| 7月29日(火)快晴 1週間でもっともハードな日。首も肩も凝り凝り。1630、御徒町でマッサージ。 ブログ「壊れる前に…」で、「隠れた山の民」と題して、フランス南西部、ピレネー山脈地帯などに居住していた人々「Cagots」を取り上げた28日付英インディペンデント紙の記事を紹介している。記事のタイトルは「The last untouchable in Europe 」 Cagot(Agote とも言う)はフランスの被差別不可触民。起源は明らかでないが16世紀には差別が生まれていたとの説もあり、1789年のフランス革命で公式には身分差別は撤廃された。しかし、それから200年。「自分の顔は出してもいいが、子供たちはその出自によってどんな差別を受けるか分からないので撮影はできない」と語ったことからみれば、今も差別の根は深いといえる。 記事の一部。 「Daily Cagot life was likewise marked by apartheid. Cagots were forbidden to enter most trades or professions. They were forced, in effect, to be the drawers of water and hewers of wood. So they made barrels for wine and coffins for the dead. They also became expert carpenters: ironically they built many of the Pyrenean churches from which they were partly excluded. Some of the other prohibitions on the Cagots were bizarre. They were not allowed to walk barefoot, like normal peasants, which gave rise to the legend that they had webbed toes. Cagots could not use the same baths as other people. They were not allowed to touch the parapets of bridges. When they went about, they had to wear a goose's foot conspicuously pinned to their clothes」 隔離・監視され、Cagotsは、ほとんどの職業につくことを禁止された。ワインの樽作り、死者の棺作り。それによって、大工の熟練者になった。皮肉なことに彼らが入ることを限定された教会の多くを構築した。 Cagotsに課せられた禁止事項のうちのいくつかは奇妙なものだった。まず、素足で歩くことを許されなかった。そのことによって彼らにはつま先に水かきがあったという伝説を生じさせた。 Cagotsは他の人々と同じ浴場を使用することができなかった。橋の手すりに触れることも許されなかった。外を歩き回る時、衣服に止めたガチョウの足を着用していなければならなかった(ここは意味不明)。 フランスにも現代に続く差別があるとは知らなかった。「捕虜として連れてこられた人たちであったとか、伝染病患者であったとか、競争相手から迫害されていた職人集団であったとか」、あるいは、カトリックに改宗したムスリムの子孫であるという説もあるが、差別の始まりがなんであれ、それが固定化し、差別が差別を生んでいく構造は古今東西同じ。 差別が撤廃されて200年も経つのに、いまだにCagotsであることで不当な差別を受けるかもしれないという不安と恐怖を持つ人がいる。人間の差別意識ほど恐ろしいものはない。 7月28日(月)快晴 1000、中学で三者面談。小さな山を越えたかと思うとまた大きな山。人生山と谷。死ぬまで続くんだろうな、この山は。 午後、郵便局で学資保険金納入。お中元発送など。 小松左京「くだんのはは」読了。表題作は有名な短編なので何度か読んだことはあるが、ほかの短編は初めて。いわゆる「女シリーズ」がめっぽう面白い。「ハイネックの女」はホラー風味、「流れる女」は叙情ミステリー、「待つ女」は「猿の手」風味。「女狐」は葛の葉伝説を元にした中世ミステリー。小松左京がこんな叙情的な短編を書いていたなんて。気がついたときには「日本沈没」や「復活の日」などのSF大作の作家だから、とっつきが悪く、ほとんど読んだことがない。今、短編を読むと、なんと豊穣な小説を書いていたのだろうと、自分の不明を恥じるばかり。壇ノ浦の歴史の闇に紛れ込む「秋の女」などは、まさに自分好みの一編。 小学生の時に読んだ少女漫画にこんなのがあった。 夏休み、一人の青年が従妹が住む田舎に行く途中、山道でバスが濃霧に包まれ、迷い込んだ古い屋敷にはナゾめいた、いにしえ人たちがいる。屋敷の主は美しい姫君。いつしか青年は凛々しい公達と変じている。その屋敷の人々は何かにおびえている様子。その何者かとの戦が始まり、青年も姫を守るため雄々しく戦う。こちらは「白」、敵は「黒」の甲冑。敵の頭領もまた凄みのある美しい青年。しかし、両者相争い、夜明けが来る前に決着はつく。青年が気がつくと、周りは無数の白鷺と鴉の遺骸。戦国武将は仮の姿、実は彼らは鳥獣であった由。霧が晴れてバス停にたどり着く青年。無事に乗り込み、目指す従妹の村に着く。バス停で待っていた従妹を見た瞬間、驚く青年。彼女はあの屋敷の姫君そっくりで……。この漫画がいつまでも忘れられず、作者も不明。いかにも少女漫画らしい描線と、「二役」の少女の可愛らしさ。今のオタクよりもはるか昔に、マンガの主人公に萌えていたのだった。 こんな伝綺マンガがもしかしたら自分の原点? だとしたら、小松左京の「女」シリーズにときめくのも分かる。 アマゾンで注文した「小松左京自伝」も届いたのでさっそく読み始める。一番の読みどころは、高橋和巳を語る章。学生時代の親友の早すぎた死を悼むあまり、高橋和巳に関しては、口を閉ざしてきたという小松左京の高橋和巳との交流。これは興味をひかれる。 7月27日(日)快晴 躰道稽古休みでゆっくり朝寝。1130、新宿。ミラノボウルで青森県東京高校同窓会連合会のボウリング大会。初めて参加。去年母校が優勝したので今年は受付など雑務を担当。 たかだかボウリング大会といっても十数校約100人が参加するとなれば、受付・お金勘定も大変。 1400スタート。この前、社内ボウリング大会で160ピンで3位になったから、「楽勝」と思っていたら、なんのその。2回目は面目を保ったものの、ミス連続で、1回目は4人組の中で100にも届かないピン数。恥ずかし〜。 周りを見ればストライク続出。 そうかぁ。よく考えれば、私らより上の世代はボウリング世代じゃないか。こうしてわざわざ大会に参加するのは自信があってのこと。 ハイスコア200の五所川原工のOBもだいぶ年上。 終わってみれば順位は真ん中。ガックリ。 1600〜1700、懇親会で授賞式。飛び賞にも引っかからず。1700解散で家路に。 7月26日(土)快晴 1330、シネカノン2で「歩けども 歩けども」。佐々木昭一郎氏からのメールで絶賛していたので見に行こうと思いながらも今日まで。 客席は中高年が多く、映画の中のセリフにくすくす笑い。原田芳雄の「なんで”おばちゃんの家”なんだ」に大笑い。なんて温かな、そして人間がきちんと描かれている映画なのだろう。是枝裕和監督のカンヌ受賞の「誰も知らない」よりこの映画のほうが数倍好き。死ぬ前に見たい映画を1本選べと言われたら今は迷わずこの「歩いても 歩いても」を挙げたい。 長男の15回忌のために実家に帰ってきた次男。医者だった父は老齢で廃業、医院の看板は今もそのまま。「泊まらずに帰りましょうよ」と夫と話し合う妻。しっかり者だが、子連れであることが引け目になっている。何事につけ優秀だった兄と比較され、育った弟は失業中の身である事を両親に打ち明けられない。 姉夫婦、両親との淡々とした一日。フリーター青年の訪問で長男の死がなぜ引き起こされたかがわかる。溺れた子供を救おうとして死んだのだ。その子供がなんの変哲もない「落ちこぼれ」に成長していることに怒りを露わにする父親、母親は「また来年も来て下さいね」と優しげな語りかけ。しかし、その裏にある母親の真意は業といってもいいほど凄まじい。 登場人物のセリフ、感情、視線が実に自然で、「物語に奉仕する登場人物の不自然さ」に見慣れてしまった観客にとってなんともいえない心地よさ。 お墓に飛ぶ黄色い蝶、家に迷い込んできたその蝶に、気丈に見えた母親が惑乱する姿。この転調がいい。 原田芳雄、樹木希林、阿部寛、夏川結衣、YOU、高橋和也……出演者が皆いい。どんな映画でもどこかしら瑕疵があるものだが、この映画にはそれがない。 風呂場に取り付けられた手すり、はがれたタイル、何の説明もない何気ないシーン一つ一つに象徴される両親の老い。 自分に引き寄せて見てしまう。 子役の二人+田中祥平。この子役たちがまた素晴らしい。日本映画で子役を「見せられる」のはめったにないが、是枝監督の手腕だろう。 こうして思い出しながらもつい涙腺がゆるんでしまう。石段を登って行く老親二人。あれは天国への階段なのだろう。 人間の感情にウソのない映画。佐々木昭一郎氏に私淑した是枝監督ならでは。 この映画が今年の日本映画のベストワンにならなかったとしたら、すでに日本映画は終わってる。 それにしても「歩いても歩いても」のタイトルがあの歌から来ていたとは! 1800、世田谷パブリックシアターで「ウェディング・ママ」(原作=オリヴィア・ゴールドスミス、脚本=福島三郎、演出=宮田慶子) 年老いたママが、3人の子どもたちが住むニューヨークへやって来る。「口うるさい母の面倒なんか見てられない」と子どもたちは、母親を大金持ちと結婚させる作戦に乗り出すが、飛行機の中で知り合った男性は超大富豪。さらに、独身の娘の前にも大富豪が現われ……。 ありえない展開ではあるけど、枝葉を切れば、主役は娘役の香寿たつき。彼女の「自分探し」の物語だろう。 木の実ナナ、鷲尾真知子、田中健、尾藤イサオ、井上順。この熟年たちの競演を見るだけでも心がホットになる。 休憩15分挟んで2時間40分。1幕終わりまでの展開がハッピーエンドでどうなるかと思いきや、2幕で転調。ようやく芝居らしく。ま、たまにはこんな徹頭徹尾楽しいコメディーもいい。 7月25日(金)快晴 1800、新宿。コマ劇場で新感線☆RX「五右衛門ロック」。 久々の劇団☆新感線。評判がいいのでオークションでチケット入手も1万6000円はちと痛い。それにしてもキャパ2000人のコマが連日満席とは。20年前、シアタートップスで本格的に関東上陸した時代からは隔世の感。あの頃、まさかコマでやる日が来るとは誰も思っていなかっただろう。演劇界からは「あれは演劇ではない」と完全無視され、ネット観客の評判も散々。音楽は生バンドが使えずカラオケ。いつかちゃんとしたバンドを従えて、セットもお金をかけて作らせてあげたいと思っていたら、あれよあれよの出世街道。しかし井戸の一部を掘った人間は忘れ去られ……。 ま、それでも新感線。原点帰りはどんなもんかと見に行けば……。 冒頭、秀吉の寝所に忍び込んで召し取られ、釜茹でにされるも、配下の工作でからくも脱出。怪しげなオランダ人の依頼で、月生石なる不思議な石を手に入れるための冒険の旅に出帆する五右衛門。待ち受けるはパイレーツ・オブ・カリビアンかインディ・ジョーンズの世界。 舞台リズムもギャグもまさしく新感線。五右衛門役の古田新太の立ち回り見るのも久々。ナゾの女・お竜役の松雪泰子の妖艶さ、父を敵と狙うカルマ王子・森山未來の全身バネのアクション急成長。五右衛門を付け狙う同心・江口洋介のコメディリリーフぶり、オランダ人武器商人に扮した川平慈英はキャスト表を見るまで川平と気づかず。モダチョキ濱田マリ、橋本じゅんコンビ、二部になって登場はちとさみしい高田聖子、貫禄十分の北大路欣也。 どこを切っても新感線。しかし、ネット評判は当てにならない。新感線としては並みのデキ。おバカな笑いなら轟天シリーズに敵わない。セット、生バンド、出演者の顔ぶれとコマのハコ。豪勢ではあるが、かつての破天荒な勢いはない。最後は観客総立ちのカーテンコール。コマを揺らした劇団は初めてか。しかし、新感線の面白さはこんなものじゃなかったはず。 休憩20分挟んで3時間20分。 7月24日(木)快晴 1620、K記念病院で鍼。1800帰宅。 7月23日(水)快晴 1430、晴海まで歩き、晴海トリトンにある整形外科へ。右足首は異常なし。3年前に痛めた左の足指はだいぶ変形しており、軟骨もほとんどないに等しい状態。「痛むのは当然」「激しい運動をやめるか、足を完全に固定するしか方法はありません」と治療不可能宣告。 やはりそうか……。初期の段階で早めに治療しておけば、少しはマシになったかもしれないのに。手遅れとは。 帰り道の遠いこと。 上谷さんにお礼の電話すると「いい演出家を見つけましたよ」と某をご推薦。REDシアターで上演するようだ。 1900帰宅。 7月22日(火)快晴 筋肉痛に悩まされるかと思ったが、最近は自主的に家で筋トレをしているためか、痛みは出ない。 1630、仕事を終えて御徒町癒処へ。K嶋さん長期休養で、代わって店長が担当。さすがに店長、ツボを心得たマッサージ。 1900、六本木。俳優座劇場でNLT「殺人同盟」。31年前に初演したロベール・トマのブールヴァール劇(通俗喜劇)の傑作をNLTが久々の上演。 フランス、パリ郊外の小さな町。議員候補者である妻の尻に敷かれる男爵、性格の悪い姉に辟易しているカフェの経営者、ヘタなくせに上昇志向が強く、町の男だれかれかまわず関係を持つ歌手の亭主である新聞記者。この男3人が偶然、公演で出会い、互いの悩みを打ち明けるうちに意気投合。それぞれの妻らを殺す交換殺人を計画する。しかし、いざ実行するも、邪魔が入ったり、手はずが狂ったり、やることなすことうまくいかない。 そして、計画は意外な方向に……。 通俗喜劇らしい人の出入りや仕掛けで笑わせる。3つの場所を場面転換するので、その転換がスムーズにいくかが問題。一幕目は成功だが、ニ幕はセットがガタガタ揺れたり、裏方の姿が見えたり、うまくない。 もっとも、そんなセット転換も気にならないほどトマの戯曲は面白い。ラストのひねりも気が効いていていかにも皮肉なフランス喜劇。木村・川端コンビ、加納健二・阿知波悟美、渡辺力・真継玉青の各カップルはベテランらしくコメディーセンス抜群。「マグノリア」でも注目した真堂藍は”キイハンター”大川栄子にソックリでドンピシャ、好みのタイプ。渡辺力は一水会・鈴木邦男ソックリ。双子といってもいいくらい。 休憩15分挟み2時間40分。制作のO川さんと立話。故・和田誠一氏の戯曲集をいただき家路に。 7月21日(月)快晴 ![]() 0530起床。0630ランニング。昨日と同じコースを2往復。勾配のきつい坂道に足が上がらず。右足首も痛むが、それでも意地で完走。 0730朝食。ご飯、味噌汁、納豆、レタス、ツナ缶。山の中だから、魚はないのか。焼き魚が恋しい。 0900〜1200、武道場で稽古。恐怖の千本突き、千本蹴り。さすがにこれ以上足を痛めたくないので千本蹴りは免除。 畳を元に戻し後片付け。1300、恒例の子供たちのスイカ割りを終えて解散。M本さんのクルマに便乗して家路に。帰りもスイスイ。で、1500、北朝霞駅着。 1600、帰宅。疲れが出たのか、ベッドで少し休むつもりが、気がつくととっぷりと日は暮れ、2000。中途半端に目を覚ますと、眠れなくなるので、そのまま食事もせず無理して朝まで。12時間睡眠。 7月20日(日)快晴 0530起床。0630、山道をランニング。長い坂道を駆け上がり、頂上で折り返し。捻挫が回復しない右足首をかばうのでヒザに負担がくる。2往復目は途中から引き返し。汗びっしょり。 0700、朝食。質素! ごはんに味噌汁、スクランブルエッグにレタス、薄ハム。精進料理か。 食後は風呂で汗を流し、小一時間休憩。0900〜1200、武道場で稽古。汗を吸い込んだ稽古着が重いし、乾かないうちにまた着なくてはならないので汗が冷たく気持ち悪い。ストレッチ、筋トレ、基本技。子供もオトナも同じメニュー。これはキツイ。 1230、昼食はカレーライス。1400〜1700、稽古。 1800、別館でバーベキュー。マトンと豚? 2000、子供たちの花火の付き添い。子供は花火が大好き。いい想い出になるだろう。 さすがに今日は宴席立たず、2130には壮年組は就寝。 7月19日(土)晴れ 0600出社。1500帰宅。支度を整え、1900、待ち合わせの駅まで。M田先生の車に便乗し、秩父まで。道も空いていて、2時間弱で到着。2100、入れ違いにSさんが下山。 稽古を終えて夕方から飲んでいたオトナたち。駆けつけ三杯で、そのまま午前0時まで酒宴。 老いも若きも皆熱く躰道を語り合っているまるで大学運動部のような宴席。 7月18日(金)晴れ 三沢での「テラヤマ・ワールド2008」の件でO澤さんに電話。シティホテルに宿を取ってもらおうと思ったのだが、O澤さんも宿泊を確保するのに大変な様子。青森ねぶたの関係で三沢までホテルが満室、とか。すぐにネットで調べるもやはり空いてるホテルなし。取り急ぎ八戸に確保。電車で15分くらいだから。 1900、森下町。ベニサンピットで3軒茶屋婦人会「ウドンゲ」(脚本=赤堀雅秋、演出=G2&3軒茶屋婦人会) 開演前に近所のラーメン屋で中華丼、その後、喫茶店でカフェオレというのがベニサンで芝居を見るときのパターン。 森下の中華屋に入るときはなぜか携帯で連絡中というのが多い。三沢の宿泊ホテルをダメもとでKさんに頼んだところ、速攻で取ってくれたのでそのお礼と連絡電話。 三沢のホテルが満室なのは労組の全国集会が三沢であることの影響らしい。高校時代の後輩・Kさんに電話すると、ロータリークラブ会員の旦那さんのツテで一軒、旅館を確保してくれた次第。持つべきものは友だち。ネットに乗ってない旅館もあるのだ。 「ウドンゲ」も高校時代の同級生同士の「思い」がテーマ。 クラスメートの葬式で30年ぶりに会った高校時代の同級生の女子3人。酔いつぶれた男子・加藤くんを一人暮らしの澄子(大谷亮介)の家に担ぎ込んだものの、加藤君は隣室で熟睡。 絵美(篠井英介)と、薫(深沢敦)は懐かしい思い出を語り合おうとするのだが、澄子はなぜか2人を避けるように陰鬱な顔。やがて、仲のよかった絵美と澄子が、ある事件で互いを避けるようになったことの真相が明らかに……。 篠井、深沢の女装は見慣れていても、大谷亮介の女装はさすがに不気味。が、時間が経つにつれ、その哀愁を帯びた佇まいが自然に見えてくるのだから芝居は面白い。 おちゃらけ半分だろうと思いきや、これが実に濃密な芝居。脚本も練られており、青年座への書き下ろし作「ねずみ男」のデキとは大違い。30年前の歌謡曲個人セレクション・カセットテープを聴きながら次第に打ち解ける3人。互いの誤解も解けるにつれ、変化していく澄子の表情がいい。50代になった元女子高生たちの過去と現在、今を生き続ける希望を予感させるエンディングもいい。「ねずみ男」でもそうだったが、失くした「指輪」が芝居の重要なキーワード。赤堀にとっての「指輪」は失くした人生の象徴か。 1時間45分。緊密な演出と味わいのある演技、そしてよくできた戯曲。3者のほどよいブレンドで心地よい時間が過ぎる。 7月17日(木)快晴 1700退社。早めに帰宅。家人、夏風邪。 7月16日(水)晴れ めったに見ない母の夢。父より9年早く亡くなっているのに、夢の中ではそれが逆になっていて、「なんだ、間違いだったのか、母はまだ生きていたんだ。亡くなったのは父のほうだったんだ」と思っている。タンスの中を見ると母の着物はない。「ああ、こんなことなら捨てなければよかった」と後悔している。 1630、新宿。 1900、渋谷。パルコ劇場で「SISTERS」。長塚圭史の作・演出。松たか子、鈴木杏、吉田鋼太郎、梅沢昌代、中村まこと、田中哲司、堂ノ脇恭子。 さびれたホテルで繰り広げられる近親タブーをモチーフにした憎悪とトラウマの物語。松たか子の狂気への転調、父の子を孕む鈴木杏の陰鬱。天井から首吊り死体が落下してくる悪趣味なショッキング演出は長塚ならでは。ダ−クで救いのない物語を格調あるセリフ劇にする才能。2時間15分。それにしても女優とは大変な職業だ……。さすがの吉田鋼太郎も毒気に当てられたようで、やや精彩なし。 半蔵門線事故のため、JRで帰宅。 7月15日(火)晴れ 午後、K嶋さんと銀座でお茶。体調崩して今週はお休みとのこと。 1700退社。 6月末に発表された新国立劇場演劇部門の次期芸術監督の選出方法をめぐり、演劇界が騒然としてる。 現芸術監督の鵜山仁氏が1期で退任、その後任に青年座の宮田慶子氏を擁立した過程に新国立劇場運営財団の遠山敦子理事長の暗躍があったのではという疑念がそれ。次期芸術監督候補に関する議案を審議する6月23日の理事会の様子は永井愛氏のメモがよく伝えている。 それによれば、すべては鵜山仁氏の退任を前提としたもので、その「情報操作」をもとに、次期芸術監督を決定しようとしたものという。しかも、次期芸術監督の下では、制作の権限が強化され、なおかつ理事長アドバイザーとして3人の顧問が新設されるという(小田島雄志、鈴木忠志、山崎正和の3氏に内定したとの見方もある)。 芸術監督があるにも関わらず、制作が上演演目に口を挟み、なおかつ顧問の「助言」が芸術監督に有形無形の影響を及ぼす。 それでは、いったい芸術監督の独立性はどうなるのか。 遠山敦子理事長は05年に、前理事長・三角哲生氏の後を受けて就任。01年、小泉内閣の文部科学大臣であり、03年、中央教育審議会による改正教育基本法の諮問を受けたのもこの遠山敦子。つまり保守反動。 その遠山が表現の自由、自由な表現を根底に据えた「演劇」に対し苦々しく思っていたのは当然かもしれない。今回の騒動は「新国立劇場」を直接「国家」の支配下に置くための謀略のようなものか。 芸術監督の独自性と独立性を殺ぎ落とし、国家の意に沿う演目にしていく。そのために、制作(劇場=国)の権限を強化し、なおかつ「顧問」を圧力装置として据える。 分かりやすく言えば、そういうこと。 「国家」があからさまに演劇=芸術を支配下に置こうという動きを見せる。演劇人が反撃しなければ戦前の轍を踏むことになる、といっては言い過ぎか。 7月14日(月)晴れ 朝目が覚めると頭が重い。疲労蓄積? 午後、あれこれ用事を済ませているうちに、半日はすぐに過ぎる。風呂掃除、台所掃除で一日は終わり。 テレビが大騒ぎして、とうとう女子学生がお詫び行脚した落書騒動。どうにも釈然としないと胃の腑がチクチクしていたが、ようやくその理由がわかった。 何が「落書はいけません」だ。今の日本、いたるところ落書だらけじゃないか! 電車の中の広告、電車の窓から見えるビルの看板、田んぼの中にまで立ってる不動産看板。テレビつければスポーツ中継は、人もクルマも広告塔。広告中継のようなもの。日本中、「あれ買え、これ買え」の広告ばかり。田舎の美しい景色も看板だらけ。あれが落書じゃないとしたら、何が落書なのか。ふざけるな、落書報道。日本中からモノ売り看板消してから言ってくれ。 7月13日(日)快晴 0900〜1200、躰道稽古。指導者講習会のため、主だった先生は欠席。H崎先生とM田先生の二人でリード。T八段範士がいらしたので、壮年組は後半、T範士の指導を受ける。玄制流空手時代からの門下で、祝嶺正献最高師範と共に躰道を作り上げてきたT範士。空手を知っているからこそ、なぜ空手にはない技と動きで「柔よく剛を制す」躰道が生まれたのか、実戦に裏付けられた理論が明晰。意味もわからず法形(型)を稽古するのではなく、そこに実戦から生まれた動きと論理が展開する。やってみて、納得。こういう指導だといい。「競技もいいけど、躰道は空手に勝つために生まれた武道。そこを理解せず、形だけを稽古しても意味はない」 そう断言するT師範。納得。 H崎先生に駅までクルマで送ってもらい、そこから仙川まで長い道のり。ヤフー路線情報では1時間もあれば到着するというが、とんでもハップン。和光市で渋谷行きの東京メトロ副都心線急行に乗り換え、新宿三丁目→新宿→京王線。 この乗換えと、電車の待ち時間を入れたら、1時間45分。仙川に着いたら、食事する暇もなく、駅で買ったおにぎりを牛乳で流し込むだけ。 色々あって、燐光群の「ローゼ・ベルント」はついに楽日で見るということに。招待者が楽日で見るなどタブーだが、致し方ない。 最初からケチのついた今回の燐光群。最後まで呪われたようで、30数年の観劇歴で、初めて中座するという事態に。というのも、疲労で頭痛をガマンしていたら、1時間過ぎた時点で今度は腹痛が。耐え切れず中座してトイレに駆け込み。こんなことは初めて。舞台ではお気に入りの女優、占部房子が熱演。西山水木、大鷹明良の両ベテランが貫禄芝居。ああ、それなのに、体調最悪。中座は5分だがショックが大きい。 タイトル・ロールを演じた占部房子の膨大なセリフとラストの狂気。食肉工場での一人の女性と複数の男との関係を軸に、現代の食品偽装問題を織り込んだ「一大悲劇」。体調がよかったらもっと楽しめたのだろうが。 1630終演。坂手氏に挨拶して家路に。 1830、帰宅。疲労感強く、マンションのポストから不要なチラシを取り出すのも億劫だと思いながらも、なぜか吸い寄せられるようにポストに手を。チラシに紛れて一通の厚い封書。差出人は向井〇子。向井豊昭氏の奥さんだ。 「やはり」 向井さんはとうにこの世を去ったのだと薄々想像はしていたが、その事実を伝える手紙だった。 「(向井豊昭は)去る6月30日に肝臓がんのため、旅立ったことをお知らせします」と。 驚きはしなかった。「Mortos」終刊号が届いたときに、すでに死は覚悟していたし、それが旦日に迫るものだというのもわかっていた。この頃、ふと、もう向井さんはこの世にいないのかもしれない、そう思っていた。 お見舞い……そんなことは向井さんが受け入れるわけがない。静かに旅立つのを待つだけ。 自分の死を絶対視することなく、おそらく最後の最後まで相対化し、その小説と同じように、虚実の境を漂いながら哄笑して天に昇っていくのだろう。同封された短編「島本コウヘイは円空だった」を読んだとき「さすがは向井さん!」と手を打った。迫る死の床で見た幻覚を子息に口述筆記させたもの。まさしく死の床での絶筆。諧謔と反抗。どのような権威や権力をも認めないその孤高の姿。アイヌモシリの地=北海道での教員生活の実践から生まれた反骨と、柔軟なユーモア。もうこの先、向井さんのような反逆のユーモリストは生まれないのかもしれない。寺山修司より2歳年上。「寺川」のハンドルネームは「寺山」を意識したものだった。 遺骨は故郷・川内町のお寺に納められた。 思えば、47年前、故郷の木造校舎の廊下ですれ違ったに違いない新米教師と新入生が時を隔てて再会。わずか10年にも満たない交流だったが、向井さんからいただいたものは大きい。幻となった小学校の授業をこれから、再開するはずだったのに。 6月30日、亡くなった日から始まった原因不明の歯痛は向井さんのいたずらか。いたずらにしては抜歯というおまけまで付けてくれて(笑い)。 向井さん、どうぞ安らかに。……いや、往生することなく、あの世からこの世界の不条理や不正義に笑いの石礫を投げつけてくださいと言ったほうがいいかもしれないが。合掌。 1900、一日の疲れを振り払うために、理髪店Pへ。店長以下いつもの顔ぶれ。笑顔と会話。癒される。 7月12日(土)晴れ一時雷雨 0620出社。滞りなく仕事を片付け、1400、下北沢へ。楽園で劇団鹿殺しオルタナティブズVol.3「轟きのうた」。原作・李、脚本・演出=丸尾丸一郎コンビの鹿殺し「番外公演」。 所狭しと暴れまくる鹿殺しが、あの狭い「楽園」をどう使うのか心配だったが、それは杞憂に過ぎなかった。キャパ70ほどに縮小した客席で、入口に一段高い舞台。床には細かな砂が敷き詰められ、舞台四方は白い幔幕を張り巡らし、役者は通路とその幕の後ろから出入り。 神代の時代、この世で最も邪悪な害虫・人間を作り出した天地神。数千年の時がたち、地上にはその子孫たちがうごめく。両手が奇形した人間は人々の崇敬を集め、特権階級として、指が5本ある人間の上に君臨している。左手がベース、右手がリードギターの音楽聖、両手が辞書の知識聖、……。しかし、何者かによって、その聖人たちが次々と無残な死を遂げていく。殺人者の正体は、その目的は……。聖と俗、暴力と猥雑が炸裂する不条理で凄惨な神殺し劇。これこそ鹿殺しの真骨頂。丸尾丸一郎、菜月チョビ、オレノグラフィティと、オリジナルメンバーは3人だけで、あとは新加入の劇団員。70年代のアングラの匂いを漂わせる数少ない劇団。メジャーに青田刈りされた芝居より、こっちの路線の方がはるかにいい。 1時間20分。 外に出ると、地面に雨の跡。S野さんから「雷雨ですけど大丈夫?」のメッセージ。今日は花園神社恒例、椿組公演「新宿番外地」に、同郷の女優・S野さんと一緒に行く予定。 1700にトップスで待ち合わせ。早めに着いたので、読みさしの東野圭吾「さまよえる刃」を。鬼畜のような若者たちに娘をいたぶられ殺された父親の復讐譚。「少年法」を念頭に置いた作品であり、「被害者の遺族に残る心の傷」を思えば、主人公の行動もやむをえないとも……心情は揺れ動く。理性と情念の桎梏。それは死刑制度をめぐっても同じ。 1700ちょうどにS野さん到着。紀伊國屋ビルで食事をした後、花園神社へ。 受付を済ませて境内を眺めると初日・土曜日とあって多彩な顔ぶれ。塩野谷正幸、植野葉子、鄭義信、三田村周三etc 小松杏里夫妻を見つけたので立話。去年、役者デビューした息子の明人くんが演出助手を務めているのだ。 「今年は出番がないから安心して見られます」と奥さん。「杏里さんの芝居を見るよりドキドキしました」と。息子のデビュー、それも歴戦の兵に交じっての芝居、親はハラハラするはず。 S野さんは野外劇は初めてとのこと。テント設営が役者たちの手によるのものという説明にも驚いてる様子。 蒸し暑い上に、上段までびっしり埋まったお客でヒートアップする客席。本編は水谷龍二の作・演出で、劇中劇・レビューは毛皮族、江本純子の作・演出。毛皮族第三の女、お気に入りの羽鳥名美子がメイン。ショーの猥雑さは新宿ゲットーにぴったり? 時は2038年。新宿ゴールデン街はゲットーとなり、東京から隔離。強制居住されている。君臨するのはトニー某(有薗芳記)。彼には7人の妻(青髭公か!?)。7番目の妻がユイ(町田マリー)。トニーとつながる治安軍兵士たちは町の行き倒れ始末。チェ(ゲバラ)を名乗る革命家はゲットーを解放しようと盗んだ自転車でかけずり回るも、革命資金数千円とセコイ。そんな町に紛れ込んだ一人の男(千葉哲也)。彼が探すのはワケあってこの町に逃げてきた自分の妻。引ったくりにあって失くした靴の中にある重要なブツが入っており、その行方を探すうちに、トニーに拉致されてしまう。果たして男の正体は……。 と、水谷龍二にしては異色の近未来の新宿を舞台にしたSFっぽい作品。 30年後の新宿に実名で登場する外波山文明。今回の作品の実質的な主役。いつもは脇にまわり、表に出ることのなかった主宰者・外波山文明を前面に出し、しかも、1971年の映像(佐々木昭一郎『さすらい』に出演した時のはみだし劇場)まで映し出す。30年後のトバさん91歳。過去の映像を流し、はみだし劇場名物の演目を最後に披露。 まるで外波山文明の死を前提にした儀式。追悼の儀式ではないか。終演後、tptの門井絵瑠さんが「なんだか切なくて目をそむけてしまった」と言ってたが、30年前(舞台設定からすれば60年前)のアングラ劇団の僚友の名前を連呼し、懐かしむのもノスタルジーというよりも「死の匂い」。 もちろん、劇作上のことで、トバさんは元気にこれからもずっとこの野外劇を続けていくことだろうが……。 いつもなら、エンディングは夜の新宿が借景となり、カタルシスになるのだが、今回は屋台崩しも松明などの趣向もなし。割とあっさりした幕切れ。 終演後、いったん外に出て打ち上げ待ち。M田マリーが、「〇〇さん!」と駆け寄ってくる。明日、博品館劇場で朗読劇「苦情の手紙」を上演中とのことで、昼は銀座、夜は新宿と大忙し。9月の毛皮族公演には出演しないとか。 S野さんの姿を探すと、E本純子がつかつかと歩み寄り、「〇〇さん、日記見てますからね」と問い詰め顔。「『江本死ね』と書いてたでしょう」 エモジュンが時々ここを見ているのは演劇系サイトウォッチで知っていた。でも、芝居の感想は正直に書いてるだけ。エモジュンの才能を認めているからこその苦言。興味のない芝居、どうでもいい芝居ならあえて触れることもなくスルーする。でも、芝居やってる人たちが「批判」されるはイヤというのはわかる。苦労して作った舞台をひと言でバッサリ斬られたらそりゃ、腹も立つだろう。自分の仕事に置き換えればよくわかる。散々考え、苦心して仕上げた仕事が上司のひと言で否定されたら、憎しみ倍増だもの。 エラソーに演劇批評って何様よという気持ちもよくわかる。ま、ここは演劇感想だけど。 しかし、エモジュンのように直接言ってくれるのが潔くていい。問答無用の大御所に比べれば……。 「9月公演も見てくださいね」とエモジュン。もちろん。 初日打ち上げはかなりの人数。近童弐吉、広島桂、馬渕晴子、冨樫真ら「熱血ニセ家族」組は右下の席。杏里に誘われて左上部席に移動、杏里一家と歓談したが、その隣りは「焼肉ドラゴン」組。鄭義信、粟田麗、高秀喜、水野あや、若松力ら。千葉哲也が焼肉ドラゴンに出演していたのだ。椿組初日でかちあった2つのグループ。冨樫真は鄭義信の作・演出作品にも出ている。どこか緊張感をはらんでいると思ったが……。 若松力はまた実家を離れて自活するとか。「同じ家にいても最近、父親(武史)と会ってないんですよ」と。 俳優の父の背中を見て育った子は俳優に。ここにも、カエルの子が。背中を見せられない父親は子供にどう映るのだろう。 2200、S野さんと近くの居酒屋で軽く飲んで解散。 同じ青森でも津軽と違って南部の人間はおっとりしすぎる傾向があるようだ。目標に向かってがむしゃらに突っ走るのではなく、7割達成すればそれでよしとする性格。俳優、芸能を目指す人にも、このおっとり、のんびりが邪魔してるみたい。ま、無闇にガツガツするよりはいいのだろうけど。そういう意味で、松山ケンイチは特別か。 7月11日(金)曇り時々雨 1900、青山円形劇場で、タカイズミプロジェクト Vol.1 遊機械オフィス×青山円形劇場プロデュース「 Over The Rainbow……?〜アリス的不完全穴ぼこ墜落論〜」(作・演出・出演=高泉淳子。出演=山本光洋ほか) 高泉淳子が久しぶりに「舞台」をやる気になったとのことで期待大。 並びの客席に偏陸さんがいたので挨拶。「三沢に来てね」と偏陸さん。例によって上演中のひときわ高い笑い声。 タイトルから20年前の遊◎機械/全自動シアター時代の代表作「僕の時間の深呼吸」を想像したが、さすがは高泉淳子、安易に「深呼吸」の08年版を作るのではない。独身のまま年老いたOLの心象を通して、穴に落ち続けるアリスの「その後」を描く。時空を軽やかに飛び越え、日常と幻想が交錯する高泉得意の劇世界。サイモン・マクバーニーとのコラボレーションで培った演出術が垣間見える。時に差し込む中西俊博の音楽はア・ラ・カルト風。 背景画、小道具、かぶりものなど、精緻な宇野亜喜良の美術が素晴らしい。 センスフルなジャズの選曲も高泉ならでは。1時間55分。パントマイム、山本光洋の「くいだおれ人形振り」に大爆笑。これほど笑ったのは久しぶり。 終演後、宇野亜喜良さんと立話。「ティンゲル・グリム」の時もそうだが、宇野さんの完全主義から生まれた小道具のなんという精緻さ。「高泉さんのダメも結構厳しいんですよ」と苦笑い。あれだけの小道具を作るとなれば相当の費用になるだろうが、おそらく宇野さんの「ボランティア」に近いものがあるのだろう。 珍しく、元遊◎機械の制作・馬場さんも。「太田さんから下北沢で会ったことを聞きました」と。三越劇場のかしまし娘+中島淳彦を担当するとのこと。 こまつ座の瀬川さんは楽屋へ。こまつ座に出演した人がいたっけ? 2115、制作の大島さんに挨拶して家路に。 7月10日(木)晴れ 数年前に定年前依願退職したAさんの夢を見ていた。どこかの町の路上でばったり再会。「久しぶりです」と声をかける。目の前に大きな水溜り。Aさんはその水溜りに足から飛び込み、笑顔で立ち泳ぎ。なんともシュールな夢。Aさん、どうしているのか。 0600出社。 疲れがたまっているのか、昼食後睡魔に襲われ小一時間仮眠。1900帰宅。 7月9日(水)快晴 1600、日比谷。シネ2で「庭から昇ったロケット雲」を観る。予告編を観てウルウルしたから。 子供の頃から宇宙に行くことを夢見てきたチャーリー・ファーマー。努力し続け、その夢が現実に限りなく近づいた矢先、父親が急死。ファーマーは農場を継ぐため、キャリアを捨てて故郷に戻る。しかし簡単には夢をあきらめないファーマーは、なんと自作のロケットで宇宙に飛ぶ計画を立てる。私財をつぎ込み、専門知識を教えこんだ15歳の息子を右腕に、いよいよ計画実行という時に、FBI捜査官から「個人のロケット打ち上げは違法だ」と警告されてしまう。(HP) 亡父の牧場を継ぎながら子供の頃の夢を忘れられず、一人でコツコツと宇宙ロケットを手作りする男。父親がいつかロケットで宇宙に飛んで行くのだということを疑わない二人の幼い娘と15歳の息子。そして、町の人たちに変人と指差されながら、夫を信じる妻。なんという家族愛。 ロケットの側面には「DREAM」の文字。夢を持ち続ければいつかその願いは叶うという、アメリカンドリームファンタジー。いわば、「フィールド・オブ・ドリーム」の飛行士版。まさかそんなバカな、と感情移入できない人にとっては、ただのオバカ映画だろうが、ファンタジーとして見れば、涙腺が刺激され、胸が熱くなる。ファーマーを演じるビリー・ボブ・ソーントンが愚直な演技で夢を捨てきれない男を演じて秀逸。軍の元上官役でブルース・ウィリス。これは儲け役。 「信じればいつかは願いが……」 これは後になってからじわじわ効いてくる「ドリーマー映画」だ。 1830、浜松町からモノレール。目の前に立った若いカップルの楽しそうに会話が耳に入る。「ユキチャンが、ユキチャンが……」 今日は人気の無敵馬・白馬ユキチャンが出走する日。大井がかつてない賑わい。しかし、ユキチャンは今日正午に出走取り消し。目の前の若いカップルはそのことを知らないみたい。教えてあげたい……。が、いまさら教えてもガッカリさせるだけか。グッとこらえて、天王洲アイル着。 1900、銀河劇場で「PIPPIN」。 時は紀元8世紀後半、所はローマ帝国とその周辺。知識欲が盛んで多感な神聖ローマ帝国の後継者であるピピンは、生きる意味を見いだすため、身を奉げて打ち込める何かを探していた。愛・平和・名誉・家族・・・自分の身に降りかかる困難、様々な経験を通して、果たしてピピンは本当の幸福を見つけることが出来るのか。そしてピピンが最後に手にしたものとは……。 ダブルキャストで今日はkimeruが主役。女性の人気はすさまじいものがあるというが当方にはピンと来ず。案内役は大澄賢也。実力派の北村岳子はいいが、ジェームス小野田は王様役にはやや貧相。ヒロインの宮本真希ウエイトオーバー気味。中尾ミエだけがミエワールド全開。子供の頃に見た中尾ミエが目の前にいる不思議感覚。 2時間30分。大井競馬場帰りの客でモノレール満員。 7月8日(火)晴れ 1530〜1800、御徒町。2週間ぶりにKさんとおしゃべり。癒される。 1845、歯医者で抜糸。 大澤さんから8月3日に行われる三沢・記念館「テラヤマ・ワールド2008IN三沢」の案内。今年のテーマは「寺山修司とアメリカ」。第二部は三上博史の朗読ライブ。エミ・エレオノーラも共演するとのこと。これは楽しみ。 2200就寝。 7月7日(月)小雨 0630起床。0900、従姉の家でお茶をいただく。 それから、お墓の掃除。生花を買ってきて供える。 大間の最北端に行くと、昨日の取材ヘリコプター墜落事故でテレビ局数社の中継車が並んでいる。事故機、乗員とも発見されず。イカ焼き屋のおばさんが「取材の人?」と声をかけてきて、聞かれもしないのにあれこれ事故についてコメント。「お昼前にドーンという音を聴いて、飛行機が墜落したんじゃないかと思った」「この辺は潮流が速くて、海に落ちたらまず遺体は上がってこない」「隣り村でもおばあさんが海に落ちてそれきり発見されなかった」云々。 中継車がそろっているのに、緊迫感はなく、観光客がのんびりと散策している北端の海岸。波もおだやかで、事故があったとは信じられないような朝の風景。 島さんの事務所に顔出し。驚くヤッコさん。そうだよな、土曜日に下北沢で会って2日後に「下北」で再会するんだから。文化人路線を突っ走る彼女、12日には青森で行われる崔洋一らを招いてのシンポジウムに名を連ねている。イベントの宣伝の仕方は彼女の本意ではないらしいが。 1100、ネットで知り合ったTさん宅へお邪魔する。 同じ町なのに年齢が違うとなかなか会う機会も、話をする機会ない。 掲示板で気心が知れているので初対面にも関わらず話も弾む。奥さんは同級生のお姉さん。 「お母さんが生きているとき、婦人会で随分お世話になったんですよ。その頃は婦人会の活動も活発でね、若い私たちにも入会を勧めてくれたのがお母さんでした」 「田舎は同じ世代で固まったり、排他的な面もあるので、あなたのお母さんが世代交代を考えながら、積極的に会の活動を支えてくれたということは、本当に立派でしたよ」とTさん。 知らなかった。母の婦人会の活動のこと。老人倶楽部などで芸能保存会の踊りを踊ったりしていたのは知っていたが、「世代交代を考えながら、会の活性化のために一生懸命に活動をしていた」とは……。 誇らしくもあり嬉しくもあり、そのことを伝えたくても母はいない……。 正午、Gに最後の別れ。 親戚を一軒一軒回りながら、お盆に帰省できないことを詫びる。「みんなお墓参りをするから大丈夫だよ」と言ってくれる叔母たち。 1400、大湊でクルマを返し、帰京の途に。 1930帰宅。 7月6日(日)晴れ 明け方、Mさんからのメールで中学の同級生Gが夜中に息を引き取ったことを知る。起きて身支度を整え、躰道の稽古に行こうと思いながらもGのことを考えてしまう。青森はあまりにも遠い。しかし、今日明日は休み。これはGが私に来てくれということなのか……。 72人の同級生はすでに4人が鬼籍に入った。生まれたときから中学まで一緒の同級生。高校に進学したのは10人にも満たなかったから、中学を卒業して自活したGにとっては同級生と呼べるのは私を含めて67人。人生のスタートよりも人生の終わりを看取ってあげるのが仲間というものだろう。 「結婚式は欠礼しても葬儀には出席すべき」とはよくいう言葉。 人生のスタートは皆が祝ってくれるから一人くらい席を外してもいい。しかし、人生の終わりこそ大勢で見送ってあげたい。 躰道の稽古着をバッグから取り出し、代わりに2日分の着替えを詰め込み駅へ。 10・00、開店した旅行代理店に飛び込み、新幹線と駅レンタカーの手配。1120の新幹線で北上。八戸では1時間の電車待ち。疲労。 大湊着は1645。レンタカーで直行し、1800実家に到着。 帰省というのは、場所の移動ではなく時間を飛び越えることでもある。 1年ぶりの我が家。玄関の戸を開けると父と母が笑顔で待っているような錯覚に襲われる。しかし、次の瞬間、ムンとした熱のこもった気配が待っているだけ……。 窓を開け放ち、空気の入れ替え。1年前に干したバスタオルがそのままハンガーに掛かっている。時間は止まったまま。 しかし、外を通りかかる近所のおばあさんは1年分の年をとっている。家の内と外で時間の流れが異なる。ビデオを1年分コマ送りしたように、外を行き過ぎる人たちは1年分の時間を重ねている。この不思議な感覚。 弔問の前に保養センターで入浴。従弟のKとばったり。単身赴任のため1カ月に1度の帰省とか。ずいぶん会っていなかったような気がする。 2000、弔問。座敷でお酒を飲みながら故人を偲ぶ所縁の人たちの中に、同級生のN、D、S、Kらの顔も。まさかこのために私が帰省したとは思わず、「どうしたんだ? 何かあったか」と彼ら。 Gの姪のM田さんに、Gの枕元に案内される。痛みに苦しんだだろうに、今は穏やかな顔のG。まるで眠っているような。 奥さんのMさんが「送ってもらった写真を何度も何度も見て、入院したときも”あの写真を持ってきてくれ”と言ってたんですよ」と。 2カ月ほど前、Gに写真を送ったのだった。それは2月に東京でやった同級会の記念写真。 Gにとっても卒業以来始めて見る顔もあっただろう。 Gの余命を知らされたとき、何か自分にできないものかと思い、その時の写真に”お盆にまた飲もう”と一筆添えたのだ。会えないのはわかっていたが。 何十年かぶりで見る同級生の顔をためつすがめつ眺めていたというG。よほど嬉しかったのだろうか。 電話をかけて話したかったが、余命を知らされていないGに気づかれるのが怖くてできなかった。だから、最後に話をしたのはおととしの夏か。 その時、「もうじき死ぬんだから」と口癖のように言っていたが、完治したものと思い、笑い流していた。まさか本当に旅立ってしまうとは。 卒業から何十年も交流はなく、たまにお盆で会うだけ。お互い人生の折り返し点を過ぎ、これからが本当に同級生としての付き合いができると思っていたのだった。 ![]() 「〇〇、定年になったら帰ってこいよ。ここで生まれたんだから、帰ってこなかったらどうする」 そう言ってくれたG。 静かに眠るGの顔を見ながら涙止まらず。 Uターンして久しいDとも再会。深夜まで飲みながら四方山話。その後、Dは実家まで来てくれてお線香をあげてくれる。 2430、就寝。だだっ広い家に一人。部屋に置いてあるおびただしい数の昔の手紙やレコード、本、ビデオ。明け方、ふと目が覚めると一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなる。時間の隙間に迷い込んだような。 写真は仏間の掛け軸。山で仕事をする父の守り神「山の神」の掛け軸は生まれた頃から見て育った。狼を両脇に従えた山の神。、ずっと右の老人を山の神だと思っていたが、左の女性こそが山の神だと知ったのはずっと後のこと。 7月5日(土)晴れ 1500、歯医者で消毒。その足で下北沢へ。大間町興しグループ「あおぞら組」の島康子さんらが「下北つながり」で下北音楽祭にゲリラ参加。タウンホールと庄屋横の空き地で名産の販売やらイカ、ホタテ焼きをしているとのこと。陣中見舞いを兼ねて出動。 タウンホールにはピンクのおそろいTシャツを着た若い女の子たち多数。が、これは別の活動グループ。康子さは2階で物品販売。マグロ浴衣姿。Fさんは今日の熱さでダウンとのこと。少しだけ立話で庄屋に移動。大漁旗が目印とはいえ、「下北」の文字が目立たないので、ただのテキヤにしか見えないのが難点。これは大いなる誤算か。音楽祭参加とはいっても、下北沢はやはり演劇の街。劇場を巻き込まないと、街に埋没してしまう。今回のゲリラ作戦の反省を糧にぜひリベンジを。 1800、新宿。紀伊國屋ホールでイキウメ「表と裏と、その向こう」(作・演出=前川知大)。今売り出し中の劇団の新作。「時間泥棒」をめぐる会話劇。久しぶりに知性を感じさせるセリフ。演出も知的。前川知大、只者ではない。2時間15分の長尺も必然性あり。役者の演技の質が群を抜いている。浜田信也、内田慈、盛隆二、安井順平、岩本幸子……。久々の西牟田恵も好演。 7月4日(金)晴れ 腫れはひかず、薬が切れると痛みが。PTさんのメールでインプラントよりブリッジを選択すべきとの意を強くする。 「あの人は今」で久しぶりに佐々木新一を見たのでユーチューブで「君が好きだよ」を聴いてみる。 60年代、舟木・西郷・橋の青春歌謡御三家以外にも想い出に残る歌手は多い。従兄の家にあったポータブル電蓄で聴いた三田明「ごめんねチコちゃん」「ただ今授業中」なんかは、まだ見ぬ中学・高校生の初恋の味。佐々木新一は「あの娘たずねて」もいいが、「君が好きだよ」はいつの間にか口ずさんでいる風呂場の定番。 夜空の星に なりたいなんて 悲しいことを どうして言うの 声もきけない 遠くの街に離れても ああ 君が好きだよ 短い別れ 別れじゃないさ 心はみんな 預けて行くよ 濡れてふるえる まつげのさきの さきまでも ああ 君が好きだよ 夜空の星に 君だけなってどうして僕が 幸せだろう 指を結んだ その指までが 泣いている ああ 君が好きだよ (作詩=横井弘、作曲=桜田誠一) 詞が詩だった時代。「まつげの先の 先までも」君が好きだよ……なんて、ロマンチック。 まだ小学生だったから、歌詞の意味もわからなかっただろうに。今聴くと、胸がかきむしられるように、遠く過ぎ去った幻燈のような時代が懐かしい。 そうだ、まだ祖父母も父も母もみんな元気だった。 切なくなるのは、そこに理由があるのかもしれないが……。 1830帰宅。 7月3日(木)晴れ 1550、日比谷シネシャンテ3で「幻影師アイゼンハイム」。 19世紀末ウィーン。ハプスブルク帝国末期の芸術文化の都では、大掛かりな奇術=イリュージョンが一世を風靡していた。中でも絶大な人気を誇っていたのは、アイゼンハイムという名の幻影師。ある日彼は舞台の上で、幼なじみの公爵令嬢ソフィと再会する。今では、皇太子の婚約者として注目を集める彼女は、その後ほどなく皇太子邸で謎の死を遂げてしまう。謀殺の噂も沸き立つ一大スキャンダルの最中、アイゼンハイムはソフィの幻影を蘇らせる前代未聞のイリュージョンを発表するのだが…。 ピューリッツァー賞作家スティーヴン・ミルハウザーの傑作小説を、「クラッシュ」「サイドウェイ」のアカデミー賞製作スタッフが仕掛けるラブ・サスペンス。(サイト紹介文) というわけで、最近これほど期待した映画もなかった。上映は金曜日までなので前日に駆け込みで見ることに。 で、期待した分、これほど肩透かしを食らった映画もない。 世紀末ウィーンの風景は悪くない。語り口も悪くない。しかし、途中から展開もラストシーンも読めてしまう単調な脚本は……。 ヒロインが感情移入できるような清楚で儚げなタイプではないのも敗因。唯一、警部役のポール・ジアマッティの演技が見せる。皇太子役のルーファス・シーウェルは役者の鈴木省吾そっくり。 たぶん、中学生が初めて映画館で映画を見たとしたら一生記憶に残る映画になるのだろうが、すれっからしにとってはちょっと質のいいハーレクイーンロマンスに過ぎない。これがピュリッツア賞作家の作品?と思ったら、かなり大きな脚色をしているみたい。原作を壊しているとの評もあるので、すぐにアマゾンで原作を入手。 1830、池袋。西口のうどん屋でけんちんうどん1100円。 1900、東京芸術劇場中ホールで「STOMP」。3年ぶりの日本ツアー。前回と比べてより観客参加型のエンターテインメントに。メンバーの一人一人の個性を強調、いじり役をつくったり。もちろん、廃材や肉体を使ったリズムとサウンドが基本。1時間45分、単純な「音の競演」を間断なく展開させるのは技量もそうだが演出力が大きい。時に観客の拍手も重要な演出に。 2045終演。ひまわりの吉田さんに挨拶して家路に。 7月2日(水)晴れ 痛みで何度も目が覚める。 なぜか永井愛さんの夢を見ていた。どこかの路上で長い長い立話。ときどき、見知った俳優が通りかかり、そのたびに会話は中断。いったい何の予知? PANTAさんとK嶋さんからお見舞いメール。昨日はO野目さんと一緒だったとのこと。残念。「青ひげ公」で「共演」した仲(?)だから、お会いしたかったのに。 1500、仕事を切り上げ歯科医院へ。気が重い。歯を一本抜くのに二日間もかけるなんて。またあの恐怖を味わうことになると思うと逃げ出したくなる。 案の定、今日も3時間。なかなか抜けずに四苦八苦する歯医者。「フー」とか「うーん」「これはちょっと……」なんて漏らす言葉は患者が不安になるからやめてほしい。 診察台の上で何を考えていたかというと、小学校の頃のこと。1年の時、桟橋から磯の岩場に頭からまっさかさまに落ちたことがあった。近所の診療所には麻酔もなく、そのまま頭を3針縫った。「泣きもしないでじっと我慢してた。なんて我慢強い子なんだろう」と母はよくその時の話をしてくれた。父はその報せを受けたとき、黙って煙草に火をつけた。「桟橋から岩の上に頭から落ちた」と聞いて、一瞬、大きな事故であることを覚悟したのだろう。それから40以上年もたって、歯医者の診察台の上で、その時のことを思い出すなんて。 最後の一片が取れたのは3時間後。アゴの骨を傷つけないように……と言っていたが最後は無理やりだったようで、顔の右半分大きく腫れ上がる。こんなにも丈夫な歯を抜く必要があるのか疑問。終わったことは仕方ないが。 1900帰宅。 7月1日(火)晴れ 夜中に歯の痛みで目が覚めるなんて絶えてない事。一晩眠れば治ったのに……。 会社に行っても痛みは増すばかり。思い余って歯科医に電話。1630の予約を。 駅のホームで昭和精吾さんにばったり。笑いながら「古希になったら記念公演やろうかな」。「まだまだ先でしょう」「いやいや、あと3、4年だよ」 天井桟敷から40年。昭和さんにも古希が近づく……か。 かかりつけの歯医者さん。腕のほうは確かだが、今度ばかりは勝手が違う。 レントゲン撮って、「ここが怪しいですね」と、奥歯から二番目の歯に照準。治療済みで金属をかぶせてあるのだが、根っこに炎症が発生したらしい。「ここは抜歯したほうがいいですね。変色してるし」というわけで、抜歯に同意。「1時間もかからないだろう」。 今日は燐光群の芝居。PANTAさんも行くので現地で落ち合うつもり。治療が終わったら十分間に合う、などと安易に考えていたが、自分の歯の根の深さを知らなかった。アゴの骨までしっかり根付き、1時間、2時間、痛みに耐えても抜けない。そのうち頭痛と麻酔の覚めた痛みでボロボロ。途中で、医者に頼んで携帯でメール。PANTAさんにキャンセルのお願い。残念無念。渡したいDVDがあったのに。その後も、医者の奮闘は続くが、ついにギブアップ。「明日、残りの部分を取りましょう。もう、削るしかないですね」 時計は1930。恐怖と不安の3時間。歯医者にだけはかかりたくないものだ。そういや、ダスティン・ホフマン主演のナチス映画「マラソンマン」は歯医者の拷問だったっけ。どんな拷問より、歯医者の拷問が恐ろしい。 |