「親友」 作:セル
「なぁなぁ」
女――いや、少女といったほうがいいだろうか。年頃の女の子が、突然俺に話しかけてきた。見た目、十六か十七くらいかな。
そりゃあ、誰でも驚くさ。こんな真昼間から公園でタバコを吸っているような、いかにも無職な男に普通に話しかける女の子なんて見たことがない。しかも、「なぁなぁ」
である。女の子の言葉とは思えない。
突然のことに、俺は吸ってたタバコを落とした。灰が服にかかる。
「あちちっ」
慌てて服にかかった灰を掃った。
その様子を見ていた少女がこちらを見て、クスリと笑った。お前が原因だろうに。
「間違いないようだな。お前、大輔(だいすけ)だな?」
少女から発せられたとは思えないような口調で、少女はいった。
俺は訳が分からず、ただ頷いた。
それを見た少女は、ニタリと笑みを浮かべた。
「よしっ。じゃあ、お前の家に泊めろ」
「……は?」
びっくりして、すぐに反応が出来なかった。
とめろ、トメロ……泊めろ、と漢字に変換するのに、約三十秒かかった。
泊める? 何故。どうして突然話しかけてきた少女を泊めなくてはいけないのだ。しかも、こんな訳の分からない奴を。
確かに、見た目は可愛い。目鼻立ちは綺麗に整ってるし、スタイルもかなりいい。声もとっても可愛らしい。同年代の少女達と比べたら、恐らく浮くだろう。それほど綺麗
だ。
でも、中身は別だ。何だ、こいつは。たった一分未満の付き合いでも、これだけ訳の分からない奴だ。これ以上いたら、俺の頭がどうにかなる。ここは丁重にお断りしてお
くべきだろう。
「無理」
俺の口から出た「丁重な断り方」はこれだった。いや、これしか思いつかなかった。恥ずかしい。
「んだよ、無理ってっ! せっかくお年頃のうまそうな女の子がお誘いしてやってんだろうがっ!」
だから、こいつは何なんだ。自分のことを「お年頃のうまそうな女の子」だってぬかしやがった。確かにそうですけどね。
それに、お誘いって何だ。俺に、お前を食えっていうのか? そもそも順序ってもんがあるだろ。Aから始まって、B、C……今時の女の子はそんな大事なこともスルーす
るのか。
全く、これだから最近の若いモンは――って俺、まだ二十一歳だよ。何、爺臭いこといってんだか。
「とにかく泊めさせろ」
そういって少女は、ベンチに座っていた俺の横にドカッと座った。
よくよく見ると、とてもみずぼらしい格好をしていた。季節はずれの半袖シャツに、ボロボロのジーパン。靴なんかは自分のサイズに合っていないようだ。髪もボサボサに
なっていた。
同情の目で見ていた俺を、少女はすごい剣幕で睨みつけた。
「何見てんだよ?」
「別に……」
平穏を装って、なんでもないようにいった。でも実際は心臓バクバクで、やましいことをしてしまったような罪悪感で一杯だった。別にやましいことなんかしてないけど、
大人がこんな少女を見るってだけで犯罪な気がする。
それにしても寒くないのだろうか。もうすぐ二月の、冬真っ盛りだぞ? それなのに半袖って、どんな体してんだ、こいつは。もしかして、痩せ我慢?
「くちゅん」
案の定寒かったようで、少女は可愛らしいくしゃみをした。
寒い、といいながら腕をこすっている。
「ったく。うちんち来いよ」
「おっ! 泊めてくれるのか?」
「誰もそんなこといってねーよ。着るもんやるからうちんち来いよ」
はぁ、と少女は小さくため息をついた。期待して損した、とでもいいたいのだろう。こっちを睨みつけていた。
「ちっ、それでもいいや。とにかく早く行こうぜ。こちとら寒くて死にそうなんだ」
そういって、少女は勢いよくベンチから立ち上がる。それにつられるようにして俺も立った。
「相変わらず、ボロアパートだな、おい……」
少女は愚痴をこぼしていた。相変わらずって、来たことがあるのだろうか。そのことを訊いてみたら、まあな、とだけしか答えてはくれなかった。
ガチャっとボロいドアの鍵を開け、中に入る。すると、後ろから少女の第一声が聞こえた。
「くっせ〜な」
こいつは本当に女なのか? と、根本的な部分を疑ってしまいそうになる。こいつの口調はどうにかならないものか。美少女の印象が捻じ曲がってしまいそうだ。
「お前なー、少しは掃除しろよ。何だよこのゴミの塊みたいな部屋は」
少女は鼻をつまんで、顔をしかめた。そんなに臭いか、ここ。自分の臭いは分からないっていうけど、自分の部屋の臭いまで分からないもんだとは知らなかった。
改めて嗅ぐが、やっぱり分からない。
「じゃあ、お前が掃除すれば。俺はこれで十分だし」
「掃除したら泊めてくれるか?」
期待に胸をワクワクさせている純粋な表情で、不謹慎なことを訊く少女がここに。どうにかなりませんかね、こいつ。
泊めて泊めてばっかりで、そこら辺の事情を教えてもらってない――っていうか、訊いてなかったな。
「なぁ、何で泊めてほしいんだよ? 家出とか?」
「そんなんじゃねーよ」
そういって少女は、部屋の奥に進んで、コタツの前まで来た。
「入ってもいいか?」
「どうぞご勝手に」
質問したのに、否定しただけで答えをいってくれないのは酷いと思う。ムカついて、俺はぶっきらぼうにいった。
少女は、コタツの中を確認してから足を中に入れた。ゴミが入ってないか確認したのだろう。失礼な。部屋を見てみろ。部屋の隅にしかゴミは転がってないじゃないか。っ
てダメじゃん、俺。
初めは寒そうに腕をこすっていたが、一分するかしないかってくらいになると、暖かそうに頬を緩めていた。これだけ見ると可愛いんだがな。
「なぁ、そろそろ理由、教えてくれないか?」
「はぇ〜、何が〜?」
完全に油断しきった顔で、とぼけたように少女はいった。本当に食っちまうぞ、このやろー。
「お前が、何で俺んちに泊まりたいのかって訊いてんだよ」
「そんなに訊きたいのか?」
少女は、コタツの上にあったミカンを手に取り、皮をむき始める。
「たぶん、いっても信じてくれないと思うぞ?」
「誰が?」
「お前が」
「信じるも信じないも、いってみなくちゃ分からんだろうが」
そうかもな、といって、少女は一切れのミカンを口に運んだ。おいしそうに頬をほころばせた。
「おいひぃ」
「いいから話せよ」
「へいへい」
手に持っていたミカンをコタツの上に置いて、少女は寝っ転がった。よくこいつは他人んちでここまでリラックスできるよな。少し感心してしまった自分を反省。
「辰也(たつや)って奴、覚えてるか?」
辰也、俺の高校時代の友人だ。高校時代、一番仲の良かった奴で、よくふざけあったり、遊んだり、ナンパしてみたり、いろいろしたものだ。忘れるわけがない。
ああ、と返事をして、俺は頷いた。
「その辰也が俺だっていったら信じるか?」
こいつが辰也? 何をいってるんだか。辰也はもっと横暴で、がさつで、口が汚くて……ってそっくりだな。いや、でもあいつは男だ。少なくとも、こいつみたいな体はし
ていなかった。
何らかの原因で突然女になってしまった、というのであれば納得がいく。でも、そんなこと普通あるか? 俺はないと思う。おとぎ話のトキメキファンタジーじゃあるまい
し、そんなことが起こっていたら世界中大パニックだ。
「信じらんねーな」
俺は素直にいった。
「だよな……」
少女は諦めたようにいった。そんな声を聞いたら少し、罪悪感が生まれた。別に悪いことはしてないはず。なのに何故だろう、この気持ちは。
横暴で、がさつで、口が汚くて、どうしようもない辰也は、嘘だけはつかなかった。少なくとも、俺の前では一度も。
タバコを吸ってることがバレたときも、白を切ればいいものをあいつはクラスの誰かが疑われそうになったとき、自首しやがった。そのせいで俺まで巻き添えになっちまっ
たがな。でも、あいつはいい奴だった。
あ、でも、あいつは他人のした悪行までは面倒見なかったな。あいつ、嘘つかねーからすぐにチクってた。
はぁ、と少女はため息をついて、近くにあったテレビのリモコンを手に取った。
「あ、それ、つかねーよ」
「何で?」
「テレビとこたつを一緒につけると、ブレーカーが落ちる」
「びんぼーだな」
こいつは、本当に素直に感想をいうな……。もうちょいこっちの心境とか考えろよ。
悪態をついて、少女は体を起こした。何をするかと思えば、またミカンを食べ始めた。しかし、今度は頬をほころばせることはなかった。何だか物寂しそうに、やや俯き加
減で食べていた。
チクリと胸に棘が刺さった気がした。
二人の間に、沈黙が流れた。俺は黙って座っている。こいつは黙ってミカンを食べている。一切れを二回に分けて、小さく食べていた。細く、綺麗な指に、ミカンの色がつ
いていた。
「お前、辰也なんだよな……?」
「……そうだ」
確認の意味を込めていった。少女は小さく頷きながらいった。また沈黙が流れる。ああ、やりずらい。この沈黙、どうにかならないものか。
そうだ。まだ根本的なことを訊いていなかった。
「あのさ、原因分かるか?」
「何の?」
「お前が女になった原因」
ああ、といって、少女はため息をついた。
「原因なんて分かんねーんだ。朝、起きたら突然女になってた。それだけしか分かんねー」
少女は、お手上げのポーズをした。
信じてくれないよな、と呟いて、少女はまたミカンを食べ始めた。
また、チクリと棘が刺さった。
「家族は、どうしてんだ?」
「さぁな。あいつらは俺を受け入れてくれなかったよ。挙句の果てには変人扱いまでしてさ。もうあいつらんとこには行きたくねー」
「そうか……」
そんなことがあったのか。こいつが本物にせよ、偽者にせよ、傷ついたんだな。そして、俺も傷つけちまった。
――信じらんねー。
この一言でどれだけ傷ついたか、俺には分からん。でも、傷ついてるはずだ。俺のせいで。
「んな、哀れな目で俺を見るなよ。なんなら、お前が俺を泊めてくれるか?」
「……分かった」
「そうか、いいのか――って本当にいいのかっ!?」
辰也は目を見開いて、信じられないような目で俺を見た。
「いいに決まってんじゃんか。俺たち親友だぜ。当たり前だろ?」
これが俺の出来る、唯一の償いだと思った。
こいつを親友として認めてやる。本当かどうかなんて知らない。でも、少なくともこいつはそういっている。それでいいじゃねーか。嘘をつく理由なんてねーんだ。
それに、本当に辰也だったら嘘はつかない。だから信じれる。
でも、食費とかキツイかもな。あはは。
「う、うぅ……大輔ぇ〜」
目を潤ませて、辰也は俺に抱きついてこようとした。……えっと、こいつ、本当に辰也か?
肘でコツンと辰也の頭を叩いて、その動きを止めた。
「んな甘ったるい声でいうな。気色悪い」
「何だよ、それ」
ははは、と辰也は明るく笑った。笑顔が似合うな、と思った。
それから一ヶ月が経った。
辰也は俺の家で、羨ましいくらいのグータラ生活を送っている。
全く、あいつは遠慮ってものを知らない。せっかく俺が奮発してミカンを買ってきてやったら、「もっと甘いのにしろよ〜」とかいいやがった。もう二度と買ってきてやら
ねー。
ただ、時々あいつは可愛らしい行動を見せてくれた。
一緒に銭湯にいったとき、何でだか知らんが女湯に入るのをためらってたから、一緒に男湯に入るか? って冗談で訊いたら、思いっきり顔を赤くして拒否してきた。その
後、渋々女湯に入ったんだけど、あん時の顔は可愛かった。顔を真っ赤にしてさ、首をブンブン振ってやんの。訳分かんないけど、とにかく可愛かったのを覚えてる。
何年か振りに雪が積もったから、小さな雪だるまを作ってプレゼントしたら、外に遊びに行こうといい出した。初めはバカバカしいな、と思っていたけど、あいつの楽しそ
うな顔を見てたら、こっちまで楽しくなってきた。一緒にでっかい雪だるまを作ったりした。こんなの高校以来だ。
あいつが調子ぶっこいて、キャピキャピ走り回ってたら、顔面から思いっきり転びやがった。大丈夫かって訊いたら、泣きそうな顔で、「ばかぁ」っていってきた。ムカつ
いたけど、可愛かった。
他にもいろいろあった。一緒に買い物に行ったり、散歩したり。何か、充実してた気がする。
――だけど今日は少し、違っていた。
「ん〜、よく寝た〜」
俺は背伸びをして、大きくあくびをした。
今日は日曜日だ。仕事は休み、のんびりしていられる。
あいつが来てからというもの、バイトだけじゃとても生活できるような余裕がなくて、頑張って就職した。意外と簡単に入社できたことに拍子抜けしたが、入ってからのほ
うが辛かった。毎日毎日仕事仕事。毎日毎日残業残業。堪ったものじゃない。休みのありがたみがよく分かった。
「おっはよ、ダイっ!」
さて、もう一眠りしようかと考えていた俺の視界に、少女――辰也が入ってきた。
辰也はここ最近、妙に親しげに話してきて、いつの間にか俺のあだ名が「ダイ」になっていた。
そういえば最近、女らしくもなってきた。
俺があげた小遣いで、自分の服を買ってきて「似合う?」とか訊いてきたり、仕事から疲れて帰ってきたら、エプロン姿で料理を作ってくれていたりして、変化が目に見え
るようだった。
近くにいる人が見る見るうちに変わっていく、というのは不思議な感覚だった。何だか、友達を失ってしまうような気がした。でも、新しい友達が出来るような気もした。
「おはよう。辰也、朝からテンション高いな」
「だってさ、今日はダイ、休みでしょ? 一日中一緒にいられると思うと、うれしくなってさ」
最近、こんな調子である。まあ、うれしいはうれしいんだけど、中身が辰也だと思うと、少し萎える。
「ねね、何する、何する?」
まるで子供のように目をキラキラさせて、辰也が尋ねてきた。あはは、可愛いや。でも、生憎と俺は全然体力が残ってない。今日はゆっくりと休みたかった。
「わりぃ、今日はゆっくりさせてくれ。まだ疲れが取れてねーんだ」
「え〜、ダイのケチぃ〜」
ぷっくりと頬を膨らませて、怒ってることを可愛らしくアピールする辰也。本当に変わったな、こいつ。
庇護本能を駆り立てられた気がした。こんな可愛い子を守ってあげたい、と。でも中身が辰也だと思うと、その気持ちが薄れる気がした。
わしわしと、少し強めに頭を撫でて、ごめんな、っていったら、辰也は少し頬をほころばせた。
「じゃあ、ダイと一緒に寝る」
そういって、辰也は俺の布団に潜り込んできた。しかも、俺の枕まで奪って。
俺は枕を奪い返して、また寝っ転がった。辰也は俺の腕にくっついて、頬ずりをしてきた。本人としては、暖まってるつもりなのだろう。でも、俺としては……ああ、俺の
理性、頑張ってくれ。
無事に俺の理性は働き、何とか辰也から背を向けることに成功した。グッジョブ俺の理性。
すると、今度辰也は俺の背中に、指を当ててきた。
「今から文字書くから、当ててね」
楽しそうな口調でそういって、辰也は指を動かし始めた。
――俺の気持ちだから……。
最後にそう呟いた、気がした。
まず、横線。次に上から下にいって、横線の辺りを越えたらクルリと一回転して、下にすっと伸ばして消えた。『す』かな。
次の文字に入った。若干斜めの横線が二本書かれた。その二本の線を貫くようにまた、右下がりの斜線が入る。そして、少し下のほうで斜線と平行な線が書かれた。『き』
だな。
俺は見当がついた。
――いや、そんな訳ない。あいつがそんなこというなんて。二文字は、ないだろう。
そうだ、すき焼き。たぶん、そうだな。食べたいのかな。そういえば、最近食べてなかった。今月は無理だけど、来月くらいには食べさせてやれるかな。
俺はその答えをいう。
「『すき焼き』? そんなに金ねーんだから――」
「違うもんっ!」
辰也は怒ったようだった。何を怒ってるんだろう。もしかして――いや、ないな。それとも図星? はっは〜ん。そういうことか。全く、素直じゃないな、こいつ。食べた
いなら、素直にいえばいいのに。
「しゃーねーな。今度買ってきてやるよ。それでいんだろ?」
「違うっつてんだろ、バカっ!」
辰也は怒鳴って、布団から飛び起きた。俺は驚いて、辰也の方を見る。少し、涙ぐんでるように見えた。
何度か口をパクパクさせて何かをいいたげだったが、少しして口を閉じた。
辰也は、最後にこういい残して、外に飛び出してしまった。
――鈍感。
じん、と胸に響いた。この時、俺は気がついた。『き』と書いた後、指を止めていたことに。背中から指を離していたことに。そして、辰也の気持ちに。
「あはは……俺って、バカだな……」
あいつの気持ちを気付いてやれなかった。気付いてやろうともしてなかった。それどころか、「辰也だから」といって拒絶さえしていた。
――すき。
あいつはそう、いいたかったんだ。
罪悪感が、俺の胸に残った。
――追いかけろ。
俺の中の、何かが俺に命じた。
気がついたときには、俺は家を飛び出していた。
あいつは、ベンチに座っていた。
あいつが俺に話しかけてきた場所。何故だろう。ほんの一ヶ月前の出来事なのに、もう何年も経ってる気がする。
ブランコの近くで、子供達が遊んでいた。
俺は、辰也の隣に腰掛ける。それに気付いた辰也は、俺から逃げようと中腰になった。
「いいから、座れよ」
そういって、俺は辰也の腕を掴んで座らせた。
俺は辰也を見る。でも、辰也は俺を見てくれなかった。ただ、俯いていた。
「何だよ……」
辰也は、呟くようにしていった。
「お前、嘘はつかねーよな?」
俺の質問に、辰也は黙って頷いた。
――愛しい。
俺を見てくれた奴がいた。嘘もつけない、不器用な奴だけど……それでも俺を好きになってくれた。
俺も素直になれるだろうか。たぶん、なれないだろう。出る言葉は全部、嘘で塗り固められた、偽りの言葉。本当の気持ちを覆いかぶせて、鋭く尖る。俺にはそんな言葉し
か出せない。
こんな俺でいいのか。俺はこいつを好きになる資格はあるのか。
大丈夫だ。大丈夫。
何もいわず、抱きしめた。
「なっ……」
力強く抱きしめた。言葉ではいい表せないことを表現した。精一杯の気持ち。大事にしたい、そんな気持ち。
――これが俺の気持ちだ。
届いて欲しかった。傷つけてしまった、あいつの胸に。あいつの心に。
「ば、バカっ……何すんだよ。ガキがこっち見てんだろうが……」
辰也は俺を押し返そうと、俺の肩を押してきた。でも、その手には、力が入っていなかった。
「すまん……」
俺は一言、そういって抱きしめる力を、少し強くした。
素直にいえる言葉なんて、これしかなかった。バカな俺には、これしか思いつかなかった。
「ばかっ……」
辰也は、抱きしめ返してくれた。
もう離さない。一緒にいよう。
俺は、こいつが好きだから。
――おまけ。
「あのおにいちゃんとおねえちゃん、ラヴラヴだよ〜」
「ほんとだぁ〜、ラヴラヴ〜」
「こらっ、見ちゃいけません!」
「わー、ママがおこった〜。にげろ〜」
「こら〜っ!」
「……とりあえず、家に帰ろっか……」
「う、うん。そだね……」