会った瞬間、心臓を貫かれたかと思った。
生まれて初めて生で接触したその肌の色彩は
ブラウン管や雑誌を通して観るよりよっぽど強烈で
思わず俺は
初対面の相手を力いっぱい殴っていた。
「・・・イザーク!」
移動教室の途中、呼び止められ振り向いた。
クラスメイトの一人が、初等部のリボンタイを揺らしながら走ってくる。
「次社会科室だろ?一緒に行こうぜ!」
「・・・ああ」
顔面に貼り付けた笑顔で馴れ馴れしく話しかけてくる、名前も覚えていないクラスメイトに頷く。
すると相手は訊いてもいないのに、一生懸命俺に向かって讃美の言葉を並べ始めた。
俺は適当に聞き流す。
こういう輩は実に多い。
俺に取り入るよう、親にでも言われているのだろう。
こんな風にこいつらが寄ってくるのは所詮俺の母上…エザリア=ジュールの名声とコネが目当てだ。
その見え見えのお世辞と媚を目にするたびに 俺は心底ヘドを吐きたくなってくる。
誰も『俺』自身は必要としていない。
そんな孤独感に強く襲われる。
こんな奴らの相手なぞ、絶対にしてやるものか。
俺は密かに眉間にしわを寄せた。
「・・・あれ?アイツ・・・ディアッカ=エルスマンじゃん?」
ぽつり、とクラスメイトが呟いた言葉にものすごい勢いで反応し、顔を上げる。
素早く目線を走らせると、鮮やかなコントラストが廊下を横切った。
思わず見惚れる。
すこし長めのカールがかった前髪と、褐色のうなじに線を描く金色の後れ毛。
ややタレがちの紫水晶の瞳はしっかり前を見つめたまま。
半ズボンから伸びたすらりと細い足も綺麗だ。
アレは生きる芸術品じゃなかろうか。
・・・って変態か、俺は。
「・・・イザークってアイツのこと嫌い?」
「・・・なに?」
急にクラスメイトが問うてきた。
予想外の質問に聞き返してしまう。
しまった、何も話すものかと思っていたのに。
すると、相手は機嫌を損ねたと思ったのか 大慌てで弁解してきた。
「だ、だっていっつもイザークすごい顔でアイツの事睨んでるし、いっつもど突いてるから・・・い、いや好きなら別に良いんだけどさ」
「す!好きなんかじゃない!!」
自分でも驚くほどの大声が出てしまった。
どうしよう、なんて声を出したんだ。この俺が。
でも恥ずかしさのためか、口は滑らかに動いた。
「あんなヤツ誰が好きなものか。転校生だか何だか知らないが俺に挨拶もしないし無口で陰気だし!
ああいうヤツを見てると苛々するんだ!あんなヤツ…好きな筈ないだろう!」
確かに俺は、初対面からヤツ…ディアッカ=エルスマンのことを思いっきり殴った。
理由もわからなくて、母上にはものすごく怒られた。
それ以来アイツも俺を避けるようで、俺はそれを追っかけてってまた殴った。
でも、でも多分それはなんだかきっと違くて。
一気に言い切ると、暫らくクラスメイトはポカン、とアホ面を曝していたが
急に我に返り「そ、そうだよな!」と相槌を打った。
俺はまだ巧くごまかせたかどうか本気で動揺していて、気付かなかった。
クラスメイトが、微かに笑っていたことに。
放課後の教室。
誰もいない、珍しく取り巻きどももいない静かなオレンジの光の教室。
俺はボンヤリと自分の席に座って考え事をしていた。
俺は頬杖をついて遠くを見た。
(何故俺はアイツをかまいたくなるんだろう?)
アイツを見ていると、心臓を鷲掴みされたような気分になる。
ほの甘い気持ちが胸に広がり、同時に息苦しくなる。
話し掛けようとすれば、なんだか言葉に詰まる。
そして
どうしようもなく殴りたくなってくる。
「・・・なんなんだ、それは」
渋面。
考古学の謎を解き明かすのは好きだが、今現在自分が置かれた状況が不可解なのは大嫌いだ。
「・・・いつかわかるんだろうか」
そう呟いて、無意識に窓の外を見やった。
その時
「!」
たった今思い浮かべていた人物が中庭にいるのが見える。
俺の心臓は跳ね上がった。
彼は夕日に照らされながら、熱心に読書をしていた。
こんなとき、自分の視力をとても良く創ってくれた両親に感謝する。
中庭と3階の距離でも、彼を盗み見ることができるのだから。
彫像のように動かない彼を、俺は食い入るように見つめていた・・・のだが。
「・・・・?」
急にディアッカ=エルスマンが顔を上げ、怯えたような表情になった。
続いて、数人の影に囲まれる。
影は、自分の取り巻き達だった。
取り巻き達は何か言っているようだった。
口元には、俺に向けるのとは全然違う――しかし、質は違わないだろう笑みを浮かべ。
背筋を何かがぞっと伝った。
嫌な予感がして、窓ガラスに張り付く。
ディアッカは険しい顔で逃げ道を探していたようだったが、立ち上がったところで取り巻きの一人が彼の腕を掴んだ。
そして
嘲笑いながら他の奴らが。
「・・・あいつらぁ!」
一瞬で沸点は限界をふり切った。
宙を切る拳を見届けるまでもなく
俺は、3階の窓のサッシを飛び越えた。
俺がソコまで走り、辿り着いた時には、既にディアッカ=エルスマンは腹を庇うような恰好でうずくまっていた。
それをなお、奴らはいたぶっていた。
俺は息を切らせて、そのおぞましい光景を睨んだ。
「い、イザーク!?」
ギョッとしたように取り巻きの一人が叫んだ。
囲んでいた数人も振り向く。
「だ、大丈夫なの?あんな高いところから飛び降りて」
心底心配そうな顔。
口々に俺に掛けられる労りの言葉。
しかし、俺が食い入るようにうずくまった少年を見つめていることに、一人が気付いた。
そして自慢げに言う。
「見てくれよ、イザーク!お前がこいつの事気に入らないって言うから、今皆で制裁加えてやってたんだ」
誇らしげに頷く奴ら。
薄汚い笑い声。
しかし俺は、さっきまで頂点に登りつめていた血の気が一気に引くのを感じた。
(・・・俺のため・・・?)
俺のために、コイツに危害を加えたって言うのか?
俺が、不用意な一言を言ったから?
ディアッカ=エルスマンへの罵声がまだ聴こえる。
唇をかみ締めた。
そして
ドス!っと景気のいい音を立てて
俺の目の前でニヤニヤ下卑た笑いをしていた少年が宙を飛んだ。
いや、正確には 俺が殴り飛ばした。
「な、何すんだよ!イザーク!?」
他の奴らが慌ててその少年を受け止める。
俺は直立不動のままそれを見下ろした。
抗議しようと数人がひるんで口をつむぐ。
ディアッカ=エルスマンが驚いた顔でコッチを見ているのを感じた。
「・・・そいつと同じ目にあいたくなかったら・・・」
俺はドスを利かせた声で言った。
「二度と、コイツに薄汚い手で触れるな!!!!」
それが合図だったかのように、取り巻き達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
それを見届けてから、俺は急いで取り残された彼に駆け寄り しゃがむ。
彼の手足は痣だらけで、唇も額も切れていた。
綺麗な金髪も乱れて今はひどく痛々しい。
「・・・・・・すまない」
自然に謝罪していた。
指先が震える。
ああこんな言葉、俺は言えたのか。
すると彼は不思議そうに言った。
「なんで?アンタは何もしてないじゃない」
それを聞いた途端、俺の視界がぼやけた。
ディアッカ=エルスマンが驚いた顔になる。
「・・・俺のせいだろ!?」
何だか悔しくて、哀しくて怒鳴る。
自分は泣いているんだと気付いた。
「俺が・・・俺が、あいつらにお前のこと好きじゃないなんていったから・・・
俺が、あんなこと言わなきゃお前は殴られたりなんか、しなかっただろ!?
本当に・・・すまな・・・っ」
最後のほうは嗚咽で言葉にならなかった。
俺に気に入られるために、そんな短絡思考の行動をしたあいつらが憎らしい。
でも、もっと何十倍も
そんな風に仕向けて、彼に怪我をさせてしまった
自分のほうが、殺してやりたい。
自己嫌悪に泣く俺に、ディアッカ=エルスマンは声を掛けようとためらっていたが
急に手を伸ばして俺の肩をポン、と叩いた。
俺は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。
ディアッカ=エルスマンは言った。
「でも、アンタの心からの言葉じゃないんでしょ?それにアンタ助けてくれたし」
一呼吸おいて、笑う。
「ありがとう」
もう一度涙が溢れてきた。
そっと彼の傷口に触れる。
一瞬彼は顔をしかめたが、すぐに笑顔を作る。
ああ、そうか。
ずっと俺がコイツを苛めてきた訳。
それは
(コイツの肌に触れたかったんだ)
自分を見て欲しくて、興味を持って欲しくて
・・・その肌に触れたくて。
「・・・すまない」
もう一度口をついて出た謝罪。
ゆっくり彼を抱きしめる。
ディアッカ=エルスマンはすこし強張ったが、すぐに力を抜いた。
俺は彼の耳元で囁く。
「・・・大丈夫。俺が、これからは守るから」
二度とこんな風にはならないように。
誰もお前を傷つけないように。
お前を大好きだから、とは
胸の奥にしまって。
こうして俺とディアッカは『親友』になった。
初めて 俺に利害目的で近づいてくるわけではない人種の彼は、想像以上に一緒にいて安らぐ存在だった。
あの取り巻きどもは決して俺には近づかないようになった。
俺がコチラを伺う奴らを、物凄い剣幕で睨んでやったから。
ディアッカと俺が仲良くすることを妬む奴らもいたが
その後ディアッカの父、タッド=エルスマンが最高評議会の委員に選ばれると、彼にとやかくいう事はなくなった。
すべてが万事うまくいった。
ディアッカも俺に心を開く様子が目に見えていった。
だがしかし
17歳の今、1つ問題が進行中。
「・・・・・・なんで貴様、大きくなったんだ!!」
「・・・無茶言わないでくれる?」
成長期という理不尽なモノのお陰で
彼の背はぐんぐん伸びて
華奢だった手足もしっかりして
おまけに今では
俺より1センチ高い身長。
「・・・・・俺が守れないじゃないかぁ!!」
呆れを含んで見下ろす相手を睨んで叫ぶ。
ディアッカは天を仰いで呟いた。
「・・・自分の言葉に脈絡ないって気付いてないでしょ?」
俺はあの時のように
思いっきりディアッカを殴り飛ばした。
終。
■私はオチをつけないと気がすまないらしいです。
っていうかコレ、『昔』と交換した方がいいだろう。ひぃ。
なんだか『×××』の馴れ初めな感じ。
イザークには絶対取り巻きがいたと信じてやみません(迷惑な)
私本当イザークさんのイメージ『漢』ってのしかなくって、なんだか可愛らしく書けません。今更ですか、そうですか。
そして最近本を読んでいないのでボキャブラリーが貧困になってきました。
オチも似てる。最悪!?(゜ロ゜;)
頑張りますよ!ひーん!
そしてまあとりあえず、泪流さんと話し合った結果としては
初等部のリボンタイ&半ズボンは当然だと!!!(脱兎)