ビオトープの生命2010(6)

10月8日 イチジクの花ってどんな花?

ビオトープのイチジクの実がずいぶん膨らんできました。 イチジクはアラビア南部原産のクワ科イチジク属の落葉高木で、漢字では「無花果」と書くのはご存じの方が多いでしょう。 花はなくとも実は出来る・・・ということは、あるはずもありません。 だから正解は、実に見える部分の内側で花が咲いているということになります。



  

イチジクの実をまっぷたつに割って観たのが、上の写真です。 花弁もないので、これが花だといわれてもピンと来ないかも知れませんが、この一本一本が花なのです。 専門的に言うと、花嚢の内面に無数の花があるという表現になるそうです。 いずれにしろ、我々は花を食べているのだと言っても、ほとんど正しいわけです。
原産地では、この中にイチジクコバチという小さな蜂がいて、受粉を媒介します。 しかしこの蜂は寒さに弱く、日本では生きていけないと言われます。 でも、日本で栽培されている品種は、受粉しなくても果実が大きくなる品種なので、別に支障にならないのです。
日本で古くから栽培され、現在も多いのはドーフィンという品種です。 販売されている苗も、どうやら挿し木をした苗がほとんどみたいです。 だから日本にあるドーフィンは、すべて雌の木だと言われています。
では、種が出来ないのかというと、そうでもありません。 食べてジャリジャリするのは種です。 でも、無性生殖ということになるので、遺伝子的には親と同じということになります。


10月2日 アケボノソウ

アケボノソウは、東濃では比較的よく見かける花です。 山地の湿気の多い場所に自生し、高さも1m近くなるので、よく目立ちます。 茎の高さの割には花は大きいとはいえないので、遠目には白い花に見え、野菊の仲間だと思って見過ごしてしまうかも知れません。


花をよく観ると、花冠は5深裂しています。 こう見えてもキキョウ科なので合弁花です。 先端には黒紫色の斑点が散らばり、その内側に黄緑色の二つの斑点が鮮やかです。 この斑点を夜明けの空になぞらえ、アケボノソウの名がつきました。
黄緑色の斑点と書きましたが、よく観ると湿っているのが解ります。 ここから蜜を分泌しているのです。 要するに前回話題にした蜜弁や仮おしべと同じ働きをしているものと思われます。 蜜腺と呼ばれていることが多いようです。 昆虫が蜜をなめるのに夢中になり、お尻や背中に花粉がくっつくのでしょうね。
蜜腺がこの場所にあるのは非常に珍しいと思われます。 近い仲間のセンブリでは、シラヒゲソウと同じく、おしべとおしべの中間に配置されています。 今年はまだセンブリを見かけないので、去年の写真を下に載せておきます。

  
一年目のアケボノソウの姿。 センブリの花。

野草には、一年草・二年草・多年草がありますが、アケボノソウやセンブリは二年草です。 野草園を始めるまでは、あまり深く拘ることもなかったのですが、どうも二年草という言葉は混乱して使われているようです。 ある人は寿命が二年であるという使い方をし、ある人は秋に発芽して、翌年の春に咲くものも二年草と呼ぶようです。 後者を越年草と呼んで厳密に区別する人もいます。 野草園を始めてみると、今年出来た種子が来年花を咲かせるのか、再来年花を咲かせるのかということなので、これは非常に重要な問題です。
たぶん寿命で決めるのが一般的であり、私自身も合理的だと思うので、今年の種子が一年後に花を咲かせるものを一年草、二年後に花を咲かせるものを二年草と呼ぶことにします。 冬を越すことを区別する必要があれば、越年草と呼びます。
リンドウ科というのは面白くて、リンドウは多年草です。秋に咲くリンドウの多くも多年草のようです。 ところがハルリンドウなどの春に咲くリンドウは二年草と書いている文献も多いのですが、どうやら越年草の意味だと思われます。 センブリ属のアケボノソウやセンブリは二年草のようです。 二年後に花を咲かせるわけですから、一年目はどんな姿をしているのでしょうか? 多年草のササユリの時に調べた結果から想像したように、一年目は茎を伸ばさずにロゼットだけというのが正解でした。 ある意味で、二年草は最も早い多年草ともいえそうですが、多年草はその後何年間は花を咲かせるのに対して、二年草が花を咲かせるのは、一生に一回きりです。
かつて、山小屋の隣接地にセンブリを見つけて、大喜びをしました。 結構、数があるので、安心していたのですが、二年後くらいにかき消すように姿がなくなりました。 大慌てをしたのですが、調べてみると、山小屋内や付近にセンブリの姿を見つけ、ホッと胸をなで下ろしました。 その後、それらの場所では生き残っていますが、一年草や二年草は、ある日突然なくなるという強迫観念は残っています。


9月17日 シラヒゲソウ

シラヒゲソウは、岐阜県でも絶滅危惧U類に分類されており、珍しくて貴重な多年草です。 主に山地の湿り気の多い場所に分布します。 5枚の花弁の縁が房になって裂け、シラヒゲソウの名が生まれたとされています。
縁が裂けるということは、少ない材料で外形を大きく見せることになるので、カラスウリやサギソウと相通じる部分があります。 色も白いので、これも夜の花かなと思ったのですが、どこにもそうした記載はありません。 見事に大外れです。


湿地に群生するシラヒゲソウ。 ユキノシタ科でウメバチソウに近い仲間です。

  
花の構造は、花弁と萼片は5です。 雄しべは5本ですが、雄しべと雄しべの間に先が3本に分かれて黄色い玉になったものが目を惹きます。 野草を囓った者がこれを見ると、セツブンソウなどの蜜弁を思い出します。 キンポウゲ科の花は萼片がなく、花弁のように見えるのは萼片だとされていますから、これが花弁であるとされます。 しかしシラヒゲソウには花弁も萼片もあるので、これは仮おしべということになっています。 またまた大外れでした。
しかし先端部から何らかの物質を分泌しているのは間違いなさそうです。 昆虫を誘う匂いあるいは物質を出しているのは間違いないでしょう。 形態分類の都合でどこに位置づけようが、役割は同じように思われます。

渡りをする蝶 アサギマダラ

アサギマダラは渡り鳥のように海を越えて移動する蝶として有名です。 春に日本本土にやってきて、秋になると南西諸島や台湾まで南下します。 なんと1,500km以上も移動するものがあるというから驚きです。
でも渡り鳥のように北上する個体と南下する個体が同じというわけではありません。 移動した先で繁殖をして、世代交代したものが渡りをするのです。 やってきたのは親で、帰っていくのは子孫というわけです。


渡りをする蝶、アサギマダラ。 今回はアケボノソウの蜜を吸っていましたが、ヒヨドリバナに集まることが多い蝶です。

アサギマダラは、春に紹介したアゲハチョウ科のギフチョウと比べると、飛び方もゆったりしていて優雅です。 サイズも比較的大きいので、撮影が楽な蝶ということが出来ます。
先日、テレビを観ていて、はじめて知ったのですが、マダラチョウの仲間は毒をもっているので、敵に狙われることがないのです。 したがって、動きもゆっくりになるのだそうです。 面白いのは、外見を真似した(いわゆる擬態した)蝶は、飛び方も真似するそうです。 当たり前といえば、当たり前ですが・・・。

  
アサギマダラは有毒だと書きましたが、どうやらそれは先天的なものではなく、後天的なもののようです。 ようするに食事によって毒素を体内に取り込み、身体を有毒にしているのです。
幼虫はキジョランなどのガガイモ科の植物を食草にします。 これらの植物には、毒性の強いアルカロイドが含まれます。 一方、成虫になると、前述したようにヒヨドリバナなどに好んで集まります。 ヒヨドリバナやフジバカマの蜜には、やはりアルカロイドが含まれるわけです。 つまるところ、アサギマダラは植物の防衛戦略をちゃっかり利用しているということになるのです。
目だって美しい外観も、優雅な飛び方も、すべては体内に取り込んだ毒のなせる技。 生態系の繋がりの妙です。 外敵に襲われることもないようで、苦労して撮影しても翔が破れているということもほとんどありません。 昆虫初心者にはうれしい被写体です。


9月10日 サワギキョウ

去年、ツクツクボウシが鳴く頃、笹刈りをやっていて、湿地に濃紫色のこの花が細々と咲いているのを見つけた時は感激でした。
サワギキョウは山地の草原や湿原によく群生する美しい花ですが、有毒であることでも知られています。 金田一耕助シリーズの傑作「悪魔の手毬唄」でお庄屋殺しと呼ばれているのは、この花だということです。
文献でも、昔はこのあたりに自生がいっぱい観られたが、最近はめっきり少なくなったと書かれていますから、おそらくこれは自生と考えても良いでしょう。


うれしいことに、今年は去年の株の脇に、高さ50cmほどの小さな株が増えて、元気に花をつけています。 この調子で増えて欲しいのですが、どうもこの付近はイノシシのヌタ場になっているようで、不安が拭えません。

キキョウの名がついていますが、色以外はキキョウとは似ても似つかない形をしています。 前回のサギソウ同様に、鳥が羽を広げて飛んでいる姿にも似ています。 花は上下2唇に分かれ、上唇は2裂して横に張り出し、下唇は3裂して前へ突き出します。
サワギキョウはキキョウ科には違いありませんが、ミゾカクシ属に分類され、キキョウとはだいぶ異なるようです。 日本で一般的に観られるミゾカクシ属は、このサワギキョウとビオトープでもいっぱい咲いているミゾカクシの2種類だけです。

  
独特の形をしたサワギキョウ。 大きさも色もまったく違いますが、休耕田などを埋め尽くすミゾカクシ(アゼムシロ)と花の構造はそっくりです。

花の多くは植物の有性生殖の方法です。 有性生殖というのは、両親の遺伝子を半分ずつ受け継いで、両親とは異なる子どもを生み出す方法といえます。 同じ両親から生まれた子供でも、異なる組み合わせになるので、多様な性質を持つことになります。 流行病やら環境変化によっても、種が絶滅しないように編み出された方法だと解釈されています。
ところが、自分の花粉を自分自身が受精しても、生まれる子供はまったく親と一緒になりますから、有性生殖を行う意味がありません。 ですから、ほとんどの花は自分とまったく同じ、あるいは極端に似通った花粉がきても、受精しない対策を採っています。 自分の花粉を自分自身で受け取らない為のシンプルで有効な方法の代表格が、オスの時期とメスの時期を分けるという方法です。
サワギキョウの場合は、雄性先熟というポピュラーな方法を採用しています。 花の上に突き出して垂れ下がっているのはしべです。 5本の雄しべが合体して、筒状になっています。 この中に花粉がつまっていて、それを中の雌しべが押し出す構造になっています。 この段階では、雌しべの先端は閉じているので、受精することはありません。 花粉をすべて出し終わると、雌しべが伸びて筒の中から出てきます。 雌しべの先端が開いて、他の花の花粉を待つという仕組みです。 花の咲いている時期の前半はオスで過ごし、後半はメスになるということになります。 写真が小さくて、判りづらいと思いますが、左のサワギキョウはメスの時代。右のミゾカクシはオスの時代と思われます。
動物の場合には、オスになったりメスになったりという例は珍しいのですが、植物は変幻自在です。


8月26日 サギソウは夜の花

8月の上旬になると、湿原では小さなシラサギが群舞するようになります。 鳥の名前をつけられた野草は数多くあるのですが、サギソウほどぴったりのネーミングは、なかなか思い当たりません。 翼を広げて優雅に飛ぶシラサギの姿そのままです。
花を観察すると、シラサギの形は下側の花弁、つまり唇弁の形です。 唇弁というのは、蜜に集まる昆虫の足場になることが多く、花の奥へ導く導標というマークが描かれていたり、滑り止めの凹凸が出来ていたりで、なかなか面白い形をしたものが多いのですが、これぞまさしく造形の妙、自然の創り出した芸術品です。


サギソウ群れ飛ぶ夏の湿原。
  
目を惹くのは、翼を広げたような唇弁。 そして長い距。

花を観察していると、後方から下に伸びる長い距が気になります。 距は一般に先端に蜜が貯まり、この蜜を吸うことが出来るのは、蝶のような特殊な口を持つものに限られます。 サギソウの花粉(塊)を運ぶのは蝶の仲間だろうという見当はつくのですが、何故かサギソウに蝶が群れている姿を目にしません。
おかしいなあと思って調べてみると、どうやらサギソウのパートナーはスズメガ科の昆虫らしいということが判りました。 スズメガというのは、かなり大型の蛾で、羽も細身に出来ており、高速で飛び回る蛾です。 移動能力も高いので、点在する湿原の間でも、交配することが出来、サギソウに相応しいパートナーだなと感心させられます。
夜行性の蛾に花粉を運搬してもらうために、サギソウは夜になると芳香を発するといわれています。 前々回にも触れましたが、夜に咲く花は色彩は白や黄色、目立つように目一杯大きく見せる工夫を行っています。 こう考えると、シラサギが翼を広げたような形も、夜中に上空を飛ぶスズメガに目立ちやすいように編み出されたものであることが納得できます。 人間のような巨大な脳を持っていなくても、自然界で生き残ったものには、奥深い叡知が隠されているのです。


8月7日 食虫植物

植物は動物によって一方的に食べられる存在なのですが、何事にも例外があります。 それが食虫植物で、子どもの頃に興味を持った人も多いと思われます。
派手なところでは、花自体が落とし穴になって、中に落ちた虫を分解してしまうウツボカズラや、葉に虫が触れるとすぐに閉じて、虫を包み込んでしまうハエジゴクなどが有名です。
しかしこれらはいずれも外国の植物で、我が国には自生しません。 国産のものは動きも遅く、サイズも小さいものが多いので、いたって地味です。
夏の湿原は、実は食虫植物の宝庫でもあります。 湿原は太陽の光も水も豊富なのですが、死体の分解速度が遅いので、一般的に栄養分の乏しいやせ地土壌になります。 湿原に食虫植物が多いのは、不足する窒素やリンなどを補うためであると考えられています。

モウセンゴケ

モウセンゴケは、この付近だと6〜7月にかけて花を咲かせるモウセンゴケ科の多年草です。 葉に粘液を分泌する腺毛があり、鳥もちのように粘って虫を捕らえます。 虫を捕らえると、周囲の腺毛もそちらに向かって曲がり、消化液を分泌して体を溶かし、養分を吸収します。


7月の湿原を彩るモウセンゴケ。
  
モウセンゴケの花と、虫を捕らえた葉。

ミミカキグサ

8月に入ると、モウセンゴケの姿は減り、入れ替わるようにミミカキグサの仲間の姿が目立ち始めます。 これも食虫植物なのですが、外から観察する限りでは、どうやって虫を捕らえるのかが判りません。 実は、地中の根に捕虫嚢と呼ばれる小さな袋があり、ここに微少な虫を吸い込んで、栄養分にするのです。
ミミカキグサの仲間にも色々な種類があるのですが、このあたりで見かけるのは、ミミカキグサとホザキノミミカキグサの二種類だけのようです。小さな花ですが、近づいてルーペで観察すると、面白い形をしています。 我々は西洋お化けのようなとぼけた模様を持つホザキノミミカキグサがお気に入りです。


ミミカキグサが増えてきた湿原。
  
ミミカキグサとホザキノミミカキグサ。