|
はじめ のページ
俺はある日、突然女になってしまった。 理由とか、そんなものはまったく知らない。 医者とかにいろいろ説明された気もするけど、当時は自分のことで手一杯だったせいで覚えてないのだ。 それは高校一年のときのこと。 授業中に胸の奥からチリチリと焼けるような熱さを感じ、それが次第に全身に転移したかと思うと意識を失ってた。 もうね、あのときは本当に死ぬかと思ったよ。 お花畑まではさすがに見えなかったけどさ、走馬灯は経験した。 やばいね。 ネガフィルムが上から下に流れていくように、カタカタカタ……って自分の記憶が流れていくの。 さも自分は映画の観客って感じでさ。 今はなんとか生きてるからこうして笑い話だけど、それで死んじゃってたら洒落にもならなかったよ。 ま、女になったことも、それどころじゃないんだけどね。 でもこういうことって、普通はもっといろいろトラブルあるもんじゃないの? マスコミが大騒ぎとかさ、原因究明に政府が極力を尽くすとか。 唯一あったっていったら、うちの家計に医療費が響いたことぐらい。 周りも周りで意外と早く順応しやがってさ。 俺を差し置いて、やつらと言ったらないよ、マジで。 やれ、女の子はどう? だの。 やれ、生理はきた? だの。 挙句に乳をまさぐり揉まれた日にはカチンとくる騒ぎじゃ収まらなかったね。 うちの先生も初めて見たって言ってたよ。 同級生の男子を再起不能にまで追い込んだ女子は。 まあおかげさまで、今はもう普通に生活出来るところまできたんだけど。 ちなみに今は高校二年。 女になってから一年ってところ。 この頃になると迫り来る受験にプレッシャーを感じてはいるんだけど、良いとこ目指しているわけじゃないし、まだまだ遊べる季節なんだよね。 先生は「二年のうちから受験の準備を始めれば」とかどうのこうの言ってくるけど、まあ関係ない感じ。 それに、一年も経てば女としての生活にも慣れてくるんだよね。 下着もスカートも何のその。 そこら辺の女とそう変わらないぐらいにまですっかり馴染んできた。 だからこそ女としての生活も楽しめるようになったし、せっかく楽しめるようになったんだから、それを満喫しなきゃ損だよ、損。 もったいないって。 実質的に、人生の半分以上損しちゃうことになるよ。 でもね、そんないろいろなことに慣れてきた俺にも、一部例外があるんだよね。 ――あいつ。 あいつを見るとさ、何だか不思議な気分になるの。 効果音で言うと、むふぁあってして、ほわってなって、ちゅんってなるの。 俺にも分かんない。 でもさ、その気持ちを詳しく書こうとすると、どうしてだかのた打ち回るほどに悶えちゃうんだよね。 うああああってなっちゃうの。 枕に顔を埋めて手足をバタバタさせたい感じっていうのかな。 そんな気持ちに襲われたときには、最近ゲーセンで大きなスティッチのぬいぐるみをぎゅうと抱き締めて落ち着かせてるんだけど、これがまた時間掛かるんだよね。 長いときで一時間。 ずっと悶々うなされちゃう。 やっぱさ、そんなリスクを負ってまでこんな日記に書く必要はないと思うんだ。 胸に秘めておこう、って感じだね。 まあ書き出しとしてはこんなもんかな? こんなの書くなんて生まれて初めてだからよく分かんない。 人に見られるようなものでもなし、これでいっか。 三日坊主で終わらなきゃいいけど。 Page of "start"
|
|
がっきゅーいーん のページ
学級委員というのは非常に大変な仕事である。 なんて、こんなことを今さらここに書き記す必要もないんだけど、それでも今日のことは大変だったんだよね。 まさか学級委員たるこの俺が先生のパシリにさせられるとは。 正直職権濫用にもほどがあるだろ! って思ったね。 そもそも俺が学級委員に立候補したのも、あいつが無理やり誘ってきたから。 意外と簡単な仕事。 クラス会議の進行役だけやっておけばいい。 そんなことをうたい文句に悠然と語ってくるもんだから、俺もついその気になって一緒に立候補しちゃったんだ。 へえ楽じゃん。それなら他の係をやるよりいいかな、って。 でもさ、よくよく考えればそんなことあるわけないじゃん。 授業が終わるたびに黒板を消すのも学級委員の仕事だし、学級日誌なんてのも毎日放課後に書かなくちゃいけないわけよ。 行事のときなんて、これでもかとばかりにかり出されるし、一番大変な役なんだよね。 それに、元々良い大学に進む気なんてない俺と比べて、あいつは進学する気満々。 部活でも活躍しているけど、うちの高校はそんなにスポーツが盛んじゃないからさ、スポーツ推薦は望めないわけ。 だからあいつはそれを諦めて、進学するために学級委員という大役を、俺を巻き添えにして肩書きに載せようと目論んでたんだ。 まったくけしからん。 まあいきさつはどうあれ、俺も一応は学級委員に立候補した身。 他の係のやつらもしっかり仕事している中、俺だけが逃避ってのはしちゃいけないな、って自重してたんだよ。 なのにあいつときたら……。 今日の招集は、提出用のノート集めと、それを職員室にまで運ぶ作業。 憎たらしいことに理科、国語、数学と三教科も同時にノート提出があってさ、それを先生一人で運ぶのは無理だから、って理由で徴集されたんだよね。 だけど、それなら先生も含めて三人いるんだから、一人一教科ずつ分担すれば良いわけじゃん? そうすれば一人四十冊ずつで済むし、個々の負担も減れば時間短縮も出来るわけ。 なのに、なのにだよ? あいつは先生の呼び出しに来ないし、先生も先生で俺に言い付けるなり即行職員室に逃げ帰りやがったの。 最低じゃない? 俺が男のときだったらまだしも、今は完全に女で、それも結構チビなのよ。 当然そんな体格で力があるわけでもなく、傍から見たら俺ほど非力に見える人間はそういないだろうってぐらい非力なの。 なのに先生は俺に全部任せやがった。 人としての人格を疑うね。 適任者の三人のうち二人もいないんだから、その役目は当然の成り行きで全て俺に任せられることになったわけ。 つまり約四十人分のノートを三教科分、合計百二十冊を一人で二階下の職員室にまで運ばなくてはいけなくなったんだよ。 ふざけんなって感じ。 ここで心優しきドラマの世界なら「手伝おっか?」って声を掛けてくれる優しいクラスメイトがいるんだろうけどさ、現実はそうもいかないわけよ。 むしろこっちから「手伝って」って声を掛けたのに、ノートのあまりの量からかみんな見て見ぬ振り。 もうみんな死んじゃえばいいのに。 そんないきさつから百二十冊ものノートを一人で運ぶことになったんだけど、よくよく考えれば俺もバカだったんだよね。 何で百二十冊のノートを一度に運ぼうと思ったんだろう。 まったくもって蛮行としか思えない。 何往復かすればいい話じゃん。 いくら授業の間の中休みで時間が少ないからって、先生に任された責務なんだから、多少遅刻しても見逃してもらえるだろうに。 でも、そのときには一人で運ばなくちゃいけない絶望感からそこまで頭が回らなかったんだろうね。 俺は山盛りに積み重ねた百二十冊のノートを抱えて、腕の感覚がなくなりながらも必死に廊下を歩いたよ。 ふらふらになって、よろめきながらもね。 まあ百二十冊もノートを積み重ねて運んでいればさ、前が見えなくなるのは当たり前じゃん? その視界の悪さから、俺は誰かにぶつかって大量のノートを廊下に散らばしちゃったんだよね。 バサバサって、盛大に。 で、問題なのがそのぶつかった相手。 体育会系でなおかつ爽やかな長身男。 俺と同じ学級委員であるあいつだったのよ。 信じられる? 先生の招集から逃げ、俺に全負担をかけてきやがったあいつと廊下で邂逅だよ。 しかも、ふらふらだった俺を介するでもなく普通にぶつかってきやがったの。 ふざけんなボケ! って文句を言おうとしたんだけど、そこであいつはぶつかったことを悪びれるでもなくこう言ってきやがったんだ。 何してんだ? って。 これにはもうカチンときたね。 見れば分かるだろ、ノート散らばしてるんだよ! ってぶっきらぼうに答えてやったら、人を小ばかにするような目で見てきやがんの。 挙句に「ふっ」って鼻で笑ってきやがった。 思わず胸ぐらを殴ってみたけど、毎日部活で鍛えてるあいつの胸板を貫通できるほど俺の拳は出来ちゃいない。 ま、殴るだけ無駄ってやつだったんだよね。 この際気が済むまで殴ってようかと思ったけど、ノートを運んでるのが中休みの時間で、そうも時間を掛けられなかったんだよ。 だから急いで散らばったノートを集めてたんだけど、そこであいつはこう言った。 それ職員室に持って行くの? だったら俺も手伝うけど? って。 ふざけんなって思ったね。 けど? って何だよ、けど? って。 元はといえばあいつの仕事だったんだよ、これは。 先生だって勝手に逃げ帰った割には常識人で、女になった俺にこんな力仕事を任せる気なんてなかったらしいんだよ。 だからあいつに任せようと招集したって言ってたんだけど、そのときにいねえの、あいつ。 ここで先生の諦めの良さが炸裂だね。 学級委員を招集するってことは、元から百二十冊も自分で運ぶ気なんてなかったわけよ。 だからもう、あいつが見つからないとなると「あとは任せた!」って言って逃げたの。 まあ先生にもムカつくけど、先生の呼び出しに来なかったあいつもあいつだろ! って話。 そのことをオバマも真っ青の名演説で語ってやったら、あいつは反省の色が一滴も見えない様子でこう抜かしやがった。 じゃあ半分ずっこな、って。 は? って思ったね。 何が半分ずっこだよ。 こういうときこそ毎日部活で鍛えてるお前の筋肉に物を言わせて、「俺に任せとけ!」って全部持っていくべきだろ。 それを、まさかの「半分ずっこ」宣言。 何のために鍛えてるんだよサッカーバカ! と言わざるを得ない状況だったね。 そんなことをグチグチ文句言ってたら、あいつ八十冊ぐらい一人で運ぼうとしてんの。 半分ずっこね、って自分から言った舌の根も乾かぬうちにだよ? あいつが八十冊運ぶんだから、残るは四十冊で、つまり俺の二倍ぐらいの量を運ぼうとしてんのよ。 半分ずっこじゃないの? って聞いても、「これで半分ずっこだべ?」って言って聞かないの。 疑問形で返してくる意味が分かんない。 確かに楽だけどさ、そもそも半分ずっこって言ったのはあいつなわけよ。 しかも俺の言ったように全部運ぶでもなし、どう見てもあいつの方が俺よりたくさんノート担いで、それで正しいとか抜かしやがるの。 ついに数も数えられないほどのバカになったのか、と哀れんだんだけど、事もあろうに道中でさらに俺の運ぶ分のノートをかっさらうの。 あ、わり。まだちょっとお前の方が多いよな。って言いながら。 もう脳みそまで腐りやがったか、って感じ。 だって、どう見ても俺の方には三十冊もないっていうのに、それでもあいつは俺からノートを奪っていくの。 言葉と行動が繋がってなかったね。 最終的には、俺に十冊もノートが残んなかった。 俺が十冊ぐらいで、あいつが百冊超。 そんなにも差がありながら、あいつは「半分ずっこだ」ってまだ抜かしやがるわけよ。 呆れたね。 ほとほと呆れたね。 たぶんあいつはもうダメなんだ。 きっと脳みその大半が溶けてきてるに違いない。 明日にでも先生に言ってやろう。 あいつ、小学生からやり直した方がいいよ、って。 Page of "class representative"
|
|
つゆ のページ
梅雨なんて大嫌い。 雨ばっかり降ってじめじめするし、家中がカビ臭くなって嫌だ。 一応ファブリーズするんだけど、臭いは消えても湿っぽさはなくならないわけよ。 だから本当にダメ。 気まで滅入っちゃう。 それに、部活が中止になっちゃうのも痛すぎる。 せっかくサッカー部のマネージャーになったばかりっていうのに、活躍する場も作らせちゃもらえないんだよ? まったくやってられないね。 でもさ、確か今日は晴れるって天気予報のお姉さんが言ってた気がしたんだよ。 梅雨が明けて初夏に入ります、だとかなんとか、すっごく明るい笑顔で。 そんなことを夕べ聞いたような気がしたからさ、今日は珍しく傘を持っていかなかったんだ。 しっかしまあ神様ってのは難儀だね。 だって、こんなときに限って土砂降りの大雨にしてくれるんだから。 男のときだったら、土砂降りだとしても走って帰ったと思う。 濡れることもいとわず、カバンを頭の上にして猛ダッシュ。 ワイシャツや制服をビショビショにしても、ハンガーにかけて風呂場で干しとけば乾くかなって。 そんな程度の認識しかなかった。 でも、俺はもう女なんだよね。 申し訳程度でも胸は膨らんでるし、膨らんだ胸のために下着も着けている。 雨に濡れたら当然それがワイシャツから透けて見えちゃうわけで、女として馴染んでしまった俺からしたら、それはとんでもないことなわけよ。 まあ運が良いのか悪いのか雨が降り出したのは放課後だったんだけど、それでも俺はどうやって帰ろうか昇降口で佇んでたの。 傘をパクろうにも、こんな雨じゃパクれる傘はみんなパクられ済みだろうし、カバンには教科書入ってるから傘代わりには出来ないだろうし。 って、そんなことを思いながら曇天を仰いでたら、後ろから声が掛かったわけ。 何してんだあ? ってのん気なあいつの声。 あいつには先生のところに学級日誌を提出させに行かせてたはずだから、それから戻ってくるまでの時間、俺はずっと呆けてたみたい。 ずっと呆けてたことに恥ずかしくなったけど、それでも傘を忘れてたことを正直に話したら、あいつ、ムカつくことに大笑いしてきやがんの。 ダッハッハって腹抱えて。 あいつが言うに、せめて折りたたみ傘だけでも用意しとけよ、だって。 これにはもう恥ずかしさを通り越して怒りが有頂天だね。 あれ、怒りが有頂天っておかしな日本語なんだっけ? まあいいや。 とにかく、猛烈に怒った俺はあいつの顔面を殴ろうとしたわけよ。 しかし相手はあの長身野郎。 俺が顔面パンチしようとしたのを察したのか、顔を反らすように少し引いたの。 そしたら見事に俺の怒りの鉄拳パンチが届かないわけ。 目一杯背伸びして腕を伸ばしても、あいつの肩に当たるかどうかってぐらい。 悔しいからジャンプして殴ろうともしたんだけどさ、あいつ異常に背が高すぎ。 何食ったらあんなにデカくなれんだろってぐらいデカくって、マジありえない。 結局のところ、俺の努力空しく殴るには至れなかったのよ。 肩は何度も殴れたけど、あいつの骨が硬いせいで殴った俺の手の方が痛くなったし。 でもさ、そんなことで怒りが収まるわけないじゃん? そこで俺は、あいつが右手に持ってた傘に狙いをつけ、それを奪って逃げたわけ。 正直、これはチャンスだと思ったね。 まさかあいつとしてもあのタイミングで傘を奪われるとは思わないだろうし、予測してなかったんならそれだけ行動が遅れると思ったわけよ。 それに、女の俺ならいざ知らず、男のあいつから傘を奪っても濡れながら帰らせればいいかな、って。 男って本当に楽だからさ、ガキみたいに無茶させても無理は利くってことが経験上分かるんだよね、俺の場合。 でもさ、なんで男と女ってこんなにも差が歴然としてるわけ? 俺だって傘を差しながらでも必死に逃げたはずなのに、校門に着くというところでもう追いついてきやがんの、あいつ。 もうね、あっという間。 さすがサッカー部だわ、とか思ったんだけど、すぐに傘取られちゃうの、俺。 ひょいっと簡単に傘を取り上げられちゃった。 でも、取り上げられたからといってすぐに諦めるわけにはいかないのよ。 周りは視界も通らぬほどの大雨。 そんな中、近くで雨宿りできるのはさっきの昇降口ぐらいなもので、でもそこまでは結構遠いのよ。 俺だって逃げるために全力疾走したわけだからさ、あっという間といってもそれなりに距離があるの。 濡れるのは嫌だし、下着を透けさせるわけにはいかないから、俺だって必死。 顔にパンチが届かないぐらいだから、さすがに高くまで上げられた傘を取ろうとは思わなかったけど、それでも傘が雨を防いでくれる領域にはいようって頑張ったの。 あいつが高くまで傘を上げていたおかげで、雨に濡れない場所がそれなりにあったからね。 でもさ、そこは性格の悪いあいつのこと。 すぐに俺の目論みもバレちゃって、なんとあいつ、全力で逃げやがった。 酷くない? 全力で逃げてた俺をあっという間に追い詰めたあいつが、今度は全力で逃げるんだよ? 追いつけるわけがないじゃん。 必死に「待ってー!」って声を掛けたんだけど、それで待つようなやつならこんなことをするわけがない。 気が付いたらあいつの後姿すら見えなくなっちゃって、俺は途方に暮れたわけよ。 うわぁ、どうしよう。ぐっちょり濡れちゃった、って。 くそ、あいつがあんな真似しなきゃ教科書を濡らさずに済んだのに。 今新聞紙の上に置いて乾かしてるけど、あとで絶対ぶよぶよになるな、これは。 ったく、ふざけんなよ。 あのときに傘に入れてくれればこんなに濡らさずに済んだのに、あいつときたら……今度弁償させなきゃな。 で、その続き。 大粒の雨に打たれながら、それでも俺は下着が透けるのだけは避けようってカバンを胸元に抱いて歩いたんだよ。 でもそのカバン、考えてみたら結構濡れてるわけ。 傘を持って逃げるあいつを懸命に追いかけたんだから、その間に濡れてたの。 濡れたカバンを胸に抱いたんだから、ワイシャツが透けて下着が見えちゃうのは言うまでもないよね。 俺ってバカだなって反省したけど、あんな土砂降りじゃどっちみち防げないわけよ。 つまりあいつが俺を置いていったせい。 ぜーんぶあいつのせい。 うん、間違いないね。 まあそんな風にイライラしながら歩いて角に差し掛かったとき、なんとあいつが待ち構えるように立ってたんだよ。 びっちゃびちゃ濡れてた俺とは違って、普通に傘を差して平然とした態度で。 しかもさ、あいつ俺を見てこう言ってきやがんの。 下着透けてエロイなお前、って。 いやあ、あれは今考えても会心の一撃だったと思うね。 怒りの正拳突きたる俺の拳が、あいつのみぞおちをとらえたの。 あの抉るような手ごたえは、今もこの手に残ってるよ。 その必殺技で大悪党たるあいつを倒せたんだけど、これがまたしつこいのね、あいつ。 火事場の馬鹿力ってのを出したはずなのに、あいつってばすぐに起き上がってくるの。 しつけえなって思ったけど、ピンと閃いた俺はこう言ったのよ。 反省したなら傘に入れろ、って。 まあ俺としては最大限の妥協案なわけよ。 既に濡れてはいるものの、これ以上教科書を濡らしたらマズイと思って焦っててさ。 それなら、ムカつくけどあいつと一緒に帰ればいいんじゃないか、って。 もちろん返事はイエスにさせてやったよ。 また殴るぞ? って言えば一発だったね。 やめやめ! 入れてやるから殴るのだけはやめれ! ってさ。 それでめっちゃビビッてたあいつが情けねえったらありゃしない。 もちろんそのあとはちゃんと傘にも入れてもらい、濡れずに帰れた。 でもさ、あいつの傘って、あいつの身長の割に思いのほか小さかったんだよね。 一人で入るのは十分だったけど、やっぱ二人で入るには少し狭かったの。 だから俺がその半分以上を使って、傘からはみ出たあいつの肩をたっぷり濡らしてやったよ。 いやあ爽快爽快。 ざまあ見ろって感じだったね。 肩だけとはいえ、濡れた俺の気持ちを思い知れって感じ。 それに、俺んちの方が学校から遠いから、最終的には傘を借りて帰ってやったよ。 風邪引いちまえー、が別れの挨拶。 ま、元はと言えば透けた下着に鼻の下伸ばしたあいつが悪いんだからな。 仕方ねえよ、うん。 ……でも、よく考えたらあれって相合傘だったんだよねえ。 Page of "the rainy season"
|
|
しゅーがくりょこー のページ
修学旅行は良いもんだって言うけど、あれは嘘だと思うね。 京都辺りの自治体が地元活性のために全国に法螺吹いて、学生をみんな修学旅行に来させるためにやってるんだ。 間違いないね。 第一、お寺とか見て何が楽しいんだ? そりゃ清水寺とか高い場所にあるお寺なら景色も楽しめるけどさ、お寺自体には何の魅力も感じないわけよ。 あれだよ、学生に紛れた建築物マニアを掘り起こすための原石探しってやつなんだよ、きっと。 その手の団体から圧力を受けてるから、学校側は何の疑問もなく生徒たちを修学旅行という名の原石選別に赴かせるんだ。 それに加え、集団でのお泊り。 あれは酷い。 とてもじゃないけどやってられない。 何さ、やっぱり俺って女子扱い決定なのな。 あいつと一緒の部屋に泊まれたら面白そうだな、とかひっそり思ってたのに、周りが全然空気読まねえの。 確かに体はちゃんとした女だから、男のあいつと一緒に泊まるのは無理があるかもなあって悟ってはいたけど。 やれ、女の子同士、一緒の部屋になろうねー! だの。 やれ、前に揉んであげた成果はどのくらい実った? だの。 もううざったいったらありゃしない。 部屋に着いた途端、女子たちに囲まれて身包み剥がされたときには貞操の危機さえ感じたね。 たぶんうちのクラスの女子たちにはエロ親父の幽霊か何かが取り憑いてるに違いない。 だって身包みを剥がすなり、合計何十本にも及ぶ指たちがやらしい動きでわきわきと俺を襲ってくるんだもん。 間違いなく生前に性犯罪を犯して死んだエロ親父の幽霊が集団憑依してるね。 それでも、やっぱり修学旅行には自由時間っていうやつがあるわけよ。 一日目、二日目の中休み的な自由時間は女子たちに潰されてしまったけど、三日目は丸一日自由時間。 基本は京都の町を巡らなくちゃいけないらしいけど、どうせ教師の目がないんだと割り切って、中には漫喫行くとか言ってるやつもいた。 で、二日目の夜。 なんとあいつが俺を勧誘するために部屋まで来たわけよ。 ちょうどそのとき女子たちのわきわき攻撃を受けてる最中だったから、俺としても抜け出すチャンスなわけ。 ひん剥かれかけた寝巻きを正しながら部屋を出て、俺たちは旅館のロビーで話すことにした。 でさ、あいつ超緊張した面持ちで俺のこと見てきやがんの。 あれだね、きっと周りにバンバン修学旅行カップルが出来て、独り身のあいつは焦ってたんだよ。 見るからにそんな感じ。 女子の中で一番仲の良い俺を三日目の自由時間に誘って、体面だけでも守ろうって魂胆だよ。 でも俺としてもそれは都合が良いわけ。 だってあいつの誘いを断って三日目に突入してみ? 間違いなく女子たちに、いや女子のエロどもに拉致られる。 絶対にラブホ連れ込まれる。 そんなことが脳裏を過ぎったから、俺としても魔が差したんだな。 あいつが、明日一緒に行動しない? って誘うなり、即行頷いちゃったもん。 行こう! 絶対に二人だけで行こう! って。 やっぱ嫌だよね、貞操奪われるのは。 まだ男に興味あるって段階まで進んでるわけじゃないけど、やっぱり貞操を奪われるなら好きな相手が一番だよ。 そんなやつ現れるか知らんけどな。 というわけで、三日目はずっとあいつと二人きりで行動することになったわけ。 それがまたさ、意外や意外、ずいぶんと退屈だったんだよね。 いつもいっつも俺をからかってくるあいつが、その日に限ってめちゃくちゃ大人しいでやんの。 気持ち悪かったねえ。 ドッキリかと思ってキョロキョロ見渡したんだけど、誰かの影が見えるどころか修学旅行生が俺たちぐらいしかいない有様。 しかもあいつ、今は女である俺と二人きりで歩くことに緊張してんのか、時たまこっちに手をぶつけてくるの。 歩くときに手振りすぎだって。 こっちの手にガンガンぶつかって、正直ちょっと痛かった。 ぶつかりすぎて、あとで見たらちょっと赤くなってたもん。 何をしたかったんだか。 それで、あまりに会話がないもんだからこっちからいろいろ話題を振ってみたわけ。 あの舞妓さん可愛いね、とか。 京料理って味が薄いよね、とか。 でもさ、やっぱりあいつ変に意識しすぎ。 あ、うん、とか。 そうだね、とか。 そんな淡白な答えしか返してこねえの。 で、結局そんな感じで三日目が終わっちゃって、なんだかなぁって感じ。 どうせならもっと楽しい思い出作りたかったよ。 二人で大笑いしながら食べ歩いたりとか、ど定番のお土産用の木刀をお揃いで買うとかさ。 それからあとも全然絡んでない。 俺は女子どもの方に強制送還させられるし、あいつもあいつで男子たちとくっちゃべってるし。 唯一学級委員の仕事ではち合わせすることになったんだけど、それが新幹線に乗るときのまとめ役だったんだよね。 そんな役をしながら話なんて出来るわけねえっての。 新幹線って止まってる時間がめちゃめちゃ少ないから、みんなを素早く誘導させなきゃいけない先生たちと俺たちは大忙し。 いつまでも売店でお菓子買ってる女子どもを引っぱたいて連れて行ったり、挙句にレディース気取って座り込みしてる女子を見つけたときにゃ飛び蹴りかましてやったね。 正直この仕事が一番疲れた。 で、結局家に帰るまで話も出来なくて、土日に入っちゃったから今もまだ話せないでいるわけ。 電話かメールしよっかなとも思ったけど、それってなんか癪だし。 あいつがまともに話しかけて来なかったんだから、話しかけて来るならあいつからしやがれって感じだよ。 でも、このまま月曜日迎えたら嫌だなぁ。 登校中に絶対あいつと会うんだもん。 どうしよう。 早くケータイ鳴らないかなあ……。 Page of "school trip"
|
|
れんしゅーじあい のページ
今日はうちの高校でサッカー部の試合があった。 他校のサッカー部を呼んで、いわゆる交流がてらの練習ってやつ。 で、自称エースストライカーのあいつもスタメン入り。 そういえば、スタメンってスターティングメンバーの略なんだって。 これは今メールであいつから聞いた豆知識。 で、そのスタメンさまは、これがまた試合の中だとなかなか格好良いのな。 自称してるだけあって、成功回数は少ないけどバンバンシュート打つの。 あれはもうシュート製造機だね、間違いない。 きっと自分に来たボール全てをゴールに向けるためだけに製造された人間なんだよ。 でさ、そのバカバカシュートばっかり打つあいつも、試合が終わってみると尋常じゃないくらい汗をかいてるわけ。 そりゃ残暑厳しいこの季節にあれだけ動けば汗もかくだろうけど、そんなレベルじゃないの。 あれはたぶん体に含まれてる水分の半分は放出してたね。 だらっだらってどころじゃない、どばっどば。 そこでサッカー部マネージャーたる俺がタオルを差し出したわけなんだけど、やっぱり汗製造機は違うね。 結構大きいタオルだったはずなのに、すぐ全部びっちゃびちゃに濡れちゃうの。 全部で三枚ぐらいタオル使ってようやく収まった。 まったく、いちいちタオルを取りに走る俺の身にもなれって話。 いや、俺よりもあいつの方がよっぽど走ってたわけなんだけど。 もちろん試合はうちの高校が勝利。 相手が弱小校だからってのもあるけど、あんなにボンボンシュート打ってたんだから、勝てなかったら逆にあれだよなって感じ。 いやあ、にしてもあいつ可愛いね。 自分ではエースストライカーとか言ってはばからないくせに、部活のメンバーから「さすが!」とか言われると照れてやがんの。 似合わないったらありゃしない。 でもさ、照れてる姿見て「きもっ」って言っただけなのに人の頭ぶつことなくない? 疲れてるせいかそんなに痛くなかったけど、俺にだけなんか厳しいの。 ずるいわー。 で、その帰り道、他のサッカー部たちと別れて俺たち二人で帰ってたわけよ。 そう、二人っきり。 俺としては修学旅行のぎくしゃくぶりがぶり返すかなぁって思ってたんだけど、あいつは試合に勝って相当嬉しかったみたい。 無口どころか、頼んでもない話を、俺だってマネージャーとして見てたはずなのに、自分の活躍をいちいちハイライトしながら説明してきやがんの。 あのときはこの角度でパスがきたからうまくシュートできた、とか。 やっぱあそこは俺のフォローがあったから得点に繋がった、とか。 それがまた楽しそうな顔してさ、こっちの相槌もままならないぐらいべらべら話してきて。 俺としては無口なあいつよりはマシだと思うんだけど、問題なのがあいつの汗臭さ。 身振り手振りを混ぜて雄弁に語るもんだから、その身振り手振りに合わせて汗臭さがこっちにまで漂ってくるわけよ。 ホントに臭い、マジくっさい。 くさやもビックリな臭さに、俺の鼻がおかしくなるかと思った。 で、空気の読める俺はエイトフォーをシューってあいつにかけてあげたわけ。 ほら、臭いって気になるじゃん? 夏場が過ぎたとはいってもまだまだ暑い季節だしさ、俺はいつも常備してるのよ。 それに、あいつとしても臭いを振りまくのは良くないだろうって思って、俺としては十分すぎるぐらいの優しさなわけ。 でも、そしたらあいつ、エイトフォーが喉に入ったらしくって、げほげほっ思いっきりむせてんの。 超だっせー。 そんでむせたかと思ったら、今度は俺のエイトフォーを奪って俺にシュッシュかけてきやがったの、あいつ。 くせえのはお前もだ! って。 いやあ最悪だったね。 こっちの優しさをむげにしてその扱いか! って感じ。 つうか、元は男だったけど今はれっきとした女なわけよ、俺は。 そんな俺に対してくせえとは何事だって話なのね。 デリカシーがないっていうかなんていうか。 そっからはもうエイトフォー合戦だったよ。 俺も予備で持ってたもう一個のエイトフォーを取り出して応戦。 年甲斐もなく道端で走り回ってエイトフォーかけ合う姿って、今思うと相当恥ずかしかったなぁ。 あいつが電柱に隠れるから、俺が回りこんでシュー。 回りこんだ俺を、さらに回りこんであいつが回りこんでシュー。 最終的にただの追いかけっこっぽくなっちゃって、俺らはガキか! って感じ。 でもさ、やっぱサッカー部のエースたるあいつの足はめっちゃ早いのな。 追いかけっこモードになった瞬間、あいつの俊足がフル発揮だよ。 とてもじゃないけど追いつける気がしないね。 無理むり。 挙句にバーカバーカって言いながら、あいつとっとと家に帰りやがったし。 マジでガキかと思うね。 って、そういえばあのエイトフォー返してもらってない……。 あれって意外と高いからなぁ。 今のうちに「返して」ってメール送っとこ。 まあそんなわけで今はこうして家にいるんだけど、服はさすがに着替えたね。 暑い中で走り回ったんだから汗もかいたんだけど、それ以上にエイトフォー臭い。 やっぱ適量が一番だよ。 ガキみたいに走り回ってたくさんかけまくったら、そりゃあもうすっごく臭い。 尋常じゃないね。鼻がよじれすぎて折れるかと思ったよ。 あいつも今ごろエイトフォー臭いユニフォームを洗ってるんだろうなぁ。 俺の人のこと言えないけど、あいつも相当ガキ臭いからね。 試合で疲れてたはずなのに、よくあんなにはしゃげるもんだよ。 今だってメール送ったら即返信してくる元気さだし。 俺なんてもうくたくた。 こうして書いてる右手も力が入んなくって、今にもペン落としそうだ。 ああ、もうだいぶ眠くなってきた。 それだけ疲れがたまっちゃったんだ。 今日はもう、ちゃっちゃとシャワー浴びて、あいつにおやすみメール送って寝ることにしよう。 それじゃあ、おやすみなさい。 Page of "soccer game"
|
|
いのこり のページ
今日の放課後はしんどかった。 だって、いきなり先生が俺の前にやってきて、「お前、修学旅行のレポート出してないだろ?」だよ? 俺からしたら、そもそも修学旅行のレポートって何さ、って話なわけ。 修学旅行の宿題ならもう済ませてあったの。 課題研究っていうやつで、京都の歴史とかそういうのを各自まとめて先生に提出するやつ。 それならとっくに終わらせて出しといたはずなのに、先生は「出してないだろ?」って言ってきたの。 レポートを出してない? 何で? って感じ。 自分で言うのもあれだけど、俺って結構真面目だからさ、そういう宿題を忘れるわけがないんだよね。 宿題だって、期限日ギリギリのことも多いけど、今まで片手に収まるほどの数しか忘れたことがないの。 でね、聞いてみたらそのレポート、学級委員専用の宿題らしいんだよ。 学級委員の仕事を通して修学旅行中に感じたことをレポートでまとめろっていうの。 は? 初耳なんですけど? 修学旅行前に幾度かあった集まりには全部参加したはずだし、話を聞きそびれたこともない。 だから、そんなの聞いたことないって弁解したんだけど、先生が言うにはちゃんと伝えたらしいんだよね。 あいつに。 ああ、なるほどって思ったよ。 原因ははっきりしたね。 あいつが俺にちゃんとそのことを伝えてなかった。 これだね。 それには本気でキレかけたよ。 だって、嫌々ながらもちゃんと学級委員の仕事もこなして、割と良い生徒として通ってるつもりだったんだよ? それなのに、あいつの伝達ミスのせいで怒られなくちゃなんないなんて、理不尽にもほどがある。 でも先生からしたらそんなの関係ないらしくって、とにかく放課後に残って書けって言ってきたの。 まったく、不条理ってレベルじゃないよね。 加えて今日の日誌当番は俺。 まあさすがに日誌の方はあいつに無理やり押し付けたけど、レポートはそうもいかないのよ。 放課後に一人残って課題、っていうの、なんか寂しいじゃん? だから強制的にあいつも残らせたんだけど、これがまたうざいったらありゃしない。 元はといえばあいつのせいなのに、「忘れたの?」とか、「バカじゃねえの?」とか。 本当うざい。 でも、ムカついたからといってレポートをぶん投げても課題は減らないわけで、あいつに構う分だけ作業が遅れるの。 本当に世の中の辛さが身に染みたね。 嫌になりそう。 一日目の行動を思い出して、それを書いて、まとめる。 二日目も同様にして……なんて俺は頑張ってやってたのに、暇なのか、あいつは俺に気持ち悪いぐらい絡んできやがるの。 何か字が丸っこくなったな、とか。 香水使ってんの? とか。 まあそれぐらいだったら俺としても許せるよ。 丸っこくて女の子女の子した字になってきてることは俺もうすうす感づいてたし、たまに気分で香水をちょっと使ってみることもあったさ。 でもさ、「ねえまだ?」とか、「俺待ってるんだけど」とか。 それはねえよ、マジで。 うざいって言葉から溢れんばかりの憤りを覚えたね。 人が一文書くたびにそう言ってくるもんだから、つい怒りに任せて追い出しちゃったよ。 もう勝手に帰れ! って。 そしたらあいつ、本当に帰りやがったの。 信じられる? あいつがそもそもの元凶なのに、なんであいつは素直に帰るのかな、と。 それからはもう本当に寂しかったね。 俺がうさぎだったら間違いなく死んでたよ。 だって、放課後に、耳を澄ましても遠くから部活の掛け声ぐらいしか聞こえないような静けさの中で課題だよ? 普通シャーペンの書く音なんて、相当静かな試験中でもない限り聞こえないはずなのに、このときばっかりは嫌でも耳に響いたね。 で、俺だってあんまり遅くまで残りたくないから必死で課題を終わらせたわけ。 終わったのがちょうど六時になるかなってぐらい。 辺りもだいぶ暗くなって、廊下とかめちゃめちゃ暗かったの。 季節的にも秋半ばだし、俺のいた教室以外全部消灯してるわけだから、当然なんだけどさ。 で、そんな暗闇の中に書き上げたレポートを職員室にいる先生のところまで出しに行かなくちゃいけないわけ。 別にビビりではないんだけど、そういうのってなんか嫌じゃん? 夜の学校といえば怪談だし、怖いってわけじゃないんだけど、そういうのって気味が悪いし。 そんな風に何か嫌だなぁって思ってたら、なんとそこにあいつが登場。 サッカー部のユニフォーム姿で、教室に顔を出してきたわけよ。 追い出したときには気付かなかったけど、あいつ部活行ってたみたい。 そういえば、今日は普通に部活がある日だったしね。 ユニフォームも泥にまみれて、だいぶ頑張ってた様子。 そしたらさ、あいつ開口一番にこう言ってきたわけよ。 まだ残ってたの? って。 思わず頭にきて、ふざけんな! って返したね。 そりゃあさ、何時間もかけて必死に書き上げたばかりなのに、いきなり「まだ残ってたの?」だよ? 聖人君子でもない限り、そんな努力も糞もないような台詞吐かれちゃ誰でもキレるって。 それにしても、あいつの空気の読めなさ加減にはほとほと呆れる。 時たま空気が読めないぐらいなら天然ちゃん扱いだろうけど、いっつもだもんな、あいつ。 特に俺に絡んでるときの空気の読めなさは異常。 本気で死んでほしいって思ったよ。 結局のところ、あいつを蹴飛ばしつつ職員室に行って先生にレポート出して、あいつを殴りつつ急いで帰宅してきた。 もうね、蹴ったり殴ったりで両手両足が痛いよ。 さっき湿布貼ってきたばっかり。 それでもジンジンしびれてるし。 もうやだ。 次こんなことがあったら、本当にハサミか何かで刺しちゃいそう。 っていうか、むしろ勝手に死んでくれてればいいのに。 そしたら明日から安泰なんだけどなぁ。 俺の心の平穏が。 Page of "after school"
|
|
ぶんかさい のページ
今日は文化祭。 うちの学校は土曜日と日曜日の二回に分けて大々的に行われる文化祭が特徴で、今日はそのうちの一日目だった。 一日目はゲームパークやお化け屋敷などのアトラクション系がメインで、あとは飲み物販売ぐらい。 ちなみに明日は、今日とは打って変わって飲食店が台頭する日。 もちろん朝食抜きは確定でしょ。 お母さんにも、明日は朝ごはんいらないって言ってあるし。 だってたこ焼きとかクレープとかは絶対に食べたいし、三年生のクラスの甘味処も欠かすわけがない。 いっぱい食べたいもんね。 そういえば二組の喫茶店って何を販売するんだろう? 前にそれとなく聞いてみたら「楽しみにしててね!」なんてはぐらかされたし。 まあいいや、明日のお楽しみってことで。 でね、普段学級委員の仕事で忙しい俺やあいつも、文化祭の日だけは別。 文化祭には文化祭用の文化祭委員ってのがいて、その人たちが俺たちの代わりに頑張ってくれるからね。 いやあ、まさか人がせっせと働く姿を傍観するのがこんなにも楽しいとは思わなかった。 文化祭委員が必死こいて「何か意見はありませんかー?」と声を大にしている中、それを横目に窓の外を仰ぎ見る快感。 やめられないね、あれは。 あ、もしかして普段のクラス会議で意見がまとまらないのもこのせいだったりするのかな? だとしたら早めに解決案を練らなくちゃ。 で、そのアトラクション満載の文化祭一日目を一緒に巡ったのがあいつ。 流れであいつと二人だけになっちゃった。 だって一緒に行くって約束してたやつら、みんながみんな出し物で忙しすぎて出張れないんだって。 あとで先生に聞いたら、今年は例年以上の来場数らしい。 快晴だったのと、ここ最近うちの高校の評判が上がってきたらしく、下見代わりに来る中学生の親御さんがたくさん来たんだってさ。 そんなわけで、仕事のない俺とあいつしか一緒に回れるメンバーがいなかったの。 俺としてはかなり納得のいかない選抜なわけよ。 だって、ゲームパークにしろ、お化け屋敷にしろ、男女二人で行こうものなら確実にカップル扱いだからね。 俺のことを知ってる連中ならまだしも、俺とて学校のアイドルじゃあるまいし、学校全体に知名度があるわけじゃない。 三年の先輩の方に行くなら知ってる人もいるけど、今の一年は性転換事件をまったく知らないやつらばっかりだからね。 一年の出し物が多い廊下を二人で通ったときは、もう色物を見るような視線が降り注いだよ。 痛いっていうのを超えて、あれは人を殺せるね。 間違いない。 でも結局は二人で巡ってきたの。 初めは俺が突っぱねて「行きたくない!」ってことで押し通そうかと思ったんだけど、何もしないってものすっごく暇なんだね。 どこのクラスも出し物をしてない場所に行ってくつろいでたんだけど、まさにくつろぐだけ。 あいつときたら、前にも起きた無口病を発症してやんの。 こっちがいろいろ話題振ってやってんのに、ずっと上の空の生返事。 さらに文化祭はほぼ半日続くときたよ。 こんな気まずいのやってらんないって思って、あいつの手を引っ張って、もうあとは自棄だったね。 ゲームパーク巡りは当然にしろ、ストラックアウト、クイズ大会、何でもかんでも参加してやったよ。 きっとうちの高校で一番文化祭を楽しんだ二人組だろうね、俺たちは。 最初のうちは俺が腕を引っ張って連れて行ってたんだけど、途中からあいつも乗り気になったのか、今度はあいつがぐいぐい引っ張ってきやがんの。 これがまたさ、あいつって相当不器用なんだよ。 こっちは女になって筋力も何もなくなってるっていうのに、あいつは容赦なく腕を引っ張ってくるんだ。 それがまた痛いのなんの。 今見ても、まだ腕に赤いあとが付いてる。 本当、嫌になるね。 そんであいつ、俺を引っ張ってあろうことかお化け屋敷に行こうとしやがるんだよ。 は? ふざけんなって感じ。 人が必死こいて「嫌だ!」って言ってんのに、あいつときたら「大丈夫大丈夫!」って笑ってきやがるんだぜ? もう意味が分かんねえ。 あいつ、絶対人が嫌がるのを見るのが快感な性質だよ。 間違いないね、あいつはSだ。 別に俺はお化け屋敷が嫌いとかそういうんじゃない。 たださ、男女の二人組でお化け屋敷なんか入ったら、今度こそ間違いなくカップル扱いじゃん? それだけは絶対に避けたいわけよ。 元男の俺が男のあいつと噂されようものなら、それはもうホモとほぼ同義だしな。 確かにあいつは格好良い部類に入るよ。 顔も悪くないし、背丈も気持ち悪いぐらい高い。 私服のセンスも悪くなくて、渋谷を歩かせても周りのイケメンどもに引けはとらないと思う。 でも問題は性格なんだよ。 何だよあの性格。 俺をからかってそんなに楽しいかって話。 いや実際に楽しいんだろうな、あいつはSだから。 他のイケメン野郎ならまだしも、そんなS野郎と噂されるなんて身の毛もよだつね。 そしたら俺はMだよ、M。 あいつとお似合いのM女だって噂されちまう。 ありえないっしょ。 しかしまあ、あいつはサッカー部の男で、俺はただのひょろっこい女。 それだけの体格差があれば、無理やりにでも連れて行かれちゃうわけよ。 脇を抱えあげられて、ほとんどガキみたいな扱いを受けながら入り口をくぐらされたね。 ……あれ、もしかして、あいつがその気になれば俺って簡単に押し倒されちゃうのかな? いやいや、それだけはマジ勘弁。 今のうちに気が付いて良かったわ。 もし心の準備もままならないうちに襲われでもしたら、きっと何の反撃も出来なかっただろうな。 危ない危ない。 いざと言うときのために金蹴りでも練習しておこう。 暴走したあいつの下半身を止められるように。 で、問題のお化け屋敷ね。 これがまたさ、いかにもな文化祭の出し物なわけよ。 高校生の分際でプロ顔並みのセットなんて作れるはずもないから、それをごまかすために照明は全部落としてあるの。 窓からの光もちゃんと遮断してあって、本当に一寸先すら見えない真っ暗闇。 そうすればセットなんか適当に机や椅子を配置しておけば順路が作れるし、それらの死角に隠れれば客からはまったく見えないから驚かせるにも都合が良いんだと思う。 だって足元すらまともに見えないぐらい真っ暗にすれば、下手な小細工もいらないからお金も掛からないだろうしね。 まあそんな暗闇の中。 足元に何が落ちてるかも分からないような状況にもなれば、そりゃ及び腰にもなるって。 しょうがないしょうがない。 転ぶのが嫌なのは当然だし、それが自然の摂理ってもんなんだよ、うん。 それなのに、俺の引けた腰に気付いたのか、あいつゲラゲラ笑ってきやがんの。 マジであいつの神経を疑うね。 こっちは転ばないように必死だっていうのに、それを見てあいつは笑うんだよ? あいつは今までモラルというものを学んでこなかったのかと、義務教育の道徳授業に意味があったのか疑問に思うね。 っていうか、あいつどうして俺が腰を引いてたことに気が付いたんだろ? 少なくとも俺にはあいつの顔すら見えないくらいだったから、様子で分かったのかな? もしくは夜目だったりするのかも。 つうか、ここでもあいつ酷かったなぁ。 全然目が利かない俺を置いて、ドンドン前に進もうとしやがんの。 こっちが「待って!」って言って腕を掴んでんのに、返しはゲラゲラ笑いだけ。 信じらんない。 仮にも体が女の俺を、平気で置いていこうとするんだよ? マジで死んじゃえばいいのに。 俺が必死にあいつの腕に掴まらなかったら、間違いなく俺を置いてとっととゴールしてたね。 ああもう、またムカついてきた。 あとで十通ぐらい空メール送ってやろう。 でさ、それで調子乗ったのか、あいつ、俺の些細な胸の感触すら楽しんできやがんの。 わけ分かんない。 目が利かないせいで抱きつくようにして腕に掴まってたっていうのに、そこで必然的にくっついた俺の胸を「意外とあるんだな」だよ? 本気で殺意が湧いたね。 たぶん目が利いてたなら、あの場で人を殺せる目をしてたと思うよ。 元男ではあっても、今は女なわけよ、俺は。 そんな俺に対して鼻の下を伸ばすのみならず、「意外と」宣言。 意外とって何だよ、意外とって。 確かに服を着たらぺっちゃんこにしか見えないけどさ! くそくそ、まだムカムカする。 これ書き終わったら二十回ぐらいワン切りしてやる。 それでもまあ、なんとかお化け屋敷が終わったわけよ。 元々怖くなんかなかったけど、あいつに「意外とあるんだな」って言われてムカついたせいもあって、全然怖くなかった。 あれだね、勢いってすごいね。 むしろどこにお化け役の生徒がいたのかも分からないぐらいあいつに殺気を送り込んでたもん。 あと三十分ぐらい殺気を送り込めたら、確実にあいつを呪えてたよ。 まったく、惜しいことをした。 どうせなら呪い殺すところまで睨んでおけば良かったよ。 今日の最後に見たのは軽音楽部のミニライブ。 これがまたさ、レベルがひっくいの。 もう高校生のバンドってもんじゃない。 あれはお遊戯会だよ、お遊戯会。 ギターもドラムもベースもちゃんとしたのがそろってるし、ステージだってちゃんと整えられてる。 でもお遊戯会なの。 演奏の足並みはそろってないし、第一リズム感ってのを一ミクロンも感じなかった。 ボーカルだって、カラオケで一緒に行ったらちょっとうまいかな? ぐらいのレベル。 信じらんないね。 あれでライブが成り立つんなら、俺がマイク持ってやるよって感じだったよ。 でも、あいつとしてはそんなライブなんてどうでも良かったみたい。 軽音部のミニライブ会場は校庭の隅っこだったんだけど、ちょうどそこにベンチがいくつかあったんだよ。 そのベンチに座って、そうだな、ライブなんてただのダサイBGM程度の扱い。 それぐらいにしか聞こえなくって、あいつはずっと俺のこと笑ってきやがんの。 お化け屋敷でビビってんじゃねえよ、だの。 本当にお前は怖がりだな、だの。 まったく、憤りを行き尽くして呆れるね。 いつ俺がビビったよ。 何で俺が怖がりだよ。 俺の記憶じゃ、あいつの前じゃ一度たりともビビった覚えなんてないし、俺は絶対に怖がりじゃない。 人がいくら「暗くて足元が危なかったから」って説明しても、聞く耳を持たねえの、あいつ。 俺が弁明するたびにゲラゲラ笑うし、挙句に殴ってやってもまだ笑ってんの。 本当ムカつく。 あ、さっきの訂正するわ。 あいつ、SじゃなくてS兼Mだよ。 攻めも受けもどっちでもきやがれ的な。 だって、俺に殴られながらあんなにゲラゲラ笑っていられるなんて、正気の沙汰じゃないね。 勝手に一人SMやってろってんだ。 なのに人を巻き込んであれやこれや連れ回されるし、俺に殴られながらけらけら笑ってるし。 まったく、もう二度とお化け屋敷なんて行かねえ。 Page of "school festival"
|
|
たいいくさい のページ
疲れた……。 何で体育祭ってこうも疲れるんだろう。 サッカーバカのあいつと違って、俺はインテリ派だからね。 部活のマネージャーではあるけど、そういうのは本当にダメ。 唯一の運動といえば、毎日の登下校か、あいつを殴ったり蹴ったりするときぐらい。 あ、だからあいつに勝てないのか。 でもそのために運動するのも嫌だなぁ。 行事の体育祭ですらこんなに疲れるのに、鍛えるために運動なんてしたら命がいくつあっても足りやしない。 あれだよ、今のブームはインテリだよ。 間違いないね。 で、今日の体育祭。 俺は準備の段階からかなーりやる気がなかったんだけど、対するあいつはかなーりやる気なわけよ。 スポーツしか脳のないあいつが唯一活躍できる場だからね。 もう周りも引くぐらい頑張ってんの。 しかもあいつ、学級委員なのに体育祭委員までやり始めたんだよ? 先生も「学級委員をやってるから」って言って止めてたんだけど、あいつのスポーツに対する熱意はそんなものじゃ止まらないらしい。 全てをガン無視で体育祭委員の二年代表にまでなりやがった。 しかもあいつ、よりによって俺まで巻き込みやがるの。 ふざけんなってもちろん抗議したんだけど、先生でさえ止められないのに、インテリで体力なしの俺が止められるわけないじゃん。 結局俺まで一緒に立候補させられる羽目になったのに、あいつときたら「お前、運動大丈夫か?」だって。 大丈夫なわけないじゃん。 ってかお前が体育祭委員をやるからじゃん。 まったく、こっちの身にもなれっての。 前日準備の日には太陽がどっぷり暮れるまで手伝わさせられたし、当日もほとんど走りっぱなし。 俺の出た競技は百メートル走と全員参加のリレーだけで、本当は合わせて三百メートルも走ればいいところだったんだよ。 なのにあいつに付き合わされて体育祭委員になった俺は、確実にその十倍は走らされたね。 もうただのマラソンだよ。 しかもところどころ全力疾走。 まあ胸がないだけ他の女子に比べて走りやすいのは反論しないけど、だからってあっちゃこっちゃ走らせることないんじゃないの? ああもう、マジで体育教師恨むわ。 何で怪我人のために、保健委員じゃなくて俺が走らなくちゃいけないわけ? 頑張って保健室まで先生を呼びに行ったのはいいけど、保健の先生、なぜか職員室にいるし。 っていうか、保健の先生なら本部のテントで出張っておいてよ。 何で職員室で涼んでんだよ。 たしかに職員室は涼しいけどさー。 で、あいつもあいつでかなり忙しそうなわけ。 うちの高校、気前が良いのか、経費で体育祭当日はスポドリ飲み放題なのね。 でっかいポットみたいのがいくつも用意されてあって、そこにたくさんスポドリが入ってるの。 まあそんなもんがあるんだから、当然用意するのは俺たち体育祭委員の仕事なわけよ。 俺はその他雑務で走り回ってたけど、あいつはそのスポドリ専属係をやってたらしい。 やっぱそのスポドリ専属係って相当忙しかったみたいなんだよね。 そりゃあ学校の経費で飲み物が飲めるわけだからさ、あっつい中で走らされてる生徒の誰一人として遠慮するわけがないのよ。 全部で五個ポットが用意されてたんだけど、みんなガンガン飲むから補給が全然間に合わないの。 あっちを補給したら、今度はこっちのポットが切れて、それを補給したら今度はあっちが……の無限ループだったって。 いやあ、雑務で良かったなぁって実感したよ。 俺がそんな仕事させられてたら、間違いなく俺も飲む側に回ってたね。 絶対補給なんか出来なかったよ。 そういえばあいつ、出場するのが四百メートルリレーと部活対抗リレー、全員参加のリレーとリレー三昧だったんだよなぁ。 リレーのときには専属係を代わってもらってたみたいだけど、まったく、よくそれだけ動き回れるもんだ。 さすがはスポーツバカ。 見直すどころか見飽きれるね。 そんで体育祭の帰り、自分からその体育祭委員に立候補したくせにぐちぐち文句垂れるわけよ。 主にスポドリ専属係をしてたときのことをさ。 やれ、野球部はポットを占領して周りを困らせていた、だの。 やれ、一方のサッカー部は礼儀正しく、暇があったら手伝ってくれた、だの。 まったく、しょうがないから訂正してあげよう。 あいつはスポーツバカじゃない、ただのサッカーバカだ。 っていうか、野球部を目の敵にしすぎ。 いくらグラウンドの使用権を取り合う犬猿の仲だからって、そんなにいがみ合うことないと思うんだけどなぁ。 まったく、あいつはサッカーをすることしか頭にないからな。 しょうがないっちゃしょうがないか。 でもさ、いくら俺がサッカー部のマネージャーをやってあげてるからって、「野球なんてクソだよな?」って同意を求めるなよ。 俺はお前と違って野球を嫌悪してないの。 たしかにどっちかって言うとサッカーの方が好きだけどさ、野球も野球で良いとこあるんだよ? ま、スポーツ自体が嫌いな俺が言っても説得力ないんだけどね。 めんどくさいから曖昧に相槌入れてたら、あいつ俺に何て言ったと思う? よし! お前も野球反対団の一員な! だって。 何だよその野球反対団って。 明らかに語呂悪いじゃん。 っていうかあまりにボキャ貧なネーミングだよそれ。 ああもう、無理やりそんなん入れさせられて、毎日野球中継を楽しみにしてるお父さんに申し訳が立たないよ。 頼むから公言しないでね。 本当に頼むから。ね? まあ、こんなとこで書いてても伝わらないか。 学校で会ったら言っておこう。 めんどくさ。 もう、本当にめんどくさい。 しかも俺、野球反対団のナンバーツーなんだって。 いらないよ、そんな称号。 どうせ総勢二名じゃん。 結局俺がケツじゃん。 まったく、バカにもほどがあるよ、あいつは。 それにしても足が痛い。 太ももの内側と足の裏がすっごく痛いの。 貧乏ゆすりするだけでつりそう。 やばいってこれ。 明日、筋肉痛にならなきゃいいけど……。 Page of "athletic festival"
|
|
きまつべんきょー のページ
体育祭のときに俺はインテリ〜だとか書いてたけど、あれやっぱり訂正するわ。 俺はインテリでも何でもない、ただの一生徒です。 生言ってすみませんでした。 っていうか、何で勉強ってあんなにめんどくさいの? 正直、出来るやつの気がしれないね。 きっと脳みその根本からいろいろ違うんだよ。 構造とか、素材とか。 出来るやつの頭はパソコンみたいにごちゃごちゃしてるに違いない。 で、俺のは丸くて可愛いの。 丸くて可愛いのが、こんな小難しい微分積分なんて出来るわけないよな。 しょうがないしょうがない。 でも、そうは言ってられないやつがいるのよ。 あいつ。 あいつさ、思いっきり良い大学目指してるんだよね。 だって学級委員やって点稼ぎするようなやつだよ? 勉強を怠るわけがない。 しかもさ、勉強会と称して俺までそれに誘ってきやがんの。 参加人数総勢二名。 素晴らしいね。 コメントも思いつかないぐらい素晴らしいね。 っていうか、最近あいつと二人きりのことが多いのは気のせいかな? 気のせいだと良いな。 で、今日はその勉強会の第三回目をしてきたわけ。 第三回目っていうとさ、だいたい中だるみじゃん? 一回目、二回目はなんとか「進路のために!」的な目標を掲げて頑張ってたみたいだけど、今日は酷かった。 だって、あいつの家に行くなり「ゲームしようぜ!」だよ? 思わず楽しんじゃったけどさ。 あ、そうそう。 今日やったゲームはレースのゲームなんだけど、あれって思ってた以上に面白いよね。 自分でやるのも面白いんだけど、見てるだけでも面白いの。 だってさ、あいつコントローラー握りながら、カーブで体を傾けてるんだよ? 左に曲がるときは左に傾いて、右に曲がると右に傾くの。 本当笑っちゃう。 おかしいったらありゃしない。 たかがゲームじゃん。 体重移動関係ないじゃん。 なのにあいつときたら、性懲りもなくカーブのたびに体を右往左往傾けてるの。 可愛いよね。 でさ、後ろで笑ってたら「お前もやってみろよ」って口をへの字に曲げてコントローラー渡してくるわけよ。 あれは相当不機嫌だったね。 そもそも勉強せずに何やってんだとか思ったんだけど、挑戦ってのは受けてナンボじゃん? 俺だって元は男なわけだから、逃げるなんて言葉は辞書に記載されてないわけよ。 そんでその挑戦を受けてたったわけなんだけど、あいつって性格ねちっこいのな。 俺がカーブ曲がるたびに「お前も傾いてるぞ」ってゲラゲラ笑ってきやがんの。 ふざけんなって。 傾いてなんかねえよ。 俺としてはまったく傾いてるつもりなんかないわけ。 なのにあいつはカーブのたびにゲラゲラ笑ってくるんだよ。 間違いない、あれは嘘だね。 ああやって嘘言って、自分のヘマをおあいこにしようって魂胆に違いない。 めげずに俺は頑張ったよ。 最終的にハイスコア出してやって、ぎゃふんと言わせてやった。 あれは爽快だったね。 もうやめらんない。 またあいつんちでハイスコア出してやろう。 でもさ、俺的にはそれで終わっても良かったわけ。 オチとして、勉強してない〜! ってわめきながら期末テストを受けるのも甘んじようと思ってたわけ。 なのに、あいつときたらそのあとに勉強始めやがんの。 さっきまでゲームしてたのは何? 勉強諦めたんじゃないの? そう聞いたんだけどさ、あいつ、元々最初はゲームをする気だったって言い出したんだよね。 もう俺は確信したよ。 これはゲームに負けた憂さ晴らしだって。 まあ憂さ晴らしにサッカーをしない分だけ偉いとは思うよ? しかもちゃんと勉強をするなんて、褒めてあげてもいい。 だけどさ、悔しいなら素直に言おうよ。 あれだ、ツンデレなんだな、あいつは。 俺に負けて悔しい気持ちに素直になれないツンデレなんだよな、うん。 仕方ないなぁ、もう。 まあ俺としても勉強しないとお母さんがうるさいから困るわけで、手伝うって名目で一緒にやってあげたわけ。 俺ってば偉いよね。 褒めてもらって当然だよね。 でも、あいつ俺にこうぬかしやがったんだよ。 息抜き終わったから帰っていいよ、って。 死ね、って素で思ったね。 何か、俺はお前の息抜き道具だったってわけか? ふざけるのも大概にしやがれ木偶の坊、って話。 まあ普段の俺ならここで怒って本当に帰ったことだろう。 でも今の俺は気付いちゃってるんだよね、あいつがツンデレだってことに。 まったく、居てほしいならほしいって素直に言えばいいのに。 ムカついた分だけ頭を引っぱたいて済ませてあげたけど、俺じゃなかったら絶対帰ってたな。 あとでお礼の品でももらっておこう。 でさ、勉強会だから、二人で向かい合って勉強するわけね。 一つのテーブルしかなくて、しかも小さいから床に座って膝をつき合わせるの。 やっぱ座ると身長差が縮むもんだねぇ。 久々にあいつの顔を近くで見れた気がするよ。 何せあいつは超長身。 たぶん俺の成長エネルギーってやつを吸い取ってやがんだ。 俺から吸い取った分だけ伸びたあいつの顔は、いっつも遥か高みでさ、今日みたいに座って向かい合わなきゃこんな近くに顔を見れることもないなぁって。 ……あれ? 座って身長差が縮んだってことは、もしかして俺の足って短いのかな? いやいや、まさか。 きっとあいつの足が長いだけだよ。 うん、そうに違いない。 でね、俺は思ったわけよ。 あいつ、ひげ伸びたなぁって。 俺って高校一年のときに女になったからさ、ひげがそう生えてないうちに生えなくなっちゃったわけ。 だから憧れっていうのかなぁ。 正直あんま手入れされてなかったあいつの無精ひげが、ちょっとだけ格好良く見えちゃったんだよね。 対して俺のあごは、時たまにきびが出来るぐらいのつるっつる。 ひげも薄くて柔らかい産毛しか生えてこないの。 周りの女子からは羨ましがられてるんだけど、俺としてはなんだかなぁ。 いや、何もひげが生えてほしいってわけじゃないよ。 ただ生えたらどんな感じなのかなぁって思っただけで。 それにしても、あいつは真面目に勉強してたなぁ。 俺なんてあいつのひげをじっと見てただけなのに、あいつはずっとうつむいてガリガリ勉強してんの。 インテグラル〜とか、ディーワイディーエックス〜とか、数学を勉強してたみたいだけど、俺には外国語にしか聞こえなかった。 わけ分かんないよ、数学って。 でね、あまりにつまんないからあいつのあごひげを触ってみたの。 手ですくい上げるような感じに。 そしたらさ、めっちゃジョリジョリするのね、あれ。 かりあげにした髪の毛のジョリジョリ感を、少し弱くしたぐらいのジョリジョリ感。 ちょっと気持ち悪くて鳥肌立っちゃった。 もちろん急に触ったからには、あいつに「何してんの?」って聞かれたんだけど、「ひげに憧れて」って言うの、何か恥ずかしい気がしてさ。 適当に「ひげが芝生みたい」って答えたら、「ならあごでサッカーしようぜ!」って言いながらあごひげを俺の頬にジョリジョリしてきやがった。 もうマジで気持ち悪い。 痛がゆいし、あいつの鼻息臭いし、最悪だったよ。 で、結局俺はあいつのあごひげから逃げ帰ってきちゃった。 ちゃんと勉強しなきゃまずいかなぁ。 まさかあいつにテストで負けるとは思わないけど、あの様子だとどうなることやら。 負けたら悔しいから、ちょっとだけ勉強しとこ。 あ、そうだ。 テストでもぎゃふんと言わせてやろう。 で、あいつに泣きながら今までの非礼を詫びてもらうの。 やばいよ、それ。 想像しただけで楽しくなってきた。 よっし、思いっきり頑張っちゃおー! Page of "term‐end study"
|
|
ふゆやすみ のページ
あれだけ悠々自適に過ごせた冬休みもあと三日。 まったく、どうして楽しい時間っていうのはこんなにも早く過ぎ去ってしまうのかなぁ。 前にその現象の名前をテレビで聞いた気がするんだけど……あとでネットで調べてみよ。 で、今日はあいつが俺の部屋に遊びに来た。 遊びに来た目的は、言うまでもなく冬休みの宿題。 これがまた多いのなんの。 取っておいた大量の夏休みの宿題と比べたら、そんな大差なかったよ、冬休みの宿題の量。 でもね、期間的には冬休みの方が圧倒的に少ないの。 夏休みは一ヶ月以上あるのに、冬休みは二週間あるかどうか。 たしか北国の方だと、こっちの休み事情と違って夏休みより冬休みの方が長いんだっけ? ああ、だからかも。 数学の先生、前の学校は東北だって言ってたし、その癖がついて冬休みの宿題を多くしちゃったのかな。 まったく、少しはこっちの事情考えろっての。 こっちは冬休みの方が短いんだぞ! って感じ。 あ、でもたしか夏休みも数学の宿題が多かったような……。 まあいいや。 そんなたくさんある宿題を、頭の良い俺は二人で分担しようって持ちかけたわけ。 やっぱりさ、あんなにたくさんあったら一人でなんて無理だって。 それなら二人で手分けしてやった方が、能率的に考えて十二分に有意義なわけよ。 あいつもそう思ったのか、俺の提案に乗ってくれた。 でも、いつもならあいつの部屋に集まるところが、今日はあいつのお父さんが家に居てダメらしい。 ってわけで特別にうちに集合したのよ。 これがまたあいつを部屋に呼ぶなんてひっさびさでね、思いがけず二時間も部屋の掃除しちゃった。 汚い部屋なんて、あいつに見せられないからね。 どうせなら綺麗な状態の部屋を見てほしいわけよ。 にしても、掃除って一度始めるとなかなか止まらないものだよね。 フローリングに掃除機をかけるところから始めて、机の下を掃除、本棚の整理、クローゼットの中を整頓したりと、いろいろやっちゃった。 その中でも、やっぱりクローゼットの整頓は骨が折れたね。 だってお母さんが、俺が女になったお祝いにたんまり服を買い込んでたんだよ? 大抵は放課後に制服のまんま遊びに行くから、私服を着るのなんて部屋着か土日のお出かけぐらい。 だからずいぶんと持て余してたんだよねえ。 その大半が一年前に買ってもらったものばっかりだから、ものすっごく懐かしくてさ。 初めのうちはお母さんに着せ替え人形よろしく、いろいろ着させられたなぁ。 まさか家で夕食を取るだけなのにゴスロリみたいなドレスを着せられるとは思わなかった。 お父さん、俺を見た瞬間ご飯粒吹いたもん。 俺の黒いゴスロリドレスに白い粒が何粒もついたし。 あのときは恥ずかしくてしょうがなかったけど、今となっては良い思い出だよ。 で、そんな思い出深い服がいっぱい詰まったクローゼット。 思い出だけじゃなくて、その量もいっぱい詰まってたんだよね。 もうてんこもり。 クレヨンしんちゃんの押入れ並みにめちゃめちゃ詰まってるの。 まずはクローゼットの中に入ってるものを全部出すところから始まったね。 そしてちゃんと一着ずつ丁寧にたたんで、ハンガーにかけるものはかけて、クリーニングに出してほしいものは別に分けて。 本当に大変だった。 汗かきすぎてシャワー浴びようかなって思っちゃったぐらいだもん。 それぐらい頑張ったんだよ。 でもさ、それだけ集中しちゃうと時間を経つのも忘れちゃうみたい。 ほら、最初に書いた楽しい時間はあっという間に過ぎちゃうってやつ。 あれだよね、きっと。 クローゼットの中身を半分ぐらい片付けたときに、事もあろうにあいつがやってきちゃった。 しかもお母さんが勝手に上がらせて、部屋にまで通しちゃうの。 そりゃあもうビックリしたよ。 だって、ちょうど下着を整頓してるときに乱入だよ? 驚きを通り越してインド人もビックリだよ。 にしても、自分で言うのもあれだけど、俺ってなかなか反射神経は良い方だと思うんだよね。 あいつが入るなり、それを瞬時に判断して、パッと身を挺して下着の露呈を防いだんだもん。 世界すら狙えると思うぐらい俊敏な動きで俺の下着に覆いかぶさったんだよ。 そんな俺の反射神経が良くないわけがない。 でもさ、やっぱ人って慌てるとダメだね。 俺だって必死に守ったつもりだったけどさ、人っていうのは完璧には作られてないの。 なんと、俺が一番見られたくなかった縞々模様のパンツだけ守りきれなかったんだ。 他にもたくさんパンツはあるんだよ。 白くて無地のやつとか、フリフリついたの可愛いやつとか、リボンのワンポイントが入ってるやつとか。 そんなお気に入りのやつとかじゃなくて、俺が一番子供っぽくて嫌だなぁって思ってた青い縞々のパンツだけが、俺がパンツの山に覆いかぶさった拍子にひらひらって空中を舞ったの。 すごいよ、本当にパンツって舞うのね。 まるで紙切れを落としたみたいにふわふわ滞空時間が長く感じて、それがあいつの目の前に落ちちゃった。 ぽと、って。 いやあ恥ずかしかった恥ずかしかった。 あいつも俺も目が点になっちゃって、正直指先が震えたね。 出てけー! って何か物を投げようと思ったんだけど、そのとき手元にあったのが覆いかぶさって守ってたパンツの数々だったんだよね。 そんなの、投げるわけにいかないじゃん? だから俺としてはもう必死も必死。 パンツを守りながら怒鳴って「出てけ」コール。 男の俺としては、そんな女物のパンツを履いてることがばれて恥ずかしいのもあるし、女の俺としては、やっぱり下着を見られるのは恥ずかしいわけよ。 二重苦ってやつ。 羞恥心で心臓を抉られるかと思ったね。 いやあ、恥ずかしさに殺傷能力がなくて良かったよ。 危うく羞恥死してるところだった。 そんなわけで、結局今日はあいつを追い出したまま宿題を終わらせてないわけよ。 やってられないって限度を超えたね。 もうこの身を線路に投げ出したいぐらい。 っていうかさ、あいつもあいつでノックぐらいすればいいじゃん。 何で何も言わずに入ってくるわけ? お母さんもお母さん。 俺の友達が来たんなら、せめて俺に一言声を掛けてよ。 それが礼儀ってものじゃん。 たしかに、俺だってたま〜にノックしないで部屋に入っちゃったりとか、お母さんの友達と勝手に世間話とかしちゃったりしたけどさ、ここで仕返しする必要ないよね? ね? まったくさー、もう本当信じらんない。 あいつに晒しちゃったあの縞々パンツ、もう二度と履けないよ。 あのパンツを履いてるのがあいつにばれたら、「ああ、あのときの」ってなるじゃん。 嫌だよそんなの。 お前ってそんな可愛いパンツ履いてるんだ〜、とか言われちゃうじゃん。 恥ずかしすぎて死んじゃうよ。 はーあ、縞々パンツ捨てよっかな……。 Page of "winter vacation"
|
|
ばれんたいん のページ
今日は二月十四日。 セントバレンタインデー。 聞くところによると、チョコを売りたいがためのお菓子メーカーの陰謀らしいけど、まあそんなの関係ないよね。 陰謀だ! って言ってるやつはただの僻みにしか聞こえないし。 もし本当に陰謀だったら、それを考えた人は天才だよね。 だってここまで広まっちゃうんだもん。 今さら少数が反対したところで、もうどうにもならないよ。 で、今日はそのバレンタインデー。 英語でValentine’s Dayだっけ? まあいいや。 まあ一昨年まではもらう側だった俺だけど、去年と今年はあげる側の人間。 いや、去年は一年通してバタバタしてたせいであげてなかったんだけどさ。 でも今年は違うの。 俺としては、そろそろ女としての貫禄が付いてきた頃だと思うんだよね。 何も特定の人物に本命チョコを渡すってわけじゃないの。 ただ、女としてみんなに友チョコを渡すのって、なんか憧れるんだよ。 すっごく女の子っぽいっていうか、そんな感じ。 クラスのみんなとか、あいつとかに「はいどうぞー」ってにこやかに配ってみたかったわけよ。 で、もちろん実行してみたわけ。 昨日のうちにさ、お母さんに頼んでいっぱい材料を買ってきてもらって、教わりながら初チョコ作りって洒落込んだの。 いやあ、俺って乙女だね。 すっごく乙女だね。 鍋で焦がさないようにチョコを一生懸命混ぜてさ、時たまおいしそうだから舐めちゃうの。 それがまたおいしくっておいしくって。 これは反省なんだけど、最終的に三分の一ぐらい自分で舐めちゃった。 ま、おいしかったからいいんだけど。 そういえば、女になってからずいぶんと甘味に対して寛容になってきたよ、舌が。 前は甘ったるいのなんてダメだったのに、今となっては、好きとまではいかないけど、それでもおいしく食べられる。 逆に辛いのと苦いのはダメになった。 カレーも中辛が限界だし、ブラックコーヒーなんてもってのほか。 今はカフェオレがマイブーム。 砂糖とミルクがたっぷりのやつね。 で、チョコだよチョコ。 元々長男一人しか子供がいなかった我が家。 お母さんも手作りチョコなんて滅多に作らないから、型抜きなんてないわけ。 っていうか、チョコの型ってどうやって抜くんだろうね。 チョコって溶かしたらどろどろじゃん。 それを型に流し込むのかな? でもそれだと型に張り付いちゃったりしないのかな。 結局のところ型を使ってないから分かんないや。 で、ここはさすが女の先輩たるお母さん。 型がないこと、型を買う気がないことを踏まえてちゃんと考えておいてくれたみたい。 その名もチョコパイ。 そう、型がないならチョコを何かに入れちゃおうって話だよ。 さすが俺のお母さん。 自分がパイ大好きだからって抜け目がないね。 思わず完成品を十個もあげちゃった。 で、その作り方や意外と簡単なの。 もうね、小学生でも頑張れば出来ちゃうぐらい。 なんか冷凍パイ生地っていうのが市販であるらしくって、本当にあとは切ってくっつけて焼くだけのやつ。 超手軽品ってやつだね。 いや、正直に言うと情けないとは思うんだけど、だって俺、女の子初心者だもん。 生まれて初めてチョコを作るんだからしょうがないよね。 ってなわけで、パイ生地に粉ふったりめん棒で伸ばしたり、いろいろやってチョコパイを作ったんだよ。 にしても驚いたのが、パイって接着剤代わりに溶き卵使うんだね。 そんなの知らずに今まで食べてたから、てっきりパイ生地ってくっつきやすいんだなぁぐらいにしか思ってなかったよ。 出来栄えとしてはやっぱり初心者たるものを感じざるを得ないものだったけど、味はちゃんとおいしいの。 だって元は全部市販だもんね。 溶かして焼くだけなんだから、焦がしたりしない限り味が変わるわけないよ。 で、全部で七十個ぐらい作って、三時間ぐらい掛かったかな。 こんなにキッチンに立ち続けたのも生まれて初めて。 やばいね、俺ってどんどん女の子っぽくなってきてるよ。 乙女だね、乙女。 花も恥らう素敵な乙女だよ。 で、もちろんそんな乙女のチョコをもらわない野郎はいないわけで。 めちゃめちゃ嬉しいのが、結構好評だったこと。 俺が元男だったことと、チョコパイの見た目がそんなに良くなかったこともあって、食べる前はみんな嫌そうな顔してたんだよね。 でもさ、試しに食べてみたらみんな表情がみるみる変わるの。 うまいうまい! って言って五、六個食べようとしたやつには鉄拳制裁を食らわしてやったけど、いやあ褒められるのって嫌な気はしないね。 もうすっごく嬉しい。 やばいよ、これ書いてるだけでもテンションが上がってきた。 しかも、あいつ。 あいつは特にすごかったね。 もうめちゃめちゃ食べるの。 あいつとは登下校が一緒だからさ、一番にチョコパイあげたわけ。 そしたらさ、予想以上にうまかったらしく、俺の制止を振り払ってまでガツガツ食べるのよ。 もうね、内心ほくそ笑みまくり。 思わず二十個もあげちゃった。 いやあ、まさか学校に着く前に二十個全部平らげられちゃうとは思わなかったけどね。 クラスのみんなにも二個ずつあげられたし、俺のチョコパイは無事に売り切れならぬもらわれ切れ。 どうしよう、こんなにニヤニヤしてる顔、人に見せられないよ。 やばいやばい。 顔を押さえても口角上がりっぱなし。 部屋にこもってて良かったよ。 こんなニヤニヤした顔、あいつにもお母さんにも見せられない。 よし決めた。 今決めた。 また来年もチョコを作ろう。 今度はもっと難しいやつ。 それで、もっともっとおいしいやつ。 また「おいしい」って言われたいなぁ。 そしてあいつに……。 えへへ。 Page of "Saint Valentine's Day"
|
|
こくはく のページ
どうしよう。 どうしようどうしよう。 告白された。 あいつに告白された。 好きだって。 俺のこと、女として好きだって。 男友達としてではなく。 女友達としてでもなく。 一人の異性として、恋愛対象として好きって言われちゃった……。 どうしよう。 こんなの、唐突すぎるよ。 返事はあとで良いって言われたけど、それってあとで返事しなくちゃダメってことなんだよね? 嫌だよ。 そんなの絶対に嫌だ。 分かんないって。 全然分かんない。 なんでそんなことになるの? たしかにバレンタインデーでチョコあげたけどさ、友チョコじゃん。 義理チョコじゃん。 あげるとき、ちゃんと友チョコって言ったよ? ちゃんと言ったはずなのに……。 頭が痛い。 もう頭が痛いよ。 いくら今日がホワイトデーだからって、そんなのお返しにもなってない。 なんで? あいつはなんで俺なんかを彼女にしたいの? 俺っ娘なんて今どき流行らないじゃん。 ステータスにもならないじゃん。 どうして? クラスにも学年にもいっぱい女がいるのに、その中でどうして俺なの? 元男なんて気持ち悪いだけじゃん。 まるでホモみたいじゃん。 ああもう、どこが好きなの? って聞きそびれた。 おかげで全然分かんないよ。 ねえ、悩んでるときは、こうやって文章にすれば気持ちがまとまるんじゃないの? 誰だよこんなデマ流したの。 ダメダメ、全然まとまんない。 頭の中がぐちゃぐちゃしちゃって、落ち着いていられないよ。 もうやだ、イライラしてきた。 やだやだやだ。 さっき洗ったばっかりの髪の毛が、ぐしゃぐしゃかき乱しすぎてぼさぼさになってきた。 明日からどうやって接すればいいのか分かんない。 返事はなんて言えば良いのか分かんない。 どうすれば元通りになるのかなんて、全然分かんないよ。 苦しいよ。 胸が痛いよ。 眠れない。 もう夜中の三時なのに、ちっとも眠くない。 痛くって、苦しくって、切なくって。 ねえ。 時は戻せないんだよ? 失敗したら、それで終わりなんだよ? 俺にはそんな度胸ない。 度胸も勇気も根性も思い切りも、俺には何にもない。 壊れちゃうことを知らないの? 壊したくないって思わなかったの? やだ、やだやだ。 だからしなかったのに……。 なんで、君から告白してきちゃうの? Page of "declaration of love"
|
|
てがみ
こうやって手紙を書くのは初めてです。 すごく緊張しちゃってるから、字が震えちゃってても気にしないでね。 えっと、君の告白のことだよね。 ほら三日前、俺と一緒に帰ってるときにしてくれたあの告白。 俺と別れる直前に引き止めて言ってくるんだもん。 ずるいよ。 卑怯だよ。 あれから、俺がどれだけ悩んだのか分かってるの? いや、分かってないね。 分かってないからあんなタイミングで告白してくるんだ。 最低だよ。 この手紙読み終わったら、ちゃんと謝りにきてね。 約束だから。 破ったらタダじゃおかないからな。 それにさ、なんでホワイトデーに告白するわけ? 普通はクッキーじゃん。 おいしいおいしいクッキーじゃん。 楽しみにしてたんだよ? 俺が最近そういうの好きなこと知ってるよね? 前に言ったもんね? なのに、この仕打ちはあんまりだよ。 あれだけ人のチョコパイ食べておいて、仇で返すつもり? 今度でいいから、絶対にクッキーおごってよ。 駅前においしいって噂のお菓子屋できたのも、前に言ったよね? そこ限定だから。 あの店のクッキーじゃなきゃ許さないから。 いいね? それと、この際だからついでに書くけど、お前、人のこと今まで散々からかいすぎ。 なに? やっぱりSなの? 人をいじめてそんなに楽しいの? 六月の雨のやつ、あれは特に酷かった! なんで女の子を濡らすわけ? 下着が透けちゃって、ものすっごく恥ずかしかったんだよ? なのにお前は人を見てゲラゲラ笑うしさ……人としてのモラルを疑うよ。 最低。 結局、教科書の弁償もしてくれなかったじゃん。 あれからずっとぶよぶよの教科書使ってたんだよ? 信じられる? 開くたびに硬くなった紙がパリパリいってさ、変な染みができて文字が読みづらいしさ。 先生に教科書読め、って当てられたとき、毎回テンパらなくちゃいけなかったんだからね。 あと、エイトフォーだよ俺のエイトフォー。 結構前の、部活の練習試合の帰りのやつ。 覚えてるよね? 忘れた、なんて言わせないよ? 俺のを勝手に持って帰ってそのままじゃん。 あれもまだ弁償してもらってないんだからさ。 早く返してよ。 もしくは新しいの買ってよ。 八百円近くしたんだからね。 バイトでいったらほぼ一時間分だよ。 俺のために一時間働けって話。 あ、そうそう、お前の傘。 それも忘れてた。 大丈夫、捨ててないから。 ちゃんと家に置いてあるって。 また今度返す、っていうかお前から取りにきやがれ。 あ、でも今度部屋に入るときにはちゃんとノックしろよ? うちのお母さんに勝手に上げてもらうなよ? 下着見られたとき、超恥ずかしかったんだから! 分かってる? 下着だよ、下着。 パンツ! あのときの謝罪もまだ終わってないし! 本当、いい加減にしてよね。 って、違うよね。 そういうことじゃないんだよね。 返事だよ、返事。 うん、分かってるの。 こんな文句を言うために手紙を書いてるわけじゃないもんね。 君への返事を書くために手紙書いてるんだもんね。 でもさ、こうやって改めてどうこう書くっていうのもさ……。 なんていうか、違うんだよね。 うん。 そういうのはさ、ほら、お前がやったみたいにさ、直接会って正面切ってした方がいいと思うんだよ。 手紙で書いて渡すだけ、なんてお門違いっていうかさ。 そうなんだよ! うん、そうに違いない! こういうのは、ちゃんと会って話をしなくちゃいけないの。 分かる? だからさ、これを読んだらすぐにダッシュでうちまで来ること。 いい? ダッシュだからね? ダッシュ、猛ダッシュ。 遅かったら来年のチョコあげないから! 来なかったらサッカー部のマネージャー辞めてやるから! まさかサッカー部のエースが足で後れを取るわけないよね。 だから、今から俺を追いかけて! 予定通りなら、この手紙は放課後に渡して、俺は走って帰ってるはずだから。 俺に追いついたらご褒美あげる。 なんだと思う? 予想が当たってたら、もう一つご褒美あげる。 パーフェクトなら二つもあげちゃうんだよ? すごくない? 走りながら、頑張って考えてね。 ご褒美、俺も考えてあげるから。 じゃあ、待ってる。 ばいばい。 finish is happy end...?
|