映像詩人1936年1月25日生まれ。元NHKディレクター。ラジオとテレビで芸術祭大賞を4回受賞。またエミー賞はじめ国際的なTV賞は数え切れず、”グランプリ男”の異名も。テレビマン・ユニオン所属。文教大学情報学部教授。


 1980年、阿佐ヶ谷のアパートで「四季・ユートピアノ」を見た時の衝撃は今でも忘れられない。1976年に「紅い花」は見ていて、つげ義春の漫画の主人公・キクチサヨコがそのまま抜け出してきたような沢井桃子のおかっぱ頭と新鮮な映像は印象に残っていた。(昔の日記を見たら、76年度の自分のテレビドラマベストワン作品だった!)
夢の島少女
 しかし、「四季・ユートピアノ」の衝撃は強烈過ぎた。ドラマでもない、ドキュメンタリーでもない、あえて言うなら「映像詩」。見終わった後、しばらく放心状態。それが佐々木昭一郎作品との出会いだった。
 
 翌日、朝一番でNHKに電話した。この感激を伝えたかったのだ。偶然、電話をとったのが佐々木氏自身だった(後年、氏に聞いたら、その日は視聴者の反応が予想されたので、早く出社して視聴者の電話を受けるよう指示されたのだとか)。ドラマの中の景色に既視感があったのでそのことを尋ねた。廃船が炎上するシーンはもしかしたら、私の故郷ではないかと思ったのだ。海辺に打ち棄てられた大きな廃船。高校時代にバスから見た風景。「そうです。あれは青森の大間という町でロケしたんです」。丁寧な応対。後日、再放送の際、自筆の案内ハガキを送ってくださった。

 さっそく、ビデオデッキのローンを組んだ。当時30万円のソニーの最高級機「J9」。「四季ーー」が再放送されるのを録画するためだけに買おうとしたのだ。しかし、再放送の日にデッキは間に合わず、デパートの電器製品売り場で、店員に頼み込み、そこで買う約束で、店頭で録画してもらった。そして、そのビデオテープは私の大切な宝物となった。
 
 あれから20余年、ベータ派の敗北で、とうにそのテープは再生できないまま田舎の押入れに眠っている。その後、何度か再放送されたので、VHS、8ミリで保存してあるが…。
 
 ともあれ、佐々木昭一郎の名前を初めて聞いてから20余年。氏がラジオドラマで寺山修司と組んで「コメット・イケヤ」「おはよう、インディア」という名作をとっていることも、その後、知った。不思議な糸はどこかでつながっている。「四季ーー」の主演女優・中尾幸世さんもまた、寺山修司の作品が大好きで、詩の朗読をライフワークにしている。中尾幸世さんが以前、舞台でジョイントした女優の美加理は寺山修司演出の「青ひげ公の城」でデビューしている。中尾幸世さんのラジオドラマ「ひろば まぼろし」で森田童子の曲が使われていたが、森田童子もまた寺山修司・天井桟敷と深いつながりがあった。セカンドアルバム「マザー・スカイ」の中の「春爛漫」「今日は奇蹟の朝です」J・A・シーザーが編曲しているし、寺山の個人スタッフだった高取英の作品「少年極光都市」の高取の詞に森田童子が曲を提供している。こうしてみると、その糸はどうしても寺山修司につながっていくようだ…。

 上のハガキは1981年6月に佐々木さんからいただいた「川」のお知らせ。