| 12月31日(金)雪 朝からしんしんと雪が降り続く。大晦日に大雪が降るのは20数年ぶりとか。雪を見て大喜びの子供たち。明日まで降り続けば、かまくらを作ることができるかもしれない。11歳の息子が赤ん坊の時、かまくらを作るだけの雪が降ったが、それ以降は大雪はなし。せめて、雪の想い出を作ってやりたいものだが。 午後まで大掃除の続き。ガスレンジ周りの掃除で打ち止め。「こんなになるまでほっとくなんて」と一人ブツブツ。毎年、大掃除だけで暮れの休みが過ぎてしまう。ウーン、時間がもったいない。 PM3.30、3カ月ぶりに理髪店へ。長くなりすぎた髪の毛をバッサリ。帰りには雪もやみ、路面はシャーベット状態。こりゃ、かまくら作りはムリか。 あまりにも冷え込むので、ダイエーに行ってハロゲンヒーターを買ってくる。暖房のない自分の部屋は寒すぎる。 PM6.30。娘が郵便局の仕分けバイトから帰ったので、家族で年越し(田舎では”年取り”という)。子供の頃は、年に一度、親に造りぶどう酒を飲ませてもらう日でもあった。夕方早い時間に家族全員が斎戒沐浴してから膳に向かう習慣も、「後で寝る前に入るから」と軽くいなされ、風呂に入ったのは自分ひとり。こうして暮れの風習はすたれていく。 いつもは見ない歌番組や格闘技を家族と一緒に見ながら大晦日の夜は過ぎて行く。カウントダウン後、なんだかわからないナイナイのバラエティーをだらだらと見つつ、1.30就寝。 12月30日(木)晴れ 半日大掃除。 夕方、新宿へ。6.00、シアターpoo。万有引力恒例の餅つき大会。 ドアを開けると、シーザーがビデオで参加者を撮影中。「もう一度、入り直して」とリテイク。一番乗り。まだ料理の準備中。シーザーと二人でしばらく雑談。二番手は7.00近くに英国御用達のワインを片手に元読売新聞の北川登園さん。上京中の根本豊氏も加わり、あれこれ話し込んでいるうちに徐々に参加者が増えて、気がつくと満席。アート・プロデューサーの楠野裕司氏、天舞艦の市川正氏、毎日新聞・高橋氏、元桟敷の大野氏、亜湖さん、タリ氏、蘭妖子さん、simizzy氏、元銀河系・大野さん、松田政男氏ほか、劇団員も含めて多数。伊野尾ちゃんは3人目がお腹にいるとか。 7.30過ぎに1臼目、続いて、2臼、3臼……。今年は井内氏が対手。カメラで撮影しようと思ったが、メモリーカードが不調。デジタルは肝心なときにダメになる。 11.00、終電に間に合うように、高橋さんと一緒にお先に退散。0.30帰宅。 12月29日(水)雪 急に冷え込み、朝から雪。一日中大掃除。忙しすぎてドアーズ・T橋さん主催の麻雀大会キャンセル。 12月28日(火)晴れ 仕事納め。他セクションはほとんど昨日から休暇。閑散とした社内で黙々と仕事。ついつい新年初日の仕事まで終えてしまう。仕上げは机周りの片付けと、たまった芝居のチラシの整理。PM6.00、田舎の親戚に挨拶電話。お寺のことなど。 PM7.30、新宿3丁目。ピット・インで浅川マキの年末ライブ。地下通路は開場を待つ人たちでごった返している。例年の風景。 お先に入場し、後方に立って開場待ち。関係者、招待者は先頭の観客の後で着席するのが通例。 客層は20代から60代までまんべんなく網羅。隣に座ったカップルは大学生。演歌、歌謡曲系の歌手ならば、観客層の年齢も歌手に合わせてスライドしていくが、浅川マキの客層は絶えず新しい観客を取り込んでいる。今年で37年目。途切れることなく年末の5日間ライブを続けているのは俗っぽい言い方ではギネス級ではないか。 8.10、約10分押しで開演。控え室から現れた黒づくめのマキがステージへ。アカペラで7〜8曲。「お待たせしました、セシル・モンロー!」の掛け声でセシル・モンロー登場。ドラムスとマキのセッション。続いて、渋谷毅が登場し、3人のセッション。客席の若い女性が「シブヤさ〜ん」の黄色い掛け声。暗がりの中から「……だってあたし、渋谷さんに恋してるんだもの」のつぶやき声。テレる渋谷氏。 オルガンとドラムスだけの「霧に潜む」は初めて。いつもなら終盤に向けたサックスとオルガン、ドラムスのセッションに陶然となるのだが、サックスを欠いた「霧に潜む」もまた別な味わい。 休憩10分挟んで二部へ。二部は渋谷毅のピアノをフィーチャーした曲を中心に。長年マキをサポートしてきたジャズ界の至宝・渋谷毅。「あたしの歌より、渋谷さんとセシルのセッションを聴けるのがこのライブの一番の贅沢なの」とマキ。 二人のセッションの間、ピアノの前に座って煙草に火をつけるマキ。アンダーグラウンドの女王、その仕草が絵になる。うつむいた左斜めのマキの表情はふとした瞬間、びっくりするほど艶めいて見える。田村仁氏が撮ってきた若い頃のマキは実にフォトジェニックだ。今回のチラシに使った写真は60年代、花園神社の境内に座るマキの遠景の一部。歌と絵と時代の呼吸ががこれほどピッタリする歌手はそういない。 10.00ステージ終了。珍しくアンコールに応えて再びステージに戻ったマキは「幻の男たち」DVD化のこと、行きつけのレンタルビデオ屋の若い店員が家まで来てくれてDVDプレーヤーをセットしてくれたことなどを笑いを交えながら話す。再び渋谷、セシルとのセッション。 10.10終演。控え室を訪ね、30分ほど歓談。 今日は珍しく「夜が明けたら」や「ハスリン・ダン」を歌ったので、話を向けると、「インターネットで”マキは毎年同じ歌しか歌わない”って書いてる人がいたって聞いたから。ハスリン・ダンはずいぶん歌ってなかったわね」。「セットリストをすぐにインターネットで流す人がいるようだけど、同じ曲であっても毎回「同じ歌」にはならないのがわからない人がいるのは困ったこと」と。 その間、H原信義氏が顔を出す。マキさんも久しぶりの様子。「マキの夢を見たから来たんだ」。かつてマキのサポートをしていた天才的ギタリスト・H原信義。しかし歳月の流れ……。「変わったでしょ、H原さんは」とマキがポツリ。 長年のパートナー・S田氏と東芝EMIの若手A氏が加わり談笑。A氏は京大で数学を専攻していたという変わり種。S田氏は入院中の病院から許可をもらい、一時退院。5日間、マキの音を作っている。担当医がマキのファンだとか。去年から比べてもあまり具合は良くないようだが、マキの音を作れるのはS田氏だけ。来年もマキの大晦日公演で元気な顔で会いたいものだ。 10.45、まだこれから録音があるというので失礼する。NY在住のジョン・ゾーンの依頼でアカペラ・ボーカルを提供するというので、今日は正午からピット・インに詰めていたという。昼の続き。吉野金次氏がレコーディングディレクターとか。 0.30帰宅。 12月27日(月)晴れ 仕事を終えて新大久保へ。「東京アールズアートコート」で小川範子の一人芝居「あのこは だあれ?」(作・演出=吉田秋生)。新大久保から新宿通り方面へ歩いて7〜8分歩いて横道に入った場所。こんなところにホールがあったとは知らなかった。労音大久保会館の中。キャパ100〜150くらいのこじんまりとしたホールで、一人芝居にはちょうどいい空間。 受付で事務所のA生さんが「短いですよ。アッという間に終わりますから」とニッコリ。その言葉通り、7.05、5分押しで始まった芝居は7.50に終演。「赤い靴」をモチーフに、少女と大人の狭間で揺れる一人の女性の不安を描いたファンタジー。ある意味で、「大人の役者」への脱皮が問われる小川範子自身と重なるかもしれない。 螺旋階段、二階の寝室のドア、窓……舞台セットも意外と本格的。なんだかこの上演時間ではもったいないくらい。 客席は圧倒的に20〜30代のファンが多く、終演後は花束の列が延々と続く。そうか、これはファンクラブ的なイベントでもあるわけだ。 見送るA生さんと立話。昔、浅川マキのマネジャーをしていたA生さん、「マキの記事を読んだけど、懐かしかったわ」 駅に向かう途中、レンタル落ちビデオのバーゲンをやっていたので、「ピースメーカー」「800万の生きざま」「アフターアワーズ」を買う。各180円。 9.00帰宅。上演時間が短いというのはありがたい。帰宅後ゆったりできる。 インド洋大津波の被害は拡大の一途をたどっており、日本人滞在者の被害も確認された。 しかし、小泉首相の冷血・無神経ぶりには呆れるばかりだ。 地震発生(日本時間午前10時)による津波被害が打電されたのは日本時間正午。外務省の緊急連絡室が立ち上げられたのは午後3時。 海外滞在邦人の災害、大事故で指揮を執るのは首相の重要な仕事であることは言を待たないのに、なんと、コイズミは3.30に築地の東劇で映画「隠し剣 鬼の爪」を見に行っている。新潟地震の際、見逃した映画だ。このときも、地震発生を知りながら、1時間もぐずぐずと映画祭会場にとどまっていた。 東劇を出たのが6時。すぐに近所のホテル西洋銀座内の料亭「吉兆」で9時過ぎまで作家の宮尾登美子と会食している。 27日も官邸入りは午前11時。記者団に対し、「だいぶ外国人も多いが、日本人もかなり含まれていると報告を受けている」と木で鼻をくくったようなとおりいっぺんの答え。現地は日本人滞在者1000人以上、ツアー客の安否情報に家族が焦心している時に、この行動この対応。 93年のカンボジアPKOで日本の文民警官が射殺された際、当時の宮沢首相は静養先の軽井沢から東京の官邸に急行した。それが一国の首相の取るべき行動だろう。 えひめ丸沈没事件で、秘書官の報告を受けながらそのままゴルフを続けたコイズミの親分・森喜朗と同類。 まったく「類は友を呼ぶ」か。 毎日新聞コラム「東論西談」の「”見たい”欲求私にも」と題した記事の中で、筆者は香田さん殺害事件に触れ、たとえ、1万人に1人でも、危険地帯に入り込むという過ちを犯した人が現れても、それを「仕方ない」と受け入れ、そういう人を救うためにこそ国家があるのでは、と述べる。そして、「自分の目で見るということは人に興奮をもたらすもの」との結論を引き出すため、97年に厚相時代の小泉純一郎が初めてアフリカに来たときのエピソードを披露する。 小泉は筆者にこう言ったという。 「おい、アフリカじゃあ、みんな裸で踊ってるって思ったけど、ビルも道路もあるじゃないか」 先入観が崩れた醍醐味に思わず出た言葉だろうが、大臣といっても、アジア、アフリカに対してはこの程度の認識。昔から小泉という男の本質は何も変わっていないわけだ。 12月26日(日)晴れ スマトラ沖で地震による津波が発生。死者1万人以上の報道。子供の頃、チリ地震による津波を記憶しているが、地球の反対側の日本にまで影響を及ぼす地震、そして津波の恐ろしさを初めて知ったのがこのチリ地震だった。沖合いまでスーッと波が引いていったのを見たという記憶は大人たちの会話から後付けした自分の記憶修正なのだろうが。津波と聞くと、その磯がすった(引いた)光景が目に浮かぶ。モルジブ、スリランカなど、日本人観光客の多い地域。巻き込まれている可能性が高い。 今日は一日中、大掃除。部屋の片付けの傍ら、カセットテープのデジタル化作業。 ネットオークションで買ったPANTAの「P.I.S.S」が届いたので、松原みきとのデュエット「one night Lover」を聴いてみる。PANTAのボーカルに寄り添うような甘い歌声。棚の奥から上野水上公演のライブカセットを探して聴いてみる。はつらつとした松原みきの歌声。最後に「この公演は上野ABABの提供でお送りしました」のアナウンス。その瞬間、うっすらと当時のライブの情景がよみがえる。人間に記憶とはおかしなもの。 12月25日(土)晴れ 5.00起床。いつもは寝坊な小5の息子がすでに起きていて、目を輝かせながら「サンタが来たよ!」とふすまをガラリと開ける。枕もとに置いたプレゼントの箱を手に持って嬉しそうな顔。「いまどきの子供」ではあるが、まだ「夢見る力」を失っていないようで、なんとはなしに嬉しくなる。 PM3、上野癒処でマッサージ。疲れがたまっていたため、途中から半分夢の中。 PM7。渋谷。パルコ劇場で「なにわバタフライ」。喜劇女優・ミヤコ蝶々の半生を戸田恵子が一人語りで演じる。 自分に芸事を仕込んだお父ちゃん、初恋の人”ぼん”、漫才の相方”兄やん”、最初の亭主でもある”師匠”、そして最後を看取ることになる相方で、二番目の亭主=南都雄二……。楽屋を訪ねてきた取材記者のインタビューに答えながら、人生を彩った男たちとの関わりを演じていく。 一人芝居ではあるが、相手のいないダイヤローグ芝居でもあるという変則劇。つまり見えない相手のセリフを観客に想像させながら「対話」をするわけで、役者の力量がなければ無残なものになる。戸田恵子、さすがに三谷幸喜の難題をクリアし、最後まで観客をひきつける。 しかし……この「一人芝居」の脚本はあまりにも技巧的であり、舞台を楽しむというよりは作者の仕掛けがちらついて鼻につく。見ていて疲労感をおぼえる。 モノマネや落語、芝居にダンス……とかつて上演されていた戸田恵子の一人芸バラエティーショーでの彼女の多芸ぶりには驚嘆したものだ。一人芝居もいいが、戸田恵子の真髄発揮の極上バラエティーショーをもう一度見てみたい。 並びの席に福島三郎氏。終演後に挨拶。いつもながらテレ臭そうな笑顔。泪目銀座は来年あたりになる予定とか。 地下鉄経由で家路に。11.00帰宅。 12月24日(金)晴れ PM4。早めに退社し、一旦帰宅。家族とクリスマス会。塾のため、一人欠員。ひとしきり子供と遊んだ後、再び駅へ。 PM7・15。初台、ドアーズでPANTA主催の「アンチ・クリスマスライブ」。会場に入るとすでにPANTAがギター抱えて熱唱中。ジョン・レノンの「GOD」が聴かせる。 設えられた椅子席は満杯。会場後方までスタンディングの盛況。見回すと20代から50代まで老若男女広汎な世代。客層が偏らないのがPANTAらしくていい。まずは軽くウォーミングアップ30分。2階の最前列に今日のゲストでもある重信メイさん。連れの男女と談笑中。その涼やかで優美なまなざし。まさに美と知の女神。 PANTAの後はグラム・ロックの帝王AKIMA&NEOS。元マルコシアスバンプの秋間経夫がリーダー。女性コーラスが二人。マーク・ボランばりのボーカルとギターに陶然。いまどきのハードコアと違って音が体にすんなりと入ってくる。 続いて、重信メイさんとPANTAのトーク。母・重信房子さんの公判状況やレバノンの若者のファッションなどをユーモアを交えながら語るメイさん。その笑顔からは、四半世紀の間、常人の想像もつかない数奇な運命をたどってきたとはうかがい知ることなどできない。 次のゲストはPANTA&HALの名作「マラッカ」「1980X」をプロデュースした鈴木慶一。このところ雑誌の対談で顔合わせすることも多いようだが、アルバムが再評価されているということか。気心の知れた者同士の和気藹々のトーク。「慶一はネットで気にいったサイトがあると、すぐURL送ってくるんだよね」とPANTA。今、ムーンライダースの新アルバムレコーディング中とか。 鈴木慶一とムーンライダース「火の玉ボーイ」(76年)、南佳孝「摩天楼のヒロイン」(73年)、久保田麻琴と夕焼け楽団「サンセット・ギャング」(74年)ーーこの3枚はいずれ劣らぬ傑作。学生時代、阿佐ヶ谷のアパートのターンテーブルの上にはどれかがあったっけ。その鈴木慶一がPANTAと一緒に「オートバイ」を歌う。「マーラーズ・パーラー」「氷川丸」……。圧巻は出演者全員での「つれなのふりや」。 イベントだからサクッとやるのかと思いきや、歌うほどに熱気を帯びてくるPANTAのボーカル。さすがはロックンロール「激詩人」、気合の入り方が違う。11.20まで大盛り上がりライブ。こんなに中身の濃いライブは久しぶり。もったいないから、この時間を真空パックに保存して持ち帰りたいほど。 終演後、メイさんらと楽屋を訪ねてPANTAに挨拶。 0.30帰宅。1.00就寝。 12月23日(木)晴れ 昨日に続き、終日掃除、片付け。休日なのに……。 12月22日(水)晴れ 朝から部屋の大掃除。その傍ら、DVD、CDのダビング。夕方、自転車でコジマ電気に行き、580ワットの仕事率の掃除機購入。夕方、「6羽のカモメ」を見る。蜷川幸雄が東大でカミュを卒論にしたというテレビマンを演じておりカラオケまで熱唱。もっとも当時のカラオケは生バンドの伴奏。早大仏文でサルトルを卒論にした中条静夫がこれに奇妙な対抗心をもっている。ゴルフコンペで賞品になった電気乾燥機をめぐる騒動の物悲しい結末。テレビ局の次期部長氏が妻のために乾燥機を都合してもらおうと工作するなんて、やはり時代を感じる。 夜まで掃除の続き。 12月22(水)晴れ イラク駐留のハンガリー軍が撤退を完了。12月31日に期限切れとなる派兵の延長が国会で認められなかったからという。 ハンガリー軍は主に多国籍軍の兵站輸送=非戦闘任務を行なっていた。規模は300人程度。 ハンガリー政府は3カ月の延長を目論んでいたが、国会でその提案が否決された。国連による新たな決議が必要だという理由からである。 一方で、日本政府は、サマワ駐留延長を国会の審議を経ることなく「閣議決定」で行った。日本は本当に民主主義国家なのだろうか。 来年からの増税路線で、自分たちに重税がのしかかってくるというのに、「まあ、国も大変だから仕方ないんじゃないですか」とテレビの街頭インタビューでのんきに答えるOL・サラリーマン。 昨日の新聞報道で、「05年度予算の財務省原案で、法務省が新たな啓発事業として要求した『ハンセン病問題特別対策費』約8600万円が全く認められなかった」とあったが、8600万円の人権啓発事業費も認めず、1日1億円のサマワ駐留費を湯水のように使っている日本政府。 「税金の使われ方」に無頓着で「国の方針には羊のように従順」な大多数の国民。 昨年の総選挙の際、共産党シンパの社保庁職員が休日に政党ビラを郵便ポストに配布したことで、国家公務員法違反(政治的行為の制限)の罪に問われた事件があったが、なんと警視庁はこの職員を03年から1年間に渡って尾行、盗撮していたのだという。一人の職員を国家公務員法違反で起訴するために費やされた膨大な時間と労力。数十人規模の公安警察が投入されたとは。公安はそんなに暇なのか。 「これまで公然と行われてきた郵便局ぐるみ、省庁ぐるみの選挙が同法違反に問われず、この程度の軽微な行為が起訴の対象となるのであれば、国家公務員には政治的な意見表明の機会がほとんどなくなる」と弁護団は控訴棄却を求めているというが、人畜無害の日共征伐にこれほどの執心を見せる公安。公安の予算獲得のために日共が利用された図式。 12月21日(火)晴れ 会社の新システム構築のためにパソコン一新。設定復元で5.30まで居残り。 PM7〜10.30。森下。ベニサン・ピットでtpt「三人姉妹」。オルガ(オリガ)=奥貫薫、マーシャ=中川安奈、イリーナ=栗田麗、ナターリャ=吉本多香美、ヴェルシーニン=山本亨というフレッシュな配役。戯曲もアメリカの劇作家デヴィッド・マメットの翻案に基づいているため、登場人物たちの活発な会話劇となっている。本格的な舞台は初めての奥貫薫、栗田麗の清新な演技が光る。帰り、白水社のU氏と駅まで。来年3月で定年という。「忙しすぎたから、しばらくボーッとしますよ」。 0.00帰宅。 埼玉県の教育委員に「新しい歴史教科書をつくる会」の前副会長、高橋史朗・明星大教授(54)が就任。「日の丸・君が代を歌わせるのが私たちの役目」の保守反動の輩がまた一人。歴史を歪曲した「新しい歴史教科書」を採択するための布石なのだろう。 このところ、IEに代わるブラウザを試用しているが、なかなかの優れものがある。一つはネット仲間のY氏が推奨するSleipnir。もう一つはfirefox。どちらも非常に使い勝手のいいブラウザで、デフォルトにどちらを選ぶか悩むところ。 故郷のO間町の町長選は無投票で金澤満春氏(54)が当選。若い世代の町興しに一役買ってきた氏の登場で新しい風が吹いてくれれば。 青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場で劣化ウランを使った稼動試験始まる。薬品を使った化学試験に続く、初の放射性物質を使った実験。 再処理工場がフル稼働すれば、1年に5トンのプルトニウムが抽出される。すでに海外での再処理工場から返還されたプルトニウム40トンが保有されており、史上最悪の放射性物質はどんどんたまる一方。 容易に核兵器に転化できるため、余剰プルトニウムを持たないことを国際公約にしている日本。プルトニウムの使い道として、高速増殖炉や軽水炉で混合燃料として使う「プルサーマル」のどちらかしかないが、「もんじゅ」は事故で再開の見通し立たず。プルサーマルもあまりにも危険性が高いので各国は撤退している。 再処理工場の主要機器はおよそ1万基。公表された事故事例はすでに190件に上る。コストも計画当初の3倍の2兆2000億円。 高い、危険ということで、ドイツなど再処理路線を放棄した。 そのドイツ、ミヒャエル・ザイラー・エコ研究所副所長が言う。 「日本が再処理工場の本格操業を始めたときに、再処理を推進している国はほとんどないだろう」 あくまでも再処理に固執する日本政府の究極の目的はプルトニウムの軍事利用。「持たず、作らず、持ち込ませず」の「非核三原則」をねじ曲げたい勢力は憲法改悪・再軍備に伴い、やがて、「作らず」を破棄する。「国家は自己防衛する権利がある」「核武装こそ究極の防衛」などと言い出すのは目に見えている。 プルトニウム抽出のために、絶えず危険と背中合わせの生活を強いられる地元の人たち。金のために嬉々として受け入れる県と市町村。自然の恩恵は永遠。核施設の恩恵は一時のカンフル剤でしかないというのに。なんという理不尽。 12月20日(月)晴れ PM6.30帰宅。10.00就寝。たまにはこんな日もないと。 12月19日(日)晴れ 夢の中で躰道稽古。寝不足。今日こそは行かなくちゃと、朝7時に起きて朝風呂につかっているうち、次第に気持ちが萎えてきて、「来週あたりが納会だったはず。今週は体調不良、子供も風邪をひいてるし、体調悪化させたらお正月が悲惨になる。それよりは体力を温存して‥‥」と、つい日和ってしまう。で、再び布団の中にもぐりこみ二度寝。 11.30、家族でO宮へ。娘の高校の演奏会が1.30からあるため。 途中で躰道のY先生からケイタイに電話。 「今日納会だったのに、どうしました?」 ガーン。稽古納めだったのか。しかも、級位クラスの試合があったとか。今月に入ってから行ってなかったから知らなかった。勝ち抜きトーナメントでSさんが優勝したという。これから子供たちの餅つきがあるというが、事情を話して、5時からの忘年・祝賀会に出席することに。 途中で昼食を取り、PM1.40、市民会館到着。2.00から合唱&演奏。娘の出番が終わったので、家人らは先に帰宅。高校生とはいえ、さすがに音楽科、オーケストラも本格的。 3.30、第二部の演奏が終わった後で退席。 忘年会場の朝霞台へ。 4.30、先生方と合流。宴会は5.00〜7.00。約30人。20代の若い世代がキビキビと動き、気遣いを見せる。さすが体育会系。今年の全国大会はぶっちぎりで優勝。実力ピカイチの我が支部。運動系の堅苦しさもなく、なごやかでアットホームな宴席。 二次会はパスしようと思ったが、Y先生に「これからがS支部の本領発揮だから」と誘われ、付き合うことに。 二次会はカラオケルームに20数人。普段、稽古場では謹厳実直なKさんがハード・ロックをがなりたて、ソファからジャンプするのを皮切りに、総立ち状態。時々クールダウンでY先生が昔の演歌をしっとりと。あとは阿鼻叫喚のカラオケパワー炸裂。唖然呆然。このエネルギー。 2時間はアッという間に過ぎて、9.30解散。外に出て解散宣言しても、それぞれ別れがたく、路上で立話。 10.30帰宅。 それにしても、ハードな1週間。睡眠時間は5時間もなかった。あすからはセーブしなければ。 PA○TAさんからアンチ・クリスマスイベントのお誘い。アルバム「PISS」(89年)の中で、松原みきとデュエットした「One Night Lover」を、11月の仙台公演のアンコールで披露したそうで、その時点で松原みきが亡くなったのはまったく知らなかったという。「不思議なんだよね、急に思いついたんだから」とPA○TA。彼女の死を知ったのはそれから1カ月後とか。「虫の知らせ」というのだろうか。 二人のデュエットを聴いてみたいもの。すぐにネットオークションでアルバム落札。 12月18日(土)晴れ 紀伊國屋演劇賞を加藤忍と千葉哲也が受賞。研究生から抜擢されて本公演でデビューして以来9年目、加藤忍の受賞はわが事のように嬉しい。 PM2.00。池袋・東京芸術劇場小ホール1で演劇企画集団THE・ガジラ「あるいは友とつどいて」(作・演出=鐘下辰男、出演=宝生舞、千葉哲也、 村井克行、有薗芳記、小野健太郎=Studio Life、下総源太朗=燐光群) 獄中の死刑囚への手紙の代筆を依頼されたゴーストライター。しかし、依頼人はその「作品」を受け取った直後に自殺する。依頼人の”血のつながらない娘”はゴーストライターの元を訪れ、真相を聞こうとする。依頼人、ゴーストライターの兄、そして、獄中の政治犯を結ぶ過去が薄明の中に浮かび上がる……。 74年8月30日に起きた三菱重工ビル爆破事件をモチーフにした作品。 依頼人は犯行グループの一人でありながら、逮捕を免れたという負い目を引きずって生きてきた。ゴーストライターは主犯の男の弟。三者の過去が、「幽玄の能舞台」の上に立ち現れるという、最近の鐘下辰男の得意とする演出。 過去と現在が一通の手紙を通してつながるーー巧みな脚本は1974年に何が起こり、そして何が終わったのか、果たして今はどんな時代なのかを明らかにする。 北海道生まれの鐘下辰男にとって、連続企業爆破事件の東アジア反日武装戦線「狼」メンバーになぜ北海道出身者が多かったのかが、この作品を書く動機のひとつになったという。 「先住民であるアイヌの土地を奪った子孫であるという罪悪感がその反日思想純化の裏にあったのでは」と鐘下。もちろん、それは要素のひとつとしてあっただろうが、「鬼藤」という主人公の苗字に絡めて、「俺たちの苗字のルーツは古の時代から反権力の一族だった」と語らせるのは牽強付会というか作り過ぎ? モデルとなった苗字は「大道寺」なわけで、なぜこのセリフを入れたのかよくわからない。 事件から30年後に事件の総括を飛び込み自殺という形で清算した男。「社会面の片隅にのったたかだか十数行の自殺記事。その決行によって交通を20数分マヒさせ、数十万人の足を奪うという、ささやかなテロ」 その手が握り締めていたのは「私は○○○○」であるという、活動グループ時代の名前。 天皇爆殺を企てた狼「虹作戦」の時代から30年。「われわれの仕事は日本中に日の丸を掲げ、君が代を歌わせること」と都の教育委員が胸を張る時代に変質してしまった。しかし、獄中の「鬼藤」は変節することなく、今も獄中から発信し続けている。 4.00終演。後部席の男の開演中にガサガサ紙袋から食べ物を取り出す音、来ているナイロン製(?)ジャケットのすれる音、これが終わりまで続き、時々舞台に集中できなくなる。イヤがらせか? 出口でW貫さんと立話。千葉哲也はこれまで受賞歴がないそうで、役者生活20年目の受賞を喜んでいるとか。「でも、うちの舞台が受賞対象じゃないので‥‥」と諸手を挙げての喜びとはいかないようで‥‥。 駅までM新聞のT橋さんとおしゃべりをしながら。 PM4.30。上野。待ち合わせまで時間があったので、本屋を散策。 500円DVD4本と的場昭弘「マルクスだったらこう考える」(光文社新書)、パトリシア・コーンウエル「痕跡 上・下」(講談社文庫)、五味文彦「源義経」(岩波新書)購入。 5.00、DD、Mさん、三遊亭大楽さんと同郷オフ。大楽さんは30過ぎてから落語家を目指し、円楽門下となった異色の落語家。お酒はダメとかで、ウーロン茶にシャーベット専門。7.30から河岸を変えて、二次会。M野さん姉妹と友人の3人も加わり、11.30まで。終電ぎりぎりセーフ。1.00帰宅。 12月17日(金)晴れ 仕事の合間に机の上を片付け。年末の大掃除準備。 PM6.30、天王洲アイル、アートスフィア。「34丁目の奇跡」。 94年のリメイク版映画もヒットしたブロードウェイ・ミュージカル。さすがに、”なんちゃって”ミュージカルとは天と地ほどの開き。脚本・楽曲・俳優ーーすべてにおいて第一級の舞台。 「サンタなんかいないのよ。お母さんが雇っているんだから」とアパートの玄関にいつもちょこんと腰掛け、さめた目で世の中を見ている孤独な少女スーザン。彼女の母ドリスはバツ一のキャリアウーマン。デパートの宣伝担当で、毎年書き入れ時のクリスマス商戦に大忙し。 ある日、サンタクロース役の男が酔っ払ってダウン。通りかかった老人にサンタ役を頼むことになるが、老人はサンタクロースの本名であるクリス・クリングルと名乗る。すぐに子供たちの人気を独占するが、精神科医の告発で、本物かどうか、法廷に引き出されることに。 ドリス母娘を優しく見守る、戦場帰りの弁護士見習いフレッドは、この裁判の弁護を買って出ることに‥‥。 男と女のロマンス、親子の絆、そして「夢を信じることの大切さ」を訴える、まさに愛と夢のハートウォーム・ミュージカル。 歌と踊りの自然な展開はミュージカル演出に磨きがかかった吉川徹の名人芸。戦場で悲惨な現実を経験していながら、スーザンに向かって「夢をみないと人間はどんどん醜くなるんだよ」と心を開かせようとするフレッド役の別所哲也も自然な演技。 離婚して男嫌いになり、娘に「害のない男なんてこの世にいないのよ」と言い聞かせながら、その実、心の中で何かを待ちわびているドリス役の愛華みれも、気丈さと弱さの二面をよく表現している。何度かほかの舞台は見ているはずなのに、あまり印象に残らなかったが、この役どころはぴったり。 サンタ役の宝田明は大ベテランの風格を漂わせ、この舞台のムードメーカー。キャストのまとまりのよさは彼の存在に負う事が大きいのでは。 特筆すべきは子役の演技・歌のうまさ。ややもすれば、この手の舞台は「子役で失敗」となるのだが、この日のスーザン役、鈴木愛里(ハロプロキッズ)の演技の達者なこと。男の子(坂本優太)もまるで素のように舞台に溶け込み、場の雰囲気を和らげる。 市川勇、林アキラ、桂憲一(うまい!)、海津義孝、藤浦功一ら役者陣のコンビネーションもよく、出演者の息がこれほどぴったり合った舞台は稀有。欠点を指摘することのできないウエルメイドな舞台。こんな舞台こそ多くの観客に見てほしいもの。 休憩15分を挟み3時間。9.30終演。 11.00帰宅。 12月16日(木)晴れ PM4.20、K記念病院。PM5.00、日比谷へ移動。途中、カトケン事務所のN島さんに電話すると、「もしかして○○さん、自分のHP持ってません?」 バレてしまったようで‥‥。 ビック・パソコン館でプリンタ・カートリッジとHPビルダーV9購入。 PM6.30、帝劇で劇団☆新感線「SHIROH」。89年のトップス公演以来15年……ついに帝劇か。 島原の乱を題材に、島原の益田四郎時貞(上川隆也)と天草の四郎(中川晃教)ーー辺境に生まれた神に仕える「二人の四郎」の苦悩を描いた物語。 一方は奇跡の子といわれながら、その力を失い、一方は、歌の力で人々の心を操るすべをもつ。二人は力を合わせて、徳川の圧政に苦しむ農民たちとともに立ち上がるが、その前に立ちはだかる老中・松平伊豆守信綱(江守徹)。彼の狙いは、戦国時代の残り火、徳川体制への反乱派を焚きつけて、一気に逆賊壊滅を図ろうというもの。利用されたとも知らず、二人の四郎は一揆に向けて、布陣を敷くが‥‥。 いかにも座付き作家・中島かずきらしい伝綺時代劇。 舞台には数十台のテレビモニターが置かれ、映し出されるのは現代の都市の雑踏、そして、イラク戦争のニュース映像、東大安田講堂の攻防戦、原爆のキノコ雲。神の名の元に集結し、体制を転覆させようとする島原の農民一揆を現代にリンクさせようというわけなのだろうがちょっと安易。 物語自体は、「ジーザス・クライスト・スーパースター」や「レ・ミゼラブル」のパロディーと思えなくもないが、いのうえひでのりは、それをきわめてオーソドックスに、生真面目に演出している。 8割が歌という典型的なミュージカル。今までの新感線ならパロディーの対象でしかないのだろうが、それを自ら真面目に演じるとなると、勝手が違うようで、ギャグも封じられ、やや窮屈な雰囲気。 「今までの新感線ミュージカルは”なんちゃってロック・ミュージカル”だったから‥‥」と、いのうえひでのりは謙遜して言うが、実は、今までの荒削りで猥雑な新感線ミュージカルの方が、はるかに「ロック」を感じさせた。今回の「SHIROH」はオーソドックスにやろうとすればするほど、自縄自縛に陥り、「ミュージカル嫌いが言う、突然歌いだす不自然なミュージカル」になってしまった。 さすがの新感線も「帝劇32年ぶりの和製ミュージカル」のプレッシャーと伝統には勝てなかったか。 破天荒であるべき「ロック・ミュージカル」をソフィスティケイトされた歌劇として演出しようとするのは、やはり矛盾が生じる。しかも、”なんちゃって”の時には目立たない歌唱力の弱さも帝劇の空間では露呈してしまう。安心して聴けるのは中川晃教と大塚ちひろ、そして高橋由美子くらい。上川の歌は固いし、杏子の歌はミュージカル向きではない。唯一、「秋山菜津子は歌が上手い」のを知ったのが収穫。江守徹はさすがの風格で「ロック」している。 休憩25分を挟み、4時間20分。前の席に座っておしゃべりしていたおばさん二人組は1部の終わりで退席。 11.30帰宅。 12月15日(水)晴れ 午後から家人の買い物に付き合い、3時まで。女性の買い物に付き合うほど疲れるものはない。さっさと決めてくれればいいと思うのだが……。 途中でI田信之さんからAKIRAの件でお礼の電話。 帰宅して雑事に追われているうちに夜の帳が……。一日の過ぎる速さよ。 松原みきの死亡記事が朝刊に。まだ44歳。「真夜中のドア」「ニートな午後3時」。上野の水上公園で行われたライブに行ったのは80年頃か。伊藤銀次がバックを務めていたっけ。 10年ほど前、歌手のY山みゆきから「松原みきちゃんは元気に今もライブをやってる」と聞いたが、病魔に侵されたのはここ3年とか。合掌。 夜、田舎の従姉が送ってくれた大きなアワビを肴に晩酌。親戚とはいいものだ。 12月14日(火)晴れ このところヘビーローテーションで聴いてるのがnickey&warriorsの新譜CD「Do I Love You」。85年に結成して87年に解散、2002年に再結成されたハード・ロックバンドとのことだがハード・パンク系はまったくの門外漢。初めて聴いた名前。しかし、これがベリー・ベスト。ボーカルのニッキーはシーナ&ロケッツのシーナやノッコ風のロリータ・ボイス。厚みのあるハードなロックサウンドにこの声がピッタリ合って実にキュート。まだ暗い朝の電車の中で聴く「わたしのとりこ」(元歌はシルビー・バルタン「あなたのとりこ」)、「ジングル・ジャングル」などは格別。 さて、今日から年末進行。いよいよハードな忙しさ。 PM6.30、下北沢。ヴィレッジ・ヴァンガードで「ニッキー&ウォリアーズ」のベスト「1986−1987」盤購入。 PM7.00、本多劇場で竹中直人の会改め「竹中直人の匙かげん」第一回公演「唐辛子なあいつはダンプカー!」。 ケラ、宮沢章夫、松尾スズキの三人がが脚本を書き下ろすということで話題の舞台。 劇場に足を踏み入れると、そこはまるで秘密の花園。芸能人、事務所。知人・友人からの花が所狭しと置かれ、劇場全体がむせ返るような花の匂いに包まれている。しかも、半端な量じゃない。劇場ロビーいたるところにビッシリと隙間なく置かれているので、まるで劇場全体が花壇状態。こんな光景は初めて見た。 で、肝心の舞台だが、基本的な構想に、幼い頃生き別れた妹を探す兄。彼らは時空を飛び超えて、さまざまな時代・場所に現れる……というのがあり、この線に沿ってアムニバス風に展開するのだが、その崩し方は中途半端じゃなく、まさにパンク演劇。まるで、しりあがり寿の不条理マンガ。戦国時代から現代まで、雑多な登場人物。すべての意味を無化するような物語展開。唐突に歌われる劇中歌。生バンド(メンズ5)を従えて、木村佳乃が「馬並になのねー あなた」と歌う「とってもウマナミ」、竹中とのデュエット「愛のキセキ」……。ほとんど、音楽劇、というか歌謡劇。客席に押し寄せるギャグとナンセンスの洪水。プロポーション抜群の佐藤康恵がバニーガールからキャットウーマン・ボンデージまでお色気攻撃。石川真希、緋田康人、大堀こういちら芸達者なベテランのギャグの波状攻撃も楽しい。 ここまでナンセンスに徹底すれば、逆にスッキリさわやかというもの。 竹中直人の会で展開してきた岩松了の「静かな」演劇に飽きたらなくなったのか。この徹底的な破壊パワー。若い世代にこそウケると思ったが、意外やネットでの評は最悪。ウーム……。 9.10終演。会社に寄り道して帰宅。途中で友人Mから「今、加藤健一さんの芝居の打ち上げ」とのメール。今日、青森T市の演劇鑑賞会主催で「バッファローの月」が上演されたらしい。加藤さんに電話を代わってもらい、挨拶。「明日からまた東北巡演です。年末には東京に帰ります」と。 11.30帰宅。 12月13日(月)晴れ そろそろ年末進行。じわじわと慌しい雰囲気に。 PM5、世田谷パブリックシアター。「子午線の祀り」(木下順二・作、観世栄夫・演出)。長年、見たいと思いつつ、縁がなかった木下順二の名作を初見。 平家物語に材を取り、平知盛と源義経の二人の英雄の戦への葛藤を主軸に、悠久の「天」の視点から地上の人間の歴史の一瞬を描いたもの。 舞台には階段状のセットがあるだけで、ほとんど素舞台。「群読」と能・狂言など古典芸能の作法で描かれる一大戦記。休憩20分を挟んで4時間10分の大作ながら一瞬たりとも弛緩することのない舞台。野村萬斎(知盛)、嵐広也(義経)、高橋惠子(影身の内侍)の三人を主軸に、木場勝己(阿波民部重能)、石橋祐(武蔵坊弁慶)、塩野谷正幸(梶原平三景時)、大森博史(平左衛門重国)ら、一騎当千の役者たちのガチンコ芝居。見ごたえたっぷり。 ただ、観世栄夫の宗盛はあまりにも野村萬斎と年齢が離れている。しかも、足取り、セリフもおぼつかない。稀代の大役者ではあるが、時々芝居の流れが中断される。ここは演出に専念したほうがよかったのでは。 途中、塩野谷のセリフが詰まるシーンもあったが、このような重厚なセリフ劇の中では少しの「間」でも目立ってしまう。役者のプレッシャーはいかばかりか。その中で野村萬斎はさすがに身のこなし、セリフ術ーーどこを取っても当代髄一の役者。一頭地を抜いている。 平家物語らしく、ここで描かれる義経像は、知的な知盛に比較して癇癖で短気な坂東武者。壇ノ浦における勝利も卑怯な戦法に負うところ大との見方。膠着する戦況にたまりかねて、水主楫取(かこかんどり=水夫、舵取り)を斬り捨てるという、従来の兵法に背いた卑怯な戦法を採用したというのは初めて知った。 9.20終演。同列に座っていた青年座のプロデューサー・M谷内氏に挨拶して駅へ。直通電車に乗り、10.50帰宅。 12月12日(日)雨 部屋にいても寒さが足元から這い上がってくる。急な冷え込み。 10.00起床。躰道稽古休み。右足の痛みがひかないので、ムリできない。 高校時代のT先生が送ってくれた退職教師の親睦会紙「シルバー・ラウエ通信」の合本を見る。11年前に発足して今年で17号目。退職した先生方が毎年集まり、会報まで発行する。このように活発に活動している会は県内外でも稀ではなかろうか。 バックナンバーを読むと、会の発足に尽力した先生方がその後立て続けに亡くなられていることに胸が痛む。S先生、W先生など、高校時代に授業を受けたことのある先生も鬼籍に入られた。追悼文で、S先生が地元の裕福な呉服屋に生まれたということを初めて知る。生徒指導部の先生ではあったが、70年当時の学生運動興隆期、制帽廃止運動にも理解を示し、「反戦」で揺れる生徒会も支援した。S先生自身、60年安保で、中央大法科の学生運動の中心的役割を果たし、国会突入のデモ隊の先頭に立ったという。教員組合でも、デモやストに参加し、アジ演説を行っていた。その後、母校の校長として定年を向かえ、これからというときに病魔に襲われたのだった。興にのると「暗い日曜日」や「モン・パパ」を口ずさんだという。豪放磊落を絵に描いたようなS先生。 S先生の中学時代、友人の屋根裏部屋に10人ほど同級生と集まり、百人一首の練習をしたものだという。S先生が「金色夜叉」を読んで、女性徒と親しくなるには百人一首をおぼえるのが都合がいいと皆を誘ったからだという。そんなとき、まだ当時、口にできなかった鍋焼きのおいしさを脚色して皆に話して聞かせたり、女学校に行っていた看板娘のことを、得意げに尾ひれをつけて話したりしたそうな。 女生徒の気をひくために百人一首を懸命に覚えようと屋根裏部屋に集まるむさくるしい男子生徒たち。今の高校生からみればなんとものんびりしたいい時代。 そういえば、十数年前にS先生に電話したことがあった。あれは確か映画「海盗り」上映を支援しようと、母校のOB名簿を貸してくれるよう頼んだのだった。もちろん、S先生「応援したいけど、名簿はだめだよ」と断り、同窓会の東京支部を紹介してくれたのではなかったか。 その同窓会支部の会報を今自分が作っているわけで、不思議な縁を感じる。 今、親睦会会長の田中先生は90歳を超えてなおかくしゃくとして元気。大学の大先輩であり、地方史研究者として数多くの著書、業績を残している。このようなOB教師たちがいる高校を卒業したことは自分にとっても大きな誇り。「愛国心」なんぞより「愛校心」の方がよほど健全。 午後、家族で華屋与兵衛で食事。HPを更新しようと思うが疲労感が先に立ち、そのままぐずぐずと夜まで。 小泉内閣支持率37パーセントに急落。不支持率45パーセント。マトモな結果に見えるが、これはたぶん、対北朝鮮「弱腰外交」への不満の表れだろう。北制裁に踏み切れば支持率は元に戻る。今の国民なんぞ、その場の「風」で動いているようなもの。支持率が急落したからといって小泉内閣の危険性に気付いた結果ではない。日本の右傾化はこのまま行き着くところまで行く。 12月11日(土)晴れ 仕事を終えて横浜へ。東海道線で25分。 2.00、みなとみらい線日本大通り駅着。ネット仲間のsarahさんのシャンソンライブ。 かっちゃん、まもちゃん、きゅうさん、Hiちゃん、RIKOちゃん、そしてお初のやまねこ軒主人。「やまねこ」氏とはネット初期からのおつきあい。今回初めての顔合わせ。なんだか旧友に再会したような感慨。 しっとりと、時に情熱的に歌われるsarahボーカルに陶然。1部、2部終えて4.30。5.00まで歓談。 夕間暮れのヨコハマ。やまねこ、Hiちゃん、Rikoちゃんと別れてきゅうさんの運転で一路池袋方面へ。しかし、渋滞に巻き込まれ、予定より遅く到着。川越オフを近場の焼肉屋に変更。くま@2号さんを交えて野郎オフ。すきっ腹にビール、焼肉。楽しい宴も10.20まで。氷川台駅から池袋経由で帰宅。11.50。 12月10日(金)晴れ PM7.00、文学座アトリエの会「ザ・クライシス」(原作=ジョン・サマヴィル、訳・ドラマトゥルグ=酒井洋子、構成=瀬戸口 郁、演出=望月純) 1962年のいわゆる「キューバ危機」を題材にしたディスカッション・ドラマ。元の戯曲を政治用語など、セリフも含めて観客に理解しやすいように再構成したスタッフの熱意が伝わってくる。 1962年10月。キューバが、ソ連から極秘に中距離弾道ミサイルを密輸し、ミサイル基地を建設中だという情報がホワイトハウスに届く。事態の収拾を図るべくケネディ大統領は、緊急閣僚会議を招集。13日間にも及ぶ米国政府中枢の白熱した議論が始まる。 弾道ミサイルの撤去に向け穏健派は、海上封鎖で平和的解決に向け努力すべきだと主張。強硬派は、キューバへ即時空爆を主張する。 しかし、大統領による懸命な外交駆け引きが続く中、ミサイル基地建設は着々と進み、28時間後には、キューバからのミサイル攻撃の可能性が生まれる。勢いづく強硬派。追い詰められた大統領。最後の選択は空爆しかないと誰もが思い始めるが……。 舞台は円卓の会議室。一方で、大統領室女性秘書と修習生の恋愛を絡めた市井の視点という二方向からドラマは進行する。 それにしても、実に見ごたえのある舞台だ。まるで「12人の怒れる男」を見ているよう。 それぞれの発言はほぼ史実に沿ったものということ。 将軍、空軍参謀総長、CIA長官など、強硬派の「即時空爆」提案はまるで、イラク空爆時のアメリカを想起させる。ここでも「やられる前にやれ」の軍事発想がはばをきかし、ひたすら「平和解決」を模索しようとする国連大使など、穏健派は腰抜け呼ばわりされる。 キューバにソ連のミサイル基地が建設されることで恐怖するアメリカの姿はイラクの「大量破壊兵器」に恐怖し、空爆を断行した今のアメリカと重なる。しかし、大きな違いは大統領がケネディだったということ。舞台を見ていても、軍部からの圧力というのは、たとえ大統領であっても相当な恐怖だと思う。それをはね除け、国家の指導者としてのスジを通すのはよほどの胆力が必要とされる。 ケネディ大統領(劇中ではケネディの名前は出ないが)、そして、弟の司法長官ロバートの二人の軍部の圧力に屈しない「勇気」と「英知」があればこそ、「キューバ危機」は避けられた。「二人のケネディ」を見る将軍、参謀総長、そしてCIA長官のいまいましげな目。このドラマを見れば、なぜケネディ大統領がこのキューバ危機の1年後に暗殺されたか、そしてロバート・ケネディが暗殺されたのかがよくわかる。 軍部の圧力と、ソ連の恫喝という両面からの攻撃を跳ね返しで、平和的解決に持ち込んだケネディの政治的手腕がなければ、1962年に世界核戦争の火蓋は切って落とされていただろう。そうなればおそらく人類は死滅していたはず。 苦悩しながらも、より良き方向へと歩みを進めようとする大統領の決断力が世界を救った。 しかし、大統領とは孤独なもの。強権派、穏健派双方の情報が錯綜する中、その情報の真偽を選択しなければならない。翻って、ブッシュ大統領。イラクの「大量破壊兵器」という誤った情報を口実に空爆に踏み切ったが、それが世界にテロの恐怖を拡散させる結果に陥ったのは承知の通り。歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。 二度目の喜劇につきあわされ、地獄の底をさまようハメになる世界こそ悲劇だ。 大統領役の原康義、血気盛んな司法長官・浅野雅博、穏健な国連大使・川辺久造、 傲岸不遜な空軍参謀総長・林秀樹、将軍・早坂直家、ソ連問題担当補佐官・寺田路恵、駐米ソ連大使・清水明彦、CIA長官・瀬戸口郁、国家安全保障問題担当補佐官・鈴木弘秋、国務長官・富沢亜古、修習生スティーブ・粟野史浩、秘書ロイス・山田里奈……。超豪華な顔ぶれ。 本公演よりもアトリエ公演の方がはるかに面白いのは今の演劇界の悲劇だろうか。大衆受けの、どうしようもないスカスカ作品で中劇場、地方公演でカネを稼がなくてはならないという新劇団の宿命。本当に劇団がやりたい芝居はアトリエ公演でやるしかないという矛盾。「ザ・クライシス」のような芝居こそ全国の観客に見せて欲しいのに。 休憩10分を挟み9.30まで。いい芝居を見た後は疲労感が吹き飛ぶ。 62年といえば小学1年の時か。スパイ漫画の中でも米国U2偵察機の撃墜などが描かれていたのを記憶しているし、歴史の一部として「キューバ危機」は知っていても、まさかこれが世界を震撼させた人類最大の危機とは理解できるはずもない。舞台を見終わったとき、「そうか、もしかしたらオレの人生は小学1年で終わっていたのかもしれない」と思ったら背筋に冷たいものが……。 武部幹事長またまた暴言。ほとんど何も機能していないんだろうなぁ、この人の頭の中。 「1度自衛隊に入ってサマワみたいなところ行き、緊張感を持って地元から感謝されて活動して見れば、3ヵ月ぐらいで、またたく間に変わるんじゃないか」 若者の間にニートやフリーターが増えていることに関して、こう述べたとか。 昔、長髪がはやった頃、「あんな若僧たちは自衛隊に入れてしごいてやればいい」と世の中のジイサン連中が騒いだものだが、発想は同じ。しかも、二重に間違いを犯している。サマワは自民党政府がいうには「安全が確保されている場所」。それなのに、あたかも「危険と隣り合わせの緊張感ある場所」に行ってボランティアすれば人間がマシになるといってるようなもの。こんな発言をするには自分も戦場を経験しているのかと思えば、この武部1941年生まれ。敗戦時4歳。戦場で銃をとったどころか、戦争を知らないオヤジじゃないか。 自分が体験したことを吹聴したがるのは中年オヤジの特徴だろうが、こいつには経験もない。 私も、高校時代に軍隊式寮生活を経験しているから、言いたがる気持ちもわかる。「今のクソガキなんぞ、あの寮生活を経験させればマシになるものを」と。でも、それは言わない。それがフツーの人のフツーの感覚だ。 ま、武部某なんぞがサワマに行ったほうが日本のためかも。その前に、斗南寮で生活していればもっとマシな人物になったかもしれない。 もっとも、自分たちがなめられても「そんなに目くじら立てなくても」と武部を擁護する若者。「フリーター、ニートは自衛隊の弾除け代わりの使い捨て予備軍」とウソぶく政治家にとってカワイイ人たち……。 そういえば、武部は11月20日にはこんな発言もしている。 「靖国参拝するなら(中国首脳が)会わないというのはおかしい。内政干渉だ。日本では共産党員も創価学会員も、正月になれば神社に参拝する。どんな悪いことをした犯罪人も、亡くなったら仏様になるのが日本の文化だ」 創価学会にとっては日蓮正宗以外は「邪宗」であり、神社や他宗派のお寺への参拝を認めていない。学会員は正月三が日には全国の創価文化会館の新年勤行会に行くのが通例。神社への初詣をしないどころか、かつては学会員の子供は修学旅行でも神社仏閣の観光には行けなかった。 そんなことも知らずに、オバカな発言。単に頭の悪いジイさんなんだろうけど、こんな人物が幹事長というのだからコイズミ内閣の程度が知れてる。 11.00帰宅。 12月9日(木)晴れ 3.30、K記念病院で診察&鍼。 5.30、下北沢。ヴィレッジヴァンガードで試聴三昧。 「BeTI」、ニッキー&ウォリアーズ「Do I Love You?」、What’s Love「温故知新」、ROCO「デリシャス・ライフ」購入。 PM7.30。「劇」小劇場で劇団宝船旗揚げ公演「嗚呼、お前もか……」『出演=永井秀樹(青年団)、高木珠里(ドーナツもぐもぐクラブ)、加藤直美(ベターポーズ)、山田伊久磨(エッヘ)、加藤雅人(ラブリーヨーヨー)』。元ハイレグジーザスの新井友香が座長を務める劇団。とはいっても、野村朋子以外は他劇団・ユニットの客演が多く、プロデュース・ユニットといったほうがいいのかも。 家族をないがしろにする強権的な父親。実はその父こそ、娘が前世で永劫の誓いをたてた恋人だった……。おかしくもハードな恋愛不条理劇。ハイレグ風芝居ではもちろんないし、あえて言えば長塚圭史の不条理世界に近い。初めての本公演演出ということで、舞台をまとめるのに手一杯な様子。やや、もたつき加減。次回に期待。 9.30終演。11.00帰宅。 12月8日(水)晴れ 9・00起床。頼まれ原稿サラッと書き上げ、午後は雑事に追われ終日蟄居。 12月7日(火)晴れ そろそろあわただしさが出てくる師走。PM7、青山円形劇場で遊・機械オフィスの「ア・ラ・カルト」。今年のゲストはローリー。ヴァイオリン・中西俊博の音楽と白井晃、高泉淳子、陰山泰の歌とお芝居。今年で16回目。第1回がつい昨日のことのよう。 レストランの客は、独身OL、男まさりのキャリアウーマンと小心な年下男のヘンなカップル、こまっしゃくれた子供と父親、そして老年の夫婦ーー。ショータイムには白井晃のシャンソン、陰山のラテン、高泉のジャズ(コルトレーンのマイ・フェバリット・シングスに歌詞をつけて歌っていた!)、そしてゲスト・ローリーのシャンソン&ロック(ギターが素晴らしい)。毎年変わらない構成だが、熟成されたワインのように観客を酔わせる。休憩10分を挟んで3時間。10.10終演。心地よい疲労感に包まれ、青山通りを駅に向かう。 11.30帰宅。2.10就寝。 12月6日(月)晴れ 阿辻哲次の「部首のはなし」がめっぽう面白い。漢字学者が語る漢字部首にかんするエッセイ。 「母」部に比べて「父」部の漢字はわずか13字、通常使われるのはたったの3文字。それも「父+巴」「父+多」「父+耶(爺)」の三文字だけ。パソコンでは変換できない文字。父親の影の薄さは昔から……。 甚という文字は甘(あまい)と匹(カップル)の組み合わせでできた会意文字で、男女の甘いカップルは、傍から見ても「はなはだしい」わけで、「非常に」の意味になった。 「虫」は本来、毒蛇のマムシを表す漢字で、頭の大きな蛇の形をかたどった象形文字で、音読みは「キ」。虫を3つ組み合わせた「蟲」は多種類の小動物を表すことから「チュウ」と読んで、「むし」の意味に使われた。やがて蟲の簡略形が「虫」になり、「虫」の字が中国でも日本でも「むし」を意味する正漢字になった。なるほど、蛇、蝮(まむし)、虹(虹は山から山へ渡る大きな竜と考えられた)、蛟(水の中に棲む竜)、蜥蜴(とかげ)、蛸(たこ)、蛤(はまぐり)と、水中の生き物にも虫部がつけられたわけだ。なるほど……。 「こざと」と「おおざと」の違いについても、目からウロコの解説。 「こざと」は本来「阜」であり、高地、高台の意味。おおざとの本来の形は「邑」であり、集落、町、国の意味。両者とも簡略化されて同じ部首の形になったが、まったく別の成り立ちだったわけだ。だから、「こざと」偏は「隆」(大きな丘)「陸」(高く平らな土地)、階、陛(きざはし)などの文字になった。「おおざと」は、邸(やしき)、郭(壁で囲まれた集落)、都のように、人の居住地や、地名を表す漢字が集められているわけだ。 「卍」の由来、「也」は本来、女性性器を表す文字だった……とか、興味深い漢字話が満載。こんな話を小学校の国語の授業で聞いていたらもっと国語の時間が楽しかったろうに。 PM5、三軒茶屋。スパーク1事務所で元フィンガー5の晃(現・AKIRA)さんと会う。22,23日にやる舞台の件。石田信之氏を交えて1時間ほど。PM7。上野でマッサージ。9.30帰宅。 この前発表された自民党の憲法改正素案が実は陸上自衛隊幹部による改憲案を取り入れたものだということが判明した。その改憲案を作成したのは陸上幕僚監部防衛部防衛課防衛班に所属する二等陸佐。自民憲法調査会の中谷元・改憲案起草委員会座長に依頼されて提出したものという。 「軍隊の設置」「国民の国防義務」「集団的自衛権の行使」など、キナ臭い文言が現役自衛隊幹部の示唆によるものだとすればなるほどと頷ける。 しかし、これは恐ろしい話だ。シビリアン・コントロール(文民統制)下で「軍人」が憲法素案に影響を与えるなど、ふた昔前なら、内閣のひとつやふたつ吹き飛んでいたであろう大事件だ。閣僚や自衛隊員には憲法遵守義務がある。勝手に自分たちに都合のいい憲法に変えよとしたなら、軍事独裁の一歩手前。 「自衛隊」という強大な軍事力を束ねる制服組が暴走したら、合法政権などたやすく倒されてしまう。だからこそ「シビリアン・コントロール」で軍部の暴走を防いでいるのに、自民党のやっていることは、「クーデター起こしてください」といってるようなもの。自衛隊制服組(軍人)が政治に口を出し始めたらこの国はおしまいだ。 自衛隊は災害・救難活動隊ではないし、雪祭りの援助隊でもない。空母もミサイルも装備した世界有数の軍隊であり、破壊と殺戮が任務であることを忘れちゃいけない。 12月5日(日)快晴 雨でマンションの餅つき大会が中止となるのが心配されたが、カラリと晴れ渡り、真夏のような暑さ。二つのマンション自治会が共同で餅つき会と抽選会を開催。空き地にイスとテーブルを出し、輪投げなど子供たちの遊びも。 抽選会の賞品は一等6段変則自転車、2等新潟米5`、3等ビール詰め合わせ、4等調味料……。残念ながら外れ。参加賞をもらって引き上げる。地域共同体の崩壊が言われるが、マンション自治会役員たちの無償の努力で、子供たちの「ふるさと」の想い出が多少なりとも積み重ねられるのはいいこと。 クリスマスのサンタプレゼントを買いに、パレットシティへ。今年もお決まりのゲーム機。ゲーム機の功「罪」は承知しているが……。 PM9。NHKスペシャル「大地の子を育てて」を見る。 中国東北部の長春市に古ぼけた一棟のアパートがある。「日中友好楼」と名づけられた建物は、1990年に一人の日本人篤志家の1億円寄贈によって建てられた。ここに住むのは中国残留孤児の養父母たちだ。かつては30数人入居していたが、高齢のために亡くなった人が多く、今は6人の老人が住んでいる。 番組はこの友好楼の老人と、日本に永住帰国した「残留孤児」の現在の生活を追うことによって、人々の運命を狂わせる「戦争」を静かに告発する。 終戦直後、中国で親に置き去りにされ、あるいは死に別れた日本人の乳児や幼児たち。家族を日本兵に殺されるという悲惨な体験を持ちながら、その置き去りにされた子供たちを助けて育て上げたのが、中国人の養父母たちだ。「日本鬼子」を育てるなんて、という周囲の非難、文革時には日本人を育てたということで白眼視された養父母たち。 81年から始まった帰国運動で「残留孤児」たちの9割が日本に永住帰国してしまい、残された養父母たちはこのアパートで生活している。しかし、その生活は困窮している。 当時、その「恩」に対し、日本政府から一人15万円を支給されたものの、物価上昇と、アパートを建てた日本人篤志家の死亡で、生活は困窮。土地を提供した長春市も、財政悪化に伴い、暖房費と家賃を徴収し始めている。わずかな年金で暮らす養父母たちに払えるはずもなく、親類の援助にすがるしかない入居者もいる。 そして、日本に帰国した「残留孤児」たちも、言葉の壁によって仕事に就くことができず、生活は困窮している。その6割が生活保護を受けているという。11年前に帰国した青山さん(60歳)もその一人。 近所の人が捨てようとした傷のついたトマトをもらいうけ、調理する青山さん。彼女は中国に残してきた養母のことがいつも頭から離れない。しかし、養母に会うため、中国を訪問すると、その間の生活保護費は支給停止される。なんというバカな制度か。 年老いて、病魔に侵された養母を見舞うため、わずかな貯金と知人からの借金で中国に渡る青山さん。数年ぶりの再会。血はつながっていなくても、その絆は実の親子以上だ。 「お前が帰ってきてそばにいてくれるだけでいいんだよ」 涙ぐみながらに訴える老母。しかし、永住帰国し、「日本人」に復帰した青山さんが再び中国に戻ることは許されない。 二人の再会を横目に、複雑な表情の養父母もいる。 彼女は言う。 「私の子供は日本に行ったきり、音沙汰がない。初めのうちは帰ってきてくれたが、今は連絡を取ることもできない」 日本に帰ったまま、中国の養母の恩を忘れたのか、それとも、困窮した生活で転々としているのか。悔しげな目で遠くを見るその養母。 さて、青山さんの養母がきちんとした治療を受けるのはお金が必要だ。しかし、青山さんには払えるはずもない。親戚を呼んで相談するが、養母の甥や姪は、「私らには叔母の面倒を見る義務がないのに、こうして援助している。それなのに、日本に帰ったあなたは何をしているのか。もう少し考えて欲しい」 強い口調で青山さんを非難する姪たち。その言葉に涙ぐむ養母と青山さん。なんとも痛ましい光景だ。 10日間の親孝行を終えて「帰国」する青山さん。しかし、彼女も日本に帰れば厳しい生活が待っている。「言葉が通じないから近所の人と交流がない。孤独です。心の底から孤独です」 玄関まで見送ることもできず、布団の上から別れの手を振る小さな体の養母。 二人とも、これが最期の別れになることを予感している。 戦争によって引き起こされた無数の悲劇のひとつが中国残留孤児問題だろう。 国家によって棄てられた人々。その人たちが今も戦争の負債を引きずっている。祖国に帰っても、同胞から差別され、生活苦にあえぐ。あまりにも悲惨だ。 中国残留孤児の多くは、満州から命からがら逃げる途中で遺棄されたものだ。ソ連参戦を知って、いち早く自分の家族を退避させ、そして自ら逃走した関東軍。世界一の精鋭軍とうたわれた軍隊のこのザマには呆れるばかりだ。だが、それが軍隊というもの。自国軍が国民を守ってくれるなど、お笑い種。軍隊とは権力者の番犬であり、最後は国民を見捨てるものだ。満州だけではない。沖縄戦でもそれが証明されている。 日中両国で、戦争の犠牲になった人たち。一方は日本人の子供を救い、育て。そして一方は「日本人」に戻りながら、祖国ニッポンで最低限の生活を余儀なくされている。 戦争の親玉はぬくぬくと肥え太り、戦犯を逃れて首相になった輩もいた。戦争は誰の上にも公平に災厄が振りかかるものではない。強者には甘く、弱者には最後まで災いをもたらすのが戦争というものだろう。このドキュメンタリーを見ればそのことがよくわかる。1人頭たった15万円を支給して、戦後の負債を帳消しにした日本政府。一方で、サマワに派遣された自衛隊員の駐留経費は一人頭年間8000万円。長春の極寒の冬で暖房費を気にしながら過ごす残留孤児の養父母が何百年も暮らせる額ではないか。 書店で久しぶりに阿刀田高の新刊文庫「コーヒー党奇談」、井上靖「しろばんば」を購入。阿刀田高の奇妙な味の短編はほぼ読破しているが、ここ数年は長編に比重が移り、新作短編集が出ていなかったのでは。あのクールな情感あふれる文体に奇妙な懐かしさ。その中の一編「父に会う」。菊池寛の「父帰る」がモチーフになってるのだが、急に子供の頃の思い出がよみがえる。 小学校低学年の頃だろうか、同じ町の先輩Aさんが中学の学芸会で「父帰る」の兄役をやったことがあった。その学芸会の後、周りの大人たちが「学校の先生も、Aに”父帰る”の兄をやらせるなんてねぇ……」と意味ありげに囁いていた。 そのときは何を言ってるのか、まったく意味はわからなかったのだが、後年、「父帰る」を読んだとき、初めて大人たちが何を囁きあっていたのか知ったのだった。家族を捨てて出奔した父親が年老いて落剥し、家族の前に現れる。母と妹たちは父を迎え入れようとするが、父の不在に立ち向かって生きてきた兄はかたくなにそれを拒む。しかし、悄然と去った父を連れ戻しに行こうとする場面で幕になる。ーーAの家庭事情はまさに「父帰る」だったのだ。もちろん、子供の自分にはそんな事情は知るよしもない。理解もできなかった。ただ、大人たちの意味ありげな囁きだけが、ずっと心の片隅に残っていたのだった。大人たちの思わせぶりな態度は子供の心に消えない違和感を残すものだ。 「しろばんば」も昔読んでいるが、ノスタルジーにかられてしまい、つい購入……。 そういえば、中学生の時、井上靖の「あすなろ物語」を家の屋根に寝転がって読んだっけ。小学2年の時に学習雑誌に載っていた挿絵入りの「あすなろ物語」をちらりと読んだことがあり、主人公の梶鮎太に鉄棒を教える姉のような女性(名前は何といったか)のふくよかな肢体の挿絵を今でもよくおぼえている。 「寒月がかかれば君をしのぶるかな あしたか山のふもとに住まう」ーーおお、この詩もすんなり口をついて出てくる。奔放な冴子の恋愛、おとなしい雪枝への片恋、学生たちが集うサロン……。そうだ、「あすなろ物語」こそ自分にとって大きな青春文学だった。すっかり忘れていたが、無意識のうちに主人公の「鮎太」の一字を自分のHNにしていたのか……。などと懐旧にふける夜半。 12 月4日(土)晴れ、夕方から雨 仕事を終えて3.30、下北沢へ直行。10分前に本多劇場に駆け込み。青年座「空」。これで5本目、最後の青年座連続公演。 福島三郎の書下ろしを宮田慶子が演出。紀元2054年、廃墟となった地下鉄坑道で暮らす女性だけのライフ・ドロッパー集団。地上の規範から外れたホームレス。その中でも女性だけがコミュニティーを作り、生活しているという設定。「先生」と呼ばれる老女がリーダーとなって、コミュニティーを保持していたが、寄る年波には勝てず、最近ボケ気味。代わって、地下で生まれ育った小鳥遊(たかなし)清子(高畑淳子)が大統領に選ばれるが、彼女は天才的な頭脳を持つものの、どこか風変わり。元アイドル歌手、元エリートキャリアウーマン、体育会系少女、東洋医学の医師、調理師……さまざまな人たちが彼女を支えているが、地上では地下のドロッパーたちを一掃する計画が鳩山環境相(津田真澄)によって計画されていた。工作員として選ばれた中沢(椿真由美)が社会復帰をエサに一人ひとりを一本釣りするが……。 結論を言えば、あまりにも予定調和でベタな作品。ストーリーをちょっと聞いただけで展開はわかってしまうし、戯曲に必要な「余剰」がない。つまり、深みがない。最後の15分間のモノローグを聞けば、本編は見ないでも済む。最後に、環境問題やら戦争といったテーマを無理やりこじつけて、大団円。つじつま合わせの芝居としか見えない。高畑淳子熱演するも、あの長髪にガタイの大きさ。チャーミングというより怖い……。 どうも好漢・福島三郎、スランプ続きのようで……。 休憩15分挟み2時間45分。超満席の客席、客入れに手間取り、開演時間15分押しのため、終演が6.25。カーテンコールもそこそこに駅へダッシュ。 PM7.00。池袋東口の旧時習小学校校庭に建った紫テントにギリギリ滑り込み。雨で当日客の客入れが続いているので、開演10分押し。 新宿梁山泊「風の又三郎2004」楽日公演。 小学校という、又三郎登場にはまたとない設定。 1973年、練習機を乗り逃げし、近海に墜落した自衛隊員・高田三郎三曹の事件とギリシャ神話のオルフェなどをモチーフに多彩な妄想・空想のイメージが複雑怪奇に織り込まれた唐十郎1973年の作品。近藤結宥花演じる風の又三郎(または高田の恋人・エリカ)の凛々しさ、あでやかや。エリカを想う青年・織部は初演と同じく大貫誉。大久保鷹、コビヤマ洋一の怪演。三浦伸子、梶村ともみのコンビによる援交高校生のギャグのハチャメチャさ爆笑。 最後にテントの幕が翻り、エリカと織部の操縦する片翼練習機のスペクタクルな空中道行。これぞテント演劇の醍醐味。 2回休憩の三幕芝居。3時間30分の長丁場もまったく飽きさせず。初演の花園神社版はちょっとしんどかったが、今回はかなり戯曲に手を入れ、細かく再構成したようで、場面も整理され、実に「見やすい芝居」になった。これは、スーパーバイザーとして参加した堀切直人氏と金守珍のコラボレーションとか。元のホンから1時間短くなっている。 唐組から参加の鳥山昌克は相変わらず豪快&精細な演技で一頭地を抜いている。しかし、それにもまして、驚嘆したのが同じく唐組の丸山厚人(あつんど)。1幕では死体で動きはないが、3幕では高田三曹として全面展開。圧倒的な「悪」の魅力を撒き散らし、テントの中に存在感を屹立させる。長髪をたなびかせ、特攻隊員の制服姿の丸山を見た瞬間、体中に1万ボルトの電流が走る。こんな役者がいたとは! 金守珍に言わせれば、「悪くて若くてスゴイ奴」 まさに、妖艶な色香を漂わせるワルの魅力そのもの。 一瞬たりとも丸山から目を離せない。役者を見て、これほどのすさまじいパワーと魅力を感じたのは、80年代の状況劇場、小林薫以来。もしかしたらこの丸山の潜在能力は小林薫以上か。 さすがに唐十郎。いい役者を持っている。姿といい、声といい、まさに千両役者。すぐに鴻となって空に飛び立ちそうな大器。いや、ほんと丸山厚人はすごい役者だ。 11.45まで楽日打ち上げ。20年近く伴走していながら、楽日にテントにいたのは初めてか。近藤結宥花らと歓談。最近、ちょっと……だったが、顔もほっそり。「ダイエットしたわけじゃないけど芝居をしているうちに……」8キロ落ちたそうな。 唐さんは最初から酔いが回りすぎ。今日の芝居を見て、O・Tにちょっとした苦言を呈した……とのこと。 酒盛りは続くも、電車がなくなるので辞去し、駅へ急ぐが、やはり終電逃し。途中からタクシー。1.30帰宅。雨降り続く。 12月3日(金)晴れ PM4退社。下北沢へ直行。新装なったヴィレッジヴァンガードを探索。音楽関係のコーナーが向かいの店舗に移動、ジャズ、ブルースやボッサ、昭和歌謡とマニア向けに充実。CDジャケットを眺めているだけで飽きない。北欧ジャズ・ボッサ界の歌姫メタ・ルースの幻の復刻アルバム「メタ・ルース」と、アメリカ生まれの仏英育ち、ウイスパリング・ボイスのブロッサム・ディアリー「That's Just The Way I Want To Be」購入。 7.00、「劇」小劇場で青年座「友達」。安倍公房の戯曲を越光照文が演出。1994年、坂手洋二の「火の起源」での鮮烈な演出が印象に残る越光にぴったりの「社会派」作品。 アパートで暮らす一人の男。婚約者と電話で語り合っているところへ、玄関のチャイムの音。ドアを開けるとそこには祖母、父、母、2人の息子、3人の娘という一組の家族が立っている。笑顔の彼らは部屋に上がり込み、居座る。戸惑う男は警官と大家を呼び、彼らを排除しようとするのだが……。 都会に暮らす孤独な人々を救済するという善意と使命感に燃えた家族に翻弄され続ける男の恐怖。「逆らいさえしなければ、私たちなんか、ただの世間に過ぎなかったのに……」の次女のセリフが物語る悲壮な幕切れ。1967年初演の不条理劇は37年たっても色あせることがない。その寓意性は時代により、さまざまに解釈されようが、さしずめ今なら「善意」の笑顔でイラクの民衆を泥沼に追い込むアメリカの笑顔か。 男を演じた横堀悦夫、長男役の桐本琢也は抜群の演技力。常に苛立ち、家族の中でも浮き上がる若者を演じた蟹江一平は蟹江敬三の息子。不敵な面構えは父親譲り。「60年代末の学生運動高揚期の最中、現代人劇場で上演した蜷川幸雄の”真情あふるる軽薄さ”の若者役が自分の原点」と言い切る蟹江敬三。時代は違えども、その父親の演じた不服従の若者と重なる部分も大きい。将来が楽しみ。 祖母を演じた東恵美子も孫のような役者に囲まれ練熟の演技。青年座の自由闊達な空気はこの東恵美子と座長・森塚敏の温厚な人柄によるところが大きいのだろう。 1時間59分。ブラインドを開閉することで場面転換や心理描写をする演出が実に巧み。緊密な演出と演技を堪能。 10.30帰宅。 12月2日(木)晴れ PM2.30、南河内万歳一座のN藤裕敬、制作・N良さんとお茶。15日からの1年ぶりのトップス公演「みんなの歌・2」の情宣。大阪の劇団が東京公演を1年間隔が空けると、移り気な観客は忘れてしまうやもしれず‥‥。大阪城ホールにある西倉庫の一部を新しい劇場にするため、この1年はそれにかかりきりだったという。大阪の劇団にとっては近鉄小劇場の閉館が大きな痛手。「ウルトラマーケット」なる新劇場が彼らの新たな拠点となる模様。 相変わらず競馬三昧のN藤、土日の馬券はハンパじゃないらしい。「有馬を勝てば勝ち越し」とか。さすがは勝負師。 PM4.20、K記念病院で鍼。 PM5.30、新宿。ヨドバシカメラを散策。 PM7.00、スペース・ゼロで毛皮族「お化けが出るぞ!!」。戦争中の南の島に慰安のために芸者たちが出航するシーンからスタート。主人公(?)は「おしん」ならぬ「おちん」という名の貧しい少女(柿丸美智恵)。彼女が新天地で遭遇するのはオマリー(oh マリー)という野球少女(町田マリー)。”愛とエロと野球は地球を救う”というテーマがいつもながらの猥雑で混沌としたイケイケ歌謡ロック・ミュージカル風に展開、若い女のコたちがニップレス姿で駆け回り、露出度は変わらず。最後は全員がレオタード姿でコーラスライン。電飾や衣裳、舞台装置にずいぶんお金がかかっているようで、江本純子が劇中で「スロープ階段68万円!」と叫んでいたが、予算は大丈夫か‥‥。 今回はややハコが大きいため、毛皮族ならではの「密室感」が希薄。そのためか、開演前の江本のMCもなぜかウケが空回り。上演時間2時間40分。残り30分の畳み掛けるような演出は弛緩する客席のカンフル剤にはなるが、この長さはやはり辛い。 それにしても町田マリーは芝居がうまい。ダテに看板張ってるわけじゃない。すっかり毛皮の常連となった澤田育子も磐石の演技。二人を見ているだけでも目得耳得。 終演後、元月蝕の制作Aさんとロビーで立話。これから撮入する自主映画に町田マリーが主演するとか。その監督であるM梨智子さんを紹介される。映画・演劇界のウラ模様を描いた「自伝映画」になるとか。 10.05、楽屋から出てきた江本純子に挨拶。ノドをやられているそうで、大きなマスク姿。そばに歌人の林Aまりさん。アングラ好きのAまりさん、毛皮族が今のお気に入りのよう。 飲み会に向かう人波を離れ、一人家路に。 11.30帰宅。家人すべて就寝中。「蔵衛門2005プロ」と江口君からワイン3本が届く。 12月1日(水)晴れ 10.00起床。新しくできたショッピングモールへ。周辺はまだブルドーザーが行き来し、道路舗装中。コンクリに覆われた土。このあたりは、最近までトノサマバッタや蝶が飛び交う広々とした草原だった。もうそんな面影はまったくない。土の中に産み付けられたバッタの卵は地表に這い出すことができない。永遠にコンクリに閉じ込められた虫や小動物たち……。 PM2.00歯医者で定期検診。 5.30、下北沢へ。休日だが仕方ない。あまりにもタイトな観劇日程。OFF OFFシアターで青年座「桜姫東文章」。 出演者は全員女性だけ。スタッフもほとんど女性が仕切っている。鈴木完一郎演出のOFF OFFシアター組のコンセプトは創立50周年の「お祭り」。そのためか、鶴屋南北の「桜姫東文章」の衣裳もインドのサリー風あり、テンガロンハットの西部劇風あり、釣鐘権助に至っては、背中に「大漁」の文字が躍る法被を着込んでの登場。ちょっと浮かれすぎ。「新劇の雄」がまるで”アングラごっこ”をしているように見える。セリフも現代語にせず、歌舞伎そのままの上演。権助役の松熊明子が登場すると、すかさずスタッフが「松熊!」の掛け声。 幕間には振り付き「ヤングマン」の合唱。 はしゃげばはしゃぐほど、「お祭り」は劇団の側だけで、観客は取り残されて……。もっと正攻法で作り上げてもよかったのに。 9.29終演。10.40帰宅。オークションでMDデッキを落札。締切時間に不在にしているため、いつも僅差で負け。今回は3度目の正直。 |