| 4月30日(金)晴れ PM6.30出社。夕方まで仕事。飛び石連休の合間。すでに長い連休に突入した人もあり、社内閑散。 逢坂剛著「よみがえる百舌」(集英社文庫)読了。「百舌」シリーズ4作目(96年刊行)らしいが、第一作「百舌が叫ぶ夜」が斬新な叙述ミステリーだっただけに、その後のシリーズの凡庸さが余計に目立つ。買った以上、仕方なく読み進めたものの、途中で嫌気がさし、斜め読み。読者に媚びたようなエロスと残酷描写に辟易。 PM7帰宅。 4月29日(木)晴れ 7.00起床。10時から法要。9.30にお寺に行くと、1月から三重に出稼ぎに出ていた従兄のYが一番乗りで来てくれる。「仕事で葬儀に出られなくて……」とY。母の葬儀のときもよく動いてくれた。いとこには本当に恵まれている。大勢の親戚が参列してくれて、本堂での法要、お墓参り。1時間ほどでつつがなく終了。色々あったが、これで一安心。あとは新盆まで。それで、すべてが終わり、すべてが始まる。 お墓の裏手にある高台の神社。かつて鬱蒼と木々が茂り、外からは神社の社が隠れていたまさに鎮守の杜。今はその神木が引き抜かれ、まばらになった木々の間から神社の境内が透けて見える。しかも、その斜面に防風ネット! 海からの風をさえぎる木々を切り倒しておきながら、風避けのネットを張るという無粋以外のなにものでもない暴挙。従兄が呆れて言う。「なんであんなことをするんだ」 町民の知らないところですべてが進んでいるという不思議。 0.00、故郷に別れを告げて帰路の途に。PM7.30、帰宅。 メアリ・H・クラーク「魔が解き放たれる夜に」読了。一人称の作品は初めてという。自分の姉を23年前に殺害した男が保釈されて刑務所から出てくる。証言したのは妹である自分。優秀な弁護士と新たな証言。男は再審で無罪を勝ち取るだろうとの世論。男は本当に無罪なのか。調査報道記者である主人公に迫る魔の手。果たして正義はどちらにあるのか。 サスペンスの女王も昔日の「切れ」はないが、その語り口の巧みさは変わらず。クラークにしては「中の中」程度の作品ではあるが、そのエンターテインメント性は凡百の日本のミステリが束になっても敵わない。 4月28日(水)曇り時々雨 9.15、大宮から新幹線。PM2.05、大湊着。レンタカーで実家に。父の三十五日法要のため、家族で帰省。O間でいくら丼が食べたいとの豚児の希望。最北端の店はどこも営業時間外。しかし、親切な人がいて店と交渉、なんとか豚児の願いが叶う。その親切な方、顔を見たら旧知のKさん。偶然にびっくり。 PM5、久しぶりの実家。止めておいた水道栓を開けてもらい、お風呂を沸かす。夜、従姉のKさん家に行き、11.00まで歓談。 4月27日(火)雨 花粉注意報解除。朝から快調。 PM7、有楽町・東京国際フォーラムCで宮本亜門の「キャンディード」。1956年初演のレナード・バーンスタインの代表作。18世紀の哲学者・ライプニッツの唱えた「楽天主義」を痛烈に批判し、あらゆる既成の権威、教会権力を皮肉ったヴォルテールの小説をリリアン・ヘルマンとともにミュージカル化したもの。 「楽天主義」とは「最善なる創造主が創る世界は、可能な限り最善である。殺人や病気、貧困もあるが、神の計画である全体像を見ることができれば、すべて最善であることがわかる」という思想。ヴォルテールは「宗派宗教は常に争いを扇動し続け、楽天主義を信じさせる。楽天主義は諦念と無気力を生み出し、不正に対抗する人間の力を抑制し、よりよい世界の実現と創造を封じる」と、これを批判した。確かにこれほど権力に都合のいい思想はない。 バーンスタインが「キャンディード」を生み出した背景には、1950年代のアメリカの赤狩り(マッカーシズム)がある。リリアン・ヘルマンもまた、非米活動委員会に召還され、「共産主義のシンパ」の告発を求められ、それを拒否している。バーンスタイン自身も旅券発行を停止された。まるで宗教戦争のような、検閲と告発の時代。ブラックリストに載った映画人、作家、文化人は失業と自殺、国外追放を余儀なくされた。 バーンスタインの「キャンディード」は、18世紀の若者キャンディードの世界放浪の旅を通して、真の人間の解放と「世界とは何か」を描く。そのテーマはこの新たな戦争の時代にこそふさわしい。 キャンディード役の中川晃教はむろんのこと、恋人クネゴンデ役の幸田浩子(ダブルキャスト)が圧倒的な歌唱力。舞台で歌を聴いてこれほど驚嘆したのは初めて。この幸田浩子は要注目。 27日の閣議で政府は首相と全閣僚、副大臣、政務官の国民年金保険料の納付状況について「個人情報だから答弁を差し控えたい」とする答弁書を決めた。福田康夫官房長官に至っては「国会で議論しているのだから、国会で決めてくれればそれに従う」 だと。 25日の衆院3補選で勝った自民党に怖いものはない。こんな国民をナメ切った談話を唯々諾々と伝えるだけの大新聞記者。情けない。 フリー記者・橋田信介氏が4度目のサマワ入り。その報告によれば、バグダッドからサマワに行く途中で米軍の走行妨害に遭い、2時間30分の距離を4時間もかかったとか。 「自衛隊の宿営地に入ろうとしたらターバンを巻いた自衛隊員に”東京の防衛庁の許可証が必要”と断られた」という。「4月上旬に訪問した際は50人以上いた大新聞の記者はすべて引き揚げ、残っているのは”不肖”宮嶋茂樹カメラマンとフリー記者の3人だけ」。 その宮嶋によれば「外は猛烈な砂嵐ですが、宿営地は砂漠のオアシス。病院、風呂、売店なんでもあり。キャベツなど新鮮な野菜もあるし、味噌汁のナメコはかなり大きい。隊員はコシヒカリを食べています」とのこと。 イラクに行って要塞を作り、その中に引きこもって、快適生活の自衛隊。 一方、外務省は在フランスの日本大使館が大使就任レセプションで1カ月に850万円の飲み代を使っていたことが情報公開請求による内部文書で判明した。 内訳はワイン代784万円、シャンパン62万円、日本酒3万円。すべて外交機密費からの支出。年度末に道路工事が多くなるように、外務省も機密費を使い切るために、欧州大使館に機密費を送って最高級ワインを大量に買うのが慣例とか。 イラク人質事件でも、ドバイ入りした政府関係者30〜40人は最高級ホテルに泊まり、高い酒を飲み、逢沢外務副大臣は往復ファーストクラス。それで何をしたかといえば、現地で「アルジャジーラ」を見ることだけだったという。そんな連中が人質に救出費用を要求する。 自民党の柏村議員に至っては「人質は反日分子、非国民だ」と公言。国家の意志に従わない者は「反日分子」と言われる時代がすでにやってきたのだ。日本は本当に自由な国なのか。 「こんなことが書ける自由があるじゃないか」と言われるかもしれないが、自由な言論は「自主規制」から始まり、頽廃へと向かう。人質バッシングの渦中の大新聞の「加担するか、見てみぬふり」はすでに、言論の頽廃にほかならない。なによりも醜悪な国ニッポン。 銀座・旭屋で「茶色の朝」(大月書店 1050円)を買う。 フランク パヴロフ=物語+ヴィンセント・ギャロ=絵。フランスでルペンの極右・国民戦線が台頭してきた時、それに対抗するために書かれた「絵本」だとか。どこかのある国。国全体が次第に茶色に染まっていく。猫も犬も茶色い犬しか飼えない法律ができる。そのほうが科学的にも社会的にも優秀で適しているから。やがて、新聞も本もテレビもラジオも「茶色」がほかを駆逐していく。茶色以外のものは存在を許されない。 しかし、それを見続ける主人公は犬を取り上げられても、自分の読む新聞が発禁になっても、最後まで茶色化に違和を感じない。 「茶色新聞しか読めなくても、うっとおしいけど、競馬とスポーツネタはましだ」と思い、政府に批判的な新聞が発禁になったことに疑問を持っても、ほかの人たちが今まで通りの生活をしているのを見ると”きっと心配性の俺がばかなんだ”と、自分の疑問を封殺してしまう。こうして「茶色に守られた安心も悪くない」と考えるようになる。規則さえ守っていれば……。だが、その安全と安心も、ある日突然崩壊してしまう。 茶色はナチスを象徴する色。全体主義やファシズムは必ずしも権力者の弾圧や強権的な政治を敷くことで成立するわけではない。「民主主義を建前とする社会」では、人々がファシズムの萌芽を見過ごしたり、不安をおぼえながらもさまざまな理由から危険な動きをやり過ごしていくことから成立する。−−「仕事がある」「毎日やらなければならないこまごまとした事がある」「面倒なことにかかわりあってる時間はない」etc。 この本は、声高にファシズムを批判するのではなく、普通の市民の日常を淡々と描くことによって、社会が茶色に染まっていく怖さを告発する。 一昔前なら自衛隊が国外に派兵されることなど考えられもしなかった。違憲を前提に、まず存在そのものが議論されていたのに、今や武器を持ってイラクに駐留。 国が決めたことだから、「お上には逆らえない」「国の指導者だって一所懸命やってるんじゃないか。悪口なんてもってのほか」。そんな臣民意識に染まってきていないだろうか。今はもしかしたら、かなりな部分が「茶色の自由」「茶色に守られた自由」になってきているのではないだろうか。 そうならないためには「思考停止しないこと」とこの本は訴える。疑問に思ってもやり過ごすことは思考を停止を意味する。そうではなく、考え続けることこそが、ファシズム=茶色の社会を防ぐことなのだ、と。 メアリ・H・クラークの新刊「魔が解き放たれる夜に」購入。 4月26日(月)晴れ 朝、いやな予感がしたが、クスリを切らし、買い置いていなかったので不安なまま会社へ。案の定、着いた頃から、クシャミがひっきりなし、こんなに日に限ってきついローテーション。今日の花粉症は猛烈。9.30薬局へ駆け込み、鼻炎薬購入。ほとんど意識朦朧。仕事の切れ間に仮眠室へ倒れこむと、そのまま泥のように眠り込む。40分間の仮眠。 なんとか起きると口の中はカラカラ。PM1。昼食を済ませた頃ようやく花粉症も収束。PM3、テアトル・エコーのA氏来社。 PM4.30、上野の「癒処」でマッサージ。6.30帰宅。早めの就寝。 4月25日(日)晴れ 7.00起床。子供と躰道稽古へ。人数も多く、熱気のある道場。 12.00終了。1.30帰宅。部屋の片付け。なんだかんだと忙しいまま夕方突入。夕食7.30。あっという間に就寝時間。 4月24日(土)晴れ PM2、池袋サンシャイン劇場で劇団AUN「オセロー」。東京壱組にゲスト出演していた時代から大好きな俳優・吉田鋼太郎の演出。 小劇団がサンシャイン劇場で公演を打つなんて、ずいぶん思い切ったことを……と思ったが、なんと、舞台の上に客席を作り、「客席」を借景にするという大胆な試み。これならサンシャイン劇場側の負担もないし、公演費用も節約できるということか。通常の客席を逆に見下ろす格好。 シェイクスピア4大悲劇の一つであり、今まで何度か見たことはあるが、これほど、熱意が伝わってきた舞台は初めて。無名の若手ばかりだが、濃密な演出と演技に引き込まれ、魂が奪われる。2時間20分。しかし、その倍の時間を共有したような満足感。 池袋から五反田へ。五反田から池上線で池上まで。 池上線に乗ったのは20数年ぶりか。あまりにも遠い記憶のため、発車ホームが見つからず、探し回ったほど。東急の4階にあったんだ。 PM5.30。池上駅で降りて、商店街の蕎麦屋で腹ごしらえ。その後、池上本門寺へ。初めて見る本門寺。日蓮宗のお寺か。 急坂を上って、本堂。その裏手に黒テントが現れる。五重の塔を背景に立つ黒テント。29日まで「黒テント版 三文オペラ」を上演。夕方ともなると風も冷たい。開場を待つ間、足踏みして寒さをこらえる観客。6.30開場。 服部良次改め服部吉次の独唱で開幕。楽器も歌も荒削りだが、そこが味か。ブレヒトの原作を日露戦争の日本に設定、乞食、泥棒、娼婦(夫)が入り乱れての奇妙奇天烈、摩訶不思議な争闘の果てに……。3幕劇なので、途中休憩2回。休憩時間に高田恵篤夫妻と雑談。 カーテンコールで斎藤晴彦が”日本はますますひどい国になっていくようで……”と挨拶。 10.00終演。帰宅は0時。 3閣僚の年金不払い騒動。しおらしく頭を下げれば、世間が見逃してくれると思ったら大間違い。「ついうっかり」「勘違い」などとよく言うよ。言い訳の裏にこんな事実がーー。 麻生太郎は兼業禁止の閣僚になるまで自分の関連会社の厚生年金に入っていて、自腹の納付を逃れていた。入閣して国民年金に切り替わっても払わなかったのは確信犯。 中川昭一は「忘れていた」というが、当選後3年目の86年に国会で「国会議員の国民年金義務化」決議をしている。しかも5年ごとに年金改正法案が出されているわけだから、自ら4回も審議・採決に加わっているのだ。それで「忘れていた」というなら、国会で彼は何をやっていたのか。 石破茂・防衛庁長官も「勘違いだった」というが、今年4月の週刊誌のアンケートで「口座振替で納付している」と答えているのだから何をかいわんや。 そもそも、国会議員の年金の優遇は並外れている。在職期間中に月10万3000円、ボーナス時に3万円を10年以上払えば、受給資格を得るわけで、65歳で議員を辞めていれば年間412万円の年金がもらえるという。在職が1年延びれば8万2000円加増されるため、中曽根康弘で742万円の年金。それに比べて、一般国民は毎月1万3300円を40年間払い続けてももらえるのはたったの80万円。25年間の受給資格を満たさないと保険料は取られ損。 一方、議員は落選して受給資格がなくなっても納付した保険料の8割が戻ってくる。国民年金、厚生年金との重ね取りもOK。これじゃ、議員年金というおいしい制度を議員たちが手放すはずがない。 国民年金なんか払うだけ無駄。適当にごまかしておけばいい、というのが議員たちの本音だろう。こんな人たちの言う「構造改革」を信じろというのか。それでも、コイズミ内閣を支持する国民が半数以上いるのだからもう……。 「ニューヨークタイムズ」が一面トップで「日本人人質被害者への国をあげたバッシング」を批判。 「タテ社会の中でお上にタテついたことが3人の罪になった」「日本では政府に背き、個人の目的を追求することが許されない」と断言。「自己責任論」を真っ向から批判した。「ロサンゼルス・タイムス」も同様の趣旨。「人質になったのがフリーのジャーナリストだったことで疎外されている」とも。 「人質が創価学会系のボランティアだったら、政府は自己責任を問えたか」と田中康夫・長野県知事。「もっとも、彼らには危険を顧みず戦地で行動する隣人愛なんぞはなから持ち合わせぬ、御都合”一国平和主義”者でしょう」とも。 「冷静に考えれば、出兵している自衛隊員だって”自己責任”。戦闘地帯への派兵は憲法にも自衛隊法にも違反する、と拒否し、別の人生の選択も可能だったのですから」 「”自己責任”を突き詰めれば、住民サービスを担う行政機構そのものが無用の長物となります。而して手を差し伸べるべきは”無自覚な”他律的市民のみに限定すべき、って話になります」 田中康夫の正論に誰が反論できるかーー。 しかし……「JIKOSEKININ」「OKAMI」がアメリカ人にとっての日本語になる。これこそ国辱。 4月23日(金)晴れ PM5、1年ぶりの池袋タワーレコード。相変わらずインディーズコーナーが充実。この店舗のスタッフはかなり優秀。 capsule、dahliaほか15組のアーチスト参加のコンピ・アルバム「スーペリアル・スイート」、ビッグバンドと三味線の取り合わせ、粋な着物に日本髪の俗曲師・うめ吉ことUMEKICHIの「蔵出し名曲集 リローデッド」を購入。久しぶりに胸騒ぐキャラクター&歌声。三味線ブギウギ、東京ドドンパ娘などのカバーはかつての「モダンチョキチョキズ」濱田マリを彷彿とさせるが、マリの突き抜けた明るいボーカルとは異質の楚々とした和風ボーカル。これは大器の予感。このPVをぜひ。PM7、銀座・博品館劇場で「プレイガール ING」。 「プレイガール」は1969年から74年まで放映された東京12チャンネルのドラマ。中学生の頃、夜の11時頃に放送していたので親が寝た後、イヤホンつけて見ていたっけ。ミニスカートの女性保険調査員たちが活躍するお色気アクションドラマ。とはいっても、今のテレビドラマから見ればはるかに品があった。アングラ、サイケ、ゴーゴー、ベトナム反戦の60年代文化ルネッサンスを反映して、なんと刺激的な番組だったことか。 東京は田舎の中学生にとってははるか彼方の未知の惑星のようなもの。沢たまきをはじめとするプレイガールの面々もまた手の届かない憧れの花たち。お気に入りは八代万智子と桑原幸子。オープニングの「プレイ〜ガール〜」の低音ボイスが耳に残るが、あの声はケン・サンダースだったと30数年ぶりに知った。ケン・サンダースは今どこに。 で、この舞台はその桑原幸子がプロデュースしたもの。沢たまきが昨年急逝したことから「追悼公演」と銘打って、沢の役を宝塚の高汐巴が演じることに。 物語はーー。「プレイガール」のDVDボックスが出たことをきっかけに、もう一度あの時代のプレイガールたちが再結集して何か刺激的なことをやろうと相談。夏樹レナ(今も現役のモデル)、應蘭芳(日本落下傘協会理事長)、西尾三枝子(大衆演劇、元松井誠夫人)、曽根きよ美(「夢は夜ひらく」の作曲家・曽根幸明夫人)、桑原幸子(作家・西木正明夫人)の5人が集う。国会議員の沢たまきも賛同し、舞台化へ。 しかし、突然の沢たまきの訃報。ショックを受けた5人の前に、沢の幻が現れ、それぞれの30年前にいざなう……。 現役のピチピチダンサーたちのお約束の「パンチラ」シーンあり、格闘シーンあり、オールドファンにとってはノスタルジックな2時間。原案の西木正明の発案ということで、1960年代のカリスマたちも登場する。 1969年、新宿・風月堂で沢と蘭芳が話し込んでいる。沢が言う。「私、結婚しようと思うの」「誰なの相手は」「おミズ」「……水原弘? でも彼には奥さんがいるでしょう」 沢と水原弘の間にそんな関係があったとは初耳。 その横のテーブルで学生に論争をふっかけられているのは寺山修司。 「ベトナム戦争に加担している日本が恥ずかしい。ボクは義勇兵としてベトナムに行ってアメリカと戦いたい」 興奮してまくしたてる学生に寺山は「状況もわからずベトナムに行くのは無謀だ」と諌めている。「あなたには失望した」と立ち去る学生。 当時、このようなシーンを西木は目撃したのかもしれない。学生たちは寺山に直接行動への扇動を期待したのかもしれない。しかし、寺山修司が学生に「ベトナムに行って戦え」と言ったとしたら、それこそ軽薄のそしりを免れない……。 反戦米兵の溜まり場、渋谷の「コルト45」のシーンは桑原幸子。土門拳に撮ってもらったヌードをカレンダーにして配ったという桑原。杖をついた土門拳が現れ、米兵とこぜりあい。殴られながらも、その場面をカメラにおさめる写真家の業。 西尾三枝子の回想は銀座のスナック。雑誌で対談した五味康介の口説きに辟易する西尾……。 回想を終えて、5人に「いつまでも仲間だよ。みんな……」と微笑む沢たまき。 作品として見れば、何があるでもない、ノスタルジーだけの舞台。でも、蘭芳66歳、最年少の曽根きよ美も53歳。世間的にはおばさんなわけだが、曽根きよ美など、共演の娘・ゆき枝に見劣りしない若さとスタイル。当時のプレイガールたちはまだまだ頑張っている。 ただ、空席3分の1のスカスカ。しかも、50〜60代ばかり。その下の世代を探すのが困難なほど。男女比も半々。これほど偏った客層は初めて。高汐目当てのヅカファンがいなかったらどうなっていたか。「プレイガール」を見ていた世代はどこに行ってしまっ たのか。まあ、一番、舞台を見ない世代でもあるから……。休憩時に、「沢たまき&プレイガール ミュージックコレクション」(3000円)を買う。「ベッドで煙草を吸わないで」「カスバの女」のようなジャジーな歌謡曲を今誰が歌いこなせるだろう。 外に出ると寒風。半袖Tシャツなので思わず身震い。まるで冬模様。 4月22日(木)快晴 今年初めてのTシャツ出勤。 PM4.20、K記念病院で鍼。6.00帰宅。 相変わらず一部の週刊誌、新聞では人質バッシングが続く。「自己責任論」なる奇怪な論理を振りかざす政府とそれに追従する大新聞。 人質となった5人への理不尽なバッシングの裏にあるのはNGO、ボランティア、フリージャーナリストたちへ「政府の統制が及ばない人たちへの」恫喝作戦だろう。 政府の思惑とは別の視点から紛争地で人道支援、取材活動を行っているNGO、ジャーナリストは政府から見れば目の上のたんこぶ。彼らが伝える紛争地の「真実」が邪魔でしょうがない。もしも、戦争の現場が官許のジャーナリスト、政府関係者ばかりになったら果たして戦争の真実はわれわれの目に届くだろうか。ベトナム、ソンミ村の虐殺、イラク、ファルージャの虐殺は伝えられただろうか。現に、アメリカは自国軍兵士の死を国民の目から遠ざけている。正確な死者の数も伏せられているという。 「お国に迷惑をかけた」「好きでイラクに行った」ーー5人バッシングは国家の意思に従わない者への見せしめといえる。まるで戦前の非国民扱い。 そもそも、自己責任とは「自律した個人が自らの責任で社会活動を行う」ことであり、国連のガイドラインでも、「人道および軍事活動間の明確な区別を維持するために、軍事組織は直接的な人道支援をすべきではない」という基準を設けており、「紛争地域で中立な立場で人道支援できるのはNGOである」ということが確認されている。 自衛隊の派遣は国連のガイドラインからも大きく外れているのだ。それなのに、「救出費用を払え」だの「渡航禁止の法制化」だの牽強付会もいいとこ。現地で自衛隊が何をしているのかといえば、民間でもできる給水活動のみ。あとは要塞に引きこもり。それで300億の税金。 スペインが早期撤退を決め、ホンジュラス、ドミニカ共和国、ニカラグア、シンガポールが撤退決定、ブルガリア、タイ、フィリピン、ニュージーランドが撤退検討している。21日にはノルウェー外相が「任期を延長する気はない」と言明、ポーランドもミレア首相が撤退に言及した。 こうした中、自衛隊だけが5月に警備隊の増派を決定。支援活動自衛隊員120人に対し、それを警備する部隊が130人と、奇妙な構図が出現する。もはやイラクに安全な地域はないのだから、「危険地帯に滞在できない自衛隊」が駐留する意味もない。 それなのに、国民の多数が「自衛隊は撤退すべきではない」と答えるのだから、自衛隊派遣の意味もなにもわかっていないとしか思えない。 このままではイラクの真中で自衛隊は孤立するのは目に見えている。米軍に忠誠を尽くしたあげく、世界からも孤立する。 「1918年のシベリア出兵の二の舞になる」と言うのは茨城大名誉教授の大江志乃夫氏。 「防共」を大義に欧米諸国と協同出兵したが、欧米諸国は次々と撤退。取り残された日本は駐留4年で莫大な戦費と死者3500人を出した。このシベリア出兵での孤立が1931年の満州事変につながり、日本は中国との15年戦争へと突き進んでいく。 300億円もの戦費をかけて、忠犬よろしくアメリカに従っても、ブッシュの次の目がなくなったらどうするのか。 あくまで自衛隊を撤退させないのは、自衛隊に死傷者が出ることを待っているとしか思えない。その時こそ、「国民の愛国心を駆り立て、自衛隊を正式な軍隊に昇格させるチャンス」。つまり、憲法改正への布石というわけだ。 アメリカは表向き、ファルージャで停戦交渉を行っているというが、浜田和幸氏によれば、「実情はまったく逆」とのこと。 依然として激しい戦闘が続き、アメリカ軍は夜通し大音量でヘビメタを流し続けている。その合間に「イラクのヘタクソ野郎ども、おまえらの鉄砲弾なんてヤギの糞だ」「お前らの仲間が撃たれて倒れてるぞ。でも、お前らには救急車を動かすガソリンもないんだろう。野良犬が仲間を食い散らかすぞ」と挑発を繰り返している。 かつて、アメリカ軍はパナマの独裁者ノリエガ将軍を昼夜まくなしの大音量ラップでノイローゼにして補足に成功。FBIもテキサス州のカルト集団立てこもり事件で、昼夜を問わず、赤ん坊の泣き声や叫び声、犬や猫のうなり声を合成した「神経音波」で攻撃した。イラクでも同じ事をしているのだろう。これが戦争。 4月21日(火)晴れ 真夏のような暑さ。12.30、歯医者へ。定期健診。塩水を歯に吹き付ける新治療方式がつらい。気持ちが悪く、思わずウッとなってしまう。 午後、自転車を買いにダイエーへ。買い換えたばかりなのに、もう盗難にあってしまったのだ。8800円。もう自転車は安いので十分。 その自転車で、冬物をしまうためにレンタル納戸へ。 帰宅したら猛烈な疲労感と睡魔に襲われ、床の上で1時間ほど仮眠。休みの前だからと夜更かししたのがたたったか。 夕方、久しぶりに音楽ページの更新。今年に入ってから、ほとんどのページの更新が滞っている。 PM9、赤ちゃん取り違え事件を題材にしたドラマを横目で見ながらHP更新。六平直政が一方の子供の父親役で出演している。こんな役もやるようになったのか。 4月20日(火)晴れ PM2、演劇集団KのS崎さんとお茶。5月のレパートリーシアターの件。 PM4.30、渋谷。癒処でマッサージ。 世田谷パブリックシアターでTSミュージカルファンデーション「タン・ビエットの唄」。 演出・振付=謝珠栄。脚本=わかぎゑふ。音楽=玉麻尚一。 ベトナム戦争で引き裂かれた二人の姉妹の悲痛な運命を描いたミュージカル。姉の消息を知るために、かつての解放戦線の同志、5人の男性の元を経巡る「舞踏会の手帖」。 妹は、アメリカ軍によって行われた虐殺の証言をするために、欧州への使節団に加わるが、英国に留まり上流夫人に。姉は解放戦線の同志たちと共に、アメリカ軍・政府軍相手に戦うが、一人の男を愛したために運命の歯車が大きく狂う。彼女を愛しんだ5人の男たちもまた運命を狂わされる。戦争が終わったら、それぞれの夢があった。詩人、作曲家、農民、軍人、医者……。しかし、戦争が終わっても、彼らに真の幸せはやってこない。姉を探す妹の見た現代のベトナム、そして姉の最期。 土居裕子、畠中洋(共に元音楽座)の共演だからというわけでもないが、まるでかつての音楽座の上質な作品を見ているような錯覚に陥る。愛華みれもスケールの大きい演技と歌。近来まれに見る傑作となった。イラク戦争前から構想していたというが、ベトナム戦争の虐殺は、現在のイラクと重なって見える。歌、踊り、台詞、ストーリー、どれもが一級品。 万有引力の根本豊が初めてミュージカルに出るというので、最初ははらはらしながら見ていたが、「万有の芝居」とはガラリ一変、カンパニーに溶け込んだ芝居でホツと胸をなでおろす。さすがに役者35年。だてじゃない。歌うシーンも見劣りせず。後で聞くと「謝さんに”今までしみついた芝居は全部捨ててください”と言われた」とか。こうして見ると、根本豊は一般の舞台でも違和感なくやっていける。これで「引退」はもったいない。 終演後、根本さん、恵篤、木下さん、そして脚本家の田中浩司氏の5人で飲み会。0時まで。田中さんと大宮行最終電車へ。根本、恵篤、田中と、天井桟敷時代の「同窓生」の会話がうらやましい。「チャイナドール」撮影中の「大船事件」などのエピソードが面白い。 途中、パンタグラフが故障とかで、終電乗り継ぎが遅れ、タクシーで家帰宅は1.30。さすがに疲労困憊。 「イラクでアメリカは必ず勝利するぞ。そうだよな、パウエル国防長官」 先日の公式会見でこう言ったブッシュ大統領。ラムズフェルド国防長官とパウエル国務長官を間違えても気づかない様子は、まるで、いしいひさいちの4コマ漫画。 「アメリカを守るため、天国と地上を行き来する」とも述べたというが、相変わらず意味不明な発言。コイズミといいコンビだ。 そのコイズミ内閣は相変わらず高支持率。毎日新聞の世論調査でも「憲法を変えて自衛隊を軍隊に」と回答する人が過半数。「人質をとられても自衛隊を撤退させる必要はない」にいたっては7割が支持。やがて、この国の軍事ファシズムが完成したとき、この7割の国民はどう「自己責任」を取ってくれるのか。 4月19日(月)晴れ お昼前、高校の同窓生Tからケイタイに電話。何だろうと思ったら、「今、テレビのニュースで放送してるのは同窓生のIのことじゃないか」 北海道・函館で、パトカーに追尾された若いドライバーが道路を逆走。タクシーに追突し、そのタクシー運転手が即死した事故があったとのこと。そのタクシー運転手の名前が同窓生と同姓同名。しかもIは函館でタクシー運転手をしていたとうから、本人に間違いないだろう。 Iとはほとんど話をした記憶はないが、苦みばしったニヒルな顔と笑顔が印象的だった。30年前のその顔が目に浮かぶ。 不運としか言いようがない。数年前に結婚したばかりとも聞く。あまりにもかわいそうだ。夕方、Iのことを知っているであろうYに電話。久しぶりの会話が同窓生の不幸とは。 PM5、銀座・ビックパソコン館。「はがきスタジオ」が不調なので、「筆まめ」を購入。PM7帰宅。 案の定、「自己責任」なるワケのわからない論理のすり替えでバッシングされている5人の日本人人質たち。まるで犯罪者扱い。なんとしてでも自衛隊撤退論議を避けたい政府が仕掛けたワナにはまったニッポン大衆。 「政府が自画自賛する解放のPRの実態はオソマツそのもの」とバグダッドで取材中のジャーナリスト・橋田信介氏。 「最初の3人の事件で武装グループから24時間以内の解放声明が出てから3日以上も時間がかかったのは、ひとえに政府の責任」と言う。 「武装グループは米軍がファルージャを包囲していたため、人質をバグダッドに出す方法がなかった。しかも、その時、アンマンの現地対策本部はヨルダン人に委託して”スペシャルチーム”を結成、医療団体に化けさせてファルージャに潜入させた。ところが、途中で正体がバレ、ヨルダン人1人が拘束された。その混乱のために解放が遅れたのです」 よその国の人間を見知らぬ土地に派遣して情報を探らせるなんてマヌケとしか言いようがない。 川口外相の非礼に対し、イスラム聖職者協会のクバイシ師が激怒したのは当然だが、なんと3人を引き取りに来た大使館当局者がその場でクバイシ師に対してファルージャへの経済援助を口にしたという。 クバイシ師は彼らに、「われわれは人道的問題を経済問題との引き換えにする気はない。それよりも、ファルージャへの援助物資搬入を米国側に要請して欲しい」と告げたという。 このニッポン当局者のなんという非礼。どこが礼節を重んじる国だというのか。人質解放の代償のように、経済援助を申し出るなど、相手を物乞い扱いしたも同然ではないか。しかも、3人の引渡し時に。 イスラムをバカにするにもほどがある。こんな外交をこそ国辱外交というのだ。 国際政治経済学者の浜田和幸氏によれば、ファルージャで惨殺、橋に吊るされた民間戦争会社「ブラックウォーター」の傭兵、スコット・ヘルベンストンはハリウッドの戦争映画には欠かせない存在だったという。史上最年少の17歳で海軍の特殊部隊シールの猛特訓を修了、世界各地で実戦経験を積み、その経験を買われてハリウッドに転戦≠オた。 「GIジェーン」「フェイス/オフ」「スリー・ニンジャ」などの企画やスタントマンとして活躍し、最近も人気テレビ番組「コンバット・ミッションズ」でヒーローを演じたばかり。そんな彼がイラクで何をしていたのか。 18人のイラク人が殺された直後の町を「アラーのケツの穴にぶっ放せ」と車にペインティングしてウロウロしていたという。まさにイラク人にとって憎悪の対象以外のなにものでもなかったわけで、映画のように米国のハッピーエンドにはならなかったのは皮肉な話。 一方で、パレスチナ自治区ガザ市ではイスラム原理主義組織「ハマス」の新指導者ランティシ氏をイスラエルの武装ヘリが襲撃、ランティシ氏を暗殺した。ブッシュと結託したイスラエル・シャロン首相の暗殺攻撃のすさまじさ。もともとはユダヤ人問題をパレスチナに押しつけた大国の二枚舌外交が根底にあるわけで、このままではいつまでたってもパレスチナ問題は解決しない。それどころか、未来永劫憎悪の連鎖は続く。 昨日の歌は啄木で、しかも「死ぬならば ふるさとに行きて 死なむと思ふ」だった。ちょっと違っていたか。 4月18日(日)晴れ 9.30起床。夕方まで、写真を印刷したり、礼状を書いたり、細々とした雑事。昼、鯉のぼりの据え付け。 目の前の高架線の鉄柱にカラスが巣を作っている。方々から、わらくずやらハリガネを運んできての巣作り。「ほら、何か動いてる」というので、子供と双眼鏡でのぞいてみる。ヒナかと思いきや、風に揺れるワラ。 PM7、夕食。アルコール少々。母が亡くなってから、それまでお酒を飲まなかった父が一人で晩酌をするようになったことを思い出す。 死ぬならばふるさとで死なむとぞ思う そう歌ったのは誰だったか。漠然とした自分の死は父の死と共に費え去った。もはや、死は現実。漠とした憧憬で、「ふるさとにて死なむ」と思い続けてきた自分の幼さ。死はリアリズム。誰が葬儀を行い、遺された者はどうするのか。具体的な自分の死を思えば、もはや「ふるさとにて死なむ」とは言えない。いつかはこの異郷の地で果てることを余儀なくされるのだろう。子供たちにとっては「故郷」の地で。 4月17日(土)晴れ PM3、新宿。パンプルムス。星屑の会・番外編「損友」。三田村周三、でんでん、菅原大吉の三人芝居。作・演出は水谷龍二。このメンツで面白くないわけがない、と勇んで行ったが、水谷龍二もあまりにも忙しいようで、やや肩透かし。オヤジ狩りに遭った漢方薬局の主人(菅原)がその復讐を二人の友人に頼み決行したらしい。でんでんは元刑事で今声優、ワル仲間の三田村と組んで若者をボコボコにした様子。舞台は翌日の薬局。昨夜の事件が新聞に出ていないか心配そうな3人。不審な電話もかかってくる。……とまあ、こんな設定だが、いわば俳優の個性に寄りかかった芝居。3人の魅力が発揮できたかといえば……。1時間20分。 PM7、東中野。芝居砦・満天星で新宿梁山泊「どん底 桜貝編」。ゴーリキーの原作を換骨奪胎、現代の新宿・歌舞伎町ドヤ「ドラゴンパレス」に置き換えた物語。 開巻からいつにもまして異常にテンションの高い大久保鷹。「役者」の役。見終わって納得したが、これはまさに鷹の芝居人生を凝縮した舞台。「セリフ覚えの悪いタカさんが、珍しくキッチリとセリフを覚えてきた」という周囲の声がそれを裏付けている。こんな役をやったら大久保鷹も本望だろう。 売れない演歌歌手・花子=近藤結宥花とマネジャー・ミチル=金守珍コンビの歌う「泣いてたまるか」に涙。安宿「ドラゴンパレス」の住人たちも魅力的。革命家・近童弐吉、謎の老人・黒沼弘己、オカマのダイアナ・梶村ともみ、女主人・渡会久美子、キムチ売り・三浦伸子、宿の経営者・コビヤマ洋一、娘・雪沖中咲子、中国人密航者・大貫誉、サンバ・ダンサー・草野小夜架……。1980からのゲスト上原弘之の「殿下」の造形もいい。そして若者幻像役の原昇が実に素晴らしい。 三部作を構想しているというが、梁山泊の代表作となる予感。猥雑で叙情的。緩急自在の演出。アングラ演劇の醍醐味。休憩10分入れて約3時間。長さをまったく感じさせない至福の時間。見ることの悦楽! 雪が舞い散る中、雪と花子のすれ違い。十数メートルの赤フンドシで渾身のパフォーマンスを見せてくれた大久保鷹。演劇史に残る名場面。久しぶりに体中の細胞が沸き立つ興奮。 終演後、併設された喫茶室で飲み会。守珍、秋元さん、弐吉、伸子、結宥花、ともみ、久美子らと談笑。心地よい酔い。金さん、7月には新作映画の撮入。唐十郎のホンで「地上の星」(仮題)。同席した映画監督の石岡正人氏に挨拶。秋元さんにアートンの堀さんを紹介される。 11.00、終電に乗り遅れないように退出。家路に。途中で六平直政、Kさんと合流。新宿までおしゃべり。六平さんは「透明人間の蒸気」が終わったばかり。「2年前に話があったんですよ。野田さんの演出は初めてだけど、いい勉強になった」とにっこり。明日まで青山で個展をやってるとか。真鍮などを使った造形20数点。自宅に作業場がある六平さん、役者の傍ら造形作家としての活動も続けている。新宿で別れて、地下鉄経由。山手線で池袋を通過する時、「京浜東北線で発生した人身事故の影響で遅れていた電車が動き出しました」とのアナウンス。今日も人身事故か。多すぎる。 0.50、帰宅。 拘束されていた2人の日本人も解放。よかった。 ただ、先の3人の解放に尽力したイラク・イスラム聖職者協会のアブドルサラム・クバイシ師は、安田純平さんら2人を在バグダッド日本大使館に引き渡す際、上村司イラク臨時代理大使に対し「昨日の川口順子外相の声明をテレビで見たが、聖職者協会への感謝の気持ちが伝わってこなかった」と不満を表明したという(毎日新聞)。「声明は人質の解放を望んでいないように聞こえた」とも語った。 イラク側の思惑はあるのだろうが、自国民の解放に冷淡な政府・外相・閣僚たちの「気分」の読みは外れていない。なにもしなかったくせに、さも自分の手柄のような口ぶりをする小泉、川口ら。この厚顔無恥な連中の「反NGOキャンペーン」に乗せられ、「人質はイラクに亡命しろ」だの「救出費用を負担させろ」だのとわめき散らす人々。 中央社会保険医療協議会(中医協)を舞台にした汚職事件の本質は、国民の税金を食い散らかす政治家・官僚の存在にある。贈収賄で診療報酬の引き下げがストップしたことによる国民の医療負担は試算によれば1兆円以上に上るという。ワイロ攻勢で1兆円という国民の負担が左右される政治とはなんぞや。結局。掛け声だけで「構造改革」など何もできず、国民を苦しめるだけのコイズミ政権。1兆円といえば、1億円の1万倍! それだけの「損失」を出しておきながら、人質解放の費用だのなんだのとリークしまくり。それに乗せられるマスコミはジャーナリズムの名に値しない。……と、今日もまた心悸高進。「体と心に優しい時代」はいつになればくるのか。 4月16日(金)晴れ 無事に解放されたイラクの人質3人への風当たりの強さは自分の無能ぶりを転嫁するコイズミ内閣の薄汚れた心性を現している。コイズミ、川口外相、小池百合子ーーインチキ政治家の無責任な「人質非難」をタレ流す大新聞はいつから政府広報紙になったのか。フランス紙の記者が言う。「自国民を救うのは政府として当然の義務。政府が救出費用を被害者に請求しようという言動はまったく理解できない」 PM4.30、新宿。「癒処」で指圧マッサージ。普段のストレッチが大事とは思うのだけれど……。 タワーレコードでカルカヤマコト「black and browny」、A.S.P「マラカシェイクスウィーツ」、FAKIE「TIMELESS」。 PM7.00、トップスでNANYA−SHIP+ウオーキング・スタッフ「カトル」。 清水邦夫の「楽屋」を上演中の、あるプロデュース公演の「楽屋」を舞台に4人の女優たちの人生が交差する二重三重構造の舞台。劇中劇のセリフが効果的に取り込まれ、スリリングな女優論になっている。引退したのに自分の役を忘れられずに舞い戻る亡霊のような女優を有森也実が好演。佐藤康恵は初舞台の「ウィートーマス」から比べたら格段の進歩。植松真美も初舞台ながら実にチャーミングな演技。ベテラン・南谷朝子は木冬社時代の自分の思い入れを投影しているのだろう。いつにもまして気迫のこもった演技。上演時間1時間50分。和田憲明にしては以外にあっさり風味だが、女優という「生き物」を通して演じることの意味を問うメタ演劇として十分に楽しめた。 隣の席の男性は上演中でも帽子を目深にかぶったまま。誰だろうと思ったら俳優の陣内T則氏。なるほど帽子は芸能人のお約束。制作の石井K美子さんに挨拶して家路に。早めに終わったので、埼京線経由で帰ればさらに時間短縮になると思ったが、これが読み違い。武蔵浦和駅に着くと乗り換え通路が人でいっぱい。ホームに進むと引き返してくる人波でもみくちゃ。そばの乗客に聞くと「事故でさっきから電車がストップしているんです」。 ホームで電車を待っていた最前列の男性が突然仰向けになって転落、そこに電車が入り、ひきずられたとのこと。レスキュー隊が必死の救助に当たっている。ちょうどその個所は青いシートで覆われ、乗客から見えないように作業中。レスキュー隊が「この中に医者はいませんか」と聞いていることから、重傷ではあるが命は助かった模様。 警官が「転落した瞬間を見た人はいませんか」と大声で目撃者探し。19歳の若者が手を挙げ、それに答える。誰かに押されたのではなく、自分で落ちたとのこと。あとで証言することになるのだろう。警官が調書。 救出と現場検証に手間取りようやく電車が動いたのが1時間後。一方、埼京線でも乗客が線路に降りたとかで、運転中止。身動き取れなかったわけで……。 11.00帰宅。携帯で連絡してあったので「どうだった?」と心配顔。それにしても、この頃、電車の人身事故に遭う確率が高い。 4月15日(木)晴れ 人質事件進展せず。5.00帰宅。家でお酒を飲むのはめったにないことだが、家族と一緒に父の思い出話をするうちに酒量は進み、酔いつぶれる。9.00、人質解放の報を知らぬまま、就寝。 4月14日(水)雨 このところ、毎夜、2時過ぎになると目が覚める。その後断続的な睡眠。5時起床。疲れることこの上ない。しかし、休日とあって睡眠不足解消の10時起床。 さりとて、のんびり過ごすわけにはいかず、仏事の返礼に追われ、終日暇なし。まだまだ事務的な事などが残っており、4月いっぱいはその処理で手一杯か。 夜、高畑淳子がバラエティーに出ているのを見る。子供たちに聞くと、最近、高畑さん、バラエティー出演が多いとか。正統派女優ながら、ボケのキャラクターがテレビ受けているのか。確かに普段から面白い人だけど……。 毎日新聞「憂楽帳」がこう書いている。 「米言語学者、ノーム・チョムスキーによれば、大衆操作に使われるのは誰も反対できない、それでいて意味のないスローガンだという。たとえば、「われわれの軍隊を支持しよう」 他国の軍隊を支持しようとは誰も言うはずがない。 ブッシュやコイズミがいう「テロに屈しない」。この、誰も反対できない空虚なスローガンをメディアは笛や太鼓ではやしていないか」と。 「テロに屈しない」。そのテロとは何であり、テロが起こる原因は何か。無辜の民衆を殺戮するアメリカの「正義」をなぜテロと言わないのか。 元閣僚の箕輪登氏と、札幌学院大学教授 坪井主税が、人質の身代わりを申し出たとの報。以下その声明。 日本人人質に関して アルジャジーラ ネットワーク スタッフ様 私たち2人は、日本北海道の小樽市に居住する日本人です。以下は、私たち からサラヤ アル ムジャヒディンというグループに宛てたメッセージです。 貴社記事「日本人、韓国人拘束さる」「人質問題で日本混迷」の筆者が、次の 記事・テレビ番組において私たちのメッセージを活用され、グループの目・耳 に届くようにしていただければ幸いです。 箕輪登(男性、80才、元郵政大臣、元防衛庁政務次官)のメッセージ 私は、元日本政府閣僚の1人でした。 私は現在、日本の自衛隊をイラクに派遣するという小泉首相の誤った政治選択に 関して裁判所に提訴中です。 私は十分に長く生きてきました。 私は、あなた方が拘束した3人の日本人の代わりに人質になる覚悟があります。 坪井主税(男性、62才、札幌学院大学教授、専攻 平和学)のメッセージ 私は、これまでずっと、アメリカがあなた方の国を攻撃し占領していることに 反対してきました。 私は、これまでずっと、わが日本政府がブッシュ大統領を支持してきたことに 反対してきました。 私は、これまでずっと、日本政府があなた方の国に自衛隊を派遣することに 反対してきました。 私は、あなた方の国から自衛隊を撤退させたいと思っている唯一の日本人では ありません。多くの日本人がそう思っています。 私は、あなた方が拘束した3人の日本人もそう思っていると確信しています。 3人を無傷で解放してください。 箕輪登・元代議士は現在は引退して小樽に隠居している。 防衛政務次官や自民党副幹事長などを歴任し、タカ派、防衛族のドンなどと言われていた箕輪登氏だが、最近では、札幌でイラク派兵差止訴訟の原告となるなど、小泉首相の危険な進路に異議を唱え続けていた。 箕輪氏によると、自衛隊法で自衛隊が行動できるのは、防衛出動、災害派遣、警察の力で治安維持できない場合――に限られる。このことから、イラク派遣は同法95条が定める武器は小火器程度で「重装備では行けない」となる。「(応戦で)自衛官を殺人者にしたくない」とも。 その硬骨漢ぶりには心底感動した(感動とはこういうときに言うのだよ、コイズミセンセイ)。81歳。悠悠自適で余生を送ってもいい年齢でありながら、長年所属した自民党に対し、叛旗を翻したその反骨精神。 晩節を汚す政治家が多い中、これをこそ「サムライ」といわずしてなにを言うのか。 4月13日(火)晴れ 依然として人質事件は膠着状態。今日も夕方まで待機。「KAZE」のS崎さんから電話。 PM4.30、新宿へ。肩の凝りが激しく、指圧マッサージ店に。「この凝りは根が深いですね。相当長い年月が経ってますよ」と施術師。 PM6、ABCマートで春用のスニーカー1万2千円。 PM7、地下鉄で新宿御苑前。シアター・サンモールで扉座「曲がり角の悲劇」。横内謙介若書きの戯曲を茅野イサムが演出。人を殺せない若い戦士の苦悩をギリシャ悲劇風に描いた作品。まるで蜷川幸雄かと見まごう大仰な演出。山中たかシ、佐藤累央、仲尾あづさら若手主体。 帰り、江森さん、山田ちよさんと途中まで電車。江森さんは新生「シアターアーツ」の編集に携わり、ちよさんは旦那さんの個展が横浜であるので、忙しくなるとか。和田憲明の新作の話をしていたら、ちょうど携帯にI井久美子さんから電話。ウワサをすればなんとやら。有森也実ら4女優の舞台に期待したい。 10.30帰宅。ますだいっこう氏のサイトからリンクしている、さいとういんこさんの日記を読む。イラク人質事件に関してこのところ右派プロパガンダやら、愉快犯的な言説ばかりが新聞・ネットで飛び交っており、暗澹たる気持ちになっていたので、こんな日記を読むと心底ホッとする。日記からリンクされている、イラクの殺された子供たちの写真を見ると胸がふさがれる。 ふと、子供の頃のテレビドラマを思い出す。月光仮面、隠密剣士、少年ジェットーー正義の味方たちのこと。悪漢たちは正義の味方にかなわないと見ると、その力を封じるために、正義の味方の同士・仲間を誘拐し、人質にした。 牧冬吉演じる「霧の遁兵衛」など、何回何十回人質にとられたことか。しかし、そのたびに、隠密剣士の大瀬康一は刀を捨て、月光仮面は拳銃を捨てた。まず人質の命が先決。そのためには敵に捕らわれることも厭わない。しかし、機知によって必ず敵を倒し、人質を奪い返した。 子供の頃は、人質になった霧の遁兵衛や「とんだもんた」を見て、「なんて間抜けなんだ。こいつらのために正義の味方が危機に陥るなら、殺された方がましだ」と思ったものだ。 しかし、今思えば、メンツや誇りよりも、罪のない人の命が大事という戦後民主主義を体現したものが、昭和30年代の少年ドラマの基調になっていたのだ。これらの作品は”右翼・政界フィクサー”といわれた川内康範の手によるものだ。右翼・黒幕と言われた氏だが、その根底には戦争に対する真摯な反省と「戦後民主主義」が横たわり、息づいていたのではなかろうか。 もしも今、月光仮面がイラクに現れたなら、月光仮面は自衛隊に向かって何というだろう……。 4月12日(月)晴れ 人質事件は進展せず。夕方まで待機。 その事件の陰で、イラク国内の2つの最大勢力シーア派とスンニ派が「反米」で共闘。犬猿の仲の二会派が共闘するのはアメリカにとって予想外の展開か。それほどイラク国民のアメリカへの憎悪は強いということだろう。 「これはイラクのベトナム化への第一歩」と軍事ジャーナリスト・田岡俊次氏。1963年の解放戦線によるテト攻勢で守勢に回った米軍はベトナム撤退の73年まで泥沼の戦いをすることになった。シンガポールが撤退、タイも追随、ポーランド、スペイン、カザフスタン、エルサルバドルが撤退への動きを見せている。そんな中、自衛隊は砂漠の真ん中で引きこもり状態。 もともと、人道支援というなら軍隊が出かけていくのはおかしな話。NGOやボランティアが1000万円もあればできる給水などの支援活動を自衛隊派遣で数十億もかけるのは税金の無駄遣い。ブッシュの忠犬・コイズミが自国民の反対よりもアメリカへの顔色うかがいに腐心した結果がこれだ。 しかも、人質事件。危機管理というなら想定しなかったはずがない。当初から、そうした事件を自衛隊の権限拡大に利用しようと企てた姑息さが垣間見える。「これを機に、海外での自衛隊の活動の歯止めをなくすべき」とかなんとか。もともと自衛隊は憲法違反の存在であり、いってみれば自民党の私兵のようなもの。 国家が国民を守るなどというのはウソ八百もいいところ。精鋭を誇る関東軍が、ソ連参戦の際、女・子供・老人を置いて真っ先に逃げ出した史実、沖縄戦でのひめゆり部隊の悲劇が示すように、軍隊は国民の命を守るなんてのは幻想でしかない。 石油欲しさにイラクに戦争を仕掛けたブッシュ・アメリカ。大義なき戦争にもかかわらず、ブッシュの尻馬に乗って、大多数の反対にもかかわらず自衛隊派兵。莫大な税金の無駄遣いをするコイズミ。 一方で、劣化ウラン弾という放射能兵器の危険性を調査しようと危険を顧みずイラクに渡った青年や現地の子供たちのためのボランティア活動を行った若い女性、そして戦場の真の姿を伝えようとしたカメラマンの3人の拘束に非道な仕打ち。彼らが死と背中合わせに置かれている現実に対し、「国賊」と悪罵を投げつける国家主義者たち。事件の詳細もわからないうちに「自衛隊は撤退しない」と”国民を見殺しにする”政府・首相。……恐ろしい時代になったものだ。日本の友好国だったアラブ・イスラム諸国を敵に回して、いったい何の国益か。ちゃんちゃらおかしい。 4月11日(日)晴れ 朝から数本の電話。欝の種からいったん解放。道のりは険しいが。 そのうちの1本は田舎の叔父から。3月の末に葬儀で田舎に帰った際、埠頭で突風にあおられ、書類入れから空に舞った亡父の保険証。海の方に飛ばされたため、追いかけることをあきらめたその保険証を、昨日、隣町の漁師が届けてくれたという。なんでも、漁船の板子の間に落ちていたらしい。10日余り過ぎて出てきた保険証。しかも叔父の漁師仲間の船から見つかったとは。不思議なめぐり合わせ。「丁重に弔っておくから」と叔父。 日本人人質も24時間以内に解放との報。本当ならよかった。「危険地域に行った方が悪い」「国益を損ねた」「国民(?)に迷惑をかけた」ーー拘束された人たちや家族に罵詈雑言を浴びせかける心ない人々。右傾化する世論に迎合する人たち。そこまで人の心は荒廃するものか。 4月10日(土)晴れ ようやく週末も、気分は晴れず、朝から鬱々。午後、仕事の合間にCさんに電話。ようやく雲間から薄日。 PM3.30退社。疲労の蓄積で体が悲鳴。思い切って指圧治療院へ。60分6000円。 その後、友人と会食。23.00まで。心が解放される。友人こそ心の病にとって最良の妙薬。 4月9日(金)晴れ 一日中憂鬱。仕事を終えてPM5、渋谷へ。HMVで当たりをつけて、タワーに行って購入。ポイントをためるため。サンタラの「うそつきレノン」「バニラ」。ザックリとしたギターと硬質でけだるい女性ボーカル。 PM6.30、パルコ劇場で「椿姫」。どこを切っても美輪明宏の耽美世界。ほかに言うべき言葉みつからず。召使役の仮屋ルリ子好演。9.55終演。オフィス・ミワのK氏に挨拶して家路に。 日本人3人が拘束された事件で、その報告を受けたコイズミ首相は、予定していたマスコミ関係者との会食を中止せず、そのまま何事もないかのようにご機嫌で食事。ビール、ワイン、ステーキを平らげたという。この人に温かい血は流れているのか。 4月8日(木)晴れ なんだかんだの涙橋。イラクの自衛隊基地近くに迫撃弾着弾ということで、息もつかせぬ仕事の波状攻撃。午後2時にようやく昼食。PM5、帰宅。今夜も、酔いどれかぐや姫。憲法を遵守すべき首相が相変わらず「靖国参拝どこが悪い」と開き直っている様は醜悪。司法の判断を政府が軽視するーー二重に憲法に違反している。反動派は「だから憲法を改悪しよう」と言っているわけで、醜悪の二重奏。 といっている間に、日本人3人がイラク反米組織に拘束されたとの報。NGO活動家、カメラマンら3人の男女。自衛隊をイラクから撤退させなければ、この3人を殺害する、との脅迫。コイズミ”アホタレ”純一郎がどう対処するか。まさか民間人3人を見殺しにすることはしないだろうが。頭の軽いコイズミでも、ここは熟考の時。アメリカへのメンツも立てられるから撤退もありうるか。拘束された一人が週刊朝日の関係者だとの報から見ると、新潮、文春あたりは「やらせ説」を流布するだろうことは難くない。今からこの二つの右派週刊誌が何を書くかは手に取るようにわかる。 4月7日(水)晴れ ポカポカ陽気の一日。花粉症がひどく、朝からクシャミ連発。午後、住民票を取りに、自転車で市役所へ、帰りに、久しぶりにタワーレコードに立ち寄る。新譜が多数。ヌードルス「FUZZ HILL」、大西ユカリと新世界「七曲入り」を購入。ドーリスの新譜は見送り。 その後、コジマ電器でシャープ製空気清浄機を購入。これで、部屋のホコリ・花粉は大丈夫か? 夕刊を見て、わが目を疑う。「首相の靖国参拝は違憲」。まさかこんな画期的な判決が出るとは夢にも思わない。生きててよかった。 「小泉首相の靖国神社参拝は客観的に見て、政教分離を定めた憲法に違反する」。「自衛隊は憲法違反」の判決を出した1959年の「長沼ナイキ基地訴訟」以来の画期的判決。これほど明確に違憲と判断した司法判決は91年の岩手高裁の住民訴訟に次いで2例目というが、岩手の場合は相手が岩手県議会、今回は国が相手の訴訟だ。まさか、まさかの判決。原告の住民側でさえ、「勝訴」の垂れ幕を用意していなかったのだから、その衝撃は察するに余りある。「原告の訴えの利益」「公的参拝」ーー両方の裁判における難関を突破したまさに画期的な判決。亀川清裁判長は、ナイキ基地訴訟の伊達裁判官同様、その名前を永遠に日本司法史に残すだろう。反動化が進む司法の流れの中で、反骨の姿勢を示したこの判決、ただし、おそらく最後の「名判決」になることは難くないだろうが……。 PM9。酔いどれの中、就寝。 4月6日(火)晴れ 新年度で社内でも人事異動がぽつりぽつり。新入社員は2人。向かいの公園には花見の青いシート。桜も満開。週末で見納めか。 帰宅途中、秋葉原に寄ってMDプレーヤーを購入。 帰宅してお酒。酔いが回ったら、そのまま布団の中。夜中2時頃、急に目が覚める。心臓がドキドキ早鐘のように鳴り続け、しばらく寝付かれず。 石原”ファシスト”都知事になってから、都立高への日の丸・君が代の強制は狂気を帯びてきている。都立高に勤務する50歳のA女性教師はクリスチャンであるゆえ、自分の良心に従って卒業式での君が代伴奏を拒否してきたが、それを狙い撃ちするかのように、両親の介護があるにもかかわらず、今より片道40分も遠い学校に異動を命じられたという。悩んだAさんは急性胃潰瘍で入院。しかし都立病院は、まるで都政におもねるかのようにAさんの診断書を軽度に見積もった。転院した病院はAさんの回復を長期不能であると判断したという。都立病院の診断書次第では異動は取り消しになったのに。 君が代・日の丸を拒否し、処分された176人の教師の人生はそれぞれ。あれほど、「良心の自由は保証する」といったにもかかわらず、日の丸・君が代を拒否すれば「非国民」とみなされるこの国。文春出版差し止め事件といい、すでにこの国の狂気は本格的になったようだ。 4月5日(月)晴れ 久しぶりの出社。駅からはゴミ箱が消えているし、隣の関連ビルに入るためのICカードが配布されるている。地下鉄は会社名が変わり、真新しい案内表示。たった1週間あまり不在にしただけで、浦島太郎のような気分。 PM4、退社し阿佐ヶ谷へ。区役所で戸籍抄本を交付してもらう。本籍は今も杉並区。不便といえば不便だが、めったに戸籍抄本も取る事はないし。 帰り、地下鉄で家路に向かう途中、車掌の風邪引き声のせいか、「にしあらい」が「みさわだい」に聞こえ、思わず「いつのまに新しい駅ができたんだろう」と周りを見渡してしまう。朝から、不在の間の東京の変化を見てきたので、「もしや本当に駅ができた?」と思ってしまった自分に苦笑。PM6.30帰宅。 4月4日(日)雨 親というのは、たとえ病室で余生を送らなければならないとしても、生きているというだけでどんなにか心強いものか。 午後、氷雨の中、近所の仏具店に出かけ、小さな仏壇を買ってくる。自分が仏壇を買う……まったく、笑ってしまうほど想像できない局面。およそ形式的なものには無頓着で、神仏に敬意を払うことはあっても、特別な宗教心があったとは思えない父が、母の死後、大きな仏壇を買い、お寺の住職によれば「時々お寺に来ては、お墓を掃き清め、草取りをしていた」という。初めて聞く父の一面。そして、その父と母の位牌を納めるために、仏壇を買う「無神論者」の息子。……これはこの世のことならず。 新しき仏壇を買いに行く 位牌の中の花冷えの郷 M市の市職員が編入合併予定のS村職員に暴力・暴言。対等合併ではなく、編入合併で起きる弱いものイジメ。これも合併に付随して起きる瑣末ではあるが本質的な事件。 4月3日(土)晴れ 午後3時、帰宅。初七日以来、ある思いが常に頭を駆け巡り、惑乱気味。ふるさとは遠くにありて思うもの……か。挨拶状などを書いているうちに就寝時間。 4月2日(金)猛吹雪 あわただしい旅立ち。人数が多いのでクルマが足りず、友人のJさんに頼んでM市まで家族を乗せてもらう。こんなときに頼りになる友人がいることのありがたさ。午前9時、家に施錠し、家を離れる。急転直下の離郷に父の涙か怒りか、春の陽気から一転して、4月とは思えない寒波・猛吹雪に見舞われる。 途中、まさかりプラザで食事。友人のBとKにO駅まで送ってもらう。友人とはいいものだ。相変わらず雪は降り続き、時ならぬ銀世界。子供と雪合戦。関東にいるときから「雪が見たい、雪合戦がしたい」と言っていた下の子供の願いが唐突にかなったわけで、もしかしたらこれは父が降らせた雪なのか。 4.00、H駅で途中下車。重圧に耐えた義母たちをねぎらうために温泉に一泊。 4月1日(木)晴れ 初七日。無事に終えて、親戚一同には感謝しても感謝しきれない。 しかし、その後晴天の霹靂とも思える一部の仕打ちに惑乱。両親共にいなくなるというのはこういうことかと、驚天動地の思い。もはや長居は無用。急遽、3日帰京の予定を2日に繰り上げることに。夜まであわただしく帰京の仕度に専心。ゆっくりと霊を弔うこともできず、田舎を離れなければならない理不尽に涙。 やはり父母があってこその故郷だったか。故郷に美しい幻想を持っていた自分が愚かということか。 |