4月30日(水)晴れ 疲労激しく、上野・癒処でマッサージ。仙台出身のKさんとおしゃべりしているとアッという間。癒しの90分。1900帰宅。録画しておいたWOWOWの「コラボラボ」。頭脳警察と大槻ケンヂのコラボレーションを堪能。頭脳警察がテレビに出るのはめったにないこと。竹中直人、ムッシュかまやつ、佐野史郎、みなみこうせつらのコメントが伝説を物語っている。 4月29日(火)晴れ 花粉症がひどい。家人の買いものに付き合わされるときに限って症状がでるのはなぜだ。 1700、新宿へ。SPACE雑遊で「狂人教育」。大阪の小劇場「_IST 零番館」が主催の「テラヤマ博」の初日。1カ月前に急遽決まったという追加プログラム。劇団鹿殺しの丸尾丸一郎が演出。関根信二、政岡泰志らが出演。大道具が壊れたためとかで、開場が20分遅れ。舞台にも初日のバタつきが現われていたが、60分、戯曲に忠実な明解なコンパクト版。猥雑性は丸尾丸流。終演後にポストトーク10分。終わった後、外で丸尾丸氏と立話。寺山修司のことはほとんど知らない世代。しかし、共通するものが。 2000帰宅。 4月28日(月)晴れ 休暇。どこへも出かけず。 今日のアーカイブスは市川森一の「幽婚」(98年)。中国、韓国、日本でも中国地方に伝わるという「死婚」の風習を題材にした作品。 若い美容師(寺島しのぶ)の遺体を実家のある四国まで運ぶ事になった霊柩車運転手(役所広司)が、追い詰められるように、村に伝わる通夜の儀式を務める事になる。それは、若くしてなくなった女性がかなえられなかった結婚式を通夜の晩に執り行うというもの。死者との結婚式。 ずいぶん昔、この風習の話を聞いて、いつかなにかの形にできればと思ったものだが、さすがに市川森一、幽玄なラブストーリーに仕上げてる。放送時に見たときは、なにやらおどろおどろしい印象ばかりが残ったが、今見るとまたガラリと違う。不思議なものだ。 4月27日(日)晴れ 0900、躰道稽古。連休初日とあって、子供は2人、大人も10人ほど。1130に早上がり。 1300、マンション自治会の総会。1500まで質疑応答。大きな混乱もなく無事終了。今日で御用納め。 今日のマイ・アーカイブスは95年のNHKドラマ「あなたの中に生きる」。市川森一作品。コンピュータープログラマー戸田(堤真一) は、かつて自分が作ったゲームソフトそのままの理想の女性・しずか(滝沢涼子)と出会い結婚。しずかのふるさと・宇治のマンションで幸せな新婚生活を送る。だが、しずかは交通事故で死亡。「あなたの中で生きていく」というしすかの言葉は戸田の心と体に変調をきたす。 バーチャルリアリティーの世界に市川森一が挑んだもので、99年に青年座に書き下ろした「リセット」よりはるかに面白い。しかも、おカタイNHKにしてはセクシャルなシーンがかなりある異色作。根津甚八、麿赤兒、塩野谷正幸、風間杜夫も出ている。この時期のNHKは「ドラマのNHK」の最後の光芒だったのか。主演の滝沢涼子の名前は初めて聞く。こんなに魅力的な女優がいたのか。現在は「ヨガ女優」として活躍しているとのこと。 山口補選で民主候補2万票差で圧勝。保守王国での自民敗北。国民の怒りがどこまで持続するかが次のステップの要。 4月26日(土)曇り時々雨 半袖Tシャツには少し肌寒い一日。 1700、池袋。東京芸術劇場中ホールで「空中ブランコ」。奥田英朗の原作を倉持裕が脚色、河原雅彦が演出。好きな作家だし、宮迫博之、佐藤江梨子、坂元健児、高橋由美子、酒井敏也、尾藤イサオ……と出演者も魅力的。高い料金もなんのその、楽しみに見に行ったのだが……。羊頭狗肉といおうか、表紙だけで中身のない週刊誌といおうか。とにかく中身が何にもナイ。これほどツマラナイ芝居は久しぶり。脚本が全然ダメ。演出もダメ。「主役」で奮闘する坂元健児がかわいそうになる。休憩15分、1930終演。 夜、なぜか、元HBCアナウンサー白馬康治氏のことが気になり、ネットで検索してみる。何年か前、北海道在住のRさんに頼んでその消息を尋ねてもらったのだが、残念ながらすでに鬼籍に入られたとのこと。 1960年代の北海道に住んでいた人ならおそらく誰もが白馬康治氏の声を聞いたことがあるだろう。HBCテレビのニュース、天気予報、キリンレモンのCMのナレーション、そして深夜放送「オールナイト北海道 ヤング26時」のパーソナリティー。語り口はソフトでも放送内容は気骨のあるものだった。夕方のラジオ番組「君はどう考える」でも、若者たちと一緒になってさまざまな社会問題、学校問題を話し合っていた。林美雄が登場する前に白馬康治がいたのだ。二人ともアナウンサーとしても優れ、声も似ていた。 久しぶりに名前を検索すると、いくつか出てくる。以前はなかったのに。 インターネットは経験の蓄積だ。日々新しく情報が増えていく。白馬康治に言及したブログもいくつか見られる。ブログという手段で手軽に情報発信ができるようになったことは大きい。 その白馬康治の項にまた、懐かしい名前。ヤング26時のDJ、金子亭ピン助こと金子悌介、バード山本(何十年ぶりかで聞いた名前。その瞬間に声まで思い出すのだから不思議)。 番組の第二部は「ミッドナイト・スパーク」というタイトルで、昭和44年ミス・ユニバースコンテストで準ミス日本となった中島久美子、元国連本部ガイドの道下匡子がDJを務めていたのだった。彼女は当時まだ20代。 道下匡子さんも久しぶりに聞く名前。 検索すると、女性の地位向上と差別撤廃を求める「女性作家委員会」の委員として活躍されている。 その「女性作家委員会」の先代の委員長が故三枝和子氏。おお、最近聴き直した「夾竹桃同窓会」の作者ではないか。これは斎明寺以玖子演出のラジオドラマ。戦後33年目、差出人のない奇妙な案内状に導かれ、戦時中に動員された軍需工場跡地近くのお寺での法要に集まることになる元女学生たちの「戦争の傷跡」を描いたもの。 死者と生者の交感が深い余韻を残す名作だ。その作者の名前と出あうのは何かの符合か。 「女性作家委員会」で道下 匡子氏は次のように述べている。 「教育基本法改正(改悪)→ 日本国憲法改正(改悪)。これがヘリクツのコイズミさんの下に結集するWar Boys たちの長年の祈念だろう。平和を誓い国民の平等と権利を明言する現憲法の誕生に国民は歓喜したが、議員たちの多くは敗北感と屈辱感に地団駄を踏んだ。以来半世紀の長きにわたり、彼らと彼らの末裔は悔しさに日夜歯ぎしりし、復讐の機会の到来を息を凝らして待ち続けてきたはず。 そしていまや当時を知る国民の大半はすでに鬼籍に入り、リストラ、倒産、失業に喘ぐ国民は憲法のことなど眼中にないはずと高をくくっておられるのでしょうが、どっこい日本国民をそうなめてもらっては困る。なにせ当時の国会、マッカーサーさんの度々の要請で新しい憲法の草案を2度書き上げたのだが、これが明治憲法と本質的に寸分変わらぬ代物。こういう「前科」のある方々に、美しき山も海も川も森も無残に破壊しつくされた今日、我ら日本国民に残された唯一の誉れ「日本国憲法」の書き替えを許すなど、正気な国民であればどうしてできようぞ」 中学生の自分はこの道下氏の若き日のDJに耳を傾けていたのだと思うと感慨深い。 4月25日(金)晴れ 1600、K記念病院で鍼。5月下旬には新しいビルに移転するとか。K泉先生の嬉しそうな顔。 聖火日本に到着。 五輪が国威発揚の政治道具であるのは自明だが、それにしても今回の中国五輪にターゲットを絞ったチベット独立問題の政治利用はどうだ。 不思議なのは誰も「五輪を政治の道具にするな」と言い出さないこと。大新聞社など、60年安保で労働者・学生を批難する共同声明を出したこともあるのだから、「五輪の政治利用はやめよう」とキャンペーンを張ってもバチはあたらない。 それにしても、日本の右派勢力などは、いつからチベット問題に造詣が深くなったのか。チベット支援を口実に中国批判を繰り広げている。敵の敵は味方というわけか。 親米右翼はいっそのこと中国発祥の漢字を使わず、英語で日常会話をする運動でも始めたらどうか。もっとも満足に漢字が書けない日本人が増えているからそれはたやすいことか。 南アフリカのダーバンでは、恒例の「塩の行進」が行われたとのこと。1930年にインドでガンジーがイギリスの塩の独占販売に抗議して行なった非暴力抵抗運動を模したもので、亡命チベット人も参加し、ビルマ、ジンバブエの人々と連帯を深めたという。 「ガンディーは紛争と向き合い、意見の違いと向き合うために、非暴力を通じた別のやり方があることを示してくれました」「人々にチベットの問題に気付いてもらうために参加しました。平和をもたらしたいと思います。人々が平和的、非暴力的な方法で問題に気付くようにダライ・ラマ法王は主張しています」 参加したチベット人のコメントだ。(参考=ウニ氏のブログ) 非暴力・不服従運動こそがチベット人の総意。 チベット支援を口実に、扇動と陰湿なイヤガラセ、謀略で「反中国」を言い立てるどこかの国の連中の胡散臭さよ。 ま、五輪を運動目的に活用させてくれるのなら、石原センセイが固執する東京五輪が実現したあかつきには、ぜひ、国内のさまざまな住民運動・市民運動が参集してニッポン政府の抑圧を世界にアピールするのもいいいかも。……なんて。 4月24日(木)雨 1900.新国立劇場小劇場で「焼肉ドラゴン」。鄭義信の作・演出。関西のガード下にある焼肉屋を舞台に、在日一家の愛別離苦を描いた作品。これまでの鄭義信作品の常連キャラクターをすべて登場させ、まるで鄭義信ワールドの総決算のような舞台。 舞台は万国博覧会が催された1970年(昭和45年)、高度成長の真っ只中。在日コリアンの経営する焼肉屋の家族が時代に翻弄されながらも必死に生きていく姿をとおして、日韓の過去、現在、未来が、楽しく、そして切なく描かれます。(HPから) 家族を俯瞰する主人公・時夫に若松力。三人姉妹に粟田麗、占部房子、朱 仁英。二女の旦那に千葉哲也、二女に懸想するヘンな日本人に笑福亭銀瓶、店の常連に朱源実、そのほか水野あや、楽器演奏(役者も)で、こまつ座でおなじみの朴勝哲ら。 休憩15分をはさみ2145まで。長いかな?と身構えたが、始まってみればアッという間の2時間45分。目の前で展開する群像劇に目は釘付け。まさに鄭義信ワールドの最高傑作。「三人姉妹」「桜の園」の要素も加味。1948年4月3日、韓国・済州(チェジュ)島に始まった「4・3事件」への言及を織り込んだのは初めてではないか。大阪は済州島出身者が多い。アボジの苦悩もそこに起因する。 リヤカーで去っていく老夫婦。その舞台で幕切れの鮮やかさ。カーテンコールで俳優たちが退場する背中をこれほどいとおしくおもったことはない。カーテンコールでこれほど涙がとめどなく流れたこともない。オモニを演じた高秀喜とアボジを演じた申哲振の存在感。焼肉ドラゴンの成功はこの二人に負うところが大きい。こんな存在感のある俳優は最近の日本の俳優で見たことがない。 カーテンコールで涙ぐむ俳優たち。客席もまた涙。観客と出演者の波動がひとつになる、このような舞台はそうあるものではない。奇跡と呼んでもいい。間違いなく今年のベスト作品。 2200と時間は遅く、早く家路につきたいが、この興奮を伝えたくて須永さんらと楽屋へ。出てきた義信はいつものように飄々とした笑顔。しばし立話。飲みに行きたいが翌日の仕事を考えると早々に退散。 4月23日(水)晴れ 疲労感あり、仕事帰りに上野の癒処へ。新装オープンして1カ月。癒し系のKさんの施術でまったりと。 4月22日(火)晴れ 1800、下北沢。古本屋は定休日。ヴィレッジヴァンガードでCD試聴。1900、本多劇場で青年座「ねずみ男」。ザ・シャンプーハットの赤堀雅秋の作品を黒岩亮が演出。妻を自殺に追い込んだ女を拉致監禁する男の見る白日夢。どこまでが現実でどこまでが幻想なのか。この手の小賢しい作品は苦手。 4月21日(月)晴れ 休暇。家人は午後からリハビリのために病院へ。 夕方、P理容室へ。一昨年、テレビドキュメンタリーが放送されたP理容室。昨年11月に第二弾が放送されたとか。DVDをもらって帰り、家族で試聴。 4月20日(日)晴れ 0900〜1200、躰道稽古。子供と壮年だけ。中堅が不在という変則的な日で、H崎先生が子供たちの稽古を。基本技の稽古でクタクタ。 1400、稽古からそのまま新宿へ。木山事務所「出番を待ちながら」。ノエル・カワードの戯曲を末木利文演出で。 七字さん、江森さんと立話。公演期間が短いのでみなさん日曜に集中したようだ。 俳優委員会が経営する慈善ホーム「ザ・ウィングス」に暮らすかつての大女優たち。ミュージカル女優、ソプラノ歌手、シェイクスピア女優etc」。サンルームがほしいというささかやな不平不満を口にしながらもそれなりに老後を楽しんでいる彼女たち。ある日、往年の大女優ロッタ(川口敦子)が入所してくる。それを知って動揺するメイ・ダペンポート(新井純)。かつて一人の男をめぐり、二人の間に有名な諍いがあり、今も尾を引いているのだ……。 06年の初演で南風洋子と松下砂稚子が演じた役を川口敦子と新井純が引き継いだが、これが成功。ほかのキャストも加藤土代子、北村昌子、高山真樹、大方斐紗子、堀内美希といずれも日本を代表するベテラン女優たち。戯曲と女優がそろえば、もう演出は誰がやっても同じ。見ごたえたっぷりの舞台を堪能。 それにしても、黒テントの華、新井純が新劇女優たちとノエル・カワード劇をやる日がくるなんて。 1630終演。江森さんと駅まで。「最近のM田さんのことが気がかり」と江森さん。一人暮らしであるし……。 4月19日(土)晴れ 1400、下北沢。複々線化工事が進み、小田急線沿線の風景は一変。重機と穴ぼこの下北沢周辺。 ヴィレッジヴァンガードで近藤ようこの新刊「夜長姫と耳男」。古書店で78年の週刊現代。K鍋さんが編集長の時の号。大森実直撃インタビューシリーズなど連載。角栄が首相の時代。 ディスクユニオンで「続・歌謡曲番外地」。60〜70年代のシングル曲中心。「レ・ガールズ」、尾崎奈々、久美かおり、恵ともこ、松尾ジーナ、五十嵐じゅんなど、キューティー系の歌謡アイドルを収録。おまけがアグネス・ラムのポストカード。テレビの懐メロ番組がフォローできないアイドルはたくさんいる。 1500〜1700。スズナリで劇団ハートランド「ひなあられ」。座付き作家・中島淳彦の作・演出。02年の再演。 受付はムベの上田さん。「今日はぜんぶ自由席なんです」と恐縮気味。後方、空いてる席に案内される。 この劇団ほど公演が心待ちな劇団はない。週のアタマからなんとなくワクワク。 高橋亜矢子、馬場奈津美、渡辺由紀子の3人を中心に、セミレギュラーの梶原茉莉ほか全員女性。そのチームワークは抜群。今回は 福島まり子、小林美江、大西多摩恵らがゲスト。このメンバーで面白くないわけがない。 舞台は小さな喫茶店。亡き父が残した店を3人姉妹が引き継いでいる。朝からパチンコ通いの風変わりな女性、解散が決まった近所の会社陸上部のハンマー投げの選手、3度目の離婚で出戻った女……。そんな常連客の中に、ある日、一人の夫人が現われる。「私の名前を聞いたら驚きますことよ」となぞめいた言葉をつぶやく彼女の正体は……。 等身大の女性たちの日常からにじみ出るそこはかとないおかしさとせつなさ。いまや超売れっ子の中島淳彦のよさが一番出ている作品。脚本・演出、そして女優たちの呼吸がぴったり合って最上級の舞台に仕上がった。喫茶店に飾られたお雛様がみつめる、喫茶店に集う人たちの人生模様。このまま真空パックにしてとっておきたいほど。 1700終演。急いで帰社。で、すぐに渋谷へ。パルコ劇場で「49日後……」。古田新太と池田成志の企画・原案。そのタイトルからなにやら禍々しいものを想像したが、やはりホラーテイストが濃厚な作品。 舞台は、どことなく荒れた雰囲気の一軒家。それもそのはず、ここは孤独な老女が自殺した家。作業服の男たちは遺族の依頼で事件現場の清浄・片付けをする「残置物処理」の作業員たち。壁に飛び散った血、遺体のあった部屋から漂う異臭……。作業を進めるうちに、ある異変が……。果たしてここで何が起こったのか。作業員たちに古田新太、八嶋智人、池田成志、松重豊。そしてやり手の不動産会社紅一点、小田茜。客から悲鳴が上がるショッキング描写もあるが、ナゾ解きは最後まであいまいなまま。男たちの右往左往で笑いを引き出すコメディー色のほうが強い。 小田茜。かつての美少女も大人の女に。古田新太らのアドリブにも動ぜず、しっかりと自分の芝居をキープ。これはなかなかできるものではない。普通の女優なら、思わず吹き出しているか、お愛想笑いをしているはず。まったく動じない小田茜は女優の鑑。さすがの古田新太も彼女には全面降伏だろう。舞台はこうでなくちゃ。いくらコメディーといっても、役者同士の馴れ合いや楽屋落ちで笑いを取るのは邪道。最後まで欣然と芝居を続けた小田茜を見直す。 ところで、この「残置物処理」という仕事については、プロジェクトMの丸尾聰がラジオドラマ化、舞台化しており、今回の舞台はそれがヒントになったと思われるがどうだろう。それとも、この「職業」のことは以前から広く知られていることなのか。 2100終演。 4月18日(金)雨 降り続く雨。1730帰宅。寺山修司没後10年のときのテレビ特集を見る。没後10年という区切りでテレビ、ラジオが何回か特集を組んでいた。インタビューに答える「あなたは……」のディレクター萩元晴彦氏もすでに彼岸に旅立ってしまった。15年前。高尾霊園に集う関係者たちも皆若い。歳月の流れ。 岡田斗志夫「オタクはすでに死んでいる」(新潮新書)、電車の中でサクッと読了。オタク文化は共通文化を失って消えたと岡田。オタク民族の崩壊に慨嘆・感傷?「オタクは群れて民族を作り、マニアは孤立してそれぞれの道を歩く」と。 しかし、その論の基調にあるオタク民族が「共同幻想」だとしたら……。タイトルにひかれて読んだものの、「オタク」の自意識過剰には苦笑するしかない。 もう1冊は小島毅「足利義満 消された日本国王」(光文社新書)。「天皇になろうとした男」を東アジアの視点で解き明かす……の惹句。「皇国史観が歪めた義満像を覆す」と。「靖国史観」の著書だから、これは面白そう。 長野・善光寺が五輪聖火リレーの出発点を辞退。その理由のひとつとして、「仏教徒としてチベットの仏教徒迫害への同情」を挙げていたが、いつから日本の仏教は他国の政治的迫害に同情・連帯を表明する「国際的な宗教」になったのか。人権問題に敏感な宗教になったのか。ちゃんちゃらおかしい。三里塚で農民に連帯したのは日本山妙法寺など一部の宗教者だけだったではないか。 今回の辞退の背後に右翼からの脅迫・いやがらせがあったことは容易に想像できる。でなければ「辞退」という政治的な行動を善光寺が取るわけがない。 4月17日(木)雨 1900、両国。シアターXで「犬婿入り」。多和田葉子の芥川賞受賞作を渡邉和子が演出。動物変身譚をテレビのワイドショー仕立てという意表をつく設定で展開。30年前に団地から失踪した少年と学習塾の女性教師の現在からのリポート。夢かうつつか。奇妙な風景劇。実験的でありながらエンターテインメントとして成立。これは拾い物。 立川三貴、重田千穂子、宮島健、瓜生和成、ともさと衣、三宅右矩、そして塩野谷正幸。出演者の顔ぶれがユニーク。2030終演。後ろの席の若い男が「寝ちゃったよ。でも、途中は”ひぐらしのなく頃に”に似ていたよな」という会話。オタクのゲームストーリー? 雨足激しく、そのまま家路に。 テレビドキュメンタリー「寺山修司・山田太一往復書簡」を10数年ぶりに見る。「電車から吐き出された乗客が皆行き過ぎた後に、階段の手すりにつかまりながら降りてきた寺山の姿に胸をつかれる思いがした」と山田太一。「もう長くはないんだ」ーー寺山の「舞踏会の手帳」には山田太一の名前が真っ先に書いてあったのだろう。死を覚悟した晩年の寺山の心境は……。 4月16日(水)晴れ 1430、新宿。シアターアプルで「手紙」。東野圭吾の原作を菱田信也が脚色・演出。主演の相葉弘樹はアニメから抜け出したようないまどきの若者。顔が小さい、アゴがない。テニプリの主人公が実写になったよう。これからこんな顔の若者が増えていくのだろうか。 舞台はやや低調。シアターアプルのハコを生かせたとはいえず、静的な舞台。1630終演。出口で梁山泊の沖中咲子とばったり。出演者の黒沼弘己の楽屋見舞いとのこと。 1800帰宅。 amazonから向井豊昭氏の新刊「怪道をゆく」の案内。 4月15日(火)晴れ 1700、阿佐ヶ谷。江戸竹で刺身定食1000円。西荻の駅周辺を一回り。土地鑑がないので、早々に引き上げ、吉祥寺に。ヨドバシでDVDケース購入。 1900、吉祥寺シアターで文学座アトリエの会「ダウト」。情熱的な若い神父と学校初の黒人学生の関係に疑いを抱いたシスター。疑惑は本当なのか。息詰まるセリフ劇。清水明彦もうまいが、寺田路恵の演技とセリフ術に圧倒。2050終演。 並びの席に女優のF倉みのり。彼女を見ると懐かしい感情に襲われるのはなぜだろう。まだ思い出せないでいる。どこで接点があったのか……。 4月14日(月)晴れ 相変わらずのテレビドラマ・アーカイブス作り。76年の「寺島町綺譚」を見る。秋吉久美子が初々しい。三木のり平、浦辺粂子、伴淳三郎……今はない名優たちが懐かしい。森本レオも若い。1960年代、中学生の頃に、森本レオが歌った「親父にさよなら」という歌が深夜放送でよくかかっていた。病床に伏す父への息子の惜別の詩。聴きながら感傷的にはなっても、まさか自分の父親が死ぬなんてことは考えてもみなかった。あれから40年。もういちど聴きたくなってオークションで探すとEP盤が出ている。買おうかなと思いながら、ふとYOU TUBEで検索すると、なんと、誰かが登録しているではないか。フルコーラス聴けるのが嬉しい。 作詞は森本レオ自身。 父さん さよなら イエスキリストの父さんと同じ職業の大工だった父さん さよなら 小学校しか出てなかったのにたくさん字を知っていた父さん さよなら 父さん いろいろなこと知ってたよね 自転車の正式な名称はチンチン自転車というのだ と教えてくれた父さん さよなら 神経痛の薬だといって酒ばっかり飲んでいた父さん さよなら 酔っ払うと普段は機嫌がいいんだけど 仕事がうまくいかないと 母さんに茶碗や箸をぶつけてた父さん さよなら 母さんも大変だったよね 夜中にみんなが寝静まった頃 そっと起きて壊れた茶碗を糊ではっつけてた父さん さよなら そういえば父さん 寝ててもおならしてたよね 臭いと音の両面攻撃でみんな夜中に悩んだんだよ お前の女房は絶対俺が見つけてやると言って とうとう一人も見つけてくれなかった父さん さよなら そのくせ孫の名前ばかりたくさん作って 引き出しをいっぱいにしちゃった父さん さよなら 父さん いくら俺がタフだからって そんなには無理だよ 僕が泣くと 泣くのは女の仕事だと言って 鬼瓦のような顔で怒鳴った父さん さよなら 恐い顔してたねー この顔が僕の未来図かと思うと 何度自殺したくなったことか あれからだよ 父さん僕がニヒルになったのは でも機嫌がいいと 男はでっかくならにゃいかんと言って 肩車をしてくれた父さん さよなら でっかくなれよと言ったわりには 母さんよりちびだった父さん さよなら 女を持つのは男の甲斐性だと言って とうとう一人も持てなかった父さん さよなら 大きくなっても絶対にこんな所へ来るんじゃないぞと言って 競馬場でみそおでんを買ってくれた父さん さよなら お風呂で100数えるまで出るんじゃないぞ と言って 先にぶったおれちゃった父さん さよなら お正月になると凧の足を長く長く作ってくれた父さん さよなら 僕が泣いてせがんだら あんなに嫌いだった犬を 懐にいれて買ってきてくれた父さん さよなら あの時の父さんの手はとってもでっかかったのに 僕がデモに行くと言った時 もう寝たきりだった父さん 布団をはねのけて 僕をつかまえて 頭ぺたぺたぺたぺた叩いたよね あの時の父さんの手はもうちっちゃくてしわしわで とっても悲しかった 天皇陛下の好きだった父さん さよなら 町内会長でもなかった父さん さよなら 市長でもなかった父さん さよなら 大統領でもなかった父さん さよなら 人の家ばっかり作って とうとう自分の家は一軒も作れなかった父さん さよなら 照れ屋で内弁慶でおっちょこちょいで 甘ったれでもう一度会いたい父さん さよなら 俺の親父だった父さん さよなら 午後、菅原文太主演のNHKドラマ「子供達は森に隠れる」(1984年)を見る。C・ウィルコックスの原作を翻案したもの。加藤健一も出ている。まだNHKが上質なドラマを作っていた時代の隠れた名作。 4月13日(日)晴れ 0900〜1200、躰道稽古。ほとんど休憩を取らずにぶっ続けだったためか、帰宅して食事をとったら、疲労のあまり滾々と眠り続け、気がつくと1800。ほぼ半日が終了。睡眠不足もあったのだろう。 キャンディーズ解散30周年で、はしなくも、オタク防衛相や朝日の天声人語子がキャンディース世代とわかったのだが、わが世代はキャンディーズには少し遅い世代。その頃はもうアイドルを卒業していたわけで、自分の純然たるアイドルはやはり天地真理か。 ユーチューブで昔の映像を見る。そうだよなあ、やはりあの頃の天地真理はアイドルの名にふさわしいアイドルだった。というわけで、IPodに曲を落として聴いている昨今。「ひとりじゃないの」は、高2の寮のバス旅行で一緒に行ってくれたテニス部のRちゃんとKちゃんが歌っていたっけ。1972年。寮生活は厳しかったが、年に一度のバス旅行は楽しかった。その日だけは、必ず女の子を誘ってパートナーとして一緒にバス旅行に連れて行かなければならなかったのだ。旅行が近づくとそわそわワクワクの1年、2年。今なら「告白タイム」になるのか。意中の人に思い切って告白。「どうか一緒にバス旅行に行ってください」 1年の時に行ってくれたSYさん。2年の時は意中の人に断られ、1つ下のBRさんに頼み込んで行ってもらったのだ。明るく健康的なRちゃんが振り付きで歌った「ひとりじゃないの」は大うけ。あれから36年。 夭逝していれば天地真理は伝説になっただろうに、なぜ醜態をさらす天地真理……。小野小町の九相図ではないが、諸行無常を体現しているといえば、あまりにも言い過ぎだろうなぁ。失礼。 ユーチューブは思わぬ発見もある。小川ミキといっても誰も知らないだろうけど、73年ごろ、小鹿ミキと、小川ミキと児島みゆき、似たような名前の女性タレントが同時期に活躍していた。小川ミキは歌手。すっかり忘れていたが、当時の歌をユーチューブで発見して聴いたら即座に思い出す。埋もれたヒット曲ってたくさんあるだろうに、テレビ局の場合、出演してくれる歌手しか「懐メロ」として露出しないから、結局、あまたある「ヒット曲」は忘れられてしまう。テレビ局の懐メロ番組などは、最大公約数のようなもので、忘れられない歌はもっともっと、青春の数だけあるのだ。 4月12日(土)晴れ 1430、シアター・トップスで双数姉妹「やや無情」。双数を見るのはずいぶん久しぶり。刈部園子が看板を張ってたときだから、もう何年前か。 今回の作品は03年の再演。刑務所を舞台に、演劇プログラムによって受刑者の更正を図ろうとする劇団演出家の試みと挫折を描いたもの。 前の人の頭で舞台がほとんど見えず。左右をのぞき込んでいるうちに疲労感からか睡魔に襲われ時々意識遠のく。残念。 タワーレコードで時間つぶし。インディーズコーナーでJ・A・シーザーの5枚組アルバムの発売記念ディスプレイが堂々と。1万500円と値が張るが、これは買い。ケイタイ写メールでシーザーに売り場のPOPを送信。 1830、紀伊國屋ホールで青年劇場「呉将軍の足の爪」。韓国の劇作家、朴祚烈の作品を、今年84歳になる瓜生正美が演出。 呉将軍は、「将軍」とはほど遠い、臆病でユーモラスなふつうの農民。恋人のコップンやおっ母や、いっしょにじゃがいも畑を耕す牛のモクセたちと、平和に楽しく暮しておりました。 ところがそんな呉将軍に、ある日突然、召集令状が!―しかもこの召集令状、ちょっと妙なところがあって、後々波乱を巻き起こすことになります。 さて、こわいこわい軍隊の中で兵隊として生活することになってしまった呉将軍―果たして彼はどうなってしまうのか…?(劇団HPより) 恥ずかしながら新劇の老舗劇団である青年劇場を見るのは初めて。何事も食わず嫌いは損。もっと早くから見ておけばよかった。瓜生さんの演出は実に若々しくエネルギッシュ。しかも叙情的。 全編に主人公の呉将軍が身にまとう牧歌的な叙情が漂うも、徴兵されて戦地に行き、訓練を受けるシーン、軍の姦計で敵の捕虜になり悲劇的な最期を遂げるシーンなどは、軍隊経験のある瓜生氏らしく、きちんと軍隊の持つ非情さを表現している。俳優の演技も開放と抑制がバランスよく、見事。素晴らしい風刺劇。2030ぴったり2時間。 2130帰宅。 4月11日(金)雨のち晴れ 1530、junkie sistaのY橋さやかさん来社。6月公演の情宣。初対面だが明るく気さくなY橋さん。蘭香レア、飯島早苗、シルビア・グラブ……つながり。 1700、Sシネマで「バンデージポイント」。新宿で見損なったのでリターンマッチ。 しかし、この映画とは相性が悪いらしい。1700上映回はたった一人の貸切り状態。ところが、映画本編が始まって時間が経過するにつれて、「なんだか変」。ダイアン・レインが出ていたっけ? それになかなか大統領暗殺の場面にならない。8人の視点で大統領暗殺事件を描いた映画じゃなかったっけ? 画面は、ダイアン・レインが扮するサイバー犯罪の取締官が不可解な事件に翻弄されていく。これがバンデージポイント? もしかして上映館を間違えた? ???がいくつも頭をよぎるも、映画の面白さに引き込まれ、時間は20分、30分経過。……と、いつの間にか映画館のスタッフが横に。「あのー、すみません。別な映画を上映しちゃいました」。「……」。「10分後にバンデージ・ポイントを上映しますのでよろしいでしょうか」 なんだ、やっぱり違う映画を見ていたんだ。「今の映画は?」「明日から上映するブラックサイトという映画なんです」 なんと、一日早く封切り映画を見てしまったのか。まるで、翌日のニュースが載る恐怖新聞を配達されたようなもの? ラッキーなのかアンラッキーなのか。ま、本編を30分も見ては続きが気になってしょうがない。早めに「ブラックサイト」も見なきゃ。……これって映画館の陰謀? 1930、予定より帰りがずれ込み、駅に向かうと電車が遅延。この頃、電車事故が多すぎる。 「バンデージポイント」は大統領暗殺事件を、その数分前から時間を巻き戻し、8人の登場人物それぞれの視点で再現。錯綜する人間関係を手際よく見せる。狙撃の後の展開は、その8つの視点が再び絡み合う。脚本と編集が見事。 2000帰宅。 4月10日(木)雨 朝、少しだけ寝坊。目覚ましをいつの間に止めたのか気づかず。よほど疲れていたようだ。0700出社。 1700帰宅。 豚児が「自転車のチェーンが外れたから直して」と。雨の中、マンションの通路に引き入れて修理。工具箱を持っていったのに、ものの5分もかからす終了。 子供の頃、離れの小屋には農機具や大工道具、針金、いろんな工具が置いてあって、それは子供のとってオモチャ箱のようなものだった。カンナもノミもノコギリもナタも槌も、どれもが子供にとっての遊びの道具。ノコの引き方、斧で薪割りするときの薪の節の見方、カンナのかけかた、みんな父や叔父、祖父から教わった。板切れがあればそれを削ったり、切ったり……自分の手で何でもできた子供の遊び。今のコンピューターゲームが貧しいのは、ブラックボックスだからだろう。 4月9日(水)晴れ 1830、目黒。ソニーPCL試写室で音楽座ミュージカル「メトロに乗って」の劇シネマ版試写会。道に迷って10分遅れ。「メトロ」の懇親会の時もそうだった。相性が悪い? 制作の石川さんには方向音痴と思われたかも。 その劇シネ。デジタル映像の鮮明さにびっくり。舞台はフローだから、セリフを聞きそびれたりすると大事な伏線を見誤ってしまうこともある。しかし、映像は監督の視点であり、クローズアップもある。舞台では気づかなかったさまざまな伏線もよくわかる。俳優の表情の微妙な変化も。ただの舞台中継ではなく、クレーン撮影もあり、ダンスシーンの迫力も素晴らしい。生の舞台に負けず劣らずその熱気を伝えている。これは意外。映像はしょせん映像、生の舞台の迫力にはかなわないだろうと思っていたのだが、考えを改めなくては。 ただ、俳優のメイクの不自然さや小道具の貧相さも如実に映す。その点は映像用に改善する必要もある。 休憩15分。2130まで。 4月8日(火)風雨強し 川内康範氏死去。マスコミは晩年の「おふくろさん騒動」に訃報のスペースを大きく割いていたが、取るに足らぬこと。右翼・変人・はったり屋……毀誉褒貶さまざまだが、川内康範は1950年代生まれの世代にとっては月光仮面、七色仮面、アラーの使者をはじめとする「スーパーヒーロー」の生みの親。そのヒーローたちの底流にあるのは「戦後民主主義」だ。「憎むな・殺すな・赦しましょう」ーーこの「正義の味方」の三大憲章を作ったのは川内康範氏にほかならない。味方が敵の手に落ちて命が危機にさらされると、正義の味方は手にした武器を捨てて降参する。戦いに勝つことよりも仲間の命の方が大事なのだ。思想的には右翼的だったとされるが、不戦を誓った憲法9条は護持すべきだと主張していた。「正義の憲章」の発案者としては当然のことだろう。 「憎むな・殺すな・赦しましょう」。憎しみと殺し合いと不寛容が世界を蓋う現代。川内康範の作った正義の三大憲章こそが今必要とされる明日への希望なのだ。……合掌。 追記。川内康範氏は躰道の理解者でもあった。創立初期の協力者であり、自ら演武を行ったこともあるという。「躰道の理念」を高く評価していたとのこと。さもありなん。 1830、六本木。俳優座5F稽古場で「颶風のあと」(作・演出=福田善之)。 時は明治10年。西南戦争の年。明治維新で「賊軍」として戦った男「彼」は、その後、明治新政府になじめず、「死に損なった」という虚無感を抱いたまま生きている。西南戦争にも参戦せず、ただその日を生きるだけ。だが、ある日、何者かに襲われ、近くの荒れ果てた屋敷に逃げ込み、男装の麗人に匿われる。年老いた下男夫婦、小間使いの少女、春を売る女たち、物言えぬ下男、時々顔を出す巡査……。屋敷に住む人たちにはそれぞれいわくがありそう。しかも、時折、彼を監視する視線を感じるのだった。やがて、不在の主人が西南戦争から帰ってきた時、すべてのナゾは明らかになる。 冒頭のシーンで流れる数え歌「いちかけにかけでさんかけて しかけでごかけで 橋をかけ ……橋のたもとに腰掛けてはるか向こうを眺むれば……」は、西郷隆盛を歌った唄。子供の頃に自分も歌っていたのだから、この数え歌は全国各地に伝わり、さまざまなバリエーションを生んだのだろう。 主人公と対極にあるのは、元剣道場の仲間で、新政府に取り入り、出世の道を歩もうとする元士族。福田善之のまなざしはこの2人の若者を通して颶風(突風・暴風)の時代に生き、斃れた人々への鎮魂の唄を奏でる。 「臆病ではあるが、卑怯者ではありたくない」と言う主人公は、官になびき、友を裏切る男に向かって「オレはあてにならないものを、たよりにならないことを、それこそを、ことの基に、ものの礎にする」と叫ぶ。 このセリフこそ福田善之の「志」にほかならない。風車に向かって突き進むドン・キホーテのように、理想に生きる男の心意気。 カーテンコールで出演者が全員で歌う。 「颶風の時代に生きた名もない若者たちのために一本の空を指す柱を立てよう その周りでささやかな物語を語ろう 人の上に人はいない 人の下にも人はいない」 ところで、主人公が危機の時に現われ、加勢する剣士姿の父親の幽霊は、山田風太郎の「幻燈辻馬車」に拠っているのは間違いない。過去に福田善之は「幻燈辻馬車」を脚色しているのだから。 休憩15分をはさんで2時間30分。休憩時間に物販で加藤剛のエッセイ「こんな美しい夜明け」(岩波現代文庫)1000円を購入。ちょうど客席に加藤氏の姿。男の年齢は背中に現われる。「三匹の侍」の「大岡越前」の颯爽とした加藤剛も年をとった。今日の舞台には愛息の頼三四郎が出演。客席の父親のまなざしにどう映ったか。 帰りの電車でさっそく読み始める。一読してその筆致のあたたかさ、清冽さに心を打たれる。これをこそエッセイと呼ぶ。昨今の誰もがエッセイスト気取りの恥ずかしさよ。ブログ、雑文、日記代わりの書きなぐりと「随筆」はまったく違う。加藤剛のみずみずしいエッセイに目を洗われる思い。誠実な人柄がよく現われている。 今の世の中にこんなに真面目で誠実で凛とした姿勢を保っている俳優がいるとは。もの皆低きに流れ、亡者の群れ。汚濁に満ちた世界で久しぶりに人間らしい人間に会ったような思いがする。 4月7日(月)晴れ時々雨 イヤな夢を見ていた。イベンターの康芳夫さんと一緒に、お墓で行われるどこかの右翼団体の秘密の儀式に立ち会うのだが、途中から主宰者に締め出しを食らう。それも慇懃な扱い。「玉乃湯の右並びにある花屋で一年枯れることのない青い花を取ってきてほしい」と右翼の親玉。玉乃湯は阿佐ヶ谷、早稲田通りにある銭湯。仕方なく阿佐ヶ谷の五叉路から早稲田通りへ。しかし、銭湯の並びにある花屋などどこにもない。「青い花」を求めて東京をさまよっている。疲れる夢。こんなことは夢だったら……と念じた瞬間目が覚めた。昨日初めて会ったライトウイングな人とのことがわだかまっていたのか。 目が覚めてもなんだか頭痛がして熱っぽい。風邪か。ふたくちつよしさんのFMシアターを聞きながら再び布団の中。気がつくと1100。 イブA錠を飲んでお昼から部屋の掃除、整理。たまった本、ダンボールの中のビデオ。冬物の一部をしまい、夏のTシャツを出す。夕方までかかりきり。芝居のチラシ、不要な本はレンタル倉庫へ。しかし、自分になにかあったら、これらの「モノ」はどうなってしまうのか。貴重な本もラジオドラマの音源もたぶんそのまま捨てられるのだろう。人間は日々空しいことをしているのか。 4月6日(日)快晴 夏のような暑さ。0900〜1200、躰道稽古。終了後、その足で国際展示場へ。電車で1時間。 東館で行われているホビーコンプレックスにミラーマンの京太郎フィギュアが出品され、石田延行さんのサイン会があるとのこと。電話をいただいたので、激励がてら、ちょっと話を……。 到着が1400.すでにサイン会は終了。会場をざっと見ると、精巧なフィギュアの数々。オタクならずとも、日本のアニメ系フィギュアの精密さには仰天してしまう。 関係者5、6人と一緒に近くのラウンジにいる石田さんと合流。先日の話を。相当疲労困憊している様子。 1600帰宅。夕飯の買い物、洗濯。朝から休む間もなく動いているので疲れが激しい。洗濯の合間にジーンズメイトでリーバイス502を。1万500円。 夕食後、ビデオ、カセットのデジタル化作業。なんだか休日のような気がしない。 中学のときの国語の先生の娘さんで、高校の後輩のMさんのブログに「最近の下北半島の地図がやけに白っぽい」と書いてあった。地図には市町村の名称が記入されるわけだが、町村合併でいくつかの町村が消えたため、下北半島は「むつ」「大間」「風間浦」「佐井」の地名しか地図上に記載されていないのだという。 市町村合併の結果が目に見える形で現われたのがこれだとは。「川内」も「東通」もない。町村合併で町名が消えるというのはこういうことなのだ。のっぺりした地図が示す「消された町と人々」。こうなることを知っていたとは思えない。 4月5日(土)晴れ 高校時代にタイムスリップした夢を見ていた。どんな方法で時間を遡ったのか、夢の中では納得できる方法だったのだが、目が覚めてみれば忘却の彼方。それにしても甘美な夢だった。 今の年齢のまま高校生になっている。生徒会の副会長に選ばれ、会長はEさん。今、高校同窓会の幹事として活動している1つ年上の女性。高校時代も彼女は生徒会活動を活発に行っていたので、たぶんそれが夢に反映したのだろう。Eさんに向かってわざと「制服、クリーニングに出したみたいにノリがきいてますね」などと言ってみる。この何十年か先にEさんはクリーニング店のおかみさんになってバリバリ働くのだ。自分だけが知っている、周りの仲間たちの「その後」。高校時代に戻って一番会いたい人、Tさんと再会できる。どんなふうに再会するんだろう。高鳴る胸。ふと、もし、このまま元の時代に還れなかったらどうしよう、と不安になる。が、すぐに、「このまままた27年間(本当は30数年)をやり直すのも面白いかもしれない」と嬉しくなる。 いよいよ彼女が現われる頃……と思ったとたん「お部屋が乾燥し過ぎています」という女性の人工の声。この前買った加湿器の音声ナビゲーター。湿度が下がると夜昼かまわず警告を発するのだ。おかげで一瞬のうちに甘美な夢から還ってきてしまった。ああ、せっかく楽しい夢を見ていたのに……。目が覚めてからしばらく記憶を反芻。 0620出社。 1300、池袋あうるすぽっとでXーQUEST「狼少女ダルマ 日出処天女」。前作「前橋高校演劇部」と打って変わったSFアクション活劇。「ゴスロリ党」「アイドル党」「」党派が乱立する架空の「ギガニッポン」を舞台にした「選挙演劇」。 王統が絶えた為、民主国家として、選挙で国王を選ぼうとの気運が高まり、一人の少女がウソを武器に女王に成り上がって行く。しかし、彼女こそ、かつて王位を継承できず闇に葬られた王女だった。まるでどこかの国の「王位継承問題」をベースにしたようなお話。殺陣集団「剱伎衆かむゐ」のアクションをフィーチャーして劇団☆新感線ばりの活劇。ちょっと大味でアテが外れたがまあこれはこれでよしとしよう。 いったん帰社し、すぐに新宿へ。バルト9で「バンテージポイント」を見ようと思ったが、開映5分前に到着も、前売り券を座席券に引き替えなければならず。行列の後尾につくも、すでに開映時間をオーバー。途中から見るのは業腹なので、引き上げる。最近のシネマコンプレックスでの鑑賞は手続きが面倒。 時間が大幅にあいたので時間つぶしに苦労。本屋もCD屋も見る気なし。思い立って地下鉄で南阿佐谷へ。和食屋で夕食。パールセンターを散策。で、再び新宿へ。スペース雑遊で椿組「黄金の山」。中島新(FINE BERRY )の作・演出。 黄金を掘り当てるため採鉱し続けるある一家。しかし、その宝探しのウラにはある秘密が……。中島新は今売れっ子らしいが、ひねりのないストレートな展開にびっくり。ま、誰もが思いつく物語展開なわけで、それはないだろう……と。外波山文明がワンポイントではなく、久しぶりにメインキャストを。 1時間30分。2030終演。速攻で帰宅。 4月4日(金)晴れ 0620出勤が常態化してしまった。それもこれも合理化、労働強化なわけで……。 「自主規制」というが、言論妨害事件といったほうがいい。上映館の社長、支配人に靖国参拝のための上京を強制し、彼らがそれを呑んでも「断固として上映には抗議行動をする」というムチャクチャな右翼の論理。それを静観するマスコミ。今回の事態を放置したなら、右翼の言論封殺はエスカレートするだろう。「祝日に日の丸を掲げない家は放火される」という時代も絵空事ではなくなる。テレビ、新聞の不気味なまでの沈黙が何を意味するか。全焼する前にファシズムの火種は消さなければ。 ジミン党のおエライさんたちが「テロ」との戦い、を口にするなら、まず自分の国のこの言論テロと戦ってほしいものだ。 1700帰宅。帰り道、後ろから肩をつつかれたので振り返ると娘。「早番だったから」。社会人1年生の娘と肩を並べて家路につくというささやかな幸せ。 昨日の産経新聞のコラムの件でT取さんにメールしたら、即座に呉智英に電話、誤解を解いたとのこと。呉氏も納得とか。やはりT取さんは一番の友人だ。 4月3日(木)晴れ 流山児さんのブログで産経新聞に掲載された「寺山修司盗作疑惑」を知る。なんのことかと思ってネットで検索したらなんのことはない。評論家の呉智英がコラムで100周遅れの「寺山修司の短歌・俳句模倣騒動」を取り上げて「こんなことを放置していいのか」とこぶしを振り上げているのだった。その論拠が田澤拓也と長尾三郎の著書。 何をいまさら寝言言ってるのか呉智英。100周どころか1万年遅れてる。鬼の首を取ったように「疑惑の検証が必要だ」などといきまいているが、田中未知さんの「寺山修司と生きて」や高取英さんの「寺山修司 過激なる疾走」(友人の本を読んでないのか、呉智英)を読んで出直したほうがいい。「バカにつける薬」とは確か呉智英の著書だが、そのままそっくりお返ししたい。呉智英につける薬はない。 このところ、日記を書く気力がなかったが、思わず反応してしまった。ウーム。 1620、K記念病院で鍼。来月から値上げとのこと。1回5000円は痛い。 1800帰宅。 94年放送のNHK「黒鳥館日記 中井英夫の生と死」を見る。 4月2日(水)晴れ 1700帰宅。電車を降りた途端、後ろから娘に声をかけられてびっくり。同じ電車だった。一緒に買い物をつきあってもらって帰宅。 今夜は95年のNHKドラマ「家族旅行」。クラシック担当から外され、傷心の旅行に出るレコード会社のOL(秋野暢子)。ひょんなことから夫(益岡徹)と息子も同道することに。事態はくるくる変わり、福島、秋田、青森へ。中学生のときに駆け落ちし、以来音信不通の母親との再会までを描くロードムービー。秋田の温泉は「鶴の湯」。この頃はまだそんなに有名じゃなかったのかな。 4月1日(火)晴れ 夕方、I田さんから電話。6日のイベントの件。 1800帰宅。 夕食後、12年前のドラマ「最後の同窓会」を見る。 大原麗子、柄本明、長塚京三、根津甚八、木の実ナナ、柴俊夫、森本レオ、大滝秀治、小林稔侍らが出演。中学校の廃校が決まり、30年ぶりに同窓会に集った団塊世代の人間模様。出欠の返事を出さなかった仲間を訪ね回る幹事が柄本明。 娘の反対で再婚を決めかねているかつてのマドンナ・大原麗子、学生運動の活動家で今はスーパーの店長=長塚京三、代議士秘書=柴俊夫、企業戦士として脇目もふらずに生きてきたが、会社に裏切られ、がんに冒されたサラリーマン=小林稔侍、ヤクザの組長=根津甚八。それぞれの「現在と過去」が同窓会を通して浮き彫りになる。12年ぶりに見ると、受ける感銘がまったく違うことに驚く。その時の自分の年齢で、ドラマの受け取り方がこんなに違うものとは。 |