3月31日(火)晴れ
 
 案の定、もう青春バカ、モリケンに疑惑発覚。

 無所属が売り物だったはずなのに、実は今現在も自民党支部長の要職にあるのだ。
 モリケンが支部長を務めるのは自民党東京都衆議院選挙区第2支部。この支部は04〜07年で1億6185万円の企業・団体献金を受けていて、モリケンの 資金管理団体「森田健作政経懇話会」に1億円以上を寄付している。自民党の看板を掲げ、金集めし、その金が個人の資金管理団体に流れたのだ。

 公職選挙法の235条には「当選を得る目的で候補者の身分、職業、経歴、その者の政党その他の団体への所属などに関して虚偽の事項を公にした者は2年以下の禁固または30万円以下の罰金に処する」とある。
 過去に、学歴詐称で議員辞職に追い込まれた議員もいた。
 どうせ言い逃れするだろうが、選挙で負けた民主陣営は徹底追及すべきだろう。

 一方、「鉄砲をバーンと撃った時にこっちからも鉄砲でバーンと撃っても、当たるわけがない」とオフレコ発言した「政府筋」こと鴻池祥肇官房副長官がまたまたオフレコ放言。

 30日、記者団を前に、「(ミサイルは)高過ぎて、そもそも見えない。国民からすると何が起きているか分からない」と語り、「飛んでいるのが見えたら面 白いけどな」と続けた。さらに弾道ミサイルをゴルフボールに喩え、飛ぶ方向に人がいたら、「そっちへ行ったら『ファー』って言いたい感じだな」と冗談めか したという。

 けさ(31日)の朝日、毎日新聞は「政府筋」の発言としているが鴻池官房副長官であるのは言を待たない。

1900、渋谷パルコ劇場でPARCO PRESENTS SHOW STAGE No1「Triangle (トライアングル)〜ルームシェアのススメ〜」(作=蓬莱竜太、演出=宮田慶子)。

 ひょんなことからルームシェアすることになった3人の男女。2人は以前からの許婚(?)同士。男2人と女1人のトライアングルな生活。ときに優しく、時 に不協和音が奏でられ……。気の弱い作家志望の青年に井上芳雄、インディーズバンドのギタリストに新納慎也、ちょっぴり気が強く元気印のOLに彩乃かな み。
 3人が織り成すさわやかでハートフルな恋愛コメディー。

 ラストはありがちな「オチ」で、蓬莱竜太にしては目新しさもヒネリもないが、パルコ・ミュージカルとしては、まあまあのデキ。歌・踊り・芝居。どれもが 満点のキュートな笑顔の彩乃かなみ。その透明なたたずまいは宝塚出身とは思えない。今回は退団後初の舞台。これからますます活躍することだろう。

 音楽は70〜80年代の洋楽に竜真知子が日本語詞をつけたもの。「アローン・アゲイン」など、懐かしのナンバーが盛りだくさんの「ジュークボックス・ミュージカル」。
 「『ショー・ガール』の進化形」にはちと荷が重いが、続けていけば化ける可能性も。

 2120終演。T橋さん、時事のKさんと駅まで。

 A紙の舞台芸術賞が廃止になること、オフレコのはずが、業界はすでに周知の事実とか。T橋さんは、焼肉パーティーの時に聞いていたとのこと。いずこも台所事情が苦しい。経費節減か。
3月30日(月)晴れ

0930起床。夢の中でもパソコンの設定をどうやったらいいのか、色々試している。

 起きてさっそく、無線LANの設定。バッファローのドライバーをインストールし、別室のパソコンに電波を飛ばす。うまくいかない。パソコンが電波を感知 しない。バッファローの相談室に電話すると「1bくらい両機を近づけると設定できるかも」というので、言われたとおりにすると、なんとかLAN開通。イン ターネットが見られるように。しかし、元の部屋に戻してLANを試すと。電波を検知しない。パソコンのアンテナバーにバッテン印。つまり、電波が隣りの部 屋に届いていないということ。 えー、フロアが同じでわずか5〜6b。それでも届かない電波って……。再び相談。「チャンネルを変えてみましょう」。1か ら13までチャンネル設定を変えるも、ややはり電波届かず。

 こりゃ、最後は中継のアクセスポイントを作るしかないかと諦めかけていた。……が、パソコンの梱包をよく見ると、アンテナらしきものが1つビニール袋に入っている。「これは……」
 パソコンに内臓したLANカードのアンテナだ。そういえば、パソコンの裏側にアンテナを取り付ける端子が。
 勇躍、アンテナをパソコンに取り付ける。すると……。デスクトップのアンテナ表示が立った。三本も。

 なんのことはない。この5aばかりの小さなアンテナをパソコンに取り付けていなかったために電波を感知しなかったのだ。恐るべしアンテナ。
 
 午後1時半、無事にLAN開通。それにしてもパソコンの設定は神経を使うものだ。
レイ・クーニーのコメディーに「Run for your wife」(Run for your life=死ぬ気で逃げろのもじり)があったが、LAN FOR MY LIFEな半日。

1500、買い物ついでにバリエの中の本屋へ。駅前の本屋は3週間ほど前に閉店。やはり本屋も厳しい時代。
吉川英治の「江戸三国志」を購入。千葉県知事に森田健作が当選したとか。宮崎といい千葉といい、底の浅いタレントに頼るあさましさにゾッとする。これをこ そポピュリズムという。右翼がかった単純バカのモリケンが馬脚を現すのは時間の問題だろうが……。それにしても、知事と観光大使の区別がつかないこの国。

 吉川英治の時代小説でも読んで、自分がバカバカしい国に住んでいることを忘れたい。

1700、偶然MXテレビの「5時に夢中!」を見ていたら、コメンテーターの女性が、森田健作当選の感想を聞かれ、「率直に言っていいんですか? 率直に いって……この人バカじゃないかと思いました」とコメント。定額給付金や高速料金に関しても、「ETCしかメリットがないなんて、天下りの利権が絡んでい る。4月からいろんな税金が増えるのに、目先のおカネで喜んでる場合じゃない」とズバッと言い切る。実に歯切れがいい。若林史江というトレーダーだとか。 結構チャーミング。当意即妙、頭の回転がいい。「5時に夢中!」は元噂の真相の編集者・神林広恵も出ているし、ユニークで「過激」な番組。久しぶりに面白 いと思えるテレビ番組を見た。
 
若林史江は去年騒がれた日経の無断流用で9カ月も謹慎していたらしい。その解禁一日目が今日だったとは不思議な縁。 


それにしても永遠の革命の象徴・ゲバラのカッコよさよ。

3月29日(日)晴れ


0900〜1200、躰道稽古。汗をかいてスッキリ。

1330〜1710、さいたま芸術劇場で「ムサシ」(井上ひさし作・蜷川幸雄演出)

 2階最後方席とあって役者の表情が見えないのが難点。テレビ中継をみているようなものか。それでもオークションで手に入れた定価プラス4000円の高額チケット。

 戯曲の構造はいたってシンプル。
 船島(巌流島)の闘いで敗れた佐々木小次郎(小栗旬)は奇跡的に命を取りとめ、宿敵・宮本武蔵(藤原竜也)と再戦するために流浪してきたが、6年後、鎌倉の小さな寺で遭遇、数日後に果し合いをする手はずに。
 しかし、その寺には武蔵の師・沢庵和尚(辻万長)、将軍家御指南・柳生宗矩(吉田鋼太郎)、元能楽舞の舞子(白石加代子)、仇討ち目指す若い女(鈴木杏)らが逗留している。

 ラストで、この人物たちの正体が明かされるのだが、井上戯曲にしてはあまりにもテーマが直截的。つまり「恨みの連鎖=報復の連鎖を断つことこそが未来への指針である」ということ。
 武蔵・小次郎の決闘もその主題に則って決着する。

 戦で立身出世しようとして出かけたその日に鉄砲の弾に当たって死んだ野武士や農民、無駄死にした亡者たちの「生きていてこその人生。何があっても死んではいけない」という忠告に従い、素直に刀を納める二人の武士。

 これを戦後民主主義のポンチ絵と笑うムキもあるだろう。しかし、戦後民主主義はそこまで追い込まれているという証左でもある。30年前には有事に言及し た来栖発言が大問題になったのに、今や制服組トップの田母神の「日本は侵略国家ではなかった」という妄言にマスコミが沈黙し、若い世代が熱狂している。
 ここまで堕ちてしまったニッポン。ポンチ絵なのはどっちか。

 平和主義の守護者である憲法第9条が風前の灯となっている状況に、昭和一ケタ世代=焼け跡・闇市派が最大限の危機感を募らせていることは当然のこと。

 しかし、果たして客席を埋め尽くした若い女性たちが井上ひさしのメッセージを字面どおり受け止めたかは疑問。
 報復の連鎖といっても、それを体現する二人の剣士の間にあるのは武芸的葛藤のみ。諭されて刀を置くべき必然性が薄い。
 それでも、なおこの戯曲を書かざるを得なかった井上ひさしの心中。

 藤原竜也、小栗旬を通して若い世代に「非戦の訴え」が届いてほしいのだが……。

 1800。レイクタウンのさくらやでLANコードやアンテナ線を購入。帰宅後、息子の部屋のパソコンの設定。バッファローの無線LAN「WHR-HP-G」。今使っているパソコンは有線にし、もう一台を無線に。
 設定してもうまくいかなかったり、なかなか大変。
 とりあえず、有線は設定完了。後は明日ゆっくりと。
3月28日(土)晴れ

1400、サザンシアターで「御用牙」。70年代にヤングコミックに連載された小池一夫・作、神田たけ志・画の漫画を舞台化したもの。台本が「デス電所」の竹内佑、演出は南河内万歳一座の内藤裕敬。

 主人公は北町奉行所の隠密廻り同心板見半蔵、通称かみそり半蔵。
 天保年間、江戸は爛熟、一見華やかではあるが、財政は悪化、幕府は行政改革で庶民に倹約を強いていた。庶民の不満は鬱積し、犯罪は頻発……と、今のニッポンと同じような世相。
 半蔵が相対するのは幕府転覆を謀る一派の陰謀。さて、お手並みは……。

 と、痛快活劇になるはずさが、台本はまるでリーディングドラマ。登場人物は問答するだけで、「動き」がない。大詰めのシーンに至ってもみんなディスカッ ションしてる、セリフを述べているだけ。せっかくの山本亨、きだつよし、山崎銀之丞のアクション巧者もただ突っ立っているだけで見せ場なし。いくら内藤裕 敬がダイナミックに動かそうとしても台本がこれではどうしようもない。
 不完全燃焼のまま幕。 ロビーにO村俊一がいたので、「T4よかったよ」と声かけ。

1700、いったん帰社し、後片付け。
1730、銀座「響」でK條さんと会食。「毛皮のマリー」のパブリシティ。二人だけでじっくりと話すのは初めて。この機会にさまざまなお話をうかがう。二人で焼酎1本空けてしまった。2230まで。
3月27日(金)晴れ


北朝鮮の「テポドン」発射に、「迎撃」「破壊命令」と、まるで準戦時下のニッポン。鴻池官房副長官あたりが「(迎撃で)当たるわけがない」などと発言したが、それに憤激する防衛組も、どっちもどっち。
 「当たるワケがない」といえば「当たるようにミサイル防衛(MD)の軍事予算をさらに増やす」ことを国民にアピールしているわけで、要は軍事費拡大目指す軍国主義者たちのデキレース。北憎しの感情を煽りたて、国民を束ねる(ファシズム)いつものやり口。

1900、赤坂REDシアターで「令嬢と召使」(手塚とおる演出)。原作はストリンドベリの「令嬢ジュリー」。
夏至祭の夜の出来事に端を発した令嬢と使用人、その許婚の三人が織り成す、戯れの愛と偽りの恋と破滅の物語。八角錘のドールハウスのような舞台装置の中で演じられる純名りさと貴水博之の二人芝居。下男の許婚は純名が衣裳を羽織ることで兼役。
 客席の9割が女性、それも中高年の宝塚ファン。音を吸収しない構造なので、客席の物音がよく響く。おばさんたちもさすがに上演中の私語できず。シーンと静まり返った中での舞台。純名、貴水とも熱演。

1時間35分。
 帰り道、スロベニアにいる高取さんから携帯メール。向こうはお昼の1時。女優たちがお城見学している間、カフェでのんびりしているとのこと。しかし、中 欧の国からメールが届くんだ。料金はどうなんだろう? リアルタイムで外国に滞在中の人とメールのやり取りができるなんて、なんだか不思議。

3月26日(木)晴れ


 父の命日。出がけに仏壇に線香をあげて手を合わせる。まさか自分がこんなにも早く両親を亡くすとは思ってもみなかった。親の死など夢にも考えたことがない。自分も子供たちにそう思われているのだろう。しかしいつか別れはやってくる。

早めに帰宅。届いた息子のパソコンラックを組み立て、真新しいパソコンを設置。理科で使うテスターが高嶺の花だった中学生から見れば夢のような時代。

夜、新しい育児講座に通い始めた娘を迎えに駅へ。たまには家族孝行しなきゃ。

3月25日(水)雨


 雨模様。気温も下がり、冬に逆戻りしたような天気。

 1900、池袋。豊島区民センター文化ホール、イーストステージ・いけぶくろで新宿梁山泊「YEBI(エビ)大王」。
 06年に新宿FACEで初演。その後、ルーマニア、韓国、ブラジル公演と回を重ねてきた作品。初演の記録を見たら3時間の長丁場。戯曲の面白さに飽きることはなかったが、今回は2時間に凝縮。こんなにも面白い作品だったのかと改めてビックリ。

 物語の舞台は古代アジア。ある王国の王・エビは世継ぎの王子に恵まれないため、神を呪い、最後に産まれた7番目の王女を川に捨ててしまう。しかし、自らの「血」の存続に固執するあまり、国政を顧みず、後を継いだ女婿たちによって、国は北と南に分断されてしまう。諫言した末娘は追放。民は戦と疫病で死んでいく。エビ王もまた娘たちに見放され、国を彷徨うこととなる。
 一方、捨てられた王女は自らの素性を知らずに成長するが、運命のいたずらか、父親であるエビ王の子供を産むために後宮へと送られる。

 狂言回しとして登場するのが現世と来世を行き来する2人の死神。エビ王に世継ぎの男子が生まれるまで命を保証する代わりに、無数の罪のない民衆の命が奪われる。
 シェイクスピアの「リア王」を下敷きにしながらも、南北分断国家の悲劇や権力闘争の残酷さ、空しさを描いて秀逸な戯曲。

 市民ホールのため、舞台空間は狭い。武人会の立ち回りもやりにくそう。しかし、逆にその狭い空間が役者の息遣いまで聞こえる緻密な情感空間となり、舞台効果をあげていた。

 金守珍の演出はダイナミックで緻密。自ら出演し、三役をこなす活躍。
 なによりも、役者がいい。エビ大王役の黒沼弘己が絶妙な演技。管理人(従者)役の松田洋治、一つ派(大王に諫言し舌を切られた清廉な若者)の大貫誉もいい。死神の2人、三松明人(元自由劇場)と勝矢、末将軍の広島光、大王に付き従う若者ヒカル役の川畑信介、馬別史役佐藤正行の殺陣の華麗さ。

 女優では末娘役の広島かつらの颯爽とした美丈夫ぶり、渡会久美子の艶麗さ、振付の大川妙子の華麗さに目がひきつけられる。婆役の「美香のコミカルな舞い、キルデ夫人役の三浦伸子のコメディーリリーフぶりもいいが、今回は出番少なく残念。
 しかし、なによりも、捨てられた娘パリテギを演じた山田ひとみ(劇団1980)の初々しくも熟達、清新で妖艶、変幻自在な演技に陶然となる。
 「星の王子さま」の点子ちゃん役もよかったが、こちらが本領発揮か。久しぶりに胸ときめいてしまう。

 配役でおおよその出来不出来の検討がつく「劇団芝居」と違い、ほとんどが「客演」であるというプロデュース芝居が成功したといえる。

 初演の音楽は「エア」。役者が演奏のマネをしていただけ。しかし、今回は生演奏。それも本場のサムルノリ。タルピッソリ(月光の音色)というユニット。その音色の妙なること比肩なし。特に、ジョン・ジュヒのパン・ソリのすばらしさ。黒沼弘己も「今回は音楽に助けられた。クライマックスシーンの感情の高まりは音楽とのコラボレーションに負うことが大きい」と。

 終演後、近くの居酒屋で飲み会。宇野亜喜良、かたせ梨乃さんも。
 あまりにも人が多すぎて席がないという盛況。客席で石田信之さんとAさんに偶然会ったので3人で別席で乾杯。

 2300、会がお開きになったのを潮に引き上げ。渡会、広島、山田ひとみと立話。

 帰宅は午前0.30。
 写真は、区民センター1階の物産コーナーで売っていたテスター。500円。子供の頃、このテスターが欲しかったのだ。学校の備品のテスターにどんなに憧れたか。今の時代、たった500円で買えるなんて。それも、歯磨き粉やゴミ袋、懐中電灯などの日常雑貨と一緒に置いてある。嬉しくもあり、また淋しくもある。


3月24日(火)晴れ

WBC狂想曲最終日。もつれにもつれて、仕事も延長。1400、約束していた吉田光彦さんを少し待たせることに。吉田さんの作った「啄木かるた」が4月から都内の主要書店で発売される。現代の浮世絵師ともいうべき吉田さんの描く啄木歌集の絵は小さな宝石といってもいい。限定部数なので今のうちに予約した方がいいかも。発売元の「奥野カルタ」(神保町)では、すでに店頭販売している。http://okunokaruta.jugem.jp/?eid=85

 1730、池上線「雪が谷大塚」駅で下車。駅前の葬儀所でSくんの通夜。早めに着いたので知り合いは誰もいない。開式前に流れているBGMはE・クラプトン。おそらく遺族がSの好きな曲ということで葬儀社に頼んだのだろう。
 口ひげをたくわえた遺影のS。学生時代とちっとも変わっていない。

 1800定刻どおり通夜の焼香。Sが死んだということに対して、まるで実感がわかない。脳裏に浮かぶのは笑顔のS。さわやかで、おしゃれで。怒った顔は見たことがない。どんなに逆立ちしても敵わない颯爽とした都会っ子のセンス。
 喪主席に座る奥さんと二人の子供さんの姿を見ると、胸が詰まる。同世代の家族構成は同じようなもの。

 焼香を終えて、お清めの席に。K夫妻、監察が入ったとかで来られない銀行支店長のNの代わりに奥さんが、去年最後のテニスをしたというE夫妻。N川、SH、Y川も来てくれる。
 自分たちは大学には珍しく、1年の語学クラスの仲間が「クラス会」として続いている。Sは別クラスだが、学生時代から今までずっと自分たちのクラス会に毎回出席していた。ゼミの仲間が多いということもあるだろうけど、それを別にしても仲がよかった。
 久しぶりに会う仲間の名刺は「常務取締役」の肩書が多数。やはり、銀行や大企業に就職した連中は違う。

  最後に柩の中のSと対面。変わり果てた姿にただ涙。1年近く、病魔と闘ったのだから面影がないのも当然。
 通夜に長居は禁物。SHと二人、駅へ。

 それにしても……と思う。この世はなんと不条理なのか。
 通夜に向かう道すがら、MさんとKさんからメールが届く。二人とも大切な友人。しかし、その上に苛烈な試練は降りかかる。この世はなんと不条理な……。
3月23日(月)晴れ


  WBCを見た後、部屋の掃除。引っ越して以来、押入れの中にしまいこんだままになっていたスピーカーを引っ張り出してきてセット。アンプはいつでも接続できるように出しっぱなしだった。さすがにツマミ類はガリがきてる。

 まずは単品のMDをアンプにつないで試し聴き。久しぶりに大きなスピーカーで聴く音。ウーム、今の小型スピーカーの性能も向上してるからか、思ったほどではない。試聴はクラプトンとB・B・キングのRiding with the King。まあ、よしとしよう。CDはミニコンポだけなのでアンプに接続できず。当分はMDを聴くだけか。

 1800、表参道で鄭義信氏の演劇賞独占祝賀会。「焼肉ドラゴン」で受賞したから焼肉パーティーにと、朝日賞のときに冗談交じりで話したのだった。

 1840着。原宿のシャレたお店「ベーカリーカフェ632」。すでにパーティーは始まっており、焼肉のもうもうたる煙。入口で鄭義信さんが一人ひとりに挨拶。
 今日は形式ばったスピーチや祝辞もなし。ただひたすら焼肉を食べ、歓談する。それだけ。

 会場のあちらこちらで炭火を囲む輪が。その中の七字さんのグループに入らせてもらう。肉厚のためなかなか焼けず、ほとんどレアで食べることに。立ち込める煙の中、知り合いを見つけて立話。江森、西堂、高橋、梅本、鎌滝、沢美也子のジャーナリスト、ライターから神野、落合の制作者、石井ひとみ、州永、徳永の元梁山泊グループ、粟田麗、若松力ら焼肉ドラゴングループ、る・ばるの松金、田岡、岡本の女優、松本祐子、坂口芳貞などの文学座グループ、外波山文明、高田恵篤夫妻など多士済々。

「来年の5月にる・ばる公演を鐘下演出でやります」と松金よね子さん。
 黒テントの服部良次氏とは20年ぶり。石井くに子さんとは初めて。石井さんが「(ブログを見ると)もっと年齢が上かと思った」と。ウーム。6月に息子の有吉氏の舞台があるとのこと。

 オフ日だから、すぐに引き上げようと思ったが、お祭りB型としては、やはり最後の義信さんの挨拶まで残ることに。250人分の肉を用意したというが、実際は300人以上が駆けつけたようだ。
画像

2100、アトリエ・ダンカンの池田さん、木野下さん、そして義信さんに挨拶して家路に。

3月22日(日)晴れ

 久しぶりにFMシアターを聴く。「島の密航先生」。
終戦後、奄美大島はアメリカの占領下にあった。ノートも教科書もない島で子供たちに、なんとか本土と同じ教育を受けさせ たいと願った2人の教師は本土へ密航し、教科書の密輸を決意する。

「子供たちの心に、戦争という過ちを二度と繰り返さないための燈台を建てたい」 命を賭して戦後平和教育の実践に努めた教師たちの物語。
 言葉にリアリティーがあるから、パソコンに向かいながら、「ながら聴き」をしていても、自然と身が入っていく。

 午前中は雨模様。午後、家人と買い物。花粉は大丈夫。

 夕方、昨夜録画したBSの「日めくりタイムトラベル 1960年」を見始めたらつい最後まで見てしまう。約3時間。
 
 メインは60年安保反対運動と松竹ヌーベルバーグ。「安保反対」という言葉は幼稚園児の間でも流行っていた。誰もが意味も分からず「アンポハンタイ!」と叫んでいたっけ。

 テレビが60年安保の主役、唐牛健太郎の動画をきちんと映すのはめったにない。端正な顔立ち。インタビューではその唐牛の盟友である元社学同委員長・篠 原浩一郎が60年安保当時の戦術を語っている。72歳になるのに実に精悍な顔。一時、山口組・田岡一雄の元に身を寄せていたという硬骨漢。

 右翼の大立者・田中清玄からの資金援助が発覚したため、その後の唐牛の人生は変転するが、右翼とはいえ、田中清玄は元武装共産党委員長から右転回した人物。また、山口組三代目・田岡一雄とは刎頚の友。
 岸信介の命を受け、児玉誉志夫が全学連デモ隊に対抗するため結成した右翼武装行動隊への参加を要請された時に、田中と田岡は拒否している。

 このことから考えると、田中清玄の全学連=ブントへのシンパシーはホンモノだったのではと思える。
 しかし、左翼が右翼から資金援助をしてもらったという汚名は唐牛が47歳で病死するまで付きまとう。

 しかし、任侠者をも取り込めないで革命運動は成し遂げられるのかという話になっていくわけで……。
 唐牛の生家は函館。啄木の函館には反体制の土壌があるのか。

 「日めくり」のテーマのもう一本の柱は松竹ヌーベルバーグ。大島渚の「青春残酷物語」を嚆矢とする日本映画の新しい波は続く「日本の夜と霧」で頓挫するわけだが、番組ではヌーベルバーグ成立の過程をきちんと追い、いかに大島渚が時代の先駆者であったかを描く。
 証言者は大島の僚友カメラマン・川又昂や石堂淑朗など。本人は療養中だから出演できないのは当然にしても、番組の雰囲気はまるで「追悼 大島渚」。
 ウーム……。

 それにしても、会場の若者もお笑い芸人もそろって保守的で幼稚なコメントしかできないのは無残。にぎやかしでお笑い芸人を呼ぶのはやめた方がいい。
3月21日(土)晴れ

 コートを脱ぎ捨て、今日からジャケット。早朝は身のすくむ寒さだが、日中の気温上昇を考えるとこれで十分。

0630出社。何事もなく仕事終了。

1400、新宿。シアター・モリエールでジャンキー・シスタ「CABACRAT キャバクラ」。ボブ・フォッシーの「キャバレー」のパロディー・ミュージ カル。初演は昨年。1年以内の再演は珍しい。メインテーマを日本語に置き換えた爆笑もののトップシーン以外はオリジナルストーリー。
 新宿歌舞伎町のキャバクラ「キットキャット」が舞台。オーナーであるママもすっかり年老い、店も流行らない。あげく、借金取りのヤクザが押しかける始末。ママが回想するのは20年前、まだ店が華やかだった頃のこと……。
 事故死したママの夫の亡霊騒ぎ、女のコが壊してしまった店の守り神「招きキャット」の見つからない最後の1片の行方、ナゾの新人キャバクラ嬢の登場な ど、さまざまなエピソードを盛り込みながら、歌とダンスでショーアップ。メンバーは林希、原田薫、伊藤有希、ただこ、空ゆきこ、柳橋さやか。いずれも実力 派のダンサーたちの華やいだステージが楽しい。特にナンバーワンキャバクラ嬢役の伊藤有希はチャーミングで、ダンスのキレもいい。

 演出にかなり手が入り、初演よりはるかに演劇的にパワーアップ。初演はいまひとつだったが、再演は面白くなっている。歌とダンスシーンも増えたように思ったが、後で聞いたら「同じ」とのこと。やはり演出の違いで大きく印象は変わる。
 終演後、ロビーは面会客ですし詰め状態。その間を縫って柳橋さんが林さんはじめ、メンバーを紹介してくれる。読者反響も上々だったとのこと。

 ケイタイに学生時代の友人・Kから着信。折り返すと、「昨日、Sが亡くなった」と。この前のクラス会でSが入院していることを聞いたばかり。お見舞い に……と思っていたが、面会謝絶が続き、会うこともかなわなかった。音楽、宣伝会社……都会っ子らしく、生き方そのものが垢抜けてさわやかなものだった。 それが不治の病に取り付かれるとは。浮かんでくるのはSの笑顔。冥福を祈りたい。


 1635。下北沢。S藤さんと待ち合わせ。会うのは初めて。就活中の彼女にアドバイスを、と彼女の父であるS元校長に頼まれたので、一緒に舞台を見た 後、近くの居酒屋でお話。大学の漕艇部で活躍中とのこと。しょせんいまどきの女子大生……とタカをくくっていたら、とんでもハップン。知力、体力、精神力 とも並外れた優等生。ジャーナリスト志向、特に雑誌ジャーナリズムに興味があるとのこと。実力は十分。されど、この出版界長期低落傾向に加えての不況。就 活も厳しい。でも、彼女ならどこに行っても一線級になれるだろう。
 2400帰宅。

 で、見た舞台は加藤健一事務所「川を越えて、森を抜けて」(作=ジョウ・ディピエトロ、訳=小田島恒志・平川大作、演出=高瀬久男)

 日本初演のシアター21公演は見ている。優れた戯曲だという記憶はある。が、細部はほとんど覚えていない。今回はカトケン事務所。翻訳劇をやらせたら日本一。さて、どんな舞台になるのか……。
 断言する。これは今年のベスト・プレイといってもいい素晴らしいデキ。海外モノは日本人には分かりにくいから翻訳ではなく、舞台を日本に置き換えた「翻 案」にする例が多々ある。が、カトケンさんはそんなことはしない。真正面から翻訳舞台に直球勝負する。その意志がいい。今回の舞台もその直球勝負が成功 し、見事な翻訳劇になっている。

 舞台はアメリカ・ニュージャージー州の小さな町。
フランク(加藤健一)、アイーダ(竹下景子)夫妻は結婚した娘が夫と他の州に引っ越した後もここに住んでいる。2軒隣にはヌンツィオ(有福正志)とエンマ(一柳みる)夫妻の家がある。彼らはフランクの娘の夫の両親。つまり、二組の家族は義父母同士。
 孫のニック(山本芳樹)も祖父母たちの近くで暮らしている。毎週日曜日には、みんなで一緒にディナーを食べる仲の良いイタリア系の家族だ。
 ある日、昇進が決まり、遠くシアトルに引っ越すことになってしまったニックは、日曜日を待たずに祖父母たちに報告に来る。
 突然の発表に驚き、途方に暮れる二組の祖父母たちは、ニックにシアトル行きを中止させるために“お見合い計画”を思いつく。白羽の矢が立ったのは、エン マの知り合いの若い女性・ケイトリン(小山萌子)。ニックトケイトインは互いに憎からず思うが、町に残るかどうかを決断できずにいたニックはディナーの 後、発作で倒れてしまう。それから数日間、ニックはフランクの家で過ごしすことになるが……。

 フランクが時折り叫ぶ「テンゴ ファミーリア!」はイタリア系移民たちの家族同士の結びつきの深さを象徴する言葉。「家族を養え」「家族のために」。
 移民一世たちの家族の絆への深い思い。親の決めた結婚をし、異郷の地に根を張ってきた人々。
 ニックはそんな祖父母の時代から遠く隔たった時代に生きている。未来のために祖父母の元を離れ、新天地で暮らす。

 ニックを引き止めようとする祖父母たちの心情、それを理解しながらも、自分の未来に羽ばたこうとする孫。舞台ではニックだ、フランクだと言ってるが、これはどんな時代、どんな国でもありうる普遍的な物語。
 物語はニックのモノローグで転換していく。つまり、もう存在しない光景へのニックの回想といえる。

 これほど俳優たちの息のあった舞台を見たことがない。だれもがいとおしくなるほど、舞台に息づいている。中でもニックを演じた、祖父母思いで純粋繊細な青年を演じた山本芳樹の素晴らしさ。自分が演劇賞の選考委員なら、迷わず彼を今年の最優秀男優賞に選ぶ。
 そして今年の作品賞はこの「川を越えて」で決まり。
 これほどの舞台にはめったにお目にかかれるものではない。ホン、演出、俳優この三者が絶妙に昇華した奇跡の舞台。
 竹下景子が両手を掲げて孫を見送る最後のシーンに既視感があった。そうだ、「祭りの準備」だ。都会に旅立つ江藤潤を乗せ、遠ざかる汽車をバンザイしながら見送る原田芳雄。あの映画に竹下景子も出ていたっけ。
 「川を越えて」は若者の旅立ちの讃歌であり、老人たちへの挽歌でもある。
 これほどいとおしく思える舞台を見たことがない。

 終演後、楽屋を訪ねて、山本さん、竹下さん、カトケンさんに挨拶。「祭りの準備」の話をしたら竹下さん、「もう何十年前の……」とのけぞっていたが。
 それにしても、久しぶりに、誉めても誉めきれない舞台を見た。

3月20日(金)晴れ

 祝日。

 S藤さんからいただいたDVDを見る。

 40〜50年前の故郷の映像を見ていると感慨深いものがある。

 当然のことながら風景が今とは違う。整備されたとはいえ、海岸線の道路は今から見れば簡易舗装のようなもの。バスはでこぼこ道で大きく上下にする。この感覚がイヤだった。車酔いの最たるもの。寮のある町から実家に帰るバスはひたすら酔わないように……と祈っていた。
 人々の顔つきも今とはまったく違う。特に男衆。映っているのが漁師たちとはいえ、1960年代の男の顔はごつくて、精悍で、いわゆる「ジャニーズ顔」な どフィルムのどこに映っていない。たった半世紀なのに、人も町も大きく変わった。変わらないのは自然だけ……と言いたいが、恐山、仏ケ浦などの観光地も少 しずつ様相を変えている。
 隣町のマグロ一本釣りの映像はあるが、残念ながら、わが町の映像はなし。観光用、資料用映像は最大公約数的なスポットが取り上げられるから当然のこと。
 やはり、今のうちに自分の生まれた町の歴史、考現学的に残しておかなくては。
  そうそう、懐かしい白砂海岸の風景が一部映っていたのだ。


 
  話し変わって、うちのトイレは全自動。入る。フタが自動で上がる。BGMが流れる。立ち上がると水が流れる。
 渦巻いて吸い込まれるトイレの水を見ながら、中学時代に見ていた「みんなの科学」の「なぜだろう」のある回のテーマを思い出した。
 その日のテーマは「一升瓶の水をなるべく早く排出するにはどうすればいいか」というもの。
 例によって議論百出。「上下に振る」など色んな意見が出たが、小石川中学の渋谷君が「回転させる」と発言した。渦巻きを作れば水は早く外に出るというも の。これが正解に近い意見。なんの変哲もない実験に見えるが、この回転させ、渦巻きを作ることによって、物理的に水流は速くなる。一升瓶の水は早く外に出 る。
 なるほどと思った。都会の生徒は違うと感心した。

 今のトイレを見ると、渦巻くような水の流れが便器を洗浄するだけでなく、速いスピードで水を排出している。
 40数年前の中学生の科学的直感が最新のトイレなどに取り入れられているわけで、40数年前の中学生の科学的思考が今に生きているんだなと思うと驚く。日常のささいな事を科学する心が大事。

 それにしても、「みんなの科学」の優等生、渋谷君はその後どんな人生を送っているのか。いつも気になる。

3月19日(木)晴れ

 日記帳に記された秘宝の在り処をめぐって蠢くナゾの男たち。その日記帳をなんとか人目につかない場所に隠そうとする。息をつかせないサスペンスフルな長い夢。最初と最後がループになってる珍しく論理的な夢で、目が覚めた後もしばらく惑溺。

 日中の気温が上昇。社内は半袖でも十分。朝の寒さをガマンすればもうジャンパーは不要か。

 1700、新百合丘へ。代々木上原から快速で20分。急行なら30分。遠く感じるのは仕方ない。

 1930からMODEの「マッチ売りの少女」が川崎市アートセンターで。この前の「心中天網島」を見逃したので、MODEは久しぶり。
 早く着いたので、南口の駅ビルで食事。ネーミングにつられて「らーめん山頭火」に入り、とろみしょうゆラーメンを。「らーめん山頭火」がどの程度の店なのか分からないが、よくある創作ラーメン店と変わらず。麺も味も好みではない。

 北口から3分。初めての川崎市アートセンター。アルテリオ小劇場はキャパ200ほど。シアタートラムのような大きさ。
 地の利が悪いためか客席はいまひとつ淋しい。去年のイビデアン・クルー、井手茂太の舞台で満席にしたのがホールの記録らしく、あとは推して知るべし。北千住のシアター1010も地の利の悪さ(都心からの)が祟ったようだし、地域の劇場運営は難しい。

 別役実20代の作品「マッチ売りの少女」はその後の別役不条理劇の出発点となる記念碑的作品。まだ別役文体は確立しておらず、その分、入り込みやすい。 ある雪の夜に、一組の夫婦の家を訪ねてきた少女。「私はあなたたちの娘です」。「でも、私たちの娘は幼い頃に電車に轢かれて死んでしまったのですが……」

 見知らぬ少女と夫婦、そして少女の弟の会話から、戦後の日本人の無意識という名の罪を告発する。
 哀愁漂う不条理劇に、ザ・ピーナッツの「心の窓にともし灯を」が効果的に使われる。松本修の舞台はいつも選曲のセンスがいい。

 少女は山田美佳。最初に見てから何年も経ったのに初々しさが消えない不思議な女優。弟=中田春介、夫婦は石井ひとみと榎本純朗。石井は介護ヘルパーの仕事を休んでの出演。俳優が俳優の仕事だけでは生活できないという日本の演劇状況。

 終演後、駅ビルの魚民で初日乾杯。顔ぶれは高田恵篤、佐伯隆幸、藤井びん、斎藤歩、小嶋尚樹ら。「別役戯曲はセリフが覚えにくいけど、覚えてしまうとそれが快感に変わる」らしい。

 佐伯さんはいつもの調子。この前は電車の中で若者3人と事を構えたとか。さすがに相手はタジタジとなって退散したらしい。
 太田省吾さんの追悼会でもひと悶着あったらしい。
「こんな会をしてもらって(太田省吾は)嬉しいはずがない!」と叫んだとのこと。黒テント時代の僚友・石井めぐみさんが、いかにも佐伯さんらしいと大笑いしていたという。

 2300、終電を見計らって駅へ。びんさんは町屋。佐伯さんは町田。

 帰りの電車は恵篤と榎本さんの三人。この前、名古屋で公演した「奴婢訓」を演出したのが恵篤だったと初めて知る。清水先生が毎日見に通ったとか。主演が 火田詮子だったと知ってまだびっくり。新高さんの役にぴったりではないか。残念。見たかった。「いつかトラムで奴婢訓をやりたい」と恵篤。
「寺山さんが最後の作品で何を伝えたかったのか……。自分で演出してみると、新しい発見があって面白いんだよね」と。シーザー演出とも違う、もうひとつの「奴婢訓」「レミング」を見てみたいものだ。
3月18日(水)晴れ

 父の夢、そして金久美子の夢。それぞれ長い長い夢。この頃、亡くなった人の夢ばかり見てる。

 午後、WBC韓国戦で社内ヒートアップ。
 1700、渋谷のビックカメラに寄ってICレコーダー購入。
 三軒茶屋の喫茶店「コロラド」でN高さんと待ち合わせ。初日は軽く、と思ったが、話は弾み2100まで。

 2200帰宅。
 W君が明日、高校初登校。提出書類の書き込みにてんやわんや。
 
 今日午後、会社あてに一通の封書。中にDVD。差出人はS藤さんという方。同封された手紙に「宮野美雅子さんの本の後書きに感銘を受け……」と。

 思い出した。3年前に故郷の小学校を訪ねたときに応対してくれた校長先生だ。あの時、向井豊昭氏が教師をしていた時期の教員日誌を見せてもらったのだっ た。最近、たまたま宮野さんの著書を読んで、その後書きの名前に目が留まったらしい。送ってくださったのは1960年代の下北半島の映像。お祭り、コンブ 漁、マグロ漁、仏が浦などの観光名所、トンネルのあった時代の木野部峠(?)……。貴重な映像ばかり。ニュース映像、観光映像として撮られたフィルムなのできち んとした映像記録。こんなのがあったなんて……。驚きと感動。それをわざわざ送ってくれたS藤元校長に感謝。確か、高校の1つ上の先輩だ。まさに思いがけ ない贈り物。人はいろんな所でつながっている。目に見えない糸。不思議な縁に感慨ひとしお。
3月17日(火)晴れ

 つつがなく一日を終え、1830帰宅。日本酒でジンギスカンのステーキを食す。すると、てきめん眠くなり、パソコンを娘に占領されていたこともあって0930には就寝。


 グラス・ルーツ「恋はすばやく」(Sooner or Later)、エジソンライトハウス「恋の炎」(Love grows where my rosemary goes)、フライングマシーン「笑ってローズマリーちゃん」(Smile A Little Smile For Me)、ハミルトン・ジョン、フランク&レイノルズ「恋のかけひき」(DON'T PULL YOUR LOVE )、ショッキングブルー「悲しき恋心」(Blossom Lady)、1910フルーツガム・カンパニー「恋はかくれんぼ」(Don't Have To Run And Hide)、「愛の設計」(When We Get Married)、メリー・ホプキン「悲しき天使」(THOSE WERE THE DAYS)……カッコ内は原題。書き出せばキリがないのでやめるけど、60〜70年代のロック・ポップスのタイトルの「意訳」の見事さよ。
 ラジオから流れてくるポップスのタイトルが小中学生にとって馴染みのない原題そのもだったとしたら、ポップスベストテンもずいぶん味気ないものになったかもしれない。

 映画にしても同じ。「哀愁」(WATERLOO BRIDGE)、「悲愁」(Beloved Infidel)、「逢い引き」( Brief Encounter)、唇からナイフ(Modesty Blaise)、「勝手にしやがれ」(A Bout de Souffle=息切れ)、「突然炎のごとく(Jules et Jim)」etc
 原題の「ジュールとジム」などという変哲のないタイトルを「突然炎のごとく」とつけるセンスの素晴らしさ。

 翻って、最近の日本のポップ界は英語ばやり。

 ヒットチャートをながめても、GLAY「SAY YOUR DREAM」、ROCK'A'TRENCH 「 My SunShine」、KA-TUN「one drop」、EXILE「The birthday ti amo」
 いったいどこの国の音楽?

 「日本語を大切に」なんて国粋主義的な言い方をするつもりはないけど、人の名前から店の名前まで横文字が氾濫するニッポン。
 それを国際化というにはアジアがすっぽり抜け落ち、欧米志向だけ。明治時代の「脱亜入欧」が敗戦によるアメリカ占領を経て完成したということか。アメリ カのイラク侵攻、傀儡政見樹立、アメリカナイズ……の流れを見ると、アメリカの占領政策のお手本は日本という言い方は間違いではない……かも。

3月16日(月)晴れ

 WBC、日本がキューバを6−0。急場を救った松坂。原監督ファンのA川マキさんもホッとしてる?

 キューバに行きたけれどキューバはあまりに遠し。

 キューバの田舎町、人口2万人のヒバラに「イネジロウ・アサヌマ工場」とい紡績工場がある(毎日新聞09年1月30日)。
 イネジロウとは1960年に右翼少年・山口二矢に刺殺された社会党委員長・浅沼稲次郎のこと。浅沼を追悼してキューバ革命の英雄・チェ・ゲバラが61年に命名した。工場の正面には浅沼の横顔のレリーフがある。
 ゲバラはキューバが日本のように発展することを願って当時の新工場に「アサヌマ」の名をつけたという。そのゲバラも6年後、ボリビアで政府軍兵士によっ て射殺されることになる。浅沼とゲバラ。2人が生きていたら……というのは詮無い歴史のIF。二人の接点ともいえる紡績工場、いつか訪れてみたいものだ。

 黒木和雄「キューバの恋人」の主人公が出会う女性はタバコ工場の女工だったか?

 それにしても今年の花粉症はひどい。クシャミ・鼻水で不快度最悪。薬でしのごうと服用すると眠くなる。眠ってる間はいいが、目が覚めるとまたクシャミ。一日中不快感。夜になってようやく収まってきたが、結局休みの日にも関わらず何にもできないまま終わり。ウーム。

3月15日(日)晴れ

 昨夜は寝たのが3時。久しぶりの夜更かし。

 目が覚めると0900。花粉がひどいので、朝食後再びベッドに。1300まで。

 休日になるとこの花粉症がひどくなるのはなぜだ。
 目もしょぼしょぼ。不快感ばかり。
 パソコンの前に座ってもうつろ。

 思い立ってレコードプレーヤーをチェック。オークションでも結構いいものが出てる。しかし、最近はUSBでレコード音源を簡単に取り込めるプレーヤーが 出始めているようだ。DENON、ソニー、そして4月にはオーデイオテクニカからも発売される。いずれも2万円台。どれがいいのか。DENONはUSBメ モリに書き込むタイプ。パソコンと接続の必要はない。
 あとは音質が問題。悩むところ……というか、すでにレコードプレーヤーを買う気でいる自分。
 レコードのほとんどは田舎の実家に置いてあるというのに。久しぶりに物欲に火が……。
 これからおそらく団塊世代向けに、眠っているアナログ音源をデジタルでよみがえらせる商品が発売されていくのだろう。http://news.google.co.jp/news?q=%EF%BC%B5%EF%BC%B3%EF%BC%A2%E3%80%80%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%A4%E3%83%BC&sourceid=navclient-ff&rlz=1B3GGGL_jaJP216JP217&um=1&ie=UTF-8&hl=ja&ei=rv-8Sdm_Isa-kAWawoySCA&sa=X&oi=news_result&resnum=11&ct=title

 ……結局、一日中、花粉症の不快感から抜け出せず。
 ひどい一日。

 さきおととい、ベータテープに録画していた山田太一の1981年ドラマ「タクシーサンバ」の第二回「愛のかたち」を見たが、素晴らしいドラマだった。ゲ ストは大原麗子。自殺未遂までしながら、結局ダメ男と別れられない女。そのダメ男は若き日の役所広司。同じ時間帯にリアルタイムで放送されていた「ありふ れた奇跡」と同じ人が書いたとは思えない……。それにしても、大原麗子の美しさよ。

 十数年前、下北沢の居酒屋で、目の前に座った彼女が、自ら「長〜く愛して」のセリフを言ってくれたことがいい思い出。早く健康を取り戻してほしいものだ。

2100からNHK・ETV特集で写真家・森山大道の世界を。60年代から、「野良犬の目」で都会の路上を取り続ける森山。寺山修司もその才能に注目し、 「にっぽん劇場写真帖」「あゝ荒野」でコラボレーションしている。下北半島を訪ねるシーンも。こんな良質なドキュメンタリーをとるからNHKは捨てられな い。が、しかし、ナレーションの石橋蓮司が寺山の「マッチ擦る つかのま 海に霧深し 身捨つるほどの 祖国はありや」を、「つかの間の」と「の」を入れ て読んだのにはガッカリ。二度も同じ間違いをしたのに気づかないとはスタッフは何をやっていたのか。
3月14日(土)雨

  いつの間にか目覚ましのアラームボタンを押していたらしい。もうそろそろ鳴ってもいい頃だけど……と枕元の時計を見ると0550。1時間も寝坊してしまった。しかし、慌ててもしょうがない。いつもどおり身づくろいして駅へ。
 出た時間が早いのでいつもより30分出遅れただけ。
 無意識に目覚ましを止めるなんて、疲れがたまっていたか。
 仕事は支障なく粛々と。

正午〜1500、有楽町。国際フォーラムCで「T4」。「愛と青春の宝塚」から生まれたユニット「T4」の最初にして最後のコンサート。T4とは紫吹淳、湖月わたる、彩輝なお、貴城けい。元宝塚のトップスター4人が共演する豪華絢爛な舞台。

「愛と青春のーー」から「スキヤキソング」などをフィーチャーしたダイジェストを、また自分たちの宝塚時代の主演作品のテーマ曲、あるいは「キューティーハニー」(紫吹淳)などそれぞれのマイ・フェバリット・ソングをたっぷり3時間。
 キャパ1500の客席はそれぞれの熱狂的なファンで満席。一番人気はやはり紫吹淳か。司会のTBSアナ・笠井信輔の仕切りも良く、トーク場面もテンポよし。得てして、この手のトークはとりとめがないものになる。それをきっちり仕切った笠井アナはさすが。

休憩時間に、る・ひまわりのK井さんと立話。スタッフも増えてフル稼働とか。このご時世、忙しいことはいいこと。

 演出もなかなか手際がいい。パンフを見たら岡村俊一。芝居よりショーの演出が合ってるかも。

1520、国際フォーラムを出て駅へ向かう途中、マリオン前で裁判員制度反対の街頭キャンペーンをしている人たちがいる。ハンドマイクの声に聞き覚えがあ ると思ったら、大学の同級生、T弁護士。片手を挙げ、笑顔で挨拶。近寄って署名用紙に署名。しかし、周りは立ち止まる人もなく、ビラを受け取る人も少な い。あと2か月で裁判員制度が始まるというのに無関心な人が多いのか、それとも街頭キャンペーンにアレルギーがあるのか…。T弁護士を激励して、いったん 帰社。後片付けして下北沢へ。

1630、本多劇場に行くと昼公演が終わった後。ロビーで町田マリーと少しおしゃべり。ホワイトデーなのでスイーツを差し入れ。
 マリーは近日公開の「美代子阿佐ヶ谷気分」で主役の美代子を演じている。シアター・イメージフォーラムで6月に公開予定。これはぜひ見なくては。
 塩野谷さんら男優陣は陽が高いのにすでに飲み会に行ったとか。飲兵衛ぞろいの座組のよう。

1730、高円寺へ。駅近くの中古レコード屋「レア」を覗いてみる。「その他」のコーナーで石坂浩二の朗読LP「海」を発見。1050円。このLPは高校 2年の時に買ったっけ。小椋佳の「雨」のような詩と歌が入ってるのかと思ったらただ朗読だけ。ちょっとアテが外れて放送部の部室で2〜3度聴いた後、石坂 浩二ファンだという後輩の女の子にあげてしまったのだった。約40年ぶりの再会。懐かしさにかられ、買ったはいいがターンテーブルもないし、当分は書架に 立てかけておくしかない。

 高円寺から阿佐ヶ谷へてくてくと。昔住んでいたアパートが無人ながらまだ健在なのを確かめて、そこから100メートルも離れていない「トトロの家」に。 2月に放火で全焼したその家はすでに取り壊され更地になってる。通り道ではなかったから阿佐ヶ谷に住んでる時には気がつかなかった。これからこの場所を区 はどのように生かすのか。
 よくバドミントンやったお伊勢の森小公園を通って五叉路経由で駅へ。

 ダイヤ街入口にある「らーめん粋家阿佐ヶ谷店」で鶏白湯ラーメンを。最近よくある創作ラーメン屋はとても食べられたもんじゃないが、ここのラーメンのお いしいこと! 麺の食感、白菜とスープのほどよい旨味。魚ゼラチンをまぶしたコラーゲンたっぷりの、こくのある味。久しぶりにおいしいと思えるラーメンを 食べた。

 そのあとは小さな喫茶店「GION」でコーヒーを。この店はいつ行っても清楚で可愛いウエイトレスが何人か在籍している。
 禁煙のカウンター席でカフェオレを。
1900、ザムザ阿佐谷で月蝕歌劇団「怪盗ルパン・満洲奇岩城篇―川島芳子と少年探偵団」 

 スロベニア演劇「幻夢ドグラマグラ」に続く連続公演第2弾。

 1940年代の上海。一人の少女が何者かに襲われ、イヤリングに仕込んでいた「オルコンの弓」が奪われる。「オルコンの弓」は「フビライの矢」「韃靼の的」と合わせて、蒙古の秘宝の隠し場所を示すアイテム。
 事件現場に落ちていたのは怪盗ルパンの名刺。なぜルパンは上海に現われたのか……。
 ジンギスカン=義経説をベースにした戦前の少年倶楽部連載、戦後はテレビドラマ化された「ジャガーの眼」をモチーフに、ルパン、少年探偵団の小林少年、 明智探偵、黒蜥蜴、ジャガー、満州帝国の甘粕正彦、そして清朝復興を目指す川島芳子らがこの蒙古の秘宝をめぐって争奪戦を繰り広げる。
 この虚実ないまぜの物語の実質的な主役は男装の麗人・川島芳子。日本と中国、二つの祖国の間で翻弄され、最後は祖国を裏切った「漢奸」として銃殺される悲劇の王女に、史実とは違うもうひとつの人生を選ばせる。
 歴史上の人物と虚構の造形(黒蜥蜴)などが入り乱れる冒険活劇としても面白いが、ルパンに「甘粕は私の友人とその妻、そして甥を殺した」と言わせる「虚 構」が面白い。無政府主義者・大杉栄がフランス滞在中にルパンと会い、互いに自由人として肝胆合い照らす仲だった……という「虚」が「実」と思わせる高取 マジック。黒蜥蜴が甘粕の首を絞めるシーンはその伏線。

 虚実を操り、その中から「もうひとつの歴史」を現出させる高取史劇の中でも、分かりやすさ、ロマンチシズムという点において傑出している。
 女優陣の中では天正彩の美貌が一際目立つ。甘粕を演じたゲストの牧口元美は伝説的な俳優。さすがはアングラの元祖、出てくるだけで場が引き締まる。
 ジャガー役の男優もずば抜けてうまい。後で聞いたら、「昴」の役者だとか。なるほど。

 1時間45分。
 終演後、「あるぽらん」で高取、牧口、あおい、団鬼六氏の関係者らで飲み会。
 しばらくして、A元啓移子さんが入ってきたのでカウンター席で久しぶりにお話。最近は山登りが趣味とか。出会ってから20数年。同県人ということもあって、しみじみとした話も。宇野亜喜良さんの展覧会の本を作ったとのこと。
 2330、お先に家路に。この頃は携帯で終電をチェックするので電車に乗り遅れる心配がない。

3月13日(金)晴れ

 今日は初台のオペラシティ・コンサートホールで冬木透指揮東京交響楽団のウルトラセブン・コンサート。
 それに先立って1330からウルトラセブン、アンヌ隊員、モロボシ・ダン、そして主賓の作曲家・冬木透氏を囲んでの会見。
 受付を済ませ待機しているとウルトラマンのフジ・アキコ隊員こと桜井浩子さんが駆け寄ってきて、ご挨拶。十数年ぶり? 今回はコーディネーター兼司会で大活躍。

 アンヌことひし美ゆり子とモロボシ・ダンこと森次晃嗣。42年たっても若々しい。そして稚気を失わない。子供たちのヒーロー・ヒロインはこうでなくちゃ。「演奏中の会場に怪獣が見えるようなコンサートにしたい」と冬樹氏。
  円谷プロのウルトラシリーズの音楽を手掛けた作曲家・冬木氏自らタクトを振り、ウルトラセブンのテーマをモチーフにした交響曲を指揮する。偶然にも冬 木氏の誕生日と重なり、スタッフも作品と縁のある人ばかり。初放送から42年。まさに奇跡のコンサート。チケットは当然ながら完売。今回、桜井さんのはか らいで1500からのゲネプロを拝見。

 当方はウルトラQから始まる怪獣特撮の第一世代。もっとも、その前には「マリンコング」(1960年)という特撮ドラマがあった。海から出現するこの怪獣は長い間海に対する恐怖のトラウマとなった。小学校の行き帰りに海から突き出た標識がマリンコングの角に見えたのだ。

 「セブン」は見ていたが、「ウルトラQ」ほどは思いいれはなかった。ただ、思い出せば、ウルトラ警備隊のメンバーが腕にしていた腕時計型のテレビ電話、そのオモチャを隣町にあった東京堂という雑貨屋で買った記憶がある。流線型のマークがカッコよかった。

 コンサートではアンヌ隊員とモロボシダンのトークもある。ゲネではカットだが。

 1515、遅れてゲネスタート。交響曲「ウルトラコスモ」、交響詩「ウルトラセブン」など壮大な曲想が続き、最後にアンコール曲は中西圭三と少年少女合 唱団によるテーマソングの合唱。ズラリ並んだ合唱団。振り付きで「ワンダバ」合唱。昔からこの少年少女合唱団の歌には弱い。涙腺が刺激されたか、思いがけ ず涙がじんわりと…。
 
 そうだ、この時代の子供たちは単純に「正義」というものをを信じられたのだ。正義は勝つ、悪は必ず滅びる。しかも正義の味方は悪にも手を差し伸べ最後は 救済する。「憎むな殺すな赦しましょう」ーー怪獣特撮にさえ川内康範の三憲章が生きていたのだ。しかし時は流れ、子供は大人になる。三里塚で機動隊と農民 が衝突する時、愛犬シェーンと共に颯爽と現れた少年ジェットは果たしてどちらに味方すべきなのか。警視庁の荒川警部に協力して悪と対決する少年探偵ジェッ トは自分のアイディンティティーに悩むだろう。人の数だけ正義があることを知って、正義の味方はすごすごと退場することになる。
 おまけに今は怪獣よりも人間の方がはるかに悪辣残酷。正義という言葉は死語となり正義の味方が存在できない時代。

 でも、正義の味方が活躍できた時代は確実にあった。それは明日という時代を夢見られた時代。その時代に少年期を過ごすことができたことはかけがえのない喜び。

 ウルトラセブンの合唱曲は正義の時代への挽歌なのかもしれない。無意識な思いが郷愁と哀感ない交ぜの感情となって涙が湧き上がってきたのか…。自分でも不思議。

 ゲネだから途中進行を止めながらチェック。それでも十分楽しめた。1730終了。最後は100人以上のスタッフ全員で記念撮影。イベント終了時の円谷プロの伝統だろう。

1800、下北沢に移動。本多劇場でガジラ「PW」。劇場に行く途中で川上史津子とバッタリ。「松尾貴史が開いたカレー屋に行く」とのこと。へぇ、松尾貴史が下北沢でカレー屋か。こんど行ってみよう。

1900、本多劇場で演劇集団THE・ガジラ「PW」。受付に離風霊船の制作・落合さんと元ストレイ・ドッグの太田美乃里さん。綿貫さんは不在。体調でも崩したか。

13年ぶりの再演とうことで、もうそんなに時間が過ぎたのかと歳月の流れの速さに驚く。
「PW」とは「PRISONER OF WAR」(捕虜)の略。
 物語は戦時中のフィリピンの捕虜収容所と敗戦直後の日本の警察取調室を往還しながら、ある殺人事件の真相に迫っていく。
 横浜埠頭に浮かんだ一人の女性の死体。その容疑者である男。男には戦時中、PWとして収容所に囚われていた過去がある。
男と女の関係は? そして女はなぜ殺されなければならなかったのか……。

 初演では男を燐光群の大西孝洋が演じた。刑事による拷問の凄まじさ。演技を超えたシーンの連続に客席は凍りついた。殴られ、床に叩きつけられ、縛り上げ られ、吊るされ、放置される……。観客にまでその痛みが伝わってくる迫真の芝居。舞台「PW」の記憶といえば、この激しい虐待シーンを思い出してしまう。

 今回も刑事部屋のシーンは徹底している。男を演じるのは寺十吾。背負い投げで何度も何度も床に叩きつけられる。ロープで縛り上げられる。流血、嘔吐。ヒリヒリと痛みが伝わってくる。刑事はうじきつよし。稽古を積まないと、大ケガにつながりかねない。
 ……と、鐘下辰男の芝居の中でも暴行シーンが延々と続く特異な作品。
 戦争という、暴力の最たるものを描くのに、これしきの暴力は足元にも及ばないわけだが。

松本清張の「ゼロの焦点」ばりのミステリー劇から日本人の「心性」を浮かび上がらせる鐘下芝居の傑作。
 その日本人の「心性」は戦後64年たってもまったく変わっていない。

 島次郎の美術、中川隆一の照明の素晴らしさも特筆もの。女・恵子を演じた松永玲子、妹・潤子を演じた町田マリー。男に伍して舞台を深める2人の女優がまた素晴らしい。塩野谷正幸、斎藤歩、小野健太郎、宮島健、仁科貴、小田豊。これ以上はない男優陣の充実。
 ちなみに寺十吾の読みは「じつなし・さとる」で、なぜ「寺十」を「じつなし」と読むかといえば、「十は、一から九までは”ひとつ、ふたつ、みっつ”……と「つ」がつくが、十は「つ」がつかない」ので「つなし」。「寺十」は「じ・つなし」というわけ。

 2120終演。家路に。
3月12日(木)晴れ

 朝夕は冷え込むのに日中はポカポカ陽気。着る物に困る季節。

1600、高円寺へ。1500スタートだから間に合わないとは思いながら目的地へ。北口から徒歩5分。元高円寺会館のあった場所に瀟洒なビルが誕生。5月にオープンする新劇場「座・高円寺」だ。今日は公式会見。時間が押してるとかで、まだ質疑応答中。壇上には斎藤憐、木村光一、渡辺美佐子、佐藤信、井上ひさしら。
質問に対して誠心誠意答える佐藤氏ら。議員と名のつく人に見せてやりたい。

 会見後は劇場の内覧会。楽屋、稽古場など、バックステージを見学。まだ内装の匂いがプンプン。中小2つの劇場は内部の反射音を考えて設計されたとのことで稼働が楽しみ。
 2階のカフェ、アンリ・ファーブルでお茶。M紙T橋さんらと。
 1700解散。家路に。中野、高円寺、阿佐ヶ谷、吉祥寺、三鷹……中央線の劇場ベルトライン。芝居を見た後の帰り道が遠くなるのが難点ではあるが。

3月11日(水)晴れ

 朝、駅に行く途中で朝ぼらけの空をパチリ。風の冷たさに、まだコートは手放せない。
 
1900、渋谷パルコ劇場で「ストーン夫人のローマの春」(原作=テネシー・ウイリアムズ、脚本=マーティン・シャーマン、演出=ロバート・アラン・アッカーマン)


 ストーリーはいたってシンプル。一世を風靡しながらも、年齢と共に人気に陰りが出始めた女優カレン・ストーン(麻美れい)が映画界から身を引き、夫と ローマに旅する。しかし夫は客死。一人、ローマの邸宅に暮らす妻は街で出会った元貴族を名乗る中年女コンテッサ(江波杏子)の手引きで一人の美しい若者パ オロを愛するようになる。だが、彼らの狙いは女優の財産。一方で、パオロとの官能の海に溺れる彼女を絶えず見つめるもう一人の若者が…。

 1回目はビビアン・リーで、2回目はヘレン・ミレン主演で2度も映画化された原作だから、なにも難しい話ではない。なのに、演出の韜晦趣味のためか、一幕終わった段階でも話が飲み込みにくい。隣りに座ったカップルなど「何がなんだか全然わからない」とひそひそ声。

 パオロ役はパク・ソヒ。tpt「BENT」以来、アッカーマンのお気に入り。実力はあるが、高貴で美しいという今回の役と合ってるかは疑問。
 太陽のように世界中のファンを熱狂させた大女優もいつかは落日を迎える。永遠の若さはない。
 孤独、そして過去の栄光と思い出にすがる悲哀。体当たりの「汚れ役」に挑戦した麻美れい、さすがの女優魂。
 中川安奈がちょい役でワンシーンだけ出演というのはもったいない。
 過去の栄光にすがる、という意味で、アメリカの進駐をいまだに憎むムッソリーニ崇拝者たるコンテッサのナチス式敬礼がなんとも不気味。

 休憩20分挟んで2時間20分。
 2300帰宅。
3月10日(火)晴れ

 昨夜も 10時前に就寝。すると長い夢を見る。病気の母がその病を治すというふれこみのインチキ宗教に誘われて隣町の集会所に行く。その後を自転車で追 い、その秘密の集会所を突き止める。高い塀のある家。母が出てくる。長い長い坂道。池の中の大きな亀の甲羅につかまって岸辺にたどり着く……。とりとめも ない夢だが、妙に鮮明。まるで今そこにあるかのような夢。

 1630、駅そばの理容室で調髪。笑顔で出迎えてくれるS藤さん。「きっと今日あたり〇〇さんが来ると思った」と。

 夜、大学時代の友人Kから電話。入院中のSの容態が思わしくないとのこと。「見舞いは無理だと思う」と。奇跡が起きることを祈るばかり。

 3月28日(土)午後8時半から1時間、世界中で灯りを消すアースアワー(Earth Hour)2009が実施される。これは世界自然保護基金(WWF)の呼びかけで行なわれる全地球的な消灯行動。
 フィリピンの Inquirer 紙 "Turn off your lights, for just one hour" によれば、フィリピンでは昨年約100万人が参加し、発電所1基ぶんを上回る54メガワットの節約を達成したという。今年は1000万人が参加。全世界で は10億人が参加する見込み。(この項=「壊れる前に……」より)

 54メガワット。想像つかないが、世界最大の風力発電の発電量が1基7メガワット。日本の風力発電は2メガワット時というから風車27基分の電力ということか。
 いずれにしても、1時間の消灯でエネルギーは大きく節約される。
 去年の第2回アースアワーでは元祖のオーストラリアの成人人口の半数が参加。全世界で3000万人もの人が消灯行動に参加したという。
 世界最大の電力消費国ニッポンも率先してこの運動に参加すべきだろう。
 原発依存から少しでも脱却するためにも。
3月9日(月)晴れ


昨夜は10時前に就寝。たっぷり睡眠時間をとる。

 明け方、妙に生々しい夢。誰かからの電話。よく聞き取れない。電波の状態がよくないのか。ようやく、声の主が長年会っていない従妹の声だと気づく。「母が……」。どうやら叔母の具合がよくないらしい。
 ふと気がつくとその叔母が目の前に立っている。映画でも見ているように、実に鮮明。叔母が色々話しかけてくる。しかし、どうやら……。

 あまりにもリアルな夢なので気になり、久しぶりに、田舎で一人暮らしをする叔母に電話してみる。
「去年、高いところから落ちて痛めた背中がこの頃よくなくて。夜中の1時過ぎまで痛くて眠れないときがある」と。
 ウーム……。不吉な夢のことは話さなかったが、こんなこともあるのか。

 午後、理容室に行こうと思ったら臨時休業。その帰りに、田舎のKさんから電話。「大変な事件が起こった」と。なんでも、就寝中の妻を夫が刃物で切りつ け、逃亡したものの、車で海中に飛び込み、夫は水死。そんな都会並みの事件が田舎で起こったのだという。生まれてこの方、そんな警察事件など見たことも聞 いた事もない。のんびり穏やかなわが故郷。それが……。
 これも時代か。

高石友也の歌う「春を待つ少女」。そういえば、ここ何十年もネコヤナギを見ていないなぁ。フキノトウも。
3月8日(日)晴れ
 
1230、江古田のK藤健一事務所。竹下K子さんの取材の立会い。普段は電車で通うこともあるという竹下さん。PASMOを持ってる大女優というのも珍しい。
 今日はクルマに同乗してきたとかで、道に迷ったため少し出遅れ。


 1345、東池袋。あうるすぽっとで、北九州芸術劇場「風街」。桟敷童子の座長・東憲司の作・演出。

 九州のある町。時代は1960年代。高度経済成長にも乗り切れず、さびれていく町。おりしも、公害反対運動が盛んとなり、ばい煙を撒き散らす工場に対し、市民は「青空運動」を繰り広げていた。
 主人公の父は公害企業に雇われた作業員。息子の描いた絵が「青空運動」のシンボルに使われることに反対し、少年の心は傷つく。
 丘の上には療養所があり、一人の少女が窓から町を見下ろしている。その手の中の鏡の反射光が少年たちに届く。丘の上の少女と町の少年たちの、互いに届かぬ思い。いつも少女に寄り添う不思議なおばあさん。彼女には戦争中の暗い記憶が……。

 過剰ともいえる「叙情」が東憲司特有の舞台。今回は、まるで一昔前の「プロレタリアート演劇」の趣き。蟹工船の時代だからというわけでもないだろうが。
 小劇場も一巡して先祖がえり?

 隣席の元白水社のU本さんとあれこれおしゃべり。

 1時間45分。
 1700帰宅。華屋与平衛で食事。

3月7日(土)快晴

 1300、赤坂REDシアターで「地球に落ちてきた男」(台本・演出=笹部博司、音楽・共同演出=J・A・シーザー)

  ニコラス・ローグ監督、デビッド・ボウイ主演の映画とは無関係。これはペーター・ハントケ作「カスパー」の翻案。

 生まれた時から何者かによって監禁され、言葉も知らずに育ったカスパー・ハウザー。言語を与えられ、教育という鋳型にはめ込まれ、社会に適合されていくカスパーの悲劇を詩劇に。

 見るのを楽しみにしていたのだが、今日の花粉症は殺人的に強烈。1錠では効かず、禁断の市販薬をもう1錠飲んだら、意識朦朧。客席の暖かさが心地よい睡魔を呼び起こし……。
 後半のシーザー演出、包帯の川から大滅亡シーンはしっかりと見たが、あとは……。申し訳ない。

 1800からはル テアトル銀座で「ザ・ヒツトパレード」。
至福の3時間(休憩20分)。
 60年代からリアルタイムでTVの音楽番組「ザ・ヒットパレード」を見ていた世代は言うに及ばず、若い世代にとっても、60〜80年代のヒット曲を網羅 (それもナベプロだけ!)した音楽劇は涙もの。懐かしさだけでなく、こんなにも素晴らしい音楽を聴いていたんだということに改めて気づかされる。ロカビ リーから、GS、沢田研二、キャンディーズまで、黄金のナベプロヒット曲集。

 舞台は、ナベプロの創業者・渡辺晋と妻・美佐(原田泰造・戸田恵子)の出会いから晋の死による別れを物語の主軸に、日本のショービジネスの近代化に取り 組んだ二人の人生を描いたもの。草創期から共に苦労を分かち合い、後に身を引いた一組の夫婦(升毅・北村岳子)が、ある意味、狂言回し的な役割。
 功成り名を遂げた晋の藍綬褒章の晴れがましい授賞式の片隅でそっと受賞を祝う二人。
 その式典で余興としてバンドマン時代に戻ってベースを弾く晋。「俺は根っからのジャズ・マン。昔から何も変わっていないよ」

 病を得て、余命いくばくもない病室での晋と美佐の最後の別れのシーンは初演で見てるにも関わらず涙涙。

 初演では、クレージーキャッツ役で起用された6人組のアカペラボーカルグループ「ラグ・フェア」に違和感があった。ほかの出演者と比べて明らかに異質。舞台で浮いていた。が、今回は格段に芝居がうまくなり、その「素人っぽさ」も以前ほど気にならない。

 ザ・ピーナッツ役は瀬戸カトリーヌと池田有希子。初演は瀬戸と堀内敬子。顔立ち、声質は瀬戸と池田有希子がよく似ている。息の合ったハーモニーも素晴らしい。ニ幕での引退ショータイムはその真骨頂。
 ただし、「ウナセラディ東京」だけは二人のハーモニーが今ひとつ。歌い出しを互いに遠慮したかのように感じられる個所も。絶妙コンビも100点とはいかず、今日は95点止まり。惜しい。

 戸田恵子。初演の記憶ではなんとなく、ほかの出演者に比べて「内向き」だった印象がある。歌も含めて。それが、今回は何かが吹っ切れたような、見違える歌唱と芝居。今回の舞台は戸田恵子ワンマンショーといってもいい。
 休憩ありの約3時間だが、このまま朝まででも何時間でも浸っていた至福の時間。
 宮川彬良の編曲、そしてオリジナル曲も素晴らしい。

 2100終演。

3月6日(金)雨

 1530 、本降りの雨の中、新宿ピカデリーで「チェンジリング」を観る。

 完全無欠とはこの映画のことをいう。一分の隙もない。徹頭徹尾、映像の中を見えない鋼線がピーンと張りめぐらされ、最後まで心地よい緊張感が漂う。それ がたまらない。かといって、無駄な疲れを強いるような芸術作品ではない。見事なまでの娯楽作。クリント・イーストウッドの最高傑作ではないか。こつ然と姿 を消した幼い息子を探し続けるシングルマザー。5カ月後、警察に保護され、送り届けられた息子は、しかし別人で……。

 いくら1920年代のアメリカだって、警察が取り違えをそのまま押し通せるわけない。歯医者だって、学校の教師だってその子供を「ニセモノ」と証言す る。ことは簡単に収束すると思うだろうが、どっこい、母親はこの後、思いもよらぬ「渦」に巻き込まれていく。最後の最後まで気を抜けない展開。
 上映時間2時間22分と長尺ではあるが、まったく気にならない。上質なミステリを読み始めて、気がついたら朝になっていた。そんな刹那の時間。

 脚本も演出も凄いが俳優が素晴らしい。アンジェリーナ・ジョリーはもちろんのこと、刑事役のジェフリー・ドノバン、カギを握る重要人物ジェイソン・バト ラー・ハーナー、そして子役が信じられないくらい素晴らしい。これほど完璧な映画はみたことがない。いくら褒めても褒め足りない。これがなぜアカデミーで数部門しか受賞しなかったのか。不思議。
 この映画を観ると、クリント・イーストウッドはもはや映画の神の領域にある。

1930、ザムザ阿佐谷で月蝕歌劇団「幻夢ドグラ・マグラ(原題・What about Leonardo?)」。

 中欧のZ小国スロベニアの作家、エヴァルド・フリザールの作品を高取英が演出。 

開演前に大久保鷹さんとおしゃべり。テレ東京系の昼ドラ「サギ師リリ子」(雛形あきこ主演)に出演したとか。もちろん悪徳詐欺師の役。放送日はこれから。

 さて、舞台。とある脳神経病棟。妻が帽子に見える男、数万年先の記念日の曜日を言い当てることができる少年、激しいチック症の女性、内耳に障害があるため、左右のバランスが取れない男など、さまざまな障害を抱える人々を実験的に「開放治療」している。
 彼らに君臨する2人の医師と患者たちの「暗闘」、そして衝撃のラストまで約2時間20分、観客は病棟の人々を見続けることになる。
 邦題は夢野久作の「ドグラマグラ」を意識したものだが、精神病患者の開放治療を舞台にした「ドグラマグラ」と、機能障害の人々では、少し違うような気が……。
 患者のほとんどの症例は「レナードの朝」で知られる脳神経外科医オリバー・サックスの「妻を帽子とまちがえた男」に出てくる。

 殺陣、血糊、歌、ろうそく、美少女……月蝕劇を織り込んでのスロベニア戯曲。膨大なセリフに女優陣も四苦八苦。芝居はもう少し短くしてもいいかも。
 カーテンコールでエヴァルド・フリザールの挨拶。通訳は、この戯曲の翻訳者である鴻英良氏。

「スロベニアの戯曲が日本で初めて上演された記念すべき日」と。
 終わったのが2200なので、飲みに行く時間がなく、ひとり家路に。
 2330帰宅。
3月5日(木)晴れ

 1300、すみだパークスタジオへ。19日から始まる「令嬢と召使」の稽古中。純名りさ、手塚とおるさんに挨拶。上谷さんとお話。4月には和田憲明演出の舞台、6月にはミュージカルと舞台が続くとのこと。

 1600、秋葉原でマッサージ。1830帰宅。


 東京電力の柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市)で、5日、午前9時ころ、昨年11月、12月に続いて、またも火災が発生。火災が起こったのは放射線管理区域内 である1号機の原子炉建屋の地下5階、緊急時に原子炉を冷やすポンプがある原子炉隔離時冷却系ポンプ室で、数人の作業員が点検作業の準備をしていたとこ ろ、作業に使う溶剤が発火して周りに燃え広がった。(各紙)

 記事の締めくくりは決まり文句。

「なお、放射能漏れや、外部への影響はないという」。 

 一昔は「放射能漏れはない」と断定的な表現の記事が多かったが、最近は、この「という」との表現が定着したようだ。たぶん、チェルノブイリ事故以降、国民の間に原発への不信と不安が広がってから。それまでは、原発会社の発表をタレ流すだけだった。
 事故があっても、当局が「放射能漏れはない」と発表すれば、「ない」と書くしかなかった。さすがに、検証しようがないものだから「という」との表現に落 ち着いたのかもしれない。そこに、「当局はこう言ってる。けども……」という、新聞社の「留保」を感じるのは自分だけか。

 もんじゅだのふげんだの罰当たりな名前をつけてる高速増殖炉はいずれ無に帰す。
不増不減……般若心経でも唱えてそのときを待つ……か?
3月4日(水)雨のちみぞれ

 いざという時のために溜め込んでいた爆弾のひとつを、ここぞとばかりに爆発させる。たとえそれが目くらましの閃光弾に過ぎないとしても、その光の強烈さに、国民は一瞬、目の前の大事を忘れてしまう。
 政治資金規正法の「収支報告書の虚偽記載」容疑で逮捕された小沢一郎の秘書の件はまさに、この閃光弾。言葉を変えれば「国策捜査」。政敵を追い落とすために捜査機関を動かして逮捕させる。いかにも、この国の為政者がやりそうなこと。
 これで麻生自民は高笑い。一息ついた格好。「自民もダメだが民主もダメ」という国民の政治無関心が次の総選挙で「棄権票」とつながる。その結果、相対的に自民・公明の組織票が浮上。民主はあえなく轟沈。
 そんな筋書き。
 これで、一番イヤな展開は自民と民主の大連立が再浮上すること。「大政翼賛会」の悪夢再びだ。
 もともと自民と体質が似通った民主。一気に改憲が日程に上るかもしれない。
 ここは気に染まなくても、小沢のひとふんばりに期待するしかないか。
 今朝の会見は珍しく饒舌で意気盛ん。今はオール・オア・ナッシングより、ベターの選択……しかないというのも情けないが……。

 夕方、冷え込み、雪模様。

 南口・紀伊國屋で諸星大二郎特集の「ユリイカ」、手塚治虫の幻の作品復刻版「新宝島」、近藤ようこ「花散る里」を購入。http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4778031113/mandanatsusin-22
 73年の雑誌初出時にリアルタイムで諸星大二郎の「不安の立像」を読んだときの衝撃ははっきりとおぼえている。手塚治虫でさえ「ぼくには諸星さんの絵は 描けない」と言わしめた、その独特のタッチ、その世界は唯一無二。強いてあげれば、「不安の立像」「生命の木」「西遊妖猿伝」がベスト3か。「ユリイカ」 だけに、評論家たちの諸星論は読みごたえあり。

 「新宝島」の小冊子を読むと、この作品がいかに後のクリエイターに衝撃的な影響を与えたかわかる。横尾忠則の絵の中にも手塚治虫が生きている。また、なぜ、手塚治虫が亡くなるまでこの作品を封印したのかについての論考が読ませる。

 近藤ようこの新作は室町時代を背景にした短編集。近藤ようこの新作が読める幸せに感謝。

 1830から紀伊國屋サザンシアターで文学座「グレンギャリー・グレンロス」(作=ディヴィッド・マメット、訳・演出=江守 徹)

 「不動産業界を舞台に自分だけの成功を夢見て必死にもがき苦しむ男達の人生の孤独を描いた作品」(劇団HP)

 物語は……。
 ある中華料理店の一室。不動産会社のセールスマンレヴィーンと、同じ会社の営業責任者ウィリアムソン。彼らの会社では、毎月の売上表を掲示してセールス マンたちの競争をあおっている。かつてトップだったレヴィーンも今は落ち目。なんとかウィリアムソンに取り入って契約のとれそうな顧客名簿を入手しようと 懸命だ。 同料理店の別室に、同じ会社のモスとアーロナウがいる。モスは会社の経営方針に強い不満を持っており、仕返ししようと気の弱いアーロナウをそそ のかし、狡猾な手段で顧客名簿を盗む計画をほのめかす。また同料理店の別席に、同じ会社のローマがいる。彼は隣りの席の大人しそうな客リンクに声をかけ、 言葉巧みに相手の気を引きチャンスをうかがっている。

 これが1幕。約50分。
2幕は、一転して、不動産会社のオフィスが舞台、何者かに荒らされ、めちゃくちゃになった室内。警察が、一人ひとりを別室に呼んで聴取している。1幕で登場の男たちが一堂に会する。果たして犯人は誰なのか。

 すさまじい男たちの争闘劇。これぞハードボイルド。犯人探しなぞは二の次。機関銃のようにしゃべり、怒り、成功目指して、あがく男たちの姿に軽い眩暈さえおぼえる。
 役者が皆素晴らしい。これこそ俳優の仕事。一瞬たりとも気の抜けないセリフの応酬。
坂部文昭、清水幹生、外山誠二、押切英希、田中明生、藤川三郎、石橋徹郎。いずれも文学座を代表する俳優たち。こんな男くさい芝居、めったにない。休憩15分挟んで約2時間。

 2030、終演後、木山さんと立話。元新国立劇場のS井さんを紹介される。
3月3日(火)晴れ

 朝、高校時代の友人、BとTの夢を見ていた。妙にハッキリした夢。永井Iさんも登場。時間が経ったら何だったのか忘れたけど。

夕方、雨からみぞれに。
 電車を降りたとき、後ろから娘に呼びかけられたのに気づかず、改札へ。同じ電車だったらしい。直前に竹下K子さんの事務所のSさんから電話が入ったの で、慌ててかけ直すのに気を取られていた。「パパ」と呼びかけたのに、無視されて、ヘコんでいた娘。二人でDエーで買い物して家路に。傘が一つだけ。左右 の肩を濡らしながら。


「サンフランシスコ・クロニクル紙の報道によれば、エリック・ホルダー米司法長官が記者会見の席上、連邦政府が医療用の大麻(マリファナ)の取り締まりを やめる方針であることを示唆した。これが実現すれば、医療目的での大麻の使用の是非は州レベルで決められることになる」(出典=「壊れる前に…」)

 その背景にはオバマ大統領の意向があるという。

 During one campaign appearance, Obama recalled that his mother(?granma?
原文ママ)
had died of cancer and said he saw no difference between doctor-prescribed morphine and marijuana as pain relievers. He told an interviewer in March that it was "entirely appropriate" for a state to legalize the medical use of marijuana "with the same controls as other drugs prescribed by doctors."(抜粋)

オバマ大統領は、選挙戦の中で、彼の祖母が癌で亡くなったことに触 れ、医師の処方したモルヒネと、痛みを和らげるマリファナの間にどんな違いがあるのかと語っていた。オバマは3月のインタヴューで「医師によって処方され る他の薬品の規制と同じ規制で、州がマリファナの医療用としての使用を合法化する事は全く適切な事だ」と語っていた。

 この考えがこれからはアメリカ政府の方針となる。


 アメリカではカリフォルニア州など13州が医療目的での大麻の使用を合法化したが、連邦政府はこれを認めず、麻薬取締局が医療目的の大麻の栽培者などに対し強制捜査を行なってきたという。
 その連邦政府の方針が大転換する。
 大統領が変われば、政策も変わる。(医療用)大麻が合法となる。これぞ民主主義。

 一方、わがニッポン。大麻取締法により、大麻の医薬品としての処方さえ刑事罰の対象となっており、末期医療に使おうとしたら懲役刑。
 このところ、見せしめのように「大麻逮捕」が相次ぐが、大麻はアルコールよりも習慣性がないという研究もある。ましてや、医療用の大麻は合法化してもなんら問題はないと思うが。
 こんな時こそ、アメリカの「忠犬ポチ」ぶりを発揮して、大麻についても右倣えしてもいいのでは……?
 「麻生辞任」と「大麻解禁」……文字づらが似てなくもない。


 テレビの音楽番組での、「はっぴいえんど」のテロップが「大瀧詠一、松本隆、細野晴臣が中心となって結成されたロックバンド」となっていたとか。鈴木茂逮捕を受けての措置。
 「大麻は大罪」のこの国。
 ありもしない大量破壊兵器を口実に罪もない人々を大量殺戮した大統領や、国民を欺いて、国民の財産をハゲタカに売り渡し、格差社会を招いた首相の罪の方が「大罪」と呼ぶのにふさわしい。

 早川義夫の「サルビアの花」は「もとまろ」のヒットで有名になったが、この甲斐よしひろ版も聴かせる。

 「サルビア類には、中枢神経に作用する、インドール・アルカロイドを持つ種類がいくつかあり、特にサルビア・ディヴィノルム種の幻覚物質 (hallucinogens)はメキシコ現住民のマザテック・インディアンが宗教儀式に使用していた」という。ウーン、なるほど、この歌を聴いたとき酩 酊感をおぼえたのはそのため?


3月2日(月)晴れ
 
 今日は花粉症がひどい。やむなく市販の強い薬を使うも、効き目が悪い。いつもならピタリとおさまるのに、それだけ今日の飛散量は多いのか。半日、朦朧と。 合間に、ラジオサーバーに録りためたFMドラマの整理。FMシアターを聴いてみるが、どれも、横並びの「家族の再生もの」ばかり。ラジオドラマは終わっ た。

 午後、気を取り直して映画「燃えよ剣」を観る。栗塚旭が主人公の土方歳三を、和崎俊也が近藤勇を演じている。役者の顔つきが今と違う。時代劇はこうでな くちゃ。NHKの大河ドラマのようなインチキ・マイホーム時代劇と大違い。内田良平、天津敏、戸上城太郎……皆、よき映画の時代の俳優たち。今は味のあ る、凄みのある悪役がいなくなった。

 歌も同じ。昔は情感あふれる歌がたくさんあった。「あなたのすべてを」は本家・佐々木勉もいいが、徳永芽里もいい。
3月1日(日)晴れ

0730起床。躰道稽古へ。寒気がぶりかえし、冬に戻ったかのよう。
 壮年組は1人だけ。少年少女も6人。極端に人数が少ない。
 今日は道場の半面を使って指導者講習会。71歳のT範士が各道場の指導者たちを指導。

 半面で自分たちの稽古しながら、隣りのT範士の檄が聞こえてくる。
「私は(職業を持つ)皆さんと違って50数年間、プロの武道家としての人生を歩んできた自負がある」とT範士。常に実践者であり続けるT範士の言葉には説得力がある。しかも、今も現役。71歳とは思えない心身の柔らかさ。
「形式的な”競技”に堕してはいけない。第一義に武道であること」を説くT範士。前身である玄制流空手時代からの実践者にとって、今の体育的「競技」には 違和感があるのだろう。「武道」とは本来人を殺める技術であり、一歩誤れば、相手に致命的な損傷を与える。その危険性を自覚することが大切なのだと。

 居並ぶ30〜60代の道場師範の誰にもまして強靭な肉体と技術を持つT範士ならではの説得力。生涯現役であることの凄み。

 講習を仄聞しながらひとりで感心。

 正午、稽古を終えて帰宅。
 懸案の二件を抱えて、落ち着かず。ひとのために良かれと思ってしたことで、ややこしいことに追い込まれる、おっちょこちょいな自分。ま、これは性分か。

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