4月26日(日)晴れ


 千葉に墓参りの予定が順延に。

 朝から花粉症でクシャミ、鼻水。なぜ休みになると花粉症がひどくなるのか? 薬を飲んで横になったらそのまま午後4時。
 なんということ。半日潰れてしまった。

 急いで身支度を整え、高円寺へ。1800から座。高円寺のオープニング・パーティー。着いたらすでに懇親会で、会場から地鳴りのようなざわめき。
 ああ、勘違い。1700からすでにパーティーは始まっていたのだ。渡辺えりの司会で、鏡開きを行った後、小田島雄志が乾杯の音頭を。別役実、渡辺美佐子の祝辞。そして流山児祥の祝辞を述べ、ミュージカル「ユーリンタウン」のパフォーマンスもあったとのこと。

 会場のカフェ「アンリ・ファーブル」は立錐の余地もないほど人であふれている。

 永井愛さんを囲んで、高橋さん、江森さん、西堂さんと話をしていたら、横から七字さんが「ずいぶん濃い顔ぶれだね」と茶々。
 新国立問題については「せりふの時代」に永井さんがこれまでの経過を書いてとのこと。ぜひ読まなくては。

 それにしても、「保守陣営」の人間はどこまでいっても保守的とは。温厚そうに見えるY氏のふるまいを聞いてなるほどと納得。権力の座に恋々とする人々の卑小さよ。

 永井さんの怒りが次の作品に昇華することを期待したい。

 1900過ぎに閉会。高橋さんと近所の屋外焼き鳥屋で一献。小一時間ほど談笑。
 高橋さんと駅のホームで別れた後、なんとなく飲み足りないというか、人恋しくて、阿佐ヶ谷の「吐夢」へ。日曜の夜とあってお客さんもちらほら。カウンターでしばらくKさんとおしゃべり。
 キース・ジャレットのケルンコンサートのレコードが流れていたが、中野サンプラザで行われたキースのコンサートにMちゃんと行ったのは79年だったか……。

 1900から紀尾井町で桜井浩子さんの日本批評家大賞受賞のお祝いパーティーがあったのだが、残念ながらこちらは出席できず。

 帰宅は日付変更後。

4月25日(土)雨



朝から雨。
1300、青山円形劇場で、ネルケプランニング「櫻の園」(脚本=じんのひろあき、演出=堤泰之)。
 吉田秋生のコミックスを舞台化したもので、新キャストでの再演。

 桜の樹に囲まれた名門女子高・桜華学園。この高校では、毎春、創立記念日にチェーホフの“櫻の園”を上演することが慣習となっていた。
 上演の朝、しっかり者の部長・由布子は校則で禁止されているパーマをかけて登校してくる。さらに、部員の一人が前の日に他校の生徒とタバコを吸って補導される。このことによって公演は中止の危機に追い込まれるのだが…。

 閉塞した伝統や格式の中で揺れ動く少女たちの心の葛藤が、彼女たちが演じる劇中の登場人物と交差させながらが描かれる。
 オーディションで選ばれた20数人の高校生役の女優たちの初々しい演技はそのまま「桜華学園演劇部」の部員に重なる。思春期の少女たちの息遣いが聞こえてくるような舞台。

 福井未菜、山崎真美、芳賀優里亜の主演3人が役柄とはいえ、やはり抜群の存在感。
 終幕で降りかかる無数の桜の花びら。

 チェーホフが戯曲を書いたこの時代、ロシア南西部にある桜は日本の観賞用の桜と違って、さくらんぼの果実のための桜が主流だったとか。だから、「桜の園」の桜を、咲き誇るソメイヨシノを想像すると、ちょっと違うかも。
 ただ、ロシア文学者の中本信幸の説によれば、チェーホフは友人であるスタニスラフスキーに「これは、サクランボを作る果樹園の桜ではなく、観賞用の桜である」と伝えたという。
 ということは、やはり「桜の園」の桜は日本的な幽玄美のサクラという解釈が正しいのか?

 1時間30分。

 雨の中、いったん帰社し、仕事の続きを。1700退社。
 阿佐ヶ谷で下車し粋ラーメン。この前食べた「鶏コラーゲン・ラーメン」は21日で終了したとのこと。おいしかったのに……。

 荻窪に移動し、古書店で吉武輝子著「ブルースの女王 淡谷のり子」1500円。竹中労「スキャンダル紅白歌合戦」が7600円の高値。これでは手が出ない。ほかの竹中労の本も概して高い値段。「芸能の論理」も3500円。労さんもあの世で苦笑してるか。

 久しぶりにクラシック喫茶「ミニヨン」でゆっくりお茶でも、と思ったら「コンサートのため貸切」と。残念。
 しのつく雨の中、中野へ。

1900、中野ポケットで弾丸MAMAER「デマゴギー226」。初めて見る劇団。チラシのイラストが吉田光彦さん。障子の陰から憲兵と女中たちが何かを 覗いている絵にかぶせて「デマゴギー226」の文字。思わせぶりでインパクト十分。このチラシだけで見に行こうと思っていたら案内をいただいたので渡りに 船で雨中の観劇。

 1936年に起きた陸軍青年将校らのクーデター「226事件」。それをモチーフにしているが、「226」を真正面から描くわけではない。
 襲撃された際、押入れに隠れることによって難を逃れた岡田首相(劇中では岡部首相)と、彼を匿った女中たち、そして救出に向かった3人の憲兵、救出作戦を立てる秘書官らを主人公に、「226事件の裏の真実」を描いたもの。

 反乱軍が岡田首相と間違えて義弟で総理秘書官兼身辺警護役をつとめていた松尾伝蔵大佐を殺害したこと、後に、弔問客にまぎれて、変装した岡田首相が脱出したことは史実。

 このウソのような本当の話をモチーフに、26日未明から27日午後1時の首相救出までの官邸の長い一日を描くのだが、重喜劇ともいうべき作劇術は圧倒的なパワー。
 3人の憲兵と、なにやら岡部首相をかくまっていること以外にも秘密のありそうな女中たちの不審な行動。
 農村出身の二等兵をそそのかす憲兵の「友情ある説得」、そして何かにおびえる岡部首相のナゾの行動。……単なる史実のパロディーではなく、史実を裏から捉えた「大胆な解釈と真実」が面白い。
 これは一級品。

 こんなに才気あふれる劇団を今まで知らなかったとは不覚。

 昔、初めて東京サンシャインボーイズを見たときの驚きと似ている。
 脚本・演出・役者の三拍子に加えて、劇団から発せられるマグマの奔流のようなパワーが素晴らしい。

 作・演出の竹重洋平は76年生まれの32歳。226事件に挑戦する才気と勇気。笑いのセンス、演出の緻密さ、大胆さは群を抜いている。

 憲兵を演じた中村哲人、山口晶由、市川草太以下、岡部首相=田中しげ美、栗森中尉=椿克之、林田少尉=河合伸之、船山二等兵=木村慎一ほか俳優の質の高さも特筆もの。中でも中村哲人の演技の巧みさよ。

 劇中、「尊皇奸伐」の巨大な日の丸が翻り、その真っ赤な日の丸が終幕では、とある「日の丸」に変わる。
 押入れの首相を守り、ある秘密を抱える女中たちと3人の憲兵の救出劇は作者の想像力から別の物語を紡ぎ出す。ウーン。これこそ演劇の醍醐味。
 3人の憲兵はマイケル・カコヤニス監督の映画「魚が出てきた日」で、島に落下した核弾頭を探す兵士のズッコケぶりと似ている。


 予感はズバリ的中。いい劇団に出会った。ちょうどいい具合に熟した果実を手にしたようなタイミングのよさ。熟れる前の青い果実を味わってみたかったが……。

 2時間15分。制作のM橋さんに挨拶して家路に。

4月24日(金)晴れ

1700、K駅でPASMOの再発行。チャージしようとしたらカードが読み取れず、昨日最寄り駅で申請したもの。再発行は沿線ならどこでもOK。列の前の人もPASMOに不具合が生じたために、再発行の申請をしていた。結構トラブルがあるのかも。

1800、信濃町。
 定食屋でさんま定食840円。

1900、文学座アトリエで「犀(さい)」(中村まり子訳、松本祐子演出)。

 言わずと知れたイヨネスコの不条理劇。
 ある日突然、町の人たちが犀に変身していく。最初は恐怖におののいた人々も次第に犀の「優美さ」に魅力されたように、仲間入りしていく。「委員会」に属 している男までが「流れに乗らなくては」と犀に変身する。最後まで抵抗する若者とその恋人。しかし、犀の持つ「熱情と力強さ」に惹かれ、恋人もまた犀の群 れに飛び込んでいく。残された男は1人闘いを宣言するのだが…。

 この戯曲はファシズムの恐怖を描いたものといわれる。ヒトラーのナチスに狂喜し、賛美するドイツ国民の姿を犀に重ね合わせたものと。イヨネスコ自身はコミュニズムを嫌悪したから恐らくスターリニズム的な全体主義への批判を内包しているのだろう。

 主題があまりにも明確で、評価が定まった戯曲であるため、演出の松本祐子にとってはいささか物足りない作品なのかもしれない。適度なユーモアを交えなが らのメリハリある演出は過不足なく、さすがは次代の文学座を担う逸材。主演の大場泰正の熱演も好ましい。が、何か物足りない。今の日本の状況の危うさに対 してどこか楽観的な意識があるのか、危機感が伝わってこないのだ。
 だから最後に主人公が「闘うんだ」と叫んでも、観客は敗北を幻視してしまう。

 例えば拉致問題はすでに日本社会ではタブーであり、「100万人の朝鮮人を拉致してきた日本人が……」と言っただけで袋叩きに合う。命の危険を伴う。ついこの前の北朝鮮「ミサイル」問題もそう。すべてが右に倣え。反対意見や疑問の声は封殺される。
 すでに、日本人全体が「犀」に変身してることに気づかないか、あるいは確信犯的に容認している時代の空気。

 子供の頃、楳図かずおの恐怖漫画「お母さんが怖い」や「ヘビ少女」を読んだ時の底知れない恐怖。それは噛まれることによって自分も異形の者に変身させら れる怖さだった。感染の怖さといってもいい。それは子供心にファシズム的なものに飲み込まれていく恐怖を無意識のうちに感じていたのだろう。

 2120、芝居がはねて、1人駅へ。
 この信濃町に降り立つといつも妙な緊張感がはしる。巨大宗教教団の城下町であり、駅を降りた時から首のあたりに監視されているような、うそ寒さをおぼえるのだ。
 その意味で犀を見るにはふさわしい場所だったともいえるが。

 2300帰宅。小雨。


 朝刊各紙は草なぎ事件を社会面トップかそれに準ずる扱いで報道。
 芸能・文化部と違って社会部はジャニーズ事務所としがらみが少ないだろうし、「社会的影響」を御旗にすればジャニーズなにするものか、なわけだ。その威 光に逆らい、少しでも疑義を呈したマスコミ媒体に「NG媒体」の烙印を押し、取材拒否、所属タレントの関わるイベント、舞台へのNGという圧力を押し通し てきたが、今回はそうもいかない。マスコミ全部を敵に回すわけにはいかないだろうし。

 今回の事件、陰謀史観的には、海賊対策法案審議への注目を逸らすこと、あるいは北野誠事件をうやむやにする事…が考えられる。誰が得するか、といえばこの二者なわけで……。

 しかし、もはや思考停止した国民に、海賊対策法案審議は目隠しする必要もない。北野事件の隠蔽云々はリスクが大き過ぎる。
 とはいっても、海外での自衛隊の武力行使を可能にし、集団的自衛権の行使を可能にする事実上の「改憲」ともいえる海賊対策法問題をスルーして延々と草なぎ事件を報じるNHKはじめ民放各局の報道姿勢は犯罪的だ。

 昔、早慶戦の後の恒例だった歌舞伎町コマ前の噴水での学生のご乱行。裸になって噴水に飛び込む連中もいたし、この手のおふざけは若い時には誰でも覚えがあるもの。草なぎの34歳が若いかどうかは別だけど。

 それにしても、鳩山だの升添だのが「最低だ」「酒の飲み方を考えろ」なんていうのは笑止千万。こいつらだけには言われたくない。酒の飲み方なら国辱大臣・中川某にこそ必要だろう。
 本来なら軽犯罪で説諭を家宅捜索までされて。過剰逮捕のそしりを受けても当然。ジャニーズ事務所には同情しないけど、草なぎクンに同情したくなるってなもの。

 今回の事件で経済損失は1000億円ともいわれるが、マスコミは他人の不幸は蜜の味。
 視聴率、発行部数で神武、岩戸、いざなみ以来の草なぎ景気になる……わけはないか。


4月23日(木)晴れ


0900前に飛び込んできた「草なぎ剛逮捕」の一報。その後、この「事件」振り回され、残業。夕方には肩凝り頭痛。

 テレビワイドショーの司会者もコメンテーターも及び腰。ジャニーズ帝国の威光に逆らえばどうなるか……で、戦々恐々。「お酒の上じゃしょうがないよね」というのが、帝国に対する恭順の総意らしい。普段は水に落ちた犬は叩き放題なのに、吹くのはお追従の風。
「帝国の逆襲」が怖いといってもねぇ……。

秋葉原の「癒処」でマッサージして帰宅。

4月22日(水)晴れ

 田舎の家の夢。荒れ果てた我が家。畳を踏むとズブリと足が畳にのめりこむ。荒涼とした景色。
ただ、父とは親しく言葉を交し合う。「なんだ、父は死んではいなかったんだ」と、いつもの夢の展開。
 かなり怖い夢だったのか、夜中に目が覚める。しかし、恐ろしくても田舎の夢は甘美な怖さに満ちている。


 1530、会社を早めに引き上げ、途中駅で下車。「レッドクリフ パートU」を観る。

 前編は楽しめたが、後編は……。ハリウッドっぽい「恋愛エピソード」は中国映画に似合わない。
リン・チーリンは誰かに似てるんだけど、誰だったか思い出せない。ウーン。
張飛は少年ジェットの鉄人騎士だし、曹操はザ・ガードマンの神山繁、周瑜は田中健、孫権は鈴木省吾そっくり。
 映画自体はつまらなくはないけど、そんなとこにばかり目が行ってしまうのはなぜ?
1900帰宅。
 フランスに続いて、アメリカ、オバマ政権が核燃料サイクル、高速増殖炉から撤退(21日・朝日新聞夕刊)。
 そもそも高速増殖炉は核兵器に転用可能なプルトニウムの拡散を防ぐために、プルトニウムを原発で燃やし、消費する事が目的の一つだったが、プルトニウム を消費しても、核兵器への転用は可能とわかったこともあって、もはや、金ばかり食う高速増殖炉は無駄だと判断した。日本は「関係ない」と強気だが、このま までは、日本は世界の趨勢から取り残される。
 六ヶ所村の再処理施設は今後40年間操業したとして19兆円ものコストがかかるという。しかも、2046年に閉鎖されたとしても、3・2万トンもの使用済み核燃料が「積み残し」される。
 つまり、核燃料サイクルには天文学的なコストがかかるのだ。それが電気料金にはねかえってこないわけがない。
 こんな時こそ、アメリカに追随してほしいもの。


「デビ夫人が右翼とトラブル」の新聞記事はそろいもそろって「デビ夫人、右翼の街宣車に鉢植え投げつける」の見出し。http://ameblo.jp/dewisukarno/
 これだけを見れば、「どうせ、またエキセントリックなデビ夫人が、右翼の挑発にのって何かやらかしたのだろう」と普通の人は思う。
 しかし、デビ夫人のブログを読むと事の真相は大きく異なる。
 詳しくはブログを参照してもらうとして、警察発表を垂れ流しするマスコミの横並び報道はどうにかならないものか。
 それにしても、今の日本でこれだけハッキリとものを言えるのは彼女くらいのものではないか。


 ロンドンのG20でもデモの死者が病死ではなく警官隊の過剰抑止行動=暴力によるものだった可能性があるとの報道。
 彼我の差こそあれ、国家の暴力装置は似たような性格を持つ。


4月21日(火)晴れ

1900、新宿・紀伊國屋ホールで青年劇場「ばんさんかい」(作・演出=高瀬久男)。
 タイトル通り、食卓をはさみ、いつ果てるとも知れない夕餉のシーンが続く。登場人物は13人。「最後の晩餐」の趣。
 そこで語られるのは、生産と流通、消費の仕組み。現代社会がいかに、自然の摂理を無視した「経済」によって自分たちの「食」をないがしろにしているかが 「解説」される。時折挿入される詩と短文は「二十歳の原点」の高野悦子、「オリオンの三ツ星」となった、日本赤軍・奥平剛士らの引用。

 現代社会への危機感に満ちた脚本はしかし、説明的で啓蒙臭が強い。環境汚染、「食」の問題、農・漁業問題と手を広げすぎて、舞台としては抑揚に乏しいものになったのが残念。
 しかし、舞台上で若い役者たちが実際にモノを食べることによって、「食」の問題を自分の身に引き付け、それが抱える問題を、現代経済の仕組みから解きほぐそうという意欲は買える。
 1時間45分。
 外は雨。2200帰宅。

4月20日(月)晴れ


 休みの日はのんびり。蒲団の中で惰眠をむさぼり、起床は0930。お昼は家人、娘と外食。帰宅後、思い立って、以前購入した吉田光彦氏のイラストを壁に取り付け。コンクリ壁なので釘も打てない。ワッペン式のフックならなんとかなるかと試したら、どうにか形に。時間経過で粘着がなくなるのが心配だが。
画像

 きょう夕方からニッポン放送で尾崎豊特集。ところが、予約録音しようとセットしたら、北関東ではニッポン放送が入らないことに初めて気づく。なんだそりゃ。電離層が下がるとはいえ、夜間にはニッポン放送の深夜放送は800`も離れた田舎でも聴く事ができたのに、この首都圏でニッポン放送が聴けないなんて。
 数日前から楽しみにしていた家人の落胆著しい。ウルトラCはラジオサーバーを抱えて東京の会社まで行き、そこで予約録音することだが、「そこまでしなくても……」と家人。で、断念。
 中波放送って意外に穴があるんだ……。

 反戦地主・川瀬氾二さんが死去 「矢臼別」反対訴え

【別海】根室管内別海町の陸上自衛隊矢臼別演習場内に住み続け、自衛隊に反対し平和を訴え続けた反戦地主の川瀬氾二(かわせ・はんじ)さんが二十日午前六時一分、吐いた物を詰まらせた窒息のため釧路市内の病院で死去した。八十二歳。岐阜県出身

 川瀬さんは一九五二年に矢臼別へ入植、原生林を切り開いた。その後、国が矢臼別演習場の用地買収を始めたが、拒否し、演習場内に残る約十六ヘクタールの所有地で営農しながら住み続け、反自衛隊闘争の象徴的存在だった。くも膜下出血で、昨年十月から入院していた。(北海道新聞)

 国策に対して異議を唱える人々が高齢化で次々に亡くなっていく。それを後継するのは……。

 昨日のフジテレビ「マイドキュメント」で半田健人が日大闘争の元闘士にインタビューしていたが、「(あなた方は)危機的状況に気がついていないから安穏としているんです」に対し「危機的状況……感じたことないなぁ」とつぶやいていた。それが大方の若者の意識だろう。60年代オタクの半田にしても、うわべの風俗としての60年代しか興味がないのかもしれない。
 ただ、「危機的状況」はある日、老若男女だれにでも襲い掛かる。自分には関係ないとはいえないわけで……。
4月19日(日)晴れ

0830起床。
 新聞では花粉終息なんていってるが、今日の花粉の猛威にダウン。休みなのに、何も意欲わかず。
おまけにまだ腰痛があり、躰道の稽古も休んだというのに、クシャミで腰にズキンと痛みが。ひどいもんだ、この花粉症。
 ベッドに横になりながら、横山光輝「項羽と劉邦」最終巻を。
 朝から病院の処方薬を服用してもいっこうによくならないので、思い余って市販薬を服用。睡魔に襲われ夕方まで仮眠。
 最悪の休日。

 夜、録画しておいたNHK土曜ドラマ「遥かなる絆」を見る。加藤健一が久しぶりにテレビドラマに出演。それも主人公の父親役という最重要な役。中国残留 孤児問題を描く骨太の作品。中国嫌いの日本人が増えているらしいが、中国に対して戦争の惨禍を与えた日本人、その日本人が捨てた子供たちの命を救ったのは 中国の民衆だ。
 どんなに富裕になろうとも、人間は井戸を掘った人々のことを忘れるべきではない。それを忘恩の徒と呼ぶ。


 それにしても、「残留孤児」という呼び名はどうにかならないのか。まるで自らの意志で残ったようではないか。言葉を言い換えて本来の意味を曖昧にすることは日本独特のもの。「敗走」は「転戦」、「全滅」は「散華」、「敗戦」は「終戦」……。

 「残留孤児」ではなく「遺棄孤児」と呼んだ方が本質に叶う。足手まといになるから、泣き声で敵に見つかるから。……どうせ途中で死ぬなら中国人にもらわれた方が幸せになるかもしれないと考えた親もいるだろう。

 それらは国家によって遺棄させられた子供たちであることに変わりはない。決して「残留」などという自発的なものではない。「残留」と言葉を言い換えることによって、国家が自らの責任を回避する。要はそういうことだ。

 国家が大好きな人たちは、たとえ戦争になっても国家が国民を保護してくれると幸せな考えをする人たちだろうが、国家は国民を保護しない。そのときになって気づくだろう。国家が守るのは「国家体制」と一握りの「権力者」だけだと。

4月18日(土)快晴

 
0630出社。仕事。

 1300、池袋サンシャイン劇場で、”コンドルズ・ロケットスタートシリーズ09”と銘打った「jealkb×コンドルズ『B.L.〜 Ballad of Lip 〜』。

 総監督=近藤良平(コンドルズ)×田村淳(ロンドンブーツ1号2号)。振付監督=近藤良平(コンドルズ)。セリフ監督=小林顕作(コンドルズ・宇宙レコード)」。

 コンドルズと田村淳のコラボ? いったいどんなステージになるのか予想もつかない。まっさらな状態で劇場へ。
「jealkb」は淳がボーカルの「haderu」名義で主宰するビジュアル系バンド。世界のコンドルズとどんな接点があったのかは不明だが、ダンス、コント、芝居、歌、人形劇などが切れ目なく展開する舞台はまさに、オモチャ箱をひっくり返したような面白さ。
 コンドルズのメンバーと伍してダンスを披露する「jealkb」のメンバーの運動神経、中でもHIDEKIとCHAOSが抜群。ほかのメンバーも個性的。
 全体を通す物語は、経営の都合で、「土木科学院」と「ビジュアル学園」が合体、「土木・ビジュアル科」になってしまった総合学園のクラスの誕生と廃科をめぐるドタバタを描いたもの。

 むろん、土木・肉体科は近藤コンドルズ、ビジュアル科は淳jealkb。この二つの相容れない個性派集団ががっぷり四つに組んでの2時間15分(公式には1時間45分だが、今日はアドリブ多く、大幅延長)。
 学園の担任教師が小林顕作。仕切りと当意即妙の芝居は天才的。コント的なものもダラダラ長くはならない。ジェットコースターに乗ってるように周りの景色がどんどん変わる。カッコいいダンス、ギンギラギンの演奏。真剣勝負だから「笑い」も密度が濃い。
 結果としてこのコラボは大成功。モダン・コンテンポラリーダンス集団の芸術性とビジュアルバンドの大衆性が合体した無敵のエンターテインメント。

 ロンドンブーツ1号2号の淳にはあまりいいイメージがなかったが、今回の舞台で見直した。こんな舞台をやろうとする、その意欲。舞台も楽屋落ちやオチャラケにしない真剣さ。これぞプロの鑑。
 次はライブハウスでコンドルズとタイバンするそうだが、このシリーズも続けていってほしいものだ。

 1515終演。
 時間があるので、近くの映画館でトム・クルーズ主演の「ワルキューレ」を見る。
 ドイツ軍反ナチ勢力によるヒトラー暗殺未遂事件に材をとったサスペンス・スペクタクル。歴史にifがあるなら、このワルキューレ作戦が成功していたら今頃世界はどうなっていたか。

 事件後、多くの関係者は残忍な方法で処刑。トム・クルーズ演じるシュタイベルク大佐は、いったん軍服や勲章を着用したまま軍人として埋葬されたが、ヒトラーの命により遺体は掘り出され、勲章や階級章を剥奪された上で焼却され、灰は野原にばら撒かれたという。
 しかし、妻と子供だけは許され、妻は06年に92歳で没するまで長生き、長男はその後、ドイツ連邦軍陸軍少将まで務めたという。
 かつて、ドイツ軍人は「ドイツとドイツ民族の総統であるヒトラーに無条件の忠誠を誓う」と宣誓。この忠誠宣誓の故にドイツ軍人の多くはヒトラー暗殺計画に参画しなかった。

 しかし、今ドイツ連邦軍では特定の個人ではなく「ドイツ連邦共和国に忠誠を尽くし、ドイツ民族の自由と正義を守ることを誓う」と宣誓する。昇進できないことを条件に忠誠の宣誓を拒否する権利も認められているという。(Wikipedia)

 天皇に忠誠を誓った旧日本軍。さて、今の日本の自衛隊は誰に忠誠を誓うのか。戦後生まれの元航空幕僚長あたりが、またぞろ「国体」を持ち出し、シビリア ンコントロールを無視、挑発する時代。自衛隊が守るのは「国体=天皇を中心とした国家体制」であって、「国民の自由と生命を守るのは警察」というのが大方 の右派論客の見方らしい。自衛隊の忠誠が誰に向けられるのかは一目瞭然。
 戦後ドイツがナチへの反省から出発したのに、日本は根本的にいまだ「神の国」なのだから、この国には「反省」という言葉はないに等しい。この先、日本にシュタイベルク大佐は生まれるのかといえば、それはないものねだりなのか……。

ビックカメラでオーディオケーブルを買ってシアターグリーンへ。BIG TREE THEATERで劇団鳥獣戯画「春でもないのに」(作・演出=知念正文)
 07年の再演。

 主人公の吉沢課長は団塊世代。家族には生ゴミ扱い、会社では流行おくれの朴念仁。そんな吉沢の元にある日、郷里の旧友・山田から電話が。高校時代、一緒にフォークグループを組んでいた高梨ががんで倒れ、余命1カ月だという。
 意を決して見舞いのために帰省した吉沢だが、病室の高梨は口を聞こうとしない。高校最後の夏の出来事が今も心の傷として残っているのだ。その出来事とは……。
 懐かしのフォークソングをバックに、友情と家族愛、そしてせつない郷愁と未来への希望をうたったフォークソング・ミュージカル。
 わかっていても、ラストシーンにはついつい涙が。

 元フォーク少年に寺門一憲、中尾隆聖、ちねんまさふみ。高梨の妻と娘は石丸有里子とユニコの母娘。前説で学生服姿になると瓜二つ。母娘というより姉妹に見えるほど。

 1970年頃が舞台だが、場つなぎで流れるフォークソングはあのねのねや拓郎、神田川などちょっぴり時代がズレているのが気になるといえば気になる。若い観客にはわからないことだろうけど、1970年の前後ではフォークの質がまったく異なるわけで。

 日替わりゲスト、今日はナッチャンこと野沢那智。客席から舞台に上がると、立て板に水で、しゃべるしゃべる。独演会。当時の裏話。拓郎、コータロー、は しだのりひこ、北山修、そしてキンキンこと愛川欽也……。その中身はオフレコ扱いにしたほうが八方丸くおさまるので記さないが。
 話が止まらず、慌てる裏方。「池袋まで呼んでおいて10分しか時間がないなんて。2時間半でもしゃべっちゃうよ」とナッチャンの怪気炎。ま、それは冗談で、後はうまく次のゲストにバトンタッチ。

 終演後、石丸さんにナッチャンを紹介してもらい、立話。薔薇座時代に何度も話をする機会があったのに、つい挨拶程度。考えてみれば、きちんと話をするのは初めて。
 中・高校生時代に深夜放送を聴いていた世代にとって、「アニキ」のような、いや今となっては「神さま」のような人。その方が今も現役で、しかも若々しい姿で目の前にいる。これはもう信じられない奇跡のようなもの。

 今日の芝居を見ていて、そう思ったのだが、やはり自分たちは「いい時代」に生まれ育った。あんな激動の時代、ワクワクする高揚感に包まれた時代に十代を過ごすことができたのは、かけがえのない体験。その時代の象徴でもある目の前のナッチャンを伏し拝みたいほど。
「またDJやりたくてね。今考えてるんですよ。カメちゃん(亀淵昭信)と一緒にFMで番組やりたいねって。それも地域FMじゃなく、FM東京とか、広く電波が届く局がいいね」
 それはすごい。ナッチャン&カメさん。パック・イン・ミュージックとオールナイト・ニッポンの夢のコラボ。ぜひ、実現してほしい。
 来年6月には新しいミュージカル劇団を旗揚げすることが決まっているとも。メンバーはなんと元某有名ミュージカル劇団の脚本・演出家二人。
 これはビッグニュース。

 いやぁ、子供の頃、大好きだった「神さま」と話をするというのは、ふつうの俳優さんと話すのと、まったく気分が違うものだ。家路に向かう電車の中でもナッチャンとの会話を反芻しながら幸せ気分。
 電波の入りが悪い田舎の深夜、蒲団の中で聴いていたパックのナッチャン。
 人生の半分以上過ぎたというのに、まだ子供のようにはしゃぎたくなる私って……。

 写真は池袋のラーメン店。「ラーメンジロー」って……。経営者は浅川マキさん痛恨の曲「アーメン・ジロー」を知ってたりして。「船乗り稼業の みなしごジロー♪」

4月17日(金)晴れ

  スーパーの夜勤警備員が、妻を店内に呼び込んで食料品を盗ませていたという埼玉・さいたま市の事件。盗んだ品物は、卵や納豆、肉や魚など計70点(約2万 円相当)。「生活苦で金がなくてやった」などと供述しているという。最高額はウナギのかば焼き1580円。2人は55歳。犯罪ではあるが、同世代として身 につまされる。

 警備員に採用されたのは3年前。リストラされたのか。子供はいるのか。ウナギのかば焼きが並んだ2人の食卓の上に広がる荒野……。

 こんな事件を聞くと、条件反射で、三上寛の「夢は夜ひらく」の4番の歌詞「八百屋の裏で泣いていた  子供背負った泥棒よ キャベツ一つ盗むのに 涙はいらないぜ」
 を思い浮かべてしまうのだ。

 お昼過ぎ、K條さんから電話。ここ数日、連絡がないのが変だとは思っていたが……。そういうわけだったとは。

 1400、シアターサンモールで劇団昴「親の顔が見たぃ」(作・畑澤聖悟、演出・黒岩亮)。昨年2月に初演した作品の再演。去年、もし「焼肉ドラゴン」が上演されなければ、間違いなくベストワンだったのに、運が悪かった。

 物語の舞台は、ある私立名門校の会議室。
 早朝、女子中学生が教室で自殺する。
 残された遺書から、イジメが絡んでいると思われ、名指しされた5人の女子生徒が学校で事情聴取される。
 彼女たちの親もまた招集される。5組の父兄と教師らとの対話から次第に明らかになっていく自殺の真相。しかし、親たちは真相究明よりも、自己保身を優先 させる。責任回避のためにイジメの事実を認めようとしないばかりか、死んだ少女を貶める親、真実を知りながら口をつぐむ親…様々な親たちの姿。

 リアルな会話は作者が現役の教師だからこそ。息詰まる会話劇は、あたかも上質なミステリーを読んでいるかのよう。事件の真実が明らかになっていくスリリ ングな展開。そして、何よりも、我が子をかばい、親としての保身に走る大人たちの醜悪さと「悲しみ」が実にリアルに描かれる。

 初演を見た時には、役とはいえ舞台上の俳優に憎しみを抱くほどリアリティーのある演出だった。さすがに展開を知っている再演では冷静に見られたが。
 それにしても皮肉で哀切極まるラストシーンは、単純な告発劇ではなく、人間の真実を突いた作品であることの証左でもある。サンモールではなく、もっと大きな劇場でより多くの人に見てもらいたいものだ。1時間45分。帰りにT橋さんと喫茶店へ。


 1700、いったん会社に戻り雑用を済ませ銀座へ。三越で差し入れ用の焼酎。

 1800、銀座山野楽器でCD視聴。平積みになったユーミンの新譜「そしてもう一度夢見るだろう」を聴いたらこれが抜群にいい。この十数年、ユーミンの アルバムにはほとんど興味をなくしていたが、今回の作品は80年代、ユーミンが一番よかった時のテイスト。シンプルで力強く、ロマンティックなポップ& ロック。 これこそがユーミン・サウンドだ。
 Miss Monday のニューアルバム「Love&The Light」と合わせて購入。Miss Mondayは「Dragon Ash」のKj、森山直太朗、「RIP SLYME」のPESなど様々なアーティストとコラボ。気合い十分の一枚。 これは買いだ。

1900、ル・テアトル銀座で「毛皮のマリー」。原作を超越した美輪演出に驚嘆。キノコ雲とクジャクを背景にした絢爛豪華な聖母子像。これは美輪明宏でし かできない。紋白役の若松武史は相変わらず縦横無尽・自由な芝居で場をさらう。麿さんの見せ場もたっぷり。休憩15分はさみ2時間15分。

 終演後、楽屋へ。若松さん、続いて、美輪さんにご挨拶。女性セブンがスクープした骨折事故。お客さんがそこ(骨折した手)にばかり目が行くのは不本意と緘口令が敷かれたらしいが、どこから漏れたのか。
 今も痛みはあるのに、「薬は嫌い」と痛み止めも処方していないとのこと。湿布姿が痛々しいが、上演中はケガをしているとは微塵も感じさせないのは、さすがの俳優魂。
 すぐに辞去して家路に。
2300帰宅。
4月16日(木)晴れ

 腰痛8割改善。ようやく復調の気配。

 北野誠の「不適切発言」事件。本人の無期限謹慎に続いて、所属の松竹芸能と番組を放送した朝日放送が、日本音楽事業者協会(音事協)に退会届を提出。……ここまでやるか。

 ただの舌禍事件というより、もはや言論事件ではないか。個人への誹謗中傷なら、法的手段に訴えてもいい。それをまるで闇に葬るようなやり方。

 テレビ、新聞はおろか、一部を除いた雑誌までが固く口をつぐんで、事件を「スルー」している。「××界の天皇」という言い方があるが、その威光はまさに 天皇並みのアンタッチャブル。雑誌が元気な時代には、たとえ相手がどんな「天皇」でも果敢に突撃していく無頼の精神があったものを、今の雑誌にはマスコミ ゲリラ=遊撃の誇りが絶えてなくなったように思う。

 最近開催された「『月刊現代』休刊とジャーナリズムの未来を考えるシンポジウム」では、佐野眞一氏が「昨今の雑誌を殺したのは編集者の劣化」「その極み が、朝日新聞阪神支局襲撃事件を巡る週刊新潮の大虚報」と断罪したというが、編集者の劣化に関していえば、おおむねその通りだろう。

 アナーキーな活力を失った雑誌は衰退する。
 北野誠事件という「言論封殺事件」をスルーするマスコミには、今後、どんな「言論事件」をも批判する資格はないと思ったほうがいい。

 1800帰宅。
 途中で、M井豊昭氏夫人に電話。引越しを考えているとおっしゃっていたので、無沙汰を詫びながら近況伺い。ちょうど、引越し先の部屋を見に行った帰りだ とか。ちょっとした仕事もしていて、今日はたまたま家にいたというタイミング。「方言でしゃべる相手がいないから、それが一番淋しい」と。東京生まれなの に、ばりばりの下北弁を使っていたというM井氏。「WBCも一緒に見たでしょうね。テレビは野球とか駅伝が好きだったから」と。残った蔵書は札幌の古書店 に引き取ってもらったとのこと。作家の死は蔵書の四散を意味する。いただいた蔵書は活用しなくては。

 you tubeで話題になっている「オオカミはブタを食べようと思った」を見る。
 スチール写真を使ってここまで完璧な作品を作るとは! その労力と才能はすごいとしかいいようがない。
 
4月15日(水)晴れ

  秋元さんから、イラストレーター・宇野亜喜良さんの画集「少女からの手紙」(発行=マートル舎)をいただく。宇野亜喜良さんは大好きな作家の一人。原画一枚でもいいから手に入れたら家宝にしたいほど。
 この画集も少女をモチーフにした、いかにも宇野亜喜良らしい作品世界。http://www.amazon.co.jp/%E5%B0%91%E5%A5%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E6%89%8B%E7%B4%99-%E5%AE%87%E9%87%8E%E4%BA%9C%E5%96%9C%E8%89%AF/dp/488375099X

1600、三軒茶屋の喫茶店SでN高さんと待ち合わせ。話し始めて5分もしないうちに、突然、ピーッという警報音。耳をつんざくとはこんな音。その警報音の間に、女性のコンピューター音声で警告。「地下一階で火災が感知されました」
周りを見渡すと、30数組の客席は皆、同じようにあたりを見回している。しかし、従業員は落ち着いた様子。火災発生の気配もない。しかし、その間にも警報音は鳴り止まない。ピーッ、クワンクワンという音。耳に直接響く高音域の音。
 慌てて店を飛び出す客も。従業員に詰め寄るN高さん。
ウエイトレスが「誤作動です。昼も同じことあったんです」と申し訳なさそうな顔。
 それを客に告げなければ意味がない。
 そうこうしているうちに、警報音が退去警告に変わる。男の声で「火災が発生しました。落ち着いてすみやかに退去してください」

 この退去勧告の合間にも流れ続ける警報音。耳をふさいでも飛び込んでくる、すさまじい音。まるでジェット機の真下にいるような。それはそうだ、どんな場 所にいても警報は聞こえなければ意味がない。しかし、誤作動とわかっても、セキュリティー会社が到着しなければ、その音を止めることはできない。まるでハ チの巣を突っついたような騒ぎ。急いで店を出て行く客。そのままい続ける客。
 警報が鳴ってから10分たっても警備会社到着せず。
 あまりの高音に耐えかねて、退去。「コロラド」に行くも、満席。パブリックシアターの2階喫茶店に移動。ようやく一息。
「あんなの生まれて初めて」とN高さん。実際に火災が発生していたらと思うとゾッとするが、最初の警報の段階で、案外客は落ち着いているというか、警報を信じないということがわかった。

 風邪気味とのことで、早めに切り上げ、1845家路に。
 
4月14日(火)雨

腰痛相変わらず。こんなに長引くとは。1600、秋葉原癒処でマッサージ。

 1900、青山劇場でワタナベエンターテインメント&ネルケプランニング「鴉」(作・羽原大介、演出・茅野イサム)。

 ワタナベエンターテインメント所属の若手俳優集団「DーBOYS」をフィーチャーした時代劇。戊辰戦争を背景に、仙台藩で最後まで官軍に抵抗した衝撃隊、通称「鴉組」の若者たちの青春群像を描いたもの。
木こり、農民、猟師、野武士、博徒…寄せ集めの隊を率いるは細谷十太夫直英。攻め寄せる薩摩・長州相手に奮戦、東北に独立国建設を夢見るが…。

 2時間50分(休憩15分)のほとんどがアクションシーン。主演の鈴木裕樹はキムタク、足立理は草g剛、五十嵐隼士は香取慎吾と、J事務所とポジションは相似形だが、鈴木は岩手出身、五十嵐も長野出身と実直な「北」のDNAには親しみが湧く。

「蜘蛛の巣城」ばりに移動する森を美術・小道具として使うなど、面白い演出も。「テーブルマナー」に出ていた柳浩太郎はベルリン出身のため、セリフ回しにクセがあるが、得難いキャラクター。

 開演前に鈴木が奥羽越列藩同盟の概要を前説したので、客席を埋めた若い女の子にもストーリーは飲み込めたと思うが、さて。
 2150終演。2315帰宅。雨。
4月13日(月)晴れ

 携帯のアラームを解除してなかったので明け方、耳元で目覚まし音が。一瞬、起きなきゃ仕事に遅れる…と思ったが、思い違いに気づいて寝なおし。こんな時の心地よさよ。
 なぜか沢尻エリカとのロマンスの夢。はて、何の予兆か。目覚めて、家人に話すと「有名人の夢は、叶わぬ恋をしている証拠」とのご託宣。ムム?

 午後から家人、娘と隣り駅まで「ちい散歩」。40年の歴史があるイトーヨーカドーが閉店セール。商売は厳しい。

 帰宅して、理髪店に。いつも担当してくれるS藤さんの姿が見えない。「実は別の店に転任になったんです」と店員。うーむ、せっかく仲良くなれたのに残念。
 夕方、息子の自転車のカゴ、ライト、カギを新品に。学校の指導で自転車点検があったとのこと。自転車にまで口を出すのか、今の高校は。生徒も幼稚なのだろうけど、学校も幼稚。

 世の中には注目を浴びたいがための行動をする人間もいるわけで、無視することもまた見識になる……?
4月12日(日)晴れ

 腰痛のため、躰道稽古は休み。

 0930起床。届いたばかりの「テレビの青春」(今野勉著、NTT出版)を読み始める。TBS退社、テレビマンユニオン創立のきっかけになったTBS闘 争、成田事件は「お前はただの現在に過ぎない」で知っていたが、現在の視点からより客観的、俯瞰的に当時のテレビ界をとらえたのが本書。「新・調査情報」 連載に加筆したもの。「緑魔子・わたしは……」放送事件など、数ページ読んだだけで、胸が躍り、心悸高進してくる。故萩元晴彦が長野オリンピック宇宙中継 にこだわったのは1968年の世界の若者を宇宙中継でつないだ「今語ろう、世界の若者」の失敗・混乱(技術的な)の復讐戦だったということを初めて知る。 この日本初宇宙中継の失敗が作家・深田祐介を生み出すきっかけになったという秘話も。そして天井桟敷の東由多加が退団する要因にもなったと……。

 あまりにも面白すぎて、読むのが怖いくらい。久しぶりに読みごたえのある本と出会った。ただ、表紙のデザインはどうにかならなかったものか。チープすぎて、中身とあまりにも乖離している。
4月11日(土)晴れ

  1100、仕事を抜けて下馬二五七さんの葬儀へ。

 開式に間に合わないので目黒からタクシーで五百羅漢会館へ。ワンメーターの距離。

 10分ほど遅れたので、シーザーの弔辞には間に合わず。松山の市街劇に触れた、いい弔辞だったと榎本さん。

 式場には萩原朔美、榎本了壱、蘭妖子、サルバドール・タリ、竹永茂生、高橋咲はじめ天井桟関係者、万有引力の俳優などが大勢。林檎童子さんは拙ブログで下馬さんの訃報を知ったとのこと。
 最後の舞台「春琴」で共演した高田恵篤は憔悴した様子。彼が下馬さんを「春琴」の配役に推薦したという。落胆も大きいだろう。

 根本豊さんも福島からバスで駆けつける。30年ほど前に、下馬さんからもらったというハーレーの純正サングラスを携行。当時でも、かなりの高価なものだったに違いない。それをぽんとくれた下馬さん。「女房には内緒で」というところは、世の亭主族には身にしみる。

 天井桟敷退団後は、商業演劇やミュージカルなどさざまな舞台で活躍したから交友関係も幅広い。献花台には榊原郁恵、前田美波里、萩原健一などの名前。式場には俳優の永島敏行、フラワー・メグ、篠塚祥司、川端槙二の顔も。

 元金杉アソシエーツの篠塚祥司さんは舞台芸術学院の同期とのこと。「40年前からの、戦友のようなものです。最近、またお互い、芝居を見に行ったり来たりしてたんですが」
 60歳を過ぎると役者は自分の体力との戦いになる。次第に落ちていく体力・気力そして、記憶力。それといかに折り合いをつけるかが、高齢の俳優の課題と。
 
 フラワー・メグさんは1970年頃、下馬さんと赤坂のクラブ「スペースカプセル」で一緒にパフォーマンスをやった仲。それが、2年ほど前から、2人でラ イブショーを復活させていたのこと。「寺山さんの詩を朗読したり、2人で歌ったり。これからもずっと続けていくつもりだった。二人のデュエット曲を入れた CDを発売する予定だったのに……」
 パートナーを失ったメグさんの落胆ぶり。

 下馬さんが芝居の合間にメグさんと活動をしていることはまったく知らなかった。


 献花を終えると、喪主である奥さんの挨拶。その真情あふれる言葉に思わず落涙。

 がんが進行し、「春琴」の公演中も体調は悪化の一途をたどり、点滴を打ちながら耐えていたとのこと。千秋楽を終えて、その翌日に入院。それからわずか3 週間で旅立ってしまった。病院の窓からは、下馬さんの生まれ故郷の静岡の富士山と満開の桜がよく見えた。その桜が散るように、アッという間に天国への花道 を駆けていったと……。

 出棺にあたって、所属劇団「スーパー・カムパニイ」のメンバーたちが「人生は一度きり、歌って踊って……」と歌と手拍子で見送り。
 千秋楽まで舞台を。それも後世に残る名舞台を勤め上げる……まさに見事というしかない俳優人生。64歳とまだまだやり残したことはあるはずだが、その引き際はあまりにも見事。

 斎場に向かうクルマを見送り、万有の女優たちと駅へ。

 電車を待っていると、同じホームに俳優の川端槙二さん。ご挨拶して話を伺う。なんと、川端さんも下馬さんとスペースカプセルのパフォーマンスに出ていた とのこと。それ以来の付き合いで、最近、また交流が再開していたという。今はNLTの代表であり看板俳優。それが下馬さん、メグさんと交流があったとは。
 聞いてみて知る不思議な縁。
 人はどこかでつながっている。

 1230、途中駅で別れて帰社。

1730、新宿歌舞伎町。久しぶりに集う友人と2300まで楽しいひととき。時間が足りないほど。終電帰り。
4月10日(金)晴れ

  昨日よりも腰痛がひどくなっている。午後、会社を早く上がり、自宅近くの総合病院へ。しかし、間の悪いことに整形外科の先生が不在日。やむなく別の個人病院へ。駅を降りてから一時間以上も歩いた勘定に。

レントゲンの結果は大丈夫だが、腰椎の間が狭くなっているので、ヘルニアになりやすいと。うーむ、そんな事は考えてもみなかった。ヘルニアで悩む人は何人も見てるがつらそう。無理しちゃいけないか。

診察の後は物理療法。五時まで。下馬さんの通夜には間に合わない。
そのまま渋谷へ。腰痛でも芝居は見なきゃ。

1900からコクーンで宮本亜門演出の三文オペラ。三時間の長丁場と聞いていたので身構えたが、案に反してテンポのいい演出で休憩二回三幕はあっという間。
 主演の三上博史は時計じかけのオレンジのマルコム・マクダウェルばりのメイクと衣装。登場人物は皆白塗りパンク風メイク。天井桟敷風といった方がいいか。ポリー役の安倍なつみが歌・演技とも抜群。そのハツラツとした演技は天性のもの。誰もまねできない。

 歌詞は三上博史が新訳。セクシャルで大胆な詞。案内人の米良美一が悪魔的なキャラクターではまり役。最後は女王に。秋山菜津子、デーモン小暮、田口トモ ロヲ、明星真由美、松田美由紀、大鷹明良らも好演。大団円がまた華美な演出。なんといっても出ずっぱりの三上博史のデモニッシュな芝居と歌が素晴らしい。  

 終演後、楽屋を訪ねて三上博史とエミ・エレオノーラさんに挨拶。「来るのがわかってればまたテンションが違ったのに」と三上さんの軽口。
2400帰宅。
4月9日(木)雨

 1500、お茶の水駅前の青空書店でRebecca Hornのポストカード集を購入。クリムトやエッシャー、マグリットの絵画集も欲しかったが、レベッ カ・ホルンのコラージュが面白い。まるで寺山修司の贋ポストカードのよう。1944年、ドイツ生まれで、インスタレーションやオブジェ、パフォーマンス、 ドローイング、映画など、多岐にわたる作品を創出。この本はホルンがティモシー・バウムなる架空の人物ほか数人に宛てた、詩とコラージュのポストカード 集。どこかで見たような気がするのだが。


1900、赤坂REDシアター。
 受付に元RUPのH本さん。どうして?と思ったら、Jクリップに入ったとのこと。昔から知っている制作担当者があちらこちらに転職・転戦。

舞台は、とある地方の斎場。隣町に住む一人の老女が生まれてから死ぬまで一度としてその村から出ることなく、一生を終え、死んで初めて隣町のこの最新式の斎場で旅立ったというもっともらしい話が参会者の会話から聞こえてくる。

今日、この斎場で火葬されるのは、老舗書店の創業者にして名士の老人。冒頭登場するのは、その次男。ケイタイの相手は妻に言えない女性らしい。長男はそわ そわと落ち着かない。父親から引き継いだ書店が不渡りを出しそうなのだ。もうひとつ、東京から訪ねてくるという男のことが気がかりらしい。次男には秘密だ が、父親が若い頃、愛人に生ませた子供だという。

 引導を渡すお坊さんが事故で遅れ、火葬開始の時間が長引く。その微妙な「間」が、親子、親戚、職場関係者の間に横たわる、ある種の危うさを浮き彫りにしていく。

 長谷川孝治(弘前劇場)の作品を和田憲明(ウォーキング・スタッフ)が演出。
 静かで思索的な芝居と暴力的でエキセントリックな演出。一見、水と油の二人の組み合わせだが、これが意外といい感じ。ただ、あまりにも船頭が多い。次々と登場する名だたる俳優たちの芝居に目を奪われてしまい、舞台の流れと無関係の想念にとらわれてしまう。

 青山勝、植本潤、蒲田哲、酒向芳、里村孝雄、鈴木省吾、福島勝美、大沼百合子、小林愛、小林美江、星野園美……。いずれもピンで芝居ができる役者ばかり。こんな「名優」たちが同じ舞台に立つなんて、贅沢すぎる。
 中でも酒向芳の演技が素晴らしい。出てきた瞬間、舞台の空気がガラリと一変する。静かなたたずまいから放たれる名優のオーラ。長谷川孝治の戯曲をもっともよく体現している俳優だ。
 これこそ俳優の中の俳優だ。

 2時間。
 出口でK谷さんと立話。6月は上条恒彦のミュージカルとか。エネルギッシュ!
4月7日(火)晴れ


 日曜日に、はりきり過ぎて倒立だの側転だのやったおかげで腰が痛い。ベッドから下りるときもそろそろと……。

午後、T谷英子さんにお礼の電話。懐かしい声。ハガキのやり取りはしていても、電話で話したのは十数年ぶり。「私は裏方ですから」と、相変わらず控え目でもの静か。

1800、池袋。東京芸術劇場中ホールで「その男」。上川隆也主演、鈴木聡脚本、ラサール石井演出。メンツだけを見れば鉄壁の布陣。これで面白くないわけがない。

 が……。いったいどうしたことか。池波正太郎原作に臆したわけでもないだろうに、典型的なダメ商業演劇。中身スカスカ。幕末から昭和を生きた1人の男を 通して明治維新から2・26事件までを俯瞰する。男(上川)が尊敬する師(平幹二朗)は幕府の隠密。男の友人となるのは幕末遊撃隊の伊庭八郎と「人斬り半 次郎」こと中村半次郎。彼らとの友情も絡みながら、物語は進む。しかし、中途半端なオチャラケと冗漫な演出で、ピリリとしたところがない。

 いったいどうしたのか、鈴木聡、ラサール石井。練達の鈴木にしてこの脚本。ラサールはどんな芝居でもきっちりエンターテインメントにする手腕があるはず なのに。今回は、まったく見る影もない。内山理名、六平直政、キムラ緑子、池田成志のほか、風間水希、斎藤レイ、朝倉伸二、築出静夫ら水谷龍二グループと 平良政幸ら石井光三グループ、そして福本伸一、木村靖司、弘中麻紀らラッパ屋グループが合体し、スタッフ・役者陣を見れば、まさにキラ星のごとき布陣。あ あ、それなのに、この低調。

3幕3時間40分。この上演時間も無駄に長い。カーテンコールだけが華やかで見ごたえあるというのは情けない。
 終演後、見に来ていたK守珍とH島桂と一緒に六平さんの楽屋見舞い。六平は個室だ。さすが売れっ子。息子で高校サッカーのエース・光成クンの話など。

 ダメ出しするラサールさん、いつになく強張った顔。笑顔なし。彼が一番、今日の芝居のことがわかっているに違いない。二日目。これから70ステージの長 丁場。ラサールのことだから、これからどんどん良くなっていくだろう。これだけのスタッフを集めて、こんな舞台で終わるわけがない。

 楽屋から出てきた内山理名と接近遭遇。ウーン、めちゃくちゃかわいい。
I井久美子さんに挨拶して、守珍、桂さんと駅まで。
2315帰宅。
4月6日(月)晴れ

 0930起床。
この前取材した原稿を書く。追い詰められないと腰が上がらない。悪いクセ。書き出せば早いのだけど。


 地球の周りには2000個以上の衛星が回っている。宇宙ステーションもこれから増えていくのだろう。手塚治虫の描いた未来世界そのままに。
しかし、こんな記事もある。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/in_depth/7973747.stm

「'Toilet row' lowers space morale」

国際宇宙ステーションでロシアの宇宙飛行士がアメリカの船内にある運動用の自転車を使っていいかと聞いたら、ダメだと言われた。トイレも、お互い、自分の国のものしか使えないらしい。食べ物の交換も禁止だそうだ。
ロシア側の飛行士 Gennady Padalka さんは ISS 滞在3回目のベテランだが、「商業化により、共有や協力の精神が失われ、どんどん雰囲気が悪くなってきている」と嘆いている。(この項「壊れる前に……」より)

 宇宙船地球号とはよく言われる比喩だ。宇宙という空間の中では国籍も人種も超えた共同の空間が生まれ、それが人類の未来に資するのだと。
 しかし、それはまだまだ遠い理想であることがわかる。宇宙空間の小さな船の中でさえ、地球上の矛盾や対立が持ち込まれる。手塚治虫の描く宇宙生命体「火の鳥」はこんな人間の愚かさを見続けたのだろう。

 夕方、MXテレビの「5時に夢中」を見る。忘れていたので最後の15分だけ。コメンテーターは若林史江とマツコ・デラックス。ほかのテレビ局では絶対に 放送されない直球ど真ん中のコメント。辛口というよりも真正直? かつての「新伍のお待ちどおさま」に匹敵する面白さ。MXテレビという辺境地帯だからこ そできるんだろうなあ。よそのテレビ局なら間違いなく潰される。電波が遠いので画面が見えにくいの難。この番組のためにだけ地デジに変えてもいいと思うほ ど面白いのだが……。

 東奥日報の記事。
「原燃の安全意識欠如が浮き彫り」

 六ヶ所再処理工場の高レベル放射性廃液漏れをめぐり、日本原燃が国の法律に基づ く保安規定違反を五件も起こしていたことが明らかになった。国は同社の安全管理の在り方そのものを問題視しており、経営陣にとって厳しい指摘となった。実 施中の試運転は、ガラス固化工程の完成という技術上の課題に加え、安全上の懸案も浮上した形で、八月の終了(完工)は極めて難しくなった。


 人間というものは、自分の身に降りかからなければ痛みも恐怖もわからない。遠く離れた土地に高レベルの放射能廃液があろうが、都会に住むその管理会社の 重役にとって屁でもない。ここはやはり江戸時代の参勤交代のように、高い危険性のある施設を管理運営する会社の社長以下重役陣は、自分の家族をその施設の ある土地に住まわせることを義務付けるべきだろう。3年ごとでもいい。交代で自分の家族を高レベル放射性廃棄物を貯蔵する村に住むことを強制する。誰しも 家族はかわいい。その身を心配する。そうすれば安全性意識の欠如なんていう、人をバカにしたようなことはできないはず。これこそ真っ当な「人質」制度だ。

 危険施設の管理運営会社に「危険地域」への参勤交代制を! ……ほんとだよ。
4月5日(日)快晴

0900〜1200、躰道稽古。
 運身稽古でよせばいいのに倒立前転やら後転をやったものだから、終わった後、腰や首が……。

 1300、帰宅後、睡魔に襲われ、昏々と眠り続け、目覚めると夕方。横山光輝版水滸伝を読み終えた頃、再び眠りの中に。2200には就寝。一日寝てばかり。

 北朝鮮のミサイル発射。秋田沖と太平洋上にブースターらしきものが落下したというが、成功か失敗か判然とせず。冷静であるべき大新聞も政府の北への脅威論に追随するだけ。

 辛うじて「街の声」に社会部記者の良心が反映されている。いわく「日本を狙いと宣言したのならともかく、あまり騒ぎすぎ。景気が悪いのに、子供のような 国を相手にしてる場合じゃない」(40代タクシー運転手)、「”日本も軍備を増強しよう””戦争の準備をしよう”というムードにならなければいい が」(60代主婦)、「税金でイージス艦を動かしているのはばからしく思う。あまり騒いでもしょうがない」(中学生男子)。
 好戦的な世論とバランスを取るための反対意見なのだろうが、こんな意見さえ封殺されるようになったらおしまいだ。
4月4日(土)晴れのち雨


 北朝鮮テポドン狂騒曲。聴いてるだけで共犯になるが耳をふさぐ術がない。
 なんと流されやすい国民性なのか。ミサイル騒動で喜ぶのは軍需産業とそれにつるむ政治家・右派勢力。軍事費は膨らむ一方で、その利権たるや莫大なもの。8000億円ものミサイル防衛予算だから、甘い汁は無尽蔵。
 それにしても、この機に乗じて、自衛隊が白昼堂々とPAC3を配備、普段なら「軍事機密」ものなのに、マスコミこぞって、まるで自衛隊の宣伝活動だ。
 今、憲法改悪投票を行ったらおそらく9割の国民が「憲法9条」廃棄に賛成するだろう。

 空から降ってくるかもしれないミサイルの破片に大騒ぎするのなら、米原潜が日本に寄港する際の放射能漏れにも大騒ぎしてほしい。公害問題にも大騒ぎして ほしい。国民の健康と平穏な生活を脅かすという点で同じではないか。それなのに、今回のように全国民が弾劾の声を上げたという話を聞いたことがない。住民 運動は常に少数者の地道な活動に支えられている。
 そもそも、日本に米軍基地があり、その米軍が引き起こす犯罪や事故被害の方がはるかに頻度が高いわけで……。
 今回のミサイル騒動で、保守派は狂喜しているだろう。これで憲法改悪の日程は定まったと。

1500、下北沢。「劇」小劇場で劇団Joe Company「あしたブログ」(小野寺丈作・演出)。偶然手にしたケイタイ電話。ブログに書き込むとそれ が翌日現実になる。……これは石ノ森章太郎じゃなく藤子不二雄だろうと突っ込みを入れたくなるお話。このありがちな設定とダジャレの連発で、展開が見えて しまっては……。しかし、芝居にかける小野寺丈の情熱はホンモノ。

1800、三軒茶屋に移動。パブリックシアターで「夏木マリ・印象派ネオ わたしたちの赤ずきん」。93年からスタートした「印象派」。今回初観劇。これまでと趣を変え、MNT(マリ・ナツキ・テロワール)なる新ダンサー集団とのコラボレーション。振付は井出茂太。
 童話「赤ずきん」をモチーフにしたセクシャルでエロティックなパフォーマンス。美輪明宏がナルシシストの女王なら夏木マリのナルシシスムぶりはそれに次ぐもの。主演と演出とプロデュースを兼ねる女優が陥りがちな陥穽。客観的な視線がなければ、独善的になる。
 冒頭からその自己愛に満ちた舞台に鼻白み加減だったが、井出の振付の妙と、ダンサーたちの高度な技術と表現に釘付けになり、クライマックスで天井から降って来る数千個の真っ赤なピンポン玉の美しさに陶然と……。
 夏木マリのナルシシズムと舞台芸術の境界線上の均衡がなんとも微妙な舞台。やはり、他人の目(演出家)が入ったほうが、夏木マリの芸術には必要なのかも、と余計なお世話。1時間20分。

 外は雨。時間が早いのでK松克彦さんと待ち合わせ、学芸大近くの居酒屋「風」へ。美人のママさんは故郷の下北・風間浦の出身者。O間高校OGということで、いわばご近所さん。直送された魚介類は新鮮で実においしい。たなごなど、田舎の味に舌鼓。2200まで歓談。

4月3日(金)晴れ

 公園の桜の下に敷き詰められた青色のシート。もはや春の季語?もっとも、川沿いに並ぶ青いシートは通年化してる。…と思って隅田川沿いを歩くとシートマンションが消えてる。ここだけか?

1700、三軒茶屋でN高さんと待ち合わせ。2000までお話。その後、阿佐ヶ谷へ。ラピュタ阿佐ヶ谷で開催中のレイトショー「60年代まぼろしの官能女 優たち」、今日は若松孝二監督・新高恵子主演の「歪んだ関係」。二人が組んだのはこの一本だけ。帰りが遅くなるレイトショーはなかなか観ることができない が、この機会を逃すといつになるかわからないから…。

 いわゆるピンク映画と呼ばれるジャンルではあるが、今観ると性表現は実におとなしい。バストトップが見えただけで映倫アウト、ヌードなども後ろ姿がわずかに映るだけ。今のテレビの昼ドラの方がはるかに破廉恥で浅ましい。
 もっともピンク映画の場合、見せない分、淫靡なのかもしれないが。

「歪んだ関係」は医師の妻の殺人事件をめぐって、夫、看護婦(新高恵子)、妻の火遊び相手の学生などの人間模様をサスペンスフルに描いたもの。モノクロ画面から立ち上がる濃密な心理描写が素晴らしい。よくできた推理小説を読んだような充足感。俳優も皆演技が達者。

ピンク映画と聞いて安上がりでチープな映画かと思っていたが大間違い。堂々たる映像美。これが1965年の作品とは。

44年前の新高さん、当然ながら、みずみずしくも艶麗。寺山さんもこの映画を見たんだろうなぁ。

ピンク映画に出たということで偏見にさらされてきたという新高さん。「恥じることはまったくなかった」と言うがその通りだ。2216終映。家路に。
4月2日(木)晴れ


http://www.akahel-1968.com/nathalie-cardone.html


パソコンのファンが壊れたため、温度上昇するとシャットダウンしてしまう。更新の途中でいきなりダウン。ウーム。
ナタリー・カルドーネの「ごきげんよう、司令官」の高画質、ステレオ版がアップされているのでダウンロード。
何度聴いてもいい。

 T谷英子さんからゲーム本が送られてくる。宛名の文字を見た瞬間、T谷さんだとわかる。いつまでも懐かしい人。
 
 1700帰宅。11日のクラス会の予約。躰道のKさんから留守電。なんでも親戚に骨接ぎの名医がいるので、月曜、新潟まで行きませんかとのこと。足首のことを気にかけてくれて、わざわざ連絡してくれる律儀さ。嬉しいことだ。

4月1日(水)晴れ時々雨

 定期が切れていたことに気づかず、「この頃、なんでこんなにPASMOの目減りが激しいのだろう」と思っていた。4日間も無駄遣いしていたわけで、痛い。 定期代が現金支給だったときにはこんな間違いはなかったのに、今は振り込み。定期更新を忘れるのも仕方ない。仕事帰りに定期更新。窓口に並ばず、自動でで きるから便利。

 駅から家に帰る途中、エイプリルフールのネタを考えて家族にメール。「レイクタウンの人造湖から恐竜の卵が発見されて、地球温暖化のせいか、今日突然孵化したって。ティラノザウルスの子供が大暴れしてるからテレビつけてみて!」

 ……ウケた。

夜、落札した横山光輝の「三国志」「項羽と劉邦」「水滸伝」が届く。自分も未読。息子が三国志に興味を持ったのでこの機会にマンガからでも入れば歴史が好きになるかな。

http://www.flickr.com/photos/parti-sosialis/3019151539/in/photostream/

マレーシア社会党(PSM = Parti Sosialis Malaysia)は「握り拳」を党のロゴとしているが、国の選挙管理委員会がそれを「暴力的であり、道徳的にふさわしくない」として選挙などでの使用を 不許可にした。社会党側は、「与党の統一マレー国民組織(UMNO)は短剣をロゴに使っているし、野党の民主行動党(DAP)はミサイルをロゴにしてい る」と指摘し、不当な弾圧だと反発しています(この項、「壊れる前に…」から)

 振り上げた握りこぶしは自由への闘いと権力への抗議の象徴。どこが悪いのか。ゲバラのポートレートを飾ったマレーシア社会党には日本の「デモクラティック・パーティー」が失った熱い情熱がみなぎっている。
 それにしても、「ソーシャル・パーティー」の名を冠する「社民党」「新社会党」が自民・民主の保守二大政党に埋没して青息吐息なのは残念。どこまでも理想のない国……。


はてしなき議論の後
      石川啄木

われらの且つ読み、且つ議論を闘わすこと、
しかしてわれらの眼の輝けること、
五十年前の露西亜の青年に劣らず。
われらは何を為すべきかを議論す。
されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
「V NAROD!」と叫び出づるものなし。

われらはわれらの求むるものの何なるかを知る、
また、民衆の求むるものの何なるかを知る、
しかして、我等の何を為すべきかを知る。
実に五十年前の露西亜の青年よりも多く知れり。
されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
「V NAROD!」と叫び出づるものなし。

此処にあつまれる者は皆青年なり、
常に世に新しきものを作り出だす青年なり。
われらは老人の早く死に、しかしてわれらの遂に勝つべきを知る。
見よ、われらの眼の輝けるを、またその議論の激しさを。
されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
「V NAROD!」と叫び出づるものなし。

 これは、社会主義者、反天皇制主義者としての石川啄木が振り上げたコブシ。

帰宅が早いのでゆっくりと家族と時間を過ごすことができる。

 珍しく、息子が「腕相撲をやろう」と言ってくる。まだまだ負けないつもりだが、この数カ月で身長は追い越され、部活動をしているため、筋力も格段に強くなった。こと腕相撲に関しては負けはしない自信があったが、その通り、勝負を制したが、それもあとどれくらいか。
 父と腕相撲をやって勝ったのはいつだったか。高校生の頃? 力仕事をしている父にはなかなか勝てなかった。もしかしたら、その時も負けてくれたのかもしれない。

 高校生になる息子と腕相撲をしている時、ふと父の顔が浮かんだ。「勝たせてやれ……」。いやいやまだ負けるわけにはいかない。黙っていてもじきに力が逆転する。

 最後に父と腕相撲をしたのはいつだったか。

 明治生まれの頑固で勤勉で寡黙だった祖父。田んぼと畑に一生を終えた祖父。選挙では社会党に入れていた祖父。中1の夏に癌で死んでしまったが、大人になってから色んなことを話したかった。
 子供の頃、「産みの母より育ての親」を「海の親より育ての親」だと思って、何のことか分からなかった。病弱な母に代わって自分を育ててくれた祖母。大きな海のような人だった。
 そして母。亡くなって14年が経つのに、今もその死を認めたくない。

 ふるさとはもうすぐ春。
 風はまだ冷たいが、春の予感に心が浮き立つ、この時期が1年で一番好き。


病のごと
思郷のこころ湧く日なり
目にあおぞらの煙かなしも(啄木)

戻る