2月28日(土)晴れ

0630出社。

1500、神楽坂。シアターイワトで龍昇企画「風景の没落」(作=犬井邦益、演出=福井泰司)。
 隣席が元金杉アソシエーツのS塚さん。前にもここで偶然会ったのではなかったか。蜷川演劇にもよく出ていたが、「今年の予定はまだ何もないんです。去年、一昨年働きすぎたから」とS塚氏。

 都会の高台にある高級住宅地の中にぽっかりと空いた更地。昔は大きなお屋敷があったらしい。黄昏時。男が一人現われる。そのお屋敷の所有者であった中年男。そこに大学教授、ホームレス、女、神主(?)らが現われ、この土地をめぐる、いつ果てるとも知れない論考が始まる。
 兼好法師から折口信夫、はたまた柳田國男? 民俗学的考察を織り交ぜながらの詩的演劇。久しぶりに役者復帰の小松杏里。さすがに昔取った杵柄、セリフに色香がある。

 個の記憶が共同体の記憶に埋没していくとき風景の没落が始まる? 芝居を見ながら、つい故郷の「風景の没落」を重ね合わせていた。1時間40分。

 終演後、銀座に急行。BLDギャラリーで開催中の「写真屋 寺山修司展」最終日。田中未知さんに電話すると「新高さんと一緒」とのこと。ギャラリーでポ スターを買った後、彼女たちがいる近くの喫茶店へ。未知さん、新高さんに挨拶もそこそこに、丸の内線に飛び乗り、阿佐谷へ。

 江戸竹で刺身定食1000円。 1830、ザムザ阿佐谷へ。前売り完売、当日券も稀少とヒートアップ気味のプロジェクト・ニクス公演「星の王子さま」が1900から。
 開場を待つ長蛇の列。出演者の顔ぶれを見ればそれもムベなるかな。

 狭いザムザに120人強とびっしり。でも、座椅子があるからラク。人いきれで客席の温度は急上昇。客入れをしている男、誰かに似ている……と思ってよく見たら川上史津子ではないか。髪を刈り上げ、男姿。気がつかないほどの変身。

 1968年に上演された寺山修司の「星の王子さま」は男装の麗人たちによる倒錯の音楽劇。宇野亜喜良氏の09年版は、この寺山版と、原作の「星の王子さ ま」を人形劇としてパラレルに描く。演出は金守珍。唐十郎作品とはまた違う叙情的な演出。ロリータ・デュオ「黒色すみれ」をフィーチャーし、狂言回しの 「ひつじ」は初演と同じく蘭妖子。全体に、金守珍カラー抑えめ。
 劇中のレビューショーはゲスト5人による白波男の口上。渚ようこ、フラワー・メグ、野口和美、中山ラビ、そして涌井歌織。涌井は新宿の飲み屋「ル・タン」のママさん。渚ようこ、ラビ、黒色すみれ、みんな酒場のママ兼任という顔合わせ。

 さすがにミュージシャンは場慣れしてるし、舞台度胸もあり、セリフも澱みない。口上の口跡も鮮やか。渚ようこは「新宿マドモアゼル」を、フラワー・メグ、ラビもそれぞれ持ち歌を。手拍子、掛け声、客席さらにヒートアップ。

 寺山修司の目を通した「批評的」な「星の王子さま」と、原作のパラレル上演にどんな意味を持たせるのか多少疑問符はつくが、一晩の祝祭劇として見れば、 最高の芝居。点子ちゃん役の山田ひとみ、今村美乃がキュート。宇野亜喜良さんの精緻な人形がまたすばらしい。宇野美術を見るだけでも満足。

「寺山さんが生きていたら、09年の星の王子さまにどんな結末をつけたでしょう」と叫ぶ蘭さんの哀切極まるセリフ。 2時間強。

 終演後、金ちゃん、蘭さんらに挨拶。そのまま帰ろうと駅に向かったところで、M浦伸子ちゃんから電話。で、川上さんと「吐夢」へ。なんでも、店のママが拙ブログを読んでくれているとのこと。匿名なのに……アシがついてる。

 金守珍、ミュージシャンの朴保さん、作家の梁石日さんらと乾杯。
「村田弘美はすごいよ。驚いた。彼女、声優になっても大成功すると思う」と金守珍が村田を大絶賛。

 伸子ちゃんに紹介され店のママさんとご対面。なんとその昔、阿佐ヶ谷にあったジャズ喫茶「鈍我楽」、伝説のジャズ喫茶「吐夢」のオーナーの奥方だった。89年に私が阿佐谷を引っ越した後、いつの間にか「鈍我楽」は閉店していたっけ。

 店に入る前に「吐夢」という店名に妙な懐かしさをおぼえていたが、なんのことはない「元祖」そのものだったとは。カウンターで少しおしゃべり。「怖い人かなと思ってました」とママさん。うーん?なぜだ。
 2300、電車に乗り遅れないように、金ちゃんたちに挨拶して一足先に失礼。
 
 帰宅は0030。

2月27日(金)晴れ 

 関東は久しぶりの雪景色。とはいっても、すぐに融けて消える儚い命。

 入院していた従姉が無事退院。ほぼ予定通りの経過だった。よかった。こんなに嬉しい報せはない。仕事を休んで駆けつけた息子と夫に付き添われ、家路についたとのこと。「こちらはいい天気」と。本当によかった。

 1700帰宅。おととい、郡山青年会議所に注文したらもう今日には届いていた。DVD「百万人の大合唱」(須川栄三監督・東宝・72年)。http://www.tokyo-kuwano.com/120kinen/100mannin.html
 ネットでフラワー・メグを検索していたら偶然見つけた出演映画。聞いたことのないタイトル。でも、なんとなく隠れた名作の匂いが……。

 そのカンはピタリと当たった。 暴力団の抗争が相次ぎ、「東北のシカゴ」と呼ばれた”暴力の街”福島県郡山市が、音楽を通した市民の努力によって「東北のウィーン」と変わっていく実話を元にした作品。

 主人公の音楽教師は若林豪。彼に思いを寄せる女性に酒井和歌子。同僚教師が岸田森。ヤクザの幹部は草野大悟。無残な死を遂げるチンピラに峰岸徹(当時は 隆之介)。その恋人がフワラー・メグ。抗争の犠牲となる少女に石井くに子。その父が大坂志郎。新聞記者は三上真一郎。故人になった俳優も多い。
 当然ながらみんな若い。特に峰岸徹の精悍さよ。

 単純な善悪二項対立ではなく、コーラス運動から脱落していく市民、ヤクザに擦り寄る有力者、暴力に見てみぬフリをする市民……織り込まれるさまざまな人間模様。

 ビックリしたのは、冒頭に吉田拓郎が出演したこと。

 市民の手による「よしだたくろうコンサート」が暴力団の妨害で、観客がほとんど集まらなく失敗に終わるというシーン。拓郎は「今日までそして明日から」を歌う。歌は明らかにレコードの音源だが。

 それにしても酒井和歌子の美しさ! 私は当時中学生。なぜか当時は酒井和歌子の清楚な美しさに心を動かされなかった。
 今見ると、まさしく天女。この世の者とは思えない。この時代の酒井和歌子の美しさは吉永小百合だってかなわない。

 フラワー・メグ出演の映画を見ようとして思わぬ収穫。メグも、はすっぱな役だが、重要な役どころ。歌もうまい。
 こんな映画があったとは。まったく知らなかった。それもそのはず、なんでも、映画公開初日に、あさま山荘事件が勃発。国民は連日のテレビ中継にかじりつき、この映画は記録的な不入りに終わったという。運が悪かったのだ。
 寺山修司の映画「田園に死す」公開当時も、ちょうど「エマニエル夫人」が爆発的なブーム。そのあおりで、「田園に死す」が「エマニエル夫人」に差し替えられた。名作の受難。これも運が悪かったとしかいいようがない。

2月26日(木)晴れ
 
 1620、お茶の水で久しぶりの鍼。
 1800帰宅。
 
 新幹線の座席に置いてある通販誌を見て購買意欲を刺激されたのが「抱き枕」。横抱きにして寝ると足の負担が減るとか。欲しいなと思っていたら誕生日に家人からプレゼントされた。

 最初は違和感があったが慣れると結構重宝。見かけは手塚治虫の「不思議な少年」に出てくる四次元オブジェみたいで不気味。アニメおたくはこれに等身大の 美少女カバーをつけるとか。枕相手にピロートークというのもちょっと…。そういえば先日のNHK「お買い物」の老人は寝るとき「脚に枕を挟まないと眠れな い」と言ってたっけ。そんな人もいるみたい。
 もっとも、自分の場合は朝になると抱き枕は枕元ならぬベッドの足元に落ちてることが多いのだが。

 ユーチューブ在日韓国人・吉屋潤が歌った「1990年」を聴く。「1990年 娘は21 ♪」1969年のリリース。オリジナルではないが、伊東ゆかりの歌もいい。1969年に生まれたこの娘も、もう40歳になるのだろう。歳月は……。

2月25日(水)晴れ

 下北沢の居酒屋「古里庵」が1月いっぱいで閉店した。ベニサン・ピットも閉館。コマ劇場、シアターアプル、シアター・トップスも閉館。09年は80年代文化のひとつの終焉?

 1930、阿佐谷経由で吉祥寺へ。吉祥寺シアターでモダン・スイマーズ「トワイライツ」。蓬莱竜太の新作。いつもは上演時間1時間半というコンパクトな作 品が多いが今回は2時間。
 主人公(鶴田真由)は、異母兄、病身の父と暮らす少女。彼女が小学校時代から相手を変えながら何度も繰り返す人生のロールプレイイング。その仮想の中に兄と妹の相克が忍び寄る。繰り返される恋愛模様。夜光ホテルで試した反復の発展形?

 今年は高円寺に新劇場がオープンする。中央線に来る機会が増えるだろう。空を飛んで、あの娘の胸に突 き刺さる中央線に…。

 

2月24日(火)晴れ

 2月10日(日本時間11日)に、高度800`で起こったロシアの軍事衛星と米国の通信衛星の衝突によって、宇宙ゴミがまた増えた。この宇宙ゴミ、 1957年の衛星打ち上げから半世紀で3000万〜4000万個、重量で数千トンに達するという(YOMIURI ONLINE)。
 ゴミといっても、秒速5`前後のスピード。わずか1センチの破片が衝突する衝撃は車が時速100`で衝突するのと変わらないという。宇宙ゴミと宇宙船が衝突したら……空恐ろしい。
 この広い宇宙空間でさえ、衝突確率は年々増えているわけだが、地上で、飛行機が原発を直撃する確率も限りなくゼロとはいえない。
 その意味で、アメリカの原子力規制委員会(Nuclear Regulatory Commission)が17日に出した決定はしごく真っ当であるといえる。
 アメリカで新たに作られる原発は航空機の衝突に耐えられる強度を持つことが必要になったというのだから。
 "This is a common-sense approach to address an issue raised by the tragic events of Sept. 11, 2001," said NRC chairman Dale Klein.
(「これは、9.11で明らかになった問題への常識的な回答だ」と NRCのDale Klein 委員長がコメント。
 万が一の事態が起これば、それは人類の破滅につながる。だから技術における「万が一」への対処は、いくら過剰でも過剰とはいえない。http://www.boston.com/news/nation/washington/articles/2009/02/18/tougher_rules_set_for_new_reactors/

 翻って、わがニッポン。この狭い国土、しかも地震国に50数基の原発がひしめき合っている異常。
 原発の重大事故を「杞憂」と笑う人はある意味幸せだろう。
 しかし、天は落ちてこなくても、飛行機は落ちる。いや、落とされることもある。
 (こういう時こそ)アメリカを見習って、原発の「防空構造」をきちんとしてほしいもの。……というよりも、原発は全廃し、人類が安心して暮らせる環境に戻すべきだろう。
 人は病気になって初めて言う。「カネはいらない。健康が一番だ」と。

 1630、秋葉原でマッサージ。1830帰宅。

 録画しておいた「ありふれた奇跡」を見る。初回から感じたが、仲間由紀恵の同僚の役を演じている黒坂真美の方が仲間よりも目立っている。惹きつけるオーラがある。要注目の女優。

 amazonで注文したエミコ・ブルー「土曜の夜何かが起きる」が届く。ユーチューブで聴いて、いいなと思って注文したもの。02年のリリース。正体不明。でも、いい。
 Peziteの「アダムスキー」も到着。ジムノペディの二人が再結成したバンドだから当然のこと、小林殉一のカラー。ジムノよりロック色が強まったか。ナオミのボーカルは相変わらず艶っぽい。一番の聴きものは「デイジー」。

2月23日(月)晴れ

 夕方、吉祥寺まで。1830からTBSパックの故・林美雄さんを慕うネットオフ会に出るため。休日は外出しないという不文律があるが、なんとかやりくりして家を出ることに。

 久しぶりの吉祥寺・井ノ頭公園。池に掛かる橋はいつの間にか木橋からコンクリートに。

 井ノ頭公園の一角にある「寺子屋」なるフリースクールが今回の集結場所。総勢14人と盛況。ワイワイと和やかな会合。出席者によるミニライブも。

 このフリースクールのオーナーでもあるパントマイミスト松井朝子さんも顔を見せ、二階の稽古場でマイムの実演を披露してくれる。松井さんは「市民による外環道路問題連絡会・ 三鷹」の代表委員。外環計画によって三鷹の環境が破壊されることを憂慮し、反対運動の先頭に立っている。マイムを通して人生にとってなにが大切なのかを訴 える松井さん。その伸びやかな肢体と精神に感銘と共感。

 2200、まだ宴会は続くが一足先に家路に。暗い木立の中をジョギングする若い女性、帰宅の若者。吉祥寺、井ノ頭公園の風景にわが青春の残滓を見る思い。

2月22日(日)晴れ 

 躰道稽古は休み。右足首に違和感。

 「好き好き好きとお前から♪」
「好き好き好きだから好きだから〜♪」

 サビの部分が頭の中でリフレインするが、何の歌だったかわからない。こんなとき、ネットは便利。調べたら、前者はヴィレッジ・シンガーズの「好きだから」、後者は、梶光夫と高田美和の「アキとマキ」というデュエット曲だった。

2月21日(土)晴れ


 0630出社。滞りなく仕事を片付け、1500、中野へ。
MOMOでKstory「忘却〜忘れゆく者たちへ」(作=樹山梨於、演出=大槻修治)。

 若年性アルツハイマーと診断され、日々記憶を失っていくキャリアウーマン、夫に先立たれた専業主婦、若い男にだまされ、財産を失ってしまったOL。3人の仲のいい「アラフォー」たちのちょっぴりせつない友情物語。

 日々、記憶を失う恐怖と向き合わなければならない女、死んだ夫の記憶が次第に薄れていくことに罪悪感をおぼえる女、結婚詐欺の男を忘れたいのに、未練がある女。そして、突然、現われた記憶を失くした男。「記憶」をテーマに、3人の共同生活を描くコメディー。
 コメディーとはいっても、テーマが重過ぎて、ほとんど笑えなかったが……。
 山口美砂、桐山ゆみ、詩乃優花。息の合った女優3人の演技がしみじみと胸を打つ。女は強い。

 1時間50分。
 1730、落合経由で新宿梁山泊稽古場「芝居砦満天星」へ。
 今日は1900から通し稽古。その前に様子を見に行ったのだが、ちょうどメイクの最中。蘭さん、フラワー・メグさん、中山ラビさんらに挨拶して、東中野駅へ。

 祖師谷大蔵で、T中未知さんとN高けい子さんと会食。天井桟敷時代のエピソードをたっぷりと。
 たくましさ、生命力。女性の強さに男はかなわない。
 2200、バス停でN高さんを見送り、家路に。これから責任重大。

2月20日(金)晴れ

 1900、世田谷パブリックシアター・シアタートラムで「ピランデッロのヘンリー四世」。「現代演劇の再生」を目指して、串田和美と白井晃がタッグを組んだ舞台づくりの第3弾。
 ノーベル賞作家、ピランデッロの「ヘンリー四世」を、串田和美主演で。白井晃はマティルダ夫人の愛人役。

 郊外の別荘。
 落馬事故で記憶を失い、自分を11世紀ドイツのヘンリー四世(カノッサの屈辱)だと思い込んでいる男。その治療のために、若者たちを雇い、男をヘンリー四世の僕として演じさせる医師。

 この日、男の甥と医師、マティルダ夫人とその娘、そして夫人の愛人がやってくる。
 中央に玉座。両サイドにはヘンリー四世と、トスカーナ伯爵夫人マティルダの衣裳をまとった女性の巨大な肖像画。

 真っ白な素舞台を映像と吊りモノひとつで王宮に変えてしまう白井晃の舞台美はいつもながら素晴らしい。シンプルかつゴージャス。後期天井桟敷の舞台美術のように、洗練された美術と演出。
 寺山賞はやっぱり白井晃以外ない。

 狂気と正気、虚実ないまぜのヘンリー四世。果たしてヘンリー四世と称する男は狂気なのか演じているだけなのか。
 自由劇場のこけら落とし第二弾以来、42年ぶりにヘンリー四世を演じる串田和美、そして秋山菜津子、白井晃……3人の演技を見るだけでも価値がある。
 1時間50分。

 開演前に、松本に行った元制作の笛木さんと久しぶりのご挨拶。
2月19日(木)晴れ

 従姉の手術日。朝から落ち着かず。夕方四時過ぎに「成功」の報せ。よかった。本当によかった。
 それにしても長かった。娘の心臓手術の日を思い出す。あの時も、朝から午後四時ころまでかかった。永井一日だった。

 

 1900、銀座、ピカデリー1で試写会。5月公開の「GOEMON」(監督=紀里谷和明)。マスコミ、関係者で満席。

 安土桃山時代を舞台にした戦乱活劇。見事なCG。「300」+「レッドクリフ」といったところか。江口洋介(石川五右衛門)、大沢たかお(霧隠才蔵)の配役もぴったり。もちろん虚実ないまぜの破天荒な物語。まるで動く西洋絵画。2時間8分飽きさせず。
ただ、広末涼子の芝居が……。どこがいいのかわからない。


 ポニーキャニオンは18日に再発売を予定していたデビュー盤「はっぴいえんど」や 「風街ろまん」の出荷、5月20日に発売予定だった「はっぴぃえんどLIVE ONSTAGE」の販売と、楽曲の配信を中止したことを明らかにした。また、キングレコードも3枚目のアルバム「HAPPY END」、「シングルスはっ ぴいえんど」など4作品を出荷停止。クラウンレコードは鈴木容疑者の個人名義作品のほか、細野さん、松任谷正隆さんらが参加した「ティン・パン・アレー」 や、「鈴木茂&ハックルバック」名義の14枚の出荷停止を決めた。店頭にある作品の回収はしない。


 鈴木茂の大麻所持事件でこの過剰反応。なんという世の中か。大麻は酒よりも依存性がないという説もある。酒飲んで醜態さらすよりも、大麻の方がまだまし……だったりして。

「江東区OL殺害の星島に無期」の判決。これは5月から始まる裁判員制度への巧妙な布石か。
 残忍極まる殺害方法がマスコミで詳述され、一般市民に「死刑にせよ」の世論を喚起させる。ところが、裁判官は「無期懲役」判決。そこで、「市民感覚」の ない裁判官よりも、市民感覚のある「裁判員制度」の有益性を訴える。国民は「星島を死刑にできない裁判制度よりも、やっぱり市民参加の裁判員制度の方がい い制度だ」と刷り込まれる。
 肉を切らせて骨を断つ? 裁判官に批判を集中させて、裁判員制度をPRする。巧妙なやり方。
 コロッとだまされて、「やっぱり裁判員制度はいい制度」と思わないようにね。


2月18日(水)晴れ

 1500、下北沢、劇小劇場でジャムセッション第9回公演「女の平和」。この時期、なぜかこの作品が他の地域で2公演ある。戦争の時代を反映しているのか。村井さんの隣りで観劇。

 ジャムセッションが「女の平和を上演するのは05年に続いて2度目。
 演出は西沢栄治。アリストファネスの喜劇をほとんど改変することなく舞台に。アテネとスパルタの戦争をやめさせるために、両国の女たちが一致団結し、閨房拒否のストライキを打つというもの。たわいもない物語といえばそれまでだが、これはいつね世でも効果ありそう(?)
 男女5組の恋愛模様を絡めながら大団円。股間の巨大な張りぼては紀元前5世紀の原作台本通りとか。文学座付属養成所出身の女優・東さや香に華がある。

 もともとスピード感ある演出なので賞味1時間の芝居は体感時間40分。

 終演後、たまたま見に来ていた有本さん、そして西沢さんと立ち話。なぜか、ジャムセッションに来ると有本さんと会う。11月のプロデュース公演は矢代静一作品。今日は打ち合わせということで矢代さんの娘さんと一緒。

 芝居のエンディングは、小林殉一・ナオミの「ジムノペディ」の曲。西沢氏に尋ねると、「よくご存知で」と驚いた顔。ジムノペディは解散後に新バンド「PEZITE」を結成。ファーストアルバム「アダムスキー」を発売したばかり。

 いったん帰社して、秋葉原でマッサージ。肩が懲りすぎて耳鳴りがひどい。
 1900帰宅。


 本人辞任で一件落着?の中川問題。しかし、この議員、いわゆるタカ派中のタカ派。ウルトラ右翼なわけだが、「いやしくも国会議員たるもの、天皇の認証を得 てその地位にある。ということは、世界に恥をさらした醜態記者会見は、その認証者たる天皇の顔に泥を塗ったことになる。潔く腹を切って陛下にお詫びするの が筋ではないか」との声が澎湃として沸き起こってもいいんじゃないの?……なんて。

2月17日(火)晴れ

 YouTubeで拓郎の「静」を見つける。「オンステージ第二集」に入ってる曲。長いこと聴いていなかった。オリジナル盤が拓郎の許可なくリリースされた ため、今もってCD化されていないレコード「第二集」は好きな曲がたくさん入ってる。「恋の歌」「おいらはポー」「プロポーズ」etc

 中でも「静」(花酔曲)は拓郎のロマンチシズムあふれる一曲。スタジオ録音よりも、ギター一本だけのこのライブ盤が圧倒的にいい。
 このライブ盤が出た頃だったか。高校を卒業し、上京するまでの1カ月、地元の市役所でアルバイトをしていた。
 そこで同じくアルバイトとして短期間だけ、働いていたのが「静」という字が名前につくSさん。東京帰りとかで、スラリとしたプロポーションに長い髪。二 十歳を少し過ぎたくらいか。白いマークUで通勤していた。雪道を歩いているとき、スーッとクルマが止まり、「乗っていく?」と運転席からSさんが声をかけ てくれたことが何度か。17歳の高校生は年上のひとにときめいたっけ。
 拓郎の「雪」という歌はそのときの自分の気持ちとピッタリ。
「雪でした あなたの後をついていきたかった 振り向いたあなたの瞳は はやくお帰り坊やって言ってた……」


 その後、Sさんも再上京したというウワサを聞き、東京の街を歩くたびにそれらしき人影を探したものだ。でも、それっきり。雪を見ると、今もSさんのことを思い出す。
 このところ、忘れていたのは、たぶん東京には雪がないからだろう。
「心の片隅に 閉ざされてた優しさをあなたが思い出させてくれた♪」

http://www.youtube.com/watch?v=TbQvUs6PS70

 今日は家人の誕生日。新宿三越でプレゼントを買い、せんげん台の有名なフランスケーキ屋さん「キャトーズ・ジュイエ」でケーキを買って家路に。

2月16日(月)晴れ

 たっぷり睡眠をとったはずなのに、まだ眠り足りないのは春が近いから? が、目覚めた瞬間飛び込んできたテレビ映像に眠気も吹き飛ぶ。

 G7閉幕後の中川金融・財務相の記者会見での醜態。ひどいもんだ。ロレツは回らない、目はうつろ。ほとんど泥酔状態。イタリア紙には「わが国のカプチーノ飲めば目が覚める」と書かれたそうだが、全世界に配信された映像が日本に対してどんな印象を持つか。
 昔、若松孝二監督の「壁の中の秘事」がベルリン国際映画祭に出品されたことを指して、日本の映画記者が「国辱」呼ばわりしたが、今回の中川の醜態をこそ「国辱」といわずに何を「国辱」と言うのか。「国益」を損ったという意味で「国賊」といったほうが正しい。

 なぜ、こんな中川が永田町を遊泳できるかについては父親・一郎の怪死事件の真相を担保にしているという説もあるが、それはどうだろう。
 一方で、水戸黄門をきどって「悪代官=麻生を懲らしめるの図」を演出する小泉。身内に「悪役」を作って、批判の矛先をそこに集中させる、いつものやり口。でも、もう国民はお見通し。「小泉劇場再来」と煽り立てるテレビは国民に見放されるだけ。


 愛川欽也さんがラジオ生放送中に番組降板宣言。スポンサーなしでの放送が続いていたという。それが、4月から別の番組がスタートすることが決定事項とな り、それが愛川欽也に漏れ伝わってきた。それまでの「つなぎ番組」になってしまうことが彼には耐えられなかったのだろう。「お通夜のような番組」にはした くない、と今回で降板宣言。  (パック・イン・ミュージックに関して)「なんか自然消滅みたいに終わらしちゃったのを、僕は非常に後悔しておりました」とも。
 男の引き際か。http://www.joqr.co.jp/blog/kinsun/

 下の音声はNHK・FM「サウンドストリート」でDJを担当したマンタこと松任谷正隆の最終DJ。1981年3月30日、降板の日。

2月15日(日)晴れ

 0900〜1200、躰道稽古。人間は「動物」。やっぱり「動く」ことが大事。久しぶりに気持ちのいい汗。

帰宅後、少し足首に痛み。無理はしないほうがいいか。
 昨夜、NHKで放送されたドラマ「お買い物」を見る。最初、パソコンで作業しながら聴いていただけだが、途中から引き込まれ、最後まで。こんなにも面白く、胸にしみじみと迫るドラマは久しぶり。

 田舎に暮らす老人(久米明)が、渋谷で開かれている中古カメラ展に行くというだけの話なのだが、一緒についていく妻(渡辺美佐子)との会話がなんともい えずおかしい。昔なら家一軒買えるほどの値段がしたというカメラが今は8万円。それを買おうか買うまいか迷う老人。若い頃、カメラマニアだった老人の思い がひしひしと伝わってくる。老夫妻を泊める孫娘(市川実日子)の無愛想さもいい。優しすぎず、かといって冷たくもなく。近頃、テレビドラマを見て、こんなに声を出して笑ったのは本当に久しぶ り。脚本は五反田団の前田司郎。いい仕事。このようなドラマはもはやNHKでしか作れない。

 最後まで見終わってもう一度頭から見直す。また笑う、そして泣く。老夫婦の姿に重ねるのは自分の両親、いや、自分の行く末か……。


2月14日(土)快晴

1400、赤坂。REDシアターで劇団鹿殺し「ベルゼブブ兄弟」(脚本=丸尾丸一郎、演出=菜月チョビ)。

 舞台はある地方の町。兄弟として育てられた実子の2人と従兄弟の2人。彼らは父の葬儀で再会。そこで父の死因をめぐって互いに疑いを抱き始め……。パンクでロックな鹿殺しの残酷ホラー・サスペンス家庭劇。ライブと演劇の合体。ユニークさでは他の追随を許さない。
 約2時間。
 春一番が吹き、コート姿では暑いくらい。もう春はそこまで。

1900、世田谷パブリックシアターでオペラシアターこんにゃく座「ネズミの涙」(作・演出=鄭義信、音楽=萩京子)

 鄭義信への最初の依頼は、まるごと「西遊記」だったとのことだが、鄭義信は西遊記の三蔵法師一行を、「天竺という理想を振りかざし、他人の土地を蹂躙し、”悪の枢軸”たる妖怪を支配しようとする、とんでもない一行に見えてくる」と、筆が進まず、今回の作品に。

 主人公は、東と西のドブネズミたちが戦争をする、その戦場をオンボロトラック一台で移動していく天竺ネズミの芸能一座。ブレヒトの「肝っ玉おっ母あ」のシチュエーションを借りて、戦争の矛盾と悲惨さを描いたもの。
 芸人一行の出しものは「西遊記」。ピアノとサムルノリによる演奏。
 舞台は底抜けに明るく、笑いが絶えない。
 しかし、長男は兵士たちに言いくるめられ、途中で戦争志願し、挙句の果てに無抵抗な捕虜を殺した罪で敵側に銃殺される。「俺たちには最初から息子はいなかったんだ」
 そうつぶやいて旅を続ける両親。長女もまた旅の途中で戦争の犠牲となる。
「娘はいなかったんだと思うしかない」
 一人、二人と家族が消えていく。西遊記の登場人物も……。

「反戦」をテーマにしながらも、抗うことなく流されていく人間の矛盾を物語に忍ばせる鄭義信の脚本が秀逸。ドブネズミ同志の戦争、天竺ネズミと他のネズミの恋愛……人種・民族差別問題が根底にあるのも鄭義信ならでは。

 休憩時間に、TSミュージカルFのE塚さんと立話。「リハビリは順調で……」と。去年12月24日にSさんが手術したとのこと。経過は順調で、今もリハビリに励んでいます」とのこと。知らなかった。
 木山事務所の木山さんとも久しぶり。「今、公演の準備をしています」と復活宣言。

 2時間45分。急いで、家路に。

2月13日(金)晴れ

 1830、荻窪で途中下車。久しぶりに名曲喫茶「ミニヨン」でくつろぐつもりが、古書店に寄り道。このところ、古書店もめったに行かなくなった。欲しい古 書はネットで探すことが多い。で、たまにリアル古書店に行くと、自分で思いもよらない買い物をすることも。山本コウタローのベストセラー本「誰も知らな かったよしだ拓郎」を800円で購入。

 吉田拓郎を卒論のテーマにした山本コータローによって書かれた拓郎の半生期。75年出版だから、金沢事件のあたりまで。当時はこの手の本にはまったく興 味がなかったが、30年たって、素直に読むことができる。拓郎のプライベート写真も満載し、結構、面白い、真面目な作り。
「40歳ぐらいまでは歌い続けていたい。といってもナツメロシンガーじゃなく、今まで通り、常に新しい歌を作ってね」
 と語る拓郎。40歳どころか、還暦を超えてなお現役で歌い続けている拓郎。しかし、全国ツアーは今年で引退という。3月22日にはNHK・BSでスタジオライブを放送。これは見ておこう。

 それにしても、子供の頃の拓郎は病弱で1年に90日学校に行けばいいほうだったとは初めて知った。そんな弱い子供だったからこそ、初期には反戦や社会的な歌を作ったのか。

 これは1972年頃に放送された拓郎パックの一部。四角佳子との掛け合いがあるから、たぶん最終回。録音したのは高校時代。この中で歌っている「おいら はポー」(オンステージ2に収録)が79年、盗作問題に発展する。「オンステージ2」も拓郎の許可なしでのフライング発売であり、CD化されることも永遠 にないだろう。もちろん、当時はそんな裏事情は知る由もない。

1930、吉祥寺シアターでMONO「床下のほら吹き男」(作・演出・出演=土田英生)。

 MONO20周年記念公演。劇場入口の喫茶コーナーで一休み。カフェ・ラテ500円。

 とある旧家。廊下の羽目板をはがすと床下にぽっかりと空いた地下室が。旧家の主である4姉妹が驚いてリフォーム屋を呼ぶが、やってきたのは悪徳リフォー ム屋。親方は工期を長引かせて800万もの大金をせしめようとする。が、床下から現れた奇妙な男のホラ話が、4姉妹とリフォーム屋たちの心にさざなみを。 ウソがマコトに、マコトがウソに。ほら吹き男のウソを触媒に、居合わせた男と女たちの本心が揺れ動く。

 MONO独特の微妙な間のある笑いは実に知的。水沼健、奥村泰彦、尾方宣久、金替康博、土田英生のMONO5人衆に加え、亀井妙子(兵庫県立ピッコロ劇団)、ぼくもとさきこ(ペンギンプルペイルパイルズ)、松田青子、山岡徳貴子(魚灯)が客演。

 ほら吹き男の水沼健の飄々とした演技に頬の筋肉が緩むこと。
 床下の美術にも注目。お金がかかっていそう。
 出演者のパンフレットの文章が実にうまい。文字で笑ったのは久しぶり。

 1時間50分。
 2135、武蔵野線経由で家路に。




 小泉元首相が12日、自民党本部で開いた郵政民営化推進派の会合で、麻生太郎首相の民営化見直し発言を「怒るというよりも、笑っちゃうくらい、ただただあきれている。首相の発言に信頼がなければ選挙は戦えない」と強く批判。

 笑っちゃうのは、あんたのことだよ小泉サン。あんたにそれを言う資格はあるのかいな。ここぞとしゃしゃり出て、郵政民営化を正当化。それをタレ流す大新 聞・TVもどうかしてる。麻生という名の水に落ちた犬をたたくのに熱心なあまり、退場した妖怪を引っ張り出してご機嫌伺い。今の格差社会を生み出した元凶 が誰なのかを忘れていやしませんか。

 小泉劇場復活に拍手する、忘れっぽい国民のことこそ笑っちゃう。
それにしても、首相時代にはメイクアーティストがついてたのだろう。今はまさに妖怪じみた顔に変貌。この人の冷酷な内面を映し出している。

2月12日(木)晴れ


1400、「ビッグフェイス」プロデュース「笑う女 笑われる男9 おたまじゃくしに魅せられて」(作・演出=伊沢弘)

 両国のシアターXで。平日昼ということもあって客の年齢層の高いこと。
 開演前におしゃべりの輪があちこちに。ケイタイ切ってとアナウンスがあっても上演中にブーブーとマナーモードの受信音。隣りの客はガムをくちゃくちゃ、チラシをセンス代わりにパタパタ。
 と、環境は悪かったが、舞台は優しさに包まれたハートウォームな物語。

 高層マンションの新住民と昔からの住民の対立など問題が山積する、とある下町の商店街。ある日、統合新設小学校の校歌公募を知った幼稚園のママさんコーラスグループが、「未来の子供たちのために一緒に校歌を作ろう」と住民に呼びかける。

 喫茶店にたむろする地元商店街のオヤジたちの会話、タイムカプセルに封印した自分たちの手紙に思いを新たにする子供たち、子供が卒園してもOGとしてママさんコーラスに参加している地元婦人たち。他人の子を叱りつけるカミナリおやじは、まだこの商店街には息づいている。
 紆余曲折があって最後に披露する校歌のすばらしさ。「わたしたちの宝」。愛と勇気と希望、未来そして平和。さまざまな思いを織り込んだ校歌。こんなにも誇らしい校歌があるだろか。
 伊沢弘53歳。彼もまたアトムの子のひとり。

 心地よい笑いに身を任せる1時間50分。
 終演後、由見さんに挨拶して家路に。

 この映像を見たとき、いいしれぬ感動を覚えた。ユーチューブの久美かおりの映像。

 号泣・感涙・激涙が氾濫し、感情は外に向かってあからさまに発露させるものだという現代人、このように耐えに耐え、自制しながらも、ついに抑えきれない自分の感情が外に現れるという場面に出会うことはまずない。

 音楽大賞などの授賞式で、あたりをはばからず号泣(ウソ泣き?)する歌手、それを見て、偽善っぽくも駆けつける同僚の歌手……見飽きた光景。

 しかし、1968年のこのレコード大賞新人賞の久美かおりの凄絶ともいえる「抑制」はどうだ。3コーラス目でようやく歌えたが、それまでの2コーラスを 涙をこらえて耐え続けた。途中で演奏をやめなかったバンドもあっぱれだが、ヘタな助け舟を出さなかった、ピンキーら、ほかの受賞者もあっぱれ。

 この久美かおりの「耐える顔」こそ、この半世紀でニッポン人が失った最大のものかもしれない。
 昨今のアイドル歌手よ、泣けばいいってもんじゃないぞ。

2月11日(水)晴れ

 このところ、ユーチューブで60〜70年代の埋もれたヒット曲を収集し、IPODで聴いている。

キッパーズの「はまなすの恋」は70年頃、北海道圏で流行った歌。永井秀和「恋人と呼んでみたい」、加賀城みゆき「おさらば故郷さん」、高田美和「17歳 は一度だけ」、久美かおり「くちづけがこわい」、渥美マリ「可愛い悪魔」、加藤和彦「不思議な日」、ソルティーシュガーの「ああ大学生」、洋楽ではオリジ ナル・キャスト「ミスター・マンディ」「天使の兵隊」、ブーツ・ウォーカー「ジェラルディン」、カプリコーン「ハロー・リバプール」、クリスティー「イエ ローリバー」、ルー・クリスティ「魔法」etc

 渥美マリは高校生のとき、「太陽は見た」という映画を見たっけ。それが初めての映画館での映画。当時は清純派女優が好きだったから何も感じなかったが、今見ると素敵な女優さんだ。
中にはコンピアルバムに入ってる曲もあるが、ほとんどはその時限りのヒット。というか、懐メロ番組に出演する歌手の顔ぶれは決まっている。若いディレク ターなどはそれをベースにするから、ナツメロの定番というのは固定してしまう。そうなると、ほかのヒット曲は埋もれていってしまう。

 歌に限らない。70年代学生運動といえば、テレビ画面に出てくるのは連合赤軍事件だけ。日大闘争も羽田闘争も三里塚闘争も、ましてや全国の公害反対闘争などは意図的にテレビから消し去られる。70年代学生運動の負の部分ばかりが強調される。
「見えないものは存在しないのと同じ」
「放送されないものは、なかったことと同じ」
「証言者がいない戦場での残虐行為はなかったことと同じ」

 こうして事実は均質化され、歴史から消えていく。

 笹みどりの「男のつぐない」はほぼ40年ぶりに聴いた。聴いた途端、目の前にありありと当時の情景が浮かび上がる。小さな卓袱台、茶タンス、その中には学習雑誌の附録で実験をしたモールに咲いた化学溶液の花……。
 人間の記憶とは不思議なものだ。
 たとえ、歴史が事実を消そうとも、記憶を消すことはできない。
 明日は2月12日。ラジオの深夜放送が若者の解放区だった時代に人気DJ兼田みえ子がこんな歌を歌っていた。彼女が降板するとき、やめさせないでという聴取者の自然発生的なデモがあった。


2月10日(火)晴れ

 1630、秋葉原でマッサージ。
1900、下北沢・本多劇場でパラダイス一座「続々ワイルドバンチ カルメン戦場へ帰る」(脚本=山元清多、演出=流山児祥)

 前作から1年半。あのジイサンたちが再び結集。”戦後ニッポン”に刃を突きつける……。というわけで、3年間限定で旗揚げしたシルバー劇団「パラダイス一座」の最終公演。

 シルバーといってもそんじょそこらのシルバーとは違う。92歳の戌井市郎(文学座創始者・最高齢演出家)を筆頭に、瓜生正美(青年劇場創始者)、岩淵達 治(ドイツ文学者・学習院大名誉教授・演出家)、肝付兼太(劇団21世紀FOX主宰・声優)、中村哮夫(演出家)、本多一夫(劇場経営者)、ふじたあさや (劇作家)、そして最年少が71歳の二瓶鮫一(元東京壱組)とスーパーシルバーな面々。これに、美術が妹尾河童、生演奏で林光。
 ありえないというか、とてつもない顔ぶれ。

脇を固めるのは藤井びん、大路恵美(映像出演)、町田マリー、谷宗和、坂井香奈美、石井澄、阿萬由美。

 物語は「昭和」が終わった1989年1月7日。四谷のゲイバー「椿」に、6人の老人が集まってくる。彼らを招集したのは店のオーナー「弁天・ロー ズ」(戌井)。かつてビルマ戦線で全滅を免れた7人の兵隊たちは、戦後、男として生きることを拒否しオカマとなった。新橋を皮切りに、ゲイバーを開拓して きたのが弁天・ローズ。ローズが急死したという報せで駆けつけた6人だが、死んだはずのローズはカルメンの舞曲に乗って颯爽と登場。いぶかる6人に、「俺 たち流のやり方で昭和を終わらせる」ことを宣言する。
 ローズの息子だという現オーナー(二瓶)の策謀も織り交ぜながら、ゲイ7人衆の痛快な追想と反乱の幕が上がる……。

 1、2作目と比べると、物語の起伏には乏しいが、シルバー7人の気迫は前作以上。1作目ではたどたどしかった本多社長のセリフ回し、発声も見違えるよう に上達。しかも、長ゼリフを誰一人としてつっかえることがない。お決まりの「個人芸」も大乗りで、客席からは笑いが絶えない。その反応は限りなく温かい。

 「昭和」の終わりの日に、世の中は歌舞音曲を禁じられ、ひっそりと息をひそめている。その時に、「男」であることを拒否し、戦後を「オカマ」として生き てきた元大日本帝国の兵隊たちがまさに総決算の歌舞音曲三昧。これこそ国家に身を捧げ、裏切られた老人たちの最後の復讐戦ではないか。

 岩淵達治氏は例によって映像出演。今回のデュエット相手は大路恵美。楽しそうな笑顔。

 7人衆の中では、最年長の戌井さんが貫禄あり、セリフ回し、立ち姿が実に素晴らしい。ただ、高齢のため、椅子で眠っているシーンでは、思わず「大丈夫?まさかそのまま……」とヒヤヒヤするも、本人は意気軒昂。
 得意の「新内」も絶好調。肝付さんは「モノマネ」でスネオの声を披露するなどお遊びたっぷり。

舞台の下手で黙々とピアノを弾いている林光氏もカーテンコールでひょうきんぶりを発揮。林光といえば日本音楽界の「生きている伝説」のような方。それが、役者によれば「毎回、場面によって演奏を変える」のだとか。演奏者であり俳優でもあるということ。

 とにかく、こんなすごいメンバーの舞台を見られるなんて、孫子の代まで語り草になる。まだ客席に余裕がある日が多いというのだからもったいない。若い演劇ファンはいったい何を考えているのか。
 カーテンコールはまた盛大な拍手。

1時間40分。吉田光彦さんと啄木カルタのことで立話。3月には完成する予定とか。

 終演後、気分高揚。そのまま帰る気になれず、流山児組と「ふるさと」で飲み会。劇団員のほかに伊藤裕作、佃典彦、瓜生さんら。伊藤さんから寺回り演劇の 構想などを聞く。伊藤さんのモチーフにあるのは「田園に死す」の最後のシーン。恐山が一瞬にして新宿となる場面。新しい関係性を見つける運動としても、寺 社演劇は面白い。

隣りのテーブルで加藤健一さんと加藤忍が飲んでいたので、流山児組から抜けて、話に加わる。加藤忍とは15年前、彼女がまだ駆け出しの頃からのおつきあ い。気心が知れてるから飲んでいても楽しい。カトケンさん、よっぽど今日の芝居が気に入ったのか、「戌井さんのたたずまい、いいね。風格があって」「あと 何十年かしたらオレもやりたいな」とニコニコ顔。流山児とは一見、水と油の取り合わせで、接点もないとのことだが、「こんな舞台を作っちゃうんだから、す ごい人だよね」と感心しきり。今一番役者として関心のある女優さんはA野A子さんとのこと。そのうちA野さんがカトケン事務所の芝居に出るかな。ちょっと 期待。

2320、流山児組は解散。居残りのカトケンさんと忍に挨拶して、終電に間に合うように、駅へ。2430帰宅。
最近は電車で移動の際は必ずケイタイで時刻チェック。K嶋さんから教えてもらったのが役に立ってる。


 ドイツ人ジョン・ラーベ氏が書き残した日記「南京の真実」をドイツ・中国合作で映画化した「ジョン・ラーベ」がベルリン国際映画祭に出展された。2月8日のロイター電。http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/L7510497.htm

 ジョン・ラーベ氏は、1910年からジーメンス社の中国支社で勤務。1937年、日本軍による南京攻略戦の際に、他の10数人の外国人と共同で組織した 南京安全区国際委員会の委員長となって、中国民間人を保護。そのほか自分の所有する土地にハーケンクロイツ旗を掲げ、民間人を日本軍の爆撃から守ろうとし た。
 ドイツ帰国後はベルリンなどで日本軍の残虐行為についてのフィルム上映・写真の展示を行ったほか、ヒトラーに上申書を送付し、日本軍による非人道的行為 を止めさせるよう働きかけることを提言したが、直後にゲシュタポによって逮捕。フィルムを没収されると共に日本軍の行為については緘口令を敷かれた。戦 後、ナチス党員であったことを理由にソ連軍とイギリス軍に相次いで逮捕されるが、中国での人道的行為を考慮され、非ナチ化の審査を受けた後釈放。しかし、 生活は苦しく、1950年に脳卒中のため死去。(Wikipedia抄訳)

「中国のシンドラー」ともいうべきジョン・ラーベ氏を描いた映画は果たして日本で公開できるのか。この国の「言論・表現の自由」が試されているともいえる。


2月9日(月)晴れ


 0900起床。12時間睡眠。こんなにぐっすり眠れたのは久しぶり。連日4時間睡眠で、体がすっかりまいっていたようだ。自分の体が自分でないような感覚というのは初めて味わった。芝居を見る前に眠らないようにカフェイン剤を使ったのも一因か。

 久々の熟睡感。長い夢を見ていた。

 裕木奈江ちゃんと函館(夢の中で、後で函館山に登って夜景を見ようと言ってるからそうなのだろう)の温泉街をそぞろ歩いている。着物姿の奈江ちゃん。明 け方、一度目覚めてから寝なおすと続きを見る。夢の続きを見るというのも随分久しぶり。目が覚めてから、高揚感。思わずアメリカにいる奈江ちゃんにメール してしまう。最後に会ったのが「無頼屋の女房」だったか。もう3年前なのか。彼女にはなんとなくいつも懐かしい思いがしてしまう。

2月8日(日)晴れ 強風で交通混乱


2100起床。風邪が治り切っていない。なんだか自分の体が自分でないような……。

 そんな状態で躰道稽古は休み。 
 午後はAGAPE store#13「テーブル・マナー」の予定だが、どうしようか最後まで迷うも、意を決して新宿へ。
1400、南口紀伊國屋サザンシアター。日曜昼公演とあってほぼ満席。
 
妻(島田歌穂)の妹(大和田美帆)に手を出してしまった松尾貴史。
兄夫婦(市川しんぺー、佐藤真弓)のもみ消しも虚しく、事実を知ってしまう妹の恋人(柳浩太郎)。
一同が会する週末の食卓は修羅場必至。その怒濤のテーブル・マナーは必見の価値あり!?


 というアラン・エイクボーンのコメディーなのだが、そっくり日本に移し変え、不倫旅行先は「佐渡島」、焼津、熱海……などという地名も。英国式のコメディーを純和風に置き換えた成果は……???

 観劇以前に、最初の30分は腹痛、吐き気と最悪の状態。芝居どころか、満席の間を縫ってどのタイミングで退席
すればいいか、頭の中はパニック。次第におさまったものの、体調の悪いときは素直にキャンセルすべしという教訓。
 
 1730帰宅。夜も2100には就寝。

2月7日(土)晴れ

1400、下北沢で東京タンバリン「静かな爆」(高井浩子作・演出)。

 とある編集部に新しくやってきた女性・聡美。イラストやウェブデザインを担当する彼女は耳が不自由。そのため、周囲はさまざまな反応が……。同情、憐 憫、無視。デートに誘う男の子、手話を習ってコミュニケーションを取ろうとする同僚、無駄話好きのカメラマンは「会話が成り立たないから」という理由で無 視。
 しかし、彼は自分の家では妻や子供と会話が成り立っているかといえば、そうでもない。妻の話に耳を傾けることもなく、妻はその淋しさをブログの仮想世界に託し、まぎらわせている。

 喫茶店のシーンでは、聴覚障害の聡美が入ってきた瞬間、周りの客は口パクになる。彼女にとっては無音の世界を表現する演出。しかし、その客たちにして も、コミュニケーションが成立しているかどうか心もとない。相手のことなどお構いなしの一方通行の会話のなんと多いことか。それは巨大掲示板のそれと似て いなくもない。

 導入部とエンディングは劇場内に張り巡らされた吊りパイプの耳障りな金属音。それが象徴するのは現代における人と人とのコミュニケーションの不毛なのか。
 ミギタ明日香、初日前にインフルエンザで倒れ、急遽ナイロンの役者が代役。

 隣の席に座った女性、どこかで見たことがあると思って後で調べたら、女優のN村祐香だった。子役時代しか記憶してないので、小劇場に客として来るのは意外。出演者の森啓一郎と共演した関係のよう。着物姿で背筋を伸ばして舞台に見入るN村祐香。凛としたたたずまいに好感。

 終演後、島野さんと立話。

 時間つぶしに秋葉原に移動して癒処でマッサージ。
1830、新宿。住友三角ビルの50階「ごだいご」で大学のクラス会。西口のビル街に来るのは何年ぶりか。
出席10人。いつものメンバー。女性陣は全滅。1年のときのフランス語クラスがそのまま卒業後も「クラス会」として続いているのだから珍しい。ゼミやサークルならわかるが、語学クラスで一緒だったというだけで卒業後30年近く会っているのだから。
 いつも来るSの姿がないので尋ねると「今、がんで闘病中」とのこと。なんとなく気があって、会えばいつも音楽の話をしたり……挫折という言葉が最も似つかわしくなく、いつも飄々としているSなのに、人生とは分からないものだ。なんとか生還してほしい。

 2130解散。二次会の話もなく、それぞれ家路に。昔なら麻雀組、飲み会組と、まだまだ夜は長かったものだが。
 

2月6日(金)晴れ


1830、石田N之さんと二子玉川で待ち合わせ。前から会食の約束をしていたのだがようやく時間の折り合いがついて今日の日に。

 駅前で信号待ちしていたら偶然、元万有引力の井内俊一君とばったり。仕事帰りとか。井内君のような柔軟な演技のできる役者は機会さえあればブレイクする のに。離風霊船の高橋克実がブレイクしたように。バイトで才能をすり減らすのはもったいない。SISカンパニーあたりが井内君を拾い上げてくれないもの か。

 石田さんと駅前のお寿司屋さんで2230まで。事務所の社長・斉藤さん、放送作家の中山さんの4人で話は尽きず。ほぼ同世代ということもあって、今のテ レビ、映画界への違和感は同じ。途中で石田さんがウルトラマンのアキコ隊員ことS井浩子さんに電話。「近くにいたら一緒に飲もう」。が、あいにく、彼女は 調布で飲み会。「ひし美ゆりこさんの店で飲んでる」とのこと。電話を代わってもらってご挨拶。3月13日に「冬木透 CONDUCTS ウルトラセブン」のコンサートがオペラシティで行われる。S井さんから先日、その資料を送ってもらったのだ。1、2度しかお会いしていないのに、10年 以上たっても、いまだに年賀状のやり取りが続いている。石田さんはじめ、皆いい人ばかり。
 気持ちのいい酔いに包まれ、2400帰宅。

「ペドロ&カプリシャス」のボーカルといえば、高橋真梨子を思い浮かべる人が多いかもしれないが、私にとってはやはり初代・前野曜子だ。

「別れの朝」が聴きたくて検索したら結構ユーチューブにアップされている。そして自分の思い違いにも気づかされた。てっきり「ペドロ&カプリシャス」の在籍中に急死したのだとばかり思い込んでいたのだ。
 しかし、彼女が在籍したのはわずか1年。72年に「別れの朝」が大ヒットしながらも、翌73年に脱退し、単身渡米したのだった。しかも、帰国後、紆余曲折があり、70年代末には角川映画「蘇える金狼」の主題歌を、翌年「野獣死すべし」では女優として出演している。
 その後、ライブハウスで歌うも生活は破綻し、88年に肝臓病で死亡。

 知らなかった。「別れの朝」から10年後、まだ彼女は歌っていたのだ。96年には高橋真梨子が封印を解き、「別れの朝」を歌った。
 前野曜子を知ったのは「ペドロ&カプリシャス」の前、彼女が在籍していたソウルグループ「リッキーと960ポンド」でのボーカリストとして。亀淵ユカと のツインボーカル。ファット&スリムの対照的な2人で、亀淵ユカのキャラクターに隠れ、やや陰が薄かったが、私は前野曜子の翳りのあある表情が好きだっ た。よく朝のテレビ「ヤング720」に出演していたっけ。1960年代の終わり頃。私は中学生だった。

 「ペドロ&カプリシャス」のLPでは朱里エイコと「ムーブオーバー」を歌っている。朱里エイコもまた大好きな歌手だった。2人とも寂しい晩年を迎えたことがなにやら因縁めく。

2月5日(木)晴れ

 インフルエンザは終息に向かっているようだが、昨日から風邪気味。今の風邪は咳とお腹にくる。
睡眠不足がたたっているのかもしれない。

 今日は新宿でPANTAさんのバースデーライブなのに、駆けつけることもできず。残念。

「寺山修司著作集全5巻」が届く。まず、ラジオドラマ、映画シナリオなどを収録したA巻から。ずっしりと重量感あり。解説は田之倉稔氏。

2月4日(水)晴れ

 1900、池袋あうるすぽっとで「ちっちゃなエイヨルフ」。

 イプセンの戯曲をタニノクロウが演出。ノルウェーの片田舎。不用になった者を引き受ける、という不思議な老婆・鼠ばあさん(マメ山田)が現れた後、海で 溺れ死んだ足の不自由な男の子エイヨルフ。彼を溺愛する父アルメルス(勝村政信)、奔放な母親リタ(とよた真帆)、そして、エイヨルフと見えない糸で結ば れたアルメルスの異母妹アルス(馬渕英俚可)。エイヨルフの死のあと、三人の心の暗部が次第に表面化し、それは彼らを破局へといざなう。

 快楽のためにアルメルスと結ばれたリタは、自分たちの逢瀬の間にエイヨルフが事故に遭い、足が不自由になったことで、エイヨルフを邪魔者扱いしている。 アルメルスはそのことで罪の意識を感じている。アルスの兄への思慕は近親相姦的な様相を示す。アルスに片思いする土木技師ボルクハイム(野間口徹)は三人 の葛藤の埒外に置かれながらも、最後にささやかな幸せを手に入れる。
 現代にも通じる登場人物の心のあり方は100年前の物語とは思えないほど。
 タニノクロウの演出は実に端正であり、オーソドックスではあるが、細部にまで行き届き、登場人物の心の揺らぎをよく引き出して秀逸。

 勝村、馬渕、野間口もいいが、とよた真帆のたたずまいが素晴らしい。
 そこにいるだけであたりを華やかに照らす。昔から大好きな女優さんだが、ますます綺麗になって、見ているだけで癒される。
 朝倉摂の美術も素晴らしい。古代ギリシャの円柱のような背景。長椅子の組み合わせで、ニ場の混沌を、三場で教会の礼拝堂を表現。
 2時間10分。



可愛いいおまえが あればこそ つらい浮世も なんのその 世間の口も なんのその 母は楽しく 生きるのよ

つらい運命(さだめ)の 親子でも 吾が子は吾が子 母は母 神様だけが 知っている たまに逢う日の 子守唄


 自分が6、7歳の頃、母がよく口ずさんでいた。ネットで調べたら「悲しき子守唄」という歌だった。映画「愛染かつら」の主題歌として昭和初期にヒットした曲。レコードのA面が「旅の夜風」で、これも母の愛唱歌だった。

やさし彼の君 ただ独り  発(た)たせまつりし 旅の空

可愛い子供は 女の生命(いのち) なぜに淋しい 子守唄

「この子がいるから我慢しなければ……」「この子がいなければ別れられる……」
 
 夜、寝静まった頃、母がつぶやきく言葉に幼い心は痛んだ。

 病気がちだったため、嫁ぎ先の農家で苦労した母。そのため、長男にも関わらず、弟に家督を譲り、家を出て、母と最後まで添い遂げた父。

 この歌に込められた母の思いは、いかばかりだったか。最後まで母を守り続けた父の胸中は……。
 子供のためにだけ生きた二人。

 10歳で生家を離れ、15歳で高校の寮に入り、その後は上京。父母と暮らした時間はほとんどないに等しい。なんという親不孝なのか……。

 幽明遥けく隔つとも、わが心は一日も母と父の上を去ることはない。
2月3日(火)晴れ

1900、渋谷。パルコ劇場で「ビロクシー・ブルース」。

「B・B三部作」(『ブライトン・ビーチ回顧録』『ビロクシー・ブルース』『ブロードウェイ・バウンド』)と呼ばれるニール・サイモンの自伝的作品の第二部にあたる作品。青年時代を描いたもの。

 舞台は1943年、ミシシッピ州、ビロクシーにある新兵訓練キャンプ施設。同室となった6人の若者。20歳の主人公ユジーン・モリス・ジェローム、乱暴 者のワイコウスキー、歌手を夢見るカーニー、まじめなセルリッジ、黒人との混血児ヘネシー、そして年中胃腸をこわしている本の虫エプスティン。彼らを徹底 的にシゴき、イジメる鬼軍曹トゥーミー。仲間たちとの軋轢、娼婦との初めての体験、ホモセシュアル事件……。

 陰惨なシゴキや、仲間の脱落、軍曹の錯乱といったエピソードを絡めながら、3カ月間の新兵訓練はやがて終わりを告げる。そして作家となった主人公が回顧する仲間たちのその後。
 ユージン役の佐藤隆太は大役を遂行。エプステン役の忍成修吾は初舞台ながら、複雑な内面を抱える青年役をうまく演じていた。久々に見る西牟田恵は娼婦役を、内田亜希子は清純役を好演。
 鐘下辰男の演出も手堅い。ニール・サイモンと鐘下辰男。まるで水と油だが、今回のコラボは成功。鐘下演出では珍しく笑いもふんだんに。戯曲がいいと演出も引っ張られるか。 ラストでの佐藤のセリフカミ2連発は痛い・惜しい。


 YouTubeの功罪の「罪」はさて置いて、「功」は埋もれた宝の発見だろう。
吉沢京子の「幸せってなに?」も40年ぶり。それでも、ちゃんとおぼえているのだから不思議。
http://www.youtube.com/watch?v=E6m8ZZ8VxEs
70年代の埋もれたヒット歌謡曲ってたくさんありそう。テレビのナツメロ番組は最大公約数的な歌しかやらないから、同時代の人、それぞれの想い出にある歌はいつの間にか忘れ去られてしまう。
 そんな忘れられたヒット曲を見つけるのもYouTubeの楽しみ。
永田英二の「あこがれ」のオリジナルを聴いたのもほんと久しぶり。
http://www.youtube.com/watch?v=2-D1uV0F0ck

2月2日(月)晴れ

 
 夕方、P理容室へ。すっかり「専属」となったS藤さん、「来週私休みなんです。今日来てくれてよかった」と笑顔。3000円ラーメンの話題など。彼女の田舎・岩手では今年からまた薪ストーブが復活したとか。
 1800帰宅。
 Yくん、明日公立高校の受験。前期は面接のみだが、まあ、肩慣らしか。

 国民一律1万2000円、 18歳以下の子どもと65歳以上の高齢者には8000円を加算……の定額給付金。某巨大宗教団体の信者が1200万人から2000万人というから、この宗 教団体の信者に入るカネが2000億円以上。これを半分「キックバック」しても、宗教団体は税金なしで1000億円以上丸儲け。どっかの政権与党が定額給 付金の推進にこだわるはずだ。

2月1日(日)晴れ 強風

 風邪気味なので躰道稽古は休み。

読み止しになっていた本を再読。
 神奈川大教授の的場昭弘氏が書いた「マルクスだったらこう考える」(光文社新書)。

 マルクスが共産主義移行の前提としたのは世界中に資本主義が行き渡る時代であり、成熟した資本主義を通過しなかったソ連型共産主義も中国共産主義も、マルクスからみれば「資本主義の亜種」に過ぎない。

 ソ連は東欧諸国を「外部」として搾取し、中国は農民層を「内部」における「ア外部」として搾取することで資本主義的な発達を遂げた。

 だからソ連の崩壊はマルクスから見れば当然の帰結であり、中国の矛盾もまた同じ。
 グローバリズム資本主義が世界に蔓延する今こそがマルクスの予言する時代になったのだ……という。

 的場氏は、資本主義がもはや用をなさない理由が列挙されている。

「資本主義はより安いコストを求めて国家の枠を飛び越える。その結果、国内の中産階級を崩壊させる」→「安い環境を求めて資本は海外に工場を移し、環境破 壊が進行する」→「新しい市場を求めても、独立すべき地域は独立し、曲がりなりにも民主主義的に整えられた世界に、新たな利潤収奪の場はない」
 このマルクスの予言通り、資本主義の頂点にある国が崩壊していくのは必然なのかもしれない。

 共産主義といえば「画一化」「均質化」のイメージから「悪しき完全平等社会」をイメージするが、マルクス自身はそんな世界を描いてはいない。
 それより資本主義社会こそが多様性を排除し、画一化、均質化を推し進める社会となっていないか。


「共産主義というのは、僕らにとって、創出されるべき一つの”状態”。それに則って現実が正されるべき一つの”理想”ではない。僕らが共産主義と呼ぶのは[実践的な]現在の状態を止揚する”現実的”な運動だ」(マルクス「ドイツ・イデオロギー」)

 いずれ資本主義社会はすべてを資本化しなければ行き詰まる。地球を自然を、人間の命を……。しかし、そこに人間の尊厳はあるのか。
 人間が人間らしく生きる社会は人間が自然の一部であると自覚できる社会。
 ジョン・レノンの「イマジン」のように、いつかそんな世界を手に入れるときまで……夢想するということは、行動するということと同義なのだ。

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