世界の演劇人に対する呼びかけ
 私たちは、「9・11」に強い衝撃を受けました。
 でも、私たちの受けた衝撃は、アメリカの一般国民の衝撃とすこし意味合いがちがいます。
 戦争と殺戮の20世紀を終えて新たな世紀をむかえた時に、自由と民主主義を信じてきた先進国がこれまでまったく体験もしなかった一撃に出会った衝撃です。

 ニュールンベルグでナチス・ドイツを裁いた数年後に、アメリカ空軍は北朝鮮のダムを爆撃して、水田に水がまわらず、沢山の餓死者を生みました。しかし、あの時、北朝鮮が米国を攻撃したわけではありませんでした。ベトナムも米国を攻撃したわけではないのに、アメリカ軍はベトナムに枯葉剤を撒きました。
 アルジェリアがフランスを攻撃したことも、インドが英国を攻撃したこともありませんでした。我が国が中国に一撃を与えると軍隊を派遣した時も、中国軍が東京を攻撃したわけではありませんでした。
 しかし、21世紀のとば口で起こった「9・11」は、人類史上はじめて、弱者が強国の中心部に一撃を加えたのです。

 アメリカの大統領が大好きな聖書から引用すれば、あのテロは、小さなダビデが放った巨人ゴリアテへの一撃でした。小さなダビデがパチンコで放った石はアメリカ製の航空機であり、直撃をうけたゴリアテの眉間が貿易センタービルでした。

 あのテロは、次の事実を私たちに教えてくれました。
 アメリカの3000億ドルという途方もない軍事予算は、アメリカに安全をもたらさなかった。世界中に設けられた沖縄をはじめとするアメリカの軍事基地、世界のあらゆる海に配置された米国艦隊はアメリカに安全をもたらさなかった。そして、私たちは知りました。300キロの多方向から同時に二百個のミサイルをキャッチするレーダーと、十二個以上の目標を攻撃できる射程百キロを超す迎撃用ミサイルを搭載したイージス艦も、素手のテロリストにはなんの効果もないことを。

 アメリカの大統領は、我々は自国を守る権利があると言います。
 しかし「国連憲章」は、国際紛争の平和的解決を義務づけており、また自衛権は、現に武力攻撃を受け、または受けつつある場合に限って、安全保障理事会が必要な処置をとるまでの間のみ行使できるとされています。イラクはアメリカを攻撃したわけではありません。

 1990年代の初頭にソ連が崩壊したとき、ニューヨークタイムズはこう書きました。「ついに国連は、ソ連の拒否権なしに、機能を果たせることになるだろう」と。
 しかし、1960年代以降、国連の場でいちばん拒否権を行使したのは、アメリカ、続いて英国です。
 私たちは当初、そのアメリカのブッシュ大統領に、「イラク攻撃は非人道的であるばかりでなく、アメリカの国益をも損なう」との手紙を送ろうと考えました。

 しかし、考えてみれば、アメリカ政府の中枢を占める人々は、すべてを知っているのです。私たちから、隠された真実を聞く必要なんかないのです。
 そして、世界最強の軍備を持つ国の暴発を止めることは、外側つまり外国からでは無理なのです。それができるのは、最強の国で選挙権を持つアメリカの人々です。私たちはそのアメリカで「冷静になってくれ」と孤軍奮闘しているわずかな人々に、外側からエールを送ることはできます。

 そして、自国政府に、貧国撲滅のための国際的システムを作り直すことを要求することはできます。
 私たちは、世界各地の演劇人がアメリカのイラク攻撃をやめさせようと「アリストファネスの女の平和を上演している」という新聞報道を見て、「ちくしょう、日本の演劇人は後れをとっているぞ」と、今日ここにはじめての抗議集会を開くところまでたどり着きました。

 マクベスを批判しつつ、マクベスを愛することができる私たち演劇人は、それぞれの国の政府と国民に向って「イラク問題の武力によらぬ解決」を求める声を上げるよう、ねばり強く呼びかけていこうではありませんか。
                                           (2003年2月28日)