5月7日(木)雨

 昼休みに郵便局で固定資産税を振り込み。田舎の家と田畑の分。税金の請求は素早いが交付金の振り込みには時間がかかる。

 敬愛する劇作家・坂手洋二が自身のブログで「裁判員制度を歓迎する 検察審査会の情報を広めよ」と発言。
 目を疑う。
 中身も『六十年にわたりこの「検審(検察審議会)』が日本で正当に機能してきた事実を目の当たりにすれば、昨今の裁判員制度への不信はあまりにも愚かだとわかるはずだ」だと。


 裁判員制度を真っ向肯定する論旨。いったいどうしたのか、坂手洋二。

 裁判の民主化のために、「陪審裁判を考える会」で活動してきたことは知っているが、その陪審員制度と裁判員制度がまったく異なるものであり、民主化どころか、国家による裁判の統制、裁判の国家管理を目指すのが今行われようとしている裁判員制度ではないか。

 裁判員制度の中身を熟知していたら、それがとんでもない法律だと分かろうというもの。
 どこかで思考停止しているとしか思えない。

 反権力を標榜してきたはずの坂手のこの突然の変節。

「量刑判断など調整は必要と思うが」と結んでいるところを見ると、ほとんど裁判員制度の内実を理解していないとしか思えない。
量刑判断云々以前に、この制度には根本的な問題があるではないか。「量刑を裁判員が関与することについての疑義」など、テレビ的議題に過ぎない。
 坂手洋二は、いったいどうなったのか。
 

5月6日(水)雨

 10時にホテルをチェックアウト。例年ならハーブ園やらあちらこちらに寄り道して帰るところを、今年は、道を間違えたこともあり、そのまま家路に。お昼過ぎには到着。なんとなく物足りない。

 雨の中、レンタカーを返す時間まで間があるので、家人の要請もあり、レンタル倉庫に行って坂田靖子の本を何冊か持ち帰る。うずたかく積まれた本や雑誌。 「こんな本を持ってたんだ……」と、山の中の稀少本に思わず座り込んでながめてしまったりして。しかし、この本の山もいつか整理しなければ……。

 慌しく終わった連休。明日からまた日常に。

夕方、「ワイルドパーティー」と、川島雄三監督「州崎パラダイス 赤信号」を観る。ダメ男とダメ女の道行き。新珠三千代も轟夕起子も 三橋達也も河津清三郎もみんな彼岸の人。今も存命は芦川いづみと小沢昭一くらいか。シャープなモノクロ映像と売春防止法公布直前の遊郭最後の日々の人間模 様が素晴らしい。

 水道もなく、甕に汲んだ水で洗い物、夜中に尿意を催して目が覚めた子供は店の外で立ちション、一杯飲み屋で酒をひっかけた後、平気でバイクやトラックを 運転する人々。店のお客さんがいる前で平気でタバコをスパスパ吸う出前持ち……。半世紀前は社会も人間も鷹揚で、今のように管理管理でがんじがらめの世の 中と大違い。どちらが人間らしい社会なのか。

 エロスと残酷の「ワイルドパーティー」。影の主人公「Zマン」と目されるフィル・スペクターがその30数年後に、映画のラストシーンを地で行く殺人事件を起こすとは。予言の映画? 

5月5日(火)雨

 千葉にお墓参りドライブ。
 途中の立体交差でコースを逸脱。一度高速を下りてまた乗りなおし。いつも同じ場所で間違う。年に1、2度しか、クルマに乗らないから、同じ過ちを何度も繰り返す。

 義父のお墓参りを済ませた後、食事。
 少し休んで、九十九里方面へ。元来た道を引き返し、東金へ。

 途中から雨が強くなり、ホテルに着く頃は大粒の雨。例年のレジャーコースを変えたためもあって、雨では暇を持て余し…。
家族での旅行も見直しの時期?

 ケイタイでブログをチェック。やまだ紫さんが亡くなったことを知る。壮絶ともいえるご主人のブログには、亡くなる前日に「もう頑張らなくてもいい。トン ネルの中を光のある方に歩いて行くように……」と、暗闇の中を迷う妻の魂に向かって呼びかけている。その言葉に感応するように光の向こうに歩み去っていっ たやまだ紫さん。こんなにも強い絆で結ばれた夫婦を知らない。謹んでご冥福を祈りたい。

5月4日(月)快晴

 明け方、銀粉蝶さんと生田萬さんの夢。目が覚めて、寝なおしてもまた生田さんが出てくる。なぜだ?
それと、温泉主義ストーンズのOB会で自分が挨拶している夢。夢の中では颯爽とした挨拶で、してやったりの顔。何の予兆?


 久しぶりに、というか昔、アテネ・フランセあたりで見て以来の「アンダルシアの犬」。1929年公開だから80年前か。
 路上に転がった手首を棒でつつく男、手のひらの黒い穴から湧き出るアリ……。おぞましいシーンをつなぐ実験映像。寝そべる女性の脇毛がウニに変わるのはユーモア?

 有名な、見開いた女性の目をカミソリで切り裂く冒頭のショッキングな映像も今見ると何ということないのはこの80年でこのシーンをモチーフにした映画が多く作られたからだろう。
 ブニュエルとダリ、二人の天才が組んだシュールレアリズムの金字塔。

 しかし、この冒頭わずか数秒のシーンをモチーフに寺山修司が作ったのであろうこの短歌。
「見るために 両瞼をふかく裂かむとす 剃刀の刃に 地平をうつし」

 あのシーンからこんな短歌を引き出すなんて、やはり寺山修司は天才以外の何者でもない。

 きょうは寺山修司の27回忌。
 1030、高尾の高乗寺へ。
 電車の途中でお腹が痛くなって途中下車。躰道稽古に行くときもそうだが、武蔵野線で府中方面に向かうと、てきめんお腹の調子がおかしくなるのはなぜ?

 おかげで高尾着が1105。タクシーでお寺まで。
 すでに本堂には参会者が大勢。お坊さんを挟んで反対側の席に。
 九條さん、偏陸、笹目、シーザー、蘭、タリ、大澤、三上宥起夫、若松、安藤、萩原朔美、榎本、北川、高橋、山崎博、流山児、祖父江、稲葉、松田政男、大野、林檎、高橋ひとみ、宇野亜喜良etc寺山修司と関わりのあった人たちが約50人。
 1時間の法要の後、お墓参り。今年は九條さんのお墓も公開。「天井桟敷」の墓碑銘が刻まれ、「入りたい人は誰でもどうぞ」(笑い)と。

 1230から別室で食事会。
 1600まで。

 今回は父・八郎の追善供養も兼ねての回忌。

 写真で見る八郎氏のなんと凛々しい美青年であること。
 その八郎氏が旧制中学5年(高校2年)の時に書いた論文「人生と宗教」を読むと、寺山修司の才能は父親から受け継がれたのではないかという気がする。

「吾々は今日までの腐敗に極まれる人類の文化を阻止し、以て非なる宗教を打破して、眞に人類が依つて立つ所の宗教に因つて人類の悩みを解決し、日本國民、否世界人類に救済平安を得せしめなければなりません」

 物質欲にまみれ、宇宙をも我が物にしたいと思う人類を救うのは真の意味の宗教しかないと説く16歳の八郎氏。

 その八郎氏が長じて警察官になる。寺山修司の自伝的作品の中で語られる「ある夜、銃の手入れをしていた父の銃口がある方向を指した」という衝撃的なシー ンは当然ながらフィクションと考えられてきたのだが、この高邁な理想主義的な文章を書く父にはそのような「思想的傾向」があったのかもしれない。

 駅前の居酒屋で二次会があるが、翌日の遠出のことを考えると深酒もできない。松田さん、大野さんと別れて、一人家路に。

 今日、Rさんから聞いた話、Wさんから聞いた話、そしてメールでTさんから聞いた話。どれも刺激的で面白い。公開できないが。
5月3日(日)晴れ


 憲法記念日。しかし、以前なら新聞もスペースを設けて憲法問題、なかんずく憲法9条とそれを無化しようとする勢力の問題を特集していたものだが、今はさらりと流すだけ。憲法問題はもはやこの国ではタブーのひとつになっているのか。

 0800起床。静岡に一泊旅行する娘を見送り、午後は家人と近所を散策。アンティークショップを見てコーヒーを飲み……。

 TSUTAYAに寄ってDVDを借りて帰宅。
ラス・メイヤーの「ワイルドパーティー」、川島雄三「赤信号」、ブニュエル「アンダルシアの犬」、増村保造「でんきくらげ」、神代辰己「恋人たちは濡れた」。旧作ばかり。この頃は、レンタル店も名作が置いてあるから嬉しい。「6羽のかもめ」がないのが残念だが。

 帰宅して、少し音量を上げて浅川マキさんを。30年前に買ったONKYOのスピーカーE−413Aオーク仕様は今もいい音を出す。もっとも、階下に響くのであまりボリュームアップできない。


 夜、フジテレビの「平成教育委員会」を見るともなしに見ていたら、あの田母神某が回答者として出演している。憲法記念日に憲法を否定し、米国の属軍を志 願し、憲法9条をないがしろにする戦後生まれの戦争を知らない軍国主義者を出演させるフジテレビの反動ぶり。しかも、番組内で憲法9条を愚弄する設問を。 あまりにもひどい。田母神某は、人のいいボケ役。共演の森永卓郎が反撃しようにも、田母神の役割は「素朴でいい人」なのだから、突っ込みにくい。ひどいも んだフジテレビ。

 言うべき時は言う。「そんなことしなくても」という家人の声を押し切ってテレビ局に抗議の電話。憲法記念日に憲法を否定する男を出演させ、あまつさえその言辞を正当化させるフジテレビはいかがなものかと。こういうときにこそ使う言葉だ。「ムカツク」。

http://www.miamiherald.com/news/world/story/1024972.html
 ソマリアの刑務所に海賊たちを訪ねたマクラチー新聞社の記事。

 海賊はなぜ海賊になったのか。

 ソマリアの中央政府が崩壊して内戦状態となったため、沿岸を取り締まる者がいなくなった。そこに入ってきたのが外国の大型漁船である。記事では、フラン ス、スペイン、インドネシア、韓国の名前が挙げられている。政府がないから、領海もない。本来なら許可証がいるはずの場所で大手をふるって漁が行なわれ た。トロール漁で魚が根こそぎ取って行かれた。そのために漁がなりたたなくなったソマリアの漁師たちが海賊になったのだ。(以上、壊れる前に……)


 自衛隊が海賊法を作って海外で武器を使用、憲法をないがしろにする裏にこんな事実がある。海賊といっても、ただの漁師の成れの果てではないか。その「海賊退治」を口実に憲法を蹂躙するとは。

5月2日(火)晴れ


  このところ、やまだ紫さんの連れ合いである白取さんのブログを読んでいる。http://blog.goo.ne.jp/shiratori-chikao/e/961db6e86d8b48336db7ea047f93abe3
 最愛の妻が倒れて以来、その空漠とした心を埋めるように書き続けている日記。衝撃、悲嘆、絶望、憤り、運命の受容……。ある日突然、愛する者を失ってしまう人間の心をこれほどまで誠実に、丹念に表白した文章をほかに知らない。凡百の小説がかすんでしまう。
1500退社。

 有楽町で映画を観ようと思ったが、時間が合わず、ビックカメラへ。オーディオコーナーを散策。昔と比べて小型化し、音質も良くなったスピーカーやオーディオセットは垂涎の的。いつか、こんなオーディオの機器で誰に気兼ねするでもなくゆっくりと音楽を聴いてみたいものだが、マンション事情がそれを許すわけはない。田舎の家を改造してオーディオルームを作るのが唯一の道? 田舎の家に置きっぱなしの無慮数万冊の本を納める書庫とオーディオルームを作ることが「老後」の夢。宝くじでも当たらないとムリだけど。夢は墓場まで……か。

 明日から友だちと静岡に遊びに行くという娘がデジカメを欲しがっていたので、デジカメ売り場で1時間以上も粘って選択。ニコンのクールピクスを購入。

 駅の本屋、山下書店で光文社新書「サンデーとマガジン 創刊と死闘の15年」(大野茂著)、新潮新書「天皇はなぜ生き残ったか」(本郷和人著)購入。

 いったん会社に戻ると、さすがに連休前で、数人が残っているだけ。結局最後の一人になってしまう。

 1840、築地本願寺。ブディストホールでサルメのお座敷レビュー「今昔 御座敷綺譚」(作・演出=色羽紫、演出=佐とうひでき)。

 色羽紫による開演前の前口上。そして、華やかなダンスで幕を開けるいつものサルメ・レビュー。
 観劇の予定が入った日の朝は、どんなに面白そうな芝居でも気が重い。次の日の仕事やら遅く帰らなければならない疲労感を思うと、知らず知らず憂鬱になるのだ。
 しかし、このサルメレビューのある日だけは朝からウキウキ。今まで3本くらいしか見ていないが、どれもが期待を裏切らない、心から楽しめるレビューショーだから。

 今回の物語の舞台はお伽村。
 行く先々でトラブルを巻き起こし、はたまた、トラブルに巻き込まれる、自由でご陽気な旅芸者集団「サルメ一座」。
 今日も仕事を探し、旦那を探し、日本各地を迷走中のところ、ある過疎の村から“お座敷”の声がかかる。
まるで本物のおとぎばなしの世界さながらのその村では、巨大な桃が信仰され、村人達からは得体の知れない秘密の匂いが漂う。
満月の夜、巨大な桃が怪しく光る時、“村おこし”と称した謎の宴が始まるが…。
平成版諸国てなもんや珍道中活劇 「サルメ一座シリーズ」完結編!(劇団HPから)

 というわけで、サルメ一座のシリーズ最終作は、サルメ一座のナゾが解き明かされる。なぜか過去の記憶がないという彼女たちの出生の秘密とは。
 お伽話をテーマにしても、そこはストーリーテラー色羽紫。その辺の劇作家が考えつくような、ありがちな物語にはしない。絶妙のタイミングで歌と踊りを差し挟んでの華麗艶麗なレビューショーでアッと驚くエンディング。
 スポンサーのすしざんまいCMと、恒例の客いじりもスマートに。

 男優2人と13人の女優たち。女優陣はいずれがアヤメかカキツバタ。皆おしゃれでキュートで色っぽい。久谷Q由美子の天然癒し系もいいが、ダンスの切れがある町田A歩美、色白北国育ちの松本L光子、関根G直美、泪橋I愛子も捨てがたい。
 休憩10分を挟んで2時間30分。カーテンコール後も続くおまけのショーステージ。2時間半も椅子に座っていれば、もうたくさんとなるが、サルメだけはアンコールショー歓迎。
 楽しいレビューに気分も上々。帰りの道も鼻歌まじり。
 サルメのステージは構成もダンスも一級品。サービス精神も満点。大劇場で見る商業演劇やミュージカルの何倍も楽しい。
 1900、築地ブディストホールでサルメのトーキョー御座敷レビュー「今昔 御座敷綺譚」。


2230帰宅。
 早めにベッドに入ったら、そばにいた娘がケイタイニュースを見て、「大変、キヨシロウさんが死んじゃったって」

 キヨシロウって? えっ! 忌野清志郎が……。

 眠りかけて脳髄に衝撃が走る。いや、衝撃というよりも、とうとうやってきたのかという諦念のような思い。
 がんを再発してから、容態は悪化の一途で、さまざまな民間療法をも試しているという噂を仄聞していたから、この日が来るのは覚悟していた。
 58歳。まだまだこれからガンガンやっていく年齢だ。
 ロックだフォークだといっても、日本のミュージシャンで清志郎ほど対権力としてのロックスピリッツを貫徹した人はいない。

 反原発ソング、君が代ロック……。誰も近づかない危険な領域に、音楽という武器で踏み込むパンク精神。ロック魂というものがあるなら清志郎こそその最た るものだ。タブーのあるロックなどロックではない。権威や権力におもねることをしない、へつらうことをしないことがどんなにリスクの大きいことか。
 それを回避するミュージシャンがほとんどの日本の音楽界で清志郎は異質だったと思う。
 病死とはいえ、残念でならない。

5月1日(金)晴れ


 新型インフルエンザ騒動続く。これで当面、国会解散はなくなった。なんと運のいい男か、麻生首相。民主の敵失に「自然災害」が味方。首まで泥水に浸かっていたのにいつの間にか息吹き返して、すべてうやむや。しかも支持率アップとは。不条理な…。

1700、阿佐ヶ谷で粋ラーメン。その後、荻窪に移り、名曲喫茶「ミニヨン」でコーヒーを飲みながら今野勉の「テレビの青春」を読む。一気に読むべきものを、「読み惜しみ」してる。

1730からは座・高円寺で渡辺美佐子の一人芝居「化粧二幕」を。今まで機会がなく初めての観劇。

 駅前の古本屋で、木谷恭介「陸奥仏ケ浦殺人事件」、土屋隆夫「粋理学入門」を購入。

地下の座・高円寺2で「化粧 二幕」。井上ひさし作、木村光一演出による渡辺美佐子の一人芝居。82年7月の三越ロイヤルシアターで地人会企画として初 演。12月には二幕を加えて「化粧 二幕」となり、今の形での公演がスタート。初演以来、世界中で再演を重ねて、今公演で600回目。
 失踪した夫の跡を継ぎ、座を切り盛りする大衆演劇の女座長。ある日、楽屋にテレビ局のスタッフが現れ、生き別れの息子が芸能界でスターになっている。ついては、ご対面番組に出ないかと打診するが……。

 座長・五月洋子が劇中で演じる「伊三郎別れの旅」は母親に捨てられ、長じてやくざ稼業となった若者のお話。楽屋では、洋子はその物語と逆に、捨てた母親という、皮肉な役を演じることに。
 二幕では親子の対面が意外な方向に転がり、悲劇と喜劇がないまぜに。
 初演で50歳の渡辺美佐子は76歳。さすがに1時間30分の一人芝居は体力的にきつそう。舞台セットもいつもよりかなり大きく、舞台での行動半径も大きい。今回は客席にまで下りてきて、客いじりする演出も。
 体調が良くないのか、汗を拭き、鼻をかむシーンもたびたび。
 これから1カ月の長丁場、健康に気をつけて頑張ってほしいものだ。

 終演後、ロビーで初日乾杯。
 井上ひさし、斎藤憐、佐藤信、木村光一らが挨拶。化粧落としに時間がかかり、20分ほど後で渡辺美佐子さん登場。ざっくばらんな挨拶。丸谷才一氏とご対面。

 ロビーで高橋さん、梅本さん、鴻さんらと歓談。鴻さんからスロベニア公演の話を聞く。スロベニア大統領に面会する機会もあったとか。
 2200、森さんに挨拶して梅本さんらと家路に。

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