ビオトープの生命2010(3)

4月18日 これが花? ヒメカンアオイ

カンアオイの仲間というのは、これが花かと思わせるような地味な花なのですが、近縁のフタバアオイが徳川家の三つ葉葵の家紋になっているとか、斑入りの葉のものが多く、園芸好事家に人気があるとか、ギフチョウの幼虫の食草であるとかの理由により、意外に有名で人気のある野草です。しかし興味のない人間には、気づかれることもない花でしょう。
地面に埋もれるように咲いている紫褐色の花は見過ごされやすいのですが、よく観てみると、花弁が退化してなくなっているだけで、意外に普通の構造をしています。中央には合着した雌しべが6本、それを取り囲んで12本の雄しべ(写真の白い部分)もちゃんとあります。萼筒の内部には縦横に網状の隆起が出来ていますが、これは昆虫の足場になるのでしょうか? スギやイネのような風媒花とは異なり、虫媒花らしい花のつくりになっています。花粉を運ぶ昆虫としては、キノコバエという小型のハエが確認されていますが、もう一つはっきりとは分かっていないようです。
カンアオイの仲間は分布域が狭く、地域によって50種類以上の変種に区分されているそうなので、明言は出来ませんが、この付近で見かけるものは比較的に分布の広いヒメカンアオイだと思われます。 カンアオイの仲間には、晩秋から咲くものもあるので、このコーナーのトップを飾る花の有力候補だと期待していたのですが、最初に花を見つけたのは3月の中旬過ぎでした。花のない苦しい時期はとっくに過ぎて、ガッカリでした。(笑) 寒い場所では開花も遅くなると解釈していたのですが、10月頃から咲き始める秋咲きと、4月頃から咲く春咲きがあるようです。
ギフチョウを見かけないので、ビオトープを調べると、今年もギフチョウの卵が産みつけられていました。 残念ながら、この周辺では二匹以上を同時に見たこともないし、交尾シーンに出会ったこともありません。ギフチョウを増やすためには、まずはこの野草をもっと増やすところからスタートすべきでしょう。


葉は目立つけれど、花は目立たないヒメカンアオイ。斑入りの葉もあります。
  
花の拡大写真。雌しべの柱頭と雄しべも見えます。 今年も葉の裏にギフチョウが産卵しました。とりあえずは一安心。

岩場に咲くラン イワチドリ

花を求めて歩き始めた初期の頃から、岩場に張りつくように咲く美しいラン、セッコクやウチョウラン、イワチドリは憧れの花でした。最近になってやっと、これらの自生のものにお目にかかれるようになりました。イワチドリも、去年やっと一輪だけを苦労して観ることが出来ました。
セッコクやカヤランというのは、着生ランと呼ばれるもので、気根という根を木の肌や岩場に張り巡らしてくっつくタイプなのですが、ウチョウランやイワチドリは通常の根を岩の割れ目などに張る普通のタイプの野草です。多かれ少なかれ、根を張る土壌を必要とします。本当は良好な土壌の方が居心地がよいと思うのですが、それでは他の植物との生存競争に負けてしまうので、他の植物が進出できないような場所に進出したのだと思われます。同じような場所に咲くダイモンジソウ、ガレ場に咲くコマクサ、舗装の隙間に咲くスミレ類などと似た事情があるのでしょう。
ある本を観ていたら、昔はイワチドリはこの近辺の川の岩場のあちこちに咲いていたということです。姿が美しいので、乱獲などによって、現在は絶滅寸前になっているという、読み飽きた悲しい事実が書かれています。
野草店をこまめに覗くと、イワチドリは毎年販売されています。園芸品といっても、外観は去年観たものとそっくりです。遺伝子的にどの程度の変化があるのかはまったく分かりませんが、それほどの違いがあるとも思われません。
野草園を始めた動機のひとつは、セッコクやイワチドリを持続可能に咲かせたいということだったので、とりあえず一鉢購入しました。この地域で自生のイワチドリが咲く(咲いていたではないことを祈ります。)のは、あと一ヶ月ほど先だと思われますが、売られていたものはすでに花をつけています。来年の一ヶ月後に再び花の姿を見られることを祈りつつ植え付けました。



  


4月10日 春の妖精(2)

春の妖精(スプリング・エフェメラル)については、2月7日のアップで簡単に紹介して、最初に咲くフクジュソウとセツブンソウについても個別に紹介しました。今回はそれらに続いて咲く、いわば後半の花を紹介します。

カタクリ

カタクリはユリ科の多年草で、市内の群生地は自生していた数株を、夫婦が30年をかけて増やしたものです。野草園にも是非とも欲しい花なので、芋を4株ほど購入して、昨年植え付けておきました。それが発芽して蕾をつけた頃、野草店で蕾をつけていた株を売っていたので、1株だけ購入し、隣に植え付けました。タイミング良く、両者は相次いで開花しました。おそらく遺伝子の異なる花なので、うまくいけば種をつけてくれることを期待しているわけです。カタクリは根が深いので、株分けは難しいと聞いているので、種から育てるのが現実的なようです。ただし種からだと、花を咲かせるまでに7〜8年を要するので、我々が元気な内に間に合ってくれるかどうかという心配はあります。方々の群生地のように、密度の高い群落を作る気はないので、もう少し補植をして、あとは自然に任せたいと思っています。
カタクリは、もちろん花そのものも魅力的なのですが、ギフチョウが好むように感じているので、この花にギフチョウが集まるようにしたいという夢もあるのです。この地域では、カタクリは半月前ほどから咲き始め、現在はほぼ終盤です。一方のギフチョウは、今日、始めて観たので、少し時期がずれ気味なのが気がかりです。


本日のカタクリ。ここでは最後に咲いた花。

ニリンソウ

キンポウゲ科の多年草で、しばしば地面を埋め尽くすほどの大群落を形成します。我々はこの花のシンプルな美しさが好きで、数年前から山小屋の野草園で増やしてきました。種が落ちて増えたらしい株も少し現れてきました。この地域でも自生している場所はあるので、かなり有望な野草だと思っています。この花の群落を作り上げることが、野草園を始めた頃からの原イメージなのです。
先週あたりから少し咲き始め、今回はかなり咲きそろってきました。


キンポウゲ科らしいシンプルな花。咲くのは二輪とは限りません。

春の妖精の蝶

すでに紹介してあるように、蝶々の仲間でも春先の短い期間に現れ、夏場には蛹になって、そのまま越冬するものが知られ、やはりスプリング・エフェメラルと呼ばれています。有名なものはギフチョウで、ちょうどカタクリの咲く頃に飛び交い、カタクリの葉がなくなる頃には蛹になります。生活サイクルまでがカタクリと似ているのです。例年、4月の10日前後が、この地域でギフチョウが飛び交う時期です。ギフチョウは気温が15度近くなる暖かな日にならないと飛ばないと聞きました。
今日は久しぶりにその条件を満たす日になりそうです。一昨年観た場所と去年観た場所を行ったり来たりしながら、ギフチョウの現れるのを待ちかまえました。午後になってもなかなか現れず、引き上げようとした時になって、やっと現れてくれました。
ギフチョウほど有名ではありませんが、スプリング・エフェメラルと呼ばれる蝶は、ほかにはツマキチョウ・ミヤマセセリ・コツバメなどが知られています。今年は豊田市でツマキチョウ、先週ビオトープでミヤマセセリ、今日ビオトープでコツバメを偶然観ました。蝶は詳しくないので、図鑑を調べてみて、はじめて春の妖精だと知ったわけです。


コバノミツバツツジの蜜を吸うギフチョウ。紫系統の花以外では観たことがないのは偶然?
  
いささか地味ですが、これも春の妖精。 ミヤマセセリとコツバメ。


4月3日 花らしい花?

花というと、どんな花を思い浮かべるでしょうか? 桜? チューリップ? ほとんどの人が、鮮やかな色彩を持った、大きな花弁を持った花を思い浮かべることでしょう。 しかし、花は人間を喜ばせるために咲くのではありません。それぞれの生存戦略に従って、まさに多様な花を咲かせます。この多様さこそが生命活動なのです。

ハナノキ

ハナノキは長野・岐阜・愛知(・滋賀?)県にまたがるごく限られた地域にのみ自生する樹木です。かつては広い地域に自生していたことが化石によって明らかなのですが、現在では衰退し、これらの地域にのみ残された遺存種と呼ばれる珍しい樹です。ちなみに愛知県の木、恵那市始め4市町村の木に指定されており、その意味では有名な木と言えます。
ハナノキの命名の由来は、早春に葉を展開する前に赤い花をいっぱいつけ、木全体が赤く見えるからといわれています。また秋の紅葉も美しく、魅力的なことから、街路樹や公園樹として、広く植樹されています。
中津川市は自生が最初に確認された市であり、恵那市は市の木に指定しているように、東濃ではわりとよく観られる樹でもあります。自生かどうかは定かではありませんが、ビオトープにもかなりの巨木があり、3月中旬頃から花を咲かせました。
ハナノキは雌雄異株であり、雄の木と雌の木に分かれています。何といっても大きな木なので、花を詳細に観ることはかなり困難なのですが、望遠レンズを駆使して観ると、お馴染みの木はほとんどが雄の木であることに気づきました。ビオトープの木も雄のようです。雄花は中央道の恵那峡サービスエリアで植栽されたものをマクロで撮影していたので、雌花を求めて椛ノ湖の湖畔を歩いたところ、なんとか手の届く距離に雌花を見つけました。


ビオトープのハナノキ。
  
雄花。 雌花。

ミズバショウ

1月9日に発芽を報告したミズバショウは、予想通りにそのままの姿を保ち、3月の中旬になって、やっと花を開き始めました。
もっとも、一見花のように見える白いものは、実は花の集団(花序)を包む特別な葉で、仏炎包と呼ばれています。仏像の後にある光背のことです。
花は中央にある棒のような部分で、これが数百の花の集まりになっています。ハルリンドウで紹介したように、両性花は最初は雄の役目を果たし、その後に雌の役割を果たすものが多いと思いますが、ミズバショウの場合は逆です。イネ科の風媒花には、そういうものが多いようです。
花弁は4枚で淡緑色です。写真で萼のように見えるものがそうです。雌しべは左側の写真で緑色の突起のように見えるものです。一番上のものが咲き始めの雌の状態です。雄しべは4本で、白っぽく見えるものです。下・上・左右の順番で顔を出し、右側の写真のように花粉を出します。もう少し判りやすい写真を撮るつもりだったのですが、老眼には厳しい作業でした。(笑)


白い仏炎包が開き、順次大きくなっていきます。
  
比較的初期の花。 満開に近い状態の花。


3月27日 ありふれた花

花を求めて歩いていると、何処へ行っても見かける花というのがあります。山の方へ行くと、早春には、ショウジョウバカマとフキノトウの姿をよく見かけます。ビオトープにも、これらの野草はもともとありましたが、今年はこれまでよりも、増えたように感じています。樹木の伐採を行った成果が、ここに来て出たのでしょうか? それとも、去年行った笹刈りが効いたのでしょうか? 植物によって異なるものの、木漏れ日が届くようになった林床が、野草の育ちやすい方向へ向かっていると、確信を深めました。

ショウジョウバカマ

山の湿り気が多い場所で、よく観られる美しい花です。スプリング・エフェメラルを調べている時に、この花をスプリング・エフェメラルに挙げている記事を見かけましたが、常緑で光沢のあるロゼット状の葉は、夏場も光合成を行っていると思われます。スプリング・エフェメラルに加えることには疑問を感じますが、早春を飾る美しい花であることは間違いありません。
ショウジョウバカマはユリ科の多年草です。1本の茎に3〜10個ほどの花が固まってつきますが、ひとつひとつの花を観察すると、6枚の花被片(ユリ科の場合、花弁と萼片がほぼ同型の場合が多いので、区別せずに、こう呼ぶ人が多いようです。)の内側に、6本の雄しべと1本の雌しべがあります。雌しべの根元の子房は、花被片の内側にあります。これを子房上位と呼びます。以上が、形態分類上のユリ科の特徴で、この花も典型的なユリ科の端正で上品な姿をしています。


逆光を受けて輝く、野草園のショウジョウバカマ。
  
ひとつひとつの花は、典型的なユリ科の特徴を持っています。

フキ

雪を破って、ニョキニョキと顔を出すフキノトウ。私は、春の訪れをイメージする絵柄を考えると、なぜかこの情景を思い浮かべるのです。そして、食べた時のあの独特の苦みを・・・。(笑)
フキはキク科の多年草で、雄株と雌株があります。雄花は花粉をつけた直後は黄色くなるので、いくらか見分けやすいのですが、私もこの花の雄雌を見分けるのは苦手です。
キク科の花は、たぶんすべての花がたくさんの花の集合体です。ひとつひとつの花には、舌状花と呼ばれるものと、筒状花と呼ばれるものがあります。フキはすべてが筒状花で構成されるグループに属します。
雄花の筒からは1本の雄しべが突き出し、雌花の筒からは1本の雌しべが突き出すだけなので、見分けが難しいだろうと思われがちですが、実は大きさがまるで違います。雄しべの方がずっと太いので、筒も大きいのです。右下の雌花の中央にある不完全な雄花と雌花を見比べて頂くと、その差を実感できると思います。
これからフキノトウはどんどん背を伸ばし、間もなく雄花は枯れます。やがて雌花は、キク科に一般的な綿毛のパラシュート付きの種子を飛ばします。実は、フキはこのあたりでは、あまり多くはありません。もう少し増やして、春の息吹を存分に味わいたいと思っています。ということで、春一番の山菜の味見はお預けです。


徐々に背丈を伸ばしはじめたフキノトウ。(雄花)
  
雄花の筒状花。 雌花の筒状花。中央に雄花をつけていますが、花粉はつけていません。