊を送るイラク復興特別措置法案が衆院通過。自衛隊を紛争地域に派遣し、なし崩しに軍隊としての実績を作ろうという姑息な法案。政府のお偉いサンの腹積もりは「早々に戦死者1号が出てくれること」に違いない。その時、初めて自衛隊は「軍隊」になるのだから。
7月3日(木)晴れのち雨  失言というより…

 運動不足が気になるので、お昼休みに隅田川流域を散歩。この季節になると、水辺が恋しくなるのだろうか。たゆたう隅田川の水を眺めていると心が安らぐ。往復50分。ほんのり汗ばむ程度。

 7.00、新橋・内幸町ホールでNLT「記憶の窓」。」コメディー専門のNLTが挑むホラーサスペンス。高橋克彦の原作をどう料理するか楽しみだったが、間延びした演出に肩透かし。緩急のないサスペンスほど退屈なものはない。記憶をなくした男が、30年前の自分の記憶の糸をたどり、東北の寒村に行くがそこで「箱神」に憑かれた女が…という高橋克彦お得意の伝奇ホラーミステリー。川端槙二がシリアスな役柄を熱演するも、肉体が”笑いの演技”をしているので、ちぐはぐ。9.30終演。七字さんと「よく会いますね」。江森さんは「小森くんの小説、文春でほめていたよ」と。辛口の書評家の書いた小説ということで注目されているようだ。10.30帰宅。珍しく家族が皆就寝中。

 太田、福田に続いてJ民党の程度の低さを象徴する暴言がまた発覚。その発言の主は森喜朗前総理。鹿児島で行われた討論会でこう発言したという。

「子供をたくさん作った女性を、将来国が”ご苦労様でした”と面倒を見るのが本来の福祉」「子供を一人も作らない女性の面倒を、税金で見なさいというのは本当におかしい」

 おかしいのはアンタの頭! と思わず突っ込み……どころか蹴りを入れたくなる。

 この人たちの頭の中には、「産めよ増やせよ」の忠君報国の発想しかないらしい。子供が欲しくてもできない人もいるだろうし、何よりも人には産まない自由がある。人間を国家への奉仕ロボットとしか考えていない政治家の本音が出たわけで、失言というよりは、これは際限もなく右傾化する時代に呼吸を合わせた確信犯。森発言のコメントを求められた福田官房長官にいたっては「いろんな人が毎日、色んなことを言ってる。いちいち論評する立場にない!」と逆ギレしたとか。
 それでもまだこんな内閣の支持率が50%もあるんだから、J民党が国民をナメるのも当然か。

 電車の中で、人間への一揆を企てたモグラたちの闘いをユーモラスに描いた竹内日出男作のラジオドラマ「モグラたちの夢ゲリラ」を久しぶりに聴き、涙。いいものは古びない。

7月2日(水)快晴 忘れ物

 10.30起床。午後、散歩。近所の篤志家が運営している公園を通りかかると、鳥小屋で真っ白なクジャクが羽根を広げている。そばに小さな雛たち。大地主だからこそできる自然公園。5.00、歯医者へ。その足で理髪店に行き、7.30帰宅。
 「モグラたちの夢ゲリラ」「ひろば まぼろし」のデータ抽出。CDに焼く。
 休みとはいえ、気ぜわしい一日。


ポケットを探したって駄目です
空を見上げたって
涙ぐんで手紙を書いたって
駄目です
郵便局に日曜日があるように
幸福にだって休暇があるのですから

 CD「寺山修司作詞・作詩集」に納められた、寺山修司抒情詩集「さよならの城」の朗読を聞いていると、懐かしさと同時に、遠くに来すぎてしまった自分を思う。中学生、高校生ーー漠然とした未来への不安と憧憬。あの頃の自分は水平線の向こうに何を見ていたのだろう。寺山修司の少女詩集を朗読する内藤”白馬のルンナ”洋子の声を聞いていると、ふいに小さな悲しみに襲われる。どこかに大切な忘れ物をしてきた少年のような心細さ。
7月1日(火)雨   デニムのジーンズが不人気?

 午後、Y村美智さんから電話。今月末、Y川ひなのちゃんとやる二人芝居の件。自ら積極的に情宣に動くという意気込みに感心。キッドブラザースにいただけあって、舞台が心底好きなんだろう。

 4.00、K記念病院。6.00新宿。ジーンズを買いに「I」へ。30年間、行きつけの店。ところが、店を間違えたかと思うほど、店内様変わり。極端に品数が少ない。しかも、デニムではなく、混紡の製品が主。

「今、デニムが全然売れないんです。それで売り場を縮小して売れ筋のタイプを置いてるんです」と店の女の子。置いてあるデニムもリーバイスだけ、それもサイズが限られている。28、29、30、31…。以前なら細分化していたサイズがS(28〜30)M(31〜32)L(33〜)と、大雑把な指定。
 デニムのジーンズが売れない時代がやってくるなんて……。
 生地も薄手が主流。その中の1本を試着。1万3440円。

 さくらやに行って、CDラベルを購入。50枚入りで1370円の値札。2つ買ってレジへ。「4557円です」。ウン? 計算が合わない。店員に値札を指して確認を求める。商品棚を見に行く店員。何度も商品バーコードを確認。「これは値札の貼り間違いですね。申し訳ありません」。憤然とするも、引き下がらざるを得ない。そのまま「正価」で購入。高い買い物になった。

 7.00、花園神社。特設テントで新宿梁山泊「唐版 風の又三郎」。74年、状況劇場によって夢の島で上演された作品。根津甚八、小林薫、大久保鷹、十貫寺梅軒、不破万作ら、シモン、麿が抜けた後の特権的肉体が跳梁跋扈した伝説的名作といわれるが、残念ながらこれは見ていない。

 しのつく雨の中、傘をさして開場を待つ人たち。朝日のY本氏、七字さんらの顔も。
 初日は約500人が詰め駆け、すさまじい熱気だったというが、今日は雨のためか、300人足らず。桟敷席は比較的ゆったり。後方椅子席に陣取る。

 冒頭、銀色に輝くマントの航空兵・又三郎(近藤結宥花)の登場シーンで、安保由夫作曲のテーマ曲がテントの中に響き渡った瞬間、目と耳は肉体を離れ、唐十郎の幻魔の世界に引きずりこまれてしまう。「ドッドド ドドー ドドード ドドドッ」。その甘美で力強い音楽。

 73年に起きた自衛隊練習機乗り逃げ事件。練習機は大空に消え去り、今に至るも、ようとして行方がわからないという。その事件と宮沢賢治の「風の又三郎」。ギリシャ神話「オルフェウス」をモチーフに、精神病院から抜け出した青年とエリカという名のホステスの血塗られた記憶の物語。

 テント芝居を熟知した演出・金守珍ならではの、スペクタクルでロマンチシズムあふれる舞台。雨降りしきる中、ラストシーンは状況劇場譲りの大スペクタクル。片翼の練習機に乗って飛び立つオルフェとユリディウスのなんと幻想的で退廃的な美しさ!

 近藤結宥花の熱演、大久保鷹の怪演もいいが、鳥山昌克(唐組)の存在感がなんといってずば抜けていた。こんなにいい役者がいたとは。
 休憩2回(各10分)入れて3時間30分。

 休憩時間に横浜の友人・Y田ちよさんと立話。小森氏の小説を読んだというが「登場する女性がいかにも小森さんらしい」とか。その言わんとするところは……あとで買って読んでみよう。

 2回目の休憩時間に永元絵里子と立話。「ピンクアメーバ」の本番を終えたばかり。今回はどうしても時間が取れず、とうとう見に行くことができなかった。こんなとき、本人に会うのは結構バツが悪いもの。でも、笑顔で挨拶。次回は来年2月。「その前に自主公演をやるかも」。その間、10分ほどのビデオ映画を撮る予定とか。

 終演後、テントで乾杯。金さんの横に脚本家の丸山さん。「夜を賭けて」コンビ。次回作も密かに練っている様子。

 結宥花ちゃん、伸子、ともみ、渡会、秋元さんらと雑談。旗揚げメンバーがほとんどいなくなったので、彼女たちと話していると、昔の同級生といるような懐かしく、あたたかな気持ちになる。大久保鷹さん、宴席でも身振り手振りで演技指導。根っからの役者なんだな。状況劇場での初演時には、実際にニワトリを舞台の上で絞め殺し、首を切ったという。「公演中毎日。三十数羽、殺したからね。まぁ、今はそんなことできないけど」

 鳥山氏は唐組旗揚げからのメンバー。38歳とまだ若い。こなれた演技。彼のようなタイプの役者は必ず大成する。10年後には日本演劇界を代表する役者になっているだろう。

 結宥花ちゃんは「クラブ・オブ・エイジア」で東南アジアに行った時の話を。「居心地良すぎて、ずっと向こうに住んでいたかったので、半年間、あちこちを転々とした」という想い出話。
 彼女にとって、今回の舞台はひとつの転機になるだろう。傍目にはわからないが「爆弾」を抱えながらの舞台。最後まで頑張って欲しい。
 11・45。「兄貴が来ているから」とフェードアウトする金さんと雨の境内で別れる。終電にセーフ。1.20帰宅。

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