イザークの朝は早い。
それは地球に降下しても変わらない。
毎朝目覚ましより早く目覚め、精錬された動きで身支度を整える。
そして全てを終えてから朝一番の大仕事に取り掛かる。
すなわち、寝起きの悪い同僚をたたき起こすこと。
「おい、ディアッカ起きろ。」
未だ日の光を遮断するように丸まる毛布の山に一声かける。
が、不明瞭な言葉が毛布越しに返ってきただけ。
イザークは皆まで聞かず ツカツカと布団団子に近寄ると、思いっきりその塊を引っぺがした。
まさに問答無用。
しかしながらこの寝汚い幼馴染はこうでもしないと起きないことは経験済みである。
ついでに言うと完璧に起こすためには強烈な蹴りも必要である。
彼に付き合って自分まで会議に遅刻、なんてのは絶対に嫌だ。
だが、イザークの足は蹴りを構えたまま 固まった。
ゆっくり目をこすり、もう一度まじまじと彼を見つめる。
いつもの衝撃に備え、身を硬くしていたディアッカが不審そうに目を開ける。
「…どうしたの…?イザー…」
「…ディアッカ」
「ん?」
言葉をさえぎられ、更に首を伸ばすディアッカ。
イザークはその間も一点を見つめたまま動かない。
そして苦々しそうに言葉を吐き出す。
「…貴様、地球に来て…何か変なもの食ったか…?」
「…は…?」
心外そうに半眼になるディアッカの頭上には
それはそれは可愛らしい
「・・・・・犬の耳・・・・」
眉を寄せて呟くイザーク。
意味が理解できず、恐る恐るイザークが見つめているあたりに手を伸ばすディアッカ。
絶叫まで、後3秒。
→→野生の?ENERGY
「…と、いうわけでどうしましょうか、隊長」
ジブラルタル基地の通信室。
重々しくイザークは液晶画面の先にいるクルーゼに、今朝からの異常事態の説明をした。
隊員の一大事、ということでその場に集められていたらしいアスランとニコルが
自分たちの隊長の後ろで、信じられないという風に目を見開いている。
しかしクルーゼは(内心はどうだか知らないが)動揺など微塵も感じさせぬいつもの口調でイザークに向かって労う。
「なるほど。それは大変だったな、イザーク」
神妙にイザークも頷く。
そう、大変だったのだ。
朝起きたら、幼馴染兼親友のディアッカの身体に信じられない変化が起きていた。
犬の耳と、尻尾が生えている という変化が。
非現実的でばかばかしいと思う。
実際自分も目にしなかったら、鼻で笑い飛ばして「もっと睡眠とれ」とでも言っていただろう。
だがまさしくそれは現実で、試しに耳を引っ張ってみれば大音量で悲鳴を上げられた。
マフマフと茶色い尻尾もしっかり動く。
非常事態に動転しながらも、とりあえずは上官に説明しようと
まだ呆然とする彼の頭に帽子をかぶせ、尻尾は支給品のコートを着せることで隠し
一般兵の興味深げな視線から逃れながら、コソコソとここまでやってきた。
勿論、入室後は『立ち入り禁止!!!』とでかでかと書かれた札を吊るすことも忘れない。
その冷静な判断力は、さすがはアカデミートップ10というべきか。
「で、その当のディアッカはどこに居るのかね」
クルーゼの問いかけに、イザークは後ろを振り返り顔をしかめる。
「出て来い、ディアッカ」
眉間に皺を寄せたまま、ツカツカと部屋の隅に行くと
通信機のカメラから見事死角になっている位置でうずくまっているディアッカの襟首をつかみ、立ち上がらせる。
「いで!や、やめろよイザー」
「やめて欲しかったらいつまでもジメジメしてないで立て、腰抜けが」
「俺にも面子ってモンがあるんですけど!」
「面子も扇子も関係あるか。そもそも誰のせいでこんなことになってると思っているんだ」
「俺のせいじゃないし!すっごい原因不明な不可抗力だろがっ!!」
「貴様上官に顔も見せず話を進める気か?」
その言葉にうぐっと詰まった彼を、イザークはずるずると容赦なくカメラの前まで引きずって行く。
慌てて踏ん張ったディアッカだったが、一度力の均衡が崩れると それに抵抗することは無駄な努力である。
ペイっとカメラの前に放り出されてよろけたディアッカは、恐る恐る画面を見上げる。
ピクピクと所在無さげに動く両耳。
「・・・ほう、これはこれは・・・」
初めてクルーゼが驚きの声を上げる。
背後のニコルとアスランの動きが、ものの見事に静止する。
気まずい沈黙。
耐え切れなくなったのか、ディアッカはわざとらしい笑みを画面に向け言う。
「あ〜・・・、何か・・・生えちゃったみたい、です」
「ふむ、そのようだな」
冷静に返すクルーゼ。
どうしたらよいのか、といった風に赤い制服からはみ出した尻尾がしょんぼりと垂れる。
今にも『クゥ〜ン』と泣き声が聞こえてきそうな光景だ。
「ディアッカ」
クルーゼはあごの下で指を組み替え訊く。
「…はい、何で」
「お手、と言われてしたくなるか?」
「なりません!!!」
いつもより若干からかいを含んだ声音に、ディアッカは即答で返す。
「そうか残念だ。ではボールに過剰反応する、ということは?」
「断じてありませんご心配なく!!」
垂れてた尻尾をパンパンに膨らませて抗議するディアッカ。
クルーゼは珍しく愉快そうだ。
そして、彼らのやり取りを後ろで見ていたイザークが,、口元を押さえ俯く。
肩は小刻みに震え、まっすぐな銀髪はその秀麗な顔にかかって、なんとも悩ましげなのだが
その心は
(・・・・・・・・・・・・か・・・、可愛い・・・・・・・・っ!!)
…という悶えで満載だった。
なんだあの犯罪的な愛らしさは。
昔自分の家で飼っていた犬にそっくりだ。
キャンキャン吠える、茶色で大きな実に可愛らしい犬だった。
ちょうどあんな感じに耳も垂れていて、表情の代弁をするようによく動く尻尾を持っていた。
朝触ったときの毛並みの手触りもなんとなく似ていたと思う。
ああもう一度触りたい。
いや違う。俺はそんな邪まな理由で触りたいんじゃなく、ほらその、未知への人類の英知のためにだ。
痛覚があるんだから当然神経が通っているんだろう。
だからあんなに変幻自在に茶色いフサフサが動くんだ。
ああそれにしたって、なんだってそんなに愛らしい尻尾を持っているんだ貴様…!
悶々と含み笑いを必死でこらえるイザーク。
しかし、それは画面からの戦慄く声によって中断させられた。
「・・・・・・・でぃあっか・・・・っ!」
動揺しきり、上ずった声。
呼ばれたディアッカも耳をピクリと立て、そっちをみる。
そこにはクルーゼ隊最年少、宇宙の妖精ことニコル・アマルフィー(15)。
「・・・どうした?ニコ」
ドカ
「ディアッカ!!もう一度帽子をかぶってください!!直ちに!!即刻!!!」
クルーゼの言葉を遮り、あまつさえ彼を押しのけてニコルはカメラに詰め寄った。
その顔には、いつもの少女めいた柔らかな雰囲気など微塵もない。
「ど、どうしてさ ニコル。結構あれ暑いんだけど」
突然の同僚の変化に動揺しながらも、ディアッカは果敢に抗議する。
…やや伏せられた耳が彼の心情を大いに表しているが。
ニコルは据わった目でそんなディアッカを睨む。
そして言い放つ。
「何言ってんですか、ディアッカ!!貴方、自分の貞操が心配じゃないんですか!!?」
『・・・・・・・・・・・・・はぁ?』
これにはイザークも一緒になって間の抜けた声を上げる。
が、ニコルはかまわず続ける。
「元から貴方は可愛かったですがそれでもそこら辺の男の目に留まるほどじゃありませんでしたから安心してましたけど…
でも駄目です!!犬耳なんてオプションは犯罪です!!傍目に、贔屓目抜いたって可愛らしすぎます!!
しかも尻尾まで付いているんでしょう!?マニアにはもうそんなの堪りませんよ!絶対駄目です!!隠してください!!」
自分より遥かに『可愛い』という形容詞が似合う少年に、目に涙をためて力説され、ディアッカは顔面に硬直を起こした気がした。
「に、ニコル…俺に限ってそんなことはないだろ・・・」
お前ならまだしも、という言葉は飲み込んで、なんとか笑顔を作って台詞を搾り出すディアッカ。
しかしそんな彼をもう一度一睨みして、ニコル様はサクランボのような唇でのたまう。
「何言ってるんですか!僕がその場に居たら即効で●しますよ!!自覚してください!!」
自覚も何も。
(…こいつからだけは絶対そんな言葉聞かないと思ってたのに…)
そう現実逃避をしながら、今度こそディアッカは絶句する。
イザークなど普段から白い肌をさらに青白くさせている。
するとニコルは今度は
「ねえアスラン!?」
といって さりげなく壁際まで逃げていた憧れの同僚に向かって叫ぶ。
「は、はい・・・!」
あまりの気迫に、嫌な汗を流しながら敬語になるアスラン。
ニコルは詰め寄りながら問いかける。
「アスランも、あんな耳が付いている人を見たら抱きしめたいと思うでしょう?尻尾をぱふぱふ振っていられたら触りたいとか思うでしょう?
それが好きな人だったらなおさら!!」
一瞬、ザラ家のご子息が考え込む。
その妄想に当てはめられた人物が誰なのか知る由もないが
次の瞬間、彼は力強く「…ああ」と肯いた。
「んな!?」
それを聞いてイザークが声をひっくり返す。
ニコルはやっぱり…!と言わんばかりに片手で顔を覆い、深くため息をつく。
それからニコルは床に転がされ、やっと着衣の乱れを直し終えたクルーゼに向き直り、その襟首を思いっきり掴んだ。
決死の表情でクルーゼに頼みこむ。
「隊長…今すぐ僕たちを、いえ、僕だけでもいいです。地球降下を許してください!ディアッカの身が心配なんです!」
傍から聞いていたら彼の容姿もあいまって、なんとも涙ぐましい台詞だったろう。
ただし諤々と勢い良くクルーゼを振る腕と、後に続く
「薄汚い一般兵が彼の尻に目を向けると考えただけで怖気が立つんです…!」
…という言葉さえなければ。
「・・・・・・・怖気が立つのはどっちだ!この変態!!来るな!絶対に地球に降りてくるな!!!」
そしてその言葉にとうとうイザークがメーターを振り切って怒鳴る。
「な!酷いですよイザーク!僕はディアッカの身を案じて」
「嘘をつけ!!貴様が来た方がよっぽど危ないだろうが!!」
思わず肯きかけたアスランが、ニコルの焼けるような視線に慌ててソッポを向く。
イザークは燃えるような瞳でニコルを睨む。
「・・・大体、貴様は何かおかしいと思っていたんだ!よもやそんなオゾマシイことを考えていたとは夢にも思わなかったがな!」
「その言い草は何ですかイザーク!!貴方こそさっきディアッカのお尻を見つめてほくそ笑んでいたくせに!!」
「んな!!?ち、違う!あれは尻尾を見ていたんだ!この変態!!」
「ふん!どうでしょうね!とにかく貴方みたいな人がいるから僕は心配なんです!さあクルーゼ隊長、許可を!!!」
「隊長!!こんなヤツ降下させることはありません!むしろ監禁しておいてください!!」
「なんですって!?」
「なんだ!?」
延々と良家の子息とは思えないほどの罵詈雑言を並べ立てる二人を見て、ディアッカは小さくため息をつく。
モニター越しに、途方にくれたようなエースパイロットと目が合ってお互い苦笑いをする。
そして呟く。
「…それで…俺はどうなるわけ?」
余談だが
結局強い押しに負けたクルーゼがニコル、アスラン両名に降下許可を出したり
犬の耳と尻尾を持った少年の取り合いをする赤パイロットがジブラルタル基地で面白おかしく語られた、ということは
もはや伝説である。
終わってしまえ。
■オチがない!(悲鳴)
犬耳ディアッカに挑戦して、竜頭蛇尾の勢いでした…(ネタ先行しすぎです)
ごめんなさい、今病んでるんです・・・!
しかもこんな思い付き物のくせして3人称に挑戦したら思いのほか話が進まなかった…。
ギャグは苦手ですよ!
とりあえず、ニコルファンに5000回くらい謝ります(土下座)