いつもの真夜中

いつもの緑の光に照らされて

いつものたわいない会話


でもひとつだけ違ったのは

「じゃあ逃げようか」

いつもと違う
彼の真剣な表情。




「…何を言っているの?」
私は怪訝な顔をしてディアッカ=エルスマンに問う。
彼は口の端を上げ、悠然と腕を組む。

「だから言ったとおり。そんなに戦争が嫌なら逃げようってこと」
「馬鹿言わないで」

一蹴する。
その対応にディアッカ=エルスマンはちょっと眉をしかめた。
それを少し『いい気味』と思って続ける。

「戦争から逃げる?今この状況で?そんなこと可能だと思ってるの?」

本当に馬鹿げた話だ。
思わず笑う。

「『コーディネーター』ならできるっていうの?」

いつもは決してしない揶揄。
でも言わずにはいられなかった。

嫌だからと思って逃げられるほど、戦争っていうのは甘くない。
がんじがらめ、シガラミのように世の中に絡み合って
抜け出すのなんて、終わるのを待つしかないんだろう。

そんなこともうとっくに…嫌になるほど、肌で感じている。



でも、答えたのはいつもより一段低い声。

「…『俺』となら大丈夫だよ」


まじまじと見上げる。

「…どういう意味?」

頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。

ディアッカ=エルスマンは笑む。


「『俺』となら大丈夫だって言うんだよ。俺はただのコーディネーターじゃない。…Gがある」

ぎらぎら熱い光を宿す眼を、食い入るように見つめてしまう。

「バスター…Gには二人くらいなら乗れるぜ?ちょっと狭いだろうけど。
俺だってとりあえず赤を着てた奴だし、どっから追っ手が来たって大抵は守れるよ」

空調の音が静かな艦内に妙に響く。

「燃料尽きたらそこら辺のプラントに寄って手に入れて、どこか気に入った場所があったら住めばいい。
しばらく静かに暮らして、んで追われたら残念だけどまた逃げてさ」

緑に照らされ、青年は笑う。

「そんな風にしてたらきっと、いつかは、ひとつ位は
戦争のないところへ行けるかもよ?」


沈黙。

青天の霹靂。
きっと、こんな感じのことを言うんだろう。

ゆっくり、今彼が言った言葉を咀嚼する。

(…逃げられる?)
この 忌まわしい世界から。

(静かに暮らせる…?)
ここから逃げ出せば。

(…いつかは行ける?)
戦争の、ないところに。

急に現実味を含んだ美味しそうな計画が、目の前にぶら下がっているのを感じる。

それこそ、手を伸ばせば 届く距離。


瞬きを忘れてしまったかのような瞳を、ゆっくり閉じる。
もう一度瞼を開いて、ひた と彼を見据える。

そして言い放つ。


「遠慮するわ」


案の定、といった彼の表情。
私は続ける。

「今、私が逃げたってどうにもならないでしょ?
たとえ一時楽になれたとしても、きっと私はそのあと後悔する。仲間を置いていった、って。
それに自惚れるわけじゃないけど、私が今こうしてAAにいる事だって何かの役には立てているし。…少なくともオペレーターとしては」

確かに辛い。
戦闘が始まると今でも怖い。
慣れない。

でも

「そうして私が戦うことによって、私と同じ想いをしないで済む子がいるかもしれない。
…これはただの自己満足な考えだけど」

あんな想いは
もう誰にもさせたくない。

誰にも泣いて欲しくない。

誰にも…愛する人を失って欲しくない。


「だから、逃げるよりも今は戦いたいの」


大丈夫。
私は強くなった。


もう一度沈黙。

ディアッカ=エルスマンは私の小演説を真剣な眼差しで聴いていた。
その視線が居たたまれなくて私は思わず
「それに、バスターでどこまでも、っていうことは要するにアンタと逃げるんでしょ?」
と言ってしまった。
「そんなのごめんよ」と冗談めかしてそっぽを向く。
すると、笑いをこらえながら「そーか、残念」と呟く声が聞こえた。
改めて顔を見ると、やっぱり彼は笑っていた。

なんだか妙に 満足そうな顔で。

思わず見惚れる。
彼には絶対言わないけれど、実は私は 彼のこの表情は結構好きだ。
彼はゆっくりと立ち上がった。
窓の外を窺うと、白々と夜が明け始めていた。
彼の『帰る』時間。

「じゃあね、ミリィ」
そう言って彼はゆったりした歩調でドアまで歩いていく。
そして軽い音を立てて開いたドアにもたれかかって、急にこちらを振り向いた。
「な、なに?」
背中をぼんやり見ていた私は、驚いて上ずった声が出てしまった。
でも彼は頓着せずに、私を見つめたまま言う。


「でもね、忘れないでね」

一言一言、噛み締めるように。

「俺だけは何があっても、アンタの味方だからさ」



身体を駆け巡る血流。
一気に顔に血が上る。
それを見とめてか、ディアッカ=エルスマンはニヤリと笑って言った。

「だからいつでも俺と逃げたくなったらいいなよ?」
「…ばっ!だからアンタとなんか絶対嫌だって言ってるでしょ!!」

私の答えに彼は軽快に笑って、ドアは閉まった。
私は、いつの間にか立ち上がってしまっていた椅子に再びへたり込む。
…きっと今の台詞は、物凄く説得力に欠けていたに違いない。
熱を持った両頬を、自分の手で包み込む。

「…絶対、逃げないもの…」

そう口の中で転がし、私は目を閉じる。
何か 急に
安堵感を感じて。







「・・・・絶対、嫌・・・か」
俺は耳に残った彼女の声の感触を楽しんでいた。

彼女は最近、明らかに変だった。

周りのクルーは気づいていないようだったが、自分だけは彼女の違和感を見取っていた。
何かに恐れ、焦っていることは明白で、異常なことは確かなのに
彼女自身がその異変を感じ取れていなかった。
空元気で周りに話しかける彼女が痛々しかった。


だから、逃亡計画を持ちかけた。


別に軽口のつもりは毛頭なかった。
半ば本気で、そしてやっぱり相手にされなかった。

でも それでよかった。

彼女だったら絶対に誘いにノらない、と確信していたから。
こんな計画にノって、仲間を見捨てるような彼女を好きになったわけじゃないから。


(それに)

(これで逃げる『場所』もできたでしょ?)


どこかアトがある、と思えたほうが人間は楽なもんだから。
あわよくば、その『逃げ場所』が『自分』になれたらいいけれど

(気持ちの原点にも戻れたみたいだしね)

自分を見つめた水色の瞳には、もはや何の迷いもなかった。

自分が愛した 強く気高く
優しい彼女。


「ま、いざとなったら本当に俺だけは味方でいるしね」


彼女が何かに折れてしまったときは
誰を敵に回しても彼女を守ろう。


一人ほくそ笑みながら、俺は差し込む朝日に目を細めた。









■…お互い屈折した愛情ですこと!(笑)
まあまあミリィさんがディアッカさんに心を許していらっしゃる頃の設定で。
ディア→ミリは良いです。もう種で一番好きな男女カプです。
でもあんまりくっついては欲しくない…
いつまでも片思いの方向でよろしくお願いします!くっつくとしたらまぁ戦後5年後とかで…(鬼か)
なんだか文のまとまり悪いですがこれで勘弁してください;
お題小説、だんだん長くなるのが今の悩みの種…
一刀両断して!!ディアッカ!(黙れ)