| 1月31日(土)晴れ PM2、世田谷パブリックシアターで日仏演劇コラボレーション「屏風」。 ジャン・ジュネの長編戯曲をフランスの演出家・フレデリック・フィスバックが演出。結城座の人形とフランス人俳優がコラボレートする。国家にツバを吐き続けたジュネが、当時終結したばかりのアルジェリア戦争をアクチュアルに取り入れた詩劇。戦場を彷徨い、「死」の国へと向って旅する貧しい3人のアラブ人家族の物語の体裁を取っているが、戦死したフランス軍中尉への返礼を「放屁」の空砲で打ち上げるなど、政治的言語を発することなく、政治性に満ちた舞台として有名。その過激さゆえに、初演の66年、フランス、オデオン劇場の回りは右翼のデモ隊が取り囲み、何度も上演中止騒ぎになったという。 77年に芥正彦の劇団「ホモフィクタス」が旧俳優座劇場で「天皇祐仁」を上演しようとし、右翼の街宣車に取り囲まれ、中止になった騒ぎがあったが、国家の正体を描こうとすれば必ず反動が牙をむく。 開演前に結城座の育子氏に声をかけられる。竹本素京さんの手を取って、客席に向かうところ。素京さんは「3月に90歳の記念公演をやります」と笑顔。肝っ玉おっかさんますます元気。 さて、舞台。物語は詩を奏でているようなもの。しかも字幕。フランス語のセリフは耳に心地よく、ついうとうとする人も多く、あちらこちらでイビキが……。 うっかり、上演時間を確かめなかったので、終演5.55と聞いてびっくり。5時からスフィアで「狂風記」があるのだ。申し訳ないが、4.10の休憩時間に抜けて、天王洲へ。 PM5。スフィア。受付でU原氏に挨拶。 ロビーの物品販売コーナーに俳優の近○N吉。市原悦子さんの事務所ということで、駆り出されたとか。でも、俳優が物品販売というのもちょっとかわいそう。てれくさそうなN吉と立話。 さて、「狂風記」。長大な石川淳の原作を舞台化するということ自体無謀なわけで、作・演出家もそのへんは十分自覚し、物語よりも「文体」にこだわった舞台にしている。 表向きはリグナイト葬儀社、実は恨みをのんで死んだ魂を探し続ける魔女・ヒメが指揮する反権力集団。対立するのは総会屋、政治家、ゼネコン社長、右翼らが結集する政治集団。もう一つ、柳商事なる大財閥が鎮座。この三者が複雑怪奇な暗闘を繰り広げる。 70年安保を背景に書かれ、天皇制の暗部に迫り、アナーキーな活力に満ちたパロディーと波乱万丈の物語。ただ、役者たちでさえ、「何度も台本を読み直しても理解できなかった」と正直に言うように、難解。一見の観客が理解できるはずもない。客席からは寝息が聞こえ、目を開けている観客も実は筋を追うことができない。 元気なのは市原悦子と大駱駝艦の白塗りダンサーたち。藤井びん、加納幸和、久保酎吉、原川浩明といった芸達者もさすがに手探りで芝居をしている。 サーカス小屋を模したセット。新劇、小劇場、暗黒舞踏、アングラーー魑魅魍魎がバッコする不可思議さが魅力といえば魅力。8.20終演。家路に。 1月30日(金)晴れ PM2、TSミュージカルファンデーション、Eさん来社。次回公演の件。万有・根本さんが奴婢訓最終回でケガをしたと聞く。大丈夫らしいのでホッ。PM4、MGFのKさんとお茶。ジムノの展開について。 6.30、紀伊国屋サザンシアターで文学座「風の中の蝶」。 山田風太郎の連作小説「明治波祷歌」の中の同名小編を元にしたもの。明治18年、前年に秩父困民党の反乱が鎮圧されたものの、自由民権運動の炎は燃え盛り、官憲と民衆の衝突が繰り返されていた。舞台は、現在の神奈川県・上川町、当時は上川口村。秋山国三郎という実在の老運動家と、彼を慕う若者たちが引き起こす「大阪事件」の顛末をモチーフに、恋と革命に生きた明治の青春群像を描き出す。 過激な壮士・大矢正夫に憧れながら、その方法論をめぐって脱落し、文学に進む北村門太郎(透谷)、富農の跡取り息子で自由民権を希求する石阪公歴、その妹・美那(後に透谷と結婚・離別)、ジャンヌ・ダルクと呼ばれる女性闘士・景山英子(最後まで非転向を貫く)、そして、若き日の南方熊楠ーーそれら時代の荒波に翻弄された実在の人物が虚構の物語の中を駆け巡る。 脚本の吉永仁郎は9.11以前にこの脚本を書き終えたということだが、まさに今の時代にピッタリ符合する舞台となるはず……だったが、意欲は買えども、舞台は空回り。単なる原作のダイジェストになってしまった感がある。一つには、舞台の視点を誰か一人に絞れなかったこと。一応、秋山国三郎がメインにはなってはいるが、透谷の煩悶、過激壮士・大矢の憂鬱、石阪の流転……と、焦点が広がりすぎ、舞台は散漫な印象。 「闇ノ目組」なる、国家からも、民衆からもはぐれたテロ組織を狂言回したのはいいが、やや図式的。 エピローグで、国三郎が死者たちの「その後」を説明するのだが、これもいかにもな演出で、ウーム。最過激な壮士・大矢はその後、国粋主義者に転向し、朝鮮で反日の王妃暗殺に加担する。アメリカに渡り、自由民権のために闘った石阪は全米を転々と放浪。しかし、日本が中国に戦端を開くと快哉をあげたという。しかし、彼もやがてアメリカの日本人収容施設で最後を迎えることになる。自由・民権を闘った壮士の皮肉な人生。 25才で自殺した透谷。若い死だけが、理想を閉じこめたまま永遠に輝き続ける。彼の言葉。 「今の時代は物質的な革命によりて、その精神を奪われつつあるなり。その革命は内部において相容れざる分子の衝突より来たりしにあらず、外部の刺激に動かされて来たりしものなり。革命にあらず、移動なり」 「愚かなるかな、忠君愛国を説く学者、請う百年の後を見よ」 112年前の青年・透谷はすでに現代社会の破綻を予見していたのだ。 国三郎を演じた加藤武はいいとして、自由党幹部を演じた北村和夫はセリフがおぼつかなく、見ていてハラハラ。もともとセリフ憶えがいいほうではなさそうだが、名優も老いては……。秋山蓬を演じる高橋礼恵はなかなかの美形。セリフ、立ち回りもキレがあり華がある。波止場での最期の決戦時、彼女の叫びに汽笛が重なるシーンはジャン・ギャバンの「望郷」を意識しているのだろうか。思わずクスリと笑ってしまう。 終演9.20。 高島屋・DOITでドラゴンボール・ストラップ680円。子供のおみやげ。 1月29日(木)晴れ 4.20、K記念病院で鍼。PM6帰宅。 今朝のスポーツ紙は「プライド」出演中のキムタクこと木村拓也がドラマ撮影の休憩中のお遊びでホッケーのパックをエキストラめがけてショット。女性が前歯を折る大ケガをしたと大きく紙面を割いての報道(フジ系列のサンスポはベタ記事扱い)。 昨日、夕刊紙が報じたことの後追い記事。Jニーズ事務所がらみの不祥事は見てみぬフリの芸能マスコミも、「第一報」でさえなければ、J事務所への言い訳になるとばかりに後追いで報じたものの、翌日にはピタリとナリを潜めてしまった。テレビ局のワイドショーに至っては、まったく触れず、まるで「なかったこと」のよう。誰もJ事務所の威光には逆らえないという今の芸能マスコミの哀れ。J事務所タレントの交通違反「事件」で、被疑者を○○メンバーと呼んだ番組・リポーターがいたが、あれからますますS○AP需要は拡大し、J事務所なくしてテレビドラマが成立しないという異常事態。 テレビだけなら見なくて済むが、昨今では舞台にも大きく進出するJ事務所は、一度でも自分の舞台を批判されたら二度と取材はおろか招待もされないわけで、記者、評論家にとってJ事務所絡みの舞台は鬼門。批判を受け入れる度量のない芸能は衰退するだけ。 国会はイラク派遣承認案強行採決に向けて一瀉千里。「まず派遣ありき」を示すのが、先遣隊の調査報告書のウソ。すでに総辞職し、存在しない「サマワ市評議会」をあたかも存在するかのように言及し、「市評議会があるから治安は安定している」とウソ八百のコイズミ答弁。さらに、先遣隊が市評議会の議長に会ったというのも大ウソだった。民主党議員が追及したら「議長代理」いや、「事務局長」……とコロコロ言い訳。しかも、防衛庁と外務省のやり取りを記録した文書には先遣隊がサマワで調査する前に、「サマワの評議会議長が自衛隊到着を歓迎」と記されていたという。報告書というよりも、自衛隊派遣の露払いをするために作られた「脚本」。防衛庁が取材規制する裏には、こんなデタラメの情報操作があるわけで、報道の自由がある今でさえ、この空恐ろしさ。 1月28日(水)晴れ 終日蟄居。83年のNHKドラマ「追跡」を見る。「女たちの反乱」の副題。 草刈正雄と原田美枝子の新聞記者コンビが主人公の3話シリーズの第二作。実直な大学図書館の司書が定年後に妻に離婚を申し渡され、その半年後に妻を絞殺する。なぜ、夫は妻を殺したのか。事件を通して、現代の夫婦関係、「私にも定年をください」と夫に迫る妻たちの実相に迫る。20年前はまだ未婚。ドラマを見ても実際問題として、その機微を実感できたはずがない。今見ると、「定年」の文字さえ身近に。きちんとした作り、俳優の演技。NHKもいいドラマを作っていた。宇崎竜童、三上寛も脇役で登場。なんといっても老夫婦を演じる千秋実・荒木道子の演技の見事なこと。 同じく83年放送、NHK「ブラウン管の一万日」は松本清張がナビゲーターを務めるドキュメンタリー。冒頭、映し出されるのは1960年10月12日の日比谷野音の立会い演説会。”人間機関車”と呼ばれた浅沼稲次郎・社会党委員長刺殺の映像。有名なシーンだが、テレビで流れるそのほとんどが刺殺の瞬間を切り取っただけ。だが、この映像は浅沼刺殺2分前、刺殺後の会場の騒然とした様子など克明に映し出す。17歳の山口二矢がテロを行う直前の浅沼の演説。 「現在、政府が憲法を越えた立法をせんとするものが大部分であります。もし、社会党がこれらの動きに対し、本気になって反対しなければ、日本は憲法改正、再軍備と進み、お互いの権利と生活は蹂躙される事態になるでありましょう」 浅沼刺殺から43年。その最期の言葉通り、テロ特措法、イラク新法など、憲法をないがしろにした法律が大手を振ってまかり通り、自衛隊は「日本軍」に、国民の権利は「国家を防衛するため」収奪されつつある。もし浅沼稲次郎が殺されなければ55年体制はどうなっただろう。歴史に「もしも」はナンセンスだが、個人の「テロ」が一国の命運を揺るがす場合もある。 夕方、タワーレコードでBoogaloobの「月のしずく」を購入。 古いビデオを点検していると、いつこんなのを録画したのかと自分でも記憶にない映像が出てきたりする。20年前の「おはようナイスデイ」で「小演劇」(小劇場演劇ではない)特集があり、ブリキの自発団の銀粉蝶、生田萬、第三エロチカ・川村毅、第三舞台・鴻上尚史らが取材を受けている。長髪痩身の川村、稽古場で「天井桟敷がやるんですよ、この身体訓練は」と言いつつ、「大滅亡」を指導している。一方、厳しいダメ出しをする鴻上。「演劇でメシが食っていければ」と語っている。自ら大隈銅像前でメガホン持って客の呼び込み。池田成志は今とほとんど変わらない。昨日、新感線の舞台で見たばかりなので感慨ひとしお。「劇団員」(20)として片桐はいりや明大卒業したばかりのエロチカ・宮島健が頭髪もふさふさで、照れくさそうにインタビューに答えている。つい昨日のことのように思えるのに、20年か……。 1月27日(火)晴れ IMEのバーが時間が経過すると使用不可能になるという不思議な現象。やがて真っ白になって燃え尽きるのだからなにやら暗示的。パソコンはわからない。 4.00退社。池袋へ。久しぶりに池袋のタワーレコードを覗いてみる。インディーズでも目ぼしいものなし。プシン「ライク・ア・サンシャイン・マイ・メモリー」1020円。コピーコントロールCDだが仕方なしに購入。コピーーコントロールの音の悪さは業界でも悪評ふんぷん。コピーされないために粗悪品を作る神経を疑う。奥村愛子のアルバムもCCCDなので見送り。もう一枚は「モダーン今夜」の「赤い夜の足音」。前から気にはなっていたが、買うまでには至らず、保留していたCD。収録の何曲かに惹かれて購入1680円。 PM7、サンシャイン劇場で劇団☆新感線「レッツゴー!忍法帖」。7500円。客席でグラフィック・エルディのS戸さんに声をかけられる。 ずいぶん久しぶりの新感線。オバカ・オポンチ路線健在。サンシャイン劇場でこれほどのばかばかしい芝居を見せてくれるのは彼らだけ。10年前とまったく変わらない呼吸とギャグ。壮大なオバカ・マンネリ芝居を嬉々として演じる古田新太、高田聖子の貫禄。あっぱれ素晴らしいの一言。10.00終演。11.00帰宅。 1月26日(月)晴れ PM5、帰宅。突発的な事態。田舎とのやり取りで8時過ぎまで。気が休まる時がない。親不孝のツケが一気に回ってきた……というべきか。 DELLから見積書届く。 1月25日(日)晴れ T田恵子さんの夢を見ていた。T田さんに久しぶりに会い、積もる話をしている。部屋は銭湯の隣のマンションで、衣類ロッカーの奥に穴が開いていて、そこが入り口のよう。彼女がそこに吸い込まれるように入っていく。それを見て、なるほど、体が細いからできることだなぁと感心している。はつらつとした笑顔。話が弾み、12時40分。その後の予定があるのに、それじゃあ、まだ話し足りないから、このままお話しましょう、と決まったところで目が覚める。8.30。いつもの休日ならあと2時間は眠りの中。惜しいことをした。 お昼、近所のかっぱ寿司。「華屋与兵衛」なら1万円は軽く飛ぶのに、その半額以下で昼食ができるので重宝。食後、子供と散歩ついでにダイエーのゲームセンターで軽くゾンビ・ゲーム。 帰宅してベータDVDダビング作戦。20年前のギャグが今の子にどれだけ通じるか、「おれたちひょうきん族」のビデオを見せる。今見れば、セットなど、ずいぶんお金がかかっていたものだ。さすがのたけし、さんまの掛け合いも今の子には間が長いと感じられるようで、クスリともしない。というか、ひょうきん族のギャグはオトナ向けだったのか。 夕方、映画「なごり雪」を見る。「まさか50歳になるなんて思いもしなかったよな」と三浦友和とベンガル。中学生の少女・雪子と二人の高校生の28年。死にゆくマドンナの枕もとで立ちすくむ中年の男たち。伊勢正三の歌の歌詞をそのままセリフにするというのはちょっと……。「雪」というモチーフにこだわり過ぎて、作りすぎ。設定にムリがあり、いまいち感情移入できず。 1月24日(土)晴れ 3.00、仕事を終えて博品館劇場へ。「ボーダーレス3」のつもりだったが、勘違い。1.00開演だった。蘭香レアのダンスを楽しみにしていたのだが。5.00の回を見ていたら次の予定に間に合わない。そこつ者……。 仕方なく、秋葉原でPCとMDを探索。娘のMDが壊れたので、どうせならと1ビットMDを購入。 7.00、森下駅の改札で小松K彦とばったり。ガラスの動物園の稽古を森下スタジオでやっているので、その帰り。電話しようと思っていたので、その偶然にびっくり。通し稽古が終わったばかりで、稽古はまだ9時まで続く。 ベニサンピットで「エンジェルス・イン・アメリカ 第二部ペレストロイカ」。開演前に北川T園氏とおしゃべり。暮れの餅つき以来。年始は友人の葬儀が重なって大変だったとか。今日は午後2時から第一部・第二部連続で観劇。ほぼ半日、ベニサン周辺にいるわけで、さすがにお疲れの様子。 赤狩り・人種差別・ローゼンバーグ夫妻の死刑画策を行い、リベラル派からは史上最悪の反動と呼ばれる政財界の黒幕ロイ・コーンに死期が近づいている。ーーエイズ。同性愛者を排撃し、反動政策を行った人物が実は同性愛者であり、エイズで晩年を迎えるという皮肉。書記官の妻は相変わらず幻想の世界に生きている。書記官の愛人はエイズで瀕死の床。彼の前に天使が現れ、「預言者たれ」の指示。幻想と混沌、破壊と沈黙、新しい世界はやってくるのか。 未来にかすかな希望を見出しながら舞台は終わるが、いまだにエイズは死の病であり、世界中で爆発的に増え続けている。ペレストロイカによる民主的社会主義の実験に期待を持った時代は終わり、ソ連崩壊後のアメリカ一極集中はさらに進み、9・11以降、その帝国主義拡大は世界を恐怖させるまでに至った。その意味で、「エンジェルス・イン・アメリカ」には第三部が書き加えられる必要があるのだろう。 終演10.45.長時間の舞台だが、繰り返されるカーテンコールが苦にならないという不思議。若く躍動感にあふれたカンパニーをねぎらうにはカーテンコールが一番。客席にK山民也氏の顔。 K井絵瑠さんに挨拶して帰宅の途。0.10帰着。 1月23日(金)晴れ PM7、銀座。ル テアトル銀座で「鹿鳴館」。平幹二郎、佐久間良子、平岳大の元夫婦・親子共演が話題になった舞台の再演。三島戯曲らしい流麗な台詞劇。ビジネスマンから転身したという長身の岳大。蛙の子は蛙か。若い頃の平幹を髣髴とさせる色気を漂わせる。互いに背を向け合う仮面夫婦。妻が愛したのは夫の政敵。実の父とも知らず命をつけ狙う青年。鹿鳴館に響き渡る一発の銃声……。豪華絢爛の舞台美術・衣装。ダンスの場面で使われる円舞曲は「卒塔婆小町」と同じだが、指定があったのだろうか。 休憩15分挟んで10.00まで。 11.00帰宅。 1月22日(木)晴れ 今年一番の冷え込みかも。 4.20、K記念病院で鍼。有楽町のビックパソコン館に寄り、DELLの製品を見積もり。オンライオンよりも店頭のほうが5000円安いというが……。スペックを比較すると、メーカー製品よりもDELLの方が安いはず。しかし、いまひとつ踏み切れず。 7.00帰宅。鯛のアラ煮がおいしい季節。 民主党・古賀潤一郎議員のHPが抗議殺到で閉鎖されたとか。「学歴詐称」問題がそんなに重大事か。トリビアなことをさも重大な事件に仕立て上げるのはまるでつかこうへいの「熱海殺人事件」。辻元清美の秘書給与問題と同根。国民にとって本当に重大な事柄は「問題」にされず、重箱の隅をつつくような瑣末な事ばかりクローズアップされる。コイズミCIAの罠。 1月21日(水)晴れ 久しぶりに朝まで熟睡。子供の頃は、どんなにイヤなことがあっても翌日目が覚めるとケロリと忘れて、新しい一日が始まったものだが、大人になってはそうもいかない。あの無邪気な時代。 ビデオに入っていた「無邪気な関係」を見る。1984年の作品。三上博史が出ていた。これがテレビドラマのデビュー作か……。ビデオのアーカイブス作りをしていると、20年前にタイムスリップしたような奇妙な感覚。CMが一番時代を反映している。真田広之と子役時代の小林綾子が共演しているのを見るとなおさら。 それにしても、今はまったくといっていいほどテレビを見なくなったのに、あの頃はテレビ漬けの日々だったんだ。 1月20日(火)晴れ 仕事を終えて、秋葉原へ。パソコン新商品を見る。今使っているパソコンはOSを再インストールしても、またすぐに調子が悪くなる。ハードディスクがダメなのか。思い切って買い換えようかとも思うのだが……。試験前に部屋掃除をする受験生の現実逃避の心理と同じ? PM7、ベニサン・ピットで「エンジェルス・イン・アメリカ 第一部ミレニアム」。麻実れいの初演版は未見。アッカーマンの演出はテンポよく、若い俳優陣の演技の切れもいい。休憩2回を挟んで3時間15分を飽きさせず。若いカンパニーの中ではやはり山本亨が突出した演技。中川安奈も幻想に生きる妻役を好演。エイズと政治と幻想のアメリカ。天使の造形もいい。 客席にいた七字さん、M新聞の高橋さんに挨拶。 10.15終演。下車駅まで高橋さんと。この前の「だれか、来る」のことを高橋さんに振ると、「あれはちょっとつらい芝居でしたね。周りの演劇評論家・関係者もほとんど居眠りしてました」「単に嫉妬深い夫の話でしょう。それをあの間の長さでやられたら……」。そうか、睡魔に襲われても仕方なかったのか……。 11.30帰宅。 合併で誕生したばかりの香川県東かがわ市で、昨年11月に、市議を24人に減らす出直し選挙が行われた。その選挙と市町村合併問題を問う毎日新聞朝刊「記者の目」。 旧3町の町議42人が、合併特例法の「在任特例」でそのまま横滑りして市議になったことに対して市民から「税金の無駄遣い」との異議が出て、リコール成立したという。 合併した新設市の場合、旧自治体の議員は任期を最長2年延長できる。その「議員へのアメ」に対して、住民が反発するのは当然。「行政改革」のための「自治体統合」なのに、逆に議員が増えるのでは本末転倒。議員の合併への反発を抑えるための「特例」なのは見え見え。アホらしい。法定合併協議会が形式的なものであり、真の民意が反映されたものでない証拠。「まず合併ありき」を前提とした合併推進がいかにインチキで胡散臭いものかを示すいい例だろう。 1月19日(月)晴れ 新美南吉の童話集を読むと、今の日本が新見の生きた時代と地続きだということが信じられなくなる。平易なことばで紡がれた童話の、なんと豊かな感情表現。あいにく「手ぶくろを買いに」以外に新美南吉の作品を読んだ記憶はないが、子供向けの平易な文章の中に、鋭い人間批評が込められていることに驚く。 仲間と一緒に半里離れた町に、夜祭見物に出かけた7人の少年たち。その中の一人・文六ちゃんは、一人っ子の甘えん坊。仲間はそんな文六ちゃんを庇護し、下駄屋で、文六の母親から頼まれた下駄を買う。そこに居合わせた腰の曲がったおばあさんが「やれやれ、どこの子だか、知らんが、晩げに新しい下駄をおろすと狐がつくというだに」と言ったことから、少年たちの間に、次第に「文六ちゃんに狐がついたのでは……」という不安が生まれる。子供の複雑な心理を描写するのに難解な言葉はいらない。平易な言葉が少年たちの不安や母親の情愛を見事に活写する。少年の不安、孤独、慈しみ……。帰宅した母親に、「自分が狐になってしまったらお母さんはどうする?」と訊ねる小さな魂に、やさしく答える母親の深い情愛に満ちた言葉。 この新見南吉の童話に描かれた子供の世界、大人の世界はどこに行ってしまったのだろう。 早めに帰宅。家族が誕生日を祝ってくれる。友人、親戚、家族ーーこんなにも自分を気遣ってくれる人たちに囲まれてなんと幸せなことか、と素直に思う。 1月18日(日)晴れ 10.00起床。ここ1週間の抑うつ状態からようやく脱することができるか。 ベータビデオのダビング。唐十郎のNHKドラマ「匂いガラス」をDVDに焼く。保存状態がいいので、かなり鮮明。オープニングの主題歌が流れた瞬間、唐十郎の幻想の世界に連れ去られる。中島みゆきの主題歌は、「安寿子の靴」とともに「フェアリーテイル」におさめられているが、ラジオドラマ「冒険ダン吉の冒険」で使われた唐・中島みゆきのデュエット曲はたぶん、どこにも収録されていないはず。テープはT中容子に貸したまま20年。あの名作はいまどこに。 「青が散る」はテープがよくないのか、音・画面ともノイズ。石黒賢、二谷友里恵のデビュー作であり、佐藤浩市、川上麻衣子らが出ていた。これも83年の放送。 午後、家族で、近所にできた百円回転寿司に。 1月17日(土)晴れ 関東に雪の警報があった割にはお昼頃、ちらほらとぱらついただけ。 午前中で仕事を切り上げ、日比谷の音楽ホールへ。午後から行われる娘のピアノ発表会。外で昼食。制服姿の娘と一緒に歩いていると、なんだか周りの視線が注がれるように感じるのは気のせいか。 0.50日比谷から帰宅、とんぼ返り。2.50、再び日比谷。ビデオを取りに会社へタクシー往復。3.20、発表会。出番をビデオで撮影した後、また会社に戻り、後片付け。 5.00から吉祥寺のレストラン「Kuu Kuu」で芥正彦氏のロルカ朗唱。アルファエージェンシーのB代氏に誘われていたので、行きたかったのだが、時間が間に合わず断念。伝説の芥氏の朗唱はグローブ座以来か。 6.00、渋谷駅南口。Mさんと待ち合わせ。7.00から「汀」のAさんの閉店記念飲み会が沖縄料理の店「シーサーズ」で。ちょうど店に入るところでAさんと遭遇。一番乗りに。 Aさんの場の取り持ち上手のため、各自にぎやかに交歓。たった2回しか顔を出したことのない新参者にもかかわらず、みなさん非常に良く遇してくれる。元A新聞のK氏、謎の俳人K氏らと歓談。K氏はもちろん、皆さん、寺山修司のことをよく知っており、しかも好意的。参加者の人数の割合からいえばこれは驚異的。 10、30、Mさんと一緒に駅まで。盛り上がっている場を去るのは残念だが、電車がなくなる。駅でMさんと別れ、家路に。 1月16日(金)晴れ 依然、新聞読めず。朝の気分の重いこと。それでも、いろんな人に助けられて、なんとか一筋の光。 予定に入れていたので、仕事を終えてから三軒茶屋。PM7、パブリックシアターで「だれか、来る」。「21世紀のベケット」と称されるヨン・フォッセの作品を太田省吾が演出。品川徹、荻野目慶子、綱島郷太郎の出演。海辺で暮らす二人の男女。訪れる一人の男。懸命に3人の会話に耳を傾けようとするが、疲労のためか睡魔に襲われ、意識は途切れがち。ほとんど舞台に集中できず。申し訳ない。制作の森さんに挨拶して帰宅。 1月15日(木)晴れ 一日中欝。帰宅後、ビデオをダビング。山田太一の「真夜中の匂い」。1984年放送。林隆三と中村久美、紺野美紗子、岩崎良美の3人の女子大生の奇妙な出会いと関係。 1月14日(水)晴れ 一日中、各所に電話。 1980年頃の「離婚ともだち」最終回が出てきたのでつい見入ってしまう。藤竜也、大原麗子、田村正和。まだデビュー間もない浅野温子も。今思えばトレンディードラマのはしりだろう。脚本は福田陽一郎。この頃のドラマは「大人のドラマ」。いつかこんなオトナになりたいと思って20年? 近づけば遠ざかる逃げ水のようなもの。自分の「オトナ」はどこにあるのだろう。ドラマを見ていたら、元新宿梁山泊の秋元さんが出ていたのでびっくり。この頃はテレビ、映画で女優として活躍していたのだ。不思議な気分。 1月13日(火)晴れ 昨夜は早めに床についたものの、夜中何度も目がさめ、熟睡できず。時間通り起きたが、会社に行く気になれない。ふとんから出るのが億劫。新聞を見る意欲がない。自分で抑うつ状態という自覚があるだけまだましというものか。 2つ電車を遅らせてなんとか会社へ。仕事をこなし、午後早退。2.00、横浜の叔母の家に。5年ぶり。ずいぶん無沙汰をしている。それでも変わらずやさしく受け入れてくれる叔母一家。田舎の親戚付き合いの難しさを実感しただけに感慨ひとしお。 4.20、御茶ノ水。K記念病院で鍼治療。暮れから新年にかけてかなりひどい状態だったが、今日は良好。なぜなのか。 7.00、三軒茶屋。シアター・トラムで、グループる・ばる「片づけたい女たち」。永井愛の作・演出。 舞台は引きこもり女性のマンションの部屋。冒頭、心配した2人の友人が訪れると、そこは一面「ゴミの山」。衣類、食器、本、書類ーー舞台中に積み上げられたモノの数々。あまりの乱雑さに客席は一瞬の間。それが次の瞬間、どよめきと笑いに転化する。2人の計ったような呼吸がうまい。 引きこもり女性は岡本麗。訪れた友人は松金よね子と田岡美也子。この3人の息の合った芝居で50を越した女、それぞれの人生が次第に浮かび上がっていくわけだが、50歳といえば、自分が20歳の頃には、はるか彼方の世界、「もう人生おしまい」の世代と思っていたのだが、ほどなく自分もその世界に近づいているわけで、感慨深いものがある。 岡本麗、田岡美也子を初めて見たのが70年代のにっかつロマンポルノ。当時は小劇場の女優や男優がよくロマンポルノに出ていた。18の時に十条銀杏座で見た「真夜中の妖精」の風間杜夫はその中でも大好きな俳優だった。渋谷・西武の靴屋で偶然見かけ、握手してもらったことがあるが、気恥ずかしそうな笑顔が忘れられない。今考えると、まだつかこうへいの芝居に出る前だったわけだ。一般的には「売れない役者」時代。いきなり握手を求められて驚いたのだろうか。 さて、「片づけたい女たち」。テレビの公開収録のような「笑いすぎ」の女性観客が多いことに最初は違和感を覚えたが、具体名が出ず、「あれ、それ」を連発する50代女性の会話の「間」のあたりから、次第に心が開放されてきて、永井ワールドへ……。 ミステリーめいた電話のナゾは途中で察しがついてしまったが、それは些事。50代女性へのエールと人生賛歌、そして痛みーー舞台を貫く骨太な笑いは永井愛ならでは。どん底から一筋の光明を得たような気持ち。すぐれた笑いは癒しになる。 終演後、永井さんに挨拶して帰宅。 1月12日(月)晴れ 7.30起床。父は5.00から目が覚めているようで、階下に降りると薪ストーブの暖かさが部屋を包む。小屋の薪も残り少なくなり、2月中旬には尽きてしまう。どの家でも今は床暖房が完備されており、薪ストーブを使っている家庭は皆無に等しい。最後の薪ストーブ。 子供の頃、薪ストーブの側面に餅を押し付け、即席の”カンナくず”餅にして食べたものだが、今は誰もやらないし、できない。 マッチの燐を削って銀紙でくるんでストーブの上に置き、ロケット遊びをしたことも。ストーブに連結した湯沸しの中にりんごを入れて、煮りんごにしたり、ストーブの上に置いて焼きりんごにしたこともはるか昔の時代。りんごをストーブの上に置くと、熱で腰を振る。それを称して「りんごがダンスを踊っている」と1950年代の子供は言ったのだった。 9.20、従姉のK夫婦の車でM市まで送ってもらう。途中、路面が凍結している場所、すっかり溶けてしまった場所、町によって大きく異なる。同じ郡部でも気象条件は大きく違う。 予定より早めに着いたので、友人のBに会っていこうと下車。そのあと、ほどなくして、従姉のTさんが来てくれて、駅まで。からりと晴れたM市の空。友人、親戚ーーみんなの好意のありがたさを思うと、その空のように心が晴れやかになる。 11.11、S駅発の電車で家路に。新幹線は指定席売り切れのため、立ち通し。しかし、頭の中は難問山積の堂々巡り。退屈している暇はない。4.30帰宅。 電車の中でP・コーンウェル「黒蝿」読了。またしても壮大な「予告編」の趣。 1月11日(日)雪 朝目覚めると外は一面の雪景色。朝食後、従兄に挨拶してお先に駅へ。8.50の電車でN駅へ。そこから乗り継いでS駅へ……のはずが、席に座り、発車の時間待ちをしているところに後ろから「○○さん?」。振り返ると友人のN谷さん。出発前に連絡を取ろうとしたのだが、慌しく、それっきりになっていた。そのN谷さんが、母親を見送りに来ていたところに遭遇したわけで、その偶然にびっくり。私の姿を見て、わざわざ入場券を買ってホームまで来てくれたという。感謝。N谷さんの車に、その従弟、同じ職場のN村さんと同乗し、一路実家へ。時々、吹雪がフロントグラスを襲い、視界が数bに。雪道の怖さ。 12.30実家に到着。 4.00親戚が引き揚げ、父と2人に。兄弟姉妹の前では気丈さを装う父も、子供の前では気弱な顔に戻る。 夕食・お風呂を用意。7.00、お世話になっている親戚回り。外は真っ暗、身を切る寒さ。風を受けた電線がビュービューと音をたて、真っ暗な海からは地響きのような海鳴りの音。冬場に帰ることはほとんどない。灯りの消えた町を歩いていると、どこか知らない町に迷い込んだような不安と心細さに襲われる。 子供の頃、吹き溜まりのできた町の辻々。息もできないくらい吹きつける風の中、ヒナ鳥が隠れるように、母親の角巻の中に入って通った凍てつく町。この同じ時間、都市では昼のように煌煌と灯りがつき、携帯を持った若者がごった返している。ここで生まれ、一歩も外に出なかったなら、テレビに映る都会の光景にはリアリティーが持てないに違いない。それほど、自分の日常とは隔絶している。 帰宅し、10.00には就寝。寒々とした部屋。何度も目がさめ、寝付かれず。 1月10日(土)晴れ 1.10の新幹線でH市へ。4.20、乗り継ぎがうまく行けば今夜には家に到着するが、長年無沙汰をしている叔母、従妹に会いたくなり、下車し電話。車で迎えに来てくれた叔母と9年ぶりの再会。夜、従妹・旦那さんたちと痛飲。子供の頃に可愛がられ、一番なついていた叔母。長年会わなくても、気持ちが通じ合う。10.00、たまたま近くに来ていた従兄夫婦と駅前の温泉旅館へ投宿。深夜1.00就寝。 1月9日(金)晴れ 底冷えのする朝。まだ暗い道を駅に向かう心細さ。 5.00、パルコの「ベント」をキャンセルして帰宅。 1月8日(木)晴れ 4.00退社。理髪店に寄って帰宅。ビートたけし主演の「金の戦争」をダビング・DVDに。3倍速で録画していたので、画質は良くないが、鑑賞には耐える。この頃のたけしはいい。 五木寛之氏が「ビデオを早回しするようにこの国の行く末を早く見てみたい気持ちになる」と語っていたが、人間には高い吊橋から濁流を覗き込んでいるうち、そこに身を投じたいという欲望に憑かれることがある。危険への誘惑。もしかしたら、今の日本人はこの吊橋の誘惑にとりつかれているのではと思えてくる。 コイズミ首相になってからの急激な右旋回になすすべもなく佇み、思考停止状態に陥っているマスコミ、生活が逼迫しても、相変わらず改革幻想のコイズミを支持する国民の多くは、この危険な誘惑にかられているのだろう。「戦争だろうが、破滅だろうが、この先に何が待っていようと、今の”現実”が変わってくれれば」ーーそう願う大衆心理。 ジャーナリスト・斎藤貴男氏によれば、法成立の過程であれほど「強制はしない」と強弁したはずの「日の丸・君が代」の現場での強制力はすさまじいものになっているという。 一例をあげれば、都立高では「君が代」を歌わない・起立しない教師に対し、都教育委員会から派遣された役人が取り囲み、事実上の「強制斉唱」を指導しているという。戦中の「非国民吊るし上げ」と同質の恐ろしい光景。 85年に、当時の首相・中曽根康弘が初めて公式参拝した靖国神社に、今年は遂にコイズミ首相が初詣。「初詣は日本の習慣」とウソぶいて、かつて侵略した中国、韓国、東南アジア諸国の国民感情をナメ切った口ぶり。 中曽根靖国参拝の際、「諸外国には国のために倒れた人に感謝をささげる場所がある。それがなくてだれが国に命を奉げるか」と発言した。イラク派兵が決まって、コイズミが靖国参拝を強行した目的は明白。国家守護神社としての「靖国」の復活祈願にほかならない。イラクで死ぬ(可能性の高い)自衛隊員をまつる神社として。なんという姑息。それにしても、これほど右翼体質丸出しの政権がこれまであっただろうか。それでもコイズミ人気は衰えない……。 1月7日(水)晴れ 11.00起床。DVDにしようとVHSからダビングした「夢みた旅」を見る。1991年のNHKスペシャルドラマ。ぐいぐい引き込まれ、とうとう最後まで。野沢尚・作、三枝健起・演出。ベトナム人少女と壁絵のペイント作業員の心のふれあいを、宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」をベースに描いたドラマ。録画しておきながら、10年以上も見ていなかった作品。そのクオリティーに圧倒される。いまやこんな上質なドラマ見ようと思っても見られない。NHKも作れないだろう。 主演の東山紀之が初々しく、織本順吉、左時枝らが脇を固める。最後のキャストを見たら、新宿梁山泊の役者たちが多数出ている。それに元月蝕歌劇団の津田卓也の名前も。懐かしい。 午後、子供と羽根つき。昔の遊びをやるのが宿題とか。羽子板に羽根。カーンカーンという音が小公園にこだまする。バドミントンと違ってサスペンションのない羽子板は打ち合いが続かない。6回が最高回数。それでもうれしそうな子供の顔に心がなごむ。 PM3、歯医者で定期ケア。歯石・歯垢落としにゴムブラシという新技術導入。 PM4、タワーレコードでCD物色。その後、整骨院でマッサージ。 PM5.30、帰宅。 1月6日(火)晴れ 6.30、出社。しかし、今日が仕事始めの若手は1時間遅刻。それでも悪びれた風はない。世代の断絶と言ってしまえばそれまでだろうが、20数年勤めていても、仕事始めは緊張で前の晩、眠れない世代とは別の世界の生き物のよう。 会社の新年会。以前なら銀座のホテルで行われたものだが、ここ何年かは会社のフロアが新年会場。景気低迷の余波。 PM5からの新年会を待てずに退社。3.40、御茶ノ水のK記念病院へ。耳の内科検診。異常なし。暮れから鍼治療をサボっているせいか、このところキーンという耳鳴りが大きい。鍼の効果がどれほどのものか疑問に思い(1回4000円という高額でもあり)、いっそ鍼治療をやめようかと思っていたのだが、鍼治療による効果はあったのかもしれない。また通わなくては。しかし、いつまで……。 PM6、新宿。ヨドバシカメラでパソコンソフトを物色。 PM7.30、シアタートップス。ラッパ屋久々の公演「裸でスキップ」。受付でY家さんに挨拶。 今回は老舗の家具工房が舞台。不渡りを出し、明日にも倒産しそうなこの工房の職人たち、中でも腕のいい椅子職人の女の子(三鴨絵里子)の奔放な生き方にスポットを当てた集団ドラマ。バラバラに活動してきたメンバーが久しぶりに一堂に会すわけで、鈴木聡の脚本も、役者一人ひとりに気を配った構成。普段はなかなかセリフをもらえない武藤直樹(元蟷螂)が珍しくピンの芝居をしているのになんとなく感動してしまう。「ぬるい笑い」といえばそうなのだろうけど、役者たちの背後にあるアットホームな息遣いが伝わる好舞台。 終演後、後ろの席にいた江森さんと一緒に駅まで。「10日の温泉主義に参加できるか微妙」と伝えておく。 「時として個人的事情の前には革命も空し」とつぶやいたのはだれだったろう。党派と恋愛の相克の前に自死した「青春の墓標」の奥浩平だったか。 11.00帰宅。 1月5日(月)晴れ 仕事初め。昨夜は睡眠薬代わりに風邪薬を服用し就寝。それでも朝3時頃から何度も目が覚め、断続的な睡眠。何十年たっても仕事初めというのは緊張する。遅刻してはいけないという強迫観念で、睡眠不足。会社はいつもの年始の風景。懸案事項があると、そればかり気になり、仕事の意欲も湧かず。4.00退社。 5.00、駅前の不動産屋の物件看板を眺めながらため息。6.00帰宅。不思議なことに、正月休みの間、あれほど悩まされた肩と首・腕の痛みが今日は消えている。なぜだ? 鎮痛剤が効いてるのか、それとも、バンテリン効果? 1月4日(日)晴れ 最近、首から右腕にかけて痛みとしびれがある。頚椎からきているのは首を倒すと痛むことからわかるが、夜寝ていても痛みがあるというのはつらい。起きているときはさほどでもないが、寝ると首に負荷がかかるためか。今日は終始、肩・腕に痛みがある。イヤな感じ。 朝からパソコンの復旧作業の続き。ネット関係の動きはよくなったが、音が出なくなったり、DVDは相変わらず、とことどころコマ落とし再生になるなど、不具合。 結局、正月とはいっても、パソコンと格闘したり、DVDを焼いたり、雑事に追われた日々。 明日からはまた仕事と思うと心底ウンザリ。普段は感じていないのに、長い休みがあると、いつも思ってしまう。よくもまあ、朝4時台に起きて、会社に行き、帰りは11時過ぎが週3回という生活をしているものだ……と。尋常じゃない。出社拒否の新入社員のような気分。ああ、会社に行きたくない…。 1月3日(土)晴れ 家族でキダムを見に行く予定だったが家人の体調不良で、娘と二人で行くことに。せっかく買ったキップがもったいない。電車は初詣客のため、普段より混雑。正午、原宿着。時間があるので、屋台のたこ焼きを買って食べる。1.00〜3.30、キダム。今回は斜め後方からの観劇だったので、だいぶ印象が違う。やはり正面から見ないと感動は薄まるものだ。見る位置によって観客の受け止め方が変わる。これは普通の舞台でも同じだろう。同じ芝居を見ていても、その客席の位置で好悪の印象は変わる。 原宿・竹下通りを娘と腕を組んで散策。いや、散策というノンビリしたものではなく、人波を押されながら移動しただけというほうが正しいか。 6.30帰宅。 再度、再インストールに挑戦。今度は3月のバックアップデータを完全に再インストールして、そこから必要な住所録とメールアドレスのみを抽出・保存。 で、なんとか住所録とアドレスは復旧したものの、メールはすべて消去され、跡形もない。これまで数年間の手紙がなくなるわけで、悔しい。 午前2時までかかって、ほぼ元の環境に復旧。サクサクとよく動くこと。インターネットのページをめくるのに3分もかかっていたのがウソのよう。 1月2日(金)晴れ 終日家で過ごす。午後、義母たちが帰る。夕方、思い切ってパソコンのOS再インストールに着手。データを退避。外付けHDDにバックアップを取ろうと思ったが、80ギガのHDDはすでに目いっぱい。マイドキュメントをコピーして保存。OSを再インストールして、インターネット接続ツールなどを再インストール。なんとか成功。ところが、メールアドレス、はがきスタジオの住所録がすべて消えてしまう。3月にバックアップをとったデータを復元しようとするが、ダメ。 どうしたらいいものか。 1月1日(木)晴れ 9.00起床。11.00、神社に初詣。境内の両脇に並ぶ露店の中に今年は外国人の顔。最近見かける、肉を吊るしてスライスする流行のスタイル。お焚き上げもダイオキシン対策とのことで、プラスチック類を選り分ける係が3人。参拝客が勝手に持ってきたお守りなどを火にくべてはいけないとのこと。時代と共に、初詣の光景も変わる。暖冬のため、コートなしでも寒さは感じない。重装備で行ったら肩透かし。 いつものように、綿飴、おやきを買って家路に。行き帰りタクシー。 2.00帰宅。量販店に行って、S端子変換プラグを一個(900円)。 3.30、義母と義妹が年始の挨拶に訪問。 たまのお客さんに下の子のはしゃぐこと。私が子供の頃は三世代一緒に住んでいたので、家の中に人が多いとなんとなくホッとする。 9.00、宵っ張りの家人もさすがにきょうは早寝。 11.45までビデオ→DVD作成。フランキー堺のオリジナル版「私は貝になりたい」、南條玲子の「ポルノ女優小夜子の冒険」など秀作ぞろい。竹下景子の「モモ子シリーズ」や「小夜子シリーズ」は脚本家の松原敏春が多く手がけていたことに初めて気づく。舞台の脚本家というイメージだったが……不覚。 データもなるべく完璧を目指そうとすると、一日に数枚しか作れない。これではいつまでたっても棚のビデオは整理できないので、思い切って簡略化。CMもカットせずDVDにしようか。 フランキー堺の名演技と岡本愛彦ら当時のスタッフの熱意が伝わってくる「私は貝になりたい」。気のいい市井の床屋さんが召集され、上官の命令で敵の捕虜を銃剣で突き刺す。そのことで、戦後、BC級戦犯に問われ、絞首刑にされる。同じ戦犯でも最上級のA級戦犯で許されて首相になった人もあるというのに、一兵卒たちは無残に死刑になる。どんな時代になってもその構造は変わらない。「今は民主主義。戦争も民主主義的に遂行できる」とバカな考えを持たない方がいい。戦争で犠牲になるのは常に社会的弱者であり、市井の人々。 フランキー堺が妻と子に宛てた遺書は次の通り。 ふさえ、賢一さようなら。お父さんはもう二時間ほどしたら死んでいきます。お前たちと別れて遠い遠いところへ行ってしまいます。 もう一度逢いたい、もう一度みんなで暮らしたい。 許してもらえるのなら手が1本、足が一つもげてもいい。お前たちと一緒に暮らしたい。でも、もうそれもできません。せめて生まれ変わる事が出来るのなら。 いいえ、お父さんは生まれ変わってももう人間になんかにはなりたくありません。 人間なんていやだ。 牛か馬の方いい。 いや、牛や馬ならまた人間にひどい目にあわされる。 どうしても生まれ変わらねばならないのなら、いっそ深い海の底の貝にでも……。 そうだ貝がいい。 貝だったら深い海の底の岩にへばりついているからなんの心配もありません。 兵隊にとられることもない。戦争もない。 ふさえや賢一のことを事を心配することもない。 どうしても生まれ変わらなければならないなら、私は貝になりたい……。 |