8月31日(火)晴れ

 台風一過、午後から久しぶり粘つく暑さ。
 朝、林美雄さんの夢を見ていた。長髪を後ろに束ねたその顔はどう見ても林さんではないのだが、なぜかその人を林美雄だと思っている。どこかの教室。予備校?

 池袋、タワーレコードで長見順「マダム・ギター」と、つしまみれ「創造妊娠」を購入。

 PM7.30。江古田。ストアハウスで龍昇企画「続・ああ無情」。崩壊しつつある一家族の風景を描いたエチュード芝居。セリフの一部にマクベスのセリフ。元中村座、流山児★事務所の俳優が出演してのアングラ色濃厚な舞台。舞台を俳優が作り笑顔で横切るなど、松本修の作劇法に酷似。生バンドも入れての1時間30分。実力のある俳優たちが心から舞台を楽しんでいる、それを見るだけでも心が救われる。終演後、江森さん、出演者の桜井昭子さんらと歓談。伊藤弘子さんは「台本のない芝居は始めての経験。毎日がスリリング」とか。
 元燐光群の美香と立話。来年、自分たちでユニット芝居をやる予定。しかし、美香はいつまでも年齢不詳……。

 帰宅すると万有引力の根本さんからメール。なんと、昨日の夢が正夢に! ウーム、予知能力?

 
 

8月30日(月)曇り時々雨

 明け方、PANTA氏とスポーツカーに乗って、待ち合わせの喫茶店を探すが、なかなかそこにたどり着けない。何度も同じ田舎道をぐるぐる回っている夢を見ていた。万有引力の根本さんがスーツ姿で現れたり……。気にかかっている人たちが夢に出てきたのだろう。

 会社に行くとF氏が朝当番。「そろそろP氏と飲み会をやりましょうよ」などと雑談。

 PM4。池袋経由で帰宅。タワーレコードでPANTAのBOX・CDを購入。ただし、「1980X」と「マラッカ」はLPがあるので、後で揃えることに。
 ボッサグループ「FARESTA」の初アルバムも購入。
 プシンの新譜もいいデキだが、コピーコントロールCD。iPodでは聴けないので、泣く泣く断念。

 30日からNYで行われる共和党大会に抗議し、反ブッシュの大規模デモ。当初、15万人と予想されたが、はるかに上回る50万人規模のデモとなった。いかにNYで反ブッシュ機運が強いかの証明。デモの先導はマイケル・ムーア監督ら。星条旗で覆われた数百の紙の棺の葬列はイラクで戦死した米兵の犠牲者を象徴している。ブッシュ再選の目は限りなくゼロに近い。盟友・コイズミはそのときどうするか……。共和党でも民主党でも、ついて行きます下駄の雪。……情けない。
8月29日(日)雨

 躰道稽古はお休み。ここでムリをして、悪化させたら元も子もない。

 午後、雨の中、タクシーで「ニトリ」へ。古くなったソファを買い換えるため。「スプリングが飛び出し、危険だから買い換えないと」と家人はいうが、「ソファなんて座れれば十分。スプリングの上に座布団かぶせて使えば」と思ってしまう自分。学生時代、不燃物集積場から使えるソファを拾ってきてズッと使っていた。ソファはぜいたく品という固定観念もあるんだな、1950年代生まれには。約9万円の出費。痛い。


8月28日(土)曇り時々雨

 足の痛みはだいぶ治まり、多少違和感はあるが、もう少しで完全復活できそう。

 1.00、仕事を早めに終えて、原宿のI病院へ。待合室にあふれる患者の多さにびっくり。閑散とした病院よりも、”これだけ患者がいるのか”と思うと不安感が軽くなる受診者の心理。待つこと2時間。ようやく診察、検査。担当医によれば「心配ないと思いますが、1カ月後に確認の検査しましょう」

 昨日から渦巻いていた不安感がスッと消えて行く。ゲンキンなものだ。あれこれ妄想渦巻いていたというのに。しかし、まだ安心はできないのだが……。

 病院が長引いたため第三エロチカ「渇望」に間に合わず、キャンセル。

 PM5.30。上野で同郷オフ。Dさん、Oさん、Kくん、Mさん姉妹。11.30までワイワイと盛り上がり大会。
8月27日(金)快晴

 昨日よりも、足の痛みはひいているものの、相変わらず足を引きずりながらの歩行。思うように歩けないもどかしさ。階段の上り下りは結構キツイ。人ごみの中で、すれ違うとき、ぶつかりそうになるのが怖い。足の不自由な人はいつもこんな思いで過ごしているのだろう。ほんのささいな痛みでも不自由を感じるのだから、病気のために最後は歩行がままならなかった父の不安はいかばかりだったか。

 PM3.50、先日のエコー検査結果を電話で確認。……ウーン。まぁ、なるようにしかならないか。人間、運命には逆らえない。

 帰宅途中で上野に寄り、スター座で「箪笥」。「スピルバーグが史上最高値でリメイク権獲得した」とのふれ込みの韓国製文芸ホラー。恐怖には恐怖で対抗……したわけでもないが、やはり真剣に見ているつもりでも、自分のことで手一杯。気もそぞろ。途中でナゾの一端に気づいたが、最後まで展開が読めず。それは脚本がフェアじゃないからで、すべては妄想でした……では納得できない。
 
 
 以下、夏休みの間に読めなかった新聞の抜粋。

8月9日

 自衛隊の第三次復興支援隊500人のうち140人が青森空港からクウェートに向けて出発した。第9師団(青森、弘前、八戸、岩手、秋田の各駐屯地)が中心。ねぶたや竿灯を現地に持ち込み、サマワでイラク人に祭りを見せるのだとか。死屍累々のイラクでお祭りを見せて復興支援とは‥‥?

8月10日(火)

「華氏911」にも、イラク戦争で足りない兵士を補うため、貧しい地域を回り、州兵集めに奔走する海兵隊のリクルートの様子が描かれていたが、徴兵制度廃止以来、米軍は兵隊集めに苦労しているという。

 雑誌「ニューヨーカー」のスッパ抜きで、国防総省が「若い女性隊員を募る時、
入隊すれば豊胸、脂肪吸引などあらゆる整形手術を無料で受けられる特典をつけている」ということが明らかになった。
 国防総省も認めており、2000年から4年間で豊胸手術を受けた女性兵士は496人。肥満女性が脂肪吸引手術を受けた例は1361人という。

 「華氏911」では、手足を失くし、顔を吹き飛ばされた兵士の姿が映し出される。戦傷者への補償は削減されつつあるというのに、一方で豊胸手術をエサに兵士を募る。醜悪な構図。

8月11日(水)
 小泉首相夏休み入り。4年連続2週間の休暇。
 沖縄で米軍ヘリ墜落事故で「主権」が侵害されたというのに、上京した沖縄県知事に「休暇」をタテに会おうともしない。一方で、アテネの金メダリストにはわざわざ電話を入れる。この男の頭の中は一体‥‥。
 この日、政府は小泉首相の「人生いろいろ」発言を「撤回しない」とする答弁書を閣議決定した。
 勤務実態がないのに厚生年金に加入していたことについて、「外見的には仕事をしていると思われないような場合でも、事業者からも指揮や命令を受け、その対価として報酬を受けている場合は被保険者となる場合もあり得る」だと。自信がないから、回りくどい言い方になる。

8月12日(木)

 次のような発言を聞けば、小泉という男の品性がよくわかる。男というのは同性同士でエロ話をすることは皆無といっても過言ではない。こんなエロトークをしたら、頭の中身を疑われるだろう。それともこの世代は別なのか。

体調を気遣う自民党スタッフに
「疲れマラよろしくで、ピンピンだよ!ピンピン」

 参院選の敗退で、
「萎えるよなあ。これで朝ダチしなくなったら、オレも終わりだよ」

 4月の自民党幹部との酒席で、
「オレ最近夢精しちゃうんだよね。しかもそれが相当濃いんだよ」

 マスコミ相手の懇談会で、
「一人寝が寂しくて、寂しくて。しばらくは右手が恋人かな」

 後藤田正純、水野真紀の結婚式で、
「いいなあ、あんな美人の嫁サンと毎日ヤレて。オレも精力は負けないんだけどな」
 英国政府の首脳との会食で、
「私はかつてイギリス人女性とお付き合いしていた。相性はバッチリだった。実に良かった! 素晴らしかった!」

 もやはジョークというよりもただのオヤジの下ネタ、猥談の類。

 ブレア英首相に向かって、「あなたはブッシュのプードルと呼ばれているが、私はもっとシッポを振っている」
 得意げに語ったとあっては、「彼は変人ではない。常識が通じない異常人だ」(小沢一郎)といわれるのも仕方ない。

 こんな発言を聞けば「人生いろいろ」なんていう人をバカにしたセリフも、彼にとってはフツーのセリフなのだということがよくわかる。


8月26日(木)快晴

 朝、初めて父と母が夢の中に出てくる。何を話したか思い出せないが、目が覚めたとき、懐かしい気持ちになっていた。そうか、今日は父の月命日か。

 5.25、電車に乗り遅れそうになったので、途中から走ろうとするが、今朝は体が重く感じる。重いカバンを持ったまま無理して走った瞬間、右ヒザの裏に電流のような痛みが走る。これは……。ひねっただけならすぐに治るのに、電車から降りてもまだ痛む。右足を引きずらないと歩けない。

 ガク然。これはもしかしたら肉離れっていうやつか。せっかくあと2週間足らずで躰道の大会なのに。これで断念か……。午後、S路加タワーの中にある整形外科へ。診断の結果、肉離れではなく、筋肉束の痛みと判明。「1〜2週間は痛みがとれないかもしれません」
 大事に至らずよかった。
 しかし、今までケガなどしたことがないのに、やはり筋力が落ちているのか。ちょっとショック。

 PM6帰宅。東京都教育委員会が26日の定例会で「新しい歴史教科書をつくる会」が執筆した扶桑社の歴史教科書を来春新設する都立、中高一貫校の中学で採択することを決定したというニュースに愕然とする。

 日本の韓国侵略を正当化するトンデモ教科書を採択したのは極右反動都知事・石原慎太郎の意向を受けてのことだろうが、この採択に6人の委員のうち5人が賛成したという。

 委員長・清水司、米長邦雄、鳥海巌、内舘牧子、国分正明、横山洋吉都教育長。 この中の5人までもが賛成票を投じたわけだ。顔ぶれを見れば全員賛成でもよさそうだが、1人反対で「アリバイ」を作ったというわけか。
 母校の元総長もいるが、こういう人を「面汚し」という。

 佐賀地裁が「諫早湾干拓」の差し止め命令。進行中の公共事業に対して直接差し止める司法判断は初めて。画期的な判決ではあるが、おおむね高裁でひっくり返されるのが日本の司法。しかし、今回の地裁裁判官の勇気には最大限の敬意を表したい。
 
8月25日(水)快晴

 8.30起床。
 家人は近所の友人と子供連れでプールに行ったので、お昼までのんびり。

 12.00、郵便局と銀行を回った後、S駅まで。Sシネマサンシャインで「華氏911」。平日の昼だし、もしかしたら客は数人? と思いながら劇場に入ると目の前に飛び込んできた人の群れ。客席満杯。「ハリー・ポッター」を除いて、この映画館でこんなに客席が埋まっているのを見たのは初めて。しかも9割が中高年。男女も半々。この世代が映画館に足を運ぶなんてよほどのこと。「911」といい「誰も知らない」といい、ドキュメント(タッチ)の映画に客が入るのは珍しい。しかも夫婦連れが多い。文化貧国のニッポン、これが健全な光景というものか。

 映画は2000年の大統領選でブッシュ陣営が不正な投票操作を行ったと示唆する映像から始まる。反ブッシュと目される非白人有権者は選挙人名簿から除外され、抗議した非白人系議員は連邦議会で(上院議員の署名を得られないため)、皮肉にも議長であるゴア氏によって排斥される。

 9・11当日、第一報を受けながら、幼稚園で園児相手に絵本を読み聞かせ続けるブッシュの間抜けな顔が映し出される。側近が「第二報」を届けても、どうしていいかわからず、目をパチクリさせながら椅子に座ったままのブッシュ。その時間経過を、映像にデジタル時計をかぶせて見せるムーアの辛らつなユーモア。

 ウォールストリートの株式投資の7パーセントを占めるサウジ王族やビンラディン一族との緊密な関係、ブッシュ一族が支配する石油資本、あらかじめ決まっていたイラク攻撃‥‥これでもかというくらい、ブッシュの「陰謀」が暴かれる。それも、ニュース映像や資料などオープンソースで。

 「あなたの息子を栄誉ある兵士としてイラクに送りませんか」
 
 最後は道端で連邦議会議員一人ひとりに入隊勧誘ビラを手渡すムーア。このアポなし攻撃に逃げ出す議員、無視する議員、笑ってごまかす議員。

 連邦議会議員5百数十人のうち自分の子供をイラクに送っているのはたった1人。ブッシュが超ハイソなパーティーでいみじくも「我々は特別な階級の中のさらに特別な階級に属している、私はその代弁者」と語るニュース映像があるが、一握りの権力者と富裕層の体制を維持するために、職もなく、軍隊に入るしかない貧困層が命をかけるという歪んだ図式をこれほどはっきりと告発した映画はない。

 ムーアのユーモアと切り口は、かつて成田空港開港の日に「血塗られた成田空港は廃港にした方がいい。それじゃ、その跡地はどう有効に使うべきか」と有名人にアンケートをとった土曜ワイドラジオTOKYOの久米宏の諧謔、そして原発が安全なら東京のど真ん中に作るべしと「東京に原発を」の強烈なアイロニーで反原発を訴え、また世界と日本の支配者の閨閥を詳細に調査することによって、世界が一握りの人々によって支配されていることを証明した広瀬隆。ムーアのユーモアと視点の鋭さは、この久米宏と広瀬隆に匹敵する。

 CIAエージェントたるD・スペ○ターやら、保守反動映画評論家の中○梓やらは、「結論の決まったプロバガンダ映画」と酷評するが、政治性のないドキュメンタリーがこの世に存在するのだろうか。すべてのドキュメンタリーは監督の視点によって政治性を帯びる。彼らは「宣伝映画」と貶めることによって、「911」に描かれた事実の重さを薄めようとしてるに過ぎない。ムーアは「戦争がなぜ起きるのか」、「貧困層によって支えられる富裕層という世界の構造」を描きたかっただけだ。その編集の見事さをまず誉めるべき。

 帰宅後、ビデオに録っておいた「THEワイド」を見る。マグTが全国版に拡大した大間の「あおぞら組」が芸能ワイドショーに登場したため。

 PM6。S木市体育館で躰道稽古。水曜日とあってか子供数人と大人4人。あまりにも少ない。で、マンツーマンで稽古。ウーン、やればやるほど難しい。
9.30帰宅。やや疲れ気味。

 石○信之氏から演劇祭の打ち合わせ兼飲み会の電話あるも、稽古中で気づかず。
8月24日(火)快晴

 PM3.30、電話で先日のCTスキャンの検査結果を聞く。なんとかクリア。ひとまずホッと一息。
  
 PM4退社。芝居を見に行ってもよかったのだが、どうもそんな気になれず。シェイクスピア劇を義務感で見てもつまらない。映画でも……と思ったが、「911」も「箪笥」も時間が合わず。仕方なく、まっすぐ帰宅。予定を入れない火曜日。開放感はあるが、反面、時間がもったいない。


8月23日(月)晴れ後雨

 PM2、Tエコー、A石氏来社。9月公演の件。

 PM5.30、お台場へ。夏休みとあって家族連れや海外からの旅行者がフジテレビ周辺を闊歩している。

 PM7、アクアシティ、メディアージュの6階にあるスタジオ・ドリーム・メーカー(SDM)でBEAT POPS「FIGHTING GIRLS(たたかう女のコ!)」。”SDMから新しいタイプのエンターテインメントを発信”の掛け声で生まれたプロジェクト。

 死に至る原因不明の病気が蔓延する地球を逃れ、惑星「ケラシオン」に移住しようとする人類の未来を壮大な年代記として描いたもの。9月に「本公演」があり、今回はその序章。新天地に乗り込んだ73人の先遣隊の興亡を描いている。

 スタジオ公演ということで、フラットな舞台にオブジェを置いただけのだけのシンプルなセット。

 冒頭、正面の扉が開くと、主演の松本莉緒登場。なんと彼女のラップで開幕。ウーン、ちょっと苦しいが、ご愛嬌。

 小さなスタジオなので、出演者は客席と接近。ミュージカルというよりも、「dream」、「PARADISE GO!!GO!!」、「Malfermo」といったアイドル系ユニットによる歌とダンスのパフォーマンスショー。こんなに間近でアイドルたちの歌とダンスを見たのは初めて。さすがにアイドルたち、普段見慣れた舞台とは趣が違い、粒ぞろいの美少女たち。春海四方、相島一之がその中に混じってしっかりと演劇している。松本莉緒の恋人役が相島。ラブシーンあり、ダンスありで、相島の頬がゆるみがち。二幕では春海の長台詞もあり、演劇畑の2人の面目躍如。

 ヒッホップダンスとR&B、息をもつかせぬ波状攻撃はジェットコースターショー。松本莉緒はやはり並みのアイドルとは違うカリスマ性がある。カーテンコールで、客席の声援に向かって微笑むフレンドリーなしぐさ。松本恵時代からのファンです、私。
 休憩15分挟み、2時間半。
 外に出ると雨。新木場まで出てそこから武蔵野線。11.00帰宅。

8月22日(日)快晴

 6.30起床。躰道稽古へ。今日も10数人と少ないが、12日に備えてみっちり稽古。「○○さん、その姿勢、カッコいいよ」とY師範にほめられ、木に登るB型。

1.30帰宅。恒例の阿波踊り。町全体が浮き足立った雰囲気。
 夕方、いつものように阿波踊りを見に繰り出すこともなく、家で家族と。
8月21日(土)快晴

 PM2、代々木八幡・青年座劇場で「化粧する君の背中が小さく見えて僕はフタコブラクダと砂漠を渡る」。
 「散歩道楽」の太田善也の作・演出。KAKUTA、東京タンバリンの役者が出演していることからわかるように、アゴラの青年団系”リアル”芝居。これが、拾い物。

 元霊媒師である祖父、インチキ霊能で小銭を稼ぐ孫、姉は風俗務め。その家に出入りする定時制高校の仲間、姉の恋人で元アイドル、隣のアパートから時折おり部屋を覗く奇妙な青年ーーさまざまな人間模様が描かれ、最後にキッチリ収束する。「静かな演劇」風でイヤだな、と思ったがあにはからんや、実に巧妙な脚本と演出でクイクイと引き込まれる2時間10分。

 東京タンバリンの瓜生和成とKAKUTAの松田昌樹の個性に魅かれる。特に、瓜生のこなれた演技が抜群。

 PM5、光が丘に移動。大阪から来たKさんを囲んで、Tルさん夫妻、Kちゃん、Aこりん、Nッキくんで焼肉会。その後、Kちゃん家に移動し、ケーキとコーヒーでおしゃべり。PM9.30、一人早めにおいとまを。
 11.00帰宅。

8月20日(金)快晴

 6.20出社。午後まで澱みなく仕事。

PM3.40、S国際病院で精密検査。頚、甲状腺を中心にエコー検査。

5.00、上野・癒処でマッサージ。今日の担当者は抜群の腕。聞けば時々、ダンスカンパニーや、小劇場のミュージカルショーでパフォーマンスをすることもあるダンサーとか。身体トレーニングに詳しく、ツボもピタリ。60分至福の時間。

 7.30、帰宅途中でG駅下車。「S」で軽く一杯……のつもりが、ついつい杯を重ね、10.00まで。

 開店間もない時間、客はなく、Sと二人で田舎の話題。同窓生の名簿を持っていたので、ふと思いついて、Sに頼んで中学の同窓生Eに電話してみる。聞けば、SもEにはずいぶん会っていなかった様子。

 Sから引き継いだ電話を取ると、電話口の向こうから懐かしい声。
「元気だった」? 
 ひさしぶりに聞くEの声。転校していった彼女と再会した高校3年の夏休み。手をつなぐだけで心ときめいた青春の記憶がよみがえる。気がつけばあれから四半世紀以上……。

 携帯電話を介して30年間という時間が交錯する。

 女のコを家に連れてきたのは初めてで、母が嬉しそうにお菓子を運んできてくれたっけ。家においてあった、たった1枚のレコード、カーペンターズの「ア・ソング・フォー・ユー」を繰り返し聴いた思い出。 
 まるで、昨日別れたばかりのようなEとのはずむ会話。幼なじみとはいいものだ。

 30年ぶりに電話してみようと思ったのは再検査の結果がどう出るか、その不安の現れなのか……。今夜はやけにノスタルジック。

 11.00帰宅。電車の中でiPodで無性に60年代歌謡曲が聴きたくなる。「君だけを」「あゝ上野駅」
 人は10代の記憶から一生逃れられない。
8月18日(水)快晴

 出社。大車輪で仕事。
 PM5.00、帰宅し、柔道90キロ級の第一試合を観戦。10秒で泉浩一本勝ち。今頃、大間では町民が大歓声だろう。第二試合以降も見たいが、躰道稽古へ。大会前になるべく稽古をしないと。

 PM6。S市体育館。お盆時期とあってさすがに人数は少ない。「型」の稽古はほとんどやらず、基本技の稽古。PM9.00帰宅。深夜まで五輪観戦。泉浩の銀メダルを見てから就寝。応援団の着ている金ラメのマグロ一筋Tシャツがテレビに映ったとか。話題になりそう。商魂たくましい都会の人間なら、マグロTシャツで一財産作ることを考えるだろうが……。
8月17日(火)快晴

 4.45起床。6.15出社。アテネオリンピックで仕事が立て込むため、いつもより30分早い仕事開始時間。

 F氏が「この前PANTA氏と会ったよ。”今度3人で会おう”って言ってたから、時間が合うとき飲みに行こうよ、PANTA氏、下戸だったよね。でも、付き合ってくれるでしょう」

 PM2、S国際病院でCT再検査。
 池袋・タワーレコードでレゲエ・ディスコ・ロッカーズの「レインボー」。有坂美香のボーカルがさわやかなポップ・レゲエ。

 PM7帰宅。

8月16日(快晴=青森)

 6.00起床。荷物の整理と家の中の掃除・片付け。お盆の祭壇を元に戻し、生花や供え物をひとまとめにする。それを発泡スチロールに入れ、そうめんと小銭、お菓子を供えて海に流すのが、地域の習慣。海を汚すことになるので、この習慣だけは終わりにしてほしいものだが‥‥。6.30、埠頭に行って海に投じる。強い浜風のため「陸に漂着してしまうから、今日は発泡スチロールは使わないほうがいい」と叔父に言われたが、かさばるため、イカ用の発泡スチロールに詰めてしまった。波間を漂う供物。

 昔は供え物は自然界に還したものだろうが、プラスチックやビニールなど有害なモノが氾濫する現代では、お盆の風習も変えていかなければならないだろう。

 10.00。戸締りをして家の外に出る。仏間の遺影に別れを告げる時、初めて不覚の涙。この次、帰ってくるまでこの無人の家で、2人の遺影だけがにこやかに微笑んでいるのだ。
 親戚回りをしてそれぞれに挨拶。高齢になってきた叔父や叔母の励ましに、つい涙ぐみそうになる。皆それぞれつらい事情を抱えているのに、限りなくやさしい。

 晴れ渡った空に白い雲。北海道が水平線に横たわる。途中、蛇浦の磯でクルマを止めて下車。20分ほど磯遊び。岩にはおいしそうなツブ貝がいっぱい。海面に奇妙な生き物が漂っていたので、よく見ると、イカの子供。ユラユラと気持ちよさそうに波間を遊泳する。手を伸ばすと、水を吐いてロケット噴射。すばやく沖に逃げていく。

 PM12.30、むつ市到着。まさかりプラザで昼食。2.15、大湊駅から電車。帰京する帰省客が多く、電車の順番を待つ長い行列が駅舎の外まで。

 澄み切った空気。釜臥山の緑が映える。こんなにも素晴らしい自然がある故郷。

 6.45、大宮駅着。行き交う人の群れに違和感。こんなゴミゴミした都市部、どこがいいのか‥‥と体も頭もまだ故郷のまま。
8月15日(土)快晴

 午前10時からお寺参り。いわゆる施餓鬼会。お墓と地蔵堂、そして寺の本堂に設えた祭壇に各家が持ち寄った重箱(今は透明なフタ付のプラスチックの容器)を供える。中には煮しめ、カボチャ、赤飯、酢のものなど。

 少し前までは、本堂やお墓の前でその供え物を広げ、家族で食べる習慣があったが、今はほとんど形だけ。折りを広げる人はあまりいない。また、お墓に供えた食べ物も、カラスに荒されるため、今は家に持ち帰ることになっている。

 本堂の祭壇には五色の幡。仏教の五色といえば青色、黄色、赤色、白色、黒色。中井英夫の「虚無への供物」に登場する五色不動を思い出す。

 お盆になると仏壇の前の精霊棚の上に飾る5本の飾りはこのミニ版か。

 読経の後、「先祖代々の供養」。住職が檀家の名前を読み上げると、親戚などが小銭をポーンと前に放り投げる。10円〜100円玉が畳の上に散らばる。「隣の大間は1円〜10円だ」とか。地域によって相場が違うようだ。これも寺の財源に。

 読経が終わると、檀家のおばあさんたちがその小銭を集めて賽銭箱へ。

 元バンドマンという変り種の住職は講話も早々に切り上げ、本堂でユニークなお盆イベント。
「きょうは、檀家のM山さんの息子さんで、東京で落語家をしている三遊亭大楽さんに一席お笑いをお願いしました」

 盂蘭盆会の本堂で落語とはなかなかユニーク‥‥。

 しばらくして大楽さん登場。円楽門下ということで、さわりは有名落語家の寿命ネタ。お寺なんですが‥‥。

 足を手術したということで椅子に座っての一席。おばあさんたちに受けること。
 この後、2時から研修センターで落語会があるとか。そちらは有料。
 50人ほどの檀家のおばあさんたちは隅にかたまり、大楽さんの前は空っぽ。田舎の人たちは恥ずかしがり。その割には途中で「花」(おひねり)が続々と集まる。有料の会の方は30人足らずとか。

「お金を取ると集まりが悪い」地域とはいうが、気前よくおひねりをあげるのだから、決してお金が惜しいわけではない。このあたりの田舎のお年寄りの感覚はよくわからない。
 せっかくの郷土出身落語家の単独会なのだから大勢詰め掛けてもよさそうなものだが‥‥。


 天狗山午後、退屈している子供と家人を誘って岸壁へ。釣りざお2本で海釣り。オキアミをコマセにしてサビキ釣り。中学の同級生で釣具屋を副業にしているKによれば、小アジやイシダイがかかるという。

 強風のため、埠頭には人影なし。仕掛けを作るのも風で難儀。

 小さな釣り針を6本ほど付けたサビキ釣りは、魚がかかりやすく、子供が大喜び。縞模様のイシダイの子供、シマダイが入れ食い状態。竿を下ろしたかと思うと、すぐに引きがくる。たまに小さなアジがかかるが、ほとんどがシマダイ。風で吹き飛ばされそうになりながらも、釣りに熱中する家人と子供。釣ったシマダイは「可哀想」とすぐに海へ放流。1時間余りの釣り体験。

 夕方は最後のお墓参り。 2000円の花火セットは一瞬で煙に。
 最後の夜。いつもなら、父が「荷物はもう詰めたか」とせかすのだが‥‥。いつもより早めに横になり、荷物整理は明日。
8月14日(土)晴れ

 お盆二日目。

 午前中、大間で開催中のブルーマリンフェスティバルへ。中島旅館前でN島氏とばったり。「今年は法事があるので、少し長く居ます」とのこと。
 マグロ解体ショーには大勢の人が詰めかけ、ツマ先立ちしないと見えない。

 あおぞら組のTシャツ販売所でYさん、Fさんがマグロ一筋Tシャツ販売中。ただし、Mサイズ売り切れでSとLだけ。客が引きもきらず、だがブツがなくては仕方ない。金ラメ・オリンピック・バージョンは泉選手応援団と共にアテネへ。
ネット
 午後、川へ鮎獲りに。この地域特有の「ネット」と呼ばれる鮎獲り漁法がある。
 鉄線で作った枠に、女性が頭にかぶるヘアネットを結わえ、「たも網」にする。その先に長い柄を付け、川の石の間にそのたも網を置きながら、上流(あるいは下流)に向かって歩くと、鮎はその習性から人間と逆方向に向かって突進する。そこをたも網にうまく追い込むという漁法。

 子供の頃はこれが鮎獲りの普通の方法だと思ってきたが、ほかの地域では見たことがない。
 鮎が網に入った瞬間、引き上げなくては網から逃げられるので、鮎の動きをしっかり見極める眼力が必要。

 子供の頃から川で鮎の動きを見ているので、魚影で鮎の動きはわかるのだが、都市部生まれの子供には、川底をすばやく走る鮎の動きが見えないらしい。
「そこだ!」
 と言っても鮎の姿を見極めることができないようだ。「どこにいるの?」
 しかも、今年も鮎の数が少ない。一度、大ぶりの鮎が飛び込んだが、大きすぎて網から飛び出してしまった。
「今日はガラ(収穫ゼロ)だな」
 30分ほど下流域で行ったり来たり。クルマに戻ったが、このまま手ぶらで帰るのも業腹だし……と思って、300メートルほど上流の川に移動。クルマを川岸に止めて、やはり30分ほどネットで鮎獲り。しかし、鮎の姿ほとんどなし。水が冷たく、鮎は下流域に移動している様子。
「仕方ない。今日は引き上げようか」
 息子と二人、ヒラヒラと舞う神様トンボを横目に見つつ浅瀬を歩き始める。

 神様トンボ数歩歩いた瞬間、前方左手の繁みがザワザワッ。何かが草を踏み分ける音。
 人間にしては、やけに勢いが激しい。その場に止まって音の正体を確かめようとした瞬間、目の前5bほどの草むらから黒い生き物がニュッと顔を出す。後で子供に聞いたら「……クマだ……」と言ったらしいが、記憶はプッツリ。
 目の前に出てきたクマ、それも後ろからひょこひょこと子グマまでーーを呆然と見るだけ。母クマがこちらを一べつして、そのまま右手の草むらに渡るまで数秒の出来事。

 草むらに姿が消えても、ザザザッというクマが踏み分ける音が消えるまでその場を動けず。後ろに回られたら危ないと気が気でない。

川 ハッとわれに返って、クルリと回れ右。上流にダッシュ。数メートル先で振り返ると、あたりは静まりかって、クマの気配も消えている。そこで、クルマまで戻りドアを閉めた瞬間、子供と二人で顔を見合わせ、「フーッ」とため息。思いもよらぬクマとの接近遭遇。子供も信じられないように目をパチクリ。
 家に戻ると従妹のIと娘のSちゃんがいたので、ことの顛末を話す。
「役場に電話してクマの出没場所を広報したほうがいい」というので、ケイタイで通報。即座に有線放送でクマ情報が流れる。

 話は瞬く間に伝わり、仏前にお参りに来た親戚たちは一様に「何事もなくてよかった」。
 過去にクマの犠牲になった悲惨な事件が何例かある。しかし、地元の人でも出遭ったことがないのに、よく遭遇したものだと皆感心。

 夕方、10数年前、この町に単身赴任で滞在したD源開発のKさんが赴任先の長崎からわざわざお墓参りのために来てくれる。

 昔、帰省した際、訪問するK氏と何度か顔を合わせたが、原子力発電に対する「立場」が異なるため、こちらから積極的に話をすることはなかった。ただ父はK氏とは妙に気が合ったようで、任地を離れても長い間の交流が続いていた。赴任先の名物を送ってくれたり、時々電話をかけてくれたり。
 K氏が父の入院のことを知ったのも、いくら電話をしても通じないため、知人を介して調べてもらったとのこと。

「この頃。酒がうまくないんだ」
 去年秋の最後の会話で、その父の言葉が気になっていたという。

「お父さんにはよく山に連れてもらってね。マイタケ採りに行くと、”ほらあそこ”って指差すんだけど、僕にはわからない。近くまで行ってようやくそこに生えてるのが見えたけど、お父さんは遠くからでもキノコがある場所がわかるんだからねえ」

「急な斜面や沢もをすいすい登っていって。山のことが全部頭に入ってるんだと思いました」
「原生林の中に古い巨木が横たわっている風景なんてめったに見られないでしょう。息を飲むような山奥の風景を見せてもらいました」

 15歳で家を出た自分には父と山菜を採りに行ったことはない。まして、山奥について行ったことも。

 いつの日か、父と故郷の山を歩きたいと思っていたが、帰省するときは夏か冬。秋の紅葉シーズンも、キノコのシーズンもついに帰れないまま終わってしまった。
 父と紅葉の山林を歩いたK氏を心底うらやましく思う。

 山の男の息子はついに父と山を歩くことはなかった。生涯の後悔。

 そのうち、S家のいとこたちも集まり、大賑わい。もてなし上手、話上手だった母がいたら、もっと盛り上がっただろう。
 PM9、みんなが引き上げた後、お墓に行ってお参り。祭りの後のような淋しさ。

8月13日(金)晴れ

 お盆第一日目。朝からニシメ、カボチャなど墓参りのためのご馳走の用意で家人は大忙し。
 今日、K市の家を出発する娘が寝坊しないかと朝から電話攻勢。そのかいあって、なんとか一人旅の端緒にはついたとのことだが、その後、京浜東北線の置石事件などで電車が遅れ、波乱の幕開け。指定の新幹線に乗り遅れたため、次の便で「立ち席」に乗ったはいいが、「こまち」「はやて」は途中から二方向に分岐するということを知らないため、危うく遠路秋田方面へ孤独の旅に出るところだったとか。

 お寺参りを済ませてからPM1.30、クルマで迎えに。途中、Bzの家に寄り、お焼香。彼も今年相次いで両親を亡くしている。昔から「兄弟ですか?」と言われるほど似ているそうだが、同じ年に親を亡くすとは……。

 PM3.30、野辺地駅で娘と合流。家に戻る途中はものすごい雷雨。天井が裂けたかのような大雨。ワイパーフル回転で走行。
4.30。M市着。妖怪ハウスに立ち寄り、地獄展再体験。鋼鉄丸氏とレジの女の子に見送られ、雨の中を再び家路に。

 親戚が来てくれて歓談。7.00、お墓に行ってお参り。噴射花火やロケット花火で先祖供養。いつもながらのお墓の光景。去年は父もここで墓に手を合わせていたのだった。その光景を思い浮かべると人生のはかなさに胸が締め付けられる。
8月12日(木)朝のうち雨。後快晴

五色 午前中、お寺に米とお布施(2000円)届け。午後は昨日、叔父の家からもらってきたインゲン、ハマナスを使って、仏壇の飾り作り。長さを揃えるのが結構大変。

 お向かいの同級生・Sと立ち話。彼もすでに母は無く、父とお盆を過ごすために帰省しているのだ。独り身のため、かいがいしくご飯仕度をしているS。柔和な笑顔は変わらない。

 お寺に行く途中、同級生Yの家の前を通るが、一昨年父親が亡くなったため、彼の家も鍵がかかったままの空き家。中学を卒業して幾星霜。同窓生たちそれぞれの人生。

 実家に置いてある安物プレーヤーで兼田ミエ子のLPを聴いてみる。ネットオークションで落札したものだ。昔聴いたシングル盤の「私もあなたと泣いていい」「2月12日の手紙 ひとり」が、LP盤だと微妙に歌詞が違うみたい。LPは朗読と歌の構成。だからなのか。構成者のかぜ耕二氏ならそのナゾを知っているだろうが……。
 
 仏壇をお盆用に設え、供え物を。
 
 母の遺影を新しく作ってもらうため、蛯子写真館へ。今の写真にある汚れが気になるのと、少し淋しげな顔が母にそぐわないと思うから。9年前、母の急死の際、アルバムから選んだのだろうが、満面の笑みを浮かべる黒枠の中の父と比べると、なんだか淋しそうで……。前から気になっていたのだが、こんなことなら父が生きているうちに、母の写真をきれいにしてあげればよかった。

 写真館に事情を話し、明日までに仕上げてくれるようお願いする。友人である息子のSさんが奥から出てきてくれて挨拶。脇にいたお父さんが「○○さんのお父さんとは、山菜取りで山に行くとよく一緒になりましたよ」と話してくれる。

 島木材に顔を出すと、ちょうどヤッコこと島康子さんが一人。久闊を叙し、四方山話。今年のCM大賞のことなど。「作業場」のダンボールの中はマグロ一筋Tシャツ。かき回すも「Mサイズがなくて……」
 というわけで、白のLサイズを1枚もらう。何か目立ったことをすれば足を引っ張る人が多い田舎。逆風も強かったであろうが、根気よく、なによりも楽しく、町興し活動をしている彼女たち。継続は力なり。徐々に実を結びつつあるその活動に敬意。

 夜、棚のビデオテープから一本取り出してデッキにかける。「空白の絵本」。1991年のNHKドラマ。司修の作品だ。ちょうどこの時期にふさわしい。広島の原爆の被災者の中で、一家全滅などで死亡届を出すことができない死者が大勢いいる。その人たちは、「戸籍上」は何十年も生き続けることになる。これが「幽霊戸籍」。消滅するのはその人たちがもう生存可能性がないと思われる年齢に達したとき。

 この「幽霊戸籍」をテーマに、戦争孤児である絵本作家の母親(樹木希林)、その娘(深津絵里)の広島の旅を通した自分探しが描かれる。NHKらしいテーマ性のある幻想譚。
 樹木希林がまだ若々しく、抑えた演技がいい。深津も初々しい。

 ふと手にしたビデオが偶然にも今の時期にピッタリとは……。


 8月11日(水)晴れ

 6.30起床。まずはお墓掃除。墓周りの草取りは親戚がやってくれており、墓石もあまり汚れが目立たない。バケツに汲んだ水でこびりついた汚れを丹念に洗い落とす。

 お昼は最北端の店でマグロ丼、イクラ丼。1300円。旧知の金澤氏とばったり。大間はお祭りが始まったばかりだそうで、裃姿。神社のそばには夜店がズラリ。さっそく子供は綿飴の店へ。

 スーパー「マエダ」でお盆仕度の買い物。新装なったスーパーは広く清潔。品揃えはいつも利用するダイエーやら東武ストアよりもはるかに豊富。陳列ケースの中は新鮮な魚介類ばかり。なによりも、お酒のツマミにしたい鮭トバやむしりタラ、タコの口(トンビカラス)などふだん埼玉あたりでは目にしない珍味が安い。トバも上野のアメ横あたりで売られているのよりも新鮮。

 暇を見て大間の島木材事務所へ。ヤッコさんは不在のため、旦那さんに挨拶。

 午後、荷物が届いたので、届け物を持って親戚回り。一通り回るとすでに夕方。


8月10日(火)快晴

 9.18の新幹線で一路、北へ。寝ぼけまなこの娘が見送り。部活があるため、数日遅れで後から合流する予定。さて、初めての「一人暮らし」どうなることやら。

 PM2.15、予定通り大湊駅着。レンタカーに乗り換えて、走ること1時間、むつ市到着。友人のBzの事務所で一休み。「今年も”妖怪展”やってるよ」というので、飛内旅館の向かいのみやげもの店へ。去年は、ここを根拠地に「妖怪祭り」のボランティアが紙粘土で鬼太郎人形などを作っていたのだ。むつ市の名物男・鋼鉄丸氏が出迎え、2階に案内してくれる。

 「今年はこんなことやってます」
 と、階段を上ると、そこはまるで昔、高校時代に「旧体育館」を使ってやった文化祭の「お化け屋敷」。展示されているのは、紙粘土で作った鬼・亡者。「地獄」のジオラマだ。
地獄

 お盆になると、地獄絵を公開して仏教説話をするお寺があるが、これはまさしく、教化向きの立体地獄絵。「ウソをついたら、閻魔様に舌を抜かれるよ」「地獄で釜茹でにされるよ」との説明に、子供が目を輝かせて聞いている。さすがに模型の第一人者が指導しているだけに、ミニチュア地獄は迫力満点。芝居もそうだが、カネをかけた大パノラマよりも、こういった手作りのミニ地獄展の方が迫力がある。

 階下には、多彩な水木しげるグッズが置いてある。さっそく、鬼太郎マグカップなどを購入。
 三途の川
 Bzや鋼鉄丸と話しているうちに、前日の憂鬱な気分は次第に解消。晴れやかな気持ちになる。友人とはまた故郷の別名なのかもしれない。

 5.30、自宅に到着。親戚が草取りをしてくれたため、玄関前はきれいにかたづいている。
 中に入ると、さすがに澱んだ空気。まだ明るいので、部屋を開け放し、空気の入れ替え。部屋の隅のくもの巣を掃除。人の住まなくなった家は傷みが早いというが、掃除をしたら、いつもの我が家。ただ、いつも迎えてくれた父の姿がないのが去年までと違う点。父の不在にもいつか慣れるのだろうが、今はまだ、ぽっかりと、家の中に空白ができたようで、胸の中を風が通り抜けていく。人が死ぬということはこういうことなのだ。話しかける相手がいないということ。いまさらながらにそう思う。
 
 いつもあるべきところが空白のまま。それを埋めるものは何もない。自分も、いつか、こうしてただの空白になるのか。

 一通り、掃除を済ませ、大間温泉に行き、汗を流す。
 今年の夏は、東北も30度を超す気温。その暑さと慣れない枕のためか寝付かれず。

8月9日(月)快晴

 帰省の支度と部屋掃除で半日。
 夕方、美浜原発の蒸気漏れ事故の報。死傷者11人、うち死者4人だが、増える可能性が高い。判で押したように「外部への放射能漏れはない」との広報発表。果たして本当なのか。夜、早めの就寝。明日は帰省。しかし、気が重い。

8月8日(日)快晴

 6.30起床。躰道稽古へ。夏休みのためと、師範たちが9月大会の審査員研修のため不在。20人ほどで稽古。蒸し暑さに、滝のような汗。やればやるほど細かなダメ出し。難しいものだ。
 0.00終了。2.00帰宅。帰省のための準備。
 一日はアッという間に過ぎる。いつもなら帰省の直前はそわそわと落ち着かない日が続いたものだが、今年は近づくにつれ憂鬱な気分。いろんな思いが交錯する。父母のいない故郷。やはり、故郷は遠きにありて思うもの……なのか。

8月7日(土)快晴

 明日から夏休み。自分の席周りを整理整頓。

 S々木昭一郎氏から留守電が入っていたのに気づかず。一昨日の着信だった。N○Kの件。

あすなひろしPM6.30、新宿。南口紀伊國屋。1階の漫画コーナーで懐かしい、あすなひろしの新刊本を発見。2001年に60歳で亡くなったあすなひろし。10代から20代にかけてよく読んだものだ。柔らかな描線、ほんわかとしたユーモア。「武蔵野心中」など、大人向けの作品もあったが、少年チャンピオン連載の一連の少年漫画もいい。「いつも春のよう」「青い空を白い雲がかけてった」(各920円)。

 近藤ようこの「水鏡綺譚」(1600円 青林工藝舎)が。以前、この「水鏡綺譚」は上下刊で発売され、持っているのだが、今回はワタルと鏡子の物語に結末をつけ、12、13章を加えたものを1冊にまとめた完結編。近藤ようこの後書きがいい。「子供の頃に読んだ白土三平の少年漫画のテイストのある物語を書きたかった」「好きで書水鏡綺譚きたくて喜んで楽しくやっていたのがこの作品」、完結編をあえて書いたのは「漫画に対して意欲を失いかけている自分自身を支えるためだった」「私は昔、漫画が好きだった。それを思い出したかった」

 近藤ようこの作品の中では自分もこの「水鏡綺譚」が一番好き。自分は本当に漫画が大好きだったんだなぁと思わせてくれる作品だから。
 

 サザンシアターでこまつ座「花よりタンゴ」。戦後の混乱期、あるダンスホールを舞台に、庶民の哀歓を描いた井上ひさしの名作。めったにないことだが、セリフの手直しが行われたという。イラク戦争を受けてのことか。

 ダンスホールを買い取ろうとするヤミ成金の男に小林勝也。実はこのホール経営者一家の元使用人。ホールを手放すまいと、身を売る覚悟をする長女に旺なつき。意外なことに、こまつ座は初参加とのこと。ロビーに「万有引力より」の大きな花輪。来年、「奴婢訓」の再演があるからだろう。
  
 戦争によって引き裂かれた兄妹が再会するエピソードを織り込みながら、井上ひさしの「戦争と庶民」が音楽入り舞台として展開する。MODEに出ていた占部房子が初々しい演技。

 9.20終演。家に直行。

 サッカー・アジアカップで、中国の反日感情が噴出していることについて、毎日新聞が「スポーツに政治を持ち込むなどホスト国としてあるまじきこと」などと中国批判をしているが、編集委員はカマトトか? スポーツが政治のもうひとつの表現であり、国威発揚の手段として密接不可分であることは自明のこと。

 中国の愛国精神高揚の根底には、中国政府の小泉政権への不快感がある。小泉首相の度重なる靖国参拝に対して、何度となく自制を呼びかけ、無視され続けてては誰だって不快になる。今の日本の経済見通しの「明るさ」が中国の経済成長に負っているという、中国側の自負もあるだろう。
 それなのに、就任以来、米国詣では頻繁なのに、一度も訪中しない(できない?)小泉政権に反日感情が生まれても不思議はない。

 石原都知事など、例によって「民度が低いからね」「ああいう独裁政権は自分を維持するために仮想敵を作らなくてはいけない。それが日本だ」と言いたい放題。その言葉、そっくり石原自身に返してあげたいものだ。

 社民党の又市征治幹事長が「さんざん反日感情をあおり、自身が中国に行けない状況を作った小泉首相に、”スポーツに政治を持ち込むな”という資格はない」と喝破。まさにその通り。

 歴代総理の指南役、右翼の巨魁・四元義隆氏96歳で死去。鎌倉の影の総理といえば「男組」か。流全次郎が壮烈な討ち死にを遂げる最期のシーンに、ワルシャワ労働歌が流れていた。

 暴虐の雲 光を覆い 敵の嵐は 荒れ狂う
 ひるまず進め 我らが友よ 敵の鉄鎖を 打ち砕け

 最近、着メロにこのワルシャワ労働歌を入れてみた。

8月6日(金)快晴


 2.10、御茶ノ水。アテネフランセ文化センターで土本典昭監督の「パルチザン前史」(69年)。小川紳介監督の「圧殺の森 高崎経済大学闘争の記録」(67年)とともに、10代の頃から見たい見たいと思いつつ、月日だけが流れ、30年‥‥。ようやくその映像と向き合うことに。
 会場は30人ほどの観客。中高年世代と学生っぽい若い男女が半々。

 映像はノンセクト・ラジカル「京大パルチザン」の指導者である大学助手・滝田修こと竹本信弘氏と、パルチザン5人組と呼ばれる学生たちの日常を京大闘争、大阪市立大学闘争と絡めて追う。

「社・共の旧左翼はもちろん、新左翼諸党派には革命的展望の限界がある」とセクトの政治主義を斬って捨てる滝田は革命に向けた実践的自発訓練を始める。封鎖した学内での火炎瓶作り、深夜のランニング、戦士としての生活習慣の徹底。ドラム缶を機動隊に見立て、ゲバ棒での突撃訓練。

 機動隊と対峙する場面でジグザグデモをする学生の映像に、「あれはいかんよ、あれをやっちゃいかん。標的になるだけだ。下を向いてると前が見えない」などと声がかぶるが、これはラッシュフィルムを見ているときの声か。

 軍事訓練といっても、武器はせいぜいが火炎瓶くらいの、のどかなもの。敬愛するローザ・ルクセンブルグの虐殺死体写真を見ながら、「これはひどいよな。夢に出てくる」とつぶやく滝田。
 「権力と戦う。革命を目指すということはつまり自分で働いて自分の責任でメシを食い、自分の金で自分の武器を買い、自分の力で闘っていくということだ」と語る滝田。

 難波予備校で教鞭を執る滝田が、「大学解体を叫ぶ先生がなぜ、僕らを大学に送り出す予備校の講師をしているのか」という予備校生の質問に、「助手の給料は3万5000円。子供2人がいて、幼稚園が月6000円かかる。食費は○○円‥‥、予備校の講師をやらないと生活が苦しいわけで、自分でも論理矛盾してるのはわかっとる‥‥と、誠実に答えようとするシーンに会場から笑い。ことほどさように、滝田修のキャラクターからは強烈なカリスマ性とともに、どこかのどかでユーモラスな性格がにじみ出る。

 圧倒的な機動隊の武力で、69年の京大、大阪市立大闘争は終焉を迎えるわけだが、滝田修の最後の映像は生まれたばかりの赤ん坊を笑顔で抱き、幼稚園児の子供、奥さんと4人でたたずむシーン。

 この後、滝田氏はフレームアップされた「赤衛軍事件」の共謀共同正犯として指名手配、逃走10年の後に下獄するわけだが、この「あまりにものどかな」武装革命訓練の2年後に、京浜安保共闘と赤軍派が合体した「連合赤軍」が誕生、いわゆる「浅間山荘事件」を機に凄惨な集団リンチ殺人が発覚、学生運動は迷走していくことになる。

「内ゲバで死んだ人数が、戦死した人数よりもはるかに多い」という”反革命武装集団”新撰組が大河ドラマになる時代。「連合赤軍事件も50年後には大河ドラマになる」とは鈴木邦夫氏。まぁ、鈴木氏一流の皮肉ではあろうが。

 4.20、帰ろうか、飲みに行こうか、迷走しながらも、御茶ノ水から初台に移動。

7.00からライブハウス「ドアーズ」で「夕焼け祭り」DVD化記念ライブ。

 裸のラリーズ、上田正樹と「サウス・トゥ・サウス」、久保田麻琴と夕焼け楽団などが出演した75、76年のライブの模様を収録したもの。
 7.00開演。会場にいた高橋氏に挨拶。

 森下ビデオフィルム上演に続き、森下泰輔 Projects featuring Sparky Quanoの登場。森下氏は現代美術評論、バーコード・アーティストとしても世界的に活躍中。アーサー・C・クラークの本の訳者でもある。一時期、同じ釜の飯を食った先輩なのだが、会社時代、そんな多芸多才な人とは露知らず。聞けば、学生時代からバンド活動を行い、ラリーズともセッションしたことがあるという。「昔からいろんなことをやりたがる性格だから」と森下氏。

 舞台正面に、小竹信節の歯車機械のような鉄材の「円形時計」が置かれ、演奏の途中で、それが回り出す。一言でいえばノイズ系ミュージック。森下氏のギターに惑乱される40分余。この後、DEFEKTRO (from ラリーズ・セッション)、悲露詩(ex.裸のラリーズ)が出演したようだが、森下氏に挨拶して帰宅。昔と変わらず、折り目正しい人。知人の近況などをひとくさり。

 高橋氏が「PANTAから、今日も電話がありましたよ」と言うので、メール入れて、そのまま自宅へ直行。後で着メールを見たら、PANTA氏、ちょうど入れ代わりで「ドアーズ」に行ったのだとか。久しぶりに会えるところだったのに残念。

 今日はなぜか60〜70年代漬けの一日。

 59回目の原爆忌。広島の秋葉忠利市長が平和宣言であえて憲法第9条擁護を訴えなければならない時代。

 9.11で国家ヒステリー状態に陥ったアメリカ。その同じアメリカ人の多くが、原爆投下は米兵犠牲を抑えるため必要だったと答える。すでに勝敗の決した戦争において、黄色人種への人体実験にほかならない原爆投下を正当化するアメリカ人。9・11と同じ位置、同じアングルから広島原爆投下の瞬間を映像が捉えたとしたら……。それを見たアメリカ人はそれでも「原爆投下は正しい」と言うのだろうか。
8月5日(木)快晴

 野沢尚「リミット」読了。臓器売買、幼児売買が物語の中心テーマ。あまりの生々しさに何度か本を置きかける。小説とはいえ、息苦しさを感じてしまうのだ。

 幼児誘拐犯が現金引き渡し役に一人の婦警を指名する。実は婦警の息子もまた秘密裏に誘拐されていたのだ。彼女は息子を取り戻すため、身内の警察組織を欺き、犯人に接触しようとする。犯人は「悪意」の権化のような3人の男女。

 たとえ犯人相手といえど、主人公は無益な殺しをしない、犯人も罪のない子供の肉体は傷つけない……という暗黙の推理小説のルールをことごとく破ったダークサスペンス。子を持つ親にとっては、ついわが身に引き寄せて読んでしまうため、イヤな感じが尾を引く。こんなに気分の悪くなる小説はない。ただ、中盤からは、そんな不快感を振り切るような、快調なテンポで物語りが展開、ラストまでくいくい読ませる。

 脚本家と小説家という異なった分野の表現を両立させるのは至難の技。それをやり遂げた野沢尚は稀有な才能だったんだなぁ。自死で終わった人生の終焉、やはり惜しい。

8月4日(水)快晴

 今日もまたピーカン照り。暑さに耐え切れず、CDをiPodに取り込んだりするが、「このまま無為に時間を潰しては」と思い直し、夕方、躰道稽古に。

 PM6、S木市体育館。途中、大学3年のH内さんとバッタリ。今年の埼玉大会で優勝した彼女、「2月から始めたばかりなんですけど、すっかりハマっちゃって。ほかの道場でも週2回、都合4回稽古してたんですよ」とさわやかな笑顔。並んで歩いていると、まるで同伴出勤。

 PM6〜8.00稽古。水曜日はさすがに人数も少ないが、その分、個人的な指導を受けられる。今日も細かなダメ出し。いつもやらない基本技などを伝授。PM8.30終了。女子高校生と一緒に、Y先生の車で最寄り駅まで送って貰う。女子高生のAさん、赤羽の高校まで通っているそうで、「昔は赤羽も小さな駅でね」なんていうと「いつ頃ですか」「30年近く前かな?」「えーッ? 生まれてませんよ」
 確かに……。
 9.30帰宅。心地よい疲労感。乾いたノドにビールを流し込んで早めの就寝。健康的?

8月3日(火)快晴

 浜崎あゆみのエイベックエス離脱表明からわずか半日後の松浦氏エイベックス復帰という大どんでん返し。この間の株価乱高下で大儲けした人がいるのかもしれないが……。

 午後、S国際病院に電話。月末の検査の予約。担当看護士は淡々とした、事務的な口調。毎日の業務だから当然か。その態度に、なぜか安心する患者の心理。

 PM6、渋谷経由で三軒茶屋。世田谷パブリックシアターで青年座映画放送ほかによる「ミュージカル ピッピ!」

「長靴下のピッピ」の舞台化で、日本初演。ピッピ役に篠原ともえ、父の海賊に力也(安岡力也)。ほかに土居裕子、松金よね子、二瓶鮫一。親子ミュージカルということで会場は幼児の泣き声や笑い声がさんざめく。暗転になると「怖いよー」の声。

 普通ならそれだけで、気が散って舞台に集中できないのだが、宮田慶子の演出はあらかじめ、その反応を織り込み済みのようで、「雑音」を吸収する柔軟構造。しかも、基本的に大人向けの演出であり、変に子供に媚びたりしない。芝居のシーン、歌のシーン、サーカスの曲芸シーンなどがキッチリと描き分けられ、その演出術はまさに至芸の域。

 自由奔放で、ちょっぴり淋しがり屋ーー篠原ともえは挿絵から抜け出したような、まさしく「ピッピ」そのもの。「ファウスト」で白井晃演出と出会ったことが彼女の転機になったのかもしれない。少女の内面の陰影を絶妙に表現し、間然するところなし。
 休憩15分を挟み、9.20まで。

 終演後、トイレでS井晃氏にばったり。最近は葉加瀬太郎ふうの長髪に黒一色の上下。10月公演の稽古開始はまだとか。「それまでも、若手の稽古を見たり、いろいろありますから……」と笑顔。今日はA山菜津子を同伴しての観劇。

 半蔵門線経由で家路に。途中、居眠り。気がつくと2駅オーバーラン。引き返して10.50帰宅。野沢尚「リミット」の続きを読むも、0.30、睡魔に襲われそのまま眠りの中に。

8月2日(月)快晴

 寝冷えでもしたのか、ノドに軽い痛み。
 PM3.30、S国際病院に電話。月末に再検査を受けることに。

 PM5.00、Sシネマで「スパイダーマン2」。面白いとか面白くないという以前の問題で、出演者にまったく魅力を感じない。ダークヒーローは出演者もダーク過ぎ。ヒーローもヒロインも脇役も、「ビジュアル的」に興味持てず。今回の悪役はまわしを締めたハワイの相撲取りのよう。せめてヒロインが日本人好みの美形なら感興も湧こうというものだが。

7.30帰宅。家族トランプ大会。

 「君が代」斉唱時に起立しなかった教師やピアノ伴奏を拒否した教師240人に対する懲戒処分を受けた「服務事故再発防止研修」が2日から都総合技術教育センターで始まった。

 良心の自由、思想の自由はどこに行ったのか。「一カ所に閉じ込めて思想改造」とは、まるで旧ソ連の強制収容所のようなもの。石原都知事になってから、国家主義傾向はどんどん強まり、ついに「君が代」を歌わない教師は収容所送り。起立しなかった父兄もチェックされているというから恐ろしい。

 歌手の朱里エイコ(朱理エイコ)が足立区内の自宅で死去。58歳。「北国行きで」は高校時代か。「100万ドルの美脚」のキャッチフレーズが新鮮だったっけ。忘れられた流行歌手の死はさびしい……。

 同じ日に米テレビ「スーパーマン」の冒頭ナレーション「鳥だ、飛行機だ、あっ、スーパーマンだ!」の声を担当したジャクソン・ベック氏92歳の訃報。日本で吹き替えたのは誰だっただろう。
8月1日(日)快晴

 6.30起床。躰道稽古へ。今日も暑さが厳しく、10分も体を動かすと息が上がる。最年長のI内氏が黒板で身体論をレクチャー。実質的な身体稽古はいつもの半分。

 12.00終了。2.00から先日の祝勝会&反省会。いったん帰宅し、子供を置いてから合流。千葉から義母が来ているが、躰道は合宿も参加できなかったから、こんなときにでも付き合わないと。

 2.20、S木駅前の「天狗」。20人余の道場仲間と初飲み会。実にいい人ばかり。つくづく人に恵まれていると思う。ネットオフ会をやれば、いい人ばかりだし、高校同窓会もそう。この躰道協会も師範Y氏以下上級者師範の半ば”持ち出し”で運営されている。武道特有の精神主義を強要されることもなく、「上」も「下」もない、「和と協調」が基本精神。
 
「ほかの協会や道場では、合宿をやれば、師範クラスが”クルマ代は出してくれるのか”などとカネの話になるのが多いんですけど、ここは逆ですから。自分らも、頑張って盛り立てようという気になるんです」と、全日本出場のIさん。

 「半落ち」の横山秀夫氏が躰道協会の仲間だったということで、ひとしきり当時の話題。学生時代から知っているというH崎師範は「あの人が作家になるとは思わなかったよ」。武闘派のH氏が気押されるほどの「変人」だったとか。

 6.30まで飲み会延長。ふだん話す機会のない若い世代ともゆっくりと話すことができて、つい時間を忘れてしまう。二次会のカラオケに半数が流れたが、さすがにきつくなりそうなので、家路に。家に着いたとたん、酔いが回ったのか、布団の上に。8.00、途中何度か目が覚めたが、そのまま朝まで熟睡。稽古疲れと酒疲れか。

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