10月31日(火)晴れ

 朝、目が覚めて、顔を洗いに洗面所に行く。鏡に映った自分の顔を見ながら、「あーあ、会社なんか行きたくないなぁ」と思ってしまう。朝5時。マンションは静か。皆寝静まっている。
 そんな時間に起きて会社に出かける。20数年変わらぬ毎日。詮無いことと思いつつ、いやだ、いやだとつぶやいてしまうのだ。もっとも、仕事があるうちはいいと思わなくてはいけないが……。

 1900、新宿。紀伊國屋ホールで扉座「ご長寿ねばねばランド」。横内謙介が介護センターに入所している自分の祖母をモデルに書いたものとか。老人だけが暮らす島を舞台に、そこになぜか訪れた3人の老女と島の人々の交流が描かれる。岡森諦、六角精児、杉山良一、有馬自由……今回は創立メンバーが勢ぞろい。老人メイクで熱演。累央、山中崇史が抜群にうまい。

 扉座版「老ピーターパン」。
 帰りに、江森さんと駅まで。「ひどいね」。江森評は厳しい。

10月30日(月)晴れ

 息子の誕生日。夕方、歩いて15分ほどのショッピングモールへ。自転車が一台しかないので、それを使わず、二人で肩を並べて歩く。久しぶりに。彼が子供の頃、虫採りに行った空き地。今、その上にはショッピングセンターが建っている。風景も一変。住宅が立ち並び、引っ越してきた頃の面影はない。TSUTAYAでゲームの攻略ソフトを。

 本当は誕生日プレゼントに携帯ラジオを用意していたのだが、「欲しいものがいい」と。

 しかし、ラジオを渡したら、意外に嬉しそう。私も中学に入ったとき、トランジスタラジオを買ってもらったっけ。ちょうど若者向け深夜放送が開始されたころ。ラジオは未知の世界を連れてきてくれた。電波を通して、聞こえてくるはるか彼方の世界。町が寝静まった頃、一人、布団の中で聴く深夜放送。あの頃は、ヒット曲はみな深夜放送から生まれた。深夜放送で火がついて、それからテレビが飛びつくというパターン。かぐや姫の「神田川」など、深夜放送で人気が出てから1年後にようやくテレビのヒットチャートに乗った。ラジオが最新・最先端の情報を届けてくれた時代。

 夜、「寝る前に聴くよ」と布団に入る息子。嬉しい。



 
10月29日(日)晴れ

 千駄ヶ谷の東京体育館で躰道全国選手権大会。
 支部の選手を応援に行こうと思ったが、何やかや、家の都合で間に合わず。

 パンフレットに載った躰道二代目宗家の言葉と大会会長の言葉が躰道の何たるかを言い表している。

 混迷する世界情勢、危機を煽る政治家。しかし、躰道は沖縄出身の元特攻隊員によって作られた「平和のための武道」であるということ。これは躰道協会員として胸を張って誇れる。

 以下、抜粋して記述しておく。


(前略)

 よく「歴史は繰り返す」と言われますが、絶対に繰り返してはいけない戦いの歴史を、教訓としてどのように次世代に伝えられるかが、今世紀の武道に求められています。現在、世界の人口は63億ですが、世界がもし1OO人の村だったら」という本にもある通り、「1OO人のうち20人は空爆や襲撃、地雷による殺戮や武装集団の暴行や拉致におびえている」と言います。そして同じ100人のうち「いやがらせや逮捕や拷問や死を恐れずに信条や良心に従ってなにかをし、ものが言えるのは52人である」と。

 2001年9月11日。21世紀に入るや否や、前代未聞の同時多発テロにより地球上の「絶対」が揺るいだ象徴的な大惨事が起こり、世界中を震撼させました。完全に守られていると思われた、少なくともそれまでは安全と思われる条件下で急所を深く攻め入られた一撃でした。真剣勝負を生きぬく武士道の在り様は、古くは人対人の斬りあいに始まりますが、国家問、又、信条の隔たりと言った、相対する二者間にはどんな時代にも攻防が伴う以上、どれだけ科学が進歩しようとも、いつ、どこで、どのような相手にどのように攻め入られるかわからない無限定性に対し、それを回避する方法を考えなければならない。私達はそういう時代を背負っています。

 ミクロがマクロにつながっていることを予測できる道具として、コンピューターは20世紀最大の思想家であったと言えます。そして、21世紀を生き残る思想とは、むしろ、生身の人問の五感や感性といったアナログ的なバランス感覚に依存するところが大きくなると思われます。
 テリトリー(領域)の侵害が争いを引き起こします。そして、その戦いを回避する抑止力とは銃撃弾でも核ミサイルでもなく、人問の理性であり、人間性そのものであるということを広く躰道が唱え続けて行かなければなりません。

 40年前には論証不可能と目されていた伝統武道の可能性を切り開いたのが躰道創始者であるならば、その普遍性が着実に人類に寄与する事を証明し続けて行く事が、次の世代に託された使命でありましょう。
(後略)
(躰道二代目宗家 祝嶺正献)



(前略)

 躰道が世に出て40年を越えました。太平洋戦争の末期、特攻隊員として特別な訓練を受け、そのとき体得した祝嶺最高師範の貴重な体験の中から躰道の基本原理が生まれました。戦いを体験し九死に一生をえて、平和であることの大切さ、生命の尊厳を強く意識し従来の武道に対する古い概念を破って、全く新しい概念の武道「躰道」を創始されました。ゆえに躰道が平和を前提とし闘争を否定する武道であることをご理解頂けることとおもいます。

 また躰道は創造・進化の武道と謳っておりますが新技創作にあたって重要視される考えは共存のための調和、共栄のための創造であります。躰道の理念の中には随所に平和の思想が浸透しております。21世紀に入り早6年が経過しました。今世紀こそはと願った平和も遠のいて毎日犠牲者が出る争いが地球上のどこかで続いています。人間の英知がそこには及ばないのでしょうか。人類は平和を望まないのでしょうか。人と関わって争いを起こし、社会と関わって破壊を試み、白然と関わって汚染を続ける。このようなことは躰道の理念とはまったく逆の動きで、容認できず、強い憤りを覚えます。

 仲良く共存を保ち、工夫して共栄を試み、進んで他人との関係を作り、是が非でも平和、自由、平等、幸福で豊かな生活を営める世界を、最前師範は躰道の未来に託しました。先生の夢を受け継ぎ、躰道の普及発展が世界平和への近道であると信じ、これからも会員一同団結して前進してまいる所存であります。
(NPO法人 日本躰道協会会長・中島章皓)


1500、家人とOPAへ。豚児の誕生日プレゼントを買うため。
ロバートランドルフ タワーレコードでソニー・ロリンズの「サキソフォン・コロッサス」、ロバート・ランドルフ&ザ・ファミリーバンド「カラー・ブラインド」。エリック クラプトン、スティーヴン・タイラー、デイヴ・マシューズをフィーチャー。重量級のロック。

 今日はNHKのBSで「つま恋コンサート」再放送。拓郎&かぐや姫を聴いてるうちに、耐え切れずギターケースからギターを取り出して爪弾き。練習しては中断、練習しては中断で高校時代からまったく上達しない。「花嫁になる君に」だけは、コード進行をおぼえているかな?

 大声で歌ったのは久しぶり。拓郎は「元気です」まで。かぐや姫は「三階建ての詩」まで。追いかけた期間は短い。プレーヤーも持っていないのにファーストアルバム「はじめまして」をすぐに買ったかぐや姫。もっとも、「マキシーのために」を歌っていた「初期のかぐや姫」の印象が強烈だったっけ。そんな昔(!)を思い出しながら歌う歌。
「あの人の手紙」は当時はベトナムを念頭に置いた画一的な反戦歌と思っていたため、さほど好きな歌ではなかったのだが、今聴いたら、つい涙が出てしまう。30年たって、今の日本にこそふさわしい歌になってしまったのだ。戦場への招待券をもらった若者が死者となって恋人の元へ帰ってくる。悲しませないように……。


10月28日(土)晴れ

 1330、亀戸カメリオホールで「ステッピングアウト」。今でも亀有リリオホールと亀戸カメリオホールを混同してしまう。亀戸に着いても一抹の不安。間違えてないよなぁ。で、やっぱり駅前をウロウロ。亀戸と亀有は駅前風景も似てる?

 客席の年齢層はかなり高い。60代中心。主演の前田美波里のファンか。

 プロダンサーとしての舞台経験もあるメイヴィス(前田美波里)は、今は田舎町のカルチャースクールで素人相手にタップダンスを教えている。自己主張の強い生徒たちに手を焼き、ピアニストのミセス・フレイザーに叱られたりしながら、なんとなく過ぎていく日々。そんな中、突然、チャリティショーの振付と生徒たちへの出演依頼の話が舞い込んでくる。人前で踊ることなど夢にも考えていなかった生徒たちだったが、期待と不安を胸にショーへの出演を決意する……。(以上HPから)

 休憩15分を挟み約2時間45分。抑えていたのを解き放つようなフィナーレのタップショーの華やか。

 第1部、客席で二人の家族に介護されて座っていた高齢の老女が時折り、むずかって大声を上げたりするため、客席と舞台が凍りつく。芝居の上演中にあれほどの大声を聞くのは初めて。間断なく独り言を繰り返す老女。介護してまで劇場に連れてくる必然性はあったのか。休憩時間に帰ったが……。

 出演者の東てるみ。すっかり貫禄が出て……。昔はほっそりとしたカバーガールだったのに。同世代として複雑な心境。

 1620終演。いったん会社に戻り、後片付け。
1800、池袋サンシャイン劇場。TSミュージカルファンデーション「AKURO」。並びの席にM井国夫。女の子二人に囲まれて海外旅行のエピソードなどを滔々と披露。サービス精神旺盛な人。

 さて、物語は……。

 大和朝廷が京に都をかまえた頃。陸奥(みちのく)の胆沢(いさわ)城に、降伏した蝦夷(えみし)たちの監督のため、若き軍人・安倍高麿(あべのたかまろ)が赴任して来た。そこで彼は、敬愛する大将軍・坂上田村麻呂より、蝦夷の隠れ里「鉄の谷」探索の極秘指令を受ける。やがて、高麿の前に現れる謎の若者。その若者の導きで高麿が目にしたものは……都で耳にした話とはまるで違う、大和による侵略の凄惨な真実だった。(HPあらすじ)

 マイノリティーに対する強者の論理。歴史は常に勝者の歴史。滅ぼされた「まつろわぬ民」は歴史から抹殺されるか、「鬼」として忌み嫌われる。

 田村麻呂に心酔しながらも、次第に弱者の側に身を寄せ、最後はナゾの青年=悪路王(アテルイ)と同化する高麿の生と死を通して、普遍の命=平和を希求する。

 原始の息吹を感じさせる冒頭の群舞。愛知万博の「一粒の種」を想起させるダイナミックさ。この冒頭ダンスだけで、もう胸は高鳴り血が沸騰。

 今回は衣装といい、歌、ダンスといい、いつも以上の気合い。
 物語も剛球一本。最後の10分間の戦闘シーンは泣けて泣けて、涙がボロボロ。こんなに泣けたTSミュージカルはない。
 カーテンコールの熱狂。三度のカーテンコール。客電がついて、アナウンスが流れても、席を立たない観客。着替えに入った役者が引き戻される。オール・スタンディング。これほど感動的なカーテンコールは見たことがない。

 終演後、謝さんに挨拶。「イラク戦争、アメリカに征服されたネイティブアメリカン……普遍的な題材なので、これが全世界で上演されるといいですね」と。

 2130、秋葉原の電器店。切れたカセットテープの補修テープを買ったら1000円。高い。これならCDを買いなおしたほうが安上がりだったか。
10月27日(金)晴れ

 娘の誕生日。されど、主役不在。年頃になると家族と一緒より……。
 父はさびしい秋の暮れ。

 テレビのワイドショーで「J生万才」が紹介される。今日の特集「60年アイドル」が受けた。T取さんにメールすると、「N森明夫さんからも電話があった」と。テレビの力は大きい。

 駅に着いてTSUTAYAへ。拓郎の「青春の詩」が聴きたくなったのだ。しかし、置いてない。タワーレコードにもない。昔のアルバム、再発されてもすぐになくなるのか。
 家に帰り、カセットテープの「青春の詩」を聴こうとしたが、テープが絡まり、グチャグチャ。涙を飲んで切断。

 A川マキさんに電話。明日、ピットインでライブ。

10月26日(木)晴れ

 朝からハンパじゃない忙しさ。時速150`で高速道路を5時間ぶっ飛ばすような疲労感。

1815、青山通りの和食店でさんま定食1000円。いかにも「青山です」みたいなシャレた店。ちょっと気詰まり。

1900、青山円形劇場でROLLYのライブ。音楽監督は中西俊博。04年の「ア・ラ・カルト」以来、意気投合したようで、今回もジャズ、シャンソン、ポップス主体のライブ。もちろん、エレキギターで華麗な演奏テクニックも。

 第1部ではマック・ザ・ナイフにのせて「自分史」を。「拓郎に魅せられたあの頃」との歌詞。ROLLYと拓郎。いかにも「ギターおたく」のROLLYにはありそうな遍歴。

 しかし、それを裏付けるように、コンサートの途中で、拓郎の「青春の詩」に入っていた「男の子 女の娘」のサビの部分「あきもしないでいつまで続ける このひとときだけが欲しいの」を、別の曲に挟み込んでいたのに思わずニンマリ。

 会場の中でこのことに気がついたのはほかにいないだろう。拓郎のアルバム「青春の詩」を聞き込んだ世代。会場にいそうもないもの。ROLLY、味なことやる。 2120終演。
10月25日(水)晴れ

 休日。0630起床。義父の23回忌で房総方面へ。電車を乗り継ぎ2時間半。義母と義妹、家人の4人だけのささやかな回忌。30分ほどで終了。

 77歳だというお寺の坊さん。奥さんは老人ホームに入所しているとかで一人暮らし。「最近、賽銭泥棒が何件かありましてね」とボヤキ。続いて、70代の義母に向って、「お葬式のときは、この寺を使った方が安上がりです。3万円で済みます。葬儀屋に頼むと何十万も取られますから」と。何と言っていいやら、義母も苦笑。

「私が死んで代替わりしたら、新しい住職が言ってくれるかわからないからね」とお坊さん。まあ、その親切心はわかるのだが。
「何よ、あの坊さん。失礼しちゃうわね」と女二人はプンプン。

 タクシーを呼んでお墓に卒塔婆を建てに。郊外にある共同霊園。一度も会ったことのない義父が眠っている墓。
「寒桜!」「今頃……」「いつもは12月頃に咲くんだけど」
 タクシーが霊園を出る時、寒桜の木に白い花が咲いている。「珍しいですね、今頃」と運転手さん。
「おとうさんが見せてくれたんだ」と義妹。

 近くの料理店で食事をして一休み。
 1500にG駅を出発。帰宅は1800。
10月24日(火)雨

 1900、池袋。シアターグリーンBIG TREE THEATERで演劇企画集団THE・ガジラの「わが闘争」。

 舞台はある山村の小学校教室。妊婦殺しがあり、容疑者は逃走中だという。被害者の夫、兄、その妻で容疑者の姉など事件の関係者が一堂に集められ、尋問を受けている。冷静を装うベテラン刑事とやたらとわめき散らす若手刑事のコンビ。意味のない会話、周辺事情が積み重ねられ、やがて浮かび上がる血縁・地縁の果ての陰惨な事実。


 「八墓村」のモデルとなった津山30人殺し事件をモチーフにしているというが、鐘下辰男の狙いは、閉塞した状況下での濃密な人間関係をあぶりだすことにある。

 冒頭10分間、ピクリともしない俳優たちの「無音」の緊張感。息詰まる舞台。剣幸、斎藤歩、山崎清介、小林勝也と一騎当千の役者たち。その中で高田恵篤の演技と存在感がひときわ光る。詰襟の学生服を着た亡霊。物語の核心に迫る後半は能弁になり、「暗黒舞踏」まで披露する。その肉体の様式美。鐘下辰男は「国粋主義者のための戦争寓話」で若松武史に大滅亡を演じさせたが、今回は「暗黒舞踏」。その趣向に客席の緊張感が少しだけ緩む。

 それにしても、高田恵篤は最近いい仕事をしている。

 約2時間。客席で塩野谷さんに挨拶。「てっぽう玉」公演が間近だが、今日はオフ日だとか。商業演劇から新劇まで外部演出で超多忙の演出家の松本祐子さん。「もう、今年はおしまい。年末まで仕事を入れてない」とか。

 隣席にガタイの大きなおじさん(舞台関係者?)。疲れているのか、開演間もなくスースー寝息。時々いびき。すぐに持ち直すが、またスースー。その繰り返しが耳障りで、前半芝居に集中できず。シアターグリーン、もう少し座席がゆったりだといいが、隣の席の人と肩が触れ合ってしまう。

 終演後、楽屋に寄らず、まっすぐ帰宅。外は雨。

10月24日(火)雨

 T氏から、少年ジェットの敵役ブラック・デビルを演じた高田宗彦氏が女優の松本留美さんの父親だという話を聞いたので、真偽を確かめるべくネットを検索していたら、該当記事を発見。
 本橋信宏氏が「創」2005年11月号でルポートしている。本橋氏56年生まれ。ブラック・デビルのその後をずっと気にかけて探し続けていた当方としては、「してやられた感」で無念。しかし、あれほどの人気のあった俳優が、その後、大部屋俳優として大映に戻り、たいした役も与えられず、倒産後は、演劇学校で80歳まで後進の育成に当たっていたとは……。本橋氏の調査の1年前に高田氏は亡くなっていた。少年ジェットの時代を振り返り、「少年ジェットに出られたことと、よい友人がたくさんいたことで、僕の人生には何の後悔もない」と娘の留美さんに語っていたという。


 
10月23日(月)雨

 中川昭一自民政調会長が「日教組の教員は免許剥奪だ」と毎日新聞のインタビューに答える。教員免許更新制度の本当の狙いがどこにあるか、語るに落ちたとはこのこと。

 日本も核を持つべきと思っているのなら、どうぞご勝手に。それを支持する人たちもご自由に。ただし、この狭い日本、核実験やるなら実家の前でどうぞ、と言っておこう。核施設が密集しているという理由で本州北端の半島でやらないように。

 神奈川と大阪の衆院補選で自民2勝。低投票率に助けられた安倍首相。この国の民度の低さといったら……と、ついグチも出る。

10月22日(日)晴れ

0900〜1200、躰道稽古。学生大会開催日なので、壮年と少年少女だけ。勝手の違う稽古風景。

1330帰宅。

10月21日(土)晴れ

 1330、市ヶ谷到着。高校の同窓会東京支部総会・懇親会。偶然、43期のN本柳さんと「同伴出席」。
 今回は昨年よりも20数人多く、来賓を含んで150人ほどの参加者。会場が狭く感じられるほど。
 1600終了。二次会は代々木。幹事らと移動。
 今年は二次会も大盛況で座る席もないほど。約50人。

 一桁期も多く、酔うにつれ、始まる懐古談。そして下北の歴史話。南北朝の時代から説き起こされ、津軽との反目、斗南藩の労苦まで。年を取ると誰もが自分のオリジンが気になるようだ。
 2030、解散。S会長、N二本柳さんと電車に。

 会長のS田氏が亡くなったというのに、会は何事もなかったように盛況で続いていく。会長として骨身を削って同窓会の活動をしてきたS田会長。人の世の無常。


10月20日(金)晴れ

 1830、サザンシアターでシアター21「あのやさしい夜の中へ」
 RUP、H本さんに挨拶。


 偏屈で頑固な老作家と、年の離れた妻。昔捨てた恋人との間にできた一人息子(映画のシナリオ作家)。人生の終焉を意識し、長年、断絶状態にあった息子と和解しようと願う老作家。しかし、思いながら、会えば自分の我を通してしまう不器用な男。

 妻はかつて妊娠しながらも夫によって母になることを拒絶された過去がある。
 一人息子の恋人が妊娠。人が変わったように好々爺に変じる夫への屈折した愛。
三者の葛藤がスリリングに描かれる。

 そのスパイスになるのが、老作家のある願いを受け入れるために訪れるナゾの男の存在。
 いかにもイギリス作品らしい知的な人間ドラマ。

 倉野章子はさすがの貫禄芝居。しかし、老作家役の民藝俳優はセリフに詰まること度々。必死に思い出そうとしている切迫感が伝わってきて、息苦しくなる。セリフの入らない役者は観客の心臓に悪い。

 客席スカスカ。演劇シーズン、地味な作品だからか。

 終演後、M紙のT橋さんに誘われビール。2300まで。

10月19日(木)晴れ

 1400、年に1度の交渉デー。しかし、今年は……。絶望的な未来予想図に皆沈うつな表情。
 I氏から「ちょっと話が……」
 こんなときはいい話なはずがない。予想通りの展開。


1600、新宿。トップスでT氏と打ち合わせ。ちらりと今日の話を。
1800、新宿東口でN村君、U井さんと落ち合い、ケイタイなどツールを交換。

1830、笹塚。
 駅前のペットショップでイモリのエサを。親切な店の主人のお薦めの冷凍赤虫。

1900、笹塚ファクトリーでMODEの「秘密の花園」。唐十郎作品を連続上演している松本修が選んだのは、唐作品の中でも難解な舞台。自ら役者としても登場。主演の山田美佳熱演も、やはりこの作品は緑魔子に宛て書きされたもの。戯曲として演じるだけでは……。
 客席半分空席。
 2115、終演。

10月18日(水)晴れ

 今週末は高校同窓会。いつもなら冷たい秋風が吹いてる頃。しかし、いまだに半袖Tシャツ。どうなってるのか。何を着ていっていいのか……。

 0730起床。ゴミ出し。その後、録画しておいた新番組「役者魂」を見る。偏屈なシェークスピア俳優(藤田まこと)についた新米マネジャー(松たかこ)。彼女によってシェークスピア俳優が心を開いていく……という展開? 

「演技に納得できない」完全主義者の俳優の意地で初日を延ばそうとする……なんてありえない。脚本遅れで初日が延びる場合はあるとしても。
 まあ、テレビドラマだから何でもありだろうけど、見ているうちに展開が読めて興味が薄らいでくる。
 銀河劇場を手に入れたホリプロの宣伝番組?

 ますむらひろし原作の映画「アタゴオルは猫の森」が公開。ちょっぴり気になってサイトを探訪。予告編の動画でヒデヨシがヒップホップダンスを器用に踊っている。リアルな動きに違和感。ヒデヨシは不器用でなくちゃ。

 ますむらひろし本人のHPを見つけたのでのぞいてみる。

 1952年生まれのますむら氏。「アタゴオル世界」そのもの方のようでホッとする。作品と作者があまりにも乖離する例もある。同世代、同時代を生きてきたますむらひろし。10代の処女作「永遠なる瞳の群れ」を最高傑作といえば、表現者としては気を悪くするかもしれないが、表現者の処女作は作家の世界観、資質のエッセンス。自分にとっては、やはり「永遠なるーー」こそ、ますむら=アタゴオルのバイブル。
 日記を読んで共感すること多し。ジョン・レノン、ディラン、高田渡、はっぴいえんど……久しぶりに同世代感覚を共有。

 午後、家人と散歩&買い物。TSUTAYA。棚に「日本女侠伝 血斗乱れ花」。「鉄火芸者」は置いてない。この前、ヤフーオークションで「鉄火芸者」のポスターを一足違いで落札できなかった。菅原文太と藤純子の美しさ。昔の東映任侠映画のポスター。今でも惜しいのは、東映赤羽劇場で手に入れた「実録 飛車角」。関係者のクレームで「実録飛車角 狼どもの仁義」とタイトルが変わったが、その「狼どもの仁義」の文字が入る前の元ポスターを持っていたんだよなぁ。引っ越しでどこかに失くしてしまったが、あれは持っていれば世界で一枚?のポスター。惜しい。
10月17日(火)晴れ


 今週は入稿が早いので午後からJBを手がけ、1700まで、びっしり仕事モード。

1730、銀座。ビックパソコン館に寄って、デジカメコーナーへ。この前、躰道のI先生に見せてもらったオリンパスのデジカメが気に入ったので、ほかのメーカーも合わせて探求。最大3インチの液晶画面が魅力。プレゼント用にパナソニックの携帯ラジオ9500円。

1800、新宿。信濃屋で刺身定食。
 南口の工事現場仮囲いに巨大パネルが展示されている。「新宿サザンビートプロジェクト2006」なる企画とか。一般人に交じって、PANTAや仲野茂などのミュージシャンも。いい写真。携帯でパチリ。P氏にメール。

1900、スペース・ゼロでTEAM発砲−B・ZINの「マジヨ」。若い女の子でほぼ満席。

 人間界に人助けのためにやってきて20年。昔は素敵な奇跡を起こせたが今では魔力が弱まり誰も見向きもしてくれない33歳の魔女「はなび」。満願成就すれば、「賢者の石」が手に入るのだが……。そんな彼女に片思いのバラエティー作家が彼女のためにテレビ番組を紹介。しかし、それは「あの人は今」。落込むはなび。一方、巷では、若いアイドル魔女が大活躍。崖っぷち魔女とアイドル魔女の対決は……。

 たわいもない物語だが、きだつよしの演出は冴える。前作「テングメン」のように30分で終わる話を二時間に引き伸ばす水増し芝居ではなく、起承転結しっかり。布を使った演出も面白い。
 今回の見どころは神戸みゆきの出演。セーラームーン以来、惹かれる女優。去年の「恋愛ホテル」では西郷輝彦相手に小悪魔的な役どころ。そのままぴったり。
 しかし、今回の舞台は妙にはしゃぎ過ぎ。カーテンコールでもしゃべりすぎ。

 きだつよしの狙いは小林愛の再発見か。この舞台、小林愛に捧げられた作品。外部出演も増えており、「シリアス派」に移行するパターンだが、いつまでも「大の大人が笑って泣けるヒーロー芝居」でヒロインを続ける小林愛、えらい。

 終演後のカーテンコールが長い発砲。今回も予告編入れて20分。

 2230帰宅。

10月16日(月)晴れ

 T氏からミクシィの画像流出事件についてメール。まったく知らなかった。S電機の社員のパソコンが新手のファイル交換ソフトに感染し、パソコンデータが外部に流出。プライベートな画像が漏洩したため、一気にネット小僧たちの血祭りにあげられたのだとか。プライバシーも何もあったものじゃない。ミクシィの上場と符合する事件なので、謀略ではないかとの観測も流れているそうな。それにしてもひどい話。個人情報が簡単に丸裸になるネット社会の恐怖。

 一方、NHKの短波放送に対し、政府が「拉致問題を重点的に取り上げるよう指示した」との報。

「NHKの編集に委ねることが放送効果を最大限発揮させる観点から最も適切」と総務省の松田隆利事務次官が言ったが、意味不明。政治のメディア支配以外の何ものでもない。表現も、報道の自由もあったものじゃない。

 二つのメディア「事件」。根っこは同じ。ファシズムの時代。

1730帰宅。

 中川自民政調会長「核保有」発言。坊っちゃん顔なのに昔からタカ派言動の中川。つい本音が出たというところ。「論議してもいい」とオブラートに包んでも、「日本も核兵器=原爆、水爆etcを持とうぜ」と思っていことは理の当然。アル中男の暴言というより、かの陣営の総意だろう。昔なら、この発言ひとつでクビが飛んでいるはず。右にシフトした今の時代、おとがめなしで一転落着か。

10月15日(日)晴れ

0530起床。0640、北A霞駅集合。

 S木市のウォーキング大会。10`ウォークの部にスタッフ参加。市の体協から、躰道協会が駆り出されたため。参加者約300人。2`、5`、10`の3コース。初めての10`ウォーク。左足指が痛むので辞退したかったが仕方ない。

 0900、開会式。0950スタート。最後尾についた為、先頭集団にはスタート5分で、アッという間に離される。最後尾は幼稚園児連れの家族、老人など。先頭集団は1時間半で出発地点に帰着。最後尾は遅れること1時間。1230に帰着。
 途中に広大な公園、川。ラジコンの飛行機を飛ばしたり、Uコン飛行機を操る趣味の人、釣り人、池でザリガニ釣りする家族などさまざま。ちょっと市内を離れるとこんなにいい景色が広がっている。

 のんびりウォーク。たまにはいい。
 出発地点の高校グラウンドで、お弁当。記念品のタオル、洗剤をもらって解散。
 I内先生と途中のY先生の家に寄り、お茶。先日の社会人大会の写真を見せてもらう。さすがプロ級のY先生の写真。機材もいいが腕もいい。

1400、帰宅。

 左足のふくらはぎに痛み。おそらく左指をかばった歩き方をしたからか。

 
10月14日(土)晴れ

 政府が「周辺事態」を宣言。自衛隊はアメリカ軍の支援、自治体も後方支援に協力させられることになる。もし、北朝鮮と米軍が交戦すれば、日本も「支援」、事実上の戦争突入となる。このために作られた99年の「周辺事態法」。法律はこうして効力を発する。平和憲法が吹き飛ぶ瞬間。気がついたら日本中が戦争賛美一色になっているという悪夢。もはや悪夢ではなく現実だ。

 午後、会報を降版。
1620、渋谷。渋谷東急で「16ブロック」。酔いどれ刑事がある事件の証人を16ブロック先の裁判所に送り届ける役目を上司から言い渡される。徹夜勤務明け、いやいやながら、引き受けるが、証人の命を狙う一味が暗躍。わずか20分先、16ブロックを移動するだけの証人移送が思わぬ事態に……というサスペンスフルなハード・アクション。

 初日にも関わらず、劇場客席閑散。しかし、これは面白い。思わぬ拾い物。「ダイハード」の ブルース・ウィリスがアル中のよれよれ刑事を演じているが、「ダイハード」ばりのアクションも。

 映画の中で、証人の黒人の若者が刑事になぞなぞを言う。

「雨の中、道端で年取ったおばあさん、長年の友人、自分好みの若い美女ーー三人が立ちすくんでいた。車で通りかかった男は、このうちの誰を乗せたか」
 答えは映画の最後で明かされるのだが、ウイットに富んだ、いかにもアメリカ人好みのジョーク。

1900、パルコ劇場で「ゴルフ・ザ・ミュージカル」。オフブロードウェーのヒット作を日本のゴルフ事情に合わせて改作したもの。福島三郎の脚本・演出。

 納豆会社の次期社長と宣伝会社の社員、その恋人。そしてデザイナーがゴルフコ−スを回ることになる。中には初めてゴルフコースに出る人も。若いキャディーはなにやらいわくありげ。彼らは無事に18ホールを回れるか。

 川平慈英、堀内敬子、高橋由美子、相島一之、池田成志。この5人が出て面白くないはずがない。ミュージカルということで、相島、池田はやや心配。しかし、ホンも演出もよくできている。歌に乗せて描かれる4人の人間関係。ほんわかと楽しい。中でも堀内敬子の歌のうまさはずば抜けている。芝居もチャーミング。ゴルフとミュージカルがどう展開するのか、不安だったが、なるほど納得の舞台。アメリカン艶笑小話を織り込みながら、大笑いの2時間50分。



10月13日(金)晴れ

 会報を仕上げ、1600、亀戸でS畑さんと落ち合い、ゲラのチェック。

1530〜2100、浅草公会堂で沢竜二の「全国座長大会」。「あと1000円出せば1階のいい席に座れますよ」と受付の男衆。フーゾクでもあるまいに、招待客に対して1000円出せばいい席に案内しますはないだろうと、二階席で我慢。

 客席は7割の入り。ほとんどが50代以降の女性客。
 一部は芝居「清水の次郎長」。7月のロスアンゼルス、ニューヨーク公演の凱旋公演。若手相手に立ち回り。さすがに往年の切れはないが、おんとし65とは思えない華麗な殺陣。
 二部は全国座長の舞踊ショー。三咲春樹、夏樹のあでやかな舞いに陶然。えらいキレイな女優さん、心魅かれる……と思ったら、なんと女形だった。小林直行はすっぴんから女形になるまでの化粧の様子をドキュメント舞台。この子もあでやか。今の大衆芝居は「若衆芝居」がウケにウケているとか。ホストクラブとニューハーフとゲイパブのショーを足して3で割ったような大衆芝居の若衆ショーが受けないはずはない。客席のおばさんたちも「最、みんな若いわねぇー」と感嘆しきり。

 人気のある女形の歌謡ショーでは万札で作った扇を襟元に差し込む、往年の光景も。さすがに不景気の折、最近はほとんど見かけないが、それでも、5人くらいの女性客がステージ下に駆け寄り、万札をねじ込んでいた。
 野々宮重美の「安宅関」は三波春夫の浪曲歌謡。弁慶と義経の華麗な当て振り、舞いに陶然。三波春夫の浪曲歌謡はいい。

 7時過ぎには帰ろうと思っていたが、歌謡ショーが始まると、全国の座長が次々と登場。目が離せない。そうこうするうち、終演の9時まで。

 小学4年の時に、田舎に巡演で来た松井すま子一座だったか。女剣劇と手品ショーが忘れられない。ちょっぴりエロティシズムを感じさせる剣劇ショー。あれが、もしかしたら、「異性」への目覚めだったのか。「高尚な演劇」より「大衆芝居」が原点。だから、上京して見たアングラ、テント芝居が自分にしっくりきたのか。母方の祖父が大衆芝居好きで、芝居小屋に通いつめた人だったとか。母も、男踊り、マドロスものが得意だった。その血かな?

 自分の目を通して、母が、祖父が舞台を見ているような気がして……つい時間を忘れて最後まで見たのはそのためかもしれない。

 2200帰宅。

10月12日(木)晴れ

1620、お茶の水。K記念病院で鍼。
1735、新宿。トップスでT取さんと打ち合わせ。
 
1900、六本木。俳優座劇場で京楽座「破戒」。

 島崎藤村の原作を元に、文学座の西川信廣と中西和久が共同台本(ペンネーム=中川小鐵)、演出は西川信廣。主役の丑松は中西和久。監修=五木寛之。
 満席だが、99%が60代〜70代。男性が多い。

 被差別部落に生まれたことをひた隠しにして生きてきた主人公の教師・丑松。

 冒頭は、丑松が寄宿する宿で「エタ」のお大尽が追い出されるというシーンから始まる。お金はいくら持っていようと、部落民=エタであることが発覚し、宿から野良犬のように追い出される紳士。丑松はこの事件に衝撃を受け、宿を出て、蓮華寺に投宿する。そこで、士族あがりの教員風間敬之進の娘・お志保と出会う。生活能力のない風間の困窮で、彼女は住職の養女となっていた。ひと目で彼女にひかれる丑松。

 一方、自ら部落民であることを宣言し、部落解放運動を進める思想家・猪子蓮太郎。その著書を読み、敬愛しながらも煩悶する丑松。彼の耳に幻聴のように聞こえるのは「生涯、自分の素性を隠し通せ。それが、お前が世の中に出る唯一の道なのだ」いう父の戒め。しかし、町会議員の応援演説のため飯山に来た猪子は、保守派の暴漢の凶刃に倒れる。猪子から「君も一生卑怯者で通すつもりか」と問いつめられ、「私は部落民でない」と逃げてしまった丑松は、猪子の変わり果てた姿に「破戒」を決意する。

 ほぼ原作通りの物語構成だが、教職を辞するにあたって丑松が生徒たちを前に最後の授業をするシーンが感動的だ。

「君たちが将来、大人になったとき、私という教師がいたことを思い出して欲しい。同じ血が流れ、同じ人間でありながら、エタであるというだけで差別された人間がいるということを。いつか、それが遠い昔話になることが来るように……」

 猪子の骨箱を抱え、東京に旅立つ丑松。それを見守るお志保。
 絶望ではなく、明るい未来を暗示させるラストシーン。

 最後のお別れの授業のシーンは客電を点け、観客に語りかけるようにセリフを言う中西。

 物語の節々に入る丑松の父親の声。ナレーションは三國連太郎。あたかも「ハムレット」の父の亡霊の出現を思わせる劇構造。

 三國連太郎といえば、養父が被差別部落出身であることを公表し、被差別問題に積極的に取り組んできた名優。中西和久も「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」で知られる安倍保名(安倍晴明の父)を題材にした説教節「信太妻」を元に、差別の淵源をたどる「しのだづま考」などで被差別部落問題に取り組んでいる。

 だからこそ、被差別問題という、タブーに取り組む姿勢は厳しく、明解だ。
 差別用語として決してテレビ・新聞に載ることのなる「エタ」という言葉が飛び交いながらも、それが興味本位のものにならないのは、差別問題に対するバックボーンがしっかりしているからだ。

 俳優陣も素晴らしい。山本郁子(志保)、石田圭祐(丑松の友人・土屋銀之助)、、若松泰弘(丑松の同僚・藤野文平)と文学座の実力派が大挙して出演。森山潤久(猪子連太郎)の重厚な演技が光る。京楽座の渋沢やこもいい。

 メリハリのある演出と役者の濃密な演技。2時間45分はアッという間。

 「五木先生は明日のマチネにいらっしゃいます」と制作のT島さん。

 装飾としての差別語を連発し、それを「反社会」のように見せかけるパロディー系劇団、劇作家に慣らされている観客はこの舞台で初めて言葉の重みを思い知らされるに違いない。「エタ」という差別語を劇中で必然ならしめる重厚かつリリカルな舞台。被差別問題を追及し続ける中西和久の執念に敬服。
 
 しかし、丑松の時代から100年たっても、いまだに「部落地名総鑑」なるものが、企業の間に出回る事件が頻発し、部落出身タレント・俳優の名前が取り沙汰されるニッポン低国。
 初めて部落差別があることを知ったのは69年、岡林信康の「手紙」からだった。「エンヤトット」もいいけど、岡林はフォークの原点。なぜ過去を捨て去るのか。岡林信康はもう一度、フォークソングを歌うべきだと思うのだが……。

10月10日(火)晴れ

 昼食20分を除き、0630から1700まで仕事漬け。それに会報作成も加わり、終日活字に集中。いつまで続くハードデイ。

1800、江東区森下。駅を出てベニサンに行くつもりが逆方向に。新大橋通りを挟んでシンメトリーな風景が左右に続くからつい間違えてしまうのだ。

 ラーメン屋に入って肉野菜定食800円。店には常連らしき60代オジサンが一人。「あの野郎がいるからダメなんだ。クーデターでもなんでも起こして殺しちまえばいいんだ」

 北朝鮮の核実験の新聞記事を広げながらオダをあげている。今の平均的な庶民感情か。


1930〜2100、ベニサン・ピットで流山児★事務所「狂人教育」。寺山修司1962年の人形劇を舞台化したもの。6人の家族の中に1人の狂人がいる、と医者が宣言したことから、自分だけは狂人ではないと、それぞれが周囲と同じ、画一的な行動を取り始める。

 黒子に操られる人形たち。支配と被支配。しかし、その構造に疑問を抱いた人形である「私」は反逆することによって、初めて血の通った「死」を迎える。黒子との関係もまた逆転する。

 6人の女優と6人の黒子による、歌と踊りのオペレッタ風悲喜劇。

 伊藤弘子以下女優陣健闘。しかし、演劇団の時代から、「女優」に関していえば、なぜか「女性性」を感じさせない「ノンセクシャル」な女優が流山児祥好み? 「SMOKE」「無頼漢」に出た立原麻衣のような女優はとんとお目にかからない。

 そして、黒子たち。観客をねめつけるような凶々しさがなくてはラストシーンも生きない。6人の女優に対し、黒子が親和性ありすぎ。

 上演時間1時間20分。
 日本の小劇場はどうしても9時終演にしたいらしく、1時間20分と聞いたとき、ああ、開演は7時40分だな、と思ったら案の定10分押しの7時40分スタート。7時に始めて8時20分に終わってくれればゆっくり酒でも飲めるのに……。9時終演にこだわる小劇場。

 終演後、流山児に挨拶。「あの音源使ってますよ、Bバージョンで。安保の映像にかぶせて延々……。面白いですよ」

 駅まで演劇評論家のE盛さんと一緒。

「60年安保のときは僕も国会前のデモに参加していて、ちょうど樺美智子さんが殺された時、すぐ近くにいたんだ。M田政男さんの六月行動委員会と行動を共にしていたからね」

「この前、N堂行人と話してたら、寺山修司の”マッチするつかのま海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや”を、彼は断崖絶壁の上から海を見下ろしている情景を思い浮かべていたというんだ。へえー、そんな解釈をする人もいるんだって驚いた。僕は、普通に、海岸に立って、海を見ている情景を思い浮かべるけどね……」

 断崖絶壁か……。

 …しかし、あの短歌の自分の心象風景を思い浮かべると、海というよりも白樺林の湖畔の岸辺が目に浮かぶことに気付き、愕然とする。湖畔の上にもやがかかり、男が1人煙草に火をつけようとしている。
 湖と海では大違い。
 やはり、海峡に臨んだ海岸に男が1人……の方が……。

 それにしても、皆が同じ情景を思い浮かべていると思っていたら……。ま、芝居も同じか。

 2230帰宅。疲労感。風呂にも入る気力なくそのまま就寝。

 この前会った鳥獣戯画のI丸さんからハガキ。
「お疲れの様子の〇〇さん。戯画の芝居を見て元気を!」
 そうか……、疲れた顔をしていたのかなぁ。自分では気付かなくても……。
10月9日(月)晴れ

 心待ちにした休日。しかし、いざ休みとなると実のあることが何もできず。会社にいるときよりも気力が低下。結局、悶々と無意味な時間を潰すだけ。

 午前中、「クライマーズ・ハイ」の後編を見る。販売と編集の確執か……。

 北朝鮮が核実験との報。テレビは一日生中継。安倍政権にとっては幸先のいいスタートか。これで、当面、国内問題は糊塗できる。隣りの家のトラブルは我が家の幸運。バラバラな家庭をまとめるには、隣家と諍いを引き起こせばいい。家庭がまとまる。
 今回は、労せずして、隣家がケンカを吹っかけてきたようなもの。家長にとっては、これほどラッキーな船出はない。北朝鮮の安倍政権へのプレゼント。「日本も核開発を。憲法9条破棄して核兵器保有を」とますます、右傾化に拍車がかかること必定。

 

 花粉症なのか、頭痛、鼻水。休みの日ほど体調が悪い。
10月8日(日)晴れ

 朝から風強し。

  新しい眼鏡を作るため駅前の眼鏡屋へ。
 阿佐ヶ谷の眼鏡屋「小川」のデータを見せて、それとほぼ同じ仕様にしてもらう。
フレームと合わせて3万5000円。夜道の落し物が痛い出費になってしまった。

 午後、家人の買い物に付き合い、「OPA」へ。
 ついでに、タワーレコードでマリア・マルダーの「Hert of Mine」を買う。ボブ・ディランの曲をカバーしたもの。8月にリリースされたばかり。元夫ジェフ・マルダーと組んだ70年代のアルバムを買うつもりだったが……。

 1700、昨夜のリベンジ。再び、高田馬場へ。そこから歩いて10分。百人町の空き地に立っているテントへ。今度はすんなり到達。
1900から独火星・呼応計画 06東京「クゴ! 友よ、安らかにくたばれ」

 風の旅団の流れを組む劇団であり、「運動」の前線に身を置く劇団。今回は2年ぶりの東京公演。一人の少女と人形に誘われるように、光州蜂起をはじめ世界の革命闘争を経巡る3人の労務者。主演女優のWAKAMEの強い光を宿す目がいい。エロチシズムを湛えた毅然とした表情。「野戦の月」のばらちづこが息子のリュウセイオー龍と客演。桜井大造も照明操作。

 回り盆のある舞台がレールに乗って前後にスライド。最後はガソリンの匂いと松明。旅団スタイルのカーテンコール。
 しかし、ダイアローグの多い構成は、「論じる」ための芝居になってしまい、舞台のダイナミズムが中断してしまう。2時間5分。物足りなさが残る。

 T取さんの友人・田さんが見に来ていたので挨拶。「作者の池内文平は昔からの友人なんです」と。観客50人ほど。70年代の元活動家ふう中年男女多し。

 終演後、速攻で帰宅。
10月7日(土)晴れ

 土曜だというのに、朝から夕方まで根をつめて仕事。夕方、会報に着手。2枚仕上げるも、残り6枚は時間切れ。

 1630、K條さんから電話。「今、どこにいると思う?」「どこって、今頃は青森で……」
「……それが笑っちゃうでしょ。まだ八戸なのよ。飛行機が飛ばなくて、新幹線に切り替えたらそれも途中でストップ。今、駅で立ち往生。青森からK川さんが迎えに来るっていうからそれを待ってるところ」

 昨夜からの雨と風の影響で、空の便はストップ。新幹線も途中までとのこと。
当然、1730から行われる県立美術館での芝居には間に合わない。明日以降の予定は大幅に変更になる。せっっかく組んだ下北ツアーもアウトか。残念。
 Bzに電話すると、仏ケ浦は観光船が中止とか。おすすめのコースだったのに。

 1700、仕事を切り上げ、高田馬場へ。居酒屋前でさんざめく学生たち。昔は安い居酒屋はなかったからなぁ……。今の学生がうらやましい。
 駅前の蕎麦屋で鴨南蛮。

 馬場から西戸山方向に歩くも、目的地である「独火星」のテントは見えず。道を間違えたか、グローブ座付近まで歩いてしまう。で、引き返そうと、劇団のチケットに書いてある地図をよく見るため眼鏡を外し、左手に携帯電話と眼鏡のツルを持ち替える。

 ところが、地図に気を取られ、左手から眼鏡が落ちたことに気付かないまま歩を進めてしまう。あとから思えば、地面に何かが落ちる音がしたのだが、その時点ですでに手に持った眼鏡のことなどまったく失念。歩き始めて5分後、「アレ?眼鏡は?」


 慌てて引き返すも、今度は道を一本間違えてしまい、いくら歩けど、見覚えのない景色が続くばかり。ウーン……。元来た道に戻ろうと、もがけばもがくほど、道は外れ、どこを歩いているのか、迷子状態。あたりは暗く人通りもなし。気がつくと目の前は新大久保の駅。

 仕方なく、高田馬場方向に戻るも、今度は行き過ぎて高田馬場駅に。何をしてるのやら。
 スタート地点からまた歩き出し、ようやく元のコースをたどり始めた時点で40分経過。

 眼鏡を落としたと思われる地点にたどり着き、目をこらして辺りを往復するが、どこにも見当たらない。誰かが拾ったか、自転車に轢かれて道路脇に捨てられたか……。

 なんというドジ。時計を見ると8時過ぎ。すでに独火星の芝居は中盤。今からでは遅いし、なによりも眼鏡なしでは十分に楽しめない。
 傷心のまま家路に。

 5月にやはり、どこかに落とし、阿佐ヶ谷で作ったばかりの眼鏡。誰を責める訳にもいかない自分が悪い。それにしても、都会の真ん中で道に迷うとは……。確かに百人町のあたりは、似たような道がいくつもあるけど……。
10月6日(金)雨

 朝から雨降りやまず。
一日、仕事に追われ、息つく暇もなし。わずかに午後、授業料を振り込むために銀行に行って、ソファで待ち時間を潰しただけが「息抜き」。

 合間にBzに電話。向こうも雨とか。

 1800、新宿。東口改札で、N村君からケイタイを受け取り、それをU井君に渡すという綱渡り的なやり取り。

 1830、コマ劇場で「冬のソナタ ザ・ミュージカル」。テレビ版も見ていないし、どうせ日本の観客向けに作った舞台だろうとまったく期待していなかったのだが……。これが、予想に反して素晴らしい舞台。

 韓国俳優たちの歌唱力、感情表現の素晴らしさ。グイグイと舞台に引き込まれる。見終わった後、胸が震えるほどの感情の高ぶりを感じたのは久しぶり。

 テレビ版とは違って、チュンサンが記憶を失くしたのは、精霊(死神)との契約によるものという設定。ポラリス(北極星)は人々の美しい記憶を宿すもので、事故に遭ったチュンサンもまた、精霊によって、記憶を取るか命を取るかの選択を迫られる。初恋の人ユジンへの思いを伝えるため、生命を取ったチュンサンは、しかし、記憶を失い、10年の間、ユジンと別の人生を送っている。しかし、あるきっかけで、二人は再び出会い、チュンサンの記憶もよみがえり……。テレビ版はおそらく、チェリンやサンヒョクが二人の間に割って入り、トラブルを引き起こすのだろうが、舞台版はチェリンもサンヒョクも「大人の振る舞い」。それだけに、ラストシーンの悲しみが引き立つ。ユジン役のパク・ホンジュ(ダブルキャスト)が清楚で可愛い。

 休憩20分入れて2時間半。コンパクトにまとめた脚本がいい。劇場を出てからもしばらく胸のときめきが消えない舞台は久しぶり。ついつい、サントラCDまで買ってしまう。こんなことはめったにない。

 客席は思ったとおり中高年のおばさま族で満席。満杯のコマの客席は壮観。

 休憩時間にM紙のT橋さん、ひまわりのU都宮さんと立話。韓国国内では上演予定はなく、まさしく日本向けの作品とか。日本発の韓国ミュージカル。

 「冬ソナ」ブームには10周くらい遅れてしまったが、なぜ受けたのかわかるような気がする。今の日本からは消えてしまった「純愛」がそこにある。

 たとえ世界が破滅しようと、この人だけは……と、いつも灼熱の恋をしていた「わが青春の日々」。あんなに切なく、胸ふさがれるような恋は二度とできないのだろうなぁ。……当然。

 2230、雨の中を帰宅。

 午前の予算委員会。田中真紀子と安倍首相の対決。お坊ちゃま首相相手では、真紀子にとって赤子の手をひねるようなもの。

「小さな子供が玄関先にチョチョっと出ていき、パパの革靴をいたずらで履いて車の走る道路に出てみた。しかも右へ右へと寄って歩いていきそうで危なっかしい」

 言いえて妙。こんな喩えをさせたら、真紀子の右に出る者はいない。これほど安倍の本質を言い当てた喩えはない。
 
10月5日(木)雨

 夕方まで息つく暇もなく仕事。
 11.40、稽古に行く途中のR山児氏が会社に立ち寄る。「狂人教育」で使う60年安保のデモ、騒乱音源を捜していたので、所蔵している「ラジオ関東、島アナウンサーの国会デモ現場中継」を。
 1630、退社。やや気鬱。

 夜、80年放送の林美雄パックインミュージック「60年安保」のテープを聴く。録音してからすでに26年。深夜放送で「安保」を特集していたあの頃。時代はあまりにも変わった。

 木下順二の「雨と血と花と」は安保反対のデモに参加した新劇人たちの証言と現場録音をもとに構成したラジオドラマ。このドラマの20年間の封印を解くため奔走した林美雄。今の時代に一人の林美雄もいないという、若者の不幸。

10月4日(水)晴れ

 休み。あれもこれもと思いながらも、結局DVDでヒチコックの「私は告白する」を見ただけ。なぜ、休みなのに、何もできないか……?

10月3日(火)晴れ

 1730、三軒茶屋。TSUTAYAで浜田真理子のライブ版「ロマンス」。3675円。懐メロのカバーが聴きたくなったので。

 1900、パブリックシアターで二兎社「書く女」。24歳で夭逝した樋口一葉の半生を通して、「女の自立」と「書くことの意味」を描いたもの。一葉日記をもとに、半井桃水への恋情、母・妹との葛藤、「萩の舎」の才媛たち、斎藤緑雨ら作家、編集者との交友が展開する。

 明治憲法発布から日清日露戦争へ、大きく日本が回転する時代が背景。
 朝鮮併合論、中国・ロシア征伐論に国民が狂喜する。一葉の母に代表される庶民は、日本のアジア侵攻に諸手をあげて賛成、強い日本、アジアの盟主・日本を待望している。

 そこには現代の日本の政情がそのままぴったりと重なる。北朝鮮排撃・反中国感情、憲法第9条撤廃、軍事強化……。

 中国・朝鮮と結び、平和外交で戦争を回避しようとの半井桃水は極少数派。
 そのような時代に、「奇跡の14カ月」と呼ばれる晩年の名作群の発表の最中、肺結核で早世した一葉。
 その後の時代は、治安維持法発布、大逆事件、日韓併合……と日本は坂道を転がるように、ファシズム体制へと突き進んでいく。

 どのような時代になろうとも、書くことによって世界と関わり、自らを見い出していく作家。もし、このまま時代が体制翼賛会的な「国家のための文学」に取り込まれたとしたら、それでも作家は「書き続ける」ことができるのだろうか。
「書く女」の背景にあるのは永井愛自身の問いかけなのかもしれない。

 一葉役の寺島しのぶ。天衣無縫で純粋、可憐な一葉像。桃水の筒井道隆はいつもの茫洋とした造形。江口敦子、向井孝成、杉山英之ら燐光群の役者、MODE常連の石村美伽と、小劇場合同公演風。

 寺島しのぶ主演のためか、中高年の女性客多し。ただし、客席で飲食したり、上演中に話をしたり、ケイタイを開けたり、マナー悪し。

 2215終演。ロビーに波乃九里子、富士純子らの顔。高校時代に見た映画「日本女侠伝 鉄火芸者」での藤純子に夢中になった世代としては、あまりにも神々しく、近寄りがたい。永井さんに挨拶する暇もなく早々に退散。

 駅のホームで演劇ジャーナリストのD井美和子さんと立話。文化庁の仕事で沖縄視察とか。行政と地域文化団体との意識の乖離がある中、演劇をいかに活性化させるか、難しい問題という。

 2330帰宅。
10月2日(月)雨

 昼、K條さんから電話。土曜日は藤沢に行ったとか。S石さんの公演とシンポジウム。近藤ようこの話を聞きたかった。

 1730、下北沢。Tさんと打ち合わせ。1900、新宿でN村くんと落ち合い、カメラの受け渡し。
 帰宅すると、娘の大学からの後期授業料請求。その法外な金額に卒倒せんばかり。ケタがひとつ違うのではと疑ったほど。働けど働けどわが暮らし楽に……。



10月1日(日)雨

 900〜1200、躰道稽古。バテバテ。1400、帰宅して夕方まで仮眠。
夜、夕張の伯母から電話。「生きてるうちに、いろんな話をしたいね。こっちにも遊びにおいで」と。最近、伯母と同年齢の人が亡くなることが多いので。
 N高さんに電話。「いつも気にかけてくれてありがとう」と。

 録画しておいた「クライマーズ・ハイ」を見る。原作を読んだ後なので、込み入った人物もすんなりと。横山秀夫の緻密な人物描写が光る。役者の演技が光るドラマだが、特に岸部一徳、杉浦直樹の演技がすばらしい。

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