| 6月30日(月)晴れ 24日付「壊れる前に……」によれば、「フランスのパリ市では、過去1世紀にわたって水道が民間企業によって運営されてきたが、その契約が2009年末をもって終了し、延長されないことが決まったと伝えている。つまり、水の再公共事業化、脱民営化が行なわれたわけだ」という。 続けて、 「記事によれば、水道の再公共事業化は世界全体の潮流であるようだ。マリ、ウルグアイでは国営に戻された他、アルゼンチンのブエノスアイレス市、ボリビアのコチャバンバ市、そして40以上のフランスの都市が脱民営化を果たした。 多国籍企業を中心としたグローバリゼーションに対抗してきた私たちは、どうやら新自由主義との闘いに勝ちつつあるらしい。あと10年もしたら、郵便の再国営化によって私たちは小泉破壊からの復興の道を歩み始めているかもしれない」 (以上「壊れる前に……」) 暗いニュースはもういい、明るいニュースを新聞で読みたい、という人たちの気持ちもわかるような気がする。 朝から歯痛。痛み止めを飲んでも治らず。 6月29日(日)雨 西日本から大雨北上中。修学旅行で京都に滞在中の豚児を直撃。雨の京都も悪くはないが……。 1カ月ぶりに躰道稽古へ。 右足首の筋は完全に治ったわけではないが、稽古しないと不安になるため。 きょうは城西地区の大会でほとんどの指導者が審判・スタッフで参加。子供と壮年だけの変則稽古に。 I内先生は子供たちに理論を。H崎先生は、Nさんと私に「地制の法形」を初教授。最近、ユーチューブからダウンロードした動画で、この「地制の法形」をよく見ていたので、イメージはつかめていたが、やるとなると難しい。が、楽しいことこの上ない。 正午まで。 H崎先生のクルマに乗り込もうとすると、声をかけられたので振り向くと、わが娘。迎えに来るという約束をしていたのだった。乗り換え駅で下車し、昼食。二人だけで外で食事なんて久しぶり。なんとなく面映い。 帰りにダイエーで足首のサポーターを。階段を下りるときに痛みが。治りにくい場所だけに、ムリはしないほうがよかったか。 1500帰宅。仮眠しようと思ったが、眠れず、ウダウダと。 2000、池ノ上へ。PANTAさんと「四畳半革命」の上映に行く約束をしたので、池ノ上駅前の「シネマボカン」へ。喫茶店で待とうかと思ったが、駅前には何もない。下北沢の隣りなのに、この落差。時間つぶしに下北に移動。そうこうするうちに時間がきて、再び池ノ上。踏み切りそばの小さなスペース。ふだんは飲み屋さん。レトロなポスターが壁一面に張り出され、これまたレトロなフィギュア、グッズもあちこちに。 PANTAさん、昨日はキネマ倶楽部でボブ・ディランサミット。漫画家・浦沢直樹がCDリリース、ミュージシャンデビューとうのが話題。あがた森魚、小室等、中山ラビなどが出演。「東京ボブ・ディランというイミテーション・シンガーが本当にソックリで……」とPANTAさん。そのライブと風邪のせいか、お疲れ気味。待ち合わせのレーニンさんは遅れて登場。 学生運動、内ゲバ、少女「聖」娼婦、船乗り、夢、白夜、死……と、70年代キーワードを散りばめたような映画。新宿ゴールデン街を思わせる吹き溜まりのシェルターに迷い込んだ一匹狼のテロリストを匿う娼婦……。 スクリーンから漏れてくるのは懐かしい日活ロマンポルノと自主映画の匂い。少し智恵の遅れた少女娼婦と無軌道な若者の「純愛」を描いた田中登監督の「真夜中の妖精」という名作もあったっけ。主演の二人に、山科ゆりと風間杜夫の面影を……。 映画を作ったのは30代から40歳の世代。もちろん、学生運動は実体験ではなく二次情報。どうしても「連合赤軍」のイメージが強いのだろう。凄惨さが前面に。その違和感・固定観念は仕方ないか。戦後生まれが、特攻隊を描くときのステレオタイプとも似ていないもない。 一番の違和感は「優しさ」。「一人の女を幸せにできないで、世界は変えられるのか」という古典的な命題を疑わない優しさだろう。その昔なら、「家族帝国主義」と一刀両断にされたであろう命題を正面からテーマに据える、その優しさ。 構図、カット割り……技術的には昔の自主映画と比べて格段の進歩。しかし、この違和感は……。リアルな映画としてではなく、「ファンタジー」として見ればいいのだろうけど。 終映後、PANTAさんの知人のゴスロリ雑誌の編集者・上村さん、レーニンさんと飲み会。 世志男監督、主演の結木彩加、山田慶子らも同席。 スタッフロールに太田美乃里の名前があったので監督に言うと「そこに来てますよ」と。ストレイドック、ピンクアメーバの女優として旧知の女優さん。助監督を務めていたとは。で、太田さん、レーニンでひとしきり「四畳半」話を。ピンクアメーバは永元絵里子の病気以来活動休止。永元さんは引き続きアンパンマンの脚本を。世志男監督は男優でもあり、ピンクアメーバにも出ていたとのこと。ということは何本か出演舞台を見ているはず。世の中は狭い。 2345、気がつくと終電はとっくの昔に終了。PANTAさんの厚意で家まで送っていただくことに。風邪で体調が悪いのにわざわざ遠回りしてくれたPANTAさん。申し訳ない。25時帰着。感謝。 6月28日(土)雨 1500、笹塚ファクトリーで万有引力「引力の法則」。 「奴婢訓」に引き継がれる76年のワークショップをモチーフにしたもので、「人間犬」のシーンなど、ゾクゾクする嗜・加虐性と緊張感、耽美性に満ちている。01年の杜のホールこけら落とし公演をバージョンアップ、役者の技量にも進化が見られる。 井内不在を埋めるのが吉野俊則。村田弘実とのテープレコーダーの「声」での絡みが秀逸。伊野尾理枝、小林桂太、木下瑞穂らベテラン組の安定感、今回は後衛に徹した小林拓も変わらず好調。大島睦子の聖少女ぶり、11月8日生まれ森陽子の立ち姿の美しさ。金川和彦も急成長、高橋優太の客いじりも堂に入ったもの。名前はわからないが、男優で一人、実にシャープな動きをする役者。万有俳優陣の目を見張る充実。最後の「夜空に浮かぶ東京の星座」の美しさよ。 開演前に寺山学会・清水教授と立話。この公演のためにとんぼ返りの1日上京。神田の古本屋で寺山関係の古書を買いこんで来たとのこと。「寺山の古書は高くて……」。原田芳雄のLPも買ったそうで「帰ったらレコードプレーヤーを買わなきゃ」と。早大に通う美人の娘さんが子供の頃にプレーヤーを壊して、それ以来とか。 亜湖夫妻とも久しぶり。 終演後、ダメ出し、すぐにソワレの時間になるので遠慮して早々に引き上げ。 1800、三鷹。 雨模様が気になるので駅前のコンビニで折り畳み傘750円。しかし、結局不要に。空模様は当てにならない。 1900、三鷹市芸術文化センター星のホールで東京タンバリン「華燭」(高井浩子作・演出)。太宰治の作品をモチーフにしたオリジナル。 戦後の東京を舞台に、4人の若い芸術家の交流と「破綻」を描いたもの。中心は今井朋彦演じる作家・佐竹。彼の紹介で売れない画家から、次第に頭角を現す青森出身の画家・堀田(佐藤誠)。無頼派を気取りながら、売れないことで自分の才能に自信がもてない小説家・大庭(瓜生和成)、有名な画家の息子。父親に反発し、作家を目指すが、父からせびり取った同人誌発刊の資金は呑み代に……。 この4人の人物の心理と「破綻」が、濃密なセリフ劇としてタンバリン流に淡々と描かれていく。人間心理の内奥にある悪意と不条理。能舞台を模したセットと、すり足での登場など、実験的な試みも。 2時間15分。 終演後、ロビーで瓜生氏と談笑中の重田千穂子さんに挨拶。 永井さんに島野温枝を紹介してもらい、立話。同郷という気安さから話は弾み、彼女の母親が同じ町内出身ということも判明。あとで確かめたら、母親は中学の同級生の妹。世間は狭い、というか田舎は狭い……か。 9月の祭りに帰省するとのこと。これからも役者として頑張ってほしいものだ。 2300帰宅。 6月27日(金)快晴 1300、TBSへ。17階会議室で音楽座ミュージカル「七つの人形の恋物語」記者発表。15分遅れで入ると、I川さんの会見中。ほかにキャプテン・コック役の広田勇二、ムーシュ役の宮崎祥子。宮崎の「天然」コメントに会場爆笑。性格のいい女優さんのよう。 TBS前には「花より男子」映画版公開パブリシティーで、F4と牧野つくしの等身大パネル。娘用にパチリ。赤坂、一ツ木通り。もうここで偶然、林美雄さんに会うこともないのだ……。 1830、下北沢。千草でサバ焼き定食。ヴィレッジヴァンガードで近藤ようこの新刊「鬼にもらった女」。1050円。中世に材をとった短編集。その語り口の心地よさ。 1900、本多劇場で加藤健一事務所「レンド・ミー・ア・テナー」(ケン・ラドウィッグ作、久世龍之介演出)。 世界的なテナー歌手による舞台「オテロ」が幕を開けようとしている劇場。しかし、ホテルではとんでもないハプニングで主役が「急死」。こっそり代役に指名されたのは劇場支配人のアシスタントのマックス。ソックリなメイクのため、だれにも気づかれないまま舞台を終えたものの、ホンモノと疑わない2人の美女が彼に熱烈なラブコール。そうこうしているうち、ホンモノが「生き返り」……。メイクで見分けがつかなくなった2人の「オテロ」をめぐるドタバタコメディー。 12年ぶりの再演というが、ついこの前見たような感覚。月日の経つのは早い。前回公演は爆笑に次ぐ爆笑……だった記憶があるが、今回は「そうでもない」。二幕後半のテンポのよさにクスリとはしたものの、爆笑とはいかず。なぜだろう。演出の違い? 女優の違い? 笑いを体現する女優には喜劇の素養が必要だが、日下由美ほか女優陣にシリアスは似合ってもコメディエンヌは似合わないのでは。名女優といえど、喜劇の身体性はないということか。やや品のない翻訳セリフも気になる。笑えないのは、どうもそのへんに理由がありそう。 2130終演。後ろの席にこまつ座の制作・瀬川さん。「加藤さんの芝居は毎回ほとんど見てます」と。次回公演「闇に咲く花」が控えている。 6月26日(木)晴れ メールに添付されてきた写真が容量オーバーで表示されず。午後、新しい携帯を購入。2、3年ぶりか。進化する携帯、いくら通話とメールだけで十分といっても、さすがに充電はもたないし、写真サイズは50Kバイトが限度。新しい機種だと500Kバイトでも受信できるのだから、隔世の感。ポイントを使って4000円で機種変更。 1830、池袋。東京芸術劇場中ホールでG2プロデュース「A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM」〜THEじゃなくてAなのが素敵〜」 大阪弁で上演するシェイクスピアの「夏の夜の夢」。翻訳がこなれていて、実に分かりやすい。音楽の使い方もなかなか。衣装は60年代サイケ風。 山内圭哉、竹下宏太郎、神田沙也加、樹里咲穂、菜月チョビ、藤田記子、小松利昌、 出口結美子 、権藤昌弘、新谷真弓、植本潤、コング桑田、陰山泰。客席にリリパのわかぎゑふ、加納幸和ら。 2045。終演後、クオーレの鈴木さんと立話。 2200帰宅。Mさんから、Gの容態急変のメール。心落ち着かず。不思議なものでメールは来るときは重なるもの。Eさん、KMさんから近況のメール。KMさんはつい最近父を亡くしたとのこと。 6月25日(水)晴れ 朝、2人の女性の葬式の夢。誰だったのか。 1600〜1830、御徒町。心のマッサージでリフレッシュ。 6月24日(火)晴れ 1900、代々木八幡。青年座劇場で次世代を担う演劇人育成公演「3ON3 喫茶店で起こる3つの物語」。 オムニバスの1本目は「コーヒーと紅茶、そこに入れるべきミルクと砂糖について」(作=泊篤志=飛ぶ劇場、演出=千田恵子) 喫茶店のマスターと、家を出ていったまま音信不通だった娘の再会を軸に、喫茶店に集う人たちのハートウオームな人間模様。こじんまりとまとまったホン。 第2作「リバウンドチャンス」(作=飯島早苗、演出=須藤黄英)は、婚期を逃した30女の片思いの顛末を描いたもの。冗長すぎ収拾つかず。 トリは「鰻屋全焼水道管破裂」(作=倉持裕=ペンギンプルペイルパイルズ、演出=磯村純)。 喫茶店の水道管工事にやってきた作業員、お客、ウエイトレスらが、入り乱れるスラプスティック劇。1人2役で、喫茶店の内と外を出たり入ったり。パズルのような構成。唯1人、夫と向き合い、出ずっぱりの中年女性(泉晶子)が最後に問いかけるセリフの面白さだけに書かれた芝居か。メル・ブルックスのサイレントムービーのような。 3本で1時間45分。ロビーで村井さんと立話。 帰り、地下鉄ホームで鎌滝さんと。「広島桂が見に来てましたよ」と。今日は津嘉山正種も客席に。劇団総見の日か。 6月23日(月)晴れ 0700起床。0800〜0830、中学の挨拶運動の当番。お母さんたちに混じって、校門前で子供たちに声かけ。 午後、買い物。ナイキの新しいスニーカー。ついでに、会社用に半スニーカー。 1700、歯医者へ半年に1回の定期的衛生クリニック。1回8000円と高くなったのが痛い。 6月22日(日)雨 0700起床。0800、職人のH山さんが来て、ベランダのすのこを敷き直し。すのこといっても、輸入材を使った特注品。重量も数トンはあるシロモノで、一人で敷き直すのはムリ。で、H山さんに頼んだわけだが、作業自体は1時間ほどで終了。これで、マンション工事に伴う、リセットは明日の空調再設置で終了する。1月から長かった。洗濯物も干せない半年間。電気代のかかること……。 というわけで、とうとう今日も稽古に行かれず。もう1カ月以上も躰道稽古を休んでいる。これでは昇段試験も遠い。 神戸みゆき急死の報に驚く。 ちょうど彼女が主演の時期の美少女戦士セーラームーンはほとんど見ている。最後に舞台で見たのはTEAM 発砲・B・ZIN の「マジヨ」にゲスト出演したとき。実に魅力的な女優さんだった。これからだというのに、残念。 6月21日(土)晴れのち雨 0445起床。睡眠不足のまま会社へ。いつにもまして忙しい一日。1530まで仕事、仕事。 1700、パルコ劇場でニール・サイモンの「サンシャインボーイズ」。以前、熊倉一雄版は見ているが、あまりほかで上演したことはないのでは。 今回は江守徹と西岡徳馬の主演。老コメディアン役というにはまだ若いのでは、と思ったが、さすがは役者。とくに西岡は完璧に老人の発声。これには驚いた。あの西岡徳馬が声から風体、顔まで完全に老人に成りきっているのだ。江守徹とは文学座の後輩の関係で、年も2つしか違わないが、完全に江守を食っている。劇中劇の看護婦役の山崎ちか、訪問看護士・高谷あゆみもいい。甥の笠原浩夫、抜群の演技力。休憩時間にプロデューサーの鈴木Nさんと立話。10月には篠井英介のサド公爵夫人が待っているとのこと。 1930終演。雨の渋谷。家路に。 後ろの席に陣取っていたおばさん4人組。開演中にしゃべるは、ガサゴソ何かを取り出すはのやり放題。見ると、昔女優やってました風のハデなナリ。江守徹が出てくると「徹さん」と掛け声。休憩時間には空いてる前の席に移動。会場係員に注意されると「失礼しちゃうわね。いいじゃない、空いてるんだから」とブツブツ文句。どんな人たち? 6月20日(金)晴れ時々雨 新橋ヤクルトホールでI木寛之氏の論楽会。1830。会場はファンを中心に500人余の入り。ほぼ満席。 いつもの論楽会は講演・ゲストの演奏の構成だが、今回は第一部はライブ深夜便と題して、机を挟んでI木寛之、S磨さんが向かい合い、NHKの深夜ラジオの収録風景を模した構成。 思い出を語るのは決して後ろ向きではない。過去を語ることで未来が見えてくる……という趣旨で、I木寛之が60年代に作詞した歌などを深夜放送風にかけていく。 フォーククルセダーズの「青年は荒野をめざす」、藤野ひろ子「鳩のいない村」。藤野ひろ子は今も歌手として活躍しているという。歌い出しの「鳩のいない小さな村 ひとりぼっちのさびしい村 誰もいない小さな村♪」はよくおぼえているが、歌全体はすっかり忘れていた。中学時代に流行った歌だったが。ベトナム戦争を念頭に置いた厭戦歌。今も歌い継がれているそうで、今の人たちが聴くと、イラク戦争であり、湾岸戦争の歌なのだろう。どこかの市民団体が合唱曲として取り上げたテープを流す。 そして「7年前の古本屋」が流れると、その音とクロスして、一人の歌手が登場。歌詞を少し変えた「思い出の町」を歌うのは若手の松原健之。初めて聞く名前だが、折り目正しい青年。詩人・松永伍一の「松」と、I木寛之の「之」をもらったのだとか。歌唱力は抜群。 続いて「インディアン・サマー」。30年前の曲をリバイバルするのはOtology(坂井邦先)。ギター奏者と2人で登場。今風の「インディアン・サマー」。そしてミルバの「二丁目の天使」。最後は「青春の門」のテーマ。 休憩15分を挟んで第二部はフォルクローレの名手、ソンコ・マージュのミニライブ。I木寛之がソンコ・マージュのギターの伴奏で、自作の詩「ユパンキに捧ぐ」を朗読し、クロスしてソンコ・マージュがユパンキを歌う。 「出がけに思いついた」というマリー・ラフォレの歌うスペイン語のユパンキの歌。昔、マリー・ラフォレに会い、彼女へのオマージュを書いたことがあるというI木寛之が、曲の間に訳詩を朗読。これもリハの時に、突然決まったこと。 栃木訛りのソンコ・マージュが歌う津軽弁の高木恭造「まるめろ」の中の詩「陽コあだネ村」、これは聴きもの。 終演は2120。 6月19日(木)晴れ 1620、お茶の水、K記念病院で鍼。 1800、三鷹。星のホールで稽古中の東京タンバリンを見学。高井浩子の演出は細部に渡り的確。1945、引き上げ。家路に。 6月18日(水)晴れ 不思議なことに背中の痛み解消。長引くかと思いきや……。 1900、新宿。サザンシアターでこまつ座「父と暮らせば」。原爆投下から3年後の広島を舞台に、死んだ父と、生き残った娘の淡々とした日常生活から、戦争の無残が浮かび上がる。今回は辻萬長と栗田桃子。 1時間15分。 6月17日(火)晴れ 1615〜1830、御徒町。癒処でマッサージ。背中の筋の痛みに気を遣いながら。K嶋さんと地震の話など。 6月16日(月)晴れ 0800起床。マンション工事のオプションで、業者が来てドアの内側塗装。5000円。 ベランダの床材を敷き直そうと、断片を持ち上げ、体をひねったとたん、背中に痛み。長時間パソコンに向かい、体が硬直していたため、筋肉に負荷がかかったのだ。こんなときはムリをせず、安静が一番。ベッドで横になり、1530、近所の鍼灸院で鍼。寝違いでも1週間は治らないもの。これは困った。 6月15日(日)快晴 入間市の武道館で躰道埼玉大会。1000到着。今回は出場せず応援だけ。 到着すると、ちょうど壮年の予選試合。トーナメント表を見ると、去年よりもずっと人数が多い。残念。出たかった。パンフには名前が。欠場の連絡が間に合わなかったのか。「気をもみましたよ。まだ来ないのかって」とNさん。試合の対戦相手のSさんにも「残念ですな」と。 午後の決勝試合まで観戦するも、早めに退散。 1700帰宅。夕食は娘が給料で父の日プレゼント。華屋へ。そこから自転車で30分かけてS公園へ。2100からのテニスコートを予約。1990円。コート使用料も結構な値段。 帰宅し仮眠した後、豚児と夜の道を30分かけて突っ走り、S公園。夜間照明で煌々と照らされたテニスコートは中・高校生でいっぱい。1時間、豚児とテニス。幸せそうに見える親子も一皮めくれば、進路だの生活でストラグル。 6月14日(土)快晴 朝、緊急地震速報の後で大きな揺れ。地震速報が初めて役に立つ? 岩手・宮城方面でM7・0の大きな地震。初期報道では「たいしたことない」と見られるが、自然災害はこれから被害が拡大するものだ。宮城に実家がある知人にメール。「大丈夫でした」との返信。 青森も震度4の報。従姉にメールすると「大丈夫」とのことで、ほとんど揺れは感じなかったと。 1400、日比谷。野外小音楽堂で「9条改憲を許さない!6.14フェスタ」。「6・15」の60年安保世代と70年安保世代が、「9条改憲阻止」を一致点に、「小異を残して大同につく」ために連携した共同行動。正午に国会前での樺美智子献花追悼からスタート。 ![]() 1600からのデモ行進を規制するためか、日比谷公園周辺は警察車両と警官多数。60代、70代の「老人」のデモを規制するために20代、30代の屈強な機動隊が配置される。奇妙な光景。もっとも、デモ行進の際に右翼の街宣車が突っ込んでくるところを機動隊が排除したというから、「高齢者保護」でもあったわけで……。 幟がひらめく会場には約600人の参加者。最前列に村井秀美さん。昨日の集会と同じく、若者の姿は少なく、ほとんどが60代以降の老人。塩見孝也、三上治、小西誠ーー赤軍、ブント、反戦自衛官と多士済々。まさしく「小異を残して大同に」か。 「政治集会には30年ぶり」という三上寛のギター かき鳴らしながら歌う情念歌で会場の温度上昇。沖縄・辺野古の基地建設反対の最前線で闘う安次富浩氏の力強い継闘宣言に万雷の拍手。「イラク派兵は違憲」の画期的な判決を引き出した自衛隊イラク派兵差し止め訴訟弁護団事務局長・川口創弁護士はまだ35歳。若い世代が登場するとホッとするのは、無意識のうちに世代の継承を考えているからだろう。 PANTAは「さようなら世界夫人よ」、「万物流転」を。「世界は変わらないかもしれないが、それでも少しずつ変わっていく……」 会場の空気がほぐれていい感じ。 終わった後、出演者の控え所に行って三上寛さんと立話。I木先生の奥さんの病状を。初耳。 三上寛が「PANTAの声って人を不安にさせるものがあるよね」に大笑い。 PANTAさんに頼まれていた「アメリカ地獄巡り」を渡す。これが今回の目的。 PANTAさんに取材している女性、どこかで見たことが……と思ったら、なんと暮松栄さん。石田信之さんと一緒に亀田の試合を見に行ったのだった。あれは2年前か。久々の再会。28日から下北沢トリウッドで公開される「WE」のプロデューサーでもある。エネルギッシュな女性。 映画は「全学連」「全共闘」世代が「9条改憲阻止」を一致点に共同行動を起こした07年の日比谷野音集会を中心に据えたドキュメンタリー。60、70のジジババたちが、ハンスト、デモで30日間の連続行動。 「We 命燃え尽きるまで」ーー党派、小異を捨てて立ち上がった老年たち。これは見に行かなくては。 会場に配られた 「6・14フェスタの詩」(作=下山保)の詩。 「ジジババ賛歌」 ハゲに白髪のジジたちよ、しわ染みだらけのババたちよ 杖を突いたよぼよぼの、腰の曲がったよたよたの 寝たきり よいよい 垂れ流し 街角徘徊の仲間たち 60年安保の同志たち 全共闘の後輩たち いよいよ俺らの時が来た スカスカになった脳みそと 衰え隠せぬこのからだ 死んで残った遺骨をも 全てを使って闘おう 後期高齢者の新階層、フリーター・ワーキングプアの新階層 格差・格付けの新自由主義、 こういう社会はぶっ壊せ 「闘い賛歌」 「仲間たちよ、畑いじりはあんまりやるな、孫との遊びもいいかげんにしろ 夫は妻の面倒みるな、妻は夫の世話するな 時間を余らせ政治運動をやれ 体力に自信あるやつは全国を歩け、自信がなければ国会で座り込め 旧左翼は風前の灯、新左翼は自滅寸前 労働運動が消えかかり、学生運動などないに等しく 政治運動もスッカラカン そんなときだから政治運動をやれ 昔とった杵柄をとれ 最後っ屁をぶっ放せ 1900からスズナリで流山児★事務所「双葉のレッスン」を見る予定なので、シネマアートンで映画を観るというPANTAさんのクルマに便乗して下北沢へ。レーニン、ファンクラブ会員、カメラマンら。駐車場にクルマを置いて軽く食事。レーニン氏が「芝居を見たい」と言い出し、急遽、スズナリへ。5人で芝居を見ることに。 土曜の夜にしては客席満員。珍しい。伊藤裕作さん、三好くんらの並びの席。 一発の銃声とともに開幕。 演出・天野天街らしくない展開だと思ったら、ごまのはえ(ニットキャップシアター)の作品。なるほど異種交配。繰り返される、死者たちの記憶のロンド。繰り返すたびにズレが生じ……。このパターンは最近どこかで見たことが。さて、何だったか。 天野天街らしい演出は後半の映像とダンス。それまでが結構長い。芝居を見慣れない人には苦痛かなと、時折り別の席のレーニン氏らをちらほら。「つまらなかったら口に飴を放り込む……」というPANTAさんが途中で飴をなめ始めたのでドキッ(苦笑) 終わってみれば「今日、ステージで話した万物流転、繰り返されながら少しずつ変わっていくーーとリンクするような舞台で、面白かった」と。 ロビーで天野天街と立話。ちょうどアートンで彼の映画を上映しているのだと。 2100、アートンに行くと、「”四畳半革命”、22:00の回は今日はないんです」。PANTAズッコケ。なんのこっちゃ。待ち人の天正彩ちゃんもドラマの収録が延びて来られないということで、お疲れ様の半日。 PANTAさん推薦の世志男監督の作品、いつか見たいもの。解散、家路に。 6月13日(金)快晴 午後、隅田川ウォーク。携帯でマキさんに。電話代がかかるからと、かけなおしてくれて1時間。思うところ色々。 帰社すると青年座S雲さんから電話ありとのこと。寄稿の件。 1700、日比谷公園。松本楼でシーフードカレー。 ![]() ![]() 1800、日比谷公会堂で「裁判員制度はいらない! 6・13全国集会」。 1階席満員、2階席も埋まり、全国から弁護士、一般市民合わせて1450人の参加者。久しぶりに熱気のある集会。だが、年齢層はかなり高い。こういう集会の主役は学生や若い人であるべきなのに、50代以降がほとんど。60年代、70年代の政治の季節の主役たちが今も体制に異議申し立てしなければならないというのは、ある意味で日本の不幸。韓国では若者を中心に反政府運動が広がりを見せているのに、日本の若者の多くは何事にも無関心。自分の知る限りでは史上最悪の法律「裁判員制度」が施行されようとしているのに、我関せずとは。 会場には評論家の村井秀美さんも。休憩時間に立話。村井さんは60年安保から闘い続けてきた世代で、この会の賛同者でもある。会場の運営に当たっていた大学の同級生で弁護士のT内くんを紹介。林家時蔵師匠の落語あり、斎藤貴男氏らの講演ありと盛りだくさん。久々に血がたぎる。2020終了。家路に。 6月12日(木)雨 1500、原宿。I病院。半年分の薬を貰いに。診察待ちで2時間半。良性の腫瘤ではあるがやはり気になる。検査結果は「以前より縮小している」とのことでまずは安心。 1800、東銀座で新人歓迎会。1930終了。家路に。 6月11日(水)晴れ 居心地の悪さ。組織とはそんなもの。 午前中、向井さんへの手紙をしたため投函。 1600〜1845、御徒町。 1900家路に。 6月10日(火)晴れ S氏に呼ばれ、件の説明。頭越しの「告発」に苦い顔。 こうなれば可愛さ余って憎さ百倍……。 1930、新宿。スペースゼロでとりふね舞踏舎「ひのもと」。「平日公演は初めてだから動員が心配」と三上さん。まあまあの入り。 村井さん、宝島社の大西さんらと開演前に歓談。スペクタクルなBUTOHの幽玄美を堪能。1時間30分。 帰宅すると向井豊昭さんの個人誌「Mortos」終刊号が届いている。「終刊号」が意味する向井氏の思いに涙する。その紙面には「過去」「現在」「未来」が並存している。北海道での教員時代の寄稿文、終わりを迎えようとしている「今」を戯画化した向井流の哄笑譚、そして孫たちとの「いのちの学校ごっこ」の三篇。「未来」はむろん孫たちのこと。遺す志は彼らが引き継いでくれるだろう。おそらく最後まで自分の「生」を相対化するであろう向井さん。「無冠の帝王」とは向井さんのためにこそある。 6月9日(月)雨 朝、「百年の男」を見る。これまた池端俊策の95年作品。こんなドラマを書かれたら、百人の脚本家志望は百人とも自信をなくして転職するしかない。池端氏は現在、日本映画学校の副校長とか。リアルタイムでドラマを見ておけば、「追っかけ」しただろう。いや、今、この年齢だからこそわかるドラマなのか。 1900、初台ドアーズで頭脳警察シングルCD「時代はサーカスの象にのって」発売記念パーティー&ライブ。補作詞のT取さんも出席。月蝕歌劇団次回公演は「津山三十人殺し」。不思議なことに、いつも直前になると事件とリンクする。今回も秋葉原事件。さすがにT取さんも「……」と言葉少な。 大勢の関係者で賑わい、ライブも大盛り上がり。この頃抱える鬱々とした気分が半分解消。音楽には力がある。PANTAにたくさんの元気をもらい、家路に。 IpodでPVを。ia(アイア)、SILVA、JAMOSA、DJMAYUMIらのPVがいい。ia実に魅力的。 6月8日(日)晴れ 躰道稽古休み。これで丸1カ月の空白。次週は埼玉大会で稽古休み。体調を元に戻すのにまた何カ月もかかるわけで……。 午前中に行きつけの理容店へ。日曜に行くのは初めて。従業員はフル回転。若い女の子が担当に。初めてなのでちょっと不安。が、岩手から上京してまだ3年目というS藤さん、手つきに戸惑いなし。安心して任せながら楽しく会話。男と違って耳掃除やマッサージもまさに「痒いところに手が届く」絶妙さ。 この頃、若い女の子に癒される。 帰宅後、ドラマ「我等の放課後」を見る。池端俊策脚本。96年の芸術祭優秀賞作品。これも録画したまま今まで見ていなかった。あまりの素晴らしさに声もない。わずか1時間30分の中に友情、夫婦愛、恋情、親子愛、隣人愛……凝縮された人間のドラマ。これに比べれば、今、テレビで放送しているドラマは紙芝居以下。このようなテレビドラマこそ何度も再放送すべきだろう。NHK。 秋葉原で無差別殺人。突然生を断ち切られた人たちの無念、肉親の悲痛はいかばかりか。 6月7日(土)晴れ 1400。新宿。シアターモリエール。この劇場に来たのは何年ぶりか。舞台と客席がフラットなため、今は使う劇団があまりないのでは? ジャンキーシスタ公演「キャバクラ」。林希、柳橋さやかほかバックダンサーが結成した実力派ユニットの新作。映画「キャバレー」をキャバクラに置き換え、原曲に替え歌を乗せるパロディーミュージカル。思ったよりも歌・ダンスシーンは控えめ。やや物足りなさも。唯一の男性出演者、和田琢磨が抜群の歌唱。 2時間。終演後、柳橋さんに挨拶。ほとんどの客が残って出演者に面会、というのはまだ「内輪公演」か。モデル、タレント、ダンサー仲間多数。 1700、神楽坂。高校同窓会幹事会。時間が1時間ずれ込んだとのことで、近くの喫茶店で原稿推敲。 1800〜2100、「トリノ」で幹事会。約30人の幹事出席。議題を終えて懇親に。 昔取得した別荘地を売却するのに、課税がどれだけあるのか、税務局に勤める後輩に聞く寮の先輩。鬼より怖い寮の先輩がおずおずと切り出し、それに余裕で答える後輩、という図に苦笑。30数年の歳月。 このところ、体重コントロールしているので飲みも食事もほどほどに。解散後は二次会を遠慮して家路に。帰宅後もすぐに睡魔に襲われ、日付が変わる前に就寝。健康的といえば健康的だが、ただ気力がないだけか。 6月6日(金)雨のち晴れ 午後、隅田川を散歩。Ipodのスーパーフライ=越智志帆のボーカルを聴きながら。早足には70年代ロック。川に近づくと汐の香りがする。夏のような日差し。田舎の海を思い出す。停車場にふるさとの訛りを聞いた啄木じゃないが、田舎の海の香りを思い出すために、隅田川。海とつながってる川だからほのかな汐の匂い。佃まで往復1時間。 1600退社。 6月5日(木)雨 1800、赤坂。東京で一番「遠い場所」。この一帯だけは人も街も別の世界。 1900、REDシアターでプリエールプロデュース「おしるし」(作・演出=田村孝裕)。 とある地方の産婦人科病院でのお話。重田千穂子演じる49歳の高齢出産・シングルマザーと、弟の病院長夫妻の離婚話など、病院の患者、コック、看護士らが織り成すコミカルな人間模様。井之上隆志少しやり過ぎ。重田千穂子、さすがの「間」の良さ。小林美江、江原里実好調。客席近くに笑いすぎの女性と男性が。これは興ざめ。1時間50分。しかし、ラストの「オチ」は……。 プロデューサーのA本さんに打ち上げを誘われるも、気後れしてしまい家路に。いかん、いかん、欝……。 6月4日(水)晴れ 1600〜1830、御徒町。Kさんの笑顔が今の救い。時よ止まれ君は美しい……? 6月3日(火)晴れ 心晴れず。 昨日から出社している新人と初顔合わせ。お昼ごはんを一緒に。子持ちの途中入社。慣れるまでが大変だろう。 1900、銀河劇場でTSミュージカルファンデーション「Calli 炎の女カルメン」。これまでのカルメン像に謝珠栄が異議申し立て。新たな視点で、ロマ(ジプシー)の女カルメンへの偏見と誤解を解く。民族とアイディンティティーにこだわる謝らしい作品。カルメンを演じる朝海ひかるが実にチャーミング。ドン・ホセは四季のライオンキング、シバ役の友石竜也。やや固さが。坂元健児に当てて書かれたように見えるので、終演後にI塚さんに聞くと「ピンポン」。今拓哉、宮川浩、戸井勝海、天宮良と実力派の芝居は安心して見られる。野沢聰が成長。那智さんも嬉しいことだろう。 カーテンコールで見せる朝海ひかるの天真爛漫な微笑み。いっぺんでファンに。終演後、謝さんに挨拶。 6月2日(月)晴れのち雨 0900起床。青年座S氏から頼まれていた原稿を書く。2000字をはるかに超して3000字。いいたい事が山ほどあるわけで。今はこの原稿を書くという行為が励みに。 6月1日(日)晴れ 躰道稽古休み。足首の痛みもあるが、気力が萎え、何もする気が起こらず。T取さんに苦境をメール。即座に返信。さて、この1週間がヤマか。 大学の同級生で弁護士をしているTくんに電話すると奥さんが「仕事があるとのことで、たった今事務所に行きました」 法律事務所に留守電を残すと、小一時間してTくんから電話。裁判員制度に関する質問をいくつか。学生時代はノンポリだったTくんがいまや弁護士界の最左派。裁判員制度反対運動の一翼を担っている。人生とはわからないものだ。 調べれば調べるほど裁判員制度のムチャクチャさに愕然とする。かつてこれほどひどい制度があっただろうか。司法参加の美名のもとに、人権を侵され、処罰規定でがんじがらめにされ、翼賛政治への同調を強制される。裁判員制度は戦争への一里塚。今はこの裁判員制度への怒りがかろうじて欝に沈むのを防いでいる。怒りがあるうちはまだ心に救いがある。 |