2月29日(金)晴れ

 1600、小田急線S駅でTMさんと待ち合わせ。駅前の喫茶店でお話。寺山さんの歌集のことなど。25年の「空白」を取り戻すかのごとく、沸き起こる創造意欲をいかに円滑に現実化するか……。
1800、豪徳寺で下車し、世田谷線で三軒茶屋へ。初めて乗る世田谷線。電車と一体になった沿線風景が郷愁を誘う。

1900、パブリックシアターでサイモン・マクバーニーの「春琴」。イメージの魔術師、マクバーニーが谷崎潤一郎の世界に挑戦。「春琴抄」と随筆「陰翳礼賛」を元にした、光と影があやなす夢幻の世界。日本人よりも「日本と美」を知っているのではないか。ただただ陶然と舞台を見つめるばかり。深津絵里、チョウソンハ、宮本裕子、高田恵篤、そして老いた佐助役でヨシ笈田。ナレーター役の立石凉子の朗読も見事。久しぶりに沢美也子さんと立話。

2月28日(木)晴れ

 早めの帰宅。

2月27日(水)晴れ

 夜通し強風。ゴーゴーという風の音で何度か目覚める。

 1700帰宅。夕飯の仕度。

 海保に無断で石破防衛相がイージス艦「あたご」の航海長から「聴取」していたことを石破自ら認める。「海保に断って話を聞いた」という説明を撤回したわけで、そのウラに「「事故原因隠し、口裏合わせ」の意図があったのは明白。清徳丸発見は「事故発生12分前」(もっと前だという説もある)だと知っていながら「2分前」とウソの発表をしたことでも、石破の魂胆はミエミエ。国民の命より自分たちの保身。自衛隊の責任逃れ工作。ひどい話だ。

 JOCの放射線漏れ被爆で健康被害を訴えていた夫婦が請求を棄却される。裁判所いわく「被ばくが健康被害を発生させたという証拠がない」。目に見えず、匂いもない放射線。急性被ばくによる重体でもなければ被ばくによる被害を認めてもらえないとしたら、被爆者は泣き寝入りするしかない。「放射線による被害」をどうやって証明するのか。放射線被害は時間がたってから、がん、白血病という形で現われる。それなのに、「因果関係を証明しろ」と居直る政府と電力会社。これもまたひどい話。

 大間原発本格工事着工また延期。……永遠に延期されることを願う。


2月26日(火)晴れ

 1730帰宅。晩御飯の仕度、掃除。

 ラベルのないカセットテープを再生したら、ラジオドラマ「アディオス!ケンタウルス」のラスト30分が入っている。てっきり録音し忘れて存在しないと思っていたのに。放送時間が2時間と、カセットでは長すぎたために、ほかのテープを入れ替えて録音したまま、どこかにまぎれていたのだろう。22年ぶりの発見。これで「完全版」に。おさんどんのご褒美か。

2月25日(月)晴れ

 0730起床。買い物、病院への付き添い、炊事・掃除で一日が終わり。

 夜、カセットテープを整理していたら、RABのラジオドラマが出てくる。記憶にない。青森の友人が送ってくれたものだったか。畑澤聖悟作の「霞か雲か」。老人ホームが舞台。愚安亭遊佐が主演で、戦争に引き裂かれた青春を描いている。こんなテープがあったとはまったく知らなかった。掘り出し物か。
 愚安亭遊佐さん、どうしているのか。

 オークションで落札した茂木草介「大槌家の人々」(日本放送出版協会)が届く。1000円。amazonの古書では1万3000円もするのに。この値段の落差。



2月24日(日)突風

 強風で電車(武蔵野線)は運行中止。躰道稽古に行けず。これで丸1カ月休み。体がなまってしまう。

 23日、皇太子48歳の誕生日の会見で、「長女愛子さまが天皇、皇后両陛下と会う機会が少ないと羽毛田信吾・宮内庁長官が苦言を呈したことを受け、”できる限り心がけて(御所に)参りたいと思っております”と述べた。しかし、”家族のプライベートな事柄”として詳細は語らなかった」と毎日新聞。

「羽毛田信吾・宮内庁長官が13日の定例会見で皇太子さまへ送ったメッセージは、苦言をあえて公表した点でも異例だった。その真意や天皇、皇后両陛下の意向を受けたのかなどで注目されただけに、皇太子さまの今回の発言は肩すかしの印象を受ける」
「苦言は、直接的には皇太子さまが昨年2月の会見で「(両陛下と)お会いする機会を作っていきたい」と両陛下の期待に応える発言をしながら、実際には増えな かったことが原因だ。しかし、関係者によると、長官の真意は、愛子さまの参内回数ではなく、皇太子さま自身の言葉への責任にあったようで、それは両陛下も 同じだろう」

「綸言(りんげん)汗のごとし」。ある宮内庁幹部は長官発言の本意をこう表現した。君子の言葉は一度発せられたら、汗のように戻せないとの意味だ。今回の会見を受け、皇太子さまの言葉や行動に一層注目が集まる。注目しているのは両陛下も同じに違いない」

  皇室報道に関して「中立公正」が社是のはずだが、ここまで皇太子に厳しい論説を掲載するとは。羽毛田宮内庁長官発言は天皇の意向が反映し、それにマスコミが追随しているという図式か。

 週刊現代が報ずるところによれば、 皇室をモデルにした小説「THE・COMMONER」が出版され、アメリカでヒットしているという。民間から皇室入りし、伏魔殿の中で散々苦労した皇后と、皇太子妃。「女の子が生まれてよかった。これで、彼らが私を追い出してくれるかもしれないから」とのセリフもあるとか。

 人間性を否定される妻と、それを庇い、いつくしむ夫。女であるために政治に翻弄される娘。この一家が本当の幸せを手に入れるには皇室離脱しかない。 というよりも、常に権力をうかがう勢力の思惑と政治に翻弄され続ける「高貴なるご一家」は、京都にお還りになり、神官を職として一市民となったほうがどれだけ幸せか。神輿に担いで権威と権力を保持しようとする連中の薄汚い思惑こそ一家を愚弄するもの。今こそ「天皇に人権を」。

2月23日(土)晴れ

 1600まで会社で仕事。
 会社のコーヒーサーバーが新しくなる。今度の機械は緑茶も飲める。もちろん、粉末のお茶。

 茶柱の立たない時代はビニール質のファシズムと同じ。


 子供の頃、食後のお茶に茶柱が立つと「何かいいことがありそう」と嬉しかったものだ。しかし、茶漉しも進化し、今は目の細かい網が主流。お茶っ葉も茎は選別されて、あらかじめお茶の中から排除されている。茶柱が立つ時代は終わってしまった。異物を排除する思想。茶柱がなくなっていく時代は、まさにこの流れと同じ。他人と違うものは排除され、均質化される。古来日本には障害者を神からの贈り物とみなす思想があった。「福子」として、大事にする。その結果、宝物を授かったり、みなが幸せになる。そんな昔話はいくらでもあった。しかし、今はどうか。お茶の茶柱が立たなくなる時代は、果たして本当に幸福な時代なのか……。

 1800、池袋。東京芸術劇場中ホールで音楽座ミュージカル「リトルプリンス」。「星の王子さま」をモチーフにしたミュージカル。一幕の頭で睡魔に……。疲れ過ぎてる。しかし、すぐに持ち直し、舞台に集中。ダブルキャストで今日は王子=野田久美子、飛行士=広田勇二。「花」とケンカして地球に降りてきた星の王子さまが、キツネと出会い、初めて友情を知る。自分の「花」と和解するために再び星に還ろうとする王子。しかし、星はあまりにも遠い。ヘビのひと噛みで、苦しまず一瞬のうちに「星に還る」王子。ラストシーンの悲しみ。

 澁澤龍彦の名作「高丘親王航海紀」で、自分の命の期限を知った親王が、虎の腹中に自分を投じることによって、虎と一体化し、西方浄土、天竺への道を目指した。星の王子さまも、自分の命をかけて愛する自分の星へ還ろうとする。澁澤龍彦とサン・テグジュペリの符合。
 休憩15分挟み、2時間35分。

 制作のI川さんと立話。ミュージカル月間の前公演「タン・ビエット」に、(音楽座出身の)土居裕子、畠中洋、吉野圭吾が出ていたことが感慨深い様子。「自分の公演があると、なかなかほかの公演が見られなくて……」と。「飛び散った種が大輪の花をつけて咲くのは嬉しいけど、本体の方も頑張って新しい才能を出さないと。今の子はちょっと厳しいとすぐ辞めたり、泣き言を言ったりで……」
 
 かつてはスターを実力俳優を輩出した音楽座も、人材不足に苦心しているのか。

 
 三浦和義、サイパンで逮捕。テレビの速報に目を疑う。間違えて昔のテロップが流れたのでは……と。日本ではすでに最高裁までいって判決が確定しているのに、なぜ今この時期に。これで得するのは批難の矢面に立たされている防衛省=自衛隊。明日から新聞、テレビは三浦一色。日米共同でイージス艦追突事故隠しか。

 池袋タワーレコードで、つしまみれの「脳みそショートケーキ」購入。
2月22日(金)晴れ

 1500、渋谷・イメージフォーラム。Mさんの企画する「映像展」の試写。Mさんの知人の映像関係者十数人。

 寺山修司の撮った写真がスクリーンによみがえる。海外公演の合間に撮った写真、架空絵葉書……。そのイメージの喚起力。これこそが寺山修司。被写体の選択、美術、構図、すべてがうち震えるほど素晴らしい。自分が好きだった寺山修司の世界がそこにある。天井桟敷の舞台の再演は演出者のもの。寺山亡き後の観客はまだ本当の寺山演劇に出会っていない。しかし、この写真集は「寺山修司の天井桟敷」を切り取っている。カメラマンとしての寺山修司の才能。30年以上過去の作品なのにまったく古びていない。それどころか、今最先端の映像だといっても過言ではない。文字は沈殿し、センス・オブ・ワンダーは次第に薄れていくが、映像は変わらない。これだよ、これ。寺山修司の撮った写真はいつまでも輝きを失わない。48分。あっという間の上映。終わった後、28日に発売される「月蝕書簡」の束見本を見せていただく。寺山修司が晩年に遺した歌188首を収録。

父ひとり消せる分だけすりへりし消しゴムを持つ詩人の旅路

面売りの面のなかより買い来たる笑いながらに燃やされにけり

雨の絵を雨にぬらして運びゆくわれの義兄の義兄弟なり

 「消」「面」「雨」「義」……なぜか単語の重複が散見し、言葉の魔術師・寺山らしからぬ……? 寺山自身による「再校」があればどう改変されたか興味深いが、晩年の寺山の作として貴重な作品。

 1700、高円寺で下車し、秀和レジデンス(吉田拓郎が住んだ頃から40年!)、馬橋公園を経由して昔のアパート前。無人のまま放置で取り壊しの気配なし。久しぶりに「江戸竹」で刺身盛り合わせ定食1000円。顔なじみの主人が「これ、珍しいですよ」とドレッシングした紅花の茎を出してくれる。初めて食べるが実に美味。

 1800、荻窪の名曲喫茶「ミニヨン」でコーヒー。女性客2人のおしゃべりの声が静かな店内に響く。かつてはクラシック喫茶では話はタブー。静かに音楽に耳を傾けるだけだったが、時代は変わったか。
 

 1900、吉祥寺。吉祥寺シアターで串田和美プロデュース「ジャックとその主人」。 「存在の耐えられない軽さ」で知られるチェコスロバキア出身の作家、ミラン・クンデラの唯一の戯曲を串田演出で。旅する主人(白井晃)と従者(串田)の恋をめぐるとりとめもない哲学的問答。劇中劇の「姫」役に内田有紀。その他、宮島千栄、古川悦史、田岡美也子ら。決して舞台が面白くなかったわけではなく、ナマ内田有紀も目をこらしてみようと勢い込んでいたのだが、肉体疲労の限界か、開演前から睡魔に襲われ、気がつくと目が閉じている。覚醒と朦朧の往還。見ているのに見ていないという……。

 楽しみにしていた舞台なのに残念。2050終演。
2月21日(木)晴れ

 早めに帰宅し、家事その他。台所ピカピカ。


2月20日(水)晴れ

 Mさんから電話で嬉しいご案内。当日、突発事件がありませんように。

 19日、男性器の写真が掲載された米国の写真家、ロバート・メイプルソープ氏の写真集が、輸入禁止のわいせつ書籍に当たるかが争われた訴訟で最高裁が「輸入禁止となる『風俗を害するもの』にはあたらない」としてわいせつ性を否定する判断を示し、原告側が勝訴。

 この原告が浅井隆さんだということを読み飛ばしていた。高取さんから言われて初めて気づくといううかつさ。浅井さんは元天井桟敷の舞台監督。今は映画の輸入・配給会社アップリンク代表取締役。写真集を持ち込み、税関で没収させたのは裁判で戦うための方策。いわば確信犯。その戦いで勝利したということは画期的だ。

 日活ロマンポルノ裁判を闘った泉下の斎藤正治さんも寺山修司組。ワイセツと芸術の線引きを拒否した斎藤さんと、「これはワイセツに当たらない」と、「芸術」に視点を置いた今回の判決は別物かもしれないが、寺山修司の精神が元劇団員によって引き継がれていることに感慨をおぼえる。



「私たちの革命の運命に関して非常に重要な合意を採択する場である議会に、何日か前、私を議員として選んでくれた親愛なる同胞たちにお伝えする。私は国家評議会議長および最高司令官としての職を望みもせず引き受けるつもりもない―繰り返そう、望みもせず引き受けるつもりもないのだ。」

「打ち負かすべき敵は非常に強い。しかし、私たちは半世紀もの間、その敵が手を出せない状態にすることができた。」

「これはみなさんへのお別れではない。思想の闘いの中で一人の兵隊として戦い続けるのが私の唯一の望みである。」

「ありがとう」

「フィデル・カストロ・ルス 2008年2月18日 午後5時30分」(「壊れる前に……」引用)


 ついにカストロが後事を託すときがやってきた。カストロの死の後、キューバはどうなるのか。アメリカによって蹂躙されるのか。キューバ国民は闘いを続けるのか。せめてカストロ健在のうちにキューバに旅をしたい。最後のロマンチシズムの国。


2月19日(火)晴れ

 イージス艦が千葉のまぐろ延縄船に衝突、漁船は船体を真っ二つにされ、漁師親子は不明。例によって、自衛隊側の通報遅れ。自分たちに都合のいい情報しか流さない。このような事故が起きたら、まず第一報は疑ったほうがいい。そのうちボロボロと隠していた事実が明るみに出るはず。漁師が犠牲になるのは他人事ではなく、悔しい。自衛隊は発足以来、これまで何十何百の国民の命を奪ってきたか。

 「お玉おばさんでもわかる政治のお話」の「自衛隊は果たして何を守るのか」というコラムを傾聴。


 1600、e+で買った格安チケットでコマ劇場へ。おさんどんが待ってるが、せっかく買ったチケット、ムダにはできない。

 「星屑の町 新宿歌舞伎町編」。下北沢ザ・スズナリで始まった「星屑の町」が10数年でコマ劇場公演。一度も欠かさず見ている者にとっては感慨深い。客席はメインスターの前川清目当てのおばさん族でびっしり。いつもの「星屑の町」とは客層が違う。

 水谷龍二もコマの客相手の弁当芝居をやるのかなと不安に思ったが、それは思い過ごし。幕が開いたら、これまでの作品と同じく高水準。セットや時間をたっぷり使える分、贅沢極まりない舞台になった。

 高橋由美子、小宮孝泰、ラサール石井、渡辺哲、でんでん、菅原大吉、有薗芳記、左とん平、田島令子、外波山文明、清郷流号、新納敏正、朝倉伸二、清水宏、筑出静夫、平良政幸、斉藤レイ、植野葉子、小林美江……。出演者もこれまで「星屑」に出てきた役者たちが総出演。役者たちにコマを経験させたいという水谷の思いやりに違いない。

 売れないムード歌謡グループ「山田修とハローナイツ」。プロモーション用にみんなが拠出した300万円を歌舞伎町に事務所のある悪徳プロモーターに持ち逃げされたことからテンヤワンヤの大騒動が。

 今回のリードボーカルは高橋由美子。うまい! 彼女が慕う”おにいちゃん”が前川清。ジュクの伝説のヤクザ役で左とん平。メンバー間の諍いやら、娘と父親、元夫婦の情愛など細かな心の機微を笑いでまぶした人情喜劇。こんな芝居なら3時間でも4時間でもOK。実際、上演時間は休憩30分を挟んで3時間40分。第二部の後半約40分は前川清のコンサート。初めて「そして神戸」を生で聴く感激。やっぱりホンモノはいい。

 惜しむらくは、眼鏡を家に忘れてしまい、ほとんど顔が見えなかったということ。楽日までにもう一度見に行かなくては。


 
2月18日(月)晴れ

 マンションの大規模修繕。外壁の塗装が始まり、工事音。豚児きょうも風邪で学校休み。病院に連れて行くも「たいしたことない」と医者。本人もケロリ。母性の「過保護」に強い違和感。

 原発補償金のことで叔父から電話。事実上漁業権が失効しているわけで、自分のあずかり知らぬこと。早晩、漁協から脱退しなければならないのだろうが……。
 午後、タクシーで家人を病院に。

 2月17日(日)晴れ

 炊事洗濯掃除、全然苦にならない。電子ジャーにドラム式洗濯機。電化時代に何の苦労があるというのか。
 15のときに寮に入り、掃除・手洗い洗濯、かまど炊事……。上京してからも炊飯、料理ぜんぶ一人でやったのだから。

 
2月16日(土)晴れ

 1400、下北沢。駅前劇場で毛皮族「遺骨のトットさん、ドブに落ちる」。土曜平日とあって、超満席。客入れに手間取り13分時間押し。
看板・町田マリーは出演せず、その代わり、お気に入りの羽鳥名美子が主演。
 惹句は……。
 巨額の金を横領した窓際族OL「トットさん」が、窓際の裏社会でのし上がり一世を築いた後で、ドブ川に転落するまでの錆びた一生を重厚かつへなへなピンキーに描く芳醇の新作。
毛皮族初期の野蛮なエロバイオレンス作風と近年気が向いた時にたまに描く硬派な社会派ミステリー風をドキドキドッキングさせて描き出す新シリーズ、その名も毛皮族の社会派ピンキーバイオレンス!!


 ……女優陣がニプル姿全開という猥雑・アナーキーな幕開け。が……。歌とダンスはいいんだけど。

 いつもの自然食品の店で鍋焼き980円。

1830、紀伊國屋サザンジアターでこまつ座「人間合格」。幼少、少年、青年……晩年。6葉の写真を素材に太宰治の人間と青春を描き出す井上ひさしの名作5演目。

自殺未遂を繰り返し、無頼、退廃、ニヒルと評された、永遠の青年作家太宰治の半生を、太宰の残した名作の数々(「晩年」「人間失格」「走れメロス」……)を巧みに織り込みながら、笑いと友情と感動の物語で綴り挙げた、奇蹟の傑作戯曲! 

 この惹句そのままの井上戯曲の白眉。何度も再演されたが、今回の舞台がベスト。岡本健一、山西惇、甲本雅裕、辻萬長、田根楽子、馬渕英俚可。この6人のアンサンブルがいい。山西以下は一人で数役の早代わり。コミュニズムに傾倒しながら、自分の出自に悩む青年期、生涯、自分の人生に違和感を抱きながら生き急いだ太宰。津島家の家令・中北役は今回から辻萬長。すまけいが完成させた役を引き継ぐのはプレッシャーだっただろう。声色、方言、やはりすまけいの呪縛からは抜け出せず、目をつぶればそこにはすまけいがいる。しかし、さすがにオールラウンドプレイヤー、終幕には辻流の中北造形が。

 帰り、M紙のT橋さんと駅まで。「最後の章は不要では……」とTさん。友がみな彼岸に旅立ち、ひとり、夜の屋台につっぷしたままの太宰。そこに、「今日、組合を作ったばかり」という若い工員たちが現われ、酔いつぶれた文士に気をつかいながら、ひそやかに乾杯をする。彼らは、劇中で太宰の友人を演じた俳優たち。回想の主人公。やはり、この終章がなければ締まらない。

 紀伊國屋書店で山本直樹「RED」と近藤ようこ「アネモネ駅」を買う。



2月15日(金)晴れ

 早めに退社し、おさんどん。きりがついたところで、新宿へ。劇団制作者にとってドタキャンほどいやなものはない。1900、予定通り、紀伊國屋ホールでAGAPE storeの「からっぽの湖」へ。客席に加賀まりこの顔。珍しや。G2が演出した「東京タワー」関係か。

 松尾貴史のゆるーい笑いが心地よい2時間。未確認生物の出現で一時もてはやされたある田舎町の湖を舞台にした奇妙な登場人物たちによるコメディー。このところ、”メジャー”で軽い舞台が多い久保酎吉。どうしてもマイナー、実験的な芝居のイメージが強いが、事務所もメジャーになり、出演舞台も変化が。だんだん違和感がなくなるのは当然か。片桐仁、坂田聡、菅原永二、田中美里ら。”おかしな女優”ぼくもとさきこの個性が面白い。2110終演。急いで家路に。

2月14日(木)晴れ

 早めに帰宅し、家事手伝い。

 沖縄で起きた米兵による少女暴行事件。日本人ならずとも、心ある人なら誰もが米軍の非道に怒りをおぼえるのが常識だと思っていたが、どうもそうではない人間も世の中には大勢はびこっているようだ。

「反米嫌日戦線」さんのブログで、米兵の日本人妻や日本人の恋人が書き込む「沖縄ミリタリーフレンズ掲示板」を取り上げているが、引用するのもはばかれる悪意(当人たちはまともだと思っているらしいが)に満ちた書き込みの数々に愕然とする。この米兵の日本人妻や恋人の思考回路は、身内をかばうあげく、戦争犯罪をなかったものと思い込むどこかの戦犯の孫娘と同じなのだろう。

2月13日(水)晴れ

 どこに不幸が転がっているのかわからない。電話を受け、仕事を片づけてから病院に急行。右手骨折で緊急オペ。しばらくは、おさんどんか。

2月12日(火)小雨

 今日から新しいシステムがスタート。戦場のような社内。おかげで、肩こりがひどく、退社後速攻でマッサージ店へ。

 1900、池袋。東京芸術劇場中ホールでTSミュージカルファンデーション「タン・ビエットの唄」(脚本=大谷美智浩、演出・振付=謝珠栄)。


 1969年、ベトナム戦争の最中、小さな村・ハンティン村で大虐殺が起こり、2人の姉妹ティエンとフェイだけが生き残り、民族解放戦線の5人の兵士に助けられる。妹のフェイは虐殺の証言をする為にヨーロッパへ渡り、そのまま英国人の養女となり、月日が過ぎる。
 物語は、フェイがベトナムに残った姉の消息を訪ねて20年ぶりに祖国に戻るところから始まる。
 自分たちを助けてくれた5人の兵士たち。詩人、作曲家、医者、兵士、農民……かつて祖国の解放のために闘った5人の兵士の5つの夢は、時代に押し流され、それぞれが現実の中でもがき苦しんでいた。
 5人の男たちを訪ね歩き、ティエンの行方を探そうとするフェイ。しかし、そこでフェイが見たものは……。


 初演も素晴らしいデキだったが、それを深化させ、ほとんど「完璧」といっていい舞台に仕上げた謝珠栄の演出・振付。この舞台を奇跡といわず何を奇跡というのか。10年に1本、いや半世紀に1本の珠玉の名作といっても過言ではない。

 テーマ、脚本、演出、振付、そして俳優の演技、歌唱、アンサンブル、すべてがパーフェクト。芝居は一回性、こんな舞台は二度とないかもしれない。

 「舞踏会の手帳」よろしく、5人の男たちを訪ね歩くフェイ(安寿ミラ)が向き合う過去の事実の痛ましさ。
 ベトナム戦争をモチーフにしているが、夢と理想を追い求めながら現実の前に挫折し、苦悩する若者の姿は、60〜70年代のフラワージェネレーションそのもの。謝珠栄の作品の底流にあるのは、「愛と自由と平和」への見果てぬ夢。そして「挫折」。東京キッドブラザースが振付の原点であり、おそらく謝珠栄の心奥には東由多加の「さくらんぼ共和国」的な理想主義が息づいているのかもしれない。

 さらに、ベトナム人でありながら、英国社会に同化したフェイの懊悩は、台湾出身の父を持つ日本生まれの謝珠栄自身のアイディンティティーにも重なる。

 夢の遊眠社の振付もしていた謝珠栄。「憎悪の連鎖」に対するひとつの挑戦が野田秀樹の「BEE」だとするなら、「タン・ビエット」は謝珠栄のもう一つの回答なのだろう。

 
 今回の成功はキャスティングに負う事が大きい。初演のフェイ役に比べて祖国への愛憎、孤独の翳りを際立つ演技で見せた安寿ミラ、歌唱の素晴らしさ、「愛」を体現する姉役はまさに彼女にしかできないという土居裕子。ラストシーンの感動はハンカチが10枚あっても足りないほど。

 土居裕子とは音楽座時代の盟友・畠中洋は歌も演技も満点。終盤のヤマ場で胸打ち震える演技を見せる吉野圭吾。この役はまさしく吉野のためにある役。このシーンで泣かない人間とは友だちになりたくない。
 ヤクザのミン役は初演と同じ宮川浩。歌唱力は言うに及ばず、巧まずして男の悲しみがにじみ出るその演技がいい。愛するものを弔うために出家する戸井勝海。その渋さがいい。
 ……数え上げれば全部いい、となってしまう。

 前列に座ったフジテレビのK井アナも眼鏡を外して何度も涙をぬぐっていた。もしかしたら結構いい人なのかも……。

 終演後、宮川さんの楽屋で根本豊さんらと談笑。夕方上京し、明日には福島に帰るという強行軍。本来なら水曜休みなので、ゆっくり飲めると思っていたが、休み変更でそうもいかず。残念。
 十何年ぶりに土居さんと再会。今度パルコでコンサートがあるとか。
 2200、謝さんに挨拶し、制作の飯塚さんに別れを告げて家路に。
2月11日(月)晴れ

 終日ビデオの整理。

 99年放送のNHK「真夜中の王国スペシャル ライブシャワー99」が出てくる。

「エスカレーターズ」「コーザ・ノストラ」「ピチカート・ファイヴ」「コーネリアス」、露崎春女、「ドラゴンアッシュ」etc。その中で一番のお宝は「Akiko」のライブ映像。日比谷野音でのライブで「BACK HOME」を歌っている。

 90年代にR&Bディーバとして活躍した彼女。97年を境にパッタリと姿を消してしまい、その後の足取りは杳として知れず。音楽会社の社長と結婚してNYに移住したとの噂も聞いたことがあるが真偽は定かではない。最近は同名のジャズ歌手と間違えられることも多い。「CRAZY ABOUT YOU」「DA DREAMS COME TRUE」、クリスマスになると今でもMY定番の「Sweet Christmas」など、エバーグリーンな曲ばかり。発売されたCDはすべて持っているが、新譜を待っているうちにもう11年が過ぎてしまった。

 アポロシアターのアマチュアナイトに飛び入りして万雷の喝采を浴びたという彼女の歌声は今でもIpodでよく聴く。90年代のディーバはなぜか不遇で、実力があっても浮上できなかったシンガーが多い。露崎春女もその一人。今は改名しLyricoとして活動しているが、初めて聴いたときは日本にもこんなすごい歌手が出てきたという衝撃を受けたものだ。ちょうどMISIAが出る直前だったか。

 MISIA以降、R&Bシンガーは認知されるようになるが、それ以前の実力派にもう少し光が当たってほしかった。

 いわゆる「渋谷系」の「エスカレーターズ」「コーザ・ノストラ」「ピチカート・ファイヴ」御三家は今でも十分オシャレ。こんなバンドが今もあればライブハウスに日参するのに……。


2月10日(日)晴れ

 躰道稽古休み。今年になって1回しか稽古ができない。いかないとまた億劫になる。午後、息子とマンションの自治会館で卓球。2時間。 

 その後ビデオの整理。ずっとダンボールの底に眠っていた8ミリビデオテープがどっさり。

 約20年ぶりに再生する父と母の姿。生まれたばかりの孫に目を細める二人。温泉の宴会場でカラオケをデュエットする二人。紅白歌合戦を見ながら孫と遊ぶ二人……。
 そのわずか6年後に母が、15年後に父がいなくなるとは考えもしなかった。映像の中の父母はいつまでも年をとらない。
 

2月9日(土)晴れ

 代休。
終日家であれこれ。1930、マンション自治会の会合。

2月8日(金)晴れ

 高校時代の友人BとKちゃんの夢を見ていた。3人でバイクに相乗り、どこまでも続くまっすぐな道を走っている夢。

1700、新宿。映画を見るには時間が中途半端。仕方なく、あっちをうろうろこっちをうろうろ。最後はトップスでお茶。
1900〜2048。シアタートップスで昴「親の顔が見たい」。畑澤聖悟の書下ろしを青年座の黒岩亮が演出。畑澤は青森の現役高校教師。昴とは「召命」に続く2作目。今回も教育の現場が舞台。

 都内カトリック系私立女子中学校会議室。そこに、集まる数組の父兄たち。彼らは、いじめによって自殺死した子供の遺書に書かれていた、いじめ加害者の親たちである。それぞれ、年齢も、生活環境も、職業も違う親たちは、身勝手な事情から我が子を庇護する事に終始する。怒号飛び交う会議室。子供達のいじめを通して、それぞれの親たちの「顔」が浮き彫りになる。

 これだけを読めば、「なんだ、ありきたりな、いじめをめぐるディスカッションドラマか」と思うかもしれないが、畑澤のセリフのリアリティーはそんなありきたりの物語を軽く凌駕し、ほとんど「ホラー」の領域にまで達する。いわゆる「モンスターペアレント」たちをリアルに、適格に描き切ったのはこれが初めてではないか。
 その理不尽な主張。例えば、父兄の一人は学園のOGであり、同窓会会長。自殺した少女が新聞配達のアルバイト(風俗などではない!)をしていたことをあげつらい、「この学園の生徒がアルバイトをしていたなんて!アルバイトは禁止されているのに。それに、自殺の報せをした時に、母親はどこにいたと思います。朝7時ですよ。コンビニ店で弁当の仕出しをしていたというじゃありませんか。そんな(貧しい)親がわが校に入ってくること自体が間違っているのです」
 その主張に追随する夫とほかの父兄。


 これを極端な主張と思うなかれ。私立中学の父兄、幹部の思考回路は同じようなもの。

 夫婦で高校教師をしているという父兄もまた、自殺と自分の子供のイジメを結び付けられることを極度に嫌い、遺書を公表しないよう教師に要求したり、論理のすり替えを行う。
 帰国子女の母親、娘が離婚したため、孫を引き取って育て上げた老夫婦、夫と連絡が取れず、一人で来た妻。この5組がイジメを名指しされた少女たちの父兄。

 この5組の親と、当該学校の校長、学年主任、そして自殺現場の第一発見者でもある担任の女教師が主要な登場人物。中盤で、少女がバイトしていた新聞販売所の「先輩」、終盤では少女の母親も登場する。
 テーマの重さに比肩する脚本と演出の見事さ。
 終止一貫して緊密な演出法をとった黒岩了の判断がいい。中途半端に「笑い」を入れたらすべて破綻してしまう。芝居を見ながら、次第に役を演じている俳優たちが本当の父兄に見え始め、殺意さえおぼえる。

 緊密度120パーセント。シアタートップスが1階まで沈んで行きそうな重さ、一瞬の緩みも命取りになる緊密な芝居。長年芝居を見てきたが、この芝居ほど「緩み」のない芝居は初めて。その緩みのなさが、苦痛ではない。必然性のある緊張感。

 この芝居1本で10年分の芝居を見たような充実感。

 最後に高校教師夫婦が漏らすセリフ(「生きていかなくちゃ……byチェーホフ」)も予定調和ではなく、見る人に委ねるような理不尽とも思えるセリフ。

 ウーム、この芝居を見たら、もうあと1年は芝居を見なくてもいいやと思ってしまう。
 オリザ青年団風の呼吸リアリズム芝居など、軽く大気圏外に吹き飛ばす、これぞセリフ劇リアリズム。100点満点どころ100万点!

 2050終演。これでも2時間弱。芝居は長さではなく中身だ。

 帰宅途中で今朝の夢の話をBUNにメールすると返信が。
 今日は同期の落語家・蝠丸の後援会、その後、母校同窓会関係者の会合があったのだとか。そんなときに、今朝の夢の話。不思議な符合。

2200帰宅。



2月7日(木)晴れ

1500〜1700、両国シアターXでBIG FACE「笑う女笑われる男8 希望戦隊 カルメンジャー」(作・演出=伊沢弘)。
 久しぶりのビッグフェイス。受付で制作のY見さんに挨拶するも、思わず「エッ?」。ずいぶん変化が……。向こうも「エッ?」の表情。もしかすると10年は会ってなかったのかも。互いに歳月の流れを……。
 しかし、舞台は好調。昔、人気を博した戦隊もののヒーローたち。今も現役で活躍するのはギター1本でライブ活動するリーダーの「レッド」だけ。番組終了〇周年記念に、引退した仲間を集め、再び懐かしのヒーローショーを開こうとするが……。幻の第18話「嘘から出た真」をめぐるヒーローたちとその家族、そして今も声援を送るファンたちのハートウォームコメディー。
 起伏に富んだ脚本、達者な男優、美形の女優、劇中歌もなかなか。作者の思い入れがたっぷり詰まり、ラストの「裏切り」まで、実にテンポのいい展開。福下恵が二度目の舞台。
 落語ネタを絶妙に演じた藤倉みのりが出色。どこかで会ってるのだが、思い出せない。よーく知ってるような気がするのだが……。どこで会ってるのか?思い出せないもどかしさ。

 終演後、芝居を見に来ていた離風霊船の伊東由美子に挨拶。Y見さんと立話をして帰社。残りの仕事を片づけて家路に。
2月6日(水)晴れのち雪

 今週から休みが変更になり、水曜出勤。しばらくは体が慣れないかも。

 スーパーチューズデーはヒラリーの優勢。相変わらずかまびすしい毒入り餃子騒動。なぜこの時期に「中国」が標的になるのか。ナゾだらけ。

 冷え込むと思ったら午後から雪。

 ウニ氏のブログに面白い記事があった。

「イギリスの大手タブロイド紙 Daily Mail の "Challenge Churchill! One in four think Winnie didn't exist (but Sherlock Holmes did)" という記事からたどって行った、UKTV というテレビ局による調査 "Is Robin real?"によると、イギリス人の過半数はアーサー王、シャーロック・ホームズ、ロビン・フッドなどが実在の人物であった、あるいは、これらの人物の伝承が史実だ、と考えているという。逆に、ほぼ四人に一人が英国史上重要な人物であるチャーチル元首相と看護師のナイチンゲールが想像上の人物だと思っていることも分かった」

 この調査の精度が高いとしたら、イギリス人の「民度」もたいしたことはない。ま、アメリカ人にしても、「ブッシュ支持のアメリカ人の三分の一は、イラクで大量破壊兵器が発見されたと思っている」わけだから同じか。

 「沖縄で集団自決に日本軍が関与していない」「従軍慰安婦は自分の意志で戦争に行った」と歴史を歪曲する「歴史修正主義者」のたわごとや「CO2の出ない(?)原発は地球にやさしい」などというデマを鵜呑みにしている日本人も同じレベルかもしれない。「銭形平次は実在の人物だ」と思い込んでるほうがまだ罪がない


「うーむ。南京事件にせよ性奴隷の問題にせよ、「なかった」と言う人たちは何らかの動機のもとに「歴史修正主義」という大仰な思想を実践しているのだと考えていたのだが、あの人たちは、もしかすると、単なる馬鹿なのだろうか」というウニ氏の突き放しに爆笑。

 1600退社。途中駅でうっかりノンストップの特別電車に乗ってしまったため、はるか彼方まで遠征。最初の停車駅から引き返してくるというドジ。グッと冷え込む夜。灯油がないのでガソリンスタンドまで。いつもなら灯油売りのタンク車が巡回するのに今日にかぎって来ない。10分ほどの距離のスタンドから18リットルのポリタンクを片手に持って歩いてくるのは結構つらい。

 昔、父が子供の頃は川から水を汲んでいたわけで、天秤棒で運ぶ水の重さは想像できる。どんなにか辛かっただろう。
2月5日(火)晴れ

 朝、電車に乗るのが待ち遠しい。Ipodで、入手したばかりのラジオドラマを聴けるから。

「港・神戸・たそがれ」は鶉野昭彦77年の作品。昔、カセットテープに録音したのを持っていたのに、紛失してしまったため、幻の作品となっていたもの。裏面が滝田ゆうの「ちりりんちりりん」だった。20数年ぶりに聴くが、初期の鶉野作品らしく、まだ「鶉野節」ともいうべき独自の関西弁ドラマは確立されていない。意外とオーソドックスな作品なので驚く。茂木草介の「つれづれなるままに」 は、名優、西村晃と芦田伸介の掛け合いという贅沢なもの。演出が斎明寺以玖子。寺山修司の「狼少年」の「音」の凄み。……過去のラジオドラマのレベルの高さに陶然とする。これこそラジオドラマだ。Mさんに感謝・感謝。


1800、下北沢。自然食品の店で「鍋焼き」950円。

 本多劇場の通路で青年座のM谷内さんと遭遇。近々、ワシントンDCのケネディセンターで行われる「ブンナ」の日本語版(宮本亜門演出)を見に行くとか。

 1900、「劇」小劇場で内山森彦プロデュース「正午の伝説」(K・KIYAMA演出)。一組の若い男女と、2人の傷痍軍人の会話を通して「戦後」と「戦争責任」を問いかける別役実の不条理劇。

 初日とあって客席に別役氏の姿。木山さんの演出は手堅い。1時間弱。早めに帰宅。電車の中で別役実のラジオドラマ「地下鉄のアリス」を聴いていたら、芝居とまったく同じセリフが出てくる。「パーティーに行くと自分の居場所がない。……そもそもパーティーには主催者がいないのだ」というセリフ。
 作家のこだわりか。
 2115帰宅。2230就寝。
2月4日(月)晴れ

 1900、渋谷。パルコ劇場で「二人の約束」(作・演出=福島三郎)。

 子供の頃に埋めたタイムカプセルをめぐって、中井貴一、段田安則、りょうの三人が織り成す、ファンタジー。
 古道具屋を営む40歳の男性(中井)、幼なじみのバツイチ女性(りょう)はなにかと中井の世話を焼きたがる。そんなある日、ブロック塀を乗り越えようとして転落、記憶をなくした男が転がり込んでくる。彼は何のために塀を越えようとしたのか、2人の共通の幼なじみのことを記憶しているのはなぜか? 男の正体は?

 都合よく記憶がなくなったり、思い出したり、「ありえない」話だが、最後にわかる三人の関係も、ファンタジーと考えれば許せるか。
2115終演。

 Mさんから貴重なラジドラマ作品が届く。欣喜雀躍。もう聴けないだろうと思っていた作品ばかり。眠い目をこすりながら、IPODに取り込むために音楽データを削除。目一杯入っているので容量が足らないのだ。
2月3日(日)雪

 飲みすぎと、ここ数日の疲労が重なり、体調いまいち。躰道の稽古はお休み。I先生にその旨メール。惰眠をむさぼって11時に起床。テニスの試合に行ったはずの豚児が居間でTVゲーム。「雪で中止になった」と。カーテンを開けると、外は一面の銀世界。降っては融ける牡丹雪。昨夜の同窓会が雪を運んだかな。


2月2日(土)晴れ

 1400、新宿。「スペース雑遊」で流山児★事務所「血は立ったまま眠っている」。寺山修司23歳のテロルと反逆の劇。今見ても決して古びない言葉の強靭さ。1時間40分。

1700。西口の居酒屋「黒豚しゃぶしゃぶ ゐなか 蔵」で中学の同窓会。一人風邪で来れず、自分を入れて8人。そのうち2人とは38年ぶりの再会。中学時代といっても、小さな町のこと。生まれた頃から一緒に育ったのと同じ。当時は2クラス72人。そのうち、4人が鬼籍に入ってしまった。今は過疎化で生徒数も4分の一程度か。

 別に堅苦しい挨拶をするでもない。乾杯の後は、飲み食べおしゃべりに花が咲く。卒業してから38年間、その間に何があったかなどとヤボな話はしない。子供の頃のこと、そしてちょっぴり今の生活のこと。話は尽きない。終止なごやかで笑いの絶えない時間。 「2時間+延長1時間」が追加延長繰り返し2200まで。それでも話し足りない。「今度は温泉一泊ツアーでゆっくり同窓会をしたいね」とみんなの声。
 8人というこじんまりした会だったからこそ、お互いに打ち解けたのだろう。人数が多くなれば、そうはいかない。

「小学校の頃、冬になると、学校に行く途中の坂が急なのでランドセルを背負ったまま、登れずに何度も滑り落ちた」(確かに急斜面だった)
「橋の途中に穴があいていて、そこから川に落ちて、大人に助けてもらった」(ホントかな?)
「学校で大量に飼っていたウサギは実験用モルモットとして業者に買い取られていた」(モルモットとは知らなかった)

 「I先生の体罰は、先生の家族のDVという幼児体験から来ていた」(すごい記憶力)

 何も飾ることもなく、和気藹々と語り、笑い、ときにしみじみとする。15歳までしか一緒の時間を共有しなかったとしても、人間の一生の中で、15歳までの時間は濃密。幼なじみとの語らいがこんなにもに楽しいものだとは。
 店の前で集合写真をパチリ。自分はいい仲間に恵まれた。

 2330帰宅。

2月1日(金)晴れ

 いつもなら隣りの席にいて朝から軽い突っ込みを放つKさんの姿がないのは淋しいもの。

 1700、天王洲アイル。待ち合わせしたPANTAさんと落ち合い、「ガールフレンズ」観劇前に軽く食事。パスタとピザをシェア。活字にはできない様々な話。興味津々抱腹絶倒。

 1900〜2100、ユーミンソング・ミュージカル「ガールフレンズ」。今日のキャストは堀内敬子と島谷ひとみ。静の堀内、動の島谷。曲もそれぞれ静と動を振り分け。

 今のミュージカル界でベストアクトレスといっていい堀内敬子の歌のうまさ表現力。しかし、風邪でもひいているのか、やや鼻声でそれをカバーしての歌唱。そのため、歌がやや上っ調子。二部から次第に回復するが、どうしたことか。
 島谷ひとみは安定した歌唱力。ユーミンソングの中でもテンポのいい曲は歌いやすいのだろうが、それでもブレのない歌唱は特筆もの。初演では池田有希子の役だったため、二人がダブって見えてしまう。

「青いエアメール」では、初演の華原朋美と同じように、涙で歌えなくなるシーンが。「ここでは、歌唱よりも思い入れを優先させて……」という演出なのだろう。

 それにしてもユーミンの詞のすごさよ。心理描写、情景描写の巧みさ。歌だけをつないでセリフなしのミュージカルにできるのだから、いかにその詞の世界が際立っているかという証左。
しかし、「涙と共にユーミンを聴いたことがない人には永遠に理会できない」だろう。

 終演後、楽屋へ。PANTAさんに島谷ひとみを紹介され、一緒にツーショットを撮るというミーハーな私。おまけに、面識のない堀内敬子とまでツーショット。
 帰りは愛車ベントレーで自宅まで送っていただくという贅沢な一夜。動く応接室で聞くPANTAさんのエピソードがまた面白い。
2300帰宅。

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