「黒◆光◇白」 作:セル



「あの……ね。とても言いづらいんだけど……」

 そう言って、全身を覆うほどの大きなコートを着た少女が言葉を濁した。

「俺、ログアウトしてもいいかな……?」

 自らを“俺”と、少女らしからぬ呼び方をした少女は、目の前の、鋼の鎧を身に付けた、茶髪の男に話しかけた。

 その青年は、

「だ〜め。まだ全然遊んでないんだから」

 と言って、少女の意見を退けた。

 少女は大きくため息をつく。

 そうだ、あんな誘いに乗らなければ……。









 それは、何かの前触れがあったわけでもなく、突然に起きた。

「なぁ、一緒にゲームしね?」

 ある青年が言った。

 その青年は茶髪だが、髪の毛を染めた、といった感じではなく、地の色が茶色だったようだ。それなりに整った顔立ち、背も高く、180くらいだろうか。足も十分に長く、服のファッションもなかなか。いわゆる美男子というやつだ。

 その青年が話しかけているのは、この青年とは真逆とも言えるような、青年だった。

「なんだよ、突然……」

 話しかけられた方の青年が、やや不機嫌に声色を低くして言った。

 こっちの方の青年は、青年、というよりは少年、いや、少女といった感じだろうか。背が低く、160程度。幼い感じの残った女顔。あまり筋肉があるわけではなく、声も若干高め。初めて見る人ならば女の子だと思うであろう。

「なぁ、一緒にゲームしようぜぇ〜。頼むよナオ〜」

 頼み込んでいる方の青年が、ナオと呼んだ青年に手を合わせて頭を下げた。それに対してナオは、そこまでしてくる青年にやや困惑気味のようだった。

「やめてくれないか、タク……。そういう風に人前で頭を下げるの……」

 ナオは、辺りをキョロキョロして、非常に気にかけていた。と、いうのも、ここが表参道のど真ん中だからである。

 タクとナオは高校時代からの親友だ。高校卒業後タクは就職、ナオは大学へと進学した。が、それぞれ道は違えど、二人は今でも十分に仲良くやっていた。ときどき、お互いの休みを利用して二人で遊んだりしているくらいだ。

 ナオは、タクにやめるよう促すが、タクは頭を下げるのをやめようとしなかった。一見、浮気がばれた男が女に謝っているようにも見える。そういう風に見られるのが、ナオは嫌だったのだ。事実無根であるし、自分は女ではないからだ。

「ああもう、やればいんだろ、やれば〜」

 少々ナゲヤリ気味にナオが言った。

 それを聞いたタクが顔を上げ、目を輝かせた。そしてナオの手を握り、かたく握手を交わした。

「ありがとう、ナオ。感謝するぜ」

 おお、と自然と辺りの人々が歓声を挙げ、拍手が生まれた。一見、仲の悪かったカップルがよりを戻せたように見えるのだろう。それぞれが感動に浸りながら、全くその気でないナオを見ていた。

 ナオは苦笑を漏らした。と同時にタクの手を抓ってやった。

「あだっ!」

「ほら、やるならさっさとやろうぜ。人前にいると、どうしても勘違いされてるみたいだから」

 と、辺りを理解しているようなナオだったが、実は理解していなく、“やろうぜ”の辺りでさらに歓声が湧き起こった。

 どんだけ話題に飢えてるんだ、こいつらは……。ナオは思った。

 やっぱり、とてつもなく居辛いので、早く、と言ってタクを促した。

「よし。じゃ、俺ん家でやるぞ!」

 そう言って、タクはナオの手を掴み、引っ張りながらその場を後にした。もちろん歓声込みである。

 ナオはため息をつき、タクに掴まれた手を振り解きながら、タクの後をついていった。









「おお、すげぇ……」

 ナオは、感嘆の声をあげた。

 だろ? と、タクがそれに合わせるように言う。

「こんなちゃっちいヘルメットみたいのでバーチャルゲームが出来るんだな」

 感心しながらナオが言った。

 二人は、タクの借りているアパートの一室にいた。アパートとはいっても、苦学生が借りるようなボロアパートではなく、社会人だけにそれなりにちゃんとしていて、トイレ、キッチン付きである。

 ナオは、タクに差し出されたヘルメットのような機器を頭にかぶり、ゲームの世界を体験していた。

 このゲームは、いわゆるバーチャルリアリティと呼ばれるものとオンラインゲームを組み合わせたものであり、プレイヤーの“意思”で自分の分身となるキャラクターを動かすものだ。どういう仕組みだかはタクも知らないが、どうやら脳に直接働きかけているようで、歩くことから走り、指を使ったりなど人間の出来る、ありとあらゆる動きに対応していた。つまり、仮想現実のような世界に入り、仮想の自分になりきるのである。よりリアリティを出すために、感触や、疲労や痛みなど、いろいろな感覚も味わえるようになっていた。

 ナオは一旦ヘルメットを外し、目を爛々と輝かせ、まるで子供のようにはしゃいだ。

「すげぇすげぇ、今の技術ってここまで出来るんだな!」

「ああ、俺も初めてやった時は驚いたよ。映像やら何やらが、全部現実と全然変わらないんだもんな」

 うんうん、と興奮冷め止まぬ様子でナオは頷いた。

 さて、と言って、タクはなにやら奥の方からもう一つ、ヘルメットを取り出した。

「じゃ、そろそろ二人でやるか」

 タクが言うと、ナオは大きく頷いてヘルメットをかぶろうとした。が、それをタクが制止した。

「何でだよ?」

 ナオが聞くと、タクは博識を気取るようにして、咳払いをして話し始めた。

「ナオがさっきやったのはチュートリアルで、ゲームの仕様を確認するためのものだ。それの場合は、半分だけ意識をゲームの世界に飛ばすが、本格的にゲームを始める場合には、意識を全部向こうに飛ばさなくちゃいけないんだ。だから、安全のために身体を寝かしておいた方がいい」

 ふ〜ん、とナオは納得したように、近くにあったベッドに寝っ転がった。

 俺のベッド! とかタクが言っているが、そんなことを気にせず、ナオはヘルメットを頭にかぶせた。が、すぐに外された。

「何だよ〜っ?」

 なかなか始めさせてくれない友人に怒りながら、ナオは聞いた。

「あのな、まだ説明は終わってないの。最後までしっかり聞こうぜ」

 へいへい、とやる気なさ気にナオは返事をする。

「このゲームも、もちろんゲームだけあって、自分のIDやらなんやらを登録せないかんのだ。が、それは非常に面倒でな。専用の窓口で申し込まなくちゃいけない」

「じゃあ、俺はすぐに出来ないってことかよ?」

「いやいや、そのために俺が誘ったんだ。実はな、お前のためのIDを作っておいてやったのだ〜!」

 おお! と、ナオが歓声をあげる。

「ほれ、これがIDとパスワードだ。キャラクターは勝手にだが俺が決めておいた。それでもいいよな?」

「ああ、もちろんっ!」

 ナオは興奮気味に、タクから差し出された紙を受け取り、そのIDとパスワードを記憶するように何度も口ずさんだ。

「覚えたか?」

 タクの問いに、あまり間をあけずにナオは頷いた。

 それを見届けたタクが、その場に寝て、ヘルメットをかぶった。ナオも、すぐに同じようにしてゲームに入った。

 IDとパスワード入力画面に移り、ナオは先ほど覚えたてのIDとパスワードと言うと、すぐに次の画面に移った。初めてプレイするとのことで、いろいろな注意書きが表示された。もちろん、ナオは読み飛ばし、ゲームの世界へと入っていった。









 で、今に至る、というわけである。

「あの……ね。とても言いづらいんだけど……」

 そう言って、全身を覆うほどの大きなコートを着た少女が言葉を濁した。これがナオである。

「俺、ログアウトしてもいいかな……?」

 ナオは、目の前の、鋼の鎧を身に付けた、茶髪の男に話しかけた。

 その青年は、

「だ〜め。まだ全然遊んでないんだから」

 と言って、少女の意見を退けた。これがタクである。

 ナオは大きくため息をつく。

 タクが続け、

「それに、ログアウトは街の宿屋でしか出来ないの」

「ま、まじかよぉ〜……」

 ナオはがっくりと膝を折り、その場に沈み込んだ。頭を抱え、現実を悲観する。

 何で女キャラなんだよ〜! 何でひ弱な職業なんだよ〜!

 まあまあ、と慰めるように言ってきた元凶を睨みつけ、顔を俯けた。

 タクが選んでおいたキャラクターというのが、今、ナオの姿のキャラクターだ。どことなくナオの面影がある。作る際、似せたのだろうか。が、身長はやや縮み、身体は完全に少女のものと化していた。全身を覆うほどの大きなコートを身に付け、それについている帽子をかぶり、それ以外の装備は何も持っていない、というのが今のナオの状態。

 一方、タクのほうはというと、これまたタクにそっくりである。が、やや男前になっていた。全身を鎧で包み込み、腰には一本の太い剣を抜き身でさしていた。兜はしておらず、背中にマントをかけ、ファッション重視であることを物語っていた。耳には金のイヤリングがさりげなくあったりもする。

 二人が今いるのは、初心者の集う街、と呼ばれるアンファーという街の端に位置する通りだった。この街は初心者用の弱いモンスターが多く、初心者が好んで居つく街だから、初心者の集う街である。もちろん、上級者が来れないわけではない。

「じゃあ、今すぐ宿屋に行こうぜ」

「い〜や〜だ〜。ナオには俺のパートナーになってもらうんだから、その職業でいてもらわなくちゃ困るの」

「い〜や〜だ〜!」

 お互いに駄々をこねあう始末である。自然と辺りに人が集まってくる。やっぱり、表参道にいた時のようなことになってしまった。

 ナオは急に居辛くなったので、タクの手を引き、路地裏へと連れて行った。

「とりあえず聞いてもいいか?」

 ああ、とタクは返事をする。

「何で俺を女にした?」

「ん、それはだな、お前の容姿でキャラクターを作ったら、受付さんに「女性のキャラクターですか?」なんて聞かれちまったもんだから、つい「はい!」なんて元気よく返事しちま――ぐえっ?!」

 瞬間、ナオの拳がタクの鎧の間をかいくぐり、腹に直撃していた。

「返事すな!」

「だ、だってよぉ〜……」

 言い訳がましくタクが言う。腹を抱えてる辺り、かなり痛そうだ。

「でも、お前、女の方が似合って――げへぇっ?!」

 訳の分からない呻き声をあげながら、タクはその場に膝を折った。もちろん、ナオの鉄拳である。子供にいじめられる、なさけない大人のようにも見えた。

 しばらくそんな押し問答が続き、殴って殴ってのストレス発散も終わった頃、ようやく二人(ナオが、だが)は落ち着いてきた。

「ま、今日はこのキャラでやってやるよ」

「本当かっ?」

 タクが目を輝かせた。が、ナオはただし! と付け加えた。

「“今日は”だ。今度は俺が新しくキャラを作り直して、このキャラは消すからな!」

 タクは、それに渋々、といった感じで頷いた。頭を殴られた。









「すげぇすげぇ!」

 ひどく興奮した様子で、ナオは言った。

 今、二人でアンファーの街を探索中である。

 さっきからずっとこの調子である。アンファーにたまたまいた上級職業者を見るたびにすげぇすげぇ。今のナオたちのような、上級者が初心者を手伝うことを予測しての初心者用装備の市場を見てすげぇすげぇ。時々街に間違って入ってくるモンスターをやっつける人たちを見てすげぇすげぇ。

「お前、それしかねぇのかよ……?」

 当然の意見である。が、ナオはそんな言葉など右耳から入ってあっという間に左耳から抜けていた。聞く耳持たずである。

 そして、またすげぇすげぇと言った。傍から見ると、歳の離れた兄妹のようである。手をつなぐ、とまではいかないが、でも、それなりには二人の距離が近かった。

「見てみて、あれ!」

 はしゃぐ子供のように(まんまだが)、ナオがタクのマントを引っ張り、指差した。

 さっきからタクは、ややマンネリ気味である。始めのうちは初心者の慣れない様子を見て楽しんではいたが、どれも反応が似たり寄ったりなので飽きてきたところだ。

 仕方なしにナオの指差した方を見ると、これにはタクも驚いた。

 ドラゴンである。

 赤い鱗が全身を覆い、ずっしりとした身体。それを支える強靭な四本の足と、そこに生える、禍々しい黒い爪。首は長く、顔もデカイ。蛇を凶暴に進化させた、といった印象がある。背中にはさらにドデカイ翼が生えていた。遠目で見ても十分デカく、人の二倍くらい大きい。

 ドラゴンなんて、上級者であるタクもなかなかお目にかかれないものである。タクも、ナオと同様に感心した眼差しでドラゴンを見ていた。

 たぶん、誰かのペットである。モンスターは、うまくさえすればプレイヤーのペットになることがあるのだ。さすがにボス級モンスターはそうはいかないが、ドラゴンならギリギリ大丈夫なレベルである。

「カッコイイな……」

 そういうナオに、タクもああ、と頷いた。

 ドラゴンの近くで、かなり自慢げに何かをくっちゃべっている男が見えた。恐らく、ドラゴンのマスターなのだろう。たいそうな自慢好きなことだ。大方、ある程度の街に自慢しつくした挙句、せっかくだから、ということでアンファーにも自慢しに来たんだろう。

「なぁなぁ、俺も見に行っていい?」

 ナオは、目をキラキラと輝かせながら、タクを見上げた。身長的に見上げなければいけないのだ。

 とっても可愛らしく見えたので、タクは頷いてナオの背中を押してあげた。ナオは元気にドラゴンへと向かっていく。タクは、ドラゴンのマスターが何だか癪なので行かないでおくことにした。

 しばらく待ってると、ナオが何か幻でも見たかのように目をうつろにしながら戻ってきて、早々に、

「ドラゴンに触っちゃった……」

 なんて言ってきた。タクは、こいつ、本当に大学生か? とかリアルについて疑ってしまったが、でも、それはそれで可愛かったので別によしとしておいた。

「そろそろ装備でも買いに行くか」

 タクがそう言うと、ナオが驚いたように、

「俺、金ねぇよ?」

 と言った。タクはやや苦笑しながら、ばーか、と言って続ける。

「俺が買ってやるんだよ。お前は初心者なんだから、素直に甘えろ」

「でも、このキャラ捨てキャラだし……」

「いいのいいの。今日はそのキャラでやるんだから」

 うん……と、ナオは申し訳なさそうに頷いた。実は、これが目的である。タクは、ナオが義理にあついことを知っていて、それを利用しようと考えたのだ。

 どういうことかというと、捨てキャラである今のナオに装備やら何やらをいろいろ買ってあげて、消すのを躊躇わせるのだ。それによって、消さずにそのキャラで続けてくれれば嬉しいし、万が一消されたとしても、所詮は初心者。大して金がかからないので安心だ。それにアレも着せてみたい。

 そういった目論みを顔に出さないように気をつけながら、タクはナオの手を引き、市場へと歩いていった。もちろん、手はすぐに振り払われたが。









「……で、どうしてこうなるわけよ……?」

 ナオが、自らのスカートの裾をやや持ち上げ、不機嫌に言った。

「いや、どうもこうも、ヒーラーにはその格好が一番だし……」

「だからって、スカートはないだろうがぁ!」

 ナオは、タクの鎧と鎧のつなぎめである、その間に拳をぶつけた。が、狙いがずれたか拳が思いっきり鎧に当たり、激痛が走った。

 う〜、と恨めしそうにタクを見上げ、にらめつけるナオ。

「ま、その服の場合、お前の職業、ヒーラーに適して魔法力が上がるんだな。で、その反面、攻撃力とか命中率とかが下がり、戦闘向きではなくなると」

「だったらさっきの服に戻せ〜!」

 ナオは手を出し、それを要求した。

 今のナオの服装は、シスターのような格好だった。黒色の長いワンピースのような服で、首元に白い襟がある。袖は長袖で手首まであり、その先が若干フリフリ。スカートの方は、足元までしっかりとあり、清純なイメージを醸し出していた。フードはかぶっておらず、首には十字架のネックレスがあった。ナオは、ヒーラーと呼ばれる、聖職者の職業だったのだ。ちなみにいうと、タクはナイトである。

 タクは首を振る。

「悪ぃ、捨てちまった」

「な、なんでっ!」

「いや、もういらないだろうと思ったから……」

「ばかぁ!」

 もう一発殴る。が、やっぱり鎧に当たってしまって、痛かった。

 う〜、とまた恨めしそうにタクを見上げ、にらみつけた。

「じゃあ、その鎧貸せ〜」

「いいけど……知らないよ?」

 ……結果。ナオは動けずに、倒れこんでいた。

「重い……起こして……」

 この様である。

 鎧はしっかりタクへと返し、やっぱりにらみつけた。

「重いなんて聞いてないぞ!」

「だから知らない、って言ったのに……」

 う……、と言って、ナオは押し黙った。確かにその通りである。なんとも反論できなかった。

「じゃあ、もう服着ねぇ……」

 そう言って、ナオは服を脱ぎだした。これに対してもタクは、

「脱いでもいいけど……知らないよ?」

 と言った。何が知らないものか。別にゲームの世界なんだから、脱いだって構うものか。顔は……似てはいるけど、でも本人じゃない。だから気にしない! と、心で決め、脱ぎ始める。

 が、すぐにナオは手を止めた。何故って、非常に周りの視線が気になるからだ。ナオは、ここが通りであることを忘れていた。

 周囲の男どもは鼻の下を伸ばしてジロジロとナオを見、女どもは奇異の目、または男と同様に鼻の下を伸ばして(恐らくネットオカマ)ナオを見ていたのだ。

 ナオは急に恥ずかしくなって、さっさと服を戻した。周囲はほっとしたように、でも大半が残念そうにして、またそれぞれへと戻っていった。

 なにやら心臓がトクトク脈打ってる。いつもよりも早く、いつもよりも強く。顔も熱くなってきた。

「ね? だから知らないよ、って言ったじゃん」

 どうやら、ナオはこの服を着る運命しかないようだ。宿屋に行ってログアウトしてもいいが、そもそも宿屋の位置が分からない。探してるうちにタクに連れ戻されてジ・エンドだろう。

 はあ、とナオは大きくため息をつき、一生懸命に背伸びをしてタクの後頭部を殴っておいた。タクは、あまり気にしていないようだった。たぶん、攻撃力とやらが弱くなったせいだろう。

 もう一度、ナオは大きくため息をついた。









「まずはヒールの練習だ!」

 そうタクは大声で言った。ヒールとは回復魔法のことである。それに対してナオは、非常にやる気なさそうにタクを見上げる。

「どうやんだよ……?」

 全くもって、ナオにはその方法が見当もつかなかった。今までのゲームといえば、何らかの方法で自然に魔法を会得するものがほとんどだった。お師匠さんみたいな人に直々に教わったり、ある日突然思いついたように使えるようになったり、魔法学校みたいなところで学んだり。

 だが、今の状況はどれもナオに当てはまっていなかった。ただ街外れの草原で、二人で向かい合っているだけなのである。どこにどう方法があるというのだろうか。

 聞くと、頑張れ、とのことである。何だかなぁ……。

「とにかく、お前はヒーラーという職業に就いたからには、その素質があるんだ。だから、練習次第ですぐに覚えられるさ」

 なんともナゲヤリである。

 何はともあれ、とりあえずは練習だ。そう思い、ナオはヒールによくありそうなポーズ、両手を前にかざして、タクにやってみることにした。

 両手に意識を集中させる。そして、

「ヒール!」

 刹那、タクの周囲に緑色の光が放たれた。

 成功、かと思いきや、タクが、

「これ、解毒だよ……」

 まあ、成功とはいえるのであろうが、ナオにとっては十分に失敗である。ナオは、がっくりと肩を竦めた。

「ヒールってどんなん……?」

「白い光だな」

「うぅ〜……全然違う〜」

 しかし、たかが一回じゃあめげていられない。そう思い、ナオは今度、力加減を調節してみることにした。

「えいっ」

「これ、防御魔法ね」

「えいっ」

「これ、攻撃力増加魔法」

「えい〜っ」

「これは、命中率増加」

「これでどうだ〜っ!」

「残念、また解毒だ」

 ……何十回。何百回繰り返しただろうか。どうにもダメである。他の支援魔法は容易に出るのだが、目標の回復魔法が出ない。

 ナオは段々イライラしてきた。ヒールが出ないことへの不満や、タクの素っ気なさ、それと、練習も面倒になってきた。

「やめるっ!」

 ふんっ、とナオは踵を返して街へと向かっていった。

「あ、ちょ、ナオ〜?」

 後ろから、タクの呼ぶ声が聞こえたが、それでもナオは無視してズンズンと突き進んでいった。

 今更だが、足元がスースーする。スカートが長かったおかげで気付かなかったが、よく考えてみればものすごい違和感である。歩くたびに、足に風が当たり、スカートが擦れる。ものすごい不快感。それが、ナオをよりイライラさせた。

 途中、他のプレイヤーにぶつかって転んだりしたが、相手が謝っても、相手が文句を言ってきても、ナオは無視をしてズイズイと進んでいった。タクの声は聞こえない。もしかしたら、自由にさせてくれてるのかもしれない。なら、とっとと宿屋を見つけてログアウトしてしまおう。そう思った。

 現実でも小さいけど、でも、その現実よりも小さな自分にもイライラしていた。現実とゲームでは僅かな身長差だけど、それでもより不便にさせていた。視界はより見づらくなり、さらに知らない街のせいで、ここがどこだか分からなくなってしまった。

 どうしよう、と今頃悩んでみても、もうどうにもならなかった。完全に迷子である。見上げれば、青い空と、自分よりも大きな人たち。見下ろせば、乾燥した土。真っ直ぐ見ても、ただ行き交う人が見えるだけ。

 まあいい。ゲームなんだから、どこかに案内人みたいなキャラがいるだろう。そう思って、ナオは闇雲に歩き始めた。









 ナオは大丈夫だろうか。ふと、タクは不安になった。

 タクは、ナオがイライラしているようだったので、そっとしておくことにした。でも、それが不安だった。何せ、このゲームの世界は、ナオにとって未知の世界なのである。道に迷ったりしてないかとか、マナーの悪いプレイヤーに絡まれていしていないかとか、モンスターに襲われていないかとか。

 こんなに不安になるなら、やっぱり追いかけるべきだったな、と今更にタクは後悔した。

 とりあえず、宿屋に行くことにしよう。タクは思った。あそこなら、ログアウトしたがってたナオの行きそうなところでもあるし、街の中心地にある。こんな街外れにいるよりはずっと良さそうだ。

 タクは重い鎧の身体で歩き始めた。が、妙な違和感を街の中から感じた。どうも街の中心辺りが騒がしい。何だろう。

 もしかしたらナオかもしれない。そう思って、タクは駆け足で街の中心へと向かっていった。









「う……わ…………」

 誰かが、そう呟くのが聞こえた。

 街の中心地。宿屋の近く、それは突然に起きた。

 宿屋の隣、道具屋が突如爆発したのだ。一瞬、何か光の線が道具屋に突き刺さり、次の瞬間には大爆発を起こした。

 周りに居た初心者たちには、何が起きたのか訳が分からなかった。が、その連れ添いとしていた中級者のプレイヤーが、こう叫んだ。

「ドラゴンだ!」

 そのプレイヤーは空を指差した。みなの視線が空に注がれる。刹那、ものすごい風が巻き起こった。

 ――ドラゴン。

 そう、先ほどの爆発もドラゴンの仕業だったのだ。

 どこからか来たドラゴンが、アンファーを襲撃に来たのだ。

 こんなこと、このゲームが始まって以来のことである。管理者側である案内人たちが悉くドラゴンの火の餌食となっていた。

 次々と増えていく、断末魔のような悲鳴。それを、一人の少女が路地脇でしりもちをつきながら見ていた。

 ナオである。案内人から宿屋への道を聞き、ついさっきここに着いたばっかりだった。

 この惨事を見た瞬間、腰が抜け、足が笑い、どうしようにもなく涙が溢れてきた。これがゲーム、だと思っても、それでも何も変わらなかった。

 次々と人が、空からのドラゴンの攻撃によって燃えていった。それぞれが苦しみ、悶え、燃え尽きた後には灰さえも残ってはいなかった。その光景を見るたびに、どんどんナオの心を恐怖心が満たしていった。どうにもならない。

 ゲームなのに……ゲームなのに……ゲームなのに……人が、死んでいく……。

 ゲームなのに……ゲームなのに……ゲームなのに……人が、消えていく……。

 ナオの頬を濡らす涙が、ドラゴンの火によってあっという間に乾いていく。でも、まだ頬は濡れていく。

 絶望。例えるならこの言葉が相応しいだろうか。目の前に広がるありとあらゆる光景が、ナオに恐怖心を植えつけていく。とてもじゃないけど、ナオは動けそうになかった。

「はっは〜ん、あの見せびらかしていたドラゴンだな?」

 ふと、横から声が聞こえた。タクだった。しゃがんでいて、ナオを見たら髪の毛をくしゃくしゃにしてきた。

「た、タクッ!」

「お、ナオ。元気だったか?」

 タクがおどろけて言うと、それに安心したナオが、タクの差し出した手を掴んだ。

「大丈夫だったか?」

 多少よろめきながらも立ち、タクの問いにナオは小さく頷いた。それを認めたタクは、にっこりと笑ってみせ、

「じゃ、あいつを倒してくるわ」

「倒せるの……?」

「ま、見てろって」

 そう簡単に言ってのけたタクは、腰にさしていた剣を手に取り、駆け出していった。









 足は速く、そしてゆっくりと剣を持つ手に意識を集中させる。ゆっくり、じっくり、確実に。力がどんどん溜まってくる。もうちょっとだ。

 タクは、空を飛びながら攻撃を続けるドラゴンを見つめる。たぶん、あの時のドラゴンのマスターがヘマをやらかして、ドラゴンを野生化させちまったんだ。どんなヘマをやらかしたんだか見当がつかないが、こうしてペットが野生化するのはそうそうないことである。よっぽど、マスターに責任能力がなかったんだろう。まったく、迷惑極まりない。

 よし、力は十分に溜まったな。タクは剣を、天へと掲げた。

「雷槍ッ!!」

 刹那、晴れ渡っている空からどこからともなく雷が降り注ぎ、五、六発ドラゴンの翼へと当たった。

 これが、タクの技である。剣を力の蔵として、そこに溜め込んだ力を解放させることによって雷を発したのだ。

 ものすごい勢いでドラゴンが落ちてくる。場所は大広間だ。ここからそう遠くはない。タクは駆け出した。

 大広間に着くと、そこは火の海と化していた。

 翼に大きな穴をいくつも空けたドラゴンが地ベタに這いつくばり、そこら一帯に火のブレスを吐いていたからだ。まったく、迷惑極まりないモンスターである。マスターがマスターならモンスターもモンスターだ。

 タクは、一度精神を集中し、鎧にプロテクト効果をかけた。これである程度のダメージは軽減される。かけ終わるのと同時にタクは駆け出した。

 ドラゴンの、とんでもなくデカく、醜い遠吠えがタクに向けられた。それだけですごい衝撃である。ドラゴンの熱のせいで肌が焼けるように熱い。が、それもタクは気にせず突っ走る。

 タクの間合い、と同時にドラゴンの間合いに入った瞬間、ドラゴンの前足が振り下ろされた。タクはそれをすぐさま反応し、サイドステップでかわす。そして一瞬の間もおかずにドラゴンの腹へと切りかかった。

 ギンッと剣が跳ね返された。とてつもなく硬い鱗だ。打撃戦では勝ち目がなさそうだ。要所――例えば首の付け根とかの鱗の薄いところを狙えば勝機はあるだろうが、そこを攻撃するにはリスクが大きすぎる。何せ、相手は人の何倍もあるバケモノである。迂闊に近づいたら一発で終わりであることは、その大きさと、その鱗の硬さで知りえた。

 それにしても、暑い。ひたすらに暑い。ドラゴンが自分の目の前にいるのに、それでも陽炎でやや歪む。間合いにいるだけでここまで暑いんだ。もしも打撃戦を中心に繰り広げるとしたら、自然と間合いが近くなり、さらに暑くなる。この暑さは尋常じゃない。長い時間、近くで戦い続けたら、間違いなく体力を持っていかれる。

 次の攻撃はどうしようか。敵との間合いはどうしようか、と、タクが考え始めた頃。突如、ドラゴンに三つの雷が打たれた。――どうやら援軍のようだ。タクから見える限りだと、魔法使いが二人、タクと同職のナイトが一人。どれもタクよりレベルが低そうだが、でも、十分にドラゴンと渡り合えるレベルだ。

 それに安心したタクは、一旦前線から退いた。あまり近くにいては、魔法使いの攻撃の邪魔になりかねないからだ。それに、打撃や熱がきついこともある。

 退いたタクは、また意識を集中させる。相手はドラゴンで、主に火を使う。雷でも有効だが、やっぱり火には――

「うぉおお!」

 タクは、雄叫びと共に剣の切っ先をドラゴンへと向けた。一瞬、その間の空間が歪んだように捻じ曲がり、刹那、ドラゴンの前足の片方が砕け散った。すぐにドラゴンの断末魔のような叫び声が発せられた。

 水による攻撃である。水をものすごい勢いで切っ先から放出し、さらにドラゴン自体が高熱を帯びていたことによって、水が触れた瞬間に爆発が起きたのだ。水はドラゴンの熱によって蒸発させられてしまうが、当たりさえすれば大きな弱点となるのだ。普通の水攻撃なら退けられてしまうが、それをタクの水の威力で補った、というわけだ。

 それに、水をぶつけることによって、ドラゴン自体の熱を奪うのだ。そうすれば、先ほどのように暑さで苦しむこともなくなる。

 ひゅ〜、と隣から援軍のナイトの口笛が聞こえた。

「あんたすげぇな。いったい何レベだよ?」

「まぁ、そんじょそこらじゃ見れないレベルだな」

 そういう風にタクが茶化すと、すげぇな、と返ってきた。

 タクは、すぐにドラゴンへと意識を集中させる。片方の前足をなくし、バランスを崩したドラゴンが魔法使いたちの雷を連続で何発も受けていた。ドラゴンは、あまり反撃していない。

 ――マズイ!

 直感的にタクは感じた。何をどう考えるでもなく、本当に直感的に。こういうときの直感は嫌なほど当たるものだ。

「逃げろッ!!」

 タクは魔法使いたちに向けて叫んだ。が、それはすでに遅かった。魔法使いたちがタクの言葉を聞き、すぐに反応しようとすると同時に何か、光の線が放たれた。刹那、その僅か後方で大爆発が起きる。あの道具屋のときと同じ攻撃だ。どうやらその攻撃は、ため時間が長いらしい。だからあまり反撃できずにされるがままになっていたのだ。

 爆風に押されるような形で魔法使いたちはドラゴンの方へと転がっていった。

 タクともう一方のナイトは急いで魔法使いの方へと駆け出す。魔法使いは普段遠距離な分、物理攻撃に弱いのだ。もしもドラゴンの爪攻撃でも受けたら一発で即死。かなりマズイことになる。

 片足をなくしていたドラゴンはバランスが悪かったのか、爪の攻撃に移るまでには時間が掛かっていた。おかげでなんとか攻撃がくる前に魔法使いたちの元へと辿り着けた。が、爪攻撃はその後すぐにきた。これはかわすわけにはいかない。タクは己の剣で爪を受け止める。ものすごい力だ。剣が徐々に削られていく。同時にタクの体力も削られた。ジリジリとタクは押し負けしていく。マズイ、このままでは剣が折れる。いや、もしかしたら折れる前に火のブレスがくるかもしれない。そしたら勝機はかなりやばくなる。タクは全身全霊を込めて爪を押し返すが、どうにも爪の方が僅かに強い。

 ここまでか、とタクは剣を離そうとしたとき、タクの身体が青い光に包まれた。――攻撃力増加魔法である。一体誰が? そう思うが、せっかく力をもらったのである。すぐにでも反撃を繰り出さなくてはマズイ。タクは自身の強くなった力でドラゴンの爪を跳ね返し、瞬時に目くらましで強い光を放った。雷攻撃の応用である。

 一旦、みなはその場を退いた。目くらましのおかげである程度距離を置けた。魔法使いたちがまた攻撃を始める。タクは、気になっていたさっきの魔法の主を探した。その位置が分からなければ、そこへの守りようがないからだ。それにお礼も言いたい。キョロキョロと辺りを見渡すが、誰も見当たらなかった。が、突然、下から声が聞こえた。

「タク〜?」

 下を向いた。そこにいたのは、なんとナオだった。目が合うと、イェイとピースをしてきた。いやはや、ナオは何をしているんだか……。

「お前な〜!」

 叱りつけようと怒鳴ったが、横から笑い声が聞こえてきた。

「度胸のある妹さんですね」

「違います!」「違ぇよ!」

 二人同時に言ってしまったせいで、またナイトは笑った。

 タクは、妙に怒る気が削がれたので、ため息をついた。

「だってさ〜」

 ナオが言い訳がましく言った。

「タクがピンチだったから助けてやったんだよ〜。そりゃ怖かったけどさ……」

 急にしおらしくなってしまったナオを見て、タクはそのナオの頭に手を置いて、髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやった。

 何だよ〜、と不満げにナオがタクを見上げた。やっぱりぐしゃぐしゃしてやった。

「ありがとな。――……じゃあ、お前は引っ込んでろ、かなり危ないからな」

「でも、タクが心配……」

「俺はお前の方が心配だ」

 全く、自分のレベルをわきまえろ。

「やっぱり仲のいいカップルですね」

「違います!」「違ぇよ!」









 タクと、何だか変なナイトがドラゴンに向かって駆け出した。ある程度近づくことによって気を自分達の方に逸らし、その間に魔法使いたちに攻撃させる作戦らしい。

 ナオは魔法使いたちの後ろ、ちょっと離れたところで魔法使いたちの援護をしていた。ナオは魔法力増加の魔法をかけるが、ナオが初心者だけあってすぐに切れてしまう。だからちょくちょくかけなおすので精一杯だ。

「えいやっ」

 ナオは、一方の魔法使いに魔法をかけなおした。

「ねぇねぇ、ヒーラーさん?」

 魔法使いのうちの一人、女の方がナオに話しかけてきた。ドラゴンの攻撃を気にしなくてよくなったので、ずいぶん余裕が生まれてきたんだろう。ちなみに、もう一方の魔法使いは男で、二人とも若い、二十代前半程度の容姿だった。ナオの予想でカップルに見える。

「何ですか?」

 ナオは、男のほうにも魔法をかけなおそうと、意識を集中させながら言った。

「あなたって、あの強いナイトさんとどのくらいまでいったの?」

「は、はいっ?!」

 男の魔法使いに緑色の光が発せられる。

「これ、解毒魔法だよ……?」

「え、あ、いや、ごめんなさい!」

 そう言って、ナオは慌ててかけなおした。

「ん〜もう、ヒーラーさんったらドジね〜」

「あなたが変なこと言うからでしょっ!」

 ナオがそう言うと、うふふ、と女魔法使いは含み気味に笑った。

 どこまでいった、か。まだかけなおしには時間があるので、ちょっと考えてみた。

 そんなこと言われても、俺とタクは男同士だからな。どうともいけないし。それにお互いにホモじゃないしな。……でも、ゲームの世界に入ってから距離が近くなったかも……なんてね。タクが俺に指導してるだけだもんな。どうともいけないよなっ。うん、今は女だけど、これからは男キャラでやるもんな!

 ただ、俺が本当に女だったりしたら、もしかしたら惚れちゃってるかも……。だって、ゲームの世界のタクは逞しいし、強いし、カッコイイし。何だか俺に優しい気もするし……。「俺はお前の方が心配だ」とか言って心配もしてくれたし。あれ…………なんか変な感じがしてきた……。なんだかホカホカするような、でもチクチクするような……。脈がトクトク早く打ってきて、顔も熱くなって。な、なんだろう……。

「あの……そろそろかけなおしじゃない?」

 男のほうが言った。

「あ、はい、すぐやります!」

 そうだった。つい思いに耽っててタイミングを忘れてた。ナオは、しっかり集中して魔法をかける。

「そういえば、ドラゴンの様子が変ね〜……」

「だな……」

「どうかしたんですか?」

 かけなおしが終わったころ、魔法使いたちが言った。ナオには、そんなに変には見えなかった。ドラゴンは片足をなくして攻撃しづらいのか、時折爪で反撃攻撃したりするだけで、圧倒的にこちらの優勢だ。何が変なのだろう?

「それがね、また、アレがきそうなのよ」

 女の方が答えた。

 アレ? あれって一体……。ナオは、タクが爪に押されてるときに着たばっかりだから、そのことについて全く見当がつかなかった。

「狙いは間違いなくナイトさんたちの方だから、こっちに危険は及ばないんだけど……ナイトさんたち、気付いてるのかな?」

「一応、確認取ってみましょうか」

 ああ、と男のほうが頷いた。やっぱり、ナオには分からなかった。

 女の方が大声で、「アレがきますよ〜!」と言うと、タクの「分かってる〜!」という声が返ってきた。よく見ると、ドラゴンとタクたちの間に何か光る壁のようなものが出来ていた。

 ナオがそれについて聞くと、

「たぶん、シールドだと思うわ」

 と返ってきた。シールド、ということは防壁なんだろう。このゲームではどういう働きをするのか分からないが、魔法使いたちの様子を見る限りでは安心出来るようだ。

 ナオがもう一度魔法をかけなおし終わった頃、ようやくもう片方の前足が砕けた。これで完全に爪攻撃は来ない。あとはブレスを気をつけるだけだ、と二人は言っていた。

「それにしても……ため、長くない……?」

「だな……どうしたんだろう。気が削がれて不発に終わったか?」

「かもね……。だったらいいけど」

 二人の魔法使いは、不安そうにそう言っていた。









 おかしいぞ? 何故光線を撃ってこないんだ……?

 タクは、ドラゴンの気を逸らし、時々雷で攻撃をしながらそんなことを思っていた。

 ドラゴンのためが長いときは、あの光線が来るはずだ。しかし、ため始めてからもうずいぶん経つが、一向に撃たれる気配がない。何か隠してやがる気がする。早々に決着をつけるべきだが、水の攻撃はもう効かない。一度水を当てたことにより、ドラゴンの熱がかなり下がったからだ。当てたとしても、雷よりも威力が落ちてしまう。しばらく時間をおけば熱が復活してるだろうが……その頃には勝負はついているだろう。どうしたものか……。

「変ですね……」

 隣で同じようにドラゴンに攻撃をしているナイトも言った。恐らく、タクの考えていたことと同じことだろう。

 タクは上級者といえど、ドラゴンとの戦闘経験が少ない。タクが、というよりもドラゴン自体に巡り会う確率が異様に低いのだ。確率の少なさ故にドラゴンは強く設定されていて、戦闘経験の少なさ故にドラゴンは手ごわいのだ。属性の弱点は分かっても、弱点の場所はどこかとか、どういった攻撃を仕掛けてくるのかとかは、試したり、その攻撃を見たりしないと分からないのだ。

 光線のためのシールドは張っておいたが、それでも不安は隠せない。

 タクが剣を天に掲げ、雷を放った瞬間、ドラゴンにものすごい光が発せられた。雷ではない。この光。光のなのに黒く、禍々しいまでの光。タクは本能的に感じた。

「みんな逃げろ――ッ!!」

 その声を合図にして、タクとナイトは左右別々に走り出した。ちょっと離れたところにいる魔法使いたちとナオは、やや遅れて走り始めた。

 タクがナオが逃げるのを確認して、今度はドラゴンを見た――刹那、タクの世界は黒い光で覆われた――









 それは眩しくて、でも黒い光だった。一瞬、辺りが真っ暗になったと思いきや、すぐに元に戻り、ものすごい風圧に押され、ナオは転がった。木の幹にぶつかり、かろうじてそう遠くへは転がらずに済んだ。やや遠くに魔法使いたちが見える。

 そうだ、タクは――? ナオは、すぐに反対方向を見た。

「うそ……だろ…………?」

 愕然とした。そこは、もはや大広間ではなかった。巨大な円状の穴が空き、地面が抉れていたのだ。遠くから見ると、クレーターのようにも見える。ドラゴンはいなかった。どうやらさっきの攻撃は、イタチの最後っ屁、というやつだったらしい。

 その穴の淵を見ると、一人、ナイトがいた。一瞬タクかと思ったが、よく見るともう一人の方のナイトだった。ナオはすぐに駆け寄った。

「大丈夫っ? タクはっ?!」

「ああ、俺は大丈夫だ……。でも、タクさんは……」

 ナイトは震える手で、穴を指差した。

 まさか――! いや、でも、もしかしたら。でも、まさか。

 いろいろな憶測がナオの頭を駆け巡った。タクが……死んだ……? いや、でも、タクがそう簡単に死ぬわけがない。……でも、あれだけ強い攻撃だったら、もしかしたら――

 気が付いた時には、ナオは巨大な穴の中に飛び込んでいた。

 傾斜が急で、ものすごい速さでナオは滑り落ちていった。滑っているスピードが速すぎたせいで、足のバランスを崩し、頭から地面に突っ込んだ。激痛が走るが、そんなことに構ってなんかいられない。

 タク。タク。タク。タク――ッ!!

 無我夢中で駆け出した。その刹那、先で何か蠢くものを目で捕らえた。もしかしたら、という希望的観測でナオは駆け寄る。もしもドラゴンだったら、なんて微塵も考えていなかった。ただ、タクだと思って必死で蠢いた場所の土を払った。

 タクだ。

 顔は土で汚れ、鎧はぼろぼろ。つけていたマントなんて、もう原形をとどめていなかった。呼吸は弱く、もう虫の息。

「タクッ!!」

 ナオが叫んだ。

 嫌だ……。嫌だっ、タクが死ぬなんて、絶対嫌だッ! タクは死んじゃダメなんだ。死んじゃ……ダメなんだ……。

「死んじゃ、やだよぉ……。タク……」

 タクは俺の親友で、面白いやつで、うざいやつで、俺を女みたいに扱ったりするやつで。タクは、そんなタクじゃなきゃダメなんだっ。タクがいないと、ダメなんだっ!

 そう、今はアレをするしかないんだ。たとえ、失敗しても――

「タクッ! 今、助けるからっ!」

 ナオは、両手をタクの胸の位置にかざした。大きく深呼吸をする。

 顔がもうぐちょぐちょだ。でも、そんなこと気にしてなんかいられない。

 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け……落ち着け、俺ッ。

 死ぬな――死ぬなよ。絶対死ぬんじゃない、タク――ッ!

 頼む、タクを助けて――――!!

 ゆっくり、両手に気を集中させる。じわりじわりと両手が温まっていくのを感じた。

 まだ……まだ…………――今だッ!

 ためていた力を放出するようにして、解き放った。



 パァァァアアアアアアア



 タクの身体を、白い、神々しいまでの暖かい光が包んだ。温度は感じないのに、見てるだけでも暖かく、ドラゴンの黒い光とは対照的な、真っ白な光だった。

 辺りが、その光を中心にして白く、温かな空気になる。見ているだけで、不思議と心が和む感じがした。

「せいこう……した……?」

 ナオはその場でしりもちをつき、ゆっくりと空を見上げた。隣には、自分よりも背が高い、茶髪の男が座っていた――











「に、してもナオって馬鹿だよな〜。あんなに慌てるなんて」

「う、うるさいっ!」

 あれから、数日が経った。

 このゲームは現実の時間よりも早く時間が進み、ゲーム内での体感時間が一日だとすると、現実では一時間程度なのだ。だからこうして何日もの間、二人はゲームの世界の中にいた。

 二人とも、今は宿屋にいて談話、というよりも喧嘩に近いものをしていた。

「ゲームなんだから、死ぬわけないじゃん。死んだとしても、宿屋とかに復活できるの。ま、経験値とかは減るけどな」

「だ、だってさ、無我夢中で何が何だか訳が分からなくて……それに、このゲーム、妙にリアルすぎるんだよ!」

「だな。俺も驚いたさ。ネカマでも、夜、本当の女みたいに感じ――」

「言うな――ッ!! あれは過去の過ちだ! 絶対に、もう二度と、死んだとしてもやらないっ!」

「でも、あんときのお前の顔と来たら、それはそれは快感に酔いし――」

「うるせ――ッ!!」




 Fin


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