しんとした

だれもいない

まよなかの


→愛憐錯綜(あいれんさくそう)



「よう、ミリィ」
真夜中のAA。
一人、オペレーターの残業処理をしていたミリアリアがその声に顔を上げる。
そして相手の顔を認めてから、思いっきり眉を寄せた。
「・・・なんでまた抜け出してるのよ・・・!」
苛立ちをこめて言葉を吐く。
しかし相手はその響きすらも嬉しそうに笑う。
「いいだろ?ミリィに逢いに来たんだ」
独房に繋がれている筈のザフト軍の捕虜・・・ディアッカ=エルスマンの答えに、ミリアリアは厳しい眼差しを返した。


「・・・コーディネーターって縄抜けとか脱獄とかも遺伝子に組み込まれてるの?」
パソコンに向かい、最近の戦闘の調査書を打ち込みながら憎々しげに呟いた。
以前、この艦でモビルスーツを操ってた元同級生の拾ってきた敵国の歌姫もそうだった。
出ちゃいけないと何度も言っているにも関わらず、ノホホンと何度でも『散歩』を試み・・・いや、実行していた。
「や?別に〜。訓練したらできるだけだぜ?学習すればそれだけ呑み込めるモンが大きいってわけだし、『俺ら』って。
ま、俺の場合それプラス ミリーへの愛ってとこかな♪」
俺って健気〜などと自画自賛する彼を再び睨んで黙らせる。
そう。
なぜだかこの敵国の(自称)エリートパイロットは 妙に自分に付きまとってくるのだ。
お互い良い印象を持てるような出会いをしていないのに。本当に。
一体何が気に入ったのかさえ分からないが、やたら軽い口調で口説いてくる。
女の子が他にいないから?
いや、美人な子だったら自分よりも絶対にフレイとかちょっと年上だけど艦長とか副艦長とかがいるじゃないか。
それとも好みの問題だろうか?

まあそんな問題は置いておいて、とにかく自分を気に入っている様子の青年はこうして夜な夜な独房を抜け出し自分に逢いにくるのだ。
もちろん寝室とかまでは来ない(というか、来たら今度こそ本当に刺し殺す)。
盗聴でもしてるのかどうか知らないが、ぴったり自分が残業する夜だけを狙ったように徘徊する。
そして他の誰にも見つからず、毎夜自分とだけ会話をして、朝日が昇る前に独房へ戻り 自らを捕える。
初めてこの男が艦内を夜フラフラ歩いているのを見たときは心臓が止まるかと思った。
思わず呼び止めたら、それ以来なんだか奴は自分を目指してウロつくようになったらしい。
何が目的かなんて知らない。
もしかしたら自分が見ていないところで他の女と会ってるかもしれないし
自分に逢う方がカモフラージュで、本当はスパイ活動をしてるのかも知れないけれど。
その可能性を考えた時から、仕方がないから精一杯この男を自分の元へ引き止めて、怪しい動きをしないかどうか・・・仲間たちのために見張っている。
そうして2人はいつも他愛無い(一方的な)話をして夜を明かすのだ。

(・・・なんでこんな奴と話してるのかしら)

黄緑に発光するディスプレイに照らされ、私は思う。

別にコーディネーターは嫌いじゃない。
キラのことだって別にコーディネーターだからって差別したことはない。
フレイが前コーディネーターを『気持ち悪い』と評価したときも「それだけは違う」、と強く感じた。
だって同じ人間じゃないか。
ただ、ナチュラル(私たち)よりも
能力が高いってだけの。

でも

(トールがいない)

思考はソコで停まってしまう。
差別をしないことこそ美徳だと考えていた 最も愛しかった人が

今は いない。

消化されていく日々はどんどん残酷さを帯びて、焦燥感を募らせる。
M・I・A。
その言葉が、どんどん加速して 重圧を増す。
現実味を。嘔吐感を。
頭を働かせようとすると、彼の『遺品』を詰められた紙箱を見ると
まるでゆっくり蓋が閉じられるように
自分の表情も消えて 逝く。

(・・・・・・どうして『こいつ』なの?)

別にコーディネーターは嫌いじゃない。

だけれども

目の前にいるこの青年が

彼を失う原因に加担していたのだと思うと

『戦争』をしていたのだと思うと


また目の前が暗くなる。


「・・・ミリィ?」
「!」
気がついたら至近距離で見つめられていた。
思わず仰け反る。が、勢いがつきすぎて
「!?ッきゃ・・・」
「ぅお!あぶ・・・ッ!」
椅子から落ちそうになった。青年によってそれは阻止されたけど。
腰にしっかり手を添えられて。
その事実に気付き、赤面しながら身じろぎする。
「・・・ありがと。放して」
「ヤダ」
「・・・・・・・・・・・」
今度こそ本気で睨む。きっと今なら蛇をも震え上がらせられる形相のはずだ。
しかしながら自分のそんな視線もどこ吹く風、といったように青年は口を笑みの形に歪める。
・・・いやらしい。
「しかしほっそいね〜。ちゃんと食べてんの?」
「放しなさいよ」
「最近夜もずっと起きてるじゃん。身体大丈夫なの?」
「アンタには関係ないでしょ。だから放してってば!」
「関係あるよ。ミリィのことだもん」
最後の最後だけ、咬み合った言葉。
「・・・・」
私は沈黙する。
きっと瞳は
怒りに燃えたまま。

急に黙った私に、青年は怪訝な顔をする。
「・・・ミリィ?」
「五月蠅い」

(もうやめて)

頭の中の警報。

「アンタにそんなこと言う資格なんて、ない」

(入ってこないで)

ガンガンと喧しく。
自分の呼吸がやけに響く。
「・・・ミリィ?」
「・・・馴れ馴れしく名前を呼ばないで!!」

(踏み込んでこないで)

握り締めたこぶしがブルブル震える。
額の奥が、眼球の中が、熱くて赤くて
壊れる。

「そう呼んでいいのはアンタじゃない!!」

言った途端、大粒の涙が落ちた。
視界が融ける。金髪の青年の悲しそうな表情を残像にして。

(なんで『こいつ』なの)
目の前にいるのが。
(なんで『彼』がいないの)
一番今居て欲しいのに。
じゃないと、じゃないと私は。

悲しみと悔しさと恐ろしさといろんな感情が、涙を媒介にしたように流れ、融解する。
きつく目を閉じ、顔を両手で覆う。

「・・・ごめん」
言葉と共に、大きな手がクシャリと髪をなでた。
驚いて顔を上げる。
青年は笑っていた。哀しい、笑顔で。
(なんで笑うのよ)
トールと、同じ表情で。
今、確実にあんたを傷つけたはずなのに。
やり場のない、私のただの自分勝手な怒りを
アンタにぶつけてやったのに。
苦しい。
悔しい。
なんで、何で私ばかりこんな思いしなきゃならないの?
エゴイズムと自己嫌悪と後悔とで、涙がまた出てきた。

(トール、早く戻ってきて)
笑顔を見せて、いつものように言葉をかけて。
抱きしめて、私を安心させて。
じゃないと私は
あなたを裏切ってしまう。

この男の優しさに、安らぎに

負けてしまう。


唇を噛んで、もう一度言葉を紡ぎだそうとするが
先ほど酷いことを言うのにはあんなによく動いた舌が、今は根元で固まったようにもつれ 喉はヒリヒリと乾く。
青年の顔を見る。
心配そうに、心底すまなそうに私を気遣っているのが解る。
ここで彼を忘れてこの青年に泣きつけたらどんなに楽だろう。
そんな誘惑が胸をよぎった。
だけど。
たくさんの想いは結局

「分かったなら もう 触らないで」

そんな残酷な言葉にしか、ならなかった。








ミリアリアさんなびきかけ。
しかしながら頑なに拒否。
本編との時間上のつじつまなんか未知の言葉。
色黒は相変わらず妄想の産物。
そしてオチが甘い・・・!
あいたたた・・・