| 10月31日(月)晴れ 代休。 のんびりと10時起床。風邪が抜けないので、病院に行き、薬をだしてもらう。対処的なものだが、気休めにはなる。 午後、芝居のフライヤーの整理。ファイルに一枚ずつ差し込む。時々、「こんなことして何になるんだろう」と思うのだが、コレクターに理由は必要ない? それにしても、自分が消えたら胡散霧消してしまうこの膨大なフライヤー。どこかでフライヤー保存館でも作らないものか。 自民小泉内閣の新閣僚をニュース速報。醜悪なモノは見たくない。部屋掃除と片付けで半日。 10月30日(日)晴れ 8.45起床。躰道稽古休みの連絡。風邪で気力なし。 豚児の誕生日。iPodナノを手に誇らしげな顔。小学生には高いプレゼントだ。自分がほしいくらい。 中学1年の時に、初めて買ってもらったオープンリールテープレコーダー。寝る時、枕元に置いて寝たもんだ。朝になって夢じゃないとわかったあのときの嬉しさ。 今の子にそんな喜びはあるのかな。 「TSUTAYA」でminmiの「フレンズ」、「マイルストーン」、松任谷由実「6×7」ほか。 この前、買ったマジックサムのCD、聴いたら、昔テープに録音していたアルバムだった。書店で買った重松清の「その日のまえに」も家人が持っていて「読めば」と勧められていたのだった……。ウーム。 10月29日(土)曇りのち雨 朝、目が覚めてもまだ寝足りない気分。十数時間寝たというのに。蓄積疲労と風邪からくる倦怠感が全身を覆う。 7〜13、会社で仕事。 PM2、シアターVアカサカでWAKUプロデュース「Home2005 ありえねぇ一夜」。ちびまる子ちゃんの声優TARAKOの作・演出による大人のファンタジー。 独り暮らしの中年男・玄さん(青山勝)。優柔不断で恋人・かおり(山口美砂)との結婚話もなかなか進まない。ある日、誰かの葬儀にでかけるために、いそいそと身支度をする玄さん。それを手伝う大家の娘・めぐみ(山本郁子)。親友・かおりと玄さんを取り持ったのが彼女。……と、出かけた玄さんと入れ代わりに、奇妙な男(池田真一)が部屋に上がり込む。まるで自分の部屋であるかのように。この男こそ、前の日に死んだばかりの玄さんの昔の恋人で、あの世に旅立つ前に玄さんに会いにきた「巴」だった……。 昔の恋人の入院費を捻出するために、サラ金に手を出した玄さんを追って現れた2人組のやくざ(小川輝晃、坂入学)、不思議な少年(出合正幸)、大家(竹内正男)など、おかしな連中が織り成す、ハートウォームなコメディー。 役者は達者だし、ストーリーもベタではあっても十分に楽しめる展開。泣くほどではないが(客席のあちらこちらからすすり泣きの声)、心にしみる話。それにしても、青山勝は本当にいい役者だ。 別キャストのホット組は三田村周三、木原実、高乃麗、TARAKOと、こちらも見てみたかったが。 PM4終演。赤坂から秋葉原へ。ヨドバシカメラをのぞいてから、京浜東北線で王子へ。電車を降りると雨。風邪をぶり返してはいけないので、駅前のスーパーで1000円の傘を。夕食はカキ入りカレーライス。 PM6、飛鳥山公園。30年以上前、十条に住んでいた頃、この公園に何度か来たことがあった。回転する展望台はどうなったのだろう。 その公園の一角で劇団桟敷童子の「風来坊雷神屋敷」。人気上昇中の劇団とあって、しのつく雨にも関わらず、立ち見も出る熱気。 時は戦国時代。打ち続く戦と洪水で村々は疲弊。災厄を鎮めるため、持ち回りで各村は生贄の生娘を龍神に捧げるのがしきたりとなっていた。阿呆丸と呼ばれる生贄のために育てられた娘が到着しないため、村長の娘が生贄にされようとしていたが、娘は恋人と出奔してしまう。捕えられ、私刑を加えられようとする2人の前に、一人の武士が現れる。彼は、村人たちに「神殺し」を宣言する。 冒頭、テントの幕を跳ね上げ、借景から舞台に乱入してくる戦闘シーンの迫力、大量の水が噴出するスペクタクル性ーーまさに新宿梁山泊=金守珍仕込みの東憲司が演出するアングラ活劇。若い観客にとっては新鮮なのだろう。 ただ、物語は中盤から堂々巡りの自己撞着に陥るし、水芸もアングラ先達の水族館劇場のスペクタクルには遠く及ばない。 しかし、物皆易きに流れる演劇界で、かくも激しく、困難なテント演劇、ロマンチシズムにこだわるその意気やよし。若い世代にこれほどまでに受けるアングラ芝居は絶えて久しい。若さみなぎる情熱で新展開してほしいもの。 終幕直前、移動式テント屋根が後方に引かれ、夜空が頭上に広がる。テント自体が移動するとは考えてもみなかった。あとで聞くと、こういう作りの工業用テントなのだとか。 9.00終演。 客演の岡島氏と立話。梁山泊時代を思い出させる激しい立ち回りに息が上がりっぱなしとか。 10.00帰宅。 自民、改正憲法草案発表。 9条1項「戦争放棄」はをそのまま堅持し、2項を削除。「国の平和と独立」を確保するため「自衛軍の保持」を定める。 「不戦」を誓いながら、「自衛の戦争は辞さない」という矛盾。これでは1項は飾りに過ぎない。過去に「侵略」の戦争だと宣戦布告した国がどこにあるだろう。戦争は必ず「他国の干渉を排するため」「自国を守るため」という名目で始められた。ナチスだって大日本帝国だって同じ。 第2項に「自衛軍の保持」をうたえば、第1項は無用の項目。「いつでも戦争できる」憲法になる。 小手先の「第1項」残しで、目くらましする自民・小泉。「環境権」を入れて改憲に、お墨付きを与えようなんていう公明党のペテンは言わずもがな。「憲法とは国家を縛る鎖」であるという大前提を忘れている。自民改憲草案は「愛国心」を盛り込んだ「国民を縛る憲法」。まったくお話にならない。問題なのは、すでに国民全体が憲法改正を既定事実と受け入れようとしていること。現行憲法をないがしろにし、「憲法は不磨の大典ではない」などとうそぶく連中は、新憲法なったら必ず「絶対憲法」として国民に強制するはず。その時、「再改憲」の道は永遠に閉ざされる。 10月28日(金)晴れ ノドの痛みのため、朝までなんども目が覚め、明け方ようやくトロトロとまどろむ。と思ったら5時の目覚ましの音。起きるのがつらい。気力を振り絞って起床。会社へ。 午前中、なんとか気力で仕事をこなしたが、午後、耐え切れずに早退。今日は会社の創立記念パーティーがあるのに残念。お祭り好きとしては、自分の不在の間のイベントがどんなものか気になるところ。 PM2帰宅。猛烈な倦怠感に襲われ、そのままベッドに倒れ込む。6時頃、目を覚まし夕食。食後再び、眠りの中に。結局、朝5時の目覚ましが鳴るまで熟睡。 10月27日(木)晴れ PM7、ベニサン・ピットで二兎社「歌わせたい男たち」(作・演出=永井愛、出演=戸田恵子、大谷亮介、小山萌子、中上雅巳、近藤芳正) 舞台はある高校の保健室。ピアノが苦手、しかも、あがり性の音楽講師ミチル(戸田)が、高校の卒業式で君が代の伴奏を任される。しかし、式の2時間前、コンタクトレンズをなくした彼女は譜面が読めず、同郷の社会科教師・拝島(近藤)から眼鏡を借りようとするが、彼は「国歌斉唱に反対だから彼女にピアノを弾いてほしくない」と、頼みを断る。 その高校では、前の年に、ピアノ担当の教師が君が代演奏を拒否し、CDの伴奏で代用したため、今年の卒業式に対する校長の気の使いようは尋常ではない。 教育委員会の監視と処分を恐れ、なんとしてでも生演奏で君が代を歌わせたい校長(大谷)、我関せずと、傍観者を決め込む擁護教諭(小山)。国旗・国歌を通して、生徒をきっちりと指導したい熱血教師(中上)、生活のために、シャンソン歌手から高校の音楽講師になったミチル−−それぞれの教師の思惑が入り乱れ、卒業式までのリアルタイムのカウンドダウンが始まる。 「君が代」「日の丸」とう、いわば現代ニッポンの「タブー」に果敢に挑戦する永井愛の勇気と志にまず敬意を表したい。ややもすれば(悪い意味での)「アジプロ」演劇に陥りかねない危うさもはらんでいるが、それぞれの役者の個性を生かした配役と、物語展開で、ブラックな笑いが横溢する好舞台となった。 舞台設定として、役者同士が、目くじら立てて論争するような生硬な道具立てはしない。 「君が代反対教師」の近藤芳正にしてからが、デモに一度も行ったことがない”日和見主義の落ちこぼれ”教師。それなのに、時代の座標軸が限りなく右にブレてしまったため、「日本史の教師として、侵略戦争の象徴である日の丸と君が代には納得できない。歌えない」というだけで、「左翼」のレッテルと、問題教師の烙印を押されている。 高校を定年になったOB教師が君が代斉唱反対のビラを配りに校門に現れ、熱血教師の通報で、逮捕されてしまうという導入部。現実に起こっている君が代問題のティピカルな例としての描写だが、それを窓から見るミチルにとってはショッキングなシーン。 なぜ、君が代斉唱に反対するだけで、老教師が逮捕されるのか……。 大詰めのシーン。過去に、ヒラ教師時代に内心の自由の尊重を教組ビラでうたったことがある校長が、不起立に賛同する生徒たちに向かって屋上から大演説をぶつ。 いわく。「内心の自由とは心の中の問題である。国歌斉唱反対の人が国歌を強制されたとしても、心の中で、”イヤだな”と思いながらでも歌えば、その人の内心は誰にもわからないし、外からはどうしようもないわけで、内心の自由は守られている。しかし、不起立や、歌わないという行動に出ると、これは”内心”ではなくて”外心”になる。外に現れたものは制約を受けるのは当然である。”内心”を守りたい、というなら、嫌だなと思いながらも歌えばいい。そうすれば、”内心”は守られる」 裁判所の判決文を援用したと思われる「内心の自由」論。一見もっともらしいが、よく聞けば奴隷の思想とでもいいたい、トンデモ論理なわけだが、これが今のニッポンの最高英知といわれる人々がひねり出した詭弁。大谷亮介渾身の演説に、涙する人もいたが、果たして……。 不起立を通したいが、処分されて、減給、解雇されたら家庭はどうなるのか、伴奏を拒否したら、翌年は再採用される見込みはない……それぞれの置かれた立場の本音と建前が交錯し、惑乱し、そして……拝島は、戦争から復員した父が感動したという曲「聞かせてよ、愛のことばを」をミチルに懇願する。ミチルの歌うシャンソンが客席を包み込み、机の上には残された拝島の眼鏡。この後に起こるであろう静かな悲劇を予感させる幕切れ。 過去の自分の信念との折り合いをつけようと、必死に論理のすり替えをする校長の醜悪で哀しい姿。井上ひさしの「国語元年」では、主役の官僚は国家と個人の相克の果てに、ついに自我が分裂してしまう悲劇的な結末を迎えたが、この校長も、自らの論理の破綻を正当化するという悲喜劇的な醜態を見せる。 大谷亮介が珍しくセリフひとつ噛むことなく、熱演。戸田恵子も周りの教師を相対化する、ノンポリ教師役を好演。 PM9終演。永井さんに挨拶して帰宅。 10月26日(水)雨 11・30起床。朝8時頃、一度目が覚めて、二度寝したため。 起きると、ノドに痛み。風邪か。マンション下の内科医に行き、受診。風邪薬をもらう。風邪は初期の対処が肝心。 PM1、録画しておいた「十兵衛暗殺剣」を見る。初期の武芸帳シリーズとは趣を異にしたハードボイルドな時代劇。新陰流の正統派を名乗る幕屋大休(大友柳太朗)と柳生十兵衛の争闘が琵琶湖・竹生島を舞台に展開する。全体を覆う陰鬱なムード。まるで、その後の「仁義なき戦い」のような重厚なリアリズム。そのモダニズムは今でも十分通用する。 PM3.30、歯医者で定期受診。終わってからタワーレコードへ。マジック・サム・ブルースバンドの「ブラック・マジック」購入。 書店で重松清「その日の前に」購入。平積みにされている、いわゆるベストセラー本を買うのは初めて。なんとなく気恥ずかしかったりして。 娘と待ち合わせ、誕生日プレゼントを買うため、何軒か店をはしご。 PM7帰宅。テレビをつけると、「ダーツの旅」で大間町が出ている。思わず見入ってしまう。そのうち、見知った顔が……と思ったら親戚のN。建設会社社長という顔のほかに、郷土史研究家の顔を持つN。いかにもテレビ局が欲しそうなシャベリにスタジオ大受け。 作家の向井豊昭氏から新装成った早稲田文学が届く。「早稲文学」が今号からフリーペーパーになったとのこと。その名も「WB」。 「噂の女」の続きも読みたい。「その日の前に」も読みたい。CDも聴きたい。映画も観たい。家族との団欒も……。ああ、時間がいっぱいほしい。 10月25日(火)晴れ PM5、銀座。山下書店で神林広恵「噂の女」購入。 元「噂の真相」編集デスクが書いた「噂の真相」でのハードデイズ。アップルストアでナノ用のアームバンド購入。 山野楽器でairdropsの「DROPS」購入。ボーカルの大枝夏野子とピアノの荒木健文のデュオ・ユニット。代官山のカフェを中心に活動しているとか。爽やかなフォーク・ポップス。 PM7、六本木。俳優座劇場で自転車キンクリーツカンパニー「ブラウニング・バージョン」(演出=鈴木裕美)。ラティガンまつりの第2弾。 舞台は夏休みを控えた、終業式の前日パブリック・スクール。校内にある教職員住宅の一室。心臓病のため明日でこの学校を去ることになっている、教師で、古典学者のアンドルウ・クロッカー・ハリスと、その妻は生徒、同僚、校長らの挨拶を受ける。他人に好かれる性質ではなかったアンドルウ。妻との関係も破綻している。そんな彼が、さまざまな訪問者、とりわけ、妻と密通している同僚の教師により、次第に人間性を回復し、希望を見いだしていく。 実に上質な会話劇。浅野和之と文学座のプリンス・今井朋彦の演技の見事さ。驚かされたのは漫画家・内田春菊の演技力。2人に伍して堂々の芝居。今まではほんのちょい役でしか見たことがなかったが、玄人裸足のセリフ術。「体の動き」はやはり素人芝居だが、最重要な妻の役を、最後までテンションを落とさないで努めたのは立派。 それにしても、こういうオーソドックスな会話劇を小劇場出身の鈴木裕美が鮮やかな手つきで演出する時代。新劇の演出家はうかうかしていられない。惨憺たる結果に終わった俳優座「新進演出家たち」はなおさらのこと。 PM11帰宅。電車の中で「噂の女」、半分まで読む。抜群の面白さ。 ![]() アマゾンで注文したバーナデット・ピータースの「LOVERS RODGERS&HAMMERSTEIN」が届く。国内では販売していないため、海外の出品者からの提供。それでも非常に安い値段。ネットの利便性。それにしても、ブロードウエイでは知らない人はいない超有名女優&シンガーが日本ではまったくといっていいほど無名で、そのCDが発売されたことがないというのは音楽業界の七不思議。 バーナデット・ピータースのステージ、本場までは行けないが、日本公演があるなら何万円払っても見たいものだ。 10月24日(月)晴れ ポカポカ陽気。 先週1週間はひどい耳鳴りに悩まされたが、週明けは小康状態。やはりストレスなのか……。 昼休み、三越で買い物。 PM6、帰宅。家にまっすぐ帰れるのは月曜日くらいのもの。 ビデオで「柳生武芸帳 片目水月の剣」。 10月23日(日)晴れ PM7起床。躰道稽古へ。左足指にまだ痛みが。しかし、かなり回復しているようで、ここでムリをしては元も子もないので、一般の稽古は見学。 その後、I先生らと法形の稽古。 正午終了。2.00帰宅。なんだかんだと雑用多く、結局、今日もビデオ1本見る時間なし。久しぶりに馬券を買ってみる。菊花賞。怪物ディープインパクトは鉄壁。昨日のワインが当たった縁起のいい27番。2−7を。馬券は外したが、ディープインパクト強し。道中の折り合いが悪く、あわやの展開だったが、それもなんのその。寺山修司が生きていたら、この怪物を何と評しただろう。 10月22日(土)雨後曇り 仕事を早めに終えて、PM1.30、市ヶ谷。印刷局記念館で高校同窓会。すでに1時からスタートしていたが、乾杯前の来賓挨拶などが続き、開始から40分後にようやく乾杯。 今年は出席者90人弱。来賓を含めて120人余。3期〜10期中心、つまり60〜70代がメイン。最年少は43期のNさん。1年ぶり。去年、二次会で一緒に飲んだと思ったら……早いものだ。 ソプラノ歌手のSさんの独唱、津軽民謡、趣向を変えてマジックショーなど、今年はアトラクションも盛りだくさん。そのため、例年になく、終了時間が延長。最後の締めの挨拶をしなければならないので、待つことしきり。4.20、繰り返された盆踊り「おしまこ音頭」が終わって、最後の挨拶に立つ。しかし、3時間も飲んでいれば、みんな出来上がっている。途中のアトラクションもそっちのけであちらこちらで会話の輪。 当然、最後の挨拶に耳を傾ける人は極少数。寮の先輩が、目の前で耳を傾け、声援を送ってくれたのが慰み。パーティーの挨拶なんて誰も聞いてないんだよなぁ……。 例年なら二次会に行くのだが、今日は5時半から青山で「九條今日子さんの古希を祝う会 クジョオ・ビバ・コキ!」。 飛ぶように地下鉄へ。ところが、有楽町線は護国寺で人身事故。地下鉄ストップ。ついてない。ここ数年、飛び込み事故に出遭う確率が異常に高い。それだけ、自殺率が高いということか。小泉悪政のとばっちり? で、JRに戻り、原宿から徒歩で表参道へ。 伊藤病院の近くのブラジル料理店「バルバッコア グリル」。5.30滑り込みセーフ。 直前の決定にも関わらず70数人の出席者で大賑わい。 M新聞のT橋さんが「こっちに来ませんか」というので、同席。右隣が元朝日グラフの編集長・木下氏、そして左隣が少年マガジンの伝説の編集者・内田勝氏。 「70年に”あしたのジョー”の力石徹の葬儀が講談社講堂で行われた際、読者から寄せられた香典で力石の墓石を10個作ったんです。それをリングの周りに並べて、イベントが終わった時、”誰でもいいから、持ち帰ってください”と言ったんですね。そしたら、その瞬間、東由多加さんが脱兎のごとく駆け出して、その墓石を取ろうとした、でも、すでに、他の人たちが群がって、持ち去られた後でした。その墓石、今でも持っている人があるのかと、気になっていて、いつだったか、週刊新潮の掲示板に書けばって勧められたけど、結局、書かなかった。あの墓石を今でも持ってる人いるんでしょうかねぇ……」 伝説の編集者から聞く、伝説。ウーム……。 会の発起人は安藤紘平、内田勝、榎本了壱、北川登園、J・A・シーザー、萩原朔美、山本健一、蘭妖子。 榎本さんが司会で、内田氏、北川氏、宇野亜喜良氏、萩原氏、林静一氏らの挨拶。会のプロデューサー・笹目浩之が夜なべして作ったという、九條さんのSKD時代のダンサー姿のミニチュア・パウチッコが70個並べられた豪華なケーキ。萩原朔美が、「今まで寺山さん関係は、ずっと献杯ばかりだったので、「乾杯」の発声ができるのが嬉しい」という挨拶。確かに、その通り。今回のパーティーは九條さんの新著「回想・寺山修司 百年たったら帰っておいで」の出版パーティを兼ねたもの。 根本豊さんも久しぶりに福島から出てきて嬉しそう。 福士恵二は1月までフランスで在外研修に行く。大澤さんは元気だし、デーリー東北の担当編集者氏、寺山孝四郎さん、白石征さんも。 8時からの二次会は魚民。 高橋、流山児、北川、なつこ、高取英、三上宥起夫、高橋咲、シーザー、タリ、市川夫妻、竹永茂生、林檎童子、昭和精吾etc 蘭さんは裏方に徹し、みんなのお酒の注文を聞いたり、かいがいしく立ち働く。本当にいい人だ。 元天井桟敷の下馬二五七さんも還暦を迎えたとか。「寺山さんからもらった由緒ある芸名だもの、今まで改名しようと思ったことは一度もないよ」 それぞれに寺山さんのことが大好きで、いつの間にか寺山修司の話になっている。寺山さんが亡くなって22年、今でも「大きなナゾ」として、みんなの話題の中心になっているのだから、寺山修司は永遠だ。主宰者が亡くなれば散り散りばらばらになるのが劇団の常。それなのに、今も元の劇団員が駆けつけ、そして年々新しいファンを増やしている。才能だけではない、寺山さんの人徳だろう。 PM10・15、二次会は一応終了。三次会はそのまま続行だが、半数は家路に。店の前で九條さんを囲んで高取さんらと記念撮影。 田澤拓也の本の話をすると、高取氏、「本の宣伝になるから黙っていたけど、やらなきゃいけないですね」とぽつり。悪意のある、いい加減な寺山伝記にはきっちり反撃しなければ。 会のアトラクションで当たった高級ワインを手に、11・30帰宅。風呂に入り、鏡をのぞくと、目の下にまるで、メイクでもしたかのようなクマ。こんなクッキリのクマは初めて。相当疲れている証拠だ。 0.30就寝。 10月21日(金)晴れ 昼休みに有楽町、ビックパソコン館で子供の誕生プレゼントにiPodナノ購入。その足で旭屋に行き「エンタクシー」11月号を買う。付録の「実録・共産党」目当て。笠原和夫が74年に書いた幻の作品。 当時、キネマ旬報で、この映画のことを読んだ記憶がある。「いつかギラギラする日」のサブタイトルで、深作欣二監督が準備しているというもの。が、その後、企画は流れ、「実録・共産党」ついに陽の目を見ることはなかったのだった。 そして「いつかギラギラする日」はタイトルだけが生き残り、まったく別の映画のタイトルとして使われた。 改めて、笠原和夫の脚本を読むと、まさに、これは「もう一つの仁義なき戦い」だということがわかる。 大正・昭和初期の非合法時代の共産党の活動家、その中でも29歳で虐殺された共産党中央委員長・渡辺政之輔を中心に描いたもので、 「丹野セツ のち共産党員」 「徳田球一 のち、戦後共産党中央委員長」 「小林多喜二 昭和8年2月20日、虐殺」 …… この字幕と、モンタージュは、「仁義なき戦い」とまったく同じ。 「同志よ、われの無言を咎むることなかれ、われは議論すること能わず、されどわれには何時にても起つことを得る準備あり……」 幸徳秋水らを死刑にしたデッチあげ事件「大逆事件」に抗議して石川啄木が作った詩を朗誦する旋盤工。 登場人物のほとんどが終盤に至って虐殺される、まさに日本虐殺史とでもいうべき、戦前の非合法共産党大弾圧。映画化が実現していれば、「もう一つの仁義なき戦い」として、長く伝えられた映画になったはず。 田澤拓也の「虚人・寺山修司」が文庫本になって並べられていた。あの駄本が……と手に取ると、帯に「人生も作品もウソで塗り固められた寺山修司」のコピー。愚劣。最低の本に最低の帯。 解説は誰かと見れば、大月隆寛。駄本にお似合い。クズはクズを呼ぶ。偏見に満ちた、寺山修司の本質を見ようとしない表層的な愚劣本の見本。 PM6・30、新宿。シアターブラッツで「唐版 風の又三郎」。近畿大演劇・芸能専攻卒業公演で松本修が演出し、評判を呼んだ作品を、改めて東京公演として上演するもの。 自衛隊の練習機を乗り逃げした恋人を追って、宇都宮から流れてきたホステスのエリカ。精神病院から逃げてきた青年・織部。東京の下町で出会ってしまった2人。エリカは織部を利用し、恋人の足跡を追うが、探し当てた恋人はすでにこの世の人ではなかった。死と生の世界を往還する2人のオルフェの物語。 初期唐戯曲の傑作で、そのリリカルな台詞、奇想の演出と相まって、傑作の誉れ高い作品。それを学生演劇がどうのように……と興味津々だったが、これは思わぬ拾い物。 まずなんといっても、役者たちが素晴らしい。エリカの山田美佳、織部の齊藤圭祐、教授の森田真和ほか、渾身の芝居。うまいヘタではなく、いまそこにしかいない役者、そこでしか存在しない役者たちなのだ。最初は、これが主役?と思えた山田美佳など、芝居が進むにつれ、加速度的に輝きを増し、最後は、「エリカはこのコしかない」と思わせる熱演。 3時間の長丁場だが、その長さを感じさせない熱気と迫力。唐十郎が絶賛しただけはある。 松本修はMODEのイメージからスタイリッシュな芝居のイメージが強いが、その昔、文学座を退団した直後、「ちかまつ芝居」でアングラ的な舞台を演出していた人。いわば先祖がえり? 金守珍ばりのアングラ演出全開で唐戯曲初挑戦は成功。役者がうまくなると、成立しにくい芝居ではあるが。 そして、やはり安保由夫の主題歌こそが最大の主役。何度聴いても名曲。しかも、劇と絶妙に絡み合う。音楽の使い方について松本修は定評があるが、安保由夫の音楽の入れ方など、見事の一語。 9.30終演。 客席に木野花、大久保鷹、宮島健、七字英輔ら。 松本氏に挨拶して家路に。江森さんと駅まで。 11.30帰宅。 10月20日(木)晴れ PM5、池袋。木山事務所へ。福田善之の新作「妖精たちの砦」に出演する池田有希子に会うため。初めて行った木山事務所。池袋に移って8年とか。早いものだ。演出家のS氏の持ちビルということ。 ちょうど、稽古の切り替わり時間。大詰めシーンを終えて、3階の事務所に現れた池田有希子。木山氏が紹介すると、「前からよく知ってますよ」。木山氏、笑いながら「そうか、○○さん、有希子ちゃんのファンなんだ〜」 30分ほど取材。演出も出演者も新劇畑。初めての新劇体験で最初は「ノッキング」起こしたとか。アメリカ流の芝居作りとはまったく違うから当然か。 PM6、池袋を後にして、下北沢へ。7.30、「劇」小劇場でパニックシアター「ラスト・シーン」(中村まり子演出)。 ロンドン郊外にある俳優だけのための老人ホーム。そのラウンジに集うのは、元シェイクスピア女優(堀内美希)、元イプセン女優(原知佐子)、元大衆演劇女優(加藤土代子)、元ショーガール(藤川洋子)、シェイクスピア女優の付き人(中村まり子)の5人の老女。 何をするでもなく、日がな、顔を合わせると、皮肉の応酬、愚痴の言い合い、昔の栄光などをかまびすしく語り合っている。 このラウンジを行きつ戻りつするのは元喜劇俳優(三谷昇)。自分の持ち芸、透明人間を演じているのだ。時々、顔を出す、元映画俳優でこのホームの所長(本多一夫)。 ある日、このホームに一人の紳士が訪れる。かつての名シェイクスピア俳優、サー・ペンドラゴン(川辺久造)だ。彼と元シェイクスピア女優アンシアには、かつて、深い仲であったらしい。アンシアの付き人グラディスも、ペンドラゴンに口説かれた経験があるらしい。 愚痴や不平や退屈に満ちていたホームにさざなみが広がり、やがて意外な結末が訪れる。 プライド高く、かつての栄光を忘れられない舞台俳優たちが、人生の最後の場所で織り成す悲喜劇。 キャパ50人ほどの小劇場でこれほど贅沢な芝居はあるだろうか。 宝塚、SKD、新劇、映画……それぞれの分野で活躍している、まさに名優ぞろい。 その名優たちが、人生の終のすみかで、自分たちが演じた舞台の台詞を引用しながら、丁々発止の舌戦を繰り広げる。 欧米で「大衆演劇」とは何かと思ったら、「ねずみとり」「そして誰もいなくなった」といったミステリー作品を指すのだとか。シェイクスピア劇から見ればミステリー作品は大衆演劇ということ。ウーン……。 客席はほとんどが中高年。PM9.10終演。帰りしな、客席にいたTファクトリーのH井さんに声をかけられる。K企画のK氏、M紙のT氏の顔も。 速攻で家路につくも、到着はPM11。 10月19日(水)晴れ 住宅取得税を支払いに銀行へ。 帰宅し、映画三昧。「柳生武芸帖」二作、恩地日出夫監督の「めぐりあい」(1968年)。 「柳生武芸帖」は東映時代劇全盛期の作品。五味康祐原作。 徳川御指南役・柳生新陰流にまつわる重大な秘密を記す柳生武芸帳をめぐって、繰り広げられる忍者、幕府の争闘。近衛十四郎、山城新伍、品川隆二、花園ひろみ、里見浩太郎ほかキラ星のごとき時代劇スターの競演。チャンバラが子供の遊びの王道だった時代。こんなにも面白い時代劇がいっぱい作られていたのだ。SFXも結構だが、生身の肉体のぶつかりあい、殺陣の華麗さには敵わない。血沸き肉躍る東映時代劇。様式も所作も時代考証もすべて一級。これに比べたら、今のテレビでやってるお茶の間時代劇など、子供だましだ。 「めぐりあい」は自動車工場で働く組立工員・努(黒沢年男)と町のベアリング卸問屋の事務員・典子(酒井和歌子)の出会いと別れ、そして再生を描いたもの。 努の弟は大学進学を希望しながら、父親が失業したために進学を諦めなければならない。甲斐性のない自分を責める父親。自分の背中に一家の生活がのしかかることにイラだちを強める努。一方、典子の父は戦死し、弟と3人暮らし。父の弟(伯父)が母親に求婚するが、母親は典子の反対もあり、再婚を断念しかかっている。それぞれの家庭に複雑な事情を抱えた2人。 なんと切なく、哀しく、そしてたくましい青春であることか。 時代は60年代。電話だって各家庭に普及するのはまだ先のこと。駅で待ち合わせた努がずっと典子を待ち続けるシーンがある。典子の母が事故死したため、約束の場所に行くことができない。今なら携帯電話ですぐ連絡が取れるものを、2人の言葉をつなぐのは、公衆電話だけ。それも、互いの職場を通して。待ち疲れた努が駅の伝言板に「バカヤロー」と書き殴る。 デートだって、貧しい二人にはイモの子を洗うような海水浴場に行くか、努の友人の自動車整備工から借りたトラックでドライブするしかない。それでも、はじけるように青春を謳歌している2人。 誰もいない海岸の岩場で、寝そべる2人。ふと、視線を隣の努に移した典子が、努の裸の胸に思いがけない「男」を感じてしまうシーン。典子の純潔が「性」に目覚めるこのシーンの清冽さ。 この後、どしゃ降りの雨の中、トラックの荷台での鮮烈なキスシーンにつながっていくのだが、60年代の青春を見事に活写、主演の2人も初々しく、素晴らしい。日本全体がまだ貧しい時代。だからこそ、その貧しさに負けない青春の輝きがみなぎっていた。 それにしても、酒井和歌子がいい。いまどき、あんな可憐な女性を演じられる女優はいるだろうか。 小学生の時、月刊平凡の表紙は酒井和歌子が飾っていた。中学のとき、友達に「○○は酒井和歌子タイプが好みなんじゃないか」と言われたが、実はその頃、酒井和歌子はタイプじゃなかった。あまりにもきゃしゃで、弱々しいタイプの女の子は好きじゃなかった。 しかし、今見ると、酒井和歌子の儚げなたたずまいは胸にズキンとくる。 典子の弟で池田秀一。NHK「次郎物語」で一世を風靡した彼は、その後、ナレーターに転じ、俳優の表舞台から身を引いた。田中信夫もそうだが、50〜60年年代の名子役が俳優業ではなく、声優・ナレーターで活躍しているというのは、何か不思議な気がする。 PM11.00就寝。 10月18日(火)曇り時々雨 PM4.30退社。月蝕の「盲人書簡」きょうが楽日なので行こうと思ったが突発事発生で家路に急ぐ。その後、持ち直したが、家族模様は色々……。 10月17日(月)雨 小泉首相、靖国神社参拝強行。「夜郎自大」とはこの人のためにある言葉だろう。 怒りの矛を収め、日中関係改善の機運を作ろうとしていた中国首脳にとっては、顔に泥を塗られたも同然。このままでは中国の反日感情は取り返しのつかないところまで行く。 韓国にしても同様。12月の日韓首脳会談はご破算になる可能性が高い。ここまでコケにされたら、中国・韓国の国民が黙ってはいない。逆の立場なら、日本人は戦争準備を始めている。 笑止なのは中川”アル中”代議士の「中国は大人の対応をするべきだ」 おいおい、「大人」になるのはどっちだ。 人の家に押し込み強盗に入り、家人を殺した犯人が、遺族に「まぁ、まぁ、過ぎたことは水に流して」と居直ったら、遺族ならずとも悲憤慷慨する。 挫折を知らない三代目ボンボン首相の精神構造は、「相手の気持ちなど考えず、目先の自分のやりたいことだけを押し通す小児的わがまま気質」と考えないと、理解できない。 その精神構造プラス、「右」におもねっての参拝だろうが、こんなイカサマ男の支持率が相変わらず高いというのはマンガ的。若年層の支持が高いというのもヘンな話。乱世になったとしても、あんたらは使いッ走りの弾よけだよ。 PM7、シアター・トップスでONEOR8「ゼブラ」。この前、行けなかったのだが、やたらと評判がいいので、楽日ではあるが、制作のJ野さんに無理言って見せてもらう。 前の席に西山水木さん。「お久しぶりです」と笑顔で挨拶。弘中麻紀が出ているため、客席に鈴木聡、俵木、三鴨、木村らラッパ屋御一行。次回広報を担当する吉田さんも。「三田村組」の作家・古屋治男……ほかにも役者・関係者ぞろぞろ。 物語は、ある一家の4姉妹が織り成す人間模様を描いたもので、幼児期の回想から始まり(時代は東京タワーの建設中)、死の病に伏した母親、その死とお葬式の前後に連なっていく。 彼女たちの心の傷となっているのは、子供の頃に出奔した父親の「不在」。それぞれの伴侶とのいさかいや、葬儀社の人間とのやり取りなど、乾いた笑いと、ヒリヒリする哀感。 会話の「間」は、ここ何年かはやっているリアル演劇風。しかし、その「間」は少しズレると凡庸になってしまう。その意味で、ちょっぴり不満が残るが、許容範囲内ではある。 このような人間関係や心理の微妙なアヤをデフォルメして舞台に乗せる芝居を若い演劇人が好んでやる時代……ま、多様性があっていいのだろうけど。 PM9、終演後、石井K美子さんと立話。I井社長は順調に回復、地方局のレギュラーに出演しているとか。そのうちまた一緒に温泉に行きたいものだ。 10.15帰宅。 10月16日(日)雨 5.00起床。日曜なのに普段と同じ。ツライ。 6.30に北朝霞でH崎先生、菅さんと待ち合わせ。Y先生を拾って、S木市の高校へ。市民体育祭の「歩け歩け大会」の補助。10`を先導して歩かなくてはならない。しかし、雨足は強くなるばかり。「台風並みの雨でなければ決行」と言われていたが、会場周辺は役員の姿なし。居合わせた関係者に聞くと「中止に」なりました」とのこと。 覚悟してきたのに、肩透かし。ま、足の痛みがあるから、これでよかった。 が、ウォーキングはなくても、代わりに稽古はある。息子と一緒に道場に来る家人に稽古着を頼み、駅前のロッテリアでモーニングコーヒー。8.40、駅で待ち合わせ、3人で稽古場へ。 大丈夫かと恐る恐る始めた稽古だが、スタートすれば全力投球。不思議と足の痛みも感じない。一級に進むには「活命の法形」を覚えなくては。3時間みっちりと稽古。 PM2帰宅。ようやく長い1週間が終わった安心感からPM4まで仮眠。 起きて、録画しておいた山田太一ドラマを見る。老境に差し掛かった元公務員役で緒形拳。深夜のマンガ喫茶で倒れた若い女性(鶴田真由)を病院に付き添ったことがきっかけで、2人の交流が……。視線の演出が見事。緒形拳の視線の先にある真由の背中、胸……。老年の男の心理。「ありえない」大人のファンタジー……ではあるが。それにしても、山田太一のドラマが昼の時間帯でしか放送されないとは。 10月15日(土)曇りのち雨 朝から仕事に追いまくられ、息つく暇もない。PM2.30に予定していたトップスでの「ONEOR8」公演。まだ一度も見たことがないし、今回は瓜生和成はじめ、好きな役者が出ているので見たかったのだが、会報の校了が押して、タイムアウト。残念。校了しながら、編集後記を書くという、同時進行作業。PM3、今年の会報にようやくピリオド。 PM4退社。PM5、入谷で下車し、元グランドキャバレー、今はイベントスペースの「東京キネマ倶楽部」で「極彩色美人ノ宴 参」。Hanaboy、Sugar Mama、マキ凛花、ジムノペディの4組が出演。 二階の関係者席には出演者の家族だろう、老年の夫婦連れが何組か。 ![]() トップはHanaboy。ボーカル&キーボードのMIWAKOが実にキュート。艶と伸びやかさがあり、大好きな声質。ドラムス、エレキベースの三人編成。90年代風の良質なポップ。終演後、初アルバム「フラワー」購入。 二番手はマキ凛花。グランドキャバレーが似合うレトロ・ガール。お約束のように階段花道から登場。水兵ルック? ひざ下をくりぬいたジーンズ。「マネチカ」を聴いた時には、もっと大人っぽいグラマラスな女性を想像していたが、意外と華奢。しかも、MCは「小マダム」が入っている。しっとり風……というよりも意外におしゃべりな関西テイスト?![]() 三番手はもう、これは完璧に関西ノリのSugar Mama。ジャズ・ラテン・ロック。初期のエゴ・ラッピンだ。ボーカルの林由姫のド迫力。ステージの濃いこと。一瞬にして、客の心を掴まえてしまう、そのステージングはさすが。 それぞれ35分くらい持ち時間。で、トリはジムノペディ。いつにも増して気合いの入ったナオミのボーカル。トリらしく、熱のこもったステージを展開。1階のスタンディング客は大ノリ。アンコールで2曲。予定時間をオーバーして9・05終演。撤収作業を進めるスタッフの間をすり抜け、ステージ裏に佇むナオミ、小林の2人に挨拶。バービーボーイズの杏子・KONTAのように、小林とナオミの掛け合いがあればもっとステージが盛り上がるだろう……てなことをしゃべったり。ジムノは当分、ライブもないということ。今後の展開を考える時期?外に出ると雨。コンビニで傘を買って、家路に。PM10帰宅。 10月14日(金)晴れ PM4、仕事を終えた後、また同窓会報に掛かりきり。赤字チェック、レイアウト見直し等々、述べ時間は結構かかる。 PM6、両国。ファミレスで食事。シアターXで俳優座「しとやかな獣」。新進演出家シリーズ最終回。新藤兼人作・川島雄三監督の名作映画を舞台にしたもの。第1作、松田正隆の「湖の秋」の評判があまり芳しくないので、さて、どうかと思ったのだが、ウーン、俳優座の「新進演出家」のレベルは……。 客席で後ろから声を掛けられたので振り向くと元梁山泊のI井ひとみ。主演の一人・木下菜穂子と「城」で一緒だったので見に来たのだとか。終演後、I井に付き合い、楽屋から出てくる木下を待って挨拶。下着姿での熱演。舞台映えする肢体だが、向き合うと結構スレンダー。大阪出身とのこと。これからの俳優座を背負って立つ女優の一人となるだろう。 駅前でI井と別れて、家路に。一緒に飲みに行く気力・体力なし。 10.00帰宅。BBSが開かず。 10月13日(木)晴れ 仕事を終えてから同窓会報の割付、組み付け。予約していたK記念病院の鍼はキャンセルし、作業に専念。PM7、なんとかゲラ配布できる形を作り、S畑氏に電話するが、つかまらず。帰宅してからFAX。家に帰ると、風邪で学校を休んでいた小6豚児が暇を持て余し、輪ゴム撃ちごっこ。部屋をフルに使い、父子の銃撃戦。疲れを知らない子供に付き合うのはツライ。パソコン開く暇もなく、11.30就寝。 10月11日(火)晴れ 5.00起床。昨夜のお酒はまったく残らず、気分爽快。楽しい席でのお酒はきれいに分解してしまうものらしい。 7.00〜19.30、途中、お弁当を食べるのに15分休んだだけで、あとはべったりパソコンに張り付いて仕事。夕方からは同窓会報の制作に当てたが、遅々として進まず。10時間以上も根を詰めて仕事をすると、さすがに目がかすみ、神経がささくれだってくるのがわかる。 PM7から予定していた青年座「痕」はとうとうキャンセル。 なんとか会報を7割がた仕上げ、PM9帰宅。 持ち帰った会報のゲラをチェック。赤字多数。どっと疲労感。 wowowで放送した「仁義なき戦い」シリーズ5本をDVDにダイビング。「広島死闘篇」を見てから就寝。AM2。 10月10日(月)曇り 眠っていても、昨日の稽古で痛めた左足指が痛む。やっぱりムリしないほうがよかったか。 一晩中、イヤな夢。締め切りに間に合わなかったり、電車が遅れて会社に遅刻したり。火曜の朝のローテーションが気になっているのと、やはり同窓会報制作がまったく進んでいないこと頭の片隅にくすぶっているのだろう。せっかくの休日なのに胃の腑が重く、落ち着かない。 お昼は家族そろってファミレスで外食。しかし、やはり、仕事が気になり気もそぞろ。PM1.30、仕方なしに電車に乗って片道1時間、会社へ。 PM2.30。他の部署が十数人。独身のHくんが暇を持て余して会社に来てゴロゴロ。 翌朝分の仕事に取り掛かり、それが終わってから同窓会報に着手。PM5まで。わずか2時間半ではアタリをつけただけで終わる。それでも、家にいて気をもむよりは精神衛生上いい。 PM6・10。阿佐ヶ谷へ。ザムザで月蝕歌劇団20周年記念パーティー。月蝕らしく、関係者を招待してのパーティーというよりは「ファン感謝パーティー」の趣き。客席はむくつけき野郎ども、ステージではパーティー衣装の月蝕の女のコたちがかいがいしく飲み物づくりや食べ物運び。 ![]() 松田政男さんの挨拶、高取さんの乾杯の挨拶で歓談へ。 歓談の合間に、過去の作品の総集編上映と、関係者のスピーチ。創立以来のスタッフであるイラストレーターの吉田光彦、シーザーとのコラボレーションCDが予定されているPANTA、月蝕ファンの音楽評論家・瀬川昌久、高取さんつながりで、元叛旗派の最高幹部・三上治、ふゅーじょんぷろだくと代表=ザムザのオーナー、私としては初期「ぱふ」の編集長の方が通りがいい才谷遼の各氏。で、雑魚のとと混じりで私にもお鉢が。しどろもどろのスピーチに自己嫌悪。後になって、ああ言えばよかった、こう言えば……と気の利いたスピーチが浮かんでくるのだが、後の祭り。 隣に座った品のいいおじいさんが、「どうぞ」と食べ物を勧めてくれたり、気遣いしてくれるので誰だろうと思っていたら、それが瀬川氏。ミュージカル、音楽業界の御意見番として聞こえる瀬川氏、「毛皮族も好きでね。最初の頃はよかったですよ」と、小劇場もつぶさに見ているのにびっくり。高齢にも関わらず、常にアンテナを張り巡らしているようで、好奇心のかたまりのような方。 ![]() ビデオを見ながら、PANTAに解説。「G線上のアリア」で「自由、平等、博愛……」の長ゼリフを滔々と述べる松田政男氏。「書を捨てよ町へ出よう」では、自分の姿も。懐かしい池袋、文芸坐ル・ピリエ。浅川マキさん言うところの「最後のアングラ空間」。 PM8、「スピーチは苦手」と渋るが、やはり最後の締めはこの人をおいてほかにない。シーザーの挨拶。次いで、「美しい十代」の合唱でお開き。 小雨の中、和民に移動し、二次会。松田、PANTA、シーザー、三上、ダーティ・松本、元銀河系の大野さんほか十数人。 隣に三上氏が座ったので、獄中体験を拝聴。 「20日過ぎれば人間はどんな環境にも慣れます」 「懲罰房での1週間はさすがにきつかった。1日12時間、正座させられるんです。その間、何もできないから、頭の中で様々な物語を作る。自分のそれまでの人生を振り返って、子供の頃の楽しかったこと、山の風景、初恋のこと、読んだ本……それをいろんなパターンで物語にするわけです。自分を主人公にして。でも、3日もすると、枯渇してしまう。想像する力がなくなってしまう。これはきついです」 同僚のF氏によれば、「当時のM氏は雲の上の人。30b以内に近づけなかった」という三上氏。次回の憲法講座で宮台真司と改憲論争をするとか。 夏の日比谷野音での宮台の「改憲発言」はやはり聞き違いではなかったようだ。「改憲し、自衛隊を国軍にした上で、アメリカの日本支配と対抗する」のが宮台流の改憲論らしいが、小室直樹の弟子筋に当たるという宮台の限界か。 同席したベレー帽の女性漫画家が田中未知さんに似ているというので、松田さんがそわそわ。それを見てシーザーらと盛り上がり。 PM11.05、電車がなくなるので、宴もたけなわではあるが、お先に失礼。 残った人は朝までコース? お祭りB型としては、飲み会で先に帰らなくてはならないほど辛いものはない。 家が遠い、朝が早い、では仕方ないが……。 0.20、帰宅。 10月9日(日)曇り時々雨 昨夜は2時半就寝。7.30に起きて躰道稽古へ。3連休とあってか、参加者は極端に少ない。基本稽古を中心に正午まで。 1・30、家族で「かっぱ寿司」へ。その帰りに交番で自転車の盗難届けを。50代の警察官。近頃の警官は腰が低い人が多いが、「その線からこっちには立ち入らないで」「この椅子には座らないで。その折りたたみ椅子に座って」と、被害届けを出す市民に対して、ずいぶんぞんざいな態度。不愉快だ。被害届けにも「印鑑がなければ拇印で」とまるで犯罪者扱い。ムカッときたが、一応、穏便に事を終える。 帰宅し、ビデオでも見ようかと思ったが、睡魔に襲われ、そのまま轟沈。6.00目を覚ます。同窓会報もいよいよ追い詰められてきたし、火曜の朝の仕事はキツそう。明日の月蝕20周年パーティーにも行かなきゃ……と連休なのに、気が休まらない。 夕方、交番から電話。「さきほどの被害届け、住所を間違えて書いたものですから、訂正印を押してくれませんか」 さっきの警官。低姿勢なので了承。ピンポーンと鳴ったのでドアを開けると、「すみません」の一言もなく、そのまま玄関先までズンズンと入ってくる。やはり、この警官は昔ながらの「オイコラおまわり」だ。だから、制服を着た警官、自衛隊大嫌い。 金曜に放送した「白線流し」見ようと思ったが、雑用に追われているうちに深夜に。なんのこっちゃの連休初日。 10月8日(土)曇り PM1、ル テアトル銀座で「ふたりのカレンダー」(作=アレクセイ・アルブーゾフ、演出=高橋昌也)。 岬の近くのサナトリウムで療養中のリージャ。彼女は、今はサーカスのチケット売りだが、その前はサーカス団のスターで、その前は女優だった、と語る。入所して1週間、彼女の発想や行動は奇抜で常識破り。彼女への苦情が殺到したため、サナトリウムの医長ロディオンが彼女に面談する。ロディオンはどうにか彼女におとなしくなってもらおうとするが徒労に終わる。まるで水と油のような2人。 ところが日を重ね、お互いの過去が明らかになってくるにつれ、2人の心は静かに、そしてドラマティックに変化を遂げていく。 かつて「ターリン行きの船」と題して杉村春子が、「古風なコメディ」というタイトルで越路吹雪が演じた名作。 老年の2人が次第にひかれ合う。彼らが引きずる戦争の影……。「若者の安直な恋愛沙汰よりも、真摯な老いらくの恋こそ初々しい」と語るのは演出の高橋昌也氏。 黒柳徹子は年齢のせいだろう。さすがに舞台での滑舌にかげりが……。団時朗、一世を風靡した資生堂MG5・団次郎が老境にさしかかった役を演じていることに、不思議な感覚。考えてみたら、小学生の頃にテレビで見ていた黒柳徹子が今も現役で女優を続けているというのはなんとすごいことか。あの頃、一緒にテレビを見ていた祖父母も両親も今はないわけで……。 高橋昌也の深い共感に満ちた老年世代の老いらくの恋。しみじみと心にしみる。 隣の席のM紙・高橋さんとおしゃべり。今日の夜は唐組を見に行くとか。 帰りに「お茶でもどうですか」と誘われたが、残念。まだ仕事の途中。会社に戻り、仕事の続きを。 PM7.20、阿佐ヶ谷。ザムザ阿佐谷で月蝕歌劇団「新撰組in1944 〜ナチス少年合唱団」。 池田屋襲撃の後、新撰組副長・土方歳三は、ナゾの美少女に誘われ、1944年のドイツにタイムスリップする。 そこで、突撃隊長レーム失脚を企てる宣伝相ゲッペルスの陰謀に加担することになる。少女の正体は、日中戦争で大日本帝国軍に父親を殺された少女アイ・リーン。彼女の目的は日本侵略主義の源流である明治政府の薩摩・長州勢力への対抗軸として、新撰組を利用すること。ゲッペルスと土方の共闘は、ユダヤ人少年合唱団、ジプシー(ロマ)の少女の毒ガス実験による惨死で、次第に亀裂を深める。土方の前身は薬売りであり、その根底に、流浪の民への共感がある。ゲッペルスを殺し、歴史の逆転を計ろうとする土方の前に現れる吉田松陰の亡霊。「七生報国」、彼こそ、明治維新の思想的バックボーンであり、大日本帝国へと続く支配の構造の原点なのだ。歴史の書き換えを許さない吉田松陰との死闘。 決して滅びることのないその魂。しかし、その魂鎮めのために現れたのはユダヤ、ロマ、そして国家を持たない流浪の民たち。 やがて、土方は、北海道に渡り、共和国樹立を目指す。「共和国に玉(天皇)は不要。侍も不要。もとはといえば、この土方も一介の薬売りなのだから」 紙ふぶき舞う中、血刀を下げつつ前のめりに進む土方(の末裔)。 共和国を脱した土方は再び一介の薬売りに身をやつし、明治の元勲たちを暗殺して行く。 スライドが投影され、そこに「山形有朋暗殺、木戸孝允暗殺……」 そして最後の一行。 「北海道共和国、内戦に勝利。日本統一」 「実際に起こらなかったことも歴史のうちである」 と寺山修司は言ったが、高取英の描く「内戦勝利。北海道共和国樹立」もまた遠い未来から逆照射される「歴史」のうちに入るのではないだろうか。 紙ふぶき舞う土方道行のシーン、「北海道共和国」の文字に滂沱の涙。右翼作家・井沢元彦のトンデモ歴史小説の反動性に対抗するのはこの荒唐無稽なロマンチズムだ。歴史よ「お前はただの現在に過ぎない」のだと。 PM9.30終演。 松田政男氏、高取氏と飲み屋へ。珍しく笹生愛美、合沢萌、松宮芙多葉、天正彩の女優陣が合流。美形に囲まれると時間の経つのが早いこと。 別役実氏説によれば、寺山さんが演劇界で孤立したのは、「劇団四季で最初に自作を上演したから」ということ……と高取氏。「文学、映画界から参入したヨソ者だから」という説が一般的だったが、「四季」という演劇界の異端と最初に手を組んだことが、新劇界の反発を招いたというのは初めて聞いた。浅利慶太が新劇界から嫌われていたとうことか。 もっとも、「四季」が出発点でなくても、当時の「新劇」のムラ社会に寺山修司はなじめなかっただろう。 11.15、松田さんと先に失礼して駅へ。終電にセーフ。 10月7日金)晴れ PM5、天王洲アイルへ。雑貨店をのぞいたり、喫茶店で同窓会報の原稿チェック。 PM7、アートスフィアで「恋愛ホテル〜LOVE×HOTEL」。とあるラブホテルを舞台に三組の男女が織り成す人間模様。 舞台セットは、豪華な3つのダブルベッドとシャンデリア。上手は西郷輝彦・神戸みゆき。中央は阿木耀子・風間トオル、下手は持田真樹、小林顕作のカップル。それぞれのカップルが登場し、同時進行で芝居が始まる。実直な区役所職員と、奔放な若い女の子。今日が40代最後というナゾめいた中年女性と、ホストクラブ勤めの青年。そして、5年間の長い春にケリをつけ、別れ話を切り出そうとしている若い恋人たち。 よくある設定ではあるが、さすがにポイント東京の制作。ただのラブコメディーではない。脚本に「グッバイ・ママ」「盲導犬クイールの一生」の寺田敏雄、演出に「金曜日の妻たちへ」の松本健という2004年の「暗い日曜日」に続くコンビを配し、実にユニークでウエルメイドな舞台を作った。 最初、違和感のあった「同時進行」の演出(一組が会話をするとき、ほかのカップルは無言劇に)も、舞台が進むにつれてその意図を納得する。一見、無関係と思われた三組のカップルの間に張り巡らされた、もう一つの見えない関係の糸が次第に浮かんでくる、その脚本・演出の見事さ。 西郷輝彦と神戸みゆきのカップルの物語に切なく胸がときめき、そしてヒリリと痛むのは自分の年齢のせいだろうか。 「バキューン!」のポーズの神戸みゆき。実にキュート。 風間トオルも初舞台とは思えぬ清新で余裕ある演技。阿木耀子の、微妙な諦念を感じさせる中年女性の存在感もいい。持田真樹と小林顕作のかけあいも絶妙。爽やか! まさに、これこそ「大人のためのシャレたラブコメディー」の惹句にふさわしい舞台。ときめきと同時にちょっぴり心がヒリリと痛むオトナの作品だ。 8.50終演。 カーテンコールの後、駅に向かうまでの間も、口元に自然と笑みがこぼれる。芝居が終わってからもしばらくこんなにも爽やかで切ない気分が続いたのは久しぶり。脚本・演出・役者、三者が絶妙に絡み合った、今この瞬間しか見られない奇跡的な舞台。再演するならまた同じメンバーで見たいものだ。 10.00帰宅。 10月6日(木)曇り時々雨 一電車早く出たのに、会社に着いたら部署はすでにほぼ全員着席し、仕事を開始している。6.30。いったいみんな何時の電車に乗るのか? PM5、千駄ヶ谷で途中下車。ギャラリーefで開催中のイラストレーター・吉田光彦さんの個展へ。いつものようににこやかな笑顔で迎えてくれる吉田さん。新聞小説(高橋克彦)の挿絵や小説(梶山季之)の装丁、演劇(月蝕歌劇団)のポスターなど。月蝕の「金色夜叉の逆襲」など、作品のほとんどが売約済みのマーク。いつか吉田さんの絵を買いたいものだが……。20分ほどあれこれ四方山話。吉田さんの作品にあった菅江真澄、彼の下北紀行のことなど。 PM7。三軒茶屋。TSUTAYAでCD物色。ブックコーナーが移動したので売り場面積が広くなり、CDの試聴器も多くなったようだ。 7.30、パブリックシアターでインバル・ピント・カンパニーの「ブービーズ」。01年の来日時に日本の文化に触発されてできた作品とか。太鼓やケチャ風の東洋的音楽を多用している。 ブービーとは、ガラパゴス島に 生息する、青や赤の大きな水掻きを持つずんぐりとした愛らしい鳥のこと。カマキリ男、小鬼、人魚など、東欧の妖精を思わせる創造物たちが繰り広げる闇の祝祭劇。エロチシズムとアンダーグラウンドな残酷美。ダンサーたちは悪夢のように美しい。ダンサーの足運びを見ながら、つい、武道と舞踊の動きの共通点に目がいってしまう。 8.35終演。41分の直通電車に乗るためホームへ直行。 9.50、駅着。1時間10分もかかるとは。やはり半蔵門線経由は乗り換えなしでも遠回りだ。 それにしても、原はどうして巨人の監督を引き受けたのか。石もて追われた屈辱の解任騒動から2年。おめおめと舞い戻り、男としての意地はないのか。原ファンの浅川マキさんは何と言うだろう? 10月5日(水)雲り時々雨 10時起床。8時間睡眠でスッキリ。 日記まとめ書き。 午後、同窓会報の8ページの当たりをつける。そろそろ腰を上げないと……。去年はたぶんこの時期は8ページ分を組み上げていたはず。大丈夫か? PM5、子供と一緒に躰道稽古へ。片道1時間、夕方のラッシュにぶつかり、うんざり。 6.30〜PM8。水曜日にも関わらず、人数が多い。しかも、日曜日の学生大会に備えた大学生たちが大挙して参加したため、稽古場がにわかに活気づく。相変わらず左足親指が痛むので爪先立ちができないのが辛い。したたる汗を拭きながら1時間半はあっという間。体を動かした後の帰り道の心地よさよ。H崎先生がK朝霞駅まで送ってくれるので助かる。 PM9.15帰宅。お風呂に入ってスッキリ爽やか。 10月4日(火)雨 PM5、仕事を終えて新宿へ。タワーレコードでCD物色。興味を引いた盤数枚。しかし、時間がなくてパス。定食屋でさば味噌定食。 PM7.00、新大久保。グローブ座で「幕末蛮風」(きだつよし作・演出)。ジャニーズ事務所の本拠劇場になってから初めてのグローブ座。入口が移動していることも知らなかった。係員に促され、反対側の受付窓口へ。客席はほぼ100%女性客。並びの席に、いのうえひでのり氏がいたので挨拶。劇評家のS氏、M井氏の御大も。「珍しいですね」と言うと「グローブ座は時々、なにかのはずみで招待状が来るんですよ」「招待というのは制作者の都合もあっったりして、よくわからないですね」と。 ジャニタレ目当ての若い客の間に老練の劇評家。違和感が……。と思っていたら、休憩時間になった途端御大2人は途中退場。やはり合わなかったか……。 物語は新撰組が吸血鬼集団で(比喩ではなく)、新鮮な血を求めるために人を斬っていた……という設定。その秘密を知った一人の少女は坂本龍馬によって救出される。龍馬の部屋で少女が見つけた妖刀・村正こそ悪鬼を倒す武器であり……。新撰組に近づく美しい女医、少女と沖田総司の淡い恋、山南敬助の純情etc、幕末の動乱を背景に展開する荒唐無稽な物語。 スピーディーな殺陣、アクション、ギャグの「きだ節」全開で、ダレるところはなし。特に照明の美しさは特筆もの。舞台左右の木々に当たる照明が幽玄な雰囲気を醸していたが、あのような照明の使い方を見たのは初めて。 当初予定していた山本亨に代わって京晋佑が代役。椿組での骨折が快癒していないのか。 平野勲人(くんじから改名)、工藤順矢、田口治のTEAM発砲劇団員が絶妙。主演の大野智もはつらつとした演技。 メリハリのきいたアクションシーンの見事さはさすがにきだつよし。これは新感線もびっくりだろう。きだつよしなら明日にでも新橋演舞場で演出できる。 PM9.30終演。11.00帰宅。 10月3日(月)晴れ 仕事を終えて銀座へ。ビックパソコン館に寄ってイヤホンのスペアを(500円)。 PM4・45、新宿。ピカデリーで「SHINOBI」。原作は山田風太郎の「甲賀忍法帖」。太平の世に忍者は危険な存在であるという天海僧正の進言で、家康は伊賀・甲賀を戦わせ、そのスキに乗じて両者の隠れ里を襲撃しようとする。 この伊賀・鍔隠れの首領お幻(りりぃ)の孫娘・朧が仲間由紀恵。甲賀・卍谷の首領・弾正(元祖HAIR・寺田稔)の孫がオダギリジョー。それと知らずに恋に落ちた2人に互いに戦わなくてはならない非情な運命が……。というのがあらすじ。映像はきれいだし、ワイヤーアクションもなかなか。最後まで平和主義者に徹しようとするオダギリジョーの造形は時代劇では異色。結果的にその近代主義がアダになって映画の面白さを損うのだが。 忍者同士の戦いも、夜叉丸と筑摩小四郎の糸切り・棒手裏剣の撃ち合いはスピーディーで見ごたえがあるが、あとは……。風太郎秘術を映像化するのは大変だろう。 やはり原作の方が百倍面白い。 PM7.30、世田谷パブリックシアターで二十一世紀舞踊 インバル・ピント・カンパニー「オ イスター」。イスラエルのダンスカンパニーの再来日公演。オモチャ箱から飛び出したような、不思議な登場人物たちが繰り広げるとびきり上等の悪夢の数々。1時間を駆け抜けるスピードと魔術。これは見事。8.35終演。キャロットタワー2階のTSUTAYAの向いにTSUTAYAブック専門店がオープンしていたが時間がなくてスルー。 PM10帰宅。 10月2日(日)快晴 夏に戻ったような暑さ。7時に起きて躰道稽古へ。 「○○さんも茶帯になるんだから基本もきっちりやっておかないと」とY先生。一般に混じって突き蹴りの基本練習。すぐに汗だくに。続いて活命の法形。次に昇級するにはこの形は必須。 正午までびっしり稽古。「スタミナありますね」とI範士。一度始めれば止まらないのがB型。お調子者ともいう。 稽古終了後、すぐにミーティング。S市主催の各行事へのサポートのことなど。16日の市民ウォーキング大会の先導をやることに。左足指の軟骨故障で指が痛いのだが、しょうがない。 PM2帰宅。食事して横になったらそのまま深い眠りに。PM6まで熟睡。よほど疲れているのか。目覚めても意識朦朧。結局、同窓会報に手をつけることもできず。大丈夫か? 10月1日(土)晴れ PM4まで会社でゆったりと仕事。 PM4.30、銀座・博品館劇場で「月光少年」(原案・演出=竹邑類)。 月光族の王子・月雄が掟を破って、人間界の娘・純草に恋をする。純草の母・霞草は純草が子供の頃、月夜の晩に家を出たきり行方知れず。月の王・月鬼と乳母だけがその謎を知っている。禁を破って地球で暮らし始めた月雄の命はあとわずか。それを案じた月鬼は、手下を使って月雄を連れ帰ろうとするが……。 ホレ薬をかけられ、互いの恋の相手を取り違えるなど、シェイクスピアの「夏の夜の夢」をまぶした幻想音楽劇。大衆演劇の”チビ玉”こと嘉島典俊(片桐光洋から改名)を主役に、元宝塚の星奈優里、中国武術の蓉 崇、阿部裕(佐々木昭一郎の七色村でデビュー。新右翼の鈴木邦男そっくり)、鶴田さやか(鶴田浩二の末娘)、「セーラームーン」の小野妃香里、そして元天井桟敷の下馬二五七ら芸達者ぞろい。 が、舞台はスーパーカムパニィ風の軽い宝塚ミュージカル。お話も無駄に長い。最後のレビューショーで救われたようなもの。15分ほどのカーテンコール兼レビューはさすがに歌、ダンスとも手錬れの役者たち。華やかで楽しい。特に下馬の歌とダンスは練熟の味。観客を楽しませる術を心得ている。それにしても、寺山修司につけてもらった芸名を何十年も変えずに使っている下馬氏。改名の機会はあったはずなのに、自分の原点を大事にしているのだろう。 7.00終演。家に帰るには時間が早い。当てがないので仕方なしに早めの帰宅。 |