この間、テレビでちょっとショッキングなことを放送してた。

最近の小学校の実体だ。

みなさん、聞いて驚かないようにね。

まずは運動会の徒競走での話。

「よーい。ドン!!」

みんな普通にスタートして一生懸命に走る。

が、しかし問題はその後。

ゴールする直前に全員止まり、手を繋いで「せーの」で同時にゴールだって。

何故かと言えば、足の遅い人が可哀想だからだそうだ。

一瞬、目を疑ったな。

先生がテストの答案用紙を配るとき。

百点をとった児童の名前を絶対に発表しないんだって。

何故なら点数が悪かった人が可哀想だからだそうだ。

テストの答案の話でもうひとつ。

テストの答案用紙の採点に赤鉛筆を使わずに

赤のペンを使うそうだ。

何故なら赤鉛筆だったら次の人の答案に字の型がついて

内容が筒抜けだからだそうだ。

昔はそんなこと考えもしなかったけど。

身体測定の時。

体重計に乗っても児童からは決して見えないように

児童の方の目盛りの所にシールやはり紙をしているそうだ。

先生の方だけが見えるようになっていて

児童には後で個別に知らせるらしい。

後ろで待ってる太った奴は、奴なりにそんな事された方がかえって感じ悪くないだろうか。

オープンにした方が話題にもなるし、そいつはその時に目立つ事ができる。

少し言葉が乱暴かな。でも僕らの時はそうだったような気がする。

これ全部、小学校の話です。

おいおい、子供の教育ってこんな事でいいのかよ?

たしかに言いたいことが全部分からないでもない。

しかし、ちょっと行き過ぎだろぉ〜〜!!

いつもは勉強が嫌いで授業でもあまり目立たずにいる子が

いざ、運動会、クラスマッチになるとヒーローのごとく活躍してた

あの光景はもう見れないのか?

プールでは全然泳げない子がテストの答案を貰う時だけ

みんなから「おおっ、すげ〜〜。百点かよ〜」と慕われてた

あの光景はもう見れないのか?

これじゃ、児童同士がお互いに一目(いちもく)を置く所がなくって

いよいよ個性のない、のっぺらぼうな子供が出来上がる。

確かに最近の深刻な社会問題で「いじめ」「自殺」も浮き上がる。

そんな事件が多い中、教育委員会や子供の両親達はことあることに「平等」をうたう。

そして、小さなことでもデリケートに処理して

子供達をどんどんデリケートに育て上げる。

爆発した子供が平気で人を殺したりする・・。

「いじめ」や「自殺」の問題は大人になってもあるよ。

社会に出てもあるんだよね。

そしてそれは絶対になくならないんだ。

だから、自分を守る方法や、そんな事をしちゃいけないって事を生きていく上で学んでいくしかないんだ。

それが分からない子供がいたらそれは親の責任だ。

全部が学校の先生のせいじゃない。

上に書いたような事を提案する両親や教育委員会が悪い。

学校の先生だって自分達でバカな事をやってるなと思ってるに違いない。

しかし、無視してやると教育委員会や親達から大ブーイング。

先生、困ったね〜。つらい立場だと思うよ。最近の職業の中では最も割りが合わないんじゃない?

もうちょっと先生達も強くなって欲しいな。

僕らの時の先生は宿題を忘れただけでタンコブが出来るようなゲンコツくれてたよ。

その時は「こんちくしょ〜」

と思ってたけど、気付いたら15年以上たった今も年賀状を出してる。

たとえ僕が先生から殴られても親は「先生、いっつもすみません。このバカタレだけは・・」

みんなそんな感じだった。違う?

「うちの子供が何をしたっていうんですか?手を出すなんて信じられない!!」

みたいなバカ親は見てて笑いすら出る。同じ親としてあきれて・・。

ある年輩の警察官からこんな話をきいたことがある。

『子供が万引きをして補導された時の話。母親が迎えに来たと思ったら子供の顔も見ずに

「どうもすみません。今後はこんな事しないように言って聞かせますから」

というパターンの家庭の子供は次も必ず同じことやりますね。

でも、父親が迎えにきて無言のままその場で息子をぶん殴るようなパターンの家庭は次から子供も絶対にしませんよ』

乱暴でいて、必ずしも正しいとは言えないけど、僕にはとっても深い言葉になった。

僕にも2人子供がいる。

全力投球で育てないと、最後は自分が笑われるんだ。

体も心も強い子供に育てたいな。いや、まずはもっと自分が強くなんなきゃいけない。

そして、怒った後は、褒めることを忘れないようにしなきゃ。

ふー。これからどんな時代になるんだろうな。



BACK