12月31日(水)晴れ

 10.00起床。ビデオの整理などしながら、時おり子供とふざけあい、だらだらと夕方まで。

5.30、お風呂に入って、「年取り」。子供の頃、夕方になるといつもより早くお風呂に入り、神棚と仏壇に灯りを点し、食卓に向かう。年越しのご馳走を家族全員で食べるのが「年取り」の儀式。これが終わると一つ年を取った、となるわけで、田舎では重要な大晦日の儀式。雪もない、日常の延長のような都市部の大晦日は子供にとって何の感興もないのが辛いところ。

 それでも、全員食卓に向かい「年取り」を。その後は、見たいテレビが三者三様。下の子はアニメのドラえもん。高校生はレコード大賞。仕方なく二部屋でそれぞれが見ることに。おまけにビデオで裏番組録画。ビデオが生まれた時からある世代には普通なのだろうけど。

 レコ大も紅白も興味なくなってしまった自分はといえばHPの更新作業。その手を休めてボブ・サップ、曙戦。さすがに両者真剣勝負、顔面へのパンチをまともに食らい、うつぶせになった曙の痙攣する体。観客はあっけない展開に、勝者のサップへの声援も湿りがち。そんなこんなのうちに除夜の鐘。2003年は静かに過ぎて行く。

12月30日(火)晴れ

 7.00起床。燃えるゴミの最終日。大量のゴミ袋をマンション下の集積場へ運ぶ。8時までかと思って眠い目をこすって起きたのに、9時過ぎになっても袋をぶら下げてエレベーターに乗る人も。もう少し寝ていればよかった。9.00、右の肩の痛みがおさまらないので、接骨院へ。鍼を一本打ってもらったら、心なしか痛みが和らぐ。

 今日も大掃除。窓拭き、ガスレンジ周り、部屋の整理。
 PM6.00、掃除を終えて新宿へ。1年を締めくくる最後のイベント、万有引力のもちつき会。いつもの南口「poo」。7.00過ぎに到着。

 まだ始まったばかりで、シーザー、根本豊、タリ、三上宥起夫、笹部、北川登園、高橋豊の各氏ら。シーザーが「見ようよ」というので、持参してきた例のワイドショービデオを流す。初めて見る映像に見入る参会者たち。やはり、蘭さん、シーザーの若い頃の映像が大ウケ。

 時間がたつにつれ、松田、大野、simizzy、市川の各氏ら続々と参加者が集まり、あっという間に満席。今回、旧装置が使えないため、新たに装置を作り直した小竹信節氏いわく「奴婢訓の装置の材料も昔はザラザラの質感のある鋼線だったのに、今はつるつるの鋼線しかなくて、聖主人の創造機械のカチッカチッという時計のような音も、シャーッという鉄と鉄の擦れ合う音も出ないんです。昔は手で折り曲げていたのに、今は機械で断裁するしかなくて、手作り感がなくなった……」。目に見えない「デジタル化」はこんなところまで波及しているのか。ものみな、手触りのいい、口当たりのいい方向に進んで、アナログのざらついた触感が消えていく。しかし、生身の人間が携わる芝居だけはこの先も「アナログ」から外れることはないだろうが……。

 餅つきを挟みながらの歓談。3臼目でシーザーに呼ばれて杵を握る。松田さんが「写真を撮ってあげよう」と申し出てくれる。うれしい。

 浅川マキの大晦日ライブも当初はお正月に田舎に帰れない学生たちのために始めたイベントというが、万有の餅つきも天井桟敷から引き継いで20年。お正月に帰省できない劇団員のために、寺山さんが始めたイベントとのこと。時代は大きく変わり、年末年始の娯楽は街にあふれかえっているが、30数年後の今も続く両者のイベント。この餅つきも決してデジタルにはならないだろうな、と思う。

 PM11、電車で帰るために会場を後にする、高橋さんが「池袋まで一駅だけど、一緒に帰りましょう」と言ってくれ、埼京線ホームへ。さすがにいつもの殺人的混雑はない。池袋で高橋さんと別れ、家路に。
0.00着。年内のイベントすべて終了。しばらくはのんびり。

12月29日(月)晴れ

 怒りや理由ある不平というのは、生命活動が活発であるからこそ生まれるわけで、欝になると、ひたすら内向してしまう。最悪の年の暮れ。
 家人は子供を連れて「ニモ」を見に映画館へ。立見になったので次の回の行列に並んだとか。留守中、玄関の壁面の汚れを水で洗い流したら、管理人が飛んで来て、「水が下に流れてると言われたので」。説明すると「水が流れた理由がわかればいいんです」と低姿勢。水漏れだとカン違いしたのか?

 放置自転車の集積場まで娘と行ってみる。一台しか自転車がないので、最初駆け足、途中から二人乗り。ところが、管理事務所もきょうから正月休み。空しく引き上げる。

 5.30、新宿へ。浅川マキのライブ。憂鬱気分のまま遠出はしたくなかったが、今日しか行けない。何度も引き返そうと思ったが、意を決してピットインへ。開演10分間。客席はほぼ満席。若い女性客が多く、華やいだ雰囲気。開演間際には立見も出る盛況。今回は例年のアカペラで開演という趣向を変えて、セシル・モンローのサポートでスタート。植松孝夫、渋谷毅、初参加のギター・森一将のゲスト陣快調。「こんな風に過ぎて行くのなら」を聴いてると、30年前の板橋のアパートを思い出す。西日がきつい4畳半。歌の力は大きい。欝な気分に一筋の光明。10.50。珍しくアンコールにこたえるマキ。11.00終演。

 楽屋を訪ねると先客でいらした清水俊彦氏をマキさんに紹介される。

「来年は消えようと思ったけど……」といつものマキ語録。ただ、アンコールに応えたということは元気な証拠。Sさんの顔色は去年から比べてよくないのが気にかかるが。「また来年お会いしましょう」と笑顔のマキさんに見送られ家路に。0.10着。

12月28日(日)晴れ

 午前中、頼まれていた原稿を書き、送信。午後、例年のごとく、大掃除、雑事。本の一冊、ビデオの一本を見るでなく、一日は終わる。

 万有引力のN本さんが休団、帰郷するのは老親の面倒をみるためとのことだが、同じ世代として他人事ではない。とくに、病気の老親を一人田舎に置いてる「不肖の息子」にとってはなおさら。田舎の人間関係の複雑さ、煩わしさもまた遠隔地に届き、正月前と言うのに、田舎からの一本の電話によって気落ちするばかり。今年の暮れは史上最低の気分。人間の不幸の9割は十分な財産さえあれば解決するというが、それは真実。救いは家族の笑顔だけ。

12月27日(土)晴れ

 9.00起床。雑事をこなし、午後、下北沢へ。「劇」小劇場でオフィス・コットーネの「無駄骨」。韓国の劇作家、張鎭(チャン・ヂン)の作品を大鷹明良が演出。花王おさむ、李鐘浩、小山萌子出演。永井愛作品の常連・小山萌子が出ているので期待。監獄に収監されている古参の男と新参者。彼らの中に一人の女が送り込まれる。妊娠している彼女は何のために現われたのか……。タイトな演出、堤真一似の李好演。

6.00、新国立劇場中ホールで「奴婢訓」。劇場前で万有引力の女優・伊野尾さんとバッタリ。昼公演を見た帰りとか。しばし立話。

 ロビーは若い人であふれかえり、思ったよりも客の入りはよさそう。

 12年ぶりの奴婢訓。タリ、根本豊、高田恵篤、中村亮、蘭妖子ーーオリジナルメンバーは初演から数えるとすでに20年以上も年齢を重ね、さすがに肉体の磨耗は隠しきれない。その衰えを言葉で補わなければならないのはやはり寂しい。

 過去に見た演劇の中でその「完璧さ」に驚嘆したのはこの奴婢訓のみ。それはオリジナルの天井桟敷版なのだが……。同じ戯曲を同じ演出でやったとしても俳優も変われば、美術も変わる。ファーストシーンの聖主人の造形も自分の「完璧さ」とは少し隔たりがある。ゆらりと立ち上がる主人の帽子の色、そして衣裳が真っ白な絹布ではなく、ズタ袋ふうになったのもちょっと……。奴婢たちの「ごっこ」という視点からすれば衣裳の選択も間違いではないが、聖主人の造形美は奴婢訓の中でも抜きん出たシュールな名場面。それがズタ袋衣裳では……。旺なつきも、これまでの新高けい子らの男性的なダリア役とは違って女性的でこじんまりとした造形。人間犬の遊びのシーンももう少し短くてもいい。総じて、女優陣の衣裳が寺山修司調とは大きく違うように思う。天井桟敷の芝居ではこの衣裳の造形に毎回驚かされたわけで……。とまあ、今回の奴婢訓には「ちょっと違う」ことが多いのだが、ラストシーン、舞台後方に去っていく俳優たちのシルエットにかぶさるシーザーのもの哀しい旋律を聴くとそれらの不満ははるか彼方に吹き飛ばされ、不覚の涙がこぼれてくるのだった。この劇世界はやはりシーザーしか作れない。

 終演後、楽屋へ。玄関で森永理科ちゃんとバッタリ。来月10日、初台ドアーズでプロデュースライブをやるとか。荻野目慶子さんが楽屋見舞い。遅れて入場したとのことだが、それでも感極まった表情。寺山修司、シーザーと相性がいいようだ。

 ダメ出しがあるというので、それを見るついでにバックステージへ。新国立の中劇場の舞台奥の広大なこと。舞台3つを交互に出し入れできる広さとか。観客席など劇場全体から見ればほんの一部に過ぎない。楽屋で中村亮、高田恵篤らに挨拶。

 9.00、シーザー、松田政男さんと電車で新宿に移動。恵篤は仕事があるのでそのまま帰宅の途。仕事しながらの舞台はキツそう。西口の居酒屋で飲み会。3人で飲んでるうちに根本さんや劇団員・関係者が集まり、総勢20数人。11時まで。シーザーたちは二次会カラオケへ。シーザーの歌をカラオケで聴くのもゼイタクな趣向と思ったが、終電に乗り遅れるので、やむなく松田さんと駅へ。0.30帰宅。
 
12月26日(金)晴れ

 仕事納め。とはいっても、5時過ぎまで雑事に追われ、例年の解放感なし。銀座のビックカメラでCDーROMの収納箱1980円。とDVDーR40枚セット9800円、ウイルスソフト1980円を購入。書店でパトリシア・コーンウェルの新刊「黒蝿」を買う。ついで、新見南吉の童話「手袋を買いに」を。絵本は家にあるが、ふと、童話に救いを求めたい気分になったのだった。
 6.00帰宅。忘年会に出た家人の留守を預かり、子供とゲームなどをして過ごす。

12月25日(木)晴れ

 虎の衣を借りる狐……というか、チョロチョロするネズミに噛み付かれてもなぁと、Tさんとともに憤慨。今年最後の不快時に終日もやもや。
 
 PM7・30、渋谷。クアトロでジュンリーこと江本純子=毛皮族のライブ。受付で制作のN向さん、広報のY田さんに挨拶。「今日は時間内に収まりそう?」に彼女苦笑。プロデューサーのSめ氏と立話。「奴婢訓」のことなど。

 舞台から花道が作られ、階段に破損防止のシート。それが貨物用エレベーター前まで延びていたので、「ははぁ、ここからバイクで登場か」とつい舞台構成を予想してしまう不純な自分。開演10分前に、江本、町田マリーが登場し前説。すでに会場は立錐の余地もないほど観客でいっぱい。クアトロでこんな超満員のスタンディングを見たのは初めて。でも、見知った顔といえば林あまりさんくらい。知人ゼロ。

 7・35スタート。いきなり黒タイツ、つけ耳のニップレス・キャット軍団を引き連れてジュリー・メドレーで全開モード。最年長の柿丸さんまでニップレス姿……。いったん引っ込んだ江本、予想通り、後方扉からバイクで登場。途中、花道でコケルのがご愛嬌。しかも、舞台にたどりついたら、そのままキーボードに突入。大慌て。舞台に置かれたキーボード、ギター、ドラムス。いつ演奏者が登場するのかと思いきや、これはダミー。以降、ジュンリーのカラオケライブが2時間。客席からの声援に陶酔しきり。その顔を見ているとなにやらこっちまで幸せ気分。途中、ジュンリー・リスペクト似顔絵公開タイムもあったが、2時間ほとんど歌いっぱなし。ただし演劇人としては、もう一工夫、演出がほしかった。9.30終演。帰宅時間が遅くなるので、江本純子に挨拶できず。
 途中、「さくらや」でキーボード(980円)、マウス(2980円)を購入。今のキーボードのスペースキーが故障のため。

12月24日(水)晴れ

 8,00起床。年賀状書き%DVDダビング。午後、放置自転車の集積場。娘のなくした自転車見つからず。盗難か。ドイトで家具修理用品。帰宅してまた年賀状。右肩に痛み。この時期、時間が48時間ほしい。
12月23日(火)晴れ

 終日、家で年賀状書き&子供とキャッチボール。DVDダビング。「3時のあなた」で寺山修司の葬儀の模様をかなり長く特集しているベータテープが出てくる。20年ぶりに見るテープ。画面の隅に旧知の平岩、TKさんの顔が映っているのが新しい発見。インタビューに答えて「哀れで……」と言ったきり、言葉が出ない美輪明宏さん。こんなに憔悴した美輪さんを見たのは初めて。まるで今と別人のよう。それほど寺山修司の死はショックだったのだろう。

12月22日(月)晴れ
 
 エコーの芝居、仕事がたてこみ、マチネに行けず。A氏にお詫びの電話。PM4、なんとか仕事にメドをつけて「さて、今日はのんびり映画でも見ようか」と思ったら、後輩から誘いが。年に一度の忘年マージャン大会。11.00まで。一人勝ち。
 
 年明けから配偶者特別控除が廃止され、専業主婦の世帯は大幅増税(500万円世帯で年間約6万円)。厚生年金の保険料率が13.58%から13・93%にアップ、さらに2017年まで年0・354%ずつアップしていく。住民税も大幅アップ、この先、消費税もアップされたらどうなるのか。

 一方で、防衛費(軍事費)は4兆9028億円と膨れ上がっている。

 イラク派兵費用は来年度と合わせれば377億円。米軍への占領支援費が5350億円。この先、弾道ミサイル防衛計画に1618億円、護衛艦一隻1057億円の予算がつく。それに比べて、雇用対策費などたったの301億円。343万人の失業者があふれ、ホームレスが増え続けているというのに、その対策費が一人頭8000円とは! それなのに11機の軍事ヘリが搭載できる「空母」を作って、アメリカに尻尾を振ってミサイル防衛にカネをかける……。

 公共投資をわずか3.3%減らしただけで、「改革だ」といばってるコイズミ。きわめつけは自衛隊のイラク派兵。気が狂っているとしか思えないこの首相をまだ47%の国民が支持しているとは(毎日新聞調査)。「自衛隊のイラク派兵に反対」も過半数というが、それならなぜコイズミを支持するのかさっぱりわからない。国民も正気を失っているとしか思えない。

 国債発行残高が600兆円。地方と合わせれば720兆円。借金まみれになっているのに、軍事費だけは突出。普通の家庭ならとっくに破綻、一家心中しているところを、国民に借金を重ねて、国を維持しているニッポン。このまま行ったら、国債暴落、あるいは、超インフレ政策を強行して、借金をチャラにするしかない。どっちに転んでも、国民の財産(貯金)は紙くずになる。

 ……となれば、ヤケクソになって「戦争でもやるか!」となるのが世界史の常識。国民のガス抜きと、戦争特需の一挙両得。そのためには戦争放棄をうたった憲法の存在がジャマになる。景気悪化、人心不安、軍事費拡大、戦争のできる国への環境づくりーーこの流れは破滅というバニシングポイントに向かって一直線。

 歴史は繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。喜劇の時代を生きなければならない悲劇。それにしても、軍靴の音がこれほど耳元で聴こえる時代になったとは。まるで、歴史のバーチャルな追体験をしているような……。暗すぎる2003年暮れ。

12月21日(日)晴れ

 雑事に追われた一日。駅前のハンバーガーショップで原稿書き。そろそろ、年賀状も書かなければと思うのだが。

12月20日(土)晴れ

 夕方までめいっぱい仕事。さすがにこの時期は早期終了というわけにはいかない。
PM5.30〜11.30、上野で忘年オフ。O、D、K、Mさんらと大盛り上がり大会。

12月19日(金)晴れ

 5.00まで仕事。追い込み、いよいよ正念場。
 PM5.30、新木場・スタジオコーストで「VOICE OF LOVE」。R&B、ヒップホップの人気アーチストが大集合。こんな顔ぶれ二度とない。
 6.30スタート。

 幕開けはAIのダンサブルなヒップホップ・ナンバー。いきなりノリの良い全開モード。会場は満杯。1500人ほどか。早めに入ったので、数少ないテーブル席に座ってゆったりと楽しむ。スタンディングにならなくてよかった。

 L.L BROTHERS、LENA PARK、 HI-D、Boo、MICHICO 、BENNIE K 、山本領平、EMYLI、kazami、Tyler 、DJ KAORI、、MIHO BROWN、ZEEBRA、Tina 、LISAと綺羅星のごときメンツ。やはりZEEBRA、Tinaが人気度抜群。最後はLisaが締めたが、自分のライブと感違いしてるようで、時間が押してるにも関わらず5曲も連続。1曲しかできないアーチストがたくさんいたのに、ちょっと不公平。元M−floの”メジャー感” ゆえか。

 ナマのEMYLIはやはり歌唱力抜群。ダンスもなかなか。しかし、総じてR&B系の女性シンガーは体型太め。あの声量には必然か。一番の美形はTyler。MICHIKOはゴージャスな銀座のママ風。最後は全員で「VOICE OF LOVE」を合唱。「上を向いて歩こう」をヒップホップふうにフィーチャーした歌、これがまたいい。そしてオーラスはTLCのChilliが飛び入り。観客総立ち。
 終演9.50。約3時間半のライブ、心行くまで堪能。11.00帰宅。
12月18日(木)晴れ

 PM5.30、退社。PM6、溜池山王の東芝EMIの一階応接室でY知花、マネジャー、担当者の4人。歌声通り、素直でクレバー。昨日、卒論を仕上げたばかりとか。来年の展開が楽しみな22歳。7.50まで。
8.00帰宅。

 米国が日本にイラクへの債権放棄を要求。フランス、ドイツなどへも同様の要求。
 横暴な夫の暴力から家族を助けてやるという名目で、家に押し入った大男が、親戚やら近所の人たちを巻き添えに殺したあげく、一家の財産を奪い、自分が壊した家財道具を自分で修繕する権利を手に入れ、見張り役をした手下には、その修繕仕事のおこぼれ。反対した仲間には、家の建て直し仕事を回さず、それのみか、暴力夫の家に貸してあった借金を棒引きにしろ、と迫る。自分の手間賃は、暴力夫の家にあった打ち出の小槌でいくらでも金が湧いてくる。戦争はビジネスというけど、ここまで露骨とは。
 原爆搭載機「エノラ・ゲイ」号を誇らしく展示するアメリカ。そのエノラ・ゲイがもたらした人類史上最悪の悲劇には一言も触れず。そのアメリカに尻尾を振って、地獄の果てまでついていくコイズミ。それでもまだ41%も支持率があるというのだから……信じられないの百万乗。

12月17日(水)晴れ

 朝、夢をみていた。20数年前にタイムスリップし、金という名の男を追いかけている。男は3つのコンサート会場を転々として、なかなか姿を見せない。コンサートは在日コリアンの統一集会のようなもの。新宿、池袋、私鉄沿線の小さな駅。切符を買う暇もなく、改札を飛越えて追跡。途中、天井桟敷の新高けいこさんが劇団の炊き出しのような格好で現われたので、「ああ、これが昔の新高さんなんだ。元の世界に戻ったら、この話をしてあげよう」と思い、「ファンなんです。握手してください」というと、新高さん、ちらりとこちらを見て握手に応じてくれる。途中、何度も「これは夢ではなく、実際にタイムスリップした現実の世界なんだ」と、歩道橋を手で叩いて、その痛さを感じてみたり。ーーたぶん、寝しなに読んだクラークの誘拐小説が頭に残っていたんだろう。

 寝直すと、また夢。長く会っていない友人と邂逅する。彼の父母がそばにいる。なぜかわからないが、ビールの入った大きな紙袋を持たされ、彼の家に行く。懐かしい家。「でも、この家にはもう彼らは住んでいないはずなのに」と思うが、ずんずん進み、家に足を踏み入れると、彼の妹がいた。「結婚したはず」と思ったら、そばに5歳くらいの子供がいて、奥の部屋には姑たちがいた。久しぶりに間近で彼女の顔を見る。少しかげりのある笑顔。「幸福じゃないのかな」と思うが、時間は巻き戻しできないし……とちらりと思う。長居はできないと、紙袋を置いて、引き返すと、途中まで彼女が後ろからついてくる。さっきよりも笑顔が明るくなっている。「ああ、よかった。会えてよかった」と、安堵感が体中に広がる。ーー夢の中の出来事なのに、目覚めると、心地よいカタルシス。夢の効用?

 一日中、パソコンの前で、原稿書き。ときどきDVDのダビング。

 夜、この前、録画した「事件記者」を見る。人気テレビドラマの映画化作品。1962年製作。まだ事件も人間が起こし、それを追う刑事も人間、取材する記者も人間、映画も人間が作り、人間が見ていた時代。ノスタルジーというよりも、羨望を感じる。超管理社会の現代は犯罪にさえ、人間の影が見えない。

12月16日(火)晴れ

 追い込み仕事に拍車。5.00まで会社。
7.00、新宿。サザンシアターでシアター21「7ストーリーズ」。客席に木村靖司がいたので挨拶。ラッパ屋稽古休みか、山家さん始め、大勢で福本伸一の舞台を観劇。加藤ちかの舞台美術が目をひく。高層ビルの出窓から下を覗き込んだ奥行きのある美術。久々に深浦加奈子の芝居を堪能。さすが元アングラの華。車椅子の老女の奇怪な演技を楽しんでいる。PM855終演。いつもならテナントが終了したビルの中を歩くのに、今日は「DOIT」が閉店直後。店員に見送られながらの退出は初めて。

10.30帰宅。久しく「S」に行っていない。不義理を重ねているので、行こうと思うのだが……。
 寝る前に「誘拐犯はそこにいる」読了。スピード感も緊迫感もない凡庸な作品だが、クラーク母娘初の共同小説ということでよしとしよう。それにこれは「小さな星の金貨」と同じ、クリスマスもの。クラークの番外編のような、ファミリー向け作品だし。


12月15日(月)晴れ

 年末進行に拍車。
 銀座山下書店でトマス・H・クックの新刊「闇に問いかける男」、メアリ・H・クラーク、キャロル・H・クラーク(母娘)共著「誘拐犯はそこにいる」を買う。そろそろだあ、と思っていたが、クラークの本が書店に並ぶのは嗅覚でわかる。

PM7、信濃町。文学座アトリエの会「バラード」。川村毅の作品を藤原新平が演出。拘置所に収監されたAV女優に話し掛けたことから始まる看守の奇怪な人生遍歴。川村の「純文学」を新橋耐子(30年ぶりのアトリエ公演!)、小林勝也、金内喜久夫、赤司まり子、冨沢亜古、山本深紅、目黒未奈、清水明彦といった「文学」座の豪華キャストで。ただし、川村の文体と文学座の文体にはかなりの乖離あり、狙い通りの「哄笑のブラック・コメディー」とはならず。
 PM8.50終演。
 10.00帰宅。

 フセイン拘束で号外が出る騒ぎ。たかだか独裁者の拘束。「カリスマ」の拘束ではない。イラクの反米感情にはまったく影響がないだろう。むしろフセインの扱いにイラク民衆が反発することも考えられる。洋の東西を問わず、反抗者を「みせしめ」「さらしもの」にするのは同じ。フセインの口をこじ開け、DNA採取棒を突っ込む「勝利者」の映像宣伝。
 「過激派」はもみくちゃ逮捕でさらしものになり、反対に、経団連事件の右翼のように、「身内」は警察によって丁重な扱いを受ける。
 「なぜ自決しなかったのか」とフセインを罵倒する日本の軍事評論家。彼らの中には「生きて虜囚の辱めを受けず」という旧日本軍の戦陣訓が今も生きている。おそらく、自衛隊にも。
12月14日(日)晴れ

 9.00出社。年に1度の休日出勤。昨日のうちにほとんどメドがついているので楽勝。
 12.30、西荻窪。クラプトンのコンサートを見に上京しているBzと待ち合わせ。夕方、空路で帰るとのこと。ちょうどいい機会なので、西荻の「K」でTさん夫妻、Kさん、Yさんとお茶。
 2.30、娘の演奏会があるので、一人、席を辞してU市へ。3.30、S会館。高校の演奏会とはいっても、オーケストラ演奏は聴きごたえ十分。稽古事の発表会を想像していたら、あまりの立派さにびっくり。
 6.00帰宅。
12月13日(土)晴れ

 仕事順調にはかどる。

 2.30、俳優座劇場で「最後の恋」。シルバーライニングのニール・サイモン全作品上演シリーズの一本。1960年代のフラワームーブメントを反映したニール・サイモン「欝期」の作品。人生の終着が見え始めた世代特有の恋への憧れと回帰。「恋」に焦がれる中年のレストラン経営者が思い立って浮気をしようと試みるが、相手に選んだ3人の女性とはついにベッドを共に出来ず……というほろ苦い大人のラブストーリー。

 第一の女性は浮気性のゴージャス美女=夏樹陽子、第二の女性は公園で見つけたヒッピー娘=片岡京子。そして第三の女性は親友の貞淑な妻=音無美紀子。

 ニューヨークが舞台のシャレた物語なのに、肝心の主人公を演じる愛川欽也がべらんめえ口調。まるで、下町の魚屋。カン違いしているとしか思えない。翻訳ものを日本人が演じる、そのウソ臭さを、真実っぽく見せる「芝居のウソ」がつけなくては見ていてシラけるだけ。辛うじて、相手役に救われた格好。片岡。音無、とくに音無美紀子の真摯な演技が中途半端な舞台を救っていた。演出の竹邑類も愛川欣也の演技にダメ出しできなかったのか?

 客席はシルバー世代の女性陣。開演中にもかかわらず、ペチャクチャ喋るは、ヘンな掛け声をかけるは、客席もカン違いしてる。5・00終演。
 
 PM5.30、会社に戻り、後片付け。ほぼ順調に進んだので、店じまい。
 PM6.15、新宿で行われている飲み会に合流。10.00まで。

12月12日(金)雨

 朝起きた瞬間、寒さに震える。ようやく冬の到来。厚手のジャンパー1枚で出社。
 新システムには多くのバグやら使いにくさがあり、ストレスがたまるばかり。
 6.00、電車で帰宅途中、眠りこんでしまい、乗り越し。それも3駅先まで。疲れがたまってる……。

 ネットで購入し、この前から見ようと思っていた「まぼろしの市街戦」DVD。なんと、日本で公開されたのは英米で編集されたバージョンということを知る。フランスでのオリジナルはその英米バージョンのエンドマークの後に、さらにエピソードがある。どんなものかと見てショック。蛇足ーーこの言葉がふさわしい。オリジナルバージョンがフランス公開時に不評だったのは、この余計な「つけたし」のせいではないか。せっかくの涙がシニカルなセリフで乾いてしまう。DVDはオリジナルバージョンなので、見たくないその「蛇足」を見ざるを得ない。これは苦痛。まぼろしのカルト映画。公開時のバージョンでDVD化してほしかった。

12月11日(木)雨

 急に冷え込み、冬模様。
 睡眠時間3時間。さすがに寝不足。しかし、楽しいお酒は疲労感がない。朝起きるとスッキリさっぱり。
 それでもエンジンのかかりは遅く、朝のうちは不調。
 PM4、中野新橋へ。ポップなスイングギター弾き語りで人気のDさんの所属事務所。イメージイラストとそっくりなDさん。担当者を交えて、40分。音楽同様個性的で気さくなDさんに好感。
 6.00帰宅。久しぶりに家に帰ったような……。家族団らん。
 
 年金「改革」で、標準報酬年額の上限が62万円から98万に引きあげられることになるという。年金の保険料率の上限が13・58%から18%に固定されることになれば、年収900万〜1500万円の勤労者の負担は最大で年間55万にもなる。ただでさえ、課税負担が大きいのに、このうえ年金負担が増大したら、もう家計は破綻するしかない。子供の教育、住宅ローンに苦しむ世代を狙い撃ちした重税政策。ひどすぎる。

 一方で、イラクに派兵される自衛隊員の派兵手当ては1日3万円。「1カ月イラクに滞在すればクルマが買える」と志願兵が殺到するはずだ。ただし、生きて帰れればの話だが。もっとも、死んだら1億円の弔慰金……。

 イラクに持ち込む日本食もコストがかかり、日本の十倍程度、1000円の弁当がイラクで食えば1万円にハネあがるという。1000人規模の自衛隊員がイラクに1年駐屯するだけで1兆円近い費用がかかる。日本人に友好的だったアラブ、イスラムを敵に回し、そんな出費をするのはまさに狂気の沙汰。そのカネを病気で苦しむ人や、新薬の開発に使えばどれほど、助かる人がいるか。

 二言目には「国益」と言うが、「日本が対米追従だけで外交がないというのは世界各国の米国への態度を見ればよくわかる」と金子勝氏。カナダ、メキシコは米友好国でありながら、イラクに軍隊を送っていない。フランス、ドイツも同じ。軍もカネも出さない。パキスタンも同じ。つまり、「自衛隊を派兵するか」「派兵を拒否して対米関係悪化を選ぶか」の二者択一しかないと思い込んでいるのは日本だけ。ほかの国は自国の国益のために、したたかに米国と渡り合っているわけで、それをこそ「外交」というのだ、と。

12月10日(水)快晴

 休みの日なのに、やるべきことがいっぱい。

 のんびりとくつろぐ暇もなく、午後から吉祥寺へ。裕木奈江が仲間と組んだ「4人展」がリベスギャラリーで開催している。行こう行こうと思いつつ、うっかりしていて、今日が最終日。5時までなので、急いで駅へ。電車を乗り継いで片道1時間半。4時ちょっと過ぎに到着。ギャラリーで奈江ちゃんと邂逅。今回は薄墨で描いたような「観音さま」ふう女人図。売約済みの赤丸シールが多数。彼女の解説を聞きながら、しばし歓談。来年5月の新国立劇場公演のチラシも置いてあった。NHKの夜の連続ドラマの収録を終えたばかりとか。

 4.40、奈江ちゃんに別れを告げて、一路有楽町へ。

 5.30、プランタン近くの「スパンアート・ギャラリー」で吉田光彦展。笑顔で迎えてくれる吉田さん。奥さんを交え、3人で歓談。高橋克彦氏の新聞連載の挿絵や、中津文彦氏が地方紙に連載した菅江真澄の小説挿絵、月蝕歌劇団のポスター、単行本用カラーイラストなどエロチシズムあふれる原画が数百点。いつか吉田さんの原画が買えるよう、貯金しなくては。
 菅江真澄は下北にも縁の深い歴史上の人物。興味をそそられる話を吉田さんと。
 6.00、勤め帰りのサラリーマン氏などの訪問で、ギャラリーがたて込んできたのを機に、別れを告げて丸の内線へ。新宿、6.30。夕食をとって、新宿三丁目方向へ。

 日清ビルの近く、「レッド・クロス」で7.30から、「るり」の初のワンマンライブ。「行けるかどうか微妙」と返事はしておいたが、ここはやはりなんとしてでも駆けつけなければ。
 中に入ったところで、プロデューサーのK氏とばったり。「来てくれてありがとうございます」とK氏。るりが選んだだけに風変わりなライブハウス。舞台の緞帳はシャッター。防火シャッターのある部屋を改造したのか?

 5分押しでスタート。シャッターが上がるとギターを抱えたるり、板付きで登場。まずは一曲目。続いて、ギターが加わり、アコーデオンが加わり、ドラムズが加わり……。次第に音が厚くなる。最初は緊張のためか声がかすれていたが、次第に体が温まり、張りのある声がでるようになる。8.30、まだ一部の途中だが、次の予定があるため、そっと抜け出して新宿駅に向かって走る。

 9.00から渋谷・ユーロスペースで寺山修司の映画「草迷宮」ロードショー記念イベント。三上博史と若松武史のトークショー。プロデューサーのSめ氏に事前に電話しておいたの遅れるわけには行かない。息せき切って新宿駅ー渋谷駅。あわてていたので、イメージフォーラムとユーロスペースを混同してしまい、246に向かう途中で気づいて引き返したものの、開演5分過ぎ。Sめ氏「もうお客さん入れちゃったので、席がなくて……」と申し訳なさそうな顔。若い女性を中心に通路までびっしり。三上博史人気か。

 司会は偏陸氏。当時15歳と27歳という三上博史と若松武史。
 ワカに気を遣ってか、三上博史がよくしゃべること。当時のエピソードを次々披露。ワカも負けじと、爆笑の撮影エピソードを。和気あいあいの3人。天井桟敷、寺山修司という共通の思い出を共有する彼ら。うらやましい。

 約30分のトークは無事終了。ロビーに出ると九條さんがニッコリ。今日は寺山さんの誕生日。いい記念イベントになった。

 9.50、近くの店で打ち上げ。九條さん、ワカ夫妻、三上博史、偏陸、日野利彦、偏陸の映画を撮っているA氏、そしてSめ氏の9人。

 天井桟敷時代、海外公演から帰ってくるときに税関で足止めを食ったエピソードなど、話題は尽きず。天井桟敷組といるときの三上博史は本当にうれしそう。当時15歳の彼にとっては、相当なカルチャーショックだったに違いない。

 楽しさに時間を忘れ、気がつくと午前0時。みんなと駅で別れ、一人山手線へ。終電は当然終わり、途中からタクシー帰宅。AM1・30帰宅。2.00就寝。

 電車に乗っている時間が長かったので、永倉有子著「万治クン」あっという間に読了。永倉万治没後3年、まだその著書は読んだ事がないが、この本を読んだら、「読んでみようかな」と思ってしまう。1968年から2000年まで、「フラワーチルドレン」の愛の軌跡。後書きでも書いているように、永倉万治が夫人に残したのは、この文章の力。氏が半身不随になってから、リライトという作業を通して、文章修業させたことになる。瑞々しい筆致。それにしても、合理主義と見える団塊世代の二人が、最後まで方位学や占いに頼っていたとは意外。
12月9日(火)晴れ

 年末のあわただしさ。社内の動きも活発に。
5時に退社し、下北沢へ。

 南口のジーンズショップでジーパン衝動買い。8500円。この十数年変わる事がなかったサイズ「31」が入らずショック。ショーウインドーに映る自分の姿を見るのが怖くなる年齢。そういえば、昔、初めてビデオカメラを買ったとき、両親を撮ったビデオを、当人たちと一緒に見ていたら、二人とも「……こんなに年をとって……」と、自分たちの顔をつくづく眺めていたことがあったっけ。その時は「年をとるのは当たり前だろうに」、と両親の寂しげな横顔を見ながら思っていたが、あの時の両親の年齢に自分も近づきつつあるわけで……。そして、やっぱり同じことを思ってしまうわけで……。

 ソニーショップでMDケース1200円。
PM7、本多劇場で青年座「カゾクカレンダー」。

 ネットでの評価が良くなかったので、あまり期待していなかったが、あにはからんや、大傑作。1988年、バブル前から2003年の現在までのある家族の人間模様を描いたもの。1988年、35年ローンで買った一戸建てを21年で完済した記念の家族パーティーが開かれようとしている。上機嫌の父。しかし、妻はその一年前から実家に帰り、別居状態。今また正式な離婚を突きつける。長男は不本意な会社勤めに決着をつけようとしている。長女は未婚の母になろうとしている。一家が仲良く暮らせるように買った家の中は実はバラバラ。そして、この家族がどんな歴史を重ねるのか、5年ごとに家族の変遷が描かれていく。藤井清美の脚本(6稿までいったそうだが)はよく練られていて、類型化しそうな題材をよくこれだけ鮮やかに脚本化したものだと感心する。

 父は家族のためを思って頑張り、母もまた家族の幸福を願う。子供たちもまた……。それぞれが時に自分の意志を隠してまで、家族の幸福を思い描くのに「家族」は逆に不幸になっていく。中年を過ぎてから人生をやり直そうと離婚を迫る妻の言い分もわかるし、「みんなのためを思って、毎日仕事をしてるんじゃないか」という父親のうめき声も痛いほどわかる。人生の不条理。
 一見、唐突に見える「死」を作為と感じるかどうかだが、芝居の流れから、「当為」と納得させる脚本の力は大きい。開巻から終幕まで一貫した知性と情感が通った見事な脚本。演出はさすがの鈴木完一郎。まさに間然とするところがない緊密な演出。父親役の山野史人の演技は5年ごとの年齢をくっきりと際立たせる。すごい。母の泉晶子、娘役の小林さやか(札幌出身)、長男太田佳伸、恋人役・赤羽剛もまた。そしてなにより、父親の妹として、一家を裏から支える津田真澄がいい。その明るさで、家族の緩衝役となるのだが、いるよなあ、こういう人、と思わせる練熟の演技。

 休憩時間にS雲、M正敏氏と歓談。S雲氏、「イラク派兵が閣議決定したようですね」

 この12月9日は戦後日本の転回点として後世の歴史家によって書き記されるだろう。
イラク派兵。「派遣」という日本語の言い回しは権力者のごまかしにすぎない。「敗戦」が「終戦」、「敗退」が「転進」と言い換えられたように、まるで、遣唐使か遣隋使、あるいは「派遣社員」を送るような「派遣」という物言い。兵隊を送るのに派遣もないものだ。閣議決定を発表するコイズミの顔ははれぼったい目で、「苦渋の後がくっきり」というが、そんな表層的なことにだまされはしない。
 昔、根津甚八が状況劇場の入団テストの際、面接者を惑乱させるため、「わざと寝不足のままひどい顔で行った」と言っていたが、それと同じ。「苦渋」を演出するために、わざわざ「ひどい顔」で会見しただけのこと。姑息というか、さすが政治家三世というか。もはや最後の一線を越えてしまったニッポンとニッポン人。世界の嘲笑が聴こえる。


9.40終演。ロビーでM氏に藤井清美さんを紹介され、立話。スラリとした美形。物怖じしない堂々とした雰囲気。全身から発するオーラは大物の証拠。また一人楽しみな女性作家&演出家が増えた。
11.00帰宅。今日締め切りの依頼原稿を推敲し、なんとか間に合わせる。2.00就寝。

12月8日(月)晴れ
 
 今日から新システムに移行。朝からN社は新システムの稼動を見守る幹部などギャラリーでいっぱい。とりあえず初日は無事に発進。

PM3.30、京橋の試写室で原口智生監督の「跋扈妖怪伝 牙吉」。原田龍二主演。故郷を追われた無宿人の牙吉が、迷い込んだ奇怪な宿場町。そこは妖怪たちが住む町。彼らは藩主の野望に手を貸す代わりに、自分たちの安住の地を約束させたのだった。しかし、最新式の武器を手に入れた藩主一派は、妖怪たちを用なしとばかりに皆殺しにする。パレスチナの悲劇。牙吉自身が少数民族で、やはり征服者によって虐殺された民族の末裔という設定。映画ではアイヌ民族ふう衣裳。憤怒が牙吉を巨大な狼(山犬?)に変身させる。「さくや妖怪伝」の監督だけに、妖怪への偏愛が横溢した作品。なによりも、最新のCGを使うことなく、すべて実写というのがうれしい。まるで昔の東映妖怪映画を見ているようなノスタルジックな映像。「さくや」の安藤希が相変わらず可愛い。来年2月7日から渋谷シネパトスでロードショー公開。


 夕方、部署の忘年会。新宿南口のホテルの1階にあるイケス料理店。店内のイケスで魚を釣り上げ、それを調理してくれるという。思ったよりも大きな店は客で大賑わい。針を落とすと、タイやマゴチ、カレイがすぐに食いついてくる、入れ食い状態。生きのいい大ぶりのタイの手ごたえはなかなかのもの。20数人でほぼ同じ数の魚やらイセエビを釣り上げたものだから、いくら刺身や焼き魚、調理法は変えても、最後は持て余し気味。当分、刺身や魚の顔は見たくない。壁に貼った料金表を見たら、タイ1950円、イセエビ4950円……。調子に乗って釣り上げていたが、今年の忘年会費用は大赤字。
PM9解散。まっすぐに帰宅。

12月7日(日)晴れ
 ベータテープに録画された「東京オン・ザ・シティ」をHDDにダビング。同じテープに、湯浅実が司会する「2時のワイド」の映像。ゲストコメンテーターとして大島渚とともに寺山修司が出ている。1981年頃の映像。まだ健康そうな寺山さんの笑顔。このような映像があったんだ…・。

12月6日(土)晴れ時々雨

 PM2、新宿。サザンシアターで劇団1980「少々乱暴」。受付で柴田さんに挨拶。

 金守珍がひとつおいた隣りの席だったが、隣席の女性が気をつかって、譲ってくれたので並んで観劇。開演前に雑談。

「ヤンキー母校に帰る」に出ている唐十郎、今回のテレビ出演もかなり喜んでいるという。以前から、「小林薫に先を越された」と言ってたらしいが、自分たちから見れば、「功成り名を遂げた」唐さんが、意外にも「役者としてもっとメディアで成功したい」と思っているらしいことに驚く。唐十郎という「生きながら伝説を持つ男」テレビに出たいとは。しかし、大御所にならず、いつまでも現役でいたいという唐十郎の役者魂に親近感をおぼえる。

 さて、舞台。物語はバブルの頃。瀬戸大橋建設に従事し、工事現場から転落・死亡した出稼ぎ労働者。遺骨が宅配便で遺族の元に送られるが、そこにひょっこり死んだはずの当人が帰ってくる。それでは、遺骨は誰なのか? 戸籍を回復するために、死んだ男の身元を捜して日本各地を旅する僧侶と男。しかし、遺骨が誰のものなのかついにわからずじまい。国から莫大な補償金が支給されたことから、「遺族」にある思惑が……。

 バブルに躍ったニッポンをブラックな味付けで描くハチマル流オペレッタ。上々颱風の紅龍が音楽。若手俳優も充実し、ブロックや肉体を使ったパフォーマンスなど、面白い試み多数。

 パンフで作者の藤田傳が「どんな戦争にも犬死、無駄死にというのがある」と書く。
 「あのベトナム戦争の時、モハメド・アリは、”俺にはベトコンをやっつける理由がない”と。個人的な恨みがないことを理由に徴兵を拒否した。たぶん、犬死、無駄死にの意味をきちんと理解していたのだろうーー凄い。日本の自衛隊からこんな声が聞けないのかーー残念」と。
 
 4.00終演。金守珍に別れを告げて退出。
 タワーレコードで1時間視聴。「ラリーパパ&カーネギーママ」の「ラストアルバム」、「ピッッチャー56」の「すじを描く」を購入。
 紀伊國屋ビルの地下でシーフードカレー850円。トップスでカフェオレ650円。
 
 PM6.30、紀伊國屋ホールでこまつ座「紙屋町さくらホテル」。こんなに素晴らしい戯曲だったとは。新国立の再演を見た時にはほとんど印象に残らなかったのに……。演出、役者の違いだろうか。今回は鵜山仁演出。「ニュルンベルク裁判」と並行して手がけたのだろう。両作品とも目を見張る完成度。鵜山仁はすごい。
 
 舞台は昭和20年12月、東京巣鴨プリズンの取調室から始まる。自分を戦犯として処罰するよう出頭し、係官に談判する男・長谷川清。彼は戦時中、天皇の密使として、全国を視察。国民の実情を天皇に奏上し、そのため本土決戦の方針を転換させたといわれている。なぜ彼が戦犯志願をするのか……。彼の回想が始まる。

 それは戦時中の広島を訪れ、移動演劇隊に偶然参加した日々のこと。滞在した紙屋町ホテルの経営者は日系二世で、敵性外国人として、警察の監視下にあった。新劇の団十郎と呼ばれた丸山定夫、園井恵子俳優たちは移動演劇隊として広島での公演を控え、役者が足りないため、言語学者、傷痍軍人、そして刑事らを採用する。素人同然の彼らが参加する稽古場……そこで繰り広げられるさまざまな人間模様は井上ひさし一流のユーモアがまぶされ、笑いが絶えない。

 しかし、ここ広島が数カ月の後に原爆が落とされるとは誰も知る由もない。

 終幕は、無事に公演を終え、天皇への報告のために長谷川がさくらホテルを去るシーン。客席から舞台を振り返ると、紗幕の向こうで、園井、丸山らがにこやかな微笑を浮かべてこちらを見ている。原爆の投下を想起させるシーンもなければ、不気味効果音もない。静かな幕切れ。それだけにその後の悲惨な事実を知る観客にとって胸をえぐられるシーン。

 言語学者の教え子で、特攻隊として米艦に体当たりした若者が密かに両親にあてた最後の手帖の遺書を朗読するシーンでたまらず滂沱の涙。

「お父さん、お母さん」との書き出しで始まった遺書は途中で、「おとやん、おかやん」と呼称が変化し、その呼びかけだけが手帖の最後まで続く。「それはまるで国家によって殺される子供が自分の親に助けを求めているようだ」と。標準語で書かれた呼びかけが次第に方言に変わっていくのは人間の本心の発露だろう。昔、TBSラジオで久米宏が「標準語で愛は語れるか」と題した特集を組んだことがあったが、両親への最後の呼びかけもまたその人が生まれながらに持つ言葉になるのは当為。
 
 さて、長谷川清は自分の行動に不審を抱き、天皇への報告を密かに葬り去ろうとする内務省軍軍人に「自分は天皇の密使である。いわば天皇の御聖体そのもの。それを刺せるか」と迫る。そして、戦後、同じく今はアメリカの協力者となった元軍人に「自分の体には天皇の御聖断が遅れたために沖縄で、広島で、亡くなった人たちの声なき声が宿っている。その私を君は刺せるのか」と静かに言う。

 長谷川の胸中にあるのは、天皇制という「国体」護持に拘泥するために、天皇の敗戦決断が遅れたこと。それによって死んでいった無数の国民の幻影。その中には、広島で被爆し、死んだ丸山、園井の姿もある。園井恵子は無傷で東京にたどり着いたものの、2週間後に高熱とノドの渇きを訴え、全身をかきむしり、医師が注射をすると、体から黒紫の血膿が噴出し、言語中枢は侵され、絶叫しながら死んでいったという。脱毛がひどく、頭髪が抜け落ち、女優のたしなみである鏡を見ることさえ許されず絶命する。被爆後も「これからは思いっきり芝居ができる」と言ったという園井。なんという残酷。
 同じく被爆した女優の仲みどりも東京に命からがら逃げ帰ったが、体中が潰瘍でボロボロになり、19日後に死んだ。彼女は死後すぐに解剖され、その詳細な解剖所見を残した。原爆症による死亡者第一号となり、今も大学医学部の標本室にその遺体の一部が残されている。
 長谷川は彼らの無残な死の代弁者として、戦犯志願したのだ。そして真の戦犯は誰なのかを無言で告発する。最大の戦犯である天皇にこそ、戦争の責任をとってもらいたいのだ、と。
 天皇の戦争責任という重いテーマをここまで見事に描いた井上ひさしの力量と勇気。
 今の時代は、これが「最後の表現の自由」になる予感さえはらんでいる。
 それにしても……帰りの電車の中で読んだ丸山、園井らの「無残な最期」に涙止まらず。
 新聞の投書欄は反対意見と同じ比重で「イラクに自衛隊送ることが死んだ外交官への手向けだ」「カネではなく人で国際貢献を」という意見を載せているが、それを中立公正というマスコミは自らの戦争責任を忘れたのだろうか。
 
 戦争で人が死ぬとはどういうことなのか、少なくとも、コイズミも石破両坊ちゃん政治家は戦争を体験していない。唯一戦争体験者の野中広務がイラク派兵に反対したということがすべてを物語っている。

 「イラクに自衛隊を送れ」と声高に言い募る人は広島に行って、被爆した人々の無残な最期をくっきりと目に焼き付けてからもう一度、その言葉を吐き出したほうがいい。
 目玉が飛び出し、内臓がはみ出し、ヒフが垂れ下がり、焦熱地獄の中でもがき苦しみぬいて死んでいった人々、一瞬のうちに蒸発した人々の前で同じことを言えるか。

 「カネだけ出して……」という人たち。そのカネは国民が死ぬ思いで、懸命に働いた税金ではないのか。それを「カネ」だけ出してとはどんな言い草か。経済的理由で自殺する人たちが急増する日本。そのカネこそ国民一人ひとりの命そのものではないのか。
 日本を原爆の実験台にしたアメリカの尻拭いのために粛々と戦地に赴く「日本兵」ーー悪夢か悪い冗談か……。
12月5日(金)曇り

 きょうから新システムへ段階移行。
 S・ローザさんの件でDJ・T氏と朝からメールのやり取り。ようやくメドがつく。

 PM7、博品館劇場で「天国の本屋」。ナゾの男(ルー大柴)に連れられて、まだ生きているのに、天国の本屋でダイトすることになった青年サトシ(須賀貴匡)。同じく本屋で働く少女ユイ(紺野まひる)にひかれるが、彼女は固く心を閉ざしたまま。幼い弟が自殺したのは自分のせいだと思い、そのトラウマから逃れられないでいる。サトシの仕事は店に来る子供たちに絵本を読んで聞かせること。「人魚姫」「ナルニア国物語」、そして「泣いた赤鬼」。ある日、その子供の中の一人が、ユイの弟だとわかり……。

 冒頭、客席からサトシを登場させる中村龍史の演出にすっかりだまされるうぶな観客。芝居のほとんどが引用=朗読という不思議な舞台。紺野まひるは宝塚出身というが、少女っぽさを残し、須賀も役者ズレしないナチュラルな演技が新鮮。9.00終演。北村さんに挨拶して帰宅。
12月4日(木)晴れ

 朝、起きるのがつらい季節。4.50に目覚ましが鳴り、いったん起き上がってそのまま後ろにひっくり返って、5分間眠りの続き。パソコンの電源を入れて、立ち上がるまで、数分また眠りの中。メールチェックしてから、顔を洗いに洗面所へ。ここでぬるま湯で顔を洗い、ようやく目が覚める。暗い、寒い、眠い。これから春が来るまでこんな日が続く。

 年末進行でややピリピリした雰囲気の社内。緊張感が続くのでなんとなく帰りづらい。PM4.30家路に。PM6、タワーレコードに寄ってCD2枚購入。奥村愛子とYOSHIKA。帰宅してビール。

 石原都知事が1日に行われたテロ想定図上訓練後の会見でまたまた放言。「イラクに行った自衛隊がもし攻撃されるなら、堂々と反撃して相手を殲滅したらいい」「反撃して殲滅するのが軍隊ではないか。日本軍というのは強いんだから」
 まるでお坊ちゃんの強がり。自分では戦えないくせに、「オレにはヤクザの親戚がいる」と胸を張るガキの言いぐさ。頭も言葉もカラッポのお子ちゃまくん。

 3日、コイズミ首相がイラクに陸海空合わせて1000人規模の派兵を決定。また「戦死者」を増やそうというのか。外交官殺害事件も、いまだに真相はヤミというのに。米軍暫定当局(CPA)の当初の発表は「事件発生は午後5時」「道路脇の売店に立ち寄ったところを撃たれた」。しかし、その後、昼頃と訂正、パスポートも部族長が持っていたと発表したが、即座に米軍が駆け付けて、ランドクルーザーごと遺体、所持品を持ち帰ったというのに、なぜパスポートだけが他の場所にあったのか。

 イラク大使は日本に居て、遺体引き取りに、クウェートに行ったものの、イラクには入らずそのまま帰国。積極的に事件の真相を追究しようという意思はなさそう。

 戦場ではどんな情報操作も可能だ。11月30日に起こった「サマラでのフセイン残党54人殺害」も目撃者の情報をもとに、外国メディアが追及したら、数日後に訂正。「実際にはイラクの女・子供ら8人を誤射し、それをごまかすために、フセイン親衛隊の制服を着せた」のだという。女子供を殺して、それをフセイン残党殲滅と発表するアメリカ軍。しかし、軍隊とはそんなものだ。日本人外交官殺害だって米軍の誤射という可能性も考えられなくない。

 そんな状況にも関わらず、ブッシュに言われるまま派兵するコイズミはどこの国の首相なのか。戦後58年、日本の歴代政府は「アメリカ占領軍」の傀儡政権だったということがイラク戦争ではしなくも露わになったといえる。

 成田空港事業認定訴訟で最高裁が農民側の訴えを退ける判決。これで、33年にわたる農民訴訟は確定する。「ここに空港を作る」と閣議で図上決定し、それを国が認めれば住民の意思に関わらず、農地は強制収用される。開墾という労苦の末に、肥沃な農地を手にした農民たちに襲いかかる国家の暴力。しかし、農民たちの長い闘いに終わりはない。「これは百年戦争になる」と故・戸村一作・三里塚・芝山連合空港反対同盟委員長が言っていたが、裁判は結審しても、土地に生きる農民は国家に屈することはないだろう。

 9.00、宅配便会社が先日回収したビデオデッキが届く。オークションで落札したものの、先方によれば「輸送途中の事故じゃないでしょうか」という、イジェクトの故障。幸い、クロネコヤマトが、「こちらで修理します」と持ち帰り、メーカーに修理依頼したため、逆に新品同様生まれ変わって帰ってきたのだ。真偽は不明だが、素人の梱包で重量のある精密機器を送るのがまず間違いの元。今回はクロネコヤマトが非常に好意的に扱ってくれたものの、ひとつ間違えれば、出品・落札者双方の責任のなすりあいになる。オークションの危うさを身を持って体験。それにしても誠実な対応をしてくれたヤマト運輸はエライ。

12月3日(水)晴れ
 10.30起床。午後、買い物に付き合い、夕方まで。一日の短いこと。ラジオドラマ2本とテレビドラマをDVDにダビング。ウーン、時間が足りない。ほかにもいろいろやりたいことがいっぱいあるのに。

12月2日(火)曇り

 午前、新システムの「ゲネプロ」。午後、年末進行の打ち合わせ。いよいよ年末に向けて超忙しくなる時期。風邪をひかないようにしないと。
 
 PM5、新宿。タワーレコードで1時間ほど視聴。ギターポップで好みのバンドを発見。イズミカワソラの新譜はDVDとのセット。この頃,DVDと抱き合わせ2枚組という変則CDが増えている。DVDプレーヤーが普及したためか。

 各レジには長蛇の列。なぜだ? これでは時間のロス。諦めて、下北沢へ。

 PM7・15、スズナリで流山児☆事務所「ハイ・ライフ」。客席で文学座の松本祐子さんに声をかけられる。李麗仙と一緒。来年の「ガラスの動物園」の演出・主演コンビ。しばし立話。

 7.30開演。
 初演より格段に面白い。セリフは一字一句同じというから、演出・構成の違いか。ジャンキー4人組が銀行強盗を目的に一致団結、決行の日を迎えるが、ハンパな連中、それぞれの思惑がぶつかり合い、とんでもない結末に。千葉哲也、塩野谷正幸、小川輝晃、若杉宏二のジャンキー演技の応酬が見もの。流山児の演出が冴えて、演出200本目にふさわしい舞台になった。中央に舞台を設え、客席が舞台を挟む舞台美術もいい感じ。

 終演後、ロビーで松本さん、李さん、KONTA、流山児らと立話。客出ししてから劇場で初日乾杯。そうか、今日は初日だった。役者の充実ぶりを見ると楽日でもおかしくない舞台の出来。流山児氏も満足そう。

 塩野谷氏は来年6本の舞台があるとか。明治座からホームグラウンドの事務所まで。「役者はどんな舞台でも芝居を楽しまなくちゃね」と、商業演劇であろうと、小劇場であろうと頓着しない。
 松本さんは来年の後半はスケジュール空き。もったいない。今ノリにノってる演出家を遊ばせておくなんて。
 KONTAはしばらく舞台はお休み。今レコーディングの最中とか。
 小松克彦氏と碑文谷の話。「あそこは200坪でも豪邸とは言わない」に納得。
 10.30。家路に。ソニーショップで買ったMDラックが重いこと。
 11.30帰宅。


12月1日(月)雨

 昨日、テレビのニュース番組を見た家人が「なんてひどいことを言う人なの」と、殺された外交官・奥氏の叔父という人のテレビでの発言に憤っていたが、ニュースを見ていない当方には何のことかよくわからなかった。

 今日、ある日記サイトの若い女性プロデューサーが同じように、その叔父の発言に「恐怖を感じた」と書いているのを見て、ようやく納得する。その叔父という人は笑みをたたえながら「彼は日本の代表だったんだなあ、改めて誇りに思う」という意味の発言をしたらしい。ニュアンスがわからないが、女性二人が同じ感想を持ったということは、おそらく彼の口ぶりに、甥の死を慎むというよりも、「お国のために死んだ」というある種の”愛国心”の発露を感じ取ったのだろう。もちろん、叔父の真意はわからないが、少なくともそれを見た人に違和感、不安感、恐怖感を与えたのは事実だろう。

 年代的には奥氏とは同じ時期にキャンパスを共有した学友かもしれない。もしかしたらどこかですれ違ったかもしれない。あたら未来ある命を異国で失った遺族の気持ちはいかばかりか。これを機に「重武装の自衛隊を護衛に差し向けるべき」という火事場泥棒のような見解を示す制服組もいる。その次は「ゲリラとの交戦」「双方の殺し合い」……。この期に及んでも「派遣方針に変わりはない」と繰り返すコイズミ。その懐刀の飯島秘書にいたっては、外交官殺害の報を告げられても「そんなことで派遣の方針が変わるわけはない」と言い放ったという。どっちが親分かわからない「首相と秘書」。

 PM3.30、K記念病院。良好。その後、鍼治療。今日は、耳鳴りがかすかに聞こえるだけ。こんな日が続けば。
6.00帰宅。

戻る