3月31日(月)晴れ

 押入れの中のダンボールのひとつは昔撮ったビデオ、ドラマなど。

 その中に1997年7月のビデオがあった。ラベルは「寺山修司記念館開館」。思い出した。オープニングの前の日から行ってたのだ。準備で慌しい中にも、どこかのんびりした雰囲気の開館1日前。草むらの蛇、野外ステージのパイプ椅子、ロビーで動き回るO沢氏、K條さんら。

 その数年前、記念館建設の話を聞いたとき、「寺山修司を博物館の恐竜にするなんて」と憤りに近い感情を持っていた。部外者の勝手な思い込み。天井桟敷の芝居にカーテンコールがなく、常に虚から現実に溶融していくように、寺山修司は死んでもなお、現実世界と斬り結んでいかなければならない。それが寺山修司の詩と思想なのだ。「寺山修司の遺体安置所」としての記念館などなぜ必要なのか。……そう思っていたのだった。

 寺山修司は常に「現在」であり続ける。それが寺山修司の思想。今でもその思いに変わりはないが、しかし、現実に没後25年も経つと、直接寺山を知らない世代は拡大していくばかり。「時々思い出されるよりも、忘れられない人間になりたい」と言った寺山。時間の流れは、想い出を風化させる。
 やはり、資料その他の散逸を防ぐためにも記念館は必要なのだろう。

 田中未知さんが編集した「月蝕書簡」は、寺山修司が書き残したメモ、短冊などをもとにした「最後の短歌集」。

「海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり」

 これは寺山修司初期の短歌。
 例えば、海という単語を父に置き換えてみると言葉の風景は変わってしまう。

「父を知らぬ我の前に麦藁帽の少女は両手をひろげていたり」

 短詩形はたった一つの単語がその命を左右する。推敲の苦しみは想像を絶する。

 「月蝕書簡」の中の短歌はいずれもいかにも寺山らしい歌想に満ちている。ときには、過去の自分の短歌の本歌取りのような作品も。
 しかし、発表に至らなかった理由もわかるような気がする。

 「父」という言葉を使った短歌もなぜか多い。
 だが、死後に発表された最後の短歌、

父親になれざりしかな遠沖を泳ぐ老犬をしばらく見つむ

 この言葉の清澄さこそが寺山修司の才気であり、言葉の魔術師の所以。収録された「言葉」も推敲によって大きく変わっていっただろう。せめて10年、いや20年長生きしたら、どのような深化を遂げたか。創造者の途上の死ほど悔しいものはない。


 96年頃に放送されたNHKドラマの秀作ビデオが出てきたのでデジタル化。
 映像に力があるためか、つい見入ってしまう。

 池端俊策脚本の「幸福の条件」は杉浦直樹と桃井かおり、中村嘉葎雄、渡辺えり子、香川照之らの出演。かつては歴史文庫の名編集長として辣腕をふるった男が主人公。バブル崩壊でリストラの旗振りをさせされ、今は健康雑誌の編集者としてルーティンワークをこなすだけ。ある朝、取材で離島の断食道場に出発しようとする男の家に、妻の不倫と、それを見てみぬふりをする夫を告発する匿名の手紙が届く。差出人は誰か。熟年夫婦、かつての親友との葛藤、断食道場に集う心に傷を負った人々の人間模様など、実に見ごたえのある作品。

 次いで、「街角」シリーズ3作のうち2、3話を。長田江身子扮する若い女性カメラマンを主人公にしたドラマで、今をときめく内野聖陽のデビュー作。脚本は田向正健。これがすばらしい。今のNHKのドラマはほとんどクズのようなもので、最近期待した「刑事の現場」など、あまりの稚拙な脚本に怒りすら湧いてくるほど。思いいれたっぷりの寺尾聰の苦渋芝居も空回り。原田芳雄の出演した回もひどかった。

 そんな今のNHKドラマと比べれば100万倍上質なドラマが10年前には放送されていたのだ。民放ドラマの質の低下は、対象年齢が子供向けなのだから当たり前だが、NHKのドラマだけは水準を保ってほしいのに、最近はひどすぎる。
 AV業界をモチーフにした98年の「青い花火」(鎌田敏夫脚本)のような意欲作はもう作ることはできないのか。

 午後、家人の付き添いで病院へ。夕方帰宅し、買い物、夕食の仕度。

3月30日(日)晴れ

 0900〜1200躰道稽古。最初の1時間は子供たちと一緒に基本技。腿の筋肉がツるほどしごかれてヘトヘト。

 1300からミーティングがあるも、おさんどんのために帰宅。

 上野友夫著「推理・SFドラマの60年」読了。ラジオドラマの演出家・上野氏が推理作家の顔を持っていたのは初めて知った。初めて書いた本の話も出てくるが、その本「音の世界」は高校生の時に買って、今も実家の本棚にあるのだ。30年前から自分の趣味嗜好は変わっていないということか。



 3月29日(土)晴れ

 1600まできっちり会社で仕事。

 1700、阿佐ヶ谷。江戸竹で刺身3点盛り合わせ1000円。荻窪に移動して中古レコードショップなど散策。1900、東中野。芝居砦・満天星で新宿梁山泊「TORAJI」。

 韓国では国賊として今も近代史のタブーとされる金玉均(キム・オッキュン)を主人公に、彼を慕いながら救国の使命を帯びて暗殺者となる若者・洪鐘于(ホン・ジョンウ)−−二人の男の交差する運命を描いた作品。作者は韓国の唐十郎とも言われる呉泰錫(オ・テソク)。史実に基づくが、金と洪鐘于の関係、閔妃(ミンビ)暗殺シーンなど、虚実ないまぜにしており、それも一因なのか呉泰錫の韓国公演では大不評だったとか。韓国では今も金玉均は反逆者。「もし、彼が生きていたら日韓併合はなかったかもしれない」ともいわれるが、どうだろう。日本にとって利用価値のある男の役目が終われば簡単に消されたかもしれないし……。

 大河ドラマをダイジェストにしたような、12場ほどの舞台。スクリーンに歴史年表が投影され、物語の背景を説明。ラストシーンは軍靴の響きと日の丸。劇中で使われる「国旗」の演出が効果的。

 毀誉褒貶著しい人物を取り上げるのはなかなか難しい。「資料」に取り込まれ、主人公を美化してしまう危険性もあるわけで。

 終演後、喫茶室で飲み会。西堂、林英樹ほか多数。
「朝鮮では古来、遺体を傷つけることには抵抗がある。それが反逆者だとしても、金の死体をバラバラにして、韓国八道にばら撒いたのはなぜなのか」という疑問に興味が湧く。

 「しばらく唐作品は封印してこれからこの路線で……」と守珍。5月には柳美里の「ひまわりの柩」を新国立で。沖中さんとしばらく談笑。2230まで。

3月28日(金)雨

 1900、青山円形劇場でROLLYのライブ「ROLLY GLORY ROLLY2008」。3年前からスタートした中西俊博グループとのコラボレーションも今年で最終回。……と思ったが、制作の大島さんが笑いながら「来年から模様替えをして再スタートします。これってサギですかね?」とのこと。マンネリ化を防ぐために、プロジェクト名を変えて、また始める由。

 元遊◎機械/全自動シアターの吉澤耕一の演劇的な演出。シャンソン、ジャズ、ロックそれぞれの味付けで展開。一部のアドリブコーナーでは、「かっこいいだろう どこかのボンボンみたいな ROLLY ちゃん♪」と、LP「人間なんて」に入ってる吉田拓郎の「たくろうちゃん」の替え歌、また、高石友也の「主婦のブルース」を歌っていたが、会場のほぼ99%を占める若い女性はROLLYのオリジナルだと思っただろうか。「主婦のブルース」は途中で現代風に歌詞を変えてあるものの、やはり今の若い人には重いのか、拍手のきっかけがつかめないようで……。会場にはROLLYと中西俊博をが出会うきっかけになった「ア・ラ・カルト」の高泉淳子の姿も。7月に円形で一芝居をやる予定とか。

 選曲のセンスのよさもさることながら、アコースティック、ウクレレ、エレキギターでの早弾きと、ROLLYのギターテクも満喫。15分の休憩を挟み2時間30分。

 2300帰宅。

3月27日(木)晴れ

 1620、K記念病院で鍼。1800帰宅。夕飯の買い物、仕度、洗い物。で、あっという間に2000。


 楽天で注文した絵本「風の中を今日も行く」(文=前原あや、枝=YOSHIKO。星雲社・発売)が届く。

06年に急死した大間町の農民・熊谷あさ子さんをモデルにしたもので、最後まで原発会社に土地を売り渡すことを拒否し続けた熊谷さんの生活と志を描いたもの。絵本に描かれている「いやがらせ」「村八分」に愕然とする。自分の生まれた町を胸を張って誇れるのは、その人情味と人々の心のつながりだから。それが、電源開発にそそのかされ、「口をきかない」「沢の水の流れを変えられ、畑に用水が来なくなる」といった嫌がらせを受けるとは。巨大開発が持ってくるのはカネだけじゃない。素朴な町の人々を分断する。カネと利権で。それに抵抗する者は容赦なく迫害を受ける。

 しかし、いつの日にか、熊谷さんの正しさを町の人たちが知る日がやってくる。その時はすでにすべては遅過ぎるのだが。

 押入れの奥から出てきたダンボールに、なくしたと思っていたカセットテープが入っていた。70年代の中頃にいまはなき中野の新日文ほかで行われた講演の録音テープ。山川暁夫、和田春樹、日高六郎、鈴木武樹、吉武輝子、小中陽太郎、いいだもも、金沢嘉市、青地晨、松浦総三氏らの肉声。そのほとんどは鬼籍に入ってしまったが、その反骨の思想は古びることはない。

 ……などと書いたが、調べたら4年前にデジタルにしていたのだった。忘れてる……。

3月26日(水)晴れ

 休暇。0700起床。母と父の夢を見ていた。笑顔の父。「何だ死んだと思っていたのは間違いだったのか」と思っている夢。幸福感でいっぱいだった。

 今日は父の命日。そして、成田空港管制塔占拠事件の30周年。You Tubeの動画は今も生々しさを伝える。71年の代執行で立ち木に体をくくりつけ、土地明け渡しを拒む農民たち。大木よねさんもこの中にいたのか。戸村一作氏もとうになく、時代の右シフトは進み、70年代の穏健派が今は最過激派と目される時代。では、70年代の過激派はどこに行ったのか……。

 3月18日、「映画「靖国」(李纓監督)の上映を予定していた東京のシネマコンプレックス新宿バルト9が、万が一問題が起きればビルの他のテナントに迷惑を掛けることになるとして、この映画の上映を中止した」
 という報道はこれからの日本の行く末を暗示するものだろう。
 自民党右派の稲田朋美(衆議院福井1区)らが文化庁の助成金(たかだか750万円!)が適切かどうかと、事前上映を求めた映画。この試写会の後で、右翼の妨害を恐れた映画館側が上映中止を決めたのだから、「事前検閲」といってもいい。
 この国の戦前が始まって久しいが、こうもあからさまな「事前検閲」をマスコミが批判しないとは。

 2月に日教組の全国集会がグランドプリンスホテル新高輪に拒否された事件では、ホテル側は「右翼の街宣車が押し寄せたら取り返しのつかぬ事態になる」「宿泊客らの安全を守りたかった」という理由で予約を一方的に取り消した。

「右翼が怖いから」「妨害されるとほかの客に迷惑がかかるから」

 これをこそ「テロに屈した」といわずに何をいうのか。エラソーに「テロとの戦い」などと公言してアメリカにカネと人の貢物をする前に、自分の国の「テロとの戦い」に目を向けたほうがいい。
 もっとも、「テロ」をけしかけているのが当の本人たちではハナから戦いようがないわけだが。

3月25日(火)晴れ

 1900、ベニサン・ピットでtpt66「ミステリア・ブッフ」。20世紀初頭のロシア前衛詩人マヤコフスキーの作品を木内宏昌が台本・演出。

 オープニングは地球の「極北」にして「南極の地」、ジャズクラブ「WORLD END 世界の終わり」。螺旋階段の上で歌姫の歌とセリフ。「月よりも遠い場所」
この短いことばに恋をしました。人類が最初に月面着陸したあの年に、日本の作家がこんなセリフを書きました。「月よりも遠い場所、それは劇場」……。もちろん、これは寺山修司のこと。

 いつの間にか現われた14人のキレイな人たちと14人のキタナイ人たちは互いに牽制しながらも、同じ方舟に乗り、地球を飛び立つ。キレイな人はブルジョワジー、キタナイ人はプロレタリアート。
 行く先は宇宙、地獄、天国、廃墟、そして約束の地。
 豊穣なセリフ、思わずクスリと笑みがこぼれる気の効いた言葉遊び。絢爛豪華なイメージの祝祭劇に陶然。

 方舟の着いた地獄は存在意義を失い、すでに計画倒産、天国では天使と神を殺し、廃墟をくぐり、最後にたどり着いた約束の地で、キタナイ人々は、モノたちと融合する。生産手段の獲得。革命の成就。原作ではここで高らかにインターナショナルが響き渡り、幕が下りる。20世紀初頭のロシア詩人の限界。

 しかし、08年の今、キタナイ人々は、手にしたモノを地に置き、再びあてどない旅に出て行く。酸性雨降りしきる中。彼らと行動を共にしていたエスキモーにいざなわれ……。「地球の中身が流れ出した」ーーエスキモーの妻は一人で、その地球の穴を指でふさいでいるのだ……。

 休憩15分を挟み2時間半。まさにイメージの祝祭劇。緊密な演出とユーモア。俳優たちの修練を積んだ演技。案内人役の池下重大、植野葉子、沖田乱、大沼百合子、上田和弘、久松信美らベテランに加えて、歌手役の濱崎茜、根岸絵美、汐見ゆかり、河野由佳、内田亜希子、玉井夕海ら、ずらりと並ぶ美形に目を奪われる。こんなに美女が多数出演する(しかも演技も達者)な舞台はちょっと記憶にない。目の保養というか眼福というか。

 しかし、劇場としてのベニサンの美術にはいつもながら驚かされる。今回は舞台を挟んで客席を向かい合わせに作り、螺旋階段、ギャラリー、屋外通路まで自在に使った破天荒。この舞台美術も特筆もの。
 2130、門井さんに挨拶して家路に。
3月24日(月)小雨

  今週号の週刊現代の記事は原子力行政の暗部を衝いて衝撃的だ。

 プルサーマル計画が進行していた福井県高浜町。反対派のシュプレヒコールで緊張が高まる中、「あの町長さえおらんかったら」と口にしたのは「原発の最高責任者」を自任する男だった――「これは特殊任務や。あいつだけは絶対に許せん。あいつがおったら高浜原発はやがてなくなってしまうかもしれん。そやから、あんたらで、町長を殺やってくれんか」と指令が飛んだ

 関西電力高浜原発「町長暗殺指令」

 これが事実としたら……と、どのマスコミで留保をつけるだろう。しかし、実際に起こらなかったことだとしても真実は衝いている。

 かつて田原総一郎が書き、その後、黒木和雄監督が映画化した「原子力戦争」は、原発利権をめぐる権力の暗闘や暴力・殺人、原発そのものの危険性を鋭く告発した小説で、フィクションの形をとっていたが、ほぼ事実を描いたものだった。

 最近起こった不動産会社スルガコーポレーションのビルを巡る弁護士法違反事件では、地上げの委託でビル5棟につき50億円のカネが動いたと報道されている。地上げでそんなカネが動くのなら、国家政策の原発建設に絡むウラの動きにその数倍、数十倍のカネが動いたとしても不思議ではない。それだけのカネなら原発推進に邪魔な人間を一人消すのに何のためらいもない組織だってある。

 そう考えると、青森・大間原発に唯一人反対し、土地の売却を拒み続けた熊谷あさ子さんが急死したことも、今となってはなにやらなぞめいてくる。

 大間原発も、ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料を使うプルサーマル原子炉。普通の原発より危険性ははるかに高い。MOXは核の不拡散性に効果があると宣伝されるがそれも眉ツバ。「原子力委員会は何と言おうとも、MOXは核不拡散性に優れていない」のだ

 熊谷さんの場合、当初の新聞発表は「死因は原因不明」だった。元気だった熊谷さんが突然死するのはおかしな話。グーグルで検索したら、昨年、熊谷あさ子さんをモデルにした絵本が出版されていたことを知る。地元サイトではまったく触れていなかったのではないか。さっそく楽天で注文。原発予定地の中にあるログハウス「あさこはうす」も初耳。原発に反対する人たちの情報は封じられているのだろうか。


 それにしても、イカ、マグロその他、海からの恵み豊かな自然と環境を誇る大間で、それと相反する原発と共存できると楽観視する人たちが多数を占めること。その気持ちはとうてい理解できない。一方で豊漁の海を享受し、一方で放射能タレ流しの海を黙認する。これをこそ矛盾といわずに何を矛盾というのか。

 1800帰宅。



3月23日(日)快晴

 0900〜1200、躰道稽古。子供たちに交じって基本稽古。肉体的にはきついが、やってるうちに心が弾んでくる。体を動かすのはいいこと。

1300帰宅。花粉の影響で気分すぐれず、1時間仮眠。

 YOU TUBEのいいところはカバー曲を並列して聴けること。オリジナルはThe Paris Sistersの「I Love How You Love Me」を検索すると、Maureen Evan、Nora Aunor 、Bobby Vinton、Sandy Poseyなどが出てくる。日本では「モコ・ビーバー・オリーブ」が歌った「忘れたいのに」の原曲。たまにはシックスティーズで心の洗濯だ。

3月22日(土)快晴

 すっかり春の陽気。朝、寒いのでコートを着ていくと帰りが荷物になる。

 1045。仕事を抜けて銀座通りへ。PANTAさんが出場するクラシックカーのレース「カーロ・グラン・スポルトR.C.」が通過するのだ。お台場を出発して、ちょうど1030に銀座を通過予定。04年から行われてきた同レース。今回はミクロネシア・チュークの飲料水支援チャリティーが目的。120台余のクラシッッカーが一堂に会するのは迫力満点。
クラシックカー
 銀座通りには応援の旗をもったスタッフたちの姿。続々通過する参加者たち。堺マチャアキの乗ったクルマも。残念ながらPANTAの乗ったベントレーはすでに通過した後。ゼッケン8番だから先頭集団。しばらく通過するクラシックカーを観戦して帰社。1500まで仕事。

 1700、下北沢。本多劇場で加藤健一事務所「思い出のすきまに」(作=マイケル・ヒーリー、訳=小田島恒志、演出=鵜山仁)

 日本語で上演するのは今回が初演とか。カナダ演劇といえば、「ハイライフ」など、ちょっとハイテンションでアブない連中の出てくる芝居が上演されてきたが、これは、農場が舞台ということもあって、どことなくのどかな雰囲気。しかし、物語の背景には「戦争」の傷痕が。

 オンタリオの片田舎の農場。住人は、記憶力に障害のあるアンガス(加藤健一)と、幼なじみのモーガン(新井康弘)。ある夏の日、トロントから演劇の取材のためにマイルズ(山本芳樹)という青年が訪ねて来る。マイルズは農場の仕事を手伝いながら、アンガスとモーガンの暮らしぶりをリポートして芝居を書きたいと申し出る。
 マイルズは、モーガンからアンガスがなぜ記憶に障害を持つようになったか、戦争中のエピソードを聞く。そして、二人が愛した背の高いイギリス人女性と、その友人で、もっと背の高い恋人が眠るという丘の話を……。

 戦時中の爆風が元で脳に障害をもったアンガスをカトケンが自然に演じ切る。最初のシーンだけで、どこか「普通じゃない」人だと観客にわからせるのだからさすがは名優。

 今回はそれに輪をかけて新井康弘がいい。脳と心に傷を負ったおさななじみをかばいながら、一緒に暮らしている。二人の背景には何があったのか。微妙な人間関係と過去・現在を往還する苦悩。この陰影に富んだ難しい役柄を誠実に演じ、この役は新井康弘にしかできないと思わせる好演。それまで役者としてそんなに「うまい」とは感じさせなかったが、誠実な演技はいつしか観客を納得させる力を持つ。三浦友和もそうだが、ハデさはなくても地道に自分の道を歩いていれば、いつか花が開くものだ。

 1900終演。楽屋のカトケンさんと新井さんに挨拶。


 タウンホールの前にできた古書店は結構品揃えがいい。この前チェックした寺山修司の本は「作詞集 かもめ」(サンリオ)だった。5000円。

 三一書房71年刊の「世界革命戦争への飛翔」(共産同赤軍派編)があったので1000円で購入。
討論参加で高橋和巳。早世しなければ高橋和巳は70年代以降をどう生きただろう。39歳でがん死。この本が最後のアンガージュマンになったのだった。

 最近、「小松左京自伝」が刊行されたが、その本で高橋和巳の章を設けている。小松左京と高橋和巳は同級生。「町工場の息子という親近感」で友情が結ばれたという。小松左京も学生時代は共産党に入党していたとか。最近聴いたラジオドラマ「ゼロアワー」は60年代の作品。再び聴こえる軍靴の響きに警鐘を鳴らす反戦ドラマ。そういえば、漫画史に残る山上たつひこの「光る風」にも小松左京らしき人物が登場していたっけ。

 69年刊の秋田明大の「獄中記」も棚にあったが買わず。今週の週刊ポストのインタビューに答える秋田明大の現在は、あまりもむごい。

 しかし、一方で元日大全共闘の老兵たちは今も元気だ。東大全共闘との大きな違いは今も未来を信じているということ。それは今の社会ではドンキホーテなのだが、日大全共闘の明朗さには打算がない。まさに理想を目指すドンキホーテ。40年前に比べたら、格段に社会の差別構造は進み、社会問題はさらに深刻になっているというのに、斜に構えるだけの「賢い」手合いより、日大全共闘の老兵たちの純粋さのほうを支持する。

 差別も貧困も公害も構造汚職も変わらず、ついには戦時立法まで完成させた70年以降の日本。「革命」を語らない若者がいることこそおかしな話。
 2030帰宅。

3月21日(金)晴れ

 心なしか加湿器のおかげでで朝の目覚めは良好?

 1430、新富町のギャラリーで開催中の藍染め工芸品の展示即売会へ。旧知の舩澤さんと久しぶりの再会。弘前大の事務長を定年退職。今は長年独学で研究してきた藍染め技術の第一人者として「あおもり藍工房」の代表を務めている。

「趣味でやってきたことが、定年後のライフワークになっているんだから幸せだよね」と舩澤さん。廃棄物としてやっかいもの扱いのホタテの貝殻の微粉末を、苛性ソーダの代わりに、藍染の工程で使うことによって公害のない安全な藍染ができるのことを発見・開発したのも舩澤さん。
 ネットで知り合って約10年。県教育委員になった島さん、地道に研究してきた成果が認められ、藍染の第一人者として活躍する舩澤さん。ネットでつながった当時の仲間の活躍は嬉しいものだ。

 しかし、ミニコミ紙の取材はあったものの、来場者は少ない様子。誰かの紹介らしいが、人通りのない新富町のギャラリー。こんな場所では集客は無理。銀座寄りだったらよかったのに。せっかくの藍染工芸品がもったいない。

 1700、銀座・山下書店で阿刀田高の「こんな話を聞いた」。人間心理の怖さと人生の機微。久々の阿刀田節を堪能。

1900。初台。新国立劇場小ピットで遊座「リンゴの木の下で」(原案・広井王子、脚本=小池竹見、演出=茅野イサム)

 敗戦直後の焼け跡。東京下町。半壊した演芸場に住む男と女。女は演芸場の持ち主の娘だというが、戦後の混乱で役所の戸籍も焼失。ほんとのところはわからない。密造酒作りは「表」の仕事。実は、演劇場の地下に隠匿された海軍の金の延べ棒発掘が目的。しかし……。

 進駐軍のキャンプで演奏するジャズバンド結成がサイドストーリー。音楽劇とあって俳優各人がそれぞれ楽器演奏。ピアノはさすがに本職任せ。トランペット、サックスは元オンシアター自由劇場出身の俳優ら。恐る恐るといった演奏ぶり。ドラムスの井之上隆志はつのだひろ直伝のドラミング。これはなかなかのもの。ボーカルは横山智佐。トップ声優は体から発するオーラが違う。まさに横山智佐のための舞台。

 制作の有本さんと立話。5月から6月にかけて2本連続でプロデュース。1本は壱組印の「小林秀雄先生来る」。もう1本は「おしるし」。後者は有本さんの体験をもとにした作品とのこと。
3月20日(木)晴れ

 休日。

 加湿器を使ったら花粉症が軽減したという話を同僚から聞いたので、さっそく価格COMで製品の評判を収集。楽天で三菱製の加湿器(代引き込みで1万920円)を注文。翌日には届くのだから便利。

 午後、娘と買い物。ラジオドラマ録音。2230就寝。PANTAのツアーライブが初台であったが残念ながら行くことできず。


3月19日(水)雨

 1400、赤坂。REDシアターで「東京」。赤坂RED/REVOLUTIONと題して、上谷氏が力を入れているプロジェクトの第一弾。作・演出はシャンプーハットの赤堀雅秋。ネット上では悪評ふんぷんだったので、多少高をくくって見たが、いったいどこに瑕疵があるのか。批判者の視点がわからに。青春群像劇として申し分ないではないか。主演の清水優は映画「パッチギ!」にも出ていたというが、ほとんど無名。その存在感が素晴らしい。「613人のオーディションから選ばれた15人の役者」。その中には小林愛、野本光一郎などの「ベテラン組」混在。しかし、無名の若者組が発する一種異様なオーラは強烈。このシリーズ、第二弾はまた別の作家にバトンタッチされるという。

 終演後、石井久美子さんに挨拶。出口で上谷さんと立話。芝居にかける情熱に頭が下がる。

 1900。西新宿。新宿村LIVEで万有引力「わがザッツエンターテーメントのための予告編」。「映画に予告編があるなら本にも予告編がってもいいじゃないか」という寺山修司の著書「予告編」をモチーフに、さまざまな予告シーンをコラージュ。母親の胎内に3年3月いて、生まれるやすぐに5b百貫の巨漢となった男の生涯をほら吹き男爵風に描く「巨人伝」が滅法面白い。井内俊一の造形する主人公「犀吉」の奇怪な風貌。ホラ話の数々。井内のコメディーセンスは抜群。母親役の伊野尾理枝も巧みな演技。この物語を主旋律に、ほかの予告編を入れ込めばなおよかったが、「巨人伝」は子守女を殺すところまで。
 後半は寺山修司の著作の中から一節を取り出してその出典を当てさせる観客参加クイズや天井桟敷の舞台の名場面集など。

 目の前で展開するオモチャ箱をひっくり返したような絢爛たる見世物芝居に観客陶然。舞台は三箇所。客席も3つに分断されているので、場所によっては見えないシーンも。そしてなんといっても、天井桟敷直伝の「マッチ」擦るシーンに血が沸き立つ。マッチの灯りと硝煙の匂い。死ぬ前に見たい芝居の1シーンをひとつと言われたら、天井桟敷のマッチと大滅亡だな。

 映画の予告編「田園に死す」「書を捨てよ町へ出よう」なども壁に投影。映像と舞台のコラボレーション。
 曲はほとんど新曲。最後に次回の舞台の「予告編」が映像で。「これを前からやりたかった」とシーザー。今は映像編集のテックニックも進み、手軽にデジタル編集できるので、ようやく思いがかなったということか。

 終演後、ダメ出しを終えたシーザーとタクシーで新宿西口の和民へ。白石さん、舞台美術の河合妙子さんら。役者たちも十数人。「巨人伝」に本編があるのをシーザーは知らなかった様子。雑誌連載分を白石さんが再編集して90年頃にリリースしたという。連載していた雑誌が潰れたため、最終回は入稿したものの陽の目を見ず、その原稿も今となってはどこに行ったのか行方不明(版元の編集者は確かに寺山さんから原稿をもらったと記憶している)。だから「巨人伝」の最終回は存在しない。

 「千一夜物語」「ほらふき男爵」など、寺山修司の長編物語を舞台化するのもひとつだろう。シーザー演出の極彩色オペレッタとして。まだまだ無限に寺山修司の世界は増殖していくはず。

2330、外は雨。最終電車に間に合うように宴席を辞して家路に。

3月18日(火)晴れ

 1400、風の柴崎さん情宣来社。

1900、新宿。スペースゼロで”オタク少女たちのチアリーディングミュージカル”と題した「中野ブロンディーズ」(脚本=金房実加=天然スパイラル、脚色・演出=大岩美智子=劇団ジュークスペース)。


 中野ブロードウェイのユニーク本屋の常連客である少女が店の閉店に心を痛め、閉店撤回と交換条件でチアリーディング大会での優勝を目指す。ネットで呼びかけた仲間は、ゴスロリ、ヤンキー、秋葉系、コスプレ系と多種多様なオタクたち。果たして彼女たちは過酷なチアリーディングのトレーニングに耐えられるか……。美少女アイドルが出演するとあって、最前列はアイドルおっかけの男たちが占拠。ちょっと怪しいムード。

 舞台は脚本、演出ともにしっかりしていて、なかなか見ごたえのある展開。最後のチアリーディング・シーンも練習の成果をきちんと見せてくれる。単なるアイドルおたく向け舞台ではなく、意外とまともな作り。女優では主演の杉本有美が抜群のスタイルとコケティッシュなキャラクター、愛らしいマスクで一頭地を抜く存在感。JJのモデルとか。手抜きなしのガチンコ舞台に好感。

2050終演。上演時間もちょうどいい。


3月17日(月)晴れ

 マンションの外壁工事の足場作りの工事音。0800に起床。午後は家人の付き添いで病院へ。1730帰宅。夕食の買い物、仕度、洗い物、掃除。雑事だけで一日終わり。今日も映画どころかラジオドラマ1本見られず。本も読めず。休みの一日の不毛なこと。

3月16日(日)晴れ

 躰道稽古は休み。
 娘は帝国ホテルで謝恩会。そのために朝から着付け美容室へ。0900、荷物が大きいので迎えに。その後、昼過ぎまで再び仮眠。休みの日に心置きなく眠れるのは無常の歓び。

 しかし、休みの日になると、うだうだと何も手につかないのはなぜだ。雑事に振り回され、無為に時間だけが過ぎていく。

3月15日(土)快晴

 1400、東池袋。あうるすっぽっとで月蝕歌劇団「金色夜叉の逆襲」。3年ぶりの再演。開演前に隣席の吉田光彦さんとあれこれ。いつも穏やかで東北人らしい朴訥さと優しさを漂わせる吉田さん。フジの連載を終えたばかりとか。

 ザムザの狭い空間からキャパ300の「あうるすぽっと」。紀伊國屋ホールでの経験があるからか、空間が広くなっても演出に違和感はない。尾崎紅葉作「金色夜叉」の貫一のモデルとされる巌谷小波の運命を変えるべく、「読者」の少年少女が時間を遡り、過去の小波の元に駆けつける。一方で、小波の代表作「黄金丸」の物語が小波の身辺を侵食していく。

 「読者が作者を救う」−−高取英ならでは奇想。子供の頃に愛読したという「こがね丸」の作者が巌谷小波で、その巌谷の師である尾崎紅葉の書いた「金色夜叉」のモデルが巌谷だった、という事実を知ったところから、歴史少年だった高取の劇作が立ち上がっていく。

 愛読少年から巌谷へのオマージュ。ラストのセリフが泣かせる。

 老いた小波と、彼が愛した若き日のお宮(綾子)が欠けていく月蝕の月を見上げながら、
綾子「あら」
老小波「どうしました」
綾子「月が隠れてしまったのに、別の月が二つ光っています」
老小波「はい」
綾子「なぜ?」
老小波「火星には月が二つあるんですよ。地上の月は火星が隠しても、火星の月が二つ残ったのです。一つは綾さん、あなたです」
綾子「もう一つは、小波さまですか?」
老小波「いいえ、こがね丸です」
綾子「では、星は?」
老小波・若い小波「読者です!」

 ラストに流れるのは「流浪の旅」

 流れ流れて 落ちゆく先は 北はシベリヤ 南はジャバよ

 カバーする、ちあきなおみの歌声の素晴らしさ!

「♪いずこの土地を墓所と定めん」

 見果てぬ夢を映し出す高取流のロマンチシズムで特に好きなのは「新撰組in1944」と「金色夜叉の逆襲」。二作ともラストシーンで不覚の涙を流してしまうのだ。

 流浪の旅の歌詞で「墓所(はかしょ)」とあるが、田舎では今でもお墓を「墓所」と呼ぶ。古来の呼び方がそのまま残っているのだろう。昔の歌詞は史実を伝える。

 1610終演。近くの喫茶店で高取さん、吉田さん、平凡社のAさんらとお茶。

1730、飯田橋。「トリノ」で高校同窓会の有志による「会長を励ます会」。長年、裏方として実質的に会を運営してきたS畑さんが昨年から会長に就いたものの、その労をねぎらうこともなく、いままできたので、会の女性有志から「S畑さんらに感謝をこめて今までの労をねぎらう会をやりたい」と。大げさにではなく内輪の会。2030まで。
「トリノ」のオーナーは大間出身。60代か。みんなと話すときは大間弁丸出しで、ちゃきちゃきの肝っ玉おばさん。
「大間の漁師は海を売ったんだからね。もういまさらどうしようもないって」と、原発誘致、工事着工にチクリ。腹の据わった女丈夫。

 解散後、再び池袋に戻り、「金色夜叉」を途中から。

終演後、ロビーで久しぶりにM田政男さんと。若い女性と一緒。後で聞いたら渚ようこだった。「ファンなんですよ」と言ったら「それじゃ、紹介すればよかったね」とM田さん。

 今回出演している阿部能丸とは13年ぶりの再会。円谷プロの女優・五藤圭子さんと一緒。「〇〇さんは、13年前に同じ舞台に出たんだよ」と能丸。「今は出ないんですか。もったいない、いい声してるのに」と五藤。こんなお世辞を言われただけで、彼女のファンになったりして……。

 鴻英良、宮内勝、松田政男、大久保鷹らで近所の居酒屋へ。映画「連合赤軍」に対して松田さんは批判的。若松監督とも不協和音とか。「当事者としての視点が足りない」と。
 公にはできない当時の話を聞く。
 最近は芝居も映画の試写もあまり行ってないという松田さん。「家で寝てばかり」とか。蓬髪、体重増。ちょっと心配。しかし、舌鋒は相変わらず鋭い。

2330、一足先に家路に。

3月14日(金)晴れ

 スズナリで「MONO」の公演だったが、キャンセル。連チャンはつらい。
 T取さんに復刻版のことをメールすると、「私もほしい」とのこと。お昼休みに買い出し。リクエストの「チャンピオン太」「まぼろし城」「13号発進せよ」「ロボット三等兵」を購入。それにしても安い。

 1800、帰宅し炊事・洗濯。M氏から届いたラジオドラマをiPodに。容量オーバー。もうひとつIpodがほしいくらいだが、パソコン管理が面倒になるので見送り。

 井口勢津子の「あれ達の鈴」を聴く。現在78歳の井口さんが50代で書いた作品。老夫婦の孤独を描いて秀逸。二人の会話だけから息子夫婦や彼らを取り巻く人々の姿が浮かび上がる。ラジオドラマのお手本のような作品。お子様劇場と化したFMシアターにこのような心にしみる作品の放送を求めるのは八百屋で魚の類か。ライトコメディーばかりもてはやされる時代。せめてラジオドラマだけでも大人の鑑賞にたえる作品を放送してほしい。

3月13日(木)晴れ

 1620、K記念病院で鍼。帰りの駅のコンコースで時々見かける古本の出店。「昭和マンガ1冊500円」の張り紙が目をひく。「まぼろし探偵」「ロボット三等兵」「超犬リープ」など、1950〜60年代のマンガの復刻版。これは買い得。定価1890円で、いまでもamazonなどでは古書でも1000円以上の値段。とりあえず、高野よしてるの伝説のマンガ「13号発進せよ」、桑田次郎「まぼろし城」など、未見の作品を。
 いったん帰社し、後片付け。


 1900、銀座・博品館劇場で「ワイルド・ビューティ」(脚本・作詞・演出=荻田浩一)。「幸福な王子」「サロメ」などの作品で知られるオスカーワイルドの生涯を、その作品と絡めながら描いたもの。19世紀パリを舞台に、同性愛で逮捕・収監され、晩年は失意のうちに世を去ったワイルドの破天荒な人生。その耽美と背徳の世界。浦井健治、池田有希子がメインキャスト。小野妃香里、戸井勝海、宮川浩が脇を固める。
 前から楽しみにしていた舞台なのに、体調不良。花粉症の薬が原因なのか、猛烈な睡魔に襲われ、時々意識が遠のく。ほんの数秒だが、それが続いてはせっかくの舞台も集中できない。歌もキャストも絶好なのに……残念。

3月12日(水)快晴

 ポカポカ陽気。もうコートは不要か。

 花粉の飛散もすごい。朝、目が開かない。起きてしばらくすると回復するのだが、今日は会社に行っても目のかゆみは止まらない。本格的に目に来たのは今年が初めて。こりゃ、今年の花粉症は殺人的かもしれない。

 今朝は、卒業以来会っていない中学の同級生K谷くんの夢。3日続けて「会えない人」の夢を見るとは。しかも、何の脈絡もなく、名前もわからないが、顔だけは知ってる田舎の人(おばさん)が出てくる。子供の頃、よく見た顔だが、誰なのか思い出せない。今ではかなりの高齢だろうが……。脈絡がないというのが不思議。


 1700帰宅。買い物・炊事であっという間に2100。
 この頃、凝っているもの。ラム肉のステーキ、ジンギスカン風。味の付いたインスタント・ジンギスカンはまずくて食べられたものじゃないが、自分で調理するラム・ステーキの香ばしさに陶然。

 風呂に入った後、またしても目のかゆみ。家の中に花粉が充満してる?

 思い立って、花粉除去の空気清浄機を注文。ネットショッピングのすばやさよ。発送したとの連絡がすぐに届く。


3月11日(火)晴れ


 今朝は昨日と同じように、最近亡くなった会社の先輩Yさんが夢に。大きな水槽を泳ぐ人食いザメ。何かの実験室か。その施設を抜け出て、Yさんの携帯に電話すると、Yさんは出ず、代わりに後輩のS藤くんの声。……憑かれてる。


 1900、ベニサンピットで「ある結婚の風景」。ベルイマン監督の映画作品を舞台化。演出は鈴木裕美。一組の夫婦(天宮良・村岡希美)の幸せを絵に描いたよな結婚生活が次第に急展開。荒海を進行する笹舟のような、あるいはジェットコースターのような上下動。そして最後は……。テンポのいい演出で2時間50分も苦にならない。インタビュアー、進行役の鬼頭典子の声と表情が実にいい。Tap Tips出身の天宮良、時々セリフをかむのが難点だが、しばらく見ないうちに結構いい役者になっていた。2200終演。

 帰宅2330。せっかく面白い芝居を見ても帰りが遅くなっては楽しさ半減。5時半に家を出て、18時間も外にいるのだから疲れるのは当たり前か。


3月10日(月)雨のち晴れ
 
 明け方目をさますと外は雨の音。今日は休暇。朝寝ができる。学校に行く子供らの声を遠く聞きながらまどろみの中へ。亡くなった会社のUさんが廊下の向こうから歩いてくる。すれ違うとき、一緒に歩いていた同僚が、「あっ」と声をあげる。後ろの同僚も同様に。そうか、彼らにも見えていたのか……という夢。0900起床。頭が重く、痛む。まぶたは腫れぼったく、クシャミ連発。花粉症。今年は飛散量昨年比3倍ともいわれるが、頭痛まで引き起こすとは。

 昼前に自転車で税務署へ。迷ってしまい、10分ほど時間ロス。到着すると税務署の玄関前は長蛇の列。すでに記入済みなので「提出のみ」の列へ。それでも順番がくるまでに20分ほど。マスクをしていてもクシャミ・鼻水止まらず。そういえば、毎年税務署に来るときはクシャミ・鼻水だ。マンションの売り損申告も今年でおしまい。今年は去年の6割ほどウン十万円の還付。この2年、すべて学校の授業料に消えていたが、今年は少しは残りそう。

 1400、買い物、帰宅、炊事。あまりにも花粉症状がひどく、頭痛薬を飲んで仮眠。だるい、つらい。起きて夕食の仕度。風呂掃除。

 その合間に途切れ途切れで「モダンミリー」を。ジュリー・アンドリュ−ス主演のハリウッドミュージカル。ジョージ・ロイヒル監督がこんな映画を撮っていたとは。舞台化版の前田美波里の造形はオリジナルを踏襲していたのか。

 ウーム、めったにない3日間連休だったのに、結局見たのは映画1本、それも途切れ途切れに……だけとは。休みがあっても時間がない。


3月9日(日)快晴

 春のような陽気。
0900〜1200、躰道稽古。H先生の結婚式にY先生、K先生出席で不在。
 T八段範士がふらりと教習に。高齢とはいえ、体の柔らかさ、しなやかさ、強靭さは若い世代にひけをとらない。玄制流空手時代からの実践者であり、理論・実践ともに秀逸。躰道はこのままではただの競技スポーツに堕してしまうという危機感を持っているようだ。確かに「空手」を土台にできあがった躰道は、初期の時代には空手の「剛」という基礎があり、その上に新たな武道としての「柔」があったのだろう。しかし、今はその「土台」は軽視され、飛んだり跳ねたりrのアクロバティックなスポーツ性だけが修練の要となっている。武道としてみた場合、この先、先達者たちが不安になるのはもっともといえる。武道としての躰道をどのように方向付けるか。自ら実践し続けるT師範の体の動きの敏捷性、能動性に説得力がある。1300帰宅。

 昼食を作り、午後から娘と一緒に謝恩会用の着物・袴のレンタル店へ。電車で20分。割と早く品物が決まったものの、支払いの段になって、現金でなくてはいけないとのことで、近くの銀行へ。ところが、ATM休止。駅前まで歩いて、他銀行へ。しかし、なぜか引き出せない。何かトラブルかと、取引銀行に電話すると「システム統合のため、本日から明朝までATMは停止」との返事。そんな話聞いてない。しかも、よりによってなんで今日そんなメンテナンスを。間が悪いったらありゃしない。内金だけ入れて、明日持参することに。1800帰宅。夕飯の支度。食事。で、あっという間に就寝時間。

 TMさんからメールがきたので返信。

3月8日(土)晴れ
 
休み。
 午前中、家人の付き添いで病院へ。午後、神楽坂へ。シアターIWATOで龍昇企画「モグラ町」。前川麻子7年ぶりの新作。塩野谷正幸、渡辺真起子らの軽妙なエチュード劇。篠塚祥司氏が見に来ていたので挨拶。金杉アソシエーツ解散から11年? 飄々と俳優人生を送る篠塚氏。ここ何年も年賀状のやり取りだけだった。「今日、会えて嬉しかったです」と篠塚氏。実直な人柄は変わらない。帰り、龍昇さんと立話。

 1800帰宅。買い物、夕食の支度。

 ネットのニュースで広川太一郎さんが3日に亡くなっていたことを知る。軽妙な話術で、声優として活躍、その声のファンも多かったが、自分にとっては1975年頃、ラジオ関東で放送していた深夜放送「男たちの夜…かな!?」が一番印象に残る。途中でスポンサーが降りたため、自腹で番組を続けていた広川さん。そぞろ歩きは軟派でも、心には硬派の血をたぎらせる、そのトークが懐かしい。林美雄、広川太一郎。70年代に影響を受けたDJたちの死。淋しい。

3月7日(金)晴れ

 風邪は快方に。


1830、池袋。東京芸術劇場中ホールで文学座「長崎ぶらぶら節」。なかにし礼の直木賞作を鵜山仁演出で。主役の芸者「愛八」を演じるのは名実とに文学座トップの平淑恵。相手役の郷土史家は渡辺徹。大正・昭和を通し、長崎の古歌を収拾し、寄り添いながらも決して最後の一線を越えなかった二人の愛と矜持。休憩15分を挟み3時間20分の長丁場だが、流れるような演出と、いかにも文学座らしい端正な演技で、ダレ場がない。平淑恵の三味線、唄、そして和装の動きの見事さ。その女優としての気品と演技力に感嘆。ロビーでは長崎名物の即売もあったが、あっという間に売り切れ。「アゴ」が安かったのに残念。談笑するなかにし礼、榊原郁恵ら。2150終演。

 帰りの電車の中で明石昇二郎著「原発崩壊 誰も想定したくないその日」(金曜日刊)一気読み。
 
 原子力の世界では、およそ現実的でないと考えられる最大・最強の地震動「S2」を超える地震は存在しなかった。その想定外の地震が女川、志賀、柏崎で立て続けに起こった。奇跡的に大事故に至らなかったものの、電力会社がこれまで言ってきた「想定」はまったく信用できないということが一連の地震でわかった。

 電力会社が「安全」というひとつの根拠となるのが「活断層の上には原発を作らない」ということ。しかし、それがまったくのウソだったことも判明している。電力会社に雇われた活断層調査の専門家が、一方で国の活断層審査を兼ねていることがバレたのだから。これは弁護士が裁判官を兼任しているようなもの。「活断層は存在しない」と判断すれば、それがそのまま国の審査をパスする仕組み。ひどい話。著者のインタビューに答える専門家が「活断層があったのを見逃したのではない。神さまじゃあるまいに……結果的に甘かったのだ」と言い放つにおよんで、もはや声も出ない。こんな連中が日本国民の生命を握っているのだ。

 原発震災では、シミュレーションによれば「浜岡原発の2〜4号機が大事故を起こし、事故発生から7日後に避難した場合でも、最大で22万4586人が急性障害で死亡。632万5696人ががんで死亡する。

 事故から1平方キロメートル当たり5キュリーの放射能汚染が残る地域は中心から839キロ。つまり、九州から函館まですっぽり入る。今現在、放射線管理区域として立ち入りに制限がある場所(レントゲン室など)にいたっては、与那国から沖ノ鳥島まで、日本全土が入る。いったん重大な原発事故が起こったら、日本人は国土を失うということだ。

 そんな事故が起こる確率は……などと確率論に逃げ込む人こそ非現実的だろう。たとえ1万年に1回起きるとしても、一度起きたらもはや取り返しがつかないのが原子力災害だ。地震国日本にそもそも、原発は無理な話。

 「原発は二酸化炭素を出さないから地球にやさしい」という電力会社のデマにもあきれ返る。原発を作るのに、維持するのに、どれだけの化石燃料(石油)を使うのか考えればわかる。事故が起こらなくても、原発を運転する限り、放射線は大気に、海に放出される。地球温暖化より先に人類は放射線障害でがん・白血病死が増加する。

 しかし、原発がこのまま電力会社のメインストリートを大手を振って歩けるのも、時間の問題だと、著者はいう。技術革新の波は電力の世界にも押し寄せる。注目を集める「燃料電池」は水素と酸素だけ。排ガスのないエコ電力だという。しかも、原発が「電気しか生み出さない蒸気機関」なのに、燃料電池は「電気・熱・水」という人類に必要なものを生み出す。あと10年もすれば、発電の主流は燃料電池に置き換えられる。「ガスタービン発電」も飛躍的に進歩する。もはや、送電線の不要な時代に突入するのだ。

 その時、原発はどうなるか。半減期2万年という猛毒プルトニウム、セシウム137でさえ半減期30年。その放射能がたまった炉心をチェルノブイリのように石棺で覆うのか。

 用済みになった原発の立地場所の多くは漁業地域。カネで横面をはたいて、人心を惑わして作った原発が、立ち並ぶ荒涼とした風景。今からでも遅くない。手遅れとなる前に、すべての原発は停止すべき。新たな原発も建設中止にすべきだ。

「原発はもう商売にならない時代に入る。日本が資本主義国である以上、原発は淘汰される。しかし、原発が表舞台から消え去るときまで事故が起こらないという保証はない。唯一心配なのは、原発が消える前に我々を道連れにするということだ」

 著者の結びの言葉をしっかりとかみ締めるべきだろう。


 もうひとつ言えば、今現在でも原発がなくても電気は余ってるということ。数字のマジックで、原発の電力に占める割合が〇〇%などとなっているだけ。進学塾の合格率と同じような、操作された都合のいい数字にすぎない。

3月6日(木)晴れ

 1500、シアター1010で「四人は姉妹」。 岩崎加根子、水谷八重子、新橋耐子、安奈淳、宝田明、川花室もえ津祐介、大村崑、TAKA、久世星佳。よくぞこんな大物ベテランが顔をそろえたもの。これだけで満腹感。特に生の大村崑には感激。子供の頃、テレビで見ていた「とんま天狗」が目の前に。自分にとっては坂本龍馬と同じ、歴史上の人物だ。

 1800帰宅。昨日買った「風呂上りの夜空に」を娘が読んでいる。「このコがパパのタイプなの?」
 ……言われてみればそうか?
 
 銭湯の看板娘「花室もえ」とお尻に三日月キズのある、ちょっと頼りない松井辰吉くんのカップルを描くラブコメディー。24年前、このマンガと清原なつのの「花岡ちゃんの夏休み」の花岡ちゃんに心をときめかせていたのだった。


3月5日(水)晴れ

 寝る前にネットで山田まりやの結婚の軌跡を見たせいか、一晩中、まりやと草野徹の夢。今日が結婚式。お幸せに。深浦の草野家の居間はいかにも青森の家。ストーブ、建具、懐かしい情景。

 0445起床。0625出社。今日もハードな一日。体調悪く、気を張り詰めたまま仕事を乗り越え午後。1400退社。1500、楽園でパニックシアター「タンゴにのせて」。タウンホール前にオープンした古本屋で小林じんこ「風呂上りの夜空に」全5巻1500円。近藤ようこ「仮想恋愛」800円。小林じんこのマンガは84年の作品。近藤ようこも84年。これが2冊目の単行本。その後の近藤ようこ作品の原点。文学と伍す、そのレベルの高さ。
 寺山修司の「作詞作品集」は初めて見る本。5000円と高いので見送り。総じて寺山の古書は高い。

1800帰宅。昨夜録音した深夜便を聴く。さすがにFM。クリアな音。落語、70年代ポップス。これは毎日録音する価値ありか。

3月4日(火)晴れ

 花粉症と風邪の合併で頭痛、倦怠感。早めに帰宅。楽天に注文したラジオサーバー「オリンパスVJ−10」が届いていたので、さっそく初期設定して試聴。ハードディスク37ギガ。「2500時間の録音が可能」が売りだが、これは長時間モード。実際にラジオドラマを録音するのは高音質。これだと625時間。もっとも、パソコンに転送すればいいので、録音時間に関してはまったく問題なし。VHSテープほどの大きさ、場所取らず。使い勝手もいい。もっと早くに買えばよかった。これでラジオ深夜便もFMシアターも、4月から始まる名作ドラマも録音し放題。ラジオ好きにとってはこの上ない製品。

 2130就寝。

3月3日(月)快晴

 黄砂に花粉。花粉症がひどいのか、それとも風邪なのか、一日中頭痛と鼻水。
午後、近所の税務署に行って確定申告の書類作成。マンションの売却損の還付も繰越が終わり、今年で最後。去年の半分ほどの還付だが、戻ってくるとなると大きい。

 1700帰宅。マンションの下の内科で受診。風邪薬を出してもらう。皿洗い、掃除、灯油買いにGSへ。18リットル1760円。頭痛、倦怠感。やはり風邪なのか?

 
3月2日(日)晴れ

 久しぶりの躰道稽古。体が運動を欲しているのか、ちょっと張り切りすぎ。でも、楽しい。武道のいいところは「強い者が勝つ」ということ。勝てば誰も文句を言わない。ああでもないこうでもないと、無能な連中にケチをつけられるような会社のくだらない仕事と大きな違い。

1300帰宅。炊事・掃除。

3月1日(土)晴れ

 1400、初台。東京オペラシティ・コンサートホールでTBS主催の「こども音楽コンクール授賞式」。初出場で6重唱部門で全国1位となった大間小の子供たちを見るために。

 1階席は受賞関係校の席。2、3階席が一般席。ほとんど満席。
 ちょうど授賞式の始まったばかりなのでトップバッターの大間小の受賞の様子を見ることができる。部門別の受賞校の数は20校余り。全校の受賞作品を演奏するのかと思ったが、残念ながら2校の管弦楽演奏のみ。

 アトラクションで連弾の「FUTABA」と「レ・フレール」のパフォーマンス。それぞれに受賞者の一人が参加する3連弾でFUTABAと共演したのが大間小の古川まきちゃん。いい想い出になったことだろう。

 FUTABAの女性二人は裸足にTシャツ、ジーパン。絶えず動き回り、激しいパフォーマンス。「レ・フレール」も輪をかけて激しいパフォーマンス。「追っかけ」もいるようで、黄色い声援。彼らの演奏が終わるとサッと会場から一群のファンがいなくなってしまう。フーム。ピアノ連弾も様変わり。時間をオーバーして1620終了。会場ごった返し、大間の人たちの姿を見失ってしまう。

 こども音楽コンクール。スポンサーが東電というのは気になったが……。


1900、紀伊國屋ホールで二兎社「歌わせたい男たち」再演。開演前に永井さんに挨拶。

 卒業式での君が代(いつからか国歌になったらしいが)斉唱強制をモチーフにした重喜劇。メンバーは初演と同じ。新任の音楽講師に戸田恵子、起立拒否の社会科教師=近藤芳正。愛国熱血若手教師=中上雅巳、元組合活動教師、今は起立を促す立場の校長=大谷亮介。無関心なノンポリ養護教諭=小山萌(永井愛演出に出るときが一番映える)。

 客席を見渡すといかにも「教師」と思われる人たちが大勢。教師、元教師はなんとなく雰囲気でわかるから不思議。

 役割を戯画化された人物たちが繰り広げる君が代斉唱に対するせめぎあい。それぞれが戯画化され、典型的な人物を演じているので、客席からはその一挙手一投足に笑いが漏れる。隣の席の中年男性のよく笑うこと。しかし、戯画化というより、それはほとんど現実の教師像なわけで、それを思うと、笑うより先に背中がうすら寒くなる。社会問題を「わかりやすく」「面白く」描くということは自ずと単純化されやすい。二項対立の図式の中で、相対的に観客の視点の役割を果たす音楽教師が途中から存在感を消していくのは、次第に論理対決に重きが置かれていくからだろう。

 初演では校長が切々と訴える「内心の自由」論を芝居の趣旨と誤解。正反対の受け取り方をした人もいたようだ。大谷亮介の熱演が誤解を生んだのだろうか。

 校長の言う「内心の自由」論とは、「内心というのは心の内側にあるから内心であり、心の中で何を思うかは自由。それを外に出してしまったら外心。外心になってしまうと、非難されても仕方ない」というもので、「君が代を歌っても内心の自由があるから、個人の尊厳、思想信条を傷つけられるわけではない」という、ほとんどトンデモ理論。これが裁判所の判決の論理だというから、裁判官のトンデモぶりがうかがえる。
 

 ラストシーンで戸田恵子の歌う「聞かせてよ愛の言葉を」(パレ モア ダムール)は1929年大恐慌の年に、リュシエンヌ・ボワイエの歌ったシャンソン。武満徹は、戦後、それまでの軍歌ではないこの美しい歌と出会ったことが音楽を志すきっかけになったという。
 
2055終演。

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