| 11月30日(木)晴れ 木曜日は特別デー。朝からバタバタと大忙し。なんとか1500までにケリをつけて、あとは待機。1700、評議会。あと1年任期を務めることに。4Fで引継ぎセレモニー。 1800、六本木。1900からの木山事務所公演「人形の夢 ひとの夢」まで、間があったのでブラリ散歩。道沿いのペットショップを覗いたら、その中で、あまりにも可愛い犬がいたので釘付けに。チワワの一種らしいが耳はとんがってないし、丸っこい体。白い毛で目が愛らしい。ガラスケースの中で立ち上がってこちらに尻尾を振る様はまるで小さな天使。思わず、よしよし一緒に帰ろう!と言ってしまいたくなるくらいかわいい。でも、飼えるわけないし……と後ろ髪引かれる思いでいったん通り過ぎるが、別れがたい恋人との逢瀬のように、またペットショップに引き返し、そのワンちゃんをジーッ。ペットショップも罪作り。値札は18万円。買えなくはないが……。 芝居に遅れるからと心の中で言い訳をして、彼(オス)に別れを告げる。 1900、俳優座劇場。木山さんに挨拶。 今回の作品は作・小松幹生、演出・三輪えり花。 時は明治22年。憲法が発布された年。東京で新聞記者をしていた巳之吉がこっそり故郷の土佐に戻ってくる。彼の後を追うのは芸者の梅子。6年前、巳之吉は「欽定憲法は間違いである」と論じた新聞が発行停止になった顛末を人形芝居に仕込んで、村人に社会への目を向けさせようと目論んだのだが、直前に行方をくらましたのだった……。 土佐に伝わる先駆的「西畑(さいばた)デコ人形芝居」をモチーフに、自由民権を希求する明治期の人々のさまざまな人間模様を描いたもの。劇中劇の人形芝居が面白い。 が、しかし、最後まで隔靴掻痒、演劇作品としての成立に疑問。長い長い前口上を聞いてるような違和感。本題に入らないまま気がついたら終わってしまった……というような。台本がベタ遅れだったようで、演出家が自分のものにする時間がなかったのだろう。だから、まるで台本を時系列で演出しているよう。翻訳ものを得意とする演出家だけに、小松幹生の戯画的タッチの芝居とは相性が良くなかったか。 主役の平田広明(劇団昴)が抜群にうまい。人気もあるようで、終演後にカーテンコールの拍手。俳優座劇場では珍しい。木山事務所もカーテンコールは初めてではないか。そのために役者に準備ができていなかったようで、平田だけが出てきて拍手に応えていた。 2250終演。 11月29日(火)晴れ 寿司詐欺事件、昨日休みだった同僚の悔しがること。「見たかった」「写真を撮ればよかったのに」 それにしても、500円の「詐欺」で10年間も話題を作り、話のタネを提供してくれるM寿司オジサン。都民の税金で2億5000万円もの豪遊をしたり、自分の「余人に代えがたい」息子の作品を買いあげたり、すっかり王様気取りのどこかの都知事に比べたら犯罪度は限りなくゼロに近い。 1830、渋谷。騒音の街。携帯電話をかけるために静かな場所を探そうとしても、街は騒音だらけ。呼び込みの声、絶えず流れる音楽、人のざわめき。よくこんな雑踏の騒音の中で気が狂わずに生きていけるものだ。街の騒音は洗脳・拷問に近い。 1900、渋谷パルコ劇場で「トーチソング・トリロジー」。中年の女装ゲイ、アーノルド(篠井英介)と3人の男たち(高校教師エド=橋本さとし、モデルのアラン=長谷川博巳、養子として迎え入れるデイビッド=黒田勇樹)をめぐる3つのドラマ。 「第1部・インターナショナル・スタッド」 ナイトクラブが舞台。アーノルドとつきあっているバイセクシャル、エドに女性の恋人ができた……。 「第2部・子供部屋のフーガ」 巨大なベッドが舞台。エドとその恋人の女性(奥貫薫)から、週末の農場に誘われたアーノルドは、美青年アランを同伴して、その招待に応じる。4人の男女の恋の鞘当て。 「第3部・未亡人と子供 最優先」 アーノルドの部屋が舞台。フロリダからやってきた母(木内みどり)は息子のカミングアウトを受け入れることができない。しかも自分に「孫」ができたと知って驚く。二人に和解の道はあるのか。 全編に流れるのはエミ・エレオノーラのピアノと歌。 舞台後方の高い段にグランドピアノ。エミは初演の「ヘドウィグ」で三上博史相手にドラアグクイーンを演じて強烈な印象を残したが、今回もドレス姿でハスキーな歌とジャジーなピアノ。女性なのか男性なのか、いまだに判別できない。プロフィールは女性なのだが、男でも通用するし……。 トニー賞受賞は1983年。「エイズ問題以前」といってもいい。「トーチソング」=感傷的な歌のタイトルのように、実はまだゲイにとって幸福な時代の戯曲なのではないだろうか。アーノルドを襲う本当の悲劇はこれから始まる。 篠井英介が水を得た魚のように生き生きとアーノルドを演じている。幕切れ、机にヒジをついた物憂げな表情の篠井。幸福と悲しみと……。 休憩15分、5分、15分。22.25終演。帰宅は23・45。 郵政民営化反対議員11人が復党。平沼を殉教者に仕立て上げてマスコミの矛先を集中させる。平沼同情論を醸成して復党へ。これを猿芝居という。みんな同じ穴のムジナ。国民から集めた政党助成金を分捕るためには議員数が必要。議員も無所属ではカネがもらえない。郵政民営化反対だとて、信念ではなく選挙事情。自民党議員などその程度。アホらしい。 「教育基本法 今国会で成立へ」とまるで他人事のような書き方をする大新聞、テレビ。こんな予測情報を垂れ流すマスコミはもはや犯罪以外のなにものでもない。 自民党のうたう教育基本法が戦後の「国民主体の教育」から戦前の「国家主義・全体のための教育」への復帰なのは火を見るより明らか。 自民党案の「子どもへの方策」はこんなことが書かれている。 「小学生」に対して。 ●簡素な宿舎で約2週間共同生活を行い肉体労働をする 「中学生」に対して。 ●簡素な宿舎で約2週間共同生活を行い肉体労働をする 「高校生」に対して。 ●満18歳で全ての国民に1年ないし2年間の奉仕活動を義務づける。 この「奉仕活動」が「徴兵制」に移行しないと誰が言い切れるか。 法案が成立し、この条項を具体化しようとするとどうなるか。 猛烈なマスコミキャンペーンが張られるだろう。 「 どうせ奉仕活動するのなら、それを積極的に国が受け入れましょう。例えば、災害救助、例えば自衛隊活動」 「バーチャルじゃない、ホンモノの銃や火器が持てるぞ。国の奉仕活動に参加しよう」 →「すべての国民に」というのなら、「自衛隊の体験活動」を制度化してしまえばいい。→「満18歳になったら兵役義務を」。韓国だってやってる。愛国心とは徴兵に従うことだ。 「徴兵制復活」などと強制しなくても、新教育基本法の「精神」に従えば、すみやかに徴兵制度は復活する。 その頃には、テレビ、新聞に洗脳された愛国主婦たちがお涙頂戴物語オンパレード。「私の息子も兵役に差し出します」の大合唱。徴兵反対などは「反日」「非国民」と呼ばれているだろう。 それでも、子羊のように唯々諾々と国家に従うのか。 「マッチするつかのま海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや」 「国家」を見据えた、この寺山修司の短歌。 かつては、この短歌に対して、生涯をかけて格闘し、返歌を残した野村秋介のような右翼思想家もいたが……。ものみな流され、ズブズブの06年ニッポンの終末風景。 イジメ?良くない? テレビ局がよく言うよ。今のイジメの源流は80年代のマンザイブームで「良心」のタガを外したテレビではないか。 「赤信号みんなで渡れば怖くない」 建前よりも本音。人間の心の底の悪意を「解放」し、「笑い」ですべてを隠蔽した。「笑い」のために、相手をいたぶる、触れてはいけない人の弱みに手を突っ込む。とにかく「笑い」が至上の命題。そのためには何をやってもいい。 障害者差別だろうが、老人を笑いものにしようが、地方の文化を笑いのめすのだろうが。すべて「ウケ」ればいい。 その延長線上にある今のテレビのバラエティー。ふざけたタイトル、ふざけた芸人の仲間いじり、なめられても笑う視聴者。テレビ局の年俸のバカ高さ。 末世だ。ハッキリ言えば、今のイジメはテレビが作ったといっても過言ではない。たけしが、タモリが犯罪の一端を担いだ。もちろん、責任の一端はそれにおもねた視聴者にある。昔は、暴走をたしなめる「良識」が少しはあったが、もういけない。カネと物質至上主義に汚染され、精神の貧しさが蔓延した今の時代は最低最悪の時代。隠遁して四国お遍路でもしようか。 NHK「ウオーカーズ」は久々にいいドラマ。風吹ジュンがほとんどメイクをしない素顔で50代女性を演じていることに深く共感してしまう。70年代初期の元祖不思議少女もすでに50代。彼女が初めて載ったプレイボーイの表紙は今も保存している。ウルトラ美少女だった風吹ジュンがあえて等身大の女性を演じている。吉永小百合でさえ、たとえば顔のシワやシミをそのままにテレビでさらけ出すことはない。それなのに、風吹ジュンの潔さ。役といっても、明らかに中年女性の疲れが見える。女優としてはいやがる役なのでは。それを果敢に演じている様子は神々しささえ感じる。 風吹ジュンはいい。 11月28日(月)雨 1100、フロアの入り口で「こんにちは!M寿司です」の音声。 その瞬間、社内の一部に緊張感が走る。来たか。 すぐに部内の若手H君が声の主に向かって駆け寄る。 「いやあ、待ってましたよ。懐かしいなあ、10年ぶりですね」 それに続いて団塊世代の武闘派K氏がすっくと立ちあがる。 すかさず始まる怒号の嵐。 「どこに店舗があるんだ!」「他のフロアには行ってないだろうな」 白衣のM寿司オジサン顔面蒼白。 実は、この「M寿司」オジサン、10年以上前にも社を訪れ、「詐欺」を働いた前科があるのだ。 「いやあ、ウチの若いやつが3個を30個と聞き間違えてしまって、上の階に配達したら、寿司が余ってしまったんですよ。1000円だけど、もう500円でいいから、なんとか買ってくれませんか」 昼飯前、当然、みんなが集まってきて、「かわいそうだ。500円なら安いし、買ってあげよう」とその間違い注文寿司を大量に買ったのだった。 ところが、件の寿司オジサンが帰ってから、中を開けると、そこにはかんぴょう巻や鉄火巻、それも筋のあるマグロ、たくあん巻など。見るからに安い巻物ばかり。500円どころかスーパーの売れ残りで200円もしないシロ物。 しかも、醤油が入っていない。醤油をもらおうとオジサンを探すも、すでにドロン。電話帖を調べると該当しそうな寿司屋はない。 誰かが上階の会社に寿司を頼んだかどうか聞くと、その会社も「うちは誰も頼んでませんが……」 調べたら、被害は隣りのビルの会社にまで。 これがM寿司事件として、語り継がれる事件。話しのタネに、あの寿司屋どうしてるかな?とみんなで話題にすることもたびたび。 それが、よりによって、今日現れるとは。 K氏の問い詰めにシドロモドロのオジサン。 最後に「この近辺に出没したら承知しないゾ」「二度と現れるな」の脅しでほうほうの体で逃げていくニセ「M寿司」。 しかし、その後、ネットで検索したら、このM寿司オジサン、都内のあちらこちらに出没しては「余った寿司を買って」と繰り返している常習犯。 果たして「詐欺」が立件できるかは微妙だが、人の善意に付け込んで、モノを売るのは非道だ。 今日は、この話題で一日持ちきり。 11月26日(日)晴れ 風邪状態なので、躰道稽古は休み。 1000、目覚めると気分スッキリ。ひどい鼻水、クシャミもケロリと治っている。やはり疲労と睡眠不足が原因か。 午後から家人は娘の成人式の晴れ着の展示・見本フェアに。 成人式の晴れ着か……。ま、せいぜい17、18万かと思っていたら、電話が入って仰天。「全部で33万円」 エッ!? レンタルで、たった一日のイベントに33万円。もうびっくり。唖然呆然。どってん晦冥。冥王星は惑星じゃない。 慌てて、会社の先輩の家にリサーチ。「それは高すぎるんじゃない?」と奥さん。 そうだよなぁ……。とりあえず、契約は保留にして帰宅してから協議することに。 卒業の羽織袴も同じ時期だし、やはり出費は抑えたい。そりゃ、一生に一度と言われれば、叶えてあげたいが……。 11月25日(土)晴れ 1600、秋葉原で娘と待ち合わせ。岩本町から初台まで30分。 1700、オペラシティで「ショパンの秋 シェバノワ ピアノリサイタル」。何年か前、同じ会場で聴いた天才、スタニスラフ・ジェヴィツキの母親、タチアナ・シェバノワのリサイタル。ショパン弾きで世界屈指のピアニスト。 その力強さ、流麗なタッチに陶然。しかしながら、睡眠不足がモロにたたって前半は夢うつつ。アンコール4曲で意識が戻ったが……。 1900終演。1階の「宮川」で鰻。一番安いうな重で2700円。さすがは宮川。 帰りの電車はクシャミ、鼻水で意識朦朧。2100、帰宅。 家人は首にコルセット。痛々しいが、意外に軽症のようで元気。 11月24日(金)晴れ 1900、池袋。小ホール2でる・ばる「八百屋のお告げ」(鈴木聡・作、鈴木裕美・演出)。 よく当たるという八百屋の主人に「あなたの寿命は今夜まで」といわれた主婦が過ごす奇妙な一日。松金よね子、田岡美也子、岡本麗。三人の呼吸がぴったり。かてて加えて、布団圧縮袋の訪問販売員=加納幸和(花組芝居)、同じく死を予告された運転手=井之上隆志(元カクスコ)、3人熟女の憧れの的だった指揮者の息子=佐藤二朗(ちからわざ)の客演陣がいい。 人は自分の命の終わりを知ったとき、どういう行動をとるのか。やり残したことは、会っておきたい人は、自分が生きた証は……。 「ウォーカーズ」もそうだが、このところの鈴木聡の「人生を見つめ直そうとする作品」は充実している。人生の折り返し地点に差し掛かった世代が書きたいことなのだろう。 NHKドラマにひっかけて、八百屋が「四国にお遍路さんに出かけて不在」という設定が笑える。 友人にそそのかされて熟年離婚した平凡な主婦、おしゃべり好きで陽気な主婦、長年、日陰の女を演じてきた中年女性。……3人の55歳を過ぎた中年おばさんがリアルな会話。 死ぬ前に思い切り買い物をしようとデパートに出かけても結局買ったのは、前から欲しかった香水一瓶だけ。 6人の登場人物の人生の陰影がクッキリ。 演出も手堅く、充実の2時間15分。 ティッシュ箱を数パック重ねの包装から取り出そうとして、なかなかビニールが取れず、爪きりで包装の一端を破ろうとする。それでも取れず、ようやくハサミを持ってきてビニールを破る……という細かい情景描写に場内から共感の笑い。あるある。最近はCDの包装もそうだけど、ティッシュの箱の包装もそう。イライラするんだよね。でも、手近にある爪切りを持ち出すのは結構皆やってるんだ?……。 カーテンコールの熱烈な拍手はこの舞台成果の高さを表わしている。 終演後、制作のA本さんに挨拶して家路に。 2200帰宅。疲労感あり。風呂に入ってからゆっくり休もうと思っていたら、突発事態。風呂上りの家人が湯当たりでもしたのか昏倒。頭と腰を強打した様子。「吐き気がする」というので大事をとって、救急病院へ。ところが、電話に出た私立病院看護士は「担当の先生がいない」「今日は急患で忙しい」とにべもない。「ほかの病院はどうですか、例えば……」と教えてもらった脳神経科の専門病院も「今日はレントゲンも撮れませんよ。CTしかできないし……」 急患というのに口ぶりは明らかに受け入れをイヤがっている。なんとか頼み込んでタクシーで急行。片道5000円近い距離。 不機嫌そうな口調の看護婦さんが救急出入り口を開けてくれる。 「私立病院はこの時間は絶対看てくれませんよ。大きな病院は救急患者は診ないと思います」 断定的な言い方は、こういう事態が日常的にあるという証左。 当直の医師はさすがにきちんとした対応で、親切丁寧に診察してくれる。CTスキャンの結果は脳内出血なし。まずは一安心。 暗く寒いロビーで帰りのタクシーを待つこと40分。0230、ようやく到着。帰宅して布団に入ったのが0330。これでは眠る時間がない。幸い、朝一番の仕事がなかったので、二時間ほど仮眠して1時間遅れで出社。 11月23日(木)晴れ 一度、トイレに起きて、それから二度寝。惰眠をむさぼるという快楽。これこそ休日の醍醐味。 1000、起床。新聞とブログをチェック。休みの日の静かな目覚めが一瞬にして腹の底からこみ上げる不快感に変わる。 就任以来、2億4000万円という途方もないカネを海外出張で使っていた都知事、石原慎太郎。1泊26万3000円のホテルに泊まったり、大型クルーザーを5日間借り切るなど、過去5年間で15回の豪華な海外出張を重ねていたこの男がまたやりやがった。 4男で画家の延啓を都の芸術振興事業に関連して、突然、外部委員に委嘱し、公費でヨーロッパに出張させていたという。 石原が思いつきで決めた若手芸術家支援の「トーキョーワンダーサイト」の企画した「能オペラ」の調査を目的とした海外出張に、自分の息子を「アドバイザリーボード委員」として参加させ、パリケルン、ベルリンなどを9日間周遊したというもの。 ふざけるな。都民の税金をまるで自分の家の金庫であるかのように使って。しかも、自分の息子を公費で物見遊山させる。とんでもない公私混同。トーキョーワンダーサイトの事務局に飾られているステンドグラスの原画の作者も延啓だという。 都のトップが自分の家族に便宜をはかり、しかも、多大な税金を家族のために使わせる。アホか。 こんなことがもしも、野党、あるいは政府に批判的な政治家がやったとしたら、文春、新潮の右派マスコミは徹底的に袋叩きにするだろう。 石原に比べたら、秘書給与をプールしていた辻元清美など八百屋の店先に落ちていた大根の葉っぱを拾ったことが窃盗事件になったようなもの。 これで石原に対するマスコミの批判が巻き起こらないとしたら、世の中オシマイ。 もうひとつ。小泉が始めて、安倍が仕切ったタウンミーティングの経費のバカ高さが蓮舫議員の国会質問で明らかになった。 現地に足を運ぶ閣僚を接待するのに、空港・駅での送迎が1万5000円、会場における送迎が4万円、エレベーター開閉が1万5000円、エレベーターから控え室までの誘導が5000円。ほかに内閣府との事前協議に42万8000円など。 なんだこりゃ? 駅から大臣を控え室に運ぶまでに7万5000円というカネがかかるってどういう意味? エレベーターを手で押さえて乗せるのに1万5000円かかるわけ? あまりにも非常識すぎて???だらけ。 広告代理店に頼んで落札した金額設定がこんなものでは、実際にタウンミーティングに国民の税金がどれだけかかったかわかったもんじゃない。ヤラセ発言者にも謝礼を出していたし……。 これだけバカにされてもまだ自民党やら公明党やらに票を入れる国民がいるのだから呆れるというよりも絶望的な気分になる。 どうか小泉や安倍を支持している人は間違っても「生活が苦しい」とか「税金が高い」とか、そんなことは言わないでくださいな。 世間ではそれを「自業自得」あるいは「自己責任」という。 「きっこのグログ」が取り上げた「介護保険制度改悪」の実例。 「札幌市東区の坂東八太郎さん(76)は、自分は足が悪く、妻の喜代子さん(68)はパーキソン病で、2人とも自力で布団から起き上がるのが困難な状態です。しかし、電動ベッドを回収されてしまったため、中古の電動ベッドの購入を考えましたが、値段が7万円〜12万円もするため、とても買うことができません。そのため、現在では、布団の横に手すりを作り、それを使って必死に寝起きしているそうです」 社会的弱者を見殺しにしてカネのある人間がますます肥え太る社会。こんな世の中、まともな神経のある人間ならとっくにズタボロだ。 フランスでは初の社会党女性大統領かと喧伝され、アメリカでさえ民主党が勝利した。それなのに、日本だけが江戸時代並みの隷属社会。 1960年代、中学生だった自分は、反乱する団塊世代を見上げながら、今に世の中が変わる、世界が変わると思っていた。それなのに、「愛と平和と自由」の世界どころか、「国家に帰属する愛国心」を扇動する輩が跋扈する「戦前」に。 反乱の世代はどこに行ったのか。情けなくて涙も出ない。 1月22日(水)晴れ 休日。一日のんびりと。タワーレコードでジムノペディの新譜「夜空にかえす、願いゴトの背中」を買う。 11月21日(火)晴れ すべて順調。気持ちの悪いくらい物事が順調に進む。怖いくらい……。 1700、下北沢。ヴィレッジヴァンガードで「Apple of eye」。ビートルズナンバーをアン・ サリー、畠山美由紀ら10人の歌姫がカバーしたアルバム。Bossa N’ Srones」はストーンスのナンバーをボッサにアレンジしたアルバム。こちらは海外版。「悲しみのアンジー」など、ゾクリとするウイスパーボイス。ビートルズのリミックス「LOVE」が話題になっているが、こっちのほうがいい。1900、スズナリで燐光群「チェックポント黒点島」。竹下景子、渡辺美佐子の共演が実に効果的ですばらしい成果をあげている。例によって、あらゆる問題を詰め込んだ坂手戯曲だが、最後に珍しくファンタジックで希望のある結末。国境を隔てるチェツクポイントがいつか世界を一つにする。感動的な幕切れ。 渡辺美佐子は「真田風雲録」以来、反権力の舞台が良く似合う。竹下景子も。 2120終演。外に出ると隣りのシネマアートンで「かもめ」が始まった時間。三浦伸子ちゃんと立話。満員御礼。というか、狭いので席を確保するのが難しい。初日を見逃したのが敗因。 2200、築地。キャピタルホテルに宿泊している中学の同級生Hと落ち合い、近所で一杯。2泊3日の出張。介護サミットとか。 2320まで、短い「同窓会」。 「小泉がやったことは地方潰しだ。オレが係累がなかったらヤツを殺してやりたいくらいだ」と激越な言葉が彼の口から出る。どちらかといえば保守的だと思っていたが。 「国労、全林野……最後は自治労が潰される。ひどい時代だ」と。いつか彼ともじっくりと話をしてみたいものだ。 途中で、Hが名古屋在住のY子にケイタイで電話。これまた30年以上も会ってないはず。中学のセーラー服姿しか浮かばない。離婚後、別れた夫が亡くなり、姉も最近亡くなったのだとか。みんな、いろいろある……。 11月20日(月)晴れ 風邪がなかなか治らず。 1500、下北沢の「カフェ トロワ・シャンブル」でT取さん、Y田光彦さんと。Y田さんから新しいイラストを受け取る。3人で雑談。 11月19日(日)曇り時々雨 最後までどうしようかと悩んだ躰道の昇級試験。熱っぽく、咳、鼻水。しかし、キャンセルしたらせっかくおぼえた学科試験がフイになる。意を決して受審することに。 0845会場着。今回の審査を受ける人は50人ほど。あまり人数が多くないので一人ずつ受審。 審査は一番最後。後で、「普段の稽古の悪いところばかり出たね」と先生たちに言われたほどボロボロ。結果はオーライだが、自分では不満足なものを試験官に見せてしまった。自己嫌悪。 1300帰宅。 1400、新宿。シアタートップスでウォーキングスタッフ「SOLO」。受付でI井久美子さんに挨拶。 姉の殺人事件をめぐる妹夫婦、タロット占い師、便利屋二人組の顛末を、「結」から「起」に向って逆回しに描いていく。 初演で雛形あきこが演じた役を山田まりやが。役名は変わらず「あきこ」。 客席、土曜昼にも関わらず、後方3分の1が空席。 ハードな芝居は若い観客向きではないのか。 1615終演。 1645、帰社。月末で退社するAさんが身辺整理中。誰もいない土曜夕方に私物を片付けている姿はどことなく……。 福島のFMラジオで番組を持っている根本豊さんから出演依頼あり、今日はその録音。東京の演劇情報を約5分間。ぶっつけ本番。5分は短い。アッという間に2分オーバー。あとは編集にお任せ。 1800退社。 2100から予定に入れていたシネマアートン下北沢の「かもめ」はキャンセル。風邪をこじらせたら大変なことになる。 帰宅し、早めに就寝。 11月17日(金)晴れ 風邪ひどくなり、頭の中で「なにもかもがなんでこんなに鬱陶しいんだろう♪」と拓郎の歌が鳴り響く。 夕方に小康状態。キャンセルを思いとどまり、文学座「シラノ」に行くことにする。北千住のシアター1010。ここなら帰りが楽。……と思ったが、開演7時で終演10時30分。こんなときに限って長時間芝居。熱で時々意識が遠のくもなんとか最後まで観劇。さすが江守徹、長ゼリフもきっちり。 2300帰宅。地の利。劇場から家まで30分もかからない。芝居を見た後の長時間電車というストレスがない。スッキリさわやか。下北沢が近かったら毎日が天国だろう。 11月16日(木)晴れ やはり風邪。ノドがヒリヒリ。朝から黒糖飴ばかりなめている。熱もあるので、仕事がつらい。「J万才」なんとか仕上げ。 K記念病院の鍼はキャンセル。早めに帰宅し、就寝。 教育基本法改正案、衆院通過。強行採決。国論を二分する問題を強行採決とは。 「自立した国民のための教育」から「国家に奉仕する国民を育てる愛国心教育」へ。戦後の自由と民主主義を根底から覆す改悪なのに、なぜ新聞・マスコミはキャンペーンをはらないのか。自分たちの死活問題、新聞再販制度には猛然とキャンペーンを張るのに、教育問題という、これからの国民の運命を左右する根本的な問題には、当たり障りのない主張。 教育基本法改正は戦争への一里塚。大阪城外堀と同じ。外堀を埋められた大阪城がなすすべもなく家康の手に落ちたのと同じく、憲法の理念を体現する教育基本法が変えられたら、憲法は風前の灯火。この次、もし「戦後」があるのなら、そのときこそ、戦争犯罪人と同様、新聞・テレビの幹部はすべからく断罪されるべきだろう。 立花隆氏の言う「将を射んとするならまず馬を射よ」の喩え通り、本丸の「憲法を改正」を狙う人々は「教育基本法」改正を狙う。 11月15日(水)晴れ 昨日からノドに違和感。朝起きたら、ノドガ痛い。風邪だ。まずい。今週末は躰道の昇級試験。今日の夜に最後の稽古をしようと思ったのに。それに、今日は風林会館でPANTAの新譜録音記念のイベントがある。稽古の後に、駆けつけようかと思っていたが、これでは行けそうもない。 いったん起きて、再び正午まで睡眠。 お昼、T取さんと電話。今週の原稿の件。 1500、近くの内科に行って診察。風邪薬をもらってくる。その後原稿のリライト。 結局、稽古にもPANTAのライブにも行かれず。残念無念。 11月14日(火)晴れ 1800、新宿東口でN村くん、U井くんと待ち合わせ。 カメラ、携帯の受け渡し。 1900、音楽座ミュージカル「リトルプリンス」。著作権が切れたために、著作権者に縛られた前作を大幅に改稿。音楽座らしいのびのびとしたミュージカルに仕上げた。 「星の王子さま」が「ヘビの力を借りて」再び自分の星に還るというラストは、澁澤龍彦の「高丘親王航海紀」で、主人公が虎に自らを投じることによって、虎とともに天竺に向うというラストシーンに通じる。澁澤龍彦の「高丘親王」は「星の王子さま」か。 2130終演。石川さんに挨拶して家路に。 11月13日(月)晴れ 1800帰宅。稲葉、市川さんらに連絡。 11月12日(日)晴れ 窓の外で風の音。M蔵野線が止まるかと思ったほどの強風。 0840、K駅。今日はいつもの市民体育館が柔道試合のため、氷川神社傍の武道館で稽古。 正午まで。 着信記録があったので見ると福島のN本さんから。25日のFM放送の収録の件。 1300、従姉の息子のK君と久しぶりに食事。 1500帰宅。 先日、行われたT道全日本選手権大会の会場が恒例の東京武道館から東京体育館に変更になった理由を知って仰天する。東京都から会場使用を拒否されたのだという。 その理由として憶測を呼んでいるのが、君が代・日の丸の強制に反対し、都教委に国歌斉唱義務不存在確認請求訴訟を提訴した都立学校教職員401人の原告団の一人にT道協会の幹部が加わっていることが石原都知事の心証を害したというもの。武道館と躰道協会の良好な関係が突然壊れたのは2004年以降。つまり、訴訟が起こされてからだ。憶測ではなく事実だろう。 今年2006年9月21日には都の主張は退けられ、原告勝利の判決が出た。 ◆入学式、卒業式等において、国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する義務及びピアノ伴奏をする義務のないことを確認する。 ◆都教委は、国旗に向かって起立しないこと、国歌を斉唱しないこと及びピアノ伴奏をしないことを理由として、いかなる処分もしてはならない。 ◆原告らに対し、各3万円及び支払い済まで年5%の割合による金員を支払え。 画期的な判決といえる。 しかし、都は即日控訴した。 訴訟に加わったK範士は世界大会に何度も出場した方で、最高師範の愛弟子。高校の教頭を務めた方だ。2004年の卒業式で不起立を実行した。 「武道を通して日本国民としての誇りと自覚を持ち、国旗・国歌を誰よりも胸を張って堂々と歌いつづけてきた」が、「強制では愛国心は養われない」「強制する教育がエスカレートすれば、やがて勤労動員体制がつくられ、徴兵制がしかれることになるのではないか」との思いから提訴に加わったという。処分を受け、嘱託を不合格とされる報復も受けた。「主体性を持った人間を育てること」が教育理念であり、それは「躰道」の理念とも一致する。 「強制がなければ立って歌ったと思う」とも言う。 「国旗・国歌法成立時に文部省は”内心の自由に踏み込むものではない”と答弁した。強制は政府の姿勢に逸脱しているし、憲法にも違反している」 武道家らしく筋を通したK範士。 それに対し、「武道館使用を認めない」という都の態度。 これをイジメと言わずに何をイジメというのか。 ここでT道協会が組織維持のためにK範士を見殺しにして、都にすり寄ったら、「躰道」の名前が泣く。 それにしても、陰湿なイヤガラセではないか。 エラそうに、「イジメられたら相手をやっつければいい」と、知った風なことを言う石原都知事。 自分の意のままにまならない相手にはヒステリックに罵倒、イヤガラセをする卑怯な男。自分がイジメの親玉そのものではないか。 1800、N本さんから電話。FMの打ち合わせ……のはずが、突然の訃報。気が動転しているはずなのに、約束だからと律儀に電話をくれるN本さん。何と声をかけていいかわからない……。 胸焼けが続き、食欲がない。夕食はパス。大丈夫か、オレ。単なる胃炎ならいいが。 昨11日、宇井純さんが亡くなる。 60年代東大紛争時に、大学解体を叫ぶ反乱の学生たちに呼応するように、大学の何たるかを問い続け、それがゆえに、ついに東大では万年助手としての差別的な扱いをうけたが、屈することなく、「公害原論」を主催、水俣病、原発などの公害・環境問題を追及し続けた。 学生時代、何度か東大自主講座「公害原論」に通いつめたものだ。穏やかな笑顔。科学者として、市民として、企業国への物言いを続けた宇井さん。 松本清張、荒畑寒村、羽仁五郎の三氏が連続講座を行った1976年10月のことを今もはっきりとおぼえている。東大のキャンパスを教室のある棟に向って歩いていく宇井純さんと羽仁五郎氏の後姿。慈父に付き添う息子のような宇井さんの姿。おだやかな夕暮れだった。 晩年は沖縄大に教授として迎えられ、沖縄の環境問題にも積極的に取り組んでいた。神がいるのなら、なぜこんな人を早くに天に召すのか。宇井さんの残した財産は公害問題に取り組む多くの後継者たち。宇井さん、安らかに。 11月11日(土)晴れ時々雨 1400、俳優座劇場で文化座「冬華」。敗戦時に移動演劇で満州に滞在していた文化座は唯一の抑留体験のある劇団だ。その自らの体験をもとに、満州での演劇と青春を描いたのがこの作品。 敗戦のドサクサで帰国もかなわず、食うや食わずのどん底の生活をおくる劇団員たち。凍てつく大地に死者を葬ることが「仕事」のひとつでもあるが、凍った地面は容易に墓穴さえ作ってくれない。せめて野犬に食われないよう、同胞の骸を葬ろうとする男たち。 悲惨な毎日の中で唯一の希望は、団長の妻がみごもった赤ん坊。 文化座の芝居はどちらかといえば泥臭い。ときに新劇臭が鼻につく場合もあるが、今回の芝居の気合いは違う。女優は史実に基づき、髪の毛を切り、坊主頭。敗戦後、ソ連兵に襲われないように、女性は髪をおろしたのだ。とにかく、俳優の芝居への力の入れ方はハンパじゃない。脚本もいい。731部隊の残虐性も織り込み、「壮士」を気取る大陸浪人にもキッチリと批判を展開する。第1部からすでに涙で視界がぼやけ、2部に至っては、滂沱の涙。 文化座はいい芝居を作った。 1800、下北沢。T取さんと打ち合わせ。来月の最終日のことなどを。 1900、「劇」小劇場でてっぽう玉「満ち足りた散歩者」。佃典彦・作、蓬莱竜太・演出。塩野谷正幸、直井おさむ、小椋毅、加地竜也、麻乃佳世、種子、中野若葉、平野直美。 ビルの屋上に住む二人の男。そこに稲荷神社を作って「管理」しているらしい。賽銭をあげにくる下のフロアの会社員たち。彼らと男たちが交差する奇妙な風景。いかにも佃らしい不条理な喜劇。客席には流山児、松本祐子、海津義孝ら知人・友人が大勢。 直井の芝居は龍昇とソックリ。声、気配、セリフ回し……。 声をたてて笑うのはめったにないことだが、今回は笑いに笑う。加地の使い方がまた面白い。 2100終演。飲み会には行かず帰宅。 11月10日(金)晴れ 11月9日(木)晴れ 1730、初台へ。「ドアーズ」で来年の月蝕歌劇団公演「花と蛇」の公開オーディション。審査員は団鬼六、シーザー、中森明夫ら。最後に登場した秘密兵器、「フェチの女王」黄金咲ちひろの毒に当てられっぱなし。団氏、「あんた合格や!」と上機嫌。ステージで初めて「縛り」の実演。SMにはまったく興味がないが、なるほど……。2130まで。遅くなるので打ち上げに出ずに帰宅。 11月8日(水)晴れ 0730、ゴミ出し。部屋の整理。昨日買ったミニスピーカーをセット。2980円にしてはまあまあの音質。モニター用にはいいかも。あと、寝る前に耳元に置いてCDを聴くのに。 1500、家人と買い物。 帰宅し内田吐夢監督の「恋や恋なすな恋」を見る。大川橋蔵と嵯峨三智子。人形浄瑠璃「芦屋道満大内鑑」と清元の古典「保名狂乱」を素材に、安倍清明の父、安倍保名と葛の葉のいきさつを描いたもの。美術が見事。1962年、狐の登場シーンは仮面を使っての演出。屋外ロケと劇場舞台を入子にしたり、実験的で優美。最後は知り切れとんぼの印象だが、仕方ない。鈴木清順の「たぬき御殿」のように、今のCGを使ってリメイクすればさぞや豪華絢爛の映画に仕上がるだろう。 米中間選挙。民主優位。さて、ブッシュはどんな手を使ってくるか。 2230、携帯に着信あり。見ると中学の同級生H。田舎の同級生に何かあったのか?と慌てて電話すると、「今、出張で茨城のM市に来てるんだ。Kのところで飲んでる」。Kも中学の同級生。「分かるか?」「ああ、Kだろ?久しぶりだな」「久しぶりどころかもう何十年も会ってないよ」 夏に帰ったときに、「Kに”もう俺たちのことは忘れてくれ”って言われた」とNが言ってたから、何があったんだろうと思っていたが。Hとは連絡を取っていたようだ。 電話を介して数十年ぶりの会話。意外と「声」はわからないものだ。 「色々あったから……。今度、SやKとも会いたい」 「お母さん、亡くなったんだって」と奥さんのHM。「もう13年経つよ」「そう、Hの話だとつい最近のような話しぶりだったから……」 卒業以来約30数年。ここ20数年、田舎に帰ってないということは、いろんな事情があるのだろう。Hがわざわざオレに電話してきた。その心情。 子供の頃から中学まで一緒だった田舎の仲間。何十年たっても、友だちは友だち。 久しぶりに聴くKと奥さんのHMの声。元気そうでよかった。 11月7日(火)晴れ ストレスからなのか、どうも最近、朝の仕事の最中に胸焼けがする。胃腸薬を一服。 1600、銀座ピカデリーで「父親たちの星条旗」を見る。観客はほとんどが中高年。 太平洋戦争末期、東西わずか8`の小さな島「硫黄島」をめぐる日米双方の攻防。5日で終わるだろうとのアメリカの目論見は外れ、1カ月以上にもわたって悲惨な戦闘が繰り広げられた。 その硫黄島決戦の象徴として、語り継がれたのが1枚の写真。摺鉢山の頂上に立てられた星条旗。それを支える6人の兵士たち。その構図の見事さ。私も中学時代に集めた記念切手の中の一枚として持っている。 映画は、6人の兵士のうち、生き残った3人のその後の人生を描いていく。 戦時国債を国民に買わせるためのショーに駆りだされ、全米を巡演して回る3人。戦争で戦い、また「英雄」として利用される3人。 しかし、彼らには常に悲惨な戦争の記憶が付きまとう。「俺たちは英雄なんかじゃない。真の英雄は死んでいった仲間だ」 インディアン(ネイティブ・アメリカン)であるために、「英雄」になりながら差別と偏見の中でその後の人生を送らざるを得なかったアイラ。家族にも硫黄島のことを話すことなく生涯を終えたジョン。英雄としてもてはやされ、有名会社からの引く手あまただったにも関わらず、歓呼の潮が引くと世間から忘れられ、貧困のうちに一生を送ったレイニー。 映画の前半は激しい戦闘シーンがこれでもかというくらい続く。手足が飛び、首が飛び、内臓がはみ出す。日本兵の自決死体のおぞましさ。しかし、これが戦争。銃弾はテレビのように、うまく心臓めがけて飛んで来るはずはない。目を射抜かれ、爆弾は手足、頭を吹き飛ばす。日本軍による米兵への残虐シーンはさすがに映像にできなかったようだ。 この前半の戦闘シーンの迫真力だけで、厭戦気分になる。「戦争がカッコいい」と思っている若いコたちに見て欲しい。 戦争で傷つき、その上、国に利用された若者たち。 権力者への怒りと、戦争の哀しみがスクリーンからダイレクトに伝わってくる。現在から過去を照射しながら、イラク戦争まで射程に入れたクリント・イーストウッド監督の最高傑作。終映後、「硫黄島からの手紙」予告編上映もあってか、ほとんどの観客が席を立たず、エンドロールまで見ていた。エンドロールに使われた硫黄島の戦場写真が効果的。 20.00、原宿。リトルモア地下で毛皮族のアングラ経験劇場@リトルモア「コーヒー&シガレッツ的な軽演劇」。約1カ月、A〜Eの演目を日替わり上演。今日はDの「OSOBA」。江本純子、金子清文、和倉義樹、高野ゆらこ。蕎麦をめぐる1時間のコント芝居。観客50人弱。町田マリーの姿も。 22.00帰宅。 11月6日(月)晴れ NYタイムズが社説で「共和党候補は一切支持せず」と表明。 「ブッシュ政権で議会を主導してきた共和党の仕事ぶりはひどかった。減税至上主義の政策で予算を破壊し、中間層を弱らせ、経済を長期的に危機にさらした」というのがその理由。1851年の創刊以来初めての決断だという。 アメリカのマスコミは投票の際に支持候補者を明らかにする。「公正中立」を建前にしながら、その実、常に政府の顔色をうかがう日本のマスコミとは大違い。国民の「政治関心度」の低さはマスコミの責任でもある。 1800、三軒茶屋。I田信之さんの事務所へ。出版用のエッセイ集を印字したので、読んでほしいとのこと。今の出版状況では難しいかもしれないが……。出す以上はきちんとしたものを。 1830、「はとぽっぽ」でサンマ定食+目玉焼き860円。 1900、シアタートラムで宮沢章夫作・演出の「鵺NUE」。右隣りに七字さん、江森さん。左に北川登園さん。七字さんは足立正生監督の「幽閉者」に対してかなり厳しい意見。 さて、舞台。 古典をモチーフにした現代能楽集シリーズの第三弾。 元となった謡曲「鵺」は、源頼政の矢に射られて殺された「化け物」鵺の霊が旅の僧に供養を求めるために現われるというもの。鵺は自分が退治された時の様子、その後、頼政が名を上げたことなどを語り、虚空に消えていく……。 これを宮沢章夫はどのような現代劇にしたか。 舞台はある国の空港のトランジットルーム。つまり、どこかでありながらどこでもない「無国籍」の場所。 そこで空路の再開を待つ旅行者たち。演出家、制作者の女性、俳優、ビデオカメラマン……。ソファの陰から彼らを見ている全身黒づくめの一人の男。時が流れ、やがて、ゆっくりと男は向き直り、演出家に声をかける。「お前、変わっちまったな……」 演出家は、「今をときめく世界的な演出家」。その昔、60年代アングラ演劇の一翼を担い、革命のための演劇を呼号した蜷川幸雄がモデルといえよう。劇中劇として演じられるのは、清水邦夫の「朝に死す」「想い出の日本一萬年」「真情あふるる軽薄さ」「ぼくらが非情の大河をくだる時―新宿薔薇戦争」。まさに高揚の60年代。 黒づくめの男=鵺は今も60年代の夢の中に生きている。新宿(文化)からはるかに時代が過ぎ、もはや人々の忘却の彼方に消えた鮮烈な日々。それをよすがに、虚空をさまよっている男。過去の記憶は鮮明でも、今の記憶は語る端から消えていく。 鵺は「60年代新宿」の象徴なのだろう。 演出家と男の対峙、それを取り巻く現代の若者。 謡曲「鵺」で供養=浄化されたのは、帝に祟った化け物=鵺だったが、「変わらない世界と大人」に祟った60年代の若者は、今の時代の誰に供養されるべきなのか。 「鵺」は若松武史。まさに60年代アングラ芝居の象徴としてうってつけ。WAKAにきちんとした主役芝居をさせたのは初めて見るような気がする。「触媒」として重宝されるが、いまだ、WAKAを主演に据えた舞台は見あたらない。宮沢章夫の思い切った起用か。 演出家は上杉祥三。制作者は中川安奈。 ちょうど今、渋谷のこぎれいな劇場シアターコクーンでは、清水邦夫の作品、かつての60年代、反逆と鎮魂の芝居「タンゴ 冬の終わりに」が蜷川演出で上演されている。 しかし、それはもはや「消費」に過ぎないのか、それとも……。 2100終演。七字さん、かなりお疲れの様子。 TSUTAYAに寄って、ミニスピーカー2980円購入。 高校時代の教頭先生T先生から喪中のハガキ。4月に奥様が85歳で亡くなったとのこと。知らなかった。 T先生は96歳。ハガキの宛名も自筆。しっかりしている分、気の毒でならない。「高齢ゆえ、以降、年賀状をいただいても失礼するかもしれませんのご容赦を」と添えてある。96歳。妻を先におくるのはつらい。数年前にご自宅にお邪魔した時は、まだ元気だったが……。 11月5日(日)晴れ 0900〜1200、躰道稽古。審査が近いのできつめの稽古を。さすがに最後は息が上がる。 1300帰宅。1400からフジのドキュメント番組で近所の理容室「P」のドキュメントをやっていたので、家族と一緒に見てしまう。 親に勘当された兄弟、借金癖のある若者など、問題児の面倒を引き受ける社長・末吉昭利氏。16店舗80人の従業員を抱える氏と従業員たちの人間ドキュメント。更正を誓いながらも何度も裏切られる末吉「マスター」。世間から見れば、「お人よしにもほどがある」なのだろうが、最後まで従業員を見捨てず信じ切るというのはなかなかできることではない。 テレビ終了後、家人と散歩。途中で「P」をのぞいてみると、テレビに出ていた従業員の姿が……。 1700、商店街と通りを隔てたアクアショップでイモリのエサの冷凍赤虫を購入。24個で120円。 2年前に開店したばかりとか。熱帯魚に雑じってエイやイモリも。イモリ1匹480円。高い! 1800帰宅。ようやく部屋に腰を落ち着け、友人から送ってもらった拓郎のCDを聴く。懐かしい曲ばかり。 11月4日(土)晴れ一時雨 1500まで仕事。連休の谷間。社内閑散。意気揚がらず。 1600、上野。アメ横でシャケトバ1500円。連休だからか、あふれかえる人波。 1900、浅草。木馬亭で新宿梁山泊「風のほこり」。 唐十郎作品の再演。六平直政が14年ぶりに復帰。 浅草、カジノフォーリーの時代を背景に、芝居小屋の地下室からジュゴンの棲む水槽へと通底するあやしくも奇妙な「眼球譚」。後輩・東憲司の桟敷童子が胸ポロリならこちらはお尻ツルリ。 ネットでは、桟敷童子の女優二人のヌードに反発の声が出ているようだが、いかにも今の時代らしい反応。必然性のない裸……というのがネット観客の意見というが……。 桟敷童子は物語性のある舞台だったが、こちらは唐十郎の妄想全開の演劇詩世界。筋など捕まるはずはない。理解しようと思わないこと。それでも最後に、唐世界が立ち現われるわけで、「劇詩」を味わえばいい。 もっとも、今の若い観客は「わけがわからない」のはイヤなのだとか。 先週号の週刊現代で高橋源一郎が書いていたが、「八月の濡れた砂」を学生に見せたら、学生は「意味分からない」「つじつま合わない」と、映画への拒絶感が多数を占めたという。 (前略)「いや、わからなかいから面白かった。わからなければ分からないほど興奮したのである。ほんとにあの頃の若者はどうかしていたのかもしれない。なぜあんなことをしたのだろう。思えば、海に向かって「バカヤロー!」と叫ぶのだって、意味不明である。なにか理由があって叫んでいたのではないのだ。若者たちは、自分たちが理解されないことに憤慨していた。そして、そのうちに「理解」そのものに反抗したくなったのではないだろうか。だから、自分のやっていることの意味だってわからなかったのだ。 それに比べれば今の若者たちはずっと大人だ。自分のことをよく知っているのである。つまり、それは青春からは遠い、ということなのかもしれないのだが」 年を取るにつれて、わけのわからないものから遠ざかる。目に見えるものに固執する。地位、勲章……。若いうちはわけの分からないものを楽しむべきだと思うが。 60年代のアングラなど、それこそ意味がわからない芝居ばかり。それでも「ワケが分からない」ことに熱狂していた若者。それは迎合ではなく、「わからないこと」を分かろうとすることこそ、若者なのだ、という気概に満ちていた。 最初から「分かるもの」だけしか興味を示さない、受け入れない今の多くの若者。調理されたレトルト食品があふれかえる今の時代を反映している。 前の席にN村勘太郎。隣りの女性は終始うつむいて、顔を隠したまま。逆に気になってしまう。ま、いいけど。 終演後、近所の魚民で飲み会。六平直政は勘太郎らと酉の市が行われている大鳥神社へ熊手を買いに行くとのこと。 黒テントのNさん、損保会社のYさん、梁山泊旗揚げメンバーで、今は地方で建設会社に勤めるAさん、広島から駆けつけたBさんら。金守珍のリードで和やかな中にもスリリングな飲み会。初めて聞く「決別」のいきさつ。「彼の才能は買ってるからね。今でももう一度一緒にやりたいと思ってる」と。 先日、大麻事件で捕まったカリスマシェフY田が、10年前の梁山泊の若手T君を死亡させた暴走運転の当事者だったということを初めて知る。テントの泊まり番だったT君が自動車事故に巻き込まれて死亡した事件はまだ記憶に新しいが、その「犯人」がカリスマシェフだったとは。 「あいつがまたやった」 劇団員のもっともな怒り。 2300、解散。 11月3日(金)晴れ 休日。 起き抜けに近藤ようこの「兄帰る」を読む。 失踪してした兄が事故に遭い、遺骨となって帰ってくる。婚約者、妹、弟、母4人が男の空白の生活をたどっていく。「彼は本当は何を考えていたのだろう……」 一人ひとりがたどる「失踪者」の心の軌跡。舞踏会の手帳ならぬ、失踪者の手帳。婚約者から妹へ、そしてフリーターの弟へ……。バトンタッチされる「兄」の真実。 うまい、見事。近藤ようこの作品の中でも最高傑作ではないか。恋人、家族の心のひだが陰影あざやかに。 早朝というのにベッドの上で涙。 「大山倍達正伝」。大山倍達の虚像をはぎ取り、真実をさらけ出し、その上で倍達の人間的大きさを再確認する……とはいうものの、著者の片割れの塚本佳子なる人物の「日韓併合」を正当化するような右翼的言辞に辟易。読む気が失せる。高いお金を出して買ったはいいが……。 お昼、「花屋与平衛」で食事。 帰宅して、久しぶりにカセッットテープのラジオドラマをCDに取り込み。 夕方まで部屋の掃除。芝居のチラシの整理。2カ月にいっぺんやる作業。こんなことしても……と思うのだが、結構楽しいのだ。 11月2日(木)晴れ 連休の谷間。朝、ベットから降りて足を床につけた瞬間足の裏がヒンヤリ。今日から寒くなるという予報は当たっていたか。昨日、ロングTシャツを買ったのに、このまま寒くなるようだと無用の長物になってしまう。この季節、着るものに困ってしまう。 サクサクと仕事が進み、明後日の仕事まで手をつけてしまう。せっかちB型。 1700、秋葉原。ヨドバシカメラの7階書店を散策。 小島一志、塚本佳子著「大山倍達正伝」(新潮社)、ベンジャミン・フルフォード著「暴かれた9・11疑惑の真相」(扶桑社1600円)、近藤ようこ「兄帰る」(小学館 980円)購入。 1930、森下。ベニサン・ピットで劇団桟敷童子「海猫街」。 日露戦争後の日本のひなびた港町を舞台に、日本政府の命令で、軍艦基地への輸送中継基地を探しているという「玄海憂鯨社」なる政府御用商会と地元民、被差別の海女らが織り成す神話的世界。梁山泊譲りの大仕掛けが見ものとの前評判通り、舞台全体が荒れ狂う海に変貌する終盤の仕掛けは大迫力。隣りのM本祐子さんが「おおぉっ」「すごいッ」と感嘆の声を上げるので思わず苦笑。 M本さん、桟敷童子は初めて。来月はニューヨークに遊びに行き、帰りに韓国に寄って鄭義信の「杏仁豆腐のココロ」を見るのだとか。 2145終演。朱源実さんに挨拶して家路に。 電車の中で「9・11疑惑の真相」を読み始める。 「9・11テロ」の黒幕はビン・ラディン率いるイスラム原理主義テロ組織アルカイダ、と報道され多くの日本人は信じ込んでいるが、事件から5年経過した今、米国だけでなくヨーロッパでも9・11テロの通説に対する大いな疑問が語られ始めている」 9・11はアメリカ政府の謀略だったとする説が、著名な科学者、軍人、ジャーナリストによって検証され、一方で、真相を追及する人々が事故死、自殺など不審な死を遂げているという。 以前から、911陰謀説とうのは流布されていたが、正直に言って、ほとんどはトンデモ陰謀史観の類だろうと、まともに読んだことはなかった。 が、しかし、ベンジャミン・フルフォードは米紙「フォーブス」のアジア太平洋支局長を務めた有能なジャーナリスト。そのフルフォードが書いたものなら多少はまともか……と興味半分で読んだのだが、読んでみて目からウロコ。 センタービルに突っ込んで死んだはずのテロ実行犯が今も生きているという事実。ペンタゴンに突入したはずのボーイング757の場合、墜落現場写真に機体の残骸がまったく写っていない。かろうじて写っているものはボーイング機とはかけ離れた小さな影であること。直接、ボーイングが衝突しなかったのに、第7ビルがきれいさっぱり崩壊したが、その理由が明らかにされてないこと。それよりなにより、ボーイングが衝突炎上しただけでビル全体がきれいに崩壊するのかという疑問がある。数え上げれば疑惑の山。911の真実はまったく明らかにされていないといえる。 で、フルフォード説によれば、すべてブッシュとネオコンによる陰謀。つまり中東の石油権益を狙ったネオコン一派の謀略であるという。詳しくは本書に譲るが、「よく言われる説」にしても説得力がある。 なぜなら、アメリカの歴史は謀略の歴史だからだ。 1775年のアメリカ独立戦争のきっかけになったボストン茶会事件(イギリスからの過酷な税に憤慨した植民地のアメリカ人たちがイギリス船に侵入、東インド会社の紅茶を海に投げ捨てた事件)は、実際は、先住民に扮したイギリスの資産家たちが起こした事件だった。これによって東インド会社と資本家が利益を得た。 1898年、米西戦争の引き金となったメイン号事件(ハバナ沖に停泊中の米海軍戦艦メイン号が爆破された)。実際にはアメリカ自らがメイン号を爆破したでっち上げ事件だった。新聞王ハーストは「リメンバー・ザ・メイン」の論陣を張って戦争を煽り、その結果、アメリカは戦争に突入。スペインに勝って、キューバ、フィリピンなどを奪った。 「リメンバー」で想起するのは「リメンバー パールハーバー」。つまり真珠湾攻撃。当時のアメリカの暗号解読能力からすれば、日本軍の暗号など赤子の手をひねるようなもの。事前に「奇襲攻撃」を知っていながら、あえてハワイを捨石にして、80%の戦争反対世論を逆転させた。99年のユーゴ空爆、朝鮮戦争、湾岸戦争では相手を追い詰めて戦争に引きずり出すという手法を取る。 64年のトンキン湾事件では、北ベトナム軍が米駆逐艦に2発の魚雷を発射したという口実でベトナム戦争に突入したが、これもアメリカの自作自演だと判明している。 また、キューバのカストロを追い詰めるために、創案されたノースウッズ作戦というのがあるという。フルフォードによれば、これが9・11のひな形になったのではという。 軍用機を民間機に見せかけ、軍人を民間人に仕立てた上で、その航空機を軍事基地に着陸させる。一方で、別の飛行機を飛ばし、遠隔操作で空中で爆発させ、搭乗者全員を死亡したことにする。それをキューバの犯行と見せかける。また、キューバ難民の船を沈め、それをキューバのしわざにでっちあげる。 この作戦はアイゼンハワー時代に作成されたが、ケネディが大統領になったため、拒否され実行されることはなかった。ケネディは立案に関与した関係者を全員罷免。そのためにケネディ暗殺が引き起こされた……。 「テロ」を事前に知っていたような動きもある。 9月4日にはイスラエル系の船会社世界貿易センターから引っ越し。11日、ブッシュの従兄弟がセンタービルを訪問する予定を前夜に変更。センタービルのリース権所有者、ラリー・シルバースタインは当日、「病院の予約」があり、第一ビル88階のオフィスにはいなかった。また、最大テナント、モルガン・スタンレー社の社員4000人が奇跡的に助かったというのも不思議。しかも、事前に、事件後に急騰する軍事・セキュリティー関係の株を大量に買っていた。一方、航空機会社の株の空売りで莫大な利益を上げていたCIA関係者もいる。事前に「知っていた連中」だ。 ことほどさように、9・11の疑惑は無限に広がる。 中間選挙で民主党が勝てば、ブッシュの陰謀が明らかにされる可能性がある。今の時点では、民主優勢は動かない。しかし、ブッシュ・ネオコンが、一発逆転を狙って、またぞろ何かを仕掛ける恐れはある。それが何か。北朝鮮絡みなのか。 いずれにしろ、日本だけは蚊帳の外。いいように使われるポチの立場でしかない。 11月1日(水)晴れ 0800起床。ゴミ出し後、寝直して、1100まで。 ネットで買ったDVD「落葉とくちづけ」が届いたので見る。69年、斎藤耕一監督。尾崎奈々がヒロイン。当時量産されたGS映画の一本で、ヴィレッジシンガーズをフィーチャーしたもの。オックスも出ている。演劇部でヒロインを務めた女の子を卒業後もマドンナとして崇める5人の野郎ども。ある日、彼女を「自分の恋人だ」という漫画家志望の男が現われ……。純朴な漫画家志望の若者は藤岡弘。コメディータッチだが、人間の記憶、想い出をテーマに、哀切感をにじませる。尾崎奈々。ファッションもメイクも懐かしい60年代の女の子。まだまだ日本人は純朴だった。 安倍首相が「任期中に憲法9条改正する」と明言。空恐ろしい時代。 未履修問題もそう。何十年も前から見過ごされてきた問題がなぜ今クローズアップされるか。教育基本法改正の動きを無関係なわけはない。日の丸・君が代問題の時、広島県立世羅高校の校長の自殺が政治的に利用され、日の丸・君が代での発言が封殺された。 今回も茨城県立佐竹高校の校長が自殺。「未履修問題」が教育基本法の改悪に利用されようとしている。教育基本法の理念が徹底していれば未履修問題など起こらないのに、逆に「教育基本法の不備が未履修問題を引き起こす」というデマゴギーに利用されかねない。 「美しい国」などとどのツラさげて言うのか。「美しい日本」を破壊してきたのが安倍の祖父らが作った自民党とその御用企業ではないか。拝金主義、効率主義、経済優先の果てが今の日本。美しい日本の景観は次々と消え去る。海も川も護岸、ダム工事で生態系が壊され、日本全国均一のクズ景色ばかり。公害病患者とは徹底して争い、国の非を認めない。「美しい日本」? 笑わせる。一度失った自然を取り戻すにはまた数百数千年の時間が必要となる。人の心を荒廃させ、自然を破壊する。それは「希望」という言葉を破壊するのと同じ。 「美しい国」とは安倍のような輩がのさばらない国をいうのだ。 |