1月31日(火)雨

 昨日とは打って変わって冷え込みが厳しい一日。

 仕事もつつがなく終えて、15.50、池袋へ。シネマロサで「レジェンド・オブ・ゾロ」。C・ゼタ・ジョーンズを見るため。物語はスピルバーグ製作の万人向けエンターテインメント。可もなく不可もなし。

18.00、西口の回転寿司で腹ごしらえ。東口に移動し、タワーレコードで関西ガールポップのコンピ盤「Hammerkin A GOGO Girl vol1」、オトナのリラックスミュージック「UDAGAWA CAFE vol2」を購入。

 19.30、東口。シアターグリーン エリア171でジョー・カンパニー「7 ナナ」。新装なったシアターグリーンを訪れたのは初めて。1階が小劇場、5階がエリア171で、ここは以前のシアターグリーンのキャパとほぼ同じ?

 ジョー・カンパニーを見るのは10数年ぶり。石ノ森章太郎の息子である小野寺丈が主宰する劇団。今回はシチュエーションコメディーを目指した模様。

 親分が脳溢血で倒れ、昏睡状態となったため、組を解散。入院費を稼ぐために組事務所を保育所&お絵かき教室に改造、カタギの生活を始めた兄貴分と子分。そこに組のカネを持ち逃げした組員が侘びを入れて戻ってくる。さらに、もう一人、他の組に入り、ヒットマンを命じられながら、間違えて自分の組の親分を撃ってしまった男も逃げ込んでくる。彼を追う殺し屋、保育所のアルバイトに応募してきた青年、そして奇跡的に回復し、事務所に帰ってきた親分など、さまざまな人間が入り乱れ、右往左往のドタバタが……。

 組事務所が保育所に変わったことを親分に気付かれないよう、子分が奔走したり、殺し屋が子分と鉢合わせしないように隠したり……人の出し入れがシチュエーションコメディーということなのだろうが、単なるドタバタにしか見えないところがツライ。ただし、小野寺はじめ役者陣は達者。時々、親分あてに女性からかかってくるナゾの電話が物語のもう一つの伏線。コント風に笑わせておいて、最後はシリアスにまとめるのは、やはり石ノ森章太郎の血か。

 1時間30分。外は小雨。池袋の雑踏を抜けて家路に。22.10帰宅。

1月30日(月)晴れ

 コイズミは9月の任期を待たずに春にも政権を投げ出すのでは、との観測が流れているが、29日発売の日刊スポーツの政治コラムでは、その理由を二つのタブーに触れたからと分析する。

 一つは天皇制の根幹に触れる皇室典範改正。今すぐに改正しなければならない緊急性がないのに、コイズミは先週、改めて武部幹事長に今国会での成立を強く指示したという。
 その動機について、古参議員がこう語ったという。

「昨年、小泉首相は宮中の重大な行事の最中に皇居に参内。その時、天皇に拝謁するまで、30分以上も待たされた。過密なスケジュールを縫って駆けつけたとの思いがあったのか、この「長時間」の「おあずけ」に不機嫌になった。さっそく、宮内庁側に何をしているのかと不快感をぶつけた。そのことがあって、「皇室改革も必要だ」と側近に漏らし、皇室典範改正の動機付けになった」

 ウソかマコトかわからないが、こんな話が自民党内に広がっているということはコイズミの求心力が弱まっているという証拠。

 もう一つのタブーは日米関係。

「今までは米国も靖国参拝問題に深入りせず、小泉首相の”心の問題”という主張に理解を示してきたが、米国の態度に変化が起きていることにまったく気がついていない。昨年11月末の、京都でのブッシュ大統領との首脳会談の席上、小泉首相はブッシュに対して30分以上も、自分の靖国参拝の正当性をまくしたてた。ブッシュもこれにはたまらず、途中で”もういい”と制したが、それでも小泉は靖国参拝の正当性を主張し続けた。それ以来、米国に変化が表れた。日本と中国の関係悪化は安全保障上も米中関係を含め、米国の利益を損なうと言いはじめた。米国が「国益」を口にしたときは、レッドゾーンに踏み込んでいるとき。米国の圧力は強まり、それに対し、日本の首相は絶対的に逆らえない。田中角栄がロッキード事件で米国の虎の尾を踏んだのと同様、小泉もオシマイになる可能性が強い」

 これを裏付けるかのように、翌30日の毎日新聞朝刊の連載「揺れる日米中」の第1回は、「米『遊就館』を注視」「皇国史観 靖国不信広がる」の見出しで、米共和党内の靖国をめぐる動きを伝えている。

「あれでは日本が勝ったみたいだ」
 こう言うのは共和党重鎮のハワード・ベーカー元駐日大使。

「あれ」というのは靖国神社に併設されている戦争博物館「遊就館」のこと。この遊就館には第二次世界大戦にいたるルーズベルト大統領の対日政策や米軍主導の戦犯裁判を批判する展示や映画が上映されている。

 遊就館は02年に大改修され、皇国史観がより強まったという。

 遊就館史観によれば、「日米開戦は資源禁輸で日本を追い詰めた米国による強要」であり、日本はそれに対し、「自存自衛」と「白人優越世界打破」のために立ち上がったのだとか。戦後も続く皇国史観が強調されているわけだ。

 また、昨年12月7日の真珠湾攻撃64周年日に、半旗が掲げられたワシントンで米国のアジア問題専門家たちが前原民主党代表を招き朝食会を開いた。その席上、ジム・ケリー前国務次官補がこう懸念を表明したという。
「靖国参拝によって、日本の首相が遊就館の思想を肯定していると受け取られないか」

 ポール・ジアラ元国防総省日本部長は、
「第二次世界大戦が他国の過失による戦争だという印象を受けるどころか、日本の戦争が正しいとさえ思わせる高慢な内容だ」
「首相参拝は日本の国際社会からの孤立化を招き、ひいては同盟国アメリカまでアジアアから孤立する」

 ブッシュ政権下の官僚や政治家たちの間で、こうした不満が広がり始めている。以前は「日本の問題」として発言を控えていた保守派が日本への不満を隠さなくなった……。
 この傾向は2005年10月17日の小泉首相による秋季例大祭参拝直後から目立ち始めているという。

 米国保守層からも疎んじられ始めたコイズミ。早ければ4月を待たずに、オダブツになる可能性もある。しかし、その「次」が安倍では同じこと。
 肝心なのは、米国に引きずり落とされる前に、国民自ら、この男を引きずり落とすべきだろうということ。いつまでも水戸黄門の印籠にすがっていては、「自立した国民」ははるか先のこと。

 それにしても、今までコイズミ礼賛を展開してきた大新聞、マスコミが手のひらを返すように、コイズミ批判を口にし始める。これって、やっぱり、アメリカの意向を受けてのことか。

 16.30帰宅。

 VHSテープを整理。三上博史の「ストレートニュース」が面白い。2000年放送。そんな前だったか。

 同じテープに入っていたNHK「おーいニッポン とことん青森」(2000年10月15日放送)を何気なく見ていたら、オーディション・シーンで見覚えのある顔。川部しのぶではないか。なるほど、この番組でユニットを組んだのか。秋元康のプロデュースで高校生トリオが「SNOWBALL」を組んで「青い森」の歌を歌ったというのはこの番組なんだ。
 この番組の1年前に高校の同窓会報の取材で偶然川部しのぶに会っているわけで……。今になって点と点が結びつく不思議。


1月29日(日)晴れ

 7.00起床。躰道稽古。豚児は火曜日からインフルエンザで学校を休んでいるので、一人で電車に。

12.00までびっしり稽古。終わるとヒザに痛みがくる。13.00、帰宅しても、疲労でボンヤリ。何もする気が起こらず、ベッドで仮眠。

 この頃、日曜日はいつもこんな調子。疲労蓄積?

 日刊スポーツにキャサリン・ゼタ・ジョーンズのインタビュー記事。

「役を他の女優にと取られるかもしれない。女優にとって子育てと仕事の両立はマイナスにならないか」
 という質問に、

「素晴らしい共演者、監督と出会い、オスカーもいただきました。でも、いつかそうしたキャリアは私の元を去っていくのです。今より年齢を重ねた時、女優として本当に素晴らしいキャリアを持つことができたと過去形で言うことになる。ですが、その時、こんなに素晴らしい家族が自分のそばに常に現在形でいてくれる。そちらのほうがどんなに幸せなことか。そう思いませんか」

「これからオスカー女優という肩書きが付きまとうことは理解しています。ただ、米国では最新作がその俳優の実力といわれます。10年も20年も前に受賞したからといって、今もそれだけの実力があるとは限らないからです。だから、気を抜いてはいられない」

 さすが、ウェールズの田舎町からミュージカル舞台を経由して米映画界で成功したゼタジョーンズならではの、地に足が付いた言葉。

 夕食後、家族でテレビの動物バラエティーを見ながらたわいもない話で大笑い。ささやかな家族の風景。

1月28日(土)晴れ

 マチネの予定を入れないと、仕事も慌てず騒がず、15.00までのんびりとできる。今年は土曜日の午後は芝居の予定を入れずに、ゆっくりと過ごそうか。

 などと言ってることとは裏腹に、「時間がもったいない病」が再発。15.30、渋谷へ。「ホテル・ルワンダ」を観たかったのだが、すでに二回先まで立ち見。仕方なく、予告編でそそられた「フライト・プラン」へ。が、渋谷ピカデリーは満席お断り。新宿に移動し、新宿ピカデリーへ。こちらも開映30分前から長蛇の列。

 16.20上映開始。事故死した夫の棺と共に、ベルリンからニューヨーク行きの最新鋭ジャンボジェット機に乗り込んだ妻ジョディ・フォスター。しかし、一緒に乗ったはずの娘が突然消えてしまう。乗客も乗員も誰もが、娘を見ていないという。夫を亡くした彼女の妄想なのか……。同じように子供の失踪を描いた、オマヌケ映画「フォーガットン」で肩透かしをくったことがあるので、最初は斜に構えて見ていたが、さすがはジョディ・フォスター。映画は選んでいる。クイクイと引き込まれ、最後まで緊張感を持続。フーム?な部分はあるものの、娯楽作としては目をつぶって、まずは90点。

 18.20、映画館を飛び出して、回転寿司で腹ごしらえ10分。19.00、ギリギリに青山スパイラルホールで飛び込み。

「花緑と風間の落語会」。

me&herのY家さんに挨拶。
 まずは風間杜夫の「よいしょの階段(はしご)」。郭遊びが過ぎて、紙屋を勘当された若旦那が、幇間になって、父親と再会……という古典落語の趣のあるお噺。

 柳家花緑は「死刑台のカツカレー」。網走の監獄に収監されている死刑囚が、執行前に、どうしても食べたい北千住の店のカツカレー目指して、監獄の料理人の手引きで脱獄。しかし、そこで、自分を身代わりにしてのうのうと暮らすヤクザの兄貴と出会い……というハードな落語。「死刑囚」という「引きそうな」題材を選んだのも、最後に「冤罪問題」が絡んでくるわけで、作者の鈴木聡そのへんは抜かりない。風間40分、花緑50分。

 その後、鈴木も加わり鼎談。口調から、物腰まですっかり落語家になり切っている風間。花緑の落語講座、噺の「上下」のルールに、なるほど。「鈴木聡46歳」に観客のどよめき。
 21.20終演。22.30帰宅。
1月27日(金)晴れ

 仕事を早めに切り上げて、3.30、草加シネマで「キングコング」。3時間弱の大作なので二の足を踏んでいたが、結構評判がいいので、時間をやりくりしても見る価値があるのでは、と判断。
 その読み通り、長尺などまったく気にならない、まさに映画らしい映画。

 前半の海洋冒険譚から中盤のコングの登場、美女をめぐる三角関係。そしてエンパイヤステートビルでの双発機との攻防戦。コングと美女に芽生える「愛」をこれほど、ナチュラルに描いたコング映画はないのでは。ヒロインのナオミ・ワッツがいい。そしてなによりCGが素晴らしい。ここまで描写できるということは、もう映画でできないことはないということ。しかし、それも「本編」と絶妙に絡み合ってのCG。CGだけで見せようというさもしさがない。
 まさに映画の中の映画。満足度100%。

 6.30終映。7.00帰宅。

1月26日(木)晴れ

 女性11人と同居していた57歳男を逮捕。容疑は「脅迫」。それにしても、捜査員50人を投入してガサ入れをするほどの事件とは思えないが……。

19.00、銀座・博品館劇場で「LDK Vol3 〜LADYダイナマイトはKISSでいちコロ!〜」。脚本=堤泰之。演出=永峰明。

 渡辺正行を主役に、とあるマンションの一室で繰り広げられる男と女の3話オムニバス。

第1話の共演はインリン・オブ・ジョイトイ。渡辺扮する父親が、息子の家庭教師を募集したところ、派遣されてきたのは、色香過剰の女性教師で……。たわいもない艶笑譚。

 第2話は町田マリー。歌手になる夢破れ、ティッシュ配りのバイトをしている娘のアパートに田舎にいるはずの父親が現れ、娘と丁々発止の掛け合い。実は父親はすでに……というセンチメンタル・コメディー。第3話は阿知波悟美。……不覚にもこの3話は目は開いているのに、セリフが耳を素通り。睡魔に半分侵されていたため、展開が途中から不明。短いオムニバスドラマなのに、情けない。
 20.45、終演後、ドライヤーが10人に当たる抽選会。

22.00帰宅。
1月25日(水)晴れ

 10.30起床。日記まとめ書き。その後、DVD、ラジオドラマCD化。
 夕方、買い物に出たのを除いて終日家の中。

 980円セールで買ったが棚に置きっ放しのDVD「タイムマシン」を鑑賞。時空旅行ものには目がないが、期待した分、がっかり。

 22.30就寝。
1月24日(火)晴れ

 いつもならすぐに消えて無くなる雪があちこちに残り、路面は凍結している。夜間の冷え込みが厳しいようだ。

6.50出社。つつがなく仕事を終えて、17.00、池袋。

 久々の池袋・タワーレコード。スタッフが入れ代わったのか、めぼしいCD推薦なし。

 ビックカメラで電灯のスイッチコード180円。家電売り場など普段は見ないのに、魔がさしたかヘルスメーターのコーナーに迷い込む。最新の体重計はスキャン機能が進歩し、体脂肪はもとより、骨格筋率やら基礎代謝、体年齢まで割り出せるという。これを買って帰れば、家族で盛り上がる……新しもの好きの血が騒ぎ、その場で衝動買い。1万800円。

19.00、東京芸術劇場小ホール1でクラクラプロデュース/劇団道学先生「酒坊っちゃん」(中島淳彦・作、青山勝・演出)。

 初演から1年で再演という早いペース。道学先生公演は今年はこれ1回だけという。中島が売れっ子になるにつれて、本拠地の公演が少なくなるのは淋しい限り。文学座、東京ヴォードヴィルショーと、今年の新作ラインナップも決まり、中島淳彦人気は高まるばかり。

 さて、「酒坊っちゃん」。舞台は1989年のある地方都市。酒屋を経営する主人(藤原啓児)。自らアルコール中毒で妻に迷惑をかけた過去があり、亡き妻の遺言で、「断酒会」を結成、アル中男たちを雇って、倉庫を改造したアパートに住まわせている。

 九州に妻子を置いて上京した男(井之上隆志)、美空ひばりファンで、いつか田舎の子供の前でひばりの歌を聴かせたいという男(蒲田哲=石田純一そっくり)、長島茂雄と同姓同名で、子供の頃から苦労(?)した男(東海林寿剛)、重度のアル中で入院しているマジシャン(照屋実)、今は社会復帰してタクシー運転手をしている男(青山勝)、彼が横恋慕する人妻(吉田羊)の旦那で、酔うと暴力亭主に変貌する夫(海堂亙)。賄いのおばさん(かんのひとみ)に父親が思いを寄せているのを見て、恋路を邪魔しようとする息子(塩塚晃平)。先代から酒屋に勤める嫌味な番頭(福島勝美=絶品!)。

 ある日、この酒屋に、一人の青年が訪れる。賄いのおばさんが昔、家政婦をしていた家の坊っちゃん(土屋裕一)だ。

 坊っちゃんは、生来の向こうっ気の強さで、父親に反発。教育実習で訪れた高校の授業時間に、男子生徒を殴って、教師になるのをやめてパンクバンドを作ったりしていたが、恋人(三橋加奈子)の父親が2人の仲を快く思わないため、恋人を置いて、一人、飛び出してきたらしい。

 おばさんのはからいで、坊っちゃんはしばらく酒屋に居候することに。

 物語の突端はこんな風にスタートするのだが、坊っちゃんの秘めた恋、威張り散らす番頭が、ひそかに頭を悩ませる妻の行状、酒屋の旦那の片思い、タクシー運転手とアル中夫婦の三角関係……と、物語は起伏に富み、それを体現する役者たちのコンビネーションも抜群。特に、井之上のおとぼけ演技には抱腹絶倒。

 食堂のラジオが重要な小道具として使われるのだが、そのラジオから流れた臨時ニュース。そして、後日、DJによって読まれたリクエストハガキの差出人は……。

 笑って・泣けて・じんわりと胸の奥底に効いてくる、これこそ心に響くホンモノのコメディー。できるものならば、いま過ごしたこの時間をカプセルにして永久にとどめておきたい。そんな愛しい人々と愛しい時間。

 中島淳彦の作品は魚でいえば、「頭、すなずり、かま、背肉」。魚の頭の頬肉や背びれのこりっとした筋肉のおいしさだ。食すほどに味わいが深い。

 同じ喜劇でも、三谷幸喜は脂ののった本身。確かに極上のおいしさではあるが、後をひくおいしさは、魚の部位の中では見えない個所にある。

21.20終演。ジェイ・クリップの上谷氏と立話。これからさらに中島淳彦の活躍の場は広がっていくようだ。忙しすぎて、消耗しなければいいが。

22.30帰宅。

 さっそく体重計を使って測定。体年齢は実年齢と3歳違うだけ。もっと差があると思っていたのに。残念。家人は使用拒否。体重値を見られるのがイヤとか。女心は複雑。
1月23日(月)晴れ


 長い夢を見ていた。近くのレストランに行くと、「○○コーポにお住まいの方はこちらへ」と別室に案内される。そうか、これなら混雑が緩和できる、と二階についていくと、部屋の中に数人のお客さん。見知った顔はない。そうだよなぁ、引っ越してまだ半年余り。住民の顔なんてよく知らないし……。

 お茶を飲もうとすると、茶柱が立っている。「これは珍しいことがあるものだ」と、その茶柱をケイタイで撮影しようとクローズアップすると、突然、茶柱から手足が生えて、茶碗から這い出して、隣の人の茶碗によじ登っていく。茶柱が逃げていく……これは何の暗示?

 5.00起床、会社へ。
 ノドに違和感。風邪か?
 しかし、午後にはノドの痛みも和らぎ、快調。

 ホリエモン逮捕で朝から騒然。おかげで、ヒューザー・小嶋社長が漏らした「安倍晋三関与」は弾き飛ばされてしまった。もっとも、昭和の妖怪の孫・安倍の名前はライブドア事件でも早晩、表面に出ることは間違いないだろうが。

 沖縄で「自殺」したというホリエモンの側近。自分で自分を刺し、その上で通報する? あり得ない。

 昨年の総選挙の最中に、外国人記者クラブでホリエモンが、天皇制について、「憲法が『天皇は日本の象徴である』というところから始まるのには違和感がある……大統領制にした方がいい」と口を滑らしたときから今のホリエモンの凋落は既定事実になっていたのだろう。エスタブリッシュメントのタブーに触れた者は誰であろうと抹殺される。

 口実はいくらでもつく。拝金主義を蔓延させた虚業家の転落。まさに東大生・光クラブの末路と同じ。一方、規制緩和を推進して、彼らの跋扈を許したコイズミや、「わが息子」とのたまった武部などの薄汚い政治家はいまだ健在という不思議。
 みっともないのは、さんざん持ち上げた挙句、手のひら返しのテレビ局。いま、ホリエモンを批判できる資格があるのは、一貫してホリエモン批判をしてきた一部マスコミだけだ。
 17.00帰宅。
1月22日(日)晴れ
 
 7.00起床。躰道稽古へ。

融けた雪が凍り、路面が滑って危ない。小学生のように、靴で氷の上をスーッと滑ってみる。息子は物心ついておそらくはじめての大雪。昨日も友だちと外で雪遊びをしていたが、みんなが家に引き上げる仲、Mくんと2人、最後まで雪で遊んでいたとか。

 上の娘が小学生の時には、ルーフバルコニーに大きなかまくらができるほど雪が降ったことがあり、その写真を見るたびに、「お姉ちゃんはいいなぁ」と言っていた。雪が好きというのは、親のDNAか。

 正午まで稽古。家人も一緒なので、終わった後、回転寿司で昼食。

 14.00帰宅途中で、空き地に、雪だるまやらかまくらが作ってあるのを見た息子、さっそく「雪合戦やろう」と飛んでいく。

 朝にはサラサラしていた雪も、時間と共に水気が多くなり、雪球を作るには最適な湿り気。
 雪だるま、雪合戦……で1時間。雪球を握るうち手は真っ赤。この感覚は久しぶり。豪雪地帯の人たちには申し訳ないが、たまに降る雪は都会の子供たちの遊び心にとって干天の慈雨。

 15.30帰宅。躰道稽古の後はヒザ関節が痛む。おまけに雪遊びで疲れてしまったので、パソコンの前に座るも気力湧かず。

 DVDに撮っておいた「マグロに賭ける漁師たち」を見る。予告では、3年もマグロに見放された山本カズ氏が釣り上げたマグロが大暴れしているシーンが流れ、どうなったのかと気になっていたが、無事、捕獲していたのでホッと一安心。

 22.00就寝。

 1月21日(土)雪

 朝から雪が降り続く。あらかじめ予想された天候だったため、朝の通勤電車は支障なし。

 14.00、池袋へ。ひょうご舞台芸術「獅子を飼う」(山崎正和・作、栗山民也・演出)。

 時は天正16年(1588年)。関白の位に上り詰め、権勢を誇る秀吉(坂東三津五郎)は、茶人・利休(平幹二朗)を友好を深め、自らの精神的支柱にしていた。しかし、忍び寄る老いと、早世する世継たち……秀吉の心に、微妙な兆し始める。2人の対立を予感する秀吉の弟・秀長は利休に秀吉との距離を置くよう勧める。だが、利休は別宅に「かぶき女」を住まわせ、禁制のキリスト教を奉じる新三郎、新進の焼物師・弥八郎といった若者らを出入りさせ、わざと意に介さない様子。

 野心家・石田三成と茶人として立身出世を目論む津田宗及の策謀もあって、利休の秘密生活の実態が秀吉の耳に届く……。
 嫉妬と失意。やがて、政治家としての秀吉、文化人としての利休は激しく対立することになる。

 歴史のナゾである利休切腹事件をモチーフに、「政治と芸術」に切り込んだ作品。
 なんといっても、三津五郎、幹二朗の演技の応酬が見もの。ことに、演技巧者・幹二朗に対して一歩も引かず、堂々たる演技を見せる三津五郎の鬼気迫る芝居がすごい。

 休憩15分挟み17.00終演。

 18.30、新宿。回転寿司で夕食。2000円。高い。

 18.30。紀伊國屋ホールでこまつ座「兄おとうと」(井上ひさし・作、鵜山仁・演出)。

 兄、吉野作造。民本主義を提唱し大正デモクラシーの旗手となった偉大な政治学者。
 10歳違いの弟・信次。東大法学部から農商務省に入り、のちに大臣を二度務めた高級官僚にして凄腕の政治家。彼の部下には、後に昭和の妖怪と呼ばれる保守反動の巨魁・岸信介がいる。安倍晋三の祖父だ。

 この吉野兄弟、年齢差のために、生涯に、枕を並べて寝たことはほんの数えるほどしかなかった。それも、たまに会えば決まって必ず議論白熱。しかも、兄・作造を支える賢夫人・玉乃と、弟・信次に寄りそう賢妻・君代は、血のつながった実の姉妹だった。2人は計って、夫同士を融和させようとするのだが……。

 国家の「根幹」となるのは、民族でもなく、宗教でもなく、言語でもなく、「この地で共に暮らしていこうという志と、よりよい生活を目指そうという願い」であると喝破し、その着想を庶民の歌う「三度のご飯をきちんと食べて、火の用心。元気に生きよう。きっとね」という歌から得る吉野。

「米を作っているお百姓がご飯を食べられないのはなぜ? 立派な家を建てる大工が住む家があばら家なのはなぜ?」といった、吉野博士の果てしない「なぜ」の末に到達したのが、この歌。

「人々が飢えることなく、災害にあっても窮することなく、安心して健康に暮らせる世の中」ーー。

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」
 いわば日本国憲法がうたう国民の権利のひとつだ。

 井上ひさしは吉野作造の思想に戦後平和憲法の源流を見る。そこには昨今、横行する「押し付け憲法論」を粉砕する論理と熱情がある。戦後平和憲法の源流は大正デモクラシーにあり、その理想を体現したのが今の平和憲法なのだ。と。

「天皇という存在自体が民本主義と相容れない」
「兄さんは過激だ。危険すぎる」

 
 初演は台本遅れでバタバタした印象だったが、今回は、「説教強盗の場」を付け加えた5場構成。辻萬長、大鷹明良、剣幸、神野美鈴、小嶋尚樹、宮地雅子のアンサンブルが抜群。小嶋も初演よりこなれた演技で抜群のコメディーリリーフ。宮地も水を得た魚のよう。2人が数役を演じるのが見もの。
 冷徹な官僚主義者・信次役の大鷹明良もうまい。剣、神野姉妹は言うに及ばず、辻萬長も、すばらしい演技。
 明確なテーマ、巧みな脚本、テンポのよい演出、芸達者たちの温かでぬくもりのある芝居。
 こまつ座のレパートリーの中でも、出色の出来栄え。

休憩15分挟み21.30終演。S川さんに挨拶して家路に。

 amazonで注文した中古本、くにともこ著「独立自営の女たち」、バロン吉元「新・柔侠伝」が届く。「独立ーー」は税理士、絵本画家、レストラン経営者など、「自立」した女性たちをルポしたもので、この中に、弁護士として活躍するO山未央子さんも登場する。彼女は劇団民藝の女優から弁護士に転身した変り種であり、学生時代の同級生。99年、本が出版された当時は弁護士資格をとったばかり。これからスタートする未来への希望がすがすがしい。

 「新・柔侠伝」はリイド社の作品。バロン吉元名義ではあるが、似ても似つかぬ画風。アシスタントに書かせて名義貸ししただけのシロモノ。これにあの漫画史に残る大傑作「柔侠伝」のタイトルをつけるとは、自らの作品への冒涜もいいところ。愕然・憤然。


1月20日(金)晴れ

 仕事を終えて、15.30、京橋の試写室へ。道すがら、N高けい子さんに電話。昨年6月にご主人を亡くし、いまひとつ体調がすぐれない様子。自叙伝執筆の水を向けると、「ほんのわずかな期間、寺山さんと一緒に過ごしただけで、本を出している人もいらっしゃいますよね。なんだか寺山さんの名前を利用しているようで……」
「それに、寺山さんがよく言ってました。あなたは文章を書く人じゃないって。ハハハ」

 「寺山修司以外の人の演出は受けたくない」とキッパリと舞台から身を引いたN高さん。心の底から寺山修司を敬愛し、寺山修司の世界に生きたのは彼女だけなのかもしれない。

1530、試写室で「雨の町」。菊地秀行の短編を映画化したもの。抒情的なタイトルとチラシデザインから、穏やかなサスペンス映画を想像していたが、開けてビックリのスプラッタ・ホラー。

 「雨の町」と呼ばれる地方都市で内蔵が全くない子供の水死体が発見される。取材にあたったフリーのルポライターが死体の安置されている病院へいくと子供の死体が突然起き上がり、スタスタと歩いて行ってしまう。その町では35年前に子供たちの集団失踪があったという。35年前の姿のまま、帰ってきた子供たちの目的は……。

 いわゆる侵略者ものの変形。子供を殴り殺したり、袋詰めにしたりの残酷描写は見るに耐えない。この頃のホラーは皮膚感覚に訴えるだけの薄っぺらな映画が多く、これも同類。

 それにしても、映画の試写室というのはヘンな空間。どこかのライターだか評論家だか知らないオヤジが、我が物顔でふんぞり返り、前の人に「見えねえから頭さげろ」だの、遅れてきた女性ライターが隣りに座ろうとすると、「大きな荷物持ってちゃダメだ」と手を振って追い返している。

 一部の例外を除いて、映画評論家なんぞ、映画会社の御用宣伝マンのようなもの。エラソーな態度するなって言いたい。

 そのあたりの矜持が「手心を加えず、まっとうな批判を行う演劇評論家と大きな違い。もっとも、だから演劇評論家は職業として成立しないのだが。
 まあ、この先、大手プロダクションの制作する舞台が増えていけば、演劇界も「御用ライター・評論家」が横行することになるかもしれないが。


ガールポップ18.30、新宿。タワーレコードでガールズポップのコンピ盤「Don't Rain On Our Parade」。オノタカコ(the BOOTS)監修による究極のジャパニーズ・ガールズ・コンピレーション。全14バンド、15曲収録。

 19.00、トップスでお茶&ケーキ850円。

19.30、シアター・トップスでラッパ屋「あしたのニュース」(作・演出=鈴木聡)。

 舞台は、とある地方の小さな新聞社「鳥手市民新聞社」に隣接する豆腐店の食堂。水がきれいなため、豆腐屋の名物は、「万年水の万年豆腐」。

 記者たちは、徹夜明けにその豆腐屋の食堂に立ち寄って、出来上がったばかりの豆腐をつまみにビールを一杯やってから家路につくのが習慣になっている。


 豆腐屋を営むのは西島一朗(おかやまはじめ)、娘の順子(三鴨絵里子=動物園勤務)、友子(弘中麻紀=鳥手新聞社の記者)、妻の響子(大草理乙子)。響子は町の環境キャンペーンに夢中になり、あわや熟年離婚の危機。記者の横澤(福本伸一)も、後輩で恋人の記者(岩橋道子)に特ダネを取られ、意気消沈気味。
 その西島と横澤の2人がふとしたはずみで、手を染めた、ある企みとは。そして、ビール工場誘致に絡む、「陰謀」と新聞社の土台を揺るがしかねないキャンペーンの結末は……。

 名手・鈴木聡のちょっぴり「社会派」が入ったハートウォーム・コメディー。

 皮膚感覚を刺激するのではなく、じんわりと体の芯から温まる心地よさがいい。

 ラッパ屋10年ぶりの新人(中野順一朗)が初参加。それ以外はいつものメンバー。

 今の演劇界、これほど安心して見られる舞台はない。新聞記者の造形に多少ムリはあるにしても、物語展開自体、ありえない話ではない。地元政界・財界の意向に逆らえないのが地方紙の宿命でもある。「国策」推進キャンペーンに乗って、「批判」を忘れた地方紙。いや、今や、中央紙だって同じ。つまるところ、こういった問題は、どこにでもあるわけで、巨大広告代理店出身の鈴木聡にとっては見慣れた風景か。

 編集長役の宇野侑玖、同僚の熊川隆一、武藤直樹、岩本淳、フランスからの派遣記者ジュリ、そして編集顧問役の木村靖司。一癖も二癖もある個性派たちの芝居を見るだけで大満足。

 しかし……。芝居を見るときには「環境」も大事。その意味では、今日は「最悪」。隣りに座った中年オヤジが、ひっきりなしに引きつったような笑い声を上げる。それも、たいしておかしい場面でなくても。この手合いが一番イヤな客。役者のセリフにただ反応しているだけで、流れを見ていない。いわば幼児が「ウンチ、オシッコ」の言葉に激しく反応するのと同じ。芝居の中身ではなく、セリフの表層に反応しているだけなのだ。
 しかも、ペットボトルの水を飲む、飴をしゃぶる。笑う。その繰り返し。目障りで、せっかくのラッパ屋の舞台が台無し。ウーン、こんな日もあるか……。

 21・30終演。家路に。
1月19日(木)晴れ

 朝、iPodで「涙の季節」を聞きながら駅へ。中学時代の思い出が甦ってくるが、以前のように胸の底から突き上げてくる懐かしさとは微妙に違ってきている。年齢と共に過去は薄皮一枚隔てた情景に変わってきているかのよう。それは例えば、古いテレビドラマの一場面を見ているようなもので、自分のこととして見るよりも、他人が演じた場面を見ているような……。

 それにしても、音楽も映像も今のほうがはるかにハード的な「質」がよくなっているのに、「感動」が薄いのはどうしたことか。

 18.30帰宅。家族が誕生日のお祝いをしてくれる。娘のくれた冗談チョコで盛り上がり。ささやかな幸せ。
1月18日(水)晴れ

 7.00起床。家内の祖母の葬儀でK市へ。片道2時間半。

 97歳という大往生のためか、ことさらな愁嘆場もなく、静かな葬儀。遺影は本人の希望で21歳の時の写真。日本髪を結った着物姿。

 高齢にも関わらず、独り暮らしを続け、ボケることもなく、亡くなる前の日には訪ねてきた息子と話をし、乳酸飲料をクイと飲み干したという。壮健で明晰。その翌朝、眠るように亡くなっていたというのだから、まさに大往生。76年前の遺影が微笑む。日本橋で働いていた頃だとか。
 その頃、日本は満州事変前夜。エログロナンセンス、衆議院議員選挙で与党・民政党が圧勝し絶対多数を確保。共産党一斉検挙……。今の時代と世相が似ている。

 1世紀近い激動の時代を生き抜いたのだから、驚嘆に値する。

 荼毘に附す前に告別式。この地域の独特の風習? 火葬後の遺骨も、夕方になったので、納骨式は四十九日まで待つというのも初めて聞いた。

 この地域では暗くなったら絶対にお墓に近づかないというのだ。
 お盆の墓参りは暗くなってから、という私の田舎の風習とは大違い。もっとも、お墓で花火をやるというのは、めったにない風習だろうが。

18.00帰宅。

 おととい、Amazonで注文した「ウルトラマン創世記」(桜井浩子著)、ピンキーとキラーズ「昭和フォーティーズ」がもう届く。ネットの便利さよ。

 さっそくピンキラの「涙の季節」を聴く。この曲が聴きたかったのだ。
「あなたが耳元でささやいた夜明けは ふたりが結ばれた 美しい夜明けよ ひとすじこぼれる この頬の涙に あなたも濡れていた なつかしい夜明けよ……」

 中学時代、月刊平凡の付録のピンキーのポスターを部屋に貼っていたっけ。
「美しい夜明け」の意味も知らずに、そこはかとない感傷的な歌詞にまだ見ぬ大人の世界を感じていた15歳の自分。懐かしさに胸が締めつけられる……。
1月17日(火)晴れ

 ヒューザー小嶋社長証人喚問の日。

 阪神震災記念日、宮崎勤最高裁判決と、喚問潰しが見え見えの喚問設定日。これに加えて、前日夕、夕刊締め切り後のライブドアへの東京地検特捜部ガサ入れというメガトン級の爆弾まで炸裂し、耐震偽装事件を伝える各紙紙面は見事にかすんでしまった。ホリエモンと小泉が結託した「偽装」捜査と見るのはうがち過ぎにしても、偽装事件の背後にある魑魅魍魎のバッコを考えれば、あながち的外れでもないかもしれない。

 わずかに、安倍晋三との癒着が証言席で出たことが収穫。小出しにして、疑惑をウヤムヤにしようという魂胆かもしれないが……。

 16.00、懸案の事柄を担当デスクに提起すると即採用で、急遽差し替え。18.00まで作業。まずはホッと一息。

18.30、新宿厚生年金会館大ホールに滑り込み。「バット・ボーイ ザ・ミュージカル」。森山未來主演。99年の「ボーイズ・タイム」デビューから7年。15歳の森山も22歳になり、いまやピンで客を呼べるミュージカル・スターに。こんなにブレイクするとは思いもしなかった。

 アメリカのある田舎町の洞窟の奥で発見された一人の少年。彼は人語を解せず、獣のように、動物の生き血をすすり「コウモリ少年」と呼ばれる。

 おりしも、町では牛が大量に死ぬという伝染病事件が起こる。
「人や家畜に危害を与えるかもしれないバット・ボーイなど殺してしまえ!」という町の人々の声とはうらはらに、少年を預かった獣医の妻は、彼を溺愛。懸命に教育を施す。
 さらに、獣医の娘もバット・ボーイに恋してしまう。しかし、旅から帰った獣医は、バット・ボーイを見ると、驚愕し「あの時、ケリをつけておけばよかった」と口走る。
 バット・ボーイと獣医、そしてその妻との関係は? 娘と恋の結末は……?

 途中までは、単なる狼少年の話で、ハッピーエンドが待っているのだろう、とタカをくくっていたが、一部の終わりで、それまでのコミカルな流れが一転、陰惨な結末の予感が舞台を包む。「人間」となりながらも、再び口を動物の血で染めたバット・ボーイの凄まじい本能の叫び。

 二部ではさらに、物語は陰惨な様を呈し、無残な結末。ウーム、こんなミュージカルは初めて。
 森山は身のこなしも軽く、「コウモリ少年」にぴったりの動き。楽曲もいい。
が、この悲劇と呼ぶにはあまりにも救いようのない物語はどうだ。後味が悪すぎる。

 今日は2階席からの観劇。舞台、特にミュージカルを2階から見るというのは、隣の家のテレビを双眼鏡で見るようなもの。目の前で進行している舞台にまったくリアリティーを感じない。紗幕越しに舞台を見ているようなもの。

21.20終演。
 会社に戻り、夕方の仕事の詰めを。
22.30まで。
23.30帰宅。
1月16日(月)晴れ

 朝から頭痛が続くのでバファリン服用。風邪か? 昨年からの風邪のタチの悪さよ。だいたい1シーズンに1回で済むはずが、何度もひき直すとは。

 午後、AエージェンシーのB代氏に電話。K下清氏の奥さんからの伝言を話す。

「そうですか、以前はよく一緒に遊んだんですよ。草野球チームで一緒だったし、飲み屋が同じだったから。でも、その飲み屋の主人が亡くなったので、会う機会も少なくなりまして……」とB代氏。

 今、所属の高橋和也が舞台に出てるとか。「よかったら見てください」というが何の舞台だろう。と思って調べたら、ホリプロの「サムワン」。高橋和也はピンチヒッター。そうか、松本祐子演出だった。うっかりしていた。行く時間があるか……。

 その後、T谷プロのS井浩子さんに電話。今は女優と並行して制作の仕事もしているとか。久しぶりの優しげな声。「2月いっぱいは撮影があるので、それが終わったら改めてお伺いしますね」とのこと。

 18.00帰宅。
 玄関を開けたとたん、「お葬式!」と豚児。
 何のことかと思ったら、家人の父方の祖母が亡くなったとのこと。90歳をだいぶ超えていたはずだから大往生だろう。
 あさっての葬儀に参列することに。

 体調を考えて、早めの就寝。

1月15日(日)晴れ

 7.00起床。躰道稽古始め。3週間ぶりだが、すぐに順応。準備体操しながら、すでに汗が。去年は右足の故障で前半、稽古ができなかったが、今年は頑張ろう。

 稽古前に、初段に昇段したK生くんが黒帯を贈呈されたので、彼が締めていた茶帯を借りて締め直す。「帯の色が変わると、気の持ち方も変わってくるでしょう。茶帯の時が一番、稽古が楽しいんですよ」とI内先生。

12.00までたっぷり稽古。
13.00帰宅。
200枚入るDVDケースを買ったので、DVDを整理。

 田舎の伯母に電話すると、今日がふた七日ということで、親戚が集まっているとのこと。電話口に出た伯母が「私もおじいさんがいなくなって淋しくてね……。○○も一人っ子なのに親を亡くしてかわいそうに……」としんみり。思わず涙。

 その後、録画しておいた大間マグロ漁師の再放送を見ているうちに、都会で暮らす息子からの手紙を読む漁師の姿を見て涙。
 障害者の両親を持つ高校生プロレスラーの番組を見てまた涙。まるで涙腺が決壊したかのよう。

 20.00。風呂からあがって体重計に乗ると、なんと1キロ増加。まずい。これは減量しないと……。これも涙……だ。
1月14日(土)雨


 15.00、池袋。東京芸術劇場小ホール1で桜月流フュージョン・ディレクション「MUSASHI〜若き日の武蔵〜」。殺陣のパフォーマンス集団らしいが、見るのは初めて。どんなステージングを見せてくれるのかと期待半分で行ったのだが、ウ〜ム。芝居も殺陣も中途半端な印象。ヘビメタ系の大音響をBGMにしてのアクションは、劇団☆新感線の亜流。全編同じテンポで、この繰り返しだから、最初の10分で飽きてしまう。物語展開を工夫するか、殺陣パフォーマンスだけに徹するかしないと、「フュージョン」のように、耳に心地よいだけで、芯のない舞台になってしまう。せっかく、美男美女、殺陣のうまい役者がそろっているのだから、もったいない。

 16.45終演。

 下北沢へ。駅からT取氏に電話すると、「これから稽古ですけど、まだ時間は大丈夫ですから、お茶でも飲みましょう」と言うので、「ZAC」へ。しかし、雨のためか満席。向かいの喫茶店へ。

 T取氏、4月から京都精華大学の教授になるという。まんが学科がまんが学部に昇格するのに伴って、T取氏らを招聘するとのこと。背景には、少子化に伴う大学の生き残り戦略があるのだろうが、演劇人が大学教授になることが珍しくなくなった昨今、T取氏の教授就任もさほど意外ではないが、さて、寺山さんが生きていたら、何と言っただろう。

 18.40、T取さんと別れて、スズナリへ。燐光群の「スタッフ・ハプンズ」。デイヴィッド・ヘアーの戯曲を坂手洋二が演出したもの。
 タイトルは、ラムズフェルド・米国防長官のイラク戦争に対するコメント「ろくでもないことは、おきるものだ」から。

 ブッシュ、チェイニー、ラムズフェルド、パウエル……そしてブレア英首相。実在の米英指導者たちを主人公に、「イラク戦争は、なぜ起きたか」「彼らは何をしたのか」を、実際の発言録を元に構成した舞台。

 廃屋のような舞台装置。中央後方の扉がはね上がると登場人物が現れる。9・11前に、すでにイラク叩きを射程に入れていることがうかがえるブッシュらの会話。2002年3月20日のイラク開戦に向けて、アメリカ政府、国連、米同盟国の息詰まる暗闘が繰り広げられる。中でも、ネオコンにただ一人立ち向かったパウエル国務長官の孤軍奮闘、挫折、妥協、敗北が見事に活写される。

 パウエル役は青年劇場の吉村直。これがまさにパウエルとそっくり。ブッシュ役は猪熊恒。似ても似つかぬはずが、次第にブッシュに見えてくるのだから、舞台とは面白いもの。

 2時間40分、休憩なしだが、長さは感じない。膨大なセリフの応酬にメリハリをつけて、絶妙な政治風刺劇にした坂手洋二の手腕が素晴らしい。

 ただ、初日とあってか、セリフが詰まる場面が多すぎた。確かに、日常会話では使わない政治用語や外国人の名前が多いから、役者は大変だろう。しかし、今日はあまりにもセリフのつっかえが目立ちすぎ。

21.40終演。
 燐光群には珍しく、ロビーに贈花。名前を見ると山田まりや。この前の「セパレート・テーブル」で共演したからだろう。その山田まりやと渡辺美佐子が目の前に。坂手と談笑する2人。
 客がはけた後、ロビーで初日乾杯。
 猪熊、坂手洋二らと立話。

 戯曲は、まったく削らず、そのまま上演したという。
 ならば、日本およびアジアがまったく登場しなかったのは原作通りなのか。

「僕も最後まで読んで、ショックを受けたんです」と坂手。イギリス人劇作家が、イラク戦争の内情を描くのに日本をまったく必要としなかったということ。つまり、アメリカと同盟国、そしてイラクを取り巻く世界情勢の中で、日本は刺身のつまにもなっていないということだ。

 後で、パンフレットを見たら、坂手自身がそのことに触れていた。

「(前略)ブッシュのよき友であるかのように扱われている総理大臣にいたっては名前さえ出てこない。つまり、米英にとって、イラク戦争そのものに日本は『関係なかった』。ただ、日本側が勝手に金と自衛隊を出した。そして、頼まれもしないのに、『戦犯』の仲間入りをした、というだけなのである」


 坂手に役者として出た「セパレート・テーブル」の話を向けると、「サム・シェパードみたいに、そのうち書かなくなって役者になったりして……。冗談ですけど」と笑い。
 次回はイプセンの「民衆の敵」。「女性を主人公にしようと思ってるんです」と坂手。

 信念と正義を貫こうとすると「民衆の敵」となってしまうというイプセンの戯曲は今の時代にこそふさわしい。

 故郷の青森・大間にはK谷さんという女性が、ただ一人、原発に土地を明け渡さず、死守している。そのために、原発側は施設の位置変更を余儀なくされた。マグロで名を馳せる町に核施設が完成したあかつきには、原発への異論はすべて排除されるだろう。「町のイメージを損ねる」ということで。物言えば「民衆の敵」となる時代。

22.00、外に出るとまだ冷たい雨。
23.30帰宅。
1月13日(金)晴れ

 17.00、銀座「木屋」でホタテ丼1050円。

19.00、国際フォーラムCで「グランドホテル」。ブロードウエーの大作ミュージカルを日本初演。満席。
21.00終演。
22.00帰宅。

 毎日新聞夕刊の第二社会面の記事のびっくり。「朝日コラムに浦安市が抗議 TDL成人式で」との見出し。

 10日付朝日新聞のコラム「素粒子」でTDLで行われた浦安市の成人式の模様を「遊園地のネズミ踊りに甘ったれた顔して喜んでるようじゃ、この先思いやられる」と書いたことが、「個性的な成人式を中傷した」ことになるらしい。

 これを日本語では「言いがかり」という。このコラムの文言が問題にされるというのは「表現の自由」以前の問題。コラム子が自分の見解で毒舌や皮肉めいた言い方をしようと自由であってよいのは当然のこと。誰が成人式を中傷しようとしたと考えるだろう。

「記事の目的やねらいを明らかにせよ」「記事掲載に至った経緯の掲載と説明を要求」「新成人に対する謝罪と謝罪文を要求」というが、ばかばかしくてお話にならない。

 浦安市のトチ狂いぶりが「TDL様」への気遣いなのはみえみえ。
「ネズミ踊り」の表現が「TDL様」の逆鱗に触れたと正直に言えばいいのだ。浦安市にとって「大スポンサー」のTDL。ジャニーズ事務所かTDLかというくらいウルサイ相手。「それくらいチェックできなかったのか」とTDLに言われたか、市が過剰反応したか。いずれにせよ、「謝罪要求」などとは、笑止千万。朝日がもしそれを飲んだら末代まで笑いものになる。
 不買運動が怖くて手打ちをするようじゃ、朝日もおしまい。とことん突っぱねるのが筋というもの。
 浦安市の抗議こそ真の意味で「クレイマー」。それにしても、何かにつけての朝日バッシング。背後に頭の黒いネズミがいるのか。
1月12日(木)晴れ

 16.00、K記念病院で鍼。施術中に、担当医のA先生が「実は……」と切り出したのでどうしたんだろうと思ったら、「実家の母が病気で、その世話をするために、家族で名古屋に帰ることにしたんです。患者の皆さんにはご迷惑をおかけします」と申し訳なさそうな声。

 先生はまだ40代だが、K記念病院の東洋治療の権威で、一枚看板でもある。病院の痛手は大きいだろう。先生にしても、名古屋に帰り、開業するにしても一からスタートするわけで困難がつきまとう。それでも、母親の面倒を見るために帰郷するA先生の決意。2月いっぱいで退職するというが、頑張ってほしいものだ。
 親は生きているうちに面倒を見てあげなければ……。

19.00帰宅。
 I川さんから家族4人分のTシャツが届く。先日のファミリー観劇で気をつかってくれたようで……。すぐにお礼の電話。
1月11日(水)晴れ

 9.30起床。日記のまとめ書き。

 夕方、ビデオの整理をしていたら、87年頃のテレビ番組「スタジオL」で倉本聰と山田太一が対談しているテープが出てくる。52歳と53歳。実に若々しい。山田太一など、美青年の面影を残している。倉本聰もいなせな若衆といった風情。富良野塾生たちを前に、熱心にドラマ、演劇の方法論を語り合う2人。仲のいい兄弟のよう。


 ドラマの登場人物の名前をつけるとき、同窓会名簿を参考にすることが多いとか。

「でも、イヤな人の名前は絶対につけない」と2人の共通意見。

「書いてるうちに、そいつの顔が浮かんできて、だんだんイヤになるから」と。
「画数の多い名前も避ける。シナリオは小説と違って、名前を書く頻度が多いから、名前を記すだけで疲れてしまう」

 なるほど、作家は登場人物の名前だけで、結構苦労してるんだ。


 寝しなに、柴田錬三郎「徳川太平記」の続きを読む。

 後の将軍・徳川吉宗を主人公に、幼年期から、いわゆる天一坊事件の顛末までを描いた作品。元服の日に次席家老の姪・多藻と契りを交わしたために、御落胤が生まれたという設定。その御落胤をめぐって、浪人・山内伊賀之介らが暗躍するわけだが、物語を彩るのは大岡忠助、紀国屋文左衛門ら元禄時代の名優たち。

 上巻のハイライトは赤穂浪士の討ち入り。シバレン節がさえわたり、虚実入り乱れ、面白いのなんのって、これぞ娯楽時代小説。

 で、赤穂浪士の段を読みながら、ふと思ったのだが、これは現代の「憎悪の連鎖」と相通じるのものがあるのでは……と。

 殿中で吉良上野介に刃傷におよんだ浅野内匠頭の恨み。喧嘩両成敗どころか、浅野を切腹、赤穂を断絶させた幕府の処断への赤穂の恨み。そして大石内蔵助らの決起。民衆の支持、幕府の黙認で討ち入りは成功するわけだが(シバレンは上杉家から遣わされた吉良の付け人・小林平七が吉良邸の絵図面を大石側に流した。小林は討ち入りを知りながら、刃引きをして浪士らを傷つけないようにし、自らは満身創痍で死んだ、としている)、吉良と縁戚関係にある上杉家は、赤穂浪士の討ち入り後、赤穂を憎み、合戦の準備をするが、幕府に押しとどめられる。

 ここで、浪士対上杉の戦になったとしたら、忠臣蔵は今の世まで長く語り伝えられただろうか。

 浪士たちが切腹せず、罪を免ぜられ、その後、わが世の春を謳歌したとしたら……。おそらく、今度は吉良・上杉側の恨みによる「続・忠臣蔵」の幕が切って落とされただろう。

 その意味で、浪士たちに切腹を命じた綱吉の判断は誤っていなかったともいえる。本懐を遂げた上に、恩賞まで下されたら、今度は赤穂浪士たちへの世間の目が厳しくなる。

 浪士たちの騒乱の罪を罪として処断、「憎悪の連鎖」を途絶させた幕府の処置で、忠臣蔵は永遠の美談になったわけで……。

 その裏に「悪役」に甘んじた吉良・上杉家の隠忍自重があったことは言うまでもない。
 今の世界の戦争・紛争の終結は「忠臣蔵」に学ぶところ大では……。

 ……と書きながらも、歴史はやはり憎悪の連鎖で動くのは間違いないわけで、関が原の戦いで敗走した西軍が、江戸末期の倒幕運動の主力になったことを考えれば、明治維新で負けた東北の幕軍が次代の「変革」の主力になることは歴史の必然。
 ……憎悪の連鎖は果てしない。だからこそ、忠臣蔵に学ぶべきで……。堂々巡りの連鎖……か。

 真崎守「丈八しぐれ」読了。これも傑作。やはり文化は70年代に限る。

 23.30就寝。
1月10日(火)晴れ

 15・30、シーザーに電話。JAPANESE ROCKIN’ PSYCHE&PUNK’65〜’71のビクター編に収録されている荒木一郎の「僕は君と一緒にロックランドにいるのだ」(アルバム『荒木一郎の世界』では「僕は君と一緒にロックランドに居るのだ」と表記。ビクター編が表記間違いだろう)のライナーノーツに「J・A・シーザーの助言による曲」とあったので、それを確かめるため。

「僕は君とーー」は71年の発売。当時、林美雄のパックインミュージックでよくかかっていた。荒木一郎は69年?に起きた大スキャンダル事件で世間から袋叩きにあい、長い蟄居を経て再起した時期ではないか。
 林美雄は荒木一郎の才能を高く評価し、この再起第一作アルバムの中の異色作を繰り返しかけていた。

 アレン・ギンズバーグの詩に荒木一郎が曲をつけた壮大なプログレ叙事詩ロック。
 まさか、それがシーザーと関わりがあったとは。確かに、70年代演劇の香りがする曲だとは思っていたが、直接、それが天井桟敷と関わりのある歌だとは知る由もなかった。

 で、さっそくシーザーに聞いてみると、

「そうですよ。あれは天井桟敷の舞台のために作られた曲なんです。70年頃かなぁ。ベースラインを僕が弾いてね……。その後、荒木一郎はモップスとライブでこの歌を歌ったんじゃなかったかな」
「確か、寺山さんが海外公演中で日本居残り組が上演した舞台。前田律子さんが演出したような……。『イエス』だったかな? ライブ版は知ってたけど、その後、アルバム用に録音してたんだ、知らなかった」


カール・ソロモンよ!僕は君と一緒にロックランドに居るのだ
そこで君は僕よりも気が狂っている

僕は君と一緒にロックランドにいるんだ
そこで君は非常に調子が変になっている

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
そこで君は僕の母さんの幽霊の真似をしている

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
そこで君は12人の秘書を殺害した

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
そこで君はこの目に見えない諧謔を笑う

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
そこで僕達は同じ様にどえらいタイプライターを打っている大作家である

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
そこで君の病状が悪化したとラジオが伝えた

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
そこで頭蓋骨の機能はもはや感覚のうじ虫を受け入れない

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
そこで君はユーティカのオールドミスの乳房のお茶を飲む

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
そこで君は看護婦の体にじゃれついてブロンクスの女面女身の鳥の翼を持った怪物だとしゃれを言ってる

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
そこで君は狂人拘束服を着て現実の地獄のピンポン試合に負けるぞと絶叫している

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
そこで君は音程の狂ったピアノを強打した

魂は清浄で不死である
それは厳重な精神病院で神も信じないで息絶えるべきではないのだ

50回以上ものショックによって君の魂はもう君の肉体へむなしい受難の旅から帰って来る事がないだろう

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ

そこで君は精神病の医師を非難しながらファスシトの国家的なゴルゴタに対するヘブライの社会主義革命を計画している

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ

そこで君はロングアイランドの空を引き裂いて超人間的な裏から人間イエスをよみがえらせるだろう

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
そこで二万五千の気の狂った同士達がインターナショナルの最後の一連を合唱している

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
そこで僕達はベッドシーツの下でアメリカ合衆国を抱きしめて接吻している

一晩中咳をしていて僕達を眠らせないアメリカよ

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ

照り輝き幻の壁が崩壊していく(不明)病 人間(この個所聴き取れず不明)

天使の爆弾を落しに来た
魂の飛行機の爆音に
おどろいて僕達は昏睡から目覚めた

おゝ やせこけた人間どもが外へ逃げ出す
おゝ 星をちりばめた慈悲のショックよ 不滅の戦いがここにある
おゝ 勝利よ はだ着の事など忘れてしまえ 僕達は自由だ

僕は君と一緒にロックランドに居るんだ
アメリカを横切るハイウェイを通り
海の旅から水をしたたらせながら
僕の夢の中へたどり着いて
君は西部の夜に閉ざされている
僕のコテージのドアに向って泣いている

向って泣いている
向って泣いている


(諏訪優訳詩/荒木一郎作曲/小谷充編曲)

 原詩は以下の通り(2007年6月13日追記)

Carl Solomon! I'm with you in Rockland
where you're madder than I am

I'm with you in Rockland
where you must feel very strange
I'm with you in Rockland
where you imitate the shade of my mother

I'm with you in Rockland

where you've murdered your twelve secretaries
I'm with you in Rockland
where you laugh at this invisible humor
I'm with you in Rockland
where we are great writers on the same dreadful
typewriter

I'm with you in Rockland

where your condition has become serious and
is reported on the radio

I'm with you in Rockland

where the faculties of the skull no longer admit
the worms of the senses

I'm with you in Rockland

where you drink the tea of the breasts of the
spinsters of Utica

I'm with you in Rockland

where you pun on the bodies of your nurses the
harpies of the Bronx

I'm with you in Rockland

where you scream in a straightjacket that you're
losing the game of the actual pingpong of the
abyss

I'm with you in Rockland

where you bang on the catatonic piano the soul
is innocent and immortal it should never die
ungodly in an armed madhouse

I'm with you in Rockland
where fifty more shocks will never return your
soul to its body again from its pilgrimage to a
cross in the void
I'm with you in Rockland
where you accuse your doctors of insanity and
plot the Hebrew socialist revolution against the
fascist national Golgotha

I'm with you in Rockland
where you will split the heavens of Long Island
and resurrect your living human Jesus from the
superhuman tomb

I'm with you in Rockland

where there are twenty-five-thousand mad com-
rades all together singing the final stanzas of the Internationale

I'm with you in Rockland
where we hug and kiss the United States under
our bedsheets the United States that coughs all
night and won't let us sleep

I'm with you in Rockland

where we wake up electrified out of the coma
by our own souls' airplanes roaring over the
roof they've come to drop angelic bombs the
hospital illuminates itself imaginary walls col-
lapse O skinny legions run outside O starry
spangled shock of mercy the eternal war is
here O victory forget your underwear we're
free

I'm with you in Rockland

in my dreams you walk dripping from a sea-
journey on the highway across America in tears
to the door of my cottage in the Western night



 ロックオペラ「トミー」ばりの壮大な叙事詩。今聴いてもその新鮮さは失われていない。つくづく70年代というのはすごい時代だったのだ。


 17.00、会社で新年会。代議員としてはパスするわけにはいかず出席。それなりに楽しい時間を。次の予定がなければ、このままパーティーに居残りたい気分。

19.00、下北沢。本多劇場でAGAPEstore「BIGGEST BIZ」。後藤ひろひとの作品をG2が演出するシリーズ最終作。フランク・シナトラを聴くとキャラが変わってしまう神崎(後藤ひろひと)が経営する雑貨&カフェに、レジ強盗の男女(篠原ともえ、菅原永二)がやってくる。しかし、トラブルメーカーの健三(松尾貴史)が居合わせたために事態は思わぬ方向へ。代議士秘書の紛失した50万ドルをめぐって、陰謀・謀略、機略・知略渦巻き、最後はどんでん返しの大バクチ。

 シリーズものなのに、キャラクター、設定、人物相関まったく説明なし。だから、初めて見る客は、さっぱり意味が分からないだろう。それにしても……それ以前に、このシリーズはまったく感興呼ばず。フフッと笑ったのは、松尾の永六輔モノマネの部分だけ。あとはまったく笑えないギャグ。篠原ともえが一度も吹くことなく、真面目に芝居をしていたことだけが取り得の作品。2時間15分が苦痛。

 21.15終演。
 23.00帰宅。

 同郷の宮野美雅子さんから本が届く。
「浜町さ吹ぐ風」。自費出版で出した本。大間町奥戸でのエピソードをイラストを織り込みながら描いた地域密着型エッセイ。

 巻末に自分の書いた幼年期の思い出エッセイが載っていたのでびっくり。そういえば、これを書いた記憶が……。すっかり忘れていた。新風舎刊800円。

 世代によって故郷との関わりは大きく異なる。今の子供たちはおそらくコンブ漁のために、親公認で学校に遅れて行く時代があったなど考えられないだろう。


 沖から帰ってくる船を待ちうけ、船からコンブを下ろし、浜に干す。風や天気によって、干す方向も違う。バラ石が下に敷いてなければもちろん干せない。ぬるぬるして軍手がなければ手で持てないコンブ。そのコンブの根っこ(頭)を切って、表面に付いたカキをはだける(そぎ落とす)。

 宮野さんの世代は自分よりもはるかに下だが、そんなコンブ漁と、コンブ干しの風景が身にしみついた最後の世代か。もちろん、今でもコンブ漁は町の大事な収入源。しかし、少子化は田舎も同じ。漁師の子だからといって、沖に連れて行く親も少ないだろうし……。
 コンブ漁のエピソ−ドや、お盆にお墓参りでやる花火など、「地域の文化」も。ツーンと磯の匂いのする一冊。

1月9日(月)晴れ

 7.30起床。朝食後、迎えの車で葬儀会場へ。その前に、叔母たちが父母の墓参り。花受けが凍っているので、供花が挿せず。凍てつく寒さ。

 8.30、カギを開けて実家に入る。9月に来たときのまま時間が止まった室内。叔母たちのために仏壇を開け、焼香。その後、一人残り、家の中に人のぬくもりを残そうと、アルバムを整理したり、テレビを見たり。気になっていた裏庭の葡萄の蔓を少し手折り、バッグに。持ち帰って母の仏壇に供えなければ。冬枯れだったが、まだ葡萄の木は大丈夫。

 10aばかり積もった雪を踏みしめ、葬儀会場へ。雪が少ない地域だから、雪下ろしの必要がないのが助かる。

11.00葬儀。考えまいとしても、伯父の顔、そして両親の顔が浮かんできて、つい目頭が熱くなる。葬儀が終わった後、O間のS木材Yさんのお母さんに挨拶。Yさんは今日、FMの収録で田名部に行ってるとか。Yさんとネットで知り合ったのが、彼女のHPのカウンターがまだ100に満たない頃。そのYさん、町興しを通じて、この数年ですっかり町の顔になり、なんと今年から県教委。地域持ち回りで、本来ならば、下北地域は他地域に譲る年なのだそうだが、同一地域から選ばれるのは異例のことという。県で5人の教委。7年前、誰が今のYさんの活躍を予想しただろう。


14.00、従兄のMに送られて、田名部へ。
16.00、友人のBの事務所へ。ソフマップの新社長が田高出身で、2学年下だということを同級生のM上さんのメールで知ったのだが、Bも在学中の彼のことは記憶にないとのこと。

 今年の青森放送CM大賞はむつ市。その構成・脚本がS山君。成人式のアトラクションで、川部しのぶが2曲歌ったという。……みんな仲間。

16.55、大湊発の電車で、家路に。1輌だけの電車は隣駅・下北を過ぎるとすぐに満席に。連休で帰省した人たちなのか。

 冬場は強風で運行中止になる場合もある、この路線。乗客も綱渡りだ。

 急行、新幹線を乗り継いで22.30帰宅。駅前では客引きのコート姿の群れ、嬌声をあげる女子高生たち。一方で、凍てつく寒さ、打ち寄せる白い波、身をかがめて町を行き交う老人たち。……田舎の風景と都市部の風景の大きな隔たり。田舎と都会を行き来するたびに、その落差に眩暈がする。
 不夜城の喧騒と奢侈のために、田舎に原発・核燃という危険なお荷物を強いる都会の人間。
 冬の田舎暮らしの厳しさは、都会人には永遠に理会できない。

 24.00就寝。


1月8日(日)晴れ

 4.30起床。6.15、東京駅で伯父、伯母各夫婦と待ち合わせ。6.56の新幹線で北上。ポカポカ陽気。八戸着。ところが、乗り継ぎの下北直行便が運休。

 やむなく、東北本線経由。が、こちらも三沢駅でストップ。小湊駅で列車の車両故障。後続列車動けず、数珠繋ぎ状態という。約1時間半停車。青森に免許の更新に行くという中年男性が駅員に「きちんと説明してくれないと」と詰め寄るが、食って掛かるというよりも、ボヤキ節半分。東北人の気性は穏やか。乗客も、外に出て雪投げをしたり、煙草吸ったり、ノンビリムード。

 11.45、ようやく動き出すも野辺地からの接続電車は待ち時間が長いので、列車がストップした時点で伯父が田舎に電話し、下北駅予定の迎えの車を野辺地まで来て貰うことに。片道3時間。長い雪道を従兄のMに来て貰うのはすまないが、通夜に間に合うように行かなければ。

 12.30、野辺地駅着とほぼ同時に従弟の車がロータリーに滑り込んでくる。

 挨拶もそこそこに、乗り込み北上。
 途中、吹雪で1メートル先も見えない状態が続く。雪道の怖さ。ハンドルさばきを間違えると大事故につながる。

 15.00、到着。叔母と一緒に父の親戚3軒を回って挨拶。
 その後、着替えて通夜の会場へ。いとこ達と涙の再会。
 17.00、通夜開始。涙の乾く暇なし。終わった後の、従兄の真情あふれる挨拶にまたもらい泣き。
 故人、そして遺族の人柄のよさがしのばれる、いい葬儀だった。

 会場を見渡すと見知った顔が大勢。しかし、それは、自分が子どもの頃の大人の顔。あれから40年くらいはたっている。自分の中では青年だった人が老人に、遊び仲間だった子供は壮年に変化している。まるで、タイムトンネルを潜り抜けたかのよう。

 伯母の家で従兄弟たちとお酒をくみ交わし、思い出話。

 亡くなった伯父と父は、昔、森林を伐採する「ヤマゴ」仲間だったのだが、親戚のK山さんも同じ営林署の仲間。そのK山さんの息子さんから、思いがけない話を聞く。

 昔、木を伐採しに山に入るとき、必ず安全祈願をしたそうで、その際、鳥居を作って、柱に墨で参加者の名前を記したのだとか。K山さんが去年山に入ったとき、偶然、その鳥居の跡を見つけたのだという。

「鳥居といっても、自然木を生かして、それに板を渡したもの。その鳥居の墨の文字はほとんど消えかけていたけど、○○のお父さんの名前がまだかすかに消えずに残っていたよ」という。

 若い頃の父の名前が、山奥に痕跡として残っている。深い深い山の奥の小さな鳥居に父の名前が刻まれている。しかし、その文字もかすれかけている。
 まだ若い父の名が残る木……。
 ぜひ、行ってみたい。その鳥居を見てみたい。来年、いや、今年、K山さんに頼んで行ってみよう。


 21・00、今夜の宿、O間海峡保養センターへ。自分の家があるのに、水道、灯油を止めてあるので宿泊することができない。

 22.00、風呂に入り、就寝。
1月7日(土)晴れ

 サクサクと仕事を終えて、13.00〜15.15、銀座、博品館劇場で「シューズ・オン!7」(構成・演出=福田陽一郎)。


 お正月恒例のステージもこれで最終回。玉野和紀、本間憲一、川平慈英、藤浦功一、平澤智、北村岳子、岡千絵、そして今回が初参加の畠山真葵。この8人が繰り広げるタップ・エンターテインメントショー。初演から7年、初めてこのショーを見たときの高揚感は今でも忘れらない。ミュージカルのようにストーリーを追う必要もない、ひたすら目の前で展開する練熟のタップダンサーたちの至芸を味わうだけ。息もつかせぬノンストップ2時間の充実感。タップといえば、テレビでもステージでも「刺身のツマ」的扱いで、その本当の面白さ、素晴らしさを知らなかった。それが目からウロコ。タップダンスと歌と、粋なコント。こんなに楽しいショーがあろうとは。

 さすがに昨年あたりは「勤続疲労」を感じたが、今回の最終公演は気合いが違う。歌、ダンス、コンビネーション、まさにエンターテインメントの王者。充実度120パーセント。7年の歳月による肉体の「衰え」などまったく感じさせないスピード、スリル、安定感。新ネタも多数。フレディー・マーキュリーの「ウィー・アー・ザ・チャンピオン」をモチーフにしたタップ組曲など、抱腹絶倒、完全無欠。横一列になって帽子を受け渡しする、おなじみのハット・ダンスのハラハラ・ドキドキ。

 博品館劇場という、アトホームな劇場によく似合う極上のステージだった。最終公演のこの充実度といったらちょっとない。客席からアンコールのオベーションが何度も繰り返されたが、形だけのアンコールが多い昨今、この熱烈な拍手はホンモノ。
 今回で終わりとは本当にもったいない。


16.30、池袋で家族と待ち合わせ。

18.00、東京劇術劇場中ホールでRカンパニー・音楽座ミュージカル「とってもゴースト」

 事故で死んだ美貌のファッションデザイナー、ユキ。自分の死が信じられず、公園のベンチで途方に暮れているとき、自分の姿が見える一人の青年と出会う。彼は売れないデザイナーのタマゴ、光司。彼らが会うことができるのは午前0時から3時まで。彼女を幽界の人間だと知らない光司は次第に彼女を愛し始める。自分の才能を過信し、周囲に傲慢に振舞ってきたユキも、初めて人を愛することの切なさと悲しみに目覚めていく。ユキは彼女を天界に連れて行く役目のガイドに、一日だけ、生き返らせてくれるように頼む。そして、2人の結婚式が……。

 死という不可避の現実を通して、光と希望、限りない永遠の愛を歌い上げる音楽座ミュージカル。そのレパートリーの中でも大好きな作品。「劇団四季」のような大作ミュージカルの「冷たさ」に比べると、オリジナルミュージカルの持つ暖かさ、いとおしさがダイレクトに伝わってくる、まさに癒しと安らぎのミュージカル。

 今日の主演はダブルキャストの鈴木ほのか。やや肩の線の丸みが気になるが、ステージングは抜群。この世に未練を残し、地縛霊となって、通りかかる人の心に悪意を起こさせる幽霊に鳥居かほり。バレエ出身だけに、身のこなしが美しい。

 休憩時間に、M紙のT橋さん、制作のI川さん、宣伝のS部さんと立話。T橋さんのコラムは昨年で終了したのだとか。せっかく月曜に楽しみだったのに残念。「○○さんと音楽座……ちょっとイメージが結びつかないなぁ」
 とT橋さんに言われたが、そうなのか?

「土日は完売ですけど、平日はまだ……」とI川さん。どの劇団もチケットは厳しいようだ。しかし、音楽座解散から10年、再び音楽座の珠玉のレパートリーが見られるのは嬉しいこと。

 客席の家族も最後まで真剣に舞台に集中。目を赤くしている家人と娘。息子は「ガイド」が今お気に入りのマンガの登場人物そっくりで、それが嬉しかったみたい。初めての家族4人の観劇はまずは大好評。池袋の街の人ごみに、S玉県育ちは萎縮したようだけど……。

 22.00帰宅。

 美しき5月の風の中に寝しなに、あすなひろし短編集「美しき5月の風の中に」を読む。1977年刊行。去年出た「あすなひろし」作品集2巻には収録されていない作品ばかり。「ポエムコミック」との表題通り、詩のような短編が24編。表題作は「永遠の生と死の輪廻」を描き、珍しくP・K・ディックのようなSFファンタジーだが、ほかの作品は日常を題材にしており、犬と猫がモチーフに多いのは、いかにも「走れ!ボロ」のあすなひろしらしい。

 教育実習で訪れた村で出会った一人の少年のはかない生涯を追想する「夏の階段」、美しい青年の肖像画に魅せられた少女の思慕を、画商のモノローグで描く「行ってしまった日」、田舎に疎開した兄弟と広島で被爆した少女と出会いを描く「赤いトマト」。どの作品もまさに珠玉の作品。昨年刊行の2巻を読んで、「あすなひろしの作品だけど、どこか違うんだよなぁ」と違和感を持ったが、発表年代が違うのか。
 このサンコミックス77年版に収録されたのは「女学生の友」に連載された作品が多いという。70年前後の作品か。「乾いた抒情」のあすな節が全開の頃。ユーモアとロマンと詩と抒情、この単行本には大好きだった「あすなひろし」が丸ごと詰まっている。古本市ものぞいてみるものだ。これがたったの105円なのだから。


1月6日(金)晴れ

 今日もまた底冷えのする寒さ。

 仕事を終えて池袋へ。サンシャイン・シティで古本市があったのでのぞいてみる。どうせたいしたものはないだろうと思ったが、サン・コミックス版に掘り出し物。真崎守「丈八しぐれ」、あすなひろし「美しき5月の風の中に」、永島慎二「源太とおっかあ」、そしてジャンプ・コミックスで小室孝太郎「ワースト」。70年代初頭の作品。「ワースト」は地球侵略の宇宙人を描いた作品ではなかったか。手塚治虫風の画風ではあったが、当時、その内容は結構ショッキングなものだったと記憶している。最近名前を聞かないが、小室孝太郎は今どうしているのだろう。

PM5、サンシャイン劇場で「ピヴォ★ガール」。女性アイドルたちのフットサル・ミュージカル。ホリプロ、サンミュージックなどの所属タレントがチームを作り、日替わりで出演する。受付にダンカンのS木さんがいたので挨拶。

 今日は講談社「ミス・マガジン」。1時の回と5時の回。客の入りはだいぶさびしい。3分の1? 

 20歳前後のアイドルの追っかけ男が前方に陣取り、互いに目配せして笑いあったり、歓声をあげたり、実に妙な雰囲気。長髪・眼鏡・細面のいかにもなオタク青年が、ステージには目もくれず、客席でケイタイやゲーム機をいじったり、目ざわりなことこの上ない。

 休憩時間に周りを見渡すと、客席の半分はアイドル追っかけ、あとはプロダクション関係者、そして目立ちたがりのタレントのタマゴたち。これが今年の初観劇とは……。

 客席にいたアイドル探偵団のK川氏と雑談。

 舞台は初めてという若い女のコたちのステージは気合いが入って好感が持てる。
特に立花彩野、松嶋初音の2人に期待。

18.45終演。「出口で出演者がお客さん全員と握手」が売りだが、速攻で家路に。

 20.00帰宅。


 ここ10年の日本の政策は、米国から毎年出される「年次改革要望書」の要求どおりに実行されているという。

 例えば

96年の「人材派遣の自由化要求」→「99年に労働法改正」成立。
97年の「外国スーパーマーケット出店要請」→98年に「大型店立地法」成立。
00年の「外国企業の日本参入と合併手続きの簡素化要求」→03年に「商法改正」、05年に「会社法改正」成立。

 ……というふうに。


 もちろん、郵政民営化は米国の長年にわたる要求だった。……05年成立。

 強度偽装で問題になった98年の建築検査の緩和(建築基準法改正)と検査の民間化も米国の要求がきっかけ。
 であるならば、今年の「改革要望書」を見れば、この先の自民党の政策が見えてくる。

 昨年暮れに出された改革要望書の要点は次の通り。

「米国の関心は、郵政民営化で銀行、保険、貨物分野において、米国企業を含む民間企業に不利益が生じないようにすることである」「米国企業が日本市場に供給している先端医療機器および医薬品の膨大な数を考慮すると、こうした企業が日本政府に有意義な意見を述べる機会を得ることが重要である」

 分かりやすく「翻訳」すれば、こうなる。

「外資が民営化された郵貯マネーを活用できるようにしてくれ」
 医療分野では『薬価は米国メーカーの希望価格で決めろ』『米国の先端医療業界に不利益な変更はさせないで』
 ということ。
 つまり、日本の医療財源のためには高薬価や高額医療機器の抜本的な引き下げが必要だが、米国はこれを許さないゾという脅し。

 これを内政干渉と言わずに何を内政干渉というのだろう。
 コイズミ首相の今後の内政は、この米国の要求に沿って行われることは確実。

 郵貯350兆円が外資に狙われる可能性について、コイズミ首相は昨年秋の国会でこんな答弁をした。

「アメリカが日本の市場に注目していることは、ああ日本も捨てたもんじゃないなと。それだけ魅力のある国になったかと歓迎すべきだ」

 農民が汗水たらして働き、米倉に米が蓄えられた時、長老が野盗に向かって、「盗賊に目をつけられるようになるなんて、この村も捨てたもんじゃないなぁ。それだけ盗人にとって魅力のある村になったということじゃ、フッフッフ」と言ってるようなもの。

 忠犬コイズミがシッポ振って、ブッシュ野盗に村人の血と汗の結晶を差し出す。醜悪な構図。
 中国・韓国による靖国参拝批判を内政干渉だという連中が、この米国の「要望書」に対しては知らぬ顔の半兵衛を決め込む不思議。

 奴隷国家にお似合いの忠犬ポチ公たち。靖国参拝にはすばやく反応するが日米地位協定による米兵犯人隠匿には目をつぶりっぱなし。2006年、相も変わらぬニツポン低国!
1月5日(木)晴れ

 仕事始め。底冷えのする朝、駅に向かう途中、寒さに震える。

 初日はイヤなもの。しかし、行ってしまえばなんのその、いつもどおりの仕事場風景。徐々にエンジンが回転し、午後までにすっかり復調。

 4.20、K記念病院で鍼。1カ月間隔があったが、別に鍼を打たなくても変わりはない……と思うのだが。
 Me&herのY家さんに新作「あしたのニュース」の件で電話。

 7.30帰宅。夕食後、家族で百人一首。CDをプレーヤーにセットすると、一首ずつ朗誦してくれるので、こちらは札を取るだけ。子供たちも面白がって熱中。しかし、百人一首なんてやったのは初めて。なんとなく文化の香りがしたりして……。
11.30就寝。
1月4日(水)晴れ

 11.30起床。13時間も惰眠をむさぼっていたことになる。会社が始まれば一日平均5時間睡眠。よくそんな睡眠時間で足りているものだ……と自分のことながら不思議に思う。

 午後、子供を連れて近くの空き地で模型飛行機飛ばし。いつもなら、ちゃんとしたライトプレーンを作るのに、今年は手抜きで半出来合いの発泡スチロール製の飛行機。値段が高い割には羽の接合部がすぐに外れてしまうなど、ヤワなできばえ。
 あまりにも貧弱な飛行機で豚児もガッカリの様子。

 夕方、家族でおもちゃ屋の「ペンギン」へ。帰りに華屋与平衛で食事。9100円。高っ。

 帰宅して昨夜録画した「新選組!! 土方歳三 最期の一日」と「里見八犬伝」の後半を。

 土方が大鳥圭介に向かって「入れ札で総裁を選んだとき、155票が榎本、1票が大鳥に入った。その1票はお前だろう」となじるシーンがあるが、これは変。大鳥が自分に1票入れたとしたら、榎本武揚も自分自身に入れたことになるではないか。1票の大鳥票が史実なら、それは榎本が大鳥に投票したと考えた方が自然。大鳥圭介を貶めるための詭弁的シーン。

 そんな些細なことは別にして、土方が思い描いた、天皇を必要としない北海道共和国が成立していたら……。
 土方の最期に、思わず涙……。

 さて、明日からまた仕事。
 睡眠薬代わりに風邪薬を飲んで就寝は毎年の習慣。プレッシャーがあるんだよなぁ。仕事始めは。
 会社という組織の中で仕事するのも、先が見えてきたが、それでもまだまだ先のこと。イヤだイヤだと言いながらも、仕事が始まればまた元通りの生活に戻るわけで……。なんとか、自分を奮い立たせて、会社の初日を迎えようとする毎年の習い。
1月3日(火)晴れ

 8.00、まどろんだかな、と思った瞬間、家人が部屋に入ってくる音。
 尋常でない気配は、どんなに意識が朦朧としていても感じ取れるものらしい。「留守電に横浜の叔母さんの伝言が入っていて……」

 今朝4時20分に、田舎で入院中だった伯父(母の姉の旦那さん)が息を引き取ったとのこと。

 やはり……。なかなか寝付けなかったのは虫の知らせだったか。

 起きて朝食を取り、叔母と電話のやり取り。1時間も寝ていないのに、眠気をまったく感じない。

 田舎の風習で、松の内が明けないうちは葬式はおろか、弔問もできないのだという。電話すると、「叔父さんたちは神棚の”おかがみ”(供え餅)を下ろして、手伝いに来てくれたけど、近所の人も正月の弔問は嫌うようで……今、身内だけ」と淋しそうな従姉の声。
 かわいそうに……。

 我知らず、そのまま駅へ向かってしまう。お葬式はもちろん行くが、これから出発すれば、荼毘に間に合う。明日帰ってくれば仕事にも間に合う。お世話になった伯父一家。その恩に報いたい……そう思ったのだが、正月連休の終わり。帰省客が戻ってくる時期。行きも帰りも電車の切符なし。
 大宮まで行って空しく戻ってくる。

 帰宅し、ベッドに横になると、張り詰めた神経が次第に溶解し、とろとろとまどろみの中へ。
 2時間ほど仮眠を取って、目覚めると頭の芯が重い。

 おととしの正月を思い出す。父、そして伯父……、親しい人たちと幽明界を異にする。そのことが日常になっていく。いつかは自分も。

 K下清氏の奥さんからFAX。共通の知人であるAエージェンシー万代氏の住所のこと。久しぶりに電話でお話。清氏は明日から仕事とのこと。
1月2日(月)雨

 9.30起床。
 午後からタクシーで初詣。氷雨の中、傘の群れで参道の歩きにくいこと。雨とあって露天も活気がない。金魚すくいの店番をする男の子。店の前は行きも帰りも立ち止まる人がない。冬の金魚すくい……寒々しすぎる。

 娘の後厄のお祓いで30分。寒さが身にしみるので大判焼きを(チーズ、クリーム)買って早々に引き上げ。

 おせち料理にも飽きたので、夜はあんこう鍋。
 風呂に入った後は「八犬伝」を見ながらのんびりと……。CGが美しい。

 家族が寝静まった後、ラジオドラマのデータを整理、CDに焼付け。

 2.00、今日買ってきた小池真理子の新刊文庫「ノスタルジア」をベッドの中で読み始める。濃い緑茶を飲んだせいか、目が冴え、いっこうに眠くならない。ついに最後まで読み終えてしまう。

 かつて愛した不倫相手は、父親の友人。親子ほども年の離れた男と女の短い逢瀬。男は急死し、15年後、人生を諦めたように一人暮らしをする女の前に、その男の息子だと名乗る男が現れる。自分と同じ46歳。父の昔話が聞きたいという男。逢瀬を重ねるごとに次第にその男にひかれていく女。しかし……。

 端正な恋愛小説のつもりで読んでいたら、終盤に近づくにつれ思いがけない転調。異界との交流……小池真理子らしい哀切に満ちた「純」恋愛小説。

 4.10、小説を読みえて灯りを消し、まどろみの中へ……と思うのだが、今日に限って目はいよいよ冴え、布団の中で輾転反側。眠れない。そのうち朝の日差しが忍び寄り、狂おしい猫の鳴き声。時計を見ると7.00。まあいいか、仕事は5日から。調整は明日で十分……。

1月1日(日)晴れ

 8時に目が覚める。元日は早く起きて身支度しなけりゃ、と思っていても、ついつい二度寝。10.00起床。

 長い夢を見ていた。田舎の家。裏庭の葡萄の木。父は元気そうに見えるが、母は写真の中。両目から赤い血の涙を流している。布切れでていねいに拭きとってあげたが、これは何を暗示するのか……。

 午後までDVD整理。15・30、義母と義妹が年始訪問。家人の嬉しそうな顔。肉親の情愛に勝るものはない。
 ハンズで買った模型飛行機を組み立て。明日、公園で子供と一緒に飛ばそう。

 夕刻から深夜まで断続的にDVDとFMシアター録音CDの整理。新年早々何をしてるんだか。映画や本を読めばいいものを。今年も貧乏性。

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