ビオトープの生命2011(3)

9月21日 湿原の星屑:シラタマホシクサ

今年もシラタマホシクサが、満開になってきました。 シラタマホシクサは白玉星草の意で、文字通りに、湿地に撒かれた白い星屑のように見えます。 花の形からコンペイトウグサの別名もあります。
植物のことを調べていると、「東海丘陵要素」とか「周伊勢湾地域」という言葉にぶつかります。 東海地方の丘陵部には砂礫層の台地が拡がり、小さな湿地が沢山あります。 ひとつひとつの規模は小さくとも、湿地群として広がりを持ち、そこには固有・準固有の珍しい湿地植物が残っています。 東海地方に特有の、あるいは分布の中心を持つ植物を東海丘陵要素の植物と呼び、主に湿地性の植物を指します。 ほぼ同じ意味で周伊勢湾地域の植物という呼び方も用いられますが、これは湿地植物に限らず、東海地方に特有の植物一般を指すようです。
シラタマホシクサも、東海丘陵要素の植物の代表格です。 生息地は、豊橋市の葦毛湿原が全国的に有名で、我々も嘗て、何度も訪れました。 シラタマホシクサは絶滅危惧U類に指定されていますが、色々歩いてみると、東海地方の湿地では、比較的よく見かけるもので、東濃の湿地にも群落はあります。 遺伝子解析をしないと、自生であるかどうかは判定できないのですが・・・。 いずれにしろ、開発で湿地そのものが減少しているのは間違いなく、危機的な状況にあるのも間違いありません。



シラタマホシクサは、ホシクサ科ホシクサ属の一年草で、頭花はたくさんの花の集合体です。 ひとつひとつの花には雄花と雌花があります。 雄花には黒い葯をもつおしべが6本あります。 雌花にはめしべが1本だけで、先端は3裂するようです。 花は下から順番に咲き上がるようです。 というわけで、思い出すたびにマクロ写真を撮り続けているのですが、どうもこれが雌花だといえそうなものが見あたりません。
雌花は、雄花が花粉を飛ばしてから咲くのでしょうか? それとも、下の写真で、ちゃんと咲いているのでしょうか? 右下の写真で、黒いおしべが見えないものが一つ写っています。 これが雌花なのでしょうか?

  

ビオトープには、同じホシクサ属のシロイヌノヒゲも、少し遅れ気味に咲きます。 シラタマホシクサではほとんど見えない総包片が目立ちますが、花の構造はほぼ同じです。

  


9月14日 トウガラシ三姉妹:水田雑草も美しい

ビオトープのある山里には、休耕田を養魚池として活用している場所があります。 そのうちの一つで、小さな水田雑草が繁茂して、見事な花の絨毯を作っていました。
近づいてみると、それはサワトウガラシというゴマノハグサ科の一年生水田雑草でした。 水底から数十センチは茎を伸ばして、水面まで伸びています。 まるで水草のようです。
ひとくちに水田雑草といっても、その種類は驚くほど多いようです。 形も様々で、面白い形をした花が揃っています。 水田というのは、お米を効率的に作るために、人間が水を入れたり、出したりして、短期間でも環境は大きく変化する場所です。 そこに侵入しようとする草にとっては、まさに命をかけた短期決戦の場所になります。 必然的に、成長の早い、小さなサイズの一年草が多くなります。
今回は、ゴマノハグサ科の一年草で、○○トウガラシという名前を持った、3種類の水田雑草を選んでみましょう。 念のために断っておくと、○○トウガラシという名前ではなくとも、近い仲間でよく似た形をしている水田雑草はいくらでもあります。



まずはサワトウガラシの群生です。 サワトウガラシは、水田雑草としては綺麗な環境を好むようで、平地部ではほとんど見かけなくなっています。 偶然、綺麗な水があり、水深もあるので、他の水田雑草が入り込めなかったのでしょう。 来年も、この姿を見ることが出来るかどうかは、大いに疑問です。
水中にも茎が伸びているのが判ると思いますが、実は水中でも花をつけるようです。 面白いのは、水中では自家受粉します。 ところが、水上では他花受粉となり、ご覧のような綺麗な花を咲かせるのです。 植物では、開放花と閉鎖花を併用する例は必ずしも珍しくないようです。 このあたり、植物は動物に比べて、変幻自在です。

  

花の大きさは5〜6mmと小さいのですが、紫色の綺麗な花です。
○○トウガラシと名付けられたものに、スズメノトウガラシとアゼトウガラシがあります。 サワトウガラシが水田や湿地帯という水に浸った場所を選ぶのに対して、こちらは水田の畦とか、湿り気のある畑というような、もう少し乾いた場所に生息します。 名前は似ていますが、サワトウガラシとスズメノトウガラシ・アゼトウガラシは、同じゴマノハグサ科の一年草でありながら、別の属に分類されます。 花の形も、似ているけれどもそっくりではないといったところでしょうか。

  

左のスズメノトウガラシは、上下から潰されたような形が印象的です。 最近では、タイプの異なるものをヒロハスズメノトウガラシとエダウチスズメノトウガラシに分類するようになりました。 これに依れば、ビオトープのものはエダウチ・・・になると思われます。
右のアゼトウガラシは、スズメ・・・よりもオーソドックスでしょうか。 下唇の黄班が印象的です。
この2種は、気をつけていれば、まだ比較的観られるようですが、平地部では、アメリカアゼトウナなどの新参グループに押されているようです。
幸いにも、ここで紹介した3種は、現時点ではビオトープに細々と自生しています。 しかしライバルが多いようで、個体数は多くありません。 一年草なので、突然消えてしまうかも知れません。 まあ、周辺の水田や休耕田を探せば、あちこちで見つかるものと楽観しているのですが・・・。


8月27日 害草と呼ばれても:オモダカ

ビオトープの池で、そして稲穂が垂れ始めた水田の稲の隙間で、オモダカの可愛らしい花が目立つようになってきました。
余談ですが、オモダカは我が家の家紋だったはずです。 こういうことには、まるで興味がない私なので、乳母車の側面に矢じりのような模様が描かれていたということ以外には記憶に残ることもないのですが、それでも、なんとなくオモダカという名前には、郷愁に似たものを感じます。
田圃の雑草というイメージが強いオモダカなので、いささか意外な感じがするのですが、オモダカの家紋は、面高が面目を上げることに繋がり、矢じりを連想させる葉の形が武に繋がるというような、こじつけとしか思えないような理由により、毛利元就などの武人に好まれたということです。 デザインの中心は、やはり、花よりは、矢じり型の特徴的な葉になっています。 三つ葉葵同様に、デザイン的には安定感があるので、こちらが好まれた本当の理由のような気もします。



オモダカを食用に栽培した品種がクワイだと言われていますが、オモダカそのものは、あまり利用されることもないようです。 茎を伸ばして、3個の輪生した花を咲かせながら、咲き上がっていきます。 よく観ると、下部の方に咲く花は雌花です。 そして、上部の方には雄花を咲かせます。 したがって、一つの株で観ると、雌花が先に咲き、それが終わると雄花が咲くことになります。 これがオモダカにおける自家受粉の防止対策です。 稲とは違って、多様な遺伝子を確保するために花を咲かせるわけです。
上の写真は雌花です。 緑色のボールのようなものが雌しべの集まりです。 これから花茎を伸ばして、上に雄花をつけることになります。 雄花は、左下の写真のように雄しべの集まりになります。 右下は、特徴的なオモダカの葉を撮ってみたものです。 このように、同じ株に雄花と雌花をつけるので、雌雄同株と呼びます。

  

ご覧のように、美しくて、鑑賞価値も高いオモダカですが、お米を作る農家の立場からすると、稲を作るべき水田に侵入して、稲が吸収する栄養を横取りしてしまう厄介な存在ということになります。 そういう立場の人たちが「害草」と呼び、駆除に躍起になったことも容易に理解できます。 雑草むしりは、農作業のもっとも苛酷な部分だったといわれています。
農業労働を少しでも楽にしたいという立場から、農薬の開発が研究され、より強力な農薬の開発に力が注がれた時代がありました。 しかし、やっつけられる方も必死ですから、様々な耐性を確保して、生き残ろうとします。 こうして、人間と「害草」や「害虫」との間の戦いが繰り返されてきたわけですが、この泥仕合が、様々な弊害を生み出してきました。 より強力な「害虫」を誕生させたり、人間自身に健康被害を与えたり、環境を破壊したり・・・といった具合です。
最近では、農薬もなるべく控えるという考え方が浸透し、農薬使用も最小限に抑えられているようです。 あまり強力な農薬は使用が禁止されています。 ごく最近になって、田圃の雑草を観察し始めた私には、どのように変化しているのかを確認できませんが、夏が近づく頃から、水田の隅っこには雑草の姿が現れます。 中でも目立つのは、ミゾカクシ・オモダカ・コナギです。 この周辺の水田では、この3種類は、ほとんどの場所で確認できます。 農薬が減ったからだなと思っていたのですが、どうやらこの3種は、いずれも「強害草」に指定されています。 農薬に対して、耐性を獲得したので、駆除することが困難な植物という意味のようです。 早い話が、もっとも人間を手こずらせてくれた、繁殖力の旺盛な植物ということになるのでしょう。
ビオトープの池でも、これらの植物は自生しています。 稲作は行わないので、別に目の敵にすることもなく、ほとんど自然に任せてきたのですが、これらが目だって繁殖しているという印象もありません。 一人勝ちをすることもなく、自分の繁殖範囲を守っているという印象です。

  
ミゾカクシは、3種の中では、一番はじめに花を咲かせます。 コナギは、一番遅く開花し、ようやく咲き始めたところです。 これから秋に向けて、増えてくるはずです。

「雑草」・「害草」・「害虫」・・・という言葉は、私個人としては、使いたくない言葉です。 でも、これまで一般的に使われてきた言葉だし、人間が自分とは異なる生命を、どのように観てきたかを象徴する言葉なので、敢えて使うことにしています。 自らの能力を過信し、自分の都合と視点からしか世界を観ることが出来ない、これまでの人類を象徴しているように見えます。


8月14日改訂 稲の花

7月23日のお祭りを観に行って、神社の近くの水田に咲く稲の花を始めて観ました。 喜んで撮影したのですが、写真を観て、重大な思い違いに気づきました。 その時撮影したのは、厳密に言えば、咲き終わって閉じてしまった稲の花だったのです。 どうせならば、開いている状態の稲の花を撮りたいと、次の週は少し気をつけていたのですが、残念ながら花は咲いていませんでした。 もう開花時期が終わってしまったのだろうと、諦めていたのですが、ビオトープ周辺は田植えが遅いようで、お盆の頃になっても咲いていることに気づきました。 稲の花は、熱帯産の植物なので、気温が30度を超す蒸し暑い日の午前10時位を中心にして開花を始めます。 そして2時間ほどで受精を終わって、ほぼ閉じてしまうのです。 咲いている状態を観たかったら、蒸し暑い時期の蒸し暑くなった午前中を狙うということになります。 ちょうど開ききった状態でなければ、雌しべの姿を見ることが出来ません。 クラクラするような暑さになった11時前後、やっと稲の花の開ききった姿を見ることが出来ました。
野草ではありませんが、日本人の主食の花の珍しい生態を紹介したいと思います。



ご覧のように地味な稲の花は、お馴染みの虫媒花ではありません。 風媒花といっておけば間違いないと思うのですが、実は風の助けもあまり必要ではないようです。 というのは、イネはもっぱら自家受粉を行う植物だからです。
そもそも花を咲かせて実を作るというのは、自分とは異なる遺伝子と結合して、多様な遺伝子を残すという有性生殖の方法です。 自分とまったく同じ遺伝子を残す無性生殖の方法を採用するのであれば、地下茎で増えるなどの方法が一般的です。 多くの花は、自分自身の花粉で受精しないような対策を施しています。
もちろん、せっかく花を咲かせても受精しないよりは、自分自身の花粉でも良いから実を作るという植物もあります。 スミレのように春は他花受粉をし、それ以外の時期は閉鎖花を使って自家受粉をするという植物も珍しくはありません。
ほぼ自家受粉専門で子孫を残すという稲の方法は、少なくとも作物を栽培する人間の立場からは、非常に好都合なものだったでしょう。 それほど神経を使わなくとも、来年もおいしいお米を収穫できるわけですから。

  

えい(もみ殻になる部分)が開いて、中から雄しべが飛び出しています。 よく観ると下の方に白いフワフワが見えます。 これが雌しべです。 老眼では、何か白いものがあるかな? という程度です。 上から雄しべが垂れ下がって、雌しべに花粉をつける仕組みです。 だからほとんどすべての花粉は、自分自身の花粉ということになります。 自家受粉を嫌っていたら、ほとんど実をつけることが出来ないでしょう。 稲は大量の種子をつけることを選びました。 これは安定した食糧を探していた人間にとっても、極めて便利な存在でした。 稲と人間は、お互いに欠くことの出来ないパートナーになったのです。


7月17日 ワスレグサ

夏の訪れとともに、ビオトープ周辺の山里でもノカンゾウやヤブカンゾウの姿が目立ってきました。 この時期に咲くユリ科の多くはワスレグサ属の花です。 忘れ草の名は、憂いを忘れさせるほど花が美しいからとも、花が一日限りで終わるからともいわれますが、美しくて大きな一日花をつけることに関係しているようです。



ノカンゾウは、橙赤色の花を茎に10個ほどつけ、順番に咲き上がります。 花は一日花ですが、条件次第では2〜3日開くものもあるようです。 花の構造は、花被片6,雄しべ6,雌しべ1という典型的なユリの花です。
これに対して、ヤブカンゾウは八重咲きです。 八重咲きというのは、雄しべが花弁状になったということですから、種子が出来ません。 匍匐茎(ランナー)で拡がります。
永年、単純にこう考えていたのですが、今回少し調べてみると、ヤブカンゾウは3倍体のため結実しないと書かれています。 ヤブカンゾウは中国原産の移入種なのですが、我々に馴染みの深い中国原産の野草は、なぜか結実しないものが多く、ヒガンバナなどもその例です。 古代中国人はそのことを知っていたのでしょうか? それとも単なる偶然なのでしょうか?

  
左:ノカンゾウの花 右:ヤブカンゾウの花

ほぼ時を同じくして、池の畔では、今年もユウスゲが咲き始めました。 これもワスレグサ属のユリの仲間です。 去年も取り上げましたが、夕方に咲いて、翌朝には閉じてしまう一日花です。 一日花なので、茎にはたくさんの花をつけ、次々に咲き上がるのもよく似ています。
ユウスゲとそっくりな花を昼間に咲かせるのが、有名なニッコウキスゲです。 これも一日花です。 ニッコウキスゲはもう少し涼しい場所を好むようで、ビオトープ周辺では見かけません。 有名な長野県の霧ヶ峰高原の群生写真を載せておきます。
ワスレグサ属の野草はアリマキに好まれるようで、花茎にびっしりと群れている姿をよく目にします。 こんなところからも、近縁であることがうかがい知られます。

  
左:ユウスゲ:よく観るとアリマキが群れています。 右:霧ヶ峰のニッコウキスゲ群落


7月11日 一番大きなトンボ

我が国で一番小さなトンボは、去年紹介したハッチョウトンボですが、一番大きなトンボをご存じですか? 名古屋育ちの私でもお馴染みのオニヤンマです。
体長は♂で70mm、♀は80mmほどで黒と黄色の縞模様を持って、始終飛び回っている印象があります。 日本のトンボの大部分は初夏から夏の盛りによく見かけます。 ハッチョウトンボとほぼ同じ時期に登場するので、並んでとまってくれればいいのですが、生息場所も生態も異なるので、なかなか注文通りにはいきません。 この時期には、ビオトープの池にも頻繁に登場します。



オニヤンマは、中型以下の大きさのトンボとは異なり、腹を水平に持ち上げてとまるということはありません。 身体をぶら下げる体勢をとります。 オニヤンマに限らず、大型のトンボはこの傾向が強いようです。
ビオトープ周辺では、オニヤンマそっくりですが、一回り小さいトンボを時々見かけます。 多くの場合、これはコオニヤンマという別の種類のトンボです。 コオニヤンマというから、小型のオニヤンマだろうと思いがちなのですが、オニヤンマはオニヤンマ科、コオニヤンマはサナエトンボ科に分類されています。 科が異なるということは、それほど近縁ではないということです。 変種などとは違って、ずいぶん違う種であるということです。 ついでながら、ギンヤンマはヤンマ科で、やはりオニヤンマとはずいぶん違うそうです。
そうはいっても、オニヤンマとコオニヤンマは、見慣れない人間から観るとそっくりに見えます。 そこで一番簡単で確実な見分け方を調べました。 オニヤンマの複眼は、上の写真でも判るように、頭部の中央で僅かに接しています。 これに対して、サナエトンボの仲間は、複眼が左右に完全に離れています。 撮影角度の関係でもう一つはっきりしませんが、左下の写真は、コオニヤンマと思われます。
トンボの多くは、交尾したまま産卵をします。 細いイトトンボから大きなギンヤンマまで、♂♀が連結して、産卵している姿をよく見かけます。 しかしオニヤンマは、交尾が終わると♀は♂から離れ、単独で産卵します。 どうりで、産卵シーンが撮れないはずです。

  

オニヤンマとコオニヤンマは、幼虫の姿を見ると一目瞭然です。 右上写真はホタルの放流水路にいたオニヤンマのヤゴです。 太短い印象はありますが、ヤゴらしいヤゴです。 これに対してコオニヤンマのヤゴは、平たくて円盤状をしています。 無理矢理表現すれば、ダニのようなシルエットです。
オニヤンマが成虫になるまでの期間は、約5年といわれます。 蝉の場合は7〜8年なので、特に驚くべき数字でもないのですが、なんとなくトンボは1年で世代交代をすると思い込んでいたので、ちょっぴり驚きでした。