| 2月29日(日)晴れ 躰道の稽古を頼み、今日は一日、家でごろごろ。体力を温存しておかないと。 2月28日(土)晴れ 久々の仕事場。同僚一人ひとりに、休んでいる間の仕事のサポートへの感謝と侘び。 狭い部屋で(意識的に)世間と隔絶した生活をしていると、世の中の動きが見えなくなっている。 ヤフーBBの個人情報漏洩犯が政権与党の同根・巨大宗教団体に所属する裏工作員だったというのも、一般紙やテレビでは一切報じないから、まったく寝耳に水。共産党盗聴事件の実行犯と同一人物だというから、ヤフーBB漏洩も、宗教団体が選挙での票獲得をにらんだ確信行動といえなくもない。 本来の目的を外れて、日本の裁判員制度が、裁判員自身への罰則を強化しているのは不気味。裁判で知りえた事実を公表すれば懲役刑もあるとか。確定した裁判結果、たとえば、表決が割れて、「自分はあの人が犯人だと思わなかった、反対した」としても、そのことを、漏らせば懲役になるのでは、その人は一生、自分の心の中の闇と葛藤しなければならない。裁判員に選ばれただけで、そんな重荷を一生背負うなんて理不尽すぎる。裁判員は被疑者じゃない。「日本にも陪審員制度を」と声をあげた文化人・学者の意図とはまったく別な道筋を作る。いつもの官僚・政治家のやり口。 PM1、博品館劇場で「うた会」。剣幸芸能生活30周年記念。ゲストは去年と同じく、平澤由実と伊東恵里。どんなに華があり、技術があっても年齢の壁は次第に立ちふさがる。宝塚のトップスターだった剣幸、好きな女優さんではあるが、若い才能の前には、やや分が悪く見えてしまう。それにしても伊東恵里のみずみずしく伸びやかな歌声のすばらしさ。去年も感じたが、今年はさらにスケールアップ。ついつい彼女に見とれてしまう。吉川徹の構成・演出は出演者への愛情に満ちあふれ、最良の出来。朗読テキストはポール・ギャリコの「雪のひとひら」。一片の雪の運命に人間の一生を重ね合わせた詩。心にしみる。 6.00、帰宅。さすがに初日はセーブしないと。 2月27日(金)晴れ 復調。麻原判決の日。予想通り死刑。仕事場はてんやわんやだろう。こんなときに家で休んでいると逆にやきもきして、精神衛生上よくない。地下鉄サリン事件のときはちょうど休暇で家にいた。同じ通勤地下鉄。あの日、出社だったらわずかの差で自分が被害者になっていたかもしれない。一瞬にして断ち切られた多くの生命……。少なくとも自分の言葉をなんら発しない以上、今の麻原に死を許したら「殉教者」になってしまう。エセ殉教者を生んだら殺された人たちが浮かばれない。 この「休み」の間に見たビデオ。「それからの冬」「春までの祭」「男たちの旅路スペシャル 戦場は遥かになりて」「大市民」「事件記者」「Z」。なぜか山田太一ものが多かった。 コスタ・ガブラスの「Z」は30年ぶりか。実際の事件をもとにしただけに、ギリシャでは上映禁止されたいわくつきの映画。10代の終わり頃、松本清張の作品を片っ端からむさぼるように読んでいた時期だから、この政治謀殺劇にもいたく心を動かされたものだ。 CIAが後押しをするギリシャの極右政権によって暗殺された平和運動家と野党議員。さまざまな妨害を撥ね退け、真相を追究する予審判事。カメラマンの撮った写真や市民の証言を元に、次々と新事実を発掘、ついに警察や軍の黒幕たちを起訴する。しかし、裁判が始まる前に7人の証言者は次々と不審死を遂げる。そして裁判も軍関係者は不起訴に。この結果に国民の怒りが巻き起こり、政府は総辞職。選挙で野党が圧勝、極右政権は転落すると思われたが、急転直下、軍のクーデターで軍事政権が樹立。判事は解任、野党議員は殺され、事件を追及した人々は流刑、不審死、懲役……。 十代の自分には衝撃的な映画だった。しかし、今見ると別な意味で気分が滅入る。この映画に描かれたことが今の日本で起こらないと、誰が言えよう……。 映画のラストでテロップが流れる。 「軍事政権が禁止したもの−−長髪、ミニスカート、ソフォクレス、トルストイ、エウリピデス、ロシア式乾杯、ストライキ、アリストファネス、イヨネスコ、サルトル、オールビー、ピンター、言論の自由、社会学、ベケット、ドストエフスキー、現代音楽、ポピュラー音楽、現代数学……そして『Z』の文字。なぜなら、古代ギリシャ語で”彼は生きている”(IL EST VIVANT)を意味したからだ」 ここにきて、「Z」の意味を実はずっと失念していたことに気づく。 「彼は生きている」、つまり、民衆の心にある「自由と平和への希求」の象徴だったのだ。こんな重要なことをなぜ忘れていたのか。 それにしても、イブ・モンタンとジャン・ルイ・トランティニアンの渋くカッコいいこと。日本の映画が安っぽくなったのは「映画俳優」がいなくなったせいもある。テレビでチャラチャラする役者の映画を誰が見たいと思うか。 2月26日(木)晴れ 自動販売機が空く順番を待っていた。目の前の女の子が100円玉を入れようとしたらなかなか入らない。彼女がどいてくれたので、自分の100円玉を入れると、ファンファーレが鳴り響く。自動販売機のガラスケースの中で、小さな三角くじのような当たり券が何百枚も舞っている。「これだけのくじが当たったのは生まれて初めてだ。何が当たったんだろう」と思って、自動販売機を開けると、そこはサーカステントの二階桟敷になっていて、無数の黒いTシャツ、黒い作務衣が吊るされている。これが当たったのか。家に持ち帰るにしても、これだけの量。ごみ袋何十枚も必要だなぁ、近くにコンビニがあるだろうか……と困っている夢を見ていた。はためく何百枚もの黒いTシャツ、何の象徴なのか。あまりいい夢ではなさそうだが。 何日もうだうだと寝たり起きたりしていて睡眠は足りているはずなのに、夜寝ると朝9時過ぎまで目が覚めない。健康な人であっても、入院生活をすれば、体に変調をきたす。半ば、隔離されたように自室で寝起きしていると、たかだかインフルエンザ以上に気の病が起ころうというもの。 病気や心身の悩み・衰えに人間はなんと弱いものか。気力充実しているときには思いも至らない、悲観的なことしか考えられなくなる。自殺した著名な方々の中には不審死ではと思われる人もいたが、病気や精神的な追い詰められによって人間の心はガラリと変わる。「まさかあの強い人が」という人が案外惑乱していた場合もあるのではないかと思う。 熱も下がり、気力も次第に回復してくると、今度は現実の問題が目の前に立ち上がる。立ち向かう気力と体力を。 夕方、上司に電話すると「もう一日休んで、十分に休養をとってから出てくればいい」と。「うちはこんな時でもないと有給休暇取れないからね」と笑い声。気力回復しているが、言葉に甘えてもう一日休むことにする。 2月25日(水)晴れ 抗インフルエンザ・ウイルス剤を服用したためか、熱はややおさまりつつある。発症して48時間以内なら劇的な効果があるとか。しかし、「熱冷まシート」はすぐに乾燥してしまうし、鼻の奥はヒリヒリと痛む。全身の倦怠感。 午後、田舎の従姉から電話。「こっちは心配しなくてもいいから、まず体を治すように」と。あまりにも多くの災厄が重なり、どうしていいのか混乱・惑乱するばかりの自分にとって、まさに神であり仏……。 午後、会社に電話し、明日の伺いを。よほどの重病でない限りは出社して仕事をしなければならないのが日本の会社事情。我が社とて年間の有給休暇使用率はゼロ。葬式以外は休めない。それもこれも一人が欠ければ同じセクションの同僚の負担率が大きくなるからであり、どんなに体具合が悪くても休めない状況がある。ただ、インフルエンザの感染が気になるため、一応のお伺い。なんとか出社してほしい様子の先輩。「明日はなんとか午前中だけでも出ます」と返事。しかし、その後「休んでいい」との連絡が家に。会社を一日休めば周りに気を遣う。それがわずらわしいのでなるべくなら休みたくないが、仕方ない。素直に受け入れ休むことにする。周囲に気を遣うような気力もないのが本当のところだが。 休める思ったら、ホッとする。まだ仕事をする気力はゼロ。 2月24日(火)晴れ 朝起きると腰に痛み。肌をさするとヒリヒリする。熱があるのに自分で気がつかない。動くのが億劫。このまま会社に行かず、横になっていたい。今日帰省するのはもしかしたら無理かもしれないという考えが頭をかすめる。体がふらつき、とにかく立っているのがやっと。しかし、旅行バッグを持って会社へ。 今日の仕事は午前中で終えられるシフト。いつもならサクサクと進むところだが、全身がだるく、思うように仕事がはかどらない。熱を計ると38度。このままだともっと上がりそうな予感。帰省するにはあまりにも体力・気力が衰えている。途中からレンタカーを3時間も乗ることを考えると、絶望的な気分に。なんとか仕事をこなし、午前中で早退。やむなく帰省を延期することに。なるべくなら這ってでも帰りたい、帰らなければいけないところだが、熱が上がり、このまま途中で倒れ込みたいような無気力感。 正午過ぎ、「出発時刻前ならキャンセル手続きできる」というので、旅行代理店に寄り、キャンセル手続き。手数料を払い、1週間延期してもらう。 帰宅し、掛かりつけの内科医に。試薬検査をしたら、ほどなく「インフルエンザですね」と医師。感染を避けるため、事務室で待たされ、裏口から退去。インフルエンザになったなんて記憶にない。ここ2カ月間の気疲れで免疫力が弱まっていたのか。 高熱のため、そんなことも考える余裕もなく、自室に隔離され、寝付く。田舎のことも、会社のこともまったく考えられず。とにかく、熱による悪夢にさいなまれ続ける。 2月23日(月)晴れ 朝起きると昨日よりもノドの痛みがひどい。やはりベンチでのうたた寝が風邪を誘発したか。午前中で仕事を切り上げ、家路に。駅前の旅行代理店で切符の手配。レンタカーを頼むために、電話でJ氏に当地の天候を聞く。レンタカー込みで往復3万8800円。その後、病院へ。1時間半待たされて、5分診察。帰宅して早めの夕食。旅立ちの仕度。 2月22日(日)晴れ 学生時代に住んでいた阿佐ヶ谷のF荘の夢を見ていた。なぜか、そのアパートに一人で部屋を借りることになったようだ。先住のS村さんの部屋を訪ねると、彼はヒゲぼうぼうで、本の山に囲まれ、まるでロビンソン・クルーソーのような生活。玄関が広くなり、そのぶん部屋が狭くなっている。ああ、ここでまた暮らすのか、そういえば家族はどうしたのか。離れ離れで暮らすのか……と思ったら哀しみがこみあげてきた。その瞬間、目を覚ます。時計を見るとまだ5時。二度寝すると、今度は野外劇の稽古をしている役者たちの夢……。 7.00起床。なんとなくノドがひりひりする。おそらく風邪だろう。8.00に家を出て、子供の躰道の稽古場、S市へ。9.00スタート。朝、風邪薬を飲んだためか眠気に襲われ、まさか稽古場で居眠りするわけにはいかず、近くの公園のベンチに座りうつらうつら。ポカポカ陽気で、寒さは感じない。そのまま、2時間以上も眠り込む。昨夜のFMシアターを聴きながら。 最近のFMシアターはジュニア小説、ハーレクイン化が著しい。昨夜放送の「あなたのそばで眠りたい」は、不眠症のコピーライターと不倫相手のナルコレプシー(居眠り病)の男のお話。不倫相手と会った夜は寝付かれず、そのため、「添い寝屋」なるデリバリー業男に添い寝してもらっているという設定。30過ぎた女が若い男に添い寝してもらって、眠りにつく。「眠り」をモチーフにしただけの図式的な物語。不倫相手は、居眠り病のため仕事をクビになり、田舎で静養をすることになり、恋愛にエンドマーク。安易な展開。最後に「君の幸せを祈る」だと。添い寝男とも、秋芳洞で偶然再会。互いの未来をいたわりあう。なんというご都合主義。まるでコンピューターグラフィックスで描いた仮想の人間関係。どうせ若い女性が書いたホンだろうと(差別的に)思ったらやはりそう。伝統あるFMシアターの最近の低調は、こうした擬似「癒しと再生」のジュニア小説化にある。もう、ラジオからは佐々木昭一郎も鶉野昭彦も出てこない。 正午、稽古終わり、家路に。1.30。和風レストランで家族と食事。 帰宅し、早めの就寝。早く風邪を直さないと。 5.30から下北沢スズナリで行われる非戦を選ぶ演劇人の会のリーディングには行けず。片道1時間半では疲労が大きい。今体調を悪化させることはできない。 2月21日(土)晴れ PM1、銀座。ル テアトル銀座で中村龍史演出の「東京メッツ」。博品館劇場からハコはスケールアップしたものの、空席が目立つ客席。ジュニアの後にすぐシニアメッツという構成は前回と同じ。パフォーマンス、選曲もほぼ同じ。PM3まで。 PM6.30、新宿。シアター・トップスで劇団道学先生「男子一生の仕事にあらず」。新納敏正 、藤本喜久子がゲスト。時は1970年、斜陽の映画界は大胆な路線転換。スター中心のアクション映画から「ロマン・ピンク」へと移行する「東京キネマ」の撮影所が舞台。テレビに移ることを潔しとしないスターや監督、スタッフたちは、映画を撮るあてもなく、撮影所でウロウロ。自宅を担保に芸術映画を撮ろうとする監督や、ブルーフィルムのバイトをする巨匠撮影監督、スターの栄光にしがみつくアクション俳優……。そんな「映画こそ命」の人々の愚かしくもせつない青春群像が描かれる。スターに新納、敏腕スクリプターに藤本。まえだこうしんの大部屋俳優はぴったり。 コメディーを描かせたら今一番の中島淳彦と、黒岩亮(青年座)コンビが醸し出す「現代軽喜劇」は大人の味。このほんわかとした味わいは大好き。 ただし、上演中におしゃべりする輩と、子供の声で集中できず。それさえなければ……。幼児を連れてくる親の気が知れない。8.30終演。9.30帰宅。 上京したのは2月だったか。未来への希望と不安。2月はいつでも懐かしい月。頬をかすめる風の冷たささえやさしく感じる。 「湖のほとりに立てば心なぐさむ わがうらぶれの姿さえ やさしげに浮かみいずるを」と詠んだのは佐藤春夫だったか。 2月20日(金)晴れ 昨夜はなかなか寝付かれず、枕もとの時計を最後に見たのが午前1時。寝不足。 仕事中も従姉からの電話待ちで、気もそぞろ。午後になって電話あり、とりあえずは一安心。だが、一部の”風評”を知り、心底落胆。見なくてすむなら見たくはなかった。聞かずにすむなら聞きたくなかった話……。 PM4、00。銀座。帰国中の一条さゆりさんとお茶。明日から大宮のSMバトルに出るので、今日から大宮行きとか。共通のファンである若松氏のことやら、昔の小劇場の思い出など、話が弾み、気がつくと6.00。有楽町駅でお別れ。東京グランギニョルの「ライチ・光クラブ」に女教師役で出演していたことを知り、びっくり。オート・モッドの解散ライブにもパフォーマーとして出ていたことなど、初めて聞く話ばかり。大人計画の”クドカン”とユニットを組んでいたこともあるそうな。カルトムービー「処女のはらわた」が彼女の引退作というのも興味深い。なるほど、元祖カルト女優だったわけか……。 7.30帰宅。田舎の親戚に電話して事後報告。 2月19日(木)晴れ 午後、田舎の従姉、友人Nさんと連絡を取り合い、善後策。4.20、K記念病院で鍼。 年齢を重ねて初めて見えてくるものがある。人の心の裏表……。 6.00帰宅。10.30就寝。 2月18日(水)晴れ 8.30起床。田舎に電話。そろそろ結論を出さないといけないのだが……。 9.30、N氏から電話。昨日、昼公演を見たという。「演劇の力ってすごいんですね」。普段、芝居を見ない彼が興奮気味の感想。 夕方買い物に出た以外は終日、家の中。DVD、CDのアーカイブス作りに没頭することで気を紛らわせている。 気がつくと日は暮れ、学校から帰ってきた子供たちのさんざめく声。休日の一日はこうして過ぎていく。 2月17日(火)晴れ 午前10時過ぎ、仕事がひと段落。コーヒーでも飲もうかと思っていたら、突然みぞおちから左胸にかけて激痛。胆石の痛みと同じ種類。以前にもこの時間帯に起こったことがあるが、何かあるのか? 10分ほど我慢するも、痛みはおさまらず、仮眠室で横になる。数分で痛みが消え、席に戻るとまた痛み出す。なんとか、抱えた仕事を終えて、1時間ほど仮眠。一年に何度かこの痛みに襲われる。人間ドックは常に異常なしなのだが……。 PM5、友人のN氏に頼まれ、桐朋学園大短大・芸術科演劇専攻37期卒業公演を見るために俳優座劇場へ。案内はいただいても、卒業公演を見るのは初めて。 演目は「ひめゆりの塔」(菊田一夫・原作、越光照文・演出)。客席には出演者の父兄や友人たち。小さな子供がはしゃぐ声もする。舞台裏の音が客席まで響く。やはり学生たちの芝居だなぁ……と覚悟を決めて見始めたら、これが思わぬ収穫。 休憩15分をはさみ3時間45分の大作ながら、一瞬もダレ場がなく、濃密な舞台が最後まで続く。さすがは桐朋の演劇専攻。俳優の技術云々ではなく、今そこに人間が存在しているという、強固な肉体の主張がある。全員が一丸となって舞台を作っているその真摯な姿勢と勢い、情熱、それが客席にダイレクトに伝わってくるのだ。 90日間の沖縄戦の死者20万人。そのうち12万人が沖縄の人たちだったという。本土決戦を呼号する軍のために、捨石になった沖縄。米軍上陸に備えて編成された女子中等学校の生徒たちによる「ひめゆり学徒隊」もその捨石のひとつだ。日本軍に編成され、負傷兵の看護や死体処理、食料運搬などに携わりながら、戦況が悪化すると戦場の只中で解散を命じられる。それが何を意味するか。軍の壕から追い出され、食糧も奪われ、戦場を南下し、やがて追い詰められ、青酸カリ服毒、銃剣で互いに刺し合い、崖から飛び降りる。 洞窟の中では泣き声をたてる赤ん坊を絞め殺すことを余儀なくされる母親、手りゅう弾で自爆する兵士……。累々たる屍の山。 舞台はそのひめゆりの少女たちの従軍と逃避行を軸に、現代のイラク戦争を投射しながら、戦争が何をもたらすのか、戦争の真の姿を描き出す。 「特攻機に乗ったまま行方不明になった叔父さん、あの9.11、叔父さんの乗ったゼロ戦がアメリカに現れ、ビルに突っ込もうとしました。叔父さん、そこは戦艦ではない!」 ラストシーン。汚れた白い旗を振りながら戦場を歩き続ける少女が叫ぶ「助けてください、助けてください」。それはいくつもの外国語に翻訳され、最後に日本語になる。紗幕に映し出された青い地球の姿と少女が重なり、その叫びは地上で戦禍にあるすべての国の子供たちの叫びと重なる。このラストシーンのすばらしさ。 戦争がいかなる美名で修飾されようとも、人間が人間を殺すのが戦争の本質だということに変わりはない。無残に死んでいったオキナワ、ヒロシマ、ナガサキ、そして多くの国内外の戦死者たち。突然に生を断ち切られるという非情と悲惨。むごたらしく死んだすべての戦死者への鎮魂と祈りから日本は「平和憲法」という不戦の誓いをしたのではなかったか。「戦争ができるのが普通の国」であるという論がいつから幅をきかせ、「平和憲法」が邪魔者扱いされるようになったのか。「戦争ができる国が普通の国」なら、そんな国はいらない。今こそ、戦争で死んだすべての死者は怨霊となって甦り、「戦争したい人たち」にその無残な姿をさらすべきだろう。 舞台終了後、卒業式を前に召集され、ついに卒業できなかったひめゆりの少女たちが歌うはずだった「別れの曲」を全員が合唱。これは、沖縄師範学校助教授・東風平作曲、陸軍少尉・太田博作詞(共に戦死)で、卒業生に贈る歌として作られた歌だという。桐朋の生徒たちの門出の歌としてもふさわしい。 3時間45分の長丁場は生徒一人ひとりにスポットを当てるために必要な時間。しかし、その時間の長さをまったく感じさせない演出と生徒たちの演技に心から拍手。終始涙の乾く暇なく、終わった時には目が真っ赤。恥ずかしいのでうつむきながら駅へ向かう。 それにしても、演劇の力とは何だろう。例えに出すのは悪いが、先日の文学座「風の中の蝶」など、キャリアも実力も、この卒業公演の生徒とは天と地ほども違う役者たちが大挙して出演しているのに、その客席への放熱と勢いは百分の一もなかった。個別的な差異というよりも、演技者の演技の原点が桐朋の卒業公演にはまだあった……としか思えない。 9.45帰宅。 2月16日(月)晴れ PM2、T・エコーのA石氏来社。3月公演の情宣。有楽町・ビックパソコン館で、パソコンモニターへの出力変換機を購入。9800円。重いし、モノラルだし……今モニターとして使っているテレビに変えて、前のパソコンのモニターを流用しようという狙い。 PM5、帰宅し、取り付けようとしたが、モニターケーブルがない。明日まで延期。 ラジオドラマをパソコンでCDーRに焼く作業も、これまで30〜40分かかっていたのがわずか4分。驚異的な速さ。風邪気味なので早めに就寝。 2月15日(日)晴れ 7.00起床。さすがに睡眠不足。子供の躰道稽古の付き添いでS市まで。正午まで見学。帰宅して、Doitへ。先日予約した直付け蛍光灯がすでに「廃版」とのことで、展示品を安く譲ってくれる。足りない部品も都合してくれたり、実に親切。持ち帰って、台所に取り付け。いまどき直付け蛍光灯など前時代の遺物だろう。感電することもなく無事取り付け。 その後、空き地で夕方までサッカー遊び。 先日のビデオデッキの録画不良をよく調べたら、片方のチャンネルが不良ということが判明。コード不良だったようだ。なぜ、そのことに気がつかなかったのかといえば、モニターに使っているテレビがモノラルなので、片チャンネルの音声不良がモニターできなかったのだ。使っている音声チャンネルがたまたま不良チャンネルに当たっていなかったわけで‥‥。これも不運。しかし、魔がさしたというべきか、よりによって不良DVDの録画済みのビデオを廃棄してしまうとは。大事な作品の片チャンネル音声が雑音のまま。つくづく不運。 2月14日(土)晴れ 日本でもES細胞の研究に着手との朝刊記事。これがさまざまな難病の福音になってくれれば。 花粉症のウワサも聞くが、まだ大丈夫。PM1、世田谷パブリックシアターで「狂言劇場」。客席の9割は野村萬斎目当ての若い女性客。「川上」「三番叟」。パブリックシアター初めての能舞台。外国人向けに英語字幕つき。若い観客にとっても、舞台で語られる古語を理解するよりも英語の方がわかりやすいだろう。まるで高級芸術のような古典には違和感。2.45終演。 帰社し、後片付け。 PM7、下北沢へ。本多劇場でTHE・ガジラ「KASANE」。鶴屋南北の「累」に想を得た作品。夫によって殺された醜女・かさねのたたりによって何十年にもわたって不吉な出来事が続いたという「かさね伝説」のある村にプロデューサー、劇作家、男優ら男7人と、女性演出家がワークショツプを兼ねて訪れる。外国仕込みの女性劇作家の興味はかさね伝説の裏にある「真実」。土蔵の中で繰り広げられる連日のワークショップ。俳優たちによるかさね伝説へのアプローチがやがて悲劇的な結末の呼び水となる。 舞台に魔方陣、あるいは結界のような円陣が作られ、役者たちのディスカッションがまるでその円周をなぞるように展開する。ランプの灯りの中で進むドラマ。謎解き、照明、俳優の立ち姿、抑えた演出、どれもがジャストミート。間然するところのない舞台。久世星佳、若松武史、千葉哲也、大内厚雄、大鷹明良、冷泉公裕、真那胡敬二、塩野谷正幸。これだけの役者がそれぞれの役割をきっちり決め、役者を見ているだけで陶然とする。 終演後、若松武史に挨拶。一条さんは明日見に来るとか。その後、近くの居酒屋で飲み会。久世、若松、大鷹、冷泉氏を除いた出演者全員が顔をそろえる。松本祐子、若杉宏二、西山水木、宮島健、山口の銀行員氏らも。宮島健にこの前のビデオのことを話したら「よく持っていますね。あのころはビデオなんて役者は誰も持ってないから、川村なんか喜ぶんじゃないかな」と笑顔。あの「大滅亡」もテレビ取材用の演出だったとか。 今日の舞台が「俳優と演出家」をめぐる劇中劇ふうの構造だったため、西山、松本の関心はもっぱら俳優論・演劇論に傾いているようで、演劇とフェミニズムなどをめぐって鐘下との話も白熱。しかし、自分の関心は「かさね伝説」発祥の謎。民俗学的なアプローチを通して、被差別問題にまで踏み込む鐘下の作品志向にあるわけで‥‥。 11.30、電車がなくなるのでお先に失礼。佐藤正隆事務所の佐藤隆文が別卓にいたので、声をかける。「えっ、お母さんを知ってるんですか。林檎童子を‥‥」。きちんと挨拶して思ったとおりの好青年。綿貫さんに挨拶して駅へ。 駅に着くと、電車が30分遅れで到着。飛び込みがあったとか。 0.40帰宅。2.00就寝。 2月13日(金)晴れ PM4、秋葉原。ビデオデッキを買ったサトームセンへ。店員にデッキの件で相談したら「ビクターのサポートセンターに」ということで、症状を話すと「出張修理に」とのこと。デッキの構造的な問題だとは思うが、提案を受け入れる。PM6、渋谷。タワーレコード、HMVで視聴。興味をひくCDがまったくなし。 PM7、パルコ劇場で「GOOD」。今回はリリースも読まず、まったく予断なしで観劇。山田和也が演出。西村雅彦、益岡徹、宇梶剛士主演。 ナチスが台頭し始めた1930年代のドイツ、フランクフルトが舞台。ドイツ文学を教える大学教授ジョン・ハールダー。彼を溺愛する母親は病気で入院中。妻は家事もせず好きな読書とピアノに没頭。子供たちの面倒を見て、家事をし、母親の介護の心配をしなければならないジョン。時折、彼の頭の中に大きな音楽が響き渡る。それはワーグナーのタンホイザー序曲、また恋に落ちて、乾杯の歌、タイガー・ラグ、ソリチュード、シューベルトのセレナーデ、メンデルスゾーン・ヴァイオリン協奏曲……。 一人で不安と不満を抱え込む彼の相談に乗るのはユダヤ人医師。彼はナチスの迫害を予想し、出国したがっている。もう一人、ジョンの前に現われる清純な学生。いわゆる不倫の関係が始まり……。 ジョンの妄想が生み出した物語は、場面も会話も時間軸も瞬間テレポートする。そのため、登場人物の会話も複雑に交錯する。「コメディー」ではあるが、観客にとってはやや「難解」か。 普通の「いいひと」が、時代の波に飲みこまれ、時分の意思とは関係なく、どんどん人生が転がっていく。大学教授からナチス親衛隊将校へ。それでも彼の善意は変わらない。 障害者が家庭の重荷になっていると嘆願されれば、安楽死計画に同意し、「生きるに値しない」子供や老人を笑顔で抹殺していく。ここにきて初めてダイトルの「GOOD」の意味がわかる。「いい人」たちが、ナチスに協力し、断種法を支持し、障害者たちを殺害し、ユダヤ人を虐殺する。 ジャズバンドの演奏がインターミッションとなり、俳優たちのコミカルな演技もあいまって2時間半は瞬く間に過ぎる。銀粉蝶が母親役などを好演。パンフには「ブリキの自発団看板女優」と明記。今もブリキは解散してないということ。ほかに高嶺ふぶき、野村佑香。 1984年にサンシャイン劇場で初演されたとのことだが、狂気の戦争屋・コイズミを国民が支持し、日本軍が他国に派兵され、「いい人たち」が日の丸片手に、そのシナリオに手を振っている今の時代にこそ切実な舞台。 終演後、M新聞・T橋さんと話しながら電車に。11.00帰宅。 2月12日(木)晴れ 風邪気味なのでK記念病院の鍼治療を休み早めの帰宅。 昨日のノイズDVDを点検。どうやら新品のS−VHSで再生・ダビングしたDVDにすべてこの雑音が入っていることに気づき、唖然。コードを取り替えたり、端子を変えても同じ。どうやらビデオデッキ本体に問題があるようだ。ビクターのHRーS500。 ネットの「価格COM」で調べたら、ユーザーの悪口雑言。最悪の評価。S−VHSにしては破格の安さにそんな裏があったとは。安物買いのゼニ失いとはよく言ったもの。このS−VHSで再生ダビングしたDVDはすべて撮り直し。しかし、先日の大掃除,でつい思い切ってゴミに出してしまったビデオも多い。「雨月の使者」など、貴重なドラマもあったのに。どうしてくれるんだ、ビクター。テレビでモニターしている分には、画像だけに注目していたので、まさか音声にノイズが乗るとは想定外。今気がついて不幸中の幸い。これで、この先数百本をダビングしてから気がついたら目も当てられない。 こんなところに落とし穴があったとは……。 2月11日(水)晴れ 9.00起床。昨夜録画したコスタ・ガブラス監督の「Z」を見ようと思ったが、その前にオーディオからのデジタル録音の試し。ほかの作業をしていてもパソコン録音にまったく影響なし。今までのパソコンはなんだったのか。フリーズすることもない。怖いくらい快適。棚のビデオを整理し、デジタル化の順番決め。 午後、doitに行って額の留め金を買ってくる。天井直付けの蛍光灯は在庫なく、注文。 帰宅し、録画&録音。結局、映画を見る時間なし。2つのビデオの一方から録画したDVDがパソコンで再生した場合ノイズが出ることに気づく。なぜかは不明。仕方なしに再エンコード。 2月10日(火)晴れ 5枚で200円の立体マスクをコンビニで購入。マスク姿で会社へ。朝のうちは社内に前夜のタバコの煙がよどんでいるので、花粉症、風邪対策というより喫煙対策になるかも。体のだるさは変わらず。やはり風邪のよう。午後、仮眠室で1時間ほど横になる。 PM4退社。銀座のビックパソコン館へ。1時間ほどXP関係の本を物色。 PM7、表参道。青山円形劇場で、わらび座「ROAD」。秋田の劇団だが、わらび座というよりもその中の「響」というパフォーマンス・バンドの公演。鄭義信が構成・脚本・作詞・演出。 これが素晴らしいデキ。ボーカル・AYA、箏・ZUN、ベース・IKU、笛・TUYOSHI、シンセ・BARI、ドラム・DAISUKE。この6人による演奏とパフォーマンスは役者も顔負けの見事な舞台。特にボーカルのAYA、スキンヘッドで歌い、踊るそのステージングの巧みさはそのへんの女優が裸足で逃げ出すほど。 劇中劇として西遊記のパフォーマンス。一方で、現在の都市に生きる若者の姿と往還させながら、物語(ロマン)があった時代と、物語を失い、現実の中に生きるしかない若者の孤独と絶望を描く。もちろん、エンディングは未来への希望を暗示するのだが。 1時間45分。こんなに密度の濃い舞台は久しぶり。足を踏み鳴らすリバーダンスばりの重厚なタップが圧巻。全員、ミュージシャンであり、俳優ではないが、演技、セリフ、殺陣も一級。いい舞台を見せてもらった。 終演後、楽屋で義信に挨拶。わらび座に書くのは2回目とか。映画の脚本家としても国内外の主な賞を総なめにし、いまや「大御所」であっていいのに、梁山泊時代とまったく変わらない腰の低さ、笑顔の優しさ。「○○さんに誉められるなんて‥‥」とわざと身をよじって照れ笑い。見に来ていたM浦伸子、O川さんに別れを告げて駅へ。10.00帰宅。 古賀議員の学歴詐称に大騒ぎしたテレビメディアは、安倍、小泉の学歴・経歴詐称問題にはほおかぶり。わざわざアメリカまでリポーターを派遣したテレビ局の狂熱はどこへ行ったのか。「うそつきはドロボーの始まり」とうそぶいた安倍も自分のことは知らぬ顔の半兵衛。小泉にいたっては、言質を取られないようにコメントなし。半年、関連カレッジに遊学しただけ、それも単位取得ゼロなのに、2年間ロンドン大に留学なんて言うのは大ウソもいいとこ。結局、権力の座にある者は何をしても許されるわけで、こうしてみると古賀議員の愚直さが可哀想に思えてくる。 パソコンの前に座るも、風邪のためか睡魔に襲われ、早めに就寝。 2月9日(月)晴れ 朝起きると、なんとなく体がだるい。のどの奥が少し痛む。風邪の症状。 午後、早めに退社。DELLの営業マンに電話したら、IEEE139のポートがないのは、こちらの選択ミスだと判明。通信販売は見積暑をしっかり見ないと後で泣きを見る。特に通信販売はクーリングオフが適用されないので、そのへんは慎重に。 しかも、IEEEポートの増設は不可能ということが判明。ビックパソコン館の店員に聞いて、HDDのインターフェースをUSBにしてデータを吸い出すことにする。 PM3.帰宅。HDDのデータを本体に転送。外付けHDDがUSB1.1なので時間がかかる。その間に病院に行き、診察。風邪薬をもらってくる。データ転送完了したので、ホームページビルダーなどのソフトをインストール。ようやくパソコン環境が元通りになる。 さて、これで当分、快適なネット環境になる。今までの不便さはなんだったのか。 2月8日(日)晴れ 7.00起床。子供の躰道稽古に付き添ってY瀬川まで。足をくじいたため、しばらく休んでいたので参加者が増えているのにびっくり。 「めったにないことだけど」とY師範が言うように、個人的なツテで本部から師範を二人、後進の指導のために呼んだとのこと。道場を二つに分けて、一方では黒帯が師範の指導を受け、一方で初心者・子供たちの稽古。ビデオを回すY先生。 二人の師範は、一人が小柄のいかつい古武士ふう。もう一人は長身・眼鏡、役場の窓口にいそうな柔和な顔。 ところが試演が始まると、その柔和な笑顔が一変し、まるで別人のような厳しさ。武道家の二つのタイプを見た思い。3時間、黒帯たちの稽古を凝視してしまう。集団競技は興味ないが、個人対個人の武道を見るのは大好き。 正午、終了。1.30帰宅。すぐにパソコンの設置に取り掛かる。まず古いパソを取り外し、部屋の中を掃除。梱包を解いた真新しいパソコン。LANポートもあるので、面倒なPCカードの取り付けも不要。さくさくと進み、立ち上げ。メディアセンターエディション。テレビの録画もできる。ネット接続も速いこと。今までのパソコンが自転車なら新幹線並み。 ところが、外付けHDDからデータを取り込もうとしたら、IEEE]139ポートがない。前・後面に一つずつあるはずなのに。サポートは12時間契約なので不可。明日まで待つしかないか。 夕方、疲れのためか、体がだるく熱っぽい。8時過ぎに早めに就寝。 2月7日(土)晴れ 夕方までのんびりと仕事モード。 5.30から渋谷BOXXで行われているソニー・ミュージック・アーチスト主催のライブ「キラー・ストリート・ファイティング・メン」へ。出演バンドはJamzvillage、惑星、ラウンドスケープ、detroit7、そしてお目当てのジムノペディ。原宿から歩いて、AXの先が「BOXX」。NHKのすぐそば。これなら渋谷の方が近かったか。 6.30着。ちょうど2番目のバンドが始まるところ。ジムノは3番目。同じ系列のバンド同士ということもあり、普段にもまして気合の入ったパフォーマンス。いつもながら、ナオミのボーカルはパワフルでブレがない。「痴艶の輪」から始まり、「トレモロ」で終わる6曲。約30分。終演後、楽屋を訪ねて小林、ナオミほかメンバーに挨拶。終わった直後のため、楽屋に張り詰めた雰囲気はなく、なごやかなムード。先日、飲み会をキャンセルしたので、SMAのW辺氏に「再戦」を約束。 7.30の渋谷。あわてて電車に乗る必要もないので、HMVでCDをのぞいたり、のんびり。有楽町ビックパソコン館に寄ってDVDーR40枚1万2000円。 PM10帰宅。1.30就寝。 2月6日(金)晴れ 小学校の絵画展で入賞した子供が、もらってきた賞状を額に入れて飾りたいと言い出す。なんでも「田舎のおじいちゃんの家の床の間には額に入った賞状がいっぱい飾ってあるので、それがうらやましかった。自分も賞状を飾りたい」のだとか。 田舎では、納税優良賞やなにやら、もらった賞状はすべて額に入れて床の間に飾る習慣がある。もうひとつ、1960年代頃までは、どの家も、お正月にもらったカレンダーを障子や壁に所狭しと飾ったものだ。どれだけ多くのカレンダーが集まるかがその家のステータスだったわけで、今考えると、家中に貼られたカレンダーの光景は、ちょっとヘン。 で、その賞状用の額を買いに銀座のイトーヤへ。ところが、賞状の大きさには規格がなく、まちまちなため、額の大きさもメーカーによって異なるとのこと。イトーヤにはイトーヤの規格があり、正確な寸法を出さないといけないらしい。一応、A3、B4サイズなどの規格品もあるが、「正確な寸法を……」と店員がこだわるので「計って出直します」と言って、三越、松屋に移動。三越では適度なサイズの額が品切れ。仕方なく松坂屋でA3サイズの額を購入。2200円。たかが賞状の額を買うのにこんなに苦労するとは。 PM7、千石。三百人劇場で劇団昴「羅城門」。芥川龍之介の「偸盗」をもとに、菊池准が脚色・演出。荒れ果てた羅城門に巣食う盗賊の頭とその女房、淫蕩な娘、その娘に懸想する若者。4人の複雑怪奇な人間関係を描いたもので、平安の末世と今の末法的時代を重ね合わせ、人間存在の根源に迫ろうと試みたのだろうが、演出がもたれ加減。せっかくの羅城門のセットが不要と思えるように動きのない芝居。開演前にヘッドホンから漏れる音を流したり、羅城門を現代のビル群に見立てたり、「現代」を意識した演出だが、肝心の舞台は平板。頭目役の内田稔もいいところなし。しかも、客席からコー、コーと寝息が響き渡り、誰も注意しないのか延々と続く。そのイビキの主を特定しようにも、発生源がわからず、いよいよ舞台に集中できない。なんとも悲惨……。 帰り、江森さんと駅まで。この前の温泉旅行は旅館がよかったとか。横山大観に縁の深い宿で、眺望が素晴らしかったという。 10,00、駅に着いてスーパーで買い物。ところが、レジで支払いをしている時、耳に挿したイヤホンを取ろうとしたら、途中からすっぽ抜け。なんと耳の奥深く取り残されたイヤホンのかたわれ。 このあと、夜間救急病院にタクシーで急行し、急患の間に混じって耳の中の異物を取ってもらう順番待ちをするハメになろうとは…。人間、どこに不幸が落ちているかわからない。壊れたイヤホンを買い換えるのを怠って、その数倍の治療費、タクシー代を払うなんて。午前0.00病院から帰宅、就寝。 2月5日(木)晴れ 4.20、K記念病院。帰り、Doitに寄って直付け蛍光灯を探すも、手ごろなものが見当たらず。6.30帰宅。DELLから注文したパソコンが届く。すぐにでも取り付けたいが、時間を必要とする。ここは我慢。日曜日まで待つしかないか。お預けを食った犬の気分。 ビデオからDVDにダビングした1986年放送の11PMの「小劇団特集」を見る。松金よね子、斎藤晴彦が司会をし、当時、松金のマネジャーだった金丸弘美氏が小劇場評論家として解説している。ブリキの自発団、第三エロチカ、万有引力などをリポート。自転車キンクリートも結成したばかりの頃、11PM用にミニ芝居を上演している。遊◎機械の高泉淳子もゲスト出演。17年前か…。松金よね子が鈴木裕美に「私も女性だけの芝居をやりたい」と語っているが、同じ年に、岡本麗、田岡美也子と一緒に「グループる・ばる」を作るわけで……。「二兎社っていう女性二人の劇団も面白いですよ」との松金の発言はその6年後の永井愛の「ダブルアルバム」で実現。ウーン、過去のビデオを見ていると、点と線がつながることがある。 同じビデオには山田太一の「時にはいっしょに」が入っている。17年前の永瀬正敏、南野陽子。あまり記憶にない。この頃、何をしていたのか……。 2月4日(水)曇り 終日、家の中。少し冷え込む。 高校時代は寮生活。冬が近づくと、寮生たちが総出で薪割りをしたことをふと思い出す。寮の外壁に積み上げられた薪の山。雪がちらついていたから、冬の間も薪割りをしていたのだったか。下校し、すぐに巻き割り、寮母の手伝い。朝は暗いうちから起きて、毎日、便所(もちろん水洗じゃない)掃除に廊下、部屋掃除。トイレはモップなどの道具を使うのはもってのほか。雑巾で便器まできれいに磨かないと先輩に怒られたものだ。 起きるとまず薪ストーブに火を起こし、凍ったバケツの水を乗せる。溶けた水で雑巾を絞り、部屋の床を丁寧に磨く。運動部で言う「一年は奴隷生活」。2年になったとき、下級生に対し、その厳しさを緩め、”民主的”に改革した。しかし、逆に寮生活は乱れ始めた。人の精神は低きに流れるものなのだろうか。制度と人間…難しい。 夏樹静子「花を捨てる女」読了。巷にあふれかえる犯罪ミステリーと違って、人間描写が確か。犯罪を起こすに至る人間存在の複雑かつ不可思議な感情の動きが見事。表題作と「三通の遺書」が傑出している。 2月3日(火)雨 PM3.30退社。急いで帰宅して節分の豆まき。行事好きの我が家は欠席を許されない。 家族総出の豆まきを終えて、再び片道1時間、とんぼ返りで森下町へ。 7.00、ベニサン・ピットで流山児☆事務所「ガラスの動物園」。 カンパニーの緊密さ、濃密な舞台空間ーーいつもの松本祐子なら老練ささえ感じる手腕でこのT・ウイリアムズの名作を料理するところだが、今回はどうしたことか、終始ちぐはぐな印象。ひとつには李麗仙、若杉宏二、青木砂織、粟野史浩の4人の演技の質が違いすぎるということ。セリフ術の巧みさでは基礎がしっかりしている文学座の粟野の明瞭さ・安定が一番。しかし、その粟野もジム・オコナー役にはちょっと軽すぎる。 作品の要たる母親・アマンダ役の李麗仙もさえない。表層的で奥行きのない人物造形。もともと巧さより個性が勝る女優、アマンダの憂愁を演じるにはいまひとつ物足りない。しかもセリフ噛み噛み。客席の失笑を買うようでは……。トムの若杉も頑張っているが、時々自分の役から離れた演技をしてしまう。その中ではローラの青木が健闘。2幕目、ジムとの語らいのシーンは安心して見ることができた。 さすがの松本祐子が悪戦苦闘した様子が見て取れる舞台。朝倉摂の舞台美術がユニークで、アクリルとガラスを使った、まさにガラスの家。 終演後、加藤ちかと一緒にいた松本祐子に挨拶。「昨日見て欲しかった〜」と彼女。やはり今日の出来は……。 俳優のますだいっこう、ライター山田ちよ、三好くんらと久しぶりに邂逅。K松克彦としばし立ち話。流山児は次回公演の稽古中とかで不在。 9.30、飲み会もなく劇場から駅へ。 帰宅途中、日比谷線広尾駅で人身事故のためダイヤが大幅に狂い、家に着いたのが11.00過ぎ。 今日で、HP開設して3年目。多くの仲間に支えられてここまでやってきた。深く感謝。 2月2日(月)雨 会社帰りに秋葉原に寄って、S−VHSデッキを買う。1万2800円。DVDダビング時に古いテープから発生するノイズを軽減できるかと思ったのだが。帰宅して試してみると、ほとんど変わらない。劣化したアナログテープをデジタルに変換する際の信号誤認は避けられないようだ。しかし、S−VHSが1万円代で買えるとは…。 夜、田舎のS山から、Bのお母さんの訃報。静岡の友人・K山に電話するも不在。10時過ぎに彼から電話。「何かと思ったよ。夜の電話はよくない知らせが多くてな、最近、友達が何人も死んでるから」とK。直接話すのは何年ぶりか。最後に会ったのも18年前。10代の頃の友人はいつまでたって10代のまま。変わらない。「腰が痛くて、目が悪くなって…」と口をついて出るセリフはしっかりオジサンだが……。 安倍晋三自民党幹事長に学歴詐称疑惑。「南カリフォルニア大政治学科留学」の経歴に疑問を突きつける週刊誌報道。それによれば、安倍は政治学の単位を履修した事実はなく6つの単位のうち、3つは外国人向けの英語単位とか。どこが政治学科留学なのか。古賀潤一郎議員の学歴詐称問題で散々、威勢のいいことを言っておきながら、本人も同類とは笑止。国会議員なんぞ、この手の経歴詐称は日常茶飯事か。 自衛隊先遣隊の宿営地借地料をめぐって現地の部族長らと自衛隊の間に大きな隔たりがあると毎日新聞。面積1000ドナム(1ドナム=2500平方b)をT年間借りるのに、自衛隊側は7000ドル、地主側は50万ドル。その差70倍。しかし、自衛隊派遣でこんな問題が発生するとは知らなかった。イラクの部族にとっては自衛隊は恩恵をもたらす福の神。この図式は日本の米軍基地周辺の軍事特需と同じ。よそ者であってもお金を落とす軍隊は熱烈歓迎。日本の中に米軍基地があることを誰も不思議に思わなくなったように、イラクの人々にとって他国の軍隊駐留が珍しい光景でなくなる。これが既成事実効果。 自衛隊派遣が憲法に違反することは明白なのに、それが既成事実として積み重ねられると、こんどは「憲法がおかしい」となる。平和憲法の原点に立てば、今の日本の政治が狂っているわけで、ボタンの掛け違い、その最初のボタンを検証すべきだろうに、最後のボタンで辻褄を合わせようする。いびつな洋服の着こなしになるのは当然。ボタンを掛け違えたら、最初に戻って、自衛隊は憲法に違反する存在だということをハッキリさせるべきだ。そうしなければ、国民はまた泥沼に足を踏み入れることになる。 宮崎県の女子高生が「武力によらないイラク復興支援」を訴える署名5000人余を提出したところ、それについて小泉首相は「読んでいない」と答え、「教師は国際政治を生徒に教えるべき」と注文をつけたという。「そんな国に物申すような高校生を教育した教師がいけない。教師も生徒も国家の方針に従わないのは非国民だ」と言いたいらしい。 教育権を侵害するだけでなく、思想・信条の自由を否定する暴言。自分にとって都合のいい署名運動だったら、そういう言葉が出るか。この男は信じられないような恐ろしい思想の持ち主だということがわかる。歴代の首相の中でもこれほど強権的で恥知らずの政治家がいただろうか。ヒトラーと比較しても遜色ない。小泉の頭の中はわらくずどころか、からっぽ。気の狂ったような首相を戴くこの国の行方……。 2月1日(日)晴れ 7.00起床。8.30、子供の同級生の家族に同乗し市民体育館へ。恒例の「市内小学生縄跳び大会」。大縄跳びだけでも2000人が参加するので、広い体育館がごった返す。時間跳びで去年より大幅に記録を伸ばした子供に思わず声援。 お昼を挟んで午後3時過ぎの大縄跳びまで。子供の通うG小学校チームが去年の自校121回記録を4回更新。力を入れている体育教師うれしそう。 4時帰宅。「新・事件」第5、6話を見る。今の時代から見れば古めかしい殺意かも。結末にちょっと肩透かし。いしだあゆみの演技も当時はすごいと思ったが今見れば、ちょっとクサい。山田太一の「沿線地図」2回〜8回をDVDに焼く。たしか全巻あるはず。 NHKアーカイブスで寺山修司脚本の「わが心のかもめ」放送。1966年、吉永小百合二十歳の作品。こんなドラマがあったとは初めて知った。同じ年に吉永小百合のラジオドラマ「二十歳」が寺山修司によって作られた。今は現存しない幻のテープ。ドラマが発掘されたのだから、ラジオドラマもどこかに保管されていないものか。 10.30就寝。 |