東京キッドブラザース
「一つの同じドア」
一つの同じドア6月27日
  新宿で「シアター365」を探すがなかなか見つからず、ようやく探し当てると、ビルの階段のあたりに何人かたむろしている。受付で座席番号をもらい、中に入る。手前がカウンターで飲み物を置いてる。狭いフロアには椅子がびっしり置いてあるだけで、どこで芝居をするのだろうと思ったが、始まってみるとびっくり。役者たちがどこからともなく現れ、その狭い空間をうまく使って、歌い、踊るのだ。

 坪田直子は小柄でキュート。はかなげな女のコ。作・演出の東由多加が演出家の役で出演。朴訥なしゃべりにリアリティーを感じさせる。ミュージカルのオーディションを通して、参加した様々な人たちの人生を描いていく。家族に疎まれたサラリーマン、自分に自信がもてないOL…。観ているうちに、自分もその芝居に参加しているような不思議な気分になる。隣の観客が突然立ち上がって、セリフを言うんじゃないか、という…。

 柴田恭平、三浦浩一、純アリス、峰のぼる。こんなにも純粋に青春や愛をテーマにした劇団は見たことがない。最後は出演者も観客もみんな体を震わせながら泣いている。こんなにも涙が出るなんて。
 ※今でも、そのとき買ったライブカセットテープを持っていて、時々聴くことがある。

  10年ほど前に、入院したことがあって、投薬の副作用で鬱病の症状が出た。
 鬱病というのは、生命体としての活動意欲がゼロに近い状態になるもので、音楽を聴くことはおろか、活字も読めない、何に対しても興味がもてなくなる。生きる屍のような状態なのだが、快方に向かった頃、棚にあった「一つの同じドア」のカセットに手が伸びた。そして聴いた。ほんの少し心が動かされ、それをきっかけに、鬱状態が解消されていった。何に対しても興味が持てなかった自分が唯一、心を動かされた印象深い舞台。

 数年前、芥川賞作家になる前の柳美里と、終演後の飲み会で二人になり、2時間余り、お酒を飲みながらよもやま話をしていた。彼女はキッド出身。「キッド」を聴いて鬱から生還したことを話すと、「実は…」と、当時、東由多加と暮らしていることを話してくれた。「後でわかると、○○さんに悪いから…」と。「今の話、東に話したら喜ぶと思います」。その東由多加も今はいない。「自分の遺伝子を残すなんて、考えただけでゾッとする。子供なんて絶対生みたくない」と言っていた柳美里も母になった。
 青春は色あせていくばかり。