| 2月28日(火)晴れ ノドが痛いので午後から銀座の診療所へ。風邪だ。 待合室のテレビで永田議員の釈明会見の中継を見る。意外に「元気そう」な顔。エリートぼんぼんの割に打たれ強い? しかし、自己保身に汲々の見苦しさ。自民党相手に、ウダウダと、釈明するなら開き直った方がいい。 「フセインが見つからないからといってフセインが存在しない訳ではない。大量破壊兵器が見つからないからといって大量破壊兵器が存在しない訳ではない」と、国会でフザけた答弁をした小泉首相。このコイズミ流詭弁にならって、「メールがホンモノではなかったからといって、武部に疑惑がなかったわけではない」と言えばいいのだ。 それにしても、コイズミが窮地に陥ると、どこからともなく現れる民主の救いの手。今回のメール問題がなければコイズミは立ち往生していたはず。これでは前原民主はコイズミの回し者といわれてもしょうがない。 19.00、銀座・博品館劇場で「アルジャーノンに花束を」。おなじみダニエル・キイスの名作を初ミュージカル化。 パン屋で働く知的障害を持つ青年チャーリィ、明るく穏やかな人柄で周囲の人気者。その彼が脳外科手術によって天才となる。しかし、それと引き換えに周囲の人々の素顔や、世間の欺瞞に直面することになる。しかも、実験に成功したはずのハツカネズミのアルジャーノンは、次第に脳の働きに異変が……。 初ミュージカル化、それも日本のオリジナル・ミュージカルということで、制作サイドの気遣いはハンパじゃない。パンフの中で、出演者に「ミュージカル化はイエスかノーか」という設問をしているほど。 しかし、結論から言えば、このミュージカル化は大成功。説明過剰にならず、歌で物語を表現するというミュージカルの基本に則った展開が素晴らしい。一人で数役を演じることによって物語もスピーディー。なによりも主演の浦井健治の豊かな情感は特筆もの。そして、永山たかし、森新吾、小野妃香里、朝澄けい、小田島クリスティン、戸井勝海、宮川浩、安寿ミラのアンサンブルがいい。脚本・演出は荻田浩一。宝塚の演出家らしいが、重層的で詩的な舞台。これなら原作者も納得だろう。 休憩15分を挟み、2時間50分。 21・50終演。 2月27日(月)晴れ ノドに違和感。風邪か? 1700帰宅。1930、NHKのトリノ五輪特集。舞台裏の選手達の人間模様を興味深く見る。2100、従兄のKから電話。四十九日を終え、伯母が上京してきているという。12日の法要までには帰郷するとのこと。気遣いがありがたい。2200就寝。 2月26日(日)雨 9.00〜12.00、躰道稽古。背中に「志」文字の刺繍入りのジャンパーが完成したので購入1万6000円。なかなかカッコいい。 13.30帰宅。録画した東宝映画「兄貴の恋人」を見る。 内藤洋子、加山雄三、酒井和歌子、中山麻理など出演。 ブラザーコンプレックスの妹、正直の上にバカがつく兄貴、複雑な家庭環境のために、素直に自分の思いを口に出せない”兄貴の恋人”、兄貴を気に入って結婚を申し込む大企業の社長令嬢……さまざまな人間関係が絡み合う青春模様。タイトルから、お気楽なラブコメを想像したが、意外や、文学的で辛口の物語。内藤洋子は例によって、思春期のトバ口に立つ、おしゃまで元気な女の子。酒井和歌子はちょっぴり憂いを秘めたOL。68年の東宝映画。やっぱりいいなあ、この時代の東宝映画。この年になって初めて東宝青春映画の面白さを発見するなんて。 酒井和歌子も内藤洋子も今の時代にはいない。すれっからしばかりで「清純派」不在の今の時代は若者にとって不幸。 映画の後は、村野守美、樹村みのり、クリムゾン・キングにクリームと、どっぷり60〜70年代。「サンシャイン・ラブ」を聴くと、高校時代を思い出す。Bのバンドが好んで演奏した曲。 2月25日(土)晴れ 16.00まで会社で仕事。 17.30、池袋。東京芸術劇場中ホールで「Oh!ダディー」(作・演出=福田陽一郎、音楽=三木たかし)。 恋人に振られ、一人淋しいクリスマスイブを過ごすことになった26歳の青年・誘一。母は12歳の時に亡くなり、肉親は父親だけ。しかし、その父親も8年前に会ったきり、息子に自立を勧めて自分は気ままな世界の旅。毎年クリスマスに手紙を届けてくれるのだが、今年の手紙は自分はもうこの世にいないという知らせ。 父の依頼を受けたという女弁護士キャサリンから渡された小切手と航空券。そこには誘一が尋ねるべき人々の名前。かくて、天涯孤独なフリーター・誘一の奇妙な旅が始まる。 一部に手直しはあるものの、ほとんど初演と同じ台本。最後の5分で大どんでん返しがあるのだが、それを知っていて見ると、最初から巧妙に伏線が張られていたことがわかる。ちょっとした仕草、マフィアのボスのセリフ……。 キャストは初演の春風ひとみ、シルビア・グラブ、石鍋多加史に代わって、花山佳子、高嶺ふぶき、佐藤輝。ほかの川平慈英、堀内敬子、平澤智、藤浦功一は変わらず。 女弁護士ほか数役を演じる高嶺ふぶきはいかにも宝塚出身らしい歌唱。初演のシルビアが抜群に素晴らしく、彼女の存在が舞台成果に大きく反映していただけに、今回の配役はやや弱い。 川平、堀内、平澤、藤浦のコンビネーションは一頭地を抜いている。「シューズ・オン!」のネタが少々。 19.20終演。これだけ早い時間に芝居がはねると、時間を有効に使えるので嬉しい。土曜日の芝居はすべて5時開演にしてくれるといいのだが。たぶん、多くの観客が思っていることに違いない。 「早く終わってよかった」「そうね、芝居は短いほうがいいわよね」 「最近、長い芝居が多いでしょう。値段が高くなるにつれて時間が長いんだから、わかってないわよね」 ……出口に向かうお客さんの会話。 週休二日が定着している時代に、主婦やサラリーマンがわざわざ土曜の夜に家から出てくるのはきつい。水曜マチネがすぐに売り切れるというのも、観客のライフスタイルの変化の現れ。夜は早めに家に帰るか、ゆっくり飲みたい……という人が増えている。これから芝居の開演時間も変わってくるだろう。 20.00、最寄り駅到着。 2月いっぱいで駅前の「TSUTAYA」が閉店するので、CDを何枚か借りてくる。いつでも聴けると思うとなかなかCDは借りる機会がない。 CCR、クリーム、クリムゾン・キング……昔のロックに偏ってしまうのは仕方ない。 21.00帰宅。体重計に乗ると73.6`。一瞬「エッ?」 やはり夜遅くに食べないようにしているのが効いたか。約3`減。目に見えて変化があると、励みになる。 2月24日(金)雨 トリノ五輪初の金メダルは女子フィギュアの荒川静香。村主は4位、美姫は15位。号外を出した新聞多し。にやけた顔して荒川に国際電話をかけるコイズミの顔がNHKテレビで大写しに。こんな醜悪な映像を流すから受信料を払う気になれないのだ。 民主・永田議員は入院という国会議員の逃げの定番コース。年金未払い・経歴詐称コイズミや母娘どんぶり疑惑の山崎某のようにシレッとした顔で居直ればいいのに。永田議員の方が人間性があるということか。しかし、「ニセメール」に踊らされた民主。これで武部疑惑に幕が引かれたとしたら執行部は大戦犯。自民はこれ以上の追及をしない模様。”義兄弟”前原に貸しを作る腹積もり。前原を追い詰めて、藪から小沢一郎や菅直人を出しては元も子もないとの姑息な魂胆。永田議員、辞めるのなら前原を道連れにしてほしいもの。 14.30、TEAM発砲のY村さん来訪。3月公演の情宣。すこしだけ18禁の芝居になるとか。 16.30、阿佐ヶ谷へ。本籍地を置いてる杉並区役所で戸籍附表を取得。 19.00、地元の鍼灸院に寄って帰宅。ここ数日、腰に違和感。「痛みをかばって運動不足になったため、腰に負担が来てるんです」と鍼灸師。なるほど。 暖かい日が続いたと思ったら、今日は雨と冷え込みのダブルパンチ。金メダル効果で新聞が売れる日なのに、雨では半減。 躰道掲載でI内先生からお礼の電話。 早めに風呂に入り、ベッドで昨日取得した古本の読書三昧。こういうのんびりとした時間が嬉しい。 2月23日(木)晴れ 16.00、御茶ノ水。K記念病院。今日で担当医のA氏とお別れ。老親の介護のために田舎に帰るA氏。来週からは女性の鍼灸師K泉さんが担当。 17.45、下北沢。「ZAC」の前を通りかかったらT取さんの姿が見えたので、中へ。台本書きの最中とか。邪魔しちゃ悪いので早々に退散。作家のN氏の容態がいけないとのこと。 ヴィレッジヴァンガードを一巡。ロビーに江森さんがいたので挨拶。話をしたかったが、スズナリの下の古本屋をのぞいてみようと思っていたので失礼してスズナリへ。 この前来た時、「宝の山」の予感がしたが、そのカンは当たっていた。古本屋に入ると、棚に並べてある背表紙の色と雰囲気でだいたい、ここは自分好みの本屋かどうかがわかるが、この店はズバリ、自分の守備範囲。 ざっと探しただけでめぼしい本が6冊。 清原なつの「群青の日々」(ブーケット・コミックス、360円→400円)、樹村みのり「ふたりが出会えば」(ボニータ・イブ、480円→800円)、村野守美「輝ける海」(ゴラク・コミックス、490円→400円)、「10年目のもうひとつの別の広場」(ブロンズ社 820円→1000円)、「13年目のもうひとつの別の広場」()ブロンズ社、780円→1000円、「ジェームス三木対談集 テレビドラマ紳士録」(映人社、2000円→1000円)。 結構掘り出し物ばかり。 19.00、本多劇場で3軒茶屋婦人会「女中たち」(G2演出)。ジャン・ジュネの名作を篠井英介、大谷亮介、深沢敦で。 「奥様の留守中にいけない遊びに耽る女中・ソランジュとクレールは、いつしか現実と想像の狭間を越え、奥様の毒殺を計画し始める……」(惹句) ほとんど原作に忠実に描いたセリフ劇。無駄な贅肉一切なし。「笑うため」に来ている観客は笑いのツボがつかめず、本筋ではない、役者のちょっとした仕草に笑いの活路を見出すという変則技。3人の力量が見事。 20.45終演。そのまま家路に。 電車の中で買ったばかりの「テレビドラマ紳士録」に目を通す。 1982年の発行で、対談は80年前後に行われたものが中心。大山勝美、山田太一、寺島アキ子、早坂暁、岡田太郎、深町幸男、倉本聰ほかそうそうたるメンツ。電車を降りるまでに、佐々木昭一郎、遠藤利男、内村直也、向田邦子、今野勉の項を読んだが、遠藤、内村、今野の3人が期せずして、佐々木昭一郎作品に言及している。ちょうど「四季 ユートピアノ」が放送された頃。佐々木昭一郎がいかに同時代の放送人に強い衝撃を与えたかの証拠だろう。 22.15帰宅。 2月22日(水)晴れ 9.30起床。1100まで二度寝。 午後、住宅ローン控除の確定申告用紙と首っ引き。なんとか書き終え、あとは阿佐ヶ谷まで行って本籍の住民票附表をもらってくるだけ。 夕方、息子と大型スーパーのDVD売り場へ。体重減量宣言に0・1`及ばなかったため、「好きなものを」買いに。で、ゲームソフト4800円。高くついた……。 22.00就寝。 2月21日(火)晴れ 13.30、カトケン事務所のN島さんと扉座のT橋麻理さん来社。近所の喫茶店でお茶。モダンスイマーズの「デンキ島」に出ていたのが彼女とは気付かなかった。さっぱりした性格のイイ女優さん。 民主党の堀江メールの出所がほぼ特定されたようで、東スポにはX氏と仮名で出ていたが、Tさんからの情報あり、T・Nなる、業界では有名なガセネタ男らしい。各社、昨日のうちにネタ元の特定はできていたようだが、確証がつかめないまま、東スポの先走り報道になった模様。明日の党首討論はどうなるのか。 18.30、阿佐ヶ谷。「江戸竹」で刺身三点盛900円。 19.30、青梅街道沿い、「ひつじ座」でラ・カンパニー・アン「蛇苦止浜綺譚」。西山水木と明樹由佳のカンパニーで、フェミニズムの視点からダンスと言葉と音楽のコラボレーションを展開してきたが、今回は韓国の人気DJ、TEYOが参加。 水木の語る民話「兵士として都に徴発された農民の夫を追って龍に化身した女房の物語」をモチーフに、「音大を出ているのに、自分の夢を捨て、才能のないロッカーに尽くしながら、捨てられ、浜で自殺を図るものの、助けられ、AA”A”=アジア・アフリカ・アンダーグラウンド・カフェをオープンさせる女性を主人公にした物語」を交差させる。 ダンスシーンは少なく、ほとんどがセリフの洪水。実験性はわかるが、1時間50分がやや長く感じてしまう。 15分前に着いたのに椅子席は満杯。桟敷席は腰にキツイので頼んで補助椅子をだしてもらう。アンの方針なのだろうが、これでは観劇日を前もってFAXする意味がないと思うのだが……。 21.20、終演と同時に物販が始まったので、水木さんに挨拶する時間もなく、そのまま家路に。 23.00帰宅。 2月20日(月)雨 午後、会社の近くの区役所、税務署をハシゴして、確定申告の書類をそろえる。ついでに、記入の指南を。 16.50早めの帰宅。 豚児は中学の体験入学で帰宅は17.30。 時間がたっぷりあるので、録画しておいた映画を見る。内藤洋子主演、出目昌伸監督の「年ごろ」。 見てびっくり、大傑作ではないか。もしかしてプログラムピクチャーの一本だったのかもしれないけど、こんな水準の映画が普通に作られていた60年代の東宝映画って……。主人公は高校3年生の陽子。彼女は、大学生の兄とその仲間に誘われ、スキー場に出かけて楽しい春休みを過ごすが、そこで兄の恋人が、魅力的な年上の男性と知り合い、仲良くしているのを見つけ、心を痛める。その後、相手の男性がパイロットの小倉であることを知った彼女は、兄と恋人の仲を邪魔しないよう、小倉のもとへ直談判に出かける。ところがそんな陽子自身が、小倉のスマートで洗練された大人の魅力にすっかり参ってしまい…。 68年公開の東宝映画。中学生だった自分にとっては憧れの「お兄さんお姉さん」の世界。スキー、マイカー、大学生、ダンス、麻雀、サイケ絵画、東京の一戸建て住宅、パイロット、ナイトクラブ……こういうオトナの世界は、まるで夢の出来事。ブルーコメッツが共演し、劇中でヒット曲の数々を披露するのも涙もの。 それにしても、内藤洋子の清純で可愛いこと。酒井和歌子といい、内藤洋子といい、昔はほとんど関心がなかった女優さんが、今見るとこんなにも可憐で存在感があって、なんともいえない魅力にあふれているのは不思議。 物語も一見類型的でいながら、登場人物の心のひだをきっちり描き分けている。ああ、この時代に青春を過ごしたかった。切ないほどにいとおしい世界。 恋愛も青春も小賢しく、理と利におもねるばかりで、殺伐として潤いのない今のテレビ・映画の青春もの。せめて、こんな、すがすがしい、そして甘酸っぱい青春映画を見てから死にたいものだ。これこそパーフェクトな青春映画。 昔はオトナがいたから青春映画が作れたんだなぁ。 今はコドモと半コドモだけ。自制するオトナが登場しないから、青春映画ならぬ性春映画ばかり。 カメラワークがどうの、VFXがどうのという以前に、今こそ人間が描かれた青春映画を! 2月19日(日)晴れ 腰の痛みはほとんど消えたが、大事を取って躰道稽古は見学。 合間に、高校時代の寮仲間で、数年前に亡くなったI葉のマンションを訪ね、お焼香を。S木駅からタクシーで5分。亡くなった翌年、お焼香してから一度も行ってないので、ずっと気になっていたのだ。 奥さんと30分ほどお話をする。今年でもう7回忌という。あれからそんなに時間がたったのか。子供たちも今年でそれぞれ就職、大学進学。長男はバレーボールをやっているそうで、I葉も高校時代はバレー部だった。「野球部からバレー部。まるで父親のやったことをなぞっているみたいです」と奥さん。 部屋には若い頃のI葉の写真が1枚だけ。 「まだ気持ちの整理がつかなくて……。写真を飾る気になれないんです。ひょっこりあの人が出張先から帰ってくるような、そんな気がして……」 息子たちが成長し、親は老いていく。しかし、もはや年齢を重ねることのないI葉の笑顔。さぞやあの世で悔しい思いをしているだろう。7年か……。時間は矢のように過ぎていく。 正午、道場に戻り、稽古後のミーティング。13.30まで。ダイエーで家人と待ち合わせ買い物。 15.00帰宅。 2月18日(土)晴れ 14.00、紀伊國屋ホールで青年座「評決」。 かつて日本で行われた陪審制度の第一回裁判をモデルにした裁判劇。 被告席に座るのは瞳に憂いを秘めた佳人・吉田静子(那須佐代子)。彼女の罪名は放火殺人。愛人との逢瀬を重ねたあげく、邪魔になった夫と姑を焼死させたという。証拠は彼女の証言によって、ゴミ箱の中から発見されたというマッチ箱。自白を強要されたという彼女。果たして、彼女は犯人なのか。12人の陪審員が出した結論は……。 12人の陪審員は、床屋(平尾仁)、写真館(山野史人)、蕎麦屋(井上智之)、化粧品外交員(大家仁志)、踊りの師匠(若林久弥)、退役陸軍大佐(益富信孝)、銀行支店長代理(蟹江一平)、古物商(山口晃)、呉服問屋(永幡洋)、円タク運転手(青木鉄仁)、撮影所所長(嶋崎伸夫)、百姓(川上英四郎)と多種多様。 物語は年老いた化粧品外交員の大家が過去を振り返るという構成。大家は芸達者であるのはいいが、しばしば舞台では突出した印象を観客に与える。今回も、一人で数役を演じることになるのだが、なにもそこまで一人で出る必要は……と思わせるところが難点。 青年座らしく、役者は端正な演技。脚本(国弘威雄、斉藤珠緒)はやや平板だが、水準以上。おそらく、誰もが三谷幸喜の「12人の優しい日本人」と比較してしまうであろうが、登場人物の個性、物語の起伏、ドンデン返しの巧みさというエンターテインメント性では、レベルが違う。その点、比較はちょっとかわいそう。 しかし、この舞台の底流にあるのは、制度が施行された1928年から停止された1943年という時代背景。 大正デモクラシーからファシズム体制に移行する時代。ここに描かれる第一回裁判の陪審員は、民主主義を体現した「希望の12人」なのだ。物語の核心となる「マッチの灯り」はその象徴といえる。 過去を振り返る老人が言う。 「あの裁判の後、結婚し、子供もできた。でも、戦争で妻も子もすべて亡くしました。生き残った私はこうして90歳を超えて、一人老いさらばえているのです」 陪審裁判を通した権力への痛烈な批判。「12人のーー」とはそのベースが違う。 16.00終演。 いったん会社に戻り、後片付け。 18.00下北沢。 「千草」でサンマ焼き定食800円。ヴィレッジヴァンガードで近藤ようこ「月影の御母」(朝日ソノラマ 798円)。旅の途中で生き別れになった母親を探す蓮王丸と、道連れとなった小猿ひょん太の地獄めぐりの旅を描いたもの。蓮王丸の行く先々に現れる母の姿をした魑魅魍魎。近藤ようこの描く妖怪変化は実に魅力的。こういう物語が大好き。自分でもいつか書きたいものだ。十億万土のはるか先を行く母を追う旅の物語。 CDコーナーで20分。めぼしいものがないので、ディスクユニオンへ。三上寛の再盤の数がやたらと多い。もう少し安ければいいのだが。 スズナリの下に古本屋があったのでのぞいてみる。入った瞬間、「これは宝庫」の予感。棚を見るとコアな本がずらり。去年の2月に開店したのだと聞いてビックリ。知らなかった。いつもスズナリに来ていても、ここに本屋があるなんてまったく気がつかなかった。 棚にあった清原なつの「3丁目のサテンドール」(りぼんマスコットコミックス 定価360円)=500円、樹村みのり「歪んだ鏡」(ボニータ イブ=秋田書店 定価480円)=600円。古本にしては高い。 「3丁目のーー」は「花岡ちゃんの夏休み」と同時期の出版。81年。「歪んだ鏡」は83年。70年代と違って、やや絵柄がオトナ向けになっているが、女性の心情をリリカルに描く樹村タッチは変わらず。 19.00、ザ・スズナリで劇団桟敷童子の「泥花」(作=サジキドウジ、演出=東憲司)。 劇場に入ると、舞台の上手下手に炭鉱の垂れ幕スローガン。咲き乱れるヒマワリの花。1950年代の炭鉱地帯に迷い込んだような錯覚。 物語は……。 舞台は筑豊。 赤堀第弐炭鉱で落盤事故が起こり、炭鉱主だった父親が蒸発してしまう。 1年後、残された三好千鶴(板垣桃子)、美代(川原洋子)、ハジメ(外山博美)の三姉弟は追われるように住み慣れた街を離れ、鶴山炭鉱に住む親戚のもとに身を寄せる。 夏が終われば、美代は広島の親戚で洋裁見習い、千鶴も遠い町に、ハジメは親戚の家のもらいっ子として3人は離ればなれに暮らすことになる。 姉弟たちはは事故を起こした炭鉱主の子どもであることを口止めされている。 彼らを取り巻くのは千鶴と美代に好意を持つ男、道郎(池下重大)、食堂の夫婦、運送会社の社長と従業員、そして、炭鉱に咲くという石炭の化身「泥花」を追い求める奇妙な浮浪児・敏ちゃん。道郎は両親を赤堀第弐炭鉱の落盤事故で亡くしていた。 やがて、千鶴と道郎は互いにひかれあうようになり……。 炭鉱住宅に住む人々の奔放な生活力、「泥花」をめぐる死への誘惑、性愛、エネルギッシュな人間模様と神話性は、ビットリオ・デ・シーカらイタリアン・リアリズム映画のようでもある。新宿梁山泊出身の東憲司の演出には金守珍譲りの猥雑さと、スペクタクル性が横溢する。ラストシーンのD51出現は維新派?のようでもあるが。少年が主人公というのは鄭義信の影響もあるのだろう。どこか「人魚伝説」を髣髴とさせる。 ともあれ、これだけのエネルギーに満ちあふれた世界を作り上げる東憲司と桟敷童子の集団性には目を見張る。劇団という集団でしか作れない独自の世界。 軽さとシニカルが主流の演劇界で、このような愚直なまでに重いテーマを扱う、その勇気と力技には感服する。 今、三井三池炭鉱争議、安保闘争を時代背景にした炭鉱芝居をどこの誰がやろうとするか。チラシに書かれた文章を読むと、東憲司の祖父は炭鉱争議に巻き込まれ、42歳で死んでいるという。この芝居はその「祖父に捧ぐ」ものなのだ。 21.00終演。東憲司作の次回のトムプロジェクト公演に出演する高橋長英が終始上機嫌で観劇していたのが印象的。 22.15帰宅。 2月17日(金)晴れ 家人の誕生日なので早めに帰宅。途中の花屋で花束を。 夕食は華屋与平衛で。夜、プレゼントの着ぐるみパジャマで家族大盛り上がり。こんなに受けるとは。 23.00就寝。 2月16日(木)晴れ 少し違和感があるものの、左腰の痛みはほとんど完治。 18.30、六本木。俳優座劇場で木山事務所「ハリウッド物語」(クリストファー・ハンプトン作、勝田安彦演出)。 客席に座ろうとしたら「○○さん!」と声をかけられたので、暗闇を透かしてみると、元梁山泊のI井ひとみとT永廣美が笑顔で手を振っている。劇団をやめても仲良しの2人は今でも月に2回は会っているのだとか。開演前に少しおしゃべり。右の列にM新聞のT橋さん。 舞台は1938年のハリウッド。ナチス・ドイツを批判する演劇活動を行ったため、ヒトラーの迫害を逃れ、亡命したハンガリーの作家、エデン・フォン・ホルヴァート(宮本充)。彼は、たまたまノーベル文学賞を受賞して講演旅行中のトーマス・マン(可知靖之)と会い、ナチスの焚書の中にトーマス・マンの著書もあったことを告げる。トーマス・マンはそのままアメリカにとどまる事になる。 亡命作家に映画の仕事をさせるヨーロッパ映画基金が設立されたため、ホルヴァートにも仕事が入り、撮影所ではトーマス・マンの兄、ハインリヒ・マン(内田稔)と出会う。ベルトルト・ブレヒト(林次樹)もまたハリウッドに雇われた一人。こうして、ホルヴァートの目から見た、ハリウッドの亡命作家たちの生態が語られていく。 「ハリウッド好みのひどい作品」を書くことに抵抗しながら現実的に立ち回るブレヒト、生活に困窮するハインリヒと、彼に冷淡な弟のトーマス・マン。ハイリンリヒの妻・ネリー(村松恭子)の非業の死、それぞれの葛藤を通して、作家の「社会的責任」が追及され、同時に、ハリウッドに象徴されるグロテスクな商業資本の国アメリカの闇が暴き出される。 トーマス・マン、ブレヒトらが同じ時代にハリウッドで禄を食んでいたというのは知らなかった。 ファシズムの手を逃れたブレヒトらは、戦後、今度はマッカーシズムという名のアメリカン・ファシズムの嵐に見舞われ、欧州に逃亡、ハインリヒ、トーマスもそれぞれの運命に見舞われることに。 実際のホルヴァートは38年に倒木の下になり、死亡しているわけだが、物語の狂言回しとして、最後はハリウッドのプロデューサー宅のプールで溺死したという設定。その死から遡り、過去を語るという手法は「サンセット大通り」へのオマージュ。 約2時間。勝田安彦は、いつになく、虚実綯い交ぜの幽玄的な手法で物語を構成。小劇場的な演出でこの奇妙で残酷な喜劇を作り上げた。夫人である村松恭子の体当たりの演技は新宿梁山泊時代を髣髴とさせる。 難しいテーマではあるが、過去の物語ではなく、おそらくこれから切実になるであろう近未来の作家たちの、時代と向き合う物語でもある。 休憩時間にM田政男氏と立話。埴谷雄高忌のこと。 終演後、I井、T永と一緒に楽屋へ。村松に挨拶。「つまらないものお見せしちゃって」とテレ笑いの村松。劇中、オールヌードにエプロン姿で登場したので、そのこと。4人でしばし立話。 I井は4月にセルフプロデュースで朗読劇をやるのだとか。阿佐ヶ谷の喫茶店で。女優開店休業に業を煮やしたか。 21.30、六本木交差点でこれから食事という2人と別れ、家路に。 2月15日(水)晴れ 朝、ベッドから降りる時は左の腰に痛みがある。それでもだいぶ和らいだが。 18.00、S木市へ。稽古に来たSさんの写真撮影&取材。水曜日は集まりが悪いようで、30分近く遅れて稽古開始。町道場はボランティアのようなもの。いろいろと大変。 20.00帰宅。 2月14日(火)晴れ 痛みはまだあるものの、回復は早い。 19.00、渋谷。パルコ劇場で「ラブハンドル」(中谷まゆみ作、板垣恭一演出)。予備知識を入れないまま観劇。これが思わぬ大傑作。早くも今年のベストステージの予感。 バツイチの弁護士・立花勝(原田泰造)とその秘書・八木沼千鶴(富田靖子)。千鶴は、10年前に「運命の人」立花の元に転がり込み、そのまま居ついてしまった元少女漫画家。しかし、あまりに長過ぎた春を過ごすうち、お互いの関係がよくわからなくなってしまっている。しかも、この1年、立花はED気味。 仕事もプライベートも行き詰まった彼らの事務所にやってきたのは、一見、イイ男風の依頼人・薄井幸男(石黒賢)。ある女性を自分の生命保険の受取人にしてほしいというのが目的。だが、その女性とは手も握ったこともない片思いの間柄。思いつめた薄井は、生きるの死ぬのと大騒ぎ。 立花と千鶴はこの男に振り回されたあげく、何故か三人一緒に暮らすことになる。 さらに、離婚したため別れて暮らす立花の娘の恋人と称する男・長沢嵐(瀬川亮)が登場。この混乱に拍車をかけるのが、夫の浮気を疑う立花の姉・御手洗笑子(長野里美)と義兄・御手洗進(小須田康人)の離婚騒動。 弁護士事務所で展開する4つの恋愛問題の行き着く先は……。 タイトルの「ラブハンドル」の意味は、お腹周りの贅肉のこと。ラブハンドルが気になり始める年代は、それまでの人生の贅肉も気になり始める年ごろ。長い春、ホットな夏の恋、十代の若草の恋、そして厳冬を迎える中高年の静かな愛……4つの季節の恋愛模様が細やかなセリフの応酬と緻密な演出で描かれる。 無機質なタイトルで損をしているが、ブロードウェーの優れた恋愛喜劇といってもおかしくないスピーディーでシャレたセリフ。登場人物の細心な心の陰影を映し出す演出。そしてそれを体現する俳優たち。心憎いまでの三位一体の完成度。 特に原田泰造が素晴らしい。お笑い芸人としての顔しか知らないが、役者として、こんなに味のある演技ができるとは。そして富田靖子。この役はまさにこの人しかできない、そう思わせる軽やかでしなやかな演技。 どこにも瑕疵が見当たらない。これは、間違いなく今年の恋愛ものベストステージ。 2月13日(月)晴れ ギックリ腰は二日目が大変だというので、念のため会社の同僚に電話して「保険」。朝、出社可能かどうか朝4時半に電話、ダメなら同僚に代わってもらうことに。 ところが、昨夜寝たのが21.00、それが0.30に目が覚めてしまう。寝返りを打とうとすると、腰に痛みが走るのでおちおち寝ていられない。そのまままんじりともせず朝まで。4.00に起きて同僚に電話。「大丈夫なので出社します」と。 睡眠不足と腰痛にも関わらず、なぜか気分はハイ状態。14.30まできっちり仕事をして、早引け。14.00にTSミュージカルFのE塚さんと約束があったがキャンセル。青年座公演「評決」もキャンセル。 15.30、家の近くの整骨院で診察。広義には「ぎっくり腰」ではあるが、今回の場合は硬くなった筋肉に力が加わって炎症を起こしているとのこと。「本当の」ギックリ腰なら歩行もままならないはずだが、昨日と比べても格段に良くなっているわけで、思ったよりも軽いのかもしれない。 近所の古本屋で柴田錬三郎の本を二冊。 4.30帰宅。本を開く間もなく、睡魔に襲われ……。 2月12日(日)晴れ 昨夜、寝る前に体をひねる急激なストレッチをやったのがアダとなったのか。朝起きると腰に違和感。 9.00、躰道稽古。道場に入り、ランニングからスキップに移ったとたん、左の腰に痛み。あれれ?と思う間もなく、痛みが広がる。これは、もしかして……。昨日、塩野谷氏が「本番前にギックリ腰をやりそうになった、トシかなぁ」という話をしており、ふんふんと聞いていたのだが、まさか自分がそうなるとは。この展開は初めて。整骨院に勤めるMさんに見てもらうと、「ギックリのようですね」 なんという不運。この年になるまでぎっくり腰など、他人事とばかり思っていたのに。 10.50、早退し、家路に。歩くのさえおぼつかない。こうなって初めて、体の不自由な人の辛さがわかる。階段の上り下り、通路のすれ違い。どれも健常ならどうってことないが、少しでも体に不自由があると、エスタレーターのありがたみがよくわかる。 躰道も、向上心云々以前に、普通に稽古ができることのありがたみを思う。人間、普通に生活することがどんなにありがたいことなのか。 2月11日(土)晴れ 3月の法事の件であちらこちらの親戚に連絡。連休とはいっても、気遣いばかり多く、鬱々として楽しめず。 社民党大会で自衛隊を「違憲な状態」と決議。これをして文春、新潮など保守派ジャーナリズムは「社会党への先祖帰り、非現実的」とわめきたて、嘲笑するのだろうが、自衛隊が憲法違反なのは明々白々な事実。「違憲な状態」と、「状態」をつける腰の引けた決議はまだ生ぬるい。戦争を主導するのは独占的資本に支えられた国家。死ぬのは国民。それも「下層」の。おエライさんの師弟は絶対に殺されない。国民を守ることができるのは自衛隊なのか、憲法なのか、どちらが現実的でどちらが非現実的なのかは歴史が証明する。 前原・民主タカ派小僧はさっそく「社民の政策は非現実的」とイチャモンつけたが、確かに、あんたの民主党右派が自民党と組んでファシズム翼賛政権となり、戦争を仕掛けるほうが「現実的」だろう。 24.00就寝。 2月10日(金)晴れ 連休前とあって社内閑散。 早めに仕事を終えて新宿へ。15.15、ピカデリーで「ミュンヘン」。1972年9月、ミュンヘン・オリンピックの選手村をパレスチナ・ゲリラ“黒い九月”が襲い、イスラエル選手団の2人を殺害、9人を人質に取り、イスラエルに収監されているアラブゲリラの釈放などを要求する。しかし、西ドイツ政府はゲリラの要求を飲んだように見せて、飛行機を用意。空港で彼らを急襲し射殺する。人質もまた巻き添えになって全員が死亡する。これが、ミュンヘン事件。映画はこの事件の「続編」を描いたもの。 イスラエル政府は報復を決意、メイヤ首相は情報機関モサドを使い、暗殺チームを組織し、“黒い九月”の幹部を次々と抹殺し始める。映画は、この暗殺団に選ばれた元モサド隊員を主人公に、暗殺による復讐の様子を克明に描いていく。 彼には妻がいて、もうすぐ子供が生まれる。しかし、父親はイスラエルの偉大な闘士であり、彼自身もモサドの優秀な元隊員。彼の身分を保証するものをすべて剥奪され、「存在しない人間」として、暗殺に関わっていく。しかし、何十億という資金を使い、神経をすり減らしながらの暗殺作戦の果てに、秘密を知った者に対する祖国の殺意を感じるようになる。「知りすぎた者は消される」。「存在しない人間」がいつ消えようが誰も気付きはしない。追い詰められた主人公の焦燥と苦悩。 国家は何の痕跡も残さず、自分の恥部を消すことができるということが、この映画を観れば容易に理解できる。汚い仕事をやらせた人間を抹殺するというのは古今東西変わらない、為政者のやること。まさか、そんなこと……時代劇でもあるまいし、痕跡は残るだろう、なんて思うが、例えば無関係の事故を装うこともできるし、何も知らない暴力装置に肩代わりさせることもできる。そう思いながら見ると、実に恐ろしい映画でもある。 国家の恥部を描いた作品−−この映画を撮ったことによって、ユダヤ系であるスピルバーグ監督への毀誉褒貶は凄まじい。アラブ社会からの反論ももちろんだが、ユダヤ社会からは裏切り者の烙印を押されたといっても過言ではない。 「たいていのイスラエル人は、ミュンヘン五輪で大量殺戮事件を起こした者を暗殺するというイスラエル政府の決定に、大きな疑問を抱いてはいない」と書くイスラエル紙「ハアレツ」しかり。 しかし、スピルバーグは、タイム誌にこう語った。 「私にとっては、この映画は平和への祈りでもある。……歩み寄りを拒む人たちも、心のどこかに平和への祈りを絶対に持つべきなんだ。……中東最大の敵は、互いの歩み寄りがないことだよ」 そう、この映画が訴えるのは、9・11以降の米国が陥った「報復の連鎖」への徹底した異議申し立てなのだ。「イスラエルによるパレスチナ暗殺作戦への疑問」という卑小な問題ではなく、まさに全人類が抱える「報復」という名の新たな戦争への異議。それがこの映画のテーマなのだ。 2時間44分。映画は小難しい理屈ぬきに、スリリングでサスペンスフル。舞台もパリ、ロンドン、ベイルート、イスラエル、スペイン、ブルックリンへと目まぐるしく変わり、スパイ・アクションとしても見ごたえたっぷり。 久しぶりにスピルバーグ映画を堪能した。 1800終映。下北沢へ。 18.25、今使っている急須はお茶っ葉が詰まるので、雑貨屋で新しい急須を購入。2500円。「千草」であじ焼き定食800円。ヴィレッジヴァンガードでCD物色。「鉄砲玉の美学」を買うかどうか迷ってペンディング。 19.30、「劇」小劇場で流山児★事務所「ハイ・ライフ」(作=リー・マクドゥーガル、演出=流山児祥)。 登場人物は中年のチンピラ・ヤク中4人。口八丁手八丁、策士のディック(若杉宏二)。刑務所から出てきたばかりの乱暴者バグ(塩野谷正幸)。腎臓病みのコソ泥ドニー(保村大和)。そして、したたかな小悪党、二枚目ビリー(小川輝晃)。 男たちが一攫千金の銀行強盗を企むところから物語は始まる。 目指すは街角のATM(現金自動受払機)。首尾よく成功した暁には、田舎に引っ込んで豊かな老後を満喫しようというデイックとバグ。腎臓パーツを換えて第二の人生を目指すドニー、金とオンナの左団扇を夢想するビリー。胸のうちはそれぞれ。しかし、シミュレーションにも関わらず、土壇場で仲間割れ。彼らの計画は……。 4人の個性がうまく生きた役どころ。その中でもドニー役の保村が儲け役。やせこけ、顔の色艶悪く、まるでホンモノのジャンキー。 台本と役者の演技の巧みさに思わず大笑い。4演目だが、役者の組み合わせによってかなり変わってくるものだ。今回がベスト。 21.15終演。「ふるさと」三階で飲み会。前回出演者の千葉哲也も。小川輝晃、青山勝、塩野谷正幸の4人で話し込む。小川、青山はTRAKOプロデュース公演で、塩野谷、青山は「No2」でそれぞれ共演。塩野谷と青山が「No2」の本番前に相撲を取って青山の鎖骨が折れたという話、青山は第三次演劇団の頃に入団したがチラシ入れを嫌がり逃亡、1カ月で退団したのだとか。電車の切符が買えず、ホームレスに劇団の差し入れ一升瓶を200円で売って電車に乗ったというエピソードも。無名塾に入るつもりで、丹波道場に2年間在籍。同期にあの渡部篤郎がいたが、「彼は当時から売れっ子で、ほとんど研究生の教室には来てなかった」とか。 カクレンジャーのサスケ役、ギンガマンの黒騎士役など、戦隊もので知られる小川輝晃はコンピューターゲームの動きを演じるモーションキャプチャーもやってるそうで、バイオハザードの主役が彼なのだという。モーションキャプチャーの撮影時の様子などを聞く。体に38個の受動体をつけて、それを二十数台のカメラが撮影するのだとか。気さくで話好きの小川、4月には一人芝居に挑戦する。見に行かなくては。 23.15、宴席を抜けて駅へ。0.50帰宅。 2月9日(木)晴れ 1620、K記念病院。 17.30、三軒茶屋。TSUTAYA散策。 19.30、シアタートラムでティー・ファクトリー「フクロウの賭け」(川村毅作・演出)。 舞台は東京郊外にあるペットショップ。初老の男(江守徹)が一人で経営している。 近所付き合いもなく、外界と遮断した生活をしている男が唯一心を許せるのは、店で飼っている白フクロウ。実は、フクロウ屋の店主には人に言えない過去があった。それは15歳だった長男が見知らぬ少年グループの巻き添えになって殺されたというもの。その上、自身が殺人者の心理を扱った哲学書を編集したジャーナリストだったため、世間の好奇にさらされたのだった。 ある日、男の店の上の階に、奇妙な夫婦が越してくる。中年の男(手塚とおる)と若い妻(高橋かおり)だ。世間から逃れるように、ひっそりと暮らしている2人。 ふとしたきっかけで、この二組の隠遁者たちが、関わりを持ち、そして過去が交差する。異常な敵意と憎悪。その果てにあるものは……。 通俗的な物語展開と見せて、人間の記憶と憎悪の連鎖の綾なす微妙な心理描写。それに焦点を当てた川村毅の「心の闇シリーズ」第二弾。 心に闇を抱えた江守徹の複雑な役どころ。その男を表現する演技が素晴らしい。ときおり見せるリチャード三世ばりのドス黒い悪意。軽さと重厚さがない交ぜになった演技が絶妙。対する手塚とおるも屈折した役どころは天下一品。ただし、「中年男」という設定には若すぎる。妻役の高橋かおりと並ぶと兄妹に見えてしまう。が、そんな些細な違和感は別にして、今回の川村毅の演出は的確で見事。心理ノワール劇として最上の出来。 劇中、事あるごとに、鳥や人を襲い、鳥屋の主人にエアガン、ボーガンまで持ち出されるカラスの隠喩は犯罪報道におけるマスコミ、あるいは大衆の悪意なのか。 1時間50分。H井さんに挨拶して家路に。 22・45帰宅。 2月8日(水)晴れ 9.00起床。14.30、東電からサービスマンが来て、室内の配線をチェック。あまりにもブレーカーがひんぱんに落ちるので、おちおち電子レンジ、ヘアドライアーを使ってられない。全体で50アンペア。しかし、配線回路の関係で、一部に負荷が偏ってしまうらしい。全体の容量はこれ以上上げられず、電気機器を使用するとき、一部の回路に負荷がかからないよう注意しながら使うしかない。 室内の回路図が分かっただけでも儲けもの。 古いVHSをダビングしていると、引っ越しのときのアルバムと同じで、ついつい見てしまう番組がたまにある。 87年のビデオだろう。NHK特集「ホーティーキューの結婚」が録画されていた。画面につい引き込まれてしまう。 1969年、一人のベトナム人少女が日本にやってくる。戦災孤児ホーティーキュー、12歳である。福島に住む日本人僧侶に引き取られ、日本で12年間を過ごす。ベトナム統一後、彼女は日本を去り、西ドイツへ向かう。 そこで、ベトナム人医師と出会い、86年9月、結婚する。 ベトナム戦争の悲劇の象徴として日本のマスコミの寵児であったホーティーキュー。 しかし、当時、報じられたように、彼女は戦災孤児ではなく、生き別れになった父と母、そして妹がいた。 長い間、その秘密を抱えたまま幼少期を過ごし、日本で看護婦となったキュー。番組は、キューの結婚式を取材しながら、キューの過去と現在を交差させ、ベトナム戦争によって生まれた、「悲劇の少女」の真実に迫る。 利発な目をしたベトナム人少女の成長と癒されることのない魂の軌跡。 画面にくいくい引き込まれとうとう最後まで見てしまう。この番組から20年、50代になったキューは西ドイツから統一ドイツへ、また二つの祖国の間で翻弄されたのだろうか。 夜、3月に予定している両親の法事の日時を本家に打診。田舎の事情も考慮に入れなければならないという煩雑さ。死して後もさまざまな雑音に悩まされるのは両親とても本意ではないだろう。自分が死んだなら、子らに極力負担はかけないようにしなければ。もっとも、その時は、故郷はもはや忘却の彼方なのかもしれないが……。 夜、テレビのクイズ番組を見ながら家族団らん。 2月末までに体重を4`落とすことを宣言。「できなかったら、何を買ってくれるの?」と豚児。さて、どうなるか。夜はやはりお腹がすくし……。 23.30就寝。 2月7日(火)晴れ 朝、雪で路面が凍結。始発の電車のダイヤも乱れた様子。6.02発の電車は定刻どおりホームに滑り込んで来る。 午後、秋篠宮の第三子懐妊報道。男子誕生なら皇位継承順位第三位になるとか。皇室典範改正論議の最中のタイミング。4月になれば性別が判明するので、改正論はその時点まで鎮火? いくらなんでも今国会での改正という危険は冒さないだろう、コイズミ。 「皇族最大の公務は子作り」を地でいった秋篠宮。兄の立場はない。 しかし、21世紀になっても「連綿とした血筋」の方々が「制度」として残っている日本という国は……。 19.00、銀座・博品館劇場で「6週間のダンス・レッスン」(原作=リチャード・アルフィエリ、演出=西川信廣)。 ダンスのインストラクター、マイケル(今村ねずみ)は、68歳になる未亡人リリー・ハンソン(草笛光子)と6週間のダンスレッスンの契約を交わす。1週目スウィング、2週目タンゴ、3週目ワルツ、4週目フォックスロット、5週目チャチャ、6週目コンテンポラリーダンス。 マイケルは同性愛者であることを告白。リリーも年齢を4つサバを読んでいることを告白。年齢も生き方も違う2人の出会い、反発、そして和解がユーモアとウィットに富んだセリフと、それぞれのダンスシーンを織り交ぜながら描かれる。最後は10週目のボーナス・ダンス。 なんといっても、草笛光子がいい。セリフも明瞭、ダンスをする姿勢、リズムも素晴らしい。72歳とは思えない若々しいプロポーション。ただ、ソシアルダンスのとき、二の腕の筋肉の衰えが目立ってしまうのが難。 会場は草笛、今村ファンが半々か。カーテンコールも熱狂的。 休憩時間に、宣伝会社「る・ひまわり」のHさんと立話。前からよく顔は合わせるのに、プライベートで話をするのは初めて。「○○さんって、近寄りがたい雰囲気があるじゃないですか。社内でもよく話題になるんですよ」 フーム、そうなんだ。どんどん近寄ってほしいんだけど……。 21.20終演。23.00帰宅。 2月6日(月)晴れ 底冷えのする一日。関東地方に雪の予報。 土曜のうちに今日の仕事のほとんどを終えていたので朝から左団扇。15.00、K企画のK地氏が紅王国のN氏と来社。3月公演の件。 15.30退社。草加で途中下車。丸井の中のジーンズショップでジージャン試着。デザインはいいのだが、サイズがない。残念。 昨日から、ハインラインの「夏への扉」再読。恋人と仕事上のパートナーに裏切られた主人公がヤケになって冷凍睡眠機で人工睡眠。30年後の2000年によみがえるが……というタイムパラドックスものの傑作。今読んでも新鮮で面白い。1987年に世界恐慌が起こったという設定は、まさに90年のバブル崩壊を予見したものともいえる。 2000年の世界の新聞の見出し。 「今日のあなたの星占い」に混じって、「市長、新設貯水場開きに祝辞」保安所例、新聞の自由に抵触か」 「異例の暖冬異変、ウインタースポーツを脅かす」 「パキスタン、インドに警告」「人工授精母性団体、賃上げを要求」 当たらずとも遠からず、といったところ。 「風邪が一掃されて、鼻水をたらしている人の姿はない」というのはハズレ。 人の話す言葉を解析し、そのまま文書に打ち出す秘書ロボットというのは、すでに、ICレコーダーで可能になっている。 ハインラインの想像した2000年はとっくに過ぎたが、自分が36年前に想像した「未来」はどうだっただろう。 手塚治虫の描くマンガのように、ビルの間を高速道路が張り巡らされ、無人モーターカーが駆け回っている……なんていう空想科学とは似ても似つかない現在の姿。未来を見通すのは難しい。 しかし、36年前にこんなにコンピューター社会になろうとは、想像もつかなかった。個人に1台コンピューターなんて、誰も考えなかったに違いない。 15歳、寮では手回しの脱水洗濯機だった。自動でお風呂が沸き、自動で洗濯・乾燥まで……30年前からワープしてきたら、やはり目を回すのだろうか。 この先30年後の世界はどうなっているのか。その時、生きていれば、どんな感慨を持つのだろう。 ウニ氏のブログで「Study Ties Political Leanings to Hidden Biases」 ― ワシントン・ポスト紙の興味深い記事を紹介している。 一月末に開かれた Society for Personality and Social Psychology で発表された二つの論文のうち二つ目。 バージニア大学の Brian Nosek さんたちの研究は以下のようなもの。 白人の被験者に黒人と白人の顔写真を見せて、思いついた言葉をいくつか言ってもらい、肯定的な単語、否定的な単語が出るまでの時間を計る。まず、全般的に、白人の顔写真を見た時よりも黒人の顔写真を見た時のほうが肯定的な単語が出るのに時間がかかることが観察される。 つまり、潜在的な偏見があると考えられる。次に、そのようにして計った偏見の強い被験者を地図上にプロットしていくと、大統領選でブッシュ候補の得票が多かった地域と相関が見られる。 もちろん、ブッシュ大統領自身がマイノリティに対して強い偏見を持っているかは、これでは分からないが、彼の政策が、マイノリティに対して強い偏見を持っている人によって支持されていることが分かる、ということである。 この結果は、先行研究とも合致するものであるが、女性が中絶を受ける権利を支持するか否かなど、他の要因と支持政党との間の関係よりも相関が高いのかどうかなど、まだこれだけでは分からない、「この結果に懐疑的である人は、現実を否認しているにすぎない。過去50年間の調査で、人種的な偏見と共和党への支持との間に関連があるのは明らかだ」などの専門家によるコメントが付されている。 まあ、外から見ると、共和党も民主党も大差ないように見えるのではあるが、何となく「やっぱりそうでしょうねえ」と言いながら信じてしまいそうな結果だ。もちろん、共和党支持者でも偏見のない立派な人はいると思うのだけれど。 日本でも、特に韓国や中国を蔑視しているような人(本人は偏見ではなく愛国心だなどと主張したりする)、軍国主義的な発想の人、自民党なり小泉、安倍晋三なりを支持する人、などの集合の間にかなり強い相関関係があるだろうなあ、などと思ってしまう今日このごろ。 もし、日本でも同じような調査をしたらどうなるか。 ”日本人”、在日朝鮮・韓国人、中国人、アイヌ民族、沖縄民族……。おそらく相関関係は出現するに違いない。 原発、海岸埋め立て、遺伝子組み換えなど環境問題に鋭敏なグループはマイノリティー問題にも鋭敏であるだろうし、人権問題、憲法問題にも敏感であるに違いない。言ってしまえば、世の中には権力が大嫌いな人間と、権力に迎合する人間の二種類が存在する。そう言ってしまえば、ミもフタもないが……。 17.00帰宅。 豚児は今日も風邪で学校休み。娘はもう学校に行く必要がないということで、家でのんびり。向学心があるようで、点字の通信教育に熱心に取り組んでいる。最近、テレビドラマを見ながら、意外と骨のある意見を言うので、父を内心喜ばせている。 祖父母が元気だったら、孫の姿に目を細めただろうに。位牌に手を合わせるたびに、「どうして、ここにいないのか」と詮無い思いに駆られてしまう。肉親を亡くした人は皆そう思うのだろう。「なぜここにいないの?」と。 2月5日(日)晴れ 子供たちが、それぞれ「縄跳び大会」「卒業演奏会」の予定で、躰道稽古はお休み。ところが、朝になると、片や、熱発、片や熱と嘔吐で2人ともダウン。風邪か。 この日のために、家人と役割分担を打ち合わせたのにすべてパー。 PTAとしての一日が消え、いつもの日曜日に。 「自分は高校時代、寮生活で1週間に何回銭湯に行っていたのだろう」というのが気になって、当時の日記を繰ってみる。 当時は銭湯代40円。寮費が三食付で5500円。毎日行ってたらばかにならない。たぶん週に二度か三度。週末になると寮の仲間で徒党を組んで銭湯に行った記憶があるから、もしかしたら週に1回? 1972年5月の日記にはそんな記述は見当たらない。 「ショッピングセンターで半袖Tシャツ1200円で買う」 34年前でTシャツ1200円とは今と比べて高い。でも、LPレコードだって3000円だったから、物価としては今の方がかなり割安か。 寮の門限は何時だったのだろう。 「7時に先生が来て点呼」とあるから、7時が寮の門限だったのだ。これ以降の外出は、近所の酒屋に先輩のお使いで、コーラのホームサイズを買いに行くだけ。就寝時間も午前2時過ぎ。よくこれで朝6時に起きていたものだ。高校生は睡眠時間がなくても平気だった? いや、授業時間の居眠りは日常茶飯事。やはり睡眠は足りていなかったのだろう。 「母から2千円送られてくる。幼稚園に勤めて、初めて給料をもらったので送ってくれたのだ」 そうか、この頃、母は高校に行った息子の仕送りの足しにするため、仕事を始めたのだ。体の丈夫じゃない母だが、土方仕事もしていた。 「今日、コロポで日野皓正のジャズ公演があるので、放送部から1KWのスポットを借りていった」 へー、あの日野皓正がM市の喫茶店でライブをやったのか。30数年後のへえー。 「エドウィンのジーンズ2600円、W30でぴっちりしていい感じ」 ジーンズのサイズはその後ずっと31をキープ。これだけは譲れない。 「放課後、××にこう言われた。『あのね、○○くんが私のこと思ってくれるのはうれしいんだけど……。○○くんにはもっとふさわしい人がいると思うの……』」 おっと、そう来たか。日記のほとんどが片思い日記のようなものだったからなぁ……。 高校時代の日記というのは結局、自分の悶々とした思いを浄化するために書いたようなもの。後で読み返す気恥ずかしさ。大根一本の値段を書いていたほうが役に立つのかも……。 2月4日(土)晴れ 午前中に仕事を終えて、午後からはのんびり。新聞の縮刷版で72年のラジオドラマのデータを調べたりしながら、16.40まで会社。 躰道のY先生に企画モノの件で電話。 17.15、上野でDさんと待ち合わせ。生ビールをお代わりしながら、19.00まで四方山話。場所を変えて、二次会、三次会。M野さん、M田さん、落語家の大楽さん、T脇くんの6人。気の置けない友人たちとの語らいに時間を忘れ、気がつくと終電時間。ギリギリセーフ。1.00帰宅。 2月3日(金)晴れ 16.30、朝一で、浅草のフープディドゥーに電話すると、「原宿の直営店の方へぜひどうぞ」というので、仕事を終えて原宿へ。竹下通りの先にフープディドゥーの直販店。こじんまりとした店だが、さすがの品揃え。探していた靴も各種サイズを取り揃えており、すんなりゲット。1万8690円。目移りするほど、いい靴ばかり。あっさり見つかったので拍子抜け。恋愛と同じで、やや熱がさめ……。 原宿の雑踏を抜けて新宿へ。南口の信州屋でイワシ定食700円。米国産のイワシだとか。 時間に余裕があるので東急ハンズへ。各階を散策。娘の部屋のコンセント・カバーが壊れていたのを思い出し、花模様のカバーを。普通のカバーは120円だが、こちらは500円。前から欲しかったハンガーを3本。1本680円。ハンガーといえども結構な値段。 19.00、原宿駅から歩いて青山通りまで。青山スパイラルホールで青い鳥「もろびとこぞりて ver2・3」。北村想がプロジェクト・ナビのために書き下ろした作品を「青い鳥」のためにバージョンアップ。 ある喫茶店で、まだ見ぬ演出家を待つ3人の女優。待てども姿を見せない演出家。やがて、主役をめぐって3人の女優が火花を散らし、妄想が妄想を生む。彼女たちが待っているのは演出家なのか、それとも……。結成32年、役者を演じ続けてきた青い鳥のメンバーが、演劇とは何か、人生とは何かを見つめる会話劇。 「寺山修司の”田園に死す”って見たことあるでしょう。あの最後のシーンは青森の家のセットが倒れると、そこは新宿東口で、役者たちが去っていくのよね」 ここで、「あー、あー、あああああー」というJ・A・シーザーの物悲しい旋律を3人が唱和。 「でも、あの有名なシーンに、実は元ネタがあったって知ってる? 川島雄三監督の幕末太陽伝。フランキー堺やスタッフの猛反対で、実現しなかったけど、あの映画のラストシーンは品川宿のセットが倒れて、現実の風景が見えるって、そういう構想だったんだって」 「寺山修司がそのことを知ってたのかなぁ」 ……などという会話も。唐突に「田園に死す」の話題を振ったり、会話の中身はほとんどが60〜70年代。ザ・ピーナッツの歌を3人が歌い踊るという趣向も。同世代なら耳になじむ話題も、会場の10代、20代の女性はどのように聞いたのだろう。32年間演劇と格闘してきた「青い鳥」の演劇への思い。 20.40終演。22.00帰宅。 2月2日(木)晴れ おととい、池袋パルコの靴屋で見た「フープディドゥ」の靴のことが頭から離れない。一目で気に入ったヒールシューズ。グレイカラーがジーンズにもよく映える。型も実にオシャレ。靴一足でこの胸のときめきは何十年ぶりか。 売り切れたらどうしよう、などと考え出したら、いてもたっても居られず、早めに会社を出て池袋へ。パルコ別館。タワーレコードに行くだけで、奥の店までは見たことがなかったが、レディースショップの先に、メンズのシューズショップ。「06年新作」と銘打ったラベル。1万9000円。 さりげなく、店員を呼び、サイズを告げる。奥の倉庫に行った店員が「申し訳ないんですが、サイズは店頭にあるだけなんです。メーカーに注文しても、もう売り切れで手に入らないんです」 ショック。店頭にあるのは25.5センチ。 やはり、いいものは足が速い。 16.00、K記念病院で鍼。 18.00、帰宅してすぐにネットでフープディドゥの靴を検索。小一時間かけて探すが、ない。あのお気に入りの靴。ショック。たかが靴一足だが、本当に気に入った靴はなかなかないもので……。 明日、都内の靴屋を回って、探してみよう。……こりゃ、重症だ。 2月1日(水)雨 朝から、しのつく雨。午後、家人とダイエーに買い物に行ったついでに、DVDーRを買ってくる。VHSテープの整理のため。 帰宅して、HPの音楽情報を更新。 2月に入ったので、日記のページのファイルを新規作成。この作業をするたびに、月日の流れを感じる。もう1年の12分の1が過ぎたのか……。早過ぎる。 |